読書夜話2002年6月前半
ワールドカップな毎日編
2002年6月某日
ふと気が付くと、今日は5月の21日である。15日というのはもうとっくに過去のこととなってしまった。時間の経つのは実に早い。次に気が付いた時には2006年になっているのではないだろうか。
ふと気が付くと、いつの間には仕事が週休1日になっていた。あれまあれま。この状態は7月も続いて行く。もちろんこの世の中には1日の休みもなく働らいている人もいるのだろうけど、少なくとも週に2日は休まないと……。そんなわけで、この日記もカメルーンな状態(もう古いか)となっている。
ふと気が付くと、今月はほとんど本を読んでいない。数えてみたら1冊しか読んでいないぞ。ということで今回の読書夜話は、本についての話はほとんどなくて、ワールドカップについてなのであった。
2002年6月某日
サンマルクカフェで仕事をしていたら、隣で席で込み入った話がなされていた。よくよく聞いていると(聞こえてくるのだけど)、会社の面接のようだ。せめてこういうことは、もう少しちゃんとしたというか、「談話室滝沢」のようなところでやるべきだと思うけどね(笑)。会社の採用の人(だろう)の方は30代の前半くらい、受ける側(だろう)の方の男は20代真ん中あたりか。スーツを脱ぎ、けっこうざっくならんな雰囲気で話をしていた。男は以前の会社を辞めた理由を話していた。無駄に自分の時間が費やされることに我慢ができなかったという。
ちょっと離れた席ではリクルート姿の女性がコーヒーを飲んで何かの資料を見ている。刺繍教室でもやっているのだろうか、ご婦人方3人組は熱心に針を動かしている。とても綺麗な若いジーンズ姿の女性2人組は席についてすぐさま民法についての話をしていた。
僕はパソコンと睨めってしている。昼間のカフェは実に面白い。
2002年6月某日
「なっとうの友」というものを買った。袋には「素早く簡単に納豆が混ぜ合わせられます」と書かれていた。2本の棒があり、小さな突起がある。通常なら箸で納豆を混ぜ合わすところを、これを使うと美味しく食べられるということらしい。実はこれを買うのに1日か2日ほど悩んだ。値段は180円くらいかな。そんなに高いものではない。しかし、使わなかったら無駄である。箸で混ぜ合わせればそれで済むことなのだ。それに、これを使うことによって洗い物が増えてしまうことが嫌なのである。朝の忙しい時間、できるだけ洗い物はさっさと済ませたい。ところが納豆を食べた茶碗と箸はすぐにはそのネバネバが取れない。僕は納豆は好きなのだけど、このネバネバはどうも好きになれない。ちょっと矛盾しているかもしれないけど、居酒屋とかでもたまに納豆の天麩羅とか、納豆メニューがあったりするけど僕は断じて食べない。納豆は朝ご飯に食べる、アツアツのご飯に葱と混ぜ合わせた納豆しか認めないのである(なんだか強い口調だ)。
ということでこの「なっとうの友」購入については悩みに悩んだ。勇気を振り絞って、購入。そして翌日の朝ご飯で試してみることになった。あれまあれま、力を入れなくてもびっくりするほど糸が引いてくれる。小さな突起があることで空気が入るのかもしれない。いつもだったら、手が疲れてくるのだけど、ほんの数回ぐるぐると軽く回しただけで美味しい状態になってしまうのだ。
その後、「なっとうの友」は僕の朝ご飯の友となった。しかし、考えてしまうこともある。これまでは朝の手の運動というものがあった。納豆を混ぜ合わせることが、確実に手の運動になっていたと思う。人はこんなに楽をしていいのだろうか。この右手はどんどん老化していくのではないだろうか。僕だけではない。この「なっとうの友」の出現によって、日本人がこれまで絶賛されていた手先の器用さというものがだんだん消えてしまうのではないだろうか。ちょっと不安になってきているのだが。
2002年6月某日
『ゼルプの裁き』(小学館)という本を読んだ。書店ではけっこう平積みされている。そう、『朗読者』の作者であるベルンハルト・シュリンクが書いている。正確には、もう一人の名前があり競作のような形になっている。ミステリということで『朗読者』とは全然違った雰囲気。でも、遠い昔の過去を背負っているところは共通点があるのか。やや物足りなかったけれど、シリーズになっているので続編が出たら読みたいとは思っている。
2002年6月某日
回転寿司のお店に入って一人で食べた。新しく入る『大江戸』というお店。このところの池袋は回転寿司も充実してきたような気がする。ちゃんと美味しく食べられると思う。
ちょっと寂しい話になるけれど、一人者にとってはこの「回転寿司」というシステムはとてもいい。いつも行くわけではない。ひと月かふた月か、ほんのたまにである。あまり人と話をしたくない夜に、ちょっとだけ贅沢をしたいような。この贅沢というのはお金ということではなく、いろいろな種類を食べることができるという意味に近いかな。
この日の僕は冷酒を飲んだ。よく冷えて美味しかった。ぐるぐると回る寿司を見て、ぐるぐる回った一日を振り返る。回転寿司は実に自由である。嫌いな人、でなくてネタは食べる必要はない。好きなものだけど、好きなように取る。少しずつ、楽しみが幾度となく繰り返される。最初から好きなものだけを注文する回転しない店の方がいいという意見もあるかもしれないが、自分の食べないものが目の前を流れ、サラバと言っているところがいいのではないだろうか。ああ、実に屈折している(笑)。
寿司も悪くはないけど、回転和食という店が出来ないかと、実は思っている。120円くらいの和食が次次に流れてくる。「ほうれん草の胡麻和え」や「天麩羅」なんかもいいね。ご飯も、一皿が寿司の量と同じくらいになっている。「マツタケご飯」や「栗ご飯」といった炊き込みご飯だけでなく、白いご飯も「はえぬき」「コシヒカリ」など何種類もあるのだ。
2002年6月某日
実は毎日のように飲んでいたビールをやめた。これから飲み会の場で僕の隣に座った人はビールを勧めないでください。これからのビアガーデンの季節をどう乗り越えるのか、ちょっと困ってはいるけれど。
実は健康診断でちょっと問題があり、近くの内科医のところにまで行ってしまった。特に尿酸の値が高いということが問題だとのこと。薬を飲むという選択もあるけれど、まずは食事療法でということになった。特にビールはよくないらしいので、まずは決断したのであった。ただ、酒をやめたわけではなかったりしているが。
ちなみに診てもらった先生は自分も同じ状態なのだという。この先生は、ビールと薬と両方を飲むということを選択して人生を楽しんでいるとのこと。
ところで、僕と同じような健康上の理由でビールなり、お酒なりをやめることにしたという人はいないのだろうか。例えば村上春樹の小説では、主人公はよくビールを飲む。エッセイでも村上春樹はよくビールを飲んでいるけれど、運動しているのはわかるけれど、もうあまり若くはない。主人公となる人物も若くはないだろう。そろそろ、健康診断に行ったり、ビールをやめることにしたという場面はないのだろうか。
2002年6月某日
電車の中、正直なところ女性という存在は気になる。特に暑い季節となればね(笑)。カッコいい女性を見るとちょっとした幸福を感じたりする。この「カッコいい」という中には、本を読む姿というものがある。さりげなく鞄から文庫本を取り出す。ちゃんとカバーがしてあって、何の本なのかはわからない。そのあたりが謎を秘めてまたよかったりする。ときどき、外の景色を眺めたりする。また文庫本に目をやる。ところがここ数年、携帯電話を放すことなくずーっとずーっと手にしていたりする。もちろん、本を読むということとは別なことであり、僕が何かを言うようなことでもないのだけど。
雑誌『コスモポリタン8月号』(集英社)を買った。『女性たちよ「書」を捨てて街に出よう! by村上龍』というコピーが気になってしまったのだ。コンビニでこれだけ買うのはちょっと恥ずかしかったので、カップラーメンも一緒に買った。
この本の特集はとても楽しめた。正直なところ、先月の『クロワッサン』の「本と映画と音楽と」の特集よりもずっと内容があったように思う。
何人かの女性が自分のこれまでの行きてきた道のりと愛読書のことを語っているのだけど、これがとてもいい。僕のお気に入りの人ということもあるのだけど、川上弘美、岸本葉子、草野満代などは特によかった。
川上弘美は、教師をやっていたときに毎日のようにお酒を飲みに行っていたのだという。そこでの居酒屋仲間である同じ学校の教師をしていた人と本の話をよくしていたと。いいなぁ。酒を飲み、本の話をする。ちなみに、どうして毎日のように酒を飲んでいたかというと、「飲まずにはいられなかったからです(笑)」(P30)と書かれている。
岸本葉子の取り上げた2冊は僕も好きな本だった。群ようこの『別人「群ようこ」のできるまで』(文春文庫)と村上春樹の『中国行きのスロウ・ボート』(中公文庫)。僕はこの2冊がただ好きだったというだけではく、この2冊をきっかけにして、2人ともほぼ全作読むことになった。
『中国行きのスロウ・ボート』は就職して、まさに自分の居場所を探しているときだった。村上春樹はその前にも別の作品を読んだことがあったのだけど、実は馴染めなくて好きになることはないと思っていたのだ。
草野満代は4冊の本を紹介しているのだけど、その中のひとつが村上春樹の『ノルウェイの森』(講談社文庫)だった。学生の頃の、つき合っていた男性のことと絡めて書いている。
『ノルウェイの森』という本について語るのはとても難しいことだと僕は思っている。村上ファンの中でもマイナスの意見を言う人もいたりする。これまで、この『ノルウェイの森』について書かれて文章を読んで、嬉しい気持ちになったことはなかった。
この草野満代のこの本のついての文章(コメント)はほんの短いものだ。でも、何度も繰り返して読みたくなるようなものだった。彼女のファンになってしまったようだ(笑)。
ということでこの本の特集はなかなかよかった。単なる本の紹介ではなく中味があったと思う。買ってほかった。でもね、この文章書いている人は本を読まないで書いているような気がしたけど。
ちょっと話は変わる。この雑誌『コスモポリタン』のウェブサイト(http://cosmo.shueisha.co.jp)に何かこの本の特集と関係のあることが載っているかなと、覗いてみた。おおお、凄いぞ(笑)。「パンツ占い」とか「オフィスSM相関テスト」なんてコーナーがあるんだもんな。
それから「PEOPLE INDEX」というところに、今月号の本の特集のお薦め本などが載っていました。
<ワールドカップ特集>
2002年6月某日
これから後の話はワールドカップのことになる。このイベントがどんなものか僕もわからなかったけど、こんなに世間がサッカーを見るとは思ってもみなかった。日本のゲーム以外でもすごい視聴率を取っているもんね。
日本は負けたにもかかわらず、今だにちゃんと盛り上がっている。そう、イタリア・ペルージャのガウチ発言というのが話題になっている。安貞桓がイタリア戦でゴールを決めたので、「イタリアを侮辱するもの。2度と顔を見たくない」というもの。
なんだかガウチ会長が悪者になっているような記事が大半なのだけど、僕はそうは思わないんだよね。こんなことを言うのは僕だけか(笑)。
イタリアというお国は、サッカーが人生よりも大切なのである。人の生死よりも何よりもサッカーの方が上なのである。日本や韓国とは価値観が違うのではないか。冷静になって考えれば、誰が見てもこのガウチ発言というのは幼稚なものだと思う。でも、こんな幼稚なことを恥ずかしげもなく言ってしまう価値観というのは、それはそれで凄いんじゃないかと僕は思うのだ。生きていく上でのいくつかの大切なことの中で、全てに対して冷静になって頑張る必要なんて実はないのかもしれない。ひとつくらいは、めちゃくちゃでもいいんじゃないかなぁと。
2002年6月4日
日本VSベルギー戦を見る。
僕はJリーグの始まりからサッカーを見るようになり、これまで2度のワールドカップ予選を見ていた。そのためだろうか、あまり緊張することなく、この試合を見ることができた。正直なところ、いくらワールドカップが凄い大会だとはいっても、予選の時の勝ち負けのドキドキ感の方が凄くならざるを得ないような気がする。
部屋で一人で見たのだが、普通の格好である。青いユニフォームなんて当然持っていない。でもいいんだ、応援するのに格好は問題ではない。気持ちの問題だ。といいつつ、青のパンツに履き替え応援することにした。
ラスト10分は手に汗握り、かなり集中して見入ってしまった。でも、数年前の試合と比べると少しは安心して見られるようになったのかもしれない。引き分けで嬉しかったというよりは、勝てたゲームだったという気持ちの方が強かったね。
2002年6月9日
日本VSロシア戦を見る。
この日のお昼にはピロシキ風のパンを食べたところだ。それにしても稲本の表情はふてぶてしくてよかったな。とにかく日本は初のワールドカップの1勝というものをあげたわけだが、あんまり嬉しいとは思わなかった。そんな風に感じられることが嬉しいことなんだろと思いながら祝杯をあげた。
もちろん、こうしたスポーツを過去の戦争と一緒に語ることはあまり良いことでもないかもしれないが。それでも、少し日露戦争のことを考えてしまった。この戦争について僕が知っていることはほとんど司馬遼太郎の『坂の上の雲』(文春文庫)を読んでのものであった。
サッカーと戦争というのはとても似ているものだろう。明治維新の後、日本は急激に世界の強豪国へと近づこうとした。そこで、日露戦争が起こる。戦力的には圧倒的に日本が弱かった。少しの運と戦術において、大国ロシアを破る。
この日露戦争があったのは1904年。FIFAが創設されたのと同じ年である。ちなみにイングランドのFAカップが開催されたのが1871年、ワールドカップの最初の大会となる第1回世界選手権が開催されたのが1930年である。日本と韓国は、あんまり簡単に勝ってはいけないんだよね。
2002年6月10日
このロシア戦の数時間後に、生放送のF1カナダGPを見る。全然つまらなかった(笑)。もちろん、レース内容が面白くなかったということではないのだが。ワールドカップの期間はF1をお休みにした方がいいような気がしないでもないが……。
ヨーロッパと南米で人気があるということもあるが、サッカーとF1は共通した何かを感じさせてくれる。敵と戦うということのひとつの形がサッカーのように2つのチームが相対するものと、F1のように競争するものとになるのかもしれない。
そう言えば今年のF1はドイツ人のミハイル・シューマッハが圧倒的に強い。ということでワールドカップの優勝はドイツになるのでは……。
2002年6月某日
このワールドカップでは、ベッカム・ヘアというのが話題となっている。でもさ、髪型ということではJリーグ初年度のアルシンドの方がはるかに衝撃的だったと思うのだけど。
2002年6月14日
日本VSチュニジア戦を見る。
チュニジアという国がどこにあるのかもわからず、どんな食べ物があるのかもわからず、決戦の舞台へと僕は向うことになった。ひょっとしたら……、という不安は常にあった。でも、日本は勝ってしまった。嬉しいというよりも、ホッとしたという気持ちだろうか。
でもさ、日本が勝ってもスーパーでの安売りとかやらないんだね。日本らしくていいと思うのだけど。「次のゲームに勝てば翌日全て半額!」なんて書かれてあったらみんな精一杯応援するし、景気にも反映されるだろうし。
2002年6月某日
友人と賭けを行った。いや、ゲームを行ったといったほうが問題はないか。ワールドカップで予選リーグを突破した16チームを予想するというもの。結果は10/16で辛うじて勝つことができた。ちなみに友人は9/16だった。それにしても、このような予想をやって全てを当てた人はどのくらいいるのだろうか。
2002年6月某日
子供の頃ウルトラマンが好きだった。僕は完全にウルトラセブンよりもウルトラマン派だった。当然初代のウルトラマンのことである。勝つこともあればドローのような戦いもあった。最後には負けてしまった。カラータイマーが鳴ってからの数秒間というのは、サッカーのロスタイムのようだった。そう、同じように僕達は手に汗を握ったのであった。
そんなウルトラマンとうい名前がこのワールドカップの世界に異次元から飛び込んできた。インターネットでサッカーの情報をチェックしている者にとっては、このウルトラマンコスモスの事件はとても目立ってしまったのではないか。スポーツニュースの速報のところに、しっかりと並んでいたからね。
2002年6月某日
年に一度の祭典ともいえる「ル・マン24時間レース」があった。毎年チェッカーのシーンは見ていたのだけど、今年は全く見ることはなかった。ほんとうに、いつあったのかわからなかったような。このレースって、こういう時期にあったんだね。
2002年6月18日
日本VSトルコ戦を見る。
僕はこの日仕事を早めに切りあげて部屋に帰ってきた。ちょうどもの凄い雨だった。僕の持っている何本かの傘の中で一番高い傘が、強い風で曲がってしまった。とても悲しい出来事だった。
もちろん僕のようなあんまり詳しくもないサッカーファンが語ることには何も説得力はないのだろうし、ただの結果論でしかない。でもさ、ワクワクするはずのフリーキックが、まったく点が入りそうになかった。こんなことを感じたのは僕だけだろうか。ワールドカップのような大きな大会において、セットプレーでの得点が勝敗を左右するということはよく言われることだ。これまでの代表のゲームでの、ナカタと俊介、ナカタと小野といったフリーキックの凄さ。実験室での日本代表はこのセットプレーが得意だったのではなかったのか。
村上龍もこのフリーキックのことを「スポーツ報知ホームページ」の『悪魔と天使の瞬間』(http://www.hochi.co.jp/html/wc2002/special/index.htm#m)で書いている。前日の監督さんの発言に対して言いたかったのかな。
2002年6月18日
日本がトルコに負けてしまったあと、自棄酒を飲み、打ちひしがれてしまっていた。でも8年間の学習があるのか、少しは立ち直ってきた。韓国VSイタリア戦を見る。それにしても凄かった。僕はこのゲームを見て『あしたのジョー』を思い出してしまった。途中、韓国が負けてもいいんじゃないか、と思って見ていた。勝敗を別にして、ほんとにギリギリまで戦ったという見ていてそれだけで満足できるというゲームが稀にあると思う。どんなスポーツでも。このようなゲームでこそ、「負けてもよくやったよ」と言うことができると思うのだけど……。
2002年6月某日
中田英寿という人は凄い人だなぁとシミジミと思ってしまった。彼はこのワールドカップの時にも、4年前と同じように自分のホームページ「nakata.net」()で詳しく予選のゲームについて書いているんだよね。いつも通りというか、いつもよりも詳しくしっかりと細かなところまで彼自身の文章で書いてくれている。逆にこのワールドカップの期間は何もしなくていい時間がいっぱいあったのかもしれないが。やや話は逸れるが、こうした大会のサッカーのキャンプって、普段は何をやっているのだろう。練習といってもせいぜい一日に2時間くらい。もちろん、それ以外にミーティングやら何やらとやることはあると思う。移動の時間があることもわかる。ビリヤードや卓球をやってリラックスするというのもわかる。でも、それでも時間は余るように思える。それと、いくら「人間性でメンバーを選んだ」とはいっても何日も朝から晩まで一緒にいたら、嫌になってくると思うのだけどね(笑)。
再び、中田英寿の話に戻る。この人はインターネットが本当に好きなんだろうと思う。ひょっとしたら、いくつもハンドルネームを持って、全くのプライベートなウェブサイトを作って楽しんでいるのかもしれない。もちろんなんとなくそう感じたというだけのことだが。
2002年6月某日
日本が負けてしまった後、馳星周のウェブサイト「Sleepless City」(http://www.hase-seisyu.com/)はやっぱり凄かった(笑)。でもさ、この人って文章はきついけど、テレビでの表情って凄い優しいんだよね。ニコニコしていて、他の出演者のことも気を使って、自分の発言も言いたいことは言うけれど、けっして不愉快にさせるようなことは言わない。いい人だなぁと思ってテレビを見ていました。
2002年6月某日
前のワールドカップの時もそうだった。オリンピックの時もそうだったかな。気持ちを表現するのに「感動」という言葉が使われたりする。でも、この言葉を聞くとどうしても歯がゆいのである。だってさ、小説を読んでいて「感動」なんて言葉は出てこないからね。使うにしても、それだけのプロセスがあってこうした言葉があるはず。言うなればサッカーのゴールシーンのようなものだ。ゴールというのはサッカーにしか表現できない言葉なのだ(なーんて)。
2002年6月某日
来月か、遅くても再来月あたりに製品になる工業製品って、不良が多いような気がしないでもないけど……(笑)。ちなみに僕は日本が勝ち上がっても大丈夫なように仕事の調整をしていたのであった(これからご馳走とかしなくちゃならないけど)。なんとも残念。でも、4年後のワールドカップが今から楽しみだね。
(2002.6.21)
DOLPHIN
HOTEL
|