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だつりょくにわ



□ DIARY



2000年からの日記です。
あんまり日記っぽくないですねー。

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□ 2002年 1-6月


□ 2002/01/19 あけましておめでとうございます



▼ 好きな食べ物は糖分! というわけでクボです。あけましておめでとうございます。
▼ 年末年始は実家に帰ってだらだらしてたもんで、正月三が日はほとんど同じ行動パターンになっちまいました (おとそ→テレビ→寝る→おとそ→テレビ→寝る→おとそ→テレビ→全裸運動会のビデオ)。いやー、新春漫才とか見まくったなあ。アタシ、もう、昭和のいるこいるのことしか考えられない! そういや昔、古い芸人さんが 「芸人は笑われるのではなくて笑わせるのである」 とか言ってたけど、ホッブズによると笑いは優越感によって生まれるらしいから、どちらにしても笑われてるんじゃないかなあ……と、酔っ払いながら思いました。あとはビデオで録画してた 「空耳アワー特番+ガキの使い罰ゲーム特番」 をえんえんループさせながらずーっと引越しの準備をしておりました。 ▼ それから新年会&大阪へ行く記念っちゅーことで会社の旧友と朝まで飲んできました。こうして気楽に飲みに行けなくなるかと思うと何だか寂しくなるなあ……(あと、うんこの話ばっかりしちゃってすみません)。後日、新年会に来られなかった友人と渋谷で映画を観てそのまま朝まで飲み。こんなふうに遊びに行けなくなるかと思うと、やっぱり寂しくなるなあ……(あと、うんこの話ばっかりしちゃってすみません)。 ▼ ところで、そのとき観た映画 「メメント」 はかなり素晴らしい出来でした。記憶を10分しか保てない男が妻を殺した犯人を探す物語なんだけど、10分ごとの断片的な映像が物語の時間的な順序に逆行するように繋げられているんです。「メメント」 のパンフレットには 「ゲーム感覚を持つ革新的映画」って書いてあるんだけど、実際コンシューマゲームには既に似た形式のものがあります。プレイステーションの 「lain」 というゲームで、操作性が悪いこととゲーム性が希薄という問題点はあるんですが、断片的な記録を参照していくことでひとつの事実が見えてくるという楽しさがあるので興味のある人は遊んでみると良いと思います。 ▼ それから素晴らしかったといえば、ハーバート 「leave me now」 のリチャード・ディバインMIX。個人的にリミックスの曲ってダメなんですがこれは久々のヒット。ケンイシイ 「circular mothion」 のpatrick pulsinger MIX以来かも。 ▼ あとニ階堂正宏の漫画 「極楽町一丁目」。基本的に嫁が姑の介護に疲れて殺意を抱くという内容なんですが、ページをめくると介護していた嫁がいきなり姑に手裏剣をなげたり、それを姑がバック転でかわしたりする素晴らしい漫画です。正月から爆笑したなあ。ちなみに二階堂正宏は昔 「Beep」 という雑誌で 「ゲーム小僧」 というシュールな漫画を描いてましたね。 ▼ そんなわけで今年もよろしく! (太陽行進曲「かあさん太陽」 は本文とは関係ありません)

□ 2002/01/23 不思議の国

ケミカルブラザーズの新譜 「come with us」 が出ましたねー。相変わらずのケミカル節炸裂といった感じですが、4曲目 「star guitar」 が群を抜いてます。国内盤ではcd extraとしてこの 「star guitar」 のビデオクリップが追加されてるんですが、これが本当に素晴らしい! ディレクターがあのミシェル・ゴンドリーというだけでも硬くなっちゃいそうなのに、ダフトパンク 「around the world」 の手法をより美しく洗練させた作品になっていて、作品性、エンターテインメント性ともに完璧! 凄い!
▼ 「不思議の国のアリス」 のアリスは、不思議の国という子供の世界を具現化したような幻想的な世界に迷い込み、そして目が覚めることによって子供の世界を出て現実の世界へ戻ってくるという、一人の少女の成長物語だった。なんでいきなりこんなことを書いたかというと、今年は遊園地で行われた成人式があったとかで、メリーゴーランドに座る成人の姿がテレビに映ってたので。

□ 2002/01/26 神波さん

▼ 脚本家の神波さんたちと飲んできましたんですが、今回はもう神波さんがはじけまくりでめちゃめちゃ面白かった! 僕、広島の呉生まれですよ、と話したら仁義無き戦いの話からスタート! ヤクザの話に始まって、警察の話、バイアグラの話、井筒監督の話……って、どれも危なくて書けないよ! ▼ ところで、神波さんにどうしても聞きたくてこんな質問してみました。「ヤクザの死生観ってどうなってるんですか?」 これに対する神波さんの答えが 「それがねえ、あんまりわかってないと思うよ。だって、ずーっとシャブやってたからねえ。」 ってのがちょっと可笑しかったな。可笑しがってる場合じゃないな。さらに、書いたばかりという脚本をちょっぴり見せてもらったりして有意義な時間を過ごすことができました。うーん、それにしても68歳には見えん! ▼ とうとう出た 「STUDIO4℃ DVD Collection BOX-NO.01」。特に田中達之 「陶人キット 予告編」 を楽しみにしてたんですが、いかんせん短い! はやく本編を作ってほしいなあ。あと森本晃司 「空中居酒屋」 は 「アンジェラ・アナコンダ」 (個人的にハマってるカナダの面白アニメ) を彷彿とさせます。カッ。キン。どの作品もすごく短かったためか、肝心の作品よりもおまけ (森本晃司オリジナルCD-ROMとTシャツ) の方が豪華な感じがしちゃったかな。早くNO.02出して!

□ 2002/02/23 同時多発テロと結婚

▼ 9月11日の同時多発テロ以降ニューヨークで結婚率が増加したんだって。それってどういうこと? というわけでちょっぴり真面目に考えてみました。ブルーな話になるので注意!

▼ 例えば、コタツに入って、みかんを食べながらテレビを見ている。ま、よくある光景です。でも本当に 「ある」 光景といえるんだろうか? ▼嫌なことだけど、生きていれば誰もがいずれ死んでしまう。では、死んでしまったらどうなるんだろう? 「魂」 があるかどうかは置いといて、まず最初に肉体が失われてしまう。そのために肉体的な感覚はすべて失われる。つまり死んでしまった後は何も見ることができないし、何も聞くことができない。要するに何も感じることができない。 ▼ もし 「魂」 というものがあったとして、それはいったい何なんだろう? 意識みたいなもの? でも意識は脳が作り出している (脳幹網様体が覚醒させ、大脳皮質が認識させることによって意識が生まれているんだって。でもまあ、意識なんてお酒でも飲めば簡単に乱れてしまうくらい肉体的だ) 。つまり死んでしまうと肉体は失われるから、意識も失われる。だから死んでしまうと 「僕は」 なんて考えることも出来なくなる。 ▼ きっと、死んでしまうと全ての感覚がなくなり、そして全ての意識がなくなってしまうのだろう。永遠の暗闇の中で、しかしそのなかにいることに気がつかない状態、それが 「死」 なのだろう。その感じはきっとこの言葉が端的に示している。「永眠」 だ。
▼ 僕はいまこうして生きているけれど、生まれてくる前はどういう状態にあったのだろう。ずっと死の中にいたのだろうか? それはわからない。仮に、これまで生の状態にいたことは無かったと考えてみる。 ▼ 地球が生まれてからとしても46億年もの時間、自分は死の中にいた。そしてわずか70年〜80年の間 (もっと短いかもしれないけれど) 自分は生を受け、そして再び何も見えず何も聞こえない死の世界へと戻っていく。 ▼ この生という時間はいったい何なんだろう。例えるならば、どこかの駅のプラットホームにいる時間のようなものだろうか。どこかからやって来る電車から人々がその駅のプラットホームに降りてきて集まり、同じ時間を共有する。やがて、どこかへと向かう電車に乗って、ひとり、またひとりとプラットホームから去っていく。誰かがやって来て、そして誰かが去っていく。それでもプラットホームには常に誰かがいる。このプラットホームこそが、こうして自分が存在する世界だ。例えば、街のなかを眺めてみる。街のなかにあるものはどれも全て、みんながいっとき共有した生という時間のなかでプラットホームに残されたものだ (しかしそのみんなはいずれどこかへと去っていく)。 ▼ 生という時間はおそろしく永い死の時間の間に生まれた僅かな時間だ。生が終われば再び永い死の時間が訪れる。生はまるで死の途中で見る短い夢のようだ。夢とはこうだ、確かにそこにいて何かをしたり何かを感じたりしている、しかし目が覚めれば実際には何もない、ただ眠っていただけだ。夢であるかのようなこの生という時間、それは本当に 「ある」 と言えるのだろうか? コタツに入って、みかんを食べながらテレビを見ている。それは本当に 「ある」 光景なのだろうか? 生の時間という夢なのではないだろうか? 
▼ 死を迎えたそのとき、生の時間のあいだ確かに 「あった」 これらのもの全ては消えてなくなる。コタツも、みかんも、死を迎えた自分の前から消えてなくなる。ならば、自分がこうして見ているこれらはいったい何だろう? やがて確実に消える夢のような存在である生の時間に 「あった」 これらに、いったいどれほどの意味があるというのだろう? おそらく意味があると思うのは間違いだ、意味があると感じるのは今まさにそのなかで自分が生きているからだ。コタツが暖房器具で暖かく、みかんが果物で甘いという自分にとっての価値があるから意味があるのだという夢を、夢のなかを生きている自分が感じているからだ。しかし、いずれ死を迎える自分にとってそうした価値は存在しない、意味も存在しない。だからといって意味が存在しないことを恐れることはない。意味が存在すると考えることにも意味はないのだから。 ▼ こうして死によって生のなかのあらゆる物から意味が消え、形だけが残っていく。意味が失われた 「こたつ」 は 「こたつの形をした物」 に過ぎない。意味が失われた 「みかん」 は 「みかんの形をした物」 に過ぎない。自分の周りにある様々なもの、それは、様々な形をしたものに過ぎない。例えばどんな形でもいい、自分の周りに様々な大きさの球体が並んでいる……死において考えれば生とはこのような世界だ。形に囲まれ、ひとりぼっちでこの虚ろで夢のように消えていく世界の中にいる。生は本当に 「ある」 のだろうか? こたつは? みかんは? どれもこれも本当に 「ある」のだろうか? この生という世界に 「ある」 と感じている自分は本当に 「ある」 のだろうか? 
▼ 死をきっかけとするこうした孤独感への道のりを遡るとき、そこには意味の喪失という過程があるようだ。意味とは生における自分自身にとっての価値のことだ。価値とは生における自分自身と対象物との関係のことだ。「こたつ」 は自分が入って暖まるための暖房器具だし、「みかん」 は自分が食べて甘いと感じる果物だ。それらは生において自分にとっての価値があり、意味がある。そしてその対象は物ばかりではない。人間に対しても同じだ。親子、友達、恋人……そうした関係を築くことによって生において価値が生まれ、意味が生まれる。生において価値と意味が与えられることによって死は遠のき、虚無感、孤独感は薄らいでいく。 ▼ 物に対しても人間に対しても、自分自身との関係を持つこと。それによって生まれた価値と意味は虚無感と孤独感を軽減し、死より多く生の印象を与えてくれることだろう。このとき、自分自身が物に対して関係を持とうとする感情、それは愛着だ。そして自分自身が人間に対して関係を持とうとする感情、それは愛情だ。死より多く生の印象を与えるもの、それはつまり、自分自身が抱く愛でしかないのかもしれない。
▼ 9月11日の同時多発テロはあまりに鮮烈で、数多くの犠牲者を出した。それは多くのニューヨーク市民に死を強く意識させたことだろう。そしておそらく死の意識を軽減させるための行為として、生とより強い関係を築くための愛を抱き始めたのではないだろうか?

▼ とまあ、そんな理由でニューヨーク市民の結婚率が増加したんじゃないかなー、という話でした。あ、プラットホームに到着する電車って 「銀河鉄道の夜」 の電車ですね、きっと。

□ 2002/02/17 大阪レポート

▼ さあ、大阪に来ました。なんといっても、みんな大阪弁を喋ってるってのが一番びっくりしましたねー。街中はもちろん、コンビニの店員までが大阪弁ってのはやっぱり驚いちゃうね。なんだか機械に心が宿っているみたいな感じで。そういや、テレビで 「世界ふしぎ発見」 見てたら、司会の草野仁まで大阪弁だったもんなあ。(うそだよ) あ、コンビニと言えば、ローソンがえらく多いです。ローソンの向かいにローソンってトコもあったし。意図がわからんなあ。あと、ミスドやフォルクスも多いね。 ▼ 弁当屋に行くと、エビフライ系の弁当が充実してます。素敵。しかし「すき焼き弁当」 があるのはいいとしても 「すき焼き弁当 (うどん入り)」 ってのは何ですか!? ご飯があるのにうどん入り!? と思ったらその横には 「焼きそば弁当」 が。焼きそば食いながらメシが喰えるか! ウマーイ! 弁当で思い出したけど、右手にお弁当、左手にトイレットペーパーを持っている状態って恥ずかしいですよね、これが僕ですって言ってるような感じがしちゃって。そうでもない? それじゃ、女の子がお弁当を買う姿はなんだかHですよね……って、違うぞ! 俺はヘンタイじゃないぞ! (履いていたストッキングを引きちぎりながら!) ま、それは置いといても全体的に食べものがウマイ。特にたこ焼き! 最高! すぐにたこ焼きの刺青を彫りました! ▼ それから、なぜか節分の日に屋台で巻き寿司が売られてました。なんで巻き寿司? 男根の象徴かしら? と思ってたら、どうやら毎年家族揃って同じ方向を見ながら巻き寿司を切らずに食べるという習慣があるらしいです。へえー。そういや、コンビニに 「今年は北北西です」 って書いたシュールな看板がぶら下がってたなあ。 ▼ それから、根本敬言うところの 「イイ顔」 (個性的な服装、個性的な髪型、残念な顔、の三拍子揃った一風変わった紳士のこと) が多いのにビックリ! しかもオヤジだけじゃなくて若いのにも多い。なんでだろう? ついでにケバいオバチャンも多いぞ。 ▼多いといえば、ストリート系の格好をしてる少年が異常に多い。「smart」 よりも 「cool」 を愛読してます、って感じ。大阪ではヒップホップでも流行ってんのかな? それと女子高生の格好が全然違う!(不満!) ▼ それから、ストリートミュージシャンってのはよくいるけど、さすが大阪、ストリートで漫才やってるのがいました。ちゃんと聞いてなかったけど、「そうそう、よくカブトムシを家に持って帰ってたなあ」 っていうセリフだけが聞こえました。このセリフを手がかりに各自、内容を想像してみよう!

□ 2002/02/24 ケーブルテレビ

▼ ケーブルテレビに加入しました。というわけで、WWFやらMTVやらスペースシャワーTVやらサッカーやらアンジェラ・アナコンダやらドリフ大爆笑やら見まくり! すげー楽しい! ▼ WWFってのはアメリカのプロレス団体で、僕は最近になって知ったんですけど、これ、ホントに面白いねー! 初めて教えてもらったときに見せてもらったのがバトルロイヤル (たくさんのレスラーがリングの中で戦って最後に残ったレスラーが勝利、という試合) だったんですが、これがまた最高! 個性的なレスラーが次々と入場してくるんだけど、その個性がだんだんおかしな方向に進んでいって、最終的には鳥の着ぐるみが入場してくるんですよ。それはレスラーじゃねえだろ! 実況のアナウンサーが 「個性的なレスラーの登場です」 って言ったかと思うと、舌の根も乾かぬうちに言ったセリフが 「それではこのレスラーが誕生した瞬間をビデオで見てみましょう」だって。誕生した瞬間? するといきなりリングの横に巨大な卵が置かれている様子が映ったかと思うと、スローモーションで卵が割れてゆっくりと鳥のレスラーが生まれてくるショッキングな映像が! 最高! ▼ そしてさらに見せてもらったのが、WWFのオーナーがその息子とリング上で親子げんかをしているものだったんですが、なんとその喧嘩の最中に、オーナーの暴力によって廃人になってしまったその妻が車椅子で登場! しかも、息子のピンチにやおら車椅子から立ち上がり、オーナーに金蹴りを一発! こりゃもうコントだ! 素晴らしすぎる! ▼ MTVやスペースシャワーTVは終日ビデオクリップを流してるチャンネルで、アーティストの特集なんかもたまにやったりしてます。この前もミシェル・ゴンドリーの特集や、オービタルやジ・オーブ、スーパーカーなんかのビデオクリップ特集やってたりしてかなり素晴らしいです。 ▼ アンジェラ・アナコンダは前にも書いたカナダの面白アニメ。顔だけが白黒の実写のキャラクタはインパクトが凄い。でもやってることはちびまる子ちゃん、ってとこがまた凄いです。 ▼ ドリフ大爆笑は説明不要っすね。下痢気味の加藤茶がお腹を押さえて言った 「ああ、さす!さす!さす!」 ってセリフに笑い転げました。「スーパーミルクちゃん」 もやってるし、やっぱケーブルテレビ最高だわ!

□ 2002/03/03 古式君

▼ 「ネットやろうぜ」で知り合った友人、古式くんと遊びに行きました。これまでメールでは何度かやりとりしてたんだけど、実際に会うのは初めて。電話してたら、目印はシルクハットです、とか、家族総出で行きますとか言うのでかなり不安な気持ちに。しかし実際会ってみると噛みタバコをしていることを除けばなかなかのナイスガイで、なんだかんだで意気投合して朝まで飲み。楽しかった! (ちょこちょこウソを混ぜてます) ▼まずは映画 「カタクリ家の幸福」 (三池崇史) へ。これがまた朝っぱらから凄かった! 沢田研二主演なのにいきなりクレイアニメから始まるってどういうことよ? 間違えて 「オテサーネク」 観に来ちゃったかな? と思ったですよ。内容は、山の中でペンションの経営を始めた家族のもとにやって来たお客が次々と変死してしまい、それを隠そうとするうちに家族の絆が深まっていく、というお話なんですが (韓国映画 「クワイエットファミリー」 のリメイクだって)、なぜか全編ミュージカル。しかも、丹波哲郎がミュージカルするってだけでも面白いのに、松坂慶子が 「それでは観客の皆様もご一緒に」 とか言っていきなりカラオケの映像に切り替わったりしてもうむちゃくちゃ! 挙句の果てには重要なシーンがまたクレイアニメに! やりたい放題か? と、物凄く悪ふざけに見えるこの映画、しかしその根底には死と愛を真摯に肯定していくという美しいテーマがありました。この監督の映画はほとんどそんな感じですね。普遍的なテーマと悪ふざけによる娯楽性の両立。自分の好きなものを盛り込んだらこうなっちゃったんだもーん、ってことなんでしょうなあ。最高です。 ▼ それからこの日は上映後に舞台挨拶があって、なんと三池崇史監督と忌野清志郎が登場! 忌野氏、入ってくるなり 「イエ〜ッ!!」 そしていきなり一曲熱唱! 場内はすごい盛り上がり! その後、忌野氏はずうっと映画のなかでの役、リチャード佐川 (インチキイギリス人) としてインタビューに受け答えしてました。「つい今しがたまで寝てマシター」 とか 「丹波さんが、聞いてないのに昔の俳優の裏話を話してくるんデスヨー」 とか。「初めてこの映画をご覧になったときの感想はいかがでしたか?」 という質問に対して 「まったく呆れマシター」 って答えてたのが印象的でした。 ▼その後、タワーレコード→オムライス屋→本屋→映画 「メメント」 (また観ちゃった! やっぱ面白いわ)、そして飲み屋へ。ところがこの飲み屋、なぜか入口に巨大な仏像があるんですよ! しかも中に入るとまた仏像が! どんな飲み屋だ? しかもメニューが全て動物のペニスを使った料理だし! それはうそだけど! (ペニスの意味がわからないお子様は近所の未亡人に聞いてみよう!) そしてそのまま古式くんの家に遊びに行って朝までしゃべりまくりました。いやー、楽しい一日だったなあ!

□ 2002/03/24 ピアニスト

▼ 古式くんと映画 「ピアニスト」 (ミヒャエル・ハネケ) を観に行く。想像してたよりも遥かに面白かった! これは厳しい規律と自由への欲求をテーマにしている作品で、言ってしまえばマゾッホの 「毛皮を着たヴィーナス」 女性版といったとこなんですが、規律と自由をかなり極端な形で表現しているために、ちょっとバタイユっぽいかもしれんです。嘔吐、レイプ、暴力シーンはもとより、自らの性器をカッターで切るシーンなんかもあったりして。いてててて。 ▼ それから、テーマが重くて深いのにギャグっぽいシーンが連発されるところとかもバタイユっぽいかもしれません。例えば、「厳格な規律によって縛られた人間は、自由への解放を求める」 表現が 「厳格に育てられたピアノ教師がのぞきをしながら真顔でおしっこしちゃう」 シーンになったり、「厳格な規律で歪められた精神が愛する対象を失ったとき、そこにはもはや規律を愛することしか残されていない」 ことを示す表現が 「恋人に振られたピアノ教師がいきなりお母さんに抱きついてチューをする」 というシーンになってたりするもんなあ。そりゃ笑っちまうわ! しかも、幾つか天丼をやってるシーンもあったりして、明らかに意図的に笑いをとろうとしているフシも見えます。いずれにしても、素晴らしかった。 ▼ そして終電まで飲み。ところが今度の飲み屋が教会っぽい装飾なんですわ。前の仏像といい、大阪すげー! しかもメニューがすべて動物のペニスを使った料理だし! それはうそだけど! (ペニスの意味がわからない三十代男性は近所の未亡人に聞いてみよう!) それにしても、飲み屋で聞いた古式くんの青春よもやま話には驚きました。まさか地下牢に双子の兄が隠されてたなんて……。(うそだよ)

□ 2002/04/07 太陽の塔



▼ 万博記念公園へ太陽の塔を見に行ってきました。初めて見た感想は 「でかい!」 近くに寄ってじっくり見てみると、けっこう表面がぼろぼろになっていて、口をしかめて歪んだ表情と相まって、かなり立体的な感じがしましたね。 ▼ ところで万博って何かというと、世界各国が時代の先端をいく科学技術のデモンストレーションを行ったりして国際交流を深めていく場なのだそうな (エッフェル塔や、テレビ、エレベーターなどの先端技術が登場した場でもあるんだって)。でも、「♪せか〜いの〜、くに〜から〜」 様々な文化の人々が一堂に会して、本当の意味で理解を深めるために必要なものは何かと考えたとき、それは文化ごとに差が生まれてくる近代的な技術を排除した部分なのかもしれない。そんなふうに考えて土偶に似た原初的な存在を具現化したものが太陽の塔なんでしょうね。万博は祭りだ、と。 ▼ それから万博記念公園のもうひとつのお目当て、国立国際美術館へ行ってきました。ぶらぶらと眺めていたら、クリムトが美術書を包んでいるのが置いてあったりして。包まれたものに対する美的な興味よりも、包むという行為のほうに比重を置いてたのかなあ。 ▼吉原治良の巨大な輪っか (「無題」)は近くで見ると凄い。めちゃめちゃトリップできます。吸い込まれるう〜。 ▼ 石膏の夫婦が黒いレンガの前で立っている、という作品があるんですが (ジョージ・シーガル 「レンガの壁」)、レンガに映ったこの夫婦の影を見てびっくり。奥さんの顔の影が旦那の影のおなかあたりに重なっているせいで、太陽の塔そっくりになってるんですわ。すげー。 ▼ 見たい人は係員まで、というので、寝ていた係員を起こしてビデオ・アート作品を鑑賞。辻伸也 「銭湯」 がよかったかな。男が銭湯で体をごしごしこすっているだけのアニメーションなんだけど、そういや確かに体を洗うという行為は肉体を持て余している悲しさがあるなあ。 ▼ ひととおり満喫したので、地下のレストランへ。庭にあるヘンリー・ムーアの彫刻「ナイフ・エッジ」 をぼんやりと眺めながらうどん定食を食べる。しかし、うどん食べながら彫刻を見るってのも凄いなー。 ▼ 庭に出て彫刻などをいろいろ見ていると、壁の向こうに太陽の塔の頭がちらっと見えた。でも、その頭は美術館を向いていなかった。

□ 2002/04/28 わたくしの一日

▼ 初めて憶えた言葉はタモリ! いやー、2月に引っ越してからというもの、とにかく忙しくってぜーんぜん更新できなかったっす。だってさ、いまの生活って基本的にずうっとこんな感じなんだもん。

7:50 起床
8:30 出社
9:30 仕事
12:00 昼休み
13:00 仕事
24:00 帰宅
25:00 夕食
26:00 母国を思い出して泣く
27:00 就寝

そりゃ更新できんわ! 

□ 2002/05/某 映画の感想

▼ いろいろ映画を観に行きました。まずは 「DEAD OR ALIVE FINAL (三池崇史)」。これはもてない高校生5人組が誰が最初に童貞を捨てられるかを競い合うという青春ラブコメディーなんですが (うそです)、いやあびっくりした。何がびっくりしたって、哀川翔と竹内力が 「ブレードランナー」 やってるんですよ! そしてあのオチ! とにかくこの監督の洞察力とサービス精神には頭が下がります。そういえば昔 「New Scientist」 のコラムで意識の研究をしている学者のインタビューがあったんですが、そこで、いつの日か意識は人工的に生み出せるでしょう、アンドロイドは電気羊の夢を見るのです、と言っていたことを思い出した。 ▼ それから 「エトワール (ニルス・タヴェルニエ)」。これは歴史あるパリ・オペラ座のバレエダンサーのドキュメンタリー映画で、「エトワール」 というのはオペラ座の階級のなかでも限られた者のみが得られる最高の称号のこと。映画のなかでバレエダンサーは本音を語り、そしてまた、舞台裏の真実が映し出される。子供時代のあまりに厳しい鍛錬に、過剰なまでに徹底された自己管理。トゥシューズの中からは血豆で真っ赤になった足が現れ、舞台を終えたバレエ・ダンサーは音を立てて倒れこむ。しかしそれでもバレエダンサーは舞台へと向かう。「化粧を終えたあと、衣装をまとうと、重圧どころか自由を感じる。舞台袖から舞台上へ。目がくらむような感じを味わう。光と闇が交錯する。そして突然自由に。あれは……魔法よ。」 ▼ 「エトワール」 の監督ニルスはエトワールのオーレリ・デュポンに問いかける。「情熱という言葉を定義して。」 デュポンは答える。「必要。」 マリ=アニエス・ジロはこう語る。「私はバレエを生きている。愛するという言葉では弱すぎる。」 禁欲的な生活、そしてその代償として得られる大きな喜び。それはまるで信仰を求める人々のようだ。そしてその高みに 「エトワール」 はある。 ▼ 元エトワールの教師ギレーヌ・テスマーがバレエ 「ラ・シルフィード」 について語る。しかしそれはバレエダンサーについて語っているのではないか? 「ラ・シルフィードは理想の女性像。男性の夢の象徴。あまりにも完璧で、はかない存在。羽根のように軽やかで優美な風情。けっして手の届かぬ欲望の対象。欲望といっても重苦しい感情ではないの。秘めやかに理想へと昇華する。生の存在感があってはならない。軽やかな魔法よ。理想のヒロイン。手の届かぬ魅惑の存在。かなわぬゆえに永遠に続く恋。」 

□ 2002/05/某 ヌードルヌード

▼ 何かの雑誌で海外のアニメーションを特集してて、そこで紹介されてた韓国のアニメ「ヌードルヌード」を発見。

 

▼ えっ!? ふんどし姿で大ジャンプ!? こりゃあ事件だ! さあーて、忙しくなるぞー!

▼ というわけで、さっそく観てみたところ……うわっ、しょーもないエロネタばっか! 最低! (満面の笑みで) やっぱどこの国でも男は一緒だわ! 例えば……女が振り向くと偶然後ろにいた男のナニが口の中に! 頑張ってもなかなか抜けない! 二人でもがくうちにそのまま空へ飛んでいって……ってどんな話だこりゃ!? しかも面白いことに字幕が日本語と英語、さらに中国語にも対応してるんですわ。こんなもんを世界に向けて発信しようというその姿勢がまた最高!


□ 2002/05/某 ネットとコミュニケーション

▼ ソボクさんと飲みにいきました。実際にお会いするのはなんとネットで知り合って5年めにして初めて! もう5年になるのかあ……。5年といえばアレですよ、82歳の老人が87歳になるほどの時間ですよ! あんまかわんねー! ま、それは置いといてかなり楽しかった! ジョン・ロビンソンはもういい歳だろう、とか、ボスドラムくらいしか知らないけど今年はシェイメンが来る、みたいな話を延々5時間! ほんとあっという間だったなあ。 ▼ しかし古式くんと会ったときもそうだったんだけど、ネットでやりとりしていた相手と実際に会うというのは何とも不思議な感じを覚えます。といっても、ネットの向こうには 「人間」 がいるのだという至極当たり前のことなんだけど。 ▼ ネットでのコミュニケーションって、相手に対する個人的な印象 (例えば相手のハンドルネームやプロフィールなどの情報から湧き上がってくる印象) に対するコミュニケーションで、それはもう自分と自分のなかの他人とのコミュニケーションなのだから、そうしたコミュニケーションのなかには現実としての他人はどこにも存在していないのかもしれない。例えば次のようなことは実際にあるんじゃないだろうか? ▼ ネットで知り合った女のコに惚れた男がラブレターに似たメールを出す。男は返事が来ることを楽しみにし、返事が来ると小躍りして喜ぶ。そうしたやりとりを続けるうち、男は本当の恋心に捕らわれ、熱に浮かされたようになっていく。そしてとうとう、会うことはできませんか、と書いてメールを出す。男は返事を待つ。ところがその返事がOKだとわかると、さっと顔色が青ざめ、都合が悪くなりました、と書いて断りのメールを送る。 ▼ 電話から人の声が聞こえることによって、あるいは実際に会って顔を見ることによって他人の存在を確認する (同時に確認される)。でもネットによるコミュニケーションにはこうした確認作業がない。だからこうしたヘンな違和感が生まれてくるんだろうなあ。この違和感って芸能人を目の前で見たときの感覚と同じだろうね。ネットと同様、それまではメディアに与えられ育まれた自分のなかの芸能人を見ていたに過ぎないから。

□ 2002/05/某 アメリカ土産

▼ 実家にて弟と会う。なんでも仕事でアメリカに出張してたらしくて、いろいろお土産を買ってきたよー、と。やっぱり持つべきものは兄弟だねえ。そんなわけで弟のアメリカ土産その1、アメリカのガチャガチャで出てきた漢字 (「愛」) のネックレス。



▼ おまえ、ホントにアメリカ行ったか? ホントは南千住じゃないのか? っていうかガチャガチャをお土産にするその根性はなんですか? しかも入ってた袋を見ると、「愛=LOVE」 だって。うるさいわ!

▼ 弟のアメリカ土産その2、ジーザスのアクションフィギュア。



▼ あ、この人、多摩川の河川敷で見たことあります! で、何がアクションフィギュアかっていうと、腕がこんなふうに上がるんですわ。



▼ もうジーザスをキン肉マン扱いですよ。そんで説明文を読んでみると「with poseable arms & gliding action!」だって。「gliding action」? ……と思ったら、ありましたよ! 足の裏にコロコロが! というわけでこんなことして遊べるわけですな。

  

▼ わーいわーい! なんだかアクションさせるたびに信仰心が消えていくような気がします! それどころか偏差値まで落ちていくような気がします! 弟曰く、いやー、シスターのパンチング人形もあってさあ、どっちにしようか迷ったんだよねえ、だって。どーでもええわ! こんなもん作ったアホな会社Accoutrementsのホームページはココ。 ▼ 他にもナイトメア・ビフォア・クリスマスのジャックTシャツや、絵本 「Emily the Strange (Cosmic Debris)」 なんかも貰いました。サンキュー!

□ 2002/06/某 食神

▼ 弟から電話。弟「「少林サッカー」 もうすぐだけど、同じ監督の 「食神」 観てみたよ」 クボ 「どう? 面白い?」 弟 「凄いよー。料理の鉄人みたいに料理対決やるんだけどさあ、何か知らないけど庖丁投げあったりしてるんだよねー」 クボ 「料理対決じゃねーじゃん!」 というわけでさっそく 「食神」 観てみました。最高です。早く 「少林サッカー」 観たいなあ!

□ 2002/06/某 少年サンデー

▼ 古いジャンプやらマガジンやらがずらっと並んでいる古本屋へ。なんか面白そうなやつでも買っていこうかなあ、と思ってたらこんな表紙の少年サンデー (昭和48年12号) を発見。



▼ おおっ、ドリフだ! しかも荒井注の頃のドリフだ! しかもこのポーズ! ……というわけで思わずジャケ買い。 ▼ 掲載されている主だった漫画をあげると、まず 「レッツラゴン (赤塚不二夫)」。最初のページに 「この作品を御理解いただくために」 という作品解説が載ってて、ああ、こりゃ初めて読む読者に親切だなーと思ったら、いきなり、「そのふたりのインデアンは奴隷居住区のほうにむかって農園を横切っていた……これはフォークナーの好短編 「赤い葉」 の書き出しであるが、つまり行動なき理論は死すとも自由は死せずということばは的確ではない。」 って何の話だこりゃ? しかも、そのうち 「メダカの学校は川の中という安易な教育方針が、お客様は神さまであると三波伸介がいったかどうか定かでない。」 やら 「二十年の外国生活をふりかえるならば現代日本の心をじんじんさせたいものである。」 ってもう意味わかんねーっす! そんで漫画の中身がどうかといえば、頭のいい子供をバカに改造する話だもんなー。 ▼ それから 「ザ・ムーン (ジョージ秋山)」。これは9人の子供全員の意見が揃わないと動き出さないロボット 「ムーン」 の話で、設定からもわかるとおり民主主義がテーマになってます。しかも「ムーン」 を子供たちに与えた男爵は 「神は死んだ!」 なんてツァラトゥストラみたいなことを言ったりしてます。文庫版で出てるんで読んでない人は読んでみよう! ▼ さらに名作 「漂流教室 (楳図かずお)」。こりゃもう説明不要ですね。そういえば前に雑誌で楳図かずおと草間彌生の対談があったんだけど、そのツーショット写真のインパクトが凄かった! 思わず飲んでた充実野菜を噴き出したのは僕だけじゃないと思います。 ▼ そのほかには 「男ドアホウ甲子園 (水島新司)」 「ダメおやじ (古谷三敏)」 「人造人間キカイダー (石森章太郎)」 なんかがありました。 ▼ それにしても自分がこういう古い雑誌 (オールドスクール) に惹かれるのは何故なんだろう? もしかするとそれが形として存在する過去だからなのかも。

□ 2002/06/某 少林サッカー

▼ 気持ちを集中したら宙に浮くことができました。うそです。前の会社の友人みんなで集まって飲みに行きました。朝まで飲んで、そのまま渋谷で映画 「少林サッカー (チャウ・シンチー)」 観ました。いやスゲーわこれ! 興奮のあまり思わずヴィッキー・チャオの写真集とか買っちゃった。だってオビに 「VCDがついてます」 みたいなことが書いてあるんだもん。ところでこの本の背表紙にはヴィッキーの (もう呼び捨て) プロフィールが書いてあるんですが、なんかえらくデータが細かい!

 

▼ 生年月日、星座、血液型だけでなく、卒業した小学校なんかまで書いてあるんですわ。さらには 「體重:四十八公斤」……って、体重まで公表!? アタシ、香港のアイドルじゃなくて本当に良かった! ▼ それにしても、繰返しの多用や漫画のパロディー化といったスタンスなど、漫F画太郎の漫画 「地獄甲子園」 と随分印象が重なって見えます。違うのは親しみ易さくらいかも。とりあえず観てない人は急いで行ってこーい! 駆け足! (ちなみにこれ書いてる時点で2回観に行きました) それと旋風脚のハゲてる人が石野卓球に激似で笑った笑った。

□ 2002/06/某 イラン映画


▼ 映画 「少年と砂漠のカフェ」 (アボルファズル・ジャリリ) を観に行きました。ドキュメンタリー的な表現によってイランの社会とそこで力強く生きていくアフガン人の少年の姿を、淡々と、しかしドラマチックに描き出しています。少年を見つめる眼差しが、トリュフォーの映画のような優しさに溢れています。「キシュ島の物語」 というオムニバス映画の 「指輪」 という同監督の作品にもこうした特徴が見られますね。 ▼ ところで 「キシュ島の物語」 にはモフセン・マフマルバフ監督の 「ドア」 という作品があるんですが、これがかなり素晴らしい! 他の作品も観てみたいなあ。