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●まちもりコラム2002年12月号●失われた景観
 最近のことだが「失われた景観」(松原隆一郎 PHP新書)なる書籍が発刊された。そのなかになんと私の駄文が引用されている。引用されたあたりの前後をまた引用する。

私の関心は、ロードサイド商業そのものにはなく、その出店形態が、生活圏における景観を人工的で均質的、つまり味気ないものにしてしまったことにある。しかも道路沿いに展開されるロードサイドのショップおよびビジネスは、すでに全国に散在している。それゆえ幹線沿いの景観は、全国どの地域においてもほとんど似たものになっているはずである。そして郊外における主要道路沿いの商業施設によって形作られる景観が全国のどこでも似通っているということについては、すでに多くの指摘がある*1
 こうした郊外のロードサイドに対し、景観の観点から関心を払っているのは主に都市計画家であるようだ。ある都市計画家に次のような文章がある。タイトルは「恥を知れバイパス商店街」−−。

 ・・・市街地フリンジ地帯の田んぼに通したバイパス道路沿いは、かつては田んぼで家が建てられなかったのに、商店、住宅、工場等の建築が可能なように都市計画を変更するものだから、市街地に入っていく玄関先あたりに安売り屋と自動車屋の醜悪なる町並みができてきてしまった。あの、どこの街に行っても見かけるバイパス道路風景の醜さは、一体どういうことなんだろう。下手くそデザインの原色安物建築、色とりどり・形もまちまちの看板と旗差しもの、派手なプラスチックの花飾りなど、超醜い風景・景観を、そこの市民がよくも許しているものだと、不思議に思う*1

 まったく同感だ。ロードサイド店の作り出す均質で醜い街並みに対しては、誰しもこうした感想を抱いて当然ではないか。ところが実際に活字として表現されたものとなると、そうした感想は滅多に目にすることがない。それどころか郊外に住む学生などにこうした主張を紹介し感想を求めると、逆に彼らにとっての故郷である郊外を貶されるのは心外だという反発が返ってくることも一再ならずある。(以下略)』

 ということで、中ほどの引用が私のこのサイトにもある一文である。時代はこのようなマイナーなウェブ発言も、引用の対象になりつつあるのだなあ、、。(021203)

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