ブランチ・ノート 1
アデレード・食事サービス活動(MOW)体験記 【清水洋行】■

◆2001年11月から翌年の6月末まで、南オーストラリア州にある高齢者向け食事サービス団体の ミールズ・オン・ホィールズ・南オーストラリア協会( Meals on Wheels South Australia Inc. 以下SA協会)の支部の活動に参加させて頂きました。 このページでは、その体験談を報告します。

支部活動の体験記は、全国老人給食協力会の会報『べんけい草』にも寄稿させていただいていますが、 文面は、当ページのものとは異なります。

学術的な成果については別の場で公開する予定です。今回の滞在の背景となった、これまでの私の研究活動については、 こちらをご覧いただければ幸いです。


◆◆お知らせ◆◆

2002年(平成14年)7月28日(日)、今年も東京で 全国食事サービス活動セミナーが開催されます。 その中で、今回の調査にもとづいてお話をする時間をいただきました。例年、当セミナーには、活動団体、 NPO、社会福祉協議会、行政、企業、研究者等の方たちが全国各地から200名ほど集まります。

◆全国大会に先立ち、去る6月17日(月)に愛知県社会福祉会館にて、食事サービスセミナー・イン・東海が 開催されました。


◆◆目次◆◆

これまでの経緯
はじめに:SA協会の概略
重なるイレギュラー・バウンド
クリスマス・バーベキュー・パーティ
配達に同行して
夏休みのキッチン
             以下、その2へ続く


◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆これまでの経緯◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇
◆アデレードに来るのは4回目となりました。昔からおつき合いしているような気がしますが、未だそれほど長いつき合いではありません。 1999年5月末に始めてこちらを訪問し、短期の訪問調査をしました。同じ年の 9月に、第8回全豪MOW大会がブリスベーンで開催され、その行程のなかでこちらを訪問しました。その調査のお礼と家族旅行を兼ねて、 翌年のゴールデン・ウィークに、お世話になった当時の事務局長さんを訪問し親交を深めることができました。

◆今回、幸運なことに、文部科学省の在外研究のため、10ヶ月間、海外に滞在する機会を得られました。そこで、 前回の訪問調査で垣間見えた「コミュニティ」についてもっと知りたいと考え、アデレードを滞在地に選び、調査の一環として、 (新)事務局長さんに支部活動への参加をお願いをしていました。

1999年の訪問調査
三菱財団の助成を受けて、世田谷にある老人給食協力会ふきのとう(平野眞佐子代表)を事務局として設置された 研究委員会における検討にもとづいて、私とふきのとうの職員と二人で訪問調査を担当しました。

そこで検討された、国内の活動現場が抱える課題に即して、SA協会の本部と支部の活動、組織運営他について調査をしました。本部の(前)事務局長へのヒアリング、 支部で調理作業の見学と配達への同行、チルド工場の見学、ボランティア・利用者の方へのインタビューなど、たくさんのアレンジを していただきました。この調査によって、コミュニティ・ベースの住民参加による事業体のモデルの一つとして、 SA協会の組織と活動の概略を把握することができました。

この成果は、その職員の方と私との共同執筆で、 写真や書式をたくさん載せた報告書になりました。

日・南豪ボランティア比較調査
日本の食事サービス活動団体とSA協会に協力をお願いし、ボランティアの参加状態・意識・属性などについて、 比較アンケート調査をしました。この調査の成果の一部は、『日本ボランティア学会 2000年度学会誌(特集 ボランタリー・コミュニティ)』(2001年10月刊行)に掲載させていただきました。 この論文は、上記の訪問調査の結果とあわせて、2000年度(平成12年度)の全国食事サービス活動セミナーやその他のフォーラムなど でお話をさせていただいた内容をまとめたものです。

◆他の州では、キッチンの責任者が行政や施設の職員の場合もありますが、SA協会では、支部の活動者は 責任者も含めてすべてボランティアです。MOWサービスを現場で支えているボランティアも、それを利用している高齢者たちも、コミュニティで暮らす人々 です。それらの人々とおつき合いをしながら、生活を支えるコミュニティ・サービス、コミュニティの政治・社会などを 知ることができれば、と考えています。

◆ 支部活動についてマニュアルでは、調理は7:15〜10:45、配達が11:15〜13:15とされていますが、 実情に応じて多少のずれがあります。今回の参加で私は、そのずれが「多少」でもない支部があることを、 身をもって知ることになります。


◇◇◆◆◇◇◆◆はじめに:SA協会の概略◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇
◆◆本部と支部◆◆

◆SA協会は、1953年に設立されますが、当初からすべての支部は本部のもとに総合され、 本部と支部との役割分担を明確にしてきました。 他の州でも同じ頃にMOWサービスの提供団体が設立されてきますが、行政や既存の社会団体内に 設置されたり、病院での調理がメインでボランティアが関わるのは配達面だけであったりと、 州によって状況はさまざまだったようです。 南オーストラリア州では、幼少のときに車いすの生活となった ドリス・テーラーという女性が50歳代のときに、周囲に働きかけて、当時の女性団体などの 支援を受けてSA協会が設立されました。

◆現在、本部は、20名程の有給職員によって組織内の事務、助成機関との交渉・事務手続き、ボランティア向け保険、 一般市民への広報、議員・行政担当者との交渉などの仕事を担うとともに、無給の役員を交えた執行委員会、課題別の委員会 によって厨房や調理機器の開発、施策の決定がされています。 この本部の機能は、後の発展にとって大きな要因の一つだったと思われます。

◆各支部では、月曜から金曜まで、約1万人のボランティアが106の支部で活動しています。州の人口が150万人なので、 150人に1人がSA協会のボランティアです。一方、利用者は1日約5000人。計算すると300人に1人がお昼にSA協会のお弁当を 食べていることになります。

「アデレード」の範囲
州の人口約150万人のうち100万人以上がアデレードのメトロポリタン地域に住んでいます。メトロポリタン地域 は、東京の23区のように、基礎的な自治体が集まって構成されています。一般的に「アデレード」というと、メトロポリタン全体を指すことが 多いと思いますが、自治体としてのアデレード市は、東京都の千代田区のようにメトロポリタンの中心にある小さな市です。

◆各支部は、SA協会の本部が各自治体と交渉して設立されます。自治体の他にも、地域の事情に 応じてサービス・クラブや企業等からの経済的支援の他、サービス・クラブ、教会、スポーツクラブ、 サークルなど、地域社会の多様な団体に、ボランティア募集の働きかけをしています。

◆◆支部の種類◆◆
@自前の厨房を備え、調理も配達もボランティアがするキッチン・ベース支部。メトロポリタン地域内 および地方都市という人口密度の大きな地域の支部がこのタイプで、おおむね1日あたり100〜200食を提供しています。

A病院の厨房で(入院患者用に)調理された食事を購入して、SA協会のボランティアが配達する病院ベース支部。 これは人口密度の小さい周辺部にあるタイプです。1日あたり数食〜数十食という規模です。 このタイプが主流の州もあります。SA協会では、一通りメトロポリタン地域内にキッチン・ベース支部が 設置された後で、病院からの配達を始めました。私は、この点は、組織論的、財政的に、メリットとなった要因の一つと いえると考えています。

B他に、チルド食(急速冷蔵した食事)を加熱する拠点があります。これは、病院もない、もっとも人口密度の小さい 地域にあるタイプです。SA協会が操業するクックチル工場から運ばれてきた食事を加熱して配達します。


これから通う支部 私が通うことになる「キッチン・ベースの支部」は、アデレードの中心部から7〜8kmのところにあります。 キッチンのある市は、戦後から1960年代の始めにかけて急激に人口が増えた地域です。 この支部の場合は、3つのコミュニティ・サービスの団体の建物が隣接しています。 敷地は一続きですが、日本のコミュニティ・センターなどのように他の団体と共用ではなく、 MOW専用の厨房、食材の保管室(倉庫)、冷蔵室(チルド室)、会議室、事務室、トイレ、 駐車場などがあります。これらは「キッチン・ベースの支部」の施設の標準的な設備です。


◆◆◇◇◆◆◇◇重なるイレギュラー・バウンド◆◆◇◇◆◆◇◇
◆◆始業時間は6時15分◆◆

◆支部の場所や参加の形態については、調整をしてくださる(新)事務局長に一任しつつ、 私は配達活動への参加がメインというイメージを抱いていました。ところが支部では、調理チームの 一員として受け入れてくれる準備をしてくださっていたのです。私の脳裏には、前回の訪問調査でみた シーンよりも、まず、日本の活動団体の調理場面がよぎりました。 そこでは料理に熟練した技能を持つ主婦が中心で、しなやかな包丁さばきと、ものすごい勢いで調理がすすんでいく場面を、 壁にへばりつきながら見学させていた記憶があります。そんな仲間に入れるだろうか、という漠然とした不安を抱きました。 さらに、活動開始は通常は朝7時からで、ときどき6時15分から(!)だといいます(翌週来たときに、 私の参加する曜日は、毎回6時15分から始まることが分かりました)。

◆◆退職男性の調理チーム◆◆
◆最初の参加日は、その6時15分からの始業日です。到着後、まずボランティア登録をして、 調理チームにデビューです。既に「Hiro Shimizu」という名札が準備されています。 最初の驚きは、朝一番から来ているメンバーが、調理活動の責任者であるスーパーバイザー の他は男性ばかり4名で、それも60歳代から70歳代の退職者たちばかりということです。 後から活動に加わった人を含めると、この日の参加者は、私を除き、9名中6名が男性でした。 後でわかったことですが、その6名中4名がボランティアで2名が失業者です。 SA協会は失業者の社会参加の受け皿にもなっています。また、他に2名の退職男性が、 盛りつけ時にヘルプに来ます。

調理チームの面々 年末に事務局長がきて写真を撮ってくれました。私を受け入れてくれた調理チームの面々です。 年内は野菜料理、年明けから肉料理、その後はデザートづくりと、すべての調理コースを 教えてくださるそうです。私が参加をお願いした主旨がどのように伝わっているか 不安です。

◆今日のメイン・コースはラザニアです。伝統的な英国風メニューの他、移民たちが持ち込んだ 「新しい」メニューも日常化しているようです。これにカボチャ、ビーンズなどの野菜が 添えられます。その他に、スープとデザートがつきます。後から到着した女性ボランティア2名はデザート の担当です。女性たちは2グループあって、写真に写っているのは人数が多い方のグループです。主に、 デザート作りと盛りつけを担当しています。 男性ボランティアが多いせいか、調理活動は結構ゆっくりとすすみ、盛りつけにもちょっとアバウトなところもあります 。

◆◆すそ野の広がり◆◆
◆一緒に作業していて、このチームの個々のボランティアの「包丁さばき」は、主婦を中心とする日本の活動者に 及ばないことがわかります。 しかし、重要なことは、その60歳代、70歳代の退職男性たちが、週に一度、午前中の時間を提供することで、 この地域で必要とされる200食程を準備できているという事実にあると思います。 それを支えている条件に、重いものをトレーで移動させることができる広さ、微妙な手加減やさじ加減だけに依存しなくてすむ調理用具・機器 の積極的な利用などがあります。 州人口の「150人に一人」というまですそ野を広げる背景にある環境整備(ハード&ソフト) の力を実感した初日でした。

環境整備
ハード面では、SA協会の資金状態と時代のニーズに合わせた拠点のモデル開発(近年では冷蔵室、パソコンの設置など)、 使いやすい厨房機器の開発と導入がされています。ソフト面では、支部設置マニュアル、担当者別(支部長、 会計、スーパーバイザー=調理面のコーディネーター、ウェルフェアー・オフィサー=対利用者コーディネーター、 調理ボランティアなど)のマニュアルなどがつくられています。これらは、本部に設置された執行委員会や各種専門委員会 の役割です。

◆私の調理技術(と英会話)でもチームのみなさんと楽しくやっていけることがわかり、 幸いにも最初の懸念は吹き飛びました。日を改めて調理作業の様子もご報告したいと思います。 まずは、エキサイティングな日が始まったことのご報告でした。


◆◆◇◇◆◆◇クリスマス・バーベキュー・パーティ◇◆◆◇◇◆◆
◆◆優雅なひとときの始まり◆◆

◆11月最後の土曜日、夕方から、支部の近くの芝生の広場で、支部の活動者が一同に介して、バーベキュー・パーティ がありました。バーベキュー・パーティと聞いたので、私は、バーベキューを焼く鉄板が広場に並んで、じゅーじゅーと焼きながら、 立食でビールやワインを飲んで過ごすのかと思っていたら、大違いでした。

◆ 各自がテーブルやいすをそれらを持参し、だいたい各曜日のチームごとに 寄り合って座ります。支部長さんのあいさつがおわると、既に調理されたバーベキュー、サラダ、パンなどが、 白いシーツのテーブルに 並んでいます。バイキング形式で小皿にとり、各自が持ち寄ったワインやシャンペンと一緒に、 各テーブルで楽しみます。 立木の枝に取り付けられた旧式の大きなスピーカーからは、クラシック音楽が流れています。

◆◆シニア・クラブ?◆◆
◆芝生の広場を、150名を越えるボランティアが取り囲み、和やかに会食会がすすみます。 参加者は、ボランティアの他、その妻や夫、兄弟姉妹などです。私の教育係兼「英英」通訳の男性は、3年ほど前に退職され、 その後、妻が参加していたMOWの活動に加わったそうですが、今日はかわいい盛りのお孫さん を連れてきて目尻が下がりっぱなしです。この光景は日本とおなじなんですね。

◆ そんな「例外」もありますが、 結婚後50年、60年を越えたというご夫婦も何組かいらして、紹介していただきました。 ご夫婦で配達を担当されている方たちです(配達は2人1組で、基本的には隔週1日の参加です)。車で大通りを過ぎていく人たちは、このパーティをみて、 地域の高齢者の親睦会だと思うに違いありません。SA協会も、かつては日本と同様に主婦がボランティアの 主流でしたが、50年近い歴史のなかでボランティア層が転換してきた姿です。

結婚55年のご夫婦  年末最後の配達日に写真を撮らせていただいたので、サンタの帽子をかぶっています。他の配達ボランティアさんたちも、 サンタの帽子やトナカイの角をかぶっている人がいます(その格好で配達に行きます)。このご夫婦は18歳で結婚して55年を共に過ごしてきたそうです。 「いつも一緒なのよ」とウェルフェアー・オフィサーの女性(彼女もご夫婦で参加している)が教えてくれました。 ご夫婦の活動歴は7年ほどで、配達をしながら、ウェルフェアー・オフィサーの仕事を手伝っているそうです。

1970年代のボランティア不足
女性就業率の高まりはボランティアの基盤に関わる重要な長期的な趨勢ですが、特に1970年代にオイルショックによる不景気が重なり、 SA協会はボランティア不足を経験します。さらに、一方でSA協会は冷凍食の配達を進めており、 それに問題が生じて配食できなったことが重なりました。そこで方針を転換しましたが、 ボランティア不足のため、その冷凍食の減少分を、キッチンで調理された食事を増やすことでカバーできないという事態が生じます。 このようなボランティア不足を、SA協会は1980年代に克服していきます。

このプロセスは、SA協会が設立されて20年ほどの時期に生じたことも、興味深いことです。現在、 先駆的な活動団体がその時期をむかえているからです。この時期の経験は、今日の日本の活動団体に とっても貴重な経験と考え、当時の事務局長さん他にお話をうかがっています。

◆◆「晴れの日」のお楽しみ◆◆
◆食事が終わった頃、支部長の進行で、SA協会の会長と事務局長、そして市長からの「クリスマス・メッセージ」 へとすすんでいきます。この市の市長も女性です。今日は「クリスマス」のお祝いの会ですが、 みな、カジュアルな装いです。 それが終わると、ボランティアの表彰式です。10年、7年、3年の節目を向かえたボランティアたちが表彰されていきます。 それぞれの節目で会員バッジの装飾が変わったり、加わったりしていきます。これらは、みな、ボランティア にとって、ささやかな励みとなっているようです。

◆ 次のお楽しみは、食事が始まる前に、寄付金1ドルにつき1枚もらった 引換券の当選者の発表です。この街では、どこに行っても、チャリティと「ギャンブル」にあたります。特に今はクリスマス・ シーズンなので、シティ、郊外のショッピングセンター、ノース・アデレードのカフェと、立ち寄るところ至るところで チャリティの募金にあたります。また、街を歩いていると、さびれてしまった小さな商店街の一角に、「TAB」という 看板が掲げられた小ぎれいな建物があります。場外馬券売り場です。

◆ ありがたいことに、最後に私の紹介もあり、ご挨拶をさせていただきました。テーブルには最後のデザートが 運ばれてきました。昨日、別の用事で支部にお邪魔したときに私もお手伝いしたチョコレート・ケーキもあります。 日本でもよくみかけるケーキですが、甘さが強烈です。こちらの料理では砂糖を使わないので、デザートで たっぷりと使うようです。夜8時、予定の時刻を向かえ、夏時間でまだ陽が白く残っている郊外の街を家路につきます。

◆ 私は、上述の教育係兼「英英」通訳の方のお宅で食後のコーヒーをいただき、ノース・アデレードまで送っていただきました。 様式を尊ぶSA社会の気質を垣間見ることができた夕べでした。


◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇配達に同行して◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇
◆◆ようやく引っ越し◆◆

12月早々、キッチンのある隣の市に引っ越しをしました。キッチンのある市内に住む場所を探していたのですが、 短期滞在者ということで無理でした。新しい滞在先は、オーナー夫妻が住んでいる一軒家の半分を賃貸用に 改築したばかりで、私が記念すべき(?)最初の入居者でした。とはいっても、キッチンやバスルームは、 これまで(長年)ご夫婦が使っていらしたもの賃貸用にしたようで、旧きよきカントリー調の設備を 楽しんでいます。ここからキッチンが始まる6時15分に間に合うバスがないので、 自転車(マウンテンバイク)で通うことになりました。

◆◆ボランティアと職員の役割分担◆◆
◆これまで引っ越しに費やしていた水曜日がフリーとなり、あわせて金曜日も大学の今年度のセミナーが 終了したので使えるようになりました。この曜日は、ウェルフェアー・オフィサー(「60歳代」と最初は思ったのですが、 70歳前後かも。日本人は若い頃いっそう若く見られますが、こちらの方は中高年以降が年齢より若くみえるような感じがします)の女性が来る曜日です。 ウェルフェアー・オフィサーとは、利用者との連絡を担当するコーディネーターで、他の担当と同様、 ボランティアです。2年前の調査で訪問したメトロ・ポリタンエリアのはずれにある支部のウェルフェアー・オフィサー は、週5日通っており、また、利用申請者に対するアセスメントも行っていました。しかし、本部の近くに あるこの支部では、アセスメントは本部の職員であるアセスメント・オフィサーの仕事です。

◆ ウェルフェアー・オフィサーの方は、「何かあったらすぐ本部に電話するわ」というように、 緊急事態がおきたときの対処も、本部職員の仕事のようです。とはいえメトロポリタン・エリアには 100万人の人が住んでいるので、「本部の人は大変ですね」と私がいうと、 「本部の人たちは、私たちと違って、有給だから」と明確な答えが返ってきました。 2年間にお会いした方は、「私は24時間、利用者のことを考えているわ。だってみんな友達だもの」という 言葉の通り、傑出した熱意を持っていた方でした。

◆ 往々にして観察者はそのような傑出した人に惹かれますが、 しかし、ここで重要であることは、キッチンでもそうだったように、ごく普通の生活を送る人たちが、 通常の熱意と関心をもったときに参加できるシステムであるように思います。「私たちボランティアには、 他にもやらなくてはいけないことがあるから」という、私が参加している支部のウェルフェアー・オフィサーの 言葉の通り、「生活」を抱えた人々が、少しずつ時間を提供することで成り立っているシステムである ことを痛感した日でした。

◆◆地域の暮らしの記録◆◆
◆配達時間は、11時すぎに出発して1時間半くらいで終わります。配達時は、一人が運転をして、一人が、ウェルフェアー・オフィサーが準備したリストと地図を みながらナビをします。でも、ほとんど覚えているようです。また運転しない人は、利用者のリストをみて食事内容を確認します。 利用者のリストには 「木のドアをノックして、カチッという音を待ってドアを押す。ハンドルにさわってはいけない。」とか、 「ドアのベルをはげしく押すこと」といったメモが添えられている欄もあります。 制度上は保健福祉サービスの管理簿といったところなのでしょうが、長年の関わり合いの歴史が刻まれている「 暮らしの記録」といった感じがします。

◆ 「暮らしの記録」といえば、食事に関する個別対応の指示があります。SA協会の利用者は、まず、医師の診断を受けて、 SA協会に照会され、それを受けてSA協会の職員がアセスメントをします(本部から遠いところはボランティアによる)。 そのときに糖尿病、アレルギーなど、食事に関する指示もあわせてされます。しかし、利用者の 一覧表には、この範囲をはるかにこえた指示が書かれています。

◆ 「少な目」、「肉は小さく刻む」、「スープなし」はよくある指示ですが、ある他の女性は、 「チョコレートなし」、「酸っぱいものなし」、「魚なし」、「ライスなし」、「パスタなし」とあります。 ちなみにこのパスタやライスは、主食ではなく、メイン・コース(おかず)の料理に使われます。 ある男性は、「ひき肉なし」、「パスタなし」、「焼きリンゴなし」、「スライスした野菜なし」とあり、最後の指示は ???です。みんなウェルフェアー・オフィサーに寄せられた利用者の声です。これも「暮らしの記録」の一面として興味深く思います。

◆◆配達先の家々◆◆
◆ウェルフェアー・オフィサーの方は、もともとは配達ボランティアとして参加をはじめ、現在でも続けています。 また、彼女の夫も配達ボランティアをしています。ただ面白いのは、配達を始めた当初は車を二台持っていたので、 それぞれが運転手を務め、違うパートナーと組んで配達をしていて、一台となった現在でもその状態が 続いているということです。私も、水曜日はウェルフェアー・オフィサーの方が、金曜日はご主人が運転する 車に乗せてもらっています。

◆ このキッチンは約200名のボランティアで約200名の利用者に サービスを提供しています。配達は8つのルートで行うので、1ルートあたり25食前後となります。だいたい 各ルート、2〜3組ご夫婦がいます。利用者の入れ替わりは、一週間に一割くらいの ようです。こちらでの配達は、道路が広いうえに、幹線道路以外はほとんど車も人も通らないので移動が快適です。 でも忙しさは、日本で配達に同行させて頂いたいくつかのグループと同様な感じがしました。おしゃべりが長引く家もあれば、 あいさつ程度で終わりになる家もあります。顔を見せようとしない家もあります。不在の場合は、釣りなどで使われるエスキーという 保温箱(保冷箱)に入れておきます。

◆ 日本と若干違うのは、キッチンやダイニングまで入っていく家の割合が多いような印象を受けました。 それは、習慣の違いもあるのでしょうが、家の中での移動がやっとという方が多いからではないかと思います(玄関先 で受け取ってもテーブルまでもっていくのが大変になるので)。また、家族やサービスによって清潔に保たれている家もあれば、臭いがきつい家もあります。また、独り暮らしのテーブルに、レストランで並べられるようにナイフとフォークが 準備されている家もあります。ほとんどの家庭のラウンジには家族と一緒の写真が たくさん飾られていて、その家の歴史と、この家で少しでも長く過ごしたいという意思が伝わってくるような 気がします。

◆ こちらは夏が始まったところです。住宅街の庭木は、東京でいうと5月〜6月頃といった感じで、 ピンクと紫色(青いものはまだ見ていません)の紫陽花が満開です。 また、街路樹には満開の桜を紫色に染めた感じのジャカランダという花木が彩っています。大学のバス停近くには 紫色のツツジが満開で、紫は夏の色といった感じです。


◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇夏休みのキッチン◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
◆◆ボランティアさんのクリスマス◆◆

◆クリスマスのため、キッチンも10日間ほどお休みに入りました。私は海外で過ごすクリスマスも初めてですが、 夏のクリスマスも初めてです。食事を届けている相手もほとんどが高齢者ですが(病後の人、障害のある方も サービスの対象です)、キッチンのボランティアさんも ほとんどが高齢者で、お子さんやお孫さんをたくさんお持ちの方が結構いらっしゃいます。 クリスマスには、その「おじいちゃん・おばあちゃん」の家に、州内や豪州各地から「家族」が 集まりみんなで過ごすのだそうです。20人くらい集まるという話をよく聞きます。「おじいちゃん」 の役目は、その人たちにちょっとしたプレゼントを配ることだそうです。

◆ 夏のクリスマスなので、まさに「盆と正月が一緒に来た」という感じです。キッチンに、ボランティアとして 参加しているときに病気や事故などで亡くなられた方たちの、小さなメモリアル・ガーデンがあります。 何度もその前を通っていながら気がつかなかったのですが、キッチンの方が教えてくれました。炎天下で メモリアル・プレートを前にすると、お盆のお墓参りを思い出し、急に敬虔な仏教徒になった気分です。 とはいえ、日常の行動については儒教道徳の影響の方が強い感じがしています。9月11月のテロ事件の後、 こちらの新聞やテレビでは盛んにイスラム教をはじめ宗教について報道されていたこともあり、 普段は気にしていないそんなことを思いました。

◆◆利用者さんのクリスマス◆◆
◆10日間ほどのクリスマス・ブレイクの間、利用者さんたちは、家族のもとに行く人、家族が来る人、 ご夫婦だけで過ごす人、一人で過ごす人といろいろです。この休み中は、希望者にその間に必要な食事が 休みの前にまとめて配達されます。その食事も基本的には通常の配達日と同じウィーク・ディ分のみです。 休み中の食事である冷凍食の注文の締め切り日には、配達のときに、休み中の食事をどうするか確認していきます。 やはり、家族と一緒に暮らす予定の方たちは、冷凍食の必要がない旨、とても嬉しそうに教えてくれます。

◆ クリスマス&新年の休みが開けて、利用者さんのお宅に配達にいくと、ラウンジに クリスマス・カードがたくさん並べられています。普段は、ラウンジの壁に、若い頃のご夫婦やお子さん、 そして先立たれた家族の写真の数々が、利用者さんの長い人生の時間を留めているように感じますが、 赤や緑の色鮮やかなカードがリアルタイムの時間を語りかけてくるようです。

◆◆子どもたちの夏休み◆◆
◆クリスマス・ブレイクが終わってキッチンの活動が再開しても、子どもたちの夏休みは続いています。 そこで、ときどき配達ボランティアさんたちが、お子さんやお孫さんを連れてきます。中学生くらいの 子もいれば、小学生の子もいます。私が同行させていただいている方は、配達担当者が足りない日に、 ご自分の娘さんを動員し、その娘さんが2人の小学生を連れてきました。一人のお子さん(お孫さん)は 母親と一緒に配達にでかけ、もう一人が私も同行する「おじいちゃん」の車で配達体験です。 こちらでは小学校で日本語の勉強が始まるそうで、 親にせかされながら「こんにちわ。わたしは○○です。××歳です。」と挨拶してくれます。

◆ 可愛い配達者は、今回で2回目だといういうことで、「ヒロ、これはすごく熱いのよ」とか、 「ヒロ、それはここにおくのよ」などと、いろいろと教えてくれます。彼女は最初のうち張り切っていましたが、 最初の数軒を終えると配達用のバスケットを私に手渡し、最後の方は「早く終わらないかな」といった調子でした。 1時間30分ほどの配達時間は、子どもにはちょっと長いようです。配達する食事数は各ルート25食前後で、 それぞれのお宅には、前にも書いたように、きれいな家もあれば、そうでない家もあります。 可愛い訪問者を歓迎してくれる方もあれば、 まったく無関心の方もいます。そんな、自分の家族とは違う家庭をごく自然に垣間見ることができることも、 このようなコミュニティのボランティア団体の果たしている重要な一面だと思います。


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