◆ 本棚改造プロジェクト パート4 新鮮なうちに
本は生ものである、という話がある。魚や野菜が新鮮なうちに食べないと美味しくないように、本も旬なうちに読まないと面白くないということなのだろう。面白くなくなってしまうのかどうかはわからない。しかし、しばらく置いておくと読まなくなってしまうことは確かのようである。読みたいな、と思いついつい何冊もの本を買ってしまう。けれど、読まれることなく、陽の光を浴びることなくその生涯を終える本というのも確かに存在するのが。僕の部屋にもそういう本はある。ああ、なんだか自分のことのように思えてしまう。シクシク……(ここ、笑うところです)。
なるべくならそうした可哀想な状態にはなってほしくない。世の中には積読も読書のひとつだという人もいるけれど、やっぱり何のためにこの世に存在したのかわからないような気もする。
本は魚や野菜と同じなのである。ならば旬な状態で保存しておけばいいと僕は思ったのだった。冷蔵庫に保存してあるものは、できるだけ早く食べようという気になるものだ。スーパーで買い物をしていても、「そういえば冷蔵庫にあったからあっちの方を先に食べよう」という気になる。
ということで、僕は未読の本を冷蔵庫に入れ、一時的に保存することにした。次に読む本は、ここで待ってもらうのである。これだと「あっ、早く読んであげないと」という気持ちになるし、むやみやたらを本を買うこともなくなる。我ながらいいアイデアだと関心しているのであった。
■ ビデオ『マリー・アントワネットの首飾り』チャールズ・シャイア監督(http://www.necklace.jp/)
WOWOWで放送されたものを観る。ちゃんと観ていなかった僕が悪いのだろうけど、よくわからない映画だった。ごめんなさい。あんまり、マリー・アントワネットが偉そうに見えなかったんだよね。日本の将軍家などは、偉い人にはただ頭を下げるだけで直接会話もできなかったりという雰囲気があるでしょう。普通にみんなとパーティーをやっているし。観ていても、誰が偉いのかよくわからなかったのでした(笑)。
◆ 飛べないモバイルパソコン
1キロちょっとしかないノートパソコンを購入して、けっこう気に入って可愛がっている。もっともっと親しい関係になりたいと思っている僕は、外出するときには当然のように鞄に入れている。仮に、パソコンを開く時間がないようなスケジュールの一日だったとしても、ひょっとしたら時間があるかもしれない、とポジティブに時間というものを考えているのだ。自分の部屋でこのマシンを使っても、そんなに様にはならない。外出先のお店のテーブルなんかに置いてこそ、このマシンも喜んでくれるはずなのだ。
ところが、人生とは難しいものであった。恥ずかしながら、このところ外で使われることはほとんどなかった。僕は店に入ってパソコンを使ったときには、その時間を記録することにしている。その数値を確認してみると、一週間で40分しか外で使っていなかった。地元にあるフレッシュネスハンバーガーで一度使っただけだった。一週間だけでなく、このひと月くらいは同じようなものだっただろう。
結果的にはほとんど使われることもなく、僕のマシンはただ鞄の中で運ばれていただけだった。
モバイルパソコンを持つことのメリットとは何なのだろうか。腕の筋肉を鍛えることだろうか。なんだかよくわからないけれど、明日も鞄の中にちゃんと入れるのであった。
■ 映画『アバウト・シュミット』アレクサンダー・ペイン監督(http://www.about-s.jp/)
アメリカでも定年退職したオジサンというのは日本と同じように辛いことばかりのようであった。主人公は保険会社を定年退職する。奥さんと2人の、まあ楽しい老後の生活へと入ったわけだ。仕事生活をしているときには、立派な人生だったのだけど……。ある意味で笑えてしまう話でもある。長い結婚生活において、なんと彼はトイレで用を足すときに、立ってしてはダメと奥さんに言われ、ずっと座って用を足していたりする。結婚とはなんと窮屈なものだろうと思ってしまう(笑)。
ひとり娘は遠く離れ、自分の言うことなんて何も聞いてくれない。正直なところ、この映画を観て、我がことのように思い泣いてしまうオジサン達はものすごく多いのではないだろうか。
ちなみにこの映画のウェブサイトの中に「あなたの中のシュミットさん度チェック」というのがある。僕の結果は40%で、「あなたは、それなりに“シュミットさん”です。」という結果だった。「実は、寂しがり屋」なのだそうでした(笑)。
◆ アルネ通信
『アルネ』(http://www.iog.co.jp/arne.html)の第4号を購入する。新宿の青山ブックセンターは、ほんとにこの雑誌の扱いにチカラが入っている。文芸書のところにも置かれているし、料理のコーナーにもある。ついつい何冊も買ってしまいたくなる(嬉)。
今回は、高知が取り上げられているのが嬉しかった。ちょうど、高知のサナカを食べたいと思っていたところだったのだ。高知の日曜市の写真が出ていたのだけど、とてもよい雰囲気だった。
この雑誌に載っている写真というのが僕はとても好きだったりしている。そんなに芸術的にチカラの入ったものではない。例えば、そうめんの作り方なんかの写真が載っているのだが、さりげなくて美味しそうなのである。部屋のちょっとした景色など、そういうのがとてもいい。
■ 高村薫『半眼訥訥』(文春文庫)
前から読もう読もうと思っていた彼女のエッセイ集である。新聞などに掲載されていたものが多いので、社会的なテーマが多いと言えるのかな。正直なところ、最初の方はやや警戒しながら読んでいたようなところがあった(笑)。僕とは考え方が違うなぁ、なんてだ。まあ、違っていて当然なのだけど。面白いなぁと思えるようになってきたのは、家庭の話が出てきたあたりからだろうか。「食卓の記憶」(P77)という話がある。その中に興味深いことが書かれていた。なんと、「小説の主人公を造形するときに、その人物が子供のころに、どんな食卓でどんなものを食べていたかを、必ず考えてみることにしている」というのである。
食卓ネタでは「キッチンの現実」(P182)なんて話も面白かった。システムキッチンのぴかぴかについて。確かにそうなのだ。雑誌などに出てくるおしゃれなシステムキッチンには布巾は掛けられていない。でも、実際問題台所仕事をすれば、布巾は常に使うもの。キッチンという場所は作業場なのだ。そうだそうだ、と納得することが多かった。
他にもいくつかの興味深い話が書かれている。「介護のこと」(P255)という話も読む人にとってはこたえるかもしれない。
また彼女の小説を読みたくなってきた。
◆ 社会人野球の不思議
このところ野村克也が監督をやっているということで、社会人野球のSHiDAX(http://www.shidax.co.jp/sf/yakyu.html)がよくスポーツニュースに取り上げられたりしている。夏の東京ドームでの都市対抗野球大会に向けて社会人野球も盛り上がっているわけである。
サッカーでもプロのJリーグとアマチュアのJFLがあるように、野球の社会人野球(なにかカッコいい名前があればいいのにねぇ)も頑張って欲しいと思っている。
しかし、素朴な疑問があるのだった。社会人野球のウェブサイトなど調べてみても、その公式戦のほとんどはトーナメント。負けたらそれでお終いのトーナメントである。例えば、野球とサッカーとを比べた場合、野球の方がピッチャーという存在が大きく、リーグ戦でこそチームの実力が測れるものだと思うのだが。サッカーのワールドカップの決勝がたったの1試合で決まるのに、メジャーリーグ、日本のプロ野球も、7試合もやって勝者を決めている。高校サッカー(正確にはU-18ですか)だって、トーナメントからリーグ戦(プリンスリーグという名前はいまいちだけど)と進化している。早朝にあちこちで行なわれている草野球だって、リーグ戦が多い。
なんで、社会人野球はトーナメントばっかりなのだろう。数多くのチームがあるわけで、金銭的に余裕があり、観客を多く集めてやっていきたいというところで、リーグ戦をやればいいと思うのだけど……。わかりやすいし、応援もしやすい。プロが面白くなかったならば、アマチュアリーグを応援するかもしれない。サッカーであれば、当然のような発想である。いろいろと事情はあるのだろうけどね。
■ フレッド・ウルマン/清水徹・美智子訳『友情』(集英社)
NHK週刊ブックレビューで紹介されていた本で、この帯には河合隼雄が推薦文を書いている。ブルーの表紙でとてもいい雰囲気である。タイトルの通り、2人の少年の友情の話である。しかし、ちょうど不幸な時代にこの2人は生きる。静かで、繊細で、きれいな描写溢れる物語。それだけに、この本を読むことは辛いことでもある。
戦争というもの、国や民族というもの。この物語の背景はとても深い。それは、決して過去の話ではないように思える。
あとがきによると、イギリスはフランスでこの本はとても評判になり、高校生などにも多く読まれているらしい。日本では「日本図書館協会選定図書」「全国学校図書館協議会選定図書」ということになっている。
やや話は違う方向になるかもしれないが、僕は少し虚しい気持ちにもなった。とても良い本だと思ったのだ。けれど、多くの人がこの本を読んだとしても、イラク戦争のような現実というものは今も存在している。本を読むということに、どんな意味があるのだろうか。そんなことを考えたりもしてしまう。
◆ 映画の時間
今年になり映画を何本か観るようになって、思うことがある。その上映時刻の設定についてである。素朴な疑問になるのだけど、どの映画館もほぼ同じような上映時刻になっている。もちろんぴったり同じではないが、大きく離れてはいない。例えば、新宿の場合。歌舞伎町と新宿三丁目とで同じ映画が上映されているとすると、15分のズレがあったりする。おおまかに最初の回は11時前後で、最終の回は19時前後になる。各映画館で、だいたい30分くらいのズレがある。もちろんこれにもモーニングショーとかレイトショーとかの例外はある。
こうした上映時刻の設定というのは誰がどのように決めているのだろうか。僕にはどうしても多くの人に映画を観てもらうような設定にはなっていないと思うのである。僕の現在の仕事の終了時間というのはかなり遅いので、基本的に仕事が終わってから映画を観るのはできない。けれど、夜の8時、もしくは9時くらいから映画が上映されたなら、かなり楽なのではないかと思う。ちょっと残業してでも大丈夫だ。電車での移動だって時間が掛かる。5時ぴったりで仕事が終わるなんで普通のサラリーマンだってそんなにはないのではないか。例えば、7時くらいまで仕事をしていた。計算が合わない。上司の馬鹿な顔を思い出した。イライラしてこのまま仕事をしても捗りそうがない。「仕方がないなぁ、ちょっと気分転換に映画でも観ようかな」という状態のときでも映画を観に行きたいではないか。しかし、現実には最終の回の入場は既に終わっているのである。あえて映画を観ようとするなら、ピンク系の3本立てとかの映画になってしまう。まあ、映画なんて観ないで早く家に帰ってビデオを観れば安くあがるよ、と言われればそれまでの問題である。
最初の回にしても、問題がある。仕事が忙しく有給休暇を取ることもできないよ、という人は多いだろう。ただ休暇日数を残して休むことなく消えてしまうよりは、半休として消化する人だって多いはず。いつもと同じように自宅を出て、半休を取り午前中に映画を観る。ただ二日酔いなどでだらだらを半休を消化するよりは、内容のある充実した半休となるはず。ひと月に1回くらい、こんな風に映画を観ることがあっても良いはずだ。しかし、お昼までの時間に映画を1本観たくても、11時くらいからはじまった映画が終わるのは午後の1時を過ぎ、午後からの仕事開始には間に合わないのである。
どう考えても、上映時刻をもう少し別にしていけば、映画の観客は増えるはずである。
しかし、現状が維持されているのはそれなりに理由があるのだろうと、僕は考えてみた。午後の1時半から2時頃。営業マンが午後からの外周りに出て、ちょっと時間の空いた頃ではないか。確かに、仕事をサボっているサラリーマンの姿は多い。確かに現状の上映時刻には意味があるのかもしれない。
■ ビデオ『太陽の少年』チアン・ウェン監督
中国、文化大革命の時代の北京を舞台とした青春物語というものか。もっと中国の時代というものが描かれているのかと思っていたのだけど、直接的にそういうものはなく、ある意味で普通の青春映画と言えるものだった。最近はそうでもなくなったけど、中国という国は遠いところだった。その国でどんな暮らしがあったのか。10代の若者はどんな風に生きたのか。世界各国、どの国もそんなに変わらないのだろうな。そんなことをこの映画を観て感じたのだった。特に、少年が年上の女性に対して描く気持ちというのはね。胸にぐっと突き刺さるのであった、とここで少しシミジミしたりする(笑)。
ところでこの映画、劇場のスクリーンで観たならば、全く印象は違っていたのかもしれない。太陽の光が、これでもかこれでもかというくらいに効果的に使われている。ほんとうに綺麗で印象的。この映像を観るだけでも十分に楽しめる映画だと思う。
◆ 金は天下のまわりもの
恥ずかしながらずっとお金とは縁のない生活というものをしている。かつての僕は、大金持ちになった自分を想像していたようなこともあった。今も思わなくもないけれど、ちょっとはお金のない生活を楽しめるようにもなってきた。
さて、この「金は天下のまわりもの」という諺は本当かどうか、改めて考えてみようと思ったのだった。何せ僕は、お金がぐるぐると回っているところなど見たことがなかった。もちろん僕だってそんなに馬鹿ではない(と思う)。大人になって、お金持ちになれば、十分にまわってくる。輪廻転生というように、お金だけでなく、普段のおこないというものも、いつかは自分に帰ってくるのだと、人生論として考えていた。
しかし実際問題、希望を持って生きていてもお金はまわってこない。では、この諺はウソだったのか。
僕はよーく考えてみた。いくら考えてもわからなかった。でも、先日サッカーを見ているときに、この謎が解けた。ちゃんと、まわっていたのだ。
世界というものは、セリエA、セリエB、セリエCというように強いもののグループ順に分かれている。お金はまわっているのだけど、そのグループの中でのみまわっていたのだ。セリエAというグループでは、信じられないような大きな金額がまわっている。しかし、セリエCでは小さな金額だけである。僕の所属するセリエUでは、割り勘の時に発生する一桁の金額があっちへいったりこっちへいったりとお金がまわっていた。
お金はまわっていたのだけど、あくまでも、そのグループの中でまわっていたのであった。
しかし、このグループはたまには入れ替え戦というものが行なわれる。それはそれは、壮絶な争いであったとさ。めでたし、めでたし。
■ 松浦弥太郎『最低で最高の本屋』(DAI-X出版)
ある意味でのサクセスストーリーと言えるのだろうか。この作者はブックショップを始めた。この本を読むと、自分でも出来るのかなぁ、なんてちょっとした希望を持たせてくれる。そういう意味ではとても面白く読んだ。ちょっと生意気そうな雰囲気だったけど(本人もそのように書いていた)、それはそれで微笑ましかった。
作者である松浦は現在「COW BOOKS」(http://www.cowbooks.jp/)という本屋を開いている。小さいけれど、よさそうな雰囲気。一度入ってみたいとも思う。おしゃれでこだわりのある感じが凄くいい。本を読む、という印象は世間では少し暗いみたいで、こういうオシャレな本屋がもっともっと増えていけばと、思ったりもする。
さて、ここでこの本についてのネガティブな印象を少しばかり。普段僕は本を語るときに、「おもしろくない」というようには言わないようにしている。読んでいない人に対して、ネガティブな話をしてもやっぱりフェアじゃないよなぁ、という気持ちがあったりしているからだ。ただ、この本の場合は、本についての本ということで少し例外的に考えよう。
この本を読んでの素朴な疑問があった。この人は本を読むのが好きなのだろうか、と思えてしまった。少なくとも僕には、本が好きで好きでたまらないんだという気持ちをこの本から読み取ることは出来なかった。
もちろん本が好きだということは人によって違うことだろう。なんだか少し考え込んでしまったのだった。
◆ ただ単に食べるために
知り合いが横浜中華街まで夕飯を食べるということで出掛けて行った。どこから出発したかというと池袋からである。まあ、最近は湘南新宿ラインというのが出来て早く着くようにはなったけど、僕には信じられない話だった。ちなみにうまくいけば1時間しないくらいで池袋から横浜中華街まで行けるみたいだ。ただ各駅電車に乗ればかなりかかるだろうね。
例えばこれが横浜文化体育館にプロレスを見に行ってその時に中華街で食事をしよう、というのであれば話はわかる。しかし、ただ中華料理を食べるという目的だけである。行くときにはその食事を頭の中に描いて楽しいかもしれないけれど、帰りは2時間とかの長い時間を費やすのである。たぶん僕だったら、帰り着いたときには腹が空いてラーメンでも食べてしまうだろう。
友人にこの話をするとあっさりと、「それはね、歳を取ったということなんだよ」と言われてしまった。確かに、片道2時間というものを苦にすることなく美味しいものを食べたいという若かりし時が僕にもあったかもしれない。はたしてどっちなのだろうかね。大人になったということなのか、大切なものを失ったということなのか。
■ ビデオ『クロエ』利重剛監督(http://chloe.acommy.com/)
この映画の原作はボリス・ヴィアンの「日々の泡」、劇場公開されたときから気になっていて、観たい観たいと思っていたものだった。監督の利重剛は以前『ZAZIE』という作品を観たことがあって、とても良い印象を持っている。
正直なところ、この『クロエ』がどうだったかというと、ちょっと物足りない印象だった。でも、ともさかえりちゃんはナイス! 特に2人の出会いの場面は凄く好きになってしまった。めちゃくちゃいいです。
◆ 同潤会アパート
NHK教育テレビ・ETVスペシャルで「同潤会アパートが語る昭和史」(http://www.nhk.or.jp/etv21c/update/2003/0621.html)というのが放送されていた。ちらりちらりと同潤会アパートという名は知っていたが、それがどのくらいの古さで、どうして建てられたものなのか、何も知らなかった。
とても興味深い特集番組だった。そのデザインは現在あちこちにあるどのマンションよりも、モダンに思えてしまう。もちろん、実際問題としてその古い建物の中に住んでみることには問題があるのだろうけど。ちなみに僕も子供の頃、アパート暮らしというものをしていた。狭くておしゃれでも何でもなかったけど。でも、同じアパートに住む人と遊んだり、ひとつの社会の中にいたのだなぁと思ったりもする。
現在東京では多くのビルが建てられている。ほんとうに、50年、60年が過ぎたときに、どうなるのだろうと思うのだ。この同潤会アパートのように、大切な存在だったという建物はあるのだろうか。
異路同帰 2003/6 #2
◆ サクランボ
さくらんぼの盗難事件が多いのだという。この果物の名前を聞いても何とも思わない僕はキョトンとしている。今年も実家から送られてきた。これをどうしようかと思っている。フフフ。
それにしても、さくらんぼを盗むなんて大変な苦労だと思うのだ。脚立にのぼり、ひとつひとつ「手」で採っていくのである。僕なんか手伝わされて10分くらいですぐに嫌になってしまっていた。こんなにも苦労の伴う泥棒というのは他にはないのではなかろうか。
まあ、泥棒される方も大変だよね。大切に大切に育てて(雨とか虫とかに弱く、繊細なのだ)、収穫の時期は一年に一度のほんの数日。
ちなみに今年の収穫は少ないのだという。佐藤錦はちょっと甘さが足りないような気がした。ナポレオンの方が今年の場合は味にメリハリがあって美味しいのではないだろうか。本当にさくらんぼが好きだ、という人はナポレオンの方が美味しい、という話です。
さくらんぼが好きだ、どうしても食べたい、という人は直接さくらんぼ農家に注文するのがいいでしょう。綺麗に箱詰めされたものではなく、バラだったらけっこう安い値段になるはず。こういう指定で頼めるのかどうかわからないけど、ちょっとキズものだったら、ぐっと安くなるのでは。味は全く変わらないしね。デパートでバカ高いのを買ってはいけません。
(注)左が佐藤錦、右がナポレオン
■ ビデオ『こころの湯』チャン・ヤン監督(http://www.ponycanyon.co.jp/pc-movies/2001/roadshow/shower/index.html)
「大地の子」でおなじみのチュウ・シュイ(朱旭)が主演している。北京の下町の銭湯の話なのだけど、なんだか日本の下町が舞台だとしても何らおかしくないような雰囲気。とてもよい映画だった。最後の方に「銭湯での風呂こそ贅沢というものだ」というセリフがある。銭湯(あくまでも銭湯でなければならない)に行って、のんびりとしたい気持ちになるのであった。
ところでこの映画を観ての素朴な疑問があった。中国ではパンツをはいてお風呂に入るのだろうか? 女湯がなかったのだけどなんで? 僕だけの疑問なのだろうか……。
ところで中国映画のひとつの傾向かな、と思ったりしていることがある。この映画の場合、「ほのぼのとした」という表現が当てはまるのだけど、実はけっこう厳しい現実というものが描かれている。それは本当に厳しいものなのだ。チャン・イーモウの『至福のとき』なんかもそうなのだけど、よくよく考えてみると、どうしようもない辛い気持ちが胸の中に残っていたりする。
◆ お昼のパスタ
休みの日に新宿や銀座などの大きな街に出かけることがある。最近は映画を観たりすることが多い。そんなとき悩むのはどこで食事をするか、ということだった。僕という人間は人込みが苦手である。それにどうにもひとりで飲食店に入るのが苦手なのである。ラーメン屋さんくらいだったら入れるのだけど、ラーメンはもう飽きた。それに、ゆっくり食べる、という雰囲気の食べ物ではないので、落ち着かない。せっかくの休みなので昼間からビールでも飲みたいところだが、なかなかゆっくり出来て、気軽にひとりで入れる店というのはなかったりする。探しているうちに、どうでもよくなって牛丼で済ませてしまったり、なんてこともあった。
ところが、気軽にゆっくり、おまけに酒も飲めるというランチのあることを発見した。イタリアンもしくはパスタのお店に入る。店内はラーメン屋さんじゃないけれど、麺類の店ということからだろうか、ひとり客が多い。いろいろな種類のパスタがあり、楽しそう。注文してからすぐに出来たものが運ばれてこないところがいい。何よりも嬉しいのは、セットメニューがあったりする。パスタにサラダにドリンク。サラダはちょっとしたもので、どうでもいいのだけど、問題はこのドリンク。珈琲やオレンジジュースなどというソフトドリンクだけでなく、ハウスワインもセレクトできたりする。1000円ほどのお値段で、昼間からアルコールが飲めるのである。財布に優しいというのもナイス。何倍も飲むわけでなく、1杯だけ飲むところがちょうどいいほろ酔い状態となる。休みだからこそ飲めるのだ、というなんとも言えない嬉しさがあるのだ。
ということで、あちこちのランチパスタ+ハウスワインを楽しみたいと思っている。
■ 武田徹『戦争報道』(ちくま新書)
ジャーナリズムというものについて、第二次世界大戦からベトナム戦争、湾岸戦争などの報道が書かれている。ビデオ・ジャナシルト・スタイル、そしてインターネットなど、その視点はとても興味深いものがあった。
特に面白かったのは、デイビッド・ハルバースタム、映画「地獄の黙示録」、湾岸戦争の報道管制、ジャーナリスト田中宇など。驚かされるようなことも書かれていたりしている。
この本の帯には「メディアが戦争を作る!?」と書かれている。つい最近はイラク戦争というものがあった。世界のどこかでは戦争が起こっているのかもしれない。報道というものを受け取る側も、よく考えていかなければならないのだろう。
◆ 堕落していく人生
暑い、毎日が暑く、ほんとうに辛い季節になってきた。疲れて帰ってきた僕は、ドアを開けた瞬間に、ちょっと嬉しい気持ちになった。いつもなら、外以上に締め切った部屋は蒸し暑い。しかし、涼しくて気持ちのいい温度になっていた。今年になって2度目のこと。クーラーのスイッチを消し忘れたのだった。
僕は椅子に座り、しばらくボートその冷気の中にいた。嬉しい気持ちになったことについて考え込んでしまったのだ。昨年も何度かこういうことはあったが、なんと無駄なことをやってしまったのだろう、とその失敗を悔やんでいた。ところが僕は消し忘れてラッキーと思っていたのである。
こんな風に人間という生き物は堕落していくのだろうか。
■ ユイ・ホア(余華)『活きる』角川書店
昨年僕の観た、映画・ビデオの中で最も印象に残っているといってもいい作品はチャン・イーモウ監督の『活きる』だった。その原作となる作品を前から読みたい読みたいと思っていた。なぜだかわからないが、翻訳物の小説というと、英語のものと決めてしまっていたような感覚がある。書店へ行っても翻訳物のほとんどは英語からのものが圧倒的に多いわけだが。映画と同様に、中国の小説というのは特別な面白さがあるのではないかと、この小説を読んでその思いを強くした。
映画と小説はやや話が違っている。映画と小説の関係はやや複雑で、途中だった小説が映画になることになり、ユイ・ホアも映画のシナリオに参加する。その後、小説が完成される。どちらかというと小説はより主人公の福貴の物語という性格が濃く、映画の方は、コン・リーが演じる家珍との夫婦の物語という感じがした。
僕の世代というのは正直なところわからないのだけど、親の世代の人など、戦争のあったことの「食べられない」という時代を経験した人がこの小説を読んだなら、かなり共感を得るのではないだろうか。食べるために、家族が寄り添い、ぎりぎりの生活をする。戦争だけではなく、文化大革命など、いくつもの困難が家族に襲い掛かる。それでも、人は活きていく。その姿を、静かに感じることができる。
中国の小説は、書店で探してみてもほんとうに少ない。けれど、これからも読んでいきたい。
◆ 新しい図書館の形
六本木ヒルズというのが何かと話題になっている。眺めのいいと言われている景色(行ったことはないけど、東京の景色なんてたかが知れていると思うのは僕だけだろうか)、美味しい料理(ただ高いだけだだと思うけどね)が売り物の様子。勝手にやってくださいと、興味はなかった。けれど、この六本木ヒルズ森タワー49Fに凄いものが出来たらしい。
ここに「知のワンダーランド・アカデミーヒルズ」(http://www.academyhills.com/library/)というものがある。スクールなどが入っていて、勉強できるようになっている。僕の興味をひいたのはこの中にある。「アカデミーヒルズ六本木ライブラリー」というところだ。簡単に言うと会員制の図書館である。個人での入会では、入会金:10,000円、月会費:6,000円という金額が掛かる。けれど、このサービスを考えた場合、けっこうお得な会費のようにも思える。
わざわざ六本木まで行こうという気にはならないけど、近くにあったなら入会したい気持ちにはなる。ぜひ成功して、あちこちに同じようなライブラリーが出来て欲しいものである。
■ ビデオ『ウォーターボーイズ』矢口史靖監督
フジテレビで放送されたものを観る。とても楽しむことができた。でもなぁ、途中経過と最後の場面のギャップが大きすぎませんか(笑)。
この映画はこれで良かったのだけど、あのシンクロの場面を生で見てみたいものだと思いました。夕方のニュースの特集で、モデルとなった高校のシンクロの映像を見たことがあったのだけど、凄く良かったもので。
それにしても、高校生の女子の可愛さ、男子のハチャメチャさっていいですよねぇ(笑)
◆ 本を読むということ
先日本を読んでいて、ふと思ったことがあった。本の読み方というのだろうか、そういうものが以前と比べ違ってきているのだな、と。これは自分の中でのことで説明するのは難しい。けれど、確実に変わったなと思う。
前は本というものに対して絶対的なものを求めていたように思う。ナンバーワンの作品、作者でなければ認めないというような。中途半端なものではなく、生涯を捧げられるか、みたいな感じである。まあ、笑ってしまうような話になるかもしれないけど。ナンバーワンになれるかどうかを見極めるために、その作者の作品をどんどん読んでいく。妥協できなかった、というのだろうか。
最近は少しばかり違ってきている。ちょっと自分とは違うけれど、こういうところはとても良い、そんな風に読めるようになってきたのかもしれない。本を読む自分の方の問題なのだろうけど、許容範囲が広がってきたと言えるのだろうか。
■ ビデオ『スローなブギにしてくれ』藤田敏八監督
テレビ東京で深夜に放送されてものを観る。この映画の原作の片岡義男は何冊か読んでいる。角川書店が全盛の頃、あの赤い背表紙がとても目立っていたんだよね。内容もシャレた雰囲気で、けっこう楽しんで読んでいた。
正直なところこの映画、一生懸命観ていなかったというのもあるのだけど、よくわからなかった。浅野温子の演技が凄いというか、けっこう笑えてしまったのだった。
◆ 焼酎を飲む
渋谷に東急百貨店の近くにある「茂蔵ダイニング」(http://r.gnavi.co.jp/g814500/)というお店で飲んでいた。渋谷なんて街で飲むのは久しぶりのこと。どうもゴチャゴチャした街という印象があるのだけど、この辺りまで来ると少しは落ち着いている様子。特にこの店はこじんまりして、静かでオシャレで(僕のキャラクターには合ってないのだろうけどさ)良い雰囲気だった。この店の特徴は焼酎のメニューが充実していることだろうか。黒糖焼酎なんてものを生まれて初めて飲んでしまった。これはけっこうキツイ(笑)。まだまだ味はよくわからないのだけど、お店では飲む酒は焼酎が多いのであった。
ちなみに、このときは20年ほど前に出会った友人と3人で飲むという会だった。就職の時に一緒に飲んだんだよ、なんて言われたのだけど僕はも忘れてしまっていた。僕はまだまだ若い気持ちでいるのだけど、遠いところまで来てしまったのかもしれない。その頃は焼酎を出す店なんてなかったのではないかな。
■ ビデオ『ドッグ・スター』瀬々敬久監督(http://www.dog-star.jp/)
テレビ東京で放送されたものを観たのだけど、あんまり面白くはなかった……(笑)。まあ強いて良かったところを言うならば、井川遥が良かった。けっこう騒がれている人だと思うのだけど、この映画を観た限り、そんなに綺麗とか特別とかという感じはしなかった。でも、そういうところこそが、女性の魅力なのだろうと思ったのだけど。
◆ 若者の集まるイベント
イベントのサークルというものがニュースで取り上げられていた。なんと僕はホームページなんかも覗いてみてしまった。とっても楽しいイベントである、みたいな感じで書かれていたのだけど、僕には全く楽しそうには思えなかった。集まってわぁーわぁーやって何が楽しいのだろうか、と……。
例えば、居酒屋で酒を飲んで語り合うのだったら楽しいとは思う。話をして、その後でカラオケに行こう、というのだったら十分に理解はできる。でも、何もなく、ただ盛り上がる、という感覚が僕にはわからないのだけど。まあ、僕は暗い奴だからどうでもいいのだけどね。
例えば大きなイベントを開く場合、「読書会をやります!」とか、「みんなで料理をつくりましょう!」とか、「ウォーキングを楽しもう!」とかをテーマとした場合、若い女性は集まらないのだろうか……。
■ 映画『HERO(英雄)』チャン・イーモウ監督(http://www.hero-movie.jp/)
この映画はまだ観ていない。8月の公開される。先日は新聞にも広告が出ていた。これまでのチャン・イーモウ作品のように単館上映ではなく、全国松竹・東急系にてのロードショーとなる。内容の方もこれまでとはかなり違ったものになっているよう。そのスケールの大きさ、「マトリックス」のCGチームが制作に加わっていたり、違うことだらけ。
正直なところ、少しばかりの不安もある。商業主義に走ってしまって、面白くなくなってしまうのではないか、と。しかし、チャン・イーモウはそんな浅はかな僕の不安を見事に裏切ってくれるだろう。
ウェブサイトでは予告編を観ることができる。色使いの美しさには驚くばかり。本当に楽しみだ。
◆ そろそろ3年
つ、ついに7月になってしまった。今年もあと半年である。困ったものだ。
さて、このドルフィンホテルにはいくつかの記念日というものがある。7月1日は掲示板を新デザインにリニューアルした日だった。以前はひとつひとつレンタルのものを使っていたんだよね。そして、7月13日はこのウェブサイトのリニューアル記念日。その前から一応は存在していたのだけど、ほんとうに形だけのもの。3年前から「ちゃんと更新するサイトを作ろう」と頑張ったのであった。そう、今月でこのドルフィンホテル・ウェブサイトは3年になるのであった。恥ずかしいことを一杯書いてきたなぁという後悔の年月でもあったのだけど(笑)。
正直な気持ちを言えば、このサイト、このところ面白くないかも(笑)。僕の考えとしては、読書夜話以外のところを膨らませていきたいと思っているのだけど、どうにも現状が精一杯というところ。ただでさえ、読書夜話が遅れている。そう言えば、プロフィールを書こう書こうと思ってそのままになっている。他にも考えていることはあるのだけど。
とまあ、これからもよろしくお願いします、ということです。
意気阻喪 2003/6 #3
◆ 東京
僕が東京というところに来て、暮らしというものをはじめたとき、ちょっとした興奮があった。東京=有名人の住む街、と思っていた僕はあちこちで有名人とすれ違うものだと信じて疑わなかったのだ。まあ、笑ってくれい。田舎物だったのだよ。それから20年ほどが過ぎてこの街で暮らしているのだけど、当然のようにそうした状況というものはない。いや、あると言えばあるのかな(笑)。
東京で行きたいと思っていた場所は何処だったかというと、井の頭公園だった。テレビドラマ「俺達の旅」に出てくるところが東京だったのだ。あとは「太陽にほえろ」の景色とかかな。
実は先日、この4月に大学入学で東京に出てきた姪っ子と一緒にご飯を食べた。ちょっとばかりオジサンは緊張していた(笑)。いくつかの悩みを持ち、希望を持っていた。
彼女は東京の街を歩いて何を考えているのだろうか。どうにも心配なのだけど(笑)。
■ ビデオ『ちいさこべ』田坂具隆監督
1962年制作の映画。カラーなのだけどいくらか古めかしい街の雰囲気、とてもいい映像だった。江戸時代の風景なのだけど、どこか他の映画とは違うリアリティがあった。最近でも山本周五郎原作の映画はいくつかある。もうひとつ、という印象のものが多かったのだけど、この映画はかなり面白い方になるのではないだろうか。主演は中村錦之助、相手役は
江利チエミである。2人とも若い(笑)。
少し古い映画を観ることが楽しいと思えた一作だった。
◆ 痩せましたね
先日知り合いの女性から言われたのである。そう、「○△□さん(僕の名前ね)、痩せましたよね」と。正直に言って嬉しいものである。そんなに劇的ではないけれど、ほんの数キロでも体重が落ちていることは確か。病気になったかと、食事をしていないとかではない。運動をして、食生活にもけっこう注意しての結果である。ちょっとは努力があったわけで、それが反映されるものとなったわけだ。僕の場合は見た目の問題よりも、健康的な問題として、いくらか体重を下げたいというのがあった。でも、とにかくよかった(笑)。
こんな僕でさえ嬉しい気持ちになったわけだから、常日頃体重などについて悩める女性の皆さんは、「痩せたよね」なんて言われたらやっぱりもの凄く嬉しいのだろうね。
でも、僕の場合「痩せましたね」とは言われたけど、「カッコよくなった」とか、「キャー素敵!」なんてことは全く言ってもらえないのであった。
■ マイケル・ムーア/松田和也訳『アホでマヌケなアメリカ白人』(柏書房)
最近、映画『ボウリング・フォー・コロンバイン』の監督として話題になった人の書いた本である。
アメリカではこの本は売れているのだという。「本書は発売と同時に《ニューヨーク・タイムズ》ベストセラーリストの第1位になり、その後も長期にわたってトップ10に留まっています」(P303)と書かれている。タイトルだけでなく、かない凄い内容のことが書かれている。最初に章にはジョージ・W・ブッシュが大統領になったときの選挙について書かれている。民主党のゴア候補とほんの僅かな差を争ったときのことを。日本で選挙というものはそんなにキレイなものではないという印象がある。そんな日本の常識を遥かに超えるような、酷い(というか唖然とさせられる)事実が書かれているのであった。まあ、事実なのだろう。
正直なところ、乱暴な文章だからか、翻訳に問題があるのかわかないが、最初のあたりはやや読みにくかった。もっと普通の文章でもよかったんじゃないかと思ったりもする。けれど、チョムスキーよりはわかりやすく、面白く読めたことは確かだ。ただ、人種差別の問題など、かなり厳しいことも書かれている。そうすると、少しばかり砕けた口調であることによって、すっと読めたということにもなるのかもしれない。
とにかく度肝を抜かれ、現在のアメリカと世界の問題点が明確に書かれていると言えるのではないだろうか。この本はあくまでもアメリカという国、今の大統領について書かれているのだけど、日本だって同じようなものだろうし。ちょっとばかり、救いようのない寂しい気持ちになった。でも、こうした本がアメリカという国で売れているということが大きな驚きだった。
この本の内容を、どこかのニュースで取り上げて詳しくその事実を明らかにすれば凄いことになるのだけど。ただ、どこかから圧力が掛かって放送されることはないか。
■ ビデオ『7月4日に生まれて』オリバー・ストーン監督
偶然のことながら、7月4日にこの映画のラストシーンを観た。14インチのテレビ画面で、ラストのテロップを観て寂しい気持ちになった。主人公はこれからどのように生きていくのかと思ったのだ。
例えば、人は生きていくとき、支えとなってくれる存在が大きかったりする。それは家族であったり、恋人であったり、国家であったりする。それぞれは重要なものとして描かれている。とても辛い場面もある。でも、そうした全てのことが、どうにも寂しいのである。
テレビのニュースなどで、アメリカでの演説の場面などが映し出されることがある。その裏側にある、ひとりひとりの内面がこの映画を観たことによっと、いくらか感じられたような気がした。
実はこの映画を観たあとに、マイケル・ムーアの『アホでマヌケなアメリカ白人』を読んだ。両方とも、アメリカという国家に対しての強いメッセージになっている。同じようなテーマなのに対し、その表現の仕方は全く違っている。偶然僕はこの2つに接したのだけど、大きな偶然だったのかもしれない。
◆ 提案制度
だいぶ昔の話になるのだけど、工場というところで仕事をしていた。実際はサボってばかりで大して仕事なんてしていなかったのだけど、まあそういう時代があった。経験した人にしかわからないのかもしれないけど、こうした工場のような職場では「提案制度」というものがあった。職場の作業効率などを改善していくために、社員のひとりひとりが「提案」をしていくのである。確かその提案を入れる箱のようなものも存在していたと思う。そのやり方は会社などによっても違っているが、ひと月にいくつ以上の提案を出さなければならない、といった義務となっているところも多かったはず。その提案のほとんどは、ゴミとして捨てられるわけだが、いくつかは実行され大きな改善につながり、賞になり、いくらかの賞金になったりもした。
採用されるかどうかは全く別にして、この提案を出さなければならない、ということがけっこう苦痛の種だった。提出しないというわけにもいかず、何かそれなりのものを出すためには、常に注意が必要となる。あれもだめだ、これもだめだ、とネガティブに考えていたら何もアイデアは出てこないのである。ほんの数パーセントでもポジティブな可能性があったなら、こじつけでも何でもアイデアにしていこうという気持ちがあった。
もちろん僕の場合はいい加減な社員だったわけで、こうしたことをちゃんとやっていれば、そのまま仕事を続けていたのかもしれない。
こうした提案制度だけでなく、ブレーンストーミングなど、工場という場所ではポジティブな思考というものが常に求められ、その方法が確立されていたようにも思う。何か問題を考える場合に出てきた問題点を否定するのではなく、まずはその可能性をどんどん広げていきましょう、というわけである。
僕の場合、けっこう今頃になって、こうした考え方は面白かったんだな、なんて思ったりしているのだった。このドルフィンホテルに関しても、そんな考えで文章を書いたりしている。現実的でない、と言われてしまったなら、それはそうなんだけどね。
■ 陰山英男『学力は家庭で伸びる』(小学館)
なんとこの本、女性詩「マフィン」で連載されていたものに加筆したものだという。簡単に読めるのだけど、面白く読めた。この作者である陰山英男さんは現在小学校の校長先生で、百ます計算で最近はかなり話題の人。子供の教育の仕方、主に家庭でのお母さんについてのメッセージである。しかし、何も特別なことではない。例えば、「靴のヒモは自分で結ばせる」(P150)なんてことが書かれていたりする。正直なところ、読んでいてキョトンとしてしまうのだけど、どうしても親は子供のことを何でもかんでもやってしまうものらしい。他にも、なるほどな、と思うことの連続だったりしている。
少し話は離れる。もの凄く基本的なことなのだろうけど、この社会では基本的なことが次第に無くなっているように思える。例えば、食事というものも同じかもしれない。ファーストフードと呼ばれる食べ物ばかりが溢れている(まあ、僕も食べるけれど)。塩は本来の塩ではないものが食卓に置かれている。何が大切かと追求していくと、基本的なことに戻ってしまっているのではないだろうか。
戦後、人間の生活というものは良くなったのだろうか。この本を読んで、そういうことを改めて考えさせられてしまった。
◆ ユビックス
この謎の名前の器具を知ったのは『学力は家庭で伸びる』からだった。今の子供は鉛筆をちゃんと持てないという。確かに、そうだ。僕も何かを書くのにパソコンのキーの方が圧倒的に多く、ペンを使うということは少ない。疲れるし、ちゃんと持ててないのかもしれない。それでも、ペンの持ち方が変だと思うことは多い。あまりにも多すぎるくらいだと思う。
陰山英男はその本の中で「ユビックス」(http://www.yubix.co.jp)を推薦している。東急ハンズにも売られているということでさっそく購入して使ってみた。人差し指と中指の間に挟む。むむむ、とてもよい感じ。ペンを持って書いてみても、ちゃんと書けるのだ。ペンがちょうど良い角度になって文字もキレイに書ける。似たような商品でトンボ鉛筆からの「もちかたくん」というのもあったが、こちらは鉛筆でなければ使えないようなもの。ユビックスはどんなペンでも問題にならない。説明書を良く読むと毛筆の持ち方、箸の持ち方なども書かれている。そう、ちゃんと箸を持てない人も多いわけで、場合によってはこちらの目的の方が重要かもしれない。
ちゃんと食べることは、ちゃんんと文字を書き勉強することでもある。子供だけでなく、大人でも使えるものではないだろうか。
■ 石子順『中国映画の明星』(平凡社)
チュー・シュイ、チアン・ウェン、チャン・イーモウ、レスリー・チャンの4人のスターについて書かれている。その生い立ちなどから詳しく書かれており、その人だけでなく、今の中国映画の歴史でもあったりする。今まで知らなかった中国映画というものが見えてくる。
どうしてもチャン・イーモウについての話になってしまうのだけど、彼の映画監督に至る物語は本当に面白い。紡績工場で働いていた彼は、電影学院に入ろうとする。文化大革命で閉鎖されていた大学が再開することになったのである。しかし、学生募集の年齢は22歳。そのときチャン・イーモウは27歳だった。なんとか入学することになるのだが、同じ学院の同期には、第五世代と言われる今となっては有名な名前がぞろぞろとある。そうしたメンバーと映画を観て、語り合い、将来の自分達が撮る映画のことを考えていたわけだ。
例えば、手塚治虫などが活躍した日本の漫画の創成期のころ、日本のSF小説などでも同じような状況があったのではないだろうか。伝説となるような勢い、熱いものが感じられるのである。
中国第五世代の映画人は最初の映画から認められる結果を出していく。現在は、その勢いの絶頂にあるところかもしれない。
◆ 世界遺産
テレビ(http://www.fujitv.co.jp/gogai/0701title2/index.html)でちらちと見たのだけど、世界遺産に落書きが多いのだという。しかもそのほとんどが日本人のもの……。そのテレビの映像には、冗談抜きで日本人の名前など、落書きがいくつも書かれてあった。有名な、本当に有名な世界遺産である。世界遺産だから偉いというわけではない。でも、どこをどう考えても恥ずかしいと思うのだけど。
僕は海外旅行には行ったことがない。でも、海外旅行に行く人はいったい何をしているのだと思ってしまう。落書きをする人は一部なのだろう。それでも、こうした現実を初めて知ってどうしようもない嫌な気持ちになった。
■ ビデオ『ディナーラッシュ』ボブ・ジラルディ監督(http://www.cinemaparisien.com/dinner_rush/)
この監督のプロフィールを見ると、なんだかとても凄そう。広告関係の仕事をやっていたようで、この映画はビジュアルの点でとてもキレイでカッコいい。ウェブサイトもオシャレだし、料理も美味しそう。
内容も評判も良いのだけど、ちょっとだけ(笑)僕の本音の部分を言うと、話がもう一歩ピンと来なかった。
ただ、この監督についてはこれから大注目なのは間違いなし。
◆ 27時間
池袋の人込みを歩いているときだった。東急ハンズの近くを曲がろうとした僕の耳に、「俺達にはあと27時間しかないんだ!」という声が入った。ちらりとその声の方を見てみると、20代の男性が女性を正面にして語りかけていた。いや、怒鳴っていると言ったほうがいいだろう。そのくらい大きな声だったのだ。別にテレビドラマを撮影しているわけではなかった。
この出来事からもう数ヶ月が経ったのだけど、この「27時間」というものが今だに気になってどうしようもなくている。昼頃だったので、あと一日とちょっと、ということ。2人は東京を離れ、違った土地で別れて暮らすことになるのだろうか。それとも、遠距離恋愛状態の2人が週末を一緒に過ごしていたのかもしれない。でもねぇ、こんなセリフを言うものだろうか、と笑ってしまってはいけないのかな。ちゃちなテレビドラマだったらこういうセリフはありだろう。しかし、実生活においてこんなにもシャレた(かどうかわからないけど)セリフを大声で出すということが信じられなかった。ひょっとしたら2人は役者志望で、街中で芝居の練習をしていたのか。
どうでもいいのだけど、問題はこの27時間だ。こんな風に、残り時間を考えて何かを必死になって考えたりすることはあまり無いよな、と自分のことを考えてしまった。そもそも、僕だったら当然のように、この27時間から睡眠の時間を引いてしまう。おいおい、お前さんは寝ないのか、と思ってしまうのだ。風呂にだって入りたいし、トイレにだって入る。はたしてこの2人は眠ることもなかったのか、27時間をどう過ごしていたのだろうか。
■ 江上剛『起死回生』(新潮社)
けっこう面白く読めた。もっともっと注目されてもいい作品ではないだろうか。まだデビュー2作目、不満なところはなくもないが、作者が人物をしっかりと描いていくという雰囲気がとてもよく感じられた。
作者は元銀行員。専業になったのはつい最近でそれまでは覆面作家として書いていたという。僕はこの作者をNHKブックレビューでのゲスト出演で知ったのだけど、見るからに銀行マンという雰囲気の人だった(笑)。それにしても自分の上司が突然に、専業作家になるから、と言って退職するのはどういう気持ちだろうか(笑)
■ 池上彰『イラスト図解 ニュースの地図帳 なぜ「そこで」おきるのか』(講談社)
わかりやすくてよい本だった。読み物というよりは、地図である。「テレビの横に」と書かれている。世界のあちこちで今も起こっている紛争。でもそれが何処にあるのか、実はわからなかったりしている。日本という国だって、他の国の人からは何処にあってどういう国なのか、わかっている人は少ないのだろう。
政治、経済、文化、いろいろな側面からの世界地図が描かれている。ミニタリーバランスについては、日本は国防予算で世界第3位。こんなことは知らなかった。地雷埋設地図には世界88カ国に6000万個から7000万個の地雷が埋まっていると推測されていると書かれている。今も一日に70人が命を落としている。日本の領土問題は、北方領土だけではない、竹島や尖閣諸島もあった。書籍普及率、映画鑑賞率も興味深い。
わかりやすい、ということは何よりも大切なことだ。この作者については、これからも読んでいきたい。
◆ お呼ばれご飯
知り合いの家に夕飯をご馳走になりに行った。定年退職した夫婦、二人暮しの家庭である。奥様のつくるどんどん出てくる野菜中心の料理はどれも美味しかった。大皿に盛られた辛し和えなんて、もう涙もんである。まさしく、家庭の味であった。
結婚している人、そうでない人、僕の知り合いの人達はどういう食卓でどんなものを食べているのだろうかと思った。友人のある主婦は食器洗い器を購入した分、おかずをもう一品つくろうと頑張っているのだと言っていた。逆に結婚生活を送っているとは言っても、家族で食卓を囲む雰囲気の感じられない人もいる。
みなさん、どんなふうに夕食をとっているのだろうか。
夢幻泡影 2003/6 #4
◆ 本棚改造プロジェクト パート5
ときどき、ボッーとなって本棚を眺める。ある棚には、これから読む本を並べている。捨ててしまおうかな、と思う本も多い。とかなんとか言っても、実を言うと並べ方はバラバラだったりしている。作家別に、きれいに並べ替えようとしながらも、時間は過ぎていく。そのうちに本は増え、またその並びを変える必要もでてくる。まあ、必要なんてものは何処にもないのだけど。
こうやって本棚を眺めていると、けっこうネガティブな気持ちになったりもする。過去のものに拘っているように思えるからだ。全てを捨ててしまおうか、なんてことも考えたりする。
それでも僕は壁一面の本棚を設置してよかったと思っている。以前は押入れの中のダンボールに閉じ込めていた本達だ。ちょっと蒸し暑いけれど、部屋の空気を吸って大きく深呼吸して欲しいと思う。背表紙を、ちゃんと見える状態にしてこそ、本と言えるはずなのだ。本を眺めて、酒を飲む。やれやれ、なんだかヘンテコなことが思い出されてきた。もう眠ってしまうことにしよう。
■ ビデオ『お早よう』小津安二郎監督〔レンタル〕
佐田啓二が出演している映画だった。僕はこの人を初めて観たのかな。物語はご近所の婦人会の会計がどうのこうのというおばさんたちの噂話……。それからテレビを買って買ってと反抗する子供……。まあ、よくよく考えるともの凄く日常的な話なのだけど、のほほんとしたよい雰囲気の世界になっている。この監督の映画は最初は馴染めないところもあったけれど、だんだんとはまってくるとこともあるかもしれない。映像ばかりが評価されているようだけど、僕は台詞が好きだったりしています。
◆ オープン価格
いつの間には電気製品の多くはオープン価格というものになっているようだ。まあ、従来のものに問題があり、実質的に安くなっているのであれば、このオープン価格というのは悪くはない。しかし、カタログを見て何を買おうか考えているときに、そのカタログにオープン価格という文字を見るとなんだか納得しないのだけど。予算の立てようがないからね。
先日居酒屋で酒を飲んでいたときのこと、ふとこのオープン価格というものが頭の中を過ぎった。なんで、今眼の前にあるホッケがオープン価格ではないのだろうか。高そうな料理屋さんなんかでは、魚は時価ということになっているところが多いが、いちいちお店の人に値段を聞いたりはしないし、あくまでも普通の居酒屋さんで考えてみたい。
僕が思うにお魚なんかは、電気製品の製造費や流通費以上に値段に変動があるものなのではなかろうか。ならば、居酒屋のメニューなんかは毎日変動してもいいはず。昨日400円だったものが、今日300円だっておかしくはないのである。その方が自然なのではないだろうか。美味しいものを、安く食べられるような気がするのだけど。魚屋さんが、閉店の頃にどんどん値段が下がっていくように、居酒屋でも閉店前にはメニューの値段が安くなってもおかしくはないはず。特にこうした食べ物屋さんにおいて、なんでもかんでも同じ値段はというのは、よくよく考えるとへんてこな話ではなかろうか。
■ 李鳳宇『日本映画は再興できる』(ウェイツ)
この李鳳宇という人は現在の日本映画では最も注目されるべき存在だろう。渋谷の「シネ・アミューズ」、銀座の「シネ・ラ・セット」と映画館を所有し、『月やどっちに出ている』や『KT』などをプロデュースしている。映画を観ていても、「シネカノン」(http://www.cqn.co.jp/)という配給会社の名前を見かけることは多いだろう。
この本には、現在の日本映画の問題点と言えることがズバズバと書かれている。映画をつくる側のシステム、映画館の問題、そうだよな、なるほどな、と思うことが多い。例えば、「メジャー」と「インディペンデント」と2つに分けれてしまうのだけど、その問題点が詳しく書かれている。単なる問題提示の本だったなら、そんなには面白くはないだろう。どうやったら、日本映画を良くしていけるか。そういう視点で映画をプロデュースしたり、映画館を運営したり、そういう前向きな姿が感じられるところが凄く面白い。「誰もやったことのないものをやろう」(P66)というところが僕を強く引きつける。面白い映画、観たい映画とはまさにそうしたものなのだろう。
◆ 境界線
ジュンク堂書店に行って13,545円もの本を買ってしまった。ついつい欲しい本をカゴに入れていたら8冊にもなっていて支払いをしたらこういう金額だったのである。ちなみに、サービスとして4階カフェの400円ドリンクチケットをもらった。
本を好きだという人ならば、このくらいの金額はそんなに特別なものではないのかもしれない。僕もバブルな頃は御茶ノ水で毎回このくらい使っていたこともあった。けれど、1万円を超える金額で本を買ったというのは久しぶりのことだった。実はこの翌日、いらいらしていたこともあり、また本を買ってしまう。自棄食い、というものがあるけれど、自棄本買い、というものがあるのだろうか。精神的に不安定になってしまったときに、ついつい本を買ってしまうのだろうか。そういえば、この数ヶ月図書館にも行っていない。
大量に(僕にとっては)本を買ったことで、ずっと線を引いて規制していたものを超えてしまったような気がしている。
危ないことに僕の部屋の本棚には空いているスペースが多い、別に裕福な暮らしをしているわけではないが、このくらいの本を買っても夕飯が食べられないということはない。これから僕はどうなっていくのだろうか。
■ 唯川恵『永遠の途中』(光文社)
まあ、あんまり自分から手に取る本ではないのだけど、ついつい読んでしまった。簡単に読めるし、やっぱり面白い。主人公は2人の女性である。仕事に生きる女性と、家庭に入り主婦となる女性。この物語の中では、こうした2つの生き方に分けた世界が描かれている。たぶん。読む女性読者は「うわぁ」と絶叫を発しながら、時には強く膝を打ち、唇を噛み締め、涙を流し、この本を読むのではないだろうか。ちょっとばかり、女性の皆様方のホンネというものも、聞いてみたい気持ちもある(笑)。
よくよく考えると文句をつけたくなるところはいっぱいあるのだけど、月曜9時のフジテレビのドラマを見ているような感じでこの本を読めば、それはそれはとても楽しい。未婚の方も、既婚者の方も、仕事をしている人もしていない人も。女性の皆さんにはぜひお勧めの本です。
◆ F1ドライバー
朝日新聞日曜版にジル・ヴィルヌーヴの特集(http://www.be.asahi.com/20030712/W21/0001.html)が出ていた。「なんで?」という気持ちが正直あったが、懐かしいような、嬉しさを感じながらこの記事を読んでいた。
そうなのである。僕が好きだったF1というのは、ジル・ヴィルヌーヴのような男達が多くいる世界だった。現代のF1に彼のように魅力的なドライバーがいない、というわけではない。しかし、見る側に伝わってきていないのは確かだ。
僕が見ていたF1、ヴィルヌーヴが活躍していた頃はフジテレビのF1放送などは無かった。雑誌と、新聞の片隅に出ているほんの小さなレース結果。数本の映画、かなり遅れて放送されたF1の番組(あまりよく覚えていない)。映像としてはあまり多くは見ていない。けれど、今を走るミハイル・シューマッハよりも、ジル・ヴィルヌーヴの表情、その走りの方が僕には強いものとして残っている。
ニキ・ラウダ、ジェームス・ハント、ロニー・ピーターソン、ネルソン・ピケ……。ただの昔を懐かしむ気持ちにすぎないのだろうか。
■ ビデオ『夏至』トラン・アン・ユン監督〔テレビ東京〕
ハノイを舞台とした、ベトナム映画。僕にとっては初めての世界でやや緊張しながら観た。けっこう良いです。気だるい雰囲気がたまらない。他の国にはない、これまで見たことのない光と影が意識された映像。出てくる女性の表情。いくつもが新鮮なものだった。この監督の作品は他のも観てみようという気になった。
◆ 東京の夜
新しいテレビドラマがいくつも始まっている。あまり観ようという気にもならないのだけど、話の種に、社会勉強の為に、読書夜話のネタとしてフジテレビ月曜9時の「僕だけのマドンナ」を観てみた。
一人暮らしの大学生の部屋に、見ず知らずのキレイな女性が……。確かに、僕の部屋に長谷川京子が突然進入したとしても、僕は仲良くなるかもしれない。いや、そうしたいと思うのが世の大半の男なるものの正直な気持ちだろう。しかししかし、いくらドラマの中の設定だとしても、こういうことが実際にあるのか(笑)。まあ、どうでもいいけどね。
けれど、よくよく考えてみると知らない人が部屋に来るという設定は決してないわけではない。僕が学生だったころ、近くに姉の住むマンションがあり、その部屋にいてポテトチップスを食べていたときだった。「ピンポぉーン」と玄関の音がなった。その頃はドアフォンなんてものはなかった。姉は覗き穴を見て、女性だったこともありドアをちょっとだけ開けた。すると、突然に見知らぬオバサンが部屋の中に飛び込んできた。ここで確認するけれど、これは作り話ではなく実話である。ここは古いマンションで、エレベーターはなく、階段を上った最上階だった。
そのオバサンは「助けて! 殺される!」と言った。誰かに追われているようだった。このオバサンは、かなり深刻な状況だった。しかし、僕は外まで様子を見に行ったが、誰かが追いかけてきているような状況はなかった。
なんだかよくわからない時間が過ぎた。このオバサンの言っていることが本当なのかどうかのかもよくわからない。正直に言って、虚言のような雰囲気もあり、疑っている気持ちもあった。
僕がタクシーを捕まえてきて、合図をしながら、姉がオバサンを連れてきて、無事にこの夜は過ぎた。仮にこのオバサンが「冷やし中華を食べたい」と言ったとしよう。そしたらその瞬間に警察に電話をしていたと思う。それだけ、ギリギリの緊張した夜だった。
東京に出てきたばかりの、まだ少年とも言える僕(僕には若かりし時はあったのサ)は、「ああ、僕が今いるところはトウキョウという街なんだな」と、ビルの隙間から見える空を見て、シミジミと思ったものだった。
■ 村上龍『置き去りにされる人びと すべての男は消耗品である。Vol.7』(KKベストセラーズ)
ついついこのシリーズは読まなければ、という気持ちがあったりしている。読むことによって、自分の考え方のズレを修正することにしている。もちろん、たいそうな考えを持っているわけではないが。このエッセイの中でよく「誤解されると困るが、〜と思っているわけではない。」という文章が何度も出てくる。以前は、村上龍だけでなく、こういう発言が何を意味しているのかよくわからなかった。だったら、何を言いたいの、と思っていた。今になって思うに、たぶん、テーマに対してちょっとズレているのを主張しているのであって、テーマそのものについて批判しているわけではない、ということなのだと思う。それだけ、社会のあれこれにテーマが感じられなく、なんとなく発言があり、行動があるように感じている。
テーマというものを常に追求する小説家の視点から社会を見ていけば、けっこう面白い視点で見ることができるのだと、最近は素直に思うようになって、こういうエッセイもせっせと読んでいるのである。
そうそう、とても面白いエッセイがあった。「恵まれてない作家としてのわたし」というタイトルの話がある。26年も小説を書き続けて、その割には恵まれてないのでは、というちょっとした愚痴のようなことが書かれている。よくよく考えてみると、26年もちゃんと小説を書き続けて、そこそこに売れているというのは凄いことだと思った。
村上龍という作家は正直なところ、もの凄く好きな作家というわけではない。でも、なんだかんだいって長く付き合ってきた。全ての本を読もうという気持ちはないけれど、8割方は読んでいて、これからもたぶん読むことになるとは思う。ちょっとした腐れ縁というものだろうか(笑)。
◆ 船戸与一
友人が船戸与一を読んでいるという。とても面白く読んでいるとのことで話が盛り上がった。僕はこの作家が好きでかなりはまったものだった。正直なところその気持ちはやや過去形になりつつあり、新作の本は買っているのにまだ読まないでいる状態。しかし、『山猫の夏』(集英社)を読んだときの衝撃は今だに強いものとして僕の中に残っている。小説というものが、ただのお話でないということを僕は知った。叩きのめされた、と言っていいものだった。
『緑の底の底』(中央公論社)で僕という人間の、文明というものの底の浅さを思い知らされた。そして『砂のクロニクル』(毎日新聞社)を噛み締めるように読んだ。それは僕の読書体験の中でも特別なものだった。
湾岸戦争、イラク戦争などで、ようやくこうした中東の国の問題というものを知るようになった。けれど、その本質的な部分は、船戸の小説で語られていたもののように思う。
これから船戸与一の世界とどのように付き合うことになるのかはわからない。けれど、今夜は語り語ったのである。
■ ビデオ『羅生門』黒澤明監督〔レンタル〕
海外でも高い評価のクロサワ映画、前から気になっていてやっと観た。しかし……。僕はこの監督と相性が悪いのか、ただ単に理解力が足りないのだろうか(まあ、こっちの方かもしれないけど)、あまりよくわからなかった。人間の心理を鋭くえぐっているのだろうとは思うのだけど。『七人の侍』だったらよくわかるし、面白いと思ったのだけど。
でも、まだ観ていないクロサワ映画は何本もあって、いちおう全部を観ようと思っているのである。
◆ スペシャルオリンピックス
テレビのスポーツニュースで、アイルランドで開催された「スペシャルオリンピックス夏季世界大会」( http://www.specialolympics-nippon.gr.jp/wg2003/)の映像が流れていた。知的発達障害のある人たちの世界的なスポーツイベントである。正直なところ、この開会式の映像を見て驚いて声が出なかった。そのスタジアムは、超満員(7万5千人の観客で埋め尽くされた)なのである。ウェブサイトの写真からも、その盛り上がりは伝わってくる。
先進国とは何だろう、そんなことをたまに考える。物が溢れる国が先進国なんてことはない。オリンピックを開催するような国のことでもない。もちろん物質的なことも関係あるのだろうけど、心の問題というものも大きいはずだ。
スペシャルオリンピックスのような大会が開催され、大きな会場が満員になるような国、そうした国こそが先進国と言えるのではないだろうか。恥ずかしながら、僕はこうした問題に詳しくはない。このような大会があることすら初めて知った。でも、このウェブサイトの写真からは、アイルランドという国が国全体でこの大会を成功させようという、強い気持ちが感じられた。
このスペシャルオリンピックスという大会、次回は2005年に冬季大会が日本の長野県で開催されるのだと言う。
どのような大会になるのだろうか。オリンピックよりも、ワールドカップよりも、日本という国が問われるスポーツイベントになるのではないだろうか。
■ ビデオ『始皇帝暗殺』チェン・カイコー監督(http://www.asmik-ace.com/FirstEmperor/)〔レンタル〕
とてもスケールの大きな映画だった。映像は素晴らしく、コン・リーも良かった。でも、恥ずかしながらよくわからなかった。この原因は中国の歴史を知らないということが原因だろう。秦の始皇帝と言われても僕には何のことかわからなかったりしていて……。情けないけど。
ところで、ビデオでこの映画を観ていて不思議な体験をした。映像がある瞬間にモノクロに変わるのである。おおお、これも映像の効果か、と思って観ていたのだけど、どうやらビデオテープの劣化のようでもあった。たぶん、そうなのだろうか。でも最初はけっこう信じて観ていたのだった(笑)。
◆ 時間
あちこちのウェブサイトを眺めていると、おかしなことに気づいたりする。ふつうなのだけど、よく考えるとちょっとばかりおかしい。主に掲示板に多いのだけど、日付がおかしかったりしている。リアルタイムの日付なのかどうなのか、よくわからなかったりするのだ。日付が「月・日」しか出てなかったりしているために、現在なのか、前年なのか、わからない。書き込みのないまま放置されているようなサイトも多いので、実はこういう状態はけっこう多かったりしているのではないか。
実は、ドルフィンホテルの掲示板の日付も最初は「月・日」だった。CGIを書き換えることによって「年・月・日」に変更した。実を言うと、これはちょっと難しいものだった。難しいといっても人から教えてもらってそのまま修正しただけなんだけど。なんだかよくわからないのだけどプログラムに「1900」を足すということが必要だった。
インターネットという世界では、「リアルタイム」というものが何なのか、わからなくなることがある。現在から過去へ自由に行けるような気がする。気がつかないうちに、未来へさえも行っているのかもしれない。