◆ スターバックスでの午後
スターバックス(どうも僕はスタバとは言えない)で僕はパソコンを使っていたりする。そのとき、どうしても周りの人というのが僕の視界に入ってくる。なんだかとても生き生きとして見えてしまう。僕の隣では綺麗な女性が民法の本を開いている。リクルートスーツで会社の資料を見ている人、予備校生の人、PawerBookを開いている外国人。もちろん、ソファーでぐっすり眠っている人もいる。真ん中ではテーブルをいくつも繋げて井戸端会議をやっている主婦の皆さんの話し声はちょっとうるさいが、とても楽しそうである。ひとりひとりのことはもちろんわからないけれど、目的を持って、群れるでもなく、自分のスタイルを持って何かをやっているように感じられる。いまという時代を一番象徴しているような場所なのではないだろうか。
みんな華やかだし。そんな人たちを見て、僕は少し寂しくなったりもするのだけど。
ところで、素朴な疑問がある。女性に多いのだけど、まずは鞄を席に置いて、それから飲み物とかを買ってくるという人が多い。荷物を置いて席を離れるのって、不安にならないのだろうか(笑)。社会を信用するのは悪いことはでないけれど、盗まれたらどうするのだろうか……。
◆ マイナスのプロジェクトX
友人からとある会社の倒産の話を聞いた。会社といってもほとんど知られていない小さな小さなところだ。その関係者にとっては大きいも小さいもない。そこに何かしらのドラマがあったことには間違いはないだろう。
会社というものは大きくなっていくだけではないのだな、このところ強く感じる。多くの会社が倒産している世の中なのだ。けれど、終焉を迎えるということが、悪いとか失敗ということだと感じることもないように思えるのだが。
NHKの「プロジェクトX」(http://www.nhk.or.jp/projectx/)という番組が話題のようである。挑戦者たちが人類の歴史と文明を劇的に変える。確かに素晴らしいドラマがある。
けれど、片方だかが取り上げられ話題となっているように僕には感じられる。
下降線を辿るドラマを見てみたい。人は誰でも死を迎える。それと同じようにプロジェクトにも終わりがあるはずである。どんなに悲惨なドラマかもしれないけれど、それを目を見開き、見て行くということも必要なことではないか。
もちろん自分でとりとめのないことを書いていることは分かっている。
僕の好きな本に杉山隆男の『メディアの興亡』(文春文庫)という本がある。新聞をコンピュータ化したことのノンフィクションである。この本を改めて凄いなと思うのは、プロジェクトの開発という側面だけでなく、活字の終焉というものも同時に描かれていることだ。物事にはプラスの側面とマイナスの側面とがある。人を語る上での長所と短所というものも同様だろう。両方があって、それでやっとひとつになるように思えるのだ。
成功の反対というものは何なのだろうか。失敗して、堕落して、終焉を迎えるという話を、読んで行きたい。僕はどうもこうしたちょっと反対の方に興味を持ってしまうようだ。
◆ 変わってみせる
人というのは、「変わる」ことができるのだろうか。自分をもっと変えたいと思うことも多い。もちろん、変わるということがどのような意味を持っているのかも難しくはあるけれど。もうだいぶ前のことになるが、うちの姉の結婚式でのことだった。僕はまだサラリーマンになったばかりくらいだろうか。姉の友達の「みゆきちゃん」に久しぶりに会った。僕がまだ小学生の低学年の頃、彼女はよくうちに遊びに来て僕も一緒に遊んだことがあった。僕にとってみゆきちゃんは憧れのお姉さんだったんだね(笑)。14年ぶりくらいに会った彼女はもう結婚していて、とても綺麗だった。少しばかり彼女と話をした。「変わってないね」と彼女は言った。
その頃の僕は社会人としてちゃんとして行こうと思っていたところで、この「変わっていないね」という言葉は僕にとってマイナスのものでしかなかった。みゆきちゃんは、その後で「変わってなくてとてもよかったんだ」と言ってくれたのだけど。
変わるとひと言で言っても、何が変わったほうがいいのか、変わらないままのほうがいいのか、よくはわからない。変わらないオトコというものも、やや危ない感じもある(笑)。
なんでこんなことを思い出したかというと、「絶対に変わってみせる」というメッセージを見たからだ。小野伸二の公式サイト「Shinji-Ono.TV」(http://www.so-net.ne.jp/shinji-ono/)での彼のレアル・マドリッド戦後のメッセージは、とてつもなくかっこよかった。もちろん、両者にあまり関係はないのだけど。それにしても、小野伸二はかっこいい。
◆ 帰り道の外食
なんでか僕はとっても立派に自炊生活をしていると思われているようである。もちろん、自分で簡単なものは作ったりはする。でも、誰かに食べてもらうようなちゃんとした味にはなっていないだろうし、外食も多く実はけっこういい加減であったりしてる。中華料理の店などは、遅くまでやっているし一人でも入りやすくたまに行ったりする。中華料理といっても、お父さんとお母さんと2人でやっているようなところではなく、僕の住む街にはけっこう本格的な中国家庭料理という店がある。『祥龍房』という店はなかなか良く、宴会も出来る大きさなのだが一人でも入れる。厨房で飛び交う中国の言葉が雰囲気のよいBGMとなっている。僕は紹興酒を飲み、海鮮焼き蕎麦なんかを食べるのである。
◆ 男の料理
というわけで僕は食べるのは好きだが、そんなに自分でちゃんとした料理を作ることはない。けれど、料理の本を見たりするのは好きである。そんな中でとても面白いサイトに出会ってしまった。
ケンタロウのオフィシャルホームページ「THE ROCKIN'COOKIN'」(http://woman.nifty.com/kentaro/)はなんというのかな、男心を燻る料理の楽しさが溢れている。「今週のうまかったもの」というコーナーもいいが、「便利な道具たち」というコーナーはたまらない。料理をしなくても、ついついこうした道具は集めてみたくなる。
そうそう、先日は「肉味噌」をつくり冷凍していて、それで麻婆豆腐を作ったんだ。美味しかった(笑)。
◆ アニーホール
ビデオで映画『アニー・ホール』(監督:ウディ・アレン)を見る。アカデミー賞を受賞した評価の高い作品というものを見てみたかったのだ。
正直なところ僕にはよくわからなかった(笑)。まあ、とてもよく出来ている作品だとは思ったが。別に面白くなかったというわけではない。それにしても、ウディ・アレン演じるこの主人公はよく喋ること喋ること。こんなに喋っていたら疲れてどうしようもないと思ってしまったのだけど(笑)。
◆ 転校
「転校」という言葉を使うのはあまり正確ではないと思う。例えば、小学校を終えて中学に入るときに別の土地に行った場合は転校とは言わないからだ。僕の場合、狭義の意味で転校というと小学校のときに2回、3つの学校に行っただけである。しかし、広義の意味での転校というか、引越しというものはかなりの回数になっている。大学に入るまでに、ざっと10回ほどは経験している。小さかった頃のことは記憶にないけれど。もちろん僕は親に扶養されている子供であり、自分に選択の余地はなく、良いとか悪いとかということ楽しい悲しいということも超越したことだった。厳密に言うと、高校に入るときに自分でどこに住むかを選択したことがあった。そこで早くも親からは離れることになったのだが。
この「転校」という言葉をあえて使うけれど、このことについて考えることは僕にとってライフワークのようなものかもしれない。それは、良い悪いということではなく、いまの自分はこんな風に影響されているのかな、みたいなことである。多分、転校というものを経験してこなかったならば、このようなウェブサイトを作ることはなかった。これは断言できる。
ときどき思うのだ。たぶん、もっと別の人生を歩んでいたのだろうなと。もちろん、どっちが良かったかということでもないのだろうけど。
◆ 15歳
村上春樹の『海辺のカフカ』(新潮社/http://www.kafkaontheshore.com/)を読んでいる。ゆっくりペースなので、まだ全体の4分の1くらい。読み始めて、この物語のキーとなる15歳という年齢について考えた。最初にこの年齢を見たときに、なんだかすごい子供じゃないか、と思ってしまった(笑)。15歳の人と話をすることもなくはない。街ですれ違うこともある。もちろん人によって個人差はあるけれど、まだまだ幼い人も多い。
僕は自分の15歳のことを思い出した。消えかかっている記憶を辿ってみた。僕は4畳半の部屋にいる。壁には、何かの数学の公式やら覚えるべきもののいくつかが貼られている。その隣には、相本久美子と木の内みどりのピンナップがあったと思う。その頃の僕はこの部屋でいろいろなことを考えていた。今は面倒で考えないようなことも。間違いなく、今の僕よりも15歳の自分の方が考えていたと思う。何について、どんなふうに。このキーボードに向う前には書こうと思っていたけれど、やめることにした(笑)。言葉にすると壊れてしまうようなものだからだ。単に恥ずかしいというだけなんだけど。とにかく、15歳の僕はかなり真剣に世の中というものについて考えていた。
『海辺のカフカ』の主人公は家出をする。そう言えば10代の頃、僕も家出をすることをよく考えていた。家出というものには今も憧れがある。自らが自分の人生を切り開いて行くことのように思えるからだ。もう一度人生を生きることができるならば(もちろんそんなことは面倒だけど)、半日でも1日でもいいので家出というものを体験してみたい。ちなみに僕は高校入学時に下宿生活をすることになり(家出というものが出来ない状況になった)、4畳半の部屋で3年間を過ごす。ときどき自転車をこいで砂浜の海岸でボーっとしているのだった。
◆ 東京の空
空の写真を撮ってみようと思った。そんなに晴れた日ではなかった。綺麗な青空や白い雲があったわけでもないけれど、僕はデジカメを空に向けた。
パソコンに取り込んで画像を見ると、うまく撮られていなかった。僕は「空だけ」の画像を撮りたかったのに、どうも建物や電柱、電線などが写ってしまうのだ。もちろん、いいカメラを使い、それなりの場所で空を撮ったならば僕の意図したものが撮れただろう。でも、簡単に空の写真は撮ることができないということを僕は知ったような気がする。
小学生の頃、屋根に登って寝そべって空を見るということが何度かあった。一階建ての屋根なのだけど、それでも空は広く周りの建物が邪魔をするということはなかった。東京のどこかのビルの屋上で、寝そべって空を見るという休憩所を作ったら儲からないかな(笑)。
◆ 週刊ブックレビュー
NHKの「週刊ブックレビュー」(http://www.nhk.or.jp/book/)を見た。どうも日曜日の朝ということで、見たり見なかったりしているのだけど、この番組はやはり面白いなと思った。この時はゲストが町田康だった。すごくかっこよく、ぜひ彼の本を読んでみたいと思った。町田康だけに関したことではないけれど、こんなにも作家が自分の思いをテレビで発言する番組というものもないのではないか。静かに淡淡とした進行なのだけど、それが読書の静かな時間とマッチしているようでとても良いのだ。
ところで、何でこの番組はNHKの総合で放送されないのだろうか。BSを普及させるためという狙いがあったのことなのか。よくわからないことが、とても多い。それにしても、よい番組だと思う。
◆ 休日の過ごし方
どうもここ数年、休んでこその休日だと考えるようになってきた。できるだけどこにも出かけることなく、部屋でボーっとして過ごしたい。けれど、掃除をして、洗濯をしてワイシャツのアイロンがけなんてのをしていくと、時間はあっという間に過ぎてしまう。そして、夕方になって休日にしか出来ないことをついついやってしまう。そう、飲んでしまうんだよなぁ。別にそんなに酒が好きでもないのだけど、仕事の日はそんなことは出来ないわけで、何かが僕をそうさせるのである。
気がつくと、夜の12時くらいになっている。それからがとっても中途半端。夜中なので頭はボーっとしている。けれど眠くはない。朝方になってやっと眠ったのはいいけれど、朝寝坊で気分のすぐれない翌日を過ごすことになる。
◆ 地方という場
長野県の知事選挙があり、テレビのニュースではかなり注目されていた。この選挙について何がどうだという気持ちもないのだけど、僕が昔住んでいた山形県のことを思い出した。たぶん、この県は日本でも一番と言える保守的なところである。保守的というか、ひとりの独裁者というか企業の元にマスコミ、他のありとあらゆる勢力が集まっていた。今のようにインターネットという媒体もないわけなので、そうした現状ということすらも恥ずかしながら知らなかった。今から多分20年とちょっと前くらいのことである。
そんなときに、こうした県の現状をおかしいと訴えた本があった。相澤嘉久治という人で『山形県民に訴える』『新しい山形の建設は……』『服部敬雄に問う!?』『立ち上がった山形県民』(ぐるうぷ場)といった何冊かの本を書いていた。申し訳ないけれど手元にこの本がないので、タイトルは正確にこうかはわからない。インターネットで調べても何も載っていなかった。
保守的なことを批判するなんて、その頃はとんでもないことだった。おまけに相手は地方の大きなマスコミで、小さな地方出版の本で対抗するという関係だった。こういう本が消えてしまっているということが、少し寂しく思えた。
◆ 雨の日と文庫本
大雨の降る日、リックを背負ってけっこう歩いていた。部屋に帰り、中に入っていたものを取り出すとかなり濡れてしまっていた。2冊入れていた文庫本も水を含み情けない状態。ちなみに司馬遼太郎の『国盗り物語(四)』と岸本葉子の『よい旅を、アジア』。
ハードカバーの本に関しては大切に扱わなければという思いがあるが、文庫本に関してはちょっと汚してこその文庫じゃないかという気持ちもある。ジーンズの後ろポケットに入れていることもあるのだ。2冊の本にはちょっと辛い思いをさせてしまったかもしれないけど、後からこの本を見ると、この日のことを思い出すのかもしれない。
◆ 37年組
37年生まれの友人と話をしていた。実は37年生まれの有名人というのは、事件を起こしたり系のアブナイ人が多かったりしている。これに血液型がBなんて言ったら、もう最悪である……(笑)。
上の世代にも属さない、下の世代にも属さない、自分の属している場所がどこなのかもわからなかったりしている。多くの作家は自分の時代を語っている。近い人はいるけれど、37年とはほんの僅かだけれど微妙に違っているようにも思う。
実は、このドルフィンホテルの常連客にはこの37年生まれという人が多い。初めてこのドルフィンホテルに来てくれた人は、どこかに37年というものを感じているのだろうか。あまりこうした数字を意識することはなかったけれど、このところ、この数字を意識することが多くなっているような気もする。
◆ 戦国時代 その4
やっとのことで司馬遼太郎の『国盗り物語(四)』(新潮文庫)を読み終えた。実に充実した4冊だった。
斎藤道三の遺伝子としての織田信長と明智光秀の2人、織田信長の「国盗り」の実力者であり異なった性格の豊臣秀吉と明智光秀。こうした人間の関係があちこちで交差している。そこに運というものが絡んでくるのだろうか。司馬遼太郎の解釈なのかもしれないが、こうした関係がとても面白く読めたのだった。こうした歴史小説をこれからも読んで行きたいと思う。
◆ 格闘技イベント
史上最大の格闘技ワールド・カップという宣伝文句の「Dynamite!」を見る。生ではなかったのだけどね。石井館長の「ファンの見たいカードを提供する」(確かこう言っていた)を聞いて、なんだか少年ジャンプじゃないかと思ってしまった(笑)。「Dynamite!」が少年ジャンプだったなら、「リングス」は少年マガジンだったな、なんてことを考える。
それにしても、こうした格闘技のイベントで国立競技場が満員になるとはかなり驚いてしまった。メインの桜庭和志は好きだけれど、UWFインターでのデビュー戦以降の何試合かは全て生で見ているので、どうも強いという感じがしなくて。セミファイナルの吉田秀彦なんかはプロのデビュー戦だからね。オリンピックでの金メダルというのはそんなに凄いのか。
ところで考えたのだけど、こんなに格闘技の人気があるのだらば、プロの柔道があってもいいのではないだろうか。最近は立ち技最強の格闘技がK-1、ノールール格闘技がPRIDEと、ちゃんとジャンル分けがあって認識もされてきているよう。柔道はまた別なので、けっこう面白いのではないかと思うけど。もちろん、今の柔道のルールだと面白くはない。細かなポイントを無くしあくまでも一本で決まるようなルール、時間を変えたり、リングを使用したり、誰もが見てわかりやすいものに変えていけばいいのではないだろうか。K−1だって観客というものをかなり意識しているしね。空手の大会だったら東京ドームは満員にならないからね。
でもさ、女の人のK−1ファンって凄く多いよね。何でだろう。
◆ 何度読んでも
正直に言って、ちょっとばかりこの読書夜話を書くことに疲れた(笑)。こまめに書いていれば何でもないのだろうけど何せまとめて書くということをやっているので、悩んで悩んで時間が過ぎていくようだ。でも、どんどん遅れるかもしれないけど、年内はちゃんと続けていきます。
それにしても毎日、日記を書いている人って凄いよね。
このドルフィンホテルの文章がどのように読まれているのかはわからないけれど、何度も読んでもらえるようなものでありたいと思っている。それは掲示板に関しても同じである。ちなみにここの掲示板の過去ログはとても読み応えがあって面白いと思う。僕はときどき読み返すことがある。こんなことを書くと、またまた掲示板の書き込みの数が減ってしまうかもしれないけれど(笑)。
#2
◆ カキ氷
ここ数日とても涼しくなってきた。冷たい紅茶ではなく、温かな紅茶を注文するようにもなってきた。そんなある日僕はカキ氷というものを食べた。ガンガンに暑い日の午後2時くらいに食べたのならば、とても美味しかったのかもしれないけど、この冷たさはちょっとお腹にこたえた。
プラスチックの容器を見ながら、少し僕はタイムスリップしていた。37年よりも前に生まれた人にはこの気持ちはわかってもらえるのではないかと思う。近所にあちこちにあったカキ氷の「のれん」を思い出した。ちょっとしたお菓子を売っているようなお店でも夏には、ちょっとしたテーブルが置かれてそこでカキ氷を食べることができた。でっかい氷に、でっかい器械。ガーガーと音がして店のオバサンは一度氷を手で押して器いっぱいにまた氷を入れる。赤いシロップは底のほうにほんのちょっとしかないけれど、氷を崩して全体にそのシロップを行き渡らせて食べて行く。ちなみにあずきなどのトッピングは当時もあったが、どうにも贅沢でそこまでは手が出せなかった。夏という季節はもの凄く暑かったけれど、このカキ氷を食べる楽しみというものが確かにあったような気がする。
◆ クロサワ映画
NHK−BSで放送された黒澤明監督の映画『蜘蛛巣城』を見る。正直なところよくわからなかった(笑)。それから、同じく黒澤明監督の映画『天国と地獄』を見る。これは誘拐事件をテーマとしたもの。面白かった。とてもリアルだし、人間の心理をついているという感じがする。この映画は1963年に作成されたものだが、このあたりの時代というものも面白かった。なにしろ「こだま号」が出てくるのだけど新幹線ではないのだよね(笑)。ビデオに撮ったクロサワ映画はまだ数本が残っている。
◆ 文京区観光案内
ふとしたことでこのサイトを見つけた。どこにでもあるような市町村区のサイトではあるけれど、この「文京区観光案内」(http://www.city.bunkyo.tokyo.jp/kanko/)というのは素晴らしい。文京区というところには僕が中学生のときに修学旅行で泊まった宿もある。全く縁のなかった東京大学もある。東京の中心となる街だと言ってもいいだろう。
けれども僕にとっての文京区の一番のイメージは東京ドームである。近代的な建物ばかりの街、そうしたイメージは僕だけのものではないと思うけど。
「文京区観光案内」には名前の通り観光の名所がある。こんなにも緑に満ちた名所があるのかと驚かされる。歴史に名を置く著名人のゆかりの地なども多い。考えてみると東京は首都なわけで、このくらいの名所があることは当たり前でもあるけれど。僕はこの東京という街に10年以上も住んでいる。恥ずかしながらこの文京区の名所というところに、ほとんど行ったことがなかった。とても近くに魅力的な場所がいくつもあるようだ。
ちなみに中野区のサイト(http://www.city.nakano.tokyo.jp/)にはこうした観光のページはなく、『海辺のカフカ』についても何も触れられていなかった。
◆ なま小説家
NHK−BSの「週刊ブックレビュー」(http://www.nhk.or.jp/book/)のスペシャル版の放送を見た。小説家がゲスト出演したものがまとめて放送させてのである。この番組は最近見始めたばかりなので、初めて何人かの小説家を見ることができた。活字とほんのちょっとした写真でしか知らなかった人が、言葉を発する姿は実に面白かった。なんだか失礼な言い方だよね(笑)。楽しかったということです。
宮部みゆき、川上弘美、田口ランディなど。他にも何人かが出ていたけど、僕としてはこの3人が注目だった。活字では押さえて押さえていたような気持ちを、生の声として話しているようだった。活字として本を出版することに、怖さを感じているみたい。見る前はちょっと怖くはあったけど、苦悩している表情みたいなものが感じられてとてもよかった。
◆ 優勝セール
9月20日の時点で西武ライオンズのマジックが1となっている。西武関係の店で買い物をしたいけれど、実はもう1日待ったほうがいいだろうかと悩んでいる状態だったりしている。そんな気持ちを察してか、西武デパートに行ってみると「カウントダウン・セール」というものをやっていた。考えてみると、僕が西武関係のお店の集まっているエリアに越してきてからライオンズの優勝はなかった。不思議になかったのである。優勝することでスーパーがどのくらい安くなってくれるのだろうか。プロ野球に関心はあまりないけれど、この優勝セールの方が楽しみだったりしている。
ところで、優勝セールというと野球くらいしかやってもらえないような印象がある。サッカーは地域密着なのでその地域でないと何もないのかもしれないが。そういうことを考えると地域密着っていうものは、なんとつまらないものかと思ってしまう。Jリーグのチームが100も出来てしまったならば優勝セール(というのをやっているのかもわからないが)で楽しい思いをするのはかなり限られた都市だけではないか。
時は過ぎ、西武ライオンズはリーグ優勝してしまった。その翌日、西武デパートに行ってみると、その人の多いこと多いこと。やれやれ。人込みの嫌いな僕は、その場からすぐに立ち去ってしまった。
<『海辺のカフカ』特集>
◆ 感想を語ることもなく
長い時間をかけて、ようやく村上春樹の『海辺のカフカ』(新潮社)を読み終えた。これからまたしばらくは村上春樹のタッチに触れることができないのかと思うと、やや寂しさもある。それにしても、いつの間にかこの期間限定サイト「海辺のカフカ」(http://www.kafkaontheshore.com/)は大きなものになってきている。「メールボックス」では村上春樹本人が多くのメールの返事を書いているのだけど、このコーナーを全部読むのはとても大変だと思う。熱心な村上春樹ファンが多いものだと、とても関心してしまう。
僕はこうした長い小説を読み終わると、とても眠くなってしまう。とても作品についての意見みたいなことを語ろうという気持ちにはなかなかったりして。長い長い眠りについて、起きたところではもうすっかり忘れてしまうというのがいいなぁと思ったりしている。
◆ どんな人が読んでいるのだろうか
先日電車に乗ったときのこと(毎日毎日乗ってるわけだけど)、真ん中あたりの車両から先頭車両まで歩いていった。すぐに降りられるように急いでいたわけだ。すると途中、3人くらいの『海辺のカフカ』読んでいる人を通り過ぎた。遠くからでもあの紙質でビビビと感じてしまうんだよね。
どのくいらの人にこの本は読まれているのだろうか。もちろん、読まない人の方がこの世界には圧倒的に多い。けれども、何人かは確実にこの物語の世界について何かしら共感し、自分を重ね合わせているのかもしれない。
なんだかとても不思議なことのように思えてきた。例えば学校の教室というひとつの社会の中では、いくつかのタイプの人がいる。ぽつりと独りでいるというタイプはどうしてもいるだろう。仮にこうしたタイプの人が死んでしまった場合、葬式があったとしてもとても寂しいものに違いない。
村上春樹の小説に出てくる登場人物というものは、こうしたタイプの人が圧倒的に多いように思えるのだけど。読者はそうした登場人物に何を感じているのだろうか。僕は今、地下にあるお店で紅茶を飲みながらこの文章を書いているのだけど、ほとんどの人は隣の人と話をし、携帯電話にメールを打って、忙しそうにしている。
もちろん、小説は現実の世界ではなく、あくまでも作り物の世界であり、こんなことを結びつけて考える必要なんてどこにもない。でも『海辺のカフカ』をどんな人が読んで、その人はどんな人生を送っているのだろうか、なんてことをちらりと思ってしまうのだ。
◆ 四国
ちょうど今から一年前の僕は四国というところを全く知らなかった。行ったこともなかったし、ただの日本列島の、他とそんなに変わることのないところだと思っていた。それから2回ほど、僕は四国を旅行することになった。日本の他のところと、四国がどう違っているのかと問われるならば、うまく答えることはできない。けれど、村上春樹の『海辺のカフカ』においてやたらと「四国の話らしい」なんて宣伝文句を見ると、どうにも四国というところが特別に思えてしまう。四国で暮らしていた人はこの小説を読んでどんなふうに思ったのだろうか。自分の住んでいた土地が小説の舞台となるのは嬉しいことだとは思うけど。
◆ 音楽を聴くこと
『海辺のカフカ』には音楽の話がいくつも出てくる。もちろん村上春樹の作品ではこの小説に限らず多くの音楽が出てくるのだけど。音楽を聴くということには、大きな力がある。そんなことが書かれている。でも、僕にはこうした音楽の素晴らしさというものがわからなかったりしている。音楽を好きになりたいとも思う。すぐに飽きて退屈な気持ちになったりしてしまう。通常僕の部屋ではテレビをつけていたりする。こうした自分にちょっと情けないような寂しいものを感じていたりもする。そんなわけで僕は星野青年が音楽を聴く場面がとてもよかったのでした。
<伊豆の温泉旅行特集>
仕事関係の仲間数人と1泊2日の旅行をしてきた。僕にとってこうした旅行は久しぶり。それなりに楽しく過ごしたのだった。
◆ 列車の旅
スーパービュー踊り子号(http://www.jreast.co.jp/train/express/251.html)という列車に乗った。実は子供の頃から乗り物というものが好きだった。列車にも興味がありNゲージのモデルを1台だけ買ったことがあった。その1台、ほんの数10センチほどの車両で終わったのだが。
そんなわけでこのちょっとカッコいい車両に乗るのは温泉に入るということ同様の楽しみだった。
一番端になる10号車に乗ったのだけど、とても快適。ハイデッカーのところに乗ったためか、あまり揺れることはない。窓は大きく眺めも楽しい。山手線を走るときでも、普段とは全く景色が違うのだ。通常の車両というものは、椅子を進行方向に回転させたりができる。けれど、この車両は4人のボックスで固定されている。ヨーロッパの列車の映像などでよく見るスタイルだ。後ろ向きで走ってもけっこう快適だった。
しかし、どうにも困ったことがあった。この列車に対してというか、この秋の温泉地へと向う列車の宿命だったのかもしれない。行きのときは朝早いこともあり特に気になることはなかったが、帰りのときの周りのお子様のうるさいこと(笑)。帰りは疲れて眠りたかったのだが、あまりのうるささで全く眠ることは出来なかった。特にこの一番端にある車両の下には、子供用プレイルームというのがある。席でじっとしていることができない子供をひとつの部屋で遊ばせましょう、というのはとてもいいアイデアだろう。しかし、その下への階段近くの席に座る僕には大変だったのであった。
最近は禁煙車というものは全く当たり前になった。禁煙車があるのならば、禁コドモ車というのがあってもいいのではなかろうか。こんなことを書くと、子供を持っている人に怒られるかもしれないけど、静かに温泉旅行とする人と、家族でワイワイ(ギャーギャー)やりながらの温泉旅行とを、車両で分けるということをやってもらえないだろうか、なんて。不倫旅行の場面というのは絵にならないよね(笑)。
この列車、楽しいことが他にもあったんだ。運転手の人は若い女性だったのだ。とても綺麗でいい雰囲気の人。後ろからその姿を見て、とってもいいなぁと思ってしまったのであった。
◆ さかなさかなさかな
今回の伊豆の温泉旅行で一番感激したのは磯料理のお店で食べた「キンメ鯛と小むつのからあげ定食(1100円)」の美味しさだった。別に高級な料理の店ではない。駅の近くにあった、まあ普通の定食屋さんのような店だ。魚は焼き魚だと常日頃思っていたが、ついついこの「キンメ」が気になり注文することにした。出てきたものを見てびっくり。大きなキンメ鯛の身がもの凄いのである。口の中に入れるとその美味しさが溢れてくる。うおぉぉぉ。「小むつ」というものは食べたことがあったのかよくわからないのだが、これも歯ごたえに感激。当然のように頭から食べるのだが、こうした魚は大好きなのだ。
今思い出してもヨダレが出てくるよ。この定食を食べるために日帰りで伊豆まで行ってもいいくらいだと思った。
もうお昼の時間はだいぶ過ぎていたので、店員さんも食事をしていたのだが、みんなお母さんという感じの人たちだった。あたたかな雰囲気。
このところスーパーで買い物をすると、ついついキンメ鯛が気になってしまう。けれど、どのキンメも痩せて元気がないようで。東京という街では、美味しいものは食べられないのだろうか。美味しい魚がなくて、何が人生なのだろうか……。
(注)写真はちょっと食べてしまったものでした。ほんとうはもっとキンメがあった。食べ物を写真に撮るのはとても難しいものだ。
◆ 桧おがくず風呂
伊豆には温泉宿がいっぱいある。もちろん、日本中に多くの温泉宿がる。その中で「桧おがくず風呂」というものあるのはあまりないだろう。そう、僕はこの「桧おがくず風呂」というものに入り、カブトムシになったのであった。どんな感じで入浴するのか、やや不安はあったのだが、それは15分のあっという間の出来事だった。
更衣室で服を脱ぐ。それでもって、裸に浴衣をはおる。帯はなかったので、手で押さえる。係りの人がシャベルで人が入れるように溝を掘ってくれている。そこに入ったところで、おがくずをかけてもらう。子供の頃、海に行ったときに砂の中に埋まったことはあるけれど、やはりそれとはちょっと違う。しばらくすると、汗が流れてきた。おかくずが熱を持ってとても暖かいのである。とてもいい気持ちだ。このままの状態でずっといたいのだけど、汗がどんどん流れる。時間の決まりが15分になっているので、これで終わりとなってしまった。
たぶん、女性の方はとても興味があるのではないだろうか。美容にもとってもいいということである。15分でどうだったのかはわからないけど。この宿には若い女性客が多かったでした。
◆ 廃墟
ここは伊豆のとある温泉街。駅から海辺の方まで歩いて行った。お土産屋さんがいくつか、食べ物屋さんがいくつか。小さな街だった。海辺ではサーフィンが行われていた。雨は降っていなかったが、曇った日だった。
この海辺の脇にはいくつかの大きなホテルが建っていた。この部屋に泊まれば、とてもいい海の景色を満喫できただろう。しかし、こうしたホテルのいくつかは既に閉鎖されているものだった。営業されているホテルでさえも、どう考えても満室になっているという雰囲気ではなかった。
人で溢れている温泉地に来たかったわけではない。静かな街を歩き、静かな時間を過ごしたかっただけだ。けれど、この街を歩いていて寂しい気持ちでどうしようもなかった。バブルがはじけて数年。温泉地というところは、どこも同じような景色になっているのだろうか。
◆ 卓球
温泉宿と言えば、お風呂と同様に重要なのはやっぱり卓球であるだろう。宿を探すときには、卓球台があるかどうかが実はポイントだった。ラケットを握るのは何年ぶりだろうか。かなりボロボロでグリップの全く効かないラケットだったけど。楽しかったな。W杯のとき日本代表の選手は葛城北の丸で、こんなふうに毎日を過ごしていたのか、なんて思ってしまった。それにしても汗をかいた。体力が落ちたということを改めて感じてしまった。またやりたいものだ。
◆ 麦の味
実はこの旅で3ヶ月ぶりにビールを飲んだ。飲まないつもりではいたのだけど、旅は人を大胆にさせる。旅のビールは飲み捨て、という諺はないけれど、ついつい飲んでしまったのだ。この一杯はもの凄く美味かった。子供の頃にビールを飲んだときに(ちょっと飲んだという意味ですよ)苦かったという思い出がある。なんで大人はこんな苦いものを飲むのだろう、なんて思っていた。このビールの味は、そうした苦さを感じるものだった。考えてみると、この数年ビールを飲んだといっても発泡酒が多かった。他にもいくつかの原因があるのだろうが、僕はビールの味というものを忘れていたのかもしれない。ビールとはこんなにも美味しいものだったのか……。しかし、健康を考える僕はこの2日間の旅のあと、再びビールを断つことに決めた。どうしてこんなにも好きなのに別れなければならないのだろうか。人生とはとても辛く悲しいものだ。
◆ いとしき枕
温泉に入り美味しいものを食べ、後片付けも布団を敷くこともなく、日常から離れたところでゆっくりと眠りたい。それこそが、温泉宿に泊まる目的であり、僕は旅をしたつもりだった。けれど、なかなか眠れない夜だった。別に眠れないような何かをしていたわけではない。ご飯を食べ、お風呂に入り、部屋で酒を飲み、12時くらいに布団に入った。でも、2時くらいに眼を覚まし、あとは暗い部屋の中でじっとしていた。布団に入っている7時間くらいのうち半分も眠ることはなかったのではないだろうか。
原因が何かはわからないが、僕の枕と僕の布団と僕のシーツがなかったことに大きな要因があったのではなかろうと考えている。そもそも、パリッと糊のきいたシーツは苦手なのである。シーツというものは、2、3日経ってようやく肌に馴染んでくる。もちろん、たまにはちゃんと洗濯はしているけれど。あとは何と言っても枕である。例えばボーリング場で自分のボールを選べるように、多くの枕から自分にあった枕を選べるようなシステムというものはないのだろうか。もちろん、実際に使ってみないことにはいい枕かそうでない枕かはわからないけれど。
まさか、わざわざ温泉宿に行くたびに、マイ枕とマイシーツを持っていくわけには行かないもんな。僕という人間に、身も心も癒してくれる場所はないのだろうか。
#3
◆ October
10月になってしまった。この読書夜話はまだ9月の3回目だというのに(笑)。ほんとうは9月のことを書くべきなのだが、この読書夜話はけっこういい加減(良い意味において柔軟)なのでこの月について少しばかし。
実は10月は9日間も家を空けることになる。この期間インターネットもやらない。一定の期間を仕事をしないということも重要だけど、それと同じにインターネットから離れた何日かというものも、実は今の僕にとって大切なのではないかと思っている。
というわけで、10月にこの読書夜話を書く時間は極めて少ない。休みの分の仕事もいっぱいある。まあ、なんとかなるだろう(笑)。
インターネットというものに係わってから、この10月というのは特別な日がある。10月25日にこのドルフィンホテルは10周年を向かえることになる。このスタートの時点からドルフィンホテルを見ているという人は2人しかいないはず。そういうわけで単なる一部の盛り上がりにしかすぎないわけだけど。自己満足だと言われようと、やはり嬉しいのである。もちろん、当時はインターネットなんて言葉はなかった。ニフティのホームパーティーというシステムを使って(そのサービスだけで月に2000円もした)、ほそぼそと本の話をしていた。ちょうど、村上春樹の『国境の南、太陽の西』、沢木耕太郎の『深夜特急
第三便』が出たあたりだった。
このドルフィンホテルのコンセプトは、まず長く続けることである。本の話というのは、何かを言ってすぐに答えが返ってくるものではないからだ。40年も、50年も経ったところで、たった1回だけの書き込みの意味に気づかされることになるかもしれない。
その頃になっていると、インターネットなんて言葉も消えてしまっているかのだろうか。
◆ リストラ
久しぶりに話をした人がいた。4、5年くらい前にはちょっとした集まりで毎週のように飲んで話をしていた人だった。特に話題があるわけでもない。「お変わりはありませんか?」、何気なく世間話を。彼はちょっと間を置いてから話を始めた。「実は、会社を辞めさせられそうで……」
僕よりも5つ程年齢が上の人で設備関係の営業をしていた。彼はとても良い人なのだが、少しばかり不器用な、という感じだろうか。僕は経営者ではないけれど、厳しい今の社会で考えるならば、わからなくもない。もちろん、僕に何かができるわけでもなく、気の利いた言葉も持っていない。けれど、がんばって欲しいと思うのだ。
◆ 630円
さてこの金額は何の支払いだったでしょうか? 質問しておきながらすぐに答えを出してしまうのも芸のないことだが、これはとあるバーでの支払い額であった。静かでオシャレなインテリア(ちょっと和風の雰囲気があった)。僕はカナディアンクラブをロックで頼み、もう一人は何かのカクテルを頼んだ。お通しも美味しかった。お店の入口にあった、ハガキを持ってそれをただテーブルの上に置いたら自動的に2000円引きになっていた。会計時に請求された金額がこの630円だったわけである。僕は使うことがなくても(たまには使うこともある)領収書をもらうことにしているのだけど、申し訳なくて「領収書ください」とは言えなかった。20年くらい前にプレハブの焼き鳥屋さんでこういう金額で飲んだことはあったかもしれないけど、ちょっと驚きの体験だった。
◆ 作家について語ること
「本について話をしよう」と名乗っているこのサイトであるけれど、実は本の話、作家について何かを語るということはとても難しいことである。実は「藤沢周平を語りたい」のパート2というものを書こうと思っていた。このサイトのリニューアルのときである。それから軽く2年も過ぎてしまっている。まだ1行も書いていない。面白い小説を読んだときに、その作品が素晴らしければ素晴らしい分だけ、語る言葉がなくなってしまうように思える。もちろん、自分の語るチカラがないことだと言うならば、その通りそれだけのことである。しかし、すごくすごく好きな人の前で何も言えなくなってしまうのと同じように、言葉がなくなることはあるのではないだろうか。
◆ スーパーのお寿司
遅い時間で仕事が終わってもスーパーで買い物をして帰ることがある。なんてったって夜の11時まで開いている店があるというのは嬉しいことだ。その日僕は夕飯を食べていた。お腹が減ってしまい、牛丼を買ってきて食べたのだった。しかしそれだけで1日が終わってしまうのはあまりにも悲しい。なんのためにこの1日を頑張ったのかわからないではないか。よくやった。よくまあ、あの場面で怒鳴ることなく冷静に対応した……(笑)。そんなわけで、自分自身へのご褒美として何かお惣菜でも買っていこうと思った。揚げ物はいっぱい売られている。しかも値引きになっている。しかし健康に気をつける僕としては、このへんはパス。ポテトサラダやキンピラゴボウなどはちょっと気になる。けれど、値引きはなくお値段ちょっと高め。それに何よりちょっとお腹も空いてきた。いつの間にか僕の身体は自然にお寿司コーナーの前にあった。ちょっと豪華な気分を味わえて、値引きもある。だいたい30%、お得なときには半額になっている。夏場のときには、疲れた色をしたお寿司は食べる気はしなかったが、最近は元気な色をしている。それに、この夜の時間に食べるにはちょうどいい感じの食べ物である。子供の頃だった。父親が飲みに行った帰りには、たまにではあったがお寿司を持って帰ることがあった。ほとんど寝る時間、寝てしまっていて起こされたこともあったが、このお寿司は美味しかった。
そんなわけで僕はお寿司を買い、もやしとレタスと葱と納豆を買って家路についた。冷蔵庫から氷を出し飲み物を用意する。こんなとき、昔はビールだったが今はウーロンハイを作る。ビニール袋から取り出す。
そこでちょっとがっかりした気持ちになってしまうのであった。そう、並んでいるときに平らだった寿司は持って帰るときに、斜めになりとっても倒れた状態であまり美味しくなさそう……。注意をしながら歩いたのだけどな。何かいい工夫はないものかと思う、秋の夜なのであった。
◆ 夏の暑さ
NHK−BSで放送された黒澤明監督の映画『野良犬』を見る。なんと三船敏郎が主役の若い刑事である。1949年に製作されたこの映画は、その映像だけでなく社会というものが現代とは大きく違っていることを感じさせる。
この映画を見ての一番の感想は、夏は昔も暑かった、ということである。服装は白の開襟シャツ、常に扇子をパタパタさせている。「暑い」という台詞が何度も出てくる。現代は、クーラーがあり、映画は当然のようにカラーだ。現代が特別に暑いのではなく、自然は変わることはないのかもしれない。
◆ 筋子
今、毎日の食生活がとても楽しい。どうしてかというと冷蔵庫に筋子が入っているからである。あたたかなご飯の上にそっとこの筋子を乗せて食べる。生きていて良かったとシミジミと思う。ところで、この日本という国において、筋子の存在を知らないという人がいるんだよな。ほんと信じられないのだけど、けっこう多い。
僕の知り合いに、お土産の筋子をもらってどうやって食べたらいいかわからずに、お湯をかけたという人がいた。とても信じられないのだけど、これは実話なのである。この文章を読んでキョトンとしている人もいるのだろうな。
◆ サッカーファンの生活とはどのようなものだろうか
チャンネルをひねり、スポーツニュースをついつい見てしまう。何を見ているかというと、中田、中村、小野、稲本といった海外で活躍するサッカー選手の映像である。Jリーグでやっていたときには大して気にならなかったのに(笑)。たぶん実行はしないと思うが、こういう映像を見ると、スカイパーフェクTVに入り生放送で見てみたいという気持ちになる。しかし、実際に多くの人が入っているのである。
そう、ここで僕は素朴な疑問というものを持つ。サッカーが好きで好きでたまらなくてスカイパーフェクTVに入ったりなんかしている人はどういう生活を送っているのだろうか。なにしろ、このサッカーという代物は全後半の正味の時間だけで1時間半もかかる。海外で活躍する日本人選手のゲームを見て、なおかつベッカムとかジダンとかのゲームを見て。それも土日だけでなくチャンピオンズ・リーグもある。そして、J1とJ2のゲームを見て……。しかも、生放送なんて真夜中にあったりする。サッカーを見るというだけで、1週間の仕事以外の時間というものが全て埋まってしまうのではないだろか。ほどほどのサッカーファンでいたい。そう思う僕は情けない奴なのだろうか。
◆ 沖縄料理
友人が僕の地元の街まで飲みに来てくれた。けっこう飲み屋はあるようなのだが、僕は自分ひとりで酒を飲んだりということはまずない。定食を食べながら、ついでにお酒もというのはあるけれど。そんなわけで店の前を通ったことはあるけれど、入ったことのない店がほとんどで、一緒に探検もかねての飲み会となった。
3軒のハシゴをしたのだけど、思わぬヒットの店を見つけることができた。沖縄料理で『海人』という店。都内にはそんなに多くの沖縄料理の店があるわけではないのだろうけど、この街にあったのである。カウンターに座ると目の前にはずらりと泡盛の瓶が並んでいる。お通しは何種類もの沖縄独自のものであろう料理から選ぶのであったら、悩んでなかなか決められない。つまみにはゴーヤチャンプルーを注文する。ボリュームがあり、とても美味しかった。こんなにも美味しいものだったとは。ということで、沖縄料理もたまには楽しみたいと思っている。
◆目指すウェブサイトは笑顔
たぶん僕という人間を知っている人はこれを見て笑っているだろう。普段の僕はムッとしているし、笑顔なんて見せることはない。子供の頃の写真というのはほとんど口を真一文字に結んでいるのだ。ほんとの話だ(笑)。こんな僕でも笑顔を見せることはある。仕事がまあなんというか半分は営業みたいなことをやっているために、馬鹿な顔でもニッコリと笑って「ありがとうございました」なーんて言うようになったのだ(笑)。これはこれでよかったのだろうなと思っている。相手としてはギョッとしているのかもしれないけれど、一応クビになることもなく仕事を続けているので、ちょっとくらいの気持ちは伝わっているのではないだろうかと。
しかし、まあ、なんというか。
人生も半分くらいを生きてみて、大切なのは笑顔なんだろうと思う。もちろん、その心の内側に何があるのかはわからないけれど、笑顔というものがあるだけど、見ている人は楽しく前向きな気持ちになる。もの凄いエネルギーになるのだろうと思う。
そういう意味で、読んでいてプッと噴出して笑ってしまうようなウェブサイトというのが僕の目指すところである。
◆ 30代の男性の生き方?
映画『アバウト・ア・ボーイ』(監督&脚本:ポール・ウェイツ&クリス・ウェイツ|http://www.uipjapan.com/aboutaboy/)を見た。「男性版ブリジット・ジョーンズの日記」というコピーに気になっていたのだけど、その通りにとても楽しむことができた。正直に言うと、自分のことのようにこの映画を見た。けれど、こういう発言をするオトコは多いのだそうである(笑)。まあ、『ブリジット・ジョーンズの日記』にしても「そうそうまるで自分のことのようで」という女性の発言が多かったと思うので、悲観することもでないかもしれないけど。
ちなみにこのウェブサイトも凄く良いです。ひとり暮らしの部屋の好きな人にはグッドアイデアなのではないだろうか。
そうそう、ある映画のウェブサイト(http://www.eiga.com/review/aboutaboy.shtml)ではこの映画について「モラトリアムな30代の胸をチクリ!」と書かれてあった。この30代という文字を見て僕の胸はチクリと傷んだのであった。
◆ 葱についてのささやかな願い
うちの実家には畑がある。年に1回くらいしか帰ることはないので、その畑の野菜を食べることもないのだけど。茄子、大根、人参、、キュウリ、白菜、キャベツ、葱、まあひと通りのものはあると思う。こうした取れた野菜というものの形は、もの凄い変形したものである。最近のスーパーはできるだけ農家の顔が感じられるような売り方になっているが、それでもキュウリなんかを見ると、どうしてこんなに真っ直ぐなんだとうかと思ってしまう。人間の心と同じように、そんなに真っ直ぐには育たないと思うのだけど。ちょっと曲がった人生(キュウリ生)を送ったほうが味があったりするのではないだろうか。そんなことを思う僕でも、野菜を品種改良して欲しいという願いがあったりする。それは、葱である。仕事帰り、スーツを着た状態でスーパーに寄り買い物をすることはよくある。ビニール袋を持つのはまあいいのである。しかし、葱の青い部分がその袋からはみ出してググッと出ているのはどうにも恥ずかしい。なんで葱はこんなにも長いのだろうか。つまり僕はお買い物袋の中にキチンと収まってくれる葱があればと思うのだ。ぐるぐると円形になっていてもいい。ヘアピンのようにカーブしていてもいい。半分に切ればいいのかもしれないが、それはちょっとばかり抵抗がある。野菜はできるだけ、生まれたままの姿で並んでいて欲しいのである。誰も僕の願いなんて聞いてくれないだろうけど。
◆ 歴史
ちょっとばかり気になっていた本、金完燮(キム・ワンソプ)著『親日派のための弁明』(草思社|http://www.soshisha.com/)を読んだ。とても面白かった。もちろん、この本に書かれていることを全て鵜呑みにするわけではない。でも、日本と韓国との間にどういうことがあったのか、日本という国は明治維新以降、どういうことを考えていたのか。この本を読むことで強く考えることができるのではないだろうか。
◆ 激突
自分ではそんなにドジな奴ではないと思っている。もちろんためにはヘマもやる。しかしなぁ……。
とある紳士服店だった。僕は買ったスーツの受け取りにこの店に来た。急いでいたのかもしれない。何かを考えていたのかもしれない。気がつくと僕はうずくまっていた。顔にもの凄い衝撃があった。コンタクトをしていた眼が気になり左眼を押さえていた。たぶん、2、3分はそこでうずくまっていたのだが、店員が誰も来るではなくまったく僕は一人だった。もうこの店で何かを買うことはないだろう。
自動ドアはまったく動かなかったような。ドアの中央に僕の顔の跡があった。まあいい、僕がドジだったのだろう。出血したりすることはなかったが、今も顔が痛い。メガネをかけたときでなくて良かったな、と思う。普段はコンタクトを入れているが、週に1日か2日はメガネをしている。メガネであれば確実に怪我をしていただろう。メガネも壊れていただろう。それだけ強い衝撃で、僕はこの透明なドアにぶつかったのだった。
こういうことに少しは気をつけなければならい年齢になってしまったのだろうか。やれやれ。
◆ 読書の秋

このところホントに本を読んでいない。こういう話も何回も何回も書いたわけだけど(笑)。どうにも本の話題が出てこないので、今回は僕の本棚についての話にしよう。厳密な意味での本棚というものは持っていない。これからどうしようかとも実は悩んでいたりもする。
今僕の部屋にあるのは、4段になっている安い本又はビデオなどの整理棚、これが4つある。これは四六判の本がちょうど無駄なく入るのでなかなか良い。以前ロフトのある部屋に住んでいたときには、この棚をロフトに置いていた。それともうひとつの種類が、押入れ用の書棚である。これは下にキャスターがついていて、その名の通り押入れに入れられるようになっている。4つで1セット、通販で買って確か値段は1万円だったはず。3段になっていて文庫本を入れている。最初は正しく押入れに入れていたのだが、文庫本を全部入れてしまうとそれはあまりに重く、キャスターがすぐに壊れてしまった。本をいっぱいに入れてはいけなかったんだね(笑)。その後、壁に4つこの書棚が並んでいる。
僕はできるだけ部屋を綺麗にしようとしている。もちろん、その状態がどうであるかは謎に包まれているけれど。この部屋も最初の頃、書棚の上には何も置くことはなかった。なんだかゴチャゴチャした印象になってしまうからである。しかし、いつの間にはこうした書棚の上には本がいっぱいに並べられるようになった。これから増えて行く本をどこに置いたらいいのか、この秋の悩みなのである。
#4
◆ 岸本葉子さんの魅力
久しぶりに岸本葉子さんの本を読んだ。『よい旅を、アジア』(講談社文庫)はとても楽しく読めた。最近僕の読んでいた彼女の本は、どちらかというと家に篭っているようなものが多かったと思う。とても都会的な雰囲気というのだろうか。けれど、考えてみるとこの作者は最初の頃は旅の本を多く書いていたんだよね。この本はもともと『わたしの旅はアジアから』(文藝春秋)という1991年に出版されたもの。20代くらいのときの旅の話がいっぱい書かれているわけだ(笑)。
岸本さんはとても元気に旅をしている。アジアの国を、ひとりであちこちと。中国、台湾、韓国、シンガポール……。なぜか、周りは現地の新婚旅行のアベックばかりだったりもする(笑)。トイレの話もちゃんと書かれている(笑)。
この本の最後には文庫化での書き下ろしがある。エピローグとなっている「その先のインド―ブジュへの旅」という話はとてもいい。最後の何行かを、何度も読み返している。
◆ 台風
もの凄いと言われる台風が東京を通過した(らしい)。僕はその日は休みだった。雨の中お出かけはしていたけれど、昼間はそんなに強い風でもなかった。夕方に帰り、ひやむぎを茹で、野菜炒めをつくり夕飯を食べ、読書夜話を書いていた。少しばかりガタガタという音はした。けれど、戸を締め切った状態ではそんなに強い風も音も、感じることはなかった。「らしい」というのはそういうことである。テレビのニュースでその台風の凄さを感じていた。住んでいるのは鉄筋のマンション(ほとんどアパートというものだが)の2階で、やっぱりちゃんとした建物に住むのは大切なことなんだなと思った。というのは、この部屋の前に住んでいたところはかなりオンボロの建物だったからだ。見かけは別に古くはない。しかし、壁が薄いというか、ちょっとした風が吹くと、建物が揺れ壁に強い風が当たっているのが感じられた。台風のときなどは正直吹っ飛ばされるのではないかと思ったほどだ。雪の降らない東京だからこそ、こうした建物でもなんとか間に合うのかと思ったが、今考えてもやっぱりあのアパートは酷かったと思う。住むところにそんなに贅沢は言わないけれど、台風が来ても吹き飛ばされないようなところに住んでいたいものである。
◆ 見かけ
実はこの数ヶ月僕の体重が少しばかり増えている。3キロほどは上がってしまっただろうか。医者からは痩せるようにと言われているのに……。数年前までは、少しでもカッコいい男でいたい、女性にモテタイという気持ちで痩せたかったが、最近はちょっとばかり違ってきた。ほんとに健康のために痩せたほうがいいのだろう。そういうことを思うようになってきたのである。他の人を見る目もちょっと変わってきた。太っている人を見ると、その外見的などうのこうのよりも、どこか身体の悪いところはないのだろうか、なんてことを思ってしまう。痩せている人を見てもやっぱり同じように思う。何よりも健康こそが一番だなと。
人というものは歳を取るにつれて、だんだんとその考え方も変わっていくのだろうなぁと思う今日この頃である。
◆ 掲示板に書き込みをしない言い訳だったりして
実は僕は掲示板であまりそのコメントというものをつけていない。先日は、ちょっとは書いてもらった方が喜ばれると思うよ、と言われてしまった(笑)。確かに、そうなのである。ごめんなさい、と言うしかない。
でも、少しだけ言い訳になるかもいれないけど、あまり管理人がでしゃばらない掲示板というのもいいなぁと思ったりもしているのである。複数対管理人という雰囲気ではなく、複数対複数というもの。
昨年の10月のことだけど、10日ほど、掲示板から離れていた。その間どうなるのかと少し心配していたのだけど、それはそれでとても盛り上がっていた。凄いなぁと思ったのは「岸本葉子さんの掲示板」のところ。これまでになかったくらいの書き込みの数で、とてもいい雰囲気だった。こういうのが掲示板の理想かもしれないと。もちろん、岸本葉子さんという魅力的な人がいて、そのファンが素晴らしかったということでうまく行ったのだと思うけど。
◆ ぬけさく図書館通信
前にも書いたことがあるのだけど、「nukesaku library(ぬけさく図書館)」(http://homepage2.nifty.com/Rumiko/)というサイトが気に入っている。何がいいかというと、そのデザインのセンスや、中味の濃いブックレビュー(館長さんのお薦めの本は注目なんですよ)もいいのだけど、それよりも何よりも、マイペースさが何とも言えない。ブックレビューにいても日記にしても4月を最後に更新されていない。本人を知らない人だったら、何か人生に関わる一大事が起こったと思うかもしれない。おめでとうを言わなければいけないのだろうか、などと悩んでしまうのではないかと思う。
こういうウェブサイトにはぜひ頑張って欲しいと思うのだけど、この頑張ってという意味はマイペースと貫いて欲しいと思いつつたまには何か書いてよたまにアクセスしているんだよというもので、とっても複雑だったりしている。
ちなみにここの掲示板での『夏の庭』が話題になっていた。
◆ 悲しき化学調味料
先日デパートでの北海道展というイベントに行きラーメンを食べてきた。なんとも言えない素朴な味だった。壁のポスターのようなものに、この店の味へのいくつかのコメントのようなものがあった。「化学調味料やラードは一切使われてなく、あっさりしたラーメンだった」といったもの。誤解しないで欲しいのだけど、このラーメンにもこのコメントにもケチをつけるつもりは全くない。
けれど、化学調味料というものはそんなに悪いものなのだろうかという疑問をこのとき持った。正直なところ、僕の舌では化学調味料が入ったものかそうでないものかなんて判断はつかない。たぶん、毎日食べている食事の中でとても多くの化学調味料が入っているのだと思う。そうした中で生活をしているのが現代なのだろうとも思う。もちろん、化学調味料が入ってなくて、自然の美味しさが一番いいのだろうけど。
それでも、なんだか化学調味料というものがすごい悪者になっているような感じがして可哀想になってきたのだった。化学調味料を研究開発、製造している人にだって家族がいるのである。子供に価値のある仕事をしたと胸を張ってもいいと思うのだ。
だから、「この新しい化学調味料って、とてもあっさりして美味しいよね」とか、「なんとまろやかな化学調味料の味なんでしょう」といったコメントがあちこちにあってもいいのではないだろうか。その上で、自然の食べ物がいっぱいあるような世の中が僕はいいと思うのだけど。
◆ コーヒー好き
友人とコーヒーの話をしていた。彼は毎日コーヒーを飲む。そんなに味にこだわるわけではなく、インスタントコーヒーだったりしているのだけど、無いとだめなのだそうだ。コーヒーがないと禁断症状のようになり、何もできなくなるのだそうだ。確かに彼の脇には常にコーヒーが置かれている。飲んでなくても、ただ置かれているだけで安心できるみたいでもあるが。
実は僕も彼の気持ちがわからなくもない。1日に5杯は飲んでいた。これどもう2年くらいにはなるだろうか。パッと止めてしまったんだよね。
健康のため、というのが理由だった。何が健康にいいのかよくわからないで止めたのだが、どう考えても1日に5杯も飲んでいるのは身体によくないと思ったのだ。先日旅行に行ったときに、久しぶりにコーヒーを飲んだ。止めてから2回目くらいだった。その前は知り合い宅を訪問したときに出されたコーヒーを飲んだ。これも美味しかった。久しぶりに飲むから美味しいのかはわからないけど、凄く美味しいものだった。
最近の僕の悩みは本を読もうとしなくなってきたことだ。いっそのこと、2年くらい禁読書というものをした方がいいのかと思ったりする。ずーっと読まない毎日を過ごして、ふと出会った本を読んだら、ものすごく面白く読むことができるんじゃないかなぁ、なんてね。
◆ 大学生
とてもとても個人的なことではあるが、僕には甥っ子と姪っ子というのが全部で6人もいる。何かをするというわけではないけど、一応そういう状態にある。このたび、一番上の姪っ子の大学受験(面接だったという)が行われ見事合格という結果が出たとの知らせがあった。来年の4月から彼女は東京での大学生ということになる。人間が成長していくということはなんて早いことなのだろうか。僕はぜんぜん成長していないのに。やれやれ。彼女が小さかったときにはよく遊んだんだけどね。持ち上げてグルグル回して落として泣かせてしまったり(笑)。どんな大学生活を過ごすのだろうか。東京のひとり暮らしで泣いたりしないだろうか。僕が経験したのと同じように、あの夕陽を見るのだろうか(意味不明)。ちょっとは心配なのであった。まだ先のことなんだけど。
◆ 期待しないこと
むかしむかしメーリングリストというものをやっていた。実は今もやっている(笑)。ほとんど止まっている状態なのだけど。その昔インターネットという呼び方はまだなく、パソコン通信と呼ばれていた時代。どちらかというと情報というものはギブ・アンド・テイクという考え方があったのではないだろうか。何も発言することなく、ただ読むだけというのはあんまりよろしくないというような。例えば、メーリングリストというものは、多数対多数でメール交換しましょうよ、という考え方である(たぶん)。もちろん、多くの発言をする人と、そうでない人はいるけれど。ただ、みんなが何も発言しない人になってしまうと、もうそれで機能しなくなってしまう。だから、書くことを促し、交互の情報交換であることを強調したりもした。
それに対し、こうしたウェブサイトというものは一方通行なのだと思う。掲示板などで返事が返ってくることはある。けれど、特別な期待をすることはない。でも、期待しない状態というのも考えてみると変なものかもしれない。人間対人間というものは、どっかで相手に何かを期待しているのではないだろうか。期待しない人というのは、どこか醒めているみたいだし。そんなことを考えていると、ウェブサイトという存在というのはとても寂しいもののように思えてきた。
◆ ちょっとパニック
宴会で飲んでいるときに、急に頭がクラクラとまわってきた。ほんとにグルグルしている感じ。隣の人の話もよく聞こえない。ざわざわしているところなので聞こえないと思っていたのだが、どうやら耳の調子が悪くなってしまっているようだった。正直なところ、僕は左の耳の聞こえが少しばかりよろしくない。中にチューブを入れるという治療も行っている。このときおかしくなったのは右の方で、なんだか両方の耳が聞こえなくなるような不安な気持ちになってきた。冷静に考えるならば、過去にこういうことも何度かあり、すぐに治ることなのだけど。でもほんの10分かそこらで急にこんなことになるとはちょっと僕もびっくりしていまった。
よくよく考えてみると、僕は風邪を引いていたのだあった。痰がからみ、鼻水がでていた。それが耳の方に来たみたい。鼻と耳は繋がっているので、風邪を引くと耳の方けと影響が出てくる。風邪を引いているときには飲んじゃいけないんだな。飲みたくなっているのだけど、がまんがまん。
◆ コロッケ
池袋の地下の商店街で行列ができていた。何かと思ったらコロッケである。揚げ物は好きなのだけど、健康のために控えている。でも、食べたいよなぁ(笑)。「コロッケ」というと僕が連想するのは「パーティー」である。そう言えば昔「連想ゲーム」というのがあったね。知らない人も多いかもしれないけど。
数年前に仕事をしていたところでは、「コロッケパーティー」という名の飲み会が開催されていた。この名前には意味があるのだけど、この職場ではちょっとその意味からは逸脱し、数ヶ月に一度の月末に歓送迎会として行われていた。アルバイト、契約社員、派遣、様々な形態の人がこの職場に関わっていた。当然、入れ替わりが多い。まとめて職場を会場としての飲み会がこのコロッケパーティーだった。通常の職場の机の上を綺麗にして、そこがテーブルとなる。メインとなる食べ物はコロッケなのだけど、他にもお寿司とかいろいろな食べ物のが用意される。ビールで乾杯をしての立食パーティーである。
もし僕が(あくまでも仮定の話だけれど)会社の経営者だったとしたら、このコロッケパーティーというものを定期的に開きたいと思っている。歓送迎会なわけで、ひとりひとり挨拶がある。職場を離れる女性がいたら、いつくかのプレゼントと共に、必ず大きな花束が渡される。当然の如く、その人は涙を流す。
僕は、自慢じゃないけれど、いくつかの職場を経験した。いい職場というものは、離れて行く人を大切にしてくれるところではないかと思っている。もちろん、僕はかつて居たこの職場をただ単に「良かったよ」とここで言うだけで、この職場にとっては何もメリットはないのかもしれない。けれど、僕にとって「コロッケ」というものは特別な響きを持っているのだ。
◆ ハードボイルド
NHK−BSで放送された黒澤明監督の映画『悪い奴ほどよく眠る』を見る。とてもハードボイルドの感じがした。大藪春彦とか高木彬光の小説のような。面白く見ることができた。黒澤明という人は、こういう映画を作っていたのかと。黒澤明監督特集は、ビデオに録画しているものがあと6本ほどあるのかな。全部見終わるまでにあとどのくらいかかるのだろうか。
◆ 公園お散歩ツアーその1
僕は趣味を言うときに、たいてい読書ということにしている。一番当り障りもないし、事実ではあるし(最近読んでないけど)。それでもって、もうひとつくらい付け加えるときには散歩ということに。この散歩というのは半分冗談でもあるけれど、歩くのは好きである。仕事の帰りに途中下車して、知らない街を歩いたりする。ちょっと迷子になって、適当に歩く。場所がわからなくなっても全然かまわない。少しばかり目的を持ったものでは、公園散歩ということもやっていた。石神井公園とか井の頭公園なんかは好きで良く行っていたのだ。
考えてみると夏の間はこの散歩というものをやっていなかった。あまりに暑く外で汗をかこうとは思わなかったからね。涼しくなってきたところで、また復活したいと思う。東京の公園を散歩して写真を撮る。この読書夜話のネタになる。なんと素晴らしいアイデアなのだろうか。
そんなわけで今回は第1回。公園の名前は内緒である。なにせうちから歩いて3、4分のところなもので(笑)。でもこの写真は建物を見るとすぐにバレてしまうかもしれないよね。もっともバレバレの話をこれまでも書いているけど。この写真は春に撮ったもの。春だけ綺麗な公園なのであった。
◆ ささやかなスポーツニュース
Jリーグ、J2のモンテディオ山形の柱谷幸一監督の来期続投が決定した。スポーツ新聞のサイトにはほとんど流れることのなかったニュースだった。昨年はJ1への昇格争いをしたこともあり、けっこう騒がれたのだけど。
柱谷幸一監督は就任の記者会見で涙を流したのだと言う。ほんとうに小さなニュースかもしれないけえど、僕はとても嬉しかった。たぶん、間違いなく、柱谷幸一という人は日本のサッカー界で将来ビッグネームになる(と思うのだけど)。ということで、サッカーに興味のない人も少しでいいので注目してください。
◆ オフ会
とあるサイトのオフ会というものに行ってきた。実はかなり緊張した(笑)。たぶんドルフィンホテルのオフ会に初めてきた人の気持ちはこんなのだったのかもしれない。ほんと改めて、過去のオフ会参加の皆さんに感謝です(笑)。全部で18名もの参加のおおきな会。みんな若く元気で、とてもよい雰囲気で、楽しかった。やっぱりこういうのって、管理人さんの魅力なんだと関心してしまった。
なんだかこういうことを書くとドルフィンホテルのオフ会は何なんだということになってしまうけどね(笑)。まあ、そのうちここでもまたオフ会を行いますので、お暇の方はぜひお集まりください。
◆ ディベートの本
西部直樹(http://www.nands.net/)著『誰でもできるディベート入門講座―ビジネス・コミュニケーションを活性化させる技術』(ぱる出版)という本を読んでいる。ディベートについて僕は詳しいわけではないけれど、とてもわかりやすくいい本だと思った。「はじめに」の文章がとてもいい。さりげない普通の文章ではあるけれど、著者のこれまでの経験というものが感じられた。それからちょっと思ったのだけど、企業研修とかの裏話とかが書かれた本があったら面白そう。人という生き物の裏側というというか本質のようなものが見えてきそうな気がする。研修とかって、腹の立つことばっかりなんだろーなぁってことなんだけど(笑)。
それにしても、この本の著者プロフィールがなんとも凄そうだった。大学の非常勤講師なんてもやっていて、とても偉い先生だったのだ。失礼しました(笑)。