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読書夜話2002年3月前半
眠い眠い眠い……編



2002年3月某日
 テレビドラマなどでこんな場面がよく見たりしないだろうか。写真週刊誌のカメラマンが決定的なシーンをカシャリと写す。それに気づいた撮られた人がカメラを取り上げる。そして、フィルムを取り出す。カメラを返し、そのフィルムを引きちぎる。黒いフィルムがグシャグシャと空を切る。
 しかし、カメラというものがデジカメに変わりつつある現在、この場面はどのように変わるのだろうか? カメラを取り上げるところまでは問題はないだろう。しかし、このカメラを壊してしまうわけにはいかない。取り上げた人は、ここでメニューボタンを押す。そして写された写真を表示して、削除する。しかし、この操作がわからないとこううまくは進まないよね。別の方法でスマートメディアを抜いて壊してしまうという方法も考えられる。ただし、このメディアが128MBだったりするとかなりの枚数の写真が入っているかもしれない。それだけでない。けっこうお値段も高い。そうなると、簡単に壊すということはできない。第一壊すにしても、フィルムを引っ張るようにあんまり「いい絵」にはならないだろう。
 たぶん、この先1年か2年くらいのうちに、このような場面がテレビや映画で見られるのではないかと思っているのだけど。

2002年3月某日
 F1オーストラリアGPを見た。それにしても酷いなぁと思ったのは、新聞などのマスコミの報道であった。「日本勢」という言葉がよく使われる。「トヨタ」「ホンダ」「佐藤琢磨」……。しかし、どうにもめちゃくちゃに使われているようにしか思えない。F1GP参戦に関して、トヨタとホンダは同じではない。トヨタは、シャーシも作りエンジンも作りフェラーリと同じようにチームとして参戦している。しかし、ホンダはあくまでもエンジンサプライヤーとしての参戦である。エンジンだけでなく他の部分に関しても技術提供などしているという話はあるが、それでもホンダがチームとして参戦しているわけではない。そういう意味でトヨタとホンダはF1へのスタンスが全く違っているのである。
 それに、もうひとつ。トヨタというチームが「日本勢」なのかという問題もある。このF1のトヨタチームの本拠地はドイツにある。それなりに日本のトヨタ本社も関わっているのだろうが、正直なところそんなに日本人が関わっているという雰囲気はない。長年F1ファンの僕の目からは日本のチームというよりは、ドイツのチーム、または国籍を超えたグローバルなチームという感じの方が強い。
 それに佐藤琢磨というドライバーにしても、そんなに日本人という感じがしない。彼は日本のレースを始めたことに間違いはないが、そのレース人生のほとんどはイギリスのものである。彼のインタビューとかを見ても、あんまり「日本人」というように小さな枠に入れてしまうのも何か違った感じがしてしまう。もちろん、佐藤琢磨が魅力的なドライバーで僕が応援していることに変わりはないのだが。
 というところで、F1という社会はどんどんグローバル化が進んでいる。それがいいか悪いかは別としてなのだが、どうもマスコミの報道とはかなりズレがあるように思えてしまって。

 そうだ、このオーストラリアGPに対して文句があったんだ(笑)。文句というか、時代の移り変わりというものを感じてしまった。このレースではスタート直後に大きなアクシデントがあり、8台ものマシンがこの時点でレースを終えてしまった。クラッシュに巻き込まれたレーサーはピットまで走ってきている映像があった。そうなんだ。昔のF1であれば、このクラッシュは確実に赤旗再スタートになっているはずだった。数年前からペースカーが導入され、最近では赤旗というのがとても減ってしまっていたが、これだけのスタート後クラッシュがあっても再スタートがないということに僕は少しばかり驚いてしまった。
 でもよく考えてみると、今はテレビメディアの時代なのであった。これが再スタートということになると、テレビ中継の枠に収まらなくなってしまうんだよね。いいのか悪いのかは難しい問題なのだろうけど。

2002年3月某日
 ニュースで半村良さんの訃報を聞いた。最近はあまり彼の名前を聞かなくなっていた。僕が本を読み始めたのは大学に入った頃だったのだが、その頃にどんどん読んだ作家の中のひとりがこの半村良だった。僕はこの頃主に日本のSFと言われる小説を読んだりしていたのだけど、彼の伝記SFは面白く、ぐいぐいと引き込まれていった。特に『闇の中の系図』といった嘘部シリーズは面白かった。『妖星伝』も読んでいたし、最初の頃の作品はだいたい読んでいた。角川文庫の半村良の背表紙は独特の色で買って本棚に並べてはワクワクしていた。もう何年も彼の作品は読まないでいたけれど、僕に本を読む楽しさを感じさせてくれた大切な作家のひとりであることに変わりはない。

2002年3月某日
 アリー・myラブなトイレというのが本当にあるのだろうかとちょっと疑問に思っていた。「アリー・myラブ」というドラマを見ている人ならすぐにわかるのだけど、男女一緒のトイレである。けっこうトイレの中では本音での話とかがあったり、なにかとドラマがあったりする。小さなところで、トイレがひとつしかないとなると男も女も一緒になってしまうのだけど、いくらなんでもあのドラマのようなトイレというのは存在しないものだと思っていた。
 でも、あったんだね。当たり前のように。まったくもって普通に存在していた。
 旅行に行ったときの宿のトイレがまったく男女一緒のものだった。古ぼけた日本の宿は、実は世界の最先端のコミュニケ−ションの場所だったのだね。とっても恥ずかしかったでしたが。

2002年3月某日
 このところインターネットで一番の楽しみは「森絵都日記 時のかけら」である。理論社ホームページ(http://www.rironsha.co.jp/)で毎週木曜日にほぼ更新されている。ちゃんと定期的にこのように好きな作家の声が聞けるというのはとても嬉しいことだ。
 ところで。この日記はとても面白くて良いのだが、どうにも森絵都が小説を書いているという雰囲気がない(笑)。わざとそのような雰囲気を作り出しているところが森絵都という作家の凄さなのかもしれないけど、どう見てもいつも飲みに行ったり、家で飲んでいたり、遊びに行ったりと。日記にすると、こうしたことばかりが目立ってしまうのだろうか。
 僕の読書夜話の感想も「いつも飲んでばっかりですね」というのが多かったりしているだよなぁ。

2002年3月某日
 池袋の「やきとん みつぼ」というお店で飲んだ。名前の通り「やきとん」のお店である。正直なところ、そんなにキレイな、オシャレなお店ではない。酒を飲むことが好きなおじさん達が集まるようなところである。1人でも行けそうな雰囲気。ツマミも安く、美味しい。特に最後に食べた150円の「焼きおにぎり」はとても美味しかった。
 さて、このお店の面白さは食べ物だけではない。何よりもここは外の景色が凄いのである。1階の小さな通り沿いにある店で、ガラス窓は広く、外の景色がいっぱいに入るようになっている。僕なんかは飲みながらこの店の外の景色を見ると、なんともリラックスできてよいのである。どんな景色かというと、書店がそのまま目に入るのであった。そう、この居酒屋の場所は、ジュンク堂書店の小さな通りを挟んだ隣にある。ジュンク堂1階の奥の雑誌売り場のガラス張りの店内が、この居酒屋からはまるで同じ店内にいるかのように見えるのである。外の小道が存在していないような雰囲気。とても面白いですよ。

2002年3月某日
 久しぶりに昔の会社の先輩とメール交換をした。その先輩とは家族で横浜スタジアムまで野球を見に行ったりしのだが、当時まだちっちゃな野球少年だったその子供は今は大学の4年生なのだという……。なんだか悲しくなってくるよね。

2002年3月某日
「明石焼き」という食べ物を知らない人がけっこういるようである。という僕もその昔は知らなかったのだけど。でも、僕はこの明石焼きがとても好きなのだ。実はつい最近、池袋の三越デパート地下1階にこの明石焼きの店ができた。昔、西武デパートの地下にあったのだけど消えてしまっていたのだった。この東京では、あまり人気がないみたいである。三越デパート地下のお店も、いつも寂しい雰囲気だったりしている。
 この明石焼きというのは、まあたこ焼のようなものである。玉子焼きとも言われるのだが、やわらかで出汁につけて食べる。このところ、油ギトギトのたこ焼のお店には多くの人が並んでいるのだが、僕にはそれが全く信じられない。この繊細な明石焼きのほうがずっと美味しいと思うのに。みんなで明石焼きを応援しましょう。

2002年3月某日
 F1についてもう少し語りたいと思う。佐藤琢磨についてである。彼にはぜひとも頑張って欲しい。最近のモータースポーツ界というものを見ると、彼のレース歴というのは実に変わっているからである。サッカーでもそうなのだが、現代のスポーツはかなり年少のときから、そのキャリアがはじまる。モータースポーツでも早い人は小学校の頃からレースをはじめたりしているのだ。
 ところが、佐藤琢磨がレースを始めたのはとても遅い。本格的に始めたのはほぼ20歳くらいのときである。彼はそこでチャンスを掴み、イギリスへと渡る。自分の年齢を考えた場合に、もっとも早くF1に行く方法を選択したのだろうと思う。
「人生、何をやるにしても遅すぎるということはない」
 こんなことをどこかで聞いたことがある。確かなのかもしれない。しかし、スポーツという世界では、早い方が絶対的にいいのである。現代のモータースポーツにおいて、20歳からレースを始めてF1を目指すというのは、ほとんど信じられないような遅さなのだ。たぶん、彼の後に続く日本のF1ドライバーはもっともっと若いキャリアになっていくはずである。そういう意味で、佐藤琢磨というドライバーは最後の世代といった感じがするのだ。

2002年3月某日
 ひと月に2本は映画を見ようと思っているのだけど、今月の前半は1本も見ることはなかった。どんどん見ているときは、予告を見ることで「次も行こう!」という気持ちになるのだけど、見ないとそのまま時間が過ぎてしまうような気がするな。でも、なんだかんだ行っても僕は映画を見るようになった。昨年は20本くらいは映画館に行って見たと思う。僕の長い長い人生の中で一番見ていることになる。おおお。
 そこで今回は「昨年に見た映画のベスト5」というのを書いてみたいと思う。
(1)「一番美しい夏」
(2)「羊たちの沈黙」
(3)「小説家を見つけたら」
(4)「千と千尋の神隠し」
(5)「アンブレイカブル」
 第1位に輝いた(笑)この「一番美しい夏」ってもう誰も知らないかもしれない……。「羊たちの沈黙」は「ハンニバル」の公開前に見たのだけど、こっちの方がずっとよかった。とにかく今年もどんどん映画を楽しもうっと。

2002年3月某日
 もう桜が咲いてしまっている。ドルフィンホテルのお花見は月末だというのに(笑)。でも、僕にとってお花見の時期というのはどうしてもGWのときという感じがしてしまっている。僕の実家のある米沢ではこのGWがお花見のシーズンだった。会社の新人歓迎会がこの時期に公園でお花見をしながらあった記憶がある。
 それにしても、いつもの時期に桜が咲いてくれないと、お花見宴会を開催する側としては困ってしまうよね。

2002年3月某日
 なんだか毎日眠い。そう言えば、「春眠暁を覚えず」という言葉もあるのか。でも、どういう意味かわからないけど。

2002年3月某日
 ここで気がついたのだけど、この3月前半に僕はどうやら本を読んでいないようであった。読んだといえば、1冊は読んだ本はあったのだけど再読の本だったし。とにかく読書とはあまり関係のないときを過ごしていた。何をしていたかというと旅行に行っていて、行く前もその準備やらなんだかんだとバタバタしていたのであった。正直に言って、今回の読書夜話はやや手抜きであった(笑)。でも、たまには(いつもかもしれないけど)こんなときもある。書を捨てて(捨ててはいないのだけどね)旅に出よう。

2002年3月某日
「アリー・myラブ4」を見ていたら、ネット恋愛がテーマだった。メールで深い話をして、好きになって。でも、実際に会ってみると問題があり、裁判になる。
 このドルフィンホテルではオフ会を開催し、実際に会いませんか?ということを言っている。ひょっとしたら、ネットの世界だけにしていたほうがよかった、なんて言われることもあるかもしれない(笑)。けっこう面白いメンバーが揃っているのだけどね。人と人にはいろいろな出会いというものがあるだろうけど、ドルフィンホテルという宿でたまたま一緒になった縁というのを楽しむのもいいのではないかと思ったりしている。

(2002.3.19)

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