街と森を考える・まちもり通信・伊達美徳サイト
まちもり通信の表紙・目次に戻る ●景観文化論サイトへ●
景 観 計 画 流 行 の 背 景
伊達美徳
このところあちこちの自治体では都市景観形成計画、公団公社や民間デベロッパーでもなにか開発するといえば、景観に配慮したことが売り物である。
しばしば見られるものは単に建築のデザインを一生懸命にしました、というもので、地域の景観にはマイナスのようなものもあって、景観という言葉だけが歩いていて、その本質はどうもわかっていない。
その様な流行現象のおきている、都市社会一般的な背景を見ておくことにする。
ここで「都市」を近代以降の概念としてとらえると、それは先ず働く場として出発し、都市の拡大とともに単に労働の場のみでなく生活の場として考えられるようになった。
そしてこの両面性は、わが国の近代化の中での矛盾をそのままに抱いたまま現代に持込まれてきた。職住の近接、分離の課題は、土地利用の混合、純化の課題として、近代都市計画の端緒を拓いた「東京市区改正計画」百年を経た現在も解決していない。
もちろん、この百年に多くの都市基盤がつくられ、今では世界の経済大国として巨大な社会投資もされていきている。同時に、近代化のもたらした利便性や清潔さの反面、失った遺産も大きいのではないかと、近代都市計画への反省もでている。
都市はそれをそこまで育てた多くの蓄積の上に存在しており、そしてそれらはそれなりの深い理由を持っていて簡単には否定できないものであるという基本的な立脚点に立ちながらも、都市近代化への反省は、次のようにまとめられるだろう。
第1には、工学的技術の過信への反省である。ひとつの都市的課題を工学的な技術力で解決したとしても、それが次の課題を呼び込むことになり、またその技術自体も永遠性を持っていない。そこにソフトな技術の可能性あるいは技術以前への問題提起がされている。
第2には、物理的なストックをのみ求めることへの反省である。都市を作ることはハードウェアつくりであることも事実だが、それだけではなくソフトウェアとしてのストックが必要とされる。
第3には、西欧型の階級社会的な都市像への反省である。明治以来、西欧の都市を形態として模倣することをめざし土地利用と社会構成の純粋化を図ろうとしてきた。しかし、日本的な、あるいは東洋的な都市にとっての、混合あるいは複合のもつ意味の大きさが見直されるようになっている。
これらの論点は、ひとり都市景観だけのレベルの問題ではないが、都市景観に基本的に関わることがらであり、なにゆえに都市景観をとりあげるかの原点となる。
都市社会的なレベルにおいても個人の生活のレベルにおいても、豊かさの時代であることが人々の共通の実感として定着してきた。
フローの追及からストックの充実へと視点が移り変わるにつれ都市空間の公共性への認識が高まり、そして個々人が多様な価値基準の意識を持つようになるとともに、都市空間の人間をとりまく環境としての質的な水準や総体的な快適性が問われている。
例えば東京下町では、江戸時代から震災、戦災、水害等の度重なる災害を克服してまちづくりは営々と行われてきた。
そして、大都市東京の中で、働くところ、住むところ、そして憩うところ、という三つの機能が調和する特色あるゾーンを形成してきたのであった。
だが、一方で多くの都市問題を抱えていることも事実である。
地価の高騰は地上げ型開発をよびこみ、加えて、密集市街地の老朽化建造物群がひきおこす防災問題の解決策として、建替え、マンション化が選択される。
再開発で一新された街区は、それまで都市が抱えていた問題を一挙に解決するかに見えるが、それが地域コミュニティへの配慮を欠いたものであるときには、やがて地縁に支えられてきた地域コミュニティも地域文化をも壊すことにつながる恐れが大きい。
流通構造の変化や人口の減少・高齢化は、下町を支えてきた地域産業の停滞や撤退をもたらしつつある。それらの大規模跡地の巨大開発が都市構造を大きく変え、またはミニ開発の乱立を招き、都市環境問題を引き起こす。
産業が出ていって働く人がいなくなれば街も賑わいが無くなり、若者の少ない街はどこか活気も欠ける。いまや街は生き残り戦略を持たなければならない時代ともいわれる。その戦略として街に魅力を持たせようとする戦術のひとつとして景観形成が流行する。
こうして都市の構造が大きく変わりつつある現況の中で、下町では住商工の「混在」から「調和」への誘導、「定住化」の推進、「個性を生かす」まちづくりが重要な課題となっている。
そのためには、まず、住民がわが街への愛着を持ち、誇りとすることのできるまちづくりを進めることが重要である。
さらに、街のイメージを高めることにより都市の活性化を図ることが今後の都市経営に方向づけられている。また、都市イメージの向上およびそれをより強いインパクトを以て広く伝えることにより、企業誘致や来街者を呼び込むことも期待できる。
こうして産業・文化の活性化および水準の向上を図るとともに、国際化都市へ向けての方向性を探ろうとするものである。
都市景観形成とはそのような都市のはたらきが、心にも目にも快適に訴えるものとして構成されることである。(19992建設通信新聞掲載)
●景観文化論サイトへ●
まちもり通信の表紙・目次に戻る
まちもり通信・伊達美徳・伊達計画文化研究所・まちもりコラム・風景論・東京駅復元反対論・地域論・都市と産業論・まちなみ発見・鎌倉論・山口文象論