15.激昂
「何者だ?」
答えの代わりに、鋭い一筋の光がジョーの肩口を襲った。
「うわっ!」
マリアを抱きかかえると、岩陰に飛び込む。
と、間髪を入れず、その岩の頂上部分が吹き飛んだ。
「く、くそう!」
このままでは生身のマリアをかばうのが精一杯だ。
彼女を狙っているのだとしたら・・・相手はBG?
一人か?
いつの間に上陸していたのだろう。
スーパーガンを腰から引き抜き、ジョーは闇に目を凝らす。
背後で震えているマリア。
今、彼女を奪われるわけにはいかない。
トリガーに指をかけ、相手の姿を捜す。その目の前を、さっと影が横切った。
(まさか、加速装置?・・・やっぱり?)
奥歯を噛みしめようとした瞬間、また光線が襲いかかった。
「きゃああ!!」
マリアの悲鳴が、夜のしじまを破って辺りに響きわたる。

「009、オマエの命をもらう!」
突然、頭上から声が降ってきた。
彼らを見下ろす岩の上に、月を背にして立つ男。
逆光となった男の表情を、うかがうことは出来ない。
「お前は・・・何者だ?」
このまま絶壁に追いつめられたら・・・。
ジョーは逃げ惑うふりをしながら、少しずつ崖から遠ざかろうと、男を誘導する。
だが、相手にはそんな思惑など、お見通しのようだった。
じりっ、じりっと距離を縮めて迫ってくる。
やはりマリアを抱えていては、思うように動けない。
「今度こそ・・・オマエを殺す!!」
低い声が響く。鋭いその目は、ジョーを確実に捕らえている。
無駄のない動き。侮れない相手だ。
(敵は・・・マリアを狙っているのではないのか?どちらにしてもこのままでは・・・)
焦り始めたジョーの耳に、仲間の声が飛び込んできた。
”ジョー!!どうした?”
”今の閃光は・・・悲鳴は何だ?”
ハインリヒとジェットだ。
”頼む!マリアを・・・”
“わかった!すぐ行く!!”
マリアを抱きあげると、ドルフィン号に近づく。
走り出てきた仲間の姿を確認し、岩陰に彼女を横たえると、おもむろに振り返り、一気に加速した。
男はマリアには目もくれず、ジョーを追う。
シュンッ、シュンッ、と鞭がしなるような短い音。激しい撃ち合いが続く。
加速している2人の姿は闇に溶け、銃口から発せられる光だけが凄まじいスピードで宙を走った。
あわてて駈けつけたハインリヒは、2人の動きを掴もうと目を凝らす。
だが、鋭い稲妻が炸裂しているようにしか見えない。
ジョーが追っているのか、追われているのか。
相手は009と互角に戦っている。手出しをすべきか否か。
ハインリヒは迷った。

―――この男、いったい・・・?
撃ち合いながら、ジョーは相手の射撃の腕前に、舌を巻いていた。
恐ろしいほど正確だ。迷いが全くない。
(これは・・・相当、厄介な相手だ)
気を引き締めてかからねば、と思ったその時―――何かが宙に男の軌跡を描いた。
(ん?・・・あれは―――血だ!!)
腕から滴り落ちる赤い雫が、暗闇に溶けていく。
ジョーは敢えてスピードを上げ、相手を振り回すように大きくジグザグに移動し始めた。
男の動きが、ふっと鈍る。
その瞬間を見逃さず、ジョーは男の足をめがけてスーパーガンを放った。
「うわっ!!!!」
男は、そのままばったりと地面に倒れこんだ。

「009!!大丈夫か?」
慌てて駈寄ってきたジェットを振り返り、ジョーは頷く。
「何ともない。大丈夫だ」
男が地面に落とした銃を拾い上げた。大きさの割にずしりと重い。
矯めつ眇めつ手の中でひっくり返し、その性能を確かめていたが、やがてそれをジェットに手渡した。
「―――この銃は・・・並みの代物じゃないな。・・・マリアは・・・?」
「ああ、ハインリヒが中に連れていった。大丈夫だ。怪我はしてない」
ジェットは銃を手にしたまま、2・3歩前に出て男を見つめた。
「コイツ・・・いったい・・何者だ?」
(あの勝負、見ものだったぜ。只者じゃないことは確かだ)
「わからない。だが、彼にも・・・加速装置がついている」
そのようだな、と頷き、ジェットは腕組みをして考え込む。
「てことは・・・BG・・・?」
「さあ・・・おそらくは」
首を少しかしげ、ジョーは倒れこんだままの男のそばにかがみこんだ。
「君は・・・なぜ僕を狙った?誰からの命令だ?・・・BGか?」
男はさっと顔を背ける。男、というよりは、まだ少年のようだった。
赤い髪に緑の目。整った顔だちだが、血の気を失って、死人のように蒼白い肌。
決して視線を合わせようとしない。
声も立てずに必死に苦痛に耐えているが、かなりの重傷であることは明らかだった。

―――捕虜、か。
男を連れてドルフィン号に戻り、ジョーは、ため息をついた。
いったいどうすればいいだろう?
敵とはいえ、傷ついたまま放置するわけにはいかない。
ましてや、殺すことなどできない。
だが逃がせば、必ずまた襲ってくる。
このままドルフィン号に乗せ、自分達と行動を共にさせるか?
いや、それは無理だ。あまりに危険すぎる。
こんなことは、初めてだ。自分達は常に追われる立場だった。
これだけ敵意に満ちた相手を「捕らえる」という状況になるなんて。
当然、拘束する部屋も器具も、ドルフィン号にはない。
しかし、この男は、かなり性能の高いサイボーグ―――009と十分渡り合えるだけの力を持っている。
今のところ、加速装置以外に、彼がどんな武器を身につけているのか明らかではないが、自分達よりも、ずっと進んだ力を持っていると思っていい。
そんな男を、ドルフィン号に乗せるなど、もってのほかだ。
生身のマリアがいるというのに。
いや、マリアだけじゃない。
加速装置をもったこの男を監視できるのは、同じく加速装置を備えた009だけ、ということになる。
だとしたら―――

腕組みして思案に暮れていたジョーは、顔を上げると、傍らのピュンマに声をかけた。
「・・・フランソワーズを・・・呼んできてくれないか」
一瞬、ピュンマの顔に浮かぶ怪訝な表情。
どこか不自然な声音だ、と自分でも思う。
コックピットを出て行く後ろ姿を見つめ、ジョーは小さく息を吐いた。
―――とにかく、彼女に、男の身体をよく見てもらおう。それから皆で対応を考えるしかない。

そう考えて、ふと湧いた疑問。
フランソワーズは、なぜあの少年が近づいてきたことに気づかなかったのだろう?
(彼女らしくない。いつもフランソワーズは・・・)
ジョーの胸がずきりと痛む。
それだけ彼女は疲労困憊している、ということか。
当然だ。
この3日間、ずっと神経を張り詰めて、見たくないものを見て・・・
仲間の命が自分の目と耳にかかっているという重圧の中、たった一人で戦っていた。
誰も手助けの出来ない、孤独な闘い。
(なのに・・・僕はどうして、あんなことを・・・)
時間が立てば立つほど、自分の言葉が重くのしかかる。
ずっと彼女はコックピットに姿を見せようとしなかった。
あれから一度も顔を合わせていない。
ジョーは深いため息をついた。

突然の激しい雷雨に、外から戻ってきた後、キャビンのドアを何度かノックした。
だが反応はなかった。
僕と顔を合わせたくない、と?
いや、彼女がそんなことをするはずはない。
どんなに自分が辛くても、逃げたりするような人じゃない。
(それがわかっているのに、なぜ、僕は・・・あんな言い方を・・・)
あまりに思いやりのない――気持ちとは裏腹の――自分の言葉が情けなかった。
疲れ果てて眠っているのだろうか。
この3日間、一睡もしていなかったのだ。サイボーグとはいえ、彼女は・・・。
―――いや、3日じゃない。
(その前の夜も、君はずっと・・・僕のそばについていてくれたのに)
そんなことは一言も言わないで・・・。
仲間達はもちろん知っていたのだろう。
あの無言の非難の目。当然だ。
そして、あのハインリヒの言葉が鋭く蘇る。
なぜ自分はそんなことにも気づかなかったのだろう。
ジョーは唇を噛みしめた。

ウッ、という大きな呻き声に、我に返る。
床にうずくまったままの少年の表情が、ますます苦しげだ。
ジョーに撃ちぬかれた膝よりも、肩口の傷がひどく痛むようだ。出血もひどい。
急に胸騒ぎがした。
何か、重大なことを見落としているのではないか。
ずっと、ずっと気にかかっていたことがあったのに。
(何だろう?なぜこんなに不安になるんだ?)
少年の蒼白な横顔。固く結ばれた口元を見つめ、記憶をたどっていく。
『今度こそ・・・オマエを殺す!』
そうだ、今度こそ、と彼は確かにそう言った。
それはつまり・・・?
「まさか・・・君は・・・前にも・・・僕を狙ったのか?」
声が震えるのが自分でもわかる。
決して目を合わそうとしなかった少年が、つっと顔を上げた。
挑発する眼差し。口元には、あからさまに侮蔑を含んだ微笑。
「いつ・・・だ?」
声が喉にひっかかり、かすれて虚ろに響く。

突然、少年が声をあげて笑い始めた。
「アハハハハ!!!オマエは・・・噂ほどには大したことない奴だな」
思わずジョーは、キッと少年を睨みつけた。
だがその眼差しを愚弄するかのように、ふん、と少年は鼻で笑う。
「狙われたことにも気づかないなんて・・・間抜けもいいとこだ」
狙われたことに・・・気づかなかった?
―――いったい、いつ、どこで?
肩で大きく息を吐くと、ジョーはあらためて少年を見据えた。

顔立ちから幼く見えるが、おそらく自分とかわらない年頃だろう。
彼もBGにさらわれて、サイボーグにされたのか?
それとも、自分から望んで?
ならば、何のために?
彼はどうやって、ここへ来た?
なぜ自分を狙う?
様々な思いが一挙に駆け巡る。
少年に近づき、肩をぐいと掴む。
と、彼は苦痛に顔を歪ませ、激しい勢いでジョーの手を振り払った。
「さ、触るな!!」
―――この肩口の傷。
そうだ。さっきから気になっていたのはこれだ。なぜ彼はこんな怪我を?
ジョーが撃ったのは膝だった―――加速装置を使えなくするために。
ほとんど2人の力は互角だったと思う。
いや、ことによってはこの男のほうが上かもしれない。
その勝敗があっけなくついたのは、彼がこの腕の傷をかばっていたからだ。
無傷だったら、もっと苦戦していただろう。
まだ新しい傷口。
いったい、どういうことだ?
 
「く、くそう!!あの女ッ!!」
痛みに顔をゆがめ、少年は吐き捨てるように叫んだ。
あの女?
少年の言葉が、不気味にジョーの頭の中を駆け巡りはじめた。
「まさか・・・そんな・・・」
2人のやりとりをじっと聞いていたハインリヒの顔が蒼ざめた。
ジョーは身体の震えを必死に抑えながら、少年に詰め寄る。
「いつのことだ?言えっ!さあ!!」
愚弄するように、プイ、と少年は顔を背ける。
ジェットがおもむろに少年に近づくと、顎をぐっと掴んだ。
「おい!!吐けよ!いつから・・・俺達を・・・009を狙ってた?」
「ふふふ!教えて欲しいか?」
少年の勝ち誇ったような微笑。その場の空気がピンと張り詰めた。
と、また少年は腕を押さえて、くっ、と小さな呻き声をあげる。
苦痛に歪んだ顔で、吐き捨てるように叫ぶ。
「・・・最初にお前を狙った時、あの女が・・・邪魔したんだ!」
「あの女?」
ジョーの顔から、さっと血の気が引いた。
―――まさか!!
「あの嵐の中で、この俺に気づくなんて・・・オマエよりよっぽど・・・出来がいい!」
自分の言葉が、009を動揺させている。
それに気づいた少年は、この状況を心から楽しんでいるようだった。
(コイツらは、全然気がつかなかったって訳か?)
チームワークだけが売り物だと聞いたが、大したことないぜ、と、また鼻で笑う。
「お前は・・・このぽんこつサイボーグどもの中で、一番優れているのだろう?なのに・・・この体たらくだ!!」
嵐の中?気づく?
「一度、至近距離で銃をぶっ放してやったのに・・・しぶといやつだ。てっきりあれで死んだと思ったが」
・・・死んだ?
この男は何を言っている?
「おまけに二度目は・・・アイツ・・・俺を撃ってきやがった」
撃った?この男を、か?
ああ!この男は何を言ってる?まさか・・・。
だから、と少年はじっとジョーを見据えて、愉快そうに言葉を続けた。
「だからオマエのかわりに・・・」
彼の言っていることが理解できない。だが―――
幾つもの不安のかけらが、パズルのように組み合わさっていく。
「その銃でぶっ放してやった!」
まさか、まさか、そんなはずは・・・。
 
”ジョー・・・どこにも見当たらないぞ。フランソワーズは・・・どこにいるんだ?”
突然、耳に飛び込んできた、ピュンマからの通信。
ジョーは、息をすることも忘れ、呆然と立ちつくした。
その隣には顔面蒼白のハインリヒ。
わけがわからないという表情で、2人の顔を代わる代わる見つめていたジェットが、少年に詰め寄る。
「じらすなよ!!回りくどい言い方するな!はっきり言え!!」
両手を床についてゆっくり上半身を起こすと、うなるような低い声で鋭く叫ぶ。
「ざまあみろだ!あの崖から落ちていったから・・・いくらお前らの仲間でも助かるわけないな」
―――パチリ、とすべてのコマがはまる。
「オマエ、そんなことにも気がつかなかったのか?!!あんなに近くにいたのに」
「き、貴様!!」
頭の中で強烈な白い光が弾けた。
気がつくと、ジョーは少年の上に馬乗りになって無我夢中で掴みかかっていた。
「な、何をした?いったい・・・・・彼女を・・・なぜ!!!」
拳を振り上げ激しく殴りかかるジョーを、あっけにとられて仲間達は見ている。
なぜそれほどまでに激昂しているのか。こんな009は見たことがない。
仲間達の目は一様にそう語っていた―――ただ一人、ハインリヒを除いて。
「こ、殺してやる!!お前なんか・・・今すぐここで!!」
「待て!ジョー!落ち着け!」
あわててハインリヒが羽交い絞めにする。
その腕を振りほどこうともがきながら、ジョーは半狂乱になって叫んだ。
「は、離せ!離すんだ!コイツを・・・生かしておくわけにはいかない!!!離せ!!!」
呆然とする皆の耳に、悲痛な叫びが突き刺さった。
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