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だつりょくにわ



□ DIARY



2000年からの日記です。
あんまり日記っぽくないですねー。

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□ 2001年 1-6月


□ 2001/01/12 バトル・ロワイアル

▼ ジンチョウゲってどこの毛? それはさておき、観ましたよ 「バトル・ロワイアル」。想像してたよりは面白かったけど、やっぱりこれはR15指定にすべきじゃないっすね。というのは、この映画のテーマが子供たちに向けられていたから。 ▼ 上映前にいろいろ話題になってるのでナニですが、一応説明を。城岩学園中学校3年B組の生徒たちが無人島に連れてこられ、政府の管理のもとで最後の一人になるまで殺し合いをさせられることになる。生徒たちには食料と武器が手渡され、制限時間の三日間を超えてしまうと爆薬の詰まった首輪が爆発する。いい設定ですね、コレ。極限状況であればあるほど、人間の姿は純粋な姿になっていくと思うんで。でもね、もっといいのが、この殺し合いには隠喩として、というほど隠れてないけど、大人の社会を見せているとこなんですわ。つまり競争なしで生きていくことが出来ない社会。それを象徴するのが、わたしは武器を持っていない、こんなことは止めようと呼びかける生徒が射殺されるシーン。これはもう社会主義が殺されたようなもん。 ▼ それから 「バトル・ロワイアル」 という殺し合いを行う上では武器の優劣が自分の運命を大きく左右することになるので、敵を殺したら武器を奪うことが重要になる。それで素晴らしいのが、生徒一人一人に異なる武器が与えられているところ。つまり、人間は生まれたときの境遇 (武器の有利不利) を自ら選択することは出来ない。しかし (有利な武器を奪うという) 他人との競争によって境遇を好転させることができる。社会で生きていくために必要なもの、それは? カネ。 ▼ 中学生の殺し合いという形によって見せた大人の社会、そして君らはこれからこの社会を駆け抜けて行かなくてはならない、そういうテーマを見せるべき相手に見せることができなくなった深作監督は、さらに深くこの社会に失望したんじゃないかな。 ▼ いろいろ不満はあるんだけど (これだけ死が近くにある状況なのに、死、それと愛についての描写があまりにも紋切り型だったり、セリフを印象的にするために文字で出したり……テレビ番組かよ!(バカルディ風に))、でもまあ、時間があれば観に行ってみるといいんじゃないですかね。 ▼ あ、隠喩じゃない部分の話忘れてた。子供たちに戦争体験させることで人を殺すこと、嫌うことの難しさを説く、っちゅー感じで非常に道徳的でした。民主党の議員さん、もう一度見ては?

□ 2001/02/02 シュヴァンクマイエル

▼ セクシービーム!! (小便中) いやー、こんだけ寒いとオシッコが近くなっちゃいます。病気かこれは? ▼ 先日、本屋に寄ったらエンキ・ビラルのコミックが3冊も出てて、もう、一気に読んじまいました (「不死者のカーニバル」 「罠の女」 「冷たい赤道」 のニコポル三部作)。いやー面白かった! さらに大好きなボードレールの 「悪の華」 が引用されたりしててイカす! あと1冊 「モンスターの眠り」 が出てるみたいなんで急いで探さなくっちゃ! ▼ DVDのシュヴァンクマイエル作品を買い揃えたですよ。「シュヴァンクマイエルの不思議な世界」 「ヤン・シュヴァンクマイエル短編集」 「アリス」 「ファウスト」 「悦楽共犯者」 の5本、そしてついでに国書刊行会の本 「シュヴァンクマイエルの世界」 も。その中でもお気に入りは 「悦楽共犯者」。快楽原則に忠実に生きる人間のなんと美しいこと! おっと、タモリ倶楽部始まるから、それじゃ!

□ 2001/03/03 ダンサー・イン・ザ・ダーク

▼ 「Being」 のCMで股間をぐっと握って気合いを入れているのを見て、何だかカッコいいなあ、よしオレも……などとやってるうちにだんだんヘンな気持ちに! (下ネタですまんね) ▼ 「ダンサー・イン・ザ・ダーク」 観ました。ビョーク演じるセルマにとってはそうでなくても、それを観る我々にとっては悲劇であるという、そのことが悲しい。いい映画です。しかしこの映画、ミュージカル好きな人にはどのように映ったのかが知りたいなあ。個人的に、歌や踊りを溶け込ませることで日常を劇的な幻想として表現しているのがミュージカルだと思ってたんで、セルマによる想像の世界として日常と切り離して歌や踊りを見せる、というのはなんだか理性的な気がしちゃって。 ▼ 最近買ったモノ。 「ONE MORE TIME (DAFT PUNK)」 相変わらずダサカッコイイですが、これまでよりも一般受けしそう。この曲のビデオクリップは松本零士なんだってね! 期待しちゃうなあ。 ▼ 「trainer (plaid)」 凄いっすよコレ! plaid の1989年〜95年までの曲が収められた2枚組アルバムなんだけど、プロディジーっぽい曲があるんですわ。こんなの作ってたとは。もちろん叙情的なプラッド節も堪能できて非常にお得な1枚。買うべし。 ▼ 「サルトル/メルロ=ポンティ往復書簡」 政治と哲学は両立できない! みたいなやりとりで面白くなりそうだなあ、と思ってたら盛り上がってきたとこで往復書簡終了。なめとんかーい! (ターちゃんっぽく) 確かに往復書簡だけど1往復じゃねーかよー! (ココは画太郎っぽく) ▼ 「そうだったのか!現代史 (池上彰)」 非常にわかりやすく書かれていて良い本。お薦め。ところで、スターリンの項目でこんな文章があります。「何でもトップが決めることが続きますと、起きるのは中堅幹部のモラルの低下です。「判断するのはトップ」 なのですから、ひたすらトップの指示・命令を聞いていればいいことになります。なまじ創意工夫をして失敗し、批判される危険を冒す気にはならなくなるでしょう。(中略) 一党独裁制度の国々の経済が停滞するのには、それなりのわけがあるのです。」 では、判断停止に追い込まれた中堅幹部はその後どうするか。もし意欲がありその組織から逃れることができるのであれば、きっと逃れていってしまう。何故ならそこに存在することに何の意味も無いから。その姿は、現実の組織に重なって見えた。

□ 2001/03/20 最近の素晴らしいモノ

▼ こんちは! (起立して大声) フェリーニの 「オーケストラ・リハーサル」 観ました。いやもう、素晴らしい作品です。オーケストラをモチーフにして宗教を描いている映画なんですが、これが実に感動的です。 ▼ CD 「DISCOVERY (DAFT PUNK)」 「BRAINDANCE (REPHLEX)」 PS2「テクニクティクス (アリカ)」 漫画 「地獄のコミュニケーション (早見純)」 以上です編集長!

□ 2001/04/01 不思議の国

▼ 気がついてみると、じぶんは土手の上で、姉さんの膝をまくらにねそべっていたんだね。姉さんはアリスの顔にひらひら散りかかる木々の落葉を、やさしく払いのけてくれているところだった。「おきなさいよ、アリス」 と姉さんの声だ。「ずいぶんよく寝ちゃってたのねえ」 「あれえ、あたし、すごくへんな夢みてたの。日本が5-0で大敗しちゃうのよ。なによりジダンの出来がすごかったわ。日本代表で良かったのはナカタだけだったから今頃代理人のブランキーニは大喜びじゃないかしら……」 (「不思議の国のアリス」 より。うそ。) それにしても5-0ってのは壮絶でしたなあ。試合の前半はかぶりつきで見てたんだけど、例の2失点があってからはもう甘栗むきながらゆるーい感じで見てたですよ。くっそー、こうなったらゲーム 「ウイニングイレブン5」 でカタキを! (その結果、似たような目に!)

□ 2001/04/04 お花見

▼ 男性初の女教師、クボっす。しかし女教師のイメージっていったらアレですよ、放課後に男子生徒を職員室に呼んで 「どうしたの、最近成績が落ちてるじゃない」 なんて訊ねて 「実は僕、勉強が手につかないんです」 なんて言ってる生徒を前に足を組み替えたりするような職業? 僕もいつかそんな感じでお金を稼げたらいいなあ! ▼ 会社でお花見に行きました。久しぶりに会った人間もいたりしてすごく楽しかったんですが、ここでちょっと不可解な体験をしてしまったんです。それはすっかり夜も明けようかという午前四時ごろの出来事だったんですが……なんと、お気に入りのサロモンのグラインドシューズがニューバランスのシューズに変化したんです! っていうか、つぼ八で履くときに間違えた! くっそー、しまったなあ。あのシューズで手すりとか滑って遊ぼうと思ってたのにー (実際は駅の階段で普通にずっこけるくらいだったけどさあ)。 ▼ 「死に至る病 (キルケゴール)」 を読んでたらこんな文章が。真実に自己となるためには内面への方向を追求しなければならないが、こうした深い意味における自己に関する全問題はよろい戸となって用心深く閉ざされている、と受けて 「その背後にはいわば自己が坐していて自己自身を凝視している。」 フェリーニの映画 「魂のジュリエッタ」 にはまさにそのシーンが、絶望の渦中にあったジュリエッタが扉を開けて自己と出会うシーンがあった。いや、そもそもフェリーニの映画は 「8 1/2」 にしても 「甘い生活」 にしても 「死に至る病」 が根底にあった。共感できる作品はどこかに繋がりがあるもんですね。

□ 2001/04/15 アードマン スタジオ展

▼ 中学生なのに小学生新聞読んでたクボです。さて、「アードマンスタジオ展」 に行きました。「ウォレスとグルミット」 でグルミットが読んでたちっちゃな 「罪と罰」 の本がぽつんと展示してあったのがなんだか面白かった。それにしても、グルミットとニック・パーク (制作したひと) の顔がそっくりだったなあ。飼い主に似るとは言うけどねえ。 ▼ アードマンの作品で最初に見たのはピーター・ガブリエルのビデオクリップ「Sledgehammer」 だったんだけど、コレ、クエイ兄弟も関わってたんだとか。知らんかった。あ、知っ得情報として4月下旬から有楽町のシネ・ラ・セットで 「アードマンコレクションVol.2」 が上映されるそうです。「快適な生活」 以外は日本初公開だって。こりゃ行かねば! ▼ アニメの「名探偵コナン」 などのシナリオを書かれた方と飲む機会があったんですが、これが実に楽しかった。映画 「エイリアン」 はブルーカラーのSFであるとか、キューブリックは二十歳の天才少年で止まっているとか、いろいろ面白い考えを聞けたんだけど、そのなかでこういうことを話されてたんです。映画は大衆のものだから映画作家は職人でなければならない、ゴダールは存在すべきではなかった、と。 ▼ 作品にエンターテインメント性がなくては触れてもらうことができない、そして触れてもらうことが出来なければ何も伝えることができない。だけど作り手はそのメディアによって表現したいものがあったからこそそこにいる。だから僕には作り手がすべからくエンターテインメントを求める職人であるべきだという姿勢がどうも自己欺瞞に思えて仕方がない。それでそのことについて訊ねてみたところ、彼はこんなふうに語ったんです。「僕は、自分のシナリオで世界を変えてやろうと思っていました。」 ああ、僕はその言葉が聞きたかった。 また飲みましょう!

□ 2001/04/30 漫画新幹線



▼ 古本屋にいったらなんと昭和52年の少年ジャンプ (1月15日増刊号) が。背表紙を見ると 「手塚賞、赤塚賞漫画家特集」 とか 「漫画新幹線 少年ジャンプ」 とか魅力的な売り文句が書いてあるじゃありませんか! (っていうか、漫画新幹線?) でも2000円だしなあ、どうしようかなあ……などと迷った挙げ句、やっぱり買っちゃいました。ところがこれが大正解! かなり楽しめる内容になっとりました。 ▼ まず最初のカラーページでは、手塚治虫と赤塚不二夫の経歴がお二人の様々な写真をちりばめつつ紹介されています。一日のスケジュールなんかもあってなかなか興味深いんですが、どうしても赤塚不二夫のバニーガール写真に目が奪われてしまい、集中して読めないようになってます。 ▼ そしていよいよ漫画の登場。まずは手塚治虫初期作品の 「落盤」 (トビラには、昭和34年9月 「X (エックス)」 第2集掲載、とある)。男が話した思い出話は自分に都合よく歪曲されていたことが次第に明らかになるという話で、まあ言ってしまえば黒澤明の 「羅生門」 のアイディアを使った推理ものですね。 ▼ 次に赤塚不二夫初期作品の 「ナマちゃん」 (トビラには、昭和32年 「漫画王」 掲載、とある)。もうこのときすでにチビ太みたいなキャラクタがいるなあ。畳の下からいきなり現れた子供が 「8たす5は2です」 と言うトコがステキです。 ▼ そしてここからが真骨頂! 手塚賞・赤塚賞の審査委員がいかにして漫画家となったかその自伝漫画が掲載されているんですが、そのラインナップがいいっすよ。とりいかずよし 「うじむし大将」、本宮ひろ志 「男一匹漫画大将」、藤子不二雄 「スタジオボロ物語」、永井豪 「氷壁の母」。 ▼ とりいかずよしの自伝では、上京してアニメーターをしているときにジョージ秋山や井谷たかしが漫画をやると聞いて、あんな動かない絵のどこが面白いんだと反発しているところが面白い。その後アニメ会社が潰れ、大きなアニメ会社 「スタジオ・ゼロ」 で働いているとき、その3階にいた赤塚不二夫の「おそ松くん」を見て絵が動いていることに感動し、漫画の道へと進んでいく。 ▼ 本宮ひろ志の自伝はもう本宮作品の雰囲気まんま。勉強をやっても野球をやっても、何をやってもうまくいかない。ただ一流になりたいという夢だけはあるが、現実の自分は理想にほど遠くなってしまった。そのとき、オレは一流になれない、だが、オレの夢をかなえる人物を作り出せばいいのだと閃き、かけない漫画をかき始める。 ▼ 藤子不二雄は自伝というよりも 「スタジオ・ゼロ」 と 「オバケのQ太郎」 がどのようにして誕生したかを描いてます。この話のなかで「(スタジオゼロに) 赤塚くんもひっぱりこもうよ」 「彼もアニメには興味あると言ってた」 というセリフがあるんだけれど、もし赤塚不二夫がスタジオ・ゼロにいなかったら、とりいかずよしは漫画家になっていなかったかもしれないんだなあ。人生は交錯の結晶ですね。 ▼ そして最後に永井豪の自伝。オットセイに育てられた後サーカスに売られ、さらにマリンランド、石森章太郎へと売られていく……って、こんなもん自伝と言えるかー! (これで石森章太郎ってのがウソだったら面白いけど)。それにしても 「先生〜、雪が降ってきましたよ〜」 「そいつにベタやらせろ〜」 って会話が素晴らしいです。 ▼そんな感じの内容でした! 以上!

□ 2001/05/02 マッチ箱の脳

▼ 連休をいいことに物欲を満たしまくりなワタシです。だっていろいろあるんだもんよー。というわけで、最近買ったモノ。 ▼ シューズ 「shox(ナイキ)」。「びよーん。」 のCMでおなじみのアレですが、あんまり 「びよーん」 な感じはしなかったなあ (というより誇大妄想してました!)。でも履きやすいしカッコイイからオッケーです。 ▼ DVD 「アッカトーネ」 「マンマ・ローマ」 「大きな鳥と小さな鳥」 「愛の集会」 (パゾリーニ)。DVDは欲しがったらキリがないので買うのはなるべく控えたいと思ってるんですが、パゾリーニ作品は別。はやく 「テオレマ」 出しやがれー! ▼ CD 「STEREONIGHTS」 「KARAOKEJACK」 (石野卓球)。「STEREONIGHTS」 は凄くきれいなメロディーで好きなんですが、構成が平坦なので感情には響いてこなかったかな。この曲と7曲めの 「la peggi」 がいいですね。あとは 「the altogether (orbital)」 や 「onclements (ovuca)」など聴いたり。 ▼ 本 「マッチ箱の脳 (森川幸人)」。かわいいイラスト入りでAIの仕組みについて楽しく読むことができます。お薦め。ところでこの本の中で書かれている人工知能学者ブルックスの語録が非常に興味深い。例えば 「思考して行動しないシステムより、行動だけして思考しないシステムの方がよほど知的だ」 という言葉は実存主義的だし (「希望は彼の行動のなかにしかなく、人間を活かす唯一のものは行為である」 (「実存主義はヒューマニズムである」 J.P.サルトル))、箱庭のような実験用の人工的で甘やかされた環境の中でしか動けない高度な知能を作っても意味がないという考え方は、禅の本にも見えたりして (「真正参禅弁道の僧は、心を汚す色声香味触の五塵が積もるまっ只中で坐臥すべし」 (「遠羅天釜」 白隠禅師))、いよいよテクノロジーが心と融合してきたかと思え、感動的です。

□ 2001/05/08 フリップフロップ

▼ フリップフロップというゲーム会社を知っているでしょうか? 「ネオアトラス」 シリーズなどを制作してきた会社でワタシもそのメンバーだったのですが、今日、このフリップフロップを解散するという通達がありました。 ▼ これ以上、特に書くことはないけれど……どれだけの人がこの知らせを残念に思ってくれるだろう?

□ 2001/05/12 神波さん

▼ 4/15に 「また飲みましょう!」 なんて書いてたら本当に偶然飲み屋でお会いしてびっくり! しかも、神波さんという脚本家の方もご一緒で、この方にまたびっくり! 手掛けた作品が 「新仁義なき戦い」 「高校大パニック」 「逆噴射家族」 ……。すげー。「俺もう70近いジジイだからさあ。」 なんて言ってるくせに深めに帽子をかぶってジーンズを履いてたりしてて凄いカッコイイんですよ。 ▼ 結局朝まで飲んでたんですが、盛り上がったのはやっぱり 「バトルロワイアル」 について。いろんな意見が飛び交って楽しい夜でした。 ▼ 最後に、神波さんの印象的な言葉を。「人間から物語は生まれていくんだ。」

□ 2001/05/21 手術を受けたときの話

▼ 僕が手術を受けたときのことをお話しましょう。 ▼ あと一時間もしたら手術が行われるというとき、僕は、なんだか考えることを拒否しているようなぼんやりとした気持ちがしていました。「あと一時間か……」 特にこれといった感情もわかず、なにげなく左手首につけられたプラスチック製の腕輪を見るとそこには自分の名前がマジックで書かれていました。その瞬間、激しい恐怖に襲われました。 ▼ 「それでは四階に行きましょう。」 そう言われて僕は少し広めのエレベータに乗りました。看護婦さんは緊張をほぐそうといろいろ話しかけてくれるのですが、僕は、ああ、このエレベータの広さはベッドに寝ている患者さんを運ぶためなんだ、そう考えてますます暗い気持ちになりました。 ▼ エレベータが四階で開くと、正面の部屋の入り口には数人の若い看護婦さんが待っていました。「それではこの部屋で着替えて下さい」 「手術衣はかごの中にあります」 「脱いだ服はそのロッカーの中に入れてください」 「鍵はロッカーについていますから。それでは着替えが終わりましたら呼んでください」。当たり前だけど看護婦さんはてきぱきしていてとても慣れたふうだ。……ところでこの帽子は耳を出すように被るんだろうか? ▼看護婦さんは 「それでは手術室の方へ行きましょう」 と部屋を出て、がたっと音を立てて山折りに開かれた自動ドアの奥へと進み、手術室の並ぶ廊下をゆっくりと歩いていきました。僕は、本当は行きたくないけれど置いていかれないようについていき、そうして入り口から見た手術室は、なんだか学校の理科室のようでした。 ▼ 右手はここへ、足はここへと看護婦さんは丁寧に指示を出し、僕はそれに合わせるようにして手術台の上に横になりました。揃えた足のかかとの下には足を固定するためのクッションが置かれ、大きく広げた右腕には血圧を測るための器具が、同様に広げた左腕には点滴が、そして胸には心電図をとるための器具が次々と取り付けられていきます。奇妙なことですが、このときの僕にはこれから行われる手術に対する恐怖心はありませんでした。 ▼ 「何か聞きたい曲あります? 何でもありますよ」 と言われ、そのとき初めて僕は手術室の中に音楽が流れていることに気がつきました。「何でもあるんですか?」 「ええ」 「じゃあ……いや、おまかせで」 「いま何か言おうとしてたでしょ (笑)」 「ええ (笑) テクノとかは?」 「あー、テクノはないなー。洋楽持ってきましょうか?」 ▼ それからしばらくして息を弾ませながら看護婦さんが戻ってきました。そしてCDを見ながら、「ええと……ジャネットジャクソンに……マライアキャリー……ミーシャ……」 「ミーシャ?」 「あと……ダンスマン(笑)」 「ダンスマン(笑)。じゃあ、ジャネットジャクソンで」 「はーい」。 ▼ 首の位置に高さ30センチほどのついたてが取り付けられているために僕は視界がほとんど遮られていたのですが、入り口のドアががらがらと開く音が聞こえると、はっきりとわかるほど手術室の中が緊張感で満たされました。それまで少しずつ話しかけてくれていた看護婦さんたちはもう話しかけてくれません。部屋の中が静まり返ると、「よろしくお願いします」 と執刀医の先生の低い声が聞こえ、すぐに看護婦さん全員の 「よろしくお願いします」という声が聞こえました。そのとき、今、立ち上がって逃げることはできるだろうか、そんなことを考えました。 ▼ 「局部麻酔を行います。少しちくっとしますよ」 「はい」。返事をして数秒ほどの何もない時間、そして針がゆっくりと差し込まれる感触。ついたてのせいでいま何が行われているのか、何も見えない。針はもう引き抜かれただろうか? 「もう一度刺しますよ」。そして再び同じ間と針の感触。「もう一度刺します。痛くないですか?」 「はい」……。しばらくしていきなり右腕が締めつけられる。締め付ける強さは時間とともに強くなり、そして、ピーッという大きな電子音とともに締め付けるのを終える。きっと今、自分の血圧がどこかに表示されているのだろう。看護婦さんが僕の顔をのぞき込んで小さな声で話しかける。「痛くはありませんか?」 ▼ 執刀医の先生が確認するように話しかける。「どうですか、痛みはありますか?」 ぼんやりとした痛みが響く。「はい、少し」 「ここはどうですか?」 別の位置にぼやけた痛みが広がる。「はい、ちょっと」 「そうですか。」 右腕が締め付けられる。看護婦さんが小声で話しかける。部屋のなかにはジャネットジャクソンの曲が小さく流れている。 ▼ もう感触は無くなった。先生は何かをしている、いや、手術をしていることは知っている。けれど何もわからない。わかるのは音だけだ。カチャ、という音が聞こえるたびにこう思う。あれはメスが置かれた音だろうか? もう切っているのだろうか? 看護婦さんが小声で話しかける。「寒くはないですか?」 僕は出血しているのだろうか? また右腕が締め付けられる。この不安な時間のなかにあって、腕を締め付けてくれるこの機械は僕にとっての唯一の救いだ。静けさのなかで小さく聞こえるジャネットジャクソンの曲、あれを聞くことに集中しよう、そう考えたとき、僕の目に涙が浮かんだ。看護婦さん、話しかけないでくれ、見ないでくれ……。 ▼ 不安にまみれた時間は5時間に及んだ。もう僕の意識はぼんやりとしていた。おかしなことに、それは手術を受ける前のあのぼんやりとした感覚とまったく同じだった。そのとき突然、低い声が響いた。「ありがとうございました」。続けて看護婦さんたちが一斉に応える。「ありがとうございました」。僕はがっくりと力が抜けた。 ▼ こうして手術が終わり、全ての器具が外されていきました。「ゆっくりと体を起こしてください」。起きようとすると、僕の体はもう何年も寝たきりだったように不器用に動きました。そして顔を上げたとき僕は初めて気がついたのです、先生も看護婦さんもみな笑顔を浮かべていることに。僕は、言葉では言い得ないほどの感謝を覚え、そして、人間は多くの人に生かされている存在であることを本当に感じました。再び着替えて時計を見ると、5時間なんて経っておらず、ただ1時間ほどが経っていました。 ▼ 最後に、名前の書かれたプラスチック製の腕輪は看護婦さんがハサミでぱちんと切りました。それはとても象徴的な光景でした。

□ 2001/06/04 ジョージ秋山 『告白』

▼ 最近、ジョージ秋山の未刊行作品が幾つか出てるんですが、そのなかでも特に 「告白」 が素晴らしいです。作品というよりジョージ秋山の自叙伝と言ったほうが正確なんだけど、これがただの自叙伝じゃないんですよ。ジョージ秋山自身の、友人を殺した過去が告白されていくんです。「私はもうがまんができなくなった。私は十一年ものあいだ苦しんできた。私は勇気がなかったのだ。私はすべてを告白する。私は友人を殺した。」 ▼ それから 「現約聖書」 のなかの中編、「怨歌 (うらみのうた)」 もお薦め。貧しいが心優しい少年が幸せになろうと奮闘するも報われず、やがて偶然拳銃を手にする……というお話。「告白」 をフェリーニ的とするならば 「現約聖書」 はパゾリーニ的な感じかな。 ▼ ところでこんなふうにいろんな作品に接していて気がついたことがあります。それは、自分がハッピーエンドをあまり好まない、ということ。ハッピーエンドはその時点での終了を意味する (勿論そういう時間を提供することは素晴らしいことだと思う)。だけど、悲劇的結末はそうではない。それは現実へと続いていく。だから惹かれるんだろうなあ。

□ 2001/06/12 木崎ひろすけ

▼ 大好きな漫画家、木崎ひろすけさんが亡くなったそうです。「少女・ネム」 のあとがきを読むと、繊細な絵と同様の繊細な感覚を持っていた方だということが伝わってきます。本当に残念です。ご冥福をお祈りします。▼ 大阪の児童殺傷事件によって精神障害者の責任能力が問題になっているけど、話題になるのは原因ばかり、現実の全ては結果なのに。そして結果は被害者にのしかかる。

□ 2001/06/14 ストレッチマン

▼ 朝、テレビをつけてたら、ストレッチマンなるヒーローがかざぐるまを片手に 「やあ、みんな! かざぐるまって面白いよね!」 と言ってました。やるなNHK。

□ 2001/06/28 中原昌也

▼ おはっス! 中原昌也が三島由紀夫賞を受賞したそうで嬉しいなあ (もうちょっと早く賞をとっても良かったけどねー)。もともと苛立ちの作家だと思ってましたが、受賞作 「あらゆる場所に花束が……」 では特にそれらをユーモアで覆ったりせず、真っ直ぐに表現していて驚きました。攻撃性が表面化しとります。 ▼ 中原昌也といえば、暴力温泉芸者名義で望月峯太郎の漫画 「座敷女」 のラジオドラマをリミックスしてましたが、これも非常に良かった。カットアップされたラジオドラマの断片にノイズと呻き声をリミックスして 「座敷女」 の物語を精神病院の患者の妄想にしてるんですよ。必聴! ▼ 最近の素晴らしいモノ。CD 「DOUBLE FIGURE (plaid)」 「indoor fireworks (DOCTOR ROCKIT)」「EVERY DOG HAS ITS DAY (MILLSART)」 DVD 「カルネ」 「カノン」 (ギャスパー・ノエ) 以上!