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2002年度
(準備中)
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室内選抜/東アジア大会 福岡世界水泳 日本選手権/高校総体 ユニバーシアード

  福岡 世界水泳選手権

 

女子 高飛び込み

 
47 2001/7/25 Sponichi Annex 元記事はこちら 登録日:2001/7/27
 宮崎 高飛び込みでも快挙6位

 女子高飛び込みの歴史を塗り替える6位に、宮崎は「そうだとは知らなかった。予選通過も危なかったのでうれしい」と照れたような笑顔を見せた。3回目の演技では助走で滑ったが無難にまとめ、安定していた。シンクロ高飛び込みで銅メダル、個人種目でも世界の6番に到達した。「飛び込みをやって本当によかった。今まで五輪なんて夢の世界。考えもしなかったけどすごく行きたくなった」と好成績で欲も出てきた様子だった。

 ≪寺内健 サバサバ棄権≫
  24日の板飛び込みで銅メダルを獲得した寺内健(甲子園大、JSS宝塚)が、左ひざの故障のためシンクロ高飛び込みと高飛び込みの出場を取りやめた。25日朝、練習前のストレッチにも支障をきたすほど症状が悪化したため棄権を決断した。寺内は「シンクロは(弟の)佑と僕も懸けていたが、長いこと選手生活を続けたいのでコーチと話して納得して決めました」とサバサバとした表情で話した。左ひざは昨年2月にも手術をしたものの、慢性的な痛みに悩まされていた。金岡恒治チームドクターによると病名は「膝蓋靭帯(しつがいじんたい)炎」で、現段階では再手術の予定はなく、リハビリに専念する。


46 2001/7/25 Mainichi Interactive 元記事はこちら 登録日:2001/7/27
 水泳世界選手権 10M高飛び込み女子で日本過去最高の6位

  ○…女子高飛び込みの決勝3本目の「前宙返り3回半エビ形」で助走した時、宮嵜は足元が滑って失敗ジャンプを飛んだ。「動揺しながら飛んで、気付いたら水の中にいた」と宮嵜。それでも大崩れせずに63・99点で順位を一つ上げて6位に浮上した。金戸恵太コーチは「アクシデントはあったがうまくまとめた。力を発揮してくれたと思う」と宮嵜のしたたかさに称賛を惜しまなかった。今年4月の室内選抜の後は米国や中国など海外5大会を転戦し、「こんなジャンプをしたら失敗する、といろんな自分を見つけた」。海外武者修行での体験を快進撃につなげた宮嵜は「次のアテネ五輪ではメダルを狙う」まで言い切った。


45 2001/7/25 Asahi.com 元記事はこちら 登録日:2001/7/26
 女子高飛び込み最高の6位入賞 宮崎多紀理

 これがメダルの勢いなのだろう。競技初日の女子シンクロナイズド高飛び込みで3位に入った宮崎多紀理が、今度は個人の日本女子で過去最高の順位を射止めた。

 腰痛で体調は万全ではない。3本目の「前宙返り3回半エビ型」の助走で足を滑らせたが、見事に体勢を立て直す。57・60点。最後も無難にまとめて、入賞ラインに食い込んだ。

 女子の日本勢では78年西ベルリン大会の山中理貴子がマークした7位が過去最高の成績。それを大会前までは国際的に無名の存在が上回った。

 「今年は最高の年。海外に何度も遠征した経験が大きいと思う。五輪なんて夢。考えもしなかったが、目指す気持ちがわいてきた」と話した。



44 2001/7/25 Asahi.com 元記事はこちら 登録日:2001/7/26
 板飛び込み銅の寺内が残り種目棄権 世界水泳

 福岡市で開催中の世界水泳選手権の3メートル板飛び込みで、男子選手初のメダルを獲得した寺内健(甲子園大)が持病の左ひざの回復が思わしくなく、エントリーしていた残りの高飛び込みと弟の佑(甲子園大)と出場予定だったシンクロナイズド高飛び込みを棄権することになった。25日、本人が発表した。

 今月上旬の上海合宿で左ひざを悪化させ、前日は痛み止めを打っての快挙だった。寺内は「佑と一緒に出るシンクロを楽しみにしていたので、残念」と話した。馬淵崇英コーチが「将来の選手生命を考えて決めた」と、理由を説明した。

 日本の金岡恒治チームドクターによると、診断は膝蓋じん帯炎で、ジャンプの度に痛みがあり、階段を上るのも不自由という。


男子 3m飛び板


43 2001/7/25 Sponichi Annex 元記事はこちら 登録日:2001/7/26
 飛び込み初!寺内健逆転銅

 運命の6回目は難易率3.5の大技「前逆宙返り2回半、1回半ひねりえび型」。5回目に3位から4位に後退した寺内にはもう後がない。場内がシーンと静まり返る中、ゆったりとした助走から勢いよく空中へ飛び出す。1回、2回、豪快な逆宙返りに続いて1回半のひねり。入水がやや乱れたものの、ほぼ完ぺきな演技で締めくくった直後、81.90の高得点が映し出された。残り2人でランク1位。メダルが確定した瞬間、寺内は恩師の馬淵崇英コーチと抱き合い、スタンドで見守る弟の佑に向かって誇らしげに右腕を突き上げた。

 「うれしすぎます。初めて泣きそうになりました。銅メダルって凄く重たいですね」。決してベストの体調ではなかった。昨年1月に持病の左ひざを手術した。だが、完治はせず、痛みは一向に消えない。直前の中国・上海合宿でも痛みがぶり返し「かわいそうで見ていられない」と馬淵コーチが練習を中止したほどだった。しかし、中国のナショナルチーム専属のドクターにマッサージや痛み止めを処方してもらったところ、うそのように回復。この日は本来の豪快な演技で銅メダルをもぎ取った。

 飛び込みを始めたのは小学5年の時。JSS宝塚でコーチをしていた馬淵コーチが素質を見抜き、以来2人の長い長い戦いが始まった。日本には本格的な飛び込み台が少なく、1年の大半は中国での合宿で過ごす。ただひたすらプールへ飛び込むだけの毎日。プールから上がれば今度はトランポリンを使っての練習が続く。だが、その努力は最高の形で報われた。

 「メダルなんてずっと手の届かないところにあると思っていました。でも、これで終わりじゃないから」。26日には弟の佑とペアを組んでシンクロ高飛び込みに出場する。兄弟でメダルを獲得するのはもう夢でもなんでもない。

 ≪弟・佑 涙そして気合≫兄の快挙に弟の佑も涙した。「もう泣いちゃいました。お兄ちゃんは本当に凄い。自分の演技でもないのに泣いたのは初めてです」。兄と一緒に小3で飛び込みを始めた佑は常に兄の背中を追い続けてきたが、昨年の日本選手権では正式種目になったシンクロ高飛び込みで兄と組んで優勝し、一躍注目された。26日の試合では史上初の兄弟メダルが期待されるが「お兄ちゃんの演技を見ていて競技に対する気持ちが変わった。メダルを狙います」と気合十分だった。


42 2001/7/25 Sprots-J 元記事はこちら 登録日:2001/7/26
 エース寺内健、飛び込み初の「銅」
 世界水泳選手権第9日【24日、マリンメッセ福岡ほか】、大接戦となった男子3メートル板飛び込みで日本のエース・寺内健(20)=JSS宝塚=が712・38点で銅メダルを獲得した。飛び込みの個人種目では初、日本男子でも初の世界大会メダル。中国から帰化した馬淵崇英コーチ(37)との二人三脚で10年目の悲願達成。寺内は26日のシンクロ高飛び込みでは弟の佑(18)とのペアで金メダルに挑戦する。〔写真:逆転で銅メダルを獲得した寺内健の演技〕
 板の上で足が震えた。最終6本目は「前逆宙返り2回半1回半ひねりえび型」。難易率3・5の大技だ。入水はやや乱れたが、81・90点をマーク。合計712・38点は彭勃(中国)の得点をわずか0・09点上回り、悲願のメダル獲得が決まった。
 「飛び込みをやってて、初めて泣きそうになりました。これでメダルやって思ったら、足がガクガクしちゃって…」
 5本目終了時4位からの逆転メダル。プールから上がった寺内は馬淵崇英コーチと抱き合った。JSS宝塚に招かれて来日した同コーチ(中国名・蘇薇)が、小5だった寺内の才能を見抜いて競泳から飛び込みに転向させて、ちょうど10年目での悲願達成。コーチの目にも涙が浮かんだ。
 「次は五輪のメダル。世界一になりたいと思ってやってきましたから…なるようにします」
 関西には冬季に練習ができる10メートル台がなく、上海で技を磨いた。中2で日本一になり、アトランタ、シドニー五輪を経験し、ついに世界選手権の表彰台へ。素直でコーチに従順な少年も成長し、この日は初めて1本ごとに得点を確認して演技。金メダル争いをしている自分を自覚していた。
 「ひざは痛いけど、ほぼ100%、満足のいく演技ができました」
 昨年2月に手術した左ひざのしつがいじん帯は今も激痛が走る。大会直前の上海合宿中の13日に、中国チーム付きの名医に秘伝の痛み止め注射を打ってもらった。28日の高飛び込み出場は微妙だが、26日には2歳下の弟・佑とシンクロ高飛び込みで金メダルにトライする。

41 2001/7/25 NikkanSports.com 元記事はこちら 登録日:2001/7/26
 寺内、飛び込み日本男子初の銅/世界水泳
  飛び込みのエース寺内健(20=JSS宝塚)が、男子3メートル板飛び込みで銅メダルを獲得した。飛び込みで日本男子のメダル奪取は、五輪、世界選手権を通じて初めて。左ひざの痛みに耐えながら、712・38点の高得点をマーク。中国出身の馬淵崇英コーチ(37)と10年間の二人三脚が実った。
(中略)
 緊張で足が震えた。最終ラウンドを残し、寺内は4位。しかし2位まで1・23点差、トップとも6点差しかなかった。「金メダル争いをしている」。プレッシャーを全身で受け止め、難易率3・5の大技「前逆宙返り2回半、1回半ひねりエビ型」を成功させた。銅メダル確定。馬淵コーチと抱き合った。

 「うれし過ぎです。体の動きが良くて、点数も良くてびっくりした」。この大会で、初めて1回の演技ごとに点数を確認していたという。得点や順位からくる緊張を乗り越えることで、もう1段階、自分を成長させようとしていた。

 左ひざの痛みは消えていない。3日からの上海合宿では、ほとんど飛べない日もあった。「泣きそうになって、悩んでいた」(馬淵コーチ)。上海合宿の最終日だった13日、北京から医者を呼び、痛み止めを打った。朝、ホテルを出るときは足をひきずった。

 しかし、演技中は、全く影響を感じさせなかった。シドニー五輪で失敗した前宙返り2回半、2回ひねりエビ型も4本目に成功。「絶対にメダルを取る」という精神力が、肉体を完ぺきに制御した。

 弟佑は「ひとの試合を見てこんなにうれしいのは初めて」と興奮を抑えきれなかった。26日は2人で出場するシンクロ高飛び込み。2個目のメダルも十分可能性がある。

 最終演技の前、寺内は馬淵コーチの異変に気が付いたという。「緊張してましたね。あんなこと、初めてですよ」。小5の7月に出会ってから、ちょうど10年。「世界の頂点を目指す」。2人の夢が、いよいよ現実に近づいた。【高宮憲治】

 ◆寺内健(てらうち・けん)1980年(昭和55年)8月7日、兵庫県宝塚市生まれ。1歳で水泳を始め、小5で飛び込みに転向。史上最年少の13歳で、94年日本選手権高飛び込み優勝。96年アトランタ五輪高飛び込み10位。00年シドニー五輪高飛び込み5位、3メートル板飛び込み8位。甲子園大3年。血液型B。家族は両親と弟。168センチ、65キロ。


40 2001/7/25 Asahi.com 元記事はこちら 登録日:2001/7/26
 男子3メートル板飛び込み、逆転の銅 寺内健

アテネに向け新たな夢
 3メートル板飛び込みで最後の試技を終えた寺内健は、得点を確認しガッツポーズ

 水泳の第9回世界選手権大会第9日の24日、男子3メートル板飛び込みの1本目、寺内はいきなり失敗した。踏み切りが強すぎて入水で水しぶきがあがる。順位も5位。しかし、本人は「これで逆に落ち着きを取り戻した」。以降、見違えるような演技をした。

 5本目を終えて、4位にいた。最後の6本目、観客の大歓声と、「平常心で」という馬淵崇英コーチの言葉に送られて飛び込み台に立った。切り札の「前逆宙返り2回半1回半ひねりエビ型」がピタリと決まる。81・90点。土壇場での大逆転に体を震わせた。

 メダルが決まった教え子と抱き合い、馬淵コーチも声を詰まらせた。「この10年いろいろあった。でも、今日はコーチとして最高の日」。2人で追い続けた夢がついに実現した瞬間だった。

 小学5年の時、寺内はバランス感覚を見込まれて競泳から転向。専用プールが少ない日本で、最強国中国に追い付くのを目標に、人に言えない努力をしてきた。

 「練習漬けの毎日」(母美恵さん)。馬淵コーチの厳しい指導には、負けず嫌いな性格がなければ続かなかった。元々トランポリンなどが好きだった。高速で水面とぶつかる怖さを克服できたのは、幼い日からこの感覚があったからだろう。

 日本飛び込み界初のメダルは、女子の2人に先を越された。が、日本のエースはだれもが認めるこの男しかいない。

 「サウティンや王天凌に勝てる自信がついた。金メダルの自信がわいてきた」。3年後のアテネに向け、新たな夢が宿った。(大久保忠夫)
 




女子 10mシンクロ


39 2001/7/22 Asahi.com 元記事はこちら 登録日:2001/7/23
 飛び込み日本初!宮嵜&大槻組銅だ

 銅メダル獲得が決まった瞬間、宮嵜と大槻の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。愛弟子の頭をなでる金戸恵太コーチの顔も泣きながら笑ってる。日本飛び込み陣としては世界選手権、五輪を通じて初のメダル獲得に会場の福岡県立総合プールが歓喜に包まれた。

 「2人が巡り合ったことがすべて」と金戸コーチはいう。1メートル53、51キロの宮嵜と1メートル54、48キロの大槻。体つきが酷似している上に食事や洋服など好みもほとんど一致している。ともに東京生まれで体操出身。そんな2人が2年前に組んだことが何より同調性が重視されるシンクロでの快挙につながった。

 腰痛に苦しみながら演技を続けた宮嵜が「自分の国旗が揚がるなんてうれしくて見入ってしまった」と言えば「すっごいうれしい」とは早大教育学部でタレント・広末涼子と同級生の大槻。1日6時間は飛びっ放しという猛練習が、日本飛び込み陣の歴史を塗り替えた。


38 2001/7/22 Asahi.com 元記事はこちら 登録日:2001/7/23
 女子10メートルシンクロ高飛び込み 宮嵜・大槻組が3位

日本に悲願のメダル
 そろいのエメラルドグリーンのペディキュアをした足が台に並んだ。4位に0・12点のリードで迎えた最終演技。「いち、にい、せえの」。大槻の声に、はじかれたように跳んだ2人は「後ろ宙返り2回半半回ひねりエビ型」で入水を決める。75・60。最終演技は、中国も抑えて最高点だった。

 ともに東京都出身の2人は一度つまずき、飛び込みに出合った。

 宮嵜は小学6年の時、競泳のジュニア五輪代表になれなかった。「タイムは切っていたけど、これ以上はだめなんだと思った」。名門クラブで体操もしていたが伸び悩み、「とにかく上にいきたくて」。中学1年でこの世界に入った。

 大槻も小学2年から体操をしていた。スポットライトを浴びる選手には追いつけず「体操のために」始めたのが、飛び込みだった。始めたら楽しくて高校1年の時、プールを居場所に選んだ。

 コンビを組んで2年だが、互いに相性のよさを感じている。この大会に焦点を当て、金戸コーチと海外を転戦。1日6時間、30本以上跳ぶ猛練習が報われた。「努力の結果と思うと……」と宮崎は涙した。

 文字通り同調性を求められるシンクロで、個々には達し得なかった表彰台に立った。


37 2001/7/22 NikkanSportscom 元記事はこちら 登録日:2001/7/23
 宮崎・大槻組が飛び込み初の銅/世界水泳

新たな日本のお家芸が誕生した。女子シンクロナイズド高飛び込みで、宮崎多紀理(22=ミキハウス)大槻枝美(20=早大)組が世界選手権、五輪を通じて日本飛び込み界初のメダルとなる銅メダルを獲得。
(中略)
 鮮やかな緑色の水着が、シュポッ、という音とともに、水面に吸い込まれた。5本目は「後ろ宙返り2回半、半回ひねりエビ型」。難易率3・0のペア最高の大技は、75・60点という高得点をたたき出した。2組を残して総得点トップ。会場の大拍手が、2人の歴史的な快挙を祝福していた。
 身長から体つき、大会前に髪の毛の長さまでそろえた2人が、完ぺきに「シンクロ」した。同じ角度で飛び出し、同じタイミングで回転した。入水も同時なら、浮き上がりも一緒。日本の新たな得意種目で、その実力を世界に見せつけた。

 待望のメダルだった。これまで、飛び込みでは入賞が最高。多くの選手が世界大会でのメダルに挑み、敗れてきた。しかし、シンクロは世界に通じる。飛び込みの技以上に同調性が重視される種目。シンクロナイズドスイミングでも世界の上位を占めるように、日本人の得意とするのが同調性だ。飛び込み王国中国の選手でさえ、完ぺきな同調は難しい。0.1秒のズレが、致命的なミスになる。しかも、大会出場枠は1カ国1組。不確定な要素も多いが、金メダルも狙える種目だったのだ。

 ところが、正式種目として採用されたシドニー五輪には、選手を派遣しなかった。だからこそ、力を見せつける必要があった。「練習はきつかった。体も痛かった。努力の結果かな」と宮崎は笑ったが、大槻は強気に「あくまで金が目標。でも、3位だけど演技には満足している」と話した。

 ともに、多くの五輪選手を輩出している朝日生命体操クラブ出身。先輩の宮崎が、大槻を引っ張り、最強のコンビが誕生した。金戸恵太コーチ(34)は「体形もレベルも合う。必ず金メダルを狙える選手になる」と話す。「体操も水泳も1番になれないなら、飛び込みで」と宮崎。福岡からアテネに、日本飛び込み界の歴史を変えるメダル候補が飛び出した。【高宮憲治】
 


36 2001/7/22 Hochi Sports Stadium 元記事はこちら 登録日:2001/7/23
 宮崎、大槻組“涙の銅” 水泳世界選手権 第7日

 大歓声は水の中まで聞こえてきた。宮崎と大槻の最終演技。競技番号「5251B」で表される後ろ宙返り2回半―半回りひねりがピタリと決まった。この回最高の75・60点。ロシアと中国の演技を残して史上初のメダルが決まると、2人は熱い涙をこぼした。

飛び込みシンクロ初のメダル 

 ともに名門・朝日生命クラブ所属の元体操選手。芽が出ず、偶然にも飛び込みに転向してコンビを組むことになった。体形もほぼ同じで、食事やファッションの好みも同じ。1日6時間の猛特訓に加え、大らかな宮崎と「自己中心的」という大槻の対照的な性格も、相乗効果を生んだ。

 腰痛と闘いながら「これで駄目なら…」と引退も考えた宮崎だが、最高峰の舞台で夢を実現した。早大3年でタレントの広末涼子と同じ授業を受ける大槻も「これを次に生かしたい」。歴史をつくった2人は、アテネ五輪という目標へ飛び込む。(石井 睦)
 
 ◆宮崎 多紀理(みやざき・たきり)1978年8月23日、東京
都生まれ。22歳。日大出。ミキハウス所属。飛び込みは13歳から。今
年の東アジア大会高飛び込み3位。家族は両親と姉、兄。153センチ、
51キロ。血液型O。

 ◆大槻 枝美(おおつき・えみ)1980年12月27日、東京都生
まれ。20歳。早大3年、ミキハウスDC所属。宮崎と組んで今年のUS
オープン3位。家族は両親と姉2人、弟。154センチ、48キロ。血液
型B。


開幕前


35 2001/7/20 Asahi.com 元記事はこちら 登録日:2001/7/21
 負傷の寺内健が高飛び込み出場へ

 持病の左ひざを痛めて、世界水泳選手権での10メートル高飛び込みの欠場を決めていた日本のエース寺内健(甲子園大)は19日、同種目へ出場する意向を明らかにした。

 大会直前の中国・上海での合宿で故障がひどくなり、いったんは欠場に踏み切った。しかし、その後、回復に向かっており、当初のエントリー通り、3メートル板飛び込み、シ ンクロナイズド高飛び込みを含めた3種目に出る。

 五輪、世界選手権を通じて飛び込み初のメダルを目指している寺内は、「今は注射で痛みを抑えている。そんなに良い状態ではないが予定通りに出る」と話した。

 馬淵崇英コーチは「地元開催に加えて、健を見に来る観客も多い。最後の日まで全力を尽くすことになった」と明言した。飛び込みは22日から競技が始まる。(03:09)


34 2001/7/20 時事通信 元記事はこちら 登録日:2001/7/21
 寺内健、高飛び込み出場へ=世界水泳

 22日から始まる飛び込みの日本代表が20日、福岡市内で記者会見し、寺内健(JSS宝塚)らが本番への抱負を語った。
 寺内健は、持病の左ひざ痛から高飛び込みの出場が危ぶまれたが、予定通り3種目に出場することを明らかにした。シドニー五輪の高飛び込みで、日本男子過去最高の5位に入った日本のエースは、「地元開催で注目されているし、東アジア大会で中国選手に勝った自信もある。ひざの状態もいい」と胸を張った。 
 シンクロナイズド高飛び込みで寺内健と出場する弟の寺内佑(JSS宝塚)は「シニアの国際大会は初めてで緊張しているが、練習通りやったらうまくいく」と話した。


33 2001/7/13 Asahi.com 元記事はこちら 登録日:2001/7/21
 「技に安定感」男子飛び込み 寺内健

初のメダルに挑む
今月初めの上海合宿中に、高飛び込みの棄権を決めた。持病の左ひざ痛が悪化したためだ。

 本人は口に出さなかったが、馬淵崇英コーチはすぐに気づいたという。「痛みのため十分な踏み切りが出来ていない。これでは選手生命を危うくするけがをしかねない」

 高飛び込みは98年パース大会、シドニー五輪ともに5位。寺内は翌朝「どうしても飛びたい」と訴えた。自信のある種目だけに、悔しさが募ったのだろう。が、最後はコーチに従った

 落ち込んでいる暇はない。3メートル板飛び込みにすべてをかけるよう気持ちを入れ替えた。

 3メートル板は今年急速に成長した種目。将来的にはこの種目で世界と戦うことを考えていた。5月の東アジア大会は740.91の高得点を記録して優勝した。「光が見えてきた。世界選手権のメダルに近づいた」と自信に満ちた言葉を残した。

 シドニー五輪以降に筋力練習に励んで跳躍力がつき、入水に余裕が生まれた。五輪で失敗した難易度3.4の「前宙返り2回半2回ひねりエビ型」や、難易度3.5の切り札「前逆宙返り2回半1回半ひねりエビ型」に安定感が出てきたという評価だ。

 飛び込み界は中国の独壇場が続く。シドニーでも男子4種目中3種目を制した。中国は今回、04年アテネ五輪に向け若手を多く起用する。男子高飛び込みは五輪金、銀の田亮、胡佳を送り込むが、3メートル板に金メダルの熊倪の名はない。東アジア大会で中国勢2人に競り勝った自信を考えれば、体調は万全ではないがチャンスは十分ある。

 もう1種目は、弟・佑と組むシンクロナイズド高飛び込み。2人で息を合わせて飛ぶリズムの勝負だ。「兄が伸び盛りの弟をうまくリードしてくれれば、メダルの可能性も」と馬淵コーチ。

 地元開催を追い風に、日本のエースは五輪、世界選手権を通じて飛び込み初のメダルに挑む。
 


32 2001/7 スポーツ選手のON/OFF 元記事はこちら 登録日:2001/7/21
 スポーツ選手のON/OFF (寺内兄弟編)


!! 必見 !! 寺内兄弟の素顔に
たっぷり触れられます。

少しでも憧れの選手に近づいてみたい!!
・・・そんな思いから生まれたのがこの企画。
プレー中にはとっても輝いていて、近づきがたい選手達も人間。
当然『日常』があるわけです。
シーズン中はプレーに集中している選手達。でもシーズンオフにはリラックス。
さて選手達の『日常』とは??
普段見られない選手らの「ざっくばらんな」姿を取材しました。
本人からのメールも随時更新!
 


31 2001/7/16 ゆうびんHP 元記事はこちら 登録日:2001/7/21
 第9回世界水泳選手権大会福岡2001記念郵便切手

2001年7月16日発売!!

切手の意匠について
 切手の意匠には、競泳、シンクロナイズドスイミング、飛込及び水球の4競技のイメージを描いています。   
背景は、光によって様々な色に移り変わる水面をイメージし、各競技のイメージを描いたデザインは、競泳のスピード感、シンクロナイ ズドスイミング及び飛込の美しさ、また水球の躍動感溢れる姿を表現しています。


30 2001/7/8 神戸新聞WebNews 元記事はこちら 登録日:2001/7/11
 寺内、高飛び込み辞退へ 世界水泳選手権
 飛び込みの第一人者、寺内健(JSS宝塚)が左ひざ痛のため、世界水泳選手権(16―29日・福岡)で予定していた3種目のうち高飛び込みの出場を取りやめる意向を持っており、日本水連に伝えたことが7日、分かった。日本水連は、中国の上海合宿から15日に帰国する寺内側から詳細を聞き、結論を出す。

 同選手権では、板飛び込みと、弟の佑(JSS宝塚)とともに挑むシンクロ高飛び込みで、メダル獲得を目指す。

 寺内はシドニー五輪以降、高飛び込みの練習を満足にできない状態が続いている。個人種目では今後、足への負担が大きい高飛び込みをやめ、板飛び込みに専念する可能性がある。

 左ひざには慢性的な痛みがあり、シドニー五輪前の昨年2月には手術を受けた。痛みのほとんどなかったことし5月の東アジア大会の板飛び込みでは、強豪の中国勢2人を下して優勝。世界選手権に向けて自信をつかんでいたが、再び強い痛みを覚えるようになった。


(fin)