◆ なぜか10月
ふと気が付いたら10月になってしまっていた。この読書夜話はようやく9月になったばかり。なんか変だけど、ときにはゆっくりが人生というものである。でも年内に挽回できるのか、少し不安だったりしている。
先日、むかーしのメール友達から、メールが送られてきた。メール交換というもの自体、それなりに期間で途切れてしまうもの。それが何年も経ってから、その人は僕のことを思い出し、メールを出してくれたようだった。けっこうこういうのって、嬉しいものですね。もちろんこれが別れた彼女だったりしたら、メールを送られても困ってしまうのだけど(笑)。
そんなわけで僕は10月のとある1日に、読書夜話を書いている。なんだか頭が痛くて、胸も痛い。大丈夫かなぁと、他人事のように思ったりしている。読んでいる本は、4冊ほどあって、うち2冊はかなり長く読んでいる。映画はしばらく観る元気がない。ビデオテープは、通常のテレビ番組を撮ったものが10本も僕を待っている。このテープの存在を目にするのもけっこうなプレッシャーである。ふぅ。
このところ少しだけ嬉しいことがある。夜眠るときにいくらか寒くなってきたことだ。僕は寒い夜に、あつく少し重い布団の中で温まりながら眠るのが好きなのである。ほんとにぐっすりと眠ることができる。生きていてよかったなぁと心から思える。これが薄いタオルケットなんかだと全く寝た気がしない。それなりの重さが必要なのである。もっともっと寒くなって欲しいと心から思う。もっとゆっくり眠ることができると思うのだ。とにかく僕は、夏という季節が苦手なのだと、つくづく感じている今日この頃。
そんなわけで、このところ、この東京の異様な暑さから脱出するのも、僕のこれからの人生の選択になってもいいのかなぁ、なんて思っている。まあ、難しい問題だけどね。
■ ビデオ『KT』阪本順治監督 [WOWOW]
面白かった。エンターテイメントとしての面白さに加え、この事件にも興味が湧いてきた。本当の話なの、とドキドキしていた。原作である中薗英助著『拉致−知られざる金大中事件』(新潮文庫)もぜひ読んでみたいと思った。たぶん、主人公の内面にはもっと多くの物語があるようだし。でも、ホントにこうした映画ができるとは凄いものだ。僕の真実を追究したい気持ちになる。
◆ 寂しい夜
自宅で飲み会をやった。ぜんぶで6人くらいだったのかな。特別なものを作るでもない、お惣菜を買ってきてのささやかなものだった。終わったところで、ひとり寂しく後片付けをする。洗い物とかは別に何ともない。けれど、袋に入るゴミの量の多いこと多いこと。不燃物だけでかなりの量。たいして地球環境の問題に興味があるわけでもないけれど、こんなにも多くのゴミを捨ててしまっていいものだろうかと思ってしまった。だって、ビールの缶も含めれば45リットルくらいにはなったからね。ちょっとした飲み会なのに。
すっかり酔いの醒めてしまった僕は、またまた飲んでしまったのであった。
■ 映画『パンチドランク・ラブ』ポール・トーマス・アンダーソン監督(http://pdl.eigafan.com/)
タイトルに「ラブ」と付いているからには恋愛映画なのだろうね。女性の皆さんはこの映画をどう観たのだろうか。けっこう複雑だ(笑)。それにしても、7人も姉のいるオトコというのは、やっぱり少しは曲がってしまうよなぁ。ちょっと変わった人というよりも、この主人公に同情してしまったのだった。それにしても、この女性って、いい人だよね。
◆ 入る入らないの境
友人とスターバックスについて話をしていた。まあ、店内は寝ている人がいたり、けっこうリラックスした雰囲気だと僕は話をしていた。なんと、その友人はスターバックスに入ったことがないのだという。「あのさ、どうやって注文していいのかわからんのだよ」と彼は言った。そうなのだよな。僕はわからなかった。今もわかっているかというと怪しいものである。何しろ、そのほとんどはわからないメニューなのである(笑)。考えてみると、どうやって注文していいのかわからなさそうだという理由で入らなかった店というのは、多くある。まあ、ハイカラなところは僕も苦手なのである(笑)。
スターバックスに入りにくいというタイプの人って、いっぱいいるのだろうな、と思う。僕もそうだからな。一人でお店に入って外食できない人の気持ちというのも、わからなくはない。街には飲食店が溢れているけれど、あまり関係ない人も多くいるのだろう。まあ、飲食店でなくても入らない店はいくらでもあるけれど。
■ ビデオ『ハバナ』シドニー・ポラック監督 [WOWOW]
ロバート・レッドフォードはカッコいい。カッコいい俳優と言えば、ロバート・レッドフォードだった。でも、考えてみるとこの人もけっこうなオジサンになっているんだよね。
よくよく考えるとこの物語の根っこは深い。背景にはキューバ革命があるのだから。仮に舞台が日本で明治革命の時代だったら、なんて考えてしまった。
◆ 焼肉屋さん
このところ街を歩いていて思うことがある。どんどん新しい店が増えて、それはそれでいいのだけど。気のせいなのかもしれないけど、焼肉屋さんが増えているように思う。その昔には、もつ焼きの店が急激に増えたりと、まあ流行りというものはあるわけで、特に文句を言うつもりはないけど。しかし、少し前の狂牛病の騒ぎは何だったのだろうかと思うのは僕だけだろうか。狂牛病はもうすっかり問題がなくなったのだろうか。そもそもどういう問題があったのか僕にはわからないのだけど。
何か世間的な問題が発生し、どんどん飲食店が入れ替わる。特定の人だけが損をしているのだろうな。緊張状態にあるときに、焼肉なんかを胃に入れるのはキツイのだけどね。まあ、嫌いではないけど。
■ ビデオ『ノッティングヒルの恋人』ロジャー・ミッチェル監督 [テレビ朝日]
先日テレビ朝日で放送された吹き替えテレビ放送を観る。気楽に、楽しく。良かったな。難しいことを考えることなく、楽しめるということが何より大切なことなのだ。僕はなぜか不思議とイギリスの街の風景が好きである。僕もノッティングヒルのような小さな街に住んで、書店で働きたいものだと思ってしまった。キレイなお客さんが訪ねてくることもあるだろうし。何がどうなるのかわからないからね(笑)。
実はこの映画についてあちこち関連のサイトを見ていたら、すごく面白いのを見つけてしまった。【Cheeky's Garden★英国党宣言】(http://britannia.cool.ne.jp/)というところだけど、デザインがカッコいいというだけでなく、その中身の濃いこと。凄いです。
◆ ビールかけ
とっても素朴な疑問なのだけど、プロ野球の優勝ビールかけって何が楽しいのかわからないや。例えばこれがF1の表彰台でのシャンパンファイトだったら話はわかる。隣に綺麗なレースクィーンなんかがいたら最高である。僕も男の子だ。サッカーでも優勝のときには、ビールかけみたいなことはやるけれど、プロ野球みたいにダラダラはやらないと思う。そう、こういうことは一瞬のことであるはず。酔ってもいない状態で、なんであんなにも何分間もビールをかけ合うことができるのだろうか。プロ野球選手は体力があるからか……。しかも、濡れてもいいように準備をして、女性もアナウンサーがいるだけだし。まあ、選手たちはこの後飲みに行くのだろうけどね。
かなり捻くれた言い分になってしまうのだけど、F1というスポーツを見ていると、どうにも違和感が出てきてしまう。だってさ、祝勝会の場所で奥さんや子供と抱き合う選手の絵があってもいいと思うのだけどね。プロ野球でもそういうことをやるチームがあれば、これまでとは違ったファン層を開拓できるのではないだろうか。
◆ 2003年の記憶
阪神タイガーズが18年ぶりに優勝した。ちなみにこのところ毎日、村上春樹の『少年カフカ』を読んでいるので、「タイガース」ではなく「タイガーズ」と言いたい気持ちになっているのである。まあ、わかる人にしかわからない話なのだけど。
僕は別に日本のプロ野球に関心があるわけではないのだけど、2003年のこの出来事は明確な記憶として残るのだと思う。1974年の長島茂雄引退、1977年の王貞治の本塁打世界新記録達成、1985年の阪神タイガーズ優勝、こうやって書いていくと僕も野球少年だったんだよね。いつもキャッチボールをしていた。こうした出来事と、自分が何をやっていたのかが、ちゃんと重なったりもする。
しかし、たぶん無いとは思うけど、ちょっとした不安もなくはない。例えば、阪神タイガーズがこの後、5連覇くらいしてしまったら、どうなるのだろう。後の時代になってから、2003年と2006年の違いというものが明確でなくなってしまう。久しぶりに優勝したからこそ、忘れられない記憶として残るのである。まあ、心配する必要はないかなぁと思ったりするのだけど、怒られちゃうよなぁ(笑)。
■ ビデオ『男はつらいよ・柴又より愛をこめて』山田洋次監督 [テレビ東京]
テレビ東京がチカラを入れて「男はつらいよ」のシリーズを放送してくれていることは嬉しい。僕もだいたい観ている。しかし……、どこからどこまで観ているのかわからないのだけど(笑)。なにせ全部で48作だもんな。
たぶん、この「柴又より愛をこめて」は観てなかったような気がする。ひょっとしたら観たかもしれないけれど……・まあ、楽しめたわけなので良かったのだけどね。たぶん、あと何十年かして(数年のことかもしないけど)僕の物覚えが数段悪くなったとする。そのときにこの「男はつらいよ」シリーズを全部観ても、すぐに忘れてしまうような気がする。48作を観終わって、また新しい作品として観ることができる。ぐるぐると廻る。そして、輪廻転生というものを感じるのだろうか。
◆ 飲食日記
馳星周のウェブサイト「Sleepless City」(http://www.hase-seisyu.com/)に新しいコーナーが出来た。「飲食日記」というもの。3食プラス深夜の酒までが詳しく書かれているのである。いつまで続くかわからないが、凄いことである。けっこう自分で食事を作っているみたいで、さぞかし健康な生活なのだろうと思ったけど、その酒と煙草の量にちょっとびっくり。まあ、飲む人から言うとそんなんでもないのだろうけど。僕が予想するに、この作家、あまり長生きはしないのではなかろうか(笑)。そのうち、体重とか体脂肪とかも毎日載ったりして(笑)。ただの文章だけでなく、写真があったら最高なのだけどなぁ。
◆ たのしみ
雑誌「ku:nel」(http://kunel.magazine.co.jp/)が新創刊となった。これまでは不定期発売だったのだが、隔月発売となったのだ。内容は何もかわらない。電車の中吊り広告にもなったが、そのシンプルな姿はいつも通りなのが僕を安心させてくれた。これからも2カ月に一度、僕には楽しみがある。とても嬉しいことだ。
この号では「誰のものでもない場所」というカフェの話がよかった。こだわりというのは、一歩間違えるとただの偏屈になってしまうかもしれないけど、こだわりを持つことは良いことなんだと素直になることができた。そして、何よりもこの雑誌のナンバーワンは「エブリデイ・マイ弁当」のコーナーだと思う。お弁当の写真入りの、ちょっとした2頁なのだけど、これが凄くいいのである。お弁当というものは、人生の全てを詰め込んだもののように見えてくる。いいよなぁ。
ところで、この「ku:nel」という雑誌。元は「アンアン」の増刊号だったもの。ところがうちの近所の書店では、男性誌のところに置かれてあった(笑)。でもまあ、あまりターゲットを女性に絞らないで、男性が読んでも違和感のないものであって欲しいと思うのでした。
■ ビデオ『プラットホーム』ジャ・ジャンク−監督(http://www.bitters.co.jp/platform/)
ちょっと不思議な映画だった。ロングショットの映像というのかな、遠くから固定された映像がとても印象的である。ほんとに、アップの表情などは思い出せない。正直なところ、ストーリーはよくわからなかった。けれど、何かが伝わってくる映画である。そういう意味では字幕など見なくても良かったのかもしれない。大きなスクリーンで、この映像を観て、その歌を聞き、踊りを見て、早口でのやり取りを感じるだけで、すっと胸の奥に入ってくるのである。
ちなみにこの映画、製作のひとつにオフィス北野の名前がある。映画というものが、国という枠を超えて作られるということが何だか嬉しく思える。
◆ 懐かしい味
NHKプロジェクトX「魔法のラーメン 82億食の奇跡」を見た。そう、カップヌードルの開発秘話である。昭和46年、僕が9歳のときである。なんとなくは覚えている。それにしても、同じものが、同じデザイン、同じ味で今も続いているのだから凄いものである。単なる新しいものの開発というだけでなく、レベルの高い仕事だったということだろう。
僕はどうしてもこのカップヌードルが食べたくなってしまった。他のものではない、この味を食べたくなったのだ。近くのスーパーに行くと、なぜか1個98円という大安売りとなっていた。インスタント食品を食べて、「ああ懐かしい味だね」というのも何かヘンテコな感じがするけれど、この味は確かに懐かしいものだった。でも、「懐かしいおばあちゃんの味」だとか、「懐かしいお袋の味」なんて言い方はするのだろうけど、カップヌードルの場合、この懐かしさをどのように表現したらいいのだろうか。
晴好雨奇 2003/9 #2
◆ 落ち着ける場所
テレビで小さな居酒屋が出ていた。「お袋の味なんだよ。この店は家に帰ったみたいに落ち着けるんだよ」と、少しほろ酔い加減のオッサンが話をしていた。居酒屋ではなく、カフェに関する本にも若い女性の、同じような声があった。「このカフェにいると、安心できるのです。ほんとうに落ち着けるのです」と。
なんとなく気持ちはわかる。でも、もう一歩よくわからない、という気持ちもある。なぜなら、「気持ちの落ち着ける場所」というものが本来あるとするならば、間違いなく自分の家だと思うからだ。よその場所、しかもお店に入って「落ち着く」というコメントを出してしまうのは、逆に言えば自分の家が落ち着かない、ということになりはしないか。
まあ、新橋あたりで飲んでいるオジサン達なんかは家で落ち着けるかというと、確かにどうかわからない。奥さんや娘にいじめられている可能性もあるからだ。
ちょっと話がズレてしまうけれど、僕なりにこの「落ち着く」ということについて考えてみたい。落ち着くというのにはまず身体の状況というものが大きく関係するのではないだろうかと思っている。仕事が終わって自分の部屋に帰って、最もホッとすることは、衣服を脱いだときである。まずはネクタイを取る。この気持ちは女性の皆様方にはわからないのだうな。そう言えば女性の皆様方にはストッキングを脱ぐ、という男性にはわからない行為があるらしい。もちろん、この気持ちはわからない。ネクタイだけでなく、洋服を脱いでシャツとパンツの姿になったりすると、ほんとうに僕は「落ち着く」のである。自分の部屋に帰ってきて良かったなぁと思う。風呂にでも入り、バスタオルを一枚巻いたくらいで冷たいアルコールなんぞを飲んだならば、どんなに居心地の良いお店よりも、美味しい酒になる。楽だし、あとは寝るだけだし。
もちろん、こうした落ち着ける感覚と、お店での落ち着ける感覚というのは種類の違うものなのだろうとは思う。よくよく考えてみると、この2つを合わせたのが温泉旅館なのかもしれないけどね。まあ、とにかく僕はお財布を気にする必要のない、部屋で一杯が一番落ち着くのであった。
■ 川田茂雄著『社長をだせ! 実録クレームとの死闘』(宝島社)
この本はけっこう話題となっているみたいだ。僕もクレームというものを、言ったことも、言われたこともある。相当に変わったことを言う人と対応をしたこともある。そんなわけで、この本を手に取った人というのは、「いやいや、自分はもっと凄い奴を知っているぞ」と言いたいのではないだろうか(笑)。
正直なところ、「死闘」という言葉に該当するのかなぁと疑問を持ったけれど、なんとも中途半端な本だと思ったけれど、別にクレームを言うほどのことではない(笑)。
実はこの本、かなり面白い要素がいっぱい詰まっている。家電量販店やインターネットなどで、造り手と使う側との関係がしだいに変わってきているらしい。それに合わせ、クレームというものも変わってきているみたいなのだ。
◆ 今日の料理
このところ毎日のようにビデオに録画して見ているテレビ番組がある。NHKの「今日の料理」(http://www.nhk.or.jp/partner/cooking/)である。この番組を見たからといって、その料理を作るというわけではない。でも、何とも言えない微妙な良さがこの番組にはあるのだ。ちょっとNHKらしい地味な雰囲気がある。でも、頑張って盛り上げようとしている。司会者は何人かいて、その回毎に違ったりしているのだけど、何だかいいのだ。特に僕の大好きな柴田祐規子さんはグッド。ゲストのグッチ裕三とのやり取りは、最近の漫才よりも数段面白い。このナチュラルな噛み合わなさは、美味しい料理と共通するものがある。素晴らしい。
特別な面白さというわけではないのだけど、静かな普通の夕食時の感覚が、とても理想的に思えるのだ。
■ 映画『たまゆらの女』スン・チョウ監督(http://www.herald-arthouse.com/tamayura/)
コン・リーがとても良いのだけど、この映画は映像が素晴らしい! 中国の町の景色、汽車とそこからの景色がほんとうに素晴らしい。
汽車の場面がとても多く出てくる。ひと昔前の日本の風景。日本という国は大切なものを失ったのではないかと思えてくる。
◆ 「Did you find your favorite books?」?(http://homepage2.nifty.com/Rumiko/index.htm)
ずっと休止状態だった「ぬけさく図書館」が復活した。でも「ぬけさく図書館」という名前が何処にもない。「Did you find your
favorite books?」と呼ばなくてはいけないのだろうか。まあ、名前なんてどうでもいい。COOさんと呼んでいいのかさえもわからない(笑)。とにかく、日記が毎日続いている。COOさんのの文章はとても楽しい。読んでいる本のセンスも素晴らしい。ドルフィンホテル黎明期を支えていたのは彼女の書評だった。そんな文章を読むことができるのは本当に喜ばしいことなのである。しかし、その一方で日記が毎日書かれる彼女の生活はどうなったのだろう? と疑問を持つのは僕だけだろうか。あくまでも僕の考える一般論である。何か、ぽっかりと隙間のようなものがその生活の中に出来てしまい。日記を書くとこで何とか自分を保っている、なんてことはないのだろうか。便りのないのは元気な証拠、とはよく言われることである。便りがある状態というのは……。何か大きな寂しさの中にいるのではないだろうか、なんて勘ぐってしまうのである。もちろん、僕のこうした心配を、彼女は笑い飛ばすだろう。でも、笑うだけ笑ったあとの寂しさというものは、これはこれで辛いはずだ。
まあ、酒に溺れてしまったならば身体に響いてしまう。日記に書いて気持ちが休まるのであれば、健康的なことのように思える。COOさんの文章のファンは多くいる。毎日その日記を読みたいけれど、日記を忘れて世界を飛び回っていて欲しいとも思うし、けっこう複雑な気持ちを持っているのであった。
あとで、怒られそうだよね(笑)。
■ ビデオ『おいしい生活』ウディ・アレン監督 [WOWOW]
それにしても感心してしまうのだけど、ウディ・アレンはよく喋る。凄いなぁと素直に思ってしまったのだった。
この映画って、2000年の映画。僕にとってウディ・アレンって、少し前の時代の人という印象だったのだけど、最近の映画だったのだね。失礼しました。
◆ 休肝日
キュウカンビというものがあることは、噂には聞いていた。お医者さんにも、1週間に1日くらいは休んだ方がいいですよ、と言われてもいた。けれど、お酒を飲まない日を設けるというのはとても難しいことである。仕事をしている日には、やっぱり飲んでしまうのだ。別にどうしても、というわけではないけれど、飲んでしまう。ぐでんぐでんに飲むわけでもないけれど、まあ、普通に飲んで寝るのだ。ストレスというか、もともとが気の小さな性格なのだろうなぁと思ったりするけど。仕事のストレスであれば、休日に飲まなければ良いわけである。確かにその通りなのだ。僕の休日というのは、平日にある。他の人が休みを取っているときに仕事をして、というのもそれなりにストレスになったりしているのかもしれない。平日のお昼の時間、そう、多くの人が仕事をして、上司に怒鳴られたり、お客さんのところで頭を下げたりしている時間帯に、パスタでも食べながらアルコールを飲むのが楽しいのである。まあ、嫌な奴なのだ(笑)。そんなに美味しいとも思わないし、ほんの1杯飲むだけだが、この昼間っからアルコールというのは楽しい。
そんなわけで、なんだかんだと毎日アルコールを飲んでいる。困ったものだ。あれやこれやと健康に気を使う毎日なのだけど、毎日飲んでいたならば、何をやってもダメなのだろうなぁと思う。
けれど、さすがの僕のちょっと具合が悪くなってきた。飲もうかどうしようか少し悩んだ。帰りにスーパーで何を夕食にしようか悩んでいたとき、お寿司が安くなっていた。普通であれば、お寿司を食べながら冷酒というのが美味しい。お腹の空いていた僕はけっこう大量のお寿司を買った。ぜんぶで1100円ちょっと。量としては回転寿司の12皿分くらいか。さすがにテーブルの上に置くと、ものすごい量だった。食べられるだろうか、と。どう考えても、冷酒をちびちびやりながらこの寿司を食べるという雰囲気ではない。しかも、安くなっていたお寿司の消費期限の日時にはあと数十分しかない。お腹が減っていることもあり、パクパクとこの寿司を全てお茶を飲みながら食べてしまった。昔だったら軽く食べることができただろうが、もういっぱいいっぱいだった。これ以上何も食べることができない。
そう、一滴のアルコールも飲む気にはなれなかった。僕はそれなりに長く生きてきたけれど、ここで初めて知ったのだった。
「飯をいっぱい食えば、アルコールを飲む気持ちにならない!」
考えてみると旅行に出たときも同じ状態である。疲れて夕食を食べる。ご飯なんて何倍もお替りをする。おかずも美味しいし。まったくアルコールを飲もうとは思わない。そもそも僕はアルコールよりも、米の方が好きなのである。
そんなわけでこれからは週に1回くらいは、たらふく美味い夕飯を食べる日を設けようと思っている。
それにしても、キュウカンビの漢字を初めて知ったのだった(ハズカシイけど)。
■ 映画『ぼくの好きな先生』ニコラ・フィリベール監督(http://www.bokusuki.com/)
僕はこの映画を「銀座テアトルシネマ」で、平日の午後に観たのだけど、満員の客で驚いてしまった。そんなに話題になっている映画のようには思えなかったのに。始まる前の、まわりの会話を聞いていると、ふむふむ。学校の先生の多くが観ているみたい。僕よりもずっと上の、年配の女性教師という雰囲気の人達が。映画が始まってからの、笑い声が、いかにも、という雰囲気。小さな子供の動作が可愛らしいので、笑みが出てくるのはわかるのだけど、僕にはちょっと耳障りな笑い声だった。
何はともあれ、観てよかった映画でした。少し眠くなりつつ観ていたけど。何の変哲もない、と言っていいほどの、小さな学校を舞台としたドキュメンタリー。先生はとても優しくて、嬉しくなってくる。
◆ 日本のプロ野球
原監督辞任というニュースがあちこちでけっこう問題となっていた。僕の知り合いでは怒りのあまり某新聞を止めようと真剣に考えている人もいた。多くの人があちこちで、球団のフロントやヘンテコオーナーの悪口が語られている。
しかし、僕はちょっと違うと思うのだ。野球だけではない。何のスポーツだって、何処の会社だって、わけのわからないフロントのような存在というのはある。いちいち、悪いのを悪いと言っても仕方が無いと思うのだ。それよりも、この出来事で日本のプロ野球の人達は、サッカー界を羨ましいと思っているのではないだろうか。日本のプロ野球というのは12球団しかない。2軍はあるけれど、あくまでも1軍の下部組織という位置づけ。つまり、日本でのプロの監督というのは12人しかいない。それに比べてサッカーの場合、J2も含めると28チームもある。監督やコーチを職業とするのであれば、バカなフロントのチームを見限って他のチームに移ることも十分に可能なわけである。メジャーリーグなども、独立リーグも含めればもの凄い数のチーム数がある。今回の出来事の一番の問題点は、選択肢が少ない、ということだと思うのである。
原辰徳にはぜひ独立リーグを作ってもらい、選択肢を広げで欲しい。夢のあることではないだろうか。と、かなり勝手なことを書いてしまった(笑)。
■ 中薗栄助著『拉致 −知られざる金大中事件』(新潮文庫)
映画『KT』とはまた違った小説だった。当たり前のことだけど。この小説には、拘ったひとつの視点があり、映画にはもっと違った視点がある。小説と映画の違いというものが感じさせられたりもした。
それにしても、こうした拉致事件がもう過去のものになってしまったのだと、実感する。どうしてこのような事件が起こらざるを得なかったのか。正直なところ、今の日本の感覚から言うとわからないのである。映画では、三島由紀夫の事件を冒頭で出したり、時代という感覚を思い切って移動させようとしていたのかもしれない。
ほんの少し前の、東京であった事件だとは思えなかったりしている。
◆ ひとりの人生について
ふとテレビを付け、有線放送のチャンネルを切り替えていたら、森達也監督の映画『A』の映像が流れていた。まだ始まってそんなには経っていない様子。僕は映画館で観たことがあるのだが、どうしようかと思いつつ、最後まで観てしまった。
観終わったところで、ほんの少し嬉しいような気持ちになった。この映画は、多くの人から拒絶されたようなものである。そして、この映画の主人公というか、中心となる人物が当時の広報副部長の荒木浩である。シビアな映画であるのだけど、彼の、何とも言えない人の良さそうな雰囲気がいいのである。最初に観たときには、こんな風には思えなかった。人生というものに、「もしも」があれば、彼はこの教団にはいない。映画の主人公になることもなかった。ほんとうに、目立たない平凡な一生だったのかもしれない。
この荒木浩という人物に注目するところが、森達也という監督なんだな、と思った。そんなことを考えていたら、少し嬉しくなったのだ。
実は今、オウム真理教事件関係の本を読んでいる。読み終わるまでには、けっこうな時間が掛かるかもしれない。こうした問題に触れるのは難しいことではあるけれど、ひとりひとりの人生を見ていくと、とても考えさせられるものがある。
◆ 村上春樹著『村上春樹全作品1990-2000 6 アンダーグランド』(講談社)
「解題」を読むために、僕はこの全集を買っている。少し時間を置いて書かれた村上春樹のこの事件に関しての文章が心に響いてくる。彼はこの事件の裁判に行ったり、かなり深くこの事件に関わっているようである。被害者の側だけに立っているというのではない、事件を起こした側の人物、その家族などにも彼の視線は向けられている。
この『アンダーグランド』という本は、とても長いインタビュー集である。「解題」を読むと、もう一度読みたい気持ちになってくる。けれど、長い話である。どうなるかはわからないけれど、この事件に関しては、自分なりに本を読んだりして考えていこうとは思っている。
■ ビデオ『少林サッカー』チャウ・シンチー監督(http://www.shorin-soccer.com/)
なんだなんだ、チャウ・シンチーって周星馳だったのですね。この映画を観てよくわかりました。それにしても、この映画は凄い(笑)。ワイヤーアクションは最近では『HERO』でも話題になっているけれど、サッカーのワイヤーアクションというのは凄い凄い(笑)。
僕が子供の頃に見たアニメ、「巨人の星」「アタックナンバー1」「タイガーマスク」などなどを、ぜひワイヤーアクションを用いての実写で見てみたいと思ってしまった。
◆ 悩み
「J-フォン」から「ボーダフォン」へと変わった。僕のメールアドレスも変わった。でも、いったい何が変わったのだろうかと、疑問を感じたりもしている。携帯の周辺には、多くの名前があって、多くの料金コースがある。ふぅ。ため息を出しているのは僕だけではないと思うのだけど。携帯会社から送られてくる郵便物、カタログや雑誌の広告を見て、僕はこの社会に馴染まない人間じゃないかと、少し悩んだりする。携帯なんて使わなければいいじゃないか、と言われてしまうかもしれないけど。
◆ 秋分の日
秋分の日というと僕は大学の1年生のときのことを思い出す。もうだいぶ昔のことになってしまったけれど、あの日食べた駅前のラーメンと、タクシーと、古いアパートの部屋は今も覚えているのである。もちろん、その記憶はしだいにぼやけたものとなってきているけど。
高校のときの同じクラスの友人に、遊びに来ないかと誘いがあった。僕のその頃の大学生活というのは少しばかり事情があって、それなりに忙しく、それなりに人間不信になっていた。ちょうど空いている日で、田舎の友達としみじみと語り合いたい気持ちだった。その友人は、高校の頃は野球部で、とても真面目で何よりも一生懸命、すごくいい奴だった。分け隔てなく、誰にでも声を掛けてくれる奴で、そんなに親しくはなかったけれど、一度彼の家に遊びに行ったことはあった。
秋分の日に、彼の住む東京郊外の街の駅で僕らは久しぶりに会った。もうひとり、同じクラスの友人が来ていた。ちょうど昼時で一緒にラーメンを食べた。田舎から遠く離れ、東京という場所で僕たち3人はとてもリラックスしていた。やっぱり、高校のときの友達というのはいいものだと思った。
彼の大学に行き、あちこちと見せてもらった。彼の下宿で話をした。互いの近況、これからの夢。楽しい時間だった。
後になって考えると友人は少し緊張していたのかもしれない。しばらく経ったあとに、彼の口から出てきた話というのは、宗教についてだった。もちろん、この頃の僕くらいの学生の話題にはこのようなこともあったと思う。社会のことや、生きるということについて考えていくならば、このような話題になっておかしくはない。
その後、「俺の信頼している先輩を紹介するから」と言われ、数人の彼の先輩という人と話をすることになった。最初は大学生活について。笑いながら、楽しく話をする。みんな良い雰囲気の人達だった。けれど、途中から完全に席を立ってはいけないような雰囲気になってきた。宗教の勧誘だったわけである。かなり長い間、この話の中にいた。
途中でタクシーで移動し、食事をした。その後もずっと話は続いた。その頃の僕には、自分なりの考えというものがあり、断固僕は「ノー」と言いつづけた。その日は友人の下宿に泊まったのだけど、あまり会話はなかった。
この友人とはもう一度どこかで会ったかもしれない。よく覚えていない。2、3度電話でやり取りをした。飲みに行こうと言って断られた。卒業してからも、どうしている、と電話をしたこともあった。
このことに関して、今もうまく言うことはできない。でも、僕はこの友人のことがすごく好きだったし、ずっと友人でいることができれば、と思っていた。
同じクラスだったわけで、同窓会でも行けば会うこともあるのかもしれない。でも、その高校は実家とは離れたところにあり(僕は下宿生活をしていた)、行くことはないだろうなぁと思っている。彼とはもう会うこともないだろう。でも、毎年秋分の日に、少しばかり彼のことを思い出すのである。
大智不智 2003/9 #3
◆ とある休日の疑問
今年の10月13日はもの凄い雨が降っていた。どう考えてもこの日が体育の日という感じはしない。もちろん連休になった方がいいのだろうけど、やっぱり変なんだよな。うまく言えないけど。
しかし、僕の人生を振り返って考えてみると、週の途中が休日になることはないという時期があった。とある工場で仕事をしていたときである。夜中もフルに稼動している関係で、祭日は常にどこかに移動して(例えば金曜日や月曜日に)連休になっていた。世の中には祭日と関係のない休みを取っている会社もいっぱいあるのだろう。
とにかく僕は今年の体育の日に部屋に篭っていた。部屋に掃除機をかけたり、洗濯をして、アイロンがけをしたり、ビデオを見て過ごした。
最近疑問に思うことがある。多くの人は休日に何をしているのだろうか。例えば、休日にどこかに遊びに行ったならば、洗濯や掃除はどうするのかと思うのである。僕はやっぱり週に1回は部屋でゆっくりとする日にしたいのである。ただ僕の場合、パソコンに向かって読書夜話なんぞ書いているので、本当に「ゆっくり」をしているのかは自分でもよくわからないが。
■ ビデオ『ひまわり』ヘンリー・マンシーニ監督 [NHK BS-2]
ソフィア・ローレンが出ている映画。音楽なども、けっこう聴いたことがあるものみたい。タイトルにもなっている「ひまわり」の映像はとても良かった。
でもこの物語、ちょっと受け入れにくかったのも事実。たぶん、文化の違いとかで感覚が違うのかもしれない。難しい問題なのだけど。
◆ スパゲッティ
お昼ごはんを食べようと、スパゲッティの店に入った。僕はカウンターの席に座る。そんなに大きくない店内で、2人の店員が忙しそうにしていた。ひとりはスパゲッティを茹で、フライパンを動かす。もうひとりはウエイターの役割と、サラダとタラコマヨネーズの担当のようだった。客は10人くらはいただろうか。キレイなOLのお姉さん達の話が弾んでいる様子。お昼の、よくある風景だった。
僕はきのことベーコンのクリームソースを注文した。けっこう好みなのだ。鞄から一応本を取り出す。でも、僕は本を読むことはなく、ずっとスパゲッティをつくる景色を眺めていた。こんな風に、カウンターの席で料理が作られるのを見るのはとても楽しいものがある。特に、スパゲッティの場合は茹でてから、具を調理しての素早い動きが面白い。ところがこの何だか違和感があった。ここのコックさん。麺と具をフライパンで調理するのに、菜ばしを使っていた。そう、菜ばしを。なんというか、見た目がスパゲッティを作っているというよりも、焼きそばを作っているように見えてしまって……。まあ、美味しければ文句はないのだけどね。
■ 森達也・安岡卓冶著『A2』(現代書館)
映画『A2』の監督である森達也とそのプロデューサーである安岡卓治との共著。特に安岡卓冶から見た森達也という人物が描かれていて、とても興味深いものがあった。映画も面白いけれど、その裏側の話も面白いのである。映画というのは、ものすごい膨大な量の撮影テープをほんの短い時間に編集したものだ。当然、切り捨てられた話がある。そうした部分がちらりと見え隠れしているように思えた。
◆ 晩御飯
多くの人の晩御飯というものは、何時ごろ、何を食べているのだろうか。疑問に思っていた僕は、専業主婦をやっている友人の女性に聞いてみた。当然のようにご主人の帰りは「夜中」とのこと。下ごしらえをしていて、帰ってきたところで温めるなり最後の仕上げをして、普通の晩御飯を取るのだという。聞かなかったけど、早くても11くらい、12時を過ぎることだってあるだろう。こんな風にちゃんと晩御飯を用意してもらえるというのは幸せなのだろうけど、冷静になって考えてみると、こんな時間の晩御飯というのはおかしな話だ。どこかで身体にガタがくるように思えてしまう。でも、東京なんかで電車通勤をしての普通のサラリーマンであれば、特別なことでもないのかもしれない。
ちなみに僕は、どんな風に晩御飯を取ったらいいのか、この数年いつも悩んでいる。できれば、9時前に夕飯を済ませ、あとは何も食べないようにしたい。でも、この時間はまだ職場にいたりするわけでなかなか難しい。だいたいにして、夜遅い時間に部屋に帰ってから何かを作ろうとしても、面倒なのである。
数日前、夜の10時50分に地元の駅へと着いた。晩御飯はまだ何も食べていない。スーパーで僕は弁当を買った。「おすすめ弁当 タラのゴマたっぷり」というものだった。見切り品ということで、398円から358円になっていた。これだけではちょっと足りないので、オニギリも買う。
でもなぁ、酒のツマミに何かを食べるのならば別に構わないが、これが僕の1日のご褒美と言える晩御飯かと思うと、やや情けなくなってきた。なんとも、晩御飯を食べるのは難しいものである。
■ ビデオ『黄昏』マーク・ライデル監督 [WOWOW]
ヘンリー・フォンダ、キャサリン・ヘプバーン、ジェーン・フォンダなど、けっこう有名な人達が出ている映画だった。登場人物だけでなく、大きな湖が良かった。心暖まる、とてもナイスな映画。
それにしても、アメリカ人って凄いなぁというのが、この映画の一番の感想である。老夫婦がお互いの愛情を確認したりするのだけど、日本人だったらこんなことは言わないだろうなぁ、なんて思ってしまうのである。小津安二郎の世界だったら、まったく違った台詞になるのかもしれない。
◆ 勧誘
「話があるもので……」ということで、「わかりました」と言って話を聞いていたら宗教の勧誘だった。はぁ。相手が仕事関係だったもので、とりあえずは仕事だしなぁと思っていたのに。やんわりとお断りしようとしたのだけど、相手は手強い。帰り際には「きっと後悔しますよ。酷いことになってしまいますよ!」なーんてことを強く言われてしまった。この数日僕は酷いことばかりだったような気がしていたのだけど、親しくもない人から別れ際にこんな風に言われるなんて。せめて、別れ際に嬉しくなるようなことを言ってくれれば、ちょっとは考えるかもしれないのに(まあ僕が勧誘されることはないけど)。人というのは頑なになってしまっているときには、何も聞こえないのだな、と考えさせられてしまった。ちょっとくらいこっちの話も聞いてくれたらいいのにね。ちなみにあとでその教団のことを調べてみると、けっこうカルトなところだった。
これは何らかの営業でも同じだと思うのだけど、人の話を聞いてあげるということが大切なのだ、というのが僕の思うところである。何かを言うと、「それは信じていないからなのです!」なーんて怒られてしまうとねぇ。
そうなんだよな。インターネットでこうした話はあまりしてはいけないのだ。この間書いてしまったから、こんなことになってしまったのだろうか。
世界には多くの人がいて、何かと面倒なことが起こる。やれやれ。誰とも接することなく無になりたい、なんてことを考えていると、こうした思想の人から勧誘を受けたりするのだろうか。
■ 池内紀著『二列目の人生 隠れた異才たち』(晶文社)
NHK週刊ブックレビューで紹介された本。タイトルの通り、名前は有名ではないけれど、十分な実績をあげている。僕なんかは、ついついこうした人に興味を持ってしまう。
特に気になったのはモラレスという人。この話のサブタイトルは「ハーンにならない」とである。ラフカディオ・ハーンは誰でも知っているけれど、ヴェンセスラオ・デ・モラエスを知っている人は少ない。彼は、日本を愛していた。もっとこの人について知りたいと思っている。
◆ ノンフィクション
このところテレビばかりを見ている。テレビ番組をチェックして録画して、そのテープを見ているのだけど、何しろいくら見てもテープが減らないので困っている。このところ、気になる番組はノンフィクションのようなものが多い。先日はフジテレビの「NONFIX」の特別版を見た。この番組制作の裏側について語られていた。森達也もインタビューに答えていた。『A』という映画も最初はこの番組での放送を目指して撮影が行なわれていたと言う。「NONFIX」で放送できなかったらテレビでは無理だ、確かこんなことも語られていた。
ノンフィクションというのは、深夜などの時間にひっそりと放送されることが多い。見るからに制作費は少なそう。けれど、作り手の気持ちがとても強いように感じられるのだ。正直なところ、見るのにそれなりのエネルギーが必要だったりする。多分、深夜に見たならば眠れなくなりそうだ。でも、テレビというメディアもなかなか凄いじゃないかと思えてくる。
■ ビデオ『男はつらいよ 寅次郎物語』山田洋次監督 [テレビ東京]
テレビ東京で放送されるこのシリーズはできるだけ観ようとしている。
この「男はつらいよ」を観ていて、すごく良いなぁと思うことがある。それは旅館なのだ。たぶん観ている人は、「いまどきこんな旅館はないだろう」と思う人が多いかもしれない。けれど、小さな旅館というのはあるのだよな。この数年旅行をするようになった僕は、ときどき、この映画に出てくるような小さな旅館に泊まったりする。家族的で良い雰囲気のところもあれば、あまり嬉しくない雰囲気のところもある。泊まる前はどんなところかもわからずに電話で予約をするので、どうしようもないのである。でも、それはそれで旅の面白さだったりする。この映画でも、寅さんは宿にがっかりしながら、ひとりでちびちびと酒を飲んでいたりする。怒鳴ることもあるけれど、怒ってはいないように思う。こういうことも、人生のひとつなのだと。
そうそう、この映画の最後の方の台詞がとてもよかった。柴又の駅前で、寅さんが甥の満男から人生についての質問を受ける。寅さんは別にたいそうな言葉を持っているわけではない。きわめて当たり前のようなことを言う。そして最後に、「まっ、がんばれ」という。僕にはこの台詞がどうにも残っている。けっこう素直に受け入れることができたのである。
◆ アウェイの洗礼
サッカーではよく「アウェイの洗礼」という言葉を聞くことがある。先日日本代表チームは、チェニジアとルーマニアで試合を行なった。アウェイでの試合、ということが強く強調された。
しかし、ルーマニアの試合なんかはとてもアウェイゲームとは思えなかった。向こうの国にいることは間違いないのだろうけど、スタジアムの広告がすべてと言っていいほど、日本企業の、日本語のものだった。ピッチのすぐ脇、観客よりも一番近いところが日本語だらけなのだ。何かが違うと感じたのは僕だけではないと思ったけど。
■ 小川洋子著『博士の愛した数式』(新潮社)
そう言えば、僕はむかしむかし数学という教科が得意だった。でも数学とは言っても中学のときまでで、高校に入ったところですっかり嫌いになってしまった。もの凄く嫌いで、今もその気持ちは続いていると思っていた。でも、この本を読んでいると、僕が数学を好きだった頃の感覚が思い出されてきたような感じがする。数学というよりは、算数というものかもしれないけど、よーく考えて答えを出したりするのに心地よいものがあったのだ。
この本はこうした数式というものがとても魅力的である。でも、それと同様に台所に立つ家政婦の主人公も魅力的だ。料理を作っている姿がとてもキレイなのだ。
実はこの小川洋子さん、けっこう久しぶりに読んだ。昔は好きで何冊か読んでいたのである。最近は新人作家の本を読む気が失せているので、このくらいのキャリアの人には頑張ってて欲しいものだ。
◆ 2世であること
今シーズン、ヨーロッパのF3レースのドライバーの中に、ネルソン・アンジェロ・ピケや、ニコラス・ロズベルグという名前がある。そう、ネルソン・ピケの息子と、ケケ・ロズベルグの息子である。考えてみると、ジャック・ビルヌーヴだってジル・ビルヌーヴの息子である。ちなみに中嶋悟の息子である中嶋一貴は今シーズン、フォーミュラ・トヨタでなかなかの走りを見せている。中嶋悟がF1を走っていたとき、イギリスの自宅の映像が出ていて一貴クンも出ていた。懐かしい(笑)。とにかく、あと数年後には、こうした2世ドライバーがF1に行くことも考えられる。
F1の世界だけでなく、日本の文学の世界にも同じような2世作家がいるということを最近知った。『一瞬の光』の白石一文は、なんと白石一郎の息子であった。もちろん、本人にすれば、2世なんてことで見られてしまうのはあまり面白くないかもしれないけど。
才能というよりも(こういうこともあるのかもしれないが)、その環境というものがあるのかな、と思ったりする。もっともっとこうした人が出てくるのだろうか。知っている名前だけにどうしても期待してしまったりする。がんばって欲しいと思う。
■ ビデオ『のど自慢』井筒和幸監督 [テレビ東京]
さらりと観たのだけど、後味のいいナイスな映画だった。何が良いかというと、特別なストーリーがないところがいい。ある意味での日常の生活の断片のようなものが、いくつも描かれている。考えてみると、映画でも本でも、こうしたスタイルは少ないような気がする。
メインとなる「のど自慢」の場面では室井滋が「TOMORROW」を唄うのだけど、これが凄い! できれば映画館のスクリーンで観たかったと思うのであった。
◆ 炉端焼きの居酒屋
席の多くがカウンターになっている、炉端焼きのお店で飲んでいた。炭火で焼いた秋刀魚を食べたのだけど、もの凄く嬉しかった。注文してから魚が焼けるまでにはけっこうな時間が掛かった。でも、これから食べる秋刀魚が目の前で焼かれているのである。いくらでも待ってやろうじゃないか、という気持ちになってくる。待っている間に、酒をちびちびと飲み、人生について語り合うのだ。席の前には氷の中に何種類もの魚が置かれている。ホッケも美味しそうだし、ニシンも食べたい。ああ、あれも食べたいし、これも食べたい……。
でも、どうしてこうした炉端焼きの店は少ないのだろう。いや、炉端焼きというよりも、焼き魚をいくつも出してくれる店というもの自体が少ないような気がする。魚を食べる人が少ないという話もある。
とにかく僕はこうしたお店を探したいな、と思っている。炉端焼き情報、募集しています。
寸進尺退 2003/9 #4
◆ 弱さ
ときどき自分の弱さに情けなくなることがある。誘惑というものに、どうしても負けてしまうのだ。
先日の夜、8時少し前だった。デパートの鮮魚コーナーで安い魚を買って帰ろうとウロウロしていた。それを焼いて夕飯にすれば、とても安上がりな夕食になる。最近は秋刀魚をよく買っているのだけど、安く美味しく、ほんとうに嬉しいのだ。けれど、この日の鮮魚コーナーには僕という人間を惑わせる出来事があった。お寿司の値段が「2割引」から「5割引」へと急激に変化したのだ。つい数分前に購入したオバサンからは悲鳴が上がっていた。この2割から5割という変化は大きい。目の前の女の子の普通丈のスカートが、急にマイクロミニになったようなものである。
ここは安いスーパーの鮮魚コーナーではない。天下の西武のデパ地下である。見るからに美味しそうなもの……。僕は負けてしまった。あっさりと。数百円で済まそうとしていた夕食を、1000円を超えるお寿司を買ってしまった。握りと巻き寿司で、2079円のものが5割引きとなって1039円(消費税込)であった。ちょっとの我慢で5割引になるのだから、十分に得をしたと言えることなのだろうけど。
とても美味しく、十分に満足できたので、これはこれで良かったと自分に言い聞かせているのだ。自分が「5割引」というものにいかに弱いか、叩きのめされるたような出来事だった。
■ 岸本葉子著『わたしのひとり暮らし手帖』(大和書房)
この本を読んで僕の暮らしはさっそく変わった。砂糖を「てんさい糖」に、サラダ油を「白のごま油」に。毎日のことだから、ほんのささやかなことも大切なものがあるのだろう。
そうそう、「わたしのひとり暮らし10か条」というのもいい。全てを書いてみたいほどである。そのひとつに「予定のない日をつくる」というのがある。正直なところ、しがない会社員の僕には週に1回こうした日をつくるのは難しい。でも、スケジュールのない「白い日」を設けたいと思うのである。
■ ビデオ『ブラックボード −背負う人ー』サミラ・マフマルバフ監督(http://www.office-kitano.co.jp/blackboards/)
[WOWOW]
イランの映画。独特の雰囲気がありとても良かった。世界は広く、こういう世界もあって、ちゃんと大切なものがある。そんなこをが素直に感じられる。
タイトルのブラックボードというのは黒板のこと。教師がこのブラックボードを背負って、子供のいる場所に移動して、文字や算数などを教えようというのだ。舞台となる場所が場所だけに、危険な状況になったりする。ブラックボードの下に隠れる場面は、何とも言えない深いものを感じた。
それにしても凄いのはこの監督、なんと1980年テヘラン生まれの女性なのであった。
◆ ルール
少し前に電車などでの携帯電話の使用についてのメッセージが変わった。「切るように」といいつつ、切らない人がほとんどだった以前に比べれば、「マナーモードにしてください」というのは、わかりやすくとてもよかったと思う。誰も守らない注意というほどバカらしいものはない。
けれど、何かが変わったかというと何も変わっていない。特に、優先席においては「切るように」と言われているのにかかわらず、当然のように携帯電話を使っている人がほんとうに多い。ルールに対して矛盾を感じ、ルールは無視するよ、という人がいてもおかしくはない。けれど、優先席で携帯電話を使っている人を見ると、こっちの方まで恥ずかしくなってくるのだけど。本当にこれを守る社会にしようというのであれば、罰金を取るような規則をつくっても仕方がないんじゃないかとさえ思う。税金などは安くして、こういうところから罰金を取って、有効に使えばいいのではないだろうか。もちろん、なにかと問題が生じるのはわかるけどね。
僕という人間が社会のルールというものをすべてちゃんと守っているというわけではない。けれど、ルールを守るということに何かいいことがあるのだろうか、という疑問がふと出てきてしまうのだ。サッカーの試合だって、反則になれば出場停止という可能性がある。反則行為というものがどうしようもなく悪いというわけではないけれど、ちゃんとペナルティがあり、不利益を生じるようになっている。
でもどう考えても今の携帯電話に関しての注意には、何もない。こんなことでペナルティを設けるような社会というのも、想像したくないが。
そんなわけでこのところの僕は電車に乗るたびに、ため息をついている。
■ 佐藤多佳子著『サマータイム』(新潮文庫)
姉と弟と、あと友人と。たぶん読者の多くは、自分の子供の頃を思い出すのではないだろうか。自転車に乗る練習なんてのも懐かしい。何度も転んで擦り傷をつくって。それにしてもこの本は僕には響いた。姉というのがヒステリーなのは僕のところだけではなかったんだ……!(笑)。こんなこと書いているのがバレたら怒られてしまうか。でも、この本では、姉と弟というものがするどく描かれているな、としみじみとしてしまった。
森絵都の解説も気持ちがめいっぱいで、とても良いです。
■ ビデオ『ブルジョワジーの密かな愉しみ』ルイス・ブニュエル監督 [WOWOW]
わりと有名な映画のようだけど、正直言ってよくわからなかった(笑)。まだまだ修行が足りないのだと思います。とにかく僕は「映画を観よう!」と決めてからまだそんなに経っていない。多くの映画を観ていく中で、感じ方も変わってくるかもしれないよね。
「本を読む」ということを振り返っても同じことが言える。数を読んでいくうちに、前に良かったと感じたものが色褪せてきたり、つまらないと思っていた本に、その本独特の深い味わいを感じたり。焦ることなく、ゆっくり行きたいものだと思う。
◆ ワカモノの健康
このところ、僕の周辺の会話には健康に関することが多い。それなりに身体のあちこちにガタがきていたりしている。健康診断の何も引っかからない状態ではなくなてきているのであった。そんなに長く生きようとは思っていないけれど、とにかく注意をしなければ、と強く思うようになってきているのである。
考えてみると、僕くらいの年齢というのは、日本の食生活の変化そのままに歩んできているように感じる。インスタントラーメンなどのジャンクフードと言われるものなど、しっかりと食べてきている。でも、確かに小さかった頃には、昔風の日本の家庭料理を食べていたなぁと思い出すのである。そう、たぶん、両方の食生活というものを知っている世代なのかもしれない。だからこそ、強く考えることもあるのかもしれないが。
さて、年配の人から非難されるのはわからなくもない。しかし、今のワカモノと呼ばれている人達の食生活を見ると、僕でさえ「大丈夫?」と思ってしまうのだけど。これは僕だけの気のせいなのだろうか。
ジャンクフード、コンビニ弁当、外食と言えばラーメンに焼肉。それこそが食生活だという若い人があまりにも多いように感じている。ほんと、日本はどうなるのだろうかと思ってしまう。でも、以外とこうしたワカモノが長生きするのかもしれないけど。
■ 佐木隆三著『大義なきテロリスト オウム法廷の16被告』(NHK出版)
オウム関係の本を読むのは、これまで村上春樹、森達也くらいだった。どうしようかと思いつつ、ついに読んでしまった。あまり入っていきたくない世界だ、というのがあった。けれど、この本のタイトルが僕を引き込んだのかもしれない。
オウム被告人の裁判での様子が描かれている。どうしてオウムに入ったのか、法廷でどのような発言をしたのか。それぞれに、それぞれの人生がある。読んでいるとせつなくなってくる。犯罪を行なう人生と、そうでない人生と、何が違うのだろうかと思ってしまうのだ。
■ ビデオ『男はつらいよ 幸福の青い鳥』山田洋次監督 [テレビ東京]
長渕剛と志穂美悦子が出ている回。ひょっとしたら観たことがあったかな、という気もしたがたぶん初めてだろう。
相変わらず良かった。
ところで僕はこのシリーズを観ていて不思議に思うことがある。さくらさんの家庭の食事はどうなっているのか、ということである。寅さんが帰ってきているときには、当然のようにおじさんおばさんも含めてのあの家族が一緒に(タコおやじも入ったりするが)ご飯を食べる。ところが、さくらさんは近所に家があって、そこでの親子3人の生活がある。基本的にはその自宅の方で食事をするのだろうけど、とらやで食事をすれば自宅の材料は余るだろうし、何かと大変のような気がするのだ。さくらさんは、2つの台所を持っているように見えるんだよね。
◆ 書店での風景
J書店はとても広い。僕は先日この広い店内の料理本のコーナーにいた。別にこういう本を見て料理をつくろうというわけではないのだけれど、他の書店には置いてないようなものが多くあり、ついつい楽しんでいたのであった。
奥の方の書棚の後ろの方に何やら気配が感じられた。別に人がいてもおかしくはないのだが、変な雰囲気だった。床に座っている人がいるようなのだった。店員さんが作業している感じでもない。気になった僕は本を探す振りをして、一体何なのか見てみることにした。男がいた。10代の後半というところだろうか。胡坐をかいて、折り紙を折っていた。雑誌のページを一枚一枚やぶって、鶴を折っていた。床にはその鶴の折り紙が10個ほど散乱していた……。
これは全くの実話である。雑誌というのは別に書棚から取ったものではないようなので、犯罪になることをしているわけではないだとう。でも、何の目的があって、本屋さんの床に座り雑誌のページで鶴を折っていたのだろうか。個性的といえば、あまりにも個性的であった。
店員さんに言おうかな、と思いつつ、別に言うことでもないかなと思ったり、僕は考え込んでしまった。そのうちに彼は立ち上がり、さっさとその場を去ってしまった。床にある折り紙を無造作に鞄に入れて。僕に気づいたわけでもないようだっし、その突然の行動はよくわからなかった。ある日の午後のささやかな事件とも言えないようなことだった。
床に座り込むというと、僕自身が座り込んだという体験があった。これも全くの事実である。その日僕はとある病気で医院に行った。治療していたときに眩暈がするなど、具合が悪く少し横になっていた。もう大丈夫だろうという判断で帰ったのだけど、スーパーに寄って買い物をすることにしたのだった。僕は夕飯のおかずを考え、肉と野菜をカゴに入れていた。後ろからカートを引くおばさんがぶつかってきた。明らかにこのおばさんの不注意だった。なんとか堪えたものの、僕は急に医院にいたときと同じ状態になってそのまま床に座り込んでしまった。立ち上がることができずに3、4分は無理に身体を動かさないようにした。おばさんに文句を言おうとしたら、さっさと逃げて遠くからこっちを見ている。その姿を見て頭にきて、ますます僕の具合は悪くなっていった。周りの人は全くの無視状態。僕はスーパーの床に座り込む、ヘンテコな奴と思われていたのかもしれない。
自分のことを振り返るとよくわかる。床に座り込むという行為にも、何らかの事情があるのかもしれない。オリガミを作ることだって、そうせざるをえない何かがあったのかもしれない。
■ 綿矢りさ著『蹴りたい背中』(河出書房新社)
作者は1984年生まれ、ついつい自分と比べてしまう。はぁ(笑)。この小説の舞台は高校である。その教室の風景というものは、僕が高校生だったころとそんなに違っていないものが書かれている。表面的には変わっていることもいっぱいあるのだろうけど、変わらない大切なものが描かれている。僕のあたっていたのと同じ風がこの小説の中に吹いているように思えた。
けっこう僕もひとりでいることが多かった(笑)。別に何があったということでもなく、普通にそうだっただけのことだけど。
◆ 敗者
MLBリーグ優勝決定戦第7戦、その8回裏の場面を僕はテレビで見ていた。試合全部を見ていたわけではないので、ほんとに偶然のようなものだった。
松井の二塁打、そしてホーム生還へ。凄かった。ヤンキースは勝ち、松井はワールドシリーズへ行くことになった。
もちろん嬉しかった。けれど、その一方でそうでない気持ちもある。敗れた方のレッドソックスである。ほとんど勝利を手にしながら敗れてしまった。かわいそうと同情するわけではない。うまく言えない。厳しいものだな、と心底思ったのだ。勝者がいれば敗者がいるということを、改めて実感した。
勝つということが喜びであるのならば、敗れることは悲しみなのか。喜んでいる勝者がいるならば、半分の敗者がいるわけだ。
こんなことを考えてしまうのは何なのだろうか。ワールドシリーズを見ていても、ついついレッドソックスのことが頭を過ぎるのであった。
■ 沢木耕太郎著『世界は「使われなかった人生」であふれている』(暮らしの手帖社)
長い時間をかけて、ちびりちびりと読んでいた。映画についてのエッセイ(?)がいくつも書かれている本である。映画評というわけでもない。沢木耕太郎独自の視点での、彼にしか書けないであろう映画の世界がこの本にはある。
正直に言って、ここまで話をバラさないで、と思ったりもした。僕は事前にストーリーを全く知らない状態で映画を観たい人なので、こんな風に感じた部分もあった。確かに映画についての話は難しいのだ。あらすじが書かれていなければ、その感想もよくかわらなかったりする。でも、この本はかなりうまく魅力的に、ひとつひとつの映画の世界が描かれている。いくつかの映画については、ぜひ観てみようと思っている。
しかし、やや問題もある(笑)。この本に限ってではないのだけど、映画に関することが書かれた本に出ている映画というのは、かなりマイナーな作品が多い。ロードショーなどで全国公開されているようなものは少ない。特にこの本では、ハリウッドの映画というよりも、それ以外の世界各国の映画が語られている。そこがこの本の魅力であるが。さて、レンタルビデオ店に行っても置いてあるのだろうか、と不安なのだが……。
■ ビデオ『釣りバカ日誌イレブン』本木克英監督 [フジテレビ]
観ていて、ほんとにハマちゃんは幸せだなぁと思った。有給休暇を使い尽くし、親戚の皆さんにも死んでもらって(ウソだけどね)、仕事をサボってばかり。それでもちゃんと生きていける。何が凄いかというと、そこに罪悪感のかけらも感じていないところがいい(笑)。
こんな風に生きていきたいものなのだけど、と思うのは僕だけなのだろうか。
何だかんだいっても、こんな風に楽しめる映画はいいなぁと思う。楽しい時間を過ごすことができたと、思わずテレビに頭を下げてしまうのであった。
◆ ココロにいいこと
このところあまり外に出かける気力がない。休みの日は何も予定を立てずに、部屋でゆっくりしたいのである。じっとして元気を取り戻したいのだけど、身体は休まってもココロはそうはいかないようだ。とはいえ、旅行に出かける時間はない。日帰りでどこかへ行ったとしても、帰りが疲れる。どうしよう。
ということで、近場の公園に散歩に行くことにした。徒歩や自転車で行ければいいのだけど、ここは東京で僕の住んでいるすぐ近くにゆったりできるようなところはない。電車に乗り、ひょいひょいとやってきたのが石神井公園であった。
秋風が心地よい。遊歩道の脇のベンチに座って朝食のパンを食べる。飲み物は珈琲に水筒に入れてきたのを飲んでいる。僕の前を多くの人が通り過ぎる。犬を連れた奥様、老人たち。一応、ウォーキングというやつなのだろうな、両手を大きく振って歩いている人が多い。鳥や風の音を聞きながらボーっとしているのは良いものだなぁと感じながら、パソコンを叩いている。こういうところにパソコンを持ってくるからリラックスしないのかもしれないと思いつつ(笑)。