| 小椋桂のこと 民謡、民俗音楽、演歌、流行歌、J−POP、ジャズ、クラシックと分別見境なくなんでも聞く。無節操ともいえる。 小椋桂を最初に聞いたのは、今から30数年前、友人の部屋だった。 「なんと軟弱な」と思いながらもひかれるところがあった。当時小椋は、ほとんど人前に出ることがなく、どこかカリスマ性を感じさせるところがあったが、テレビに出ない理由はそんな狙いなどではなく、彼の顔にあった。(ア書いてしまった)。 寺山修司と関わっていると聞いてますます興味を持った。(寺山修司はいい)。 実際に彼を現実の人間として感じたのは、それから20年もたった頃か。当時の第一勧銀をやめたときのことだ。家人が近くの町の公民館で開かれるコンサートのチケットをもらってきたのだ。 折りたたみのイスがわずかに置かれた会場。ステージには小椋とギタリストの二人だけだった。『シクラメンのかほり』などで一世を風靡した人のステージにしては寂しいものがあった。 そのステージで彼は「視座」について語った。 「視点、という言葉があるが、自身の居る場所がかわることで見方が変る、つまり視座というものがある」と。自分の環境が変ると、同じものが別のものに見えてくるという意味だった。ステージ全体から彼自身の生き方を模索している姿が見えた。 その後、がんで胃を全摘し、しかもわずか1ヶ月ほどで姿を現したのには驚いた。おどろく程やせこけた彼が、平然とたばこをふかしていたのにも驚いた。 この時期を挟んだアメリカとヨーロッパ録音、それぞれ2枚組みのCDを持っている。 一つは『Debut』(デビュー)、そしてもう一つは『Dejavu』(デジャヴ)。 歌詞は、サラリーマンの喜怒哀楽を恋の歌に託したと取れるものが多い。小椋は否定しているようだが、きっとそうに違いない。現在彼に対する「軟弱」のイメージは完全に払拭された。一生懸命生きようとする人間がそこにいる。 書店で彼の本をみつけたときに時々買うのだが、残念ながらこちらは彼の「唄」を超えていない。知識の羅列で、起承転結がないように私には思える。(龍) |