ドラグーンが出来てから現在に至るまでの歴史です。そんなに長い時間の歴史があるわけではないけれど・・・・日本全国で色々やらかしてます。
| 1997年 | ドラグーンという名前のチームを作りました。高校時代からの悪友と二人でファミレス会議の結果、チーム名が決定されました。ちなみに高校時代のバイクチームの名前は「TEAM ZONE」バリバリの峠族でした。それから10年後、いい年したオッサン二人がまさかクルマのチームを作るなんて・・・。ちなみにドリフトのチームとして作ったドラグーンでしたが、二人が乗っていたクルマはインプとポルシェ。どこがドリフトなんでしょーか? |
| 当時はA31セフィーロやC33ローレルの4枚ドアが人気の高かったころ。シルビアならS13、スカイラインはR32の時代です。KP61なんかも走ってました。今とは比べ物にならないくらい、走れる場所も多かったし、なんていっても直角1コーナーにギャラリー数百人という時代です。サイドを使ってのドリフトが主流で、現在のハイスピードドリフトとは比べようもありません。速く!でなはく、いかにクルマを横に向けるかがポイントでした。 | |
| 1998年 | 当初の二人は70スープラとFDの乗り換えて、やっとドリフトできるようになりました。メンバーも徐々に増えてFCやS13シルビアなどFRがメンバーに。ドリフトの第2次ブームの真っ只中。週末は必ず徹夜で某埠頭や峠に出没し、朝まで走ってました。よく、あんな元気があったとわれながら感心。ステッカーを作ったり、コンビニ前で話し込んだり・・・どうやら高校時代から脳みそは進化していないようです。 |
| このころはクルマオンリーのメンバーとバイクレースをするメンバーに別れており、バイク組は週末バイクレースに参加するためにサーキットへ向かうのですが、車にはスペアタイヤを山ほど積んで、夜中にドリフトしてからサーキットへ、なんていう無謀なこともやってました。筑波サーキットやツインリンクもてぎなどバイクで走るものの、車で行くことはまずなかったのです。 | |
| 1999年 | 週末のストリートが警察の取り締まりで走れなくなったこともあり。ドリフトのステージはサーキットへ。まずは誰でも知っているエビスサーキットへ。このころメンバーの一人がFCを売却し、なぜか3万円の86を購入。まさに空前の86ブームでレビ・トレの値段がガンガン上がった頃です。 |
| いつも仲良くのドラグーンですが、メンバーの乗るハチロクを使ってグリップレースに出た最初の年です。これがきっかけでドラグーンは徐々にドリフトからグリップのレースにハマって行くのです。もちろん、ジーパン&トレーナーで出られるレースですよ。初戦は今でも出ているOPT2カップの4時間耐久。結果は予選、下から3番目。決勝も下から3番目でした。 | |
| 2000年 | すでにストリートでドリフトが出来る場所もほとんどなくなり、メンバーが週末に集まることも少なくなって来ました。では、なにをやっていたのか?全員が自分のクルマをチューニングし始めました。管理人のスープラは600馬力を超え、86はターボ化で300馬力。こんな仕様でサーキットでのドリフトを続けながらグリップレースもやっていたのです。そのころは、なぜか86でレースをしていました。まったく勝てませんでしたけれど。 |
| 耐久レースには燃費で不利だとわかっていても86ターボで参戦です。初回は4時間のうち3時間しか走れないという燃費の悪さ。86オーナーが広島に引越してしまったために年数回のレースのためにわざわざ東京まで自走してきたのが印象的です。 | |
| 2001年 | ドラグーンのメンバーはあまり変わりばえしませんが、レース車両にEG6シビックを投入。ドライバーも管理人ともう一人だけとなり、この時点ではドラグーンの名前はほぼ消滅状態。このまま思い出となるばかりかと、思っていましたが・・・。この年はシビックで参戦しましたが、結果は芳しくなかったです、はい。 |
| グリップレースの魅力にどっぷりハマってしまったのが、この年です。ドラグーンは名前だけ残ってしまいましたが、それでもたまーに、メンバーとはドリフト走行会にも顔を出していました。管理人のスープラがまったく意味もなく進化していたのもこの次期です。エンジンからボディにいたるまでフルチューンです。 | |
| 2002年 | チームとしてのドラグーンが復活した年です。耐久参戦用のマシンはブルーのSW 20。U型NAのMR-2です。ドラグーンの名前を冠したSWで4時間耐久レースに参加。ドライバーもクルマも徐々に仕上がってイイカンジです。すでにドリフトはたま〜に、ジムカーナ場で、というレベルなので、完全にグリップオンリーですね。 |
| この年は非常に面白かったです。綿密な作戦や、クルマの仕上げ方を勉強しました。ドリフトと違って、軽量化やサスなどにこだわって見ました。その結果、新体制のドラグーンは耐久レースで見事に準優勝、。圧倒的にクルマのハンデがあったものの、作戦の勝利でした。耐久レースも1シーズン終わって、さらにステップアップのために来年の計画を立てたのです。 | |
| 2003年 | 当初はSWをN1仕様に変更して参加するはずだった日本最大の草レース。しかし、予算と戦闘力の関係で、新たにマシンを購入することに。今度はFRのシルビアN1仕様です。現在、製作中ですが、もう少しで完成です。さて、今年度はいかがなものでしょうか? |