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読書夜話2002年11月

夜は冷えるけれど、電車の中は暑くて 2002/11 #1


2002/11/22
◆ アニメ
 我が家では(というほどのものでもないが)ケーブルテレビに加入している。地上波の放送局を別にすれば27局ほど見ることができる。しかし、見る番組はというとせいぜいスポーツ番組くらい。ほとんどの番組は見ることもなく、ただ通り過ぎていた。チャンネルをスイッチさせて遊んでいるときだった。なんと「アルプスの少女ハイジ」の映像が流れていた。懐かしい。なんと次の番組は「宇宙戦艦ヤマト」だった。おおぉ。けれど、よーく考えてみると、この2つの番組は裏番組の関係にあったのではないだろうか。もちろんリアルタイムで放送されていた当時、僕の住んでいたところは民放が2局しかなかったので、都会の状態はわからない。確か土曜日の夜7時半からだったのではないだろうか。僕は「アルプスの少女ハイジ」を見て、クララが立ったところで涙していた。この歴史的なアニメが終了したところで、僕は裏番組だった「宇宙戦艦ヤマト」を見始めた。少したったところで、松本零士の描く世界にはまってしまい、「宇宙海賊キャプテンハーロック」「クィーンエメラルダス」「潜水艦スーパー99」「男おいどん」「セクサロイド」といった世界の虜になってしまったのだった。
 ちなみに放送局はファミリー劇場(http://www.fami-geki.com/)というところ。懐かしい番組がずらりと並んでいる。こんなの見てたら、本は読めないし、この夜話も書けないよな。

◆ ノーム・チェムスキー
 渋谷のユーユーロスペース(http://www.eurospace.co.jp/)というところまで映画を見にいった。とても小さな映画館だった。ちなみにユーロスペース1の客席数が75、ユーロスペース2が106である。着いたときにはまだ開場時間の前で、数人が並んでいた。僕の前にいたのは女性のグループだった。いつもこうやって映画を見ているような雰囲気だった。映画というのはロードショーだけでない、もうひとつの形があることを感じながら館内へと入った。
 見た映画は『チョムスキー9.11 Power and Terror』(http://www.cine.co.jp/chomsky9.11/)というもの。実はこの映画についてほとんと何も知らなかった。友人に面白いという話を聞いて、まさに口コミで見ることにしたのだ。
 始まってからの74分間、ひと言の台詞も見逃すまいと、字幕を見るのに集中していた。とても面白かった。一見、NHKスペシャルみたいな雰囲気である。ノーム・チョムスキーという人の講演の場面、インタービューが、いくつも場面が変わり、その発言と映像が飛び込んでくる。そういう意味では、こういう映画もあるのかと驚いたりもした。
「9.11」というのは昨年の同時多発テロのあった日である。チェムスキーはアメリカを鋭く批判する。彼の発言の多くは、まわりくどい意見ではない。世界中の事実である。いつ、どの国で、こうしたテロが起こった。そうした話が、映像として流れて行く。
 ノーウ・チェロスキーはメディアで多くの発言をして(http://www.hct.zaq.ne.jp/akubi/chomsky/)、本も出ている。読んでみたいと思う。社会が違って見えてくる。

◆ 鞄の進化を期待する
 少し前のことになるが、鞄を買った。パソコンの入るビジネス用のものだ。以前はユニクロのものを使っていたが、あまりにも多くの人が使っているもので(笑)、新しいものを買ったのであった。最近はパソコンを入れるという目的の鞄が本当に増えてきている。持っている人も多いだろう。パソコンにとっての鞄というのは、ちゃんと進化している。ペンを入れるところがあり、小銭を入れるところがあり、携帯電話を入れるところがあり、秘密のポケットもある。もの凄い進化だ。しかし、僕は少しばかり別の不満も持っているのだ。
 恥ずかしながら、僕は鞄に弁当箱を入れたりする。しかし、鞄というのは弁当箱を入れるようには、あまり出来ていないようなのである。例えば、仮に弁当の汁が漏れてしまっても、他のところまで被害が出ないようなセパレートされた防水機能などぜひ欲しい。なぜパソコンのためのクッションがあって、弁当のためのフォローがないのだ。箸入れだって、コンパクトに収まるように出来ていれば。もちろん、弁当箱の方にも不満はある。鞄にちゃんと入る弁当箱というのはとても少ない。段重ねになっている弁当箱はどうやったって、ビジネス用の鞄には入らない。横に広いやつは入ったとしても、当然弁当は横になってしまうので、中身の形が崩れてしまう。汁漏れの危険性も大きい。ビジネスバックにうまく収まるような弁当箱というものはないのだろうか。仕事の出来るビジネスマンは外食しかしてはいけないというのか。外食ばかりでは健康を保つのは難しい時代になっているのではないだろうか。塩分を控えめに、プリン体の入った食べ物を控えるように、とお医者さんから言われているビジネスマンはどうしているのか……。鞄と、弁当箱の進化を期待する今日この頃である。

◆ 食べ放題
 数ヶ月ぶりに「食べ放題」というのをやっているお店に入った。新宿に出たときに、お昼ご飯をどこで食べようなと悩んだ末の結論だった。普通のランチでは、量的にちょっと物足りない。量の問題というだけでなく、おかずがほぼ一品しかないナンタラ定食というのは、どうにも食べていて寂しいのである。おかずの量は少なくても構わないので3品しらいのメインのおかずがあったら嬉しいのだけど。そんなわけで食べ放題というのは好きだった。しかし、いつの間にかランチの食べ放題というのは減ってきているような気がする。寂しいことだ。
 この日僕の入ったのは「すき焼き・しゃぶしゃぶ食べ放題」の店だった。席についてよーく考えてみるとおかずは一種類しかない。人生とは難しいものだ。すき焼きを食べるに食べた。肉を4皿、野菜を2皿、タマゴは3個。ひと昔前だったならもっと食べられたのかもしれないけれど、今の僕にはこれが精一杯だった。食べ終えたあとにはいつも必ず思う。もう僕も若くはないのだ。食べ放題なんてもうやめよう、と。

◆ 大切だと思うこと
 NHK−BS『週刊ブックレビュー』(http://www.nhk.or.jp/book/)11月17日放送の今週の1冊で『天国の本屋』(かまくら春秋社)が取りあげられていた。最初は売れなかった本が大きな宣伝もなく評判になったということは知っていた。けれど、具体的に何がどうなったかは全く知らなかった。きっかけとなった盛岡市内の書店の店長のインタビューが出ていた。この本は最初カバーが付いていなかったのだという。出版社の方に要望を出して、それから「贈り物に最適」などと店頭で宣伝して売れて行ったのだという。ちなみに、続編の『うつしいろのゆめ 天国の本屋2』(木楽舎)はカバーが付いていない。どうしてなんだろう。
 このコーナーではあんまり評判はよくなかったような感じがした(笑)。正直なところちょとなぁと思うところは僕にもあった。けれど、短所のようなところを取りあげて何だかんだと論じるのはどうかと思うのだ。この『天国の本屋』の圧倒的に素晴らしいところは、本が好きだというピュアなところだ。本にとって最も大切な部分ではないか。ちなみに、ゲストの角田光代は(初めて見てしまった!)とても好意的に語ってくれていた。

◆ まだ見ぬ作家の表情
 そうなのだ。『週刊ブックレビュー』には角田光代が出ていた。これまで本に載っている写真でしか見たことはなかった。ナマ角田光代をやっと見ることができた。最近はご無沙汰しているけど、彼女の作品はけっこう読んでいる。これからも期待できる作家だと思う。直木賞を取って、誰もが知る存在になるのではないだろうか。
 それにしてもこの番組はいろいろな作家が登場している。前の週には川上弘美も出ていた。その前には藤田香織も出ていた。そのうち森絵都が出てこないかと期待しているのだけど。

◆ 日常の中のひとつの風景
 世の中には実に多くの変わった人がいる。もちろん本人は変わっているとは思っていないのだろうけど。先日、スターバックスでホットココアを飲んでいたときのことだ。ちなみに僕はコーヒーは飲まないことにしているので、どうしてもお子ちゃまメニューになってしまう。店内の中央付近を占拠していた、井戸端会議奥様たちが去って少し経った頃だった。ちなみに、こういう人たちはやたらと声が大きい。でも綺麗な人も多い。
 ある男性が席に座った。すぐに立ち上がり、少し広い床のところに両膝をついた。手に持っている新聞を床に大きく広げ出した。そして丁寧に丁寧にたたんでいった。まあ、わからなくはない。自宅であれば、だらしなくなってしまった新聞をきっちりと折りたたむこともあるかもしれない。しかし、ここはスターバックスなのである。ソファーに座っている4人の女性グループは、何度もその光景を横目で見て、ただひたすら笑いを堪えていた。僕はその両者を見て笑いを堪えていたのだった。

◆ 七人の侍
 NHK−BSで放送された黒澤明監督の映画『七人の侍』を見た。伝説となっている映画である。確かに凄い映画だった。映画館の大きなスクリーンで上映されたなら、ぜひ見に行きたいと思った。
 ある場面、「あなたは素晴らしい人だ」という台詞がある。この言葉だけを取ったならば、少しばかり陳腐に感じるかもしれない。しかし、この映画では素晴らしい言葉になっているのである。人が生きて行く中での、いろいろな感情がこの映画の中には表現されているようだった。

◆ 高層マンション
 僕の部屋から駅への途中、高層マンションの建築が進んでいる。ついこの間まではラーメン屋さんがあったところだ。よくあるサッポロラーメン。誰もが夜中にふとラーメンを食べたくなることがあるだろう。サンダルを履いて、何度か食べに行ったことがあった。
 いつの間にかいくつかの建物は消えてしまい、更地になり、地下が深く掘られていた。今は通るたびに鉄筋が高く積み重なって行く。実はこの建設中マンションの隣には1年ほど前に出来たばかりのマンションがある。眺めは良さそうだった。けれど、その眺めは大きく遮られることになりそうだ。マンション建設の反対運動というのはよくある。マンションの住民が、こうした反対運動をするということはあるのだろうか。
(注)写真はあくまでもイメージで、この話とは関係ないのでした。

◆ 我が青春に悔はあるけれど
 NHK−BSで放送された黒澤明監督の映画『我が青春に悔なし』を見た。なんと、太平洋戦争の前からの話である。戦後の風景よりも、戦前の風景の方がより現代に近いような感じがした。それにしても、髪型や化粧など、見ているだけでけっこう面白いものがある。

◆ グローバリゼーション
「グローバリゼーション」という言葉が最近よく使われる。僕は正直なところあまり好きな言葉ではない。でも、世の中はこういう方向に動いているようだ。「WRESTLE−1」というプロレスのイベントを見たとき、僕はこのグローバリゼーションという言葉を強く感じてしまった。
 僕は、子供の頃からのプロレスファンだった。その頃は、全日本プロレスと、新日本プロレスが独自の路線を歩んでいた(国際プロレスというのもあったが)。なんというかアメリカとソビエトの対立と似たようなものがあった。もちろん、ファンとしては交流というものがあれば、と常に思っていた。鶴田と藤波が戦ったならば……。もっと他にもプロレス団体があってもいいんじゃないか……。
 時代は変わった。プロレスの世界は確かに自由になった。今は数え切れないくらいの団体がある。プロレスと格闘技の垣根は無くなり、異種格闘技戦なんて言葉も使われなくなった。こういうことがグローバリゼーションなのかもしれないと僕は感じたのだった。
 けれど、WRESTLE−1を見ていて、あまり面白くないのである。手打ちの蕎麦に味噌ラーメンのスープをかけているといった感じだろうか。プライドというものが感じられないような気がするのだが。
 そうそう、僕はWRESTLE−1を見て「ギブアップまで待てない!」を思い出してしまった。こんなこと書いてもほとんどの人が知らないと思うけど。

◆ 闇とは
 梁石日『闇の子供たち』(解放出版社)を読んだ。かなり衝撃的な内容だった。いい本は人に薦めたい。けれど、この本をぜひ読んで欲しいとは言いにくい。決して楽しい読書ではないからだ。この本を読むということは、世界の現実を見るということでもあるだろう。幼児売春、臓器売買、そういうことがこの本の中でリアルに書かれている。「これは戦争よりも悪質です」とある。問題が大きいのに関わらず、誰もが見て見ぬふりをしている。この小説に書かれていることは本当のことだろうか。大げさに書かれたものだろうと。だぶん読んだ人は思うのかもしれない。読み終わったところで僕はインターネットでこうした問題を調べてみた。この本よりも悲惨といっていいような話が実例として書かれてあった。

◆ 21世紀禁断の総理大臣占い
 今回の占いは「21世紀禁断の総理大臣占い」(http://www.jimin-young.com/new/t00.php3)といものをやっていた。なんと、ここは自民党愛知県連青年部のやっているサイトである。こういうのは、本部でやったら面白いと思うのにね。結果は、僕が総理大臣になったとしたら「IT総理」になるのだという。内閣支持率は49%。小泉さんには負けているのか。それにしても、ITって、何なのだろうか。この占いはセンスが無さすぎだと思うけど。自民党らしいということだろうか……。

◆ 日本代表
 サッカー「日本代表VSアルゼンチン」のゲームを見る。あんまりドキドキすることなく、時間は流れ、ゴールを決められ、試合は終わった。それにしても何でドキドキしないのだろうか。単にサッカーを見ることに飽きてきたのかもしれないね(笑)。あくまでも僕の意見だけど、海外に出た選手はそんなに何度も日本に帰ってきて欲しくない。旅に出たならば、途中で帰ってくることなく旅を続けたほうがいいに決まっている。数ヶ月海外に出ただけで、成長したかどうかなんかを語るのも変な話だと思う。そういう意味で、イングランド部リーグ・ポーツマスの川口能活が楽しみである。今は彼の情報もあまり伝わってこない。日本代表に復帰するのはずっと先のことになるかもしれない。けれど、その時のことを思うと今からドキドキするではないか。ええと、今の日本代表よりも、ジュビロ磐田の方がずっと強いような気がしているのだけど……。これは言ってはいけないことなのか。

◆ 時間が流れて行くということ
 新しい「アリー・myラブ5」(http://www.nhk.or.jp/kaigai/ally5/)が面白くない(笑)。なんでこうキッパリ言い切ってしまったかというと、番組の批判ということではなく、こうした面白くないことは実は身の回りにもあることだと思ったからだ。
 誰でも経験はあるかもしれない。例えば自分がどこか新しい職場なりグループに入ったとしよう。辛いこともあるかもしれないが、少しずつ、楽しい自分の落ち着ける場所となった。けれど時間は経ち、共に歩んできた何人かはこの場所を去っていった。新しくこの場所にいる人達は、いつも楽しそうだ。頭が良く仕事ができ、顔もスタイルも笑顔もいい。自分が作りあげてきた場所なのに、どうにも落ち着かない……。
 しかし、こうした感情は別にして、出演者が変わりすぎなのではないだろうか。ギャラ、その他で揉めてしまったのだろうか。何があったのかはわからないけれど、別のドラマを見ているような気がしてならない。ハッキリ言ってしまうと、「渡る世間は鬼ばかり」みたいな感じがしている(笑)。



もう11月は過ぎてしまうけど…… 2002/11 #2

2002/11/29
◆ お薦めの映画
 新宿テアトルタイムズスクエアで『マーサの幸せレシピ』(http://www.martha.jp/martha/index.htmlhttp://www.millions.co.jp/movie/martha/)という映画を見た。もの凄く面白かった。
 岸本葉子、アリー、ブリジッドジョーンズ、アメリ、この中の何かひとつでもビビビと来るものがあったならば、この映画にはまってしまうのではないだろうか。主人公は30代シングル、仕事はシェフ。仕事には自信を持っている。女性の強い部分と、弱い部分というのが見え隠れしているというのだろうか。
 この映画というのはなんとドイツ映画。街の風景も部屋のインテリアも、ただそれだけで楽しめる。そして何よりも、料理。料理そのものというよりも、作っている場面がとても絵になっていて楽しいのであった。

◆ 単館興行
 それにしても。映画『マーサの幸せレシピ』を多くの人に薦めたいのだが、この文章を書いている時点でも上映されている映画館はほんの数えるほどである。僕が見たときはほぼ満員だったので、これから「おもしろいんだ」という噂がどんどん広まって少しは状況が変わっていくかもしれないが。僕が今年見た映画では『アメリ』も『チョコレート』も単館興行だった。つまらない映画が全国ロードショーになって、ガラガラの状態。何かが違うぞ、と思っているのは僕だけではないと思うけれど。
 しばらく経てば、レンタルビデオ屋さんに大量に並ぶのだろう。でもな、特に『マーサの幸せレシピ』の厨房の雰囲気なんかは、映画館のスクリーンでなければ十分に伝わってこないのではないかと思うのだけど。

◆ 文章読本
 AERA Mook『日本語文章がわかる。』(朝日新聞社)を買った。次から次へど文章読本の書籍が出てくるのだが、ぜんぶ読んでいたならばキリがない(笑)。ついつい買ってしまったのは岸本葉子さんが載っていたからだった。
 でも、他にも多くの作家などの文章が載っていて、かなり楽しめるものとなっているだろう。木村治美、田口ランディ、斎藤美奈子、他にも気になる名前がいくつもある。ひとつひとつの内容もいいのだが、どのページを見ても読みやすいというのが良いのではないだろうか。文章を読むということが十分に意識された創りになっているように感じられた。面倒な話もほとんどない。メールを書いたりということにも参考になるだろうし、作家の文章を書く裏側を覗いたような感じで楽しく読める。

◆ 携帯電話
 この数年、街を歩いていて目に入るのが携帯ショップである。どうしてこんなにも携帯ショップがあるのかが僕は理解できないでいる。正直言って、宣伝の音がうるさかったり、あまりいい感情は持っていない(関係者の方ゴメンナサイ)。もちろん、売ればそれなりのパーセンテージが付いて、大きな利益になっているだろうとこも理解はできる。でも、なんで携帯電話はそういう仕組みになっているのかが理解できない。
 電電公社(ちょっと懐かしい名前)の電話は、通りで売っていたりはしていなかった。毎月ある程度の額が引き落とされるという点では、生命保険とかだってあるが、こんな風に売ってはいない。牛乳だって、ヤクルトだって。なんで携帯電話は電気屋さんで静かに売られないのだろうか。
 携帯電話についてはまだまだ疑問がある。例えば、現在のインターネットいうものは固定料金制になっている。数年前からは信じられないが、今は当たり前のことである。最近ではインターネット電話というものも出てきている。なんて、携帯電話は固定料金制にならないのだろうか。通信手段という点では、インターネットと同じである。一体何が違うというのだ。
 最新の携帯電話では動画を見ることが出来るようにもなっているのだと言う。僕は関心がないので、あくまでも噂でしか知らないのだけど(笑)。こうした流れから考えるならば、そのうち携帯電話でテレビを見ることができるようになるのではなかろうか。その場合、NHKの受信料はどうなるのだろう。歩いている人を捕まえて受信料を支払うように説得するのだろうか。
 僕はどうもあの携帯電話の小さな画面とボタンというものが苦手なのである。使っている若者の皆さんには何ら問題はないようではあるが。しかし、人間というのは老いていくもの。いつか老眼になってしまう日が来るだろう。ファストフードで育った現代の若者は老眼になってしまう日も早いのではなだろうか。その時、現代の使い手は携帯電話をどのようにして使うのであろうか。

◆ シーナ
 フジテレビ『椎名誠のでっかい旅! アマゾン謎の森を行く』で、久しぶりに椎名誠を見た。10年くらい前だったろうか。僕は彼の本が好きで、出た本を次から次へと読んでいた。僕だけでなく、その頃の作家の人気投票などでは、椎名誠の名前はかなり上位に常にあったと思う。そのファンというのは幅が広く、SF小説派、シミジミ小説派、探検エッセイ派(<−勝手に僕がつけた)など、中には他の作家の本は読まないアウトドア派の人もいた。ちなみに、その頃はまだ、娘のことは何ひとつ書かれていなかった。
 久しぶりに見た表情、とても歳を取ったなぁという印象だった。「あやしい」雰囲気はあまりない。考えてみると、目黒孝二や木村晋介も年齢を感じさせる歳であり、だから何だというわけではないけれど。ただ、椎名誠という人は永遠の少年というイメージがあったもので、見ていて「人というのは歳を取るんだなぁ」と少しばかりシミジミしてしまったのだった。最近は娘の渡辺葉の名前もよく見るようになってきたしね。

◆ ノンアルコールビール
 このところ、ノンアルコールビールの売上が伸びているのだという。ビール断ちしている僕にはアルコールが入っていようといまいがビールはビールなので関係ないことだけど。しかし、ノンアルコールビールがあるということは、ノンアルコールワインとか、ノンアルコール日本酒なんてのがあってもいいと思うのだけど。禁酒日をちゃんと設けたいと思っている僕としては、ぜひこういう飲み物をつくって欲しいものである。
 ウーロン茶はノンアルコールウーロンハイだよとか、ヨーグルトはノンアルコールマッカリだよ、なんて言われるとあんまり反論もできないのだけど。

P.S.
 うわぁぁ。まさに、うわぁぁぁ、である。なんとノンアルコールの日本酒が開発されたというニュース(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20021128-00000011-cnc-l17)があった。どんな味なのだろうか。楽しみでもあり、こわくもある(笑)。

◆ 作家への道のり
 日本で小説を書くことで食べて行ける人というのはどのくらいいるのだろうか。例えは、純文学というものを書いている作家などは本はあまり売れない。ベストセラーの作家というのは、ほんとうに一部の人ではないだろうか。
 先日何気なくテレビを見ていたら、借金を返すために小説を書いた、という人が出ていた。僕にとっての小説家のイメージというのは、食えなくてもいい作品を書く、というものであった。食うために、収入を得るということが第1の目的としている小説家がいるということには少しばかり驚いた。借金を返すということは、ただ単に小説家という職業としてやっていくということではないはず。ベストセラー作家になるということである。
 僕はまだ読んだことはないのだけど、山本一力という直木賞を受賞した作家(http://www.yomiuri.co.jp/genki/20020423.htm)は、2億の借金を抱えていたのだという。これだけの金額は当然簡単に返済できるはずもなく、今もこのために作品を書いているのだという。
 いい作品であるならば、書く動機なんて何でもかまわないはずである。逆に考えるならば、2億の借金、それだけどん底まで行ったからこそ作品が書けるのかもしれない。まだ、僕は1冊も読んだことがないので、山本一力の作品世界というものがどのようなものか、わからないけれど。少しばかり読んでみようという気になっている。

◆ リラックスできない温泉
 たまには温泉に入りたいな、と思う。銭湯でもいい。大きなお風呂が好きなので、両手を大きく広げて湯船に肩までゆっくりと浸かりたいと思っている。けれど、自宅とは違ってどうにも、後味が悪いと感じていることがあった。先日、女性と話をしていて、その謎が解けてしまった。
 当然のことなのだけど、外で風呂に入るならば、自宅で使っている石鹸・シャンプー・リンスとは違ったものとなってしまう。僕の場合は特に、匂いが苦手だということと、肌が繊細(?)ということがあり、自宅で使う石鹸はひとつと決めている。昔は実家から貰い物の石鹸が大量に送られてきたことがあったが、香りが肌に残って気持ち悪くてどうしようもなかった。温泉などはそんなに香りの強いものは置かれていないが、後から肌が痒くなったり、なんだか馴染めない。話をした女性の場合は、シャンプー・リンスの方が問題なのだと言っていた。考えてみると、確かにそうなのだろう。自宅では髪のために、けっこうなお値段の製品を使っている人が多い。
 高いお金を払って温泉宿に泊まり、なんて安いシャンプー・リンスを使わなければならないのだろうか、という疑問が出てくるではないか。もちろん僕は、多くの宿、とりわけ高級というところに泊まっているわけではないので、その実態はわからない。いい製品を使っているところもあるかもしれない。しかし、こうした製品というものはただ高ければ良いというものではないはず。その人の肌との相性というものある。
 年に何回かの贅沢な1日を過ごそうというのが温泉宿などでの旅でるはず。石鹸とシャンプー・リンスをずらりと揃えて、選べるようなところがあったらいいと思うのだけど。

◆ 派閥争い
 司馬遼太郎の『新史太閤記・下巻』(新潮文庫)をやっと読み終えた。なぜ、豊臣秀吉が天下を取ったのか? 実は僕にはずっと謎だった。織田信長が死んでしまったと言っても、織田家には子供が残っている。その子供が織田家を相続したならば、織田家の家来であった秀吉が上になるのはおかしい。この後の徳川幕府であれば、まったく考えられない。戦によって、倒してというのであればもちろんわかる。戦もあったのだけど、その辺の話がこの小説を読むことで、少しは見えてきたような感じがした。
 僕なりの解釈では、信長派という派閥の長が亡くなってしまい、その後を継いだことで秀吉派と名前を変えたということになるのだけど、いいのかな。
 なにはともあれ、小説を読むことで知らなかった歴史を体験するというのは、とても楽しいことだ。次に読む司馬遼太郎の本は『城塞』と決めている。豊臣家滅亡の話である。中学・高校と歴史の授業で「大坂冬ノ陣・夏ノ陣」というのを習ったことは記憶にある。けれど、点数を取るために暗記しただけで、その中にどのようなドラマがあったのかは全くわかってない。楽しみだ。

◆ 子供
 小学6年生の家庭教師をやっている知り合いから、その算数の問題を見せてもらった。もの凄く難しそうだった(笑)。よくわからないのだが(あまり思い出したくもない)、中学3年生くらいの問題に思えた。これでも僕は小学生の頃、算数が得意だったのだよね。中学、高校と、急降下してしまったのだけど。
 この家庭教師の東大生なのだけど、やっぱり難しいのだという。ときどき教え子に「こんなのもわからないの」なんて言われたりもするとのこと。けっこう生意気だったりするのだという。
「勉強が出来て生意気」と「勉強は出来ないけれど素直で優しい」と。どちらがいい、と言われたら親というものはどちらを選択するのだろうか。まだ親になるということを経験していない僕には、当然のように後者だという答しか出てこない。もちろん、両方であることが一番いいのだろうけど。

◆ 神田川
 若かった僕の中学の時、恥ずかしながら修学旅行は東京だった。皇居に行き、東京タワーに行き、羽田空港に行き、後楽園球場に行き、浅草に行きラインダンスも見た。バスで都内を走っているときだった。ガイドさんが、軽く唄を口ずさんだ。かぐや姫の「神田川」だった。「ちょっと印象が違っているかもしれないですが、これが神田川です」と言った。ほんとうに狭く、お世辞にもきれいとは言えない川だった。バスから身を乗り出して見た、この川の風景が僕にとって東京だった。確かに、あの頃は何も怖くなかった。ただ、何だろうな(笑)。
 少しばかりその頃のことを思い出しながら、ゆっくりとこの川沿いを歩いて静かな休日の1日を過ごしていたのだった。

◆ TVピープルの頃
『村上春樹全作品1990〜2000第1巻 短編集T』(講談社)を購入した。前よりもちょっとばかりオシャレな装丁になった。帯には『TVピープル』についての作者の言葉があった。
 この全集の最後には「解題」というタイトルで、書き下ろしの作品を書いた頃のことがけっこう詳しく書かれている。『ノルウェイの森』『ダンス・ダンス・ダンス』という作品が大ベストセラーになり、その後、精神的に落ち込んだ時間を過ごす。そうした中、最初に書き上げたのが『TVピープル』なのだそうだ。
 実は僕は『TVピープル』は雑誌に掲載された時点で読んでいた。「par AVION」という雑誌の終刊号だった。確か2号ほど前に(正確には覚えていない)村上春樹のロングインタビューが掲載されていた。とてもいい雰囲気の雑誌で、無くなってしまうことがとても残念だった。たぶん、この号は田舎の僕の本棚に残っているはずである。
 僕はその頃、ひどい人生の中でも飛び切りひどい状態だった。別に「ひどい」というのは僕が勝手に思っていただけで、他の人から見れば笑われるようなものであるのかもしれない。
 就職したはいいけれど、半年も経たずに会社辞めたい病に陥ってしまった。実際に4年と10カ月この仕事を続けたのだけど、3年半くらいは、将来に何の希望を持てないような毎日を過ごしていた。20代の中頃である。我ながら情けない時間だった。それでも僕の唯一といっていい大切なことがあった。それが本を読むということだった。ちょうど、『ノルウェイの森』『ダンス・ダンス・ダンス』と村上春樹が世間で有名になっていた頃である。新しい作品はいつ出るのだろうかと待ち望んでいたときに、『TVピープル』を読んだのだった。
 作品の内容というよりも、読んだ頃の状況というものが思い出されてしまうという点で、『TVピープル』は僕にとって、極めて個人的な理由ではあるけれど、思い出深い作品なのであった。

◆ 映画館での悩み
 少し前に映画を見に行ったときのことだった。小さな映画館、僕は一番後ろの列、通路側の席に座った。こうした席に座ることが多い。後ろの人に気を使う必要もないし、途中でトイレに行きたくなったら、なんて心配になったりするということもある。ただ、一番の問題は前にどういう人が座るかということである。傾斜の少ない映画館、特に背の低い人など前の人が邪魔でよく見えない、ということはあるのではないだろうか。背はそんなに高くはないけど、胴の長い僕は、後ろの席の人の邪魔をしていないかと気にしているのである(笑)。
 指輪のCMが終わり、予告編もそろそろ終わるだろうという頃だった。誰もいなかった僕の前の席に、男性が座った。特別背が高いというわけでもないけれど、彼は帽子を被っていた。毛糸のやつだ。ビタッとしているわけではなく、少し高くなっている。僕の視界が遮られた。最近は男性でもこうした帽子を被っている人は多いのだけど、映画館でも取らないんだね(笑)。文句を言うのも何なので、僕の方で席をずらした。仮に帽子を取ってもらったとして、あまり見られたくない状況の頭だったと考えられなくはない。
 でも、こうした状況というのはけっこうあちこちにあるのではないかな。女性の場合なども背の高い帽子を被っている人は多い。帽子だけでなくワールドカップの時の戸田和幸のようなモヒカンの人もいる。映画館で後ろの席に座っている人は、どう言って抗議すればいいのだろうか……。、

◆ WINNERS
 この文章を書きながらBGMに「WINNERS」というCDを流している。1994年に出たものである。当時税込みで2000円だったのだが、ひょっとしたらけっこうプレミアが付いているのではないだろうか。このCDは伝説となってしまっているU.W.F.インターナショナルというプロレス団体の公式テーマ・セレクションである。公式メインテーマの他、高田延彦、田村潔司、高山善廣などのテーマなどが入っている。
 僕は当時、このUWFインターという団体の東京で行われた試合はかなり行っていたのではないだろうか。友人のルートで良い席のチケットを入手することができたということもあったのだが、何しろ試合が面白かった。いくらだったかは記憶にないが(かなり高額だった)、神宮球場で行われた試合をリングサイドで見たこともあった。その他、ホテルで行われたパーティーにも行き、高田と田村と高山に一枚の色紙に書いてもらったサインもある。
 高田延彦の全盛時代であり、田村潔司が一戦ごとに強くなっているときであった。ちなみにこの当時、桜庭和志は対戦成績8戦8敗の一番の若手でだった。
 11月24日、PRIDE(http://www.so-net.ne.jp/pride/)のリングで、高田延彦(高田道場|http://www.takada-dojo.com/)と田村潔司(U-FILE CAMP|http://www.u-filecamp.com/)が戦った。高田が引退試合の相手として田村を指名したのだった。リングの上の2人はかっこよかった。ただ立っているだけで絵になる。
 ずっとプロレスを見続けた者としても、この対戦には複雑なものがあった。
 正直な僕の感想を言えば、試合は少し不満足だった。もちろん、面白くはあったけれど。この2人が対戦するのであれば、UWFインターのルールでやって欲しかった。もっともっと、馬乗りになって殴り合うなんてのは、似合わない。なんてこんなルールの試合が東京ドームで観客を満員にするようになったのだろう。田村は高田の顔面を殴らなかった。僕はこの田村のこだわりが好きである。マイクパフォーマンスも不器用だった。高田も考えてみれば不器用だった。あちこにの団体に行ったりして、PRIDEのリングが最後で。僕にはこのことが少しばかり寂しかったけど。
 前田日明が引退し、高田延彦が引退した。ひとつの時代が過ぎて行ったのかもしれない。

◆ 喫茶店
 高校の頃、僕の住んでいた町というのはあちこちに喫茶店があった。田舎町ということもあったのだろう。高校生が喫茶店に入るということは、少しばかり背伸びをするような感覚があった。もちろん、今とは時代が違った。ファーストフードのハンバーガー・ショップやドトールコーヒーなんてのも無かった。その頃の喫茶店はどの店に入っても面白かったと思う。夢破れて東京から帰ってきた、なんて雰囲気のマスターがあちこちにいたような記憶がある。よく行く店があった。ちょっと古風な店の名前だった。塾の帰りによくその店に行き、話をしていた。卒業の時には、そこで酒を飲ませてもらった。僕は第一志望の大学に落ちて東京に出て行くという状況だったので、マスターは慰める意味もあってか、ぐでんぐでんになるまで飲ませてくれた。この喫茶店の思い出は他にもある。週に一度、夜の時間帯にバイトの女の子がひとりで店をやっているという時間があった。今だから白状するが、僕は意識してその時間に、その喫茶店に行っていた(笑)。カウンターに座り、けっこう2人だけになることも多かった。サイフォンの動きを見ながら彼女とひと言ふた言話をするのは、とても楽しい時間だった。
 先日友人に「最近、ウエイトレスさんのいる喫茶店に行っていない気がするね」ということを言われた。珈琲を飲むということが、すっかり様変わりしてしまったのかもしれない。昔の方が良かった、なんて馬鹿なことを言うつもりはないけれど。なんだか寂しい時代に生きているような気もする。



ああ、今年も年賀状が 2002/11 #3

2002/12/6

◆ 嬉しい一日
 スーツをクリーニング屋さんに出しに行った。近くに何軒か店があるのだけど、一番近いところにいつも行っている。僕としては安いと思っているのだが、実際に他と値段がどうなのかはよくわかっていない。
 出来上がりは3日後、980円の30%割引に消費税で686円だった。1000円を支払いお釣りをもらった。
 問題はこの後だった。店員さんが伝票と一緒に、カードがいっぱいになりましたから、と500円玉を僕に手渡してくれた。何でもサービスカードのスタンプがいっぱいになると500円がサービスになるのだと言う。よく考えるとカードにスタンプを押すということは、何かサービスがあるということだ。
 とにかく僕はこの日、一日中嬉しい気分だった。仮に、686円から500円を引いた186円を受け取っていたならば、こんなには嬉しくなかっただろう。
 人間というのは(僕だけかもしれないけど……)、何と単純な生き物なのだろうか。やれやれ。

◆ 世界の真実はどこにあるのか
『ノーム・チョムスキー』(リトル・モア)という本を読んだ。タイトルとなっているノーム・チョムスキーの講演、インタビューなどをまとめたものである。監修は鶴見俊輔。おおよそであるが、先日見た映画『チョムスキー9.11 Power and Terror』とほとんど同じような内容と言えるのだろうか。
 とにかく書かれている内容はショッキングである。この本の帯には「アメリカこそ世界最強のテロ国家だ。」と書かれているのだが、この裏付けと言えることがどんどん語られている。知らなかった世界の歴史が淡淡と明らかにされていく。もっと、世界について知らなければ。自分の眼でしっかいと真実を見ていかなければならないのだろう。

◆ 電車の中で
「他のお客さまの迷惑にならないよう」と、電車の中でアナウンスがあった。携帯電話についてである。少し前であれば、「医療機器に悪影響を及ぼすおそれがありますので」だったと思ったのだが。もちろんそんなにはっきりとした記憶でもないし、鉄道会社によってもアナウンスは違っているのかもしれない。
 僕が思うに、「医療機器に悪影響」というのは理由としては無理があると感じていた。実際に問題はあるのかもしれない。けれど、携帯電話が電車の中で普通に使われているというのが現実なのである。悪影響というものが深刻であるならば、単なるアナウンスではなく、処罰の対象になってもいいはずではないか。
 マナーとして携帯電話を使わないように、という理由の方がとてもスッキリするし、いいのではないかと思う。けれど、携帯電話を使う、というのは何を指して「使う」なのだろうか。メールはこの「使う」に該当するのかしないのか。ゲームをすることはどうなのか。スケジュール管理をしている人だっているはず。マナーモードで作動しているときはどうなのか。
 僕は電車の中で携帯電話で話をしている人がいると、とても不快である。でも、自分が携帯電話で話をしたことがないかというと、やっぱりあるのである。仕事の関係でどうしても、ということもある。それに、マナーモードにするのを忘れてしまうこともある。
 そんなわけで、この電車での携帯電話の使用ということは、けっこう複雑な問題を含んでいるように思われる。そこで僕は考えた。弱冷房車という車両があるのと同じように、携帯電話車両というものがあってもいいのではなかろうか。携帯電話で四六時中仕事をしたい、他の人が話をしていても迷惑だとは思わない、満員の状態で手を動かすスペースがなくても携帯電話で話をしたい、奥さんが生まれそうで連絡を待ちながら病院に向っている、なんてときには携帯電話車両に乗れば良い。静かに本を読みたいというのであれば、禁携車両の乗れば良い。けっこう自分ではいいアイデアだと思うのだけど。

◆ フォーミュラ
 F1グランプリが面白くない。今年の鈴鹿は佐藤琢磨の活躍で盛り上がったけれど、来シーズン彼にシートがあるかわからない状況である。それだけではない。参加台数が20台になるかもしれない。バブルの頃のF1は(もちろんこの頃が今より面白かったというと話は別だが)エントリー数が30台もあり、予備予選なんてものもあった。ちなみに鈴木亜久里のデビューシーズンは一戦も予備予選を突破できなかった。
 今のF1はその頃とはまったく違っている。とにかくチームの規模が大きくなった。
 レーサーの力とチームの力、F1では昔からずっと問題となっている。そのバランスを取るということもあり、常にルールが変更される。それで面白くなればいいのだけど、どこの世界でもこういうことはあんまりうまくいかない(笑)。
 20台のF1バトルというのはあまりにも寂しい。F1を目指すドライバーが数多くいても、シートがないというのが現状だ。いいレーサーが、溢れている。若いレーサーだけでない。ある程度年齢はいってもまだまだやれるレーサーだっている。F1以外にもレースのカテゴリーはあるけれど、レーサーの力量というものをもっと楽しみたいとも思う。ワンメイクでイコールコンデション、若手もベテランも一緒に走るフォーミュラレースがあったならば、人気がでると思うのだけど。ジョニー・ハーバート、ミカ・サロ、福田良が思いっきり走れるカテゴリーがあったら、絶対に面白いよ。実は2004年からプレミア1グランプリ(http://www.premier1grandprix.com/)というのがスタートすると言われている。僕は密かに期待しているのだけど、どうなるのだろうか。

◆ 居酒屋
 この数年の僕はあまり、チェーン店の安い居酒屋を褒めなくなってきた。新しい店はどんどん出来る。ついつい行ってしまう。けれど、残念に思うことの繰り返しが多かった。しかし、いつもダメだダメだと言いたいわけでもない。なかなか良いではないかと思うお店があったので、それについて少しばかり。
 池袋に新しく出来た「ゴハン」(http://www.watami.co.jp/gohan/gohantop.htm)という店だった。ワタミグループということで、例えば「和民」なんかと同じだろうと思っていたが、なかなかどうして、これがよいお店だった。何がいいかというと、店員さんの接客がとっても良かった。ニコニコとちゃんと笑顔だし、間違いはちゃんと謝ってくれる。メニューにあるお値段はというと、280円とか380円なんかがわんさかある。「石焼イクラと鮭のごはん」(380円)なんて、このお値段ということが信じられなかった。アイデアと味がちゃんとそこそこにあるというのは評価できるのではないだろうか。まあ、これだけ安い値段で、ちゃんとした笑顔の接客があるというのは、珍しいと感じたほど。
 ところで、周りの客というのはやっぱりというか、ほとんど20代でだった。30代以上の人達はどこで安く飲んでいるのだろうか。居酒屋がどんどん入れ替わって行く昨今、素朴な疑問である。

◆ テレビドラマ
 僕はテレビドラマというのがけっこう好きである。テレビドラマを本に例えると、台詞の多い軽めの小説である。疲れた仕事の後でもちゃんと読める。そんなに深くはないかもしれないが、ちゃんと胸の奥のところに残るものはある。そして、何よりも楽しめる。
 しかし、最近はこうしたドラマは少なくなってきてしまっている。安易な脚本、ヘタクソな出演者。まぁ、全てに対していいものを、とは言わないけど。最近でのヒットは、中山美穂主演の『ホーム&アウェイ』(http://www.fujitv.co.jp/jp/HA/index2.html)である。最初は、少しばかり安易な設定じゃないの?と思っていたのだが、なかなかどうして。この安易な設定を曲げることなく真っ直ぐに突き進み、ちゃんと納得させるものとなってきているではないか。こうした感覚こそが、本でも映画でもない、テレビドラマ独特のものだと思うのである。なんと素晴らしいではないか。ニポリンは相変わらず大人の魅力だし、酒井若菜ちゃんも可愛い。毎週月曜日が楽しみなのである。

◆ 包丁砥ぎ
 なんと、僕としたことが砥石なるものを買ってしまった。あの、包丁を研ぐ砥石である。ただ包丁をあてるだけみたいな、簡単なものを買ったことはあったが、本格的な砥石というものは初めてである。3年前、引越し祝いに貰ったヘンケルの包丁が切れなくなって少し悩んでいたのだった。けっこうな値段だったであろう品物。このままではもったいない。
 悩んだ上の決断だった。砥石を持っている独身男性って、とっても少ないような気がするのだよ(笑)。
 正式な研ぎ方などわかるはずもなく、僕は台所で包丁砥ぎを始めた。最初はうまくいかなかった。何しろ初めての体験である。下手だからと言って責めないで欲しい。少しばかり人生に対しての自信を無くなりそうだった。けれど、この包丁でさっそく葱を切ってみると明らかに切れ味が違う。大根を切り、人参を切り、その感触を楽しんだ。
 それから何度かこの包丁砥ぎを行っている。気分の冴えない夜なんかに、この包丁砥ぎというものはけっこういいのかもしれない。想像すると、とってもアブナイ雰囲気だけどね(笑)。

◆ 29年前
 レンタルビデオで『国盗り物語』(http://www.amuse-pictures.com/soft/kunitori.html)を借りてきた。1973年に、NHK大河ドラマで放送されたものである。少し前に司馬遼太郎の原作を読んだことで、もう一度このテレビドラマを見てみたくなったのだった。今から29年前。やれやれ。僕は何歳だったのだろうか。でも、日曜日夜の8時にこのドラマを見ていたことはちゃんと憶えているのだ。高橋秀樹演じる信長の怒った顔は忘れもしない迫力があった。
 29年ぶりに見た映像は、きれいなものだった。スタジオで撮られた場面が多いからだろう。今のドラマと比べるとやはりどうしても古めかしい雰囲気。内容は、原作がちゃんと要約されているというところか。もっとも、1年間の映像を、前編後編の全部で3時間ほどにまとめられているものなので、原作を読んでいないとよくわからないのかもしれない。
 しかし、このビデオの面白さは、こうした内容ではなかった。なんと言っても凄かったのは出演の役者であった。主役級がほとんど20代の若手中心と言う。ほとんどが今も現役の超有名役者なのである。伊丹十三(足利義昭)、杉良太郎(浅井長政)、 寺尾聰(徳川家康)なんて脇役だけでも信じられないような出演者。ほんとうに楽しめた。また、こうしたひと昔前のドラマを見てみようっと。
 ところで、最近時代劇のドラマが少ないような気がする。バブルの頃の年末年始は、凄かったような思い出がある。6時間ドラマ、12時間ドラマなどといった時代劇があったのではなかったろうか。最近はこうした楽しみがないよね。

◆ レストランのメニュー
 先日友人が主催している関係で、自力整体というものをやってきた。別にお付き合いということではなく、僕も身体のあちこちにガタがきていて、こうしたことにも少しばかり興味があったのだ。2時間ほど身体を動かし、少しは腰がよくなったような感じになったのかな。なにせ、普段運動というものをあまりやらない者なもんで、いかに自分の身体が堅くなっているか痛感したのだった。
 終わってから近くにこの集まりの人と食事をしに行った。ちょっとばかり普通とは違った集いであるためか、7人ほどいた中なんと2人がベジタリアンであった。ちょっとしたレストラン、実はベジタリアン用メニューなんてものは置いてないのである。ほとんど、どんなメニューにも何らかの肉や魚が入っていた。最近ベジタリアンになったという男性は、「少し世の中が別の景色として見えるようになった」と言っていた。何か自分の主義みたいなものがあると、なかなか他の人と一緒に行動しにくい世の中である。なんだかとても大変そうだった。僕のビールノマナイアンというのとは比べ物にならない苦労があるのだと思った。
 国際都市と言われている(言われてないかもしれないけど)東京なのだから、普通のレストランでもベジタリアン用メニューとか、成人病用減塩メニューとかって、普通にあって欲しいけどね。

◆ 夜を賭けて
 映画『夜を賭けて』(http://www.yoruwo-kakete.com/)を見た。梁石日の原作を読んでいて、とてもこの映画化を楽しみにしていたのであった。小説の映画化というのは、普通はあまり期待しない。けれど、この映画に関しては期待させるエネルギーのようなものがあったような気がしている。
 とても面白かった。明らかに今年の日本映画の上位に入るのではないか。日韓合作となっているこの映画、韓国にオープンセットを作っているのでちゃちな映画という雰囲気はまるでない。最初は役者の演技にちょっと違和感があったが、どうしてどうして、時間が過ぎて行くにつれて独特の世界へと入り込んでいった。喧嘩の場面がどんどん出てくるのだけど、それが「生きているな」という感じを強烈に持たせてくれるのである。よくぞこの原作を、見ごたえのある映画というものにしたものだと、ほんとうに感心してしまった。主役の山本太郎もよかったし、相手役のユー・ヒョンギョンもすごく良かった。この2002年、ワールドカップよりもこの『夜を賭けて』の方が、日本と韓国の距離を縮めたように僕には思えた。

◆ 需要と供給
 現在僕はビールを断っている(注:旅行に行っての中断というものはあったが)。これからもずっとビールを飲まない人生を送るのか、僕にはまだわからない。とりあえず、今はビールを飲まないことにしている。前にも理由は書いたことがあったが(と思ったけど)、もう一度その理由を明らかにしてみる。今年の5月に行った健康診断でのこと。生まれて初めて、医者に行くように、とチェックを受けた。そのチェックは2点、「総コレステロール値」と「尿酸値」だった。何だかわからずに、とりあえずは近所のお医者さんへ。そこで初めてこの「尿酸値」というものが何かがわかったのであった。この値が高いと、痛風という病気になるとのこと。足が痛くて痛くて風が吹いただけでも痛くてどうしようもなくなってしまうのだという。まだこうした症状は出ていない。でも、痛いのは嫌いなのでなんとか直そうと思ったのである。どうやると治るのか。詳しくはわからないのだが、まずはプリン体という物質の入っている食品を食べないことが第一。プリン体の入っている代表選手がビールなのであった。他のお酒、ワインとか日本酒とかと比べると、明らかに1ケタ値が違っている。たぶん、職場などでビールの乾杯をやろうとすると、一人くらいは「健康上の理由で」ということでかつてビールが好きだったのにビールを飲まない人というのがいるのではないかと思う。
 ビールは飲みたい。けれど、痛いのは嫌だ。そういう葛藤の世界に住んでいるのである。
 そんなとき、僕の前にあるニュースが飛び込んできた。
 なんと、新しい発泡酒が発売されるのだという。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20021205-00000004-mai-ind
 なんとなんとそれは、キリンビールから来年2月に発売される、プリン体90%カット当社比の発泡酒「淡麗アルファ」というものなのである。
 もっとも、90%カットされたとしても他のお酒と1ケタ値が違っているわけなので、ようやく他のお酒と同等のレベルという状態だけど。でもなぁ、居酒屋に行って全ての店にこうしたプリン体カットのビールが発売されるまでにはまだまだ時間が掛かるだろうし、みんなが生ビールで乾杯しようとしているところで、「すみません端麗アルファ」はありますか?」と聞くのも恥ずかしい。でも、時代は変わっていくのかな。なにせ、こういう製品が発売されるということは、ちゃんと需要があるということだからね。

◆ 政党の名前
 あまり政治の話をしようとは思わないのだけど、民主党のゴタゴタについて少しばかり。民主党(http://www.dpj.or.jp/)と自由党(http://www.jiyuto.or.jp/)が合併するかもしれない、という話を聞いてまず僕が思ったのはどのような名前の党になるのだとう、ということである。
 少し前の銀行の合併のように2つの党の名前をくっつけてしまうのか。そうすると、民主自由党か、自由民主党か……。どう考えても自由民主党というのはありえないと思うので、民主自由党となるのかな。野党を結集させて2大政党の状態を目指すというようなことが言っていたような。だとすると、与党が自由民主党で野党が民主自由党となるのか……。こういうことを書くと、とても不真面目に政治を語っているのではないかと怒られそうだ。しかし、仮に与野党逆転があったとしても、あんまり変わりそうはないではないか。申し訳ないけれど、民主党も自由党も、政党を取るような、政治を変えてくれるようなネーミングだとは全く思えない。前向きな未来をイメージできる名前ではない。プロレス団体の名前で言うならば、全日本プロレス、新日本プロレスに対して、大日本プロレスと言ったところか。
 もちろん、名前が革新的であればそれで済むという問題でもない。カナカナにすればいいと言うものでもない。けれど、普通の会社であれば、「何をやりたいか=ネーミング」となるのではないか。会社だけの話ではない。車の名前だってイメージというものが大切のはず。
 合併というものが(あくまでも)仮にあったとしての話になるけど、いくらなんても民主自由党なんて党名はないだろう。僕が思うに、「みずほ党」と言った雰囲気の、ひらがな3文字になるのではないかな……。

◆ 量とお値段の関係について
 日本テレビ『どっちの料理ショー』の「カルボナーラVSミートソ−ス」(11/28放送)を見ていたら、どうしようもなくパスタを食べたくなった。ちなみに、この番組後の数日というものは、放送されたメニューがお店でどんどん売れているのではないだろうか。翌日に食べることはなかったが、数日後新宿に出たときに、僕はパスタを食べた。少し贅沢して高級な店にでもと思ったけど、何せ貧乏性な性格。580円のものを食べてしまった。
 新宿の小田急別館ハルクの地下にある『パスタカフェ スパッソ』(http://www.grapestone.co.jp/brand/index_spasso.htm)という店。まだ出来たばかりの様子。なんとなんと、驚くのは値段が安いということだけでなく、M、L、LLというサイズの全てが同一になっている。僕は当然のように、LLサイズを注文する。なにせ貧乏性なのである。飲み物とのセットに消費税がついて735円。まあ、簡単に言うと牛丼屋さん、ハンバーガー屋さんのような、ファーストフード感覚のお店だった。
 こういうお店も気楽に入ることができて、まあ良いかなというのが僕の感想だった。ひとりで入って、ゆっくりできる。とてもいいことである。
 味の方もまあまあなのだけど、何せ凄かったのはこのLLの量。食べ放題に行ったような気分になって食べていた。次に食べるときにはLサイズにしよう。でも、どのサイズでも同じ値段というのは、ちょっと気になる。これから先、この店はどうなるのだろうか。

◆ バースデイ・ガール
 ジュンク堂書店をウロウロしていると、新刊本コーナーで『バーステイ・ストーリーズ』(中央公論新社)という本を見つけた。村上春樹編訳と書かれてあった。ついつい買ってしまった。「誕生日をめぐる11の物語」が収められているという。地味な装丁だけれども、ちょっと気に掛かる本ではないか。
 あとになってゆっくりとこの本を眺めていた。あとがきにざっと目を通す。このときになって初めて僕は、村上春樹の書き下ろし作品も11の物語の中に含まれているということを知った。久しぶりの短編ではないか。嬉しくてたまらなくなり、24ページほどの物語を一気に読んでしまった。
 少し古めの村上春樹のタッチと言ったらいいのだろうか。『TVピープル』の頃の、読んでいてワクワクするような楽しい雰囲気の物語だった。もちろん、最近の彼のテイストも入っている。僕の希望としては、こういう話をもっともっと書いて欲しい。世の中がもう少し幸せになっていくような気がする。もちろん、ファンなんて存在は勝手なもので、長編はまだかぁと文句を言ったりもするのだけど。

◆ 食事の場面
 今年は間違いなく僕の人生の中で一番数多く映画を見ている。とは言っても、月に2本とかそのくらいなので、1年で数えても20〜30本くらいだと思うが。けっこういい映画を見ているような気がしているので、今年は「映画ベストテン」というのも自分なりにセレクトしたいと思っている。
 さて、アメリカ映画だけでなく、ミニシアターなどでいくつかの国の映画を見て気が付いたことがある。ほんとうに、ふと感じたことなのだけど。
 これまで見てきたほとんどの映画というのはアメリカが舞台となるアメリカ映画だった。そのアメリカ映画というものが詰まらなく思えてきた。何なのだろうか。ふと、それは食べ物に関係しているのではないかと思ったのだ。食事の場面が美味しそうに感じる。それは、大切な要素なのではないだろうか。池波正太郎の『鬼平犯科帳』でも食事の場面がなければ、まったく違ったものになっていただろう。映画でも同じように、さりげない食事の場面がよく撮られているかどうか、重要なことだと思ったのだ。湯気がどんどんでて、ふうふう言いながらそれを食べる。温かなものを、温かいうちに。そういう映像に、人間の生きるということが描かれるのではないか。先日見たばっかりの『夜を賭けて』の食事の場面なんて、本当に見ているだけで面白かった。それに比べてアメリカ映画に多く出てくる食事の場面の、なんとも貧しいこと。カチャカチャとナイフとフォークで美味しくなさそうに食べる。料理を作る場面も、缶詰を鍋にあけてかき混ぜているような場面ばかり。特に近未来を舞台にした映画の、食事の場面の酷いこと。あんな未来にはとても住みたい気持ちにはなれない。美味いものを食ってこその人生、つまりは映画ではないか。



雪が、降りました。 2002/11 #4

2002/12/13

◆ 朝の悩み
 毎朝納豆を食べている。炊き立てのごはん、それにしっかりとかき混ぜた納豆を乗せて、食べる。至福の瞬間である。習慣にしたのは、健康にいいということだったと思う。それにしても(笑)、全納連(http://www.natto.ne.jp/)なんて組織があるのだね。とにかく納豆には多くの身体に良いという効果があるみたい。けれど、毎日毎日食べても僕には良いのかどうなのかわからないというのが実は本音である。まあ、美味しいので問題はないのだけど。
 そんな納豆を友とする僕の朝にこのところ少しばかり変化が生じている。「納豆をかき混ぜ、そこに葱(けっこういっぱい)入れる」というのが僕の変わらないスタイルだった。何かを変えるということにはやはり勇気が必要だ。僕は少しばかりこの勇気が欠けていたのかもしれない。長い間、スタイルを変えることはなかった。でも、僕はついに少しの勇気を持った。このところ、納豆の薬味などのチャレンジをしているのである。
 ここ数日は、大根おろしを入れている。納豆と葱と大根おろしという組み合わせは最強のトリオのように思えるのがどうだろうか。しかし、もう少し変化をつけたいとも思っている。できれば、一週間を毎日違った味で納豆を楽しみたい。けれど、卵を入れるのは僕の好みではないし、砂糖やマヨネーズも抵抗がある。先日知人にこの話をしたら、「シーチキンと大根おろしとの組み合わせが最高なのよ!」と興奮して勧めるのであった。うーん、朝からシーチキンというものちょっと抵抗がある。あちこちのウェブサイトを見ていると、この納豆の食べ方についてはいろいろと書かれている。キムチとの組み合わせなんかは、ちょっと惹かれるものがあり今度試してみようと思っている。

◆ 料理用はさみ
 岸本葉子さんの『ひとり暮らしの おいしいキッチン歳時記』(PHPエル新書)を読む。タイトルの通り、料理についてのエッセイが1月から12月までに別けて書かれている。ひとり暮らしの岸本さんもちゃんとおせち料理を作っているのである。この本の何がいいかというと、「がんばらない」ということである。例えば、小松菜の料理の仕方なんて、「包丁すらも使いたくない、という人は」と断り書きがあるのだけど、料理用のはさみで刻もう、なんて書かれている(笑)。ほとんどの料理の本には、ちゃんと絞って揃えて包丁で、と書かれているのに。しかし、現実問題として、疲れて帰って料理なんて面倒だぁ、という時だってあるのである。そのときに、どう栄養を取って楽しい食事をするか。僕もこれからは、料理用はさみをもう少し積極的に活用しようと思ったのであった。

◆ エレベーター
 僕の苦手なものリスト(というのが密かに存在している)の中に「エレベーター」というものがある。先日は新宿の大きな書店で、エレベーターに乗ろうと思って待っていた。いつまでたってもなかなか来ない。階数の表示を見ていると、2基のエレベーターがほとんど一緒に来るような雰囲気。やっと来た。けれど、僕の立っていた隣のエレベーターだった。中に乗っていた係の人は離れたところにいるベビーカーの人を先に乗せた。別にこれに文句をつけるわけではない。そのエレベーターは満員になりドアが閉まった。僕は目の前のエレベーターのドアが開くものだと信じて疑わなかったのに、ドアが開くことがなく上の階へとあがっていった。この書店で本を買おうと思っていたのに、面倒になって僕は帰ってしまった。
 たまたま、僕のタイミングが悪かったのかもしれないけど、こんなことはよくある。普通はエレベーターを使わないようにしているのだけど、この書店の上階はエスカレーターがないので、仕方なく使おうとしたのだった。階段を使えばよかったのだろうけど。
 とにかく僕はこのエレベーターを待つということが苦手なのである。乗る(乗ろうとする)たびにイライラしてしまう。これから先、できるだけエレベーターというものには関わりたくないと思っている。こんな風に思うのは僕だけだろうか。高層マンションで、豪華な景色を見ての生活なんて僕にはありえないね。

◆ 注目の映画監督
 チャン・イーモウ監督の映画『秋菊の物語』をビデオで見た。ドキュメンタリー風に作られているということで、ちょっと変わった雰囲気だったがとても楽しめた。この監督の映画を見たのは初めてだろうか。中国映画というもの自体これまであまり見ようとは思わなかったのだが。
 このチャン・イーモウは、あちこちの映画祭で賞を取っている有名な映画監督なのだが、僕はとても興味が沸いてきた。何本もビデオは出ているし、これから注目してどんどん見ていこうと思う。

◆ 雪が降った
 朝起きると東京は雪景色だった。ほんとに東京でのこういう雪は久しぶり。考えてみると雪用の靴というものは持っていない。それでも、そんなにつるんつるんの靴ではなかったので問題はなかったが。現実問題として、大雪が何日も続いたならばそれなりの靴を買わなければいけないとも思った。
 それにしても……。このくらいの雪で電車が遅れるとはなんと情けないことか。雪が降るということが想定されていない都市なわけで、仕方がないのだけど。北国で暮らしたことのない人は知らないのかもしれないけど、乗用車にしても雪国は仕様が違っているはず。家も雪が積もってもいいように、けっこう頑丈に作られているのではないだろうか。それでも僕の実家は雪の重みで屋根が壊れてしまったのだけど。
 東京のたまに降った雪。その雪で雪だるまなんかを作っている子供の姿をみると、微笑ましいだけでなくなんだか複雑な気持ちにもなる。僕の子供の頃には、ほんとうに雪が多く、12月半ばから3月半ばまでは雪のために地面を見るということがなかった。この3、4ヶ月はまさに雪の中に埋まっているような感じだった。その暮らしはやっぱり辛かった。今になって思えば楽しいこともあったけれど。
 昨今、海外留学する人が多い。小学校や中学校の頃に、冬季北国留学なんてあってもいのではなかろうか。3ヶ月くらい雪国で、毎日雪かきをして暮らすのである。元気な子供に育つのではないだろうか。という僕はたいして元気ではなかったけど(笑)。

◆ 新しいお付き合い
 このところ、繁華街を歩いていて目につくのはYahoo!BBである。モデムを無料で配っている……。貰おうとしたこともないし、振り切るだけで話も聞いたことがないので実体がどうなのかはわからないけど。なんでこんなことをやるのだろうかね。価値のあるものであれば、それ相当のお金が掛かって当然。無料というのは、あまり感心はしない。それにしても、あんなに配って儲かるのだろうか。もの凄く素朴な疑問である。
 さてさて、そんなYahoo!BBを使っている僕は(笑)このサービスに別れを告げようとしているのであった。ユーザーというものは全く勝手な者である。仮に付き合っている女性がいたとしても、綺麗で優しく性格もよく気が合って料理も掃除も何でもしてくれる女性がいたならば、すぐに切り替えようかとしてしまうような(なんか、ここでモノが飛んでくるかもしれないか……)。なんと僕は先日新聞広告にも出ていたUSEN(http://www.usen.com/)の「BROAD-GATE 01」に申込みをしてしまった。なにせ光ファイバーの100Mbpsなのである。ADSLの8Mbpsを導入してからまだ1年4ヶ月しか経っていないのに。正直なところ別れ話をしていいものか、少しばかり悩んだ。けれど、相手は僕の話を聞いてくれるような状況じゃなかったんだな。
 もちろん、100Mbpsというものが実際にどのようなものになるのかわからない。けれど、ほとんど同じ値段でこれだけスピードが良くなり、月額300円でIP電話が使えるのであればやっぱり安いよね。
 ところで、宣伝文句で言われているブロードバンド生活とは何なのだろう? ADSL8Mbpsはとてもブロードバンドと呼べるものではなかったと思うが。100Mbpsになると、このブロードバンド生活というものができるのだろうか。

◆ 田中さんの奥さん
 ノーベル化学賞受賞の田中耕一さんが話題となっている。確かに、見ているだけで微笑ましいキャラクターだなと思う。しかし、僕が密かに気になっているのは、この田中さんの奥さんなのであった。人の奥さんに興味があるというと怪しい奴だと思われてしまうだろうか。でも、ノーベル賞ということで、実は他の誰よりもこの奥さんがキョトンとしているのではないか。「ちょっと頼りない雰囲気だけど、浮気はしなさそうだし、研究者なので会社を首になることもないだろう」ということを思い結婚したのかもしれない(もちろん、これは僕の勝手な想像です)。そして普段は、岸本葉子さんの本を読んで、ときどきスタバでお友達とお話をしているような毎日を過ごしているような。それがいきなりノーベル賞である。これからスーパーで買い物をするときとかも、けっこう大変なのではないかな。どっちの肉を買おうか悩んだときに、ついつい高い方を手に取ってしまったり。一日でも早く、静かな生活に戻って欲しいと思う。

◆ 初めての体験
 生まれて初めて、「鰤の照焼」という料理を作る。もちろん、鰤はスーパーの切り身(3切れで500円)のを買ってきたものなので、たれを混ぜて焼くだけと言われれば、それまでなのだけど。ちょっと焼きすぎて焦げてしまったという反省点はあった。形が崩れたという困難にも直面した。たれをぬる刷毛は持ってなかった。問題はあったにせよ、なんとか完成へとこぎつけた。
 おそるおそる食べてみた。おおお、けっこう美味しいではないか。ややたれが多すぎて甘いかもしれないけど、中はやわらかく、ほんわりとしてちゃんとした鰤の照焼だった。酒のつまみとして作ったのだったが、これに炊きたての白いご飯があったならもっと美味しかっただろう。これまで料理をするといっても、とてもとても料理と言えるようなものではなかった。なにしろ計量スプーンすら持っていなかった(はずかしながら)。
 ちゃんと作って、ちゃんと美味しいものができるのはこんなにも嬉しいことなのかと、新たな発見をしたという気分だった。
 三日坊主にならないように、ちゃんと料理をやっていきたいと思っているのであった。げげ、僕は宣言してしまったのだろうか……。もうやめます。こういう話はもう終わりにしますだ。

◆ 明るい人生
 村上龍『マクロ・日本経済から ミクロ・あなた自身へ』(NHK出版)を読む。これは村上龍が編集長を務めているメールマガジンJMM(http://jmm.cogen.co.jp/)で、毎週掲載されていたものをまとめたものである。実は僕もこのJMMは読んでいた。けれど、その大量のメール情報を読むような元気はなく(笑)、途中で受信を止めてしまっていた。どうもメールマガジンというのは個人的に苦手である。
 この本は久しぶりに読む村上龍のエッセイでもあった。文体が丁寧というか、これまでの他のエッセイとはちょっとばかり雰囲気が違うように感じた。乱暴に言い放つでもなく、とても言葉を選んでいるような。これまでが、選んでないということではないけど。僕はとても良い印象を持って読んだ。
 いくつかの興味深い話が書かれていたのだが、中でも「逃げ切り」(P132)というエッセイが気になった。30代の人との座談会のことが書かれていたのだが、倒産、解雇、転職などを経験した人の方が明るかったのだそうだ。「リアルな現実に向き合うことで強くなったということでしょう」とある。ちなみに僕はこの3つのうちの2つを経験している。たいして明るい奴ではないと思うが、前の仕事をしているときより少しは明るくなったのかもしれない。強くなったか?と言われてもわからない。次に何かの困難があれば、そろそろ倒れてしまうかもしれない。でも、最近の僕なんかは倒れたら暫くそのまま寝てしまおう、なんてことも思うし。なんといってもこのところの朝は寒いからね。
 まわりの人のことを少しばかり考えてみた。けれど、僕の友人で一企業にずっと勤め続けているという人はほとんどいないような(笑)。いることはいても、何だか例外的な人物のように思えるし……。

◆ 子供 その2
 この夜話で「子供」という話を書いた。「勉強が出来て生意気」と「勉強は出来ないけれど素直で優しい」と、どちらがいいかという問題である。僕の厳密な調査の結果、後者を選んだ人が100%だった。ちなみに、サンプル数は企業秘密です(笑)。でもなぁ。誰だって「生意気」がいい、なんて言わないもんな。「素直で優しい」がいいとほとんどの人は思っている。けれど、勉強は出来なくてもいいけれど、ほとほどであればという希望だったりしている。この「ほどほど」というのが問題なんだよね(笑)。「ほどほど」というのが実は、「別に東大でなくてもいいから国立大学には入って欲しい」とかだったりしている。もちろん、本音の本音としては「勉強は出来なくても」というのがあるのだろうけど。
 どうも自分の子供の頃のことが思い出されてしまう。今となっては親に対してなんだかんだと言う気はないけど、いつも「ふつうでいいんだ」と言われていた。何が普通なのか、今でもよくわからないけれど。

◆ 誕生日をめぐる11の物語
 村上春樹編訳の『バースデイ・ストーリーズ』(中央公論新社)を読む。誕生日に関わる11の短編集。作家はひとりひとり違っていて、村上春樹が集めて翻訳したものである。うち1作は村上春樹の書き下ろし。読者のひとりひとりに好みはあるのかもしれない。僕は最初の、ラッセル・バンクスという人の書いた「ムーア人」という話が一番よかった。あとは、レイモンド・カーヴァーの「風呂」。ただこの「風呂」は「ささやかだけれど、役にたつこと」の別バージョンで、読んだことはあったもの。
 このくらいの長さの小説というのは、読みやすくてけっこう好きである。いくつか読んで、自分とぴったりと合った作品があったなら、他の作品、長編などに手を出していく。海外の小説は実はよく読むと凄く面白かったりもする。ただ、ちょっと手が出にくいというのがあって。それだけにこうした作品集というのはとても嬉しい。
 しかしよく考えると、「誕生日をめぐる」という本の存在というのは少し寂しいことかもしれない。本を読むというのは、ひとりでの行為であり。静かに本を読んで誕生日を過ごすという場面が目に浮かんでしまう。

◆ 禁音
 テレビのスイッチを消した。
 いつも、部屋にいるほとんどの時間。僕の部屋のテレビは音を発している。あまり音楽を聴くという趣味ではないということもあるのだが、何も音のしない部屋というもの寂しいのだ。その日、僕はテレビのスイッチを消した。静かだった。ほんとうに静かで、やろうとしていたことがどんどんと進んだ。ときにはこういう時間を持つということも必要だと思った。禁酒日というのを設けようと思っているのだけど、それだけでなく、禁音日というのがあってもいいかな、と思う。これからはブームになるのではないだろうか。大切な音が耳に入ってくるかもしれない。

◆ テロ国家
 ノーム・チョムスキー『9.11 アメリカの報復する資格はない!』(文春文庫)を読む。この本の原本は、2001年10月15日に最初にアメリカで出版された。その翻訳の文庫版である。それにしても、昨年の10月15日と言えば世論がひとつになっていたかのような感じのする時期だったのではないか。アメリカを批判するような言論は考えられなかった。そんなときに、この本が出版され多くの人が読んだというのは驚きである。
 いくつかのインタビューでの発言がここには書かれている。ほとんどが、こういう事実があった、という話である。何度も繰り返される話は、「米国は、国際司法裁判所によって国際テロで有罪を宣告され」(P93)というもの。チョムスキーは『米国が「テロ国家の親玉」』だと言い、その根拠となる歴史的事件をいくつも繰り返し語る。
 この本で書かれている内容をそのまま受け入れるならば、世界で唯一テロ国家と指定された国が、9.11のテロを経験し、テロを撲滅しようとしていることになる。テロとは何か。世界のあちこちで今も行われている紛争のニュースはあまり入ってこない。正直なところあまり感心もなかったりする。けれど、9.11以上に悲惨といってもいいようなことが世界では起きているのである。

◆ とある事件について
 和歌山のカレー毒物混入事件、林真須美被告に死刑という判決が出た。正直なところ、僕はこの結果がとても疑問だった。いや、この結果に対してほとんど問題はないというニュース番組などの声に疑問を持った。
 ここ数年僕は何冊かの実際に起きた犯罪のノンフィクションなんかを読んできた。そこで感じるのは、マスコミに出ている情報というのはほんの一部でしかないな、というものだった。警察の捜査というものが必ずしも正しいものではないというのもあるし、何よりもニュースの報道だけでは真実はわからない。もちろん、だからと言ってこの事件の真実がどうなのかはわからないのだけど。
 判決文には「可能性」という言葉がいくつも出ていた。僕は法律に関してほとんど何もわからないような者だけど、あまりにもこの事件の場合、イメージの方が先行してしまっているように思える。状況証拠しかなく、動機も解明できていないのである。
 例えば、僕が目的もなくどこかの町を散歩をしていたとする。たまたま事件があった。いくつかの条件が重なったなら僕が犯人になってしまう可能性だってある。ちゃんとした証拠がなくても死刑になってしまうのである。
 誤解しないで欲しい。この事件のような犯罪は憎むべきものであり、こういう判決が悪いというわけではない。僕はこの事件について、実際にどうだったかという判断材料を持ってない。けれど、実際のところはどうだったのだろうという疑問はどうしても残る。
 インターネットを見ても、疑問を持っているという声はほとんどないように思える。裁判について、マスコミ報道について、問題点は多くあるのではないだろうか。

◆ 2054年
 その昔、僕はSFと呼ばれるジャンルの小説をよく読んでいた。僕が小説というものを読み始めた頃は、まだまだ多くのジャンルがあったわけではない。ジャンルという括り方も変だけど、若者が楽しんで読めるような本はまだまだ少なかったような気がする。僕は太宰や三島を読む文学青年ではなかったのだ。本を読む=SFを読む、そんな時代だったような気がする。ただ、恥ずかしながらSFを読むとは言っても、そのほとんどが日本のもので海外の本格的SFまで読むというところまではいかなかった。フィリップ・K・ディック、この名前は特別な響きがあったように思う。この人のSFを読まないと、なんだか後ろめたいような感じがあった。
 スティーブン・スピルバーグ監督の映画『マイノリティ・リポート』(http://www.foxjapan.com/movies/minority/)の原作はこのディックだった。
 正直なところ、ストーリーがよくわからなかった(笑)。最後にはそうかそうかと納得はしたが、まだ疑問は残る。この映画を見た人と、ちょっとばかりお話したいと思っている。それなにり面白くは見たのだけど、なんだか雰囲気が……。トム・クルーズということであれば、「バニラ・スカイ」のような雰囲気だし、スティーブン・スピルバーグということでは、「A.I.」みたいな雰囲気だった。
 話は変わるが、この映画の舞台は2054年である。この頃のコンピュータは、こんな雰囲気なのだろうか……。ちょっとばかり、お手が忙しすぎるような気がしたけど。でも、ちゃんと健康でいれば、この時代にまだ生きていられるんだね。



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