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1963.7.16
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●66美観論争前夜
建築基準法改正で、高さ制限を撤廃して容積地制を導入 |
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1964. |
東京海上火災が三菱地所に新社屋を高層ビルとして設計を依頼するが、地所は高層化に協力せず。 |
| 1965.1. |
東京海上が前川国男建築設計事務所に新社屋設計を依頼 |
| 1965.8. |
東京海上が東京都に設計の骨子を説明 |
| 10. |
東京都が建設省へ高度制限の条例制定を打珍 |
| 10.中旬 |
建設省住宅局長と都市局長が諸方面の意向を打診したが持論出ず |
| 12.14 |
建設大臣の招請で「丸の内景観対策懇談会」設置、16名出席、大勢は高度制限の条例に反対 |
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このころまでに東京海上は「高層ビルからの皇居見下し問題」について、宮内庁から問題なしとの回答をえている。 |
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●66美観論争前期:東京海上の超高層ビル計画発表(一般的に知られるようになって)から確認申請却下(の前)まで
内容は「ビルの高さ論」から「美観論」へ、対立構図は「超高層建設促進:東京海上」対「超高層反対:三菱地所+東京都」から、一般市民を巻き込む展開となる。 |
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1966.9. |
前川事務所が都に近日中に確認申請をする意思表示 |
| 9.12 |
「美観地区」条例構想が突然報道、建設省も知らず |
| 9.16 |
建設省建築審議会に都市景観小委員会を改正. |
| 9.17 |
東京都が建設省に条例案を通告、建設省前田次官は都副知事に提出延期を要請すれども都は断る |
| 9.19 |
東京都は20日に予定した条例案の都議会上程を急拠撤回 |
| 9.20 |
東京海上が確認申請提出の意向を表明 |
| 10.5 |
東京海上が千代田区に確認申請を提出するが、都より区へ「受付けないよう」指示があり、持ち帰り |
| 10.6 |
東京海上確認申請を受付拒否は不穏当と区独自の判断により千代田区が受付 |
| 10.8 |
千代田区が申請書を東京都建築指導部へ回送 |
| 10.13 |
建築センター構造審査会に設計図書が提出される |
| 10.14 |
東京都が都市計画事議会の部会である土地利用計画調査特別委員会を急拠招集. |
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10.31 |
東京都が土地利用委に、確認申請前に知事の認可が必要であるとする条例修正案を提出 |
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10.31 |
日本建築家協会が要望書を発表 |
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11.5 |
建築学会が要望書と意見書を提出 |
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このころから建築関係者の間で、強硬な規制強化に対する懸念を言う活発な動きが起こる。建築・都市計画関係のジャーナリズムで、本来都市づくりとしてこの問題をどう考えるべきかの議論も起こる。「丸の内の美観論」として一般ジャーナリズムにも載りはじめる。東京都は条例案の議会提出を12月も2月も見送った。その後、都知事選挙が近づき、論争はなりをひそめた格好となる。 |
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1967.3.27 |
日本建築家会が「丸の内地区マスタープランを発表」(超高層林立の模型) |
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●66美観論争中期ー申請却下処分から処分取消し裁定まで
「高さ論」、「美観論」、「建築敷地の法解釈論争」、「東京都官僚」対「革新都知事」 |
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1967.4.15 |
東京都が敷地設定を理由に東京海上の申請を却下。美観条例の決着つかぬまま突然の処分。この日、革新の美濃部都知事が誕生。 |
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6.5 |
東京海上が都建築審査会に処分取消しの審査請求提出 |
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6.8(16) |
建築5(4)団体が声明書。 |
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6.20 |
都建築審査会が東京海上の審査請求を受理 |
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6.21 |
建設省建築審議会都市景観委員会で美観地区を一律にビルの高さだけで規制するべきでないとの意見をまとめる |
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7.15 |
東京都が建築審査会の2委員が不適任であるとして「回避」を申し入れ |
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7.26 |
都建築審査会は都の上申書を取上げず。当初1ヶ月程度で決着見込みは大きくずれこみそう |
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26 |
磯村英一ら「都政研究懇談会」有志が意見書。広く国民都民の声を聞き、都心のありかたについての方針にもとづいて裁定を. |
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8.22 |
都建築審査会が都の解釈には無理があるとの結論をまとめる |
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この間、委員の欠席・辞表提出等により審議ができず、裁決がのぴのぴになり、委負の任期ぎれがせまる. |
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8.26 |
都知事から現委員による決着をとの要請があり、この日の審議会で都の確認申請却下処分の取消しを求める裁決が行われた. |
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再審査請求ををだすか裁定を受入れるか、都の内部は割れて調整がつかず |
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10.12 |
東京海上が建築確認事務手続きを進めるよう都知事に陳情 |
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12 |
東京都は再審査請求をせず、裁決に従う方針を決める. |
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この後、(審査会で、都は、敷地の問題のほかは申請内容疑義はないないと説明しているので)事務手続きを進め、建没大臣の認可を得て確認が下りると見られたが、、 |
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●66美観論争後期ー再び建築確認事務が始まり確認が下りるまで
都から国へ舞台が移動、「政府主導の美観規制」論争へ
「皇居見おろし反対」政治家の登場で、東京都の規制に反対の立場であった国が「皇居関連美観論争」推進派に転換。 |
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1967.10.21 |
東京都が東京海上の構造認定申請書を建設省へ送付. |
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10.25 |
西村建設大臣が東京海上の構造認定は慎重に検討したいとの談話を発表 |
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11.6 |
佐藤栄作首相が都知事と会見の際に「超高層ビルは困る」と語る |
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11.8 |
佐藤首相が建設計画中止の措置を検討するよう指示 |
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11.9 |
佐藤首相が「お掘ばたに建てることは控えてほしい」と訪問した東京海上会長と社長に述べる。 |
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11.10 |
西村建設大臣が記者会見で「皇居前のような国民的視野で考えなければならない場所は、政府が最終判断をくだすべき。特別美観地区として立法措置を考えたい」 |
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11.13 |
政府自民党が通常国会で「特別美観地区」立法措置を講ずる意向を表明 |
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13 |
建設審議会が「建築基準法改正のための答申」とあわせて「都市景観についての基本的な考え方に関する建議」をまとめた。 |
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11.20 |
建築3会が「政治介入」排除で申合わせ |
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11.25 |
内閣改造で建設大臣は保利茂氏に |
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12.1 |
「政治権力の介入の排除」について建築3会意見書。建築界有志意見書、文化人有志声明書。 |
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12.13 |
建築審議会が「都市景観こついての基本的な考え方に関する建議」を建役省に提出(特別立法に反対の意見) |
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12.19 |
衆議院予算委員会で委員(社)の質問に、佐藤首相が「美観地区の超高層ビルは好ましくない」、保利建設大臣は「建築審議会の答申を検討して改正を国会に提出したい」と答える |
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12.26 |
天皇が東京都知事から都政の報告を受けた際に超高層ビルについて「迷惑でない」と語る |
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1968.2.13 |
建設省が建築基準法改正案要綱を発表 |
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1968.3頃? |
東京海上ビルは当初計画の32階高さ127mを25階100mに変更して決着(水面下の政治決着か) |
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このあと「美観条例」も制定されず、「美観論争」も立消え。都心環境や都市景観がどうあるべきか、どうするべきかという本質的な議論に展開しないまま、ビルの建替えラッシュが始まった。 |
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1974.3 |
東京海上ビルが完成 |
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●主な参考資料
国際建築1966.12 「都条例問題の究明」村松貞次郎
建築年報1968「丸の内地区建築親制問題と都市景観」川上秀光、奥平耕造
1967年内、朝日新聞、関連記事
建築知識1984.1「美観地区指定1号となった東京・丸の内」飯塚正三 |