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読書夜話2003年7月

晴耕雨読 2003/7 #1


2003/7/21

◆ 本棚改造プロジェクト パート6
 このところ悩みがある。ぬいぐるみを買おうと思うのだけど、これはちょっと恥ずかしいし、どうしようかという悩みなのである。まあ、どうでもいいのだけど。それでこの本棚についての話もなかなか終わることができずにいる。人生とは辛いものである。
 新しい本棚の整備をしていることで、古い方もちょっとだけキレイにした。この本棚は畳の上に置いているもので、痕がついてしまうだろうなぁと少しの不安もある。昔は畳の部屋が普通だったから、当たり前のように畳の上に物を置いたものだけど、畳はできるだけキレイに広く使いたいと思ったりもする。新しい家というのは大抵何も置かない和室があったりする。家というものも変わってきたのだろうと思う。
 そう言えば、ひと昔前の本棚というと、スチール製のものだったのではないだろうか。今も実家の畳の部屋にはスチールの本棚が置かれている。あまり似合ってはいない(笑)。
 本棚というのは、もっともっと部屋にあったデザインであるべきだと思う。知り合いの家で面白い本棚があった。市販のスライド式のけっこう値段の張る本棚なのだが、家と一体になっている。家を建てたときに、それまで持っていた本棚を新しい家の中に組み込んだのだった。壁の中に本棚はその一部となっている。

 僕は住居、インテリアを見るのが好きだったりしている。家というものは、ひとつのテーマがあり設計される。個性的な、こだわりのあるディテールがある。それは本と、とてもよく似ているものだと思う。
 将来住む家(単に次に越して住む家でもあるけど)を考えるとき、本棚をどうしようかと一番に考えるのだ。

■ 映画『トーク・トゥー・ハー』ペドロ・アルモドバル監督http://www.gaga.ne.jp/talktoher/
 前評判がかなり良いみたいで、やや不思議な気持ちで観にいった。予告編からはそんなに感動するような映画には思えなかったのだ。
 観終わって数日が過ぎて、今だに引きずっている。その気持ちをどのように表現したらいいのかはわからない。よくわからないのだ。でも、面白く、記憶に残る映画だったことは確かだ。
 この映画について語る一番の言葉は、「トーク・トゥー・ハー」に尽きるのではないだろうか。たぶん、多くの人の周りには、「あの人にこのことを話してあげたい」みたいなことはあると思う。でも、話をるすることが良いことなのかを考えると躊躇してしまうかもしれない。そうしたことのいくつもが網目のようになっていて、みんなが幸せであるバランスが保たれているのかもしれない。
 実はこの映画、日本人の男性のメンタリティと関係しているところがある。ディテールもそのように描かれている。さりげなく、日本のものだとわかるものが出てきたりする。どちらかというと、それは寡黙で、そんなに簡単に理解されるようなものではない。マイナスの印象の方がはるかに大きなものだ。でもその中に、ほんの少しなのかもしれないけれど、否定できない確かなものがあって、この映画のテーマはその部分を表現しているように思えた。
 一見理解できないような心を描いたこの映画。スペインで作られ、ゴールデン・グローブ賞最優秀外国語映画賞を受賞するなど多くの人に認められているらしい。
 観る人によって、この映画の感想は大きく異なるのだろう。誰かと、この映画について話をしたい。後ろを振り返り声を掛けようとは思うけれど、言葉はでてこない。

■ アリス・シーボルト著/片山奈緒美訳『ラブリー・ボーン』(アーティストハウス)
 アメリカではかなりの売り上げとなった作品。正直なところ、僕は読んでいてよくわからなかった。その原因のひとつには、アメリカ人などキリスト教文化の人と、日本人の死に関しての感覚の違いではないかと思った。この作品は多くの日本人の共感を得るのだろうか。僕には主人公の女性が可哀相に思えてどうしようもなかった。
 けっこう残酷な話である。少女が殺害される。そこから物語が始まる。最初の方でいくらか読むのに辛い場面があったが、全体としては優しい文章に満ちている。

◆ 安心感
 少し前のテレビや映画を観ていると、いいなぁと思うものがある。黒い、あの電話機である。
 恥ずかしい話になるが、僕が子供の頃電話で友達と話をするということはほとんど無かった。電話はあるにはあったが、子供が私用で使っていいよ、という雰囲気の家ではなかった。受話器を肩と耳とに挟んで、何かをしながら会話をするというのは、僕にとってはひとつの憧れであった。友人関係とか仕事とか、あの黒い電話機で話をすることが象徴でもあった。
 ところが僕が大人になり、電話をそれなりに使えるようになった頃、なぜか黒い電話機は消えていく状況にあった。一見オシャレなものに代わっていった。代わることに文句があるわけではない。薄く小さくなっていったことに文句がある。現代の携帯電話なのどは軽くとてもよいのだが、肩と耳の間に挟むことはできない(まあ、やっている人もいるみたいだが)。
 あの黒い電話機には、人の身体と一体になれる安心感のようなものがあったと思うのだ。ガリガリに痩せているのではない、抱きしめたくなるようなものが。受話器を耳にあてたとき、その向こう側から身体全体を包み込むようなものが返ってくる。
 時代は変わる。常に進化していく。
 昔がいいなんて野暮なことは言わない。
 ボタンを押すと、膨らんで大きくなる携帯電話なんて出来たら良いと思うのだけど。

■ 映画『夏休みのレモネード』ピート・ジョーンズ監督http://www.mediasuits.co.jp/lemonade/
 僕の人生というものを振り返ると、小学生の2、3年だった頃が最も感性が豊かだったように思える。その後はただただ堕ちていくだけのような。何をやっていたかというと、あちこち走り回って擦り傷だらけだったのだけど、その視界には多くのものが新鮮に入ってきていた。
 この映画の主人公は、ほぼそのくらいの年齢である。少しばかりその頃の自分と重ねて観ていた。ピート・オマリーという少年は、僕よりも(当然のことながら)遥かに深い感性を持ち、なおかつ純粋であった。この少年の眼から、大人の宗教的な相違というものが、静かに、鋭く描かれる。
 夏休みの景色があり、ありきたりだけれど、ほのぼのとしてきた。悲しい話でもあるのだけど。

◆ フリーペーパー
 このところ、フリーペーパーが面白いということが言われているらしい。飲食店を選ぶときに利用したりはしたけれど、面白いと感じたことはなかった。広告が多く、あまり格好のいいものではなかったから。
 地下鉄でふと「メトロポリターナ」(http://www.metropolitana.jp/)というフリーペーバーを手に取って、僕のフリーペーパーについての考えはあっさりと変わってしまった。赤い、センスのいい表紙。雰囲気の良い写真、レイアウト。特集記事のアプローチの仕方も素晴らしい。僕が見たのは映画の特集だったのだが、映写技師が取り上げられていた。お勧めの温泉、飲食店、本、映画……。どれもとても良さそうだ。毎月チェックしていきたいし、他おフリーペーパーも探していきたいと思う。

■ ビデオ『卒業』ローレンス・ターマン監督〔NHK-BS2〕
 サイモン&ガーファンクルの曲はよく知っていたし(当時、姉がレコードを買ったのでよく流れていた)、ラストシーンで結婚式場からウェディングドレス姿の女性をかっぱらうことも知っていた。でも、この映画を観たのは初めてで、その内容に衝撃を受けた。だってねぇ……。
 多くの人はこの映画についてどう思っているのだろうか。この主人公の行為に「ああ、私もあんなふうに……」なんてウルウルしているのだろうか。
 なぜ、こんなにもお互いが惹かれあったのだろうか。どれだけ2人はお互いのことを知っているのだろうか。この物語の状況を乗り越えて(周囲との関係だけでなくお互いの気持ちの点でも)、このあとどのような人生を歩んでいったのか。僕にはよくわからなかった。
 と書いたが、別にこの映画のことを悪く言うわけではない。音楽も雰囲気もとても良かった。レコードのジャケットになっている場面も良かったし、2人の最初のデートのときの場面も良かった。
 有名な映画のわりには、ややぼやけた話しか伝わってこない理由なのだろうか。とにかく、凄いお話だったのだね(笑)。別に凄くないよ、と言われてしまったならそれまでなのだけど。

◆ ヘンシン
 乗った電車はわりかし空いていて、余裕でシートに人が座っているような状態だった。僕は端の席に座って鞄から本を取り出した。30分ほどはこの電車に乗ることになるので、いくらかは本を読むことができると思っていた。電車が走り出し、僕も本を読み出した。でも、途中からどうにもページが進まない。向い側に座っている女性がどうにも気になってしまったのだ。別に短いスカートというわけではない。ジーンズ姿で派手な雰囲気ではない。彼女は鞄から鏡を取り出し、せっせと化粧を始めた。まあ、こういうことはそんなに珍しいことではない。普通であれば僕も読書に集中できる。ジロジロと化粧をしている女性を見ている方がおかしい。でも、この女性の化粧はフルコースだった。最初はファンデーションに時間を掛けていた。この辺りの時には僕もちゃんと本を読んでいたのだ。その後、眼の周辺やら眉毛やら、鞄に手を入れる毎に手入れをしている箇所が違っていった。そのうち乗客が増え、僕の前に人が立ち、化粧をする女性の姿は見えなくなった。残念でもあり、ほっとした気持ちもあった。
 ちなみにこのときは日曜の午前中で、9時くらい。僕の左隣の席に座った女性は簿記のレジメを見ていた。ピンクのマーカーが半分くらいに引かれていた。休日に、勉強するために学校に行く人もいるわけで、僕は少しばかり気持ちが引き締まった。
 電車に乗ってから20分ほどの時間が過ぎた。僕の目の前で立っていた乗客は大きな駅でほとんどが降りてしまった。再び、僕の向い側の席の女性の姿を見ることとなった。どう見ても、別の顔だった。キリッと引き締まって、確かにキレイな表情だ。次の駅で彼女は降りていった。
 まあ、家で化粧をする時間がなかったのかもしれないけど。こんなにも変わるものだったんですね。

■ ポン・ヂエンミン著/大木康訳『山の郵便配達』(集英社)
 映画の原作である。しかし、「山の郵便配達」という話は短編なのであった。映画の印象が強かっただけに、この短編小説はやや物足りないものもあった。でも、映画にない良さもあったことは確か。この本の中には全部で6作品が収められているのだけど、「山の郵便配達」はあくでもそのひとつだ。「愛情」などは特別な良さがあった。
 このところ短編小説を読むことは少ない。長編ばかりで短編を書く力のある人も少ないのかもしれない。この短編集は、静かに楽しめることのできるものだった。欧米の作品ではない、落ち着ける文章のリズムがある。ピュアな登場人物と、急激に変化していく社会とが交差する。そして、何よりも自然の風景が魅力的である。この人の作品をもっと読んでいきたいのだけど。

■ ビデオ『タイタンズを忘れない』 ボアズ・イエーキン監督〔WOWOW〕
 アメリカの人種差別の問題を、アメリカンフットボールを通して描かれている。そのコーチがけっこうハードな人で、僕はサッカー元日本代表監督のトルシエを重ねて観ていた。少し時間の経った今でも、やっぱりトルシエだよなぁと思っている(笑)。

◆ 宮部みゆき
 NHKの金曜日時代劇が面白い。正直なところ僕にも好き嫌いがあり、見るときと見ないときとがあるが、先日から始まった「茂七の事件簿3 ふしぎ草紙」(http://www.nhk.or.jp/jidaigeki/)は楽しんでいる。やっぱり宮部みゆきの時代ものはいい! 初回の「片葉の芦」という話は『本所深川ふしぎ草紙』に第一話として収められている作品。彼女の作品を読み始めて、これからもこの作家の作品を読み続けていこうと思えたのがこの本だった。
 実は最近の宮部みゆきは好きではない。もちろん、僕の勝手な思い込みでしかない。作家には自分の信じたものを思う存分に書いて欲しい。けれど、最近よく書かれている長い長いお話が宮部みゆきの魅力なのかというと、そうではないように思える。時代小説の短編を、じっくりと時間を掛けて書いて欲しい。そんな風に僕は思うのだけど。

■ 森達也著『世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい』(晶文社)
 とても面白い本を読んだ。例えば、NHK週刊ブックレビューに僕がゲストで招かれたとしたとき(まあ100%ないと思うけど)、この本を紹介したいと思う。
 森達也という人がどのような人かを説明するのはちょっと難しい。本人もこの本の中で自分の職業が何であるのか、いくらか悩んでいる文章が書かれている。わかりやすく言うと、『A』『A2』というドキュメント映画を撮った映画監督である。内容はオウム真理教を取材したもので、オウムを通して今の日本という社会を鋭く描いた作品と言えるだろう。微かに名前は聞いたことがあるかもしれないが、実際に映画を観た人はとても少ないはず。ちなみに僕は『A2』を実際に観て、かなりの衝撃を受けた。
 そんなわけで、この森達也という人は気になっていた。最近では新聞などにもちょっとした文章が載るようにもなっていて、偶然にこの本を書店で見つけて購入したのだった。
 買ったはいいけど、ひと月ほど僕はこの本を読まなかった。特に理由があるわけではない。読もうしている本が何冊かあった。あと僕の本を読むタイミングに合わなかった。僕は2冊の本を平行して読んだり、連続して読む本には少しの変化をつけようと思ったりしている。ハードカバーの本と文庫、小説とエッセイといった感じだ。こうした組み合わせに、なぜかこの本がうまく合わなかった。
 ところが、冒頭の「ながいまえがき」という文章を読んで、ぐいぐいと引き込まれてしまった。彼の少年時代から現在に至る話が書かれていたのだが、他人事のように思えなかったところが多くあったからだ。いくつかの転校を経験して、ひとりでいる時間が多かった……。とても個人的なことだが、人としての森達也という人間に少しばかり惹かれてしまったのだった。
 この本を読み進めてわかったのだが、この人はかなり面白い過去がある。劇団で役者をやっていたのだが、映画に主役として出演するはずだった。その作品は林海象監督の処女作『夢みるように眠りたい』で、突然に病気になり断念することに。ちなみに彼の代わりに主役を演じたのが、佐野史郎だったという。その後、森達也は役者を辞め、サラリーマンになり、いくつかの仕事をしたのち、映画を撮ることとなる。
 あちこちに発表されたエッセイを集めたような本なので、森達也という人の視野の広さを感じることができた。放送禁止歌について、小人プロレスラーについて、ベトナム最後の王朝クォン・デについて、差別について。そして、映画を上映するにあたっての数多くのエピソード。現代の日本という社会が浮き彫りにされてくる。
 読んでいていくつものショックを受けた。ひとつだけ紹介してみると、「レバノンとシリアの国境を越えて」(P185)という話で、シリアから日本に留学してきた人のことが書かれている。そのシリア人留学生は将来映画に関する仕事をする夢を持っている。たぶん誰しもどうして日本に?という疑問があるだろう。日本に対して特別な期待があったのだという(過去形になってしまったけれど)。シリアの人の多くが、どのように日本のことを思っていたのか。胸が打たれる。悲しくすらなってしまった。

『A』と『A2』の2本の映画が7月25日についにDVD(http://www.maxam-ov.co.jp/index.htmlの「Information」から紹介ページあり)となり発売される。こうした話はいくつもあったがオウムを扱ったということで実現されない、ということが本の中にも書かれてあった。僕にとっては、なんとも不思議なタイミングである。いつも行くレンタルビデオ店にも入荷予定としてこのタイトルがあった。ちなみに『A』の解説文は村上春樹が書いているようである。
 ぜひ観て欲しい映画である。テレビや新聞の記事、多くの景色が違って見えてくると思うのだ。

◆ 山形国際ドキュメンタリー映画祭
 山形というところはずっと田舎というか、あまり良い印象を持っていない状態で長い時間を過ごしてきた。例えば各県を代表する有名人が出ていたりすると、山形は柏戸だったりしていた。別に相撲が嫌いなわけではないけど、他の県は当然のように派手なというか、現役で活躍している人がいっぱいいるのに、と思っていた。最近は佐賀県がちょっとナサケナイゾということで有名になっているが、山形だって負けてはいない。そうした気持ちは今だにいっぱいあるけれど、なんだか凄いぞ、と思う気持ちになっていることも確かだったりしている。
 なにせ、山形というところは藤沢周平の出身地である。文化という点ではこれだけの人がいたということは本当に誇りに思えることだ。そして最近ではモンテディオ山形というJ2のサッカーチームがある。まあ、最近はかなり世間で騒がれたのだけど(笑)、まあ許しておくれ。Jリーグのチームのない県だっていっぱいあるのだから、存在してちゃんと活躍してくれているということだけで驚異的なことだ。
 そして、最近知った文化的なイベントがある。それは「山形国際ドキュメンタリー映画祭」(http://www.city.yamagata.yamagata.jp/yidff/home.html)というものだ。ドキュメンタリーというものは、映画の中では比較的地味なものだろう。でも、『ボウリング・フォー・コロンバイン』がヒットしたり、これからはもっと注目されていくのではないだろうか。
 ちなみに、世間の多くから冷たく扱われた森達也監督の『A2』はこの映画祭で市民賞と特別賞を受賞した。

■ ビデオ『穴 THE HOLE』ニック・ハム監督〔WOWOW〕
 こういう映画についてはどうコメントしたら良いのだろうか。だって、ネタバレ注意の映画だもんな。けっこう面白いです。それにしても怖い。ちょっと歪んだ感性の若者が出てくるわけだが、その歪み方が観る側のレベルをはるかに超えていて、凄いのであった。でも、この先はどうなるのだろうか。

◆ ぼんやりと
 寝る時間を削って仕事をしているという人がいる。僕もそうした生活をしていたときもあった。今はのんびりとした毎日を過ごしている。睡眠時間がほんの数時間で、なんて話を聞くと2つの気持ちが出てくる。ひとつは、羨ましいという気持ちだ。仮に20代であったなら自分の意思ではなくそうした仕事をしている人もいるだろうが、30代、40代であれば、自分の選択である。男子たるもの(まあ、男女を区別するつもりはないけどね)、力の限り仕事をしてみたいという気持ちはある。もうひとつは、身体を壊してしまうから少しは休んだら、という気持ちである。20代だったなら多少の無理はできるだろう。でも、次第に無理はできなくなる。精神的に参ってしまった人だっている。睡眠時間を削り、美味しいものを食べずに、何が生活なのだろうと思う。僕は大して料理をするわけではないけど、自分でご飯を炊いて食べる食事を食べてこその人生じゃないかと思うようになってきた。ゆっくりとご飯を食べ、お風呂に入り、少しの考えごとをして眠りにつく。
 2つの気持ちをどちらかひとつに、なんてことを考える必要はない。両方をうまい具合に折り合いをつけていけばいいのだと思う。

 先日知り合いの家で夕食をご馳走になった。野菜が美味しい。いや、美味しいか美味しくないかというよりも、野菜というものがこんなに味があったのかと、驚きがあった。話を聞くと、朝採りたての野菜を料理したのだと言う。
 こうした料理を食べることの価値は少し前だったなら全くわからなかった。今だってちゃんとわかっているわけではない。あるとき、ふと感じることだったりすることだ。すぐに忘れたりもする。
 まあ僕の場合、ぼーっとしている時間が長すぎ、食事も食べすぎかもしれないなぁとは思っているけど(笑)。



千秋万歳 2003/7 #2


2003/7/28

◆ 覗かれているかも
 東急ハンズをうろうろしていたら面白いものを見つけた。450円で購入した防犯グッズには、「あなたのお部屋! 覗かれているかも?」「ひとり暮らし女性の必需品!」などという文字が書かれてあった。これが何かというと、「ドアスコープクローザー」というもの。アパートなどのドアには大抵ドアスコープという来客確認用の小さな覗き穴がついている。実はこの窓、特別なレンズを使うと外から室内がハッキリと見えてしまうのだという。このグッズを使えば、普段はドアスコープを閉じた状態、来客があったときだけスライドして使えるというもの。確かにこうしたものは欲しかった。僕の部屋なんて誰も覗く人はいないと思うけどね。
 実はこうしたものをずっと欲しいと思っていた。実際に、ドアスコープのところにポストカードを張っていたこともあった。覗かれる心配というよりも、室内の光が外に漏れて、居留守ができないというのがその理由であった。居留守をするときは、そんなの関係なくしているのだけど。
 寂しいひとり暮らし、訪ねてくる人なんてほとんどいない。休みの日に来る人というと、そのほとんどが勧誘。新聞に、宗教に。以前、阿佐ヶ谷に住んでいたことがあったのだけど、それはそれはほんとうに凄いものだった。冗談抜きで脅されたことがあった。新聞の勧誘でである。とにかく、基本的には居留守をしたいと思っているのであった。
 なかなか良いものを買ったと自画自賛していたのだけど、部屋でいざ取り付けようとすると、うまくいかない。ドアスコープに高さがあるので、実際に使うことはできなかった(笑)。でも、面白そうなものを見つけると、ついつい買ってしまうのであった。

■ 映画『スパイ・ゾルゲ』篠田正浩監督http://www.spy-sorge.com/
 題材は凄く面白そうなのだった。関係する本も読んでみたい。でも、脚本と演出はちょっとばかり力不足だったのではないかな、というのが僕の正直な感想だった。スケールが多きすぎたために、粗さがどうしても目に付いてしまって。
 それでも、この映画を通して第二次世界大戦へと至る過程を、このようにスクリーンで観ることができたのは、とても有意義な体験だった。特にその映像は興味深いものだった。戦前の東京の街の風景など、普通に生活をして歩き語らっている。当たり前のことだけど、うまく想像することは出来なかったのだ。遠い昔のことではない、ちょっとだけ前の時代のことだったのだと感じることができた。

◆ リフォームのテレビ番組
 前にも一度書いたけれど、リフォームのテレビ番組を見ている。まあ、面白いのだけど、少しばかり疑問を抱くようになってきた。
 リフォーム後の家は本当にきれいで、とても広くなり、確かに多くの工夫がなされていて、良いなぁと思う。住む人は涙を流していたりもする。でも、リフォームとは何なのだろうか、と少しばかり考えたりするのであった。
 リフォーム前の家はどうかというと、昔からの造りで、畳の部屋にいくつもの箪笥があり、物が溢れ、とにかく狭い。僕には姉が2人いて、2人ともいわゆるお嫁さんに行った。そのときには当然のように、箪笥を買った。一度その買い物に僕も行ったことがあったのだけど、5点くらいのセットで確か100万円くらいのお値段だったのではないだろうか。良いか悪いか(という話でもないのだけど)は別にして、箪笥のセットというものが、何処の家庭でも普通にあるものだっと思う。狭い畳の部屋に、やや場違いにそうした箪笥セットは置かれている。ひと昔前には、当たり前の風景……。
 リフォーム後にはなぜか当然のように、そうした箪笥セットが無くなり、造りつけのクローゼットになっている。
 テレビではこのリフォームがいかに素晴らしいかが語られている。しかし、箪笥セットを取ってしまえば、それだけで広くなると僕は素朴に思うのだけど。それにねぇ。リフォーム前にはあれだけ、物が溢れ、ごちゃごちゃと散らかっていた暮らしが、リフォームしたからといって、キレイに暮らせるとはとても思えない。一時的に、リフォームといものが成り立っているようにしか思えないのである。もちろん、リフォーム後一年が過ぎてやっぱりゴチャゴチャとした生活をしています、なんて絵はテレビでは流れないとは思うけど。
 もう少し、汚れた雰囲気の、普段の生活のあるリフォーム番組を見てみたいな、と密かに思うのだけど。

■ 村上春樹・柴田元幸著『翻訳夜話2 サリンジャー戦記』(文春新書)
『キャッチャー・イン・ザ・ライ』についての2人の対話、それに村上春樹の訳者解説も載っている。僕はこの本をとても面白く読んだ。こんな風に翻訳本について、深く語るような本がもっともっとあっても良いのではないかと思ってしまった。当然翻訳というものは、英語から日本語というように、簡単に変換できるものではない。例えば、この本で「you」という言葉について語られているのだけど、実に深いものがある。この言葉をどう訳するのかによって、『キャッチャー』という小説をどう読むかも全く違ってくる。
 本を読むことがこんなにも面白いことなのかと、大きな喜びがあるのであった。

◆ すっきりしない話
 トイレの便座が壊れてしまった。僕の人生において二度目のことである。少しヒビが入っているだけといえば、それだけのことだ。座っているときには、まあなんともない。けれど、立ち上がろうとするときに、微妙で、鋭い痛みが……。今日一日をがんばろう、という気持ちが失せてしまうのであった。僕が壊してしまったのだろうか。ダイエットしなければいけないのだろうか。使い方が間違っているのだろうか。肉体だけでなく、僕の心は傷つく。
 悩んでいても解決する問題ではない。大家さんに電話をして、取り替えてもらえないか、話をした。すぐに対応しますという返事が返り、いくらか安心する。しかし、最後の質問に僕の心は砕けた。「どうして壊れてしまったのですか?」という問いに僕は無言であった。どうしても言われても、僕にもわからない。別に乱暴に扱ったわけではないのだ。座ったのが悪かったのだろうか。「自然に、でしょうかね?」と言われて、僕は「まあ」と適当に相槌を打った。でも、自然に壊れるものなのだろうか。自然というものに、僕のトイレの便座はどうして対応できなかったのか。やはり、僕に原因があったのでは……。なんだかすっきりしない気持ちになり、大家さんからの交換の電話を待っている。

■ 映画『熊座の淡い星影』ルキーノ・ヴィスコンティ監督http://www.cablehogue.co.jp/kumaza/
 古いモノクロの映画が上映されていた。よくわからなかった部分もあったけれど、スクリーンに映る映像を観ていて、この雰囲気の中に僕は浸っていた。映画を観るのは良いものだと。
 次第にこの物語の謎が明らかになってくる。それはけっこうショッキングな内容だったりしている。
 古い映画は見直されているのだろうか、予告編ではチャップリンの映画もあった。僕が映画を観始めたのはつい最近のこと、あせらずゆっくりと、古い映画も観ていきたいと思う。

◆ 高原の小さなホテル
 テレビドラマというものが好きでけっこうな数を見てきた。しかし、それは過去形になりつつある。あまり面白いとは思えなくなってきている。テレビドラマには映画とはまた違った気軽に楽しめる良さがあると思うのだが、それにしても内容がお粗末すぎるような気がしてしまって。
 そんな中、今シーズン唯一といっていい僕の見ているドラマがある。TBSの『高原へいらっしゃい』(http://www.tbs.co.jp/kougen/)である。山田太一原作ということで、見はじめたのだけど、なかなか楽しい。
 舞台は小さな八ヶ岳高原ホテル。そう、なんだか気になる。ドルフィンホテルのライバルのように思えてならないのだ(笑)。個性的なスタッフ、オンボロの建物、静かな土地、きれいな夜空……。多くの共通点がある。何よりも、お客様にくつろいで欲しいという思いがある(笑)。でも、見ていくほどに良いホテルになっていくようだ。料理は美味しそうだし。このホテルの良いところを、ドルフィンホテルにどんどん取り入れていきたいと思っている。

■ 映画『人生は、時々晴れ〜 All or Nothing』マイク・リー監督http://www.tokidokihare.com/
 観ようという気持ちはあったけれど、あまり積極的なものではなかった。チラシの写真がどうにも暗そうで、なんというかボリュームがあって(笑)、正直なところ、観ようかどうしようかいくらか悩んだ。観始めて最初の数分間、どちらかというと退屈な映像が続く。でも、見入ってしまうものがあった。音楽と、微妙なカメラワーク、惹き付けられるものがあった。たぶん、部屋のテレビ画面でこの映像を観ても、飽きてすぐに辞めてしまったかもしれない。映画館でこそ観るべきだ、という映画はよくあるが、壮大な風景とかそういうものではなく、この映画はスクリーンでこそ観るべき映画だと思った。
 メインとなる場面がある。言葉にできない気持ちの中にいた。涙が流れ止まらなかった。泣かせる映画はいくつも観たが、こんな風に訴えるものがあったとは。夫婦というものを考える意味で、家族というものを考える意味で、この映画は大きな存在なのではないだろうか。ひょっとしたら、このまま静かに消えていく映画なのかもしれない。でも、多くの人にもっと観て欲しい映画だと思った。
 レイチェルという娘がいる。彼女は本を読むのが好きなようで、いくつかの本を読んでいる場面がある。彼女は多くを語らない。でも、その内に秘めた思いが強く伝わってくる。どうやったら、あの台詞と、あの表情が出てくるのだとかと思う。
 この映画は正式には英仏合作となっている。舞台はイギリスだし、イギリス映画と考えてもいいのだろう。英語は使っているけれど、アメリカ映画とはその空気が違っている。生きていくことはとても辛いことだけど、どうしようもない深い辛さなのだけど、そうした中で手を取り合う姿がほんとうに胸を打つ。
 僕は今年、多くの記憶に残る映画を観ているのだけど、その中でも特別なものになるかもしれない。

■ ビデオ『I am Sam アイ・アム・サム』ジェシー・ネルソン監督http://www.shochiku.co.jp/iamsam/
 この映画を観て、アメリカという国は生きていくのが大変なんだなぁと思ってしまった。何でもかんでも裁判だもんね。日本だってこうしたことはあるのかもしれないし、もっと酷いこともあるのかもしれないけどね。
 別に面白くなかったわけではないのだけど、この作品のテーマを、中国映画とかイギリス映画とかで撮ったらまた違ったものになるだろうな、なんて考えてしまった。

◆ 夏の休日
 夏休みという時期に入った。僕の場合、仕事は秋になってから休みを取ろうと思っているので、休みというものにはあまり関係がない。普段以上に繁華街は人が多く、はやく夏休みの時期が終わって静かになって欲しいという気持ちの方が強い。そうそう、このドルフィンホテル読書夜話を夏休みにしようと思っていたのだけど、熱心に読んでくれている人がいるということで、今のことろ休まずに書いている(笑)。
 先日姪っ子(東京で女子大生をしている)からの携帯メールには「夏休みが楽しみ」と書かれてあった。どうやら実家に帰ってゆっくりしたいらしい。4月に東京に来たと思ったら、もう夏休みである。考えてみると、大学なんて詐欺みたいなものではないだろうか。年間で授業料が設定されているのに、なんと休みの多いこと(笑)。それにくらべて、普通の会社員は休日が少ない。大学のように長くとは言わないけれど、2〜3週間の夏休みがあってもいいと思うけどね。
 夏休みと言うと、楽しい反面、嫌だなぁと思うことも多かった。宿題である。日記を書いたり、読書感想文を書いたり……。あれっ、今気がついたけど、ドルフィンホテルとは一体何なのだろうか(笑)。
 それにしても、梅雨は明けない。今日の休みは3回も洗濯機を回したのである。この天気だと今日中に乾かないではないか。暑いのは嫌だけど、休みの日はカラリと晴れて欲しい。僕のささやかな願いである。

■ アンナ・ガヴァルダ著/飛幡祐規訳『ピエールとクロエ』(新潮社)
 この作者は今、フランスでとても人気があるという。この作品が2作目なのだけど、とても面白く、これからも楽しみな作家である。
 正直なところ、この人について何も知らなかった。書店でぶらぶらしていて、ふと手に取った。カバーの絵がなんとなく良かったし、読みやすそうな雰囲気だった。まだ若い、1970年生まれという作者の写真の印象が良かったということもあった。
 例えば、『アメリ』が好きで、『ブリジッド・ジョーンズの日記』が好きで、ドルフィンホテルも好きだよ、という人は、この本をかなり好きになると思う。もちろん、これらにも何の共通性もないのだけど(笑)。とにかく、このアンナ・ガヴァルダという人は、日本でもっともっとブレイクするはず。間違いなく。僕は読み終えたときに、この人の掲示板をつくろうか悩んだほど。
 とにかく、ドルフィンホテルに来てくれている女性の皆様にはぜひ読んで欲しい作品。
 内容について少し触れると、子供が2人いるクロエという女性が主人公。そういう点では、20代、30代の女性の自分の生き方について考えるといった感じの恋愛小説とはちょっと違う。大人の(といったらちょっと語弊はあるけれど)、生きていく姿というものが感じらる。何よりもいいのは、ちょっとしたディーテイルである。他の人にはない、独特の(でもクセのない)、そして鋭い描写がとても心地よい。そして何よりも、女性の視点から男性をしっかりと描いているように思える。良いとか悪いということではなく、静かに内に秘めたものを優しく包んでくれるように。

■ 映画『めぐりあう時間たち』スティーブン・ダンドリー監督http://www.jikantachi.com/home.php
 正直に言おう、僕はこの映画を観てローラ役のジュリアン・ムーアに惚れてしまった。とっても良かった。
 この映画を観た人は、たぶんもう一度観たくなるのだろう。ややわかり難かったということがあり、まあそれがこの映画の持ち味なのだけど、2度観ることで楽しめる部分もある。僕は『ダロウェイ夫人』を読みたいと思う。調べてみると映画にもなっているので、映画を観てみるのもいいかもしれない。その後でもう一度この『めぐりあう時間たち』を観たい。
 最後の方のローラの台詞が今も残っている。とても深い映画だった。

◆ レンタルDVD
 宅配のDVDレンタルというのがあると新聞に出ていた。さっそくインターネットで調べてみると、いくつかのサイトが見つかった(http://www.dvdzoo.jp/http://posren.com/|http://www.discas.net/d/d/index.html)。なるほどなるなど、便利そう。ひと月が定額(2980円が相場みたい)になっていて、何本でも借りることができる。宅配といっても郵便物として受け取れるので、ネットで注文すれば郵便ボックスに入っているわけである。返すのも簡単みたい。レンタルビデオ店に行ってあれこれ探すというのも楽しいけれど、ネットでの検索の方が観たいものがハッキリしている場合にはずっと便利である。特にテレビドラマのシリーズものを借りたりすることを考えると、とても良さそう。ちなみに僕は「ER」を最初から見たいと思っている。
 良いことだらけのようだけど、実際に使ってみるかというとちょっと悩むところ(笑)。チャン・イーモウの作品はほとんど無いようで、当然と言えば当然だけど、普通に人気になっているDVD作品がメイン。おまけに、このひと月定額というのも、実際にどれだけ借りるかというと、元を取るだけ借りるだろうかという疑問もある。ただ、レンタルビデオとして考えるよりも、WOWOW(映画を観ることを考えた場合)とこのDVDレンタルとを比較して考えるなら、利用しようかなと思わないわけでもない
 でも、こうしたサービス、気になることは確かだ。

■ 映画『藍色夏恋』イー・ツー・イェン監督http://www.natsukoi.net/
 確かにプラトニックな映画だった。
 この映画について松本隆が「ぼくたち日本人はどうしてこういうプラトニックな世界を忘れ去ってしまったんだろう。」と言っている。ほんとうにいい映画だった。
 たぶん、少女漫画を読むのが好きだという人は、この映画も好きになるのではないだろうか。ぜひ、観て欲しい。自転車で走り去る2人の映像は眼に焼きついている。もの凄くいいのだ。さりげない、ひとつひとつの場面の映像がとても印象的なのである。そんなに強いものではない。微かな光の影が、素晴らしい映像となっている。チャン・ボーリンも、グイ・ルンメイも、リャン・シューホイも凄くいい! 表情のひとつひとつが、言葉にできないほどに素晴らしい。
 この映画を観たという方、少し語りたいです。

◆ 休日の午後
 実はこの読書夜話を書くのにはけっこう苦労している。ほぼ、まるまる1日を使ってしまっているのであった。でも、実質の書いている時間は数時間かもしれないけど。あちこちのウェブサイトを見ていると、どんなふうに書いているのだとうと思ったりする。サササと書いているのだろうか。
 僕は毎回、15の話を書くことにしている。12くらいまでは、それなりに書けるのである。観た映画とか、読んだ本とか、あとはそれなりに書きたいと思ったこともある。しかし、残りの3つくらいはどうしても難しい。悩みながらも、いちおうは何かを書こうとする。「ねけさく図書館」(http://homepage2.nifty.com/Rumiko/index.htm)について書こうかなとも思うけど、更新されているわけでもないのでネタにはならない。そして考えているうちに、ああ僕には物を書くなんてことはできないんだなぁ、なんてイジイジと思い悩み鋭く落ち込んでいく。そしてアルコールを飲み、事態はますます悪い方向へと向かう。仕方がないので、散歩兼駅前のスーパーへの買い物に行く。納豆と葱と大根二分の一と米をまずカゴに入れる。鯵が100円だったので、これもついつい入れてしまう。お惣菜のコーナーをうろうろしていると、揚げたてのクリームコロッケが……。これも入れてしまう。揚げ物というのはずっと控えていたのだけど、実は好きなのだよなぁ。この日のレジのお姉さんがきれいな人だった。ちょっと嬉しくなる。
 部屋へ帰るなり、ほかほかのクリームコロッケを食べる。ワインも。
 なんとか書こうと再びパソコンへと向かう。唸る。漫画を読む。テレビを見る。ワイシャツのアイロンがけをする。また書こうとする。いつまでも睨めっこしていても仕方が無いので、ドルフィンホテルを見直す。リンクからあちこちのサイトへと移動する。ついつい「my solitaire」(http://www.geocities.co.jp/Bookend-Yasunari/4302/)の「つれづれ日記」を読み返してしまう。よくよく考えると最初の方は読んでいなかったみたいなのだ。とても面白い。餃子も美味しそう。しかし、なんだか夫婦の仲の良さがあちこちに現れている。幸せなんだなぁと思う(笑)。いつの間にか長い時間が過ぎてしまい、ワインもだいぶ少なくなってきた。そろそろ眠くなってきた。何も進んでいない……。気分転換をしようと、夜の散歩に出かける。20分ほど歩いたところで、コンビニに入る。雑誌の立ち読みをして、ついついカップラーメンとおにぎりを買ってしまう。部屋に帰り、久しぶりのカップラーメンを食べてしまう。美味しくもあり、美味しくもなし。でも、美味しいや。
 もう少しちゃんとしたいなぁと思う。まだ全部を書き終わっているわけでもないけど、この日は寝てしまうのであった。



九夏三伏 2003/7 #3


2003/8/3

◆ 花火大会
 花火を見に行った。ようやく晴れた夜空いっぱいの花火はとても良いものだった。考えてみると東京の夏の週末というのは楽しいものだと言える。ほとんどどこかで花火大会が行なわれているだろう。この日も遠くの方では別の花火が上がっていた。
 しかし、それにしても。花火の素晴らしさ以上に凄かったのは人の多さだった。なにせ、ホームが人で埋まり、改札口に行くまでの間、酸欠状態で倒れてしまうのでないかと思ったほど。これまで東京のあちこちに行ったけれど、これだけの人込みは初めてだったような。ピークとなる時間はずらしていた。それでも十分な込みよう。
 不思議に思ったのは、なんで交通機関が本数を増やしたりしないのだろう、ということ。ワールドカップのときに臨時の列車を走らせたりしていたはずだが、それなんでほんの数万人の対応でしかない。大晦日だって臨時の対応があるはず。だったら、夏の一大イベントの花火大会なんかは電車の本数を増やせばいいのにと思う。大変なんだよ、という話もあるのかもしれないけど、利用する人が明らかに予想できるのであれば、当然儲かることなのだろうと、素朴に思うのだけどね。

■ ビデオ『海辺の家』アーウィン・ウィンクラー監督http://www.umibenoie.jp/)[WOWOW]
 この家、見晴らしは良さそうなのだけど、崖が崩れる夢を一度でも見たらもう住めないのではないだろうか……。良くも悪くも、アメリカという国が十分に感じられたような気がした。家は広いし、離婚率は高そうだし、お母さんたちは若いし……(笑)。でも、カラリとした雰囲気がとても良かった。

■ 森達也『ベトナムから来たもう一人のラストエンペラー』(角川書店)
 とても面白い本を読んだ。知らなかったベトナムという国と、日本という国について。
 ベトナムという国は長い間フランスに支配されてきた。アジアの国というのはどこも似たようなものだったのかもしれない。日本という国は、幸いなことにというか、日露戦争に勝ち、他のアジアの国とは違う道を歩き始める。その頃、ベトナムでは改革を目指す極秘の運動があり、日本へ支援を求める。多いときに300人ものベトナムからの留学生が日本に来ていたという。ベトナム以外の国からも、同じように日本という国に憧れ、自分の国も独立を勝ち取ろうという国、人が多くいたのだという。
 クォン・デという人はベトナムの王位継承権を持つ王子だった。ベトナムの独立のために家族を置いたまま、日本へと来る。帰国することを夢に見ながら、彼は日本でその生を終えることになる。
 このクォン・デという人を通して見る、日露戦争から太平洋戦争、そしてベトナム戦争はまったく違ったものに感じられた。元からの知識がないに等しいわけで、違ったも何もないわけだが、強い衝撃を受けたことは確かである。
 この本についてうまく語ることは難しい。森達也も、クォン・デを全く知らないところからを、この本の始まりとしている。クォン・デというひとりの人間について、その寂しい人生が描かれ、同時にオウムの事件の起こった今の日本についても書かれている。
 多くのことを考えさせてくれる本だ。

◆ 回転寿司の謎
 久しぶりに回転寿司のお店に行った。どうしてだろう。ぐるぐると回る皿を見ていると、想像力が増していくような感じがしてくる。狭く、限定された世界。隣の席の人とは肩がぶつかったりする。皿を積み重ね、お椀を頼んだりするならば、どのようにスペースを活用するのかに悩む。この日一緒に行った人は、6年ぶりだよ、と笑っていた。
 このところ食事の量が少なくなっていたのだけど、ついつい11皿も食べてしまった。たまにはいいものである。
 ところでこの日不思議に思ったことがあった。なんでお寿司を握る人は男性なのだろうか。ここでの疑問はあくまでもこの回転寿司での話である。例えばスーパーのパックのお寿司を誰が握っているかというと、機械だったり、パートのオバサンだったりする。ちなみに一度、だるそうな表情のオッサンが寿司をつくっているのを見て、食べたくなくなったことがあった。機械で握るのは安く出すために現実であり、要はそれを美味しそうに作ることだと思うのである。
 本来のお寿司がどうあるべきかという話ではなく、こうやって回転寿司の店で考えてみると何も男性でなければならないという理由はないように思える。明らかにアルバイトなのだろうという人が握っているケースだって多い。だったら、女性が握る回転寿司の店があってもいいと思うのである。機械で握って、ネタを置くだけだっていい。そこに、明るい笑顔と清潔感があったならば、僕は喜んで食べると思う。あんまりマニュアル化してしまうのも嫌だけど、ハンバーガーのお店や、ファミリーレストランのような服装、雰囲気の女性が、元気に回転寿司のあの中にいてもいいんじゃないだろうか。

■ 映画『シティ・オブ・ゴッド』フェルナンド・メイレレス監督http://www.cityofgod.jp/
 はじめて観たブラジル映画。映像と音楽が、これまでの映画の感覚と全く違っている。とても新鮮。すごい力強さが感じられる。しかし……。たぶん多くの人はこの映画を観て具合が悪くなるのではないだろうか。何人の人が死んでしまったのだろうか。加害者のほとんどは未成年である。それが、事実にもとづく物語という説明。とにかく凄いのひと言。
 できれば、人の死ぬ場面のない、この監督の映画を観てみたい。でも、この映画のような世界があるのかもしれないな、などと少し思ったりもする。

■ ビデオ『リトルダンサー』スティーヴン・ダルドリー監督http://www.herald.co.jp/movies/little-dancer/)[WOWOW]
 どうしてイギリス映画はアメリカ映画と違うのだろうか。そんなことを最近よく考える。同じ英語が話されるわけだけど、空の色とか、洋服のちょっとした色とかが大きく異なって見える。家とか労働者の風景とかは、確かに違うのだろうとは思うけど。正直に言うと「リトルダンサー」の場面そのものはあまりピンと来なかった。でも、作品全体に漂うイギリスの雰囲気に感じるものがあった。親と子供、家族というものが、深いところで伝わってくるような気がした。

■ 映画『ライフ・オブ・デビッド・ゲイル』アラン・パーカー監督http://www.uipjapan.com/davidgale/top.htm
 正直なところ、この映画について何をどう書いたらいいのかわからないでいる。『シックスセンス』という映画があったけど、それ以上に内容について語ってはいけない映画なのだろう。その上で僕はこの映画のタイトルに注目したい。デビッド・ゲイルというのは主人公の名前なのだけど、確かにこの人の「ライフ」なのだ。生きていくことの意味が、この映画全体で描かれているのかもしれない。
 とても面白い映画だった。このアラン・パーカーという監督、どこかで聞いた名前だと思っていたら(まあ、僕は映画について全く詳しくないだけです)、『ミッドナイト・エクスプレス』の監督をしていた人だった。なるほどなるほど。この監督もこれからチェックしていきたい。

◆ 新掲示板構想パート3
 長いシリーズになりそうなこのテーマ、構想だけでなかなか実現できずにいる。どうしてかというと、自分でつくっている掲示板をチェックするのがけっこう面倒だったりしているからだ。約9個ほどあって、正直なところ動いていない方が多いのだけど、誰かがあたたかな書き込みをしてくれているかもしれないし、イタズラされている可能性もなくはない。増やすのはいいのだけど、動いていないのを止めてしまうというのもやや抵抗がある。せっかく自分で作ったわけなので、ながく続けたい。でも、増えるのは大変……。
 一応「映画の部屋」と「漫画の部屋」(名称は未定)については、前向きに考えてはいる。けれど、他の部屋の話題がただ単に移動するだけのような気もしないではないし、もう一歩踏ん切りがつかない状態。
 そんなことよりも掲示板全体を整理整頓したい、という気持ちもある。新しい人だけが書き込みするようなところがあったらいいだろうな、と思ったり、ひと言不平不満をぶちまけるような部屋も欲しい。質問コーナーみたいな部屋を作って、ちゃんと支配人が答えるようにしようかなぁ、なんてこともちょっとは思う。気軽に多くの人が書き込みできるような雰囲気がもっとあったらと思うのだ。そういう意味では、「ミクさんの部屋」とは「mawaさんの部屋」なんてのもいいなぁと考えている。
 本についてもっと積極的に関わるということでは「週刊ブックレビューの部屋」なんてのもいいアイデアだと思っている。この番組のファンが気軽に語り合えるような場所があったら楽しいだろうと。この番組というよりも「柴田由希子さんの部屋」というのを作りたい気持ちもあったりして(実は彼女のファンなのだ)。

 久しぶりにスターバックスに来て書いているのだけど、とても空いている状態。夏休みなんだろうなぁという雰囲気の学生の方はいるけれど、井戸端会議の奥様達の姿は全く無い。夏場は避暑地の別荘にでも出かけているのだろうか。

■ ビデオ『ある愛の詩』アーサー・ヒラー監督 [NHK-BS2]
「愛とは決して後悔しないこと」と大きな声で言える夫婦というのはどのくらいいるのだろうか、なんてことを考えてしまった(笑)。
 この映画は初めて観たのだけど、名前だけは中学の頃から知っていた。この映画を好きだという友人がいて、彼はよく語っていたように記憶している。僕はあんまり興味はなかったのだけど。タックンと呼ばれていた彼は下敷きにしている透明ケースにこの映画のチラシを入れていた。
 1970年に制作された映画なので、もう30年以上は経つ。懐かしくこの映画のことを語りだす人も多いのかもしれないね。ちなみに僕はこの映画よりも、山口百恵が出ていた赤いシリーズとかで涙を流すような奴なのだろう(笑)。
 最近思うに、こうしたアメリカ映画というのは自分の感性に合わないのかもしれない。例えばこの映画の登場人物、最初は学生で親の援助から離れ、貧しい生活をすることになる。愛があるのならば、貧しくとも何ともないだろうという気持ちは世界各国どこでも同じだろうとは思う。けれど、お金がないといいつつ、2人の同棲生活は僕の今の部屋の5倍以上は広いようなところに住んでいたりする。四畳半の部屋で「お金が無いんだ」というのであれば、「そうかそうか」と感情移入できるのだけどね。なんだかんだ言っても、アメリカという国は豊かなのだと思うのであった。

■ 河崎眞澄著『還ってきた台湾日本人兵』(文春新書)
 小野田寛郎さん、横井庄一さんという名前は多くの人が知っているだろう。終戦後30年ほどジャングルの中でひとりで暮らしていた元日本兵である。同じような境遇にあった元日本兵がいたのだけれど、その人の名前は僕の記憶の中には全くなかった。中村輝夫さんは日本統治下の台湾で育った。日本の教育を受けて、当然のように日本語を話す。日本兵として太平洋戦争に参加した。約30年インドネシアの密林で孤独に暮らし、発見されたときには、台湾は日本ではなかった。
 なんとも複雑な話であった。中村輝夫さんだけでなく、台湾に住んでいるけれど長く日本の教育を受けた人が多く登場する。「今でも日本精神を持っている」という声もある。台湾は50年も日本の統治下にあったということを、強く考えさせられた。約半世紀というのは長い時間である。
 台湾だけでなく、多くのアジアの国は日本と強く関わっていたのである。現代もキムラタクヤは台湾では凄い人気みたいだし、深く関わっている。けれど、少し前の時代のことを知らないと恥ずかしいのだろう。

◆ 映画を観るということ
 7月後半に9本の映画を観た。劇場で観た本数である。僕としては新記録。だいたいにして、1年に9本以上映画を観たなんてこと自体がほとんどなかったのである。「銀座・シネマポイントカード」も6ポイントとなった。1本タダで観ることができる。嬉しい。
 ほんとに考えられなかったような本数なのだけど、そんなに難しいものではないのだな、と少しわかってきた。そんなに頑張らなくても週に3本くらいは無理なく観ることができる。1本は仕事が終わってから。通常の最終回は7時前のために、僕の場合はほとんど無理。あちこち探してみると、8時か9時くらいから最終回を始めるという映画館があったりする。あとレイトショーというものもある。毎週というのは難しいかもしれないが、居酒屋で飲むことを考えるならば、なんとか可能である。あとは休日になるが、これはハシゴで観る。最初の回を観て、お昼ごはんを食べて、そのあとでもう1本。無理をすれば、そのあとにもう1本観るということもできるのだろうが、今のところアタマがぐちゃぐちゃになるような感じがしていて試していない。でも、以前だったなら2本続けて観ること自体アタマぐちゃぐちゃだったので、慣れの問題なのかも。そもそも、田舎にあった映画館なんて、たいてい2本立てとかだったからね。ちなみに、数年前になるが3本立てという映画を観たこともあった。ただ、恥ずかしいので詳しくは触れない。まあ、終電が無くなって寝る場所を探していた夜だった。
 しかし、映画館というところは、行くまでに少しの勢いが必要だ。観たい映画がすぐ近くでやっているというわけでもない。なんで休日に、時計を気にして1日を過ごさなければならないのだろう、なんてことも思う。ある意味で、本を読むこと以上に、チカラの入る行為になるのかもしれない。
 先日、六本木に新しく出来た映画館に入った。なるほど、傾斜があって音響もいいし、とてもいい映画館だった。前の席の人の頭が気になるなんてことはない。でも代わりに、バケツに入ったポップコーンが眼に入り、とても気になったけど。いくらなんてもあんな量のポップコーンを食べるなんて、僕には信じられないのだけど。
 でも、映画館って、そんなにお金を掛けた建物でなければいけないのだろうか、という素朴な疑問もある。主役は映画であって、映画館ではないはずだ。100人も入らないような、小さな映画館が街のあちこちにあってもいいような気もするのだが。最近流行りのオシャレなカフェのように、個性的なインテリアの劇場だったりしたら良いと思う。例えば、イタリア映画専門の映画館で、まさにイタリアを感じる内装だったら楽しいのではないだろうか。ピッツァなんかが売られていたなら、ついつい買ってしまうのに。
 そういえば、子供の頃に公民館で映画を観るということがあった。年に1回か2回くらいだったろうか。町内会なのかよくわからないけど、後ろの方で映写機をまわしての映画というのはなぜか思い出深いものがある。高校のときだったかな。小さなスペースで行なわれていたチャップリンの映画上映会というのもよく覚えている。観ている人はほんの10数人しかいないようなものだったけど、僕は涙が止まらなかった。その映画のタイトルは『街の灯』だった。
 ひょっとしたら、またほとんど映画を観ないというときが来るようにも思う。嫌いになるとかではなく、ほんのちょっとしたことで、ドッコイショという感覚がなくなるのかもしれない。

■ ビデオ『男はつらいよ 寅次郎恋愛塾』山田洋次監督 [テレビ東京]
 テレビ東京で放送されているこのシリーズ、できるだけ観ようとはしている。でも、前に観たものもあっただろうな気がしていながら観ていたりもする。でも、面白い。これからの展開の予想もできるのだけど、それでも面白い。それは凄いことなのだろうと思ったりする。
 でもなぁ、寅さんが何とも可哀相に感じられてしまう。別に他人の恋愛なんてほっておけばいいと思うのにね(笑)。

◆ 麺類が食べたい
 やはり夏場は冷たい面が食べたい。蕎麦も好きだし、素麺も好きだし、うどんもいい。冷やし中華も食べたい。でも、どれか一つに絞りなさい、と言われるととても悩んだりする。この悩みというのは、優柔不断なのだろうかと思い悩んだこともあった。蕎麦にしようとうどんにしようか、どちらの店にしようかとても悩んだりする。どちらかに絞ったとしても、地方によってそれぞれの味は違い、当然店によっても味は違う。
 しかし、どうしてどれか一つを選択しなければならないのだろうか。例えば、お寿司を食べるときに、マグロだけを食べたりはしない。イクラが好きだとしてもイクラだけを食べるというわけではない。いくつもの種類を少しづつ食べる。ネタはあちこちの海から運ばれてきたものだったりする。
 うどんを食べるときに、ちょっとずつ、多くの種類を食べることはできないのだろうか。一口か二口くらい、ずずっと食べる。その歯ごたえにうどんを食べる楽しみを感じる。そしたらすぐに次の種類のうどんを食べるのだ。またちょっと歯ごたえは違う。例えば、讃岐うどんだとしたら、むぎ屋さんのものを食べ、すぐにすず屋さんのものを食べる、そのちょっとの違いが楽しいはず。むらて屋さんのうどんはちょっとコシが弱かったりしているかもしれない。
 回転寿司のように、多くの種類の麺類が流れてきたならば、ほんとうに楽しいと思う。美味しいものというのは、数多くあるはず。自宅では一度に何種類もつくるわけにはいかないわけだから、外でこういう店があったなら、ぜひ行きたいけど、絶対にないのだろうなぁ(笑)。

■ ビデオ『とらばいゆ』大谷健太郎監督 [WOWOW]
 瀬戸朝香が女流棋士を演じる。同時に彼女は家庭の主婦なのだけど、そのあたりでの悩みというか、意地っ張りの女性らしさというか、けっこう楽しんで観ていた。ご夫婦の皆様は、この映画を観ていろいろと考えたりするのだろうか。
 観終わってからなんだか将棋をやりたくなってしまった。小学校の頃はよくやっていたのだけど、もう年十年も対戦するということはない。ゲームではたまにやるけど。
 誰か僕とつきあってくれる人はいないかな(笑)。ヘボ将棋なんだけどね。でもさ、考えて考えて考えて、勝負という結果がでるのは、やりがいがあることのように思える。将棋でないにしても、これから先の僕の人生、何かこうした勝負事をやりたいなぁという気持ちが密かにあったりしている。

◆ 読書夜話後記
 たまにはダラダラと意味もなくキーボードを叩いてみよう。このところこの読書夜話で書くことは映画とビデオの話が多くなっているような気がする。映画を観なければ、何かの話を書かなければ、という気持ちがるので無理やり何かを書いてしまうのだけど、このところは書ける気もしないし無理やり映画を観たりビデオを観たりしているのかもしれない。しかし、録画されたビデオは今も溜まり続けているのである。たぶん30本くらいのビデオが僕に観てもらうのを待っているのではなかろうか。「ワタシをしっかりと見つめてください」と女性から言われたならまあ嬉しいだろうけど、ビデオテープに言われてもあんまり嬉しくはないからね。ビデオテープ代に余計な出費をしないように、どんどん観よう観ようとしているのであった。
 正直なところ、このところ何を書いたらいいか少し悩んでいるんだよね。それなりに行動しなければ、面白い話は出てこないし、あんまり自分のことを書くのは嫌だし。
 例えば引越しでもしたならば、それなりに話題もあるだろけど、話を書くために引越しするのもね(笑)。ただ、引越しはしたいよな。もう今のところに住んで3年くらいにはなったのだ。子供の頃からよく引越しをしていたので、このくらい一箇所に住むと飽きてしまうのだよな。飽きてしまうことは悪いことだ、なんて思っていたこともあったけれど、それが自分なんだと言い切ってしまってもいいのだろうな、とも思うようになってきた。環境を変えた方がいいのだろうとは思うけれど、なかなか難しい(笑)。
 ダラダラと書くというと、雑誌なんかの編集後記というのが好きだったりしている。最近では少なくなったかな。編集者が意味もない数行の話を書いたりしていて。テーマとは全く逸れた無駄のような文章なのだけど、無駄だからこそ、何か捨てがたい魅力があったりして(笑)。
 ところでこの「読書夜話」という名前。多くの読者(まあ少ないだろうけど)は何と読んでいるのだろうか。最初に一度読み方を書いたきりで、あとは特別書いたりはしていなからね。わざとハッキリわからない読み方にしたいという狙いはあった。ほとんどの人は「どくしょやわ」と読むのだろうけど、正式には「どくしょよばなし」というのである。わからないだろうな。だから何っていう話でしかないのだけど(笑)。



推本溯源 2003/7 #4


2003/8/10

◆ 夏の休日
 暑い暑い、本格的に暑くなってきた。数日前には暑さのために夜中に眼を覚ました。枕がぐしゃぐしゃに濡れていた。どう考えてもおねしょをしたような記憶もなく、枕にするような芸当もできない。僕の寝汗であることには間違いはない。翌日も同じようなことがあり、寝不足でふらふらした状態で翌日を過ごしてしまう。ついに寝るときにクーラーをドライの付けっぱなしの状態にすることにした。快適に朝まで眠ることができたのだけど、これでいいのだろうか、と人間の生き方について少し考え込んでしまった。
 そう言えば、僕が東京に出てきたときの部屋にはクーラーなんてものはなかった。扇風機を廻し、戸は全開の状態。時折、猫が部屋に入ってきたけれど、それなりには涼しさがあったように思う。
 考えてみると僕の今の部屋は街の商店街の中にある。窓の外にすぐ緑の木があるのならば、涼しい風も入ってくるのかもしれない。電信柱があっても、暑さは増すばかりだろう。
 久しぶりにからりと晴れた休日だった。僕は映画を観てこの1日を過ごす予定でいた。冷房の効いたところにいれば快適に過ごせる。しかし、電車に乗って移動しているときに、何かが違うように思えてきた。こうした暑い日には、人工的な風ではなく、土と草のある地面を歩き、水辺の脇の多くの木のあるところで過ごすべきではないのか、と。どんなに暑いときでも、コンクリートと土の地面とでは違ったものがある。木の下に隠れると、ひんやりとした涼しさがあったりする。
 僕は行き先を変えた。あまり遠くに行くのも疲れる。そんなに遠くなく、自然の感じられるところ。僕は公園へと向かった。
 東京の比較的西側に住む者として、公園というと、井の頭公園、石神井公園、そして善福寺公園の3つがある。井の頭公園は吉祥寺のすぐ近くでテレビにもよく出て有名なところだ。石神井公園もややマイナーになるけれど、漫画なんかによく出てきたりする。それに比べ、善福寺公園というのはやや地味な印象があった。ここだけはまだ行ったことがなかった。地味だけれど、隣には有名な女子大があり、最寄り駅は西荻窪で、少しばかり高級住宅地という印象がある。ちなみに、岸本葉子さんのマンションもまあまあ近くのはず。
 僕は善福寺公園(http://www.tokyo-park.or.jp/kouen/park.cgi?id=37)で、この暑い夏の1日をすごすことにした。
 西荻窪駅から行くまでがちょっと遠かった。でも、静かな住宅地という雰囲気で悪くはない。歩いている途中で汗が流れてどうしようもなかったけど。
 善福寺公園はややこじんまりとした雰囲気だった。池の周りをゆっくりと歩いた。ボート乗り場はあるけれど、派手な商業施設があるわけでもなく、ほんとうに静か。ベンチでは絵を描いている人も多くいた。のどかな景色。いいところに来たなぁと、この日の選択をほめたくなった。ベンチに横になって本を読んでいる人が何人かいた。ベンチの隣には自転車がある。気軽に自転車でふらりと来る。そういう公園があるというのは幸せなことだろう。僕の部屋からここまではちょっと遠く、気軽には来れないだろう。
 歩いている途中で汗はどんどん流れ、来ていたポロシャツはややみっともない状態となっていた。でも、夏なのだから仕方が無い。コンクリートの上を歩きぐしゃぐしゃになるよりはいいのだろうと、無理やり自分に言い聞かせる。いっぱい写真を撮っていたら、嬉しい気持ちになっていた。

■ アンナ・ガヴァルダ著『泣きたい気分』(新潮社)
 フランスで大人気だという彼女のデビュー作。短編集で、12もの作品が入っている。正直なところ、よくわからないのもあった。でも、良い作品はとても好きになってしまった。
「幾年ものあいだ」はこの短編集の中での僕の一番。静かな時間が感じられ、出会ったり別れたりという人間という生き物の不思議さを考えたりしてしまう。

◆ 高原ホテルで働く従業員
 相変わらずTBSで放送されている『高原へいらっしゃい』を見ている。建物の雰囲気が良いからだろうか、毎回見るのが楽しみなのである。
 しかし、ふとこのドラマのことを考えると、意地悪い疑問を持ってしまったりする。まあ、深く考えたならばテレビドラマなんて見ることはできないのだけど。
 素朴な疑問なのだけど、このホテルの従業員の休日、有給休暇はどうなっているのだろうか。少人数でやっているホテル、それぞれ役割分担が出てきている。例えば、バーテンダーの人が休んだならば、代わりはどうなるのだろう。ちゃんとしたコックはひとりしかいないわけで、彼が休みを取ったならば、このホテルの食事はどうなるのだろうかと不安になってしまう。従業員であれば当然休む権利だってあるはずだ。
 民宿やペンションなど、家族でやってますよー、というのであれば休日が無くても仕方がないのだろうけど、ホテルの場合はどうなるのでしょうねぇ。このホテルの就業規則を見てみたいと思ったのは僕だけだろうか(笑)。
 でも、こういうことを考えていくと、山の中で小さなホテルを経営するのは大変なことかもしれない。ホテルでなく、民宿やペンションだって。ドルフィンホテルは楽をし過ぎなのか(笑)。

■ ビデオ『A』森達也監督http://www.jdox.com/mori_t/
 ようやくレンタルビデオ店から借りてこの作品を観た。正直なところ、物足りない感じがした。ただこれは続編とも言える『A2』を劇場で観ていたことが大きいのだろうと思う。両方の作品とも、オウム真理教の内部からカメラを回している。『A2』の方が住民とのやり取りなどが多く、マスコミで言われているオウムとのギャップが僕には大きく感じられたように思う。しかし、なによりも最初に観たというショックが大きかったのだろう。それから撮影された時期にもよるのかもしれない。オウムの人たち自身が混乱の中で、まだ整理されていないというところもあったのかもしれない。時間が経ってからの『A2』の方が、観るものにとったはわかりやすい作品になっているように思えた。
 ただこの映画、良い悪いとひと言で言えるようなものではない。深く残ることは間違いがないのだ。ずっと後になってから思い出されることは、今の感覚とはまた違ったものになっているのかもしれない。そういう点ではよくわからない。わからないけれど、この映画(もちろん『A』だけでなく『A2』も)を多くの人に観て欲しいと思うのである。

■ 森達也『「A」マスコミが報道しなかったオウムの素顔』(角川文庫)
 この本を読んでから映画を観るか、映画を観てからこの本を読むか、いくらか悩んだ。悩んだ末、まずは映画を観て、それからこの本を読んだ。
『A』の監督の撮影日記のようなものである。最初の撮り始めからのエピソードのあれこれが書かれている。最初はテレビ放送用のものだったのが、ひとりで撮ることになってしまう。あの連日ワイドショーがオウムを取り上げていたときに、彼はひとりでカメラを持ちオウムの中に入っていった。面白いのは、他のメディアの人に「どうやって中に入れるようになったの?」と聞かれたりすることだ。何のことはない、ただ単に撮影の依頼をして、話し合いの末OKとなっただけの話である。オウムを題材としたドキュメンタリーを撮るということを考えた人が他には誰もいなかったという。
 発表する予定も何もない状態で彼は映像を撮り続ける。お金が無い。家族を養わなければならない。奥さんは黙ってお金を差し出したりしてくれる。この本は映画の裏側の話ではあるけれど、ある意味で森達也というひとりの人物のドキュメントでもあるのかもしれない。
 途中からプロデューサーが加わり、映画は完成へと向かう。撮影の途中から多くの人に理解してもらえるようなテーマではなかった。完成しても、どのように受け入れられるのかは不安があったようだ。多くの反響があったわけではないけれど、最後には観た人の印象的な話が書かれている。
 オウムの事件が起こってから、いくらかの時間が過ぎた。この事件が何だったのか、考えても答えがすぐに出てくるわけではないけれど、『A』という映画は大きな意味を持つものとなっているのではないか。

◆ 有名になってしまうのか……
 8月2日(土)テレビ東京放送の「アド街ック天国」(http://www.tv-tokyo.co.jp/adomachi/030802/index.html)という番組は「練馬・豊島園」の特集だった。
 この番組では毎回「街」がテーマとなり、ベスト30の街自慢、場所、店、名物などが取り上げられる。実は僕はまあまあ遠くないところに住んでいるわけで(笑)、注目しながらこの番組を見ていた。
 入ったことのある店もあれば、そうでない店もある。この読書夜話で取り上げた店も出ていた。でも、なんでこんな店が取り上げられるの?というのもあったけど。
 問題はこのベスト12位だった。ひょっとしたらあるかなぁと思いつつ、いくらなんでも現実的に考えればありえないと思っていた。12位は耳鼻咽喉科医院だった。個人でやっているところだ。もの凄く行列が出来ていて、遠くからも患者が来るということで取り上げられ、先生のインタビューまであり、花粉症について語られていた。僕は何度かこの読書夜話で耳鼻科に行くために朝1時間並んだとか夜中に診察してもらったとか書いたことがあったのだけど、まさにこの耳鼻科なのであった。
 自分が良いと思って通っている医院が、このように全国的に評価を受ける(笑)というのは嬉しいことだ。しかし、これ以上人が並んだら、どうしようもないぞ、という不安な気持ちもあるのだけど。

■ 川口葉子著『東京カフェマニア』(情報センター出版局)
 ふとしたことから「東京カフェマニア」(http://homepage3.nifty.com/cafemania/)というウェブサイトを見つけた。ちょっとした感動だった。その余韻は静かに今も残っている。簡単に言えば、カフェの紹介サイトのようなものなのだけど、心からカフェが好きだという気持ちに溢れている。マニアック的なマイナスのイメージはなく、さりげなく、自然に、カフェについて語られている。その文章のセンス、写真、レイアウト、企画、質問のセンス……。全てがほんとうに素晴らしい。いくらでも賞賛することができる。後から知ったのだけど、このウェブサイトは完全な個人でやっているとのこと。参った。
 このウェブサイトを本にしたという位置づけでいいのだろうか。書店でこの本を探して読んでみた。基本的に同じではあるけれど、落ち着いて読めるところがよかった(笑)。
 カフェという場所がどのように魅力的なのか、よくわかった。行ってみたいな、という気持ちも出てきた。けれど、どうして渋谷とか原宿とか代官山とか、ああいった場所に集中しているのだろうか。松戸や浦和なんかがカフェの街になることはないのだろうか、などという疑問もあったりしている(笑)。
 今のところ、実際のカフェよりも、「東京カフェマニア」というウェブサイトの方がずっと魅力的だと感じられる状態。前から存在していたのに、全く知らなかった。しばらく注目のサイトです。

◆ チャン・イーモウという名前はどれだけ知られているのだろうか
 映画『HERO(英雄)』(http://www.hero-movie.jp/)の公開があと数日となった。待ち遠しい。新聞の広告にも大きなスペースが割かれている。しかし、なんか納得できないものがある。あまりにも、監督であるチャン・イーモウの名前が小さいということだ。俳優の名前など、大きく出ている。でも、監督の名前が前面に出ているということはない。これは意図してのことだろうか。僕の感覚から言うならば、チャン・イーモウという監督の名前があり、その後で『HERO(英雄)』の存在がある。ビデオになっている作品などでも、チャン・イーモウという監督の名前は前面に出ている。この映画は、チャン・イーモウという監督がこれまでとは全く違った雰囲気の映画を撮るということに価値があると思うのだけど、広告を見ている限りそんな風に売り出しているわけではないみたい。まあ、僕が勝手に疑問に思っているだけなのかもしれないけど。ぶつぶつ。

■ ビデオ『月の輝く夜に』ノーマン・ジュイソン監督
 1987年に制作されたアメリカ映画である。大人の恋愛映画なのだけど、恋愛とは凄いものだと関心してしまう(意味不明)。さりげなく出てくる年老いた家族がとてもいい雰囲気だった。犬を散歩させたり、レストランでの会話とか。こういう場面があるだけで、作品全体が引き締まり重みのあるものとなっているように思えた。
 それにしても……。このところ、いわゆる名作と呼ばれるような少し古めの映画を観ての感想なのだけど、ちょっと変わった恋愛というか、そういうのが多いような気がしているのだけど。

◆ ニューベンザ
 トイレの便座が新しいものに変わった。壊れたものはU字型だったのに対し、新しいのはO字型。安心感があることは確かなのだが、一部からちょっと窮屈だよなぁという声のあることも事実(笑)。前の便座はヒビが入ったことで、座ったときにそのヒビのところに僕のお尻というか太ももというか、まあ挟まってしまうことにより立ち上がるときに痛みが走った。新しくしてもう痛みはないだろうと思っていたのだが、なんとこれが痛いのである。正確に言うと、痛い気持ちになってしまうというのだろうか。立ち上がるときに、前のときの痛みが思い出される。それだけ、辛い痛みだったのかもしれない。早く普通に立ち上がれるようになりたいと思うのだけど、なかなか難しいようだ。
 そうそう、先日もらった友人からのメールに次のような文章が書かれてあった。
「もお体と便座に気をつけて(^^)ヾ」と。
 僕のことを気遣ってもらったということは嬉しいのだけど、どうやって便座に気をつけたらいいのだろうかと、少し悩んでいる。

■ ジョン・ゴントナー『日本人も知らない日本酒の話』(小学館)
 書店をうろうろしていたら、「酒」という文字にビビビときてしまった。実はこの数日悩んでいることがあった。毎日の飲酒についてである。ひょっとしたらアル中の状態になってしまっているのかな、と思ったりしているのだった。そんなに好きなわけではないけど、なぜか毎日飲んでいる。外で飲むけど家では飲まないという人もいるけれど、僕は外でも飲むし家でも飲む。酒を飲んでいる時間はテレビを見たり、だらだらと時間が流れるだけのような気もしている。もし、酒を止めたならばもっと有意義な時間を過ごすことができるのではないか……。まじめな話、この数日こうしたことを考えていたのだった。
 止めるのであれば、相手のことをもっとよく知らなければならない。考えてみると僕は酒というものについて何も知らないような気もする。そんなわけで僕はこの本をすぐさま購入し、あっという間に読んでしまった。
 作者はアメリカ人である。年齢は僕と同じ。1988年にジェットプログラム英語教員として来日して、その後なぜか長く日本に住んでしまい、日本酒に関わることになってしまう(http://www.sake-world.com/)。
 この作者、最初は日本酒が好きなわけではなかった。美味しい日本酒を飲んで、その評価が一変してしまう。そして、日本酒を飲み、勉強したりしていく。
 日本のことを知りたいとき、このように日本の外からの視点で見てくれる人の意見を聞いた方がわかりやすく、適切じゃないかと僕は思っている。そうした点で、この本はとても面白く勉強になった。
 僕はこの日、純米酒を2本も購入しさっそくちびちびと飲んでいた。そんなに美味しいか、と問われたなら、答えに困ってしまうが、この本を読んだあとでは楽しさを感じるようになった。多くの人の強い気持ちで酒が造られている。日本に住みながら、そうしたことは全く知らなかったのだから。
 酒というものはただ酔えればいいというものではない。米と水を味わい、楽しんでいきたい。一夜にして日本酒ファンになってしまったのであった。

◆ 日本酒のウェブサイト
 イーサケドットコム(http://www.esake.com/j/)という会社があった。ジョン・ゴントナーという人はこの会社の副社長をしている。
 日本酒というものが英語と日本語とで語られ、購入することもできるのである。このサイト、何が凄いかというと、「酒と料理」というコーナーがあり、酒の肴のレシピなんてのも載っている。嬉しいのなんのって(笑)。日本酒についてはこのサイトを見れば、何でも大丈夫という感じである。
 それから、「東京の飲み屋メニュー」なんてコーナーもあって、ジョン・ゴントナー自らのお気に入りの店のリストがある。価格に関しても「高い」「手ごろ」なんて書かれていて、嬉しくなってしまう。ぜひ行ってみたくなってきている。

■ ビデオ『オスカー・ワイルド』ブライアン・ギルバート監督
  観終わって、調べて初めて知ったのだけど、オスカー・ワイリドという人は、「ドリアン・グレイの肖像」や「幸福な王子」、戯曲「サロメ」などで知られるイギリスの作家であった。そう、この作家の伝記映画だった。
 イギリスという国が最も(と言っていいのかはよくわからないけど)元気のあった時代。この映画のどの場面をみても、貧しいという雰囲気はまるでなく、国全体が優雅な雰囲気の中にあるという感じだった。世界のあちこちでの植民地政策なんかがあって、こういう状態があるのだろう、などどこの映画の本質と関係ないことが僕の頭の中に過ぎっていた。
 それにしてもこの物語、何が凄いかというと同性愛の話であった。男同士の方。台詞の中には「俗物」なんて言葉も何度か出てくる。
 まあ、なんというかスゴイ映画というか、スゴイ人物ではあった。

◆ 再生古民家
 何の番組だったかは覚えていない。ちらりとテレビのスイッチを入れ、見るというよりも、流しているというときだった。古民家再生というテーマでその映像は流れていた。カール・ベンクスという、新潟県松代町に住むドイツ出身の建築家が、古い日本の家がどんなに素晴らしいかを語っていた。
 しばらく経ってから、このときのことがどうにも気になってきた。「古民家」「再生」などのキーワードで検索をして、ようやく「カール ベンクス アンド アソシエイト」(http://www.k-bengs.com/)というウェブサイトに辿り着いた。
 素晴らしいサイトであった。カール・ベンクスのメッセージ、今の日本という国がどういう存在なのか、やさしく語りかけてくれる。多くの写真なども、見応え十分である。
 この「古民家再生」という言葉は最近耳にするようになってきた。僕の実家も建て替えてしまったが、かつては茅葺の古い家だった。たまに泊まったときの思い出というのは、住みにくいというものだったが、新しいキレイな家と比べるならば、古い茅葺の家の方の記憶の方が強く残っていくように思える。
 まだまだ知らない日本の姿がある。日本というように、限定するのも変ではあるけれど、多くの捨ててきたものの中に大切なものがあったことを、僕達はもっと強く認識しなければならないのだろう。

◆ 少しばかりの虚しさ
「ドルフィンホテル」と入力して検索してみた。
・Yahoo! JAPAN:1件!
・MSNサーチ:241件、1件目
・NAVER Japan:204件、1件目
・フレッシュアイ:329件、1件目(でもトップページじゃない)
・goo:233件、2件目
・BIGLOBEサーチ:357件、3件目
・Lycos:56件、3件目
・インフォシーク:83件、3件目
・Excite:357件、出てこない……



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