2006/12/3  奥多摩渓谷駅伝 








いつもより一時間早く起きて、八王子方面に向かうために朝5時半の出発。
普段見慣れているはずの街の光景が何故かとても清々しい。
やることやったという自信とその結果に対する希望で胸は一杯でした。







平成山岳会の一員として、今回も駅伝に参加させて頂きました。
来年の富士登山駅伝の正選手にしてもらうべく、ハーフマラソンが
終わってから結構まじめに練習をしました。

夜中の12時に走るなんて普通はできないのだけれど、音楽の力を
借りてなんとか月間250キロを超える走り込みもできた。
私の中ではよくやった。の一言。
あとは結果を出せばいいだけのこと。







8月の富士登山駅伝以来、4ヶ月ぶりの再会







2区は8400m







先頭は亜細亜大学







36分で中継所に入ってきたタイガーさん
3区中継所の繰上げまで34分ある。
キロ4分で走っても問題ない。いける。


まず50m先にいるランナーをすぐにパス。
そしてその前にいた二人も最初の500mでパス。

今日は調子がいい。 
数珠つなぎの走るランナー達をどんどん抜いていった。







2区の特徴は最初はやや勾配のある下りで7、800mしてからゆるやかな登りのコース。
3年前このコースを走ったときは結構な登りと感じていたが、今現在対富士山用の
練習をしているせいなのか、体に余裕があった。

登り坂を感知すると電動モーターが駆動し始める自転車のように
私の中にも登りになると別の筋肉が動き始めるのを感じた。

約3キロをすぎたあたりで、3人ほどの併走するランナーに追いついた。
このランナー達も抜いて、これで12人抜き。とても気分が良い

まだ前にランナー達はいる。
ここで一息ついて、平地がきたら前の集団を食おう。
20人以上抜けるぞこれは。







そう思っていた矢先、異変は起こった。
左あしふくらはぎが肉離れの兆候を見せ始めた。
それをかばおうと右足に負荷が掛かり始めると今度は両足に
肉離れの状態となってしまった。



私がこの二区を走る使命は 3区を走る監督に襷をつなげる事。
これは大前提で、それ以上に3区を走る監督が余裕をもって4区
に襷を繋げられるように貯金をつくってあげること・・・・。
襷が繋がるのとそうでないのとではチーム全体の盛り上がり方が
俄然違う。  チーム内の下馬評では襷をつなげるのは無理との事
だったが、私自身、内心絶対に繋げる。最後まで繋げてみせる
と思っていた。






しばらく騙し騙し走っていたが
あまりの苦痛に立ち止まってしまった。
今まで抜いたランナー達にどんどん追い抜かれる。
屈伸やマッサージをしてなんとか治す。しばらくゆっくり走ってるうちに
なんとか回復。でもその時には8人程に抜かされていた。。。

中継所に近づくにつれ、大会関係者の人が多くなってくる。
もうすぐ中継所とわかり、猛然とラストスパートをかける。
あと少しだ・・・ 足壊れたっていい。 
あと少し頑張ってくれ俺の両足。

『時間がないぞ!』
どこかでそんな声がした。  私は襷を外した。
目の前に監督がいる。距離にして30mか・・・。
次の瞬間、繰上げ一斉スタートの号砲が鳴った。
観衆から哀愁あるどよめき。
私は襷を前に掲げたまま、誰もいない中継ゴールへ・・・。







何故?どうして?何がいけなかったんだ?
毎晩遅くまで練習した結果がこれか?

神様、仕打ちが酷いぜ・・・・。








だぁさん、この大会は俺達にとっては始めての駅伝だ 楽しもうよ。
笑顔の襷リレーをする5区の荒鷲さん。
この笑顔に救われました。







平成山岳会
世界有数の山々を登る登山家中心のチーム。
山を登る人たちって純粋で素直で気さくで・・・。
とても気持ちのいい仲間です。








レース後のパーティーも何か暗い顔。
放心状態ですねぇ。








でもおいしそうな料理と旨そうなビールが現れると・・・・。







んふっ


これだよこれ。
必殺切り替えの早さ。

ビールが来て早々
「おねーさん追加ビール注文しとく。すぐ飲み終わるから〜!」

 







次の駅伝に向けて
新たな気持ちで乾杯。

大丈夫。
挑戦という襷はちゃんと繋がっているようです。
また頑張ればいいことさ。
今日は飲もう。


タイガーさん  私の為に女子ランナーナンパしてくれて感謝です。今度合コンを(笑
木又のボッカさん ボッカ駅伝でまた会いましょう。私は走りませんよ!
横浜の荒鷲さん いつもいい笑顔。 結構癒されました。 また色々ご指導お願いします。
ビブラムの鉄さん 最後に陣場一緒に行こうねって言われたの嬉しかったです。行きましょう。
向こう見ず突貫さん 走りたくてウズウズしてましたね。完治したら吠えてください。
狛江の韋駄天さん いつも最後は一緒ですね(笑  家近いから連絡下さい 飲みましょう。

そして監督  今回ゴメンナサイ。 俺もっと頑張るから 今後も使ってください。
監督が喜ぶ顔みたいから 頑張ります。 頑張ったら いい女紹介してね(笑
それまで お。あ。ず。け









これで年内のレースはすべて終了。
2006年の最大の思い出
それは富士山にはまったこと
富士山に恋してみたこと。
その結果、楽しい仲間ができたこと。
私にとってはある意味人生の転換期なのかもしれない。
いい年でした。


が、しかし私にはやり残した事がある・・・・。
まだまだ終わってない。

んふっ

また後日。