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読書日記1998年10月


 (注意)
 この「某月」というのは、1998年10月のことであった。「某日」まではちょっと覚えていない。まあ、こんなふうに僕はこのひと月に本を読み、時間が過ぎていったということです。

某月某日
 なぜかこのところ村上龍が気になる。特に理由はないが、気になる。2002年を前にして韓国ではどのように読まれているのだろうか? 気になる、ということで『村上龍って誰?』(チング・メディア編/ジャネット・セオ訳/幻冬舎)という本を読んだ。

 水道橋の「福來」というお店で台湾料理を食べる。おいしいのはおいしいんだけど、ちょっとした癖のある料理がだめだったりするんだよね。でも、こういった料理はおいしく、お店の雰囲気もグッドです。そうだ、台湾といえば馳星周『夜光虫』ではないか。

某月某日
 実は帚木蓬生のファンである。初めてこの作家の名前を見た方、「ハハキギ」と呼びます。『逃亡』(新潮社)は昨年読んだ本の中で一番よかった。そして前年に読んだ『総統の防具』(日本経済新聞社)もよかった。力強い小説を読み終えたときの気持ちというのはなんとも言えない。そして、今月は『受精 - Conception -』(角川書店)を読んだのであった。

 ふと時間つぶしにジュンク堂書店で座りながらの立ち読みをして読んでしまった本があった。安西水丸の『リヴィングストンの指』(マガジンハウス)は文句なくアートでホームパーティーで、よかった。本を読んでこんなに新鮮な気持ちを持ったのはかなり久しぶりだ。

某月某日
 図書館で本を眺めていると、ふと変わった本に出会う。特別に小説ということでもない。タレント本といってしまえば、それまでかもしれない。けれど、おもしろい本はあるのだ。ダニエル・カールの』ダニエル先生ヤマガタ体験記』(実業之日本社)はけっこうよかった。いつかダニエルさんと酒でも飲みたいものだ。

 村上龍の話題作『インザ・ミソスープ』(読売新聞社)は、チカラが入っていた。大晦日には、108つまで除夜の鐘を聞いてみたい。考えて見れば、始まりから終わりまで、静かに聞いたことのある人というのはそんなにいないのではないだろうか。一度聞いてみたい。そういう気持ちにさせてくれる。

某月某日
 五木寛之の本を続けざまに読む。『青い鳥のゆくえ』(朝日新聞社)、『生きるヒント2』(文化出版社)、『生きるヒント5』(文化出版社)。読んでいる人っています?

 池袋東口のジュンク堂書店のだいたい真向かいあたりに位置する「アジア・キッチン」というお店にお昼ご飯を食べにいった。元「つぼ八」のあった場所である。一応職場の“お昼食べ会”という名目である。メンバーは僕の他KさんとYさん(2人とも女性)の計3人。ここは900円の食べ放題なのである。でもさ、女性の場合食べ放題というのはあんまり元がとれないと思うのだけど。まあ、それはいいとして食べた。僕は前日から胃の具合は悪かったのだが、それでも食べた食べた。なかなかどうして、けっこう美味しかったでした。

某月某日
 小池真理子の『蜜月』(新潮社)を読む。恋愛とはまことに難しい。うーん。

 村上龍の『ライン』(幻冬舎)はいい。いいんだけどちょっと、と注文もつけたくなってしまう。

 藤沢周平の『静かな木』(新潮社)を静かに読んだ。藤沢周平は、現在僕の一番好きな作家と言える。現在進行形なのだが、別冊歴史読本の『藤沢周平読本』(新人物往来社)も読んでいる。語る言葉はない。

某月某日
 安西水丸の小説だったか、エッセイだったかを連続して読む。『アマリリス』(新潮社)、『エンピツ画の風景』(日本文芸社)。やはり、どことなくムラカミハルキと似ている感じ。

 池袋東口にある焼肉レストラン「かどせん」で、職場の同僚Kさん(実は上司、僕の一回り上の女性)と仕事のつかれを癒しながら、ビールを飲み、サービスカルビを食べた。やはりクッパはおいしい。

某月某日
 けっこう読み終わるまでに時間がかかった。少し疲れた。『夢見るころを過ぎれば 村上龍VS女子高生51人』(村上龍/メディアファクトリー)。

 浅田次郎はいい。本当に今が旬な作家だと思う。しかししかし、彼は波乱万丈の人生を歩んでいて、実は村上龍と同年代で(龍さんのデビューの頃から小説を書いてはひたすら落ちていた)、実はブティックの親父さんだった。『勝負の極意』(幻冬舎アウトロー文庫)。

 とあるメーリングリストのこぢんまりとした集まりで、新宿のセゾンプラザにある「膳や」へ行った。全部で3名で僕以外は女性で、ゴクゴクといっぱい飲んで食べた。僕はおまけに薬も飲んでいた(注:このところ医者通いをしている)。この界隈のお店はホームページを持っていたりしていて、500円の割引が利いたりするのだ。ゆったりと食べ、話すのはとても楽しいことだ。

某月某日
 料理の鉄人でお馴染みの陳建一の子供の頃の暮らし、そして父親のことなども書かれている。『中華の鉄人秘伝のレシピ』(幻冬舎文庫)は充分に読んで面白い本である。陳さんの四川料理を食べ食べたくなってきた。どなたか、ご一緒しませんか?

 池袋東口の「小林」というお店で飲んでいる。だいたいこの辺のお店は一人あたり1500円くらいで収まる。お店の入っているビルのことを僕は“地蔵さんビル”と読んでいて、5軒ほど居酒屋が入っている。実はどれも同じチェーン店で、生ビールは100円か150円だったりする。ここで顰蹙を買うのは飲めない人だったりする。ウーロン茶なんかを頼もうものなら400円とかしたりして、けっこう高くついちゃうのであった。

某月某日
 久々に読んだ(というより触れた)吉行淳之介の文章だった。この『ヴェニス光と影』(新潮文庫)の半分は篠山紀信の写真でもある。裸体はないけど、残念。でも、なんかとってもいい感じの本でした。

 実は僕は大の船戸与一ファンであった。『海燕ホテル・ブルー』(角川書店)には相変わらずドキドキ。しかし、これまでの作品とはちょっと違った感じ。日本、しかも現代が舞台というだけではない、作者の中で何かが変ったのか、それとも現代社会に対しての大きなメッセージが入っているのか。

某月某日
 竹内久美子の話は面白い! 『三人目の子にご用心!』(文藝春秋)も相変わらず面白かった。普通こんなふうに同じような話だとマンネリになってしまうのだけど、彼女の話は常に新鮮で刺激がある。ついつい、ウワキをしたくなってしまうのだ。

 大塚にある「ぼんご」といお店の“おにぎり”を5個食べた。お腹がいっぱいだ。ご飯は固めでパッチリしていて、丸くあたたかな握りなのだ。

某月某日
 なぜか突然に、リリアン・ロスの『パパがニューヨークにやってきた』(マガジンハウス)なる本を読んだりした。この“パパ”とはご存知ヘミングウェイのこと。このところ少しずつではあるけれど、このヘミングウェイの本を読んだりしている。けっこう深い。

 実は僕は、椎名誠について語り出したら止まらなかったりする。特にこのシリーズは好きである。『新宿熱風どかどか団』(朝日新聞社)は、彼が会社(ストアーズ社)を辞めてからくらいの話で、彼の仕事も、「本の雑誌」も少しずつ軌道に乗ってきている。しかし、このシリーズは最初の頃と比べるとだんだんと輝きが失われてきたみたい。

某月某日
 再び浅田次郎を読む。『霞町物語』(講談社)は哀しい青春の物語であった。仄かな光なんだろうけど、しっかりと輝いている。瞬間、瞬間を生きていて、かっこよかった。歯の浮くようなセリフはいっぱいあって、女とドライブに出かけたりする(もちろん目的はひとつ。主人公は高校生)。しかし、歯は浮かない。ずしりと重く、大切だった記憶が蘇える。一見、短編集のような形なのだが、実は連作小説になっている。特に2作目の「夕暮れ隨道」はたまらない。

 テレビで「耳をすませば」を見て感動する。“感動”なんて言葉は普段は使わないことにしているが、とにかくまいった。よかった。ついついカントリーロードを口ずさんでしまう。

某月某日
 久しぶりに柳美里を読んだ。『家族の標本』(角川文庫)はいろいろな家族というものがでてくる。変わった、という言い方は失礼になるのだろうな。淡々と、短い話を少しずつ読んでいった。ちなみにこの本の解説は渡辺真理だったりする。

 知り合いのOさんという女性と池袋東口にある「ぎゃかい丸」という回転寿司やで軽く寿司をつまむ。ここは小さなお店なのだが、一皿均一120円でなかなかどうして、安くて美味い。お店に入ったのが夜10時を過ぎていたので、もう廻っている皿はない。ということで、注文の度握ってもらって生ビールとともに食べていた。よくよく見ると旬なメニューに“さめ”なんてのがあった。恐る恐る注文してみる。色はトロみたい。ちょっと口の中に入れるのは抵抗がある。食べられたらどうしよう、という生生しさが感じられるのだ。歯ごたえは、ちょっとくしゃっとした感じ。うーん。なんといったらいいのだろうか。もう頼むことは無いと思うのでまあいいか。僕の隣に座るちょいとおしゃれなOさんは、目の前でアボガドが切られているのに気がついた。彼女はすぐさまこのアボガドを注文、軽く醤油につけ幸せそうに食べる。「おいしいから食べてください」と言われ僕も恐る恐る食べてみた。うーん。答えに困った。「いやあ、ユニークな味ですね……」10時45分がラストオーダー、お碗で〆て二人で生ビール3杯と18皿を食べた夜であった。ちなみにお値段は3600円くらいだったか。

某月某日
 さて、今月の〆は宮部みゆきであった。そう言えば書店には『クロスファイア』が置いてあった。読みたい。『平成お徒歩日記』(新潮社)を読んだ。
 すごくいい。どこが?と言えばミヤベの語りがいい。エッセイであるこの本は、ミヤベ自身の声で、読者にやさしく話してくれる。けっこうかわいいのである。
 ちなみに僕はこの“お徒歩”というのを読めなかった。7頁の前口上にはちゃんとこの読み方が野っていいる。“かち”と読むのだ。どうしてこんなふうに説明するかというと担当編集者のなかに数名、“おとほ”と読むヒトがいたそうな。でも、実は僕はこれとはまた違った読み方をしていたのだか……。そう言えばミヤベさん、IME98ではちゃんと変換できました。
 この本は昔の人々の気持ちになって江戸の町を歩く、のである。池波正太郎の『剣客商売』(それにしてもあのTVは……)なんかでも、ひょいひょいと移動する場面があるが、実は実はけっこうな距離だったりしている。ミヤベは自分の足で体験するために、そして肝臓結石を治すために歩くのであった。
 そして、実はこの本には多くのメッセージが入っている。
 彼女の話には、“不思議な話”というものが多い。例えば「お化け屋敷」のような場所は必要なのではないかと。「魔」を吸収し、それを封じる働きとして、必要なのではないかと。
 こんなことを読んでしまうと、ミヤベの物語を再読してみたくなってきた。

某月某日
 『東京ブックマップ'97-'98』(書籍情報社)をいう本を買った。
 実は、今月購入した本はこれ一冊。このところほんとうに本は買わなくなってきている。いろいろと理由はあるのだが。でも、本との出会いというのは書店だけではなく、いろいろなところにあるのではないかと思うようになってきた。

(1998.11.3)



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