
Y.M.A.C.栄光?の歴史

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上が新しく、下に行くほど古い活動が載っています。
【関西合唱連盟理事長賞をいただきました 第11回バッカス・フェスタ】<2009年11月>
2009年11月3日(月・祝)いたみホール。今年も「バッカス・フェスタ(関西男声合唱祭)」の日がやってきた。ことしは少しジャンルを変え、ジャズ系のオールディズを3曲を単独で。ソロとバック・コーラスとの連携もうまくいった、、、のではないかな。
最終ステージでは、来年に完成するバッカスフェスタ委嘱組曲『ここに集まるすべての人に』の第一曲を、大阪メールクワイヤー・大阪経済大学グリークラブの皆さんとともに初演する機会をいただいた。この組曲の完成が楽しみ。
そしてそして、表彰式では関西合唱連盟理事長賞・秋田の銘酒中の銘酒『まんさくの花・蔵内限定』をいただく。打ち上げでは、さっそく隊員どもで回し呑み。うんま〜!あっという間になくなってしまった。来年もがんばるぞ〜
【日本キリスト教団吹田教会「スプリング・コンサート」】<2009年3月>
2009年3月22日(日)日本キリスト教団吹田教会「スプリング・コンサート」。もとはといえば、ワイマック某隊員が“たいへんお世話になってる教会”に恩返しがしたい、との趣旨。
おう、そんなことならおやすいご用、と、全隊員ひと肌もふた肌も脱いでのコンサート。主題は例の African-American Spirituals。テーマが聖書物語だけに、お客様とは歌ってすぐに一体となる。
以後、某隊員の名(迷)司会によって、爆笑を誘いながら、全曲歌い終えた。
で、われわれが知らされたのは、この教会の牧師さんが転勤になるらしいこと。ならば、と会衆の皆様とともに歌った讃美歌。なんとすばらしかったことよ。
多くの人たちがこころを一つにして歌いあわせる声ってほんとにいいよなぁ。改めて、思い知らされた。
すばらしい機会を与えてくださった吹田教会のみなさま、ありがとうございました。ワイマック隊員一同、心から感謝しています。
【第39回 オール関西 レディース・コーラス・フェスティバル】<2009年3月>
2009年3月7日(土)京都コンサートホール。「第39回 オール関西 レディース・コーラス・フェスティバル」である。「レディース」のイベントになんで中年の男性(男声)合唱隊員がいるの?
コトは08年のバッカス・フェスタにさかのぼる。そこでの名演奏?のご褒美に、今日ここで歌う権利が与えられたのだ。
なにせ客席の95%がレディース。気の弱い?ワイマック隊員は、緊張でアガリまくるのではとの心配もあったが、司会者A氏のたくみな話術で場内の雰囲気もやわらぐ。
演奏開始。The Pianist による抜群のピアノに大いに乗せられて、いつもの「アメリカの古い歌」全3曲をおおむね無事に歌い終えることができ、お客様からも大いなる拍手をいただいた。
さて、いまさら、だが、このホール、ほんとによく響くし歌いやすい。こんな場を与えてくれた関西合唱連盟に感謝! また歌いたいよう。
【大分・演奏珍旅行】<2009年2月>
2009年2月7日(土)ANA181便にて午前10:15大分空港着。一泊二日の演奏旅行のはじまりだ。第一日目の今日のイベントは、別府市の老人ホーム「愛の里」での慰問コンサート。開演は午後3時とのことで、観光もせにゃ、と、レンタカー4台に分乗し、まずは宇佐神宮をめざす。途中、院内あたりでレンガ造りの橋を見て、道の駅で昼食。一行20数人、注文する食べ物、みんなみごとにバラバラ。当然時間はかかる(かかった)。これが珍道中のはじまり?
なんとか昼食を終えて、宇佐神宮へお参り。それも終わって、さあ、次はいよいよ別府だぞ。本番だぞ! だがしかし、レンタカーのナビのデータがなんとも古い。当てにならん。道なき道を走ってるじゃん。空飛んでるじゃん。川泳いでるじゃん。。。でも、別府のインターは無事降りた。しかし、ない!「愛の里」がナビにない。左折か右折か?時間が迫る。とにかく右折だっ。…しかし、これが大間違い(オイ!1号車ドライバー、責任とれ!)。以後、別府市内を右往左往の末、なんとか会場に着いた。時刻は14:58! 開演まで2分だぞ、急げ〜っ!
…てなことが全くなかったかのように、本番は別人のごとく無事?やってのける厚顔ぶり(われながら、あきれるよ)。それでも、「愛の里」の皆さんには、よろこんでいただいた(…のか?)
一夜明けて二日目。今回のメイン「ふれあい・ジョイントコンサート」の日である。暖かい。梅が咲いてる。前夜のフグ料理の余韻もさめやらぬまま、リハ開始の正午まで、またも観光。臼杵の石仏だ。う〜む、なかなかのものだなぁ。某隊員は、その昔(修学旅行で?)来たときに見た地べたに転がっていた石仏のアタマが、今はちゃんとあるべきところにあるのに感動。トシはとるもんや(笑)。ふと振り返ると、「お祓い受け付けます」の看板。なんでも「リストラ除け」もやってくれるらしい。お〜い隊員ども、みんなで、お祓い受けにいかにゃ!
そうこうしているうちに演奏会場を目指す時間。ナビを会場の大分鶴崎高校にバッチリとインプット(昨日の轍は踏みたくもない)、会場目指す。今日はぶじ会場着、リハ開始。初めてのマイク使用で試行錯誤したものの、なんとか終了。おいしいお昼のお弁当(ほんまにおいしかった)をいただいて、いざ本番。
はじまったら、ピアノから「キコ、キコ、コキ、コキ」の異音。なんやねんこの音?と思いながらも第一曲目終了。曲の合間に確認すれば、ピアノのペダルがこわれたような(爆)
でも、始まってしまった本番。やめる訳には行かんよなあ。歌いにくい中、なんとか予定の曲を歌い続けます。そして全曲を歌い終えることができました。それもこれも、こわれたピアノをだましだまし最後まで弾き続け、われわれを助けてくれた The Pianist のおかげです。さすが!さすが! 感謝感激雨あられ!
そして最後の最後の「ギャィ〜ン」という超不協和音を珍道中の「締め」の音にさせていただきます(笑)。 大分のみなさま、温かいおもてなしありがとうございました。感謝しています。
【お酒三本もゲット!「第10回バッカス・フェスタ」】<2008年11月>
2008年11月3日(月・祝)いたみホール。恒例の「バッカス・フェスタ(関西男声合唱祭)」である。めでたく10年連続出場。演奏前には由緒ある日本酒を記念品としていただいた。
演奏曲は例によって『アメリカの古い歌』。今回は敢えてソロ中心の選曲である。F野隊員、見事に歌い上げ、終わってみれば和歌山県合唱連盟理事長賞に加え、09年3月に京都コンサートホールでの「第39回レディース・コーラス・フェスティバル」で演奏できる権利まで頂いた。それぞれ副賞はこれまたお酒。今日でお酒が3本も! いつ、どこで呑むの?
(ちなみに、この日の演奏は「音楽館」にてお聴きいただけます。ソロだけでなくバックのハミングにも耳を傾けてくださるとうれしいです。 )
【世界デビューだぁ! タイはバンコクで歌ってきたぞ!】<2008年4月>
2008年4月19日(土)15:00 開演にてタイ国はその首都バンコク、Pridi Banomyong Theatreにて歌ってきた。
まず4月18日昼前に関空を出発、同夕刻バンコク着。想像以上の蒸し暑さの中、さっそく演奏会場の下見へ。おっ、なかなかいいホールじゃん! ピアノの鍵盤がホンモノの象牙というのに感激(さすがタイ!)。立ち位置とか各自の響きをざっと確認。まだ時間はあるが今日はここまで。すぐさまホテルへチェックイン。ちなみにホテルの真ん前の日本料理(寿司屋さん?)の店名は『姉御(あねご)』やと。そんなのとは関係なく、隊員全員明日に備えて熟睡したはず。
翌19日はいよいよ本番。午前はゆっくりめにリハを終え、昼食は微妙に日本のものとは違う"日本のラーメン"。あ、「もやしラーメン」は旨かったぞ。ちなみに真向かいのお店は「日本料理 SEOUL」。多少のミスマッチは気にしないように(笑)。
さて、午後3時、恒例により『国王賛歌』で本番開始。各ステージともできはかなりよかったんじゃないかなぁ。いつになく?集中しててもんなぁ。これ、賛助出演してくださった "the Bangkok Glee Club" と "Ma Ma Yo" の力が大きいかも知れない。ありがとうございました。タイでは不可欠らしいインターミッション時のケーキ&フルーツ&ドリンクもおいしかった。
終演後は両団うち乱れての打ち上げ! 雰囲気は良いわ、料理は旨いわで盛り上がる盛り上がる! 時間を忘れて、ついでに記憶もうすれて男声合唱を楽しむのだった・・・ 。 あとのことは・・・記憶に・・・ない・・・
<はじめてのコンサート><2006年11月>
11月11日(土)昼下がり。昨日までの晴天が嘘のような小雨。客席数250のこぢんまりとしたホールに、加藤崇子のピアノの澄んだ音色が響き、<はじめてのコンサート>が始まった。
思えば、一年前の忘年会のこと。「ようやく満10年、この辺で演奏会らしいもんせえへんか」「そや、そや。やらな!」となった。酒の勢いはオ・ソ・ロ・シ・イ(笑)
その翌週にはさっそく「ホール、空いてたから押さえたで」「経費はひとり毎日百円ずつ貯金しいや」とメールが飛び交う。ステージはあろうことか4ステージも!!!??? “練習しない合唱団”との面子?をすてて、まじめに、そう、ただひたすらまじめに練習…。
そして迎えた、本番。
(1) African-American Spirituals (2) 中田喜直作品集『日本の四季の歌』 (3) 男声合唱とピアノのための『啄木短歌集』 (4) (再び) African-American Spirituals
会場はステージが進むごとに熱気を帯び、笑いと涙が入り混じる大盛況のうちにフィナーレは全員合唱で終了。…雨もあがった…。
演奏後「すばらしいピアニストに支えられ、力まずに中年男声の魅力・魔力を発揮した」「あたたかくいやされ、啄木短歌集は泣いた」「けっしてまとまっていないけど、本当に楽しかった。あの秘密は何なの?」などの感想、激励(お世辞?)が寄せられた。ほんとうにそう思って頂いているのなら、これこそわれわれが目指すところなのかもしれない。
最後になったが、すばらしい司会をして頂いた読売テレビ・道浦俊彦氏(早稲田グリーOB・大阪稲門グリー団員)には特別の感謝の意を表したい。
そして、それよりもなによりも、あたたかく見守っていてくださるすべてのみなさまに、感謝、感謝、感謝…。
[第7回 バッカス・フェスタ(関西男声合唱祭)]<2006年11月>
やっぱり出ました「 バッカス・フェスタ」。第一回から皆勤だぞい。今年も歌うは定番『アメリカの古いうた』。ワイマック<はじめてのコンサート>を間近に控えみんなまじめに歌う(いえ、いつもまじめですよ!)。今年は、昨年の兵庫県理事長賞・銘酒「剣菱」に続いて、山本寿太郎賞<高級ワイン>を受賞しました。
そのワイン、07年新年会でみんなでおいしく頂きました。
[第43回 大阪府合唱祭]<2006年6月>
大阪府合唱祭。今年も African-American Spirituals で登場。
しかし、しかしだ。直前に受けた「大志万明子先生の発声講座」にエネルギーを使いすぎ、本番はなんとも頼りないへろへろの演奏(汗)。
しかし、しかしだ。連続出場10年の表彰を受けたんだもんねー。今年も言おう。。。まだツブレてへんで〜!
[岸和田復活教会で歌いました]<2006年6月>
招かれたのか押し掛けたのか、日本聖公会岸和田復活教会の牧師館・ホール落成式なるおめでたい席で歌わせて頂いた。
聖書に通じる信徒の方々とは、曲の内容もほぼツーカーで理解し合い、ふだん歌っている Spirituals が、ゴスペルとも大いに通じることを再発見。幸福なひとときを過ごさせて頂いた。神のなさることは時にかなって美しい。
詳しくはここの最下段あたりをどうぞ1
[第6回 バッカス・フェスタ(関西男声合唱祭)]<2005年11月>
今年も出ました「 バッカス・フェスタ」。昨年の失敗に懲りて?『アメリカの古いうた』でリベンジ。それが功を奏したのか兵庫県理事嘲笑、おっと理事長賞・銘酒「剣菱」を頂きました。
でも、その酒はどこへ行った? オレは呑んでへんでー。
[第42回 大阪府合唱祭]<2005年6月>
貝塚市コスモス・シアターでの開催が恒例となって4年目の大阪府合唱祭。
今年も African-American Spirituals を歌い上げる。なんと今年で連続出場9年目! まだツブレてへんで〜!
[第5回 バッカス・フェスタ(関西男声合唱祭)]<2004年11月>
今年も出ました「 バッカス・フェスタ」。今回はちょっと趣向を変えて中島みゆきの曲で某TV番組関連のテーマ曲を歌いました。あまりウケなかった模様(苦笑)。
[第41回 大阪府合唱祭]<2004年6月>
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第41回大阪府合唱祭は今年も貝塚市コスモス・シアター。
歌うは得意?のAfrican-American Spirituals。ところが出演直前にちょっとしたハプニング。隊員二人とピアニストがやって来ないのである。えーっ、どうすんの! やきもき、やきもき。早よ来いよ〜っ、わあぁぁぁ、とうとう前の団の演奏が終わったよー。でも、まだ来ない、わっちゃ〜、歌われへんやんけー、でも、出ないとしょうがない(O.O;)(o。o;) と、動きかけたそのときだ。おおーっ、来た、来たぁ。息ハァハァ状態で走ってきたよー。…つうわけで、何とか間に合って歌うには歌えたものの、全員の集中心を欠いたのか、いささか余裕のない演奏だったかも知れない(;^_^A アセアセ…
ちなみに遅刻の原因は、別室でやっている講習会の講師を彼らが務めていたのだが、そっちが長引いたのと、こっちのホールの進行が早まったためのダブルアクシデント。講師なんてガラにもないこと、やるもんじゃない???
[第5回 バッカス・フェスタ(関西男声合唱祭)]<2003年11月>
今年も出ました「 バッカス・フェスタ」。『アメリカの古いうた』を歌いました。以上報告終わり(^^ゞ
[第40回 大阪府合唱祭]<2003年6月>
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昨年に続いて貝塚市コスモス・シアターで開催された大阪府合唱祭。
Y.M.A.C.としては開闢以来はじめての日本の曲、しかも有名曲ばかりを歌うことに…。はたして無謀なのか自信過剰なのか、それは聴いてくださった方の判断にお任せしたいところだが、2分の時間延長料金八仟圓也を払っての熱演?にもかかわらず、何の感想も寄せられないまま現在に至っている(^^ゞ
はてさて、合唱祭の方は第40回記念の委嘱作品、三善晃作曲『葉っぱのフレディ』の初演が大成功、大いに盛り上がったのはいうまでもない。めでたしめでたし(^^)//""""""パチパチ
[第4回 バッカス・フェスタ(関西男声合唱祭)]<2002年11月>
「第4回 バッカス・フェスタ」。今年も開演トップの出演。例によって客席は閑古鳥で超満員(^^ゞ
おまけに、今年は賞もなく、ひたすら『嘲笑』されたのみ?(爆)
[第39回 大阪府合唱祭]<2002年6月>
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恒例の「大阪府合唱祭」は2002年、気分も新たに会場を貝塚市のコスモス・シアターに変え、6月15・16日の二日間大ホール・中ホールの二会場で開催、Y.M.A.C.は第一日目の中ホールの“トリ”をつとめた。
曲目は例によって African-American Spirituals。お客様の入りもまあまあ多く、気分よく歌えたのはよかったのだが、歌い終えてふと客席を見ると、あれっ、声楽家のO志万M子先生が! 先生は合唱祭発声講座の講師をおつとめだったのだが、Y.M.A.C.の評判?を聞きつけて聴きにいらっしゃったらしい。それを知ったとたん背中を冷や汗がド〜ッ(¨;) ああ恥ずかしい…(^^ゞ
[第4回 女声アンサンブル・アトリエ リサイタルに賛助]<2002年5月>
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どこでどう間違ったのか、大阪の有名合唱団「女声アンサンブル・アトリエ」さんのリサイタルに賛助出演することに。会場はかの“いずみホール”とあって、厚顔無恥を誇るY.M.A.C. 隊員たちもさすがに緊張したのかリハーサルはボロボロ。
しかし、本番ではどうやら厚かましさを取り戻し(笑)、大きなミスもなくなんとか歌い終えて、ホッ。
すばらしい場を与えていただいた女声アンサンブル・アトリエさんに感謝!
[第3回 バッカス・フェスタ]<2001年11月>
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「第3回 バッカス・フェスタ」。今年は開演の第一番目の出演。日曜の昼前にも関わらず、われらの歌声を聞き逃すまいと、びっしり満員!…というにはほど遠く、客席は閑古鳥がずら〜っ(^^ゞ
とはいえ、この中のほとんどの方はY.M.A.C. に声援を送りに来てくださったのはウソではない(と信じたい)。
おかげさまで、今年も手ぶらで帰ることなく、『滋賀県合唱連盟理事嘲笑』あ、ちがった『理事長賞』をいただいた。
[第38回 大阪府合唱祭]<2001年6月>
「第38回 大阪府合唱祭」で「Swing Down Chariot」と「Sometimes I Feel Like A Motherless Child」を熱唱? 5年連続出場だ〜い\(^O^)/ …って、5年ぽっちでは表彰なんて夢のまた夢(^^ゞ
ところで、この日はかの辣腕美人マネが所用で不在。当然、隊員どもは何をどうすればいいのかワケもわからず、一日中、右往左往(恥)。お願いだからいっしょにいててよ>美人マネどの(^^)
[働く者の音楽祭@柏原市リビエールホール]<2001年1月>
「働く者の音楽祭」で大阪府柏原市にデビュー。お客様のお一人で「柏原市の住人」を名乗る方から「団名から想像して、どんな泥臭いグループかと思っていたら、コーラス第一声から歌声に引き込まれた。感動をありがとう。」のメールをいただく。
お会いしたこともない方から、こんなうれしいおことばをいただいて、隊員一同ガラにもなく胸一杯、涙ウルウル(ノ_<。)
いえいえ、感動をいただいたのは我々です。ありがとうございました>「柏原市の住人」さま。
[第2回 バッカス・フェスタ]<2000年11月>
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「第2回 バッカス・フェスタ」に出演。な、な、なんと「日本男声合唱協会賞」なるスゴイ賞をもらってしまって、隊員一同ただただ唖然…。
去年は候補どまりだっただけに、ほんまに信じてええんやろか。まさか「ちょっとした手違いでした」などと取り消し通知は来えへんやろなぁ…(^^ゞ
[第37回 大阪府合唱祭]<2000年6月>
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「第37回 大阪府合唱祭」に出演。
曲はまたもや Afro-American Spirituals より、「Peace In The Valley」と「The Battle Of Jericho」。
ウケたのかそうでなかったのか、客席はまあまあの入りで、聴き入ってくださっていた…、ということにしておこう(^^)
[第36回 大阪府合唱祭]<1999年6月>
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「聖者の行進」をひっさげて合唱祭に出場。これで3年連続出演となったが、10年連続出場の表彰を受けるまではまだまだ遠い。それまで、ツブレないようにしなければ(^^;
[第1回 バッカス・フェスタ]<1999年11月>
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記念すべき「第1回 バッカス・フェスタ」に出演。もちろん今日も半ソデだぜいっ(^^)
この催し、名前のとおり終演後の「打ち上げ」がメイン?の関西男声合唱祭である。
例によって Spirituals を歌ったところ、どういうハズミか日本男声合唱協会提供の日下部賞・浅井賞の候補にノミネートされ、アンビリーバボー。BUT あくまで「候補」どまりで結局はハズレ。やっぱりなぁ(^^ゞ
[またもや大学生の前で]<1998年11月>
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ふたたび、大阪府合唱連盟「大学フェスティバル(第20回記念)」に出演。いつぞやの“押しかけ出演”とはちがい、今回はちゃんと依頼を受けて?の出演に、ちっとは知名度も上がったか、と、これは当人たちだけの思いこみ。。。(全日本合唱連盟発行『ハーモニー』誌106号・関西のページを見てください。
[服部緑地で]<1998年10月>
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大阪府文化振興財団主催「音楽の森合唱フェスティバル」に出演、秋晴れの空いっぱいに見事な?コーラスを披露。
帰りには想定外の出演料をいただき、「この時期に半袖で歌った甲斐があった」と隊員一同、感涙にむせぶ。(早く冬用の衣装をそろえなければ…。)
[第35回 大阪府合唱祭連続出演]<1998年6月>
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一年の充電期間を経て(ただサボっていただけ?)、第35回 大阪府合唱祭に連続出演、今回は満員の聴衆を魅了…。と勝手に思っていたが、後日ビデオでそれが正しかったことを確認(xx)☆\(^^)baki!
[第34回 大阪府合唱祭初出演]<1997年6月>
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レパートリーもなんと3曲!に増え(^^)念願の大阪府合唱祭に出演。初出場でトリという偉業をなしとげる。
ところが、客の入りがイマイチで知名度のなさを痛感。(よ〜し、いまにみとれ〜!)
[あれれっ、全国デビューってか?]<1997年5月>
全日本合唱連盟主催「コーラスワークショップ in おおさか」サロンコンサートに出演、早くも全国デビュー(^^ゞを果たす。
『ハーモニー』誌はなにを間違ったか「みがけばシャンティクリアも夢ではない」と絶賛???(どうなってんの?)(全日本合唱連盟発行『ハーモニー』誌101号を参照ください。)
[Wow デビューだっ]<1996年10月>
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でもどこかで歌いたい。そうや、大阪府合唱連盟「大学フェスティバル」がある!と一方的に押しかけデビュー。
「この人ら、ホンマに歌えるん?」と、最初は半信半疑だった大学生から大喝采をあび、いまどきの学生のおだて方のうまさを再認識(^^)(全日本合唱連盟発行『ハーモニー』誌99号・関西のページに載ってます。)
[大阪府合唱連盟に加盟]<1996年4月>
カネはできたし隊員も増えた。晴れて大阪府合唱連盟に加盟するも、合唱祭は出場断念。なんで? 連盟事務局長が「却下」したのです。理由は、歌える曲がない…。ふ〜、わかりやすい(^^)
ときに、当時の事務局長って、このページの作者 kawas でありやした。(実状は、分かるものにしか分からない…?)
[なんたって先立つもの]<1996年3月>
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それにしてもゼニがない! なにかオイシイ話は…、とマネージャー。
お、なになに、××遊園地○○周年記念祭? “第九”の一部をチョコッと歌ってン万円のギャラやて!
これや!これ!…と男女隊員総力で出かけ、まんまと大金を手にしたのであった。
[美人マネージャー出現]<1995年12月>
帰阪した酔っぱらいどもはさっそく活動開始。はからずも強力な女性マネージャーが出現した。
彼女、その美貌にふさわしく、まさに辣腕!! 次々オトコを(ついで?に女性も)引っ張り込み(^^; 次第に隊員も増え始めたのであった。
[Y.M.A.C. 誕生秘話]<1995年11月>
香川県は高松市。おりから開催中の全日本合唱コンクール全国大会の一夜、とあるてんぷら屋に突如「大阪は四ツ橋筋に男声合唱隊を!」のダミ声がひびきわたった…。
そう、この大阪人の酔っぱらい二人のわめきがなければY.M.A.C. は生まれなかったのである。(大げさすぎるやろ)

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