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読書夜話2002年4月後半
新しいテレビドラマを見ながら……編



2002年4月某日
 前から気になっていた映画『アメリ』(http://www.amelie-movie.com/)を見にいった。僕はそんなに映画のことに詳しくはなく、映画監督の名前とかもよく知らないでいる。でも、ジャン=ピエール・ジュネという監督の名前はちゃんと覚えておこうと思う。
 とにかくいいのである。今のところ僕の今年見た映画の中でのナンバーワンである。最初から最後まで、独特の語りと映像の中に物語は進んでいく。他には感じることの出来ないユーモアのセンスが溢れている。好きなことと、嫌いなことを見ていると、ついつい人っておもしろいな、と感じてしまう。そして、この物語は何よりも見る者に勇気を与えてくれるというテーマを持っている。さりげなく、ささやかなことなのだけど、とても大切なエネルギーが感じられる。そして、それはこの舞台となるモンマルトルの街にフィットしている。何度見ても飽きることなく、この映画を楽しむことができるのではないだろうか。

2002年4月某日
 僕の利用している駅は現在工事中である。最初のこの街に引っ越してきたときには、構内は全くのコンクリートだけのような状態で、迷路のような仮通路を歩いて出口へと向っていた。今は大きなスーパーマーケットも完成し、かなりの部分が出来たようだ。あとは、道路に関しての工事が残っている。いつになったら完成するのだろうか。全てが出来上がるまではこの街に住んでいたいと思う。
 前にも同じようなことがあった。今ではすっかりサッカーで有名になってしまったが、千葉県の柏に住んでいたことがあった。駅ビルの大規模な工事があり、かなりの数の、しかもハイカラなお店ばかりの入ったショッピングモールとなった。完成した3日目に僕は引越しをし、この街を離れた。もっと都心に近いよいアパートが見つかったためだった。
 工事中の建物の脇を通るのは、寂しかったりする。特に夜は静かで不気味でさえある。しかし、それと同時に期待というものも存在する。
 工事中の風景を見るだけで、実際に新しい場所を体験できなかったというのは、子供の頃にもあった。僕の通っていた小学校は異常とも言えるような、生徒数を抱えていた。僕は小学4年の春に転校してこの学校に来たのだが、最初に行こうとした職員室というものが存在していなかった。増え続ける生徒の数に教室が足りずに、職員室だけでなく理科室や音楽室といったところまでもが、一般の教室として使われていた。その他にプレハブの教室というものもあった。校舎は木造の古い古い建物で、掃除当番のときには当然のように腰を曲げて床を端から端まで走った(この頃には女の子のスカートめくりはやらなくなっていたと思う)。そして冬には石炭当番というものもあった。
 そんな暮らしと平行して新しい鉄筋の校舎が建てられていた。その校舎にはエレベーターが付くんだという話を聞いてワクワクしていた。5年生の3学期に、まだ雪の残っている中。新しい校舎への机の移動などを始めた。
 けれど、僕はその終業式の日に、転校することを知らされる。別に、悲しいとか、辛いとか、そんなことは全く考えない。何ともなかった。けれど、新しい校舎というものが記憶の片隅の残っているのである。

2002年4月某日
 崔洋一監督の映画『マークスの山』のビデオを見る。久しぶりにレンタルビデオで借りてきたのである。高村薫のこのシリーズの本は好きなので、前から見たいと思っていたのだった。昨年から、月に2本は映画館で映画を見ることにしている。もちろん、なかなか実行できずにいたりしているけど。たまには、ビデオを昔の映画を見るのもいいだろう。なんといっても安いし。そんな気持ちの中でこのビデオを見たのだけど、やっぱり大きなスクリーンとは違うのかな(笑)。別におもしろくなかったというわけでもないけれど、自分の部屋でとぎれとぎれで見てもあまりピンと来ないというか。
 暗い映画館の中でこの映画独特の雰囲気に浸ったならば、何かを感じることもできたかもしれない。テレビの画面ではこの物語のストーリーがわからないんだよね。まあ、原作を読んでもよくわからなかったのだけど(笑)。わからないなりに、楽しめればいいのだけど。でも僕には、この合田雄一郎役の中井貴一はけっこうよかった。
 中井貴一というと、むかしむかし彼の主演した映画『F2グランプリ』というのをわざわざ映画館まで見に行ったことがあった。モータースポーツが好きだったもので、日本のレースが舞台となったこの映画を見たかったのである。この映画では実際のレースの映像も多く使われた。実際のレースでの中井貴一の役のドライバーは、なんと中嶋悟だったのである。確か、中嶋のこのときのヘルメットはいつもとは違うものを使っていたはずである。まだ、中嶋がF1に行く前で、生沢徹監督のI&Iレーシングを離れた翌年か翌翌年くらいのときだったはず。「F1グランプリ」への夢からかなり離れたと思えた中嶋悟の「F2グランプリ」だった。

2002年4月某日
 Sleepless City(http://www.hase-seisyu.com/)という馳星周のオフィシャルウェブサイトをたまに見てしまう。そんなに積極的に見ようとするわけではないのだけど、まあ惹かれるものがあるのである。いやぁ、ものすごーく本音で書いているのだ。2002/04/11の「なんとかならんか」というエッセイでは、まったく遠慮することなく、某日本のミュージシャンの悪口をボロボロに書いていた(笑)。確かにその通りだと思ったけど、こんなにもちゃんと言ってくれるのは改めてすごいぞ(笑)。
 作家のウェブサイトで書かれたものがエッセイになるのは考えられることである。そうなった場合、はたして伏字をすることなく世に出るのだろうか。

2002年4月某日
 僕はとても急いでいた。早足で歩いた。通勤ラッシュの時間は過ぎ、駅のコンコースはいくらかはまばらだった。デパートの前には人が集まっていた。入口のところには、お店のスタッフが両手を前に合わせて立っている。その周りを人は囲み、そのスタッフを眺めていた。僕もその1人だった。今か今かと10時の時間を待つ。開店の音楽が流れる。スタッフは丁寧に、丁寧に頭を下げる。その中をどんどん人は過ぎていく。もちろん、僕もその1人だ。エスカレーターに乗り、上の階へと登る。その階ごとにスタッフは頭を下げてくれる。深深と、ほんとうに深く。こんなに頭を下げてもらっていいのだろうか。正直に言おう、とても恥ずかしい。この人達は何を考えて僕に頭を下げてくれるのか。でも、深く考えている余裕はこの時の僕にはなかった。通るたびに頭を下げてくれる中を通り過ぎ、僕はトイレに駆け込んだ。目的を達した僕は駆け足でこのデパートを後にするのだった。

2002年4月某日
 白石一文の『一瞬の光』(角川書店)を読んだ。ちゃんと1冊の本を読み終える、ということはこのところほんとうに少なくなったような。僕がこの数年触れ合った人達の中には、心が病んでいるとわかる人がいた。そんなに親しかったわけではないので、その理由、その後どうなったかもわからない。でも、現代という時代の中において、この『一瞬の光』のような出来事があってもおかしくはないだろうということは、感じることはできるようにはなったかもしれない。

2002年4月某日
 この4月の夜に駅前を歩くのはあんまり好きではない。まだ出会ったばかりの若い恋人同士が駅のコンコースの柱のところでいちゃいちゃしている。まあ、こんなのはどーでもいい。何が嫌かというと、集団で輪になって通りを占拠し、なおかつ地面を汚している人達であったりする。でも、最近はおとなしくなったみたいだけど。その若者がおとなしくなかった頃に僕は学生という身分でいた。シンカンという言葉を聞けば、当然今は「新刊」と思う浮かぶけれど、大学1年の4月の僕にとっては「新歓」以外には考えられなかった。
 僕の経験した新歓コンパというものは先輩から「一度だけでいいからさ、限界を知らなければいけないんだよ」と説明されたものだった。一度、その限界というものを知るならば、あとは自分でコントロールできる。それは確かに納得し、僕はまな板の酔っ払いとなり、飲むことにした。その日の新人は全て先輩の部屋に連れていかれて介抱されるという予定になっていた(らしかった)。
 僕は現在、酒を飲んでも記憶を無くさないという、すごく嫌な奴である。僕としては、忘れてしまえたら、どんなに幸せだろうかと思うのだけど。なぜか酔えば酔うほど(そんなに強くないけど)、その時の記憶は鮮明に覚えているのである。ああ、こんなに辛いことはないのでは……。
 しかし、この新歓コンパの時に酔ってからの記憶はほとんどない。先輩の肩を借りて歩いた夜の景色は少しだけ覚えている。でも、その後の記憶は朝だった。そう、起きると目の前にパンツが干されてあった。僕は自分の下半身に手をやる。ちゃんと履いていた。このパンツは隣に座っている同じ新入生のものだった。このパンツの謎は、語られることはなかった。この夜、何があったのか。四月という季節の最大の謎であった。

2002年4月某日
 某ユニクロのバックを買った。ノートパソコンを持ち歩くようになったので、それまで使っているバックよりも大きめのものが欲しかったのだった。知り合いの持っていたバックが、とてもいい感じで、聞いてみたらユニクロのものだった。彼は言った、「僕の持っているもの、上から下までユニクロだらけですよ。とても恥ずかしいですよ……」と。
 僕は他のメーカーものを探すことにした。しかし、なかなか良いバックはない。このユニクロバックは僕のニーズにぴったりだったのだ。土曜日の午後、僕は同じものを買ってしまった。「このバックを持つことは恥ずかしいことなのだろうか」という不安があった。でも、そのバックを買った5時間後くらい。お店からかなり離れていたにも関わらず、僕の半径5メートルくらいの中に6人くらいのユニクロの紙袋を持っている人がいて、とても恥ずかしい思いをしてしまった。

2002年4月某日
 この僕のも失業の時代というものがあった。最近はこうした人が多いような。僕の場合、失業とはちょっと違うのだけど、自主休暇というか(笑)、あんまり変わらないかな。多くの人が仕事をしている午後2時くらい。僕はその時テレビのワイドショーを見ていた。
 確か離婚についての話だったと思う。人生相談、借金があり相談者は死ぬことも考えることがあると言う。そのときのあるコメンテーターの言葉がとても印象に残っている。
「人生というのは、3回リセットできるんですよ」
 この言葉を聞いてから僕はとても楽になったと思う。具体的にリセットすることを考えたわけではないけれど、特別なことをやらなくても、環境と気持ちを切り替えることで、リセットすることも可能なのだろう。

2002年4月某日
 新宿の居酒屋「あじあの虎」というところで友人と飲んだ。繁華街の地下にある、最近よくある、こじんまりとした20〜30人くらいでいっぱいになるようなお店だった。食べ物もそれなりに美味しかった。名前の通り、アジア系というか、中華料理がベースとなった創作料理である。お店の雰囲気もよく、女性同士の客なんかもいたりする。
 ビールが美味い。ビールを飲むと、ついついトイレに行きたくなるというのが、人生というものである。さて、僕はその人生の行き着く先のトイレへと向った。個室に入り、ズボンのチャックに手をかける。そう、そこで僕は自分自身と向き合うこととなった。
 このトイレの前方の一面はカガミになっていたのだった。上半身だけ見えるというところはたまにあった。側面がカガミになっているというところもあった。でも、向かい合った前方の下までカガミだったというのは、初めての体験だった。
 例えば、デートとしてこの店で飲んでいた奴だったなら、ここで何を思うのだろうか。今夜のコンディションを我が身と相談するのだろうか。このカガミはとても綺麗に磨かれ、鮮明に写し出していた。これでもっと飲む奴と、セーブする奴とが出てくるのだろうな。

2002年4月某日
 職場のある女性で、その恋愛その他もろもろの話をしてくれる人がいる。とても楽しい。ちゃんと青春の日を歩いているのだな、と感じることができる。もちろん僕にとっては「青春」なんて言葉は恥ずかしくて使うことのない言葉ではあるのだけど、遠くから見ることによって辛うじて使うことができる。
 でも、彼女の話はそんなに良いことばかりではない。プラネタリウムでの出会いの恋はもう終わってしまったのである。終わってからも彼からのメールは終わらないようなのだが。
 よくよく計算してみると、彼女が付き合ってから別れるまで3か月だった。その間には、12くらいのワクワクドキドキの驚きのエピソードがあった。僕はぐだぐたした内容の別れた彼からのメールに注目している。彼女もちょっとは心が動いているようだ。これから3か月の続編はあるのだろうか。どう考えてもテレビドラマを見ているような(笑)。これからの恋愛というのは、テレビドラマの1クールのサイズに合うようになっていくのだろうか。

2002年4月某日
 このところ、美味しいものを食べていないなぁと思ってしまう。最近食べている美味しいと言えば、自宅で朝ご飯に食べる納豆かけご飯(炊きたてご飯に葱いっぱい)だったりしている。外で食べる食事というのは味付けが濃すぎるというか、どうにも馴染めない。お米も美味しくないし。かといって、全てを自炊にするかというと、そんなにマメではないし、料理ができるわけではない。
 そう、僕は休日の夕食にカレーを作っていた。ときどきカレーを作りたくなる。美味しいかどうかは別にして、何よりも作ることに楽しみがある。出来たものをテーブルに並べる。ボリュームいっぱいのサラダも大好きである。ここで食べることになるのだが、何だか少し自分が寂しい気持ちでいることに気が付く。せっかく作った料理というものは、ほんの数分でその影も形も消えてしまうのである。誰かに喜んでもらえるわけではない。
 最近ウェブサイトの日記とかで、自分のつくった食事の写真を載せているところがあるけど、その気持ちがほんの少しわかるような気がした。人に見せるものではないという考え方もあるかもしれないけど、それによって一緒に食事を楽しむことが出来るのかもしれない。

2002年4月某日
 20代の後半のときだった。僕は田舎の会社を辞めて東京に出てきた。阿佐ヶ谷の「ひまわり荘」というオンボロのアパートだった。6畳にトイレと小さな流しがついていた。とても台所と呼べるようなものではなかった。お風呂はなく近くに銭湯があった。
 引越しというほどの荷物を持ってきたわけではなかった。日本通運で「20個口」の荷物だった。引越しの日には一応友人に手伝いに来てもらった。20個の荷物を受け取るだけだが、中には冷蔵庫といった重いものもあったからだ。とりあえずの必要なものとして、友人は近くのコンビニに行ってトイレットペーパーとかの買い物をしてくれた。そのときに、彼はなぜかバナナを買ってきた。健康にもいいんだよ、と一人暮らしの彼は言った。僕の人生の再スタートの乾杯のツマミはバナナで行われたのだった。
 友人が帰って、部屋の整理をした。6畳の部屋にあるものはテーブルとパソコン、そしてほんの数冊の本はそのまま壁に並べた。今思い出してもほんとうに何もない部屋だった。新聞の勧誘がめちゃくちゃに酷いところだった。何度か明りが漏れているのに関わらず居留守をしたこともあった。
 考えてみるとこの部屋は僕が始めて1人で稼いで、1人で暮らした場所だった。学生のときは違ったものだった。
 その部屋の中で何かいいことがあったわけでもないし、何かを得られたというわけでもない。でも、よく乗り切ったと自分なりに関心してしまう。たまたま近くに中学高校時代の同級生が住んでいた。一度車で彼女を連れてこの部屋に遊びにきたことがあった。話をしていると、途中からよくある勧誘のような話になった。僕は「お金がないから」という理由で断った。「お金がないのはみんな同じだよ」と彼は言った。その頃の僕は、ほんとうにお金がなかったのだ。ワイシャツ一枚も余分に持っていなかった(ほんとうに恥ずかしい話だけど)。
 2年ほど前になるだろうか。この街を歩いたことがあった。住んでいたアパートを見てみようと思ったのだ。駅前にはいくつものオシャレな飲み屋が出来ていた。入り組んだ狭い道路に何度か迷った。古いアパートは建て替えられて、全く別の景色に変わっていた。

2002年4月某日
 4月というと新しいドラマの始まる季節である。これはとても楽しみ。でも、たった3か月で終わってしまうのだけど。儚い恋というものか。
 いくつか見たドラマの中で一番僕が楽しんでいるのが、日テレ土曜日9時の『ドールデンボウル』である。なんと言っても、ボーリングというのがいい。ついついボーリングをやってみたい気持ちになる。この何年もやっていないような。昔はよく行ったものである。最後に行ったボーリングはいつだったろう。そうかそうか、あまり思い出したくないことがあったんだ(笑)。
 まあ、それはいい。ボーリングというレトロな雰囲気と、このドラマのつまらないギャグがなんとも言えないハーモニーを奏でているのである。金城武はカッコいいし、黒木瞳もキレイだし、良いよなぁ。

2002年4月某日
 古処誠二の『ルール』(集英社)を読む。北上次郎の推薦文がチカラのこもったものだったので、ついつい買ってしまったのだった。でも、ちょっと僕には合っていなかったのかも。なぜか僕はこの本を読んで、大江健三郎の『飼育』や大岡昇平の『野火』のことを思い出した。どちらの本もよくわからないで読んだことがあるのだけど、また読みたくなってしまった。本というのは読んだその時にはわからなくても、後になって別の感じ方を持つことになるかもしれない。焦ることなく、ワインのように少し寝かせることも、読書の楽しみのひとつなのだろうな。

2002年4月某日
 わりと有名なチェーン店の定食屋さんで「まぐろ竜田揚げ定食小鉢付」というのを食べた。どこのお店かわかってしまうけど(笑)。美味しいという評判だったのだが、僕にはご飯があわなかった。別に美味しくないわけではないし、普通と言えば普通なのだけど。
 それよりも何よりも、僕はこのときにちょっと思ったことがあった。別にこれは定食屋さんに対しての文句ではない。素朴な疑問である。
 なぜ、定食屋さんのメニューは「コロッケ定食」というように、メインのおかずが一品しかないのだろうか。この間旅行をしていたときに何日か民宿に泊まったりしたのだけど、当然のようにおかずが一品しかないなんてことはない。揚げ物はあり、お刺身はあり、小鉢は3つくらいはついている。椀物も具沢山だし、茶碗蒸しもあったり、デザートもある。宿だから特別と言えば特別だけど、自宅で夕食を食べるにしても、おかずが一品に漬物しかない、なんてことなまずないと思うのだけど。「今日はコロッケだからね」と言ったとしても、サラダがあったり、魚料理もあるだろうし、昨日の残りの煮物とか、複数のメインとなるおかずがあるのではないか。
 なんで、外食をするときには、一品しか食べられないという寂しい食事をしなければならないのだろうか。一品のおかずの量が当然少なくなってもかまわないので、まぐろ竜田揚げも食べたいし、牛肉からみそ炒めも食べたいし、ひじきコロッケも食べたい。僕の望みというものはそんなに人並み外れたものなのだろうか。

2002年4月某日
 Yahoo! BBからメールが届いた。「BBフォン」についてである。僕のADSLはこのYahoo! BBを使っているので簡単に加入することができる。基本料金390円、加入者どうしの通話料は無料なのである。どんどん電話代は安くなっていくような。これと別に僕にはケーブルテレビの電話に加入するという選択もある。何を選ぶにしても、今よりは確実に安くなるのである。昔に比べるとなんと安く便利になったのか。でも、昔の生活は別に電話がなくても成りたっていたのだけど。

2002年4月某日
 ドルフィンホテルのオフ会が行われた。メンバーは前回と同じ4人。寂しいと言えば寂しい人数だったのだが、このメンバーでの(一部の2人であるが)迫力ある世界にようやく慣れてきたというか。でもさ、この場所に新しいメンバーが加わったならば、引いてしまうよなぁ(笑)。とまあいいたいことを言ってしまうけれど、気軽に自分を出せるところがこのドルフィンホテル・オフのよいところです。みなさんもお楽しみに。
 場所は新宿の「創作和風料理 汐路」というところで行われた。けっこう静かでオシャレな雰囲気だったので、話をするにはけっこうよい場所だと思ったけど。でも、唯一の女性の参加者に言わせると、綺麗すぎて、おじさんがいなくて、オシャレすぎて、よくないのだという。前回の場所よりは、ちょっとはダウンしたのだったが。なかなか女性の意見というのは難しい。実は僕は新宿はよくわからないんだよね。行き当たりバッタリで入っているだけなもんで。ごめんなさい。そんなわけで次回は、池袋のちょっと庶民的な韓国料理屋さんに行くかもしれません。
 このオフ会では、めずらしくというか、これまであまり話されることのなかった本の話がけっこう出ていた。なんとか軌道修正して話題を変えようと思ったのだが、本の話はなかなか止まらなかった。
 宮部みゆきの話題になった。どの作品が一番いいか。『火車』がいいというのが読んだ人の共通した意見だったが、他の作品はどれもデビューして最初の頃の方だった。
 これは僕の意見になるのだけど、最近の彼女の作品は何かちょっと違うように感じる。もちろん、上手くなったと思う。おもしろくもなった。作家として成長しているのだろうとも思う。でも、読者が本を読んで何かを感じるのはそういうものではなかったりする。例えば『魔術はささやく』なんかは、とても新鮮なある。子供の頃にテレビで見た少年ドラマシリーズのような雰囲気が1行1行に感じられるような。まあ、こういうことは作家がどうのこうのというよりも、読者の方の感じ方かもしれないし、仕方のないことなのかもしれないけれど。
 そんな話をしていると、ついついレトロな話題になり、そのレトロが僕にはわからないディープな世界へと突入してしまうのであった。

2002年4月某日
 実はこんなにもシンプル路線を突き進むドルフィンホテルでも、少しはカッコいいデザインに変えようという気持ちを持っているのである。でも、全体のモデルチェンジをするにはファイルの数が多くなってしまった。今だに画像ファイルなし、テキストファイルのみというのを貫いているのだけど、やたらとページ数は多い。引越ししたいけど、めんどくさい。何か生活を変えたいけど、やっぱりめんどくさい。そんな状態なのかもしれないか。


(2002.4.30)

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