日本に悲願のメダル
そろいのエメラルドグリーンのペディキュアをした足が台に並んだ。4位に0・12点のリードで迎えた最終演技。「いち、にい、せえの」。大槻の声に、はじかれたように跳んだ2人は「後ろ宙返り2回半半回ひねりエビ型」で入水を決める。75・60。最終演技は、中国も抑えて最高点だった。
ともに東京都出身の2人は一度つまずき、飛び込みに出合った。
宮嵜は小学6年の時、競泳のジュニア五輪代表になれなかった。「タイムは切っていたけど、これ以上はだめなんだと思った」。名門クラブで体操もしていたが伸び悩み、「とにかく上にいきたくて」。中学1年でこの世界に入った。
大槻も小学2年から体操をしていた。スポットライトを浴びる選手には追いつけず「体操のために」始めたのが、飛び込みだった。始めたら楽しくて高校1年の時、プールを居場所に選んだ。
コンビを組んで2年だが、互いに相性のよさを感じている。この大会に焦点を当て、金戸コーチと海外を転戦。1日6時間、30本以上跳ぶ猛練習が報われた。「努力の結果と思うと……」と宮崎は涙した。
文字通り同調性を求められるシンクロで、個々には達し得なかった表彰台に立った。 |