フロント
   
2001年1月
2001年2月
2001年3月
2001年4月
2001年5月
2001年6月
2001年7月
2001年8月
2001年9月
2001年10月
2001年11月
2001年12月
   
   
   
   
   
   
   
   


     
読書日記2001年11月
秋は寂しく過ぎていったのだろうか編



2001年11月某日
 電車が僕の住んでいるところの駅に止まるちょっと前だった。僕は立ち上がり、ドアのところに歩いていくと、座席に座っている女子高生に眼がいった。ルーズソックスに、スカートもとても短い。彼女が特別なことをしていないにしても眼がいったりするのだが、今回は特別だった。過去、こうした女子高生が電車の中で化粧をしているところ(これは大したことないよね)、生着替え(これはホントのことです)などを目撃したことはあったが。
 なんと、この女子高生はお弁当を食べていた。グリコのいちごポッキーではないのだ。セブンイレブンのじかまきおにぎりとか、マクドナルドのてりやきマックバーガーとかでもない。たぶんお母さんが作ったであろう、愛情たっぷりのお弁当を膝の上に置いて美味しそうに食べていた。左側には白いご飯が見える。右側には緑色の野菜とコロッケのような色のものがあった。お茶はなかった。ちなみに僕は食事のときにはやはり味噌汁とかお茶とかがどうしても欲しいところである。
 そんなに堂堂とはしていなかったが、コソコソとはしていない。僕は彼女と同じことをできるだろうか。平日の午後の4時くらいだった。時間がなくてお昼ご飯を食べる時間がなかったのだろうか。もちろん、僕はこのとき電車を降りようとしていて、彼女のこの日の生活について詳しく聞くこともなかった。
 東京で電車に乗る生活を毎日送っていると、様様なことで出会う。それにしても、何が彼女にあったのだろうか。

2001年11月某日
 話題の『タリバン』(田中宇/光文社新書)を読む。これまで「タリバン」という言葉すら知らずにいたのだが、この本を読んでとってもよくニュースがわかるようになった。ただ、なんでアメリカがアフガニスタンに攻撃をしているのかはまだわからないが。
 この本の前半はタリバンの歴史的な経緯みたいなことがわかりやすく書かれている。でも僕は後半の方が面白く読めた。アフガニスタンの生の姿のようなことが書かれているように感じた。もちろん、宗教が違い日本からは遠く離れた国でもある。しかし、そこには人びとの生活のようなものがある。きわめて当たり前のことだけど。
 ところで、この本を読んで初めてこの田中宇(「さかい」と呼ぶ)という人を知った。けっこう若い人なんだね。そして、インターネット社会というこの時代に合わせたかのように、登場したという感じがする。彼のウェブサイトである「田中宇の国際ニュース解説(http://www.tanakanews.com/)」もけっこうわかりやすくて面白い。

2001年11月某日
 トイレで起きる。カーテンをしているので陽はあまり入らない。現在が何時かわからないままに、また布団にもぐりこむ。あたたかい。どうしてこんなにも僕を優しく包んでくれるのだろうか。至高の時をしばし楽しむ。ふと気がつくと、時はかなり過ぎているみたいだ。でも、ここから離れたくはない。君から離れたくはないんだ! しかし、男という生き物は勝手なのだろうか、飽きてしまう時が来る。布団から離れ時計を見る。11時を過ぎている。起き上がり、土瓶に水と漢方薬を入れガスをつける(なんと僕は漢方薬を飲んでいる人であった)。そしてシャワーを浴びる。この日は髭は剃らない。シャワールーム(実はトイレと
セットのユニットバス)を出て、身体を拭きパソコンでメールのチェック、スポーツ関係のウェブで新しい記事のチェックをする。同時に洗濯機にどさどさ溜まっているものを放り込む。
 たまには部屋に掃除機をかける。たまには風呂場の掃除もする。ぼぉーっとし、洗濯機の2回戦での戦いも。だらだら、だらだら。
 そんなことなで3時半も過ぎてしまった。まだ食事はとっていなかったりしている。
 ここでようやくちゃんと服を着て図書館に出かける。歩いて10分ちょっとあるのかな。借りていた本を返し、ひと通りの書棚のコースを歩く。帰りには「デンマーク」というパン屋さんで4個ほどのパンを購入。ゆで卵の入っているカレーパンは僕のお気に入りである。その後は「西友」での食料品のお買い物。卵は6個入りを買うことにしている。レタスなどの野菜もかかさずに買うことにしている。あと、果汁100%の林檎ジュースも。
 部屋に帰り昼食のパンをかじり、たまっているテレビ番組のビデオを見たりする。そんなこんなでだらだらしていると、もう7時くらいになったりしている。おおお、夕飯をつくらなくては。魚を焼き、サラダをつくり、味噌汁もつくる。ちょっと前にセットしていたほかほかのご飯で夕食にする。
 ふと気がつくと、貴重な休日に何もしなかったことに気づく。ついつい虚しくなってしまい冷蔵庫からビールを取り出して、飲みだしてします。またまたふと気がつくと2本目に突入していたりする。メールチェックをしても、誰も僕になんてメールを書いてくれないんだな、といじける(笑)。
 ビールから日本酒に切り替えて、人生について考えるふりをする(どんなふうに考えたふりをしていたのかはヒミツである)。
 以上、とある休日の一日であった。ときどき、「休みの日に何をしているの?」と聞かれるのだけど、あんまり答えようがないんだよね。

2001年11月某日
 池袋の東武デパートで「宮城の物産展」というのがあった。広告に載っていた味噌ラーメンがとてもとてもとても美味しそうだったので、ついつい食べに行ってしまった。いやぁ、ほんとうに美味しかったよ。味噌ラーメンなんだけど、炒めた野菜とかは入っていない。コクがあっていいスープだ。麺は当然のちぢれ麺。やっぱりラーメンの麺はちぢれていなければいけない! 反論のある方どうぞ(笑)。と言いつつ、反論は怖いや。
 この物産展はいろいろな宮城の食べ物があってどれもとても美味しそうだった。

2001年11月某日
 川上弘美『センセイの鞄』(平凡社)は居酒屋で飲んでいる話から始まる。主人公の女性と、かつてのセンセイとが、たまたま居酒屋で出会うのである。お互いにいつもひとり。好きなつまみを、好きな酒で。静かな雰囲気がとてもいい。
 中盤で同窓会の場面が出てくる。この場面も実にいいのである。そうだ、考えてみると僕は同窓会というものに行ったことはなかった。これからも行かないだろうな。この本を読んで、いつの間にか遠くに来てしまったように感じている。

2001年11月某日
 池袋の三越デパートの「山形の物産展」というのに行って山形ラーメンなるものを食べてきた。正直なところ麺とチャーシューに関してはちょっと不満はあった。でも、透き通った醤油味のスープはなかなか美味しかった。東京ではこういうラーメンはないんだよね。ラーメンラーメンって、騒いでいるわりには、このスープを知らないとは。とラーメンに関していろいろと書くと反論が怖いのでこの辺でやめておこう。
 この物産展でも山形の美味しいものがいっぱいあった。例えば、イナゴの佃煮とか(笑)。まあ、僕は食べないけどさ。なによりこの物産展で嬉しかったのは、お団子があったことだ。僕の好物は「ずんだもち」。知らない人は知らないのだろうな、なんと不幸な。うちの田舎の方ではこうした団子をよく食べる。例えばお墓参りに行くときには、必ずといっていいほど、家でつくって持って行く。僕も手伝いで、すり鉢で枝豆をぐるぐるしていたっけ。そう、ずんだもちは、枝豆から作る。ちょっと甘いのだけど、とろりとしてその甘さがいい。また食べたくなってきたな。
 山形と言えば、藤沢周平の故郷である。どんな食べ物が好きだったのだろうか、などと思ったりする。でさも、実は「山形の食べ物」って一概に語れないんだよね。同じ名前の食べ物でも、内陸地方と庄内地方(海側の方)とでは味付けが違っていたりする。
 そう言えば、この物産展での店員さんの張り上げる声も、いろいろなイントネーションだったような。あちこちの町で全然方言が違うんだよね。

2001年11月某日
 いつもの月のように、耳鼻科に診察に行った(月に一度定期的に耳の状態を見てもらっている)。受付をしたのがちょっと遅い時間だったのだけど、診察の終わったのが12時だった。夜の、深夜の12時である(笑)。過去けっこう遅い時間に診察してもらったことはあったけど、こんなに遅かったのは初めて。なんでこんなに遅い時間かというと、ひとりひとりの診察時間がとっても丁寧で長いから。ちなみにこの日の受付番号は133番だった。
 でもさ、こんなに遅くまで診てくれる先生というのもありがたいものですね。

2001年11月某日
 確かこの本を読み終わるまでに、2、3ヶ月かかったのではないだろうか。『やわらかい話 吉行淳之介対談集』(吉行淳之介/講談社文芸文庫)はその名前の通り、多くの著名人(桃井かおりさんも出ています)の出てくる対談集なので、ひとつの話ひとつの話を、ゆっくりと何かの合間とかに読んでいた。実はこの対談の内容の一番の話題は下ネタだったりしているのではないだろうか。それはそれで楽しいのだけどね。

2001年11月某日
 僕の住む街に新しくレンタルビデオの店が出来た。けっこう大きな街なので、これまでこういう店がなかったのが不思議なくらいなのだけど。よかったよかった。ちょっと行って店の中を覗いてみたいのだけど、品揃えはとてもよかった。名画と言われるものはかなり揃っているとみた。しかし、レンタルビデオというのはこの数年利用することはなかったりしている。この街に住む前でも。3年か4年は借りてないんじゃないかな。どうにも返すのが面倒だったりしている。それだけではなく、テレビの画面で映画を見てもなんだか迫力がない。大きな画面のテレビを買うという方法もあるのかもしれないけど、それはそれでまた別の問題がある。ただでさえテレビの録画を見るだけで大変な状態なのに、はたして僕はこの店の会員になるのだろうか。

2001年11月某日
 ボージョレ・ヌーボーが解禁された。ウィンドウズXP日本語版発売された。ドルフィンホテルはなかなか更新されない。これはあんまり関係ないけど。
 なぜに、午前0時に大きなイベントが開催されるのだろうか。実に疑問である。あんな真夜中にワインを飲んで。待っている時間に酒を飲んで、ということはなかったのだろうか。飲んでいて午前0時にもなったならば、酒の味なんてわからなくなってしまうと思うのだけどな。それに、解禁前の数週間か数ヶ月のボージョレ・ヌーボーはどのように飲まれているのだろうか。「今年は味が落ちてしまったねぇ、はやく新しいヌーボーを飲みたいよ」とかなんとか言って飲んでいるのだろうか。在庫になってしまった前の年のボージョレ・ヌーボーはどうなってしまうのだろうか。
 でも、このことをご飯を食べながら考えていたら、その疑問はあっさりと解けてしまった。僕はご飯、お米がとても好きな人である。新米を食べるのは凄く楽しみだったりしている。いつもは安い米を買ったりしているのだけど、新米というシールを見ると、ついつい2ランクくらい高い米を買ったりしてしまう。
 炊きたての新米は、まさに「お米が立っている」状態で、そのまま食べても凄く美味しいんだよね。ボージョレ・ヌーボーの好きな人も同じような気持ちなのかもしれないか。
 でもさ、お米も新米の「解禁日」というのを作って大大的にPRしたら良いと思うのだけどね。午前0時をもって、世界的に「いるか米(仮につけた名前です)」が解禁され、あちこちのお店ではイベントが開催されるのである。定食屋さんではその時間から新米になる。牛丼屋さんにも行列ができていたりする。お弁当屋さんでも、ご飯だけを買おうという人がいたりする。ホテルでのイベントは、参加者が自分の茶碗とご飯に合うおかずを持参してきている。カウントダウンの声をあげながら、納豆をかき回していたりするのだ。
 こんなふうに盛り上がれば、米の消費も少しは増えると思うのだけど。

2001年11月某日
 新宿でラーメンを食べた。店内には、東京ウォーカーその他いくつかの雑誌が貼られている。最近流行りのラーメン特集で取り上げられている店のようだった。
 普通のラーメンに卵の食券を買い、カウンターの席に座る。まあ、僕もそれなりにはラーメン好きの人間なのであった。ずずずずずっと大胆に麺を食らうのはなんとも言えないものがある。なかなか美味しいと思えるラーメンにありつけないのだけど。
 さて、食券をテーブルの上に差し出すと、お店の人は「麺はどうしますか?」と聞いてくるのであった。僕は「ちゃんと茹でてください」と答えた(これはウソですね、ハイ)。座席の後ろの壁のところには、お店の注意書きのようなものがあり、「固め、普通、やわらかめ」と指定できるらしい。また、スープの「濃さ、薄さ」、油の量といったものまで好きなように注文できるようになっている。最近、こうしたお店が多いようだ。
 客が自分の好みの味を注文できる。便利な世の中になったものだ。
 でもさ、僕はどうしても首をかしげてしまうのだよね。例えば、蕎麦屋さんに入ったときに、「固めがいいですか? やわらかめにしますか?」なんて聞かれることはない。スープに関しては、最近の駅の立ち食い蕎麦では、東京風の濃い味と関西風の薄味とを選べるようになっているが、はっきり言って好みというよりは、別の種類といったほうがよいだろう。
 うどんにしても、パスタにしても、その素材でつくった、そのお店の最高の固さ、コシというものが当然のようにある。以前、けっこう有名なイタリア料理のお店でアルデンテのパスタを食べたのだけど、ほんとうに芯が残っているような感じで固めなんだよね。でも、よく噛むと美味しい。
 麺の固さをお任せします、というのはラーメン文化(そもそもこんなものがあるのかがわからないけど)というものがまだまだ成熟してないのだろうと僕は思うのであった。
 と、ラーメンのこだわりでした。聞き流してください。

2001年11月某日
 いつのことだったか忘れてしまったが、もう寝ようと思いパソコンのスイッチを消し、テレビのスイッチを消そうとしたときだった。チャンネルは8、フジテレビで辻仁成の映像が流れていた。隣には江國香織もいるではないか。動いている江國香織を見るのは初めてだったので、ついつい見入ってしまった。なんと、『冷静と情熱のあいだ』の映画のPRの番組がこの深夜に放送されていたのである。
 ほとんどはじめから見ることができたのだが、とても面白い内容だった。映画というよりも、2人のトーク、それぞれのインタビューが中心で、この小説を書く上での様様な話があった。
 作家がその小説について語るということはあまりないかもしれない。あまり積極的に話をしないで欲しいという気持ちもないでもないが、たまには楽しいものである。特に、この小説は2人で書いたものである。
 辻仁成の版はこの時点でまだ読んでいなかった。江國香織の版は数ヶ月前に読んだのだけど、まあムニャムニャ(笑)。
 でも、この2人の作家というのは、わりとよく読んでいるのである。特に、辻仁成はデビューから出版されるとすぐに読むという、けっこう熱心な読者だったのではないだろうか。僕にとって、すごく特別な作家だったのである。彼のロックミュージシャンという側面をほとんど知らなかった僕は、すんなりと作家として彼を読み出した。なぜ、特別だったかというと、年齢が近かったこともあり(ひとつ違っている)同じ時代を描いているな、という感じがすごくしていたことである。デビュー作の『ピアニシモ』は1989年に出版されている。この頃はまだ、僕と同じくらいの年齢の作家というのはほとんといなかったのではないだろうか。村上春樹なんかは、ちょっと上の世代という感覚だった。なぜだか、芥川賞を受賞したあたりからは読まなくなってしまったのだけど、いつの間にか作家としてとても有名になってしまった。
 江國香織に関しても年齢的には僕とふたつしか違わないのか。いくつか読んでいるが、特に『薔薇の木 琵琶の木 檸檬の木』(集英社)は好きな作品だった。でも、この日のテレビのナマ江國さんはキレイで素敵な雰囲気だったな。
 そして、2人の噛みあわないトークが、なんだかとっても良くて、まだ味読の辻仁成版『冷静と情熱のあいだ Blu』(角川書店)を読んだのであった。
 感想については、ムニャムニャ(笑)。そのうち映画も見てみようと思っているのであった。

2001年11月某日
 割引チケットがあるということで、池袋の『和民』(チェーン店の居酒屋ですね)に飲みにいった。10時半頃から12時20分頃まで4人で飲んで、8904円だったのが5000円割引になって3904円で済んでしまった。なんだか、すごい安いよね(笑)。お値段が安いと、それだけで気持ちが和んでくるよね。

2001年11月某日
『現代イスラムの潮流』(宮田律/集英社新書)という本を読み、またまた現代社会の問題について勉強したのであった。それにしても、我々はイスラムという世界について知らなすぎるんだよね。タリバンのような一部の側面だけを見て、イスラム教というものを考えてしまったりしている。キリスト教にも、仏教にも、様様な宗派が存在し、中にはカルトのようなところもある。「世界」ということを考えたときに、アメリカやヨーロッパというキリスト教的な社会をイメージしてしまうのだけど、「世界」には多くのイスラムを支持する人がいるのだ。

2001年11月某日
『ぴあランキン'グルメ2002首都圏版』というムックを見ていたら、池袋の『若貴』という回転寿司のお店が総合の第2位になっていた。実はこの店は、開店のときから気に入っていた店なんだけどね。安く、「ちゃんこ汁」と「茶碗蒸」と「焼きサーモン」がとっても美味しかったのだけど、最近はいつも並んでいてもう当分行かないだろうな(笑)。ちなみに、この隣にある『串若丸』というオジサン達しか入れないような雰囲気の居酒屋はなかなか良いです。「デンキブラン」も置いてあるし、「かみなり豆腐」というのを食べると感激します。
 さて、回転寿司と言えば、先日東武池袋線の大山駅にある『すしおんど』というお店で食べていた。ここは全部が100円。アルコールが発泡酒しかないというのが難点ではあるが、けっこう美味しい。「塩カルビ」なんてのもあるのだ。150円になるけれど「茶碗蒸」も美味しい。ケーキも流れている。僕は食べないけど。実はこのとき、いろいろ食べてお腹がいっぱいになり、残して帰るという失態を演じてしまった。こんなことは、僕の回転寿司体験で初めてのことであった。確か11皿くらいしか食べてなかったのだけどね。だんだんと僕も歳をとり、暴飲暴食に耐えられない身体になってきているということなのだろうか。悲しい秋の終わりの日の夜のささやかな事件だった。

2001年11月某日
 久しぶりに宮部みゆきを読む。ちょっと変わった雰囲気の作品になるのかな。『ドリームバスター』(徳間書店)はSFというジャンルになるのだろう。3つの連作となる話が入っている。僕は最初の話が一番よかった。
 そう、火事の話なのである。僕が子供のころ(小学生の頃は、とってもカワイイと言われていた……)何度か近所で火事があったことを覚えている。夜の火事は空が赤赤となり、記憶に焼きつく。寝巻き姿の野次馬がけっこういたものだった。

2001年11月某日
 中野武蔵館という映画館に『ペイン』(http://www.goldview.co.jp/pain/top.html)という映画を見にいった。この映画館は日本映画のわりとマイナーなものを上映していて、けっこう面白かったりもする。それにしても、この日(平日だったのだが)は空いていた。前に来たときも空いていたけど。だって、僕を含めて5人くらいしか客はいなかったのではないだろうか。
 なぜこの映画を見に行ったのか。この映画の舞台が池袋だったからである。僕がほぼ毎日通るあたりでロケが行われていたようだった。10代の男と女が、スカウトとパー券売りを行い、次第にその世界に染まっていく。見ていて、ある種の傷みを感じるかもしれない。
 池袋という街は確かにヘンテコな人が多い。特にキレイな女性は声を掛けられることなく前に進むのは難しいかもしれない。手を離さない人とかもいるので、ほんとうに大変だろうなと思う。でも、ひょこひょこ付いて行く人もいるけどね。僕の友人の女性は、どっかのビルの部屋に連れ込まれ化粧品のセットだかを買わされそうになったのだが、ワーワーワーワーと質問その他を浴びせたら相手の方がひるんで帰ってきたというケースがあった。でも、怖そうだよね。正直なところ、夜なんかは僕もひとりでは歩きたくない。お姉さんとかに声を掛けられて、降り切るのがけっこう大変なんだよね。でも、パー券買わない?って言われたことは一度もないな。誰も声を掛けないか。

2001年11月某日
 池袋にある、明月館という焼肉屋さんに行った。国内2頭目の狂牛病の牛が見つかった次の日だった。前にこの店に来たときは、満員で入れなかったということがあったので、この日の3分の1くらいの状態はかなり空いていると言えるのかもしれない。久しぶりに食べる炭火で焼いた牛肉はとても美味しかった。やはり、たまにはたらふく食べたい食べ物である。

2001年11月某日
 うちの近所に新しく『あまいけ』というスーパーが出来た。正確に言うと、「新しく」というのは違っているのかもしれないが。元元、同じ場所にスーパーはあった。しかし、ちょうど一年前に駅前に巨大な『西友』が出来たことで、僕の買物はほぼ100%この『西友』になったのである。これまで付き合っていた女の子と別れ、新しい彼女に鞍替えしたのである。安くて、キレイで、あたたかくて、楽しいのだ。これまでは義務のようだった付き合いも、喜びに変わったのだ。僕の行為を責める人もいるかもしれない。でも、所詮は人間とはそういうものではないのか(と開き直る)。
 そんなわけで、以前はよく通ったスーパーの前を通ることはあまりなかった。うちのバルコニーからひょいと顔を出せば、見えないこともない距離にあるのに。先日、たまたま通ることがあった。なんとそのスーパーには「開店」という文字が! よく見ると店の中のレイアウトその他、まったく変わっている。見上げると店の名前までもが変わっていた。
 この店が出来てから、『西友』に行く回数が減り『あまのや』に行く回数が急激に増えてしまった。何よりも、肉と野菜が安い。品物の新鮮で量も多い。そして、絶対的に凄いのが夜遅くまで付き合ってもらえることだ。『西友』が8時だったのに対し(全国の中でもこれはちょっと早いよね)、『あまいけ』は夜の11時までやっている。歩いて1分ほどのところにあるスーパーがこの時間までやっているのは、部屋代5000円分くらいの価値があるのではないか。門限が早いからといつもいつも早く帰る女の子よりも、遅くまで付き合ってくれる子に情が移ってしまうのも仕方のないことではないか。
 もちろんこれから先、どうなるかはわからない。

2001年11月某日
 この月のスポーツは「J2劇場」が面白かった。上位2チームがJ1に上がれるという昇格争いで激しいサッカーのJ2リーグのことである。僕の応援するモンテディオ山形は最終戦で敗れ惜しくもJ1昇格は成らなかった。でも、J1に上がっていたらとても大変だったんだけどね。それにしても、この少ない予算のチームをたった一年でここまでにした、柱谷幸一監督はとっても凄い。来シーズンも続投することになって、来年だけでなく10年後のチームも楽しみになった。
 今シーズンのはじめの頃からこの柱谷幸一の『kick-off』(http://www2m.biglobe.ne.jp/~hasira/)というウェブサイトを見ているのだけど、彼の文章、発言はとても面白い。なんというかな、武士らしさ、のようなものを僕は感じてしまう。
 やや話は変わるが、「サッカー=江戸時代の武士道」というものを僕は考えている。
 江戸時代における武士、剣術というものを現在に当てはめたばあい、サッカーが一番近いのではないだろうか。Jリーグには多くのサッカーチームがあるけれど、それは昔の藩のようなものである。サッカーというもの自体、よくその戦争に例えられる。その戦術なども、各チームの特性により異なったりしていて、まさに現代の戦争とも言える。
 単に、サッカーというゲームだけでなく、その政治的な側面も実におもしろい。例えば、藤沢周平の『蝉しぐれ』(文春文庫)では、藩の主導権を巡っての争い事があったりするのだが、サッカーチームの監督人事と実に似ているように思う。町道場は、サッカーのユースチームのようなものだし、市井の人人はサポーターのようで、浪人は自由契約選手である。強くなること、ただそれだけでなく、正しい藩政を考えていく凛凛しさのようなもが、海坂藩とモンテディオ山形とは共通しているのではないかな、と勝手に思いをよせているのであった。

2001年11月某日
 ある日、テレビのチャンネルをあちこり切り替えていたら、『アルプスの少女ハイジ』が放送されていた。ローカルな局ではたまにこうした昔の番組が放送されていたりする。ハイジがクララの家で生活しているところだった。ロッテンマイヤーさん、なんて懐かしいよね。最初にハイジを見たのは中学生の時なので、もう25年くらいは経っているのか!(笑) この歳になってこういう人を見ると、ロッテンマイヤーさんにも彼女なりの辛さがあったんだろうな、なんて思えてしまう。僕も少しは成長したということだろうか。
 ちょっと今、インターネットでハイジを検索していたらおもしろいところを見つけてしまった。「アルプスの少女ハイジとクララ " New Heidi & Clara 2001 "」(http://www.heidi-clara.com/)というウェブサイトである。
 どういう形になるのかはわからないけど、新しいハイジが放送されるようだ。楽しみ。

2001年11月某日
『銀座アスター』でコース料理を食べた。銀座アスターと言えば超高級中華料理のお店である。僕の中のイメージとしては超の上にまた超が来るくらいのものがある。なぜかこの店で食べるのは初めてだった。実は、コース料理といってもお昼の2000円のコースなのであったが(笑)。
 でも、これはとてもよかった。前菜がいくつもあり、メインの料理にデザートまでついている。2人で行ってメインの料理を分けて食べたので、よりいろいろ食べたという印象が残った。12時前の空いている時間に入ったのだけど、出るときには長い列が。お昼に2000円もの料理を食べ、こういう長い列を横目に見ながら出てくると、とってもリッチになったような気分だ(笑)。たまには、こうした贅沢も楽しいものだ。夜、居酒屋で飲むならばどんなに安くても2000円くらいは掛かってしまうもんね。
 ちなみに、この2000円コースを注文する人はけっこういるみたいで、となりに座った初老のご婦人はひとりでワインを飲みながら、この昼食を楽しんでいた。超かっこよかった。

2001年11月某日
『ポアゾン』(http://www.poison-jp.com/)という映画を見た。宣伝のコピーには「官能の世界」という文字もある。ドキドキして見にいったわりには、きわどいと言えるような映像はなく、まあ普通の映画だった。別にそうした場面を見るために映画を見にいったわけではないのだけどね。キューバとか、風景がとてもきれいな映画だった。

2001年11月某日
 職場でお弁当を食べるときなどは、だいたいその下に新聞の折り込み広告を敷くことにしている。食べる前は、その広告を何にするかを選ぶという前準備の作業が行われるのである。スーパーの広告などはけっこう楽しめる。食べながら、広告のステーキなんかを見て頭の中にイメージを膨らませると、安いハンバーグを食べていてもステーキの味に思えてくるのである。最近増えているように思われる折り込み広告は、エステのものではないだろうか。でも、これはあまりよろしくない。エステ前、エステ後の写真などを見ると、なんだか食欲が進まない。それに、周りの人からこういう食事風景を見られるのもちょいと恥ずかしいものだ。
 いろいろな広告があるが、一番のお気に入りの広告は、マンションである。
 キレイなダイニングルームで窓から夜景を見ながらの食事を楽しむ。床暖房もポカポカしてとても気持がいい。いろいろなマンションの立地や間取りを見て、将来のことを夢見るのである(現実的に考えることはないが……)。
 今年になってから特にだろうか。マンションのいろいろな設備のひとつに、インターネットというものが大きく場所をとってそのサービスを訴えるようになってきたように感じる。これが僕にとっては実に謎である。だって、僕の部屋でもADSLでインターネットを思う存分楽しむことができるだから。古いマンションに住む人の中には、いろいろと制約があってブロードバンドのできない人もいるみたいなので、まあ確かに魅力的なサービスなのかもしれない。でも、なんかね。
 マンションの付加設備について言えば、ひとつの提案がある(こんなところに書いても仕方がないのだけど)。システムキッチンや、ウォーキンクローゼットなどが、当然のようにあり、その使い勝手などに興味がいっているようだ。しかし、僕がマンションを選ぶときには、そんなことよりも、壁一面の具え付き本棚が欲しいのだが。マンションの見取り図を見ても、本棚を置くスペースというのはあまりないように感じられる。置いたら置いたで、部屋が狭くなりそう。また、本棚というのは地震のときが不安である。ならば、クローゼットのように、キレイに設計の段階から具え付けになっている本棚があれば嬉しいのではないだろうか。マンションのきれいな内装と、それにあった本棚。天井まで本を収納できるならば、かなりの冊数が収まるだろう。そんな部屋でソファーに横たわり、ワインでも飲みながら、街の家家を見下ろし、本を読むのだ。

2001年11月某日
 今月より、「ドルフィンホテル本館メーリングリスト」なるものをスタートさせた。全く新しく参加してくれた人が何人かいたのだけど、そのうちのひとりの「どうやってドルフィンホテルまで辿り着いたか」には吃驚してしまった。なんと、「ブルコギ」で検索してここまで来たということなのだ。いつだったかのこの読書日記で書いた僕の好きな店である『ソウル亭』という韓国料理のお店の話題がヒットしてしまったのだ。勝手気ままに書いているこの読書日記なのだけど、どこで誰が見ているのかわからないんだね。ちょっとこわいような気持ちにもなったりしていたりする。まあ、わかってはいることだけど。でも、こうした話題で新しい出会いがあったりするのも、また楽しいことであるのだろう。


(2001.12.4)


DOLPHIN HOTEL