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●ふたつの「オルフェオ」を見る
 この2ヶ月のうちにモンテベルディ作の同じオペラを2回続けてみた。2007年11月、北とぴあさくらホールで「オルフェーオ」(野村四郎演出、寺神戸亨指揮)、2008年1月、神奈川県立音楽堂で「オルフェオ」(伊藤隆浩演出、浜田芳通指揮)である。どらが良い悪いと批評する眼力はないが、単純に比較してみて面白かった。
 1607年初演の世界オペラ事始とでも言ってよい作品だそうだ。イタリアのマントヴァ王宮の広間で、貴族のために演じたという。
 日本ではちょうど徳川幕府が始まった頃である。徳川将軍家が能を式楽として江戸城内の能舞台で演じさせたのと同じようなもので、洋の東西問わず権力者は藝術の庇護者でもあった。
 その頃、日本産のオペラの能は、既に200年歴史を持っていて、完成の域に達していた。それなのに静養オペラは始まったばかりとは、。
 ストーリーは、オルフェオは蛇にかまれて死んだ妻エウリディーチェを求めて冥界に行き、冥界の王から妻を連れ帰ることを許されるが、冥界を出るまで振り向いてはならないとする掟を破る。冥界の王はエウリディーチェを再び冥界に戻し、オルフェオは妻を失う、という悲劇である。
 日本の神話の古事記や日本書紀に似たような話がある。イザナギが黄泉の国に亡き妻イザナミを探して訪ね、この世にあったときの姿で出てきた妻に戻れと頼む。イザナギは戻りたい旨を神に相談してくるから待て、その間に覗かないでくれといって引っ込むのだが、待ちきれなくなったイザナギは覗いて、蛆虫の湧くあの世の妻の姿を見てびっくりして逃げ帰ってしまう。
 オルフェーオは現世に戻ってもウジウジと妻を恋うるのだが、あの世で穢れた姿で追いかけてくる妻を捨て去って逃げてしまうイザナギの日本神話のほうが、どちらかというと面白そうだ。
 さくらホールの「オルフェーオ」は、本格舞台の上に能舞台のような四角な床を区切って、オーケストラピットをつかった。音楽堂の「オルフェオ」は、音楽堂の舞台の上にオーケストラを乗せて、その前後に幅の狭い演技空間を設けた。
 野村演出が、オペラとして大掛かりな舞台装置もできるし幕も下りる劇場なのに、わざと幕も下ろさず暗転で場面が変り、舞台装置も簡素で能舞台並みだったが、舞台の奥行きだけはうまく生かした。
 伊藤演出では、音楽堂としての基本に忠実に舞台の真ん中にオーケストラを乗せ、その前後に高さの違う演技空間を設け、弦と管の間の階段で前後を結んで舞台に立体感を持たせた。
 しかし、音楽堂舞台では演技空間が狭いので、さくらホールのようには華やかなニンフたちの乱舞ができなかったのは仕方がない。そこは音楽で勝負であろう。もちろん幕はないから暗転である。
 バロックオペラという意味は知らないが、ある種の古典様式的な音楽や古拙なストーリーではあると分かる。古楽器による演奏も効果がある。
 そこに伊藤のように初演を意識した演出が知的刺激を与えてくれるとともに、能の古典様式をとりいれた東西古典様式を生かす野村演出も生きてくる。
 伊藤演出ではマントヴァ領主夫妻が客席最前列に登場したのだった。つまり能で言えば町入り能であり、わたしたち町民は殿様のお相伴で見せていただいたのであった。有料だったから勧進能か。
 バロックオペラといういかにも西洋古典の演劇に、扁平な顔で胴長な東洋人がかの国の古典衣装で登場しても、どこかモゾモゾ感がある。これもどうも仕方ないことだが、手足が短いせいか、その衣装に振る舞いがどうも生きない感じがするのだ。
 そこで気がついたのは、さくらホール「オルフェーオ」の衣装(望月通陽、細川ひな子)は、あの和風装束のおおきな袖が生きていたことだ。能風の舞が思い出される。
 プログラムで総出演者数を勘定したら、さくらホールの「オルーフェーオ」が13人、県立音楽堂の「オルフェオ」が21人、舞台の狭いほうが多かったのか。両方に出演している人が3人いた。
 オルフェオの物語で、能とそっくりなのは最後になって突然に主人公が救済されることだ。苦悩のオルフェオは父アポロによって妻とともに天上に迎えられるのである。
 いくつかの能(砧、清経、葵上など)にも、苦悩する主人公が僧の祈りによって最後に突然のように救われて成仏する。なんとなく釈然としないのは、オルフェオも能も同じである。能「隅田川」のように救いのないままに終わるほうが余韻があるとおもう。(080121)                     

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