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読書夜話2002年10月

とても忙しいぞ、飲んでばっかりいるけど #1


2002/10/16
◆ 本の風景
 フィリップ・ドレルムの『しあわせの森をさがして』(廣済堂出版)という本を読んだ。なんでこの本を買ったかというと、いい雰囲気の表紙、それと「フランスのベストセラー作家が『アメリ』ファンに贈る日常の小さな奇蹟!」という帯の文章が気になってしまったからであった。読んでいてもなかなかにいい雰囲気である。まあなんというか絶賛するまでにはいかなかったけど(笑)。でも、書棚に飾っておきたいようないい雰囲気を持っているかも。もちろん、大切なことである。

◆ やめることはできないのか
 どうしてもやめられないものがある。僕はタバコは吸わないので、禁煙という気持ちはわからない。ギャンブルなどもやらないので、そうしたことをやめるという気持ちはわからないけれど。
 たぶん、何人かは共感してくれる人がいるのではないだろうか。僕がやめたいと考えていること、それはフリーセルである。パソコンの電源を入れ、まずはメールのチェック、ウェブサイトのチェックをする。それから何をやろうか、ふと悩んでいると手が勝手にフリーセルを起動させてしまうのである。実は僕は普通にこのゲームをやらないことにしている。まずは、右端のカードを3枚先に出してしまう。他にも僕だけのローカルルールがあるのだけど、普通よりはちょっと難しい状況から始めることにしているのである。その困難を克服したときの達成感の何と嬉しいこと。でも、それは本当につかの間である。フリーセルの喜びと、人生においての喜びというものは同じでないかと思うほどのつかの間である。でもな、気が付くと時間は過ぎ、読書夜話の更新予定の日はあっという間に過ぎ遠くの方へと行ってしまうのである。
 どうやら噂では禁酒会というものあるらしい。どこかで禁フリーセル会というものはやっていないだろうか。このソフトをセットした責任として、禁フリーセル会というものを全国的に展開するのは義務ではないかと思うのだけど。

◆ 小説
 山本文緒の『ファースト・プライオリティー』(幻冬舎)を読む。彼女の小説はずっと読み続けている。相変わらずリアルだな、と感じることができる。けれど、この本を読んでいてそのリアルさというものが悲しいと感じるようになってきた。なんでこんなに描けるのか、というのではなく。こんなにリアルに描いて辛くないだとうか、と。31通りの現代の、主に女性の生き方が詰まっている。どれも面白く読むことができる。最後の話、「小説」はけっこうショッキングである。バカな読者はついつい小説で書かれた世界を作者の世界と同一なものとして読んでしまったりする。少しばかり山本文緒という人のことを考えてしまっている。

◆ 悲しかった家路
 スーツを買った。おじさんにとってスーツというものはけっこう大きな買物で、実に勇気が必要だったりもする。それにしても、このスーツというものの値段の下がったこと。昔は一着3、4万は普通だった。ちょっといいので、7、8万くらいだったのではないだろうか。今は2万円もしないで一着が買えてしまうのである。まあ、こんなことを書いていると、僕の生活レベルというものがバレてしまうけれど(いまさら何を言うかということも言えるけどね)。
 まあなんというか僕は少しばかり安いスーツを買ったのであった。裾を直してもらい、5日後くらいに(今混んでいて時間が掛かると言われた)スーツを取りにいった。なんと、そのスーツ売り場の製品は20%引きになっていた。僕と同じスーツもである。その20%の表示の隣で僕はスーツを受け取り、この20%で何が食えたかを考えながら家路についたのであった。

◆ 食器洗い器について
 岸本葉子の『家もいいけど旅も好き』(講談社文庫)を読んだ。この本は1998年に河出書房新社から出版されたものに、書き下ろしが加えられている。その中には「吉祥寺暮らし」と「広尾入院生活」というものもあって、中味が濃いというか、いくつもの旅を楽しめた感じだった。旅と言っても、ほんの近くへの旅。東京近郊での歩き旅なんてのもあり、身近に楽しめる。そうそう(笑)。なぜか「吉祥寺暮らし」の中には「食器洗い器の選択」なんて話もある。ついつい食器洗い器を買おうかな、なんて気持ちもでてくるではないか(笑)。

◆ 朝の街の風景
 このところ、何度か耳鼻科に行った。しかも朝1時間も並んでということをやっていた。風邪を引いていたのに、雨の中を1時間も立っていていいものかと思いつつ(笑)。並ぶときには当然本を持っていく、読み終えても大丈夫なような2冊は準備する。けれど、本を手にしながらも、ついつい目の前を歩く人を見入ってしまう。駅前の飲食店街のところにあるというか、区役所に行く途中の道でもあるために、通勤の人が多く歩いて行く。こういう人を見ているのは、ほんとうに面白いのだ。ビッっと決めたOLの綺麗な(ほんとうに綺麗な人が多いよね)お姉さんは駅まで走って行く。どう考えてもあのヒールで走るのは大変だと思うのだけど(笑)。なんで女子高生のスカートは短く(まあいいけど)、ローファーは汚れているのだろうか。若い夫婦は朝だというのに、急いでいるというのに、かたくかたく手を繋いでいる。離れるまでにあとどのくらいの月日が掛かるのだろうか。もうひとつ綺麗なお姉さんの話だけど、おせんべいを食べながら早歩きの人がいた。朝食がせんべいなのかいな。

◆ デジカメと東京タワー
 デジカメが壊れてしまった。買ってからまだ半年も経っていないのに。ただ、使えなくなるようなものではなく、モードスイッチのところが取れてしまうというもの。このスイッチの部分を、例えば爪楊枝とかを使ってグイッとやるならばスイッチの変わりにはなる。しかし、このデジカメを使うときに毎回毎回爪楊枝を取り出していたのではあまりにも格好がつかない。それに、まだ保証期間中でもある。さっそく僕は修理することを決意した。
 まずは購入店に持って行ってみる。というのは修理というほどのことはなく、変わりのスイッチの部品があるならばすぐに交換できると思ったのだ。こんなに簡単に壊れるのであれば(別に投げたり踏んだりなんてことはしていなかった)、他にも壊れて対応していたりということがあると思ったのだ。けれど、この購入店は冷たい対応。「2週間かかります」という。やれやれ。こんな部品の取れた状態のものに2週間もかかってしまうとは。技術大国ニッポンの名が泣くのではないか。デジカメなんかは使う人は常に持ち歩いているはず。2週間デジカメがなかったら困る人がいっぱいいるのでは。
 しかし、文句を言うようなことではなかった。このデジカメの会社では、30分で修理しますというサービスを初めていたのであった。どこでもやっているわけでもなく、行くまでにちょっと時間は掛かったのだけど、持っていって30分でちゃんと修理してもらえた。
 帰りにさっそく撮ってみたのが東京タワー。久しぶりにこの東京タワーというものを見たけれど、いいもんだね。考えてみると、東京タワーに登ったのは中学の修学旅行の一度だけか(笑)。今度登ってみたいものだ。

◆ 微熱の島
 少し前に読んだ金完燮著『親日派のための弁明』(草思社)のことが今だに頭から離れないでいる。例えば、韓国にしても台湾にしても、かつては日本という国だった。もちろん、こんなふうに書くこと自体に問題があり、間違ったことだったのだろう。けれど、こうした時代があったということは事実であり、何かうまくイメージできないでいる。この岸本葉子の『微熱の島 台湾』(朝日文庫)は、そんな日本と複雑な関係にある台湾を、とてもやさしく描いている。この「微熱」という言葉がとても合っているように感じる。

◆ とあるカフェでの風景
 向かい側に座っている女性をふと見ると。雑誌を見ていた。アイスのカフェオレを飲んでいる。ハンバーガーか何かは既に食べ終わっている。二つ折りの携帯電話はちゃんと開いて画面が見えるように置かれている。ここまでは極めて普通のことだと思う。けっこう綺麗な人で雑誌をめくる手の動きも綺麗だった。よく見ると(そんなによくは見てないけど)、折りたたみの何かが置かれている。鏡だ。ちょうど自分の表情が見える角度に鏡が置かれている。携帯電話のお隣に、一緒にお辞儀をしている状態。こういうことは流行っているのだろうか。ちなみにこのカフェというのは、フレッシュネスバーガーでした。カフェというのはどこからどこまで入るのだろうか……、素朴な疑問。

◆ 国境
 岸本葉子の旅の魅力はこの本に詰まっているのではないだろうか。『異国の見える旅』(小学館文庫)を読んで改めて岸本葉子の素晴らしさを感じている。彼女は国境の街を旅する。主にアジア、日本に近い国である。単なる近いと言うものでもない。例えば、台湾には日本の建物があり、日本の教育があった。もちろん、そうした記憶は薄れている。けれど、異国の見える景色を彼女は見逃すことはない。「異国の見える」ということは、単に場所という地理的なものだけではない。彼女はこうした旅の中で時間をも移動しているのかもしれない。小笠原、サハリン、関釜フェリー……。岸本葉子の視点はとても地味なところに向いている。地味という表現は確かに適してはいない。でも、他に誰がこうした場所に目を向けているのだろうか。
 こういう作品をもっともっと書いて欲しい。もちろん、吉祥寺のマンションでの生活のエッセイも楽しい。読者の注文はきびしいのである。けれど、この岸本葉子という作家は読むたびに深くなっていくのだけれど。

◆ 看板のない店
 ちょっと面白いお店に飲みに行った。池袋の「てしごとや」(http://www.teshigotoya.net/)というお店。何が変わっているかと問われると、まあそんなに変わっているわけではないけどね(笑)。
 なんと入口が凄いのです。現実問題として、お相撲さんなんかがこの店に来ても入れないのではないだろうか。入口の引き戸というものの高さが1メートルくらいしかないのである(笑)。ひょいと腰を屈めて中へと入る。店内は最近流行の昔風の日本家屋というのかな。少しばかり懐かしい雰囲気もある。僕は2階の座敷の席に座ったのだけど、ちゃんと火鉢もあり、肘掛もある。ちゃんとした炉端のある席もあった。料理の方もまあまあかな。
 最近はどこの店もなんだか似たような雰囲気があるけれど、ちょっとは面白く飲めるのではないだろうか。それにしても面白かったのは、お客さんの格好(足のやり場)。掘りごたつみたいな感じの座席ではないもんで、胡座をかけない人とかも多いみたいなのね(笑)。

◆ 芝居を観る
 芝居を観にいった。藤沢周平の原作の俳優座の『きょうの雨 あしたの風』という舞台。もう10年くらい前になるのだろうか。芝居が好きで次から次へと見ていた。本当に面白かった。小劇場を中心に観ていたので、正直なところハズレも多かった。狭い劇場で信じられないように肩を寄せ合って。けれど、そんな中で面白い芝居に出会う喜びというものは、本当に宝石のようなものだった。
 久しぶりに観た芝居はやはりいいものだった。嬉しい気持ちでいっぱいだった。たまには芝居を観に行って楽しむ。そういう人生を送って行きたいものだ。

◆ 遠い声 遠い部屋
 トルーマン・カポーティの『遠い声 遠い部屋』(新潮文庫)をようやく読み終えた。いつころから僕はこの本を読んでいたのだろうか。遠い昔のことのようだ。実は僕の読書というものは、途中で中断し、ほんとうに数ページ数ページ進んで読み終わるということもある。終わらないことの方が多いけれど(笑)。とにかく僕はこの本を読み終えた。次のカポーティーの本を読みたいと思う。カポーティーという作家にはとても興味がある。もちろん、村上春樹がいつくかの作品について翻訳をしているということもある。けれど、この作家のイノセントな部分、どうしようもないような行き方。そうしたものに興味がある。『遠い声 遠い部屋』は彼のほぼ最初の作品といってもいい。いくつかの街を移動して、ほぼ2年という時間をかけてこの作品は書かれた。こととき彼は22歳。考えてみればとてつもない若さだ。最初は違和感のあったタイトルだが、読み終えた今、このタイトルがとても気に入っている。

◆ 日本グランプリ
 F1日本グランプリをテレビで見た。最初に佐藤琢磨の写真が映された。15年前、彼がまだ少年の頃、鈴鹿サーキットでF1が開催されたときのものだった。その昔、富士スピードウェイにおいて2度F1が開催されたことがあったが、この年は中嶋悟のデビューイヤーということもあり、日本にとっては特別な年だった。佐藤琢磨はそのレースを見て、F1ドライバーになることを意識したのだそうだ。
 この同じレースを実は僕の生で観戦していた。長い時間を掛けて僕は鈴鹿まで行った。10年以上もF1のファンを続けて初めて生で見るレースだった。残念ながら僕はF1ドライバーになることはなかった。やろうと思えば何でも実現できる、と先日飲んだ僕の友達は言っていたけれど、今からではいくらなんでも無理だろう。
 僕はメインスタンドに座り、中嶋悟はわざわざ僕の目の前でオーバーテイクを見せてくれた。もう15年も前のことになってしまったのか……。
 テレビを見ていて、その観衆の多さに驚いた。応援するドライバーがいるということは何と幸せなことなのだろうか。僕も生のF1レースを見たくなってきた。F1ドライバーになることも凄いけれど、毎年のようにF1レースを見に行くということも、けっこう凄いことなのかもしれない。行きたくなってきたな。来年どうしようか、そんなことを今考えている。

◆ 小確幸
 村上春樹の『海辺のカフカ』があちこちで語られている。テレビでも何人かが難しそうな顔をしてナカタさんについて話をしていた。新聞の書評でも、僕のわからない言葉で書かれている。やれやれ。どうして、村上春樹はこんな風に語られるのだろうか。例えば、岸本葉子はこんな風に語られることはない。彼女に関しての評論本も僕の知っている限り一冊もない。ひとり暮らしと旅との関係、女性の生き方というものを考える、つまりは現代というものを分析していくには、岸本葉子の作品を追求していくのがよい方法だと思うのだが。もちろん、村上春樹を語ることが悪いということではないけれど。
 それにしても、『海辺のカフカ』で初めて村上春樹の本を読む人も多いのではないだろうか。どんな感想を持ったのか、実はその方が僕は心配だったりしてしまう。他の作品を読もうと思ったのだろうか。
 僕はいちおうというか、村上春樹の作品が好きである。いちおう、彼の作品というものは全て読んでいる(翻訳、音楽のなんたらかんららとかは読んでいない)。けれど、最初から好きになったわけではない。薦められた長編小説はまったく馴染めなくて、しばらくは僕の苦手な作家リストの中にいた。仕事で毎日毎日大変だったとき、とある日曜日の午後に読んでしまった短編集から、村上春樹に対してのイメージは大幅に変わった。正直にいって、彼の作品を読む最初の作品としては『海辺のカフカ』はどうかと思うのだけど。
 そんなことを考えてそろそろ眠りにつこうとしていた。本棚を見回す。正月に田舎に帰ったときに持ってきた村上春樹(安西水丸との共著)の『ランゲルハンス島の午後』(光文社)を手に取り、パラリと読み出した。ちなみに僕の持っているこの本は文庫じゃなく、おおきなサイズのものである。25の村上春樹のエッセイと安西水丸のイラストの世界が、僕の部屋にやわらかに広がって行く。
 最初の話は「レストランの読書」というもの。午後のレストランで本を読むということの楽しさについて書かれている。僕は2回ほどこの話を読んで、ぐっすりと眠りについた。



ちょっと疲れているけれど #2

2002/10/1

◆ ホンモノノ
 NHK衛星第2の週刊ブックレビュー(http://www.nhk.or.jp/book/)10月20日放送で、なんと藤田香織がゲスト出演していた。あの『だらしな日記』(http://www.darashina.com/)の藤田さんである。この番組は毎回3人のゲストが出演するのだが、彼女は小森陽一氏の隣で笑顔を絶やさず楽しい議論を繰り広げていた。いやあ、これが本物の藤田香織なんだぁと僕は口を開けたまま見入ってしまっていた(笑)。でもさ、本の表紙になっているイラストとは全然違っていて、けっこう可愛らしい方ではないですか。それにしても、彼女の部屋がもの凄いだらしない状態なんだね。

◆ バナナケーキ
 久しぶりにスターバックスでパソコンを使っていた。中央の席では井戸端会議が盛大に開かれ、平和なひと時だった。しばらく時は流れ静かになった頃、店員さんがあらわれ全ての席にバナナケーキを「いかがでしょうか」と配りだした。もちろん、タダである。お店でこんなふうにして何かを食べたのは初めてのような気がする。なかなか嬉しいものであった。

◆ 本が好きな人に
 前から気になっていた本を読んだ。松久淳+田中渉の『天国の本屋』(かまくら春秋社)という本。さらさらさらと読むことができたのだけど、とても面白かった。タイトルから想像できるように、本屋さんが出てくる。朗読の場面というものもある。それがとてもいいのである。
 帯には「本が好きな人に、読んで欲しい」と書かれている。その通りの本だった。

◆ 部屋探し
 田舎の姪っ子が来春から東京にきてひとり暮らしをすることになった。住むところをどうしようかと親は今から心配している。僕のところにも、物件についての相談が来ている。僕も同じように大学生活でアパートを借りたのだけど、学生課でいくつかのリストを見て、部屋を見て、全て自分で決めた。考えてみると誰にも相談なんてすることはなかったなぁと振り返る。
 しかし、確かに初めて自分で部屋を借りるというのは大きなドキドキがあり大変なことなのだろう。
 そう言えば、この秋のように少し寒くなった季節に友人の女性から部屋を借りることの相談があったことを思い出した。もう5、6年も前のことになるのだろうか。彼女は結婚して、専業主婦という立場だった。いくつかの家庭での悩みのようなことを抱えていて、僕はたまたまその頃彼女と話をする機会が多く、ある日突然に部屋を借りることの相談をされてしまった。つまり、ご主人と別居したいということだった。その数日後に彼女は、家を出てちょっとした旅行へと出かけた。その旅行というものもご主人がすぐに向かえに来て、そのまま帰るというものに終わったが、彼はそのことで少しは事の重大さを感じたのだろう。2人の距離を置いて考えようということになり、彼女は部屋を借りることになった。最小限の荷物で、ささやかなひとり暮らしを始めた。彼女にとっては初めてのひとり暮らしでもあった。派遣の仕事も始め、たぶん2人の距離は明確なものとなったのだろう。数ヵ月後に2人は離婚した。数ヶ月後と書いたが、半年だったのか、1年だったのか、もう僕には忘れてしまった。
 1年に一度は海外に旅行に行き、毎日ちゃんと食事を作り、ご主人の爪を切っていたのだという(笑)。誰がどう見ても仲のいい夫婦だったのだろうと思う。
 離婚した後に、彼女からちょっとした相談を受けた。彼女は小説というか、いくつかの自分の文章を書いていた。僕も読ませてもらったことがある。その文章を集めていたのだ。「自分のワープロは? フロッピーは?」と僕は尋ねた。結婚当時使っていたワープロは夫婦のものであり、彼女がひとり暮らしをしてから、そのフロッピーは彼がどこかへやってしまったのだという。彼女は本を読むことが好きで、自分で文章を書いて、それはとても大切なものだった。
 ふと僕は、彼女は「部屋を借りたいのだけど」と言ったときの表情を思い出す。強い決意だったのだろう。
 先日、風の噂に彼女が結婚したということを聞いた。風のように時は流れて行く。

◆ 東京の景色
 東京らしい景色というと、僕は地下鉄のホームを思い浮かべる。地下鉄によって、その壁にでも歴史のようなものも感じることができる。こんな暗い地下鉄の景色が東京らしいというと、東京があまりにも可哀想になってしまうけれど。もちろん、地下鉄は東京以外にもあって、東京以外の地下鉄というものにはほとんど乗ったことがないけれど。それでも特別だと思えてしまう。
 ときどき地下鉄は地上へと顔を出す。でも、外の明るさは眩しかったりもする。外の景色がない方が、うまく自分の世界を保っていられるような気もする。窮屈だった地下の世界がいつの間にか馴染んでしまっているようだ。

◆ 恋のから騒ぎの謎
 なぜかついつい日本テレビ『恋のから騒ぎ』(http://www.ntv.co.jp/koikara/)を見てしまっている。まあ、面白いのだから仕方が無いというか。しかし、素朴な疑問というものを持ってしまう。現代の女性はみんなここに出てくるような人達ばかりなのだろうか(笑)。彼女達は本当のことを話しているのだろうか。話を作っているのならばそれはそれで凄いと思うし、まあ面白ければいいのだけど。僕はこの番組を見て、世界は平和であることを感じるのであった。

◆ 市町村の合併
 とある町でテレビのニュースを見ていると合併問題について触れられていた。さいたま市の例だけでなく現在全国では市町村の合併という問題が多くあるようだ。Jリーグでおなじみの鹿島アントラーズにしても、町は合併し鹿嶋市という名前になっている。清水エスパルスの清水市も実は今、静岡市との合併の問題がある。はたから見た場合、どことどこが合併しても何ら関係はないのだけど、市の名前が変わってしまうことにどうにも違和感があったりする。Jリーグのチーム名だって、なんだか変な感じがしてしまっているのは僕だけではないと思うのだけど。
 都市の名前なんぞ、歴史を見るとそんなに深い意味はなかったりもしている。どんどん新しい名前でいいのだけど、呼びにくいのはちょっと勘弁して欲しい。西東京市なんて名前は僕は決して住みたいとは思わないのだけど(笑)。さいたま市も同様。ところで、どうしてJリーグの名前は浦和レッズからさいたまレッズに変更をしないのだろうか。それが僕にはわからない。もちろん、Jリーグの名前なんてけっこういい加減でFC東京なんて、東京は都道府県を指すわけだからコンサドーレ北海道とか神奈川F・マリノスという名前があってもいいと思うのだけど。もっと言えば足立ドルフィンズとかという名前があってもいいかもしれない。もっともJリーグはもっともっとチームを増やすという方針なので、将来はかなりローカルな地域の名前を使ったチームも誕生するかもしれない。
 さて、合併という話に戻るけど、市町村だけでなく都道府県でも合併とか地域の交換トレードなんてあってもいいと僕は思っているのだけど。例えば埼玉県のある地域の人が県庁に行く場合、一度東京に出てそれからまた埼玉県に入るということがよくある。これでは自分の住んでいる県という意識を持てないのは当然である。どうしても鉄道や道路というものに生活は左右されるのだから、そういうものに合わせて地域のトレードをやってもいいと思うのだけどどうなのだろうか。戦国時代なんかはよく領土替えがあったりとかしているわけだし、同じ日本国内のことである。もちろん、勝手気ままに考えているだけのことだけど。

◆ ゴキブリの出現
 部屋に帰って灯りを点けた。台所の方でなにやら黒いものが動いていた。デカイ……。やれやれ、この部屋にもゴキブリが出現したようだ。住んで3年、けっこうきれいな部屋でゴキブリを見たことはなかったのに。台所と6畳の部屋との仕切りを取って、ワンルームとして使っているのでゴキブリにウロウロされてはゆっくり眠ることもできないのだ。さっそく「ごきぶりホイホイ」を買ってきてセットしたのだが。
 ゴキブリのいないところに住みたい。風の噂では北海道にはいないらしい。夏は涼しく過ごしやすそうだし。

◆視力がよくなったような感覚
 少しの間旅行をしていた。帰ってから、どうにも前とは違った世界にいるような感覚になってしまいやや違和感がある。メガネの度を少し上げたような感覚と言えばいいのだろうか。
 冷静になってよーく考えてみると、視力が少しばかりよくなったようなのだ。ほんの少しの間ではあるが、僕の目の前の景色というものが全く違っている。パソコンを前にしている今などは、視野というものはほんの数センチのものだ。1日の生活というものを振り返っても、狭い部屋から出たとしても、狭い街は数メートル前に建物が見えるだけだし、職場に行っても数センチ、数メートルの世界……。旅行に行けば、何キロも先の山なんかを見たりする。
 悲しいけれど、僕は今の違和感にちょっと戸惑っている。早く前の状態に戻らないと辛いのである。でも、そんなことを思ってしまうこと自体があまりにも辛いことなのかもしれないけれど。

◆ お金の貸し借り
 なぜかついついTBS『中居正広の金曜日のスマたちに』(http://www.tbs.co.jp/kinsma/)を見てしまう。そのコーナーのひとつに「中居の虎」という、中居クンがポケットマネーを信用した人に貸してあげるというものがある。
 ふと考えると今の僕にはこんなふうにお金を貸すとか借りるとかって、ないなぁと思ってしまった。借金とかは嫌いというか、ローンとかもない。カードでの支払いも最近ようやく1回払いで使うようになったくらいだ。こんな僕も昔は会社の組合からお金を借りるなんてこともしていたのだった。
 なぜか僕は学生のときに、社会人の人にお金を貸したとこがあった。夜僕の部屋に来て借金の申込みをして、「じゃあ飲みに行こう」みたいな話になった。彼は何度も転職を繰り返していた人で、かなりお金に困っていた。多くの人に借金をしているようだった。困っているという表情は全く見せずに、「借金は男の財産だよ。信用があるからこそ、借金というものができるんだよ」と言っていた。別に彼のことをそんなに信用しているわけではなかったけど、まあ年上の人が僕のところに借金に来るからには、それなりの何かがあり、ちゃんと応えなくてはと当時の僕は思ったのだろうね。

◆ 幸せそうだと思ってしまったこと
 この何日か、テレビでは毎日のように北朝鮮の拉致問題のことが放送されていた。こういう発言はかなり問題になるのだろうな、と思いつつ。僕はあの5人の人たちが何だかとても幸せそうに見えた。昔の同窓生と会って抱き合って再会を喜ぶ場面。もちろん、そんな喜びでは補えきれないような辛い25年というものがあったのだろうと思う。
 しかし、25年ぶりに旧友と再会し抱き合うような友人関係を持っている人というのは、この日本にどのくらいいるのだろうかと思ってしまったのだ。仮に同窓会というものがあり参加したとしよう。社会的な立場、家族や子どもについて、正直なところ失業中という人だっているかもしれない。素直に再会を喜べない人というのもいるのではないだろうか。登校拒否、いじめを受けていたという人だっているはずだ。
 もちろんこういう問題と、今回の拉致問題というものを一緒に語るのは間違いだろう。
 けれど、あの再会での抱き合い喜び合う場面というのが、少し僕の中に残っている。

◆ 無言電話が4回鳴った
 めずらしく部屋で本を読んでいるときだった。少し寒かったので熱燗も飲んでいた。とても幸せな夜のひと時だった。電話が2度鳴った。どうして2度かというと、僕は部屋のNTTの電話を携帯電話の方に転送されるようにしている。よって、まずはNTTの電話がなり、その後に携帯電話の方の音が鳴る。携帯電話の方を取ると、すぐに電話は切れた。やれやれ、たまにはこういうこともあるだろう。しかし、この後同じことが3回起こった。セコイようだが、転送しているということは間違い電話でもお金は掛かるのである。着信の方には相手の電話番号が出ていたので、単なる間違い電話だろう。しかし、何度もだとさすがに頭に来た。最後のときには、怒って声を出してしまった。
 でもな、4回の電話でこんなにもイライラしてしまうとは。けっこう女性と話をすると、イタ電に困ったことがあるという話になる。ひと晩中、無言電話が鳴り続くなんてとてもじゃないが信じられない。世の中には大変なことがいっぱいあるんだね。

◆ F1のこれから
 F1のルール変更が問題となっている。まずはポイントシステムが変更されることになった。どうなるかはわからないが、重量ハンデの案などもあるらしい。正直なところ2002年のシーズンはフェラーリが圧倒的に強く、レースとしてはあまり面白くななった。このシーズンだけでなく、この数年面白くなくなっていると感じているのは僕だけではないのだろう。そういうことで、大きなルール変更ということになっているのだと思う。
 しかしな。次第にF1のルールはアメリカンレースに近づいているようにも思える。現在行われている給油やペースカーというものも、昔はF1にはなかったものだ。強いチームがいたならば、別のチームがもの凄い力を出して1位の座を奪い返す。ホンダとフェラーリの争いなどは、ほんとうに面白かった。今回のように大きなルール変更があるということは、「フェラーリ+シューマッハ」以外の実力があまりにもないということに思えてしまう。アメリカンレースの考え方はそれはそれでいいのだけど、F1は違う「1」という名前に相当するものだと思っていたのだけど。なんだか納得できない今日この頃である。

◆ アリーが帰ってきたぞ
 NHK『アリー・myラブ5』(http://www.nhk.or.jp/kaigai/ally5/)が始まった。なんだか登場人物が新しくなったみたいで、すんなりと入っていけなくている。でも、ジェニー・ショーは僕の好みのタイプなので(笑)楽しく見ることができそうである。とにかくしばらくは週に一度このアリーが放送される。一週間をガンバロウという気持ちになるのではないか。嬉しい。

◆ 10年
 10月25日にこのドルフィンホテルは10周年を迎えた。もちろん10年前というのはインターネットなるものは存在していなかった。WEB版として力を入れるようになってまだ2年くらいしか経っていないのだけど、僕にとってはその前から始めた10年という気持ちの方が強い。パソコン通信と呼ばれる仕組みの中、ドルフィンホテルという名前で本について語り合うということを始めた。この10年でバブルは弾け、少しばかり社会の価値観というものも変わったのかもしれない。僕は仕事を変えたり、住む場所も変え、10年の時を過ごした。ドルフィンホテルの姿はWEBという形になり大きく変わったようではあるけれど、そのスタンスについては何も変わっていないようにも思う。
 改めて何も言うことはないけれど、多くの人が通り過ぎたのだなぁという少し寂しい気持ちがある。パソコン通信の時代、10分の1、100分の1という法則のようなことが言われていた。つまり、10人にひとりはまあ見てくれるというところまでは来る。でも、書き込みまでするにはその10分の1、つまり100人通り過ぎたならばせいぜい書いてくれる人はひとりくらいというわけだ。それが10年も経つのならば、残っている人は当然もの凄く少ない数になるのだろうと思う。もちろん、この数少ない人と付き合えるということはとても貴重なことであり、嬉しいことだ。けれど、通り過ぎてしまった人の数の多さに少しばかり唖然とした気持ちにもなる。時にはドルフィンホテルに魅力がないのだろうな、などという気持ちにもなる。
 しかし、とにかく10年である。これからどうなるかはわからないけれど、しばらくはなんだかんだと書いていきたいと思っている。



寒い、寒いけれど #3

2002/11/8

◆ 目標に遅れることについて
 ふと気が付くと今日は11月の8日である。書いている読書夜話は10月のPART3。とっても遅れてしまっている状態である。実は火曜日に7割方を書いて早めにアップしようと思っていたのだけど、いつの間にか寒くなり僕の手は滞ってしまっていた。この読書夜話はひと月に4回のアップを予定している。毎週ちゃんと書いていけば、この遅れは取り戻せることになるはずなのだが……。ご期待ください。
 遅れているといえば、数年前は「ひと月に何冊」「1年に何冊」という本を読む目標を立てていた。「この調子なら大丈夫だな」などと考えながら本を読んでいた。「ちょっと危ないかな」と思ったときには、軽めの本を買ってきてなんとか帳尻を合わせた。そのうち、「こんな風に数合わせで本を読むのは自然な形じゃない。本に対して失礼だな」と思うようになった。僕も少しは大人になったのだろう。あるがままに、本を読むようになった。結果として、僕の読書量は驚異的なほどに低下していったのであった。

◆ ゆう子ちゃん
 川上弘美の『パレード』を読んだ。『せんせいの鞄』のサイドストーリーと言われている本で、前から読みたいと思っていた。けれど、薄く買うには少しばかりボリュームのなさを感じる。どうしようかと思いながら数ヶ月が過ぎていた。どうやって読んだかというと本屋で立ち読みをしてしまった。短い話なので立ち読みでも十分に読める。しかし、読み終わったときに、自分の気持ちを周りの景色とに大きなズレが生じてしまい、それは少し辛い感覚だった。
 相変わらず、私と先生とのやり取りは素晴らしく、ついついちゃぶ台を購入してしまいたくなってしまう。けれど、この本の良さはもう少し別の登場人物にもあった。ゆう子ちゃんという女の子が出てくる。彼女の表情が、その声がとてもいいのだ。
 小説のテーマとしてイジメの問題が取り上げられることがよくある。例えば、重松清の『ナイフ』などとても強烈なものがあった。実はこの『パレード』も少しばかりそうしたテーマと関わっているとも言える。川上弘美は強く、やさしいのである。この本を読んだすべての読者の過去の思い出をやさしく包んでくれると言ったら大げさだろうか。
 よう子ちゃんの投げかける言葉が何度も僕の中で響いている。
 ちなみに、毎日新聞のWEBにこの『パレード』についての川上弘美のインタビューがあった(http://www.mainichi.co.jp/eye/interview/200205/17-1.html)。作品同様にいい雰囲気である。

◆ タタミ、ひとつのセカイ
 しばらくの間、旅行というものをしていた。いくつかの宿というものに泊まっていた。実は僕という人間は自分の部屋以外で眠るというのがとても苦手だった。その理由はというと、なんというか、怖いなぁというのがあったのだけど(笑)。でも、何度か宿というものに泊まって、こうした感情は少しは克服できているみたいだった。今回、そんなことよりも大きなショックを受けたことがあった。それは畳だった。ある宿で畳の数を数えてみると6枚。僕が普段生活して寝ている部屋も畳の数は6枚である。しかし、どう考えてもその大きさは違うのであった。マンションサイズという言葉はある。畳の大きさが違うということも知っていた。けれど、こんなにも違っているのかと、とても寂しい気持ちにさえなってきた。
 子供の頃、住んでいたところはアパートだったりしていた。狭いところに家族5人で暮らしていた。僕だけでなく、その頃の時代はとにかく狭かった。けれど、畳は大きかったはずである。6畳という大きさを想像してみる。けれど、その大きさというものは僕の中で混乱してしまっているのだ。そのことが何よりも寂しい。思い出というものが何かに壊されてしまっていくようだ。過去のことだけでなく、未来というものも、次第に小さくなってしまっていくような感じがしてしまっている。

◆ 戦の映像
 NHK−BSで放送された黒澤明監督の映画『影武者』をやっと見終わった。途中旅行に行っていたということもあるのだが、ひと月くらいちょびちょちと見ていたのではないだろうか。内容としてはよくわからないところもあったが、戦国時代の戦、その映像には確かに迫力があった。小さなテレビの画面でその素晴らしさはわからないのかもしれないかも。
 まだまだ黒澤映画の録画テープはいくつか残っている。この黒澤明と、小津安二郎と、北野武の映画をひと通り観ないことには国際人とは言えないのだろうと思ったりしているのだけど。

◆ お酒について
「北海道」という居酒屋でカニ鍋を食べながら飲んだ。どうしてカニ鍋かというと、安かったというのが一番の理由だった。僕はこうした食べるのが面倒なのはちょっと苦手なのであったのだが。カニ自体は美味しかったのだけど、やはり鍋としてはふうふう言いながら食べる美味しさという点で僕の好みではなかったようだ。
 とにかく美味しい鍋をつっつきながら、酒をちびちび飲むというのがこの寒くなった季節の楽しいのはずだった。ほんとうにこの数日でめっきり寒くなり、僕は厚手の毛布で眠り、茶碗洗いも暖かなお湯を使うようになっていた。
 この日、僕はウーロン杯を飲み、利き酒セット(3種類が飲めるようになっている)を飲んだ。なんと、これですっかり酔ってしまったのだ。しばらく前は身体の調子が悪くてあまり飲めなかった、旅行に行っている間アルコールは全く飲まなかった。久しぶりに体調がいい状態での酒飲みだったのだが、とてつもなく弱くなっている状態に気がついてしまった。これでは、「酒が好きだよ」という女性と2人で飲みに行くという状況があったとしても、すぐにダウンしてしまうようだ。
 けれどこの時一緒に飲んでいた人は、「すぐに酔えるということは腸や肝臓が健康だということだよ」と言ってくれた。物事は前向きに考えるようにしようと思う。1杯で、3杯分くらいの酔いの状態を味わえるということは、財布にとってもとても優しいことだ。

◆ 朗読
 先日読んだ『天国の本屋』がけっこう良かったので、その第2弾の本も読むことにした。松久淳+田中渉著『うつしいろのゆめ 天国の本屋2』(木楽舎)はなぜか全作と出版社が違っている(笑)。ちょっと本の装丁も違っているのかな。内容は、ちょっとまだ筆がなぁという感じがしないでもないが、まあまあいい雰囲気。とても楽しめた本でした。
 このシリーズでは、朗読の場面というものが出てくる。これがいいのである。特別にいいのではない、自然な良さというのか。朗読のある本屋はどこかにないものだろうか。

◆ 伝説のラーメン
 仕事の帰りに「ファミリーマート」でうろうろしていると、カップラーメンがまたまた新しくなっていることに気づいた。最近は本当にいろいろな店の名前のついたラーメンが登場している。あれっと思いよく見ると懐かしい名前が。それは「赤湯からみそラーメン 龍上海」(http://www.ryushanhai.com)というカップラーメンだった。実は僕はこの本店の近くに住んでいたことがあった。山形県の南部ではこの「龍上海」という名のラーメンが本当に美味いと有名になっている。ついに全国区になってしまうのか。僕も昔、仕事の帰りというか途中に先輩に連れられてこの店で食べたものだった。正直に言って、最近話題になっている東京にある行列のできるお店なんかよりも数段美味いと思う。ちなみに、この赤湯というところは温泉街がある。お風呂に入り、夕食を楽しむ。その後街の飲み屋で一杯やる。それでもって最後にこの龍上海でラーメンを食べるというのが、最上級の楽しみ方なのである。そのことからもわかるように、そんなに辛くはないのだけど。酔っていてもお腹がいっぱいでも、とても美味しく食べられる辛さなのだ。このカップラーメンはその味とは全く違ったものだった(笑)。僕のお腹にはちょっと強烈すぎだわ(笑)。

◆ 公園について
 普段はあまり行かない東京の西の方へと用事があって出かけた。帰りに公園というものに行ってみようと思い「国営昭和記念公園」(http://www.ktr.mlit.go.jp/showa/)で午後のひと時を過ごした。広くていいところだよ、と風の噂には聞いていたのだが、本当に広いところだった。しかし、僕はこの公園を歩いていてあまり楽しい気持ちにはなれなかった。緑がいっぱいある。綺麗である。でも、それはコンクリートのビルと同じように思えてしまった。緑があって、湖があって、芝生があるから安らげるかというと、そうでもないのかもしれない。新宿御苑は良かったのだけどな。
 あまりいい印象を持てなかった理由がもうひとつあった。もの凄く多くの人がいたのだけど、その99%がアベックと家族なのである。しかも、デジカメからビデオやらで撮影に大忙し。まあ、僕もデジカメで写真を撮っていたのだけど、途中から嫌になってしまった。もちろん、誰かと一緒に行けばいいじゃん、と言われたらそれまでであるけど。合う合わないという好みもあるのかもしれない。例えば僕はこの昭和記念公園なんぞよりも、石神井公園(http://www.tokyo-park.or.jp/kouen/park.cgi?id=32)の、近所のお爺さんが一人で散歩をしたり、絵を描いている人なんかがいる風景の方が落ち着いたりする。特に、三宝寺池の周りなんかは最高である。ここだけは東京ではなく、東北の海坂藩のようである。大きな芝生はないけれど、とても一人でいることが自然な感じがする。
 人には2つのタイプがあるのだろうか。公園占いとかあったら、かなり鋭い占いになりそうだけど。と思ったら本当にあったわ(http://www.horae.dti.ne.jp/~shine/park/)、やれやれ(笑)。ちょっと僕の考える公園占いとは違ったけれど。ちなみに、僕は「噴水」だった。まあ別にどうでもいいけどさ。そう言えば、ベンチって最近の公園にはあまりないような気がするけど。
 ちなみに、昭和記念公園は有料(400円)だった。そんなところが僕の印象の悪さに繋がっているのかもしれないか(笑)。

◆ 映像
 久しぶりに映画を見に行った。サウ・メンデス監督『ロード・トゥ・パーディション』(http://www.foxjapan.com/movies/roadtoperdition/)という、30年代、大恐慌下のシカゴを舞台とした映画。かなり良かった。ストーリーもいいのだが、それよりもこの映像が素晴らしい。1930年代というのは、まだ戦前の話である。もちろん僕はその時代の風景というものをよく知らないのだけど、服装、建物など、とてもリアルな雰囲気。車なんてどうやってあれだけの数を集めたのだろうかと思ってしまうほど。チカラの入った、十分にお金の掛かったハリウッド映画もいいものだとつくづく思ってしまった。また、映画を見に行こう。

◆ ベストセラー
 書店では『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』(http://www.sayzansha.com/)のコーナーが威張っている(笑)。その本がないのに、コーナーばかりが目立っているというのも不思議なものだ。実は僕はこのシリーズを読んでいないのである。最初の『ハリー・ポッターと賢者の石』を30ページくらい読んで挫折してしまっているのだ。たぶん、これからも読むことはないと思う。だいたいにして僕はB型の性格なもので、世間でこんなにも騒がれてしまうとソッポを向けたくなってしまう。それにしても、どうしてこんなにこのシリーズは読まれるのだろうか。謎である。ベストセラーのリストに名前があっても、宗教本と同じようにしか感じられないのだけど。
 ちなみに、「原文は味わい深いのだけど、この訳は読む気がしなくて……」ということを言っていた知り合いがいた。僕もたまにはこういう大したことを言ってみたいものだけど。

◆ 規制というもの
 千代田区で煙草の路上禁煙条例というものが11月1日に始まった(http://www.asahi.com/national/update/1101/013.htmlhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20021102-00000003-mai-l13http://www.nikkansports.com/news/society/p-so-tp0-021102-06.html)。路上で煙草を吸えば2000円が徴収されてしまうというものである。最初はニュースで取り上げられ注目されたわけだが、今後どのようになっていくのだろうか。僕は煙草は吸わないので、基本的に路上で煙草を吸っている人に対していい感情は持っていない。けれど、ポケット灰皿を持っている人もいるわけだし、何よりも見つからなければよいのかということもあり、とても運営の難しい条例であることは確かだろう。
 それにしても、条例という形の決まりごとになってしまうことは、少しばかり悲しいことでもある。例えば、中学や高校の頃はこうした決まりごとはもの凄く嫌だった。「肩掛け鞄の襷がけの禁止」「髪の長さ」「ソックスのライン&ポイントについての規制」「スカートの長さ」(なぜか短い規制というの無かったと思う……)などなど、信じられないような決まりごとがあり、生徒集会で議論したこともあった。しかし、少しは大人というものになって思うことは、守れない人がいるならば、決まりごとを強化するようにする必要もあるのではないかということである。話をしてわかってもらえない人というのも、やっぱりいるわけである。決まりごとだらけの社会に住みたいとも思わないけれど。
 やや話は変わるが、ぜひ作って欲しい条例、法律というものがある。映画館でのことである。携帯電話禁止と予告編の時に注意があるので、さすがに話をする人はいないが、本編が上映されているときに、あの液晶の画面を光らせる人があまりにも多い。言ってもわからないのだろうか。ぜひこれは罰金を取るべきだと僕は思っているのだ。観ている映画が、これで冷めてしまうのだ。高いお金を払って、映画の世界にいるわけなのだから現実を忘れればいいと思うのだけど。

◆ 秀吉について
 司馬遼太郎の『新史太閤記(上)』(新潮文庫)をやっと読み終えた。とはいえ、まだまだ前編を読み終えたばかりで、これから後半を読むところである。それにしても、こうした本を読むと必ずしも織田信長が強いというわけではなかったようである。歴史で勉強した安土桃山時代になっていても、あちこちが敵ばかり。なぜ彼が天下を取ったかと言えば、地理的な優位もあるだろうけどそれよりも、「望んだ」ということが大きかったのではないかと思う。
 こうした歴史ものにおいて、誰かを中心にして歴史を描いていくならば、若干の偏りも出てくるだろう。それでも、NHKの『利家とまつ』での豊臣秀吉がひどく描かれていると思っているのは僕だけだろうか。

◆ なかなか難しい
 NHK−BSで放送された黒澤明監督の映画『虎の尾を踏む男達』を見た。なんとこの作品は昭和20年のもの。実はよくわからなかったのだけど(笑)。とにかくひとつひとつの作品をちゃんと見てみようと思っている。ところで、「黒澤明記念館」(http://www.kurosawa-akira.com/)というウェブサイトを見つけてしまった。これもよくわからなかったけど。

◆ 回転中華
 少し前までよく行っていた「新新園」という中華の店がリニューアルオープンした。なんと、「KAITEN」という名前が前の方にくっついた。
 新しい店内は明るくとても良い雰囲気。真ん中には回転寿司を同じレーンがあった。そう、僕はこういうお店の誕生を望んでいたのであった。回転寿司のいいところというのは、安い値段で少しずついくつもの種類を食べることができる。仮に1人や2人で中華のお店に入った場合、量は多く、種類を食べることはできない。
 少しの期待を持って僕はこの店に入った。しかし……(笑)。あまり回転している意味がないような。前のお店の値段と量がちょっと下がったような状態。正直なところ、量の方が大幅に減ってしまったような感じ。ちなみに回転するレーンの真ん中は、飲み物のコーナーになっていた。見えるところで、ガンガンと美味しそうに鍋を振ってくれたらよかったのにね。こんなことを書いていいのかなと思いつつ、ちょっと飲んでいるので書いてしまうのであった。

◆ 占い
 公園占いについて調べてみたら、占いというものが山のようにあることを知った。他にもあるのかもしれないけど、この「占い・鑑定で遊ぶ」(http://wa-i.com/uranai.htm)というところではもの凄い数のインターネットの占いが載っていた。読書についてのWEBを主催している者として、「作家占い」(http://www.crekin.net/uranai/top.htm)を試してみることにした。結果は宮沢賢治だった。金運がもの凄くないんだね(笑)。この作家の本はこれまでほとんど読んだことがないので、ちょっとは読んでみようと思う。ちなみに、「千人切り占い」(http://omaru.cside.tv/pcura/1000giri.html)では141人だった。これは少ない方なのだろうか……。もうひとつ、「URL占い」(http://www.yk.rim.or.jp/%7Ehmatsu/office/url.html)というものをやってみた。ドルフィンホテルというサイトは凶だったんだね……。ちょっとショックを受けている。



かなり遅れているような気はしているけれど #4

2002/11/15

◆ 未来のオフ会
 秋のオフ会というものを予定していた。けれど、最後の最後で中止ということにしてしまった。参加者の人数が3人しかいなかったというのが理由である。まあ、それで実行してもいいというか、これまではそうやってきたのだけど、一人は遠方から何時間も掛けて来るという人だったこともあり、今回は止めることにしたのであった。何かをやるには勢いというものが必要である。たぶん、僕と、ドルフィンホテルはこの勢いというものを失っているのだろうと、今回は考えてしまった。もちろん、サイトの中味がつまらないことが理由だと言われてしまえばそれまでなのだけど。でもな、10年も続けて行けば勢いが無くなることは自然なことでもあるはず。
 だいぶ前のことだけど、遠い未来のオフ会というものを考えていたことがあった(その頃はまだまだ夢多き少年だった!?)。「縁側オフ」という名前がいいと思っていた。もう参加者は歳をとり、よぼよぼの状態になっている。晴れた日にどこかの家(老人ホームとかかもしれない)の縁側でお茶を飲みながら、本の話をするのである。みんな耳が遠くなっていて、何度も同じ話が繰り返されたりしている。
 でも、よーく考えてみるとあんまり参加したくないかな(笑)。

◆ おしゃれ魂
 岸本葉子さんの『おしゃれ魂』(光文社知恵の森文庫)を読んだ。この本は岸本さんの本にしては珍しい書き下ろしである。おまけに文庫、とってもお徳だ。内容はタイトル通り、おしゃれについての話。面白く読んだのだけど、正直なところオトコの僕が読んでいいものかと思ってしまった。なにせ、スカートの話から始まるのだが、下着の線が出るとか出ないとかという話が思いっきり書かれているのである(笑)。まあなんというか、女性だけのお話というものがこの本の中には詰まっているのであった。
 この本にはところどころに4コマ漫画が入っている。藤井リエのイラストなのだけど、本文に合わせた楽しい漫画になっている。僕は密かに藤井リエさんのファンになっているのであった。

◆ 四季
 キタノタケシ監督の『Dolls(ドールズ)』(http://office-kitano.co.jp/dolls/)を見た。実はこの監督の映画をちゃんと見たのは初めてだったのではないだろうか。不安な気持ちを持ちながら見たのだけど、けっこう良かった。ただ、映像に対して脚本は僕の好みでなかった部分もあったけど。良いなぁ、という場面が凄くいいので、そうでないところが気になってしまうということもあるのかもしれない。
 とにかく映画館のスクリーンでこそ見て良かった映画だった。ここが日本なのか?というくらい綺麗な映像が連続して出てくる。それも四季の彩りが飛び込んでくるような感じ。ロケをやった場所を調べて行ってみたいと思ったりもする。

◆ 映画チケット
 映画を見るときに、はじめて激安チケット屋さんを利用した。通常1800円のものを1300円で売っていたのだが、購入しようとしたら店の人は1200円の株主優待券を売ってくれた。600円も得したことになった。映画のチケットはいくつもの種類が置いてあった。
 これからもこの激安チケットを利用しようか少しばかり悩んでいる。映画も本と同じように印税のある創作である。そういう意味で、抵抗があるというかまあなんというか……。

◆ 餃子
 池袋・サンシャインシティ内ナンジャタウンにある「池袋餃子スタジアム」というところに行って餃子を食べてきた。このナンジャタウンという中に入ったこと自体が実は初めてだったのだけど、まあまあ面白いところではあった。ちょっと昔風の街の中に餃子のお店がいっぱいあって日本中の餃子を食べることができるのである。
 複数で行ったこともあり、一軒一軒を食べ歩くのではなく、手分けして買ってきたところで一気に食べた。美味しかったのだけど、暗いこともあり、どの餃子がどの店のものかなど、まったくわからない状態だった。
 ゆっくりと街を歩きながらひとつひとつの味を楽しむのがこういうところの良さなのだろうね。ただ、必ずアベックでなければ行けないような雰囲気だったのだけど。

◆ 編集者
 朝日新聞の11月11日夕刊の「惜別」というコーナーに、ある編集者が載っていた。9月28日に死去した坂本一亀という元「文芸」の編集長だった人である。
 編集者の名前がこのようにメディアに出ることは少ない。当たり前のこだが本というものは作家が書いている。しかし、その影に隠れた編集者の存在というものは実はとても大きいはずである。亡くなった後になってこうして名前が出てくることはなんと寂しいことなのだろうか。インターネットでこの坂本一亀という名前を検索してもほとんど引っかかることはなかった。新聞の記事には、椎名鱗三、三島由紀夫、野間宏、小田実という作家の名前があり「戦後文学を代表する編集者だった」と書かれていた。
 実はこの編集者のことは、苗字だけは聞いたことがあった。それは、音楽家の坂本龍一の父親が編集者をやっていたというものだった。

◆ 文章法
 野口悠紀雄(http://www.noguchi.co.jp/)著『「超」文章法』(中公新書)を読んだ。これはかなり面白かった。これまでいくつかの文章読本というものを読んできたけれど、たぶんこの本は最も現代の多くの人の問題にあった実践的なものと言えるのではないだろうか。著者はこの本について「将来の執筆のためにチェックリストとマニュアルを作ろうとしている」とそのプロローグで書いているのだが、誰もが使えるものとなっている。
 しかし、この本の面白さは実用書としてのことだけではない。具体例がこの社会を反映しているようで、笑えてしまう。新聞記者やライターと仕事をしたことも書かれている。ちょっとしたところに、社会に対してのメッセージが感じられて引き込まれてしまうのである。

◆ 日常と旅
 少し前にテレビ東京で放送された『男はつらいよ・寅次郎のハイビスカスの花』のビデオをようやく見た。寅さんがプロポーズをする話である。それにしても。寅さんという人は不器用というか、見ていて悲しくなってきてしまった。
 先日読んだ野口悠紀雄著『「超」文章法』(中公新書)と絡めて少し書いてみたい。この本の中の「骨組みを作る」という章の中に、「日常VS旅、善VS悪が基本」ということで書かれているところがある。『指輪物語』『オズの魔法使い』『桃太郎』といったよくある物語というものは、日常から離れ旅をする。そしてなぜか最後にはまた日常に帰ってくる。日常というものが、善であるとするならば、旅は悪ということにもなる。
 そうやって考えると、旅を続ける寅さんという存在はとても寂しい。柴又の日常というのはほんのひと時を過ごす場所でしかないのかもしれない。

◆ パックのお寿司
 仕事帰り晩御飯は何にしようかと少し悩んだ。自分の心と胃袋に相談し、このところ食べていないお寿司を食べることにした。問題はどこで食べるか。行きつけの寿司屋なんてものは僕にはない。回転寿司の店に行こうかとも思ったが、どうにもあの狭い椅子はこの日の気分ではなかった。スーパーでパックのお寿司を買おう。次第に僕の晩御飯は現実へと近づいて行った。
 パックのお寿司と言っても、大きく分けて僕には3つの選択があった。ひとつはその名の通り、スーパーのお惣菜コーナーにあるお寿司。他にはレジの外にある、「ちよだ鮨」というところ。それともうひとつ、お寿司屋さんでパックの寿司をつくっているところもある。
 普段は安いということもあり、レジ内のスーパーのものを買っているのだけど、この日は普段と別のものが食べたい気持ちがあり、「ちよだ鮨」のお寿司を買った。店の前を悩んで見ている途中に、なんと20%引きから30%に下がってしまう。ラッキー、素晴らしいことだ。けっこうな量を買っても1000円とちょっとだった。
 部屋に帰りリッチな(?)晩御飯を食べた。なかなか美味しく満足したのだけど、おもしろかったのはこのパックの底にあった。外から見るとよくあるプラスチックの容器なのだけど、お寿司の置かれている底のところが、健康サンダルのようにブツブツの出っ張りがある。持って帰るときに、多少横になっても倒れることはないのだ。ちゃんと部屋に着いても美味しそうな見た目が崩れることはなかった。ささやかなことなのかもしれないけど、こうした工夫というのはとても嬉しい。

◆ 節約法
 岸本葉子さんの本を読んでいると、節約するゾという気持ちが湧いてくる。道で配られるティッシュをどんどんもらったりしている今日この頃である。そのティッシュを使っているかというと、溜めているだけなのであまり節約にはなっていないのだけど。
 そんなある日、ふと冷蔵庫の中を覗いてみると、小さな醤油の袋がいっぱい溜まっていることに気がついた。お寿司やお弁当など、醤油の子袋が入っているのだけどほとんど使うことはない。家で食べるのであれば家の醤油を使うし、そもそも弁当というもの自体味が濃いのでわざわざ付いている醤油を使おうとは思わないのである。
 たまたま、長年生活を友にしているグッドデザインマークのついた「しょうゆさし」が空になっているところで、僕はそこに醤油の子袋を入れてみた。どんどん入れるとけっこうな量になった。どうやら僕は、ひとつの節約法を発見したようだった。少し寂しい気持ちも同時にあったのだけど。

◆ 倉庫
 街のお店のディスプレイはすっかりクリスマスモードとなってしまった。お店の中に大きなクリスマスツリーもあったりしていて、あまりにも華やかである。
 しかし、毎年毎年思うのだけど、こうしたクリスマスグッズというものはこれまでどこに隠れていたのだろうか。東京という街の何倍かの大きさの倉庫がどこかにあるような気がするのだけど。

◆ 全集
 あと数日で「村上春樹全作品1990〜2000」の刊行が始まる。全7冊を買って行こうと思っている。「村上春樹全作品1979〜1989」もちゃんと買っていて、なぜか僕の部屋の本棚には9冊ある(笑)。この前のときの全集は出たときには買えなかった。恥ずかしながらお金がなかったのだ。なにもかも切り詰めた暮らしをしていた。今もそんなに何かが変わっているわけではないけれど。
 少しばかり僕の生活にゆとりのようなものが出てきたところで、一冊一冊少しずつ買い集めた。その頃には書店に全8冊が並んでいることもなく(何冊か欠けた状態で並んでいるような状態だった)、キレイな状態の本を探して歩いた。そして、全部が揃ったと喜んで本棚を見たら9冊になっていたのだった。
 村上春樹の本は基本的に全て読んでいるので、この全集で読み返すということはなかった。この全集を部屋に並べるということは、僕自身へのご褒美のようなものだった。
 それにしても、本というものは面白いものである。単行本、文庫本、全集と同じ小説でも何種類かが発売される。人もジーンズや、高いスーツを着たり。安アパートに住んだり、一軒家に住んだり。自分のことを少し考えたりしている。中味は同じなのだけどね。

◆ 結婚適齢期
 インターネットの占いというものが面白いということがわかった。この読者夜話でネタに困ったときには、どこかで占ってその結果を出すことにしたいと思う。ほんとうに数多くの占い・鑑定というものが存在しているのである。
「あなたの結婚適齢期を鑑定します!」(http://with2.net/nandemo/marry.html)というサイトが気になった。まあ一応独身なもので。
 結果は……。なんと僕の結婚適齢期は10年も前に過ぎてしまっていた。しかも、「恋愛成功率」「恋愛支配率」「恋愛臆病度」という分類ごとにランクが出るのだけど、3つのうち2つが最低であろうFランクがついていた。
「あなたの運命はもう既に決まっているのです」と書かれている……。
 でもさ、未婚で適齢期が過ぎてしまったという人はまあ諦めもつくのだろうけど、幸せな結婚生活を送っている2人の結婚適齢期がそれぞれ数年先だったら、どうなるのだろうか。

◆ 酔いどれ天使
 NHK−BSで放送された黒澤明監督の映画『酔いどれ天使』を見た。モノクロの画面がなんとも言えなく良かった。やっとクロサワ映画が面白いということを感じるようになってきたような気がしている。それにしても、キャバレーで踊ったりする場面が出てくるのだけど、時代の変化というものは面白いね。

◆ 手帳
 書店、文房具店では、今多くの手帳が置かれている。僕も毎年買っているのでそろそろ手帳探しをしなければと思っている。ここ数年、日本法令のポケットブレーンUという手帳を使っている。その前にはシステム手帳を使ったり、いくつかの手帳を使ったけれど、今使っているのが市販のものでは一番気に入っている。
 何がいいかというと、ズボンの後ろポケットに入るということである。上着を着ているときには、大きかったり長かったりしても、ポケットに入れば大きさは問題はない。しかし、夏場など上着を着ない季節になると、どこに手帳を入れるかということが問題になってしまう。
 手帳というものは、すぐに手の取れるところになければ用をなさないというのが僕の考えである。気づいたときにすぐ確認したり、何かをメモしたり。小さく後ろポケットに入る、というのが一番の条件である。しかし、この条件でちゃんと毎日の書き込み欄があってとなると、選択はほとんど無くなってしまう。もっと小さくもっと薄く、かつ丈夫というのが、今以上の希望なのだけど、たぶんこれは市販のものでは無理な雰囲気。だいたいにして、後ろポケットに入れるとどうしても傷むために、9ヶ月くらいでボロボロになってしまうのである。
 こういう手帳をオーダーメイドで作ってくれるところがあればいいと思う。1年間使うものだから、ちょっとくらい高くてもかまわないと思うのだけど。



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