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●まちもりコラム2004年8月号(その3)●たかが野球、平和すぎるぞ、、
猛暑がまだ続き、昨夏は涼しすぎたのを思い出せば、今年の局地豪雨といい、やはりなんだか地球がおかしいとしか思えない。
新聞はこのところページ数の3分の1はスポーツばっかり。残りの半分は一面広告だから、読めるところは3分の1に過ぎない。毎朝、紙くずが配達されてくるのだ。
今日も今日とて、あちこちのページにオカッパ頭のネエちゃんが青いドテラ・ステテコ姿でとびあがる写真、しかも同じ人の写真なんだから手抜きもいい加減にせい、おい、スポーツに興味ないものには新聞代を負けろ、、。
オリンピックと高校とプロ野球の記事ばかりなので、しょうがないから目につく見出しを眺めていると、プロ野球界がごたごたもめているらしい。
なんだかしらんけど、職業野球に金つかっちゃいけないとかいうのがあるんだって? なんで? だって税金使う公共事業じゃなくて私企業の商売でやってるんでしょ、それなら金が動くのはあたりまえでしょ、私企業なら金のある奴が勝ちって世の中きまってるんじゃないの、だから銀行だって野球だって合併騒ぎでおたおたしてるんでしょ。
それがどうした、たかがお遊び野球でしょ、って、なんだか知らんものには珍妙な記事である。
銀行のごたごた合併ってのも、庶民にはわけが分かりません。あ、そうか、それに比べて野球の合併は分かりやすいから庶民がなんだかんだというのか、そう、こういうのを昔から床屋談義という。
わが預金通帳を見てもそんな銀行はなくなっていて、いつの間にやら名前が変わっている。なのに改名のお知らせがきたことがない。
いつだったかUSJじゃなくてUFJの窓口で、ちゃんと改名を知らせろといったら、テレビでお知らせしてますと言う、じゃあ、テレビ見ないわたしはどうしてくれるんだ。
わが預金先が分からなくなるし、よしんば一生懸命に新銀行名を覚えたところで、また合併で改名するんだからたまったもんじゃない。
歳とってくるとどうなるのかしら、高齢者に郵便局が人気なのは、あそこだけは変わらないせいであるに違いない。
いや、まてよ、もしかしたら民営化で変な名前になるのだろうか。もう箪笥銀行しかないな。
このところ地球上あちこちで戦争が目立って起きているのに、たかが野球やらオリンピックやらで大騒ぎしていてよいのかしら。
このアジアのはじっこの列島は平和だなあとつくづく思うのであるけど、どこか腑に落ちない、落ち着かない、ねえ、そう感じませんか?
ベトナム戦争時代もブッシュだったし、イラク戦争時代もブッシュ、どうしてアメリカは「藪」の中に入ると戦争したくなるんだろう?
やっぱり政治家の世襲はいけません、ってことになるか。日本の防衛庁長官にコイズミなにがしさん(今の小泉首相のお父さん)がいた時代はどうだったかしら、。
それにしても、暑い、今日は終戦記念日、カラーンと晴れた空の下、鎮守の森の中で敗戦放送を聴いたあと、一様に黙りこくって歩いていた大人たちを思い出す。
1945年のあの暑い日には、神社の軒下で子どもも大人も真空管ラジオをとりかこんで聴いていた。そして今の暑い夏は、クーラーの冷風のきいた個室でテレビのスポーツを見ている。
お願いしなくてもだれもかれもがしっかりと電気を消費してくれるので、なにもサービスしなくても電気製造販売業は儲かるのだろう。
だから発電所の管理もいい加減になるのか、先日の福井県の関西電力美浜発電所でのパイプ破裂による死亡事件は、原子力発電所にかぎらず火力発電所でも起きうることらしいから、ことは重大ですね。
これだけ何回も何回も電力会社が事件になると、そこから電気を買わざるを得ないわたしたちは、ある面で事件に加担しているような気になる。いったいどうしたらよいのか。
福井ではこの若狭の人災とともに越前の大水害の天災で、今年は大変だ。
外では戦争という人災が絶えないし、1945年から見れば、わたしたちの暮らしは、身のまわりは豊かになったが、それが日本中・世界中どこでもそうじゃないし、身のまわりも一皮むけば実はそれほど豊かじゃないことが、だんだんとあぶりだされてくる日々である。
人間も地球環境を形成する生態系の一員であるから、やはり今、地球環境はおかしいのだ。(040815)