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読書夜話2003年5月

忘憂之物 2003/5 #1


2003/6/3

◆ 神楽坂
 なんと僕は神楽坂という街で酒を飲んでいた。僕としたことがなぜか(笑)、美女2人と飲むという状況でとてもシアワセだったのだが、この神楽坂という場所も、入ったお店の雰囲気も、大変にカグラザカしていて良かった。池袋とは違うのだな、としみじみと酒を飲んでいた。
 神楽坂というと、なぜか学生の時に飲んだことがあった。その当時、新宿や渋谷の人込みに参ってしまっている僕にとって、心地よい場所だった。
 今から20年も前のこと、外のお店で酒を飲むというと、あまり居酒屋で飲むということはなかった。「養老の瀧」とかはあったけど、まだ学生向けの居酒屋はそんなに無かった時代だった。ビンボー学生だったので、そんなに外の店で飲むことはなかったのだが、たまにちょっとしたパブで飲んでいた。だいたいホワイトなんかのボトルを入れて飲んでも、そんなに高くはなかったと思う。飯田橋の駅から神楽坂を歩いて、左手の地下にある店。もう名前も覚えていない。少しは覚えていたりするのかな、とは思ったけど全く無理だった。ちなみにこの店では、ボトルキープしたのに関わらず、1回行ったきりだった。もう少しこの頃のボトルキープ状況を語ってしまうと、明大前に1本、新宿に1本(これはどの店かは全く覚えていない。ひょっとしたら渋谷だったかも)、あと田舎のジャズバーに友人3人一緒で名前を書いて1本入れていた。どの店も1回だけで、再びそのボトルを僕が開けることはなかった。
 でも、今から考えるとウヰスキーのボトルキープって、青春していたような(笑)。仮に今どこかの店でボトルキープをするとしたら、焼酎の「いいちこ」になりそうだもんなぁ……。別に学生の頃にボトルキープして何かがあったわけではない。少しばかり背伸びをして、大人になりたかったのだと思う。
 そんなわけで神楽坂で飲む、というのは約20年振りだった。この「竹兆」(http://www.teshigotoya.net/takechou/takechou_top.htm)という店はできたばかりのようで、ものすごくおしゃれな内装だった。古い建物を改造しているのだろうか。トイレに入ったときだった。古い戸がそのまま使われていて、その懐かしさに涙を流しそうになった。
 もちろん、ボトルキープなんかはしなかった。僕はウーロン杯を飲み、泡盛を飲んだ。食事には「讃岐パスタ」(?)なるものを食べた。
 この日僕は休日だった。休日に飲みに出かけると、読書夜話が休みになってしまうということを発見したのだった(笑)。

■ ビデオ『助太刀屋助六』岡本喜八監督
 なんと、音楽の担当がジャズ・ピアニストの山下洋輔で、不思議なリズムのある映画だった。真田広之って、この映画の後に『たそがれ清兵衛』に出たのですね。ふむふむ。

◆ とある書店の集中カウンター
 池袋のジュンク堂書店というところは、1階集中カウンター方式になっている。つまり、5階で本を手にしても、3階で本を手にしても、1階まで降りていって支払いをするのである。よくもまあ、万引きなどのトラブルがないものだと(あるのかもしれないが)思うが、まあ、買い物カゴを手にして本を探すのも楽しいと言えば楽しいものがある。ちなみに、友人のK氏はこの集中カウンター方式になってから、この池袋店での本の購入は止めたのだという。両手に大量の本を抱えて1階へと降りて支払いをするのはシャレにならん!と言っていた。
 さて、問題はこの集中カウンターへ向かう時間帯なのであった。混んでいるときであれば、何も悩まない。全部で20人くらいの係の人がいて、そこに列を成しているわけだ。ところが、午前中などの空いている時間というのは、悩むのだ。購入する本を手に持った。もう悩むことはない。財布も忘れずに持っている。眼の前には20人ほどの係の人が僕を待ち構えているのである。もちろん、別に睨んでいるわけではない。何らかの自分の仕事をしていたり、静かな時間を過ごしているのだろう。でも、本の支払いをする方としては、ここでどのカウンターの人に行ったらいいのか少し悩むのである。開店直後のデパートの売り場でも、自分ひとりに多くの店員が頭を下げている。まあ、なんとなくそういう雰囲気。
 一番近いところに行こうとする。自然なこととも言える。けれど、これから数時間僕と同じ時間を共有する友(本のことですね)にカバーを掛けてくれたりしてもらうわけである。ある意味でお見合いのおばさんのような存在でもあるのだ。できるだけ僕のこの本を選んだ気持ちを理解して、後押ししてくれるような人に、僕の友との門出を祝ってもらいたいではないか。そんなわけで、どの人の表情がいいだろうかと本と一緒に、カウンターの表情を見渡すのであった。
 しかし、この選んだ人が20人の中でもっともキレイでカワイイ女性だった場合にはちょっと問題だったりする。外見だけで選んだと思われたら心外であると、ついついその隣の人のところに行ってしまったりする。そんなとき、カバーのセットが雑だったりすると、どうしようもなく悲しい気持ちになってしまうのであった。

◆ マッサージ
 オイルを使ったホリスティック・マッサージというものを体験した。マッサージにも多くの種類があるみたいで、僕には詳しいことはわからないが、とにかくリラックスできるマッサージなのであった。
 どちらかというと女性向きなのだろうか。なんで僕のこのマッサージを受けたかというと、とても単純な話で友人がやっていたからである。最近、マンションを借りてお店を開いた。彼女はインドの山奥で修行をして(ときどきレインボーマンに変身できるという噂もある)、この技術を身につけた。本格的なものであり、彼女の話を聞くと、相当なこだわりがあるようだった。
 コースには60分6000円と90分8000円とがある。僕はその日予定があったこともあり、60分のマッサージを受けた。眼を閉じて、この時間ほんとうに何も考えることなく、まったりと過ごした。気持ちがいいかどうか、僕にとってそういう問題ではなかった。でも、こんなふうな時間を過ごすというのは、必要なことなのかもしれないな、と思った。リラックスできたからだろうか、翌日測った僕の血圧はちょっと下がっていたような雰囲気。もちろん、どんな風に効くのか、僕にはよくわからない。でも、毎日あくせくと暮らす中、心からリラックスするのは良いものだと思えた体験だった。
 それにしても、このお値段はどう考えても安いような(笑)。お客さんは来ているの? と聞くと笑われてしまった。たぶん、こういうマッサージを受けたいけど、不安があるかと思っている人は多いかもしれない。特に女性の皆さんにはお勧めだと思ったのでした。
『f.a.p.』(http://blissful.smile.tc/)というところで、マッサージ以外にもいろいろとやっているみたい。「ドルフィンホテルを見た」と言ってもこれ以上安くならないけど(笑)、十分安いお値段なので、本当に良いです。場所は東急東横線・田園調布駅からすぐというハイソな場所。なんと、南北線直通でした。

■ 飛田和緒『毎日のみそ汁100』(幻冬舎)
 こういうレシピが欲しかった。料理のレシピ本と言ってしまえば簡単なのだけど、料理本らしくはない。ある意味で、みそ汁図鑑と言ってもいいような雰囲気。1ページにひとつ、味噌汁の写真が載っていて、その下に材料と数行の手順が書かれている。これが全部で100種類。特に凝った味噌汁というわけではない。材料が一種類だったり、なんてのも多い。とうもろこしが入ったり、なんてユニークなものもあるけれど(笑)。
 僕は毎朝、味噌汁をつくっている。出汁はインスタントのものだけど、味噌は何種類か用意して毎日の朝にちょっとした変化をつけようとしている。材料の点ではどうしてもマンネリになりそうだったのだが、この本は強力な見方になってくれそうである。難しくなく、シンプルで、見ているだけで、本当に楽しくなってしまうのだ。
 ところでこの飛田和緒さんという人、まったく初めて知ったのだけど、自らのウェブサイト(http://www009.upp.so-net.ne.jp/okazu/index.html)も持っている。これがなかなか良い雰囲気なのだ。Webマガジン幻冬舎(http://webmagazine.gentosha.co.jp/index.html)にも連載をはじめていた。あちこちの雑誌、テレビへの出演など、大人気の人のようですね。

◆ 夢の家
 テレビ東京で金曜夜8時から「完成!ドリームハウス」(http://www.tv-tokyo.co.jp/dreamhouse/)という番組が放送されている。建物紹介の番組というと、土曜の朝のテレビ朝日9時30分からの「建物探訪」が長く放送されているが、それとはまた違った雰囲気の番組でけっこう面白く見ている。
 その家族の状況がしっかりと描かれ、設計の段階から完成まで、それなりに長い、ひとつの物語となっている。
 しかし。僕はこの番組でいくつかの家族を見て、羨ましいとかこんな家を建てたいとかと、思ったことはないのであった。
 だいたい親は「愛する子供のために」なーんてことを言う。父親は趣味の部屋に拘り、キレイな奥さんは(ほんとキレイな人ばっかりね)、キッチンに拘る。完成した家は、ほんとうに雑誌に載っているような、生活観のないキレイなカフェのような雰囲気。家族で笑っている姿は、歯がキラリと光っていたりしている。まあ、絵に描いたようにシアワセそうなのである。
 しかし、この人達は次第に高くなっている日本の離婚率を知っているのだろうか。ちょっとキツメのローンのために仕事に励む。夢の我が家とキレイな奥さんと可愛い子供のために、どんなに帰宅時間が遅くなっても大丈夫なのである。奥さんは自慢のキッチンで毎晩フランス料理の腕に磨きをかける。けれど、この夫婦に心のすれ違いが生ずるのは時間の問題なのであった。だいたいにして、畳となんとかは新しい方がいいのである。旦那は会社で浮気をし、奥さんもお料理教室で、運命の出会いをしてします……。
 可愛い子供も最初の頃はキレイな家で楽しかった。けれど、落書きをすると母親の顔は鬼になるし、大好きなシールも取り上げられてしまう。のびのびとすることなく育っていく、いわゆる不良というか、プチ家出を繰り返し、家からはどんどん離れていく。
 家族は崩壊し、ドリームハウスと借金だけが残るのであった。
 僕が何を言っても、ヒガミとしか受け取れないのだよね。わかってます。

■ ビデオ『EUREKA(ユリイカ)』青山真治監督
 カンヌで賞を取ってそれなりに話題になった映画ということで期待して観た。セピア色の映像がとても印象的。いつになったら、この映像が普通のものに変わるのかな、ということが気になって、ずっと観ていた(笑)。
 たぶんこの映画。映画館で観たならば、全く違った印象だったのかもしれない。僕のテレビの14インチの画面では、このセピア色の映像世界はわからないや。もちろん、これは僕がわからなかったというゴメンナサイの言い訳である。

◆ 入館のお断り
 このところ、健康ランドというかクアハウスというか、お風呂のテーマパークというところが流行りのようだ。先日はさっそく僕も「大江戸温泉物語」(http://www.ooedoonsen.jp/)というところに行ってみたのだけど、確かに楽しいことろだった。休日をのんびりと過ごす。当たり前のことだけど、ようやく世の中の流れがこうなってきたのだろうかと思う。まだ行ったことはないけど、東京ドームの「LaQua(ラクーア)」(http://www.laqua.jp/spa/index.jsp)も良さそうだし、もうすぐ「豊島園 庭の湯」(http://www.toshimaen.co.jp/niwa-yu/niwanoyu.html)というのもできる。ぜひ行ってみたいと思っている。
 さて、「大江戸温泉物語」に行ったときに気になったことがあった。若い人が多かったのである。それはそれでいいのだが、それと同時に入場の際の注意書きが気になった。
 それは「入れ墨、タトゥをされている方〜のご入館は固くお断りしております」というものである。昔のサウナなんかにも当然のようにあった注意書きである。特別不自然だとも思わなかったのだが、隣でゴシゴシと身体を洗っているお兄さんなんかを見ていると、けっこうタトゥがあってもおかしくないような雰囲気。身体一面というものだけがタトゥではないはず。格闘技なんかのスポーツ選手を見ていてもタトゥをしている人は多いし、本当に普通にファッションの一部としてタトゥを入れている人もけっこう多いのではないだろうか。いったいどこからどこまでがタトゥと判断されるのか。
 テレビの時代劇とかを見ていると、二の腕に刺青を彫られている人が出てきたりするんだよね。辛い思いをしてやっと娑婆に帰ってきた人は、大江戸温泉物語に入場することはできないのだろうか。そう言えば、遠山の金さんと背中の流しっこをして、蕎麦をすすりながら一杯呑む、なんてこともできないのか……。

◆ 電化製品
 知り合いの女性(20代前半)が引越しをすることになった。そのアパートに住んで2年弱。その前まではずっと実家に住んでいて、はじめてのひとり暮らし。狭い部屋だったけど、冷蔵庫、洗濯機、電子レンジ、テレビ、他にも必要なものを新品で揃え、生活していた。
 実家に帰ることになったわけだった。「買い揃えたものはどうするの?」と僕が聞くと、ぜんぶ処分するよ、とあっさりとした答が返ってきた。
 正直に言って、僕はこのとき、身体が固まってしまい何も言えなかった。
 恥ずかしながら現在僕が使っている電子レンジは1987年製の人から貰ったものである。ガスレンジも貰い物でこれもかなり古い。でも、使える。3年ほど前に、冷蔵庫と洗濯機を買ったけれど、自分でこうした電化製品を買ったのは初めてだった。もう20年も昔のことにはなるが、その頃は何もなかった。1年経ったときに隣の部屋の人が卒業して出て行くということで、テレビと冷蔵庫を貰った。
 もちろん僕が贅沢することなく質素な生活をしているかと言うと、そんなことはない。最近も新しいパソコンを買ったし、けっこうな金額が酒代に消えていき、本代もバカにはならない。でも、何かを簡単に捨てることはできない。
 彼女が簡単に捨てようと思ったのか、その心の中はわからない。何かがいいとか悪いとか、非難するとかという話ではない。短いひとり暮らしを断念するには、何らかの気持ちがあったのかもしれない。
 僕の楽しみというのは、恥ずかしながら冷蔵庫を開けることである。これはかなり恥ずかしいことかな(笑)。ひとり暮らしにはちょっと大きめの3ドアのものである。そんなに多くのものが入っているわけではない。けれど、中に入っているものを見ると、気持ちが休まるのである。引越しをしたり、いろいろな出来事があるかもしれない。長く使いたいと思っている。仮に僕から離れるにしても、大切にしてくれる人にあげたいと思う。こんなことを言っても、中古の冷蔵庫なんて、もらってくれる人なんていないのか。

■ 東京ダイニング編集部・編『TOKYO DINING』(白夜書房)
 クリエイターの食生活&プライベートダイニング(よーするに台所ね)が載っていて、なかなかオシャレで楽しめる本です。20人以上の部屋、台所はこだわりがあって、とても良い雰囲気。料理を一品作っている過程と出来上がりが載っているために、生活感があって生き生きとしている。キレイキレイしていないところが、凄く良い感じ。ほんと、この本はお薦めですよ。

◆ 筒井康隆
 5月18日の放送の「NHK週刊ブックレビュー」(http://www.nhk.or.jp/book/)でのこと。特集コーナーのゲストは筒井康隆だった。この回は公開録画ということで、最後の方に会場に来ている人からの質問コーナーがあった。「最近の面白かった本を教えてください」という質問。筒井康隆は、いっぱいあるので困りますねぇ、答えられないです、と言う。面白くなかった本だったら言えます、と『ハリー・ポッターと賢者の石』のつまらなさを語っていた(笑)。この話はとっても面白かった(笑)。

■ ビデオ『恋する遺伝子』トニー・ゴールドウィン監督
 アメリカ映画の、それなりにいい歳の男女の出てくるラブストーリーって、観ていてほんとうに楽しくなる。恋愛というものは、ちゃんとした大人のするものだと、なんだか嬉しくなってくる。ええと、もちろん若い時の恋愛を否定するわけではないけど(笑)。
 例えば、少し前だったら『ユーがった・メール』なんかもそうだけど、登場人物は30代の後半くらいと見てもいいのではないだろうか。日本でだったら、なんとなく元気がなくなりそうな雰囲気があるけど、アメリカ映画での30代、40代の男女は、元気でかっこいい。特に女性は若くはないけど、ちゃんと生きてきたのだという美しさがある。外側だけを見繕ったものではなく、内面の魅力である。
 この『恋する遺伝子』はそんな魅力がたっぷりの映画だった。正直なところ、異論はあるのだけどね(笑)。仮にこの映画の続編の話があったら……。僕はゼッタイに、主人公の女性は、自分は間違っていたと言いそうな気がするけど(笑)。

◆ 健康診断
 馳星周公式サイト「Sleepless City」(http://www.hase-seisyu.com/)の最近の「Hase's Note」のタイトルが「健康診断の結果」だった。どうやらこの人も尿酸値の値が基準値を越えていたらしい(笑)。
 ドルフィンホテルのオフ会を「健康おたくの会」と言った参加者がいたけど、それは見当違いである。「文学」→「酒」→「健康」としっかりと繋がっているのであった。

◆ 最強伝説
 ビックコミックオリジナルをなぜか毎号読んでいる。僕の好きなマンガというのは、それなりに絵が綺麗なものである。その意味では僕の好みではないのだけど、このところついつい強い思い入れで読んでしまうのが「最強伝説 黒沢」(http://www.bigoriginal.shogakukan.co.jp/manga/kurosawa.html)というマンガであった。5月20日号の第11話「不言」で、僕は不覚にも涙してしまった(ほんとのことを言えば涙は流れなかったけど)。自分と主人公を重ねて見てしまうのだよね、ううっ。単行本が出たら買うかもしれないな。ほんとうに、この回のラストの場面は凄いのだよ。

◆ デビュー
 ついに、新しいノートパソコンを買った。いちおう使い始めた。けれど、まだ全開で使っているとは言いがたい。必要なソフトをインストールして、設定を自分仕様に変えて、なんでも言うことを聞いてくれるような状態となるには、まだまだ時間が必要のようである。それにしても、このパソコンは軽い。ほんとおもちゃのようである。Panasonic CF-T2というマシンなのだけど、重さは1キロちょっと。持ってみるとわかるのだが、重さのほとんどがバッテリーじゃないかと思うくらいに、バッテリー以外のところは軽く、正直なところなんかバランスが悪いような感じがしないではない。いっそのこと、バッテリーを本体にくっつけないで、コードで繋げるようにした方がいいのでは、と思ったくらい。
 まだ前のパソコンと平行して使っている状態だけど、僕のマシンとしては、第5代目となる。あえて、「マシン」という言い方にしたのは、パソコンの前のワープロを使っていたときがあったからだ。これから先はどうなるのだろうか。できるだけ長く、雨の日も風の日も、喜怒哀楽を共にしていきたいと思っているのだけど。おいおい、君は僕と一緒にいてくれるのかい……。



白河夜船 2003/5 #2

2003/6/9

◆ 本棚改造プロジェクト パート1
 この本棚の上に何も乗っていない状態というのは、そんなに昔のことではなかったと記憶している。新しく購入した本、まだ味読のコーナーということで並べたのがそもそもの始まりだった。縦にキレイに並べた本はいつの間には横に置かれることとなった。
「寝る本は育つ」という諺もあるように、横に寝かされた本たちは成長し、いつの間には今にも崩れてきそうな高さになってきた……。
 いつからこのような状態になったのだろうか。時の流れを僕はしみじみと感じるのであった。
 いつまでも嘆いても仕方がない。ぐだぐたと酒を飲みながらこんなことを語るのはみっともないと僕は思っている。ということで、本棚改造プロジェクトというものをスタートさせた。本棚を購入しよう。時間をかけ、僕の部屋にあったコンパクトな、、財布にやさしい、本棚を僕は捜し歩いた。
 ということで、パート2にてこの本の景色がどう変わるか、ご期待ください。

◆ 藤原香織さん
 6月1日(日)放送のNHK「週刊ブックレビュー」(http://www.nhk.or.jp/book/index.html)には、藤原香織さんがゲスト出演していた。このドルフィンホテルでのファンの多い藤原香織さんであるが、「書評家」と紹介されると、とっても失礼ながら僕はキョトンとしてしまった。この人の職業を僕のイメージで言うならば、「だらしな日記ライター」であって、どうにも「書評家」とはギャップがあったもので……。これはあくまでも僕の認識の浅さと、彼女のイメージ戦略の作戦が成功しているということだと解釈してください。なにせこの日の番組は、彼女の右手に村松友視、左手に久世光彦のいる状況で、全く怯むことなく、それはそれは素晴らしい書評家の状態であった。藤原香織さんは、大物であった。笑顔を絶やすことのない、キレイな人でしたよね。ほんとほんと。
 ちなみにこの放送での藤田さんのイチオシは、奥田英朗著『野球の国』(光文社)という本。面白そうなので読んでみようと思います。

◆ 恋の歌声
 池袋に少し前にできた『隠れ家和食 恋のしずく』(http://www.ug-gu.co.jp/restaurants/shop/shop-koinoshizuku.html)というお店で飲んでいた。新しく店ができたならば、ちゃんとチェックしたい、などと考えていたときもあった。でも、最近では面倒でどうでもよくなっている(笑)。新しい店なんて疲れるだけだ、と思っているところもあるのだけど、この店はまた行きたいという気持ちを密かに持ってしまったのであった。
 店の内装は最近流行りの雰囲気と言えばよいだろう。個室ベースとなっていて、古い日本家屋の柱や戸が使われていたりする。メニューの名前には、愛だの恋だのが入っていて(例えば「出来たて本にがり恋豆腐」「恋の肉巻き豆腐」「浪花の恋の焼うどん」なんて感じ)、注文するときにはけっこう恥ずかしい。でも、味はまあまあ。お値段もほどほどで、良いと言えば、最近のお店ではまあ文句のつけようはないだろう。
 なぜ僕がこの店にもう一度行きたいか。それは、店の内装や料理ではない。店員さんの女の子目当てでもない。それは、なーんとBGMなのであった。
 僕が小学生の頃によく世間で流れていたような音楽、いや、もう少し前の時代といってもいい。欧陽菲菲の「雨の御堂筋」、弘田三枝子の「人形の家」、三善英史の「雨」、由紀さおりの「夜明けのスキャット」、奥村チヨの「恋の奴隷」……。こうした歌声がBGMとして切れ間なく聴こえてくるのである。どう考えても、20代の皆様は聴いたことのないような音楽が。泣いちゃうよね(笑)。
 僕と同時代でない、ちょっと上というあたりが、なぜか酒を飲んでいる僕の心を揺さぶるのである。酒の肴は何よりもこのBGMなのだ。「あなたまかせの、おん〜な〜にぃ〜なりた〜いぃ〜」なんて歌詞を聴いたりすると、「そうかそうか、こういう女性もちゃんといるのだなぁ」としみじみとしてしまう。当然のように横からは「おいおい、こんな女性がいるはずないでしょ」なーなんて声が入ってくるのだけど、「あーあ、夢のない人生は寂しいよなぁ」なんて台詞が、酔っていることもあり、ついつい口からこぼれてしまったりするのである。
 酔うほどに、この時代の歌謡曲の歌詞が優しく、胸の中に響いてくるのである(←こんな恥ずかしいことも言えるようになる)。
 ドルフィンホテルのオフ会で行ったら、泣いちゃう人もいるんじゃないかな。

■ 町田康『へらへらぼっちゃん』(講談社文庫)
 このエッセイ集には参ってしまった。毎日酒を飲んでテレビ時代劇を見ていた、なんて話も面白いのだが、日常の中のちょっとした怒りのようなものが、ほんとうに面白いのだ。よくぞ、ここまで書いてしまうのか、と衝撃が走るほど(笑)。町田康を知らないよ、という人でもはまってしまうのではないだろうか。この人の本、少しずつチェックしていこう。

◆ 社長の器
「この人はさ、社長の器じゃないよね!」というセリフを過去何度か聞いたことがある。それだけ酷い社長という人が多いということである。しかし、僕はこれについて多いに反論がある。僕の会社生活の経験などほんのささやかなものでしかないと思うけど。
 問いかけをしてみたい。「社長の器」とは何なのか? ある人は社長というものについてこんな風に言っていた。「社長の器……。そうねぇ、性格悪い、女好き……」。考えてみると、この2つの要素に当てはまらない社長というのは存在するのだろうか。もちろん、ここで言う社長とは男の社長のことなのだが。
 そもそも、社長というのが「立派な人間」と信じてしまっているところに、人生の勘違いというものがあるのではないだろうか。例えば戦国時代での覇者である、信長、秀吉、家康などなど。この2つの要素を究極なまでに兼ね備えた存在と言える。仮に性格の良い、人格者と言える立派な社長がいたとしよう。今頃その会社は倒産しているのではないだろうか。
 別に社長には興味はないけど。

◆ ヤキソバ
 つい数日前のこと。突然ヤキソバが食べたくなった。仕事が終わって、帰りの電車の中だった。理由が何なのかはわからない。けれど、食べたくなったのだ。出来たてのを、熱いやつを、ふぅふぅと言いながら。僕の住む街の駅の周辺にヤキソバを出してくれる店がないではなかった。けれど、このとき食べたかったヤキソバのイメージというのは、キャベツのたっぷりと入ったやつである。海鮮風のヤキソバではなかったのである。即席カップ麺を食べるのも嫌だったので、自分で作ることにしてスーパーで材料を買った。ヤキソバの麺、キャベツ、あとニラも入れてみよう。他は冷蔵庫にあるものを入れればなんとかなる。部屋に帰ってすぐさま中華鍋を取り出し、一気に作った。焼酎を飲みながらこのヤキソバを食べた。うーん、味はイマイチ。考えてみると、こうしたソースヤキソバというものを作ったのは、生まれてからほんの数回しかなかったかもしれない。キャベツは元気がないし、具と麺が馴染んでないし、こんなにもヤキソバという食べ物が難しかったとは。チャーハンだったら、自分で美味しいなぁというくらいには作れるのだけど(他の人がどう思うかは全く別のこと)、このヤキソバの難しさにノックアウトしてしまった。チャーハンもそうだけど、このヤキソバというのは男らしい料理なのではないだろうか。ガンガンという力強さがある。ああ、上手いヤキソバを作るぞ! と心に誓ったのであった。(注)すぐに忘れるかもしれません。

■ ビデオ『フィラデルフィア』ジョナサン・デミ監督
 WOWOWで放送されたものを観る。ちなみに僕の部屋には、主にWOWOWとNHKーBSで放送された映画のビデオテープが相当な数になっている。洋画の場合、字幕を見る必要があり、心して観る必要がある。けっこうビデオを観るというのも大変なのである。このままビデオテープが増殖していくような気がしないでもないのだが。どうなってしまうのだろうか。
 さて、この物語は、主人公の弁護士がエイズになり、事務所を解雇され、その裁判の話である。裁判の風景は『アリー・myラブ』とは当然のように違っていて、緊張感があった。けっこう面白く観ることができた。知らなかったのだけど、このジャナサン・デミという監督、『羊たちの沈黙』もを撮っていた人だったのですね。これからチェックしていこう。

◆ 本を読む場所
 とある雑誌を立ち読みしていると、モデルさんがカフェで本を読んでいる写真が出ていた。とても落ち着けるのだと書かれてあった。
 このところ、本を読む人が少なくなったと言われている。しかし、考えてみると、本を読む場所というのもなくなっているように思うのだ。本を読むのに場所なんて関係ない!とお叱りを受けるかもしれない。それはごもっとも。でも、ひと昔前には喫茶店で本を読む風景なんて当たり前だった。けれど、最近は喫茶店というものがほんとうに少なくなってしまっている。狭く、うるさい、珈琲を飲ませる店はあるけれど、そこでリラックスして本を読めるかというと、正直なところ少し辛いものがある。
 例えば、話し声の聞こえない、静かなBGMの流れる、読書専用の喫茶店なんてものはないだろうか。ゆったりとしたソファーがあったりして、ただただ本を読むという目的のみで存在しているような場所なのだ。漫画喫茶があるではないか、とお叱りを受けるかもしれない。違うのだよ。読書専用の喫茶店はインテリアに凝っている。そのスペースにいるだけで、頭の中だけでなく身体全体がそのイメージの世界の中に入っていける。
 本というものは何処でも読むことができるものだ。けれど、この場所だからこそ、楽しくリラックスして読むことができる、なんてあってもいいんじゃないかな。
 例えば、映画館で映画を観るとき。ほんとうに良い映画であれば、古ぼけた映画館でも良い。座席が痛くても、その映画に集中して忘れてしまうような。それはそれで否定するわけではない。でも、良い映画であれば、良い座席でゆったりとして観てみたいという気持ちだってある。いくらかお金が掛かってもいいから、読書スペースでリラックスして本を読むのもいいのではないかな。

◆ 居酒屋
 池袋にあるバッカスという名前の居酒屋で酒を飲んでいた。この店がどういう雰囲気のところかというと。店に入って「2人です」と言うと、「合い席でよいですか?」と聞かれる。はいはい、と頷いて中へと入ると、おじさん2人組みがせっせとテーブルに広がっていた皿を自分の陣地へと移動させる。店員さんがキレイにテーブルと拭いて、お絞りを置いて、僕は隣におじさんにへいへいと軽く会釈をして席へと着く。そして、ウーロン杯と中生(一緒に行った奴)を注文し、本日の焼き魚が何かを聞き、大根サラダ、さつま揚げ、川海老のから揚げなんかを注文するという雰囲気なのであった。見回すと、客の平均年齢は50歳を超えているのではないだろうか。ひと組だけ女性客がいたが、これも間違いなくこのくらいの年齢はクリアしている。
 ここで冷たいアルコールで咽を潤す。まあ、できたらビールがいいけど、これも人生の一こまである。少し目を閉じ、この場所は落ち着けるところであることを確認するのであった。なんということだろうか。いつの間にかこうした雰囲気のお店の方が良くなってしまったようだ。別に天狗の上海焼き蕎麦を食べたくないというわけではないけど、名も無き居酒屋のこの疲れたタバコの煙が、なんだか居酒屋しているのである。
 しかし、こうしたお店はもっともっと何軒もあったのである。ほんとに少なくなった。僕よりも、ひとまわりふたまわり上の年齢の人たちはいったい何処で飲んでいるのだろうと思ってしまう。赤羽あたりまで行かないと無いのだろうか。
 六本木のハイカラのビルの中に、こういう居酒屋を作るようなセンスは誰も持っていないのだろう。そこに日本の不景気の本質があるのではないだろーか。

■ 司馬遼太郎『城塞(中)』(新潮文庫)
 大坂冬の陣というものが、どのようなものであったのか。ようやく理解することができた。どうしてあの外堀を埋めてしまうことになったのか、である。それにしても、読んでいてどうにも歯切れが悪い。戦において、多くの人が死んでしまうことの方が歯切れが良いと言ってしまうのも、なんだか変な感じがするわけだが。
 大坂の陣というのは、一方的に豊臣側が負ける戦だとばかり思っていた。しかし、この小説での解釈はちょっと違うようだった。まだまだ、豊臣側に見方をするかもしれない雰囲気というものがあったようにも感じられる。徳川政権というものは、それほど強固なものでもなかった。だからそこ、豊臣家を滅ぼさなければならなかったのだろうか。

◆ キャンドルナイト
「100万人のキャンドルナイト」(http://www.candle-night.org/)というものを初めて知った。どんな運動(?)であるのか、よくわからない。正直なところ、静かな時間を過ごすものであり、みんなで、イベントとしてやる必要なんてないよな、という捻くれた気持ちも無くはない。でも、電気というものを消して、ほんの2時間でも時を過ごすということは、とても意義のあることだとは思う。インターネットは電気の明かりに入るのだろうか……、という悩みはあるけど(笑)。6月22日、冬至の日。どうなるのでしょうか。

◆ 行列
 僕は銀行のキャッシュディスペンサーのところに並んでいた。僕にしてはけっこうまとまった現金を持っていて、いくらか緊張していた。午後の3時少し前、僕としてはこんなに人が多いのは久しぶりで、20人くらいが迷路のようにロープの張られている中に列を成し、ガードマンがその脇に佇んでいた。
 まあ、どのにでもある風景なのだろう。でも、数ヶ月前に映画『戦場のピアニスト』を観たためだろう。なんだか強制収容所に向かうような気持ちになってしまった。
 銀行がいろいろと問題を抱えているらしい。何が問題なのか、詳しいことは僕にはわからない。でも、この狭いところでのロープを自然なことだと思っている(だろう)感性に、問題はないのだろうか。合理的と言えば、合理的である。誰が前だとか後ろだかと、争うこともないだろう。混んでいないときにはロープを片付ければ良い。仕方がないと言えば仕方が無い。けれど、どうして仕方が無いという考えで僕の大金(あのぉ人様に言わせればささやかな小金ですが)を預けなければならないのだろうか、と思えてくる。
 まあ、ロープについては100歩譲るとしよう。仮に、ムスッとした表情の制服姿のガードマンでなく、ボクシングなんかのラウンドガールのお姉さんが「あと何分」なんて看板を持って立ってくれていたならばどうだろうか。間違いなく銀行での待ち時間が楽しくなる。お金を預けようじゃないか、という気持ちにもなる(まあ、僕の小金なんて意味はないだろうけどね)。レオタードは寒そうなので、ミニスカポリスでもいいか。そういえば、先日行ったお台場の「大江戸温泉物語」も同じ状況だった。ここは係の人がレトロな服装で案内してくれて、ロープはあったけれど良い雰囲気だった。ほんのちょっとしたことで、人の心なんて和むのである。
 できればロープを取っ払って欲しいのだが、床を双六のような状態にしてそこを進んでいくなんて、楽しいのではないだろうか。待っている人はこの人生ゲームのコマとなり、ひとつひとつ進んでいくのである。時には「3つ前に進む」、なんて嬉しいこともあるかもしれない。あるところでは景品のもらえるようになっていたりすれば、楽しく待つことができ、人生にもこんなことが必要なんだなぁ、と考え預金も弾むかもしれない。ディズニーランドだって、待っている間に楽しめるような工夫がある。そう言えば、前に居酒屋で待っているときにサービスのビールを持ってきたもらったこともあった。
 あーあ、僕はこれからの人生、できるだけ行列に並ぶなんてしないで生きて行きたい。どうしても並ばなくちゃいけない状況もあるだろうけど、強制収容所に行くような気分にはなりたくないのだよ。

◆ 朝方のビックゲーム
 UEFAチャンピオンズリーグの決勝「ACミランVSユベントス」をテレビで見た。当日はどうしようか少しばかり悩んだのだった。生放送で見るべきか、それとも録画したものを見ようか。仮に結果を知らないで見たとしても、録画は録画の雰囲気がある。リアルタイムではない、というもやもやがある。けれど、試合の始まるのは夜中の3時過ぎから。もう少し早かったら起きていることも可能だし、もう少し遅かったら一度寝てしまうという手もある。どちらにしようか酒を飲みながら僕は深く考えていた。悩みというものは、それが深ければ深いほど、酒がどんどん進んでしまう。気がついたときには、テレビを見るような気力はなく、録画スイッチを押して、目覚ましをかけ、眠りに落ちてしまった。
 少しばかりアルコールは残っていたが、早起きして録画放送のゲームを見ることとなった。ちなみにこの日はお昼からのお仕事。
 開会のセレモニーを早送りし、キックオフのところへと。いよいよ世紀のゲームの観戦である。そのとき僕は毎朝かかさないメールチェックを同時に行なっていた。ふむふむと、メールを読む。あれま。今、まさに僕の見ようとしているゲームの途中経過が載っているではないか……。まあ、途中経過で最後の結果まではわからないのが幸いだったけど。
 試合を録画するときに、WOWOWにしようかTBSにしようか、少し悩んだのだけど、WOWOWにしていたのは正解で最後の場面までしっかり見ることができた。ちなみに、延長、PK戦までたどり着いたこのゲーム。途中で放送を打ち切ったTBSには相当の数の苦情があったという。
 それにしても、TBSでこのゲームをリアルタイムで見て、すぐさま仕事に出かけた人って、辛かっただろうね。

■ ビデオ『ダンボールハウスガール』松浦雅子監督http://www.qfront.co.jp/qfmovie/
 米倉涼子主演の映画、WOWOWで放送されたものを観た。それなりに、人間の真実とは何か、みたいなことが描かれていて面白く観ることはできた。でもなぁ、主人公はダンボールハウスで暮らしていながら、家庭教師をしたり、俗世間で生活したりもする。身体を清潔に保ったり、お化粧をしたりって、けっこうお金と時間の掛かることでダンボールじゃ辛いんじゃないかなぁ、と密かに思いながら観ていたのだけど……。

◆ リフォーム
 このところ好きで良く見ているテレビ番組がある。テレビ東京で日曜日の朝7時30分から放送されている「辰巳琢郎のリフォーム夢家族」(http://www.tv-tokyo.co.jp/reform/ ←このウェブサイトは詳細で凄く面白い)という番組である。それなりに、住宅とかインテリアとかが好きで、こうした建物の番組は見てきた。でも、この「リフォーム」は特別な面白さがあった。タイトルの通りに、新築の家を建てるのではない。リフォームなのである。ちなみにリフォーム番組としては、テレビ朝日で日曜夜7時58分から放送の「大改造!!ビフォーアフター」(http://asahi.co.jp/daikaizo/)もけっこう面白い。ただ、こっちの方は「匠」という人が出てくる分、立派すぎるような感じ。
 5月11日(日)放送 の「辰巳琢郎のリフォーム夢家族」では、京都の町家造りの木造2階建という家が取り上げられていた。元の家は古く奥行きが長く特徴的である。狭いけれど、確かに趣はある。けれど、住みにくそう。それがリフォームにより、現代的(と言ってもいいかな)に生まれ変わるのである。新築のキレイな、汚れのひとつもない雰囲気とは違っている。確かな心地よい生活感があって、とてもいいのである。古さは確かに残っている。でも、新しい。
 こうしたリフォームというものは、新築よりも創造性が発揮され、そのセンスが生かされるのではないだろうか。この番組を見ているうちに、真新しいピカピカのマンションには全く興味が無くなってしまった。元から予定もなにもないのだけど(笑)。古くてもいい、安い物件を手に入れ、リフォームしたいなぁ、なんて夢を見ている。
 少しばかり無理があるとは思うけど(難しく考えないでね)、村上春樹新訳の『サッチャー・イン・ザ・ライ』という本はある意味でリフォームと言えるのではないかな。いくらか古いものを、今という時代に合わせて、元の骨組みはそのままにして壁を塗り替えたりするわけだ。リフォームというものを見直すことによって、古い建物を大切にしようという気持ちも出てくるかもしれない。そういう意味では、名作と言われている本の新しい訳がどんどん出てもらってもいいのではないかと思う。翻訳というのは、ひとりだけと限定されるのはおかしな話だし、その時代によっても違ってくるのだろうし。
 現在の新築マンションの部屋の写真を見ても、とてもじゃないけど魅力的には見えない。うらやましいとは思うけど(笑)。建物だけでもなく、本だけでもなく、多くのことに、実はリフォームしていくということは、大きな意味のあることかもしれない。



無為徒食 2003/5 #3

2003/6/13

◆ 本棚改造プロジェクト パート2
 壁一面の本棚、というのが長い間の憧れだった。スチールの本棚を三つほど並べたことはあったが、どうにもオシャレとは言えない。できればオーダーメイドのもの、本の高さに合った無駄の無い、ごちゃごちゃしていない雰囲気の本棚が欲しかった。
 デパートの家具コーナーに置かれている本棚は、けっこうなお値段である。しかも、棚が高すぎたり、効果的に本を収納するという点では、かなり不満である。
 そんなわけで僕は、安く、オシャレで、集能力バツグンの本棚を探し歩いて来た。まあ、キレイで可愛く、料理が上手く、掃除好きで、本好きで、お金に興味はありません、優しく性格も素晴らしい、という女性と同じようなものだ(怒られてしまうかな)。
 悩んだ末、僕は「押入れ整理ラック」というものを購入した。ニッセン(http://www.nissen.co.jp/)のカタログ通信販売にて、7,990円(+送料1,300円)を2セット。これに消費税が入って、計19,508円。1セットに、3段の押入れ整理ラックが4個入っているので、8個を購入したことになる。
 実はこの「押入れ整理ラック」というのは以前にも1セット買って使っていたもの。なぜか同じサイズがなく、仕方なく、いくらか大きめのサイズを購入することにした。
 本来このラックには台車が付いている。でも、それを付けずに、あと取っても付けないで、壁に並べて上へと重ねた。なかなかオシャレな雰囲気になったと思っているのだけど、どうだろうか。このラックには、単行本が2段、文庫本が1段、入る。棚の位置を調整できるので、ほとんど無駄なくスペースを活用することができる。同じものをもう1セット購入すれば、天井まで3×4の壁一面本棚の状態となる。
 ちなみに現在、最上段には、以前からあったやや小さめの押入れラックを重ねている。
 押入れのダンボールに入れていた本も、本棚に収納することができた。嬉しい……。並べ方はバラバラの状態なのだけど、これから少しずつキレイに仲の良いもの同士に並べていきたいと思う。ちゃんと整理していけば、サヨナラしてもよい関係というのも明らかになってくるだろう。
 まあ、この値段でこの状態というのは、けっこう気に入っているところなのであった。

■ ビデオ『ライトスタッフ』フィリップ・カウフマン監督
 NHK-BS2で放送されたものを観る。原作本は読んでいなかったが、宇宙飛行士の話というのは知っていた。でも、その始まりには宇宙は出てこない。マッハの壁を越えるパイロットが出てくる。そう、この映画は空を飛ぶ男たちの物語だった。
 正直に言うと、僕も宇宙に憧れていた。幼稚園のときには、アポロ宇宙船の絵を描いた。たぶん、僕あたりの年代の人間にとっては、この映画は特別なものと映るのではないだろうか。

◆ 僕の好きな食べ物
 夜の11時前に帰宅になるときには、ついついスーパーマーケットを覗いてしまう。買うものがなくても、ただ歩いているだけで楽しかったりする。特に気になってしまうのが、お寿司屋さんのところである。「50%引き」なんて表示があると、じっと立ち止まったりもしてしまう。恥ずかしながら、特に好きなのが「さば棒鮨」なのである。サバに関しては、塩焼きも好きだし、サバ味噌も大好きである。でも、お寿司には特別なものがある。疲れた帰り、誰とも話をしたくない夜だったりする。まあ、腹の立つことはいっぱいあるのだ。ついついこの「さば棒鮨」を買って、酒を飲み、自分を励ますのであった。

■ 司馬遼太郎『城塞(下)』(新潮文庫)
「いまの連中は」と言ったのは徳川家康なのであった。今の時代の台詞ではない。この大坂の陣の時代はもう戦というものが無くなってから、10年以上も過ぎていたときだった。戦いを知らない、呑気な奴のなんて多いこと。「どれもこれも青臭く脾弱げで、たのもしさがかけらもない。そのくせ昔の若者とちがい、綺羅ばかりかざる」(P175)なんて台詞も笑ってしまった。
 だからこそ、真田幸村などの豊臣側の武将が魅力的に見えるのかもしれない。少しばかり、寂しい読後感があった。

◆ 菜箸
 恥ずかしながら、このところ料理を少しばかりするようになってきた。まったく低いレベルではあるのだけど、まあ楽しかったりもしている。少しずつではあるけれど、台所の器具も整ってきている。器具とまではいかないけれど、辛い思いをしながら頑張ってくれているものの存在に気がつくようになってきた。
 それが、菜箸なのである。安いものだ。100円ショップでも売っている。数本が流しのところに立てられていて、どんどん使われる。ちょっと冷蔵庫から皿に料理を盛ったりするときにも、気軽に活躍してくれるのである。ほんとうに、気が利いていて、優しい。
 しかし、何本も菜箸を使っていると、ある問題が生じるのであった。
 違った長さの菜箸を使っていたりする……。どうにも情けないな、と思いながらも。せっかく台所に立って、カッコいい男子の気分になっているというのに、この長さの違った菜箸を持っている自分を考えると、なんだかこっけいなのである。現実問題として、その長さの違った菜箸が使いにくいということもあるし。同じ長さの菜箸を使えばいい、という声は素直に聞こう。でもでも、なんで菜箸のセットは長さが違っているのだろうか。5本セットの菜箸が入っていると、全ての長さが違っていたりする。どうして同じ長さでないのだろうか。同じ長さのセットが売っているのかもしれないけど、見たことはない。世の主婦の皆さんが、それぞれの長さの菜箸を、それぞれの料理に使い分けているとは思えない。どのように長さの違った菜箸を使っているのだろうか。同じ長さの菜箸セットがあったら、即座に買おうと思っているのは僕だけなのだろうか……。

■ ビデオ『時の香り〜リメンバー・ミー〜』山川直人監督
 テレビ東京で放送された映画を観る。日本映画なのだけど、調べてみると韓国映画のリメイクということだった。いわゆるSFものである。2つの時代が交差する。僕にとっては現代よりも、いくらか懐かしい時代に生きる、吹石一恵がみちゃくちゃよかった。素朴な雰囲気がもうたまらなくいいのであった。この人、これからもチェック。

◆ 大きく口をあけて
 フレッシュネスバーガーで新作のハムサンドイッチをセットで食べた。美味しかったと言えば、美味しかったのだけど、食べている途中でハムを少しばかり床に落としてしまった。どうにもこういう大きいサイズのハンバーガーやサンドイッチを食べるのは苦手なのである。なにせ、口がそんなに大きくない。女性などでも、フレッシュネスバーガーや、モスバーガーなどが好きだという人は多い。けれど、素朴な疑問としてじょうやって食べているのだろうかと思う。だって、けっこうサイズが大きいよね。しかも、食べている途中にタレが毀れてくる。手にベターっとついたりして、あっと思っている間に中の具が下に落ち、一人で悪戦苦闘しているのである。もう少し食べやすいサイズとかにならないだろうか……。お寿司とかって、その小さなが良いと思うんだよね。でも、でっかいサイズも嫌いなわけではない。バーガーキングのハンバーガーをもう一度食べたいと思っているのは僕だけではないと思うのだけど。

■ 映画『風の絨毯』カマル・タブリ−ズィー監督http://www.kazeju.jp/
 けっこう久しぶりに映画館に出かけたような気がする。やはり、僕の部屋のテレビで観る映画とは全く違っている。映画館まで出かけるのに、この日は約1時間ほど掛かった。東京という街は、なんだかんだ言ってもけっこう広い。でも、観客席の人を見回していると、僕と同じように映画を観に来ている人がいるのだと、嬉しい気持ちになったりもする。
 この映画、詳しいことはわからなかったのだけど、日本とイランとの合作だった。イラン……!? 考えてみると、イランという国自体をほとんど知らなかったような気がする。どうしても、イラクと並んで中東という国の印象が強かったりしている。でも、この映画を観ることで、イランの人と少しは親しくなったような気がした。暖かな人の住む、とても良い国なのだと。観客席はけっこうシーンとしていたのだけど、途中でかなり笑える場面もあった。日本人の感覚から言うと、どうにもアバウトな(笑)イラクの国民性が笑えてしまうのだ。時にはイライラすることもある。でも、この映画を観終わると、ニッコリとしてしまうのである。そんなところがこの映画の一番の面白みではないだろうか。
 工藤夕貴はなんとお母さんの役であった。10代のお湯をかける少女ではなくなっていた。でも、その表情はもの凄くよかった。そしてこの映画の素晴らしさは主演の少女さくらを演じる柳生美結の笑顔だったのではないだろうか。目を閉じると、その笑顔が浮かんでくるのであった。
「全てを失った時に、新たな希望が生まれる」「こまった時ほど、人間は神に近づく」「たて糸が切れても修復できる。心の糸が切れないように」というイランの諺が出てくる。イランという国をもっと知りたくなった。

◆ かつを喰いたい!
 最初に断っておくと別にトンカツを食べたいということではありません。
 久しぶりに「天狗」に飲みにいった。どこの街にもある居酒屋ですね。昔はよく行っていたものだった。特に「海鮮皿うどん」を食べるのが定番だった。とにかく安いしね。
 いつの間には「天狗」で飲むことは無くなっていた。歳とともに、うるさくない、静かなところで飲みたくなってきたのだよね。なぜ、この日僕がこの店に入ったか。それは表に出ていた「かつを」という文字だった。「かつをたたき」「かつを土佐造り」というものを食べたくてどうしようもない気持ちになってしまったのだ。もう一年とちょっと前くらいになるけど、四国は高知県を旅していたことがあった。毎日毎日、食べていたのだよね。美味しくて美味しくて全く飽きるということもなかった。また喰いたい。
 そんなわけでこのウーロンハイを注文したあと、すぐにこのかつをのメニューを注文した。するとなんと、もう終わってしまったという答えが……。ああぁ、なんで僕はこの店に入ってしまったのだろーか。この夜はあまりにも悲しく、ずっと酒を飲み続けてしまっていたのであった。

■ ビデオ『ランドリー』森淳一監督http://laundry.robot.co.jp/
 NHK-BS2で放送されたものを観た。たぶんこの映画は窪塚洋介で話題になっていたのだろうと思う。でも僕にとっては、相手役の小雪がもの凄く良かった。透明感、素朴、純、なんていったらいいのかわからないけど、その目立たないけれど、光る存在感がたまらなかった。彼女の演じた水絵という存在も、なんだか惹かれてしまうのだ。キレイである意味で人生をエンジョイしていたのに、ちょっと別な人生を歩んでしまう。でもな。最後の表情が忘れられないものだった。

◆ 大根おろし
 ほぼ、毎日といっていいほど、大根を食べている。納豆を食べるときに、大根をおろして入れているのである。ちょっと入れるだけなので、たいした量ではない。でも何度か指を切ってしまったということがある。ヘタクソと言われてしまえばそれまでなんだけどね。
 実はこの大根おろしが、朝の一番の緊張の時間だったりしているように思うのだ。失敗しないようにと、けっこう緊張するのである。ほんとうに、これで眼が覚める、みたいな。
 小さくなった大根はどうやっているのだろうか。ギリギリまで大根おろしでおろしたい。けれど、小さければ小さいほど、危険が伴う。ストッパーというものもあるにはあるけど、小さいのはやっぱりできないし。
 ほんの少しの量を、簡単におろすことができて、なおかつ洗うのも簡単、という新型大根おろしはできないものだろうか。大根の消費量は増え、多くの人が健康になっていくように思うのだけど。大根おろしで悩んでいるのは僕だけなのだろうか。

■ 村上春樹『少年カフカ』(新潮社)
 まだ読んでません(笑)。だって、厚いんだもんなぁ。ウェブサイト「海辺のカフカ」を本にまとめたものである。あえてCD-ROMではなく、こうした形にしたセンスというのはほんと素晴らしいのひと言ですね。そしてこの本、
読者のメール1220通に対して、村上春樹が全て答えているのである。すっ、凄すぎる。あまりに圧倒され、読むことができずにいるのであった……。
 それにしても。よくよく考えてみると、この読書夜話のサイトの名前は「ドルフィンホテル」である。村上春樹さんと、とっても関係のある名前である。掲示板でのコメントしないというは、やっぱりまずいかなぁ、なんて反省したりもしてしまった(笑)。まあ、僕はマイペースでやりますが。

◆ にがり報告
「にがり」を購入してから、ひと月ほどが過ぎた。良かったのかどうなのか、報告を書こう書こうと思いつつ、時間が経ってしまっている。結論から言うと何ら変わっていない。というよりも、あんまり使っていないのであった(笑)。なぜかというと、理由は簡単で、忘れてしまうというもの。鞄の中には携帯用のにがりを入れていて、何度か使ってはいるのだけど、ついつい忘れてしまう。気合が足りないのだろうか。ある程度、癖になれば解決することなのだろうか。まあ、せっかく買ったので頑張ってみようとは思っています。
 ところで、にがりを使っている人というのは、何にでも入れているのだろうか。例えばお茶なんかに入れるのはわからないでもない。同じ飲み物でいうのなら、お酒に入れたりしないのだろうか。おしゃれなバーなんかで、ストレートのモルトウヰスキーを頼んだときに、ににがりを入れる人なんていないのだろうか。考えると悩みは尽きないのであった。

■ ビデオ『マトリックス』アンディ・ウォシャウスキー&ラリー・ウォシャウスキー監督
 日本テレビで放送されたものを観てしまった。なんというか観ていた思ったのは、デビルマンのことだった(笑)。2つの勢力で挟まれて苦悩するというか……。別に面白くなかったわけではないけれど、新作を観るかというと、観ないだろうなぁと思ったのでした。ごめんなさい。

◆ 夏のタオルさん
 恥ずかしながら、僕はとっても汗かきっ子である。この頃はジメジメしてきて、とても辛くなってきた。外を歩いているだけで、汗が流れるのである。「いやぁねぇ、あのおじさん」なんてすれ違う女子高生に思われているのかもしれない。ああぁ。
 そんな暑い季節にはちゃんとタオルを持つことにしている。普通のサイズのタオルを鞄に入れているのだ。ややかさばるけれど、ハンカチとは全く違うのである。
 実はこんなふうにタオルを持ち歩く人というのは、僕ひとりではない。鞄からタオルを取り出して汗を拭いている人はけっこういるのであった。
 先日、タオルで汗を拭いている人がいた。僕の仲間だな、と思ったのだけど、とてもフクザツな気持ちに同時になってしまうということがあった。
 その人の使っていたタオルに、見覚えがあった。ブランドもののいくらか派手なデザインのものだった。他の人から見ると、何も問題はない。汚いタオルよりも、綺麗な方が当然いい。
 僕はそのタオルを見て、やっ、やめてくれい! と心の中で叫んでいたのであった。全く同じデザインのタオルは、我が家でも使われていた。馴染みのタオルなのだった。同じものを2つ持っていて、洗濯の度に取り替えていたので、僕の生活の一部と化していた。
 そのデザインのタオルはトイレの手拭として使ったいるのであった。物理的には別のタオルなわけで、何らかの問題があるというわけではない。でも、そのタオルで顔の汗を拭き、気持ちよさそうにしている姿と見ると……、ね(笑)。



月下推敲 2003/5 #4

2003/6/17

◆ 本棚改造プロジェクト パート3
 新しい本棚にしたのはいいけれど、それにともなってその脇に置いてあるテーブルの方も変えた。大きな大きなテーブルというか板を使っていたのだけど、スペースを取り過ぎてしまうので小さなものにしたかったのだ。それはお金をかけずにあるものを改造した。でも、これがスッキリとしていない。どうしたらよいものかと悩みつつ今日に至っている。
 問題は他にもある。前に使っていたサイズの違う押入れラックをどうしようか、ということ。このラックは空いたままの状態。キレイだなぁ、と我ながら思う。この棚を見上げ飲む酒は美味しい。でも、これが怖いのだよな。数ヶ月もしないうちに埋まってしまっているような気がしないでもない。

◆ ラーメン屋さんにて
 お昼の、いわゆるランチタイムといわれる時間帯に僕はラーメン屋さんのカウンター席に座っていた。カウンターといっても、純粋な意味でのものではなく、長いテーブルの真ん中に敷居があって、両側にひとりづつが座るというようなカウンター席である。ちなみに、ラーメン屋さんとは言っても、人気があって行列をつくるような店でもない。メニューには、しょうゆと味噌と塩と豚骨が選べるようになっていて、この季節には冷やし中華と冷やしラーメンもあった。当然のように餃子もある。
 たまには僕もこんなふうにお昼を外食で済ませることもある。仕事が忙しく時間はないけど、腹が減った。トンカツのような重いものは食べる気がしない。とにかくこの日は暑い。黙ってても汗が流れるような日だった。すっきりとした冷やし中華でも食べようかな、という気分だったのである。そして、早いとこ食べて仕事に戻らなければならないという状況だった。
 僕はひと通りメニューと睨めっこした後、店員さんに冷やし中華を注文し、お冷を飲んでいた。隣の席には親子4人の客が入ってきた。他のテーブル席は埋まっていてこのカウンター席に座ることになったのだ。まだ小学生の子供だろうか、キャッキャキャッキャとうるさいこと。どれにしようかと悩んでいるのだ。楽しそうと言えば楽しそうなのだけど、隣で本を読む僕としては、ちょっとばかり迷惑だった。あーあ、「迷惑」なんて言葉を使うと、カワイイお子様のいる人は怒るんだろーな、なんてことを考える。別に悪気はないのであった。ただ、静かであろうカウンター席がうるさかったというただそれだけのことだった。その家族はその後開いたテーブル席へと移動していった。
 こんなことは災難でもなんともなかった。問題はその次だった。僕は冷やし中華を食べ始めていたのだけど、隣には僕よりひと回りほど上の年齢のおっさんが座った。なんと、こいつ生ビールと餃子を頼みやがった。冷えた生ビールが運ばれてきた。向こう側に置けばいいものを、僕のすぐ左隣に置くではないか。おっさんはジョッキを手にに、ごくごくと咽を鳴らす……。でぇ〜ん、とジョッキをテーブルに降ろす。冷やし中華を食べているテーブルが揺れていた。
 この暑い暑いお昼に、労働に励む青年の隣で生ビールを飲むというのはいくらなんでも犯罪である。最近は喫煙席と禁煙席が分かれていたりするが、お昼のラーメン屋さんは、ぜひとも、ビール席と禁ビール席とに分けて欲しい。当然ビール席は倉庫とか天井裏とか目に付かないところにして欲しい。
 こっちはお昼の仕事時に酒を飲まないでいるだけではない。1年以上もビールを断っているのだぞ。ああ、熱い餃子を食べて飲むビールも旨そうだ……。

■ ビデオ『友へ チング』クァク・キョンテク監督
 WOWOWで放送されたものを観る。考えてみると、韓国映画というものを観るのは初めてのような。
 ひと昔前の学生の場面などを観ていると、『愛と誠』なんかを思い出した(笑)。でも、子供の頃の場面もそうだけど、日本と韓国の生活の場面って、そんなに違わないように思える。懐かしいな、綺麗だな、とか。言葉には出しにくいのだけど、共通するものというのを感じることができた。

◆ お厚いのがお好き?
 木曜日の夜だった。いつものように仕事から帰った僕はだらだらと酒を飲んでいた。焼酎をロックで飲んでいたと思う。けっこうな量を飲んでいたような気がする。数日前のことでよくは覚えていないのだけど。もうそろそろ寝ようと思っていた頃、見ていたビデオをリアルタイムのテレビに切り替えた。なぜかその番組では『罪と罰』について語られていた。難しいというイメージの本のはずなのだが、そこでは、当時のロシアでは西村京太郎のように読まれていたんだよ、と解説されていた。なんとも不思議なドラマ風というか、バラエティ風に、いくつかの視点からこの本に迫る。バーで男が女にこの本のウンチクを語り、女がほれぼれとしたりもする。おお、僕もついついこの『罪と罰』を読んでみようか、なんて気持ちにもなってきた。
 なにせ深夜のこと。僕の本棚には『罪と罰』はない(『カラマーゾフの兄弟』はおとなしく眠っている)。おまけに僕は酔っていて、この日はそのまま寝てしまった。
 夢のようなテレビ番組だったのだけど、翌日になって調べてみるとフジテレビ(http://www.fujitv.co.jp/)で放送されてる『お厚いのがお好き?』という、毎回難解と呼ばれている本を取り上げるという番組だった。バックナンバーを調べてみると、マキアヴェッリ「君主論」、ニーチェ「ツァラトゥストラはかく語りき」、サルトルの「存在と無」などなど。まさに、厚い本ばかりが揃う。
 こんな切り口で本を特集するテレビ番組があったとは……。毎週チェックしていこうと思います。

◆ 時代の変化
 プロジェクトXという番組をついつい見てしまっている。中島みゆきの唄う歌詞の意味が今だによくわからないでいながらも。見ていて思うのは、僕よりひとつ上の世代なのだなぁということである。もちろん、そろそろ同じ世代の物語が出ていたりもするのだけど。戦後日本という国が、貧しさからこんなに発展しました、なんてところが僕にとっても見ていてウルウルしてしまうのである。そんな風にこの番組を考えてみると、僕より下の世代の人間が苦労を乗り越えてプロジェクトを達成したとしても、このドラマの題材にはならないのかもしれない。
 さて、僕も少しは前の時代というものを経験している者でである。小学生のときには石炭係というものも経験した。おやつにキュウリを齧ったこともある(←おいしかったよね、なんでかわからないけど)。ぜひ、この番組で取りあげて欲しいテーマ、人がいる。まさに日本経済を支えた人達だと僕は思っている。
 それは、内職のおばちゃん達の存在である。町工場のおっちゃんでもいい。ものづくりの底辺にいるような人達である。恥ずかしながら僕もこうした業界というものに少しだけ関わっていたことがあった。その時に初めて製品は工場で作られるのではない、ということを知った。工場のラインというものは、最後の組み立てや検査の段階。実は、多くの工程というものは内職などの作業で作られていた。単価が安く(実際に1円よりも小さな単位で計算されていた)、納期が短く、あまりやりたくないような仕事である。冗談抜きで、夜なべをした仕事で電化製品などが作られてきた。
 しかし、今はこうした仕事はかなり少なくなっている。日本よりも生産コストの安い東南アジアに移ってしまっている。
 良い時代になった、とも言える。でも正直なところよくわからないのである。安くなり、便利になって、そうしたことが当たり前になって。

■ 川西正明『文士と姦通』(集英社新書)
 NHK週刊ブックレビューで取りあげられて、ぜひ読んでみようとしたのだった。内容はタイトルの通り、北原白秋、芥川龍之介、谷崎潤一郎、その他有名文士の姦通の事件などが書かれている。いやぁ、他人のこういう話って、おもしろいよね(笑)。それにしても凄いのは、こうした昔の作家の書いていたものの多くは私小説だったりしていることだ。姦通の歴史というか、不倫のお付き合いをそのまま小説に書いていたりする……。
 そして何よりもこの本の面白さは、「姦通」という言葉は生きたものにしているところだろう。「姦通をこれほど有効に利用した文士は他に例を見ないだろう」(P73)「士郎と会ってすぐ千代は姦通した」(P112)、「鶴次郎は俊子との姦通に深入りする」(P151)などなど。他にもついつい笑ってしまうというか、なるほどというか、生きるということを感じさせてくださる表現が多くあり、読んでいて楽しいのであった。正直なところ、僕はこの本に登場する文士の皆さんが好きになってしまった。これまで難しそうだと避けていたのだけど、読みたい気持ちになってきているのである。

◆ 地図
 最近街を歩いていて思うことがある。それは地図がよくわからない、ということである。例えば、駅なんかに「むらて耳鼻咽喉科医院」という看板広告があったりする。何気ない、どこにもでもあるようなもの。そこには地図が載っているのだけど、今はないパン屋さんや銀行の名前が目印として書かれていたりする。銀行名などは、直したとしても、また数ヶ月後に変わってしまうかもしれないのである。いっそのこと、こうした地図を作るときには、銀行その他、危ないところは書き換え可能の状態にしていた方がいいのではなかろうか(笑)。または、製作の日時を明確に書いておいて欲しい。地図というものは絶対的なものではなく、仮の姿なのだろうね。

■ ビデオ『ガールファイト』カリン・クサマ監督
 TBSで放送されたもの。とてもいい雰囲気の映画だった。女の子の主人公がボクシングを始めて、成長していくわけなのだが、そのクールな感じが凄くいいのだ。「成長していく」なんて書いたけど、そんな言葉がケッと陳腐に感じられるほど。何かを説教するとか、涙がこぼれるとか、そういうものでは全くない。彼女の鼓動とか汗とか、身体からの言葉ではないものがリアルに伝わってくるような。

◆ 東京の地下鉄
 東京地下鉄路線図を見るたびに、苦労してデザインされているなぁと思う。一般的なものと、都営地下鉄の大江戸線を中心としたものとは全く別の路線図のようだけど、よく見るとまぁ矛盾なくできている。ほんとうに凄いなぁと関心する。この東京の地下鉄、まだまだ工事中でこれからも増えるようなのである。この地下鉄の工事のことよりも、この路線図がどのように変化していくのか、そっちの方に興味があったりしている。
 ところで僕は東京の地下鉄というものに大きな不満を持っている。一見あちこちに行けそうな感じはするのだけど、なにせ時間が掛かりすぎる。普通の私鉄であれば、快速電車があり全ての駅に停車するわけではない。地下鉄でもたまに快速はあるけど、ほぼトロトロと走るだけ。地下のスペースを考えるなら、全てが各駅になるのはわからなくはない。でも、これだけ多くの路線があるのならば、速い地下鉄があってもいいはず。例えば、新宿―お台場まで乗り換えなしの超高速地下鉄があっていいと思うのだ。どこへも停車することなく、10分くらいで到着する。そうすれば人の流れだって、大きく変わる。
 迷路をつくるのが趣味という人がいても悪いとは言わないけど、もう少し速く疲れることなく移動したいと思うのである。

◆ 大根
 スーパーで大根を買った。大根おろしにしたり、味噌汁に入れたりとけっこう好きなのでよく買う。でも、この日はなんと148円もする大根を買ったのである。普段だったら、2分の1とかの安いものなのに。実は1本の大根は128円で売っていた(しかし我ながら細かな金額を書いてしまって恥ずかしい……)。ではこの20円の違いは何か。それは「葉っぱ」なのであった。この大根にはものすごーく長い葉っぱが付いていて、ついつい買いたくなってしまったのだ。いつもの葉っぱ付きでもほんの数センチしかなかったのが、この大根は40センチもの葉っぱがあった。これをどうやって料理したらいいのかは、まったくわからないのだけどね(笑)。

■ 松本剛『甘い水 Agua Doce』(上下巻)講談社
 1冊1200円もするコミックを上下巻2冊も買ってしまった。でも高い買い物をしたとは思わなかった。部屋に帰って、寝る前にほんのちょっとだけ見ておこうかと思ったら、時間を忘れてしまっていた。
 この本(コミック)については何もコメントする言葉がない。夏生にも、沢俣にも、相手にかける言葉がなかったように。
 この2人のこれからのことを願わずにはいられない。ただ、それだけだ。

◆ 昭和浪漫
「旨いものや こんぺい」というお店で飲んでいた。場所は池袋。ビルの地下、そんなに広い店ではない。どちらかというと騒がしく、恋人同士がひっそりと愛を語り合う、という雰囲気ではない。ではなぜこの店が紹介するに値するのか……。お店の名前のサブタイトル(のようなもの)に「昭和浪漫隠家」というのがある。そうなのだ。昭和レトロなインテリアになっている。ただの懐かしいキレイな店内というわけではない。我らの世代にとっては懐かしい汚れた看板、そしてそして、ヒーローもののグッズが置かれていたりもする。ちょっとゴチャゴチャしている感じもあるが、すっかり馴染んでしまう雰囲気がここにはあるのだ。メニューには「じゅわっちウルトラマンやきそば」(正確にこの名前だったかは覚えていない、ごめん)なんて名前のものもある。古き時代をインテリアに取り入れている店は多いけれど、このくらいの拘りを持って欲しいものである。

■ ビデオ『インマーレ』イヒョンスン監督
 前からレンタルビデオ店に置いているもが気になっていた。借りようと思っていたのだけど、TBSで放送されラッキー(笑)。でも、少しばかり後悔もしている。TBSで放送されたものは吹き替え版だった。たぶん、言語のままで字幕を観た方がずっと良かったと思う。主役の女性の声がさとう珠緒だった(笑)というのもあるのだけど、やはり言葉というのも風景などと交わるもの。綺麗な映像の映画だっただけに、日本語の甘い声の響きが違ったように思えたのだ。
 この映画、何よりいいのはチョン・ジヒョン! なんで韓国の女性はこんなに綺麗なのだろう。実はこの人、『猟奇的な彼女』にも出ているのだった。まだ観ていなかったので、いつか観てみよう。
 それにしてもこのお話、この後どうなるのだろうか。

◆ MLの終り
 変わる人(といってもほんの少数だけど)にしか、わからないであろう話である。このドルフィンホテルというのは、元はウェブサイトではなかった。ニフティサーブのホームパーティー(その後、パティオという名前のものに変わる)という簡単に言ってML(メーリングリスト)のような形ではじめたものだった。ニフティサーブというパソコン通信の時代が終わり、インターネットという名前のシロモノに変わっても、ML的なものに拘ってきた。
 ある意味で、メールの延長のようなものである。1対1のメール交換ではなく、多数とのやり取り。つまり、情報というものを一方的に与えるだけではなく、受けるだけでもなく、相互のやり取りによって成り立つ関係というものが僕の考えるものだった。全盛期の時には本当に盛り上がった。メールのひとつひとつを読むのが楽しみで楽しみで、もの凄い気持ちの入ったものとなっていた。
 でも、1対1のメールだってうまくいかないことがあるように、MLというのも難しいものだったりする。ふと気がつくと何日も書き込みがなかったり。強いテーマや、やる気のある管理人の存在などが特に重要なのだろう。
 このウェブサイトと平行した形で、いちおう(ほんとうに形だけのようなものだったけど)MLは存在していた。けれど、5月31日で終わりにすることにした。
 これから先、どうなるかはわからない。なにせ、ちょっと前までインターネットなんてもの自体がなかったのだからね。いつか、「手書ガリ版ドルフィンホテル」というのはやりたいなぁとは思っています(笑)。

◆ nukesaku library レポート
 たぶん、ほとんどの人は知らないのだろうけど……。この読書夜話は毎回15の話を書くということを僕の決まりとしている。これが14でもバレることはないのだろうけど、なんというか、僕のこだわりなのである。実はもう3時間前に、14までは書き上げている。あとひとつ。今日中、眠りにつく前に更新したいと思っている。何を書いていいのか、あとひとつが出てこないのだ。
 そんなとき僕は、とある図書館のことを思い出した。「nukesaku library」(http://homepage2.nifty.com/Rumiko/index.htm)というところだ。困ったときには、この図書館のことをネタにすれば、ひとつの話ができあがる。
 このところ、僕は複数のタイムスリップもののビデオを観た。例えば、現在の僕と、10年前の誰かさんが、手紙のやり取りをしたり、ハムで交信したりする。単純で何でもその気になる性格の僕は、こういうことが現実にあってもよさそうな気がしている。いつも訪ねるウェブサイトがあったとする。僕が現在でも、そのウェブサイトの現在の時間というのは、同じではないのかもしれない。5か月くらいの時間のズレが、実はあるのかもしれない。この図書館を見ていると、冗談抜きで違う「時」にいるような気がしてくるのであった。
(なーんてこと書いたけど、あとでおこられるだろーな。何か一杯ごちそうします)



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 DOLPHIN HOTEL