しばらくぶりで音楽以外のCDを買った。
寝ながら聞いた。あまりのおかしさに腹筋に力が入りすぎ、ビクンとヘルニアの腰にきた。
やっといくらか快方に向かっていたが、大きく後退してしまった。泣きながら笑うのは苦しい。
岩手弁「方言詩の世界」〜笑いと涙編〜
語りは、IBC岩手放送の菊地幸見アナウンサー。
(昨日の写真は、遠野の千葉家)
現代ギター誌に掲載されている楽譜のMIDI化しています。
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad/9555/MIDIList.htm
曲全体のイメージをつかむことが目的です。
実際に楽器を使って確認すればいいようなものですが、技術がないために音符を追うことにエネルギーを
使ってしまい、最後までたどり着けないことがほとんどで無理があります。
運よく最後まで行ったとしても、音楽として自分に聞こえていないことが多いのです。
自分の好みの音楽を見つけるのに苦労している状況をなんとかできないかと考えた結果のMIDI化です。
MIDIで鑑賞に堪えるほどのものを作るには、かなりの時間がかかります。それなりの知識も必要です。
MIDIについても初心者の私ですが、先に言ったように、目的が概略の把握ですから、音楽的な完成度は
追及していません。
そんなものが150曲以上できあがり、このまま惰性で行くと1000曲と超えるのもそれほど難しいもの
ではないように感じます。
誰しも考えることでしょうが、せっかくMIDI化したものだからと、ネットに載せることを思いつきました。
そのほうが励みにもなりますし。
ただ、現代ギター社の出版物をMIDI化するわけですから、確認をとることは必要だと考え同社に問い
合わせしました。そうしたところ、JASRC(日本著作権協会)の規定を確認するようにとのことでした。
さっそくホームページを見てみました。
まず驚きました。
認識の甘さを思い知らされました。
かなり前に調べたことはあるのですが、このときはMIDIについての定義が曖昧だったような気がします。
今回確認して、微妙で難しい問題がたくさんあることがわかりました。
料金的な問題もあります。1曲載せるのに1200円、そのほかに月額150円、計1350円ががかか
ります(消費税別)。
結論としては、『著作権があるとおもわれるものについてはネットに掲載しない』ということにしました。
掲載楽譜で著作権のないものはほとんど無いような気がしますので、私のホームページにMIDIが掲載さ
れる数は微々たるものでしょう。
でもMIDI化は、時間のあるときに楽しみながらボチボチと継続していきます。
そしてせっかくですので、リストだけは(未練がましく)載せます。
この件で、何度かのメール交換で好意的に対応していただいた現代ギター誌の江部編集長に感謝申し上げます。
長くなりますが、JASRACのコメントを最後に引用しておきます。
『MIDIデータ等で音楽を楽しんでいただいている方が、音楽文化の発展の担い手になっているという認識は
十分持っておりますし、理解しております。ただ、楽しみだから好きなことができるとは限りません。遊園地に
行っても、ただで乗り物には乗れないように、楽しみには対価が必要なものもあります。みなさまも、ご自分の
お好きな作詞家、作曲家のためにも、著作権制度をご理解いただきますようよろしくお願い申しあげます。』
自作19世紀ギターの低音がはっきりしない。
大胆だと思ったが、フォークギターの弦を張ってみた。5弦6弦にフォークギターの4弦5弦を使った。
ハープシコードのようでおもしろい。
ただ左手のノイズを拾いすぎることと、調弦がかなりシビアになるため、これに決めるには少し無理があるみたいだ。
生前お世話になっていたギター製作家水原洋さんを追悼する演奏会が開かれます。
12月8日(金)盛岡のマリオス小ホールで18時開場、19時開演です。
演奏者は、木村悟、佐藤俊、山口あうい、石原博史、佐藤由美子、水原良子。
故人の好きだったバッハはじめ、リヨベート、タレガ、ブラームス、メンデルスゾーンの曲が演奏される予定です。
司会は水原さんの友人でもある作家斎藤純。
(各氏名の敬称略)
入場料 2000円
ブログの経験が浅いのでよくわからないのだが、トラックバックというので驚いた。
いきなり「アタシ人妻」なんてのが現れるんだもんね。あわてて機能をとめた。(むかしは興味あったけど)
トラックバックを考えた人はきっと、喜んでもらえると思って作ったんだろうけど、残念でしょうね。
せっかくあるんだから楽しく使いたいんだけど、なにか方法はないかな。
岩手県民会館で開催された第59回岩手芸術祭 ギター音楽の夕べに行ってきた。
レベルの高さに驚いて帰ってきた。
技術的にも音楽的にも「この人がアマチュアか」と思わせるものがあった。
第一部では、ソルのエチュードを演奏した作山裕子さん、ヴィラロボスのマズルカショーロの地
舘浩二さん、ロドリーゴ、ファンタンゴの三浦晃可さんが印象に残った。
第二部では、ソルのロシアの思い出の二重奏が良かった。この曲をこれだけ弾きあげた吉田多加司
さんと佐藤勝政さんの力量にはただ驚く。1stが少々まとわりつくように私には聞こえた。
合奏は全体的に、端正な演奏でトリッキーなところがないのが良かった。
休憩を挟んで第三部は、さすがと思わせる演奏者が勢揃い。
サビオの我が道の吉田多加司さんの演奏は鬼気迫るものがあり、ギターにかけた人生を感じた。。
ディアンスのフッコを演奏した鈴木大さんは、右手がよく回る。速すぎて音楽としての構成が私に
はつかめなかった。田村倫也さんのヴィラロボス、ショーロはすばらしかった。嫌みに落ちずに我
慢するところはキッチリり我慢、音色もすばらしい。退場後も拍手が鳴りやまなかった。
バリオスの大聖堂はやはり難曲だと思った。演奏した大森圭一さんは実力を発揮できなかったので
はないだろうか。
ブローウェルの5つのエチュードは、練習したことがある曲なので耳をダンボにして聞いた。演奏
者は望月麻千さん。さすがの一言。これほど良い曲だったのかとあらためて感じた。ニコッと笑っ
たので驚いた。(失礼)
とりをとったのは伊藤光さん。ヨークの Waiting for Down を演奏した。
全般を通じて印象に残った演奏者は、佐藤勝政さん。
演奏スタイルがオーソドックスで奇を衒うところがない。ビバルディのハ長調のコンチェルトの
ソロを聞いて、誰でもできる音楽ではないと感じた。
昨夜の演奏会からは、出演者それぞれの音楽を楽しむ気持ちにが伝わってきた。長い歴史の中で
培われたものだろう。4時間ちかくの時間があっというまに過ぎてしまった。
進行がスムーズだったことも飽きさせなかった理由だろう。
いい演奏会だった。
リハビリの一環として、温泉に行ってきました。リハビリです。
東北自動車道を西根インターで降りて岩手山へ向かい20分ほど。
左手に溶岩流が見えてきます。国の天然記念物に指定されているので溶岩を取ってはいけません。
ここから、なだらかに上り坂を大きく右に曲がるとめざす焼走りの湯です。
ここは気に入っている温泉の一つです。
お湯はもちろん、雄大な岩手山を仰ぎ見るロケーションもいい。
こまかな気遣いを感じられる食事もいいのです。
地元地方紙に私のことが載る予定です。
といっても悪いことをするわけではありませんよ。
毎日のように教育現場の問題がマスコミに取り上げられる。
「法律が悪いからこうなんだと誰かが宣伝しているみたいだな」と家人に言ったら、「楽太郎みたい」と
返された。腹黒いんだと。
その「かんぐり」が「もしかしたら」と思えるようなことが、昨日あった。
教育基本法改正案の可決だ。
与党と野党の話し合いもなくして決まってしまったのだそうだ。
これほど急がなければいけないことなのかなと疑問に思う。憲法改正と教育基本法の改正については、
昔から重要な課題としてあちこちで論議されている。背景となっているものも複雑なようだ。
それをこんなふうに簡単に扱ってしまっていいのかなと思う。
政治の世界はホントにわからない。
子供たちが荒れたり自殺したりする悲劇は、法律の問題ではないんだよね。
言ってもはじまらないから、さ、練習練習。一節太郎の浪曲子守唄でも弾いてみようか。
『そりゃ・・ 無学なこの俺を親にもつお前はふびんな奴さ。泣くんじゃネエよ、泣くんじゃネエよ。おい
らも泣けるじゃネエか。ささいい子だねんねしな。』
言ってもはじまらない、という態度が、ジツは日本の今の政治家には好都合なんだよね。
無関心は無知と同じだから。
少し反省して教育基本法改正というのは、どこをどう変えようかネットで調べてみた。
結局、よくわからない。
ネット上にはいろんな意見の人がいっぱいいて、なんだか思惑で書いている人も少なく
ないようだし、中には過激な人もいてどれが正しいのか判断できない。
「個人の尊厳を重んじ」、「真理と平和を希求する」、「個性ゆたかな文化の創造をめざす」
とした今の教育基本法のどこが悪いのかわからないし、改正案の「公共心」、「態度を養う」、
「日本の伝統、文化尊重」というのも理解できる。
ただ、なんとなく「愛国心」というところにひっかかるところがある。
どうしようもないヤクザな男が、「おい、オレを好きになれ」と女性に強要するのは見苦しい。
好かれるにはそれ相応の魅力がなければならない。
戦争をしかける国に加担して、今になって「あのときはそう思ったんだよね」という程度では
どうかと思うよ。言ってもはじまらないけど。
『ささ、いい子だ、ねんねしな』(まだやってる)
私はギター演奏を木村悟氏に師事した。
今回新聞に掲載された記事で、このことを取り上げてもらえなかったことが少々残念である。
私の病気のことが前面に出た内容になった。
「励まされる人も多いと思います」の記者の方の一言で結果的にこうなった。
取材後に記者の方がちょっとギターを弾いて見せてくれたが、そのうまいこと。
さすが文化部の記者、大いに感心してしまった。聞けばいろいろな楽器をこなすようだ。
音楽一家で、ご両親がヨーロッパ音楽の旅から帰ってきたばかりだという。
私の演奏を見た記者が、「これでは木村氏の名前にキズが付く」と判断した結果、
師匠の名前を出さなかったのかもしれない。いまそう思っている。
私がヘタクソなのは師匠のせいではないことをここではっきりと言っておきたい。
自己責任と素質の問題である。
すばらしいドキュメンタリー番組を見た。
難病、筋ジストロフィーと戦いながら絵を描き続ける河合正嗣(まさし)さんに密着した番組だ。
一瞬たりとも目が離せなかった。
筋力が日に日に衰えていく中で、彼は人の微笑を描き続ける。
絵はそんな困難をみじんも感じさせることなく、心から人を和ませる力を持っている。
「こんなに苦しみながら人の笑顔を描くのは、なんだかウソをついているような気がして」、と言う。
ここに、彼の生き方に対する姿勢の一端がうかがえる。
知らなかったが、番組は以前二度放送し、反響があまりにも大きいため追加の映像も含めて再々放送となったという。
以下はNHKの番組紹介文。
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愛知県・旧下山村(現 豊田市)の山あいの静かな地区に、家族が営む素敵なカフェ「ときどき館」がある。そこには双子の画家が描いた美しい絵が飾られている。
河合正嗣(まさし)さん、範章(のりあき)さん。難病、筋ジストロフィーとともに生きてきたが、弟、範章さんは、すばらしい油絵を描き上げた直後に、眠るように息をひきとった。23歳だった。同じように病気が進行していた兄、正嗣さんは、声を失うかわりに気管切開手術を選択し、一日でも長く、絵を描き続ける道を選んだ。
そうして正嗣さんが描き始めたのが「ほほ笑み」の絵だ。手術をした病院でモデルを募集、命を支えてくれた医師や看護師、そして入院している患者たちの笑顔を、一人一人時間をかけて丹念に描いていく。目標は、110人。「1(ひと)10(と)人(ひと)」、人と人がつながる、という意味をこめる。
たとえ世界がどんなに絶望や苦しみに満ちていても、それでも人は「ほほ笑む」ことができ、人生は生きるに値する。
そんな「ほほ笑み」を求めて、鉛筆の繊細な線で画用紙に優しい笑顔を浮かび上がらせてゆく。
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番組のバックグラウンドには、兄弟で作った曲が使われていた。
終了近くになって、実際の兄弟の演奏と弟範章さんの歌声が流れた。
力強い歌声がよけいに悲しみを誘った。
− できることを いま すること −
正嗣さんのこの言葉が強く印象に残る。
自分の生き方を反省させられる思いがするのは私だけだろうか。
最後に、本人のブログを見つけたので紹介しよう。
http://yaplog.jp/artist_masashi/category_2/
文章からも彼の崇高と表現しても過言ではない自律した精神を感じる。
(写真は彼のブログから)
現代ギター11月号に添付されているレオナルド・カルの曲をMIDIにしてみた。
カルの曲はいくつかMIDIにしたが、今回の曲が一番いいような気がする。
楽譜がしっかりしているのでMIDIにする作業め楽だし。
実際にこんな二重奏ができたらどんなにうれしいことか。
新聞に載ってからなんとなく身辺が落ち着かない。
http://homepage2.nifty.com/dj-inet/RsKiji.JPG
今日、民法テレビからアプローチがあったが、お断りさせていただいた。
ありがたい話だとは思う。
素朴にいい楽器を作りたいと思っているだけなので、名前が先行してしまうとどこかに無理が出るような気がする。
作ったものの評価から私にたどりついてくれたとしたら、そんなうれしいことはない。
そうなりたいと思うから、お断りさせていただいた。
、というムックに19世紀ギターの記事が載っていて、執筆がかの有名な鶴田さん。
CDもついている。
このCDは、一般市販のものと大きく考え方が違う
リバーブ、イコライザ、リミッタ一切なし。
言ってみれば、スッピンの音。だから演奏者の力量がそのまま出ている。
すごい中学一年生がいるもねだ。そしてプロはやはりプロ。
スットコ鶴田の演奏は、想像以上にうまい。
仙岩峠は一気に冬に突入。気温氷点下4度。
12月8日、盛岡マリオス小ホールで開かれた水原洋追悼演奏会に行ってきました。
水原洋氏のご両親にもお忙しい中、お気遣いいただきました。
バイオリン製作の松本さん、マンドリン製作の田鎖さん、それとお弟子さん、この演奏会のために
尽力されたビルダーの方々にも感謝いたします。
会場の一角に展示された水原さんの仕事を見ると、彼そのものという気がして、彼が亡くなっても
仕事は生き続けるという、なんというか安堵感みたいなものにひたることができました。
会場はほぼ満席。
演奏者もそれぞれすばらしい方々で、ハッタリのない、それでいて命のほとばしりを感じる音楽を
久々に聴かせてもらいました。
終盤のメンデルスゾーンのピアノ三重奏曲op.49では、不覚にも涙をこぼしてしまいました。
ハンカチオヤジは絵になりませんが、今日くらいは許してください。
隔月発刊のギター専門誌『ホマ・ドリーム』12月号が届いた。
掲載楽譜が音源として付いてくるのがいい。
それぞれの収録曲は、演奏者名だけではなく、使用楽器も分かるようになっている。
録音時の条件はいろいろあるかと思うが、それでも各楽器の特性はよく分かる。
今回の楽譜で興味をひかれたのは、カッチーニのアヴェ・マリアという曲。
竹内永和の編曲によるものだ。
勉強不足なので初めての曲なのだが、その美しさにすっかりはまってしまった。
前半の単調な進行にどう表情をつけるか、それが2ページ3段目からの美しさを際立たせることになる。(などとエラそうに)
カッチーニがブレークしそうな気がするなかで、なんとなく違和感をおぼえるところもあった。
最初、竹内永和の編曲のせいかと思った。
氏の編曲は(MIDIにしてみるとよく分かるが)、演奏者に高度な力量を要求するところがかなりある。
譜面どおりの演奏だと曲になりきれないところがあるのだ。
和音の位置の選択や、あるべきところに音がないとか、そんなことを感じるときもある。
でもこれは弾けないものの逆恨みで、CDでは見事に曲になっているからやはりすごい。
だとすると違和感の理由は曲そのものか。
原曲を見たことがないので推論の根拠もないのだが、メロディーはバロック調でありながら、全体の形式がどうも違うような気がする。
できすぎているとでも言ったらいいか。
で、少し調べてみた。
その結果、邪推はあながち的外れではなかったかもしれないという説にであった。
ジュリオ・カッチーニは1545年頃の生まれと言われている。
しかし当時の彼の曲集にはこのアヴェ・マリアは見当たらない。突然、19世紀に出現したものだという。
誰かがジュリオ・カッチーニの名を騙って作ったものなのか。
さらに調べていくうちに、このアヴェ・マリアの原典と思われる楽譜が残っていることがわかった。
そしてそこには作曲者名が D.Caccini となっていることが判明した。
ジュリオ・カッチーニのスペルは Giulio Caccini 。別人説である。
だとすれば、勝手に私がジュリオ・カッチーニと勘違いしただけのこと。
同時に、曲の形式についての違和感は、ひそかににんまりとするところだ。
ただ、このD.カッチーニが誰なのかは現在も解明されていないらしい。
それにしてもアヴェ・マリア。いい曲だ。
ファイル交換ソフト「Winny(ウィニー)」を開発・公開した元東京大助手に、罰金150万円の有罪判決が言い渡された。
著作権法違反ほう助がその理由だ。
「気の毒に」というのが率直な感想だ。
Winnyは、現在一般的になっているサーバーを介したデータ通信ではないところが最大の特徴だ。
この技術自体は、それほど目新しいものではない。
私がパソコン通信を始めた頃に遊んでいた自作ベーシックプログラムも、この方法だった。
マスコミはこぞってWinnyを悪者扱いする。
私はこのプログラムを使ったことはないが、Winny自体に問題性はないと思っている。
Winnyを利用して、流してはいけないデータを流す人間に問題がある。
また、情報の流出問題についても、Winnyを媒体とするウイルスプログラムを作った人間にこそ大きな責任がある。
罰せられるべき人間はこれらの人間だ。ここを野放しにしてWinnyプログラム作者を罰するのは腑に落ちない。
包丁を使った殺人事件が起きたことで、金物屋が殺人ほう助に問われるようなものだ。
Winnyの悪用が分ったときに、作者はソースコードを書き換えて改善し公開することを申し出たらしい。
しかし取調べ中の差し押さえ物件であるという理由で拒否されたという。
そうだとすれば、被害の拡大は二の次で、違法性の確立が優先されたと見られてもしかたがない。
Winnyはサーバーに負担をかけないプロトコルだ。
これは同時に、第三者が情報を掌握できないプロトコルということを意味する。
ここに今回の問題の焦点があるような気がする。
この種のプログラムが市民権を得て流布・拡大されると、困る人が出てくる可能性がある。
コントロールの効かない情報世界が出現する。
ちょっと間違うと、通信の自由や情報統制とかに議論が発展しそうだ。
この判決を受けて作者は控訴すると見られている。
裁判の行方は今後の技術開発などに大きな影響を及ぼすかもしれない。
パソコンをいじっている人だけの問題にとどまらないことを認識して、もっとみんなで考える必要があると思うのだが。
モーツァルトの全楽譜がPDFで無料公開されました。
http://nma.redhost24-001.com/DME/nma/nmapub_srch.php?l=2
24,000ページにわたる膨大なデータです。
フェルデンクライスメソッドというのがあって、ちょっとためしてみたらジツに心地良い。
この理論を端的に表現するキーワードは「気づき」。
自分の体の変化に「気づく」ということで、正常な状態に戻そうとするものです。
全身の筋肉や骨格がどのように連携して動いているかということを「気づく」ことで、脳・神経系を活性化し
、バランスのとれた質の高い動きと機能を身につけていくというもの。
私の場合は、医者に「これで歩けるのは運がいいです」と言われる状態。期待効果は持てないかも知れないけ
れども、メソッドを作ったフェルデンクライス自身が、兵役で故障した自身の膝の問題を克服したとのことな
ので、試してみることにする。
物理学の博士である彼は、加納治五郎から柔道の指導を受けたこともあるとのこと。などなど、彼のことをい
ろいろ調べていくと、とても興味を引かれる人物だということがわかります。
今、フェルデンクライスをネットで検索すると、やたらあやしげなホームページがひっかかってきます。
商業主義が最優先。困った現象だと思います。順天堂大の武井正子名誉教授が第一人者らしいのですが。
ここで使っているブログは「はてな」。
Niftyのブログ「ココログ」を開発した方が作ったものだと聞いた。
ココログは時々不調になるらしいが、「はてな」は安定しているようだし、機能も豊富だ。
この「はてな」でTeXが使えることがわかったので、さっそく使ってみる。
このように数式が表示できる。
ちなみにこの式は、ギター製作時に平均律でフレットの位置を決める係数。
n は任意の数字。
この係数に弦長を掛けると、ナットから該当フレット(n)までの長さが求められる。
千葉在住のギタリスト宮川菊佳さんのホームページにも紹介されているギタリストの師弟関係を表すデータがあります。
このデータを使ったデータベース(以下DB)を作ってみました。
このDBは、千葉の越後屋さんの作成された『逆引き・クラシックギターイエローページ』を基データにしています。
それによると、この基データは、「クラシックギターイエローページ2003」(現代ギター社刊)から集計したものとのことです。
ただしここに掲載したデータについては、現代ギター社および越後屋さんへの問い合わせ等はご遠慮願います。
そして私もどんなことがあっても責任はとりません。
また、加齢による短気と腰痛による意気地なしのために、データ、プログラムとも途中で放棄してることをご容赦願います。
ですから、メンテのボランティアは大歓迎です。(いないと思うけど一応)
DBフォームのイメージ:DBInfo1.jpg
○ファイル名:GKeifu.mdb
○ファイル形式:Microsoft Access2000
○登録場所:http://homepage2.nifty.com/dj-inet/TOOLS/tools.htm
○登録ギタリスト数:日本国内のギタリスト1034名(物故者含む)
○基データからの変更追加点
・ID、シリアルNo項目を付加した
・基データでは別ファイルであった活動拠点統合した
・出生年(西暦)と出身地の項目を追加した
・留学先の項目を追加した
・「師」に外国人師匠の記入欄も含めた
・URLは直接リンクしないようにした
・プロフィール記入項目を設けた
・顔写真等のビジュアル情報を登録する項目を設けた
・その他の記述事項の記入欄を設けた
○Accessを持っていない方のために
・スナップショットのデータを準備しました。ファイル名は、Guitarist1.snpです。
・スナップショットのデータを見るためのツールは、Microsoftから無償で配布されています。
・当然のことながら、スナップショットには機能的な制限があります。ページめくりの感覚です。
○最後に:Coptright(C) は表記していますが、どなたも自由に使ってかまいません。
Nature Web News に掲載されたストラディヴァリの「木材」の秘密に関する記事が、
製作者や演奏家の間で注目されている。
以下がその和訳文。
-----------------------------------------------
ストラディヴァリは、素晴らしい音色を持つ楽器です。
それは1700年代にイタリアで作製されたのですが、その楽器がなぜそのように素晴らしい
音色を持つのか、という秘密は伝えられませんでした。謎を解き明かそうとするその後の
数々の努力にも関わらず、それを凌駕する音色を持つバイオリンは未だに作り出されてい
ないのです。
「最高の楽器」であっても、それは「木材」という有形物です。それは年月の重みによっ
て劣化し、破損していってしまいます。現在でも数百しか残されていないものですが、
時間の経過と共にどんどん数が減少し、その音も時の中に失われてしまうのではないか、
と懸念されています。
もちろん、構造などについては解明が進んだのですが、同様のものを作製しても同じ様
な音色は得られません。特殊な木材や特殊なニスがそれを神秘の楽器にしている、とい
う見方が現在まで持たれてきました。
今回研究者達は、楽器が作られた当時のかんな屑を「nuclear magnetic resonance
(核磁気共鳴)」と「infrared spectroscopy(赤外線分光)」を使って分析し、
その音色の秘密の一端が、特殊な化学的処理の結果だったようだ、と報告しています。
楽器を作るために、各種の鉱物を入れた塩水で煮た木材が使われたのだろう、と研究者
は推測しているのです。
そのような処理は、そもそもは「防虫・防かび」の為のものだったかもしれないそうです。
研究者達は実際に「秘密のレシピ」によって調合した溶液で木材を煮た後、バイオリンを
製作しています。その音色にはプロの演奏家達から高い評価が与えられた、と記事は伝え
ています。
ストラディヴァリは非常に高価な楽器です。それ自体を損なうような解析は不可能です。
でも、より正確に成分を分析するために、研究者達は入手した小さな木片を燃焼させて、
成分を分析する事を計画しているそうです。
The key to Stradivari's tone
Nature Web News 11/30
ストラディヴァリの製作したバロックギターが現存している。
どのような音がするのか聴くすべもないが、容姿はさすがに気品にあふれたすばらしいものだ。
バイオリンについては、その「音」の秘密を探るためにさまざまな試みがなされたとのこどだが、
しかしながら未だに解明されていないという。
ストラディヴァリのバイオリンの音を「科学」で解き明かそうとした日本人がいる。
糸川英夫(1912−1999)。
東京都出身の工学者で専門は宇宙工学。秋田の道川を拠点にペンシルロケットの開発者・実験を
したことでも知られる「日本のロケット開発の父」だ。
名戦闘機「隼」や「鐘馗」の設計者としても知られている氏は、東大の研究室で敗戦を迎えた。
この敗戦で人生が一変した。飛行機の製造が禁止され、周りの人間がいなくなった。かわりに、
いきなりミサイル部品の取引先などから莫大な請求書が届いたりする。それまでの日本のための
努力が、敗戦により「戦争に加担した危険な人間」となってしまったのだろう。
糸川から飛行機を取れば何も残らないといわれていた。自殺願望のノイローゼに陥った。
ちょうどその頃一人の青年に出会う。青年はこう言う。
「僕は熊谷千尋といいます。実は僕はバイオリンを弾くのが好きなのです。いいバイオリンが
欲しいんです。先生。でも弦楽器はひとつずつ手でつくる。名器となるととても高い。自分たち
のような貧乏学生にはとても手が届かない。だけど世界中の音楽家は、みんな貧乏なはずです。
その貧乏な人が、非常に高いお金を出して、バイオリンを手に入れなければならないということ
は、みじめだし、悲惨だ。自分の相談というのは、先生は[隼]戦闘機を設計したエンジニアだか
ら、それだけの頭脳でバイオリンを設計したら、百円くらいの材料で、一億円くらいの音がでる
バイオリンができるんじゃないでしょうか。先生ならば、つくることができるはずです」
こうしてひとまず自殺は延期してバイオリン製作に傾注することになる。
次回は、糸川英夫がバイオリン作りをどう考えたかについて書こう。
糸川英夫はバイオリン作りについてこう考えた。
「はじめに音響学をやって、現代物理学のすべてを総動員して、バイオリンの良い音はどういう
波形かを調べて、その同じ波の形がでてくるものをつくればいいのだ。だから振動理論を応用す
れば理論的には可能だ」
「作れないというのは従来の方法論が間違っている。波動方程式を立て、解を求めるという工学
的な方法でアプローチすれば必ず設計できるはずだ。第一、200年も300年も前の職人が
作ったものに、この二十世紀半ばの現代科学が今だに及ばないというのは科学者として屈辱的だ」
これが糸川の概念だった。
「開発すべきものに対して、どんなお客のために、どんな機能を持つべきものであるかを知るこ
と。それには、どんなお客が、どんなことを要求しているのかを知ること」
こうして、開発のための方法論を策定する。
1.お客とは一体、誰か
糸川はそれを演奏家ではなく、「作曲家である」と定義した。
2.お客は実際にどんなことを要求しているか
これについては、客観的な調査を行う。
すなわち、作曲家の楽譜からヴァイオリンに対する彼らの要求を読み取る。
作曲家というお客の声を聞く方法は、彼らの書き残した五線譜上のオタマジャクシから、彼らの
ヴァイオリンに対する要求を読み取ることであった。
そこで、昭和23年1年間に、NHKのラジオ放送の中に出てきた曲について、楽譜に書いてあ
る音符を全て調べ、曲に使われている各音の頻度と長さの統計をとってみた。
その結果、楽譜上で作曲家達が最も聴衆に聴いて欲しい音は、A4, E4, D4, A3 のわず
か4つで、他の音はこれら4つの音の演奏秒数と比べて平均で半分くらいしか演奏されていない。
ここから、主役の4つの音がいい状態で出るヴァイオリンをつくることが、お客の要望であるこ
とを定義した。
3.目標を決定する
作り上げるバイオリンのあるべき姿を決定する。
1) 主役の4つの音がいい状態で出ること。
2) 美しい音がホールの奥まで透徹して聞こえること。
4.機能の測定方法を開発する
バイオリンに触れずに振動を測定する技術が必要になった。そのために、「音響インピーダンス
法」という振動測定技術を開発した。「音響インピーダンスによる微小変位測定法」というバイ
オリンのための論文は学位論文となり、工学博士の学位を得た。
5. 既存のものを測定し、要求適合性を評価する。
低いほうのA3, とD4, はいいが、高いほうのE4, とA4, はストラディバリでも弱かった。
6.波動方程式を立て、この方程式を解く。
この波動方程式に、バイオリンの諸元である寸法、板厚さ、弾性率、ポアソン比、比重などを
代入してやれば、作りたいものの設計図面をはじきだしてくれるのである。
7.材料の要求特性を決め、適合する材料を決める。
木はイタリアではなく、日本中の木を探した。結局、北海道の五葉松(表板)と楓(裏板)に
なった。奇しくもクレモナで伝統的に使われている木と同じ素材に落ち着いた。
1) それぞれの部品の材料を決める。
2) エイジング方法を考案した。真空状態の中で超音波と赤外線を当てることにより、
200年の効果を2ヶ月で実現できる方法を考えた。
3) ニスは音響的に関係ない。「ニスに秘密あり」は迷信と考えた。
4) 音響に関係のない部分はできるだけ削って軽量化する。
5) ストラディヴァリでも弱かったE線の鳴りをよくするために、表板の裏側の板の
振動には影響を与えない部分に補強のバス・バーを取り付けた。
2)のエイジングについては、次回にもう少し詳しく書こう。
真っ先に欲しかった音は、やはりストラディバリウスの「音」であった。敗戦直後日本にひとつ
だけあることはわかっていた。
どこにあるかもわかっていた。かの諏訪根自子さんが、ヒットラーからもらってきたストラディ
バリウスである。夜、諏訪根自子さんの家の庭にしのびこんで録音することにする。
そのころ録音機はまだ開発段階で発売されていなかったので録音機から作ったという。
「400年以上のバイオリンは木が腐ってしまい、虫がついて、ぼろぼろになって、よい音がで
ない。しかし200年前のバイオリンだけが高い。これはなぜだろうか」
糸川英夫は仮説を立てた。
「木は生き物であり、時間の推移と環境の変化で日々の木のなかのなにかが変化する。水分も春
夏秋冬のなかで外へ出るだろうし、木の中の天然樹脂も変化する。ゆっくりゆっくり樹脂は変化
する。おそらく樹脂の弾性を中心とする『なにか』がちょうどよくなるときが、200年後なの
だろう。ただし何もせずに飾っておいてもいけない。200年間音楽家の手にわたり、バイオリ
ンに振動がかかることによって、木の中のなにかが変化する」
経年変化と弾きこみ効果に注目した糸川英夫は、木材をエージングすることにした。
今ある木を200年後の状態にするのである。そのために、
1.硝子の箱の真空炉にバイオリンを入れる。
2.超音波の振動を与える
3.同時に赤外線を当てる
という方法をとった。
ちなみによく言われる「ニスの効果」についてはまったく評価していない。世間から見栄えがよ
くないといわれることから仕方なく一番安いニスをぬる。
こうして“ヒデオ・イトカワ号”が出来上がった。
構造的にも世界にたった一つしかない。ユニークな設計のバイオリンである。外見は他のバイオ
リンとまったく同じ。だが、バイオリンの内側には特許の秘密がある。
名匠といわれる職人が練り上げた方法をまったく無視して、波動論の方程式をひたすら解き続け
たものだ。試奏した巨匠メニュインは、E線の音がよくでることに驚いたという。
着手から45年の歳月が経過していた。
いつの間にか80歳になっており、延期していたはずの自殺はもうどうでもよくなっていた。
ギタリストのDBを作っているときに、中峰秀雄というギタリストに目がとまった。
1954年神奈川県生まれ。
ひとことで言うと「ダンディー」。クラシックギター界の舘ひろしといった容姿だ。
医師の家庭に生まれるが、二十歳の時に父が事故で他界。経済的に困窮する。
ギタリストになることを決心し渡辺範彦の門をたたく。
「熱意はみとめますが、才能と経済力の無いあなたは、やめなさい」とあっさりと断られる。
そしてその絶望の中で大沢一仁に出会い、入門を許される。
大沢一仁は言った。「才能は本人が決めるもの。君の人生、君が開きなさい」と。
中峰に最大の危機がふりかかったのは1988年だった。
暴漢に襲われ左手首の筋を切ってしまったのだ。
医者にギターはもう無理だといわれた。しかし奇跡的に翌年カムバックを果たす。
その努力は壮絶なものだったという。
その後離婚。「中峰が追い出した」と噂されたと本人は言う。
現在の奥さんはブラジル人。クルマはリンカーン・コンチネンタル。
ハーフの娘さんは幼少の頃からギターに興味を示す。
彼女はまだ中学一年生だが親譲りの体躯に恵まれ、しかもピアスをしていることから大人と
間違えられるという。
いろいろなコンクールに出場するが、納得のいかない予選落ちに遭遇するようになる。
中峰は、それが中峰自身に対する審査員の拒絶行為だと憶測している。
彼の書いたものはどこか藤原新也の世界を思わせる。そのいくつかをあげてみる。
『告白すると、超名器は今まで沢山使ってきたが、ギターライフの30年間実感として心から
最高と感じるのは一本も無かった』
『内外で企業家と話す機会が有ればいつも「音楽は食えない。男の仕事ではない」と、あわれみ、
冷笑される事が多かった。その度に心で「お金で買えない真実の美を求める、神に一番近い仕事
さ!!あなたも本当は知ってる」と自分に言い聞かせ、また鼓舞してきた』
『私は今日まで、父の死後、20歳の遅いスタートでギタリストを目指して以来、突っ張って、
がむしゃらに生きてきた。決して誰にも弱音は見せなかった。いつも明るく、不幸とは無縁の如
く努めて演じて生きてきた。しかし、人生の哀しみ、痛みは誰よりも味わい、知っている』
---------------------------
さて、中峰のギターは彼の生き方を映したものなのか、それとも彼が作り上げた美学を表現した
ものなのか。演奏を聞いてみたい気がする。
聞けば大沢一仁の言葉の意味も分かるかもしれない。
今できることをしなければと思っているから、大晦日ではあるが楽器作りをした。
無理がきかないので、作業は効率がよくない。
期限があるわけでもないから急ぐこともない。
今年一年のことを考えながらやっていたら、一羽の雀が入ってきた。
作業台のまわりをあちこち留まりながら飛び回る。
見たら驚いて飛び去ってしまうかもしれないと思い、無関心を装った。
目の前の作業台に留まった。一瞬目が合ったような気がしとき、彼は天井から吊り下げてある作りかけの表面板に飛び移り、そしてそれを軽く揺らした。
そのとき私は、その雀が誰なのかが分かった。
随分長い時間、彼はいてくれた。
そして悲しませないかのように、いつのまにかいなくなった。
PDFファイルが作れるフリーソフトはないものかと探してみた。
いろいろとあるようだが、一番使われているようなものをダウンロードしてみる。
インストール前に付属のテキストファイルを確認して驚いてしまった。
ネット世界の暗黒の部分に触れたような気がしたのだ。
そのフリーソフトには、JWordが同胞されていたのだ。
しかも、本体のPDF作成プログラムをアンインストールしてもJWordは削除されずに残ると
書いてある。
JWordのポップアップウインドウをご存知の方はたくさんいるだろう。(右の画像)
「インストールしますか?」といきなり現れるアレである。
必要はないので今まで無視してきた。またこれが何なのかも気にとめなかった。
この際なので少し調べてみることにした。
その結果、JWordは、スパイウエアの疑惑がかけられているプログラムだということが分かってきた。
さらに、インストールされるとシステムに常駐しコンピュータ全体の動作が不安定となるほか、過去の
バージョンはアンインストールができないものもあったという。
運営している会社はもちろんそのことを否定している。
しかしJWordのコアを形成しているモジュールは、中国製のCnsMinという、正真正銘の
スパイウエアだと判明していることなどから、嫌疑は払拭されない。
スパイウエアは一般的にウイルス対策ソフトのチェックにかからないものが多い。
そのために軽視されがちだが、ある面、ウイルスプログラムより悪質だと思われるところがある。
われわれのパソコンから、こっそり特定の情報を持ち去っているのだから。
あまり近づきたくないプログラムだ。
とはいうものの、うっかりするとインストールしかねない状況になっていることにも驚く。
たとえば、フリーソフトの作者が自作プログラムにこのJWordを組み込んで公開したとする。
私のような、ただで便利なプログラムを手に入れようとする輩がそのプログラムをダウンロードす
ると、プログラム作者に1回につきいくらといった報奨が支払われるのだという。
フリーソフトに限らず、JWordがバンドルされている有名なツールは下のようなものがある。
○BIGLOBEツールバー
○エキサイト ツールバー
○ネイ@バー
○フレッシュアイ ツールバー
○ベクター ツールバー
○マピオン ツールバー
○MyPop
○ベクターのアフィリエイトプログラムに参加している各ソフト
また、数社のパソコンには初期状態でインストールされ販売されているとのこと。
サイトにアクセスしただけで(ブラウザの設定によっては)ユーザーの同意を得ずにJWord
プラグインをインストールされることもあるという。
こうしたサイトの例として、無料掲示板レンタルサービスの「teacup」、「OTD BBS」や
無料日記サービスの「さるさる日記」などがあるという。
JWordについては、ネット上でさまざまな議論や被害の実例が書かれている。
しかしその問題性が特定できたわけではない。とはいうものの、個人的には「必要性がなければ入
れないほうが無難」なような気がしている。
ここまで読んで「JWordは絶対許せない」と思った方は、C:\WINDOWS\system32\drivers\etc\
というところにある "hosts"というファイルに排他の記述をしておくといい。
アメリカという国をそれほど嫌いではなかった頃のこと。
その夜はKと一緒だった。
Kは、その顔の作りや身なり、しぐさ、話し方、どれをとっても「そのスジ」系なのだ。
ここニューヨークでも、ジャパニーズ・マフィア、もしくはストレートに「ヤクザ」として
通用する。
ところが外見に似合わず性格は純で温厚。目は血走ってはいても、笑うとかわいい。
ブロードウェイでミュージカル・キャッツを一緒に観た。
Kは一番いい場面、つまり、主題歌の ♪ Me〜mory〜 で場内が静まりかえっているところで、
大イビキをかくという大らかさも披露した。
一緒に観る相手を間違えたと後悔する。だからといって他にあてもあるわけではなし。
すばらしいステージだった。「いいものというのはやはりある」と素直に感じた。
大きな感動を残してキャッツは終わった。
満足のままに劇場を後にした。
Kは首の後ろをパンパンとたたきながら劇場を出た。(続く)
夜の街に出たら、やがて小腹が空いたということになった。
すぐ近くにちょうど日本食レストランがあった。
中に入るとそこは、そば屋風の内装になっていた。よくあるようにどこかに違和感がある。
客は数人の白人だけで、あまり混んではいない。
和服の女性がメニューを持って来た。
相手が日本人だとわかるとKはとたんに元気になる。
K 「あなた日本人?」
女性「はい」
K 「どこの出身?」
女性「東京の町田です」
K 「まちだぁ?田舎だネ」
と、こんな調子。
我ら二人、町田を田舎呼ばわりできる何ものもない。私は秋田だしKは岩手だ。
もうあれから10年程の年月が経過した。
Kはどうしているのだろうとふと思う。
たしか血圧が高いとか、糖が出たとか言っていたが。(続く)
女性に、「たしかここいらへんにジャズクラブがありましたよね」と聞いてみる。
「ええ、あそこはいいところですよね」と私を見た。
Kから解放されようとしているようにも見える。そこまでの道を教えてもらった。
歩いて行ける距離のようだ。
Kの「レッツラゴー」というかけ声でさっそく向かった。
ビレッジ・ゲイト。ちょっと気取って言うと「ヴィレッジ・ゲイト」。
グリニッジ・ヴィレッジにある有名なジャズ・ライブハウスだ。
ここでのクリス・コナーやクリフォード・ブラウンらの録音が残っていて、私も何枚か持っている。
ドアを開けた。
思ったよりも明るい。
通路を広く取ったような作り。
左側が長いカウンターになっている。
右の壁面にはコンサートのパンフレットだろうか、張り紙や、折りたたんだ紙などが置いてある。
通路の一番奥は、ガラスのドアで仕切られている。
ガラスドアの奥には、ひな壇に揃ったビッグバンドが演奏をしている。
いくつか丸テーブルが置かれ、品行のよさそうな客がJAZZを楽しんでいる。
フリーでそこに入れるとは思えなかったので、カウンターに席をとった。
カウンターの中にはウエイターが二人いる。彼らの背面にはたくさんのボトルが並んでいる。
流暢に英語が話せればウエイターと楽しい時間を持てたかもしれないが、私もKもままならない。
かろうじて聞こえるJAZZを肴にバーボン1杯飲んだ。
そして店を出た。それだけである。
それでも、「ヴィレッジ・ゲイトではね」などとどこかで自慢したい気持ちがあるから困ったもんだ。
残念なことにヴィレジ・ゲイトは1995年に閉店したようで、現在はコンビニかドラッグ
ストアになっているとのことだ。(続く)
と、ここまで書いて、自分は何を書きたいのだろうかと考えてしまう。
もしかしたら、アメリカに対するイメージが幻想だったことに対する失望もしれない。
久しくアメリカは「自由の国」として多くから好意的に捉えられていたと思う。
日本が高度成長するときの目標となったかもしれないし、憧れでもあったような気がする。
だがここに来て、「なんだか違うぞ」と多くの人が思い始めてきた。
あの屁理屈の塊のような数学者、藤原正彦がここに至って「理屈ではない、ならぬものはならぬ」
などといい始めたのは、まんざら歳のせいばかりでもあるまい。
藤原は、アメリカとイギリスの二つの国での暮らしを経験して、イギリスの伝統と重さを認識し、
同時にアメリカの軽薄さを実感した。文化の質の違いとでもいうのだろうか。
ヨーロッパの国々の多くは、アメリカ的なものを軽視しているように見える。
一方アメリカは、ヨーロッパ的なものを模倣しようとはしない。
建物などを見ると、模倣するものはいきなりギリシャ的なものだったりする。
それは歴史が浅いことに対するコンプレックスのようにも見える。
だが歴史の重みは、そんなに軽薄ではない。音楽文化を例にとっても歴然としている。
どうしてアメリカはフォスターの情景を育て上げられなかったのかと考えたりもする。
あのとき、ただキャリアを作るために派遣された軽薄な日本人は、自由の女神を見る船に乗って
ご機嫌だった。
沖から見るマンハッタン。貿易センタービルの威容に驚いた。
その貿易センタービルが崩壊するさまを見たのはそれから数年後のこと。
カード式のテレビで見た。
病院のベッドの上だった。
あのとき同時に崩れ落ちたものがあったことを今になって感じている。
でも、今の方が幸せだと思う。
某専門誌に、村冶香織さんがコンサートで拡声装置を使ったことが載っていた。
やはり手の状態はまだ万全ではないのかなと思った。
大きな音を出そうとするとやはり負担がかかるのだろう。
クラシックギターのコンサートでPA(場内拡声装置)を使うことに異論を唱える人は多い。
繊細な音色が、PAを通すことで損なわれてしまうというのがその理由らしい。
ちょっとPAをかじった経験からすると、腕のいいミキサーの手にかかると生の音と聞き分けが
できないくらいに見事に場内の音を作り上げることができる。
もっと積極的に(PAを)使ってもいいのではないかと思うが、機材やエンジニアの準備が必要
になったり、逆に演奏者がPAを使った演奏に慣れていないなどといったことで及び腰になって
いるとこともあるかもしれない。
また、機械を使って音を大きくすることを潔しとしないギタリストもいるかもしれない。
プロとアマの違いはたくさんあるが、「音量」については想像以上の違いがあることをしばしば
体験する。プロは音量を出すために大変な努力をしているはずだし、それは一朝一夕のものでは
ないだろう。よりよく鳴る楽器への大きな投資もあるだろう。
それをワケのわからない機械で音を大きくしてガンガンやられると空しいものが・・・・・・。
それも理解したうえで敢えてPAの使用を検討してもらいたいのは、いくつかの理由がある。
・個人的に耳があやしくなってきたこと(←バキッ!!)
・クラシックギターのコンサートは、もっと大勢の聴衆の前で演奏してもらいたいこと
・そのためには、まず「聞こえること」が最低条件であること
・他の楽器と、堂々と渡り合ってほしいこと
そのほかにもいろいろあるが、とりあえずこのへんで。
前の文章は、別のことを書くつもりだったが、つい横道にそれてしまった。
村冶香織さんが使ったスピーカーのことだった。
記事ではたしか富士通テンのものだったと思う。
だとしたら(さらに勘違いでなければ)、この富士通テンのスピーカーは、タイムドメインと
いう会社のノウハウを盛り込んだものだったと思う。
実は、このタイムドメインのスピーカーが欲しくてたまらない。
かのビル・ゲイツがここのスピーカーを聴いてたいそうたまげたという逸話が残っている。
一番小さいのでセット2万円弱で出ているが、評判がすこぶるいい。
タイムドメインLight という名前。
無理してなんとか買えない金額ではないが、問題は拙者の前科。
このテの小型スピーカーはすでに3セットほど買った実績がある。
そのほかに大きなスピーカーも4セットある。処分する気はもちろんなし。
こんなところにタイムドメインLightを買ったら、家人の反応はニードロップにとどまらない。
でも欲しいな。ギター音楽にピッタリだと思うんだよね。
週間東洋経済1月20日版の記事に見入ってしまった。
「ガン医療 ”最後進県”はこうしてつくられた」といタイトルで始まる。
最後進県とは我が故郷、秋田県のことである。
後進県といわれる理由はいくつかあげられる。
まず、統計的にがんで亡くなる人の率が全国で一番多いこと。これは9年連続である。
そして、県内にがんの地域拠点病院が一ヶ所もなかったこと。申請がすべて却下されていた。
こうした県は全国で2県しかなかった。
昨年NHK がこの例をあげ、がん治療の地域格差を報道するに至って県内外の悪評はさらに高まった。
何よりも秋田県民の不安感が増した。
「がんになったら真っ先に秋田を脱出しなければ」と考える秋田県民も出てきたという。
私は秋田で手術を受け、4年後に再発した。
定期的に検査を受けていたにもかかわらず、再発を見つけたのは県外で受けた健康診断だった。
前の病院に不信感を覚えた。
拠点病院に指定されている県外のその病院の評判は高く、信頼できるものだと感じていた。
そこで治療を受けたかった。懇願したがうけつけてもらえなかった。
ほとんど強制的ともいえるかたちで最初に手術した病院に戻された。
そして戻った病院の診断結果は、「助からないかもしれない」というものだった。
ここのあたりのことを書くとかなり面白いのだが、また書こうとしていることから外れてしまうので、
別の機会に。結論だけ書くと、こうして生きているから感謝している、ということ。
(ちょっと深呼吸)
この悪評の基となったふたつの項目にはワケというかそれなりの背景がある。
まず死亡率が高いことについてだが、これは秋田県が高齢化が進んでいることと関係している。
それと、がんの罹患者数のきちんとした数字がないことが災いしている。がん医療の質を問うなら、
がんになった人が実際どれだけいて、どれだけ治癒したかまたは治癒しなかったかという分母と分子
の値が必要だが、その分母が全国で基準に則った集計をされていないのだそうだ。
次に、拠点病院の指定を受けた病院がないことについて。
厚生労働省が秋田県の申請を却下してきたのはいくつかの理由があるようだが、その一つに、申請病院
が中央に集中しているからというものがあったが経緯ついてはよく分からない。
ちなみに昨年末にやっと、秋田県でも4ヶ所の医療機関が拠点病院に認定された。
同誌の記事を読んでいくと、なんとなく秋田県の医療レベルが悪いイメージで捉えられすぎているよう
な気がしてくる。
イメージというのはかなりやっかいで、評価と結びつきやすい。
患者から見てマイナスイメージを持つものとして、「病院の建物そのものが古くてくだびれている」とか、
「医師が秋田弁丸出しで、どこまで冗談かわからない」といった本質とは無関係なものだったりする。
最近はそこのところ少し分かってきたんだよね。
迷惑メールが社会問題となっている。
私にも毎日のように送られてくる。
あまり迷惑だと思ったことはないが、ただ大事なメールを見落としてしまうのではないかと、
そのことが少し心配だ。
以前、自分のホームページにメールアドレスを載せていたことがあって、おそらくそのときに
アドレスが迷惑関連取扱業者(勝手に名前をつける)に流出したのではないかと思っている。
当時はホームページに自分のメールアドレスを明示することは当然の礼儀だと思っていた。
先日、迷惑メールを流していた業者が逮捕されたというニュースがあった。
内容を見て驚いた。事態は想像以上だった。
それによると同社は、中国経由で昨年7、8月二ヶ月間に約54億通の迷惑メールを送信して
いたという。そのときに使用したメールアドレスは延べ230億件にのぼるもので、入手先は
名簿業者。送信元が特定されないよう、中国・黒竜江省の事務所に置いた128台のパソコン
を遠隔操作して送信元アドレスを偽った上で送信したというから悪質だ。
個人情報保護法が制定されてから、ときどきマスコミに流出事件として報道される。
その道の専門家から話を聞く機会があったが、それによると、「防ぎようがない」というのが
本音のようだ。その理由は、もうすでに名簿等の個人情報の流通マーケットが確立されている
からなのだそうだ。相場まであるという。
やはり自分で管理をしっかりしないといけないということだろう。他人を信用しないとかでは
なくて。
さいわいにして今まで迷惑メールで実害をこうむったことはない。
むしろ、その書き方とかアプローチの仕方で笑ってしまうことがある。
手口が巧妙というとおおげさだが、だんだん凝ったものになってきた。
私は見たことはないが、高橋江美子とかいう名前で来るメールは、かなり面白いらしい。
冗談はともかく、迷惑関連取扱業者(まだ言ってる)から言わせると「需要があるから発信する」
というものもあるだろうし、「だまされる方が悪い」と開き直るかもしれない。
正当な広告活動だと自ら思い込んでいるものも、もしかしたら・・・・・・ ないか。
言論の自由は大事だ。
しかし、どこの誰が言っているのかわからないことが、世界中に飛び回っているということは異常
なことだ。当然それらの言葉には責任が伴うことはない。
これらは電子文書の信頼性をそこねる行為に他ならないと思っている。
ネットワークの利便性の発展を阻害するもので、社会全体に及ぼす影響は大きい。
障害のある人や、私のように動きのよくないものにとっては、ITは強力な味方となってくれる。
ネットワーク上でできることに限界があることは致し方ないとしても、実生活に直接結びついた行為
を支援してくれる仕組みが一つでも増えてくれることの意味は大きい。
単純な作業はラジオを聴きながらのんびりやっている。
「子供電話相談室」という番組の中で面白いものがあった。
国家「君が代」に関するもので、子供さんからの質問はたしか「君が代の前の歌はありましたか」
というものだった。
回答者の音楽家の話が面白かった。(音楽家の名前はわかるがあえて書かない。最近グーグルなど
に引っかかってギョッとすることが多くなったもんで)
それによると、たしかに君が代の前に国歌はあったのだそうだ。しかし何らかの理由から(ココの
部分聞き逃した)作り変えたのだという。一国の歌としてふさわしくないものだったらしい。
そして「君が代」が誕生した。そのメロディーを書いた人は、和音をつけることができなかったの
だそうだ。
和音をつける仕事は別の人に回った。ところがその依頼された人も、どうしても始め2小節と終わ
りの2小節に和音をつけることができなかったという。ハ長調なのにレで終わるからどうつけたら
いいのか分からなかったのだそうだ。
こんな話しだった。
面白いのでこのことについて後でほかを調べてみたところ、君が代の前身を作ったのはイギリス
歩兵隊の軍楽長。
あまりにも洋風すぎたものだったそうだ。
そして君が代のメロディーを書いた人は日本の雅楽奏者、そのメロディー和音をつけた人がドイ
ツ人音楽家ということになっていた。
明治時代から国歌として歌われてきた君が代だが、意外にも国歌として公認されたのは1999年
のことだ。ごく最近だ。
それはともかく君が代のことで論争するのはよくわからない。是とか非とかではなくて。
(「君が代」の検索でここに来た方がいると怖いので。私はご覧のとおり一般市民です)
ただ、あのキーについてはちょっと不満があるね。
歌っている途中から急に声が8va..になったりするから。
世界的に有名なブラジルの歌手で、文化相も務めるジルベルト・ジルが愛用していたギターが
盗まれたそうだ。駐車中のクルマのガラスを割られ持ち去られたとのこと。
ギターは「タカミネ」。17年前にニューヨークで購入したもので、ジルベルトはほとんどの
コンサートでこのタカミネを使用してきたという。
17年ものあいだ同じ楽器を使い続けていたことについて、私はジルの真摯な姿勢を感じてしまう。
もともとすばらしい楽器だったということはもちろんあるだろう。しかしそれ以上に、楽器を
知り尽くすことで生まれる「楽器とプレーヤーとの補完」があったから使い続けたということ。
つまり欠点も知っているから助け合える・・・・・ そんなところあったのかもしれないと思ってしまう。
それだけの思い入れをもって接したら、きっとどんな楽器でもよく鳴ってくれるような気がする。
私もタカミネを1本持っている。
作りがしっかりしていて、雑音がほとんどない。
ところが、ここ数ヶ月ケースから出していない。
こんな状態だと鳴るものも鳴らないだろう。
ちょっと反省させられる記事でもあった。
この歌はなんとなくあまり流行ってほしくない歌だ。
大切な人を亡くした人の心の、一番奥にある大切な思いを表現した詩だ。
軽々しく扱ってほしくないと思う。
この歌が歌われる時と場所はそんなにあるものではない。
原文とされるものにはいくつかのバリエーションがあり、作者不詳となっているものも多い
ようだが、どうやら下がオリジナルの詩のようだ。
Do not stand at my greave and weep
Do not stand at my grave and weep 私のお墓の前で涙を流さないでください
I am not there, I do not sleep 私はそこにいません 眠ってなんかいないません
I am in a thousand winds that blow 私は千の風になって渡っていきます
I am the softly falling snow 私はやわらかく 舞い降りる雪
I am the gentle showers of rain 私は優しく降り注ぐ雨
I am the fields of ripening grain 私は野に実る穂
I am in the morning hush 私は朝の静寂の中
I am in the graceful rush 私は優しい藺草
Of beautiful birds in circling flight 飛び回る美しい鳥とともに
I am the starshine of the night 私は夜空の星の光
I am in the flowers that bloom 私は咲き誇る花々に
I am in a quiet room 私は静かな部屋の中に
I am in the birds that sing 私は歌う鳥たちとともに
I am in the each lovely thing 私は全ての素晴らしいものと一緒にいます
Do not stand at my grave and cry 私のお墓の前で泣かないでください
I am not there I do not die 私はそこにいません 私は死んではいません
(訳におかしいところがあったらご勘弁)
原作者はメアリー・フライ(Mary Frye)というアメリカ人女性。
1905年11月13日、オハイオ州デイトンに生まれる。
3歳で孤児となる。一女を儲けるが、1964年に未亡人となる。
2004年9月15日没 享年99才。
メアリーにはユダヤ系の友人がいた。「Do not stand at my greave and weep」は、
その友人の母がナチスにより迫害され帰ってこない悲しみを慰めようと書いたものだという。
1932年の作とされる。
原文は今回の歌詞よりはるかに力をもっているから救われる。
S君が退社の挨拶に来た。
数年前、六本木のビルで一緒に苦闘したことを思い出してくれたらしい。
辞めてからのことが気になり聞いてみたところ、すでに行き先は決まっていて、今よりはるかに
しっかりしたところだった。安心した。引き抜かれたのだった。
彼の働きぶりと人間性からすると当然のことだと思う。やはり見ている人は見てるんだなと思う。
東京での暮らしがまた続くのだが、淡々と受けとめているところが彼らしい。
私のからだを気遣ってから、ちょっと顔を赤くして、名残惜しそうに頭をさげて帰って行った。
がんばってもらいたい。
最近話題をひきずる傾向にあるが、また「千の風・・・・・・」にまつわる話し。
この曲は、実は2004年に新垣勉の歌で発表されていたものだと知った。
テノール歌手、新垣勉。
「私は体が楽器みたいなものです。名前が”アラガッキ”というくらいですから」などとダジャレ
を言うのは十分オヤジの証拠。私とおなじ歳。
沖縄県読谷村に生まれた彼は、出生時に助産師のミスで全盲になってしまう。その後気の毒な境遇
に育つ彼は、「いつか両親と助産師を殺害して自分も死ぬ」と公言したり、自殺を考えるような少
年時代を過ごしたという。そんな彼を救ったのは、ある日ラジオから流れてきた賛美歌だった。
それをきっかけに声楽家と牧師になる事を決意する。
聖歌隊に入った彼は多くの実績を元に本格的に歌手活動をしたいと考え売り込みを始める。
だが「音大も出てないのに声楽家を目指すとはおこがましい」と馬鹿にされ、屈辱を受ける。
奮起して武蔵野音楽大学に入学、大学院修士課程を修了したのは39歳のときであった。
その後の活躍は「さとうきび畑」などで知られるが、「千の風・・・・・・」の記憶はなかった。
そのときにもっと売れていたらとも思うが、今回のブームで新垣のCDも売れてきたという
からよかったと思っている。
(写真は沖縄読谷村)
そして、もう一つの「千の・・・・・・」。
リベラ・バージョンというのをネットで知った。
リベラはイギリス・サウスロンドンに住む7歳から18歳までの少年達のなかからオーディ
ションにより結成されたボーイ・ソプラノによるユニットとのこと。
「千の風になって」リベラ・バージョンは、邦題「いつもあなたのそばにいるから」として
アルバム『フリー』に収録されている作品。同アルバムは発売週に日本のクラシック・ラン
キングの1位を3週キープしているのだそうだ。世界的にもアメリカ、イギリス、韓国など
でクラシック・ランキングのNo.1を獲得するなど、各国で話題となっている1枚とのこと。
おにゃんこからはじまってモー娘などなど、日本のタレントの若年化にはついていけないが、
このリベラというユニットは何か芸術性を感じさせるものがありそうだ。聞いてみたいものだ。
(買わないけど)
ひきずりついでにこんなのも。
1月24日の秋田魁新報の夕刊のコラムに「千の風になって」の秋田弁バージョンが掲載されてしまった。
昨年亡くなった秋田市の詩人・吉田朗さんの手によるものです。
おらの
はがしょの めで
泣がねで たんせ
そごに おらだの
えねんだんすよ
はがしょでだの
ねでなんか えねんだすよ
1000の風だすよ
1000の風になって
あの ひれえ空どこ
吹ぎわだって
えるんだすから
(海風6/2005.02)
以上コメントなし、だす。
使わせてもらっているブログ「はてなダイアリー」はRSSに対応しています。
親HPの「楽器制作の楽しみ」にも昨夜RSSフィードを設定してみました。たぶん機能すると思います。
RSSリーダーを使っている方は、追加登録していただくと便利かと思います。
宋 文洲(そう・ぶんしゅう)の記事です。
『捨て子の少女の死と、脱・格差社会のもと』
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20070122/117394/
そして、彼のブログ
前に、迷惑メールは電子文書の信頼性をゆるがすものだ、と書いた。
その裏をかくようなことが我が家に実際あった。
「紙」の信頼性を利用した、ハガキ版スパムメールである。
家族の一人宛てに一枚のハガキが届いた。
宛名の家族は結婚してもう別居している上に、結婚する前に二度も住所が変わっている。
にもかかわらず旧姓でしかも実家に届いたハガキである。おそらく学生時代の名簿だろう。
文面は、民事訴訟法云々とある。訴えられているのだそうだ。
差出人は公的機関のような名前。
役所言葉で書かれたおり、文章・レイアウト等もしっかりしている。
「スパムずれ」している私はそれが何なのかすぐにわかった。そして無視した。
ところが、それをそのままにしておいたのが良くなかった。
差出人との問題ではなく、我が家のジッチャンだ。
たまたまそのハガキを見て仰天してしまった。
これは大事件だと、そのハガキをもって警察に駆け込んだのであった。
「逆にいろいろ聞かれた」とぐったりして帰ってきた。
そんなことも忘れかけた頃、テレビの画面に見たことのあるハガキが映し出された。
あのハガキである。犯人が捕まったとのニュースだ。
確か20才前後の青年達で、メンバーには高校生も入っていたと思う。
テレビを見ていた我が家のジッチャンからはコメントはなかった。
ただこの事件は我が家に一つの弊害を残した。
電話に出たジッチャンが相手をよく確認しないまま「ウチにはそんなのはいません」とやってしまうことだ。
バインディングとパーフリングは、製作家それぞれ方法があって、どれがいいとか悪いとかでは
ないようだ。
スチュワート・マクドナルドのオリジナルのアタッチメントを取り寄せてみた。
本来はドレメルというルーター用のものらしいが、日本でも一般的になってきた、ブラック&
デッカーにも合うことが分かったので取り寄せた。
色がなんとなく軽薄でどうかなと思っていたブラック&デッカーの製品だが、実際使ってみたら
さすが世界一のシェアと思わせるものがあったので組み合わせることにした。
使ってみての感想は、またいつか。
ちなみに専用のビットがあるので、注文の際は一緒に依頼するといい。
まとめ買いしても錆びないように養生してあるので安心。
NHKの受信料の不払いが問題になっている。
放送法そのものが時代に合わなくなってしまっていることと、くだらない番組が多すぎて、
「こんなものにカネ払えるか!」と考える人が多くなってきたからだろう。
民放のいいかげんさは敢えて言うまでもないが、彼らは彼らで、スポンサーからの収入だ
けが頼りだから、なんとけなされようと、視聴率を稼がなければならない。そのために必
死だ。見るほうはそこのところを大前提として見なければならない。需要があるから成り
立っている。踊る阿呆に見る阿呆ともいえる。
だがNHKは有無を言わさずに、一律に料金を徴収する。NHKを見ようが見まいがそれ
は関係ない。
そのNHKの番組がくだらない。録画してあるものを何度も流す。
ホントに知りたいことを言っているとも思えない。
だから最近はNHKのニュースもあまり見なくなった。
濡れ手で粟の時代が長かったから、不払い問題が起きたりすると必要以上に動揺する。
「NHKの番組は、みなさんの受信料で作られています」とは、NHKが言うことではな
くて、国民がいう言葉だ。「オレたちの金でやってるんだから、しっかりやれよ」と。
受信料を払わない人は、NHKがどうなろうと知ったことではない人なのだ。
私は昔からNHK派だったが最近はそうともいえない。
BS受信料も払っているが、悪天候のために「チャングムの誓い」が見られなかったことを、
私はまだ根に持っている。(チェ・サングンがスキ)
どうにかしたほうがいいと思うね。
でないと、NHKからは優秀な人材がどんどん流出し、受信料集金人だけが夜の寒空の下
で奥歯をかみ締めながらドアの呼び鈴を押さなければならないのだよ。
ワインを飲ませたからじゃないの、とカミサンが言う。
たしかに面白がって未成年と知りつつワインを飲ませた。
そうこうしているうちに、ほとんど歩けなくなった。
それでも必死にこちらに来ようとするから痛々しい。胸がつまる。
抱き寄せて「がんばって、死んじゃだめ」とカミサン。
病院に連れて行った。
医者が「痩せてますね」と言う。
診断は、栄養性脚弱。つまり栄養失調で足腰が立たなくなったもの。
遠くまで連れまわしたうえに大勢でいじくり回したのもいけなかったようだ。
もしかして入院になるかもしれないと思っていたが、液状の薬をもらって連れて帰る
ことができた。
「購入するときにちゃんと説明はありましたか」。
医者は、売りっぱなしのショップをかなり非難したとのこと。
「餌は、これとこれ。大きくなってからはこちらの餌をやってください」と言われて
そのとおりにしていた。その餌が間違っていたのだった。
慌てて別の正規販売店・ペットショップに走った。
事情を説明して何種類か出してもらい、カルシウム、ビタミン、葉緑素に蜂蜜などが
入った一番いい餌を買った。
三遊亭小遊三に似た店主だったが、彼も言うことは医者と同じだった。
小遊三師匠:「どこで買ったんですか」
私:「○○○センターで・・・・・・」
小遊三師匠:「ちゃんと説明はありました?」
私:「ええ、まあ」
小遊三師匠:「ワシらみたいな(ペットショップ)ところではちゃんとやりますがね。
早く行って治してやってください」。
カミサンにインコが欲しいといわれたとき、「ま、安いからいいや」と思った。
その考えはまるっきり間違っていることを今になって思い知らされる。
ペットを飼うということは、そんなもんじゃない。
一緒にいると個性も主張もあることが分かってくるし、疑うことなく人に全て任せ
てしまうそのしぐさにはずいぶん癒される。
ペット好きの人間のことをこれまでよく理解できなかったが、自分のこととなって
みると良く分かる。今回のようなことがあるとなおさらだ。体験してみないとわからない。
治療費はピッピ(インコの名前)の購入価格の2倍ほどだったが、思わず「安い」と
言ってしまった。
さて、この栄養性脚弱。
ネットで調べたら、「症状が出たときにはもう遅いことがある」とのこと。
よしんば助かったとしても後遺症が残ることもあるという。
ただ、医者は「助かるかもしれない」と言っていたとのことなので希望は捨てない。
がんばれピッピ。
ピッピは今朝、私の手につつまれたまま天国に羽ばたいていきました。
がんばって朝になるのを待っていたようです。
口をパクパクさせて何かを言おうとしていました。
力をふりしぼって私を見上げた最期の目を忘れることができません。
ピッピ、ごめんなさい。
さよなら。
16世紀イングランドの有名な曲、グリーン・スリーブスの二重奏を掲載しました。
http://homepage2.nifty.com/dj-inet/TempBox/TempBOX.htm
以前、木村師に合わせていただいたことがあります。
感触が良かったものですから、今回、PrintMusicで書き直しました。
PDFで16ページあります。
1フレーズを1ページに収めましたので、気に入った部分を選んで変奏曲として
組み立てるということも考えられます。
リコーダー曲を2本のギター用に移植したものです。作業は一日ほどでしたので、
それほど大きな作り直しではなかったと思います。
ただ、オリジナルソースをどこから入手したか分からなくなってしまいました。
手持ちの初稿が、シーケンスソフトから出力したものなので、おそらくMIDI
からの採譜だと思います。問題がありましたらご指摘ください。
例によって、”素人だからなんでもやれる”の、恥ずかしさ満載、無知の極地、
ドジの大安売り、の楽譜だろうと思いますが、よかったら弾いてみてください。
花巻では、わんこそばの全国大会があった。
このニュースを見て思い出した。
3年ほど前に、とある会合のアトラクションに、このわんこそば大会を企画したことがあった。
沖縄から北海道、外人も数名含めて沢山の方が参加していたので、喜んでもらえると思った。
競技の結果、優勝したのは、恥ずかしながらこの私であった。
つい本気になってしまっていた。こんなことはよくある。
その花巻の温泉に、今日行ってきた。
渡り温泉。初めての温泉だ。
私が朝一の客だったようだが、ここでハプニング。
脱衣所に入ったら、中には5、6人の全裸のオバサンたちがいた。
大阪風にやたら大声で喋っている。
「やばっ!」と思って、入り口の暖簾(のれん)に戻って確認したが、男湯に間違いはない。
そうしているところに、別のオジサンが中に入っていく。
あわてて戻ってくるが、そのオジサン何を思ったのかまた中に入って行った。
そして言っている。「私はいいですけどを〜〜」。
清掃時間の切り替えに、泊まりのお客さんへのホテル側からの配慮だったかもしれない。
それにしてもオバサンパワーというのはすごい。
服を着ていてもすごいのに、裸となると想像以上のものがある。
そんなことはどうでも、湯そのものは良かった。
体にとても優しい感じがする。
食事をメインに楽しみたいという方には少々ものたりないかもしれないが、温泉本来の、
のんびり・ゆっくりの気分を満喫したい方には最高。
さて、パノルモはこの段階。
大きな反省4個。その中でリカバリできない可能性のものが2個。
小さな反省無数。デジカメ写真では、あまり目立たないが、実態はかなりみっともない。
去年の今日、2006年2月12日(日)、私は御所湖の川村美術館にいた。
クラシック音楽を中心とした演奏会が毎週日曜日の午後ここで開かれており、時々聴かせてもらっていた。
この日は水原洋さんのギターと良子さんのピアノだった。
ピアノとの二重奏は初めのほうだけで、ほとんどを水原洋さんのギター演奏で通した。
演奏の途中に私に気づき目で挨拶した。
右手がはね上がる彼独特の演奏は、時々ミスタッチがある。
でもそれが決して音楽の流れをさえぎらないことにいつも不思議に思う。
淡々として止まらない。
エマニエル・バッハのソルフェージュを弾ききった。
1時間ほど続けて演奏し、「少し休まないと」と良子さんにたしなめられる。
でも弾きたい気持ちは止まらない。ギターをかかえたままイスから動こうとせずに楽譜を見ている。
休憩を挟んだ後半の演奏も、語りかけるような彼らしい演奏だった。
終わった時の顔は満足しているように見えた。
「体調、どうです?」とたずねると、「先日手術しました」という。
4、5日前に胸の手術をしたばかりだった。
「え、それで痛くないんですか」というと「こんなふうに威張るとちょっと痛いです」と胸をはって笑った見せた。
作っている楽器で困っているところの直し方を教えてもらったりと、それまでとなにも変わらない時間をすごした。
「じゃ、また」と美術館を後にした。
それが彼との最期の別れになった。12日後に彼は旅立った。
あまりにもあっけなく。
この時期にまさかの大雪。30センチは降った。
こんな日は中にいるにかぎる。
某専門誌に、大萩康司と小沼(おぬま)ようすけのステージの写真が出ていた。
意外な組み合わせだと思ったと同時に、あらためて小沼を見直すことになった。
小沼ようすけは秋田の出身のジャズギタリストだが、残念ながら生で聴いたことはない。
子供の頃に小沼にギターを教えたという方が、たしか役場に勤めている方だったと思う。
めっぽう明るいキャラだったと記憶している。
秋田時代の小沼はロック系の演奏をしていたはずだが、どんないきさつでジャズに転向
したかはわからない。最近人気が高まり、CDも結構出している。
女性のファンが多いとのこと。こうゆうのを「あまいマスク」というのだろうか。
テレビで見たときの印象としては、「新しいタイプの雰囲気を持つジャズギタリスト」
という感じで、技術的な部分についてはよく分からなかった。
大萩について「彼とはすごく共感する部分があって、何も話をしなくてお互い黙ってて
も落ち着く友達の感じ」と自分のブログに書いている。
がんばってほしいと思う。
さて、名前は似ているが、顔が似ても似つかないのは「おやまようすけ」。
ご存知、岩手朝日テレビTV番組「楽茶間」に出ている方。
この人のブログ、「でぶろぐ」の写真が面白い。
昨晩遅くに、階下でクルマのエンジン音が断続的に聞こえた。
カーテンを開けてみたら、近くに住む青年が一気に積もったこの雪で動けなくなっているという。
「よし、出番だ」などといいいながらカミサンが防寒着をつけて外に飛び出して行った。
こんなのが好きなのだ。
しばらくして得意になって戻ってきた。無事脱出したらしい。
青年に「明日の朝は早いの」ときいたら、「ファクスが入っていれば(出かける)」とのことだったという。
どうやら、呼ばれないと行けない仕事のようだ。
そういえば、青年のクルマが何日も動かなくて心配になることがある。
じっと部屋でファックスを待っていたのかと思うと、とても気の毒になってくる。
そのときの孤独な気持ちを想像してしまう。
だから彼が作業着姿で出かけると、他人事ながらなぜかほっとする。
特殊技術を持っているらしく、出かけると数日帰らないこともある。
作業用のワンボックスタイプのクルマで疲れたように帰ってくるのを見ることがある。
真面目な仕事ぶりがうかがえる。
彼がそうだとは決め付けられないが、オンコールワーカーというのがあるそうだ。
一日単位の仕事を電話、メール等で派遣元からの指示を受け、直接派遣先に出向いて就労する派遣労働者を指すもので、
日雇い派遣ともいわれる。従来の日雇いよりもさらに劣悪で、日雇手帳などによる生活保障の手段が一切無い。
テレビで見たその実態に驚いた。
こうしたスポット派遣の若者が、1時間100円程度のネットカフェに寝泊りしながら仕事をしているのだった。
彼らはネットカフェ難民と呼ばれる。
仕事の問い合わせも自分に付けられた番号で行い、そこには個性ある一人の人間は存在しない。
明日仕事があるかどうかは分からない、夜の路上で「○○○○番仕事ありませんか」と携帯からメールを打つ後姿は悲しい。
これを短絡的に「本人の自覚だ」などと決め付ける大人がいるが、それは間違いだ。
「すぐに仕事ができるように」と、バックの中にセロテープや文房具を持ち歩く奇特な若者もいた。
さらに驚いたのは、わずかな日当から一方的に一定の金額が差し引かれることだった。
名目は、安全費や協力費。
これが何なのかさっぱりわからない。
こういった現象が出てきたのは、数年前に改正された労働者派遣法のせいではないかとも思う。
人材派遣会社の業務範囲が拡大したことに便乗した「貧困ビジネス」ではないかと。
弱者を食い物にする金儲けは許せない。
こんなことを書いていると「美しい国」という言葉がほんとに空虚に見えてくる。
反対からよむと「にくいし くつう」なのだそうだ。
ある程度の工作技術がないと楽器は作れない。
技術がないのに、材料云々といったことを言うのは、ちょっと違うのではないかと思っている。
その工作技術だが、これは次の二つと密接に結びついていだろう。
一つは、工作方法。そしてもう一つは工作手順。
どちらも模索中の段階だが、合理的で安全な方法・手順を決めたいと思っている。
ここが決まってこそどんな道具を使うかが決まり、それをどんなふうに使うのかが決まるのだろう。
スペイン伝統工法を試してみたが、一見シンプルな型がじつに使いやすい。
脱線するが、楽器作りはかなり井の中の蛙になりやすいところがある。
作りあげた満足感と思い入れが大きくなって、客観的に自分の作ったものを評価できない。
あばたもえくぼだったりする。
横手のビルダー、鎌田さんの工房の壁面に自戒の文言が貼られているのを見て、その謙虚な姿勢に
感心したことを思い出した。
方法・手順も決まっていない自分がこんなことを言うのも変なのだが、
試作品作成段階ですでに井の中の蛙になりかけているから、あえて書いておくとするか
0.5ミリ刻みの物差しを使っているが、肝心の「目」がついていかない。
チラチラしてどこなのかよく分からない。はっきり言って老眼。
アタリをつけてエイ、と決めてしまうが、結果的にたいがい違っている。
老眼鏡を作ったことを前に書いた。
かけて作業をしてみた。確かによく見える。やはり由緒正しい老眼だ。
しかし、作業しているときの目というのは、思った以上にあちらこちらに動いている。
慣れないせいもあるかもしれないが、かなり疲れる。なみだ目になったりする。
昔、指物師をしていた叔父がしきりと目の衰えを嘆いていたことを思い出す。
自分の身になるとよくわかる。
数年前に買っておいたサンバイザータイプのヘッドルーペを出してみた。
使ってみてびっくり。老眼鏡よりはるかにいい。
度数の違う4枚のレンズ付き、しかもヘッドランプまでついている。
レンズ角度も自由に変えられるし、必要のないときにははね上げることができる。
そして軽い。いくらで買ったのか忘れたが、さきほど楽天で見たら2000円しなかった。
老眼の方にはおすすめ。(いないか)
身体的な条件が結果に出るというのはなんとなく寂しいが、私の場合はそれ以前の問題として、
簡単に妥協してしまう性格をどうするかが重要なようだ。
「ま、いいか」の連続。だからいつまでたっても試作品ばかり作っている。
荻窪便り。その静謐な審美眼と孤高の魂に打たれる。何も言えない。
しばらく晴れ渡った北の空を見上げていた。
午後になって、15年前に一緒にこの地に移り住んだMが、帰郷するとのことで挨拶に来た。
「もう15年も経ったのか」と二人であらためて時の流れというものを語り合った。
一人暮らしをしている母親の病気を機に帰ることになったらしい。
奥さんと子供たちは、ここに残るとのこと。
「そのまま離婚か」とのいつもの毒舌には慣れたもので「はい」と応えてくる。
「お世話になりました」と、また一人去っていた。
一人の部屋で、柏原芳恵の「春なのに」を口ずさんでみた。
カミサンとスーパーへ買い物に行った。
さかな売り場でラジカセから音楽が流れていた。
「た〜らこ〜 た〜らこ〜」という歌だった。
カミサンはもう何度も聞いているらしく、ラジカセに合わせて歌いだした。
そしたら子供たちが集まってきて、ニコニコしながら下から見上げている。
カミサンは調子こいて、本格的に身振りまで加えて歌いだしてしまった。
子供たちの親は、(ヘンナモノミテナイデ イキマショ ホラ、と)子供の手を引っ張るのだがなかなか動かない。
私?、もちろん他人モードを装うのに必死。
その曲「たらこ・たらこ・たらこ」が入っていたから買ったわけではない。
『フィンガーピッキングスタイルで楽しむ 極楽ソロギターサウンド2007』
(Go!Go! GUITAR 2007年3月号増刊/模範演奏CD付き)
ちなみに収録されている曲は以下のとおり。
Mystic Rites / Spain / Sierra Siesta / Funiculi Funicula / 世界に一つだけの花 /
桜 / 三日月 / 粉雪 / ボクノート / たらこ・たらこ・たらこ / オネスティ / 遥かなる影 /
スカボロー・フェア / 男と女 / ユア・ビューティフル / バッド・デイ 〜ついてない日の応援歌 /
私のお気に入り / スターダスト / ワルツ・フォー・デビー / イパネマの娘 / お馬鹿さん /
想いあふれて / ラプソディ・イン・ブルー / ヴァイオリン・ソナタ第5番 作品24 「春」 より 第1楽章 /
メヌエット (BWV Anh.114) / 木星、快楽をもたらす者
いろいろなジャンルのギター音楽を聴くのは楽しい。
どれを練習しようかと迷っている。
チックコリアのスペインもいいし、コブクロの桜もいい。
富川勝智さん(木村師の知り合いなので”さん”づけ)のアレンジによるサイモン・ガーファンクルの
スカボロー・フェアもいいし、ビル・エバンスのワルツ・フォー・デビー、どれも捨てがたい。
ただ根気とテクニックと腰がついていかない。情けないことに。
岩手のスーパーで「イルカ」を見たことがないことに気がついた。
仕事場の友人にそのことを話したら、「え、イルカを食べるの?」とビックリされた。
私を顔を、はるか南の島の原住民を見るような目で見た。
あんなに人なつっこくてかわいいイルカを食べるとは、なんと残忍で恐ろしいことかと言わんばかりだ。
イルカは秋田では昔から普通に食べられてきた。
ゴボウ、ニンジンと一緒に醤油で煮詰めるとおいしい。
そんなに驚かれると急に何かとても後ろめたい気がしてくる。
今まで何の疑問も持たなかったが、こんなふうに言われると秋田県民全体の名誉にかかわるような気がしてくる。
四国、香川の友人に話をしてみたら、「佐々木さん、それはイルカじゃなくてクジラの一種でしょう」などという。
イルカを食べることを想像すらできないようだ。鳥取あたりでサメのことをワニと呼ぶということを聞いたことが
あるが、私が言っているのはまぎれもないイルカだ。
で、調べてみた。
結果、このことは捕鯨の問題と似ていることも分かってきた。
イルカの捕獲や食べることに反対する人はかなり多い。鯨と少し違うのは、鯨の場合は種の保存というか水産資源
としての保護の面があるのに対して、イルカの場合は、「かわいいから」とか「殺すのはかわいそうだから」と
いった心情的なものが前面に出ている。中には「あたまがいいから」という理由もあった。
ではあたまの悪いマグロ(マグロさんゴメン)は殺されてもいいのか、などと反論したくなる。
(あたまが悪いという言葉に私は敏感)
それはともかく、このことを議論していくと「食文化」というものにつきあたる。
韓国や中国の犬食を非難すれば、彼らは日本人が馬を食べることに言及する。
ほかにも日本人から見ておどろくようなものを食べる民族は数多い。
結局はそこに住む人の食文化について他人が非難することは適切でないということのような気がする。
ちなみに日本全体を見てもやはりイルカを食べる県はそれほど多くないようだ。
静岡県では秋田県と同様、昔から郷土料理のように日常的に食べられてきたという。
一方捕獲をしている県の状況だがこれも意外に少ない。数県にとどまる。
平成15年の捕獲量の数字があったのであわせて書くと、
全国で16,800頭。そのうち岩手県が13,536頭、続いて北海道の1,765頭、
そして和歌山県の1,186頭、そして宮城県の313頭となっている。
(http://www.all-creatures.org/ha/saveWhaleDolphin.html)
岩手県の捕獲量が全体の80%を占めていることに驚く。
当地では県内各地の漁港からのニュースが度々流されるが、「イルカが水揚げされました」
などというニュースは見たことがない。
それほどタブーということなんだべが。
カンナはいつのまにか増えてしまう。これは私だけではないようだ。
左甚五郎がカンナをかけた柱は、つるつるに滑ってハエもとまることができなかったといわれるが、
それほどではなくても、フワフワのカンナ屑がでて木地がきれいになるとうれしい。
指先でなぞって感覚を楽しんだりする。
ただそれも、きちんと調整されていて、刃もよく研がれているカンナを使ってのこと。
なかなか毎回そんな満足できることは起こらない。
さて、その刃を研ぐということがなかなか難しい。
ヘタすると丸刃にしてしまい「研ぐ前よりも切れなくなった」などということにもなりかねない。
「地道な努力」とは程遠い人間にとって、こんなやっかいなことはない。
(だいたいここいらの姿勢からして物作りの精神からかけ離れている)
そんな安直な自分が考えることはたかが知れている。
要するに「替え刃」。
これだと研がなくてもいい。
ちゃんとした人に言わせると、しょせん替え刃式は替え刃式で、普通のカンナのようにはいかないのだそうだ。
ま、いいか、で買ったのがこれ。Jumpの最適カンナ。
比較的安価で無骨な金属製だが、底面の仕上げはいい。
試しに5センチ厚程の松の小口を削ってみた。
フワッと透けるようなカンナ屑が出てきたときにはうれしかった。
今週の作業はバインディングとパーフリングの溝加工と圧着。
ミニ・ルーターに先日届いたSte.Macのルーターガイドを取り付けで使ってみた。
やはり使うにはコツが要るようだ。
直線は出しにくいし、深さも一定にならない。油断すると右にポンとはじかれる。
手道具での補正作業は必ず必要だと考えたほうがいい。
ガイドはアルミ製なので、養生してから作業しないと表面版に鉛筆の痕のように黒く汚れがつく。
一緒に購入した専用のビットを使用するが、切れ味は思ったほどでもない。
ドイツや日本のビットがよく切れるからそう感じるかもしれない。
かなり前に購入したマキタのトリマーは使いやすく気に入っているが、バインディグの溝加工には
オバースペックだ。作業時に楽器本体に共鳴してすさまじい音を出す。
この作業はもうすこしやり方を工夫する必要がありそうだ。
圧着にはホームセンターで売られている速乾性のボンドを試してみたが予想どおりだめだった。
硬化したときの状態が良くない。
普段詩はほとんど読まないが、新聞のコラムで黒田三郎という詩人を知った。
すでに亡くなった方だ。
たまたま別のところでこの方の詩を見つけたので書いておく。
------------------------------
風邪をひいて
明後日になったら
風邪もよくなるでしょうから
いつもの洋菓子店で
逢いましょうと
軽く約束して電話を切ったのだが
風邪はいっこうによくならず
下がる筈の熱は下がるどころか
上がる一万で
とうとう呼吸困難まで起し
危くあの世へ行くところだった
あの世へ行ってしまったら
洋菓子店へ行くどころか
「さよなら」を言う暇もなかった
---------------------------------------------
というもの。
自分の命を客観的に見た者でないとこのすごさはわからないかも。
(なんてね)
こんな詩もある。
---------------------------------------------
落ちて来たら
今度は
もっと高く
もっともっと高く
何度でも
打ち上げよう
美しい
願いごとのように
-----------------------------------------------
フォークグループ「赤い鳥」が歌った「紙風船」の原詩だということにすぐに気づく。
願いごとをふわりと浮かぶ紙風船に重ね合わせているところが印象的だ。
そして少し悲しい美しさがある。
卒業式のシーズンになって思い出したことがあった。
長男の中学卒業式に出たときのこと。
式の次第が学校長の挨拶になった。
体育館の中央に臨時に作られたステージに登場したのは、女装した校長だった。
ウソではない。館内の父兄がどよめいた。
しかもその校長は、私がこの中学に入学していたときの同じ学年の担任だった。
尊敬する教師だったので信じられなかった。コスプレに駆り立てられるような、
なにか気の毒なことでもあったのかと心配した。
フリルのついた長いスカート、カツラをかぶってハイジのような帽子をかぶっている。
気持ち悪い化粧をしている。バスケットも持っていたような気がする。
開口一番、
「ことしは何の格好をしようかと考えましたが、こうゆうことになりました」
といった意味のことを言った。常習犯らしい。
ところがそれ以上に驚いたことは、校長の話が始まってからの子供たちの真剣に聞く
態度だった。誰一人ふざけたり笑ったりする子供がいない。
話の内容は忘れてしまったが、よくありがちな美辞麗句や教訓などではなかった。
本音であり真実であり、子供たちを思うホントの気持ちにあふれていた。
当時はイジメが問題にされ始めた時期だった。
そんな状況の中で高く評価されていたのがこの校長がいる同校だったことを後で知った。
先生は定年退職後市の教育長を務め、最近退任された。
今日地元で開催された先生の講演の内容が記事になっていた。
抜粋して書いておく。
----------------------------------
「こんな辛く悲しい事件・事故が続く世の中になってしまった背景には、
大切な5人の指導者を失ったこともある。
その5人の指導者とは、おじいちゃん、おばあちゃんであり、兄弟、
それにガキ大将、大自然、そして貧乏」
「大切なのはがまんするという忍耐力を身につけさせることで、それには
ただ甘えさせるだけでなく、叱る時は叱るなどしつけが大事。
子供は言った通りに育たない、行なった通りに育つ」
------------------------------------
経済至上主義の弊害は弱者や子供たちに影を落とす。(片棒を担いでいたこともあるような気がするが)
現在70歳になる先生。
さすがにもう女装はしてないと思うけど。
いつまでも元気でいてもらいたい。
盛岡タイムズの記事に今頃気づいた。
木村師と佐藤俊氏の写真がかなりいい。
http://www.morioka-times.com/news/2006/0612/14/06121409.htm
下段の写真もすごいぞ。
秋田の面々が写っている。
右端から拙者、恐妻、鎌田さん、斉藤さん。
小原さんと作山さんが写っていないのがちょっと残念だな。
大仙市太田。
この辺ぴな町にこれほどの人が集まるとは思ってもいなかった。
ましてや、クラシックのコンサートに。
ちょっと平均年齢は高めではあるが、それぞれ楽しみにやってきた様子がうかがえた。
めんどくさいので詳細は書かないが、楽しかった。
仙フィルのコンサートマスターの演奏をここで聴けるとは思わなかったし、それにもまして、
まさかストラディバリウスで演奏する『川の流れのように』を聞けるとは夢にも思わなかった。
ギターの佐藤正隆さんの手抜きのない演奏は良かった。やっぱり「一生懸命」は伝わる。
カッチーニのアベ・マリアはやっぱりいい曲だな。
終盤になって地元出身で進行役の鈴木さんが「今日は無料ですからせめて声だけでも出していって
ください」と『早春賦』の歌を促す。
近くに座った年配の女性(どうも元音楽教師というカンジ)が、かなりビブラートのかかった裏声で
声高らかに歌い始めた。
こちらも対抗して歌ってみたが、肺の1/3を取ってしまった関係上、情けなくも息が続かず脱落。
2時間タップリの休憩なし、全22曲の盛りだくさんコンサートだったが、小さな町でのこんな
肩の凝らないコンサートも好きだ。
本店の MUSIC_BOX にSheetMusic Link URLを書いておきました。
新聞にこんな記事があった。
名前は忘れてしまったが53歳の男性。
工学部を出て仕事に就いた。数年後退職して再度大学に入りなおした。
学部は医学部。
外科の名医として有名になった。
その男性がまた大学に入りなおすという。
こんどは文学部だ。
彼は医師として数百名の死を見てきた。
そこで、余命を告げられた人の「生き方の濃さ」を思い知ることが多かったという。
そのことを自分に照らし合わせて「文学」の世界に飛び込む決心をしたのだった。
より充実した「生」を全うするために、外科医を続けながら文章を書くのだという。
記事はここまで。
さて、あるところに54歳の男がいる。
ある損害保障会社から原稿の依頼があった。
原稿料がちょっと良かったのでついふらふらと引き受けた。連載で1年間。
テーマは自由ということだったが、依頼主が「死に直面した病気」にまつわることを
期待していることは推測できた。だが敢えて「文学」をテーマにした。
実名を伏せての記事だったので油断していたら、ある日思わぬところで
「あのコラムはオメェだべ」
と言われる。1週間ほどしてまた別の人に同じ事を言われた。
テーマと人格のアンマッチ、それと内容にそぐわない「だ、である、なのだ」調が面白く、
お里を隠しとおせるものではないらしい。
複雑な心境だ。
・・・・・・と彼は言っている。
そのことについて何度か説明をもとめたが実現しなかった。
やっと話し合いを兼ねた会食をしようと決まったのが今年の2月。
しかし当日、森は体調不良を理由に欠席した。
川内は森の事務所に電話した。
スタッフとの電話中に、森の笑い声が受話器から聞こえてくる。これが発端だ。
芸能界は何があっても不思議なところではないようなので、今回の騒ぎについては特別な感想はない。
歌のどこをどのように変えたかも知らない。ただ川内康範については関心がある。
函館の寺に生まれた川内は小学校を卒業後、家具屋の店員、製氷工場、製缶工場、炭坑夫などの数々の
職業を転々とする。 映画関係の仕事をしていた兄を頼って上京。新聞配達やビリヤード場で働き、そし
て日活の撮影所に入社することになる。
その彼が、なぜどのようにして福田赳夫の秘書になったのか、また鈴木善幸や竹下登のブレーンとされ
たかが興味深い。
また、グリコ森永事件で、犯人に対して「オレがカネを払うからやめろ」といったことも不思議な行動だ。
現在八戸に住んでいることも意外だ。
そして87歳になった今もプライドに対してこれほど熱くなれる気概にも驚く。
『波乱万丈』かなんかでやらないかな。
なんて考えてるオイラもかなりヒマだね。
それにしても外はすごい雪だ。
テレビドラマ『北の国から』の作者、倉本聰がこんな内容のこと書いていた。
「俺がもらう年金は俺が払った俺のカネだ。少子化は俺には何の関係もない」
これを読んで「んだんだ」と思った。
さんざん無駄使いをしておきながら、今になって「少子化のため将来の年金が保証されない」はないもんだ。
全国300を超える売却対象資産はその無駄使いの一部だろうね。
とりあえず形のあるものは失くしてしてしまおうとしているみたいだ。
やっぱり世の中変だ。オイラが怒っても屁にもならないけど。
あらら、こんなことを書くつもりはなかった。
本を整理していたら倉本聰の本があちこちから出てきて、それがきっかけになってつい興奮してしまった。
『北の人名録』、『左岸より』、『谷は眠っていた』、『さらば、テレビジョン』、『富良野風話』。
ずいぶん古くからのものもある。だがどれも内容はほとんど覚えていない。
それほどの倉本ファンだという意識もないし、実際こんな人が近くにいたら窮屈でしょうがないと思う。
それでいながらバイクで富良野まで走り、丸太小屋や石の家を見たこともある。
そういうオイラは何だろう。(あ、言うな!)
倉本作品が持つ力だと思うよ、ゼッタイ。
♭がたくさんついている調は苦手だ。
「努力しているヒマはない」などと威張っている私は、極力跨いでとおってきた。
それでもなんとか弾いてみたい曲もある。
そこで考えたのは、移調して♭をとりさり、調弦を変えるというもの。
カポタストなんかも考えたりする。結果、読みやすく弾きやすい。
「なんだこんな単純な曲だったか」と思うこともある。
自己満足の名人なので一応、達成感はある。
ただやはり恥ずかしい。とても人前で弾けるものではないと思っていた。
ところが、こんな記事を見つけた。
| パガニーニは自分の作品を出版するのを非常に嫌がった。
| 自分の演奏の秘密がバレてしまうからである。
| しかし、この協奏曲はなぜか簡単に出版された。
| だが、その楽譜を見た当時の有名なバイオリニスト全員が
| 目をむいて、腰を抜かした。
| その曲は「 ♭」が三つ付いた変ホ長調で、そんなKeyでは
| 一生練習しても絶対に演奏不可能なのである。所が、パガ
| ニーニはたやすく、ひきまくっている。
| 実は、そこには重大な職業的秘密がかくされていたのである。
| パガニーニはオーケストラの伴奏譜を変ホ長調で書き、自分
| のパートは、半音下のニ長調で書き、ただし、調弦は半音上
| にして、ニ長調の楽譜を奏いて変ホ長調にきこえるようにし
| たのである。
バイオリニストで作曲家の玉木宏樹氏の記事だ。
パガニーニと同じ事を考えていたとは。
気をよくして「パガニーニのメヌエット」を練習している。
さすがにいい曲だ。
それはともかく、この玉木宏樹氏が(親しみを込めて)大変なオヤジだ。
次回書いてみる。
氏の文章内容をうまく伝える自信がないので、引用させてもらう。
(ここから引用 )
私は、物心ついたとき、神戸のとある山頂の禅寺の宿坊で育っていた。音楽家になりそこね、
クラシックギターを趣味にしていた父が少しでも音を出すと、こわい老師が飛んできて、
「歌舞音曲は修業のさまたげじゃ、ひかえおろー」と杖をふりあげ、威脅するので、ほとんど
音楽に接する時間はなかったが、そんな環境でも畑のはなれの納屋の中で、父親からこっそりと
ギターで音楽教育を受けた。
(略)
うちは本当に貧乏だった。祖父が肺ガンで長の患い、婚期を逸した叔母が、肋膜炎で伏せり、
飲んだくれのトランペット吹きの叔父が酒乱であばれ、父が労働組合の副委員長で先頭に立っ
ていたドロナワの労使紛争の末、会社がつぶれ(東大法学部の試験にも出てくる憲法違反の
明和工業事件だった)失業手当だけで一家が生活している中で、なんと芦屋の大金持ちの子供
たちが習いにいく先生の所へバイオリンのレッスンに通っていたのである。そんな環境のために、
レコードなんてきいたこともないから、六年生でメンコン(メンデルスゾーンのバイオリン協奏曲)
を公開演奏することになったときに、先生から、レコードをよくきくようにといわれて、心の中で
泣いたことを思い出す。
( 引用ここまで )
ここまで読むと、なにかとてもカワイそうな人、といったイメージなのだが、
ところがどっこい、こんなことを書いて大丈夫だろうかというところまで言ってしまう。
「生きているということはこうゆうことだな」なんて思ったりもする。痛快だ。
http://www.archi-music.com/tamaki/
氏は、JASRACの評議委員もしている。
JASRACについては、ここのブログで少し触れたことがあるので、氏のHPから得た
情報をもとに少し整理してみたい。
嫁にやった娘の安産祈願のために秋田県大仙市協和の神社に参拝してきた。
神社はもとより社務所や周囲の雰囲気に、ガラにもなく神妙な気持ちになった。
物部氏ゆかりの神社ということをどこかで見たが、それ以上のことは知らない。
近辺の人だけではなく全国からの参拝があるようだ。
奉納され大量の鈴の連なりに驚いた。
当日もたまたま八戸からの若夫婦と合同の祈願となった。
江戸時代、豊橋生まれの紀行家である菅江真澄が書いたここの杉並木の絵日記が今も残っている。
唐松神社。
もっと有名になってもらいたいと思う反面、商業主義に毒されないこの場所はいつまでも静かに
このままでいてもらいたいとも思う。
唐松神社のご祈祷を終えて出てきたところに見つけたのは「手の神さま」。
手で苦労している方々のためにお祈りした。
娘の嫁ぎ先のお舅さんも腱鞘炎で苦しんだ経験があったとのことで、お参りしている。
手を使う仕事だったことから、ずいぶん不自由な思いをしたという。
幸いいい先生に出会い手術してもらったと痕を見せてくれた。
今はなんともないらしい。
残念ながらその先生は亡くなってしまわれたとのこと。
日本一のラーメンと評判の盛岡の中河へ行ってきた。
分かりにくい場所なのでなかなか行けなかったが、やっと見つけた。
ラーメンというよりも、昔ながらの中華そば屋といった風。
こじんまりした店内は、カウンターに6人ほどがやっと座れる。
それと4人掛けのテーブルが二つ。
店の人に言わせるとおそらく「特別なことはなにもしていません」と言うだろう。
亡くなったオヤジさんの味を娘さん二人がそのまま守っているのだと聞いたことがある。
それがいいんだね。
ある会社の社内報をみせてもらって驚いた。
よくある「お誕生おめでとう」のコーナーに載っているお子さんたちの名前である。
ほとんど読めなかった。
コピーをもらってきたので書いてみる。
@美海
A彩夢
B香風
C心彩
D大翔
E徳空
F希音
G琉久
H颯良
I天音
J夏愛
K光梨
L樹
M日那太
さて、正解はこちら。
@美海(みうな)
A彩夢(あゆ)
B香風(このか)
C心彩(こころ)
D大翔(ひろと)
E徳空(とくあ)
F希音(ねね)
G琉久(りく)
H颯良(そら)
I天音(あまね)
J夏愛(なな)
K光梨(ひかり)
L樹(いつき)
M日那太(ひなた)
読みやすく、書きやすく、呼びやすい名前がいいと思っている自分にはかなりショック。
「今はこんな時代なんだ」とあらためて歳を感じた次第。
それにしてもいちいち名前の読みを確認される子供たちのことを考えるとちょっと気の毒だな。
音楽著作権のことを調べていて玉木宏樹という人を知った。
そこからJASRACに関するさまざまなことを知ったのだが、いつか興味の中心は
音楽著作権から玉木宏樹に移っていた。
氏の書いたものを見ているうちに、昔見たTVを思い出した。
バイオリンをまるで人が話すように弾く人が出ていた。バイオリンが喋るのだった。
かなりスマートな人だったという記憶があり、それからすると現在の玉木宏樹とは
まったく結びつかないが、おそらくTVの彼は玉木氏にまちがいない。
玉木宏樹のプロフィールを見てみる。
1943年、神戸生。
1965年、東京芸大ヴァイオリン科卒業。
作曲は10歳より始める。
学生時代から、東京交響楽団の団員となるが、集団生活になじめず逃亡。
また平均律跋扈のクラシックに根本的疑問を抱きドロップアウト。
山本直純氏に作曲と指揮を師事し、映画やTVドラマ等で作曲活動開始。
一方演奏活動の方では弦楽四重奏団を結成し、クラシックだけではなく、
全員エレキ化して、ジャズやロックシーンにも進出。
作品としては、MIDI出現以前に7台のシンセサイザーとフルオーケストラとのための
交響曲<雲井時鳥国(くもいのほととぎすこく)>をライブ録音し、話題となる。
その他、ピアノのための練習用組曲「山手線」以下多数。
TVは「大江戸捜査網」(テレビ東京)「おていちゃん」(NHK朝のTV小説)
「怪奇大作戦」(円谷プロ)他多数。CM千五百曲。
純正律にこだわり続けて三十年。
ソニーより、日本初の純正律CD「ピュアスケールによる理想的ストレス解消」リリース。
その他CD多数あり。
政治や宗教その他タブーとされていることや暴露ともとれる文章もあって少し危ない。
それは自身の正義感から来るものだと思う。
手っ取り早く氏の面白さを理解するためにHPから一部抜粋して書いてみる。
その第1回目。(長文)
(引用ここから)
私は正直言って船には全く自信がなかったので、冗談でみんながよく言う、「先に酒で酔え
ばよい」という話を忠実に守った結果、吐くようなことは全くなかった。
そんな一番ひどい揺れの15日に私のメインショーが組まれた。4階のイベントホールはそれ
でも満員状態だが、ドンチョーの向こうでは客がギャーと叫んでいる 。どうやら椅子がザワー、
と横移動したらしいと思っていると、閉じたドンチョーが 開いてしまって、まだ始まってい
ないステージが露出してしまう始末。そんな中で、 立ってバイオリンを奏くのは至難のワザ。
何回もクルーズの経験があり、絶対に酔わないと豪語していた 歌手まで顔面蒼白。
私はもともと高血圧症でたまに心気亢進の為、いても立ってもいられなくなる状態 になる時
があるため、酔いどめもしこたま、またトランキライザーのお世話になった ため、奇蹟的に
吐きそうにもならなかった。
♪
私は以前、10chの朝のワイドショウで、オウム問題でVTR出演したとき、あまりにも
向こうサイドの勝手な編集で頭に来ていたので、絶対にVTR出演は断る。だからといって
生出演はもっときつい。私は極度に神経質なので、本番前はものすごく血圧が上り、危ない。
また本番ではアガッているのをかくそうと無理をするため、やっぱり変なオジサンになって
しまう。
♪
なんども「絶対音感」のことには言及しているが、音楽之友社の「ムジカノバ」からの
「絶対音感」に対する反論原稿の依頼にはビックリした。私はクラシック音楽でも、他の
音楽でもすべて認知されていないアウトロー。よくもこんな私に原稿依頼してくるなんて。
、、、感無量というところ。
♪
12月27日、渋谷のジャンジャンの「世直しコンサート」に飛び入りゲストとして
参加した。コンサートの核はもちろん、永氏、そして野坂昭如氏、小林亜星氏の、
三大(バカ)テナー、このコンサートの人気は、もう<物凄い>のひとこと。
ステージ上にまでお客さんが座りこんでいるから、私の汗がもろにとびちって被害を
受けた人もいたんじゃないだろうか。
♪
私が過去に、和光大学というとても変な大学の非常勤講師をしていたときのことだ。
あまりの授業中のだらしのない女子大生に呆れはて、「最近の若い女の子のだらしの
ないのにはあきれ返る。Gパンをはいているセイか、電車の中でも大股おっぴろげて、
なんじゃ、この教室でもそうだ。だらしない奴ばかりだ」と言ったが、もちろんそん
なことでは、彼女達はびくりともしないし、おや、玉木はいつももっと面白いこと言
うのに、何をバカな説教を始めたんだ、というような反応ばかり。
「いいか、これはジジィの説教じゃないんだ。よくきけよ。ひごろからそんな風にだ
らしなく股を広げていると、セックスの快感が感じられなくなるんだ」といったとたん、
教室中でザワザワと衣ズレの音がした。
♪
週刊宝石を買った。まあその中身はおいとくとして、巻頭カラーグラビアの細川ふみえ
のヌード写真がなんとなく印象に残った。そして、同じ日の夕暮れ、渋谷駅頭の新古本
の週刊現代をパラパラと見ると、フーミンのヌードが掲載してある。瞬間に、これはも
う買った奴だと思ったが、週刊現代というのが腑に落ちない。もう一度中身をよくみると、
記事はもちろん違う。なんだか変だなと思いつつどうせ100円だからと思って買った。
そして、落ち着いたところで持っていた、週刊宝石と比較した私はあまりのことにのけ
ぞって、ひっくり返りそうになった。週刊現代は巻末、週刊宝石は巻頭という違いはあ
るが、写真は全く同じ立木義浩のもの、しかも、一枚目と二枚目は、全く同一のもので、
三枚目も部分的に同じものをトリミングしている。
♪
私は自分が「絶対音感」がないから、ひがみでそんなことを言っていると思う人がいたら、
バカである。これから以下の文章は、かなり感情的になるので眉をひそめる人も多いかも
知れないが、赤裸々な事実を述べるので、少々の暴言はゆるして頂きたい。少くとも少し
でも私のことを知っている音楽関係の人、作曲家、演奏者、音楽プロデューサー、ディレ
クターたちからは、玉木ほどの「完璧な絶対音感」を持っている人間はいないといわれる
ほど、耳には自信を持っている自分が、「絶対音感」なんてないというのだから、まずま
ちがいはない。
いまさら自分の耳の良さを自慢するのはいやなのだが、「絶対音感」神話を崩すためには、
恥を忍んで事実を述べよう。 (以下略)
♪
私は、シンセサイザー登場以前の純アコースティックの時代からドラマやCM音楽の作曲
に携わってきており、当然、MIDIよりもスタジオワークの方が、歴史が長い。しかし
最近は皆さんもお分かりのとおり、音楽制作の大半がなんらかの形でMIDIに移行して
きている。この一月の間に、ニコンのPR−VIDEO、小林一茶記念館のアニメーショ
ンLD、そしてELEという英会話テープのBG音楽と、立て続けにMIDIばかりで音
楽創りをしていると、いささか体調にも影響してくる。もともと太っているが、運動しな
いでも食うものは食うから、ますますブタになってしまった。
(引用ここまで)
− 第2回に続く −
その第2回目。(長文)
(引用ここから)
ここんとこ毎日「男はつらいよ」のテーマソングがTVで流れているが、私としては非常に
複雑な思いである。何を隠そう、あの歌のイントロ及び、バック、つまりあの歌の編曲は私
がやったものなのである。
そんな経過で、渥美清さんにあの歌をレッスンつけたのも私だった。15も年下の生意気な
若造にもあの人は「そうですか」と丁寧に応対し、何度も「これでどうでしょうか」と問い
掛けてくる、律義な人だった。
そんな縁もあって、私は「男はつらいよ」の映画にも出演している。マドンナの佐藤オリエ
がチェロ奏者で、私は、彼女と一緒にアンサンブルをしている第一ヴァイオリンで、何分間
か確かに出演している。このあいだビデオを買って見てみると、今の、太って禿げた醜い姿
からは想像出来ないほど ガリガリにやせた神経質な青年がヴァイオリンをひいていた。
♪
アナログ時代からシンセをやっていて交響曲も書いたことがあるし、いち早くマックにのめ
り込んでいる以上、DTMで仕事をやる、というのは当たり前のことだからそれはそれで楽
しい面もあるのだが、なぜこんなにギャラが安いのか、ほとほと消耗する。以前、スタジオ
プレーヤー相手に録音していたころのCMは100万くらいの予算はあったが、DTMだと
20〜30万とはなんということだ、と愚痴をこぼしてもしようがないね。
♪
日本のメディアは今、全員が討ち死に状態。日本人は何と思っているか知らないが、報道の
自由度を外国の特派員にきいた所、日本の20位近くのお粗末さ。お隣の韓国より低いと採
点されている。
♪
日本人は自分たちが西欧の1国だと勘違いしている人が多いから、TV、ラジオでも正確な
背景は説明なしで、まるでアラブを野蛮人のように言う人が多い。
♪
<山本譲司=獄窓記について>
(本の)終わりの方で、辻元清美事件が起こり、苦し紛れの辻元氏が過去の山本氏の事件を
あげつらい、山本氏は汚いけど、自分は潔白という嘘をつきまくった見苦しい責任逃れの数々
が書かれている。私は直接辻元氏に逢い、彼女の本性を垣間見ているので、非常に納得行く。
♪
何人かの作曲家達と飲みに行って音楽談義になり、私はシールズ&クロフツがいいと主張し
たが、誰ひとり知らない。そのうち若い小生意気な作曲家から、みんなの知らないことをひ
けらかしてどうしようもないバカだとからまれたりして、私は落ち込んでしまった。そして
みんなが帰る時、大野雄二氏から、玉木さん、最後に一軒行こうと誘われた。彼とは何の親
交もないから大変驚いたが、彼の表情が結構マジなので付き合った。すると彼からコンコン
と説教された。「シールズ&クロフツはとてもいいよ。自分もよく聴いている。でも玉木さ
ん、あんなバカな連中に言ったってどうしようもないんだよ。あの良さが分っているのは玉木
さんと俺だけだ。だからもう他人には言わないでほしい。これは二人だけの秘密にしておこ
うよ。」それ以来私は自分の感激したLPのことは人に言わなくなった。
♪
一般の国民はほとんど知らないだろうけどこの「敵国条項」のせいで日本は第二次大戦の敵国
だった連合国側の音楽作品に対し「戦時加算」として死後50年でPD(著作権フリー)になる
べき曲が、あと10年4ヶ月ほど著作権がひきのばされ、日本で国内使用すると、たいがいの
国でPDとなっている曲に著作権使用料を払わねばならない。この損害は誰も言わないし、
公表されないから分らないが、1曲について10年間の著作権使用料を根拠に何曲位使うかを
かけると、およその数は出るかもしれないが、ひょっとしたら一兆円を越えるかも知れない。
こういう実損害を誰も問題にしないのはおかしい。JASRACもジャズ喫茶やMIDIをい
じめるヒマがあったら、この点を改正する努力をしてほしい。
♪
私は当初、亜星さんの「百姓一揆」的糾弾が好きになれず、会に入るつもりはなかったが亜星
さんに説得され、51%の賛同の元に入会したが、常に違和感がつきまとっていた。事件の糾
明はもちろん大事だが私はそんなことより、NET時代に背を向けているJASRACに何よりの
危機感を抱いていた
♪
私は、敢えて小澤ブームに冷や水をかけたくもないので詳しくは書かないけれど、小澤征爾
がオペラを振れないのは有名な話で、本人も自覚している。
♪
一時期、ジャズ・ドラマーとして一世を風靡した石川晶氏が、2月にアフリカで亡くなり、
4月7日に東京のライブハウスで音楽葬が行われた。
彼とのつきあいで一番印象に残っているのは、私のヴァイオリン演奏に言いたい放題のケチ
をつける唯一の人だったこと。私は若い頃からエレキヴァイオリンをやったり、ジャズまが
いのことをやって、殆どの人はただ唖然とするだけだったが、「アキ ラ」は私に対して強
烈なケチをつけた。
♪
アンコール用に私がオケ・バックにスミ・ジョーとヴァイオリニストを入れた「赤とんぼ」
の編曲をやったのだが、アンコールの指揮を團さんがやることになり、こちらはかなり気
を遣った。つまり、お客さんは、團さんが編曲したんだろうと考えるだろうから、團さん
に恥をかかせるわけにはいかない。で、一度稽古したあと、控 室で初対面の私に「たいへ
んいい編曲、ありがとうございました」と頭を下げられて 恐縮してしまった。もちろん、
その後もいろんな話をし、私の本、『猛毒クラシック入門』も差し上げ、その中に團先生
のことも書いていますなどと言ったけど、本の中では「団」という略字で書いてあり、
團さんは自分の所へ来た書籍で「団」と書いているものは一切封を切らず、そのままゴミ
箱行きだったそうだから、私の本もその運命にあったかもしれない。
我 が師匠、直純氏に言わせれば、いわゆる「三人の会」として活躍した芥川、黛、團の中
では一番才能のないのが團だな、と言っていた。たしかにそうかもしれない。
しかし、3人の中で一番オーケストレーションがうまかったのは事実だろう。
♪
私は趣味が多い。というか気が多すぎるのか。第一の趣味は酒だが、これはもう生活の一部
なので趣味とはいえないだろう。
(引用ここまで)
今日は大曲の花火。
新作発表を兼ねた全国の花火師の新年会のようなものだが、最近はだんだん知られるようになって
観光バスまで繰り出すようになった。
澄みきった大気に打ち上げられた花火は、夏とは違った別の美しさがある。
雪の山に音がすいこまれていくので、うるさくない。
今年は雪が少ないからどうだろう。雨の天気予報も出ているし。
さて、連載の玉木宏樹。
『♪おおきいことはいいことだ〜』を知っている人はかなり古い。
玉木宏樹の師匠である山本直純にまつわる話を本人のHPから集めてみた。
(引用ここから)
私が芸大時代、頽廃しきったクラシック音楽業界に絶望して作家になろうと思っていたとき、
芸大の1年上ですでに山本直純氏のアシスタントになっていた坂田晃一氏(おしんの劇伴他
知ってる人は多いよね)から音楽をやめるというんなら、一度やめたつもりで直純さんのア
シスタントになったらと勧められ、商業音楽の道に入った。まあ、いろんなことはあったが、
金のためにしか作曲しようとはしないように見える直純氏に最初の頃は嫌悪していたが段々と
その底力を認識するとともに私の作曲技術も向上した。
♪
我が師匠、山本直純氏のいとこだとかで、直純氏の長男の純ノ介氏の結婚披露宴に出席さ
れていたが、なぜか、公明党の議員(というのも小太りの脂切ったタイプではなく、痩身
痩躯)。座興の一席でということで、氏が若い時作曲された歌曲をソプラノの人に歌って
もらい、自分がピアノで伴奏するというのである。我々の座っていた一角は直純門下のヤ
クザ商業音楽作曲家連中だから、内心ペッと唾を吐きながら、ええ加減にせーよとの感じ
で臨席したが、ピアノの前奏が始まるやいなや、そのあまりの美しさにびっくりし、座り
直したことを覚えている。作曲のあざやかさ、(ドビュッシーも椅子から転げ落ちるほど
の曲)とピアノタッチの美しさは、この世のものとは思えないものだった。また、有馬氏
の余裕タップリのニコヤカな表情がまた、忘れられなかった。
♪
その日のゲストが、我が師匠、山本直純氏で、私に対して初めてまじめな言葉を吐いて
くれていて、思わずこみあげるものがあった。
直純さんが、人前で私のことをほめたようなものの言い方をするのは初めてのこと。
怒られ、ののしられ、クソミソに言われて、マージャンで負けて、ガッポリ取られて、
ごくたまに編曲なんかを頼まれてもケチばかりつけられ、「なんでいつまでも文句ばか
り言うのか」というと、「そりゃーおめえ、死ぬまでお前はワシの弟子なんだから、
何か言わにゃあ、師匠のメンツが立たん」とまるで毒舌落語家のようなふるまい。
直純さんからほめられたり、激励されたりなんて皆無に近い状態だっただけにあの番組
は実に意外だった。
(引用ここまで)
ダウランドの「涙のパバーヌ」を練習中。
波多野睦美の「流れよ、わが涙」がとても良くて、ぜひ弾いてみたくなった。
「溢れよわが涙」となっているものも見ることがあるが、この曲と「涙のパバーヌ」は、
同じ曲。
最初のワンフレーズでもうしびれてしまうが、かなり難しい。やっと1/3ほど譜読み
した状態。さてまたいつもの途中でギブアップのパターンかどうか。
連載の玉木シリーズはまだ続く。
『♪おおきいことはいいことだ〜』を知っている人はかなり古い。
玉木宏樹の師匠である山本直純にまつわる話を本人のHPから集めてみた。
(引用ここから)
私が芸大時代、頽廃しきったクラシック音楽業界に絶望して作家になろうと思っていたとき、
芸大の1年上ですでに山本直純氏のアシスタントになっていた坂田晃一氏(おしんの劇伴他
知ってる人は多いよね)から音楽をやめるというんなら、一度やめたつもりで直純さんのア
シスタントになったらと勧められ、商業音楽の道に入った。まあ、いろんなことはあったが、
金のためにしか作曲しようとはしないように見える直純氏に最初の頃は嫌悪していたが段々と
その底力を認識するとともに私の作曲技術も向上した。
♪
我が師匠、山本直純氏のいとこだとかで、直純氏の長男の純ノ介氏の結婚披露宴に出席さ
れていたが、なぜか、公明党の議員(というのも小太りの脂切ったタイプではなく、痩身
痩躯)。座興の一席でということで、氏が若い時作曲された歌曲をソプラノの人に歌って
もらい、自分がピアノで伴奏するというのである。我々の座っていた一角は直純門下のヤ
クザ商業音楽作曲家連中だから、内心ペッと唾を吐きながら、ええ加減にせーよとの感じ
で臨席したが、ピアノの前奏が始まるやいなや、そのあまりの美しさにびっくりし、座り
直したことを覚えている。作曲のあざやかさ、(ドビュッシーも椅子から転げ落ちるほど
の曲)とピアノタッチの美しさは、この世のものとは思えないものだった。また、有馬氏
の余裕タップリのニコヤカな表情がまた、忘れられなかった。
♪
その日のゲストが、我が師匠、山本直純氏で、私に対して初めてまじめな言葉を吐いて
くれていて、思わずこみあげるものがあった。
直純さんが、人前で私のことをほめたようなものの言い方をするのは初めてのこと。
怒られ、ののしられ、クソミソに言われて、マージャンで負けて、ガッポリ取られて、
ごくたまに編曲なんかを頼まれてもケチばかりつけられ、「なんでいつまでも文句ばか
り言うのか」というと、「そりゃーおめえ、死ぬまでお前はワシの弟子なんだから、
何か言わにゃあ、師匠のメンツが立たん」とまるで毒舌落語家のようなふるまい。
直純さんからほめられたり、激励されたりなんて皆無に近い状態だっただけにあの番組
は実に意外だった。
(引用ここまで)
作家、城山三郎が亡くなった。
間質性肺炎だったという。
この病気は、イレッサの副作用としてかなり危険視する向きもある。
もしかしたら肺がんの治療をしていたのかもしれない。
城山三郎の本は、かなり前に何冊か読んだことがあるが、「これこそ大人の本」という
感じで、少々敷居が高かったという印象がある。
「毎日が日曜日」というのは今の自分だし、「もう、きみには頼まない」は現役のとき
に言われたことがあるような気がするから、タイトルとしては身近なんだが。
内容的にどこまでが実話なのかわからないというところもあった気がする。
今読み返したらまた違った印象を受けるかもしれない。
半年ぶりにやっと仰向けに寝られるようになった。
こんなに幸せなことだったかと実感。爽快に目が覚めた。
さて、前にここでストラディバリウスについて長々と書いたことがある。
このストラディバリウスについて玉木宏樹はこのように書いている。
(引用ここから)
ストラディヴァリウスの最高作といわれるヴァイオリンが史上最高値の3億9千万円で落札
されたという。またぞろ名器信仰が話題になるんだろうが、私はこの手の話は吐き気がする
ほど嫌いである。大体ストラドの時代と今ではヴァイオリンの奏法が全く違うし、楽器に対
する負荷も全く違う。昔は天井の高いそれほど広くない所で、響きを大切にしていたから大
きな音は必要なくピッチも今よりかなり低かったし、指板自体も非常に短くて、今のような
高音部は演奏しなかったので、弦は裸のガット線、それもかなりフニャフニャだったし、弓
の張りも強くなかったから、駒に対する圧力も全然大したことはなかった。
第一本当にストラドがいい音がするのか誰も証明したことはない。過去何回か目隠しで何台
かのヴァイオリンの音のテストをやって、ストラドが一番いい楽器だということには殆どなっ
てないそうで、大概は最近作のヴァイオリンの方に凱歌が上がっている。私は10年位前に
出した「猛毒クラシック入門」という本の中でもばかげた名器信仰をブッた斬っているが、
全く世の中に変化はない。
現に、TVで競り落とされたストラドを女性が奏いていた、クライスラーの「愛の悲しみ」。
一体どこの学生が何してるんじゃ、と思っていると、これがそのストラドを演奏していた音
だったのだ。
(引用ここまで)
現代のバイオリン製作家にも同様の意見を持つ方が多いようだ。
名器は高い。それなりの人でないと買えない。
持つにふさわしい人は相応の技術と音楽性を持っているだろう。
多くはすばらしい音楽を奏でる。
聴衆は、その美しい演奏と楽器の音の良し悪しを混同してしまう。
そこに名器神話が生まれる・・・・・・
・・・・・・などと勝手な想像をしてしまった。
何となくクラシックギターの世界でも似たような現象があるような気がしている。
表面版を何度も削りなおして紙みたいに薄くなってしまっている楽器、クラックの修理のため
パッチの木片が内部に沢山ついている楽器、レントゲンを撮ったらクギが見えた19Cギター
などなど。ラベルというか名前がその楽器のすべてというのはかなりあると思う。
新作でも、名前の聞いたことがない人のものがいきなり300万以上の価格がついていたりする。
悪い楽器ではいい演奏はできないが、良い楽器を使うといい音楽ができるとは限らない。
個人的には、丈夫で演奏者の意思を正しく反映してくれる楽器が名器だと思うんだけど。
テレビにでている若い女性が「ふつうにおいしい」などというのを見て、ブチッと消して
しまった。食べ物への冒涜だ。
食べ物がなくてこまっている人もたくさんいるだろうにと思ったらシコタマ腹がたってき
たのだ。ところが、たまたま開いた国語辞典にこんなのを見つけた。
はまぐり【蛤】 〔浜栗の意〕
遠浅の海にすむ二枚貝の一種。食べる貝として、最も普通で、おいしい。
殻はなめらか。〔マルスダレガイ科〕 [数え方] 1枚
なんと、「普通で、おいしい」となっている。
一瞬オラがおかしいのかと思って考えが、事典の「普通」は「食べる貝」にかかっているし、
テレビの女性の「普通」は「おいしい」にかかっている。
ということでオラはおかしくないことにした。
ついでにパラパラとめくってみたらこの辞典、かなり面白い。新明解国語辞典(三省堂)。
もっともこれを持っていたからといって「自信」を「自身」に書き間違えることがなくなる
わけはない。
ついでに「のり」という言葉の用例。
のり【糊】
──とはさみだけの仕事[=自分の頭脳を使わずに、他人の著作を切りばりして自著とする
やっつけ仕事]
つまりこれは「引用」を得意としている人のことだな。
ん?
「岩手弁 方言詩の世界」のCD(シーデー)を全部持っている。
最近出た「家族編」と「少年時代編」は一気に2枚買った。
この2枚には歌も収録されているが、バックで演奏しているバンド名を見てズッコケた。
「わげスターズ」だ。
東北の人だったら声に出してみるとすぐに理解する。「若者たち」の意味。
いつか「佐々木さんの言葉は重みがありますね」と言われたことがある。
いやいやと謙遜したが、よく聞いたら「ナマリ」がかなりあるんだと。重いはずだ。
そんな自慢話はともかく、ある有名人の対談でこんな内容のものがあった。
「日本からだんだん方言がなくなっていくのは寂しい、高校野球のインタビューを
見ても全国みな同じように標準語で話をする」というもの。
これを見て、むむっと思った。
東京のスターズにこんなことを言われる筋合いはない。
田舎の言葉を笑ったり持ち上げたり、勝手なことを言うもんだ。
伊奈かっぺいや菊池幸見を、同胞の近親感を持って愛するオラダジとはアレガダは
基本シタンシが違うのだ。やい、くやしがったら岩手弁、しゃべてみれ!
練習している「涙のパバーヌ」だが、譜読みをしているうちに「これはヤバイ」という
ところにぶちあたってしまった。
左手1の指で6弦3フレット、3で5弦7フレット、4で1弦7フレットを同時に押さえ
なければいけないところ、それと1で5弦2フレット、2で1弦2フレット、4で4弦4
フレットを押さえる箇所。2弦解放弦の音も必要だから苦しい。
なんとか届かないことはないが難所。
一音省略すると楽だ。しかし3声で進行している大事な音なので無視するわけにはいかな
いし。
3弦をF#に調弦する楽譜も持っているが、この件の解決にはならない。
やはり手ごわい。また無念の挫折のパターンとなるのか。考え中。
FMラジオで朝に放送しているバロック音楽が好きで、毎日ではないが昔から
聴いている。
放送時間はちょうどこの季節だと外が明るくなってくる時間帯。
思いがけない雪で、今朝はいつもより明るかった。
薄明の中で聴くバロック音楽は、とても気持ちいい。
いつのまにか番組タイトルが「バロックの森」になっている。聴き始めた頃は
「バロック音楽のたのしみ」というタイトルだった。司会は皆川達夫だった。
番組終わり近くになってテーマのリコーダーの曲が流れ「ご案内は皆川達夫で
した」という声に、なにか身が清められたような思いがしたものだ。
先日偶然に見つけたCDがある。
『バロック・リュート・リサイタル』というタイトルのCDで、演奏は佐藤豊彦。
1曲目にバッハのシャコンヌ/パルティータBWV1004が収録されている。
バイオリンの曲として有名なこの曲はギターやリュートで演奏されることも多い。
いろいろな人の演奏を聴いたが、なんといってもこの佐藤豊彦のものが一番だと
思った。
私のヘタな言い回しでそのすばらしさを説明するのは難しい。あえて言うなら、
リュートでなければ表現できない音楽というのを初めて聴いたような気がする。
安定した演奏技術に支えられた「正統の音楽」がそこにある。
さすがに世界の第一人者と言われる人だ。
若い頃に皆川達夫に師事したことも氏の音楽観に大きく影響していると思う。
このCDに収録されている曲はこのほかに、
1990年2月、アムステルダムでの録音となっている。
このCDを乙部のリサイクルショップで買った。
100円だった。(「フジコ・ヘミングがなぜ3000円なんだ」、と書こうと
してやめた)←書いてる。
音楽著作権のことを調べていたら、その世界(日本音楽著作権協会:以下JASRAC)
はかなり混沌としたところだということがわかってきた。
それが内容的に高いものだったらまだしも、「ちょっと、ちょっと、ちょっと」なのである。
いちいち書いても何の解決にもならないし疲れるだけなのでやめるが、ただ時代錯誤的
な風土の改善は早めにしたほうがいいと思う。権威の失墜は取り戻せない。
その生い立ちからしてスッキリしない部分があるので、一朝一夕にはいかないだろうが。
その「生い立ち」というのが面白い。興味深いので書いておく。
それは「プラーゲ」から始まった。
時代は1931年にさかのぼる。
旧制一高のドイツ人教師であったウィルヘルム・プラーゲという人が、ヨーロッパの著作権
管理団体から日本での代理権を取得したと主張して東京に著作権管理団体「プラーゲ機関」
を設立した。そして放送局やオーケストラなど楽曲を使用するすべての事業者に楽曲使用料
の請求を始めたのである。
当時日本では著作権法も施行されていたが、楽曲を演奏や録音媒体の再生のたびに使用料を
支払うという概念は皆無であった。
プラーゲの要求する使用料が当時の常識では法外であった。
またその態度が法的手段を含む強硬なものであったことから、事実上海外の楽曲が使用しづ
らい事態に陥った。NHKは交渉が不調に終わったことから1年以上にわたって海外の楽曲
を放送できなくなるという事態まで引き起こす。
一方でプラーゲは、日本の音楽作家に対しても著作権管理の代行を働きかけ始めた。
プラーゲの本当の目的は著作権の適正運用ではなく金銭だったのではないかと邪推できる。
この事態を打開するため、1939年に「著作権に関する仲介業務に関する法律」が施行された。
「著作権管理の仲介業務は内務省の許可を得た者に限る」というもの。
これを受けて同年JASRACが設立される。
その結果プラーゲは著作権管理業務から排除され、同法違反で罰金刑を受けて日本から退去
させられることになる。(これを「偏狭な陰湿さ」と見る向きもあるが)。
これら一連の事件は「プラーゲ旋風」と呼ばれ、日本における著作権の集中管理のきっかけと
なった。
こうした経緯から文化庁の権限により音楽著作権の仲介はJASRACの独占業務となった。
「週刊ダイヤモンドの記事」で検索したらPDFの記事が出てきた。
やじうま的に見てしまった。
数日前にJASRAC盛岡支部が、「カラオケを行う場合はJASRACにご連絡ください」
という内容の呼びかけをラジオでしているのを聞いた。
誰もやらないことをやってみたいという気持ちもあり、いろいろな材料や方法を
試して苦戦している。
今回は、バックとサイドがイチョウ、トップがエゾ松という組み合わせ。
一応2007年の1本目完成ということにした。
手をかければきりがないが、全体のバランスからみてここいらへんでやめるのが
適当なようだ。
音作りのいくつかのヒントが得られたので次に活かしたい。
「1月行く2月逃げる3月去る」というそうで、早や4月も3日。
桜の便りが聞こえてくるこの季節だというのに突然の雪。
仙台から山形に向かって高速道を走ると、突然目の前に雪の蔵王連峰が立ちはだかった。
サービスエリアでちょっと油断したら風邪をひいてしまったらしい。
「お嬢さんにせひ嫁に来ていただきたい」と久々に父親業をしたせいで、どっと疲れが出た
かもしれない。
いや、グジュグジュしているから花粉っぽいところもあるな。
新たな旅立ちの4月だ。
石狩に住む人は、長年の夢だった定年退職を迎えて、悠々とすごしておられるだろうかなど
と思う。
まさか「膝が痛くて身動きとれん!」と、のた打ち回っていたとしたらいい・・・・・・
じゃなくて、お気の毒だ。
先月は有名なギタリストお二方が亡くなった。
一人はジャズ・ギタリストの植木等。
コメディアとしての植木等の印象が強いが、もともとはバリバリのジャズ・ギタリスト。
ギブソンES−175を用い、確かな力量で演奏した。
秋吉敏子が渡米のために彼女が所属するバンドを抜けた跡、後釜に入ったのは桜井センリ
だったことなどを考えても、彼だけではなくクレージー・キャッツ全体が正統派のミュー
ジシャンだったのだろう。
もっと真面目に現役の頃の彼らの演奏を聞いておけば良かった。
ただ、今のオイラを作ったのはもしかして植木等かもしれないと思っている。
「無責任男」「およびでない」「はいそれまでよ」。
これしか今のオイラに残っていないもんね。
もう一人は、ロックミュージシャンの成毛滋。
長くなるのでこれは明日。
成毛滋が3月29日死去した。
慶応大学時代から演奏活動を行い、70年代には高中正義、柳ジョージ、角田ヒロ(現在の「つのだ☆ひろ」)
らとバンドを組み活躍した。
私は直接のかかわりはなかったが、ロック系の仲間からその名前は聞いていた。
日本のロックシーンの草分け的な存在であり、またさまざまな先進的な試みをしたことでも知られる。
グレコのギターの知名度を上げたことも彼の一つの功績ではないだろうか。
成毛は並外れて手が小さく指も短かったという。
そのためアメリカ人の体型に合わせて作られたフェンダーやギブソンのギターはネックが太過ぎて手に合わず、
他のバンドのギタリストが難なく弾けるフレーズでも、成毛には指が届かなくて弾けないものが沢山あった。
成毛がこの話をある人にしたところ、「グレコだったら今工場が暇だから、言えば何でも作るよ。試しに細い
ネックのギターをオーダーしてみたら」と言われる。そこで成毛は、トラスロッド(ネックの角度調整機能)
が効く範囲内でできる限り薄いネックのレスポール・タイプをオーダーした。
数日後、特注のレスポール・タイプ が届いた。弾いてみると薄いネックは成毛の手にピッタリで、他のギター
では指が届かなかったポジションも楽に届く。
しかもそのギターをアンプにつないで鳴らしてみて成毛は自分の耳を疑った。それまで使っていたフェンダー
やギブソンのギターよりも音が良かったのである。
こうしてグレコの楽器には成毛滋の意見が反映される時代がしばらく続いた。
グレコとの離別はおそらく「ギターは安くなければならない」という成毛の持論がもたらしたものだと思う。
また、シンセサイザーの世界を広げたことにも一役買ったといわれる。
こんなエピソードがある。
成毛は冨田勲と共演する機会があった。
この時成毛はマルチキーボードで“Alone In My Room”を演奏したが、冨田勲はステージにマルチトラックの
テープレコーダーを持ち込んで録音したテープを再生し、自らそこで演奏することはなかった。
そして富田は言った。
「今のシンセサイザーはモノフォニックです。僕の音楽は多重録音をしなければならないので、ライブでは演奏
できません」と。
こういう話を聞いた成毛は「じゃ俺がモノフォニックのシンセサイザーで冨田さんのレコードを生演奏しよう」
と言いだした。そしてモノフォニックでもライブで演奏できるシンセサイザーをローランドに特注した作り上げ
たのだった。
こんな成毛はやがてMIDIの世界に入ることになる。
「バンドでやるとメンバーそれぞれの主張があって自分のやりたい曲をやれない事が多かった。でもMIDIは
そんなわがままを言わない。これなら自分のやりたい事ができる」と言っていたという。
成毛滋。最期のギター演奏のステージは1997年。
ライブは好評だったが腱鞘炎の痛みをこらえ、歯を喰いしばっての演奏だった。その後成毛は身体を壊して手が
効かなくなり、ギタリストとして観客の前に立つことはなかった。
わけがあって一人で子供を育てている従妹がマンションを買ったという。
お祝いは何がいいだろうかと考えていたところに、盛岡は材木町の光原社で宮澤賢治の『雨ニモマケズ』の額を見つけた。
がんばって生きている彼女にわざわざ『雨ニモマケズ』ではないかとも思ったが、
文字も表装もいいのでそれに決めた。横120センチ縦30センチほどの大きさ。従妹はとても喜んでくれて、さっそく
壁に掛けてくれたそうだ。
この『雨にもマケズ』の詩は、賢治が生前使っていたトランクのポケットからでてきたものだという。
賢治が亡くなった翌年、東京で開かれた彼を偲ぶ会に賢治の弟清六がこのトランクを持って参加した。
列席者の一人がトランクのポケットから偶然見つけたのがこの詩の書かれた手帳だった。
実物の手帳は今でも花巻の宮澤賢治記念館で見ることができる。
紙は褐変している。読みにくい文字をたどっていくとそこに人間としての賢治を感じ取ることができる。
宮澤清六は賢治の弟。
亡くなる少し前に花巻文化会館でハーモニカを楽しそうに演奏していた姿を思い出す。
今その宮澤清六の著書『兄のトランク』を読んでいるところだ。
「賢治は少し変っていた」とよくいわれるが、その具体的な話がたくさんでてきて面白い。
そして清六がどれほど兄賢治を慕っていたかがよくわかる。
賢治を賢治たらしめたのは清六だといわれる。これを読むとそうかもしれないと思う。草野心平や高村光太郎の協力を得て、
賢治の遺稿を現在の形にしていったのだろう。
その清六の努力は兄賢治への尊敬と愛情が原動力になっているに違いない。
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイウモノニ
ワタシハナリタイ
農家の生まれなので農業や食料のことが気になる。
日本の農業は過保護だといわれ続けてきた。
だが、もしほんとうに日本の農業が保護されているとするなら、食料自給率がこれほど下がることはなかっただろう。
現在日本の食糧の自給率は40%だとされるが、飼料として輸入される穀物等を計算すると、実質は20%程度だという。
「食料を自給できない国家は、自立しているといえない」と言ったのは、引退を表明したフランスのシラク大統領だが、
飽食の日本人はそのことを重大なこととは考えていないようだ。
異常気象がもたらす食糧危機が話題になることが多くなった。
仮にそうなったとしても、金の力でなんとかなると日本は思っているのだろうか。
食料を「いつでも売り買いできるもの」と考えていたら大変なことになりそうな気がする。
食の安全という言葉はもう耳にタコができているが、驚くような実態があることを先日知った。厚生労働省ホームページ
『輸入届出における食品衛生法違反事例(速報)(平成19年1月〜3月)』がそれだ。
http://www.mhlw.go.jp/topics/yunyu/1-4/0701.html
ここまで来てしまったのかと愕然とする。
岩手の古い諺に「糠くった牛はたたかれるが、コメ食った牛はたたかれない」というのがあった。「想像以上の事件だと
あっ気にとられて怒る気になれない」といった意味か。そんな気持ちになってしまった。
同時に(余計なお世話だが)、検査している人の激務を想像してしまった。
これも、食料イコール商品と考えてしまったことに起因すると思う。
こうなるとやはり自分で耕して食べることの意味は深い。
団塊世代の大量の退職者のなかには、農業を始めようとする方がかなりいるらしい。自給自足は現実的にはむりだが、自分
の食べるものは自分で作りたいという考えは自然なものがある。
このことを個人レベルではなく、国家規模で考えることはできないものかと思う。
客観的に聞いたら、自作パノルモは(音量的な問題はとりあえずしかたがないとして)、
やはり19世紀風の音がする。
この後の調整でもう少しよくなるような気がするが、とりあえず、外観的にちょっと
間の抜けたように見える駒に飾りをつけた。
丸い貝がそれ。陸前高田の道の駅で買った名前もわからない貝殻を加工したもの。
MIDI化の作業はペースは落ちたものの地味に細々と続けている。
前にも書いたが、作業を始めたきっかけは「自分のため」であった。それがやがて「誰かに使ってもらえたらやりがいがあるな」
と思い始め公開の方法を探った。しかしそれは簡単に頓挫してしまった。
JASRACへの手続きの煩雑さ、またそれに支払う金額を見たときに「そうまでしてしなければならないことではない」と思ったからだ。
これは個人レベルだけの話しではないようだ。
実際、あの質と量を誇っていたニフティーのMIDIフォーラムが、このほど活動を休止した。掲示板のみ残し、更地同然となっている。
このような状況はDTMを楽しむ者にとって決して好ましいものではない。
先日あるギタリストに私の作ったMIDIを聞いてもらったところ「実際の演奏とあまり変らない」と言ってもらえたので、よけいに残念に思っていた。
そこに意外な助っ人が現れた。
「JASRACへの手続きと支払いはこちらでやります」というところが現れたのだ。
その会社はYAMAHA。「プレーヤーズ王国」というサイトがそれだ。
http://players.music-eclub.com/
詳しいいきさつや仕組みはわからないが、ここを利用することによってMIDIのみならず、実際の演奏を録音したものなど、
著作権を気にしないでネットに公開できるという。
ちょっと自分の演奏を聞いてもらいたいと思う人は、やってみると面白いかも。
意外な反応があるかもしれないし。
私のMIDIをどうするかは検討中。
「既存の曲を公開することがそんなに意味のあることなの」という意見もあり、それもそうだなと思ったりもして。
風邪がなかなか抜けずに低調なので昨夜は7時半に布団に入った。
さびしいオジサンの友達はラジオ。心の友達(なんちゃって)。
NHK−FMで「気ままにクラシック」という番組を放送していた。
ギタリストの鈴木大介が司会をしている。
この番組は時々聞くのだが、彼のよどみのない軽快な語り口はいつも気持ちがいい。
昨夜のゲストは荘村清志と、またまたうれしい組み合わせ。
アメリアの遺言、アストゥーリアス、武満徹のフォリオス、アランフェスの協奏曲第2楽章、
バーデン・ジャズ組曲からシンプリシタス、アジャーラの南米組曲を聴くことができた。
荘村清志は昔からかなり好きなギタリスの一人だ。渡辺範彦や芳志戸幹雄と火花を散らすよう
な時代があったが、残念ながら二方は若くして亡くなってしまった。
久々に聴く荘村のギターは、私自身がギターに熱中していたあの頃を思いださせる。
数年前にまたギターを弾いてみようと思った時にこの世界を見たら、そこには福田進一という
ギタリストがいた。私にとってはいきなり現れたギタリストというイメージが強い。気がつい
たら数十年のブランクだもんな。すごいギタリストもいるもんだと驚いた。何を弾いてもうま
い。時代の流れを感じた。
荘村はそんな時代を経ても当時と少しも変らない情熱で演奏活動している。
成り行きで書いてしまうが、福田進一のCDは何枚か持っている。
ただ聴いたあとでなんだがわからないが、不思議なものたりなさをいつも感じていた。それが
何なのかしばらく考えていたが最近気がついた。
福田進一のギターは小鼻が開いている。
昨夜のラジオの話に戻る。
“よく聴くとアレ?どこか似ているかも”コーナーというのがあった。似ている曲を比較して聞
くコーナーなのだが、この中で吉幾三の「おら東京さ行ぐだ」とモーツァルトの「トルコ行進曲」
が似ているというのがあった。
♪テレビもねぇ、ラジオもねぇ、クルマもそれほど走ってねぇ♪
なるほどねぇ・・・・・・
パガニーニ佐々木かアマデウス幾三かってとこだな。
StewartMacdonald からの買い物。
細部の作業に使えるかと思って買ったのがこれ。
カタログではしっかりしているように見えたが、実際に手にとってみると
鉛筆より軽い。値段相応かもしれない。
でも切れ味はいいようだ。
ノコギリやカンナなど洋物の道具は使い方が逆で面白いが、この小ノミも
刃の付き方が反対だ。
どうやって研いだらいいのだろ。
日本を代表する世界的なギタリスト福田進一。
その技術と音楽性はあのブロウエルも絶賛したという。
ところが天邪鬼というのはどこにもいるもので、みんなが手放しで「いい」と言っているものに
水を差すことがある。それは半可通と呼ばれる人種に多い。
その半可通が、福田進一の演奏に「小鼻が開いている」と感じた理由のいくつか。
その1.うますぎること
半可通が一生かかってもできないことをスラスラとやってしまうことへの驚きからくる自己嫌悪。
そしてそのもつれた感情の転嫁。(ひきつる)
演奏に緊張感あるいは逼迫感というか、ここ一番!が感じられないこと。感情が表に出ることを
抑えているのか、退屈しながら弾いているように聞こえてしまう。(最初から最期まで「ここ一番」
の山下和仁も大変だけど)。
その2.日本のギター界を背負っているという自負心への嫌悪感
半可通は、「権威と権力が嫌い」という偏屈な性格を持ち合わせていること。
その3.儲かっていそうなこと
半可通は金持ちが嫌いだ。すばらしい演奏をするにもかかわらず貧乏なギタリストはたくさんいる。
かれらはもっと評価されるべきだし、活躍するチャンスを与えられるべきだ。
その4.師を敬う気持ちが見えないこと
「今あるのは自分の才能と努力の結果」。いるはずの「師」の名前がでてくることが稀であること。
敬う気持ちがないことのあらわれ。(これは半可通の大きな誤解だと判明。後日ここに書く予定)
その5.19世紀ギターを現代に蘇らせたのは自分だと豪語していること。
その6.その人がなぜ「川の流れのように」の編曲なのかわからないこと。
その7.村冶香織といるとデレデレとただのいやらしいオヤジになってしまうこと。
そのほかいろいろあるが、考えてみたらみんな逆恨みや言いがかりのようなものだ。
生の演奏を聴いたこともない者にこのような感情を持たれたら、演奏家もたまったもんじゃないな。
ちょっと悪ふざけがすぎた。
こんなみっともないことを書いているヒマがあったら、少し練習しろ、自分。
「師を敬う気持ちが見えない」などと書いたが、これはまったくの誤解だった。
福田進一の師の名前は斎藤達也という。
福田が12歳から師事し、それからの付き合いは38年間にも及ぶ。
残念ながら昨年の8月に亡くなられた。享年63歳。死因は末期癌による多臓器不全だった。
師匠の死に遭って福田は、尊敬の念を持って追悼のメッセージを書いている。
その中で印象的なのは、師の生き方をさして「清貧で高潔を貫いた人生」というもの。
福田はさらにこんなエピソードも書いている。
|そんな先生がある日「福田君、もしプロになって人を教えるようになったら生徒に
|『リズム』の事をあまりウルサく言っては駄目だよ。」と言い出しました。
|「ええ?先生なんでですか?」
|「だって、僕のようにリズムをウルサく言ったら誰もついてこないだろ?実際、君し
|かついてこなかった。君には僕のように貧乏な音楽家になって欲しくないもの。」
|(略)
|僕の音楽のDNAは齋藤先生から受け継いだもので、その一部は生徒たちにもしっかり
|と遺伝しています。
誤解していたことが恥ずかしい。
ただ、弟子が有名になったとき、師匠との心情的な関係というのは結構むずかしいものがあるのではないかと思う
んだよね。次回はそんな例を一つ。
腸を手術したあと、同じような病気で手術をした同室の人と誓ったことがある。
「このリベンジは、幸楽で果たす!」
幸楽は、ホルモンで有名な鹿角の店。
取られてしまった腸の恨みを、この幸楽のホルモンを喰うことで晴らそうというものだ。
本日、めでたくその念願が叶った。
久々なのでその店のしきたりを忘れてしまっていたが。
(ここいらへんは後で加筆)
わが師匠木村悟とスペイン・サンタンデール音楽院教授、ハビエル、カンドゥエラ。
「欧米か!」
などとやっているわけではない。
感情や情緒を伝えるのは人。結果としての音ではない。
どんなに美しい音楽も、心に愛がなければ相手の耳に届かない。(←なんか聞いたことがあるな)
いい音楽を聴いたひとときだった。
昔、ここいら界隈は夜になるとなにか怪しい猥雑さが漂っていたような気がする。
あてずっぽうで入った薄暗いスナックで飲んでいたときに、統一※会の信者らしい娘がつまみを売りに来たことを覚えている。
泣き出さんばかりの表情で必死に売り込む姿に、なんとも言えない気持ちになったものだ。あれからもう20年以上は経って
いるかもしれない。
土曜日の昼時だというのに、誰一人通る人がいない。
小路に立って時の流れをかみしめ、カメラのシャッターを切った。
そして幸楽の戸を開けた。
うなぎの寝床のような作りは変っていなが、以前来たときよりも店がきれいになっているような気がした。
記憶に間違いがなければ、あの頃は厨房の奥から外に出られるようになっていたと思う。そこに置いてある洗濯機で、長靴を履
いた店の人が内臓を洗っていたような気がする、がそれも定かではない。
蛇足だが「ホルモン」の語源は大阪弁の「放る物(ほうるもん)」=「捨てるもの」とのこと。それまで一般の日本人が捨てていた
牛や豚の内臓を、在日朝鮮人などが有効利用したものだという。(と呉智英が書いている)。
入るなり「お食事ですかッ!」と気の強そうな姉さん(ギリギリの)に聞かれる。
この時点で勝敗はすでについていた。主導権は完全にこの姉さんに握られていた。
私の体つきを見て「一人分?」と聞く。「ハイ」。
ジンギスカンの鍋を持ってきてコンロに置く。いつの間にかホルモンが乗っていてそしていつの間にか火が点いている。
「決まってるんですか?(選択の余地はないんですか)」と私。「ええ」と言ったような言わないような。
スプーンが入った空のどんぶりをテーブルに置く。
「キャベツはどうしますかッ」と言うので「お願いします」。
テレビでは民謡の小野花子が唄っている。♪ あね〜〜こ〜〜も〜さ〜〜〜 ♪
「ああ、ここは秋田だなや」と思いながらしみじみとした気分にひたっていると、姉さんがリモコン持って現れ、ブチッとチャンネル
を変えた。内気なオヤジは自己主張ができない。
キャベツを置いていった姉さんは奥で新聞を読み始めた。
厨房には他にオバサンたちが3、4人忙しく手を動かしている。
客は私一人なのに何がそんなに忙しいのだろうかと思っていたところに、姉さんが突然オバサン達に向かって「コーヒー飲む人っ!」と言う。
何人かがハイ、ハイと手を上げる。
そしてついでのように突然私の方を振り向いて「そろそろキャベツ入れてほうがいいと思いますけどッ」と言う。ビクンと反応する私。
火は弱め、ホルモンがいい感じになってきたしキャベツもしんなりとしてきた。
ただ食べごろの判断がつかない。まだだろうか、もういいだろうか。
意を決して姉さんに声をかけた。「もう食べてもいいですか」。
姉さんが来て、「もういいと思います」といいながら、コンロの火をさらに弱める。
「こげるだけですから」という。
まだ一つの疑問が解消されていない。空のどんぶりに入ったスプーンだ。
「これはどうするんですか」と聞いてみたところ「あ、この場合はいいです」と持って帰って言った。
疑問は解消されないままだ。
やがて厨房では姉さんとオバサン達のおしゃべり大会が開始された。
おしゃべりは次第にエスカレートして行き、興奮のるつぼと化した。
「だからだからだ〜か〜ら〜」などと火花を散らしている。
一方、ホルモンを食べ始めたオヤジは、そんなこんなはどうでもよくなってしまった。全部許せるくらい旨いのだ。
(あとは美味しんぼの世界)。
これはゼッタイまた食べたくなると確信したオヤジは、自宅に送ってもらうことにした。
「う、くさっ。でも、ンめっ」などと言いながらまた食べよう。
ちなみにネットでも販売していることがわかった。全国的に人気があるようだ。
十分堪能したオヤジはこのあと大好きな温泉に向かう。
タクシーの中であのスプーンとどんぶりは何であったのか、ひたすら考え続けるのであった。
− たどり着いたらいつも雨降り −
− そんなことのくり返し −
この歌がはやっていることから、傷つくことが上手になった。
吉田拓郎の作詞作曲で自らも録音していると思ったが、やはりモップスの鈴木ヒロミツの歌が良かった。
その鈴木ヒロミツも今年3月に亡くなった。
余命3ケ月を告知された鈴木ヒロミツは延命治療を断り家族と過ごすことを望んだ。そしてその3ヶ月で
本をまとめ上げる決心をした。自分の人生にけじめをつけるためだった。
エッセー「余命三カ月のラブレター」(幻冬舎、1300円)。
口述を起こしたものだろう。5月14日に出版される。
その一節が今日ある月刊誌に掲載された。
「お別れ前に、一つだけ生意気を言わせてください。皆さん、これからの人生を、
どうか楽しむために生きてください。人にはそれぞれ願いがあると思います。でも、
目的が何であれ、笑って、笑って、腹の底から笑えるような人生を送って欲しい。
僕はね、死を前にして、はっきり思ったんです。人生とは楽しいものだと。だから、
どうか、楽しむために生きてください」。
合掌。
ネットで個人が情報を発信する方法はいくらかあって、書くまでもないが
などと呼ばれるものに今のところ区分されているだろう。
それぞれの特徴を理解して使わないと、思わぬところで誰かに迷惑をかけたり自分が不愉快な思いをすることになる。
たとえば掲示板の場合だが、楽しくやっているところに突然見ず知らずのオヤジが出てきて我がもの顔にふるまい
誹謗中傷を繰り返すとか、あるいは、いつの間にかメンバー間に序列がついてしまい、気詰まりや感情の行き違いが
生まれたりするなど、「こんなはずではなかった」ことがまま起こる。
掲示板を開設しようとする人はそのことを分かっていないと悲しい思いをすることになる。
ではブログやSNSはどうかというと、これにしても似たようなもので、およそ対面のコミニュケーションには及ばな
いものと認識しておくべきだ。書き言葉はあぶない。
と偉そうなことを言っているが、自分自身で気をつけないといけないと思うことが昨夜あった。
書き込みしてから1時間ほど経った夜の9時過ぎに、某コールセンターを名乗る人から電話があった。
カミサンがとったのだが「50歳以上の方から今度の選挙についてのアンケートをとっている」という趣旨の電話だという。
丁重にお断りさせていただいたが、受話器を置いてから「なんか変」という後味の悪い印象が残った。
さて、ここから得意の「もしかして」が始まる。
もしかして電話は1時間ほど前に書いたブログが原因ではないかと思った。
内容的には、某新聞社が他の新聞社をけなしているコラムについての印象を書いたタワイのないものだった。
が、そのことを説明するための補足的な文言にいくつかのキーワードが含まれていた。
角度を変えて見直すとそれは、今政治的に注目されているある事件がらみの言葉のようだ。
そう考えたら妄想はどんどんふくらんできて「これは我が家のXファイルだ(ここであの音楽)」などと思えてきた。
その日記はとりあえず削除した。
そんなアホな話はともかく今日のニュース。
「インターネットの掲示板に書き込まれた中傷を放置したとして大阪の男性が書類送検された」というもの。
誰かが何気なく書いたものを(掲示板の主催者が)放っておいたことで罪になった。(あの音楽)
「どれか1本やるよ」と言ったら、2004年に製作の練習のために作ったラコートタイプの楽器を持って帰って行った。
肺の手術をする少し前に完成させた楽器だ。
「鳴らないので、よく磨いて部屋の壁にでもかける『飾り』として使ったらいい」との条件付きであげたが、手元を離れたら
もう作り手の言い訳などは消えうせる。楽器が一人歩きするだろう。
いろんな人の目にふれて恥をかくことになるかもしれない。
でもそれはそれで、あの時一生懸命作ったものだからいいじゃないの、とも思う。
やはり19世紀タイプの楽器にこだわる。
写真で言えばモノクロ写真の世界のようなもの。
みじんの派手さもない。
でも忘れていた何かを思い起こさせてくれるようなところがある。
手に問題をかかえたギタリストは思っている以上に多い。
青木一男も10年前から右指の故障で悩んでいるという。
氏が原因として考えているものは下の3点。
1.基本的には無理な練習が祟った
2.音楽性、特にリズム感が大きく影響している可能性
3.右手の爪の長さが筋肉にかなり大きい影響をあたえている
3.に注目して、この説は佐々木忠も言っているとのこと。
青木氏は何度も指頭奏法への切り替えを試みては失敗したのだそうだ。
その試行錯誤を繰り返した末に現在やっと指頭奏法に切り替えることになったという。
その結果、手の症状の改善をみた。
「自分の心を弦に伝えるための指に、爪という仲介物があるために、邪魔をされ、意思が直接伝わっていかなかった」
というのが氏の出した解答である。
さらに、指頭奏法に切り替えたことの副産物として得たこと。
それは、「ソルやタレガがなぜ指頭奏法を選んだのか」という事が少し見えてきたことだという。
指頭奏法は必ずしも爪を使わないのではなく、場合によっては爪がいくらか若干ではあるが、当てることはでき、短くても使える。
逆に長い爪の場合は指頭では弾けない。
つまり表現の幅は指頭奏法が勝っているのだという。
より音楽的なギター演奏のスタイルが少し見えてきたことは怪我の功名だったという。
ちなみに私は、長くなると気持ちが悪いという理由で爪切りでパチパチ。
気がついたら何にもなかったということもある。
2、3日音が出なかったりするが、誰に聞かせるわけでもないから別に困らない。
楽器を作るとき、長いと危ないということもある。
前はたしか「GuitarSchool-Iceland」というような名前のホームページだと思ったが、久々に見たら
「The Guitar School - La Escuela de Guitarra - Gitarskolinn」という名前になっていた。
中身については従来の路線そのままでカリキュラムとして充実している(と思う)。
北欧アイスランド発のサイトだ。
http://eythorsson.com/en/?id=music&lang=en&category=03
このページに下のPDFがある。
Guitar Tunes
Folk songs from all over, easy arrangements for the beginner. 76 tunes. (Icelandic text)
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素朴すぎて、その退屈さに我慢できない人もいるかもしれないが、私は好きだ。
クラシックギターの別の魅力の一面があるような気がする。
アイスランドの人口は盛岡市にも及ばない。鉄道も通っていない、高いビルもない。
静かな国だろうなと想像する。行ってみたいものだと思ったりするが、でも、夜の明けない日が続いたり
反対に白夜だけの毎日という国。精神状態が持つかどうか不安にもなる。
日本にいても白日夢を見ているような状態だもんな。
ブログを読んでもらっているお嬢さんから、ご自身の演奏するギターの録音が届いた。
自分のことを棚にあげて感想を書かせてもらう。
まず、ウケねらいのない、素直で好感の持てる演奏というのが第一の印象。
爪を欠いてしまうというアクシデントがありながら、これだけ自然な演奏をするというのは驚き。
曲は、ロンドンデリーの歌、練習曲、グリーンスリーブスの3曲。
楽器自体の音程もしっかりしていて、しかも調律が正確。和音がきれいに響いているから気持ちがいい。
練習曲以外の2曲は自分用に書いた楽譜ということだが、さすがにピアノのキャリアに裏付けられた和声の感覚は
しっかりしている。
オリジナルの楽譜から多くの音を削除したといいながら、消せない音は心得ている。旋律も他の音に埋もれていない。
細かいことを言えば、たとえばロンドン・・・・・・でのフレーズのつなぎ目のところ。「え〜〜と、えとえと」が聞こえる。
もちろん声が聞こえるのではなく、指がそう言っている。たぶんほとんどの人は気づかない。
高い音楽性を感じる演奏なので、今後技術が向上するほどにいい音楽を聴かせてくれるものと思う。
スクスクとおがってもらいたい。
などとえらそうに言っているが、私に同じ曲を弾けといわれてもこれだけのノーミスの演奏はできない。
(書きながら気づいたが、えらそうなことを書くのはちょっと面白い。暴走する音楽評論家が出てくるのはわかるよう
な気がする(横道))。
経験のある方ならわかるが、自分の演奏を録音するというのは結構大変だ。
なかなか満足できずに何度も演奏することになったり、しかもやり直すほどヘタになっていくような気がするし。
短い時間でこれだけの音を録るのは大変だったろうと思う。
録音もいいので、私は今回の3曲をCDに焼いてしまった。
お目にかかったことはないが、さぞ麗しいお嬢さんだろうなと想像させる、美しい音楽であった。
NHK教育テレビでギター教室が復活する。
6月6日〜8月29日(毎週水曜日) 全13回シリーズで、講師が荘村清志。
時間は夜10:00〜10:25までの25分。
ちなみに再放送は翌週の午後0:30。
これにあわせてテキストも発売される。
『今日から弾き始めよう 荘村清志のギターで世界の名曲を』
出版社名 NHK出版 (ISBN:978-4-14-188447-7)
発売予定日 2007年05月25日 予定価格 1,155円(税込)
子供の頃、この番組でクラシックギターというものがどんなものかを知った。
テキストも何冊か持っている。
当時は一人の講師が一定期間を担当していた。その中には芳志戸幹雄や渡辺範彦など、そうそうたるメンバーがいた。
芳志戸は亡くなってからもう10年以上にもなるが、そのカリスマ性からファンも多く現在もホームページが存在する。
また寿楽光男という先生も印象に残っている。極度のあがり症なのだろうか、間違えずにちゃんと弾いたのを見たことがない。
テレビの歌番組の貧弱さは、もうとっくにあきらめている。
と、言うとこちらがテレビを見放したように聞こえるが、実態はテレビに置いていかれたのかもしれない。
たまに歌番組を見ても、曲の始まりに出てくる歌のタイトル名と歌う人(アーティスト名というらしい)が、
どっちがどっちかわからない。どっちもアルファベットだったりカタカナだったり。
「別れの一本杉」みたいなタイトルにしろとはいわないが、もう少しなんとかならないものだろうか。
アメリカ的なものをカッコイイと思うのが変だと特に感じるのは、韓国の青年たちが踊りながらジャニーズ系の
歌を歌う姿を見るとき。よその国の人たちから見ると日本もおんなじだろうなと思うと少々残念な気もする。
といいながら最近、倖田來未がかなり歌がうまいことに気がついた。
キューティーハニーのテーマソングを歌っているのも彼女だった。今まで彼女の別のところを見ていた。
あと気になるのは、ジャズピアニストの上原ひろみ。
17歳の時にチック・コリアと共演し10年後にもまた共演したという経歴を持つ。
この夏に日本に帰ってくるようなのでできればライブを見たいものだと思うが、もう東京は遠くなってしまった。
クラシックギターでは國松竜次。
まだ一度も聴いたことはないのだが彼の即興演奏に興味がある。
聴けばおそらく、絶賛か苦悶、両極端のどちらかだと思う。
室内楽の作品も多く書いている人だから変なことはしないと思うが。
映画『壬生義士伝』やNHKの朝ドラ『どんど晴れ』にも登場した小岩井の一本桜。
先週娘夫婦が行ってみたが「なんも咲いでねがった」と帰ってきた。
まだ早かったのかと思っていたらそうではなくて、鳥の食害だった。「うそ」という名前の鳥だそうだ。
家人にそのことを言ったら「ウソッ!」なんて言いやがる。
シベリアかどこかで大規模な山火事があり、食べるものを求めてこちらに来たという話も聞いた。
来年の対策として小岩井で考えているのは、「桜よりおいしい花芽をつける木を周辺に植えよう」というものらしいが、
はたしてどうなるか。
写真は一昨年撮影の一本桜。(FUJI FinePix40i)
あるコンサートの録音があって、それを少しでも改善したいと作業をしている。
だが手を加えるほどにひどくなっていくので弱っている。
リッピングしてもらったCDを使っての作業だが、もともとがカセットテープへの録音。
これが多くの問題を持っている。
この録音に対して手持ちの道具でできることは限られていて、
ノーマライズ、イコライズ、ノイズリダクション、コンプレッサ、フィルタ、ハイパス、ローパス、フェードイン、
フェードアウト、イレース、それくらいのもの。
さじ加減ををいろいろ変えてみても思うようになってくれない。
咳などについては完全無力。
作業しているうちに、会場の雰囲気をそのまま伝える「ベタ焼き」のほうがかえっていいかもしれないと思うようになり、
そしてやたら咳をする子供に恨みを持つようになってしまった。「コンサートはおまえだけのもんじゃないぞ、親は何を
してる親は」と(笑)。それにしてもいいところで咳をする。
すばらしい演奏内容だけに残念な録音だ。
土曜日の必聴番組は、『サンサン、サンフレッシュ!』。
IBC朝9時ちょっと過ぎから。
そして日曜は、三宅裕司の『みんなのヒット』。ニッポン放送がキーステーション。
「その時、時間が止まった」「ウチのマコさま」「ワールドいいわけクラシック」がおすすめ。
『みんなのヒット』は最近、面白さにばらつきが出てきたが。
日曜の朝は、財津和夫の番組が新たに始まった。
最初、パーソナリティーが財津だと分からなかった。
「何か大きな事を成し遂げて枯れ切ったおじいさん」だろうと思った。
そう思ったのは、声の質、話のテンポ、そして間の微妙な伸びとか、そんなところからだ。
昔のチューリップのステージは、パワフルでリズムのノリが良かった。特に財津の熱唱ぶりはすごかった。
それだけに、このラジオの声は落差は大きい。
番組の中でも自身「歳だ歳だ」という。ほんとにそんなふうに聞こえる。
と、ここから本題。
「音楽が成り立つには、まず「聴く人」がいること」と何かで見た。
「だれに聞かせるものでもないと」言いながら弾く自分などは、「聴く人」は自分だけという状態。
すべての独りよがりはここから始まるし、客観的に侘しいと見えないこともない。
思いついて、演奏を録音してみることにする。
ギターを弾いていたという事実を残しておきたいという思いもある。
小曲しか弾けないが、録ったものを聞いて驚いた。
思っていた以上にヨボヨボなのだ。ボケ老人を思わせるところがあってガックリ。
音量をそろえるべきところでそろっていない、メロディーが和音に埋没する、指によって音色がちがう、和音がきれいに流れない、
スケールで一部上ずっている音がある、音は出ているが弾くという意識が感じられない部分がある、テンポが揺れる、
不必要な音がいつまでも鳴っている、逆につなげなければならない音が切れている、フレーズの間の取り方が不自然、
勝手な表情をつけようとする、などなどあげればきりがない。
タマタマなのだと録り直すが、だんだんにひどくなっていく。そのうちに左手がパンパンに張ってきて無念の挫折。「歳だ歳だ」。
いや、ギターは難しすぎる楽器だ、と結論付けてこの場(気分)を収めよう。
お、大好きなダウランドのリュート曲が始まった。
では。
赤ちゃんポスト、(名前からして良くない)に最初に預けられた子供は、3歳の男の子だったそうだ。
自分で歳と名前を言ったらしい。想定外だったという。
ちょっと言わせてもらえば、赤ちゃんポストを考える前に、きちんとした形で里親を見つけられるような、
社会的なしくみを考えるべきだと思うんだけど。
ポストに入れられた子供は(言い方は良くないが)捨て子だ。
大きくなってそのことを知ったとき、かわいそうだ。
「不幸な子供をなくしたい」。その病院の気持ちはよくわかる。
そうした病院の博愛精神を理解し、そしてさらに考えに考え抜いた結果のポストだったら救いはある。
しかし世の中必ずしもそうではないというのが今回の例のような気がする。
もし赤ちゃんポストがどんどん増えていったら、こんどは「じっちゃんポスト」とか「ばっちゃんポスト」の
話しが出てくるんじゃないのかな、今の世の中。
前に書いた Iceland-GuitarSchool に収録されている、フォークソング集を録音してみることにした。
この際なので、自作のパノルモタイプの楽器を使ってみる。
ちょっとさらってみた。
超簡単アレンジということだが、やはりあちこちで間違える。
それはしかたないとして、曲を通してみると、なんだか日本の原風景を思わせるようなところがある。
弾いていると気持ちが落ち着いてくる。
(写真はイメージ/秋田県側から見た奥羽山脈 2007/05/12)
録音を聞いて思ったが、私がヘタなのは、練習不足などという立派なものではなく、どうやら先天的なもののようだ。
それと「はんできかなくなっている」のも大きな理由。
「はんできかない」というのはつまり「加齢による運動機能障害」、といったところか。
ちょっと痴呆もあるし。
現実を正面から受け止めて、目標は一日1ページ。
録音の進み具合だが、はっきり言って停滞中。
2、3ページのところで腰痛がおきてしまった。必要以上に力が入っていたかもしれない。雑音もあるし。
一番の雑音は自分。
それまで気がつかなかったが、イスがギシっと鳴る。
左手を準備する音が入る。
シャツのボタンが楽器にあたる音がする。
鼻をすする。
腹が鳴る。
それ以外にもいろいろと障害がある。
それら自分の出す音に気をつけてRECボタンを押し演奏を始める。
「なかなかいい」と思った瞬間にトチル。
やりなおし。再びRECボタン。
「さっきはここでトチった」と思ったら緊張してきてやはり同じところでひっかかる。
逆指になったりする。
一旦録音を止めてその部分だけ練習。そして「よし」とRECボタンを押す。
「もうすこしで終わるぞ」という間際になって、いきなりドアが開いて「とうさん、ご飯!」と呼ばれる。
平静を装ってはいるが、内心「クッソ〜」と熱くなっているからその後の演奏はやたら早い。音もバラバラ。
「これがだめならご飯のあとにしよう」と気楽に向かったらこれがなんだか調子がいい。
最期まで行けるかと思っていたらこれがあまかった。
窓の外を農作業から帰ったトラクタがドドドドドドドドドドドドドドドドドと走り抜けた。
こうなると後には引けない。ご飯はあとにして録音続行だ。
そして会心の演奏がやっと・・・・・・と思ったら、レコーダーの録音ボタンが押ささっていない。
(註:「押ささって」は岩手弁)
こんな調子だから、演奏もだいたいこの程度。
口三味線とはよく言ったもので、さしずめ私の場合は口ギター。
マウスギタリスト、なんちゃって。
録音が進まない別の理由。
VSTにはまってしまったのだ。
仕様がドイツ発祥という波形編集のプラグインの一つの形式なのだが、これがなかなか奥が深い。
「使い方がちょっとむずかしい」という、この「ちょっと」というところがミソで、いつもこれでハマってしまう。
たとえばエフェクトのプラグインのなかには、録音した後でリバーブやエコーをつけることができるものがある。
この種のプラグインだけみてもかなりの種類のものがネット上に存在する。しかも、それぞれ微妙に違っていて、
中にはうたっている機能になっていないものもある。ここもまた面白い。
世の中には、このリバーブで有名な音楽ホールの残響を再現してしまうツワモノもいたりする。
私の場合、(波形編集をやってみようと思った)動機が不純で、ヘタな録音をなんとか上手く聞こえるようにできない
ものかと考えたのがそもそものきっかけ。
んなの、あるわけがない。
で、録音が進まない。
「パストラルは田園という意味で、バーデンは温泉だったかなぁ。パストラルってどんな曲だっけ、
バーデン・パウエルは温泉で生まれたのかなぁ・・・・・・」などと、とりとめのないことを考えながら
矢巾の温泉に入ってきた。世の中からドロップアウトしているので、考えることは何の足しにもな
らないどーでもいいことばかり。
それにしてもここの温泉、民間の経営になってから館内がスッキリしてきた。営業時間も大幅に見直
され、朝6時から深夜0時までになった。翌朝9時まで仮眠することもできるようだ。
それまでの10時開館というのはやはり不便だった。床もヌルヌルしなくなったし。
民間の活力ってこれかなぁと思ったり。
下腹部に30センチ程、背中に40センチ程のキズ跡があるが、人前でもあまり気にならない。
秋田の温泉ではよく声をかけられる。立派なキズだとほめられてちょっと得意になったりもする。
比較的岩手の方は奥ゆかしく他人思いのようで、ほとんど声をかけられることはない。
湯上りは扇風機の前で風にあたる。
汗がひいてきたところで下着のシャツを着るが、扇風機の前でこいのぼりのように膨らせてから
そのままスポッと着ると調子がいいことがわかった。誰かに教えたい衝動にかられる。
帰ってからはテレビで相撲を見る。
できるだけ身辺をシンプルにしておきたいと思っているが、時々物欲の邪念が沸く。
タイムドメインのスピーカーではちょっとした危機だったが、その後、”あれは作り上げられた評価”
というウワサをあちこちで聞くようになって、熱が冷めた。
と思ったら、こんどはZOOMのH4というコンパクトレコーダーが気になってしかたがない。
先日、金庸太が持ってきて使っていたのだ。
以前からギタリストに人気のレコーダーだと知っていたが、目の前で見るとやはり欲しくなる。
X/Y方式のマイクもカッコイイ。
実売で2万6千円くらいにまでなっているから、なんとか買えないこともないが。
いやいや「足るを知る」、だ。
八郎潟の八郎太郎が大蛇になり、田沢湖の辰子姫が龍の姿になったのは、欲望のせいだ。
八郎太郎(鹿角出身)は、村の掟にそむいて「いわな」を独り占めして喰ってしまった結果だし、
辰子は、美貌への執着だった。
ついでに書くが、鹿角の八郎太郎が八郎潟に住むようになったのも欲望の結果だ。
鉱石から金属を精製するためには大量の薪が必要。それを確保するために、太郎は雫石盆地に進出、
七ッ森までも自分のものにしようとした。それを阻止したのが岩手山。
敗れて逃げたところが八郎潟というわけ。結局八郎潟も干拓されてしまって太郎の現住所は田沢湖。
民話の伝える教訓を、ないがしろにしてはいけない。
すでに醜い龍にはなってしまったが、自重。自重。
といいながら、ちょっとした弾みで買っちゃうんだよね。
やった朝青龍に土。
秋田のコンサート情報です。
7/21(土) 14:00
2007年 銀幕の旅 スクリーンミュージック集
ギター鈴木大介 フルート山形由美 サクソフォン須川展也
9/16(日) 12:30
第14回東北マンドリンフェスティバル
平ともえマンドリン合奏団、秋田マンドリン倶楽部、横手マンドリンクラブ 他
9/30(日) 14:00
第25回秋田ギターフェスティバル
柴田周子、酒田ギターアンサンブル、秋田市民ギターアンサンブル
10/20(土)15:00
木村大ギターソロwithストリングス
やはり寂しいものがありますね。
秋田ギターフェスティバルでは、柴田周子はどれくらい弾くのだろう。
たぶん1、2曲だと思うけど。
岩手三山と呼ばれる岩手山、姫神山そして早池峰山。
この3つの山にまつわる有名な伝説があるが、大別して3種類のストーリーがあるようだ。微妙に内容が異なる。
出演者はいづれも同じ。
○設定
○すじがき
1.既婚者の岩手山が早池峰山に恋慕
2.岩手山は姫神山の追放決定。
3.送仙山に追放指示。期限は翌朝まで
4.翌朝、姫神山の移動は完了せず
5.岩手山激怒により噴火、送仙山を断首
○設定
○すじがき
1.岩手山が事実無根の浮気疑いをかけられ激怒
2.岩手山は姫神山の猜疑心に辟易
2.送仙山に姫神山を見えないところへ連れて行くように指示
3.姫神山は物を投げつけて抵抗、移動せず
4.岩手山、送仙山を職務遂行能力に欠けるとして断首
5.岩手山と姫神山、事実上の離婚
6.これを知った早池峰山が姫神山に憐憫の情、やがて愛情に発展
7.岩手山が嫉妬、早池峰山に姫神山の返還を強要
8.早池峰山これを拒絶
9.岩手山噴火、溶岩吐出
10.姫神山、恐怖心により岩手山と復縁
11.以後岩手山と早池峰山の確執が続く
○設定
○すじがき
1.岩手山は周囲から容姿人格を絶賛され続ける
2.ほめころしに気づかず、岩手山は自分には姫神山が不釣合いだと錯覚する
3.姫神山と離縁
4.姫神山は放浪中に寄寓にも早池峰山と遭遇
5.姫神山、早池峰山に事情を説明
6.早池峰山同情し、姫神山を自宅に宿泊させる
7.岩手山は翌朝、北上川を隔て姫神山と早池峰山の同棲発見
8.岩手山嫉妬、早池峰山に姫神山の返還要求、争議へ発展
9.岩手山噴火、周囲炎上
10.岩手山勝利、早池峰山、北上山地奥に退去
11.以後岩手山と早池峰山の不仲が継続、今でも同時に顔を見せることはない
というもの。
どんとはれ。
本人からすると一生懸命やっているつもりでも、はた目にはどうしようもない人というのは結構いる。
お客さんからの非難も多くなるとさすがに会社は何かの対応を考え始める。
客から預かったお金の使い道についての公私混同が発覚すると、もうおしまいだ。
左遷とか、クビとかがそれなのだが、本人に罪の意識はみじんもないから始末が悪い。
ダジャグこいたりする。それは後任との引継ぎのときに実行されるときもある。
あるべき書類を「ない」とうそぶく。「ずっと前からないよ」などと責任回避もする。
なつかしい会社時代を思い出してのフィクション。
なんとか庁の廃止にからんだ問題はまさかこんなバカな内容ではないだろうと思うけど、
現実に起きたことは、これを笑えないお粗末さ。
一生懸命お金を払い続けた一般市民を困らせないで、お願い。
(註):「ダジャグ」に関する参考サイト http://www.dajax.jp/ 。
今回録音したThe Guitar school-Iceland のPDF1004は、短い曲で15秒くらい、
長いものでも1分に満たないものばかりなので、全76曲が一枚のCD−Rに余裕で入った。
続編のPFD1005を開いてみたら、これもなんとか弾けそうに見える。
この際なので、継続して録音しておくことにした。
こちらは前回より少し長くて1曲平均は1分くらい。
これもちょうどCD−R1枚に入りそうだ。
ただでさえ下手な上に、あいかわらず譜面をめくりながらの演奏なので変なところだらけ。
そんなところも含めて聞きたいという奇特な方には、送りつけてしまおうと思う。
ただ、聞いた後で具合が悪くなっても、当方は一切責任を負うものではない。
CDタイトル(案):「ZANKI」。
ZARDというのがバンド名か個人名かでカミサンとチャランケ(アイヌ語で「論争」)したことがあった。
カミさんはバンド名だという。私は個人名を主張。
「個人名だとしたらどこが姓でとこから名前なのよ」というので、「ZARが姓でDが名前だ」と応えたが
明らかに劣勢だった。
そんなものはほっといて、今回彼女の死亡が伝えられて驚いた。
そんなに大変な状況だとは思わなかった。辛かったろう。
正面をキチンと向いた写真が少ない、どこか寂しそうな人だった。
「負けないで」は自分に言い聞かせた歌だったのかもしれない。
負けないで
もうすこし 最後まで走りぬけて
どんなに離れてても
こころはそばにいるわ
追いかけてね はるかな夢よ
最期まで走り抜けたと思っていたらそれはそれで幸せだったかもしれないが、
決してそうではないだろう。享年40歳。若い。
現実ではなく、どこか自分の歌の世界から消えていったようなところもある。
お向かい3軒の建物との配置で、我が家はメガホンの口元のようなところにある。
そのメガホンの先は道路に向いている。
録音を聞きなおして、ことのほかクルマの騒音が大きいのはそのせいだ。
その方向には新幹線もあるし、高速道路もある。都会のうねりみたいなものが漂っている。
日中はこれに草刈機械のエンジン音が加わる。
一番静かな場所を探したら台所だった。
20年来の冷蔵庫はいつも「ジーーーーーーーーー」と音を立てているが、こいつを黙らせると静かになる。
しばしコンセントを抜かせてもらう。こうして妥協の産物(演奏そのものが雑音)は作られていく。
そんな昨夜のこと。
3曲ほど録り終え「やれやれ」と居間に戻ったところ、イヤホンをしたカミサンがテレビの前でオロオロ泣い
ている。
陣内と紀香の結婚披露宴だった。
自分の娘の披露宴でも泣かなかったナマハゲかあさんが、泣きながらビーと鼻をかんだりする。
イヤホンのコードを抜いてつきあってやったが、陣内のピアノ弾き語りのところで、不覚にも巻き添えを
喰らってしまった。一般の結婚披露宴とかわらない雰囲気がよかった。
そして今朝。
CD−Rに落とした録音を自分で確認するのは辛いし、出かける用事もあったので「聞いておくように」とナマハゲ、
いや奥さまに指示した。
そしたら奥さま、「裏表聞けばいいの?」という。ウケ狙いはやめてもらいたいと憮然としたが、マジだった。
前に実際やったときに鳴らなかったので、どさくさにまぎれて確認しようとしたらしい。
レコード時代を体験しているからこそだ。
時代が変ったことをこんなことで実感するとは思わなかった。
蕎麦がおいしいと思ったのは岩手で暮らすようになってから。
岩手で食べる蕎麦は、あまりハズレがない。秋田も最近少しずつおいしいところが出てきたが、
それは他県で修行を積んで帰ってきた方の店だったりする。蕎麦文化の格差は大きく、
メニューに「ざるそば・そば湯付き」とわざわざ書いてあるのを秋田のある店で見たときには
鼻から蕎麦が出てきそうだった。
岩手の蕎麦屋で一番気に入っているのが、花巻の大畠家さん。
美人の姉妹がいるからではない。すなおに「うまい」と思う蕎麦なのだ。
この日は「もり三!」。
一枚350円なのもうれしい。
混んでいるときには、廊下に子供用のテーブルをだしてもらい食べたこともあったなあ。
花巻では、嘉司屋もおいしい。洗練されているといった感じ。
平日のランチには大満足する。
ほかにはやぶ屋が有名だが、ここはあまりよく知らない。
CD聞いてどうだったかと聞いた。
「私だから言うけど」と前置きしての感想はこうだった。
「演奏が暗い」
「のっぺらぼうだ」
「聞いていて不安になってくる」
「一曲が短すぎる」
「それが76曲もあって多すぎる」
「みんな同じに聞こえる」
「曲と曲の間隔が長すぎる」
「聞くのが辛かった」
「もらった人はどうしたらいいかわからないと思う」
「サトルさんに力強さがないって言われたとおり」
残念ながらいいわけもできない。
性格と生き方はどうしても出てしまう。
ということで、仕切りなおしだ。気長にお待ちを。
昨夜、書店でテキストを見つけた。
中高年向きに、大きな楽譜。
選曲もどちらかというと中高年向きか。
中からとりあえず一曲弾いてみた。
http://homepage2.nifty.com/dj-inet/MUSIC_BOX/MUSIC_BOX.htm
「鉄道員」という曲。
楽譜を見ながらの演奏なので、かなりぎこちない。
ちなみに自作ラコートを使用。
今朝思いつきで録音した『鉄道員』
この映画は何度か見たような気がするが、内容をほとんど覚えていない。
確認してみた。
そしたら、あらためてキチンと弾けるように練習してみようと思った。
☆ ☆ ☆
第2次世界大戦後のイタリアに生きる庶民の人生の歓びや哀しみを、ある一人の初老の鉄道機関士の姿を通して描いた
映画史に残る感動作。いたいけな少年サンドロの純真な眼を通して、親子の愛情や夫婦の愛、そしてイタリアの地に生
きる庶民たちの喜怒哀楽を、全編に流れる温かい人間愛で描いた映画史に残る名編。
詳しくは・・・・・・
【物語】
鉄道機関士のマルコッチは50歳になる。
頑固で厳しい性格は長女ジュリアや長男マルチェロとソリが合わない。
末っ子のサンドロは遅くにできた子でまだ小学生だった。マルコッチはサンドロが可愛くて仕方が無かった。
マルチェロは仕事を探そうともしないで家でぶらぶらしている。マルコッチはそんな息子が情けない。
ジュリアは父親の知らぬ間に妊娠していた。「相手は誰だ!」マルコッチは烈火のごとく怒った。母親のサラは間に入っ
てなだめる。ジュリアは食料品屋の息子レナードと付き合っていたのだ。
それでも、結婚式の日、マルコッチは自らギターを弾いて祝った。
しかし、ジュリアの子供は死産だった。マルコッチは娘の出産の日、酒を飲んで遅く帰ってきた。そして死産を聞かされた。
“あの日、俺が早く帰っていれば・・・” マルコッチは悔い悩んだ。
マルコッチが列車を走らせる。隣にはいつものように相棒で親友のリベラーニが乗っていた。
ふと気がつくと前方の線路に人が立っていた。急ブレーキをかけたが間に合わない。自殺しようとした男性を轢いてしまった。
「仕方が無かったんだよ」リベラーニは慰めてくれたがマルコッチの気分は重かった。
再び機関車を運転していたマルコッチは「赤信号だ!」のリベラーニの声で我に返った。向うから電車が走ってきた
。急ブレーキ。けたたましい音を立て、切り替え線の手前で止まった。かろうじて衝突だけは避けられた。
マルコッチはリベラーニとともに過失を咎められ、特急電車からはずされた。構内の仕事に回され、ボロ機関車の運転
だった。それからのマルコッチは酒に溺れるようになる。
サラは娘の夫レナードから相談された。。夫婦仲がうまくいってないという。
サラは気をもんだ。夫のマルコッチは帰ってこないし心配は去らなかった。
ある日、サンドロはジュリアを車の中で誘惑するかっての男友達の車の窓ガラスに石を投げて割った。
連絡を受けたマルコッチは警察へサンドロを迎えに行く。帰り道、父親が怖いサンドロは離れてついて来た。
「こいよ、話しをしよう」父が言った。「男と男で?」と、サンドロ。
サンドロは仕方なくジュリアが男と車にいたことを話した。
アパートにはたまたまジュリアが帰っていた。マルコッチは娘を殴った。それを止めようとしたサラを突き飛ばす。
そこへマルチェロが割って入る。「母さんに手を出すな!」
ジュリアは泣き叫ぶ。「もう、誰の顔も見たくない」マルコッチは怒鳴った。
「出て行け!二人ともだ!」サラが止めたが娘と息子は家を飛び出していった。家族の崩壊だった。
鉄道組合のストライキ中にマルコッチはリベラーニの制止を振り切って列車を運転した。
そのうち、“裏切り者” “マルコッチはスト破り”などと落書きを書かれる始末。
マルコッチは自責の思いからまた場末の酒場で酒に溺れる。仲間から白い目で見られ、家族は崩壊。
マルコッチは四面楚歌の状態だった。
サラはサンドロに話して聞かせた。
「一緒に住んでいても、ろくに話もしないとお互いの気持ちが通わず、ちょっとしたことでいがみ合うのよ・・・
ちょっと話せば済むことなのに・・・家族がみんなバラバラなのよ・・・」サラが背を向けて泣き始めた。
「泣いちゃいやだ」サンドロは母にすがった。
クリスマスも近い日、サンドロは場末の酒場にいたマルコッチを呼びに行った。そして仲間が集まっている酒場へ
連れて行く。久しぶりに仲間と再会したマルコッチ。最初、きょとんとしていた皆は「いい酒が入ったんだ、おごるぜ」
とマルコッチに声を掛けるバーテンに続いてマルコッチに声を掛けた。「待ってたんだぞ」それから皆は昔どおりに飲み、唄った。
そこで、機嫌よくギターを弾いていたマルコッチが突然倒れた。
クリスマスの日。しばらく静養していたマルコッチのもとへリベラーニがやって来た。「メリー・クリスマス!」
そして、リベラーニの誘った友人たちがそれぞれに手土産を持って駆けつけた。そして、息子も戻って来た。
マルコッチは戻った息子を抱きしめた。そして娘のジュリアからも電話が入った。レナードとの仲も戻ったという。
なんと言う幸せであろうか。サラもサンドロも胸を撫で下ろし幸せな気分に浸った。
クリスマスの夜のパーティが散会した後、マルコッチは満ち足りた気分でギターを奏でながら眠るように息を引き取った。
夫亡き後のある朝、息子マルチェロは勤めに出てゆき、サンドロは学校に駈けて行く。
見送ったサラは一人、寂しさを隠しきれないのだった。
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『懐かしの映画館近松座』http://homepage2.nifty.com/e-tedukuri/movie.htm から
前にサワリだけ書いた、サンフレッシュ都南店に行って来た。
店舗は産直形式で、この時期は野菜が中心だ。
めずらしいものがあったので買ってきた。
沖縄、石垣島の『うっちん糖』というもの。
「うっちん」というのは「ウコン」のこと。どちらも言いまつがいをするとあぶない。
なぜ、サンフレッシュにこれがあるかというと、話は平成5年にさかのぼる。
(ここからプロジェクト・X風に)
この年、岩手県は大冷害だった。
米販売店の店頭からコメが消えた。
問題は当面食べるコメだけにとどまらなかった。
翌年の種モミが確保できないのだ。
岩手県農政部には重苦しい時間が流れた。
そのとき一人の男が立ち上がった。
「わずかに残った種もみを沖縄県の石垣島に送り、冬の間に稲を育てて種もみを増殖してもらおう」。
種まきに間に合わせようというものだ。
計画は石垣島の農家の協力のおかげで見事成功した。
翌平成6年の田植えに間に合った。
コメの品種名は「岩手34号」。
これがきっかけとなり「岩手34号」は後に「かけはし」と改名された。
(プロジェクト・X風はここまで)
以来、岩手県と沖縄県との交流が行われ、JA系のサンフレッシュに石垣島コーナーが設けられて
いるとのことだった。
そうそう、あの有名な川村店長がレジに立っていた。
家人がレジ前でのツーショットを撮ってと自分の携帯を私によこしたが、さすがにできなかった。
ラジオからの印象をはるかに超えるイイ男。
「見られてる」とどこかで意識しているところがおかしい。
今どきオールバックというのも珍しい。
明日の夕方6時半頃にIBCのテレビに出るみたい。
スーパーで椎茸を買おうとしたら、家人から「まて!」がかかって戻された。
中国産だからとのこと。
一昔前の消費者団体の感覚ではないかと思ったが、家人の「だめ」は絶対なので抵抗しなかった。
「中国 − 椎茸」の組み合わせは迷いのない正しい選択だと思ったのだが。
最近のニュースがみなウサン臭いものだから、つい勘ぐるクセがついてしまった。
『中国の食品に関する話も何か経済戦略のようなものが背景にあるかもしれない』などと。
有毒化学物質ジエチレングリコールを含んだ中国製歯みがきがアメリカの小売店にあったという。
同じ品物が南米、オーストラリアでも見つかっている。製品パッケージが英語だから消費者は見落と
してしまうかもしれない。
またパナマでは風邪薬で子供100名が死亡するという報道もあった。風邪薬そのものはパナマで
配布したものだったが成分の一部が中国製で、それが表示とは異なるニセモノだったのだそうだ。
実際亡くなった子供の数は365人だという話もある。
ペットフードで奇妙の死に方をするペットが数多く出た事件もある。
中国の悪徳業者も、そのような目でみられていることは承知していて、最近では他国を経由することで
ごまかす例も出てきたという。
当の中国国内ではもっと深刻な問題が発生しているとも聞く。
商業道徳や衛生感覚が世界の感覚から逸脱している。経済成長が国民のモラルと同調していない。
利益のためには何でもする。それは食品、医薬品にかぎらず環境や知的所有権にまで及ぶ。
この事態を中国政府も、重大なこととして考えていることは確かだ。
ワイロを受け取った担当大臣を死刑にしたという報道もあったが、それがその表れかと思う。
いきなりの「死刑」に、やはり中国は怖い国だなと思ってしまうが。
近所の3歳くらいの男の子が時々ギターを見に来る。
きちんと靴を揃えて入ってくるところがかなりカワイイ。
そのお宅から昨夜山菜をいただいた。ワラビ、フキそれにミズ。
奥さんの実家、葛巻からのものだから、れっきとした山菜のブランド品。
今朝食べたが、やはりホンモノはうまかった。
やはり地産地省、できれば自給自足。
『身土不二』という言葉を思い出した。
人間が自分の足で歩ける範囲で採れたものを食べることが一番体に良いという食の信条。
身体と大地は一元一体であり、自然と同化することによってそれぞれの命が保たれているというもの。
皮肉なことに中国の仏教用語に由来する。
友人にメールを出したら「ウンチクある楽しいメール待ってます」と返事が来た。
つらい仕事に配置換えになったと聞いたので気を使って書いたのが、逆によそよそしかったらしい。
インチキは得意だが、ウンチクは・・・・・・と考えていたら、(かなり強引ではあるが)成田雲竹(ナリタウンチク)
のことを思い出した。
子供の頃に見たテレビの民謡番組に出ていた。明るい人だった。
若い頃は警察官だったが10年ほど勤務し、そこで十数回の懲罰を受けた末に退職した。
懲罰の理由は、制服帯剣姿で舞台に立って民謡を歌ってしまう、などといったたぐいのものだった。
しかしながら民謡の世界では神様みたいな人。
「民謡を歌うのは自分の天命だが、金と座興のためには歌わない」
「芸人は大衆にこびるが、芸能人は芸を記録として後世に残すことに生きがいを持つ」
これは雲竹の言葉だ。
6000人の弟子を輩出したというカリスマ。中でも高橋竹山を有名にした功績は大きい。
竹山は言う。
「オラの21、2のころの雲竹さんの唄というのはどんだもこんだも、ああした声を聴いたこともなければ、
ああいう唄も聴いたことがない。まことにいい唄だった。なんぼでも調子はたつし声の幅はあるし、
まずほんとにホロッとするような唄であった。声に曇りがなく、あれが、ほんとの声というもんだなぁ」
さらに竹山はこんなことも言っている。
「20才は20才の歌っコ歌えばいい。竹山は80だはんで、80の三味線コ弾ぐ。20才にしか出せない
音もあるもんだ・・・・・・」
「巧く歌うと思って歌えば、巧くねぇもんだ。鳥コさ聴かせると思って歌えばいい」
ということで、オイラは55のギターを弾ぐ。
The Guitar School-Iceland / Guitar Moment Volume2
インチキたっぷりの3枚目のCD−R。
録音再開。
スーパーで甘エビを(安いので)買った。
袋に入れるときに念のためドライアイスも入れた。
直接甘エビにあたると凍るかもしれないと思った家人は、得意げにドライアイスの袋をさらに
豆腐などを入れる袋に入れ、ギッと結んだ。これが良くなかった。
帰りの車中、抱えた買い物袋の中で激しい音を立てて爆発した。
かなり驚いた。一瞬蛇行したと思う。
予想もしないものが爆発するとビックリする。
以前、仲間とガ○トに入ったときもそうだった。「おまたせしました」と持ってきたランチの
味噌汁のお椀が、目の前で爆発した。まさかの出来事にドギモを抜かした。あまり驚きに怒る気
にもならなかった。飛び散った豆腐とワカメがみじめだった。
ある人にこの話をしたら、「オレなんか、ゆで卵を食おうとした瞬間、爆発して唇にやけどしたこと
がある」という。
この二つの爆発事件には、電子レンジがからんでいるのではないかと、オイラはひそかに思って
いる。
台所でナスの漬物が爆発したと言っている人もいた。
あり得る。
南三陸町の「ほや」の殻が破裂するというニュースを見たが、こちらは笑い事ではない。
パラミクサ類に属する原虫による被嚢軟化症という伝染性の病気らしい。
同町崎沖からホヤを全量撤去することを決めたというから事態は深刻だ。
映画にもなった『楢山節考』を書いた深沢七郎に興味がある。
言わなくてもいいことを言ってしまい全国を逃亡するハメになったり、今川焼屋を始めたり、かと思えば
「ラブミー農場」という農園を開いたりと、かなり奔放な生き方をしているように見える。
ギタリストとして生活していたことも有名なのだが、私は勝手に「コードを弾くだけの伴奏ギタリスト」
くらいにしか思っていなかった。調べてみて誤解だと分かった。
深沢七郎がギターを始めたのは、大正末、旧制日川中学(現日川高)1年のころだった。甲府の楽器屋に
あった14円20銭の中古ギターを、印刷業を営む父親にせがんで手に入れる。
レッスンを四竈(しかめ)清子、小倉俊、佐藤(横山)志智子に受ける。なかでも、佐藤には以後もリサイ
タルのたび、指導を受けることになる。
昭和14年、七郎は初のリサイタルを丸の内の明治生命講堂で開く。ギターリサイタルはまだ珍しかった。
入場料は1円20銭。300人ほどが切符を買い、あとは招待客だった。曲目は、
・メンデルスゾーンの『無言歌』
・小栗孝之の『古代日本の旋法による前奏曲・箜篌(くご)』
・アルベニスの『グラナダ』『カディス』
・タルレガの、『アルハンブラの思い出』などを弾いた。
これらは後に彼が編んだ『ギター愛奏曲集』に収められている。
七郎は、小栗孝之を、スペイン系クラシックの亜流を脱し、本当の日本のギター曲を創り出した人として
敬愛していた。
小栗は、18年、太平洋戦争に応召、翌年、レイテ島で34歳で戦死。行李一杯の譜面は戦火に焼け、
喜々として写譜した七郎と師の小倉俊の手もとに数十曲が残っていた。出征直前まで手直ししていた難曲
『紡ぎ歌』は、昭和48年、七郎のレコード『ギター独奏集・祖母の昔語り』の冒頭に蘇った。
このアルバムからは、七郎の思いの深さとともに、彼のギタリストとしての技量が一流だったこともわかる。
小柄だから指も人並みはずれて長いわけでもない。
小栗の運指法をマスターし、あえて右手指の爪を切り、指頭だけで弾くことを、彼は身につけた。
終戦後、深沢七郎はまたもや肋膜を病む。母はもう七郎を東京に住まわせようとはしなかった。
母と子は家業の印刷所とは別に、笛吹川の川っぷちで営む旅館「深雪」に暮らした。
七郎は草花や野菜を少しばかりつくり、ヒヨコの世話をしながら、近くの青年達にギターを教えた。
昭和21年6月、七郎は勝沼で「ヴアイオリンとギターラの競演会」開催。演奏曲目は、
・セレナータ
・セレナーデ(シューベルト)
・フアンタジア
・アベマリア
・西班牙舞曲
・ユーモレスク
☆
ギターについて彼自身はこんな言葉を残している。
『ギターを弾くことは病むことと同じだと私は思う。どう抵抗しても弾くことはやめられない』
『この世をあまり有難がらない小生は、この2、3年をポカンとしているのです。でも愛する楽器を抱いて、
ときどき幻想の世の中に飛んで行けるので、これだけは、皆さんにうらやましがられています』
今度の日曜(17日)秋田の横手教会でコンサートが行なわれる。
リコーダー、ソプラノ、ギターの組み合わせ。
ギターは柴田周子。
無料。時間は午後2時の予定。
コンチェルタンゴ2007「タンゴ・ボサノバとクラシック音楽の出会い」が7月19日(木)
午後7時から、大曲市民会館で開催される。(一般3000円、高校生以下1000円)
出演はスイス・ルガーノ・カルテットとバンドネオン・啼鵬(テイホウ)、ギター・高田元太郎、
サクソフォーン・小串俊寿の組み合わせ。指揮・司会は久保田悠太郎。
問い合わせ:大曲市民会館(0187-63-8766)または実行委員会(63-4514)
「今後ともよろしくお願いします」と打ったつもりが「小言もよろしくお願いします」
となったのは、ローマ字入力で「n」が抜けたことによる誤変換。
気をつけているつもりでもなかなかミスタイプはなくならない。
自分だけではないだろうと、試しにGoogleで総理大臣の名前を検索してみた。
まずは正しい表記『安倍晋三』・・・・・・1,490,000件がヒットする。
ここから間違い探し。
・安部晋三・・・・・・285,000件
・阿倍晋三・・・・・・ 20,700件
・安倍普三・・・・・・ 9,230件
・安部普三・・・・・・ 1,170件
・安陪晋三・・・・・・ 1,070件
・阿部晋三・・・・・・ 752件
・阿倍普三・・・・・・ 59件
(2007.6.15現在)
まさかとは思っていたが上の誤記は、asahiやNIKKEIなどの記事にもあった。
「素人が間違って当然」と安心することにする。(ちょっと違うな)
名前を間違えられると不愉快な思いをする。
自分の存在感はそんなものかとガッカリする。
今回の検索の結果がそうだとは言いたくないが。
ただ、無能な政治家が増えれば増えるほど、誰かに都合がいいようになっているんじゃ
ないかと、最近思うんだよね。国民を犠牲にして。
そろそろその「誰か」がシッポを出しそうな気もするけど。
水戸黄門にラブコール。黄門さまがだめなら超神ネイガーだ!!(←アホ)
今年の国体は秋田で開催される。若杉国体だ。
バスケットの練習試合を観戦した。
秋田vsノースアジア大。
結果は秋田の勝ち。
久々に高久を見たが、能代工業高校時代に比べてより攻撃的になっている。
ダンクは圧巻。
JR秋田の佐藤さんも、あいかわらずクールで気持ちのいいプレーをする。
昨日、横手の教会で行われたルネッサンス・コンサートを聴いてきた。
ギターは片岡元、神原順一、舟橋瑞郎、柴田周子。
ソプラノ、小野崎彰子。リコーダー、廣田俊介。
紳士、淑女の音楽会といった感じで、私などは場違いなような気がする。
冗談をはさむスキなどどこにもない。
演奏曲目は、
『涙のパバーヌ』、『グリーン・スリーブス』、『牛を見張れによる変奏曲』、『ファンタジア』
『カナリオス』、『Come again』、『生きている限り』など、なじみの曲が多かった。
片岡さんと神原さんという方の演奏は初めて聞かせてもらった。
一つひとつの音を大事にする演奏で、安心して聞くことができた。
舟橋さんは、あいかわらず精力的な活動をされている。柴田周子さんは、教会という場所に合わせたような黒のロングドレスで、長身な彼女にとても似合っていた。
いつものことだが、ひけらかすような演奏は一切しない。
だが、やはりすごい。発音が全然違う。
ソプラノの小野崎さんとリコーダーの廣田さんは地元横手の方とのこと。
廣田さんのルネッサンス音楽についてのお話は興味をそそられるものがあった。
最後の2曲は、この時代のダンス音楽だったが、タンバリンが入った。
タンバリンが、ルネッサンス音楽によく合うことを発見して驚いた。
「せっかく作ったのだから、音の記録をとっておこう」と始めた自作楽器を使った録音。
満足できる演奏はいつまでたってもできないことが分かったので、観念してシリーズ3枚目の
製作途中のものを数名の方に送らせてもらった。10曲で12、3分。
これくらいの時間であれば我慢してもらえるのではないかと思う。
今回はラコートタイプの楽器を使用。
木ペグの楽器は好きだが音程が甘くなってしまう。和音の分離もよくない。低域が出ない。
Dに極端なヴォルフトーン、左右非対称の形・・・・・・と、楽器として自立していない。
でも「だめな子ほどかわいい」とはよく言ったもの。なんとかして使ってみたいという気持ちが
出てくる。
このような1分程度の初心者用の曲が(満足に弾けないけれども)分相応だと思うようになってきた。
「勝手な解釈をしないでできるだけ譜面どおりに弾く」。あたりまえのことかもしれないが、
そんなことを考えながら(魅力を感じない曲でも飛ばさないで)録音している。
質より量の酔興はしばらく続きそうだ。
木村悟師が講師をつとめるコンサート/ワークショップの情報2件。
『サマー・ワークショップ』
2007年8月26日(日)自由が丘美術館
http://www13.ocn.ne.jp/~spg/workshop.htm
『一つの花フェスティバル』
2007年10月12日(金)〜14日(日)
スペイン・コミージャス他
子供のことをしっかり見てやる時間がないほど、今の世の中は大変だ。
そのしわ寄せが「学校」に向いてしまう。
世間知らずの教育者たちは、簡単に責任をナスリつけられてしまう。それを教師個人の適正だとかなんとか
短絡的に言うのはおかしい。(たしかにヘンなのも中にはいるが)。
今回またもや強引に決められた教育3法は、その基本的なところをすり替えている。それどころか、戦後教育
を殊更に問題視して、国家のための国民を育てる教育をしようとしているように見える。
ふるさと税然り。
地方都市がシャッター通りになっているからといって、税収を地方行政に振り分けても何の解決にもならない。
シャッター通りになる原因は、ズバリ言うわよ、郊外型大型店舗。
進出するときにはいつも「地域雇用の確保」と言う。冗談じゃない。商店街の人たちから仕事を奪って何が雇用
の確保だ。だいたい、採算がとれなくなるととっとと撤退する大店が「使ってあげますよ」ってやってくることに腹
がたつ。撤退しても農民から奪った土地は農地に戻らない。これはもっと深刻。
をを、久々に興奮してしまった。
そういえば現役のころ、出勤しようとする私に家人が「いってらっしゃい」の代わりに時々言っていたな。
「キレないでね」。仕事場で時々キレていたのだろう。
そのせだろうな、結局偉くなれなかった。
正義漢と言ってもらいたいが、ジツは度量が小さくて要領が悪いだけだったりして。
いきなり現れたトラックに突っ込み、宙に舞い鉄柱に打ち付けられて落ちた。
2004年、パリ・ダカにバイクで参加した風間深志に降りかかった大事故だった。
初期治療で骨髄炎になったこともあり、現在も足首と膝が曲がらない。歩くときは杖を使う。
その風間が今、バイクによるユーラシア大陸横断を敢行している。
ウラジオストクからポルトガル・ロカ岬までの約18000キロを52日間で走りきろうとするものだ。
初日、雨天に加え、舗装されていないところもあるなかで、いきなり600キロを走りきる彼はやはり
超人だ。整形外科医が伴走しているが、その医者の体調のほうが心配になってくる。
現在はハバロフスクを出て西に向かっているはずだ。応援したい。
またバイク乗りたくなってきた。
風間より2歳年下だし、なんだかすぐに死なないような気もしてきたし。
荘村清志のギター教室を楽しく見ている。
25分という時間は短すぎる。せめて1時間は欲しい。
荘村清志が早口になってしまうのも時間が少ないせいだと思う。
教えたいことがもっとあるのではないだろうか。
桜井RFモデルを使っている中級の生徒さんは、『現代ギター』関係だと聞いた。
作業工程はとりあえず終了。
モダンギターのテンションが少しきついと感じるようになったので、弦長は620mmにした。
トップは秋田杉。サイド、バックはセン。マシンヘッドはドイツのシャラー。
ブリッジは、骨棒無しの黒檀一体型。ナット無しでゼロフレット方式。
手持ちの中で一番色の濃いセラックを使ったが、しっとり感からすると色の薄いものより少し
劣るような気がする。
これから楽器として仕立てる作業に入る。ここが結構大変だ。
一昨日だったと思う。たまたまつけたテレビにサキソフォンの須川展也が出ていた。
ソニー吹奏楽団との共演だった。
『マドリッド・インスピレーション』という曲を最期まで通して聴くことができたのは幸運だった。
やはり「すごい!」。超絶だ。
それにも増してこの番組で驚いたことがある。
ソニー吹奏楽団メンバーのマリンバ奏者の女性が、耳の聞こえない方だったということ。
4歳のときに聞こえなくなったという。ピアノの練習が楽しくなり始めたときだったという。
そんなことは少しも感じさせない、美人でめっぽう明るい方だ。
音大まで出ているから相当な努力の人に違いない。
番組は彼女に焦点をあてた構成になっていて、練習風景や自宅でのようすが紹介されたこともあり、
とても臨場感のあるものだった。
ハンデを少しも感じさせない演奏を可能にしているのは、指揮者やメンバーの動きを正確に読み取る
能力と読譜力だろう。練習中須川に「指の動きを見せてください」とお願いするシーンもあった。
また、床から伝わるティンパニの振動だけが頼りの部分では、ティンパニ奏者に「ここだけは絶対に
間違わないで」と念を押していた。
「私が感じている音楽と、聴いている人との音楽は違っているかもしれない」と彼女は言う。
音楽はまぎれもなく聴くもの。
聞こえない彼女がこれほどまでにいきいきと楽しく演奏するのはなぜだろうと考えた。
一緒に演奏するというメンバーとの一体感なのか。
もしかしたら、音楽というのはイメージを作り上げること自体がその本質なのかもしれない。
初心者のレッスン用に編纂されたと思われる曲集3編、全132曲の録音を一応の終了ということにした。
途中経過の断片を聞いて励ましてくれた方のおかげ。
3編目になると手ごわい曲も出てきて、つい本気になったところもあった。
本気になったからといって、いい演奏になったといえないところが悲しい。
中には理解できない曲もあった。フラメンコっぽいのもあった。
ラコートでフラメンコを弾くのはさすがに躊躇したが、開始時に「1曲もとばさないで弾く」と決めていたので
録ってしまった。余計な表情をつけないということにも考えた。
改めて全部聞いてみると、まさにザンキ。
だんだん速くなっていったり、空振りしたり、余計な音がでてたり、消音ができていなかったり、
切れてはいけないところが繋がっていなかったり、和音のバランスが悪かったり、我慢が利いていないところあり、
強弱の勘違いあり、調弦が甘い・・・・・・・、いくらでも出てくる。
開き直って「それほどギターは難しい」ということにしておこう(笑)。
そして自分でも驚くことに、132曲も録音したというのに、覚えた曲、つまり暗譜した曲が一つもない。
譜面を見てただ弾く機械にすぎない。これではいい演奏ができないのは当然といえば当然。
これからは、じっくり弾きこんだ曲を録音してみようかと思う。
ちなみに今、はまっている曲は、17世紀のイギリス曲集に入っている『Home again, Market is Done 』という曲。
3弦をF#にした響きがとてもいい。
『タンゴの歴史 田中潤一&中根康美DUO』という二人のサインが入ったCDを持っている。
生前水原洋さんから誘いをうけて聴いたコンサート会場で買い求めた一枚。
テレビ『趣味悠々』で荘村清志と山形由美が演奏したピアソラのタンゴの歴史も収録されている。
荘村清志は吹っ切れたようなタッチで気持ちのいい演奏だった。山形由美は女性らしい繊細な演奏。
田中潤一のフルートとはまったく趣がちがっている。
どちらもすばらしい演奏だが、田中&中根のCDをあらためて聞いてみてその良さを実感した。
中根康美は正統派の演奏家だと思う。水原さんのラコートも彼自身を彷彿とさせる音で鳴っている。
パノルモタイプ2作目の音サンプル。
曲は今練習中の『Home again, Market is done』。
○ミスコン
ミスユニバースに日本人が選ばれたとき、対極の存在である家人は「へー」などと見ていたが、
あのニュース以来顔を見ていない。テレビ屋は、彼女が同じ日本人に違和感を持たれている
ことを分かっているのだろう。
○懲りない面々
塀の中の・・・・・を書いた安部譲二の身長と体重が私と同じことを知って大ショック!
ああなんだ、オレ。
○風間深志が今ユーラシア横断に使っているバイクは、モデルチェンジしたばかりのヤマハ・
マジェスティ。大型のスクーターだ。
ダート(悪路)に強くないが、ギヤチェンジがいらないから足の不自由な彼にはいいだろう。
旧型のマジェスティーの在庫(新車)が販売店に残っている。3割ほど安い。誘惑。
当の風間、現在クラスノヤルスクを出て西に向かっている。
雨のドロ道を1日400キロ以上も走るタフぶり。彼は人間ではない。たぶん爬虫類。
○通帳とハンコ
銀行の名を騙って年寄りのところへ「通帳とハンコをちょっと貸してください」と電話が来たという。
あまりにも幼稚な手口。詐欺というより愉快犯かもしれない。
幼児に「人を信用しない教育」をしなければならない世の中は、やはりおかしい。
○「詐欺師」は再び連絡をとってきた。土曜の夜9時半である。まちがいないぞ、これは。
と手ぐすねひいて対応したらなんと、これが詐欺でも愉快犯でもなくてホンモノの銀行員と判明。
単純な銀行のミスだった。こんなこともあるんだな。
○加曾利隆
もう一人有名なライダー、加曾利隆59歳。
今までに世界134ヵ国、110万キロを駆けたという。
私がバイクに乗るきっかけは、石狩でアメリカンを乗りこなす超人NV氏の影響と、この加曾利の本
によるところが大きい。加曾利は、彼のテーマの一つである「温泉」をめぐって今走っている。
一昨日(4日)の夜遅く矢巾の不動温泉に入ってから、矢巾温泉ヘルスセンターに入ったが、遅くて
食事がとれなかったらしい。ソーセージ3本食べて寝たようだ。
事前に分かっていれば我が家に泊まってもらったのにと、残念。
使っている方から「ココボロの木ペグがいい」という話を聞いていたので気になっていた。
出物があったので10キロ注文した。
今朝届いた。1キロ500円と破格の安さだったが届いた物は期待以上。
おまけに5キロサービスしてもらった。
写真で一番小さい物で重さ2キロほど。
造影剤が腹に効いたのか下痢がとまらないのでおとなしくテレビを見ていたら、テトラポットを利用した
公園の遊具から子供が落ちて怪我をしたとのニュースをやっていた。母親は役所に届けたという。
どんなふうに届けたかとても興味があるが、それはさておき、すぐに責任問題に発展しかねない昨今、
役所はただちに対応措置をとった。落ちても怪我をしないように砂を厚く敷き詰めたのだ。
なんでもトラック数台分の砂を入れたそうで、作業をする人の数も一人二人ではなかった。
本当はテトラポットそのものを撤去したかったかもしれない。これを見て、どこかおかしい、と思った。
賢治の『雨ニモマケズ』をパロディーにした有名な詩を思い出した。
盛岡市の小児科医、三浦義孝氏が小児科学会で披露したもので、職業上多くの子供たちに接していて、
まさにぴったりだと思ったという。作者はどこかの校長先生らしい。
『雨ニモアテズ』
雨ニモアテズ 風ニモアテズ
雪ニモ 夏ノ暑サニモアテズ
ブヨブヨノ体ニ タクサン着コミ
意欲モナク 体力モナク
イツモブツブツ 不満ヲイッテイル
毎日塾ニ追ワレ テレビニ吸イツイテ 遊バズ
朝カラ アクビヲシ 集会ガアレバ 貧血ヲオコシ
アラユルコトヲ 自分ノタメダケ考エテカエリミズ
作業ハグズグズ 注意散漫スグニアキ ソシテスグ忘レ
リッパナ家ノ 自分ノ部屋ニトジコモッテイテ
東ニ病人アレバ 医者ガ悪イトイイ
西ニ疲レタ母アレバ 養老院ニ行ケトイイ
南ニ死ニソウナ人アレバ 寿命ダトイイ
北ニケンカヤ訴訟(裁判)ガアレバ ナガメテカカワラズ
日照リノトキハ 冷房ヲツケ
ミンナニ 勉強勉強トイワレ
叱ラレモセズ コワイモノモシラズ
コンナ現代ッ子ニ ダレガシタ
秋田のアトリオン音楽ホールで行われたコンサートに行ってきた。
出演者は山形由美、須川展也、山田武彦そして鈴木大介。
秋田県主催のコンサートということ、それと映画音楽をテーマにした曲目という「受け入れやすさ」が
効を奏してか、会場はほぼ満席。
山形由美はその美貌に幻惑されて、演奏はほとんど聞かないでしまった。まさに女神。
ピアノ山田武彦の『第三の男』は、ラグタイムをベースにしてから次第に9thコードが加わってきて、
「お、そろそろくるぞ」と思っていたらやはりモダンジャズ風になって行った。というものの芸大出の
育ちの良さが災いして、それになりきれない。いつも思う、畑違いは隠せない。
須川展也はやはりすごい。
曲の組み立てがすごい。クライマックスに持って行く手抜きのない演奏には鳥肌が立つ。
何種類かの楽器を使用するために手持ちでは無理と、東京からクルマで8時間かけて秋田入りしたとのこと。
鈴木大介。
山形由美とのかけあいで、山形が「その楽器はどちらの・・・・・・」と聞いたところ、「中野区です」と応えていた。
会場に笑いがおきた。
その今井のギターはやはり良く鳴る。
鈴木大介はやはり一級のミュージシャンだと思う。
後半はアコースティックアンプで有名な、AERのビンゴ2を使用した。最近使うギタリストが増えている。
ちょっとこもりがちになるが、素直ないい音がする。
横手の鎌田くんに見せびらかしてきた。(笑)
彼は、注文が入った10弦ギターに取り組んでいた。
チェロのようなヘッドの形状は依頼者の要望とのこと。
リペアの楽器は、見違えるようによくなっていた。
新たな問題を見つけたとのことで、もう少し時間がかかりそう。
持ち込みで木材をカットしてもらえるかと業者に聞いたところ「かんべんしてください」とのことだった。
リスクを負いたくないことのようだ。予想した返答だ。
比重が大きく水にドボンと沈むココボロは、堅さもハカランダ以上だといわれるほど。
見るからに手ごわい。
気合を入れて手持ちのテーブルソーでカットすることにした。
作業してみると思ったより加工しやすいことが分かった。
ところが粉塵の色を見て驚いてしまった。カレー粉そのものだ。缶か何かに入れておいたら絶対に見まちがう。
(もちろんカレーの香りはしない。色も時間が経てば褐変するようだが)
「これはたぶん体に良くない」と直感した。防塵マスクとゴーグルの着用は必須だ。
気になってネットで調べてみた。
ベースを作っている方がココボロでネックの加工作業をしたところ、全身かぶれてしまったという実例があった。
二度と扱いたくないと言う。
銘木を取り扱う業者のHPにも「加工中に発生する細粉で皮膚に炎症を起こすことがある」との記述がある。
別のところで「ココボロのなかには皮膚炎を起こす、アルカロイドの毒汁成分を含むものがあるようだ」という
記述も見つけた。
材質そのものより、生えてる土壌成分と関係してかもしれないとのこと。
そこでアルカロイドについて調べてみた。
植物毒の大半は、アルカロイドなのだそうだ。
その種類はいくつかあり、トリカブトアルカロイドのように致死性成分の多いものもある。
一方で、脳に効いて心を静め、体内の血液循環系を整える薬として使われるものが多い。
また、抗がん性植物アルカロイドも存在するという。
こんなふうに書くと、何かたいへんな木のように思えてきたが、クラリネットなどにも長年使われてきた木なので
問題はないと思っている。現に私には何の反応も出ない。
ただ注意するに越したことはない。
○NHKの趣味悠々の時間帯は普段とっくに寝ている時間なので、時々見逃す。
たまに見ると、短い放送時間ながらかなり重要だと思われることをさりげなく指導していることに気づく。
ところで、
荘村清志の楽器はアルカンヘル。生徒さんの一人が桜井のRFということは前に書いたが、
別の生徒さんはジョン・ギルバートなのだそうだ。推定230万円だと。
ギターがこんなに高くなってしまっていいのだろうかと思うと同時に、そんな楽器でなければ表現できない
ギター音楽というのがあるのだろうかと思う。もしあるして、それを弾き切るだけの力量を身につけるには
どれほどの才能と努力する時間が要るのかと思うと・・・・・・。
○突然だが、
使わせてもらっているブログ「はてな」には、「はてなダイアリーブック」というサービスがあって、
ブログの内容を1冊1600円で書籍化してくれる。
ブログを始めたきっかけはここにもあったのだが、日々書いていくうちに(何度も経験したことではあるが)
「恥の上塗り」になってしまった。もう遅い。こうなるとこのまま行くしかない。
○一方で、
『こちら北国、山の中』という本が日本図書館協会の選定図書になっている。
全出版数の16%程度の選定率なので、選ばれることはすごいことだと思う。
著者は埼玉県から岩泉に嫁いだ33歳の農家のお嫁さん。彼女はブログも開設しており、
アクセス数はすでに1200万を突破した。本はこのブログが元になっている。
彼女がブログを始めたきっかけは、埼玉の家族や友人に元気でやっていることを
知らせるためだったという。そのことが結果的に思いやりがあって楽しいものにしている。
○そして、玉木オヤジのブログ。
あの一見傍若無人・悪口雑言の根底には、やり場のない深い寂しさがあるような気がしてならない。
コストの『舟歌』がうまく弾けない。
どの音を残すとだめなのかが分からないし、強弱も変だ。ここの和音はバラすべきなのかどうか。
ここにビブラートをかけると嫌らしくなるし・・・・・・。
いい楽器はそこのところを助けてくれるかもしれないが、自前の楽器は自分が助けてやらないと
いけない。
そんな楽器で船に揺られている雰囲気を出すには、よほどしっかりしたテンポ感が要るみたいだ。
ゆったりとした曲ほどそれが難しいのかもしれないと思う。
やるせないので中断。
ところで、山口県光市の母子殺害事件差し戻し控訴審もやるせない。
この控訴審には、頼まれもしない弁護士が21人も集まって弁護団を作り、被告の弁護を始めた。
今回の裁判のいきさつは、昨年6月に最高裁が「死刑の選択を回避するに足りる事情があるか、さらに審理が必要」
として審理を差し戻したことに始まる。
今回これだけの弁護士が結集したのは、彼らの売名行為だという話もあるが、実際は「死刑廃止」論者が持論を主張
するための行動のようだ。
そのために被告の元少年にワケのわからないことを言わせているように見える。
だとしたら被害者があまりにもかわいそうだ。事件の残忍さを思い起こすとなおさらそう思う。
「死刑廃止論」に利用されているだけのように見える。
そんな議論は、実際の裁判とは関係のないところでやってもらいたい。
裁判は、裁判として事実に基づき偏りのないものとして行われるものだと思っている。
を!、久々に力が入ってしまった。
さ、練習、練習。
こんな記事を見かけた。
村治佳織は残念ながらドロップアウトしてしまった.発売された新譜についてレコード芸術誌からは,
「このようなアルバムを本誌で取り上げるのは疑問」「今年3月録音(で6月発売)のファッション雑誌のごとき一枚」
(正確ではないがそのようにかいてあった),と酷評というかほとんど門前払いに近い評価を受けてしまった.
彼女はジャンルを換えてしまったのだから仕方がない.今後は千住真理子や高島ちさ子のような位置でやっていくと思われる.
悪いことじゃない.
現在の日本ギター界はよくもわるくも福田進一氏によって天下統一されている.弟子たちもみごとにその枠内にとどまっている.
大萩は村治や木村とは違い,親父がギター界の人というようなもともとの地盤を持っていない.
福田に見いだされ(そのエピソードが本当なのかどうかはわからない)上昇してきた人であり,
それだけに王者・福田に下克上をせまるのは酷かもしれない.ギター界全体のパイは非常に少ないのだ.
http://ameblo.jp/dr-guitarist/から引用。
こんな見方もあるかもしれない。
BIGLOBE(当初はPC−VANといった)もNiftyもまだなかった頃に、電話の受話器に音響カプラをつけて
友人とパソコン通信を楽しんでいた。だから結構古い。
次第に言葉を遊び道具にすることを覚えてしまい、実に多くの方々に多大な迷惑をかけた。
同時に多くの友人もできた。
そして言葉だけのコミュニケーションというのは限界があるということを身をもって体験した。
当時PC−VANで掲示板を運営していたクロード・チアリ*1が次第にボード上で非難される様子をリアルタイムで
見ていたが、これなどはニュアンスがうまく伝わらないことに加え、匿名性による無責任な発言などによるものだと思う。
これらはなかなか難しい問題で、最近は「炎上」などとよばれるようになり、昔とおなじようなことがあちこちで
繰り返されている。匿名性の問題を回避したかのよう見えたmixiなどでもやはり問題が起きる。
ネットコミュニケーションの宿命だろう。
とはいうものの、そこを上手にやっていくネットワーカー(死語か)がたくさんいる。
ブログ上の文章は「作品」としてきっぱりと割り切っている人もいる。
鈴木大介に実際に合い話をしてみてそんなことを感じた。
言葉は、その力を信じすぎこみすぎると、危険なものです。
言葉は、その可能性に寄りかかると、いずれ裏切られるものです。
言葉は、巧みな人に悪用されると、危うい世界へ人を導くものです。
(小椋桂:『言葉ある風景』より)
*1:フランス・ニース出身のギタリスト。パリでは証券取引所のコンピューター室に勤務していた。JRの英語アナウンスは彼の娘クリステルの声
50人のオーケストラがあるとして、そのうち40人は身体に何らかの問題を抱えているとのこと。
それを裏付けるように、下の本が売れているようだ。
『図解音楽家のための身体コンディショニング ベストな状態で演奏に臨むために』
著者/訳者名 エステル・サルダ・リコ/著 トマス・ペイレ・セラーテ/本文イラスト
八重樫克彦/訳 八重樫由貴子/訳 山田成/監修
出版社名 音楽之友社 (ISBN:4-276-14051-X)
発行年月 2006年04月
サイズ 167P 26cm
価格 2,100円(税込)
目次
第1部(解剖学の基本概念
音楽動作
音楽家の身体・運動コンディション)
第2部(音楽家のための身体コンディショニング
音楽環境
楽器別トレーニング・リスト10)
夏本番だ。角館では36.7℃を記録したとのこと。おそらく本日の日本一。
台風の影響だろう。
秋田では今日から竿灯なのだが、風が強いと演技に影響する。進路がそれてくれればいいが。
盛岡のさんさは佳境に入ってきた。
ギネスに登録されてますます盛り上がりを見せている。
以前は雨に祟られることが多いさんさなのだが、今年は今のところ大丈夫のようだ。
私もさんさに何度か参加させてもらったことがある。
秋田や青森の感覚からすると「ハメをはずさない」祭りに、もの足りなさを感じるところもある。
裏腹なことを思い出してしまったが、着付けをしてくれたオバサンに股間をぎゅっと握られたことがあった。
あれには驚いたな。表情ひとつ変えないの。マニアだねあれは。
そんなことはともかく「伝統さんさ」が好きだ。
土地に根ざした踊りだと思う。地域によって違いがあるところもいい。
祭りの規模を大きくするためには統合せざるをえなかったことは分かるが、統合したことで何か土臭さというか、
そんなところがなくなってしまったのが残念だ。
その反動の産物と言っていいのか、盛岡グランドホテルチームのバカ殿さんさを見たときの衝撃はすごかった。
伝統さんさと渡り合えるインパクトがあった。
見物に出かけてみたいが自信がない。
○スコット・ロス
YOUTUBEでチェンバロニストのスコット・ロスの映像を見た。
音楽大学の教師に指導している映像だが、彼の表情や動作がすでにその音楽を髣髴とさせる。
若くして亡くなってしまったが、どうやら死期を自ら感じていたらしく、1年半でスカルラッティの
全曲555曲の録音を成し遂げた。CDにして34枚(だったと思う)の大作だ。渾身の遺作。
それにしても沈黙してしまう人生だ。
○風間深志
風間深志が、とうとう最終目的地であるポルトガルに入った。
ウラジオストクを出発して全行程18000キロの超絶ツーリング。
以前パリ・ダカでの不慮の事故で膝を取るハメになってしまったのは、フランスでの治療を断念して日本に
もどったことが原因だ。悔やんでいるが、それが彼の生き方にはどれほどのものでもないように見える。
爬虫類などと前に書いたが、雨風に打たれ灼熱の太陽に苦しめられながら走り続け、土地の人々と交わる旅は、
宙に浮いていない国際感覚を身につけることに繋がっている。結果として日本を憂う気持ちは本物だと思う。
○インド式計算法
例えば86×75など、2桁の掛け算をインド人は暗算でやってしまう。
頭のいい人種には違いないだろうが、独特の計算法があることを知った。
「インド式計算法」というものだ。やってみると目からウロコ。
これについて藤原正彦などはどう思っているのだろうかと気になる。もしかして嗤うかもしれない。
○嫁に出した娘が臨月。
「ベビーカーが欲しい」と言ってきた。
昔は「乳母車(ウバグルマ)」と言ったが今はベビーカーと呼ぶのだ。「姥車」というのも最近見かける。
ネットで買ったものが今日届いた。ネットは便利だ。安いし。
私を「戦友」だと言ってくれた。
「こうなっちゃったからしょうがない。これからはチョイワルで行くべ」と言ったら、ニコッと笑い返した。
その彼が亡くなった。
本当に辛い戦いを続けた。
再々発と知ったときに彼は「もう強い薬で苦しみたくない」と医師に告げた。
覚悟だった。
昨年末に彼からもらったメールが手元にある。
我々にとって思えば今年一年も病気との闘いの日々でした。
もうどうでもいいと思ったりしましたが、佐々木さんの励ましで
もう一度と思いながらここまで来ました。
来年もお互い病気と闘いながら、励ましあってがんばりましょう。
また、1月5日にお会いしましょう。
このメールが最期になってしまった。
約束したのに。
戦争を知らない子供世代のためか実感として戦争を捉えることができないのだが、
先日テレビドラマ『はだしのゲン』を見て泣いてしまった。
原作は漫画家の中沢啓治。
自身の被爆体験を漫画にしたものが今回初めてテレビドラマとなった。
内容はリアルで壮絶。これを見ると命の尊さを思い知らされると同時に、
どんな理由があっても絶対に戦争を起こしてはならないと思う。
前に「しょうがない」とつい口をすべらせてしまった人がいたが、あらためて
大変なことを言ってしまったんだなと思う。
言ってしまったことも問題だが、そんなことを考えていたことがもっと恐ろしい。
取りざたされている憲法9条に関して、改正は、日本が軍事的に自立して「戦争をしてもいい国」
になることを意味するという解釈もある。
人間は自分たちが考えている以上にかなり愚かだから、きっとまた同じ間違いを犯すかもしれないと
私は思っている。「核の保有を検討すべき時期だ」などと言い出す人間が現にいるから、あながち
外れてもいないだろう。600万人以上の犠牲者を出しながら、たかが62年を経過しただけでこの
ありさまだ。ホントにホジナシだ。
もしどこかにあの戦争を起こした首謀者の末裔達がいて、怨念のうちにリベンジを考えているとすれば
これほど恐ろしいことはない。
「戦争の準備は、平和を守る最も有効な手段の一つ」と言ったのはアメリカの初代大統領。
その精神は脈々と受け継がれるどころか、「戦争の準備」にとどまらず「戦争の実行」にエスカレート
している。敵を作る理由はいくらでもできる。
「平和というものは、人間の世界には存在しない。強いて平和と呼ばれているものは、
戦争の終わった直後、または戦争の始まらないときを言うにすぎない」と中国の魯迅は言う。
戦争を回避することは戦争を起こすことよりもエネルギーを必要とするかもしれない。
死の商人はたやすく悪魔と手を結ぶ。
ふと昔聞いた加川良の「教訓T」を思い出した。*1
*1:1947年11月21日生まれ、滋賀県出身のフォークシンガー。高田渡マネージャーをつとめ、1970年の第2回中津川フォークジャンボリーで、飛び入り出演して発表したのが、この「教訓T」
○スキを見て
またバイクの乗ってやろうと目論んでいたが、ちょっと延期。
ガードレールに接触して足が「もげて」しまった人がいたそうだ。
2キロ走って止まろうとしたときに足がないことに気がついたんだと。
仲間が戻って足を拾ってきたが、損傷が激しかったらしい。
本人の今後のことを考えると辛いものがある。
○高速道路のバイク二人乗り
こちらも事故。
解禁になってからまだ2年足らずの二人乗りだが、東北道で気の毒な事故がおきてしまった。
運転していた旦那さんが死亡。奥さんも大きな怪我をした。
メチャクチャにはなっていたがあのバイクはBMWだ。飛ばしたくなるもんな。
やっぱりおとなしく家でギターを弾いていよ。
○猛暑
昨日の最高気温、川井村が日本一。
今日も岩手県で一位になった地域がある。といっても今日の最低気温の日本一。
そう、薮川。
ちなみに14.4℃。ラジオの投稿で「朝晩肌寒い」などと言っている人は、ここいら辺の人だな。
でも1日の中で気温差が20℃以上もあると大変だ。
○暑い夏にセミ
熊ゼミが光ケーブルに産卵して障害が出ているそうだ。引込み線が産卵に適した枝に似ているらしい。
猛暑の中セミも必死だ。
○素数ゼミ
こちらはアメリカの話。
13年または17年周期に現れるセミが大発生しているとのこと。
なんでも70億くらの数とかで、地面全体が動いているように見えるという。
発生周期が素数年なので素数ゼミと呼ばれている。生き延びるための知恵なのだそうだ。
そうか、生き延びるためには数学か。(ん?)
『フェルナンド・ソル 動乱の時代を生きた不滅のギタリスト』という本が書棚にある。
1979年に現代ギター社から発刊された本だ。
買ってから28年も経っているのに、いまだにきちんと読んでいない。
ブライアン・ジェファリというソル研究で有名な人の著書なのだが、この人が今も健在で、
ソルの研究を続けているということを竹内太郎のHPで知った。
今月10日に大英図書館で偶然会って、いろいろとお話しをしたとのこと。
ソルに関して何か新しい発見があったかとの竹内の質問に対しジェファリは、
「そうだなー、ソルが実はギターをキライだったっていうことが分かったくらいかな」
と答えていたそうだ。
「えっ!」と驚くとともに「やっぱりなぁ」という思いもある。
ソルに関しては、人によって好き嫌いが分かれることが多いと感じている。
私は好きな方だが、当然のことながら好きだからといって弾けるとは限らない。
それどころか苦手意識がいつもあり、逆恨みのように思っているところがある。
人の演奏を聞くとソルの作品はすばらしいと思う。
ところがいざ自分でとりかかってみると、その良さが分からない。
すらっと聞こえなければいけないところで人に知れない苦労をしなければならない。めんどうこの上ない。
結果的に今も(短い練習曲含めどれひとつとして)まともに弾けるものがない。
「いつかは」という気持ちはどこかにあるが、その「いつか」はたぶん永遠にやってこない。
ソルがギターが嫌いだったという理由が、もし「ギターの持つ楽器としての機能の不完全さ」からくるものだ
としたら、オイラの逆恨みはあながち・・・・・・、などとまた自分に都合のいいことを怠け者は思っている。
東北は、やっと一息つける気温になった。
昨日はノビてしまい、通算13時間も眠ってしまった。しかも熟睡。
寝すぎで運動器の力学的バランスが崩れたようで、あちこち痛い。(←ただの寝腰)
それにしても異常な暑さだった。
我が家のアホ冷蔵庫もバテたみたいで、牛乳がヨーグルト化していた。「ウワッ」と声を出してしまった。
ああいった天気だと賞味期限などは何の目安にもならない。自己責任だ。
賞味期限というと、北海道の有名なお菓子が騒がれている。
あのお菓子は生菓子ではないので、食品衛生法上は賞味期限を表示する義務はないそうだ。
表示した理由は、社内で商品管理をするための判断基準とするためだという。
表示することが社会的な責任を負うということまで考えていなかったのかもしれない。
自主的につけてしまったことが災いとなった。
今回の騒ぎの発端は、「大腸菌が検出されたことがある」と保健所に誰かがチクったことに始まる。
保健所が立ち入り検査のために現場に行ってみたら、たまたま賞味期限切れ延長をしていたものが見つかった。
あとは「表示義務の要不要は別として、定めたものは守るべき」という保健所の正しいお役所仕事のルートに
乗ってしまった。
会社が大きくなると社員が増える。社員も十人十色、いろいろな人がいる。
全員が境遇に満足しているとは限らないし、逆恨みしている者もいるかもしれない。
モラルに疎い会社にとっては、危機管理の盲点かもしれない。
北海道では、偽装の肉が問題になったばかりだが、あれもたしか内部告発だ。
当初の会見を見て、会社の「おごり」みたいなものを感じた記憶がある。
あの社長も「町の肉屋さん」のままでいたら、今より幸せだったかもしれない。
「奥さん、これとこれの肉をあわせると、安いうえに美味くなるよ」などと教えたら、喜ばれていたかもしれない。
決してこれら問題の会社の肩を持つものではないが、告発した人は社会的にいいことをした人なわけだから、
堂々とテレビに出て詳しく説明するといい。
ってなワケにいかないだろな、やっぱり。
こんなことを考えるオイラの脳味噌は、とっくに賞味期限が切れてるかも。
「古典ギター名曲選集」というボロボロの曲集を持っている。
ソル、ジュリアーニからタレガ、ヴィラ・ロボスと、有名なところは多分にもれず収録されているが、
なじみの薄い作曲家(私が知らないだけかも)の作品も多く入っている。
たとえば、Fernandiere、C.Henze、G.C.Lindsey 、D.Part、O.Bickford、F.Calleje、M.Pratter、T.Damas、
G.Gomez、L.Shluts、V.Galileo、J.Aspiaznなど等。
サワリを弾いてみると、どこか新鮮に感じるところがある。おそらく流行が一回りしたときの感覚に近いもの
かもしれない。
丁寧な運指がついていて、その付けかたが好きだ。
よくわからないが、技術的な難易度と効果的な音楽表現の折り合いがいいように思う。
この本を買ったのはおそらく30年以上前のことだと思う。400円の値段がついている。
著者は小松素臣。勉強不足のためこの著者もどんな方なのかほとんど知らない。
興味があったので調べているうちに、音楽関係以外の本も出していることが分かった。
昭和52年発刊の『愛する京へ一人旅・私の京都』というタイトルの本だ。
京都の古書店にあったのでさっそく取り寄せて読んだ。
京都に寄せる思いを一流の文筆家に劣らぬみごとな文章で綴られている。
豊富な知識にも驚くが、筆者の豊かな人間性と生き方の余裕みたいなものを感じる。
巻末のプロフィールには、ギターを酒井富士夫、理論を東京音楽学校(現東京藝術大学)の呉泰次郎に師事した
とある。さらにフジテレビ系の長寿番組「ミュージック・フェア」*1の
音楽を担当するなど、テレビ界で活躍されたとのこと。
『愛する京へ一人旅・私の京都』は、楽譜からは読めない人柄が立ち上がって、ちょっとうれしい一冊だった。
曲集と印象が違わないところもいい。
*1:なぜか秋田では現在放送されていない
アメリカ・バーモント州にロッジを開いた晩年の彼女は、自給自足のかたわら訪問客をもてなすという日々を送り、
やがてその地で亡くなった。82歳だった。
夫が死んでから40年の歳月が経っていた。
彼女はオーストリアに生まれた。
生後すぐに母を亡くし、父の手で親戚に預けられたが、その父も9歳のときに失った。
やがて預けられていた親戚との折り合いが悪くなると家を出て全寮制の学校に入った。
音楽が好きだった彼女は青年たちのグループに加わってオーストリアの民謡を習った。
彼女は無神論者であったが音楽を聴きたいためだけにカトリック教会のミサに預かっていた。
そしてやがてキリスト教に心を惹かれるようになる。
信仰を深めるために、ザルツブルクの修道院に志願者として入ったが、そこでの暮らしになじめず体調を崩した。
そして院長の勧めで修道院を離れ、たまたま家庭教師を探していた家に住み込みで働くことになる。
(写真はhttp://www.findagrave.comから)
その家庭には7人の子供がいた。
後に結婚したその家の主との間に彼女自身の子供3人が生まれ総勢12人の大家族となった。
やがてフランツ・ヴァスナーというグレゴリオ聖歌に精通した神父と出会い、一家は音楽の道を歩き出す。
「トラップ・ファミリー合唱団」。
映画『サウンド・オブ・ミュージック』は、彼女のこの自叙伝をもとにしたものだ。
映画のワンシーンには彼女自身も通行人として出ている。
この映画を最初に見たのは40年以上も前のこと、中学生のときだった。
感動の記憶というのはいつまでも色あせない。
時局は第二次世界大戦。
翻弄されたかもしれないが、それに負けない力も人にはあると思う。
「弾き映え」のする曲と「聞き映え」のする曲があるように思う。
前者は、弾いていて気持ちよく感じる曲で、後者は、弾いている本人がそれほど面白くないが、
聞いている方にとってなかなかいいと感じる曲。
レオナルド・カルの曲(柴田健編の二重奏)をMIDIに打ち込んで聞くと、かなり聞き映えがする。
あらためて楽譜を見ると、それほど技術的に難しいところはないようで、むしろ少し弾ける人にとっては
物足りないものを感じるかもしれない。
例によって古い楽譜をひっくり返していたら、カルのソナタが出てきた。
譜読みしてみたら、なんとかできそうなので挑戦してみる。
私にしてみれば、耐久限度時間3分を超える画期的な大曲だ。
脱ウルトラマンへの道はここから開けるかもしれないと練習を始めた。
ところが古い楽譜によくありがちの誤植がいくつかあり、つまづいてしまった。
あきらかに間違っているとわかる部分は訂正して弾くことにするが、判断のつかないところがある。
なぜ判断がつかないのかというとそれは、知識と音楽理論の基礎がないからなのだ。
ひっかかった部分は、D.Cの位置とFineの位置。「D.Cでは序奏にまた戻るんだべか」とか
「カルはベートーヴェンと同じ時代の人だがら最後の部分はコーダと考えればえぇべか。
へばFineの位置はおがしな」とそれこそアーダコーダ悩む。
しかしそれほどこだわる問題ではないかもしれないう。
音楽が録音される時代に入って、その制限時間の制約から、冗長なソナタなどは、くり返し記号を無視して
演奏されることが多くなったということもあるそうだから。
「くり返しの省略と、形式の無視は違う」と怒られてしまうかもしれないが、素人の特権を行使してしまう。
○やはり彼は強い。今回の決まり手は「ゴネ勝ち」。モンゴルで治療するとか。
○朝青龍は亀田ファミリーと一緒になって新しい格闘技市場を開拓するといいかも。
時代は王子を望んでいるけど。
○燃えているところを見るとあんなにも頼りないものだと驚く。中華航空機。
○文芸春秋に芥川賞が掲載されているが買わない。
ここ十数年ずっと裏切られている・・・・・・というより、ついて行けない。
中上健次、村上龍、宮本輝あたりまでだった。
○そういえば布袋寅泰になぐられた人も芥川賞作家だった。
バンドしていると殴る殴られるはよくあることだが、そうやっていいバンドになって
いくことも見てきた。
殴られたくらいでチクッたりするヤツにロックなんかできない。
それにしても布袋のギターは布袋そのもので凄い。
最近ああいった不良は少なくなった。
○アジアを歴訪しての挨拶は「ウチのジッチャンは偉いんだぞ」だった。嗚呼。
レオナルド・カルのソナタ。
しのぎやすくなったこともあり、見切り発車でとりあえず録音してみた。
一発録り、通しで12分以上かかった。死ぬかと思った。
あちこち間違えているしチグハグなところもあるが、もう録り直しはしないことにした。
これ以上どうにもなるものではないことは経験則からの判断。
ちなみに暗譜した部分は6小節ほど。弾きながらではページがめくれないところだけ。
取り組みが、かなりいいかげん。
結果的に全部暗譜しているくらいまで弾かないと聞くに堪えないことは承知しているが。
ところで小船幸次郎*1がこんなことを書いていた。
ソナタはソナタ形式における第一主題と第二主題との調子関係、さらには、楽章間の精神上のつながり、
バランスなどに見る統一性、背反性、いわば哲学的な思想がそこにはある。
管楽器、ピアノなどの音楽はソナタ形式を通じてそこを追求したが、ギターはそこが欠けていた。
ジュリアーニは80曲におよぶ変奏曲を書いたが、ソナタ形式の中で変奏曲形式のありかたを考えよう
とはしなかったし、ソルはメヌエットを1ダース以上書いたが、ソナタの中のメヌエットのあり方を追求
しようとしなかった。こういった点では現代のギター奏者もまったくよくない。ソルが作品22で、四楽
章からなる見事なグランド・ソナタを書き、ジュリアーニが作品15で三楽章の立派なソナタを書いてい
るのに、現代のギター奏者は全曲章を奏こうとせず、一楽章だけを奏いたり、メヌエットだけを奏いたり、
ロンドだけ奏いたりしている。
この点ではセゴビアが一番悪いようだ。
ギター奏者はみずからギター芸術という楽器の価値を下げている。
(現代ギター1973年11月から)
「これ以上どうにでもなるものではない」との予測は当たっていたようだ。
メヌエットをどう弾けばいいのか分からないし、全体の構成をどうしたらいいのかも見当がつかない。
暗譜して解決する問題ではない。部分弾きはいつものこと。
モードは「トホホ」。
そんなことはともかく、小船幸次郎のこの文章はインパクトがある。
*1:故人。チェレプニン、ローゼンシュトックに作曲と指揮を師事し、昭和12年、第6回音楽コンクールで作曲部門第1位を獲得。横浜交響楽団創立者。同常任指揮者。「ギター和声学」「ギターの楽典」などの著書がある。シベリウスに会った唯一の日本人といわれる
きまぐれにブログのデザインを変えてみたら、自分の書いた文章ではないように見える。
戻そうとしたが、なかなかうまくいかない。
スタイルシートの書き方からやらないといけないので久々に面倒な作業をしてしまった。
前よりはスッキリしたと思うけど。
先日小船幸次郎のコメントを書きながら、氏の本があったことを思いだし書庫を探した。
見事に時代を感じさせる表情で出てきた。読み返してみようと思っている。
こんな本もあった。著者は酒井富士夫、斎藤太計雄、石月一匡、幕田慶司、大沢絆等黎明期のそうそうたるメンバー。
さらにこんなのも。
音楽之友社編。
写真[1]は『奏法の全て』、[4]は『名曲と解釈』。
[2]と[3]は買えなかったな。
当時は日本のクラシックギターの隆盛期だったのかもしれない。
○たまごかけごはんにはゼッタイコレ!(女性誌を見てるとこんな言い方になる)
昨年あたり全国的にブレイクしたたまごかけごはん専用醤油『おたまはん』は我が家の定番。島根県の「吉田ふるさと村」の商品だが飯岡駅前のスーパーに置いてある。ちなみのここのお魚コーナーのオヤジサンは、NHK朝ドラ『どんど晴れ』に出演した方。ユニークで明るい人。でも魚を見る目は確かみたい。よく行く。
○そのNHKの番組『おばんですいわて』で以前キャスターをしていた上原康樹氏。
宮沢賢治を意識したと思われる天気予報が面白かった。
バイクに乗っているのを見かけたことがある。
走り方を見て「若くはないから無理しないほうがいいのに」などと余計なことを考えていたが、ホントに余計なことだった。オフロードの大会に出る腕前。
昨年は260人を超える参加者の中で第4位。タイ記録の人がいるので実質は2位。この前の31回大会では残念ながら中位の成績で終わってしまったが、それにしてもスゴイ。
○増田寛也前岩手県知事が入閣した。期待は大きい。
○やっとブログ画面をイメージに近いものにすることができた。
「はてな」はwikiを元にしているとのことだが、少しさわってみただけだがその血筋の良さを感じる。
探し出した本をパラパラとめくってみると、アンダーラインを引いたり書き込みをしたりとたしかに読んだ跡がある。ただそのアンダーラインの場所とか、書き込みの内容がまるっきり的を外している。理解していないまま今に至っているというこである。(←エラそうに言うところではない)
それにしても一人でこんな本を読んでいたオイラは、結構ヘンなセーネンだったと思う。
ヘンなセーネンがスクスク成長して、もっとヘンなオヤジになったということだな。
そんなことはほっといて、自分自身で知っておくべきことが多い本なので、印象に残ったところを書き残しておきたい。
まずは、ギターの楽典「まえがき」から
ギターは現代の楽器群からひとりはなれて存在するため、一般の楽典書からもはみだしている。一般の楽典を書く人の頭のなかに、はじめからギターは存在していないのだ。しかしギターを学ぶ人は多く、しかも理論を学べる方法が少ない。そうしたギターにこそ楽典が必要だと考えた。
先年、ギターのための和声学を書いて後、各地のギタリストに会って意見を求めたところ、いきなり和声学を学ぶのはむずかしいので、和声学の前の書が欲しいという希望が多かった。それで楽典を書くことにした。
私としては、和声学の後、対位法を書くつもりでいた。それが楽典になって逆戻りするような感じだったが、和声学の中で述べられなかった音程についてくわしく述べたし、ギターの和声学、ギターの対位法、ギターの音楽形式、ギターの歴史などについてもわかりやすく概念が述べられたので、楽典を書いてよかったと思っている。
学習者にとって最初に分かりにくいのは音程である。音程のことがはっきり分からないと、和声のことがさっぱり理解できないことになる。そこで、音程のことはギターの指盤*1やフレットに密着させてくわしく解説した。和声は転調から非和声まで、対位法はカノンやフーガが分かるようにした。形式については、パヴァン*2やガリアルドなどの前古典音楽形式から、ホタやファンダンギリョの近代スペイン音楽の形式まで書いた。歴史については、ギターの前身であるリュートやビゥエラについて述べたし、前古典から現代までのギタリストの生年や国籍を表にした。さらにギターのコード・ネームの演奏方法や、カポタストの使い方、スペイン語とイタリア語の読み方までのせた。学習者はこの本一冊を持つことによって、ギター音楽全般について多くの知識を得ることができるであろう。1969.6.小船幸次郎
時代を感じさせるころもあるが、指導者としての熱意と意気込みを感じるのは私だけだろうか。当時ギターは(室内楽などの)楽器としての認知が薄かったという背景がある。ギターの地位向上のためにはまずギター奏者の音楽的教養を充実させることだとの認識に基づいている。と、オイラは思うんだよね。
今ではすっかりギター曲として定着したバッハのシャコンヌだが、セゴビアが最初に演奏したときは非難が多かったらしい。バッハの芸術性をおとしめる行為だという非難である。
そんなふうに当時ギターは、クラシック演奏のための楽器としての市民権を持っていなかったということだろう。
またこんな話もある。
セゴビア来日時の演奏会に、ある著名な音楽家を招待したところ、その人の感想は「あの人(セゴビア)は本当キチンと音楽を勉強した人ですか」というものだったとのこと。
小船幸次郎の指摘するところは、そんなところかもしれない。
小船幸次郎は、奥さんの小船照子がギタリストだったことから「ギターのために一肌脱ごう」と立ち上がったような記憶が私にはある。東京ギターアカデミーを主催したが、10年ほどでやめる。事情は分からないが、ギターに対する情熱を失ったわけではないようだ。そのことは、アカデミーを閉めたのと時期を同じくして『ギターの楽典』や『ギター和声学』を出していることからうかがい知ることができる。しかし私には、忽然と姿を消したような印象がある。ギターの世界で語り継ぐ人もあまりいないように思う。
おりしも今年は小船幸次郎生誕100年にあたる。*1
*1:小船幸次郎小伝:http://www.yokokyo.com/kobune.html
ルネッサンス音楽を他の楽器と合わせるときにカポタストを使うことが多いようだ。
以前コンサートで、ある有名なギタリストが金属製のカポタストを使っているのを見たことがある。
解放弦で調律してもカポタストをつけると音が合わなくなり苦労していた。
木製のカポタストだと微妙な加減ができるのにと思ったものだ。
金属製では見た目にも演奏する音楽と合わない。
ヘッドが重くならないというのも木製のいいところだ。
木製カポタストはフラメンコのイメージがあるが、そうでもないようだ。
ナイロン紐の部分に皮をつけたカポタスを見かけた。古楽器に使っていたと思う。
記憶をもとに作ってみた。
ナイロン紐だけでもネックに傷がつくことはまずないが、皮巻きにすることでより安心だ。
今回は標準のものよりも小さくした。(モダンギターにも可)
使ってみたい方はご連絡下さい。
ギターのテレビ番組が昨夜放送の発表会を最後に今回のシリーズを終了した。
感じたことは「やはりギターはむずかしい」ということ。
発表会に出られた生徒さんたちもたぶんそう思っていることだろう。
もしかしたら「ホントはもっとうまいんだけど」と思っているかもしれない。
ギターは心理状態が出来不出来に大きく関係する楽器のような気がする。人前に出るとなかなか実力を発揮できない。その点さすがに女優の田中美里は、見られることが職業だけあってシリーズ中今回の演奏が一番良かった。
荘村清志のいう、フレーズの切れ目で間をとることはおかしいことではない、という考え方は、アゴーギクの正しい解釈にはならないこともあるかもしれないが、気持ちに余裕を持つ上で大事なことだろう。どこか氏の優しさを感じさせるところでもある。
演奏後のみなさんのホッとした笑顔がとても良かった。
ヘタでも「いい演奏」というのはあるはずだし、逆に上手くても嫌な演奏というものがある。ヘタでもいいから実直な演奏をしたい。
と、見終わったところで孫誕生の連絡。
自由が丘のワークショップ
木村師が明石現氏とともに講師をつとめた自由が丘のワークショップは、盛況だったとのこと。
マスタークラスになるとさすがにそれなりの方々で、東京国際に出場予定の高校生*1とか、コンサートホールを運営されている方(高橋のショートスケールの楽器で弾いた方)とか。
レッスンはもとより、みなさん終了後のアットファミリーな会食に満足されたご様子。
木村師はこんどはスペインはアントニオ・ガウディゆかりの地、コミージャスですね。
*1:テデスコの曲は表現の指導を受けた後、格段に良くなったとのこと。
みずほの里ロードが全線開通したので走ってみた。
田沢湖と横手を結ぶ奥羽山脈沿いの、いわゆる山里を走る道路で、手つかずの自然とそこに暮らす人たちのた
たずまいを感じることができる、とても秋田らしい道路だ。
とても気持ちのいい風が吹き抜ける丘陵でクルマを降りて歩いてみたが、少し残念な風景に出くわした。
減反で荒れ地になってしまった田んぼである。沿線のあちらこちらに見かける。
圃場整備した農地が荒れ放題になっている。
「みずほの里」のみずほは瑞穂と書く。「みずみずしい稲の穂」という意味だ。
風景は「みずほ」にはほど遠い。収穫の時期を迎えて復田がむずかしくなっているこのような農地を見るのは
悲しい。
これらの田んぼは、農業基盤整備の名のもとに農家に多額の借金を背負わせて耕地整理したもの。
それが今はこの状態だ。おそらくまだ借金は払い続けている。
「ここで米が作れたら消費者にもっと安い米を食べてもらえるのに・・・・・・」と、農家は思っているだろう。
「米の需要が少なくなった」と宣伝されているが、私は違うと思う。
こんなことでこの子たちの将来はどうなるのだろう。
高田元太郎 リサイタル
「アルトフィールド・コンサート・シリーズ」Plays Bach & More...
■日時:2007年9月7日(金) 開場:19時 開演:19時30分
■チケット:前売り3000円 当日3500円
■チケット取り扱い・問い合わせ:現代ギター社GGショップ/メディアカーム
■会場:日暮里サニーホール(JR・京成 日暮里駅徒歩2分。ホテルラングウッド4階)
■プログラム
無伴奏チェロ組曲第1番(バッハ〜高田編)初演
無伴奏チェロ組曲第3番(バッハ〜高田編)初演
5つの南米風前奏曲(カルレバーロ)
ブエノスアイレスの四季・全曲(ピアソラ〜アサド編)
前半は水原洋ラコート使用。
盛岡から乗った電車で関口知宏と乗り合わせたことがあって、テレビに出ていたりすると気になる。中国大陸を走る壮大な旅の後半がまた始まった。
以前ヨーロッパ編のときに、ドイツかどこかでリュートを買った関口知宏を見たことがある。
リュートケースをブラブラさせて歩く様子を見て「こりゃ、きっと気まぐれに買ってしまったんだろうな」と思っていたが、番組中に流れた彼の作曲とされるリュート曲を聞いて驚いた。弾いていたのは彼かどうかわからないが、曲そのものはかなり良かった。古楽の雰囲気に溢れていた。音楽の英才教育を受けて育ったと聞いたことがあるが、「まさかここまで」と信じられない思いだった。
☆ ☆
「なんだ、このオンナは」というのが第一印象。
アンジェラ・アキという人。
うまいのかへたなのかよく分からないが、演奏態度がやたらデカイ。
英会話スクールのイーオンの社長の娘だそうだ。
顔は長いが指が短くオクターブ届かないそうだが、しっかりとピアノ曲集みたなものは出している。
などと今はこんなふうに言っているオイラだが、何かのきっかけでコロっと絶賛派になってしまうのだ。
人の心は変るのさ。(日吉ミミ)
ヘンにこだわるところがあって、たとえばカレーに入っているジャガイモが面取りしていなかったりすると、星一徹のようにちゃぶ台をひっくり返す。(ウソ)
目にもの見せてくれるわ、とばかりにカレーを作った。
タマネギのみじん切りは納得のいくまで狐色に炒める。
豚肉はあらかじめカレー粉にまぶしておく。
もちろんジャガイモは丹念に面取りをする。
ルーはジャワカレー辛口。それになんとなくホンモノっぽい瓶に入ったスパイス(もらいもの)を追加する。にんにく(青森のホワイトロッペン←ブランド品)のすりおろしも入れてしまおう。
手順にまちがいはない。いい香りがしてきたぞ。あとは仕上げをごろうじろ。
・・・・・・と順調にいくはずだった。ところが、
できあがったカレーの様子がおかしい。
必死に面取りしたジャガイモは、煮込んでいるうちに跡形もなく溶けてしまっていた。ジャガイモを買うときに品種を選ばなかったのが敗退の一番大きな原因。たぶんキタアカリだった。やはりメークインじゃないとだめみたい。
おまけに水が多すぎたようで、トロットロ。
肉をケチったから、見える固形物はニンジンだけ。それも面取りしていない片手落ちのニンジン。こんなはずではなかった、とカレー皿の前で一人うなだれる。
だが、味はいいのだ。
「えい、スープカリーだっ」と気合を入れて2皿食べた。汗だく。
○散歩。
この歳になって初めて見たものがある。巨大ナメクジ。調べたら「ヤマナメクジ」という名前であることがわかった。20センチはあった。黄土色。あいだ二日ばかりおいて別の場所でも見た。写真を撮った。ブログに載せようと思ったがさすがにやめた。
○[至急]と印刷された封筒が郵便受けにあったので、開けてみたら不動産屋さんからの家賃引き落とし変更の書類だった。カード会社が変るので同封の書類に口座番号等必要事項を記入のうえ捺印して送ってくれというもの。返送の期日まで指定してある。
数日後、隣の住人に「アレどうしました」と聞いたところ、いっこうに話しが通じない。
そんなものは来ていないという。「ウチはずっと振込みしてますけど」だって。
それから2ヶ月。不動産屋さんからは何の反応もない。もちろん返送していない。送ってきたのはカード会社か。
○指揮者の西本智美が人気だ。
外見だけに目を奪われがちだが、経験と実力は確かだという。
来年のスケジュールを見て驚いた。モナコのモンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団の定期公演で棒を振るのだが、そこでロドリーゴのアランフェス協奏曲が演奏される。ギター独奏が村治奏一なのだ。
○歳をとると昔の話が多くなるが、知り合いの奥さんが臨時職員として採用された社会保険事務所の悪口を言っていたことを思い出した。そんな人ではなかったので当時不思議に思っていたが、そうだったんだな、やっぱり。昔からなんだ。
○カレーの鍋を洗うのはきらいだ。
イタリアのテノール歌手パバロッティが亡くなった。
門外漢の私のようなものでもその素晴らしさは理解できた。
彼の父親はパンを焼く仕事をしていた。歌を愛する人だったそうだ。彼の歌は父の影響だと私は思った。
親に誉められたとか、親を喜ばせたいという気持ち、・・・・・・というか、親と価値観を同じくするという思いは貴重なもので純粋なものだと私は思う。それは大きな力になる。
というものの、今になっても自分は年老いた親に心配をかけるばかりだ。
これからのおおまかな生き方が決まった今日。
用事で秋田市に行った。
たまたま近くのコミュニティーセンターでギターの練習があることを知って、見学させてもらった。
秋田市民ギターアンサンブルの練習だった。
指導してる方は、秋田県のみならず、山形県でも精力的な演奏・指導活動をされている舟橋瑞郎さん。庄内ギターフェスティバルでも尽力されている方。*1
楽しい雰囲気の練習。みなさん経験豊富な方々のようで音がしっかり出ていた。
舟橋さんはじめ面識のある方は一人もいなかったが、少ししてから舟橋さんの方が私に気づき、「大曲で楽器を作っている方です」と皆さんに紹介していただくことになってしまった。
「どうですか」とご自身のギターを差し出し一緒に演奏を進められたがさすがに我慢した。
ちなみにこの秋田市民ギターアンサンブルは、ただいまメンバー募集中とのこと。
*1:平成20年度、第2回庄内ギターフェスティバルは来年8月下旬の予定
☆
平成19年9月30日(日) 午後2時開演 (終了4時半予定)
秋田市中通 アトリオン4階 音楽ホール 入場無料
<出演者>(敬称略)
石塚秀世、片岡元、加藤春夫、加藤春菜、加藤善行、神原順一、佐々木正昭、柴田周子、杉崎学、野崎吉康、舟橋瑞郎、三田村孝則、山下哲郎、秋田市民ギターアンサンブル(代表:斎藤均)他。
<曲目>
☆
クラシックにこだわらない内容のようです。
昔読んだ串田孫一の随筆の中に、目の不自由な方とリコーダーの練習をする話があった。
そこには微妙な思いが綴られていた。
合奏は人間関係そのもの。
何度か経験があるが、1+1が1になることを体感すると、病みつきになる。
ところがなかなかそうならない。
逆にお互いの欠点が2倍になったりする。
メンバーが練習してこなかったりすると腹がたつこともある。
工夫をこらしたつもりの演奏が、ジツは理解されないものだったり、と。
そんなふうに合奏は人間関係そのものだが、だからこそ作り上げる喜びは大きいような気がする。
秋田ギターアンサブルの練習を見学して、ぼんやりとそんなことを思っていた。
昨日の記事、杉崎学氏の崎は作りの上、「大」ではなく正しくは「立」。
「はてな」文字化けするので、仮の文字で代用させていただいた。
(またどうでもいいことを書くわけだが)、家人が粘り強いのは、納豆発祥の地の生まれだからかもしれないとその腕を見ながらふと思った。今をさかのぼること約900年、この地で戦があったとき、馬の背に載せた食料用の豆が馬の体温で発酵したものが納豆だという。この戦はご存知「後三年の役」。
(と、ここまで書いたら粘りのことはどうでもよくなった。)
この戦は、言ってみれば身内のゴタゴタが大炎上したものだが、きっかけは、岩手から秋田の金沢まで遠路はるばるお祝いを届けに行ったものの、行った先の主は碁に夢中になっており、まるっきり相手にされなかったというところからはじまる。
戦の中心的な人物の一人に清原清衡がいる。奥州平泉文化を興した藤原清衡その人である。彼は前九年の役で滅ぼされた安倍頼時の奥さんの子供。親子二人強引に秋田に連れてこられたものだ。「安倍」で気づかれた方もいると思うが、この岩手の安倍氏が、今日突然辞めることを発表した方の先祖である。
(横道に入るが)
前九年の役でやぶれた安倍氏の末裔は、松浦の姓を名乗る。前九年の役で源氏に滅ぼされたことから、それ以上の迫害をさけるために松浦の姓を名乗ったといわれるが、そこのところはよくわからない。やがて松浦氏は壇ノ浦の戦いで平家につくが、ここでも源義経に敗れてしまい山口県に流されることになる。ここで姓を安倍に戻す。*1
(どんどん横道に入るが)
国民の支持よりも給油の方を重視する感覚は理解できなかったが、もしかするとどうしても譲れない純粋な正義感が氏をこのようにしているのではないかと思うところもあった。
そこが見えないまま尻切れトンボのようになってしまったのは残念だ。なんとなくこの国はますます良くない方向に行くような気がしてならない。こんな記事があった。
「身体検査」という言葉が注目されているが、その意味が、政治資金を外部監査で調べるとか、女性問題を調べるということだと受け止められているのであれば、私の感覚とはちょっと違う。もっと多面的に、政治家の活動、交友関係まで考察するべきものだ。
(2007年9月4日の読売新聞から飯島前秘書官の話)
昨今のマスコミは一見我々の立場で見ているようでありながらジツは魔女狩り的な行動をとっている気がする。記事のように、その人が何をしているのか、誰の影響で動いているのかを見ていく必要があると思う。でもそれも結局興味本位のものになっちゃうだろうなきっと・・・・・・。
などと納豆をかきまぜながら思うんだよね。
*1:記憶にたよって書いている部分があるので間違いにはご指摘を
自分の中の昭和へのノスタルジーかと思っていたが、違っていた。
阿久悠はホントにすごい。
材木町に紙を買いに行ったら、祭の山車が出ていた。
「今だ」とシャッターを押したら、やはりかなりの手ぶれ。
光量が足りないんだね。そんな暗い日曜日。それでも祭への少しウキウキする気持ちは薄れない。
祭はいい。
夕方になったら寂しくなって、友人に電話した。
スーパーで買い物してから駐車場に戻ったものの、クルマの置き場所を忘れてエライ目にあった。
それはともかく以前、迷惑メールへのうらみつらみをシリーズで書いたことがあるが、偶然かどうか、それ以来ピタッと来なくなった。(などと書いたらまた来るかも)
出始めの頃これら迷惑メールやウイルスなどは、オタクの自己顕示欲の延長線上のものが主流だったが、最近はストレートに利害関係に結びつくものになり、なかには組織的なものもありそうだ。最近とくに嫌だと思っているのはボットと呼ばれる種類のもの。
これらが一斉蜂起するときが来るような気がして薄気味悪い。
まさか音楽周辺のファイルは・・・・・・・と思っていたら、MP3を装うウイルスが出てきたそうだ。音楽を再生しながら感染を広げていくものらしい。
ウイルスの名称は「Vergon」。実行形式ファイルだが、MP3ファイルのアイコンになっている。うっかりダブルクリックすると「Lagu」という名前のMP3ファイルを作成・再生する。実際に音が出るという。 *1
と、そこまでは昔ながらのいたずらウイルスと変らない。
このウイルスの怖いのは、パソコンに管理者アカウントを作ってしまうこと。つまり自分のパソコンが乗っ取られてしまうところにある。
まず疑ってかからないといけない世の中になってしまったな。
*1:Windowsの「フォルダ オプション」中の「登録されている拡張子は表示しない」を無効にしていない人は見落としてしまうかもしれない。
誤記名人の私でも驚く、こんなスゴイ入力ミスがあった。
天皇、皇后両陛下の訪問に関する知事名の案内状の文書だ。。
秋田県は今月下旬に来訪される両陛下が帰京される際に、見送りを予定している方々181人に対し、案内状を送付した。このうちの21通が「悪天候などの理由により」と表記すべき個所を、「悪天皇…」となっていた。
というもの。
担当者が処分されたそうだが、腑に落ちないところがいくつか。
面白がるのは不謹慎だが、どこかミステリーっぽい。
練習している曲を暗譜しようとして楽譜をよく見たら、5度の和音を3度の和音と勘違いして弾いていたことに気がついた。オラの耳は、聞き分けできていないのだ。この程度。そういえば「聞き分けがよくないと」いわれたことがあったような。
ご存知の方も多いと思うが、鹿角市の花輪市民センターで開かれた「かづの女性のつどい」で、戦争中に歌うことを禁じられた歌がいくつか紹介されたそうだ。
その一つ、童謡「夕焼け小焼け」の替え歌がこれ。
夕焼け小焼けで日が暮れない
山のお寺の鐘(かね)鳴らない
戦争なかなか終わらない
カラスもお家(うち)へ帰れない
お寺の鐘さえも供出してしまい、鳴ることはない。
カラスも家に帰れない。
どこかしたたかさを感じさせるところがあると同時に、流されていく庶民の悲哀を感じさせる。カラスを戦争から戻らない家族と重ね合わせた人もいるかもしれない。
歌い継がれなくても60年以上生き続けたこの歌詞としての力はそこにあるだろう。
昔、情報産業が急成長のきざしを見せていた頃、業界はさまざまなキャッチフレーズで市場を活性化しようとしていた。今考えると「何を考えてるんじゃこのアホ」みたいなものもあったが、当時はそれが何かカッコイイものに見えていた。プログラマーやシステムエンジニアが花形のように宣伝されたのもこの頃なのだが、実際は忍耐・体力・気力・根気の世界で、言い方は悪いが使い捨てのような状態でボロボロになって潰れていく人もかなりいた。みな優秀な人材だった。マーケット(利用者)がコンピュータシステムで何ができるかを知らなかった時代だから、売り手は夢見たいなことを言って売り込めばよかった。やがて利用者側は巨費をつぎ込み、他社との優位性を獲得するために、盲目的なスクラップ・ビルドを繰り返すようになった。
そして最近、その金額が積算方式では計算できない単位になったときに、システムベンダーは「一山いくら」の商売をするようになった。このときのキーワードは「グローバル・スタンダード」。このキーワードは、企業が生き残るための絶対条件として位置づけるところから彼らの商売は始まった。だからシステムの仕様が決まらなくても見積りが出た。異常な世界に突入していった。
ある日100億円の金額が出たときに、彼はもうだめだと思った。こんな仕組みで動いている世界にはいられないと思った。
深夜。六本木のビルの窓から見下ろした街は雨だった。どしゃぶりに違いないが、とても静かだった。
ホテルのテレビで、タバコ裁判どうのこうのと毎日のようにうるさく放送していたことを思い出した。さすがアメリカ、つまらないことで裁判になるもんだとそのときは妙に感心したが、それから4、5年経って、その状況がそのまま日本やってきた。タバコは今や人類の仇になってしまった。
そんなところに面白い記事を見つけた。「文芸春秋」10月号で養老孟司と劇作家の山崎正和が対談。話が盛り上がって喫煙を擁護する展開になる。
「たばこの害や副流煙の危険は証明されていない」
「禁煙運動家はたばこを取り締まる権力欲に中毒している」
「肺がんの原因がたばこであると医学的に証明されたらノーベル賞ものだ」
「副流煙の危険性は問題外」云々。「ファシズム」「ナチズム」という言葉まで出てくる。
この記事に対して(初めて知ったが)「日本禁煙学会」というのがあって、そこが当然猛反発。質問状を出したとのことだ。しかし前回の「バカの・・・・・・」の例からすると、おそらく養老孟司はそれに応えることはないだろう。煙に巻いたというところか。(失礼)
だれもがタバコは良くないと思っている中でこんな記事がでると「もしかして」と思ったりもする(私はタバコを吸わなくても肺がんになっちゃたし)。そういえば中国製品問題の発端は、アメリカで行われたあるアンケートに端を発していると聞いたことがある。「中国製品なしで暮らせるか」との問いに対して「NO」という答えが圧倒的。そこからバッシングが始まったという。*1
ホント、我々は情報に試されているみたいだ。信頼できる何かが欲しい。
「信頼できる何か」というのは「信頼できる情報」というのではなく、たぶん「信頼できる誰か」だ。
*1:中国産よりもアメリカからの輸入食品のほうがジッサイ問題があるという話もある。
作戦としては古い時代の形で、アコギ1本の伴奏から入る。
やがでエレキギターの泣きのチョーキングがからんできて、それにバイオリンが重なる。
団塊狙いであることはわかっていても、力ずくで抑えられて1本とられたといったところ。負けまいと思っていたが「う〜〜む」と唸ってしまった。
すぎもとまさとの歌、『吾亦紅(われもこう)』。
歌っている「すぎもとまさと」は私より3歳年上。
ルックスもカッコいいが、五木ひろし、因幡晃、狩人、桂銀淑、研ナオコ、小柳ルミ子、細川たかし、湯原昌幸など、多くの歌手に楽曲を提供してきた実力者でもある。
ちあき哲也のちょっと仕掛けのある歌詞がまたすばらしい。
こんな歌が流行りそうな気がしてくる。
吾亦紅の写真:(http://www.toyo-keiki.co.jp/shinshu/shinshu_084_10.htm)
○「ブログ」というのは公開日記だと思っていたらそうではなくて、Web-Log、つまりインターネット上の情報を書きとめておくことから始まったものだそうだ。ネットに散在する玉石混交の膨大な情報の中から、自分が必要とする情報をメモしておくものだった。それを公開することによって、ある種の系統立った情報となりやがて価値観を共有するものに発展してきたのだろう。
○昨日急にサバの味噌煮が食べたくなった。近所のスーパーに出かけたら、ショーケースには通常価格のものと20%引きのものがあった。おそらく作った時間の違いで差があるのだろう。通常は20%引きのものを買うのだが、決心して通常価格のものを買った。帰って食べたらやったら甘い。しかもしばらくして体がカユクなった。やはり20%引きのほうが体に合っているということか。
○ビギンが使っている「一五一会」という楽器。
4弦の楽器で、調弦がソ、レ、ソ、レとなっている。コードが簡単に弾けるしくみだ。
手作りだが、かなりシンプルに作られている。11万の価格はどうなんだろ。
それにしても「一五一会」というネーミングがいい。
ネーミングをまねしてみようかな。どんなのがいいかな。
一長一短、一喜一憂、一石二鳥、一獲千金、一蓮托生、一網打尽 ・・・・・、ろくなものを思いつかない。
○知人が投資信託とかで安定した利益を得ているとのこと。やってみないかと誘われた。
スーパーの札を貼る人についていく習性が身についている私には、そんな余裕はないので右から左へ聞き流した。
それにしても、働かないで利益を得るという仕組みの末端には、貧困、略奪、暴力、そんなものがあるような気がする。サブプライムもその類だろう。
○ホームセンターの商品案内プレートに大きく堂々と書かれていた。
「夜行塗料」
下に並んだ実際の商品はもちろん「夜光塗料」。
こんな間違いをみるとどこかうれしい。
店の人に教えてあげるべきか迷ったが、やめた。
野菜がたくさん摂れて、簡単にできてしかも元気の出る料理はないかと考えて思いついたのが「お好み焼き」。お好み焼きは料理ではないという意見もあるかもしれないが、それはそれとしてさっそくキャベツ、タコ、エビ、豚肉の薄切りなど買ってきて、とりかかった。
ホットプレートがないので、ポイントのシールを貯めて買ったクッチーナのフライパンを使う。(これが調子いいのだ)
容器に小麦粉をといて材料を入れ、それをフライパンに流し込む。一瞬いい音がして期待が高まる。豚肉をのせる。いい香りもしてきた。
前回のカレーの雪辱は晴らせると思った・・・・・・、が、甘かった。
でき上がったのは、キャベツのあんかけ。皿に乗った姿も無残。(したがって今回は写真なし)
長年の単身赴任で鍛えた腕はどこへ行った。クッキング・パパの異名をとった自分はどこへ行ってしまったのか。ビッグ・ダディーに負けている。(それにしてもあの三つ子の父親は誰だろう。あ、横道にそれた。)
何が良くなかったのだろう。カセットコンロの火力かも、いやきっと水にといた小麦粉が薄すぎた。モンクを言う相手もいない。これが自己責任というヤツだな。ひとりごとぶつぶつ。それでもアツアツにかけたかつお節は踊りだす。ソースをかけた正体不明の食べ物はうまかったのだ。
それにしても次の楽器にとりかかるまでのウォーミングアップが長すぎる。
体は大きくても17歳はまだ子供。
亡くなる前日、「おとうさん、むかえに来て」と電話したときの気持ちを考えると涙がでてくる。
国技として威厳を持っていたはずの相撲界がこうだったとは。
わか杉国体の開催と重なった今年の『第25回秋田ギターフェスティバル』だったが、とても中身の充実したもので、私は終わってからも興奮状態が続いていた。
これだけの内容のものを無料で開催する関係者の努力に感謝しながら、某のカンパをさせてもらった。同じように思った方も多いようだった。
かいつまんでその内容を書いておく。例によって出演者の方々に敬称をつけないで書かせていただく。また思い違いのところもあるかもしれないので、気がついた方はお知らせいただきたい。
演奏者:秋田ギターアンサンブル(斎藤均、熊谷晴功、誉田憲彦、島倉順一、山下哲郎、舟橋瑞郎、斉藤美智子、鷲谷優子、渡辺和子、中田咲紀)
ソロ&デュオ:石塚秀世、片岡元、加藤春夫、加藤春菜、加藤善行、神原順一、佐々木正昭、柴田周子、杉恕W学、中田咲紀、野崎吉康、舟橋瑞郎、三田村孝則、山下哲郎
最初の演奏者は田中咲紀ちゃん。小学4、5年生だろうか。モーツアルトの『なんという美しい響き』とハイドンの『アンダンテ』を演奏した。音がひとつひとつ良く聞こえるのは、キチンとしたタッチだからだろう。私のように独学で始めて、長く指導者につかなかった者にとっては、自分自身のタッチの問題点はなかなか気がつかない。やはり最初の基本というのは大事だ。
2、3の小さな間違いはあったが、素直で楽しい演奏だった。
『なんという美しい響き』は、私も練習している曲でなかなかうまく弾けない曲。私の使っている譜面よりむずかしそうだった。こんなふうに弾こうとしてもできるものではない。なんというか加齢臭がでてしまう。
続いて舟橋瑞郎。『日本の四季選』をいつものように安定した演奏で披露した。
ちなみに舟橋瑞郎の名前のヨミは「フナハシミズオ」で、決して「フナバシハシロウ」ではない。
イケメンの山下哲郎は、イルマンの『シンプリシタス』という曲を演奏。初めて聞く曲だった。とてもきれいな曲。クラシックギターの新しい可能性のようなものを感じた。
確か関西方面のミュージシャンだったと思う。自身のブログにこんなことを書いていた。
秋田の本庄*1にいる、石塚秀世というギタリストが
すごいです。クラシックからジャズや世界中の
音楽を聴いて、全部独学でギターを弾いているのですが、
秋田の冬の寒さのつらさや、お父さんを早くに
なくした苦しみなどが、全部音に現れています。
一度久保田さんに聞いていただきたいです。
久保田さんなら、彼の凄さがわかると思います。
ただ、人前でギターを弾くのは死ぬほど恥ずかしい
らしくて、私も何十年の付き合いになるのですが、
この間初めて聞かせていただいて驚きました。
ヒデヨのお母さんがもてなすのが大好きなので、
是非、久保田さんをヒデヨの家に連れて行きたいです。
無理な話なんでしょうがね。。。
この石塚さんが登場した。
演奏曲目は、ボンファの『黒いオルフェ』、それとジョピンの『イパネマの娘』。
上のブログ記事そのままの演奏。一つの世界を持っている。あがって実力を発揮できないかもしれないと心配していたが、まるっきり余計な心配だった。
続いての3名は、フォークギターを持参しての参加。舟橋氏の交友の広さを感じさせる。
加藤善行*2、三田村孝則、杉恕W学。ライブ等で有名な方々とのこと。アンプとエフェクタを使う演奏は最初違和感があった。
それにしても彼らのリズム感と、楽器の歌わせ方はすごい。特に杉恕W学の演奏が良かった。同時に岡崎倫典の曲作りのすごさも実感。
ここで第一部が終了する予定であったが、急遽順番を繰り上げてほしいという方がおり、演奏することになった。プログラムでは大トリの予定だった柴田周子だ。
(続く)
第一部のトリは、柴田周子の演奏となった。
曲は、柴田がイギリス在住のときに、コシュキン(http://www.homadream.com/person/koshkin.htm)から献呈されたという『5つのバラード』から、コンモトとモデラート。これぞ超絶技巧といった演奏。ただ曲が難しすぎて私には理解できない。
第二部の最初の演奏は、秋田市民ギターアンサンブルから始まった。
先日見学させてもらった方々の演奏で、始まる前から楽しみだった。
さて今回は練習の時より格段に良くなっていた。特にワーグナーの『行進曲』は、クラシックギターで行進曲を演奏するという実験的な試みが、みごとに成功する演奏になった。
『ずいずいずっころばし』、『あわて床屋、待ちぼうけ』、『叱られて』みな表情が豊かな演奏に仕上がっていてよかった。最後は『アルハンブラの想い出』でしめくくった。アルハンブラの合奏もいいものだ。
ファリヤの『スペイン舞曲第一番』を演奏したのは、加藤春夫、加藤春菜の親子。
お嬢さんの堂々とした演奏がいい。親子ならでは息の合った演奏だった。
まるで親子のように息の合った演奏をしてくれたのが、秋田の重鎮佐々木正昭と、神原順一。曲はグラナドスの『詩的ワルツ集(全曲)』。佐々木正昭の円熟の極みといった演奏は、どこにでもあるものではない。またいつも感じることだが、神原順一のアンサンブル技術はすばらしい。相手の感情を理解できる大人でないとあのような演奏はできないだろう。MIURAのギターはよく鳴り、音も美しい。20分弱の大曲だったが、まったく飽きさせることはなかった。
(続く)
第三部の演奏は、片岡元から始まった。
ポンセの『イ短調組曲(全曲)』を演奏したが、この演奏で私は完全にノックアウトされてしまった。譜面を見ながらの演奏だったが、流れるような演奏は一点の曇りもなかった。テンポの揺らぎがないから聴いていて安心感がある。アルペジオは清流のように流れる。
楽器がすばらしい。
それまで出演された方のどの楽器よりもいい音だと感じた。というより、まったく別の音に聞こえた。音量、音色、分離、伸び・減衰みなすばらしい。余計な倍音や雑音がない。和音のつながりの中にめぐる一つのメロディーが際立って美しく歌う。演奏者の技術なくしてできることではないが、楽器が演奏を助けるということもあるだろう。楽器のほとんどのポジションを使うこの曲で、より楽器のすばらしさをうかがい知ることができた。
心地よい緊張感を最後まで持続させながら、虚飾のない淡々としたすばらしい演奏だった。
次に出演したのは、(聞き間違いでなければ)片岡元が明治大学で弾いていた頃のコンマスだったという方。東京から参加した野崎吉康。アサドの『ヴァルセアーナ』という曲を弾いた。いとも簡単に弾いているように見える。実力はかなりのものだろう。もっと聞きたいと思わせる演奏だった。
さて、前から聴きたいと思っていた曲を聴くことができた。
藤井敬吾の『羽衣伝説』だ。多彩な演奏テクニックで聴かせてくれたのは、二部で佐々木正昭と二重奏を演奏した神原順一。ともすれば悪趣味に走りやすい曲ではないかと思うが、まとまった一つの音楽として弾ききった。それにしても安定している。
この後、実質本日のトリとなった佐々木正昭のソロなのだが、残念ながら時間がなくて聴くことができなかった。プログラムにはロドリーゴの『三つのスペイン小品集(ファンタンゴ、パッサカリア、サパデアード)』とある。
急いで会場を出たところで、先ほど演奏した片岡元と野崎吉康にばったり会った。
(続く)
急いでアトリオンの会場を出たところで、先ほど演奏した片岡元と野崎吉康にばったり会った。自分らの演奏が終わってすぐ出てきたようだ。演奏がすばらしかったことを伝えた後で、気になる楽器のことを聞いてみた。
ベルナベである。
目の前で聞いたことがある。そのときもすばらしい楽器だと思ったが、ステージに上がるとコンサートギターとしての本領を発揮する楽器だということをあらためて実感した。パウリーノ・ベルナベは今年5月に亡くなったから、今後高騰していくだろうなと思う。今でもインペリアルは400万円(実売300万くらいか)の定価がついている。
私を見て「新聞に出た方ですよね」と片岡氏。
別れ際に深々と頭を下げられてしまった。
ふざけてばかりいないで、そろそろちゃんとした楽器を作らないといけない。
今回の『秋田ギターフェスティバル』は、秋田のクラシックギターは他県に遅れをとっていると思い込んでいた自分のイメージを訂正することになった。
舟橋瑞郎、片岡元、神原順一、柴田周子の4人は、手弁当で精力的に演奏活動を展開している。彼らの活動は、現在の秋田のギター文化に貢献していることはもちろん、次の世代のクラシックギター環境にも大きな影響を及ぼすだろう。
ちなみに彼らの次回の演奏テーマは『タレガ作品』。12月15日(土)14時〜、秋田市桜教会で。無料。前回のテーマ『ルネッサンス』も良かったから期待も大きい。
○福田パンが好きだ。ただ、あんバターは1個で1000キロカロリー超えてるそうだ。
○秋田わか杉国体で秋田県勢が活躍している。県人としてはやはりうれしい。
剣道に注目しているが、岩手に片腕の選手がいることをテレビで知った。片腕で上段の構えがカッコいい。6段でめっぽう強いらしい。このことを娘婿に話をしたら一瞬嫌な顔をした。戦って負けたことがあるらしい。「どこから打ってくるかわからない」とのこと。
残念ながら岩手は2回戦で大分に負けてしまった。
そして昨日、成年男子の決勝は秋田−大分の戦い。みごとに秋田は優勝を決めた。
成年女子、少年男子、少年女子そろって優勝するという快挙だ。
○同大会にはめずらしい競技がいくつかある。「なぎなた」。これは大曲が強い。参加する県が少ないためだと思っていたがそんなことはなく、約30の県の戦いになっているから、けっこう厳しい競技だ。「ボーリング」もある。ボーリングはゲームじゃなくてスポーツなんだ。
○この時期に秋田で水泳というのもかわいそう。
○新総理大臣に「なりすました」メールが出回り、当の公式サイトは1画面を残しているだけで実質閉鎖状態になっている。その1画面というのは、なりすましメールへの注意を促す文書を画像ファイルで貼り付けたものだが、ここにすごい誤字があった。
「なりすましメール」が10月3日まで「なりますしメール」になっていた。*1
「誤字から男」の私にとっては心温まる1ページだった。
*1:10月4日にはサイト全体が閉鎖になった。
○沖縄の友人が楽器を欲しいというので送ろうかと思っている。
宅配便はどこも似たようなものかと思っていたが大違いだった。
それにしても便利なサイトがあるもんだ。
○秋田わか杉国体バスケット少年男子で能代工業が優勝した。2年連続無冠の状態だったが、今年は高校総体に続いての優勝になった。無冠時のチームのキャプテンをしていた選手の父親が高校時代からの友人で、彼からもらった「籠球王国」と書かれたTシャツを持っている。得意になって着てみたいが季節がズレてしまった。「ズレ加減がピッタリだと思う」とのコメントがつきそうだ。
○高校の同級生のブログを見つけた。
田舎町の町長を10年近く続けた彼は、2年前に何を血迷ったか県知事選挙に出馬した。結果は予想をはるかに上回るものだったが残念ながら落ちてしまった。
彼のブログは毎日欠かさず丹念に書かれている。しかも長文。かなりヒマらしい。ヒトのことは言えないが。
○いもづる式に昔のことを思いだした。
放課後、教室でギターを弾いていると同級生がやってきた。ギターケースをさげている。
どう対応していいかわからない自分は、そのまま楽器を弾き続けた。長い時間が経過していたと思う。彼は楽器を弾くこともなく居なくなった。そのことを時々思い出す。
その彼が県議会議員の副議長になっているということを最近知った。
○鼻息を荒くして味の味橋屋に向かった。
休みだった。
長年苦楽をともにした冷蔵庫だが、いらなくなった。
貧乏人組合メンバー数人に「冷蔵庫あげます」とメールしてみた。間髪を入れずに全員から「いらねぇ」と返事が来た。なら捨てるしかないと思ったが、リサイクル法とかなんとかでヤッカイになっていたはず。調べてみた。結果、やはりかなりめんどうだということがわかった。費用もかかる。
我が家のチビ冷蔵庫でもリサイクル料が4830円。引き取りを依頼するとそのほかに当然料金がかかり、合計で9000円ほどになる。なら持ち込みではどうかと調べてみたら、リサイクル料は変らない。ところが面倒なことに、それぞれの指定業者には取り扱いメーカーの指定があり、持ち込めるところは県内に何ヶ所もない。しかもリサイクル料金はあらかじめ郵便振込みをしておく必要がある。(回収業者の不正を防止するためらしい。)
リサイクル法ができてから、不法投棄が増えたのだそうだ。多いのが小型テレビ、その次が冷蔵庫とのこと。やはり費用が高いことが原因のようだ。
誰もが不満を持ちながらもしかたのない仕組みだと思っているのがこのリサイクル法だろう。メーカーにしても同じだと思う。費用のほとんどは輸送費ではないかと思うが、ここをなんとかうまくできないものだろうか。自治体が業者に丸投げしているような印象も受ける。
無料で回収するあやしいトラックを見かけることがある。彼らは回収品を修理をして輸出しているらしい。いろいろ問題はあるようだが「モッタイナイ」の考え方からすると彼らのほうがはるかに効率がいいように思ったりもする。
組合員の一人から「保冷庫に使ったら」という提案があった。
たしかに接着剤とか塗料を入れておくにはいいかもしれない。
さて運命はいかに。
○木工所を経営している従兄から工場を譲ろうかという話しがきた。
歳を理由にそろそろ引退を考えているらしい。
子供の頃、この工場で、彼の父親の組子仕事をかたずをのんで見ていた記憶がある。
大きな機械がいくつか設置してある。かなりの金額で買ったことは想像できる。
年季の入った数々の手道具。
2階建てで広さも十分ある。
欲しいが、楽器を作るにはオーバースペックというか、おおげさというか。
アマチュア製作家の域を超えることもないだろうし。
○PAのミキサーをしていた若い頃の友人とよく似ている演奏を見つけた。
http://www.youtube.com/watch?v=QjA5faZF1A8
バックは打ち込み。
パッヘルベルのカノンを演奏している。
自室のベッドの前で撮ったのだろう。画面の雰囲気は生活までアイツを彷彿とさせる。
人にも感染する法定伝染病、ブルセラ病に感染している疑いのある牛が福島県で見つかったそうだ。この病気は日本ではすでに清浄化に成功している病気だといわれていたものだ。
病原菌は乳汁にも排泄されることから、問題を重視した福島県では、この乳牛の乳を含んだ疑いのある牛乳などの製品約176万点(主に東北地方に出荷)を、自主回収するという。製品は製造時に殺菌されており、飲食しても健康に影響はないというもののやはり口にしたくはない。
牛の生理ギリギリまでの飼育をしていることを問題視する関係者は多い。
「も〜〜カンベンして〜」と牛が言っているのに(失礼)、牛が好まないものまで無理やり大量に食べさせたり、管理効率を上げるために牛舎から一歩もださなかったりと、牛の体にとってよくないことを人間は、やっている。何が入っているのかわからない輸入穀物を大量に与え続けて、牛の体に変調をきたさないわけがない。狂牛病といい今回のブルセラ病といい、ツケは必ず人間に回ってくる。
時々思うのだけれども、日本人はこれほど肉を食べないといけない人種だったろうか。
おいしいコーヒーの入れ方を、スターバックスの社員指導をしている方の話から抜粋。
まず水に気をつける。コーヒーの98%は水が占めるので、水が良くないと、どんなにいいコーヒー豆を使ってもおいしいコーヒーにはならない。ただ難しく考える必要はなく、水道水でコーヒーを入れる場合、そのまま使うわずに浄水器を一度通すといい。市販の水を使うときは軟水を選ぶ。ミネラルが多いと苦くなってしまうため、硬水はコーヒーには向かない。 値段の高いミネラルウォーターを使ったからといって必ずしもおいしいわけではない。
お湯の温度。沸騰直後のやかんからお湯をコーヒーの粉に注がないこと。風味を最大限に引き出せる温度は90〜96℃。
水の量とコーヒーの粉の分量のバランスは180mlのお湯に対して10g。
コーヒーを入れる直前に豆を挽くのが理想。また作りおきせずに入れたてを飲むようにする。薄目のコーヒーが好みの人は、コーヒーの粉を少なくするのではなく、分量どおりに一度作って、そこにお湯を加える。香りがまるで違う。
豆の挽き具合。「コーヒープレス」を使ってコーヒーを入れる場合は粗挽き。エスプレッソマシンならば、極めて細かい粉が向いている。
豆の保存には湿気・酸素・光・熱が大敵。2週間以内に使い切る場合は密閉容器に入れて冷暗所で保管。それ以上保存するときには密閉容器に入れて冷蔵庫に入れる。
30年来使っている我が家のミル。
矢幅駅前の味橋屋。
お好み焼きとおやきでしめて200円。時代が止まっているようだ。
お好み焼きはクルクルと巻いて紙に包んだものを輪ゴムでとめてくれる。
もちもちとした食感と素朴さがいい。
家電リサイクル法の欠陥をついた不祥事がやはり起きた。
徹底するならトレーサビリティーのしっかりしたシステムを作るしかないが、結局それは消費者にさらなる負担を強いることになるだろう。
それよりも、利用できるものを再利用する仕組みを作ってもらうほうが、私のようなものにとっては嬉しいんだけど。経済の活性化には全然結びつかないが。
ジンギスカンを見下していた時期があって、そのことを大いに反省させられたのは花巻の宮川という店に行ったとき。店に入ってすぐに見た光景は、白衣を着た人たちが黙々とジンギスカンを食べている姿。その白衣は店で貸し出す「食事着」であった。
それまでジンギスカンというのは、丸くてスライスしてあるものだと思い込んでいた。それがここでは違っていた。ふっくらとして見た目にも美味しそう。食べて見ると味も豊か。これがジンギスカンだと感激した。店のオヤジがまたガンコオヤジで、それが気持ち良かった。元気でいるだろうか。
遠野もジンギスカンで有名。
名前の売れたある店に行ったことがあるが、店内がちょっとコテコテに汚れていたことを思い出して今日は別の店に入った。名前が無粋で「遠野食肉センター」というものだが、出てきたラム肉の美味しさはホンモノ。量も充分すぎるほどで、一人分を二人で食べてちょうど良かった。
このブログのコメントリストに秋田のギタリスト片岡元氏の名前があって驚いた。
ご本人が見ているのならもっと書きようがあった。(笑)
丁寧なコメントを書いてもらった。
どこかの役所と同じように、出向かなければそのまま、というのがあって、行ってみたらやはり基本料金が通常の半額になった。知らないと損をするというのはあちこちにある。
それにしても携帯電話の世界の料金体制というのは複雑だ。
ついでに家人のケイタイの機種変更をしたが結果的にタダだった。ハードウエアメーカーと携帯電話会社の関係は不思議な関係だが、結果的に消費者が高い通信料を払っていることになる。これが国際競争力の低下を招いているといわれる。
ところで、機種変更したケイタイ。
老眼が進んだ家人は、目を細めたり顔のあちこちの筋肉を引きつらせたりと、まことに苦痛を伴うものになってしまった。ミエをはらずに老眼対応のものにすればよかったものを。
無明舎という秋田の出版社があって、「あんばいこう」という人が社長。
この人が書いた『田んぼの隣で本づくり』という本があった。さわりだけ、と読み始めたが結局全部読んでしまった。自分の会社が出版会社でありながら、日本エディタースクールという出版社から出ている。
文中に出てくるAという人が、まぎれもなく昔我が家に出入りしていたAさんだ。当時はものすごい風貌をしていて、家族からあんまり呼ばないようにと言われたほど。
あんばいこうもけっこう奔放で、自分に正直。言い方を変えるとわがまま。そこが面白い。
一気に読んでしまった。
サルコジが結婚式に呼ばれたときのこと。その結婚式の花嫁さんはセシリアさん。彼女に人目ぼれしたサルコジは、強引に自分の嫁サンにしてしまった。いろいろと物議をかもしたセシリアさん。アルベニスの孫だそうだ。
○書架の作ってもらいたいという人がいて、久々に工房。電動工具はやはりコワイ。緊張する。
○youtubeがつながらない。javaもFlashPlayerも問題ないのに。
○尊敬するライダー賀曽利隆が300日で3000の温泉に入ろうという旅に果敢に挑戦。どうやら一両日中にも達成してしまいそうだ。あの明るさの一部分でもまねしたいものだと思っているが、軟弱な自分は少し天候がくずれたくらいで簡単にこの世の果てにたどりついてしまう。
○一昨日から右耳の聞こえがよくない。右手もモワッとして感覚がおかしい。スケールで空振りしたり隣の弦を弾いたりする。もちろんそれを悲観したり理由にしたりはしない。
賀曽利隆が昨日めでたく300日3000湯を達成した。59歳に出発して達成時には60歳になっていた。
日本にはこんなにも温泉があることにも驚くが、何よりレポートを書きながらの賀曽利の旅は、はたで見ているものには想像もつかない辛いものがあるのではないかと思う。もちろん彼はそんなことをおくびにも出さない。だが、時おり見せる人恋しさの一節には心打たれるものがある。
前にも書いたが、彼の著書はほとんど持っている。その中で忘れられない部分がある。体調不良で検診したら胸に影が写った。結果を待てないまま仕事の旅に出てしまうシーン。
ほんとにお疲れさまと言いたい。
時雨には少し早いような気もするが、今日は一日中そんな天気。
岩手に住んで長い私も金田一温泉は初めてだ。
金田一温泉には、座敷わらしがいるという旅館があると聞いたことがある。どこなのか調べないまま来てしまったので見つけることができず、途中で見た「日帰り入浴可」の看板のホテルに入った。どこか時代に追いつけなかったところがあるようなホテル。そんなところにホッと肩の力が抜ける。温泉はやはり本物。帰ってきてからもいつまでもポカポカと暖かい。
○家人が最近友人になった方がかなりの美人だという。出身を聞いたら雫石だったそうだ。「やっぱりぃ」と言ったら、藤あやこを引き合いにだして謙遜されたとのこと。私の想像では、そのときその方は家人の顔をしげしげと見たと思う。
秋田美人と雫石あねこは、東北の美人の双璧。ちなみに仙台に美人がいないのは、支倉常長が遠征のときに美人を集めて連れて行ってしまったから。ここで根絶した。(出典:いなかっぺい)
○温泉が効いたのか、耳の聞こえもだいぶ良くなった。右手のモヤモヤも今日はほとんどない。頚椎とか腰椎とか背骨周辺に問題があるので、体重は増やせない。3ヶ月ほどかけて3キロ減量したが、ここ1週間でリバウンドしてしまった。秋の夜長、食べてすぐ寝ると牛になるのではなく、ブタになることを実証。
○IBCラジオに出てくる古物商の小林さんがかなりおかしい。「動かないかもしれないがまず買ってみてください」とか、宣伝がかなりいいかげん。店に行ってみた。古物というと私のようなよれよれのオヤジが行くところと思っていたが、店内は若い人でいっぱい。通路を譲らないと歩けない。人気の秘密はその品揃えとディスプレイにあると思った。「何に使うかわかりません」と書かれた商品がある。
昔欲しくてたまらなかったJBLのフルレンジスピーカー「LEー8T」があった。エッジの張り替えも済んでいる。残念ながら手の出る金額ではない。それとフラットマンドリン。けっこういいものだった。
ポジションマークがあると安心する。
プロ演奏家でもシールなどの割と無造作なマークをつけている人が多い。きちんとつけるなら丸い貝を埋め込むべきかもしれないが、やはりちょっと躊躇する。そんな人におすすめなのが「修正液」。「ホワイト」などと勝手に呼ぶ人もいるが、これが具合がいい。
不用になったときには、爪でカエカエとカッチャげば簡単に取れる。
最近省庁の不祥事が多い。乾いた雑巾を絞るような努力を強いられている民間企業の不満の反動のように見える。公務員は優遇されていると思う人は多い。給与の引き上げ勧告なとというのがいい例だ。我が家では、私の小遣い値上げを誰も勧告してくれない(←アホ)。自ら「公僕」と言っている公務員だから、給与金額の妥当性は住民が判断するべきだ。
などといいながら、役人になった従弟の髪の毛も抜けてしまうような仕事ぶりをみると、やはりかわいそうだと思うんだよね。民間では当然の就業上の規制もなかったりする。一生何かにがんじがらめになっている。まちがっても釣りバカのハマチャンみたいなことはできない。私の知っている公務員はみんな善良だ。ほとんどの公務員はそうだろう。悪いのは、役職が上になったときに自分の人格まで偉くなってしまったと勘違いするコッパ役人なんだよねきっと。閉鎖的な社会では役職がその人のすべてなんだ。そしてその連中が変な仕組みを作り出す。
ヨーロッパのワイン生産農家が、日本のコメ農家とおなじような状況に置かれているとのこと。いや、日本よりもっと大変な状況かもしれない。作ったワインを捨てなければならない状況なのだから。このようになったのは、マーケティングの世界で負けてしまったからで、品質の問題ではない。残念だ。
打開策を検討したEUは、流通コストを削減するために、ワインをPETボトルに入れて販売することを検討しているとのことだ。これも残念だ。PETボトルに入ったワインが美味いわけがない。製品化のコストや流通費の問題だったら、ボトリングを日本でやってしまう方法だってあるだろう。
受講していた家人は今日が講習最終日。いつもメンバー皆さんのことを聞かされていたので、一期一会の嬉しさと、はかなさを感じているのだろう・・・・・・と思っているのは私の勝手な推測で、きっと、ワハハハハハハとあごが外れるくらいに笑いながら宴会をしている。まだ帰ってこない。でもよく頑張った。
岩手の思い出にと出ることにした。スペインから帰ったばかりの木村師に少し見てもらったが、なぜか弾けなかった。私は緊張しなかったが、私の指が緊張していた。自らのことを交え、ステージで弾く上での貴重なアドバイスをいただいた。
コミージャスの風に吹かれた師は、どこかいつもより自然な感じがした。
雫石鶯宿温泉、ホテル杜の風に行ってきた。なんとなく宮崎シーガイア的なイメージがあって今まで行ったことがなかった。駐車場にクルマを止めたらエントランスからホテルのお姉さんが出てきて出迎えてくれた。「お風呂・・・・・・いいですか?」と聞くと「ありがとうございます」とフロントに案内される。フロントにはバリトンの男性がいる。「風呂ふたり」というと、「お風呂だけよろしいですか、ランチとお風呂のセットもございますが」という。いつもの自分なら、いくらかと値段を聞くが、聞くのはなんとなく貧乏臭いような気がして「じゃ、それで」と応えてしまった。「へばそれで」じゃなくて「じゃ、それで」である。一人1980円。
結果は大満足。それぞれの料理はどれも細かい神経が行き届いていておいしい。特にご飯がうまい。
平日ということもあり、風呂は静かでのんびりできた。清潔でいい。露天風呂からの眺めがすばらしい。あいにくの曇り空だったが、遠くに姫神山、左に岩手山の裾野が見える。
ノートンのセキュリティーソフトのサポート期限が切れてからもう2年以上になるか。パソコンを立ち上げるたびに、「このパソコンは危ない」といったメッセージが出るのでいやな気持ちになっていた。だったらアンインストールすればいいものを、時々親切なメッセージを表示してくれたりするので未練がましく使っていた。今回、光でつないだついでに、プロバイダが奨める常時セキュリティーサービスを申し込んだ。申し込んでからしばらく設定作業をしていなかった。プロバイダはきちんと見ているようで、「まだ設定されておりませんが」と親切なメールをもらった。そこで指定のURLにつないでクライアント側に常駐するプログラムをダウンロードして動かしてみた。なかなかいい感触がつかめた。万全なセキュリティーなどはあり得ないが、期待以上のものかもしれないと思った。ちなみにスパイウエア2個がひっかかった。ツールバー関係はおかしいのが多いような気がする。
セキュリティーの設定と関係があるかどうかわからないが、Youtubeにつながった。今度の芸術祭で弾く曲を探してみたら、外国人による演奏がいくつか見つかった。リュートのものもあったが、どちらにしろ日本人では絶対に弾けないものを彼らは持っている。巧拙以前のものだ。ヨーロッパの古い音楽を日本人が演奏するのは所詮まねごとなのだろうか。でもヨーヨー・マの演奏は東洋的だけどすごいよな。
「ん?」と思って確認したらやはり間違っていた。このブログ中、舟橋瑞郎氏の名前が船橋になっていた。
失礼な間違いをしてしまった。舟橋さんごめんなさい。過去記事に戻って訂正。
ロン・ティボー国際音楽コンクールのピアノ部門で、田村響が優勝した。予選は審査員から演奏者が見えない方法で行なわれたそうだ。審査の公正さは重要だ。
片付けると結構広い。
5年間ここに住んだが、工場で量産される部屋と違い、大工さんが建てたものはやはりしっかりしていて住みごごちも良かった。
不動産屋さんからは「きれいに使ってもらってありがとうございます」と言われた。
小岩井から網張にかけての紅葉のトンネルが見たくなって、軽トラに荷物をつけたままハンドルをきった。ジッチャンから借りてきた軽トラなので、フロントにも紅葉マークがついている。春子谷地からの眺望はやはりすばらしい。
きみに ならびて
野にたてば
風きららかに 吹ききたり
柏林をとどろかし
枯葉を 雪に まろばしぬ
宮沢賢治の歌碑がある。
吹く風も冷たくなってきた。
ちくま文庫から出ている『整体的生活術』という本を読んでしまい、うなされた。著者は三枝誠という人。
買うときに斜め読みした部分は普通の内容だった。ちなみに書き出しはこうだ。
「人間という存在は、先天的、宿命的なものではない。後天的な教育でどんどん変わっていける存在であると思います」
ここを読むと「どんな教育を受けるとどのように変わるのだろう」と思うのが普通ではないだろうか。私もそうだった。ところが、持ち帰って読み進むうちにどうも様子がヘンだ。やたらと女性の下着の話がでてくる。やがて『股を開く前に心を開け』というくだりが出てくる。さらにもっとすごいことになってしまった。著者が女性の生理用品を身につけて床屋へ行った話だ。そこで「今日は何か活き活きしてますね」と床屋の主人に誉められた由。信じられない世界を見てしまったという感じ。まだまだここにはとても書けないことも書かれている。半分も読めずに放棄した。詐欺にあった気分だ。
どこが『整体的』なのだろう。ネットの世界にはいろいろと常識を逸する出来事があるが、まさか本の世界にもそのようなものがあることを信じられなかった。「ちくま」にもがっかりしたが、こんなものを買ってしまった自分に、もっとハラがたった。
今夜のNHK・FMベストオブクラシックは、去る10月20日に鳥取県湯梨浜町ハワイアロハホールで収録された荘村清志と鈴木大介の演奏。
ソル:「ロシアの思い出 作品63」、「アンダンテ・ラルゴ 作品5 第5」。
ヘンデル:「サラバンド ニ短調(ハ−プシコード組曲 HWV437から)」カネンガイザー編曲、「シャコンヌ ト長調 HWV435」ビベリアン編曲。
武満 徹:“ソングス”から3曲。「島へ」、「死んだ男の残したものは」藤井眞悟編曲、「翼(つばさ」福田進一編曲。
グラナードス:「“ゴイェスカス”間奏曲」プホール編曲。
ファリャ:「スペイン舞曲 第1番」荘村清志、鈴木大介・編曲。
プーランク:「エディット・ピアフをたたえて」、「シューベルトをたたえて」柴田健編曲。
ピアソラ:「タンゴ組曲」。
ポンセ:「間奏曲」サラーテ編曲。
ロシア民謡:「二つのギター」吉田光三編曲。
柴田健の編曲が好きだ。
Li Jie(李傑)という中国の女性ギタリストがすごい。
11才の時から北京中央音楽院の陳志教授に師事したとされ、1年後には「クラシック・ギター技術および実行」というテレビ番組に演奏者として出現するという才能の持ち主。1981年生まれ。1998年に香港第2回国際ギター・コンクールで優勝入賞している。
女性だけのカルテット「4人の天使」*1のメンバー。このカルテットの中の二人、王雅夢と蘇萌*2が東京国際の優勝者であり名前も売れている。残念ながら Li Jie は、「他の二人」と紹介されることもある。
しかし実力は動画を見れば一目瞭然。強靱なテクニックと安定感。YoutTubeには多数の大曲の演奏が登録されている。*3
コユンババの曲の演奏がとてもいいが、長いのでヨークのサン・バーストを貼りつけておく。村治佳織の演奏と聴きくらべてみた。ギターは本当に人間性がよく出る楽器だ。
*1:4人とも美人
*2:昨年ヤマハの仕事で日本各地で演奏した
*3:多才のようで、キーボードの弾き語りによるアメリカでのコンサート画像も残っている。 pseudobasis さんから人違いだろうとのご指摘あり。確かにギターを弾く彼女とキーボードを弾く彼女は、『愛人』を歌うテレサ・テンと鉢巻きして政治活動をするテレサ・テン以上の違いがあります。確認不足の書き込みでした。
回線スピードの関係でプツプツ音がとぎれてしまう場合は、いったん保存してから再生する方法もあるようで。
波多野睦美の歌を聴いていると、タマシイを抜かれてしまいそうだ。「アルフォンシーナと海」(Alfonsina y el mar)というCDを今日アマゾンに注文した。コンビニ支払いが便利。セブンイレブンだと手間が省けるようなので支払票をプリントアウトした。が、そのあと気がついた。秋田にはセブンイレブンがない。あわててファミマの番号取得。
そんなことはどうでも、この「アルフォンシーナと海」は、実在するアルゼンチンの詩人、アルフォンシーナ・ストルニのことを歌ったものだ。歌詞には、彼女が海に消える直前に残した詩の一部が組み込まれている。CDが届けば、そのことを波多野自身が書いた解説で読めると思う。楽しみだ。
この曲はギタリストにも人気があるようだ。現代ギター誌の2000年5月号に掲載されていたとのことだが、残念ながら持っていない。バックナンバーも売れ切れとのこと。そこでネットを探したら・・・・・・、見つかった。アルゼンチンの人がホームページ上に掲載している。
http://www.joseverdi.com.ar/musica/Alfonsina%20y%20el%20mar.pdf
プリントアウトして譜面台に置きイザ!!。ところが読譜力がないので譜面からイメージがつかめない。そこでハマッているYouTubeを検索。ここにイメージを膨らませてくれる素晴らしい歌があった。
『アルフォンシーナと海』が届いた。
ライナーノーツは波多野ではなく、つのだたかし*1だった。
-------
灯りをすこし落としてください
眠りたいのです 乳母さん 静かに
もし彼が呼んでも 私がいると言わないで
彼に言って アルフォンシーナは戻らないと
(訳詞:波多野睦美)
-------
二人の演奏は絶妙な世界を展開する。*2つのだたかしはこのアルバムではギター*3も弾いている。ピアソラの『天使の死』は、指頭奏法でありながら、とてもキレのいい演奏だ。
往復8時間の移動はこたえるが、久々の世の中との関わりは嬉しかった。簡潔にご挨拶をと思ったが、勤め人時代の思考回路というのはどこかに残っているみたいだ。ただあの頃と違うのは、そんな自分を客観的に見る自分がいることだ。長男の心になにか一つだけでも残るものがあってくれればいいとの思いは通じたろうか。
数年前に衝動買いしてそのまま使っていない機器があった。ONKYOのSE−U55という型番のオーディオプロセッサ。マニュアルが見つからないので同社のサイトを探したら簡単に見つかった。古いマニュアルをこうして保存してくれるサービスはうれしい。パソコンとUSBでつないで、そこからアンプまで光りケーブル。もっと早くやっておけばよかったと思った。きちんと作られたオーディオファイルはCD並み、とまではいかなくてもそれに近い音がする。ネット上の膨大な音楽を今までよりリアルに聞くことができるようになった。
楽器を作り始める前から持っていたPROXXONのミニールータ。こんな場所に使うと使いやすいことが分かった。パワーも強すぎず、自重が軽いので表面板に道具のすり傷をつけることもない。なにより微妙な調節ができるのがいい。コレットも3種類揃っているので、あとはいいビットを探すだけ。
使わせてもらっているブログ「はてな」から時々「こんな機能もありますよ」とメールをもらう。YouTubeの取り込みもその一つで、とても便利な機能だ。「はてな」上から直接YouTubeの画像を検索・登録できる。そして今試しているのは、楽天やAMAZONのサイトから商品を検索して掲載する機能。紹介したからといって何も見返りはないけど。
10年目にもなるとあちこちくたびれていて、車検費用もかさむ。ガソリンも高いから軽に乗り換えたいと思っているが、軽自動車も結構な値段なので、とりあえず今のクルマを乗り続けることにする。
昼近くになってすばらしい天気になった。そんな中、勤め人だったときの友人たちが遊びに来てくれた。「元気そうでよかった」と言って喜んでくれた。
楽器を作っていると、あっという間に一日が過ぎてしまう。今日は力木の調整。最終的には写真よりもっと足が長くなった。ちなみに作っているのは、娘が昔使った机を処分するのにしのびなく、それを利用したパノルモタイプ。いつまでこんなことをしてるんだろう。
このブログを見ている方で、思いでの家具とか古いタンスなどを19世紀タイプのギターとして残しておきたいと思われる方はお知らせ下さい。(突然の思いつき)。
iTunesからネットラジオを聞いている。『Whisperings: Solo Piano Radio 64 kbps Piano Music to Quiet Your World』(http://www.Solopianoradio.com)がBGMにはぴったり。
『お金を払って聞きに来てくれる方へ失礼だと思った。でもこれは思いあがりだと気づいた。いい演奏ならまだしも、私の演奏は聞こえなくていいのだ。当日は40くらいのプログラムがあるから、ヘンなのが一人くらいいてもいいかもしれない。』
・・・・・・などと自作パノルモで恥をかく決心をして、そしてそれからの結末。
☆
弦の検討をしたことがなかったのであれこれ試してみた。1〜3弦までをシーガーにしていたが、1弦の金属音的な響きがきつすぎるのでプロアルテに替え、4〜6弦をオーガスティンから、同じくプロアルテのライトテンションにした。バランスが良くなったと同時に音量も増したようだ。
が、まだまだ低い方が鳴らない。もしかしてと思いブリッジを点検して、そこで唖然。浮きがある!! 表面板とブリッジの6弦側に隙間がある。
応急処置でなんとかなるかと思ったが、アレコレいじっているとだんだんひどくなっていく。いつ飛んでもおかしくない。ブリッジの交換を避けられない。本番まで間に合いそうもない。
ということで結局岩手芸術祭での使用は断念。
パノルモのブリッジでトラブル人が結構いるようだ。ブリッジの形状からして、想定しているテンションよりもっと低い状態で使われていた楽器のような気がしてきた。ますます弦を吟味する必要性を感じる。
http://www.ink.or.jp/~hiiragi/concert.pdf
勝手にリンクさせていただいた。
一足早い極上のクリスマス気分を味わえると思う。
アルパスは静かでいい。
コンサート+懇親会+宿泊で8,470円。世の中の喧噪に疲れた人におすすめ。
明後日14日(水)13:00〜17:00まで、盛岡駅西口複合施設、アイーナ*1の練習場を確保した。一人だと寂しいし、時間ももてあましてしまうので、遊びに来てくれる方を大募集。初対面の方大歓迎。老若男女問わず。楽器持参熱烈歓迎。事前連絡不要。
じっくり読める日を楽しみに全巻そろえた内田百間(正しくは門に月)の文庫本。紙が褐変している。買ってから25年経っている。
ラフランス温泉の大広間で読んでいて、そのまま寝てしまった。自分のいびきで目がさめた。よほどうるさかったのだろう、まわりから人がいなくなっていた。遠くのおばさんが白い目でみていた。
帰ったら道具が届いていた。梱包の開放もそこそこに撮影。ギターの製作家が使っているという情報はほとんどないが、ドイツの道具が好きなので買い求めた。注文してから知ったのだが、私の好きなバイオリン製作家が同じ道具を使っていた。最近、ユーロが高いから、日本であまり積極的に紹介されなくなったのかもしれない。どこかそそるところがある道具。ウーヘルのオープンデッキを買ったときのときめきが蘇ってきた。
プロクソンのサーキュラーソー*1を使ってみた。標準でついてきたブレードでも0.5ミリ厚の材を切り出せる。アサリが小さいところもいい。
音も静か。回転スピード調節可。集塵機に家庭用掃除機が使える。1ミリ単位の角度調整可能等々、ギター作りにはぴったりだと思うんだけど。
*1:商品名:スーパーサーキュラソー
『2007 第60回岩手芸術祭』の一環として岩手県民会館中ホールで開催された『ギター音楽の夕べ』に出させてもらった。いつもは客席側にいて勝手なことをいわせてもらっているが、今回はちょっとした気の迷いで出ることになった。出演される方それぞれ名前の通った方々なので気後れがあったが、楽屋側から見る演奏会というのもまた独特のおもしろさがあって、貴重な体験をさせてもらった。ステージに立つのは、小学校の文化祭の劇で王様の家来をやって以来。緊張もしたが、それよりも自分の足でステージに立てた喜びは大きかった。演奏曲目はハンス・ヌイシドラー(1508-1563)のイタリア舞曲『WASCHA MESA』。「洗濯をするオカミサン」のような意味らしい。
さて肝心の演奏だが、一言で表すと、『結果的にかなり自分らしい演奏になった』、ということになる。意味はご覧になった方は分かる(爆)。
自分のことはさておき、印象に残った演奏は多い。
第一部のトリをつとめた三浦晃可や三部の1番手中尾正昭、作山幸夫、それに東野裕太の誠実な演奏に感動した。中尾正昭の演奏は私の直前だったので、舞台のそでで聴かせてもらった。後続の我々3名がそこに居たが、あまりうまく演奏されてしまうとやりにくいという思いは私だけではなかったようで、要所でピタッと決める中尾氏の演奏に不謹慎にも思わずもらした「ちっくしょう」という私の独り言は、他の2名にも通じてしまったようで、一瞬和やかな空気が流れた。
いつも同じようなことを書いているが、いい音楽は、器用で技巧的にすぐれた演奏をする人だけのものではないような気がする。もちろん多分に負け惜しみではある。
いい経験をさせてもらった木村師に感謝したい。
入浴後に自分の着衣の場所を忘れた人がいた。
私の脱いだものを入れたカゴをひっくり返していたので、「それ、私のですけど」と言ったところからそのこと知った。
「はやしたてる」というのはあのようなことなのだろうか。周囲には、その自分の着たものを脱いだ場所を忘れた人と同年代と思われる人がたくさんいた。それぞれ同情するように「落ち着いて探せば」とか、「人ごとではないよな」とか、「証人になるから一つ一つ探したらどうか」とか、一見親切そうなことを言うのだったが、その人の不安を解消するものではなかった。「ボケか?、ア、今は認知症と言うだっけ」などと言う人までいる。裸のまま同じ場所の脱衣カゴを右往左往する人の気持ちは察するに余りある。
私は、そのお年寄りの固執する場所は、方角を逆にすると似たような場所があることに気づいた。「もしかしたら、そっちかもしれませんよ」と目を見て話した。その人はうなづいてそこに向かった。そしてほどなく自分の着衣が見つかった。
しばらくしてその人をロビーで見かけた。私に気づいてペコンと挨拶した。「よかったですね」というと、ニッ、と笑った。
旅の継続中につきブログの更新は明日の予定。
スタッドレスに替えてなかったので峠越えはハラハラの連続。思ったほどの雪ではなかったと安心もつかの間、秋田の県南に入るといきなり積雪が多くなってきた。一挙に冬モードに突入だ。今日は少し寒気がゆるんだようだが明日にはまた厳しい寒さがやってくるとの予想。日中最高気温が1℃とか。
気もちも冬モードに切り替えておかないと無為に時間ばかりが過ぎてしまう。
日本語はラップに乗らないと思っている人が多いようだが、ところがどっこい、こんなすごいラップがある。『こっから舞』だ。
実際の唄(というかなんというか)を聞かないとそのノリを理解してもらえなが、歌詞が見つかったので載せておく。秋田県の調べによるとどうやらこの唄の本場は私の住む地区らしい。載せた歌詞は県教育委員会の採譜によるもの。だからといって決してまじめな民謡大会の会場でリクエストしたりしてはいけない。念のためではあるがこの唄は酒宴の席で披露されることが多いそのテの唄である。
コラ東西ナ東西ナ 東西ナ東西ナ コラ何舞もかに舞も おっ取り置いてさて置いてこっから舞とは 見さえな 見さえな
コラ昔神代の始まりに 伊邪那岐・伊邪那美二柱 海原孕んで秋津島 生まれてこの方 今までも この末限りは数知れず 千秋万秋(千客万来)繁昌して 神の教えたことならば ここからめかした印には 孫 ひこ やしゃごの代までも伝わりて めでたく暮らすもこっからだ 楽しく暮らすもこっからだ アラこっから舞とは見さえな見さえな
コラ犬 猫 馬 牛 夜蚊やテデ虫 かじ虫 すず虫 あねこ虫 鳥や獣や 蝶々や 体に吸い付く蚤虱 乞食も旦那も役人も 世界の国々区別なく 身分に上下の隔てなく 辛抱するのもこっからで 辛抱のないのもこっからで 夫婦喧嘩もこっからで コラ家庭の円満もこっからだ 本当の始まりこっからだー
コラ東西ナ東西ナ 東西ナ東西ナ コラ男のほうの身の上は 小さいときは鼻垂らし 尋常学校や中学校 高等学校を卒業し 十七八九になりぬれば 頭の髪をば撫ですまし こらロイド眼鏡に巻き煙草 レビューダンスにゴーゴーで マイカー飛ばせば事故ばかり 深夜喫茶に入り浸り あちらの姉ちゃの袖引ぱり こちらの姉ちゃの手コ握る じゃらける気持ちコ出てくるも コラやっぱり本当はこっからだ 本当の気持ちコこっからだ こっから こっから こっからだー
コラ東西ナ東西ナ 東西ナ東西ナ コラ女のほうの身の上は 小さい時は可愛いもの 蝶よ花よと育てられ ランドセルやらセーラー服 高校卒業そのあとは 礼儀作法や 生け花や 洋裁和裁に家事料理 師匠の前では真面目でも 見まね手真似の聞き覚え 今はやりのパーマネント 白粉塗るやら 紅付けて 行きがけ来がけのその途中 懐鏡で撫ですまし 若い兄ちゃを見るなれば 横目でチョコチョコ笑い顔 二度や三度と会ううちに 恋文互いに取り交わし 日の暮れ方になりぬれば あちらの小屋コに立ち寄りて こちらの公園にデートして 愛だ恋だといいながら 人目のかからぬ暗がりで コラ遂に抱き合い抱きしめて なんぼ大家の娘でも 一度彼氏の手にかかりゃ コラものの始まりこっからだ やっぱり始まりこっからだ こっからだー こっからだー
コラ東西ナ東西ナ 東西ナ東西ナ コラ男女の身の上は 十九二十歳も通り過ぎ 嫁頃 年頃 貰い頃 噂もチラホラ立ち始め 世話好き婆様の口添えで 見合いの日取りも定まりて コラ一度会ったらやめられぬ 口固めやら結納と 大安吉日取り定め
賑々しくも結ばれて 三日三晩飲み明かし めでたく祝儀も無事終わり 新郎新婦の新世帯 夜の二人の結ばれも 数を重ねるそのうちに お腹もだんだんふくれだし 赤ちゃんできたもこっからだ 十月十日の月満ちて 赤ちゃん出るのもこっからで オヤめでたく出たのもこっからだ やっぱり本当はこっからだ 本当の始まりこっからだ こっから こっから こっからだ こっから舞とは 見さえな 見さえな
出だしの部分をドラム譜にするとこうか。
これを2回繰り返し。
朝5時に家を出るときにはどうなるかと思うような天気だった。しかも膝くらいまでの雪が積もっていた。ところが、20分ほどクルマを走らせるとウソのように雪が少ない。峠を越え夜が明けると、もうそこにはコバルトブルーの空がのぞいていて、もちろん積雪はゼロ。こうも違う。
人の力ではどうしようもない自然だが、人は住むところを選ぶことで自分の生活の質をいくらかでも改善できるのかもしれない、などと思ってしまう。
今日の午前7時現在の積雪は、横手市で49センチ、湯沢市で36センチ。横手は昭和54年、湯沢は同60年の統計開始以来11月としての最高を更新したのだそうだ。北上線は雪のため貨物列車が立ち往生。こんなニュースがこれから数ヶ月続く。
ソニーから、プロフェッショナル・レコーダー PCM−D1 PRO の低価格モデル PCM−D50 が発売になった。
5万8000円前後とのこと。
やりかけの楽器。
フレットの打ち込みと指板の貼りつけ。この作業は久々なので秘伝の技を忘れてしまいリカバリが大変だった。
それにしてもスゴイ天気だった。北海道では痛ましい山岳事故があった。
画質もいいので大画面にしてオーディオを通して音を聞くと結構いい。
最初2本ほどCMが入るが、そのあと村治佳織のアランフェス協奏曲第二楽章がまるまる入っている。
http://streaming.yahoo.co.jp/c/t/00101/v03048/v0304800000000406483/
最近下の曲を弾くのが毎朝の日課になっている。それほど難しくなくしかも飽きない。
和音をバラシ加減にし、ゆっくりと(四分音符=60以下くらい)で弾くと気分が落ち着いてくる。
http://homepage.mac.com/pogmoor/EnglishMusic/Anon/OxfordGtr.pdf
23日に行われた東京国際ギターコンクール本選会の順位は以下の通り。
1位 Minh Le Hoang (Australia)
2位 熊谷 俊之 (日本)
3位 Pavel Khlopovskiy(Russia・在ドイツ)
4位 Samuel T. Klemke (Germany)
5位 You Wu (China)
6位 Craig Lake (Australia)
これだけのコンクールに出場される方でも、途中で曲を忘れてしまった方がいたとのこと。
といっても盛岡の一心亭ではなく秋田市土崎の一心亭。思いだして何年ぶりかで行ってみた。どんなに混んでいるときでもマイペースを乱さないオヤジサンがいた。長崎チャンポンがおいしかった。*1皿うどんも根強いファンがいる。
店に入ったら厨房にはおばさんたちが3人いる。あのオヤジサンがいない。さがしたら冷蔵庫の横の棚にオジサンはいた。額に入って横には花が飾られていた。でも味はちゃんと受け継がれていた。注文してからの待ち時間もまたちゃんと受け継がれていた。
*1:土崎には「めしや」という有名な長崎チャンポン屋さんがあるがこれは後日
講師演奏は仙台の佐々木由美*1。はてなからの直接登録はタイムラグがあるようなのでURLを貼りつけ。
*1:10歳よりギターを始める。第16回全日本ギターコンクール独奏部門第2位。第5回スペインギター音楽コンクール優勝。1996年仙台ユースクラシックコンサートVに出演、優秀演奏者賞を受賞 現在、日本スペイン協会会員。T.G.A演奏家協会理事
*1:レミ・ブーシエ:1964年ルーイン-ノランダ(ケベック・カナダ)生まれ。オーストリア在住。
ついこの間までダイアルアップだったことを忘れて頻繁に動画をブログに取り込んでいるが、人によっては煩わしいと思われる方もいるかもしれない。
回線速度がついていかずに、プツプツと音がとぎれる方は下のようなツールがある。いったん保存してから再生する方法。
http://home.att.ne.jp/wave/applepop/txt/youtube.html
GoogleがYouTubeを欲しかった理由は使ってみるとよくわかる。YouTubeのパワーは、著作権問題についての再考をとりざたする方向にも向いているのではないだろうか。テレビとネットの融合をめざして失敗しちゃった人がいるが、彼の考えていたことが分かるような気がする。ただそれが既存のテレビの方向に向いていくならば、たとえばCMの媒体としての利便さを追っていくなど、魅力に欠けるメディアになってしまうことも予測できる。
ところで、先日ロンドンの地下鉄のアナウンスを担当する職員が、YouTubeに米観光客をからかう内容を含む映像を投稿したために解雇されるという出来事があった。「ただの冗談」だと本人は言っているとのことだが、それではすまなかった。
外になにかを発信するということの責任をまじめに考えないといけない。(←とエラそうに言えないのだが(苦笑))
最近コンビニを廃業した建物が目につくようになった。コンビニは新店舗ほど売り上げがいいので、店舗のスクラップ・ビルドを続けて売り上げを確保する。(オーナーはたまらない)。
閉店したコンビニを積極的に利用している業者がいる。cut−Aという理美容の全国チェーンを展開している業者。すでに全国で150店舗近くある。最大の「売り」はなんといってもその価格。1575円は我々庶民の強い味方だ。理容組合に加盟している床屋では3500円はするのではないだろうか。組合に入っている・いないは、我々にとっては「そんなのカンケーネー」ということになってしまう。
http://jp.youtube.com/watch?v=vuoBpNz6fD8
ブリームのリュートを弾くときのタッチについてはいろいろ意見がありそうだ。
プロバイダから迷惑メールの振り分けシステムの一部に不具合があったとの連絡があった。念のためにメールサーバの迷惑メールフォルダをチェックしてみた。「ヲヨ?」さんという人からメールが届いていた。あまりにもおもしろいので載せてしまう。(具体的なところは * にした。)それにしてもヘタクソな文章。
いつもお世話になっております。
急遽、貴方様からのご連絡を必要とされている方からの伝言を
お預かりしましたので、今回に限りこういった形式で直接の
ご連絡した次第です。
その依頼人は郁美様という女性の方なのですが、ご存知でしょうか。
以前にお話した事があるようで、その後行き違いで連絡がとれず
じまいになってしまい、その後随分と探していたとことです。
そして今回お二人が確実にお話し合いが出来るように、当スペース内に
お二人のためのメールルームを準備しております。
こちらのページから入りましてご確認下さい。
http://www.*****.com/*****/*** にて直接連絡が可能です。
依頼は女性の方からで特殊な形式でのご案内ですので手続きなど
煩わしいことは一切なく、簡単な入力で確認ができます。
まずは探しておられる靖子様あてにメッセージを出して頂けますか。
お忙しい所お手数をお掛けしますが、宜しくお願いします。
▼
へ******「******」担当:関口
▽
[伝言:*****]
▽
ご依頼人(女性):郁美 様
不明点などありましたらこちらまで
info.****@****.com
『魅惑のギターVol.3/スズカス(スチ)&ポマツイ』という廉価版のCDを持っていて、これがかなりすごい。クラシックギターではないが、ナイロン弦を張ったギターによる演奏で、リズムセクションは打ち込みっぽい。演奏しているスズカスという人を探していたが、ずっと発見できないままだった。ところが今日偶然見つけた。ネットラジオ『LUCKY777RADIO』で流れてきた時に「これだ!!」と思った。ところが演奏者の名前が違う。しかしまぎれもなく演奏はCDの人と同じだ。(続きは明日。湯疲れのため)
『魅惑のギターVol.3/スズカス(スチ)&ポマツイ』のCDを聞くと元気が出る。
演奏者がどんな人か分からなかったが、手がかりが得られた。ネットラジオで、まぎれもない「彼の」演奏が流れてきたからだ。ところがプレイリストを見ると、演奏者はスズカスという名前ではない。アレックス・フォックス*1という人なのだ。よくありがちに芸名を変えたのだろうか。一つの謎が生まれた。
さっそくYouTubeを検索した。そして『魅惑の・・・・・・』の演奏者はまちがいなくアレックス・フォックスだと確信した。
The Fox Trio Live(http://jp.youtube.com/watch?v=7WmAmv04_zE)
一言で表現するなら「芸人」である。とにかく痛快。粗野な感じはどこか高橋竹山を連想させる。うっとうしいクラッシクギター演奏などはごこかに吹っ飛んでしまう。CDを聞いたときにはピックを使っていると思っていたが使用していない。チョーキングはもちろん曲弾きもする。
探しているなかで、スズカス(Antal Gabor Szucs)という演奏家をネットで見つけた。やはりCDの演奏者ではない。どういうことだろう。中身だけ輸入盤といった廉価版CDにありがちなことなのだろうか。
*1:Alex Fox HomePage/ http://www.alexfox.com/home.asp
カタチだけできればいいと始めたリサイクル材料利用の楽器だが、手をかけていると情がわいてくる。ブリッジの材料を選んでいるときに、山桜の枯れたものを見つけたので拍子木の形に切り出してたたいてみた。これがまたすんばらしい音がする。強度についてはよく分からないが、天下無敵のダメモトなので使ってみることにした。オイルスティンで黒く染めたらなんとなくそれらしくなってきた。組み立て工程が一応終わった段階でボディーをタッピングしてみた。楽器としての可能性は捨てきれなくなってきた。
用材として販売されているものを使うのは、なんとなくキットを組み立てているような気がして面白みに欠ける。その点、素材からアレコレ考えて作ると結果は全て自分の責任だから、イメージに近い音が出たときの嬉しさはひとしおのものがある。
「あまゆじゅとてきてけんじゃ」は宮沢賢治『永訣の朝』の一節。「ホールサムイン」という名前の横手の温泉の中庭に降る雨雪を見ていたら、それを思い出した。家人の携帯に入ったメールによると、岩手もかなりの雪らしい。
「『さび!さび!』(寒い!寒い!)というと、『さびがったら着たらえべ』と昔言われた」という人の話しをラジオで聞いて、それはそうだなと思いながらも、やはり暖かいところがいい。最近の高気密住宅は冬は暖かく省エネにも貢献しているが、「住まいは夏を旨とすべし」と吉田兼好は言った。家を建てるときは夏のことを考えて建てるといいという意味らしい。当時の建築様式にも深く関係していることだとは思う。夏をしのげれば冬の寒さは乗り越えられるということなのだろうか。鎌倉の土地に生きた人だからこんなことを言えたのかもしれないとも思う。
とまあ、暑ければ暑いで、寒ければ寒いで不平をいうのが人の常。
文藝春秋の季刊冬号に加島祥造の記事があった。『求めない』を書いた人だ。記事には、『求めない』の一部分しか書かれていないが幸いにも抜粋をメールで送ってくれた方がいた。すぐに消すつもりで載せておく。
求めない−
すると 簡素な暮らしになる
求めない−
すると いまじゅうぶんに持っていると気づく
求めない−
すると いま持っているものがいきいきとしてくる
求めない−
すると それでも案外生きてゆけると知る
求めない−
すると 改めて人間は求めるものだと知る
求めない−
すると 求めない自分の淋しさを知る
求めない−
すると 求めない自分の勇気を知る
求めない−
すると ひとも君に求めなくなる
求めない−
すると 君に求めているひとは去っていく
求めない−
すると 君に求めないひとは君とともにいる
この詩を読むと自分の足もとを見直す気持ちになると同時に、人の心のゆらぎというものを思う。
駒の剥がれたパノルモの修理を、一応終えることにする。
わっぱが仕事*1なのでかなり雑。マシンヘッドも格下げ。古い楽器から外して流用した。
音は、より古楽器らしくなったというか・・・・・・。
下は当初の状態。
図書館の蔵書を充実させようと「不要になった本を送ってください」と全国に呼びかけたのはたしか当時の西木村だったと思う。結果どうなったかというと、処理に困った本が大量に次々と届いた。村の誤算だった。ゴミ化した本は処分に困る。
ゴミ化したわけではないだろうが、この4日から大曲の図書館では、使命を終えた古い月刊誌を市民に無料であげるという活動をしている。「市民の貴重な税金で購入したものを有効活用しよう」というものだ。出かけてみた。『文学界』というおよそ私には似合わない本があった。ページをめくると山本夏彦と出久根達郎の対談が載っていた。『浮世のことは笑うほかなし』というタイトルが面白いと思って読み始めたのだがこれがやめられない。軽妙洒脱な山本夏彦は以前から好きなのだが正体不明のところもある。そこを出久根が切り崩そうとアレコレしかけるのだが、なかなかうまくいかない。
結局それも含めた3冊の『文学界』を頂いて帰ってきた。
NHKは、みんなに喜んでもらわなければならないという強い思いがあるので、こんなふうに焦点が絞れなくなってくるのだろう。おまけに、人気歌手を「アーティスト」などと呼んだりする時代だからワケがわからなくなる。ホントはヘタッピなのに。
出場者のテキストデータがあったので行きがかり上書いておく。たぶん今年も見ないと思うけど。
aiko(6)/秋川雅史(2)/あみん(2)/五木ひろし(37)/絢香(2)/w−inds.(6)/アンジェラ・アキ(2/EXILE(3)/石川さゆり(30)/Gackt(5)/AKB48(初/北島三郎(44)/大塚愛(4)/北山たけし(3)/川中美幸(20/コブクロ(3)/香西かおり(15)/米米CLUB(5)/倖田來未(3)/さだまさし(19/伍代夏子(14)/スキマスイッチ(3)/小林幸子(29)/すぎもとまさと(初)/坂本冬美(19)/SMAP(15/天童よしみ(12)/寺尾聰(2)/DREAMS COME TRUE(12)/TOKIO(14)/中川翔子(初/徳永英明(2/中島美嘉(6)/鳥羽一郎(20)/中村中(初)/馬場俊英(初/中村美津子(12)/氷川きよし(8)/長山洋子(14)/平井堅(5)/浜崎あゆみ(9)/布施明(23)/ハロー!プロジェクト10周年記念紅白スペシャル隊モーニング娘。(10)/ポルノグラフティ(6)/前川清(17)/℃−ute(初)/槇原敬之(2)/Berryz工房(初)/美川憲一(24)/一青窈(4)/森進一(40)/平原綾香(4)/WaT (3)/BoA(6)/水森かおり(5)/mihimaru GT(2)/リア・ディゾン(初)/和田アキ子(31)
知らない人がかなりいる。「なんでこいつが」と思う人もたくさんいるがそれが誰かは今日はガマン。 そーか中村中は紅組から出るのか。コブクロ、やったね。吾亦紅のすぎもとのオヤジ、やったね。
イョラン・セルシェル*1 が先月来日した。
以前来日したときの画像がYouTubeにあった。ヴァイスの曲が2曲収録されている。
ヴァイスのシャコンヌがこんなにいいとは思わなかった。ちなみに現代ギターの2005年10月号にこの楽譜がある。イ短調で読みやすいが、ちゃんと音楽にするにはかなりのセンスが要りそうだ。ハーモニクスや装飾音の考え方については、現代ギターの楽譜よりイョランの弾き方の方が好きだ。
*1:Goran Sollscher:1955年スウェーデンのヴェクシェに生まれる。7歳よりギターを始め、マルメ音楽院、デンマーク王立音楽院にてペル=ウロフ・ヨンソンに師事。78年第20回パリ国際ギター・コンクールに彗星のごとく登場し、優勝をさらう。音楽の美しさ、豊かな音楽性と共に、彼が見事なバッハを奏でた“11弦ギター”が大きな注目を集めると共に、このコンクールを機にイギリスのケルキーニ、フィンランドのアーボ、スイスのモントリーをはじめとする数々の音楽祭に招かれ、活動は世界に拡がる。
横手の製作家、鎌田良平クン(ルシアネームは鎌田征治)の記事が今日の秋田さきがけ新報に載ったので紹介。
http://homepage2.nifty.com/dj-inet/Closed/RyouheiKUN.htm
「見たよ」と電話したら照れまくり。ガンバレ!良平クン。
市立角館総合病院で開かれたEverly*1のコンサートを聴いてきた。
もともとクラシック畑の4人だが、楽器を持ち替えてロックも演奏するそうだ。お客さんの気持ちを一瞬にしてつかんでしまうテクニックは、路上クラシックライブを5年もやってきた経験から得たものだろうか。それにしてもメニューにピアソラが入ると全体が引き締まる。ほかにモーツアルト、バッハなどを演奏したが、どれもみじんの不安さも感じさせない内容。相当弾きこんでいる印象を受けた。かといって手アカがついているわけではない。ただ闘病中の人の前で「千の風・・・・・・」を演奏したのはジョークか。それはともかく、こんなふうにキチンと音楽のできる青年達が正しく評価される時代が来るといい。この日曜には盛岡でコンサートがあると言っていた。
*1:公式サイト:http://www.everly.jp
昨日のブログ記事「Everlyのコンサート」に『千の風・・・・・・』云々の書き込みをした。それについてEverlyスタッフから直接メールをいただいた。
「選曲については事前に病院側と打ち合わせをしました」という内容だった。軽率な書き込みをしたと反省している。
自分がEverlyのスタッフだったとしたら、昨日の私の書き方はやはりゴーマン。そんな言い訳よりも、あの熱い拍手が全てを語っている。
ここ2、3日雷が鳴り響く天気だった。昔から「雷が鳴ると鰰々(ハタハタ)がとれる」といわれている。まさに昔の「たとえ」どおりになって、本格的に鰰々がとれたとテレビのニュースで伝えている。
秋田名物の鰰々は関東方面ではあまりなじみのない魚だと思う。というか、うろこのない魚なので違和感をもたれる人も多いようだ。私が子供の頃、近所のほとんどの家では箱単位で買ったものだ。食べきれないものは漬け込んで保存食にした*1。食卓に出てくると「またハタハタか」と思った。あまり好きではなかった。ところが年齢とともに嗜好もも変わるのだろうか、最近は鰰々が好きになってきた。
*1:その漬け汁が「しょっつる」。秋田版ナンプラー。
*1:http://www.sasakivn.com/ どんな人かを知るには、ホームページ内の「弟子の募集について」を見るとわかりやすい。
昨日から左手小指の第一関節が痛い。思い当たることがない。
こちらは、かなり有名なアマチュアギタリストのサイト。
http://www.asahi-net.or.jp/~yd9y-wtnb/index.htm
同氏の録音日記ブログがこちら。爪の病気をかかえながらこれだけの演奏をしてしまう。膨大なレパートリーにも驚く。
http://yasupochi.com/blog/sfs6_diary/
鎌田慶昭に師事したとのこと。鎌田慶昭に師事した方の師に対する信望の厚さは、所々で目にする。
この時期になると出てくるのが公務員のボーナスのニュース。縁のない私は「そっか〜」くらいにしか感じないが、某新聞社のWebに高校の同級生のボーナス金額が実名入りで報道された。これって個人情報ではないのかとも思ったりする。(不用意な発言は止まらない)
ま、どうでもいいか。そろそろストーブの上のおでんが煮えた頃だ。
あれ、指の痛みが消えている。
今回で20年目となった大仙市大曲新人音楽祭コンクールが、来月12、13両日に開催される。
現在54人のエントリーがあり、うち男性は14人、女性40人で、ピアノ18人、声楽13人、弦・管・打楽器23人。フランス、クロアチアからの申し込みもあったとのこと。同音楽祭は、若手音楽家の登竜門として知名度も上がってきた。
入場券(両日券)一般500円、学生(高校生以下)300円。問い合わせは大曲市民会館(0187−63−8766)。
今の場所に店舗を移す前からの行きつけの店。前の店にかよった頃は、店内が混んでいるときには裏の玄関から住居にあげてもらい、オヤジサンの遺影が飾られている仏壇の前で食べたっけ。あの頃とうまさは変わらない。
終戦後、戦争で受けた怪我の治療のため函館に行き、そこから戻るためのお金が底をついた場所がここ、秋田・土崎だった。それが創業者であるオヤジサン。お金を作るために始めたのがこの「めしや」。そんな話を昔聞いたことがある。長崎チャンポンはやみつきになる。独特の香りが苦手だという人もいるが、相変わらず店は混んでいた。
広面から秋田駅をくぐって山王へ抜ける地下道を走ってみたが、カーブあり勾配ありのトンネルは走って面白い。抜けたときに「ここはどこだ」という感覚があり、あらためて町並みを見直すことにもなった。時の流れをこんなことで知ることにもなった。ゆっくりではあるが様変わりしている。
そういえば駅前にはジュンク堂が来た。在庫60万冊だそうだ。最近の本屋は、消耗品を売る「雑誌屋」化しているのであまり行きたくない。ジュンク堂もその類だろうと思っていた。昔、大町にあった三光堂などは、本の品揃えや置き方にも確かなものを感じたものだ。本物の本屋という感じがした。娘がジュンク堂をのぞいてきたというので感想を聞いてみた。しっかりした数学書があったしなかなかよかった、とのことだった。そういえば専門書の充実をはかっていると宣伝していた。
なんとなく少しずつではあるが活気づいてきているような気のする秋田市街。それが本日の印象。
今日届いたものは下のとおり。
○孫のビーシージー接種時の涙目画像。
○数ヶ月前に書いた赤面駄文の原稿料。
○佐々木朗氏の2枚組DVD。DISK1を見たが、自分が作業しているような錯覚に陥りどっと疲れた。やはりスクレーパーを多用する。私も水原さん直伝のスクレーパーを10枚ほど自作してある。活用しようと思う。そして真鍮のミニ洋鉋が欲しくなるのだ(病気)。
○カミさんのJR東日本『大人の休日倶楽部』のメンバーズカード。これで夫婦二人分揃った。
○ノーブランドのマシンヘッド(35ミリ)。どうしようもないギターに豪華なマシンヘッドを付けるとケッコウ恥ずかしい。試行錯誤の途中ではこれくらいのもので十分だと思う。3千円ほど。画像では豪華に見えるが肉眼で見るとそれなり。でも機能的にはまったく問題なし。
レジの若い女性がムッとした顔して愛想が悪い。ブスが愛想悪いと最悪だ、と思いながらクルマに戻って気がついた。前のチャックが開いている。
人に会うことが少なくなったので緊張感がなくなってきた。身だしなみしかり、ヒゲも毎日剃らない。ある日、たいくつにまかせてヒゲを剃るときに部分的に残してみた。そのときたまたま長男の婚約者が家に来ていた。「どう?」と見せたら「ダンディヒゲですね」などと言う。こんなところからちょっとした勘違いが始まる。そして現在に至る。「ヒゲを伸ばすようになるとヒトも終わりだ」などと年寄りは言うし、おおむね家族からは非難されている。自分でも内心なんとなく湯治場ドロボウみたいだなと思ったりもする。おまけに全部白髪ならまだしも、中ほど部分だけが黒いので、スカンクの背中のようにも見える。ただし、この「湯治場ドロボウ」と「スカンク」の二つのキーワードは極秘だ。カミサンに知られると連呼される。
KYというのは「空気読めない」の略語だったが今もそう言うのかは知らない。最近ほとんどテレビを見ることがなくなって、いわゆる世の中の空気が読めない。今日たまたまついていたテレビで薬害和解どうのこうのという画面を見た。内容はほとんど知らない。でもどうしてほとんど女性なのだろう。その方々の表情がみな似ているのはなぜだろう。あの若い女性の涙は・・・・・・・。
KYである。
システム開発をする時には工数の見積もりが欠かせない。そのためには解決すべき問題をぜんぶ明確にすること、それよりも先に問題を全て明確にできるかどうかの見極めが必須になる。このことは「情報システムの人間は回りくどい」とか「煮え切らない」などと悪口をたたかれる原因になったりする。しかし、見通しのたたないものを約束するワケにはいかない。当然お金もからんでいる。そうしたシステム開発的な側面から見ると、今回の桝○大臣のアプローチはいかにも素人っぽく、そして結果的に「だから言ったでしょう」ということになってしまう。ましてやスタッフが今回このような問題を起こした当の役人連中。できない理由はなんぼでもできる。*1
なんちゃって。これKY?
*1:できない理由=やらない理由
ABSを聞いていたら、大曲新人音楽祭のことがとりあげられていた。あの「千の風・・・・・・」を歌った人も受けたことがあるらしい。落選だったとのこと。こんなふうに自慢したい人の気持ちはよく分かる。
介護ヘルパーの資格取得のしめくくりのため、カミさんはルンルンと盛岡へ出かけていった。そんなところに高校の同級生である友人から温泉のお誘いコール。断るはずがない。
じゅうぶんノンビリして帰ろうとしたときのこと、友人が知りあいの方と出会った。やあやあと挨拶している。その方、友人に「一人ですか」と聞く。友人が私を指したらその方、「あ、息子さんですか」だと。想定をはるかに超える出来事。腰にきた。
プラモデルよりもゼッタイ面白い。
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/B000VAFLE4/503-5498468-0157516?SubscriptionId=0C760DFJTH2FN8YG3CR2
「学習机リサイクルギター」*1の音をホントに載せてしまうのだ。http://homepage2.nifty.com/dj-inet/MUSIC_BOX/MUSIC_BOX.htm
MP3にしたらアタマがクリップしたがそのまんま。ダイレクトにリンクから再生できない場合は、お手数でもいったんダウンロードをしていただけたらと。
*1:http://d.hatena.ne.jp/spaxjazz/searchdiary?word=%2a%5b%b3%d8%bd%ac%b4%f9%a5%ea%a5%b5%a5%a4%a5%af%a5%eb%a5%ae%a5%bf%a1%bc%5d
譜読みしているときに「左手の指がもう一本足りない」と思うことがある(笑)。豊臣秀吉は多指症と伝えられている。今でもまれに多指症として生まれる人がいるらしいが、ほとんど外科的に処理してしまうと聞いたことがある。それはともかく、多弦ギターの低音弦は開放弦で弾くことが多いなかで、こんな映像があった。曲はおなじみのBWV639。「これって、あり?」と信じられない気持ち。ヒゲは挟まないのか。
1週間ほど前だろうか、大曲中学校吹奏楽部がマーチング全国大会出場に出場するとのことで、記念の演奏会があった。残念ながら聞き逃した。
そして15、16の両日、さいたまスーパーアリーナで開かれた全国大会で、彼らがみごと金賞を受賞したことを「さきがけ新報Web版」で知った。4大会連続8回目の金賞という快挙だそうだ。おなじく高校の部では秋田工高吹奏楽部が金賞。『音と光と水まち』をキャチフレーズにしている大曲らしさをアピールすることとなった。
バッハが嫌いだという人は結構いる。そう言える人はしっかりした自分の音楽観を持った人だと羨ましくも思える。
「自分は?」とふり返ると、それははなはだ主体性に欠ける状態。なぜか、「演奏する人によって良くもあり悪くもあり」の状態なのだ。技巧