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●横浜ご近所探検隊が行く(その12) スプロール郊外風景 2008年10月20日
保土ヶ谷区の横浜国大近くに郊外地域の典型的な風景がある。地形的には谷戸と丘陵であり、土地利用としては残存緑地、農地、バラたち戸建住宅、バラたち共同住宅、ゴルフ練習場、野球演習場などが入り乱れる。
なんとも典型的な大都市郊外のスプロール景観である。せめてスカイラインにあるあたりに、緑を保全するような土地利用コントロールをすれば、それだけでも景観は落ち着くと思うのだが、。
現場風景をちょっと画像処理をしてみたのでご覧ください。
●横浜ご近所探検隊が行く(その11)・横浜都心の百貨店閉店
2008年10月20日
横浜の伝統ある都心商業地・伊勢佐木町にある百貨店「松坂屋」が、2008年10月26日に閉店する。
横浜駅前の三越が一昨年だったかに閉店したから、横浜の都心の百貨店は、そごうと高島屋だけで、どちらも横浜駅前である。

横浜松坂屋はその前身は「野沢屋」といって、生糸商から始まる横浜地元資本の伝統のある百貨店だったが、30年位前だったか横井英樹が株買占めで登場してごたごたの末にいろいろあって松坂屋となっていた。
横井英樹といえば、東京日本橋の白木屋百貨店(石本喜久治設計・1926年)にも登場して、ごたごたの末に東急百貨店になってしまい、それも閉店(2000年)した後に今は外資による新ビルとなっている。
関内、関外という横浜の伝統的と商業的停滞とみるのか、それとももう百貨店の時代ではなくなったということなのか。わたしはむしろ後者だと思う。
わたしの横浜ご近所探検のコースでもあり、買い物はほとんどしないが4階にある郵便局にちょくちょくいく。
いつ行ってもガラガラで店員のほうが多い。よくやっていけるものだと思ってはいたが、本当に閉店となると残念な気もする。
戦前の様式建築なので、建物の表の顔は凝っている。建築保存運動がおきつつある。ただし、建物としてはつぎはぎつぎはぎで建てて来ているから、プランは悪いし、不等沈下しているし、耐震性もよくないとあって、多分、持ち主は建て直したいに決まっている。
今の持ち主が建て直すならば、この建物の姿に愛着があるかもしれないから、なんらかの表顔だけでも継承した伸建物にするかもしれないと期待もしたくなる。
この土地建物をそっくり他の企業、たとえばファンドとか不動産デベロッパーとかに売ってしまったら、通常はそうはいかない。保存なんて儲からない面倒なことはお断り、ってことになる可能性が高い。
建築デザインとしては二流だが、戦前の建物は珍しいし長く市民に親しまれたから保存したいのも分かる。だが、保存運動はどのような戦略があるだろうか。
わたしが思うには、最も効果的な保存運動は、毎日買い物に行くことである。
この数日間は閉店セールの安売りをやっているらしく、店内にはものすごく大勢の客があふれている。いつもと大違いである。いつもこれほどの客が来るなら、廃業はしないで続けられるだろうから、当然に建物も保全されていくだろう。
建物保存も地方の鉄道線の保存と同じようなことで、へいぜい利用しないでいて、廃止になったとたんにただただ保存をしてほしいといっても、それは無理というものだろう。
もしもなんらかの保存をされるとしても、うまくいっても今の表の壁の一部を新らしい建物の一部に取り付けてお茶を濁すくらいかもしれない。もっとうまく行けば、今の半分くらいはどこかに再現するだろう。
ファサードだけでも良いからきちんと保存するなら、なにか行政からインセンティブを与えるとしても、容積率の上乗せしかないだろうが、そうすれば超高層建築になるだろう。この街並みの中で超高層建築が果たしてどうなのか。
床の使い方としても分譲共同住宅が一番可能性が高いだろうが、それはわたしの主義としては全くいただけない。公的賃貸住宅ならまだ良いが、。
●横浜ご近所探検隊が行く(その10)・外国人が作る日本流肉鍋屋
2008年10月1日
横浜を徘徊老人をやっていて、伊勢佐木町商店街に「肉屋の正直な食堂」なる看板を掲げた店があることを書いた。(→横浜ご近所探検その9・伊勢佐木町2008年9月16日)
書いただけでは申し訳ないので、今日、夕食をそこで食ってきた。要するに牛、豚、鳥の肉を、いろいろな鍋料理にして食わせる肉鍋定食屋である。
カウンター席だけしかなくて、そのカウンターに電磁誘導加熱装置(induction
Heating)がずらりと並んではめ込まれていて、客はそこに置かれた鍋を煮ながら食うのであった。
味はどうってこともなかったが、煮えてきた豚野菜鍋の中が焦げ付くのである。鍋料理ってのは普通はワリシタとかの水を入れて煮るのだが、ここでは鍋蒸し炒めかと思いつつポン酢で食っていた。
やがてカウンターの中の女性がやってきて、鍋を指し示して「ミズ、イレマスカ、アリマスカ、、」みたいなことを言っている。「エッ、なに」と問い返してもさっぱり要領を得ない。
別の男性がやってきて、「水入れるのを忘れてました、ごめんなさい」という。どうやら、厨房から出すときに、あらかじめ入れておく水を入れ忘れたってことらしい。
このあたりで私は気がついたのだが、顔は日本人と同じだが言葉から判断してこの二人とも外国人らしい。厨房にいる間違えた張本人を見ると、これは立派なインドアーリアン系の外国人顔である。
その厨房の黒い顔も出てきて、「すみません。鍋と料理をとり換えて持ってきます」というのだが、もう半分も食っている。そんなに食えないから、いいよいいよ、と言うと、「すみません、ではコーラを飲みますか」といって、気を使ってくれる。「年寄りはそんなに飲み食いできないから、いいよ」とやさしく断る。
「ねえ、君たち、どこなの、コーリア?」と聞けば、初めの男女は中国、厨房の男はバングラデシュだという。
この外国人3名で日本式鍋料理屋をやっているのかしら、そんなわけはなかろうと、インタネットで調べるとやっぱりチェーン店であった。マニュアルどおりにやれば外国人でも日本式肉鍋料理屋ができるってことである。
ただ、食べつけない料理には、料理人もちょっとマニュアルを間違えるってことか。
「肉屋の正直な食堂」は、こうしてそれなりに“正直”ではあった。だが、 「正直な食堂」であって、「正直な肉屋」ではない看板は、いまどきはどうも気になる。
●横浜ご近所探検隊が行く(その9)・伊勢佐木町
2008年9月16日
徘徊老人としては、横浜ご近所探検がいちばん面白い。

「タバコバラ販売はじめました」と、横浜の伊勢佐木町商店街スーパーマーケットの入り口の柱に張り紙がある。
タバコバラという薔薇があるのか、スーパーマーケットで売るくらいだから、いまどき流行している園芸種なんだろうなあと、ちょっとだけ思った。
すぐに気がついたが、これは、タバコを箱から出してバラバラにして、1本でも5本でも売るってことに違いない。
突然に頭は半世紀ぐるぐると回転して戻り、大学生協の売店で、10円玉1個で「新生」5本を買った記憶がよみがえった。
あの頃、一番安いタバコが新生であったかゴールデンバットであったか忘れたが、貧乏学生のために大学生協だけで「タバコバラ」売りしていたのである。
ということは、今は大学生協店じゃなくてもバラで売るような貧乏な時代に戻ったのだろうか。あ、それよりも、今も大学生協でタバコバラ売りしているのだろうか。
「肉屋の正直な食堂」と、レストランの看板にある。笑ってしまった。
そうだよなあ、BSE対策にかこつけて輸入牛肉を国産牛肉と偽って平気で税金をだまし取った雪印、ハンナン、日本ハムとか。
偽物の肉を平気で売った丸明、ミートホープ、比内鶏とか。
あまりに多くて、すっかり肉屋はウソツキが本性みたいに思えてきたもんなあ。その面の皮のものすごい厚さには、もう感銘するほどだ。
毒肉、偽肉なに食わせられるか分かったもんじゃない。
でも肉屋さん、ご安心ください、「米屋の正直な食堂」も「魚屋の正直な食堂」も、もうすぐに登場する可能性のある時代になりました。
毒米、偽米、偽産地魚の登場である。
眼民土干す、え、いや、メタミドホスも腐れた肉も、何でも食って大きくなった、、。
●横浜ご近所探検隊が行く(その8) 隣に高層
共同住宅が、(2008年7月1日)
わたしの暮らしている横浜都心の集合住宅の北隣に、やはり集合住宅の建設が始まった。こちらと違って分譲型であるらしい。→山田町写真
事前に周辺地区に配られた建設計画説明書によると、建物は9階建て、半分以上は単身者向けのような小型の住戸である。
たしかにここらあたりの都心には、非定住の若者が多いようである。ウィークリーマンションなるホテルとアパートの中間あたりの滞在型ホテルの居住形態も多く見られる。
その滞在型ホテルとは、どうもはじめからそのように建てるのではなくて、空き部屋の多くなった分譲住宅や社宅あるいは小ビルなどを買い取るか借りるかして、改装して転用しているようである。
関内、関外あたりで特徴的なのは、1950〜60年代の防火建築帯や防災街区事業として建設した下駄履き住宅の住宅部分をそのように転用しているものがあちこちに見られることである。
狭い住戸でも一時滞在ホテルならありうるし、老朽化した設備を更新すれば、立地条件は良いのだから、これは目のつけどころが良い。都心部だからこそこのような再生方法があるのだ
ろう。
この営業形態はホテルなのか賃貸住宅なのか。法的な規制はどうなっているのだろうか。このような非定住形態が増えすぎると、定住者との間になにかトラブルが起きそうであることが気になる。
典型的なことがゴミ出しだろう。このあたりも歩道上の一時集積所に、回収されないままに家具や電気製品が放置してあることが多い。さて、隣の再規模な集合住宅でこのあたりがどう変わるか、ご近所探検隊は不安とともに楽しみである。
関内の北部の北仲地区の帝蚕倉庫跡地とそのとなりのUR賃貸住宅の一体の大規模な再開発が始まった。
掲げているお知らせ看板には、地上50階建、高さ200mで、集合住宅(約500戸)、ホテル、事務所、商業施設、専修学校で16万平米という巨大複合ビルとある。このほかにも建つだろう。
歴史的な建物もある地区だし、横浜の港観光客の目によく見える景観として気になる地区である。予定の2011年5月1日にはどんな風景が登場するのか
、不安とともに楽しみである。
→北仲地区写真 |