DOLPHINHOTEL
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DOLPHIN HOTEL 読書夜話2004年1月

Cat in the Rain 2004/1 #1 

2004/1/11 
◆ 初詣
 2004年になった。ほぼ、0時に僕は神社にいた。田舎の、寂れたところにある、近所の人しか来ないようなところである。雪はほとんどなかった。けれど、足場は濡れていて滑らないように注意をする。暗く、冷たい空気が肌に沁みる。お参りに来ている人は10人から20人くらだろうか。当然のように、甘酒が置いてあったりなんてこともない。静かだ。
 大きな神社もそれなりの良さがあるのかもしれない。けれど、静かな初詣の方がいいように思えるようになってきた。
 ガランガラン。お賽銭を入れて、手を合わせる。今年はどういう一年になるのか……。特に何かをお願いしたわけでもない。ああ、寒いなぁ、なんてことを考えていた。自然というものの中で手を合わせる、それはそれでシンプルなことなのかもしれない。

■ 井形慶子著『英国セント・ギルダ島の何も持たない生き方 自分を幸せだと思う哲学』(講談社)
 大晦日から元日にかけてこの本を僕は読んだ。そうか、気がついたらこの2日、僕は東京から実家のある街へと移動した。なんだか長い長い2日だった。3分の1ほどを新幹線の中で読み、残りを元日の夜に読み終えた。
 2004年の最初を飾るにふさわしいとてもいい本だった。今年一年がとても僕にとって意味のある年になるように思うことができる本だった。
 正直なところ、読み始めは面白いとは思えなかった。このタイトルも良くないと思っている。この本に書かれているテーマと「哲学」なんて陳腐(だと感じられてしまうのだった)な言葉は似合わない。この本に書かれているテーマにはそれだけ深く強い力を持っている。
 ひとつの文明の滅びる話だと読んでもいいのではないのだろうか。セント・ギルタ島の住む人達の暮らしを、外部の人は貧しいと感じたかもしれない。けれど、「真実は人によって違う」(P87)のである。けれど、セント・ギルタ島の人達は最終的に離島という選択をせざるをえない状況となる。そこには理想的と言えるような、助け合いのある暮らしがあったのに。なぜ、そうした暮らしは滅んでいったのだろうか。
 この島の短い歴史はあまりにも寂しい。遠い昔のことではない。住んでいる人の写真も残っている。同じような状況というのは、実は世界のいたるところにあるように思える。日本という国、その文化も西洋という大きな波の飲まれてしまっている。それは押し付けられたものとも言えるし、自らが選択したのだとも言えることだろう。
 セント・ギルダ島というのは、このように寂しい結末を迎えるしかなかったのだろうか。それとも、私達のまだ知らないセント・ギルダ島のような場所、暮らしが世界のどこかにあるのだろうか。
 この本を読み終えての余韻は今もずっと残っている。しばらくは僕の胸の中の残っていそうだ。

◆ 寝転んで新春ドラマを見る
 TBSの新春ドラマ「ブラックジャックによろしく」を見た。マンガも、前に放送されていたテレビも見ていなかったので、初めての体験。なんと、17、18、19歳の姪っ子たちと4人でごろ寝をした常態で見ていた(笑)。途中で「あのさぁ、ティッシュ取ってよ」なんて言って涙を拭いたりしていたのだった。
 とっても良かったのだけど、やっぱり石橋貴明はヘンだったよね(笑)。

◆ 勝敗
 これまで生きて来て今だによくわからないのが「NHK紅白歌合戦」の勝敗というものについてである。何を基準に白が優勢だとか赤が優勢だとか言っているのだろうか。もちろんむきになって語るようなことではない。ひとつのお遊びであることはわかっている。今でも「銭形平次」をこよなく愛するうちの母親が言う分にはハイハイと黙って聞いていることはできる。しかし、あまり多くの人の真面目に言われてしまうと僕の悩んでしまうのであった。
 サッカーや格闘技であれば勝敗というものは文句なくわかる。歌の上手い下手で決めるということであれば、それはそれで少しはわかる。例えばフジテレビでやっている「ものまね紅白歌合戦」であれば、物真似の上手い下手、もう少し付け加えるならばどのくらい面白かったかで決まるということは理解できる。けれど、「NHK紅白歌合戦」というのはかなり曖昧に思える。まあ、この曖昧さというものが日本人らしくていいんじゃないかと言われたならばそれまでなのであるが……。歌の良し悪し、衣装などの舞台パフォーマンス、当日の情熱度、応援の盛り上がり度などなど、もう少し細かな採点基準をつくって勝敗を決めないと、次の勝負に繋がらないと思うのだけど。
 なーんて言ってもバカにされるだけだろうなぁ。でも、裏番組の格闘技というものは、勝敗が明確であるということとまんざら関係なくはないと思うのだけど。K-1や総合格闘技というのは、プロレスのアバウトさと違った明確な勝敗を求めているものだ。勝敗があるから、次へ努力しようというモチベーションも出てくるはず。

◆ いいドラマを見た
 TBSのテレビ50年特別ドラマ「向田邦子の恋文」を見た。これは良かった。ほんと良かった。久世光彦の演出も素晴らしいし、久しぶりに見た主役の山口智子も良かった。他の出演者も実力のある人ばかりで、これぞドラマ!という雰囲気。
 たぶん、向田邦子のドラマを見て育ったという人は、自分の時代を重ね合わせて、特別な想いで見ていたのではないだろうか。
 山口智子の、あの明るい表情が今も眼に焼きついている。それだけに、辛くもある。

◆ 雪景色
 帰省した実家というのは、けっこう雪の多いところである。しかし、今年は特に雪が少ないということだった。雪が無ければ、散歩もしやすい。ということで近くの山をテクテクと歩いていた。ほんの数分歩いただけで、市内を見下ろすことのできる山なのである。ほんと、笑ってしまうような環境だ。昔は田舎だなぁと思っていたのに、歩いてすぐに山があるのはなんと素晴らしいことなのだろう、なーんて思うようになってきている。
 上の方には、見晴台というか、ちょっとした公園になっているところがある。そこに、ワゴン車が止まっていた。寒いというのに、家族4人で外に出てバーベキューのような感じで食事をしていた。2人の子供はまだ小学生。犬もいて、なぜか僕にくっついて離れない(笑)。車のナンバーには「足立」と書かれていた。年末年始に、この車で旅行していたのかもしれない。なんで寒い雪国なんぞに来るのだろうかと思ってしまったけど。

◆ 時代の曲り角
 なぜかうちの姉が「NHK紅白歌合戦」について僕に熱く語っていた。僕は見ていなかったのだが、大トリの曲がSMAPの「世界に一つだけの花」だったことについての話だった。「ナンバーワンではなく、オンリーワンに」ということについて。中学校の教師をやっている彼女は、学校教育というものの価値観は完全に変わったのだと言っていた。ある意味で、ナンバーワンというものに象徴される縦の秩序のようなところが学校というところだったはず。世の中にはひとつの明確な価値があった。もちろん、それがいいことであったという話ではない。僕なんかは、その価値観に反撥していたほうだ。しかし、そうした価値観は壊れてしまったのだという。
 結果として、人の話を聞かない。目上の人を敬わない。親孝行をするという価値観もない。マイナスになっていることが、あまりにも大きいのではないかというのが、彼女の話だった。良いとか悪いとかの話ではなく、そうした時代になっているのだと。
 SMAPの歌う歌詞は聴く人によって、こんなにも違うのかと驚きがあった。この曲を2003年のラストにしたことに、どのような意味があったのかはわからない。実は、2003年の大晦日というのは裏番組も含めて大きな意味を持っていたのかもしれない。

◆ JRの不思議 その2
 実家から東京へと、新年の4日に帰ってきた。座席の予約はしていない。座りたいけど……。諦めた状態で駅へと向かった。乗ろうと思っていた時間の10分ほど前に、なぜか臨時の新幹線があった。ふむふむ。少しは空いているかもしれないと、その新幹線に乗り込む。当然のように自由席は通路まで人が埋まっている。指定席の方の車両に行く。
 少しは席が空いているような雰囲気はあった。どんなに混んでいるときでも、キャンセルの席などが数席あったりするものだ。車掌さんが通ったときに聞いてみると、席があるという答えがすぐに返ってきた。追加料金を支払い僕は、座席でゆったりと帰ることができた。
 購入したチケットを見て、なんとも言いようのない気持ちになった。このチケットには「指変」と小さく印字されてあった。その金額が710円。下のほうに「幹在時」という文字、その下に500円とある。追加料金というのは1210円だったのだが、新幹線の中で買ったことで、本来710円のものが500円も多く払ったということになる……。
 どう考えてもベラボウな話ではないだろうか。
 空いている席だったのではないか。僕がこの座席を購入しなかったならば、JRには1210円は入らなかったはず。ハッキリ言って余った座席である。タダにしろとは言わない。けれど、当然本来の金額より安くなるべきものなのではないか。コンサートやスポーツのチケットだって、こんな話は聞いたことがない。余ったチケットが、本来よりも高い金額になってしまうのである。
 幹在時ということで手間が掛かったりとか、何らかの理由はあるのだろう。でも、コーヒーの300円よりはずっと手間が掛からないはずだ。座席が空いているということを、自由席で立っている人に知らせれば、十分に利益になるはずではないのか。お金になるのに、儲けようとしないJR。なんで?
 まあ、昔の国鉄よりは不思議は無くなってはきているけれど。よくわからないことは多い。

■ 岩館真理子『月と雲の間』(講談社モーニングKC)
 おばさんが主人公なのだけど、なんともいい雰囲気だった。家族というものが、とてもリアルだ。決して上辺だけではない。普段の食事とか、コンビニでの立ち読みとか。確かに、コンビニから家に帰るときに、月を見ることはあったなぁと素直に思えたりする。
 岩館真理子のコミックは、いい短編小説を読んだような感じがするよね。

■ ビデオ『男はつらいよ・ぼくの伯父さん』(第42作)山田洋次監督
 年末の31日に放送された映画である。後藤久美子が出ている作品だ。寅さんの甥の満男は後藤久美子のことが好きで好きでどうしようもない。それにしても、後藤久美子は若く、可愛い。彼女は満男クンじゃなく、ジャン・アレジところに行ってしまのだよな。ああ……。

■ 石田ゆり子著『天然日和』(幻冬舎)
 この本は素晴らしい! 以前から石田ゆり子がエッセイと書いているということは知っていた。Webマガジン幻冬舎(http://webmagazine.gentosha.co.jp/)での、彼女の部屋の写真は気になっていた。しかし、ちゃんと彼女の文章を読むのは初めてだった。石田ゆり子の書く文章、そのスタイルはまさにドルフィンホテルのような雰囲気。僕は今、「石田ゆり子ルーム」という掲示板を作ろうか、けっこう悩んでいる(笑)。
 本を読むのが好きで、部屋にいるのが好き、食事も自分で身体にいいものを作る。ささやかな彼女の日常生活、そうしたものが、とてもいい雰囲気で描かれているのだった。
 そうそう、僕は本を読むときに、気に入った文章があったりするとそのページの角を折るという癖がある。この本も何度か折りたい気持ちになった。残念ながら(笑)、この本は借り物(どうもありがとう)。ぐっと我慢して最後まで読んだのであった。
 ところで、この石田ゆり子さん、これまで知らなかったのだけど自分のホームページ(http://www.yuriko-ishida.com/)をつくっていた。写真もいっぱいあるし、なかなかの雰囲気。今年も張り切って頑張ろう、という気持ちになってくるようなもの。冗談抜きで、ここはかなりお勧めです。

■ 石田ゆり子著『ここちいい毎日』(幻冬舎)
 立て続けに石田ゆり子の本を読む。こちらの方は、写真が多く普段の料理をつくっているところや、本を読んでいるところなど、その様子がとってもリアル。讃岐うどんの写真とか美味しそう。それにしても台所に立つ彼女は可愛く、キレイだ(嬉)。
 しかしこの本。その内容はというと、とても男性が読んで楽しむようなものではない。さすがにババシャツとか、ストッキングの話とかは載っていないが、美容の話とかファッションの話とかが中心。でも、ひとりの女性のいい年の重ね方が描かれているように感じられ、楽しく読むことができる。
 さて、「シングル」「マンション住まい」「読書好き」「エッセイを書く」というと、岸本葉子と藤田香織を思い浮かべる。ということで、石田ゆり子を含めたこの3人を、「花のひとりマンション暮らしエッセイスト3人娘」と呼ぶことにしよう(笑)。

◆ 苦手な写真撮り
 湯島天神にお参りに行った。さすがに人の多いこと。入り口のところでデジカメで写真を撮っていると、晴れ着姿のきれいなお姉さん3人写真を撮ってくださいと、頼まれてしまった。新年早々、きれいなお姉さんに声を掛けられるとは。今年はいい年になるのかもしれない、なんてことを思う(笑)。
 デジカメを渡されて写真を撮ったはいいけど、どうにも他のデジカメというのは使いにくいものだと実感。デジカメ自体けっこうコンパクトなものが多いわけで、慣れないものだとブレてしまうのではなかろうか。失敗したような気がするなぁ。3人組のお嬢様たち、ごめんなさい。

■ 映画『フル・フロンタル』スティーヴン・ソダーバーグ監督http://fullfrontal.jp/fullfrontal/index.html)[新宿武蔵野館2]
 正直なところ、よくわからなかった。けれど、いい雰囲気の映画ではあった。
 と、これで終ったらやっぱり怒られてしまうよなぁ(笑)。簡単に言って、話が入り組んでいるような、仕掛けのある話なわけで、よくわからない部分というのはあると思うのだ。驚いたりもするし。いい雰囲気というのは、映像がドキュメンタリータッチというか、変わった感じが観ていてけっこう楽しかったりする。登場人物が、とても魅力的で。特にジュリア・ロバーツ、メアリー・マコーマックなどは、最高に良かった。
 話は変わるが、映画について何かを書くというのは難しい(笑)。この映画を観た人はどのような感想を持つのだろうか。

◆ 今年の目標
 実はひどい年末年始を過ごしている。なんといっても、今だに年賀状を一枚も書いていない。2003年の年賀状なんて、もの凄くチカラを入れてそれなりに評判は良かったみたいだったのに。僕の2004年の年賀状を待っている方、どうもごめんなさい。
 というわけで、今年の目標を語るような余裕というか、元気がなかったりしている。本を読む目標も、映画を観る目標も、今年はパスとしよう。たまにには、こうした目標のない正月も変化があっていいのではないかと思ったりもしている。まあ、言い訳ではあるのだけど。
 ところで、この読書夜話はあまり無理をしないことにしようと思います。大きく変化することなく、毎週アップしたいとは思うけど、出来なかったら月に3回くらいになるのかな。
 まあ、よろしくお願いします。

chaos 2004/1 #2 

2004/1/20 
◆ 葱を刻む
 毎朝決まって行なうことがある。朝ごはんを食べることなのだが、その前のことだ。納豆に入れる葱を刻む。僕がここで言わなくても、「納豆に葱」というのは定番だろう。ちなみに最近の僕はここに大根おろしも入れてしまうのだが。問題は葱を刻むときのことだ。冷蔵庫の真ん中の野菜室から葱を取り出す。食べる分だけを、包丁の上で刻むわけだ。
 なぜなのだろう。そのとき、歯を食いしばる。今朝なんかは間違って舌を噛んでしまった。別に歯を食いしばらなくても葱を刻むことはできる。大根を切るときや、たまねぎを切るときにはこうはならない。なぜか、葱のときだけ、奥歯の方にチカラが入ってしまう。こんなことを続けていたならば、僕の奥歯は壊れてしまうのではという不安すら出てきている。
 毎朝、チカラを抜いて葱を刻もうとはしているのだ。けれど、気が付くと歯を食いしばっている。こういう悩みを持っている人はいるのだろうか。何か大きなストレスを抱えてしまっているのだろうか。

■ 船戸与一著『三都物語』(新潮社)
 野球というものがこの本のベースにある。経験を積んだ4番バッターという雰囲気が、行間から溢れている。これまでの船戸作品としては、明らかに違った雰囲気。けれど、最高に良かった。例えば、南米や中東の熱いハートが、静かに強く流れているようなものだ。
 ひとりの作家を長く読み続けていくというのは、実はけっこう難しいものだったりする。作家の方向性と読み手の好みとにズレが出てきてしまうことがある。特に船戸の場合は、世界の紛争というものがテーマとなっている。米ソの対立のあった時代ではなく、日本はあまりにも平和と言われている。
 この物語は、日本と台湾と韓国を舞台とした話ではあるが、世界と時代の深さを十分に感じさせてくれるものとなっている。これからの船戸が、ほんとうに楽しみだと感じられる内容だった。

◆ 目立たないけれど
 実家にある僕の部屋の本棚にはいくつかのコミックが置かれている。その中でもひときわ目立っているのが『エリア88』である。ほんと、はまりにはまっていた。中東の戦争の話で、かなり深い世界が描かれている。主人公の風間真はたまらなく魅力的だった。
 その『エリア88』は、なんとアニメとなって放送されている(http://www.tv-asahi.co.jp/a88/)。木曜日の深夜で、まったく宣伝もなく、目立っていない。2回ほどこの放送を見たが、十分に面白い。そんなにお金は掛けられていないのだろうが、ちゃんと作られている。凄くいい。
 それにしても。これだけ面白い作品が、これだけ目立たないってのは凄いものだと関心したりしている。

■ 田口久美子著『書店風雲録』(本の雑誌社)
 少しばかり昔話をしたい。大学受験で東京に出てきたときがあった。20年以上も遠い昔である(涙)。姉が東武東上線沿線に住んでいたので、そこで10日ほど滞在した。あちこちの大学に移動するには、当然のように池袋を通る。その頃の僕というのは、恥ずかしいくらいに勉強なんどする奴ではなく(笑)、空いている時間にはけっこうブラブラとしていた。そして、この時期に僕は読書というものの面白さを知ることとなった。
 出かけた帰りに池袋で少し時間をつぶす。その場所がリブロだった。東京の大きな書店と言えば、僕にはリブロだったのだ。当時は西武デパートの上の階にあった。その雰囲気が今でも好きである。リブロという書店を歩いたことで、本というもののイメージが暗いものから、明るいものへと変わった。
 長い時を経て、なぜか僕は池袋のリブロとジュンク堂へよく行く生活をしている。
 そういう意味で、この『書店風雲録』は僕にとって特別な本である。
 リブロが中心となっているが、この本を読むことで、この20年ほどの本の状況の変化というものを感じることが出来る。その時その時のベストセラーだった本の名前が出てくる。仕事をしているときの話がいくつも出てくるのだが、ほんとうに楽しそうに仕事をしている。本が好きで、愛して、この仕事をしている人達なのだ。昔はデパートの中にあったということもあり、店が6時で終わり毎日飲みに行って楽しかった、なんて話もあるのだが(笑)。でも、そうした時間的な余裕というものが、読書の楽しみを広げるものだったのではないかとも思うのだ。
 面白い話はいくつも書かれている。リブロの社員について、「本好きにありがちな性格の歪みなどは「個性」としてかえって評価していたぐらいである」(P161)なんてところを読んでいたら、思わず笑ってしまった。知り合いでリブロで仕事をしていたという人を知っているけど、確かに個性的(!)だもんなぁ。
 あとは、書棚の分類の話などは、ほんとうに面白い。かつては中間小説なんてジャンルもあったのだ。時代とともに、分類は変わっていたのだ。
 実は僕は著者の田口久美子さんとはジュンク堂で一度お話をしたことがある。話と言っても、あることについて僕が尋ねて、田口さんに対応してもらったというだけのことだが。とてもいい雰囲気の人でした。
 ちなみにこの本、ジュンク堂ではけっこうチカラを込めて並べられている。ところが、リブロでは寂しい扱いになっているような気がしているのだけど。

■ ビデオ『電話で抱きしめて』ダイアン・キートン監督 [日本テレビ](http://www.spe.co.jp/movie/hangingup/
 メグ・ライアン主演ということで観てしまった。ほどほどに面白いけれど、特にコメントすることもない。となると、また怒られてしまうか(笑)。
 それにしてもこの映画、電話を使っている場面がやたらと多い。電話嫌いな僕は、疲れてしまわないのだろうか、と思ってしまって観ていたのだけど、さすがにメグ・ライアンも疲れてしまったようである(笑)。でもさ、携帯電話で話をしている場面というのは、映画の「絵」になるとは思う。けれど、この映画には出てきてないけど、携帯メールを打っている場面というのはどうなのだろうね(笑)。

◆ 芥川賞について、ささやかな戯言
 芥川賞の史上最年少受賞となった綿矢りさと金原ひとみが話題となっている。世間では大きなニュースとなり、いくつかの意見が出されている。僕としては文句ではないけど、どうにもしっくりしていなくて、少しばかり意見みたいなものを書いてみることとする。
 そもそも芥川賞と直木賞の違いというのは何なのか。かつて純文学と呼ばれていたものは何だったのか。大衆文学というのも、そう簡単に説明のつくことではないはずだ。文学というもの自体が時代とともに変化している。つまり、芥川賞というもの自体が、名前と内容が、かつてもものとは完全に変化しているはずである。そのこと自体はある意味で仕方が無く、当然でもあることだ。問題なのは、なんでそこで不必要な比較をしてしまうのだろう、ということである。かつての芥川賞と今の芥川賞とで、年齢的な比較をしたって、全く意味はないと思うのだが。芥川賞なんて名前はさっさとやめてしまって、現代にあったものに変えてしまえばいいのだ。
 新人の登竜門ということで言うと、芥川賞よりも、群像新人文学賞(http://www.e-hon.ne.jp/bec/SC/PrizeInform?SHOUCD=020)とか野間文芸新人賞(http://www.e-hon.ne.jp/bec/SC/PrizeInform?SHOUCD=064)の方がずっと魅力的に思えてしまう。もちろん、違った賞だけどね。あまり賞に縁がない村上春樹が受賞しているところがいいよね(笑)。

 ところで、金原ひとみは読んでいないのでわからないが、候補になりながら漏れてしまった島本理生はちょっとかわいそう。彼女の小説が僕はとても好きなのであった。

◆ 市川染五郎の表情
 今、とても悩んでいることがある。あるドラマを今後も見続けようか、どうかである。
 フジテレビの月9ドラマである「プライド」(http://www.fujitv.co.jp/pride/)を見た。別に文句を言う気はなかった。こうしたドラマというのは、チカラを入れて見なくても、楽しめればそれでいいと思う。ちょっとばかりセリフがくさかったり、キムタクがカッコよすぎても、竹内結子や石田ゆり子があまりにもキレイなので、いくらでも許せる。僕が見たいドラマとしては十分に合格点なのだ。
 しかし、どうしても許せないことがひとつだけある。金持ちの息子で遊び人の市川染五郎はなんとかしてもらえないだろうか。彼の演じる池上友則の女たらしの雰囲気には我慢ならない。なにも僕がもてないこんなことを言うわけでもないが。もちろん、市川染五郎は役者として精一杯演じているのだろう。あの、女好きの、遊んで捨ててしまえばいいという顔の表情は、なかなか出せるものではないと思う。凄いとは思う。誤解のないようにしてもらいたいのだが、何も市川染五郎の文句を言っているわけではない。
 しかし、僕がこのドラマを最後まで見たならば、市川染五郎の表情というのは完全に固まってしまうように思えるのだ。
 来年公開されるであろう藤沢周平原作の映画『蝉しぐれ』を観ていたとき、主人公である牧文四郎の表情を、まともに見ることができるのだろうか。今からとても不安なのである。

◆ 合格の御守
 何年も資格試験の受験をしているBという人がいる。彼はなんと数え切れないほどの御守を所有しているのだろちう。自分で買ったのも少しはあったのかもしれない。しかし、ほとんどは貰ったものらしい。僕も先日、湯島天神に行き、御守を甥っ子に送ったばかりだ。受験生を応援したい=御守、というのがよくあるパターンなのだろう。高校受験や大学受験だったら、長く続くことはない。これが国家試験になると、けっこう長い受験生活になったりして、気が付くと多くの御守が溜まってしまうという状況になっているのだろう。
 あげた人は、「きっと自分があげた御守で頑張っているのだろうな」と思うかもしれない。でも、何十個、何百個とこの御守が溜まってしまっている人は、それはそれで、とぉーっても大変なのかもしれない。ちなみに、このBさん。試験に行くときには、数ある御守の中から、目をつぶってひとつを選ぶのだという(笑)。

■ ビデオ『男はつらいよ・寅次郎の休日』山田洋次監督 [テレビ東京]
 それにしても後藤久美子演じる泉ちゃんは、可愛いというか、素直というか。ちょっと見方を変えると幼いとすら感じてしまう。この物語で、泉ちゃんの両親は離婚してしまうわけだ。けれど、彼女は離婚して欲しくなかった。気持ちの揺れるのはわかるけれど、どうなのだろうなぁというのがこの映画を観ての感想であった。
 寅さんの映画は好きなのだけど、どうしても大人が安心できる内容だなぁという感じがしてしまって、素直に観ることができなかったりするのかもしれない。

■ ビデオ『男はつらいよ・寅次郎の告白』山田洋次監督 [テレビ東京]
 前作のである『寅次郎の休日』の続きのお話。こういうことを言ってしまったなら話にならないのだけど、どうして偶然に寅さんと会ったりすることがあるのだろうか(笑)。それと、寅さんの財布の中ってのも気になってしまう(笑)。これも追求してはいけなかったのか……。
 でも、寅さん好きです。

◆ 風邪
 かなり身体が辛かった。ふと体温計を取り、熱を測ってみると37.9度あった。風邪を引いたとしても、こんな風に熱を出すなんてことはかなり久しぶりのことだった。医者に行き、頓服薬をもらい飲んだ。なんで頓服というのだろうかなぁ、なんて思い、その日に2回飲み夜寝て朝になると熱は下がった。身体はかなり楽になり、ほんとうに暗闇から脱出したような気持ちになった。
 そう言えば、子供の頃は1年に一度くらいはこうした熱を出す風邪を引いていたように思う。大の大人が部屋を散らかして、部屋で悶々と寝ている姿というのは、冷静になって考えてみると、とってもかっこ悪い。やれやれ。
 久しぶりと言えば、卵お粥を作って食べた。冷蔵庫の残りご飯で作った簡単なものだけど、あったかくて美味しかった。たぶん、健康なときだったら、こんなに美味しいと感じられなかっただろうな(笑)。

■ ビデオ『雨のなかの女 THE RAIN PEOPLE』フランシス・フォード・コッポラ監督 [WOWOW]
 この映画、最高に良かった。ある意味でさり気ない物語である。ふと、人と人が出会い、ちょっとした事件がある。まあ、この映画の場合そんなにちょっとした事件ではなくなってしまうのだけど。あまりにも僕の勝手な感想になってしまうが、藤沢周平の短編小説のような雰囲気がこの映画から感じられたのである。
 邦題の「女」というところには大いに抵抗がある。男だって出ているのだから。
 フランシス・フォード・コッポラというとどうしても『地獄の黙示録』という印象が僕には強かったのだけど、かなり変わってしまった。この監督、すごいや。もっと他のも観て行こうっと。

■ 歌野晶午著『葉桜の季節に君を想うということ』(文芸春秋)
 この本について何とコメントしたらいいものか……。ネタをばらしてしまってはマズイだろうし、何かと難しい。読んでいて面白かったと言えば、面白かったけどね。ノーコメントということにするしかないよな(笑)。
 でもなぁ、この本が「本格ミステリ」なのかというとどうにも文句をつけたくなる。「このミステリーがすごい!」の1位ということについては、このランキング自体に興味がないので文句はない(笑)。

 ところで、この本の中に「赤坂しろたえのチーズケーキ」というのが出てくる。以前赤坂で仕事をしていたことのある僕は、何度かこのチーズケーキを食べている。まあ、美味しいのは美味しいんだよね。ああ、食べたくなってきた。

◆ 本はいいよ
 雑誌「ku:nel」(http://kunel.magazine.co.jp/)のvol.6の表紙には「本はいいなぁ。」と書かれていた。本の内容ばかりというわけではなかったけれど、この雑誌の本についての気持ちが感じられてとても嬉しかった。モノと暮らし、料理と本、こうしたものには共通した物語があると思うのだ。この号のお勧めは、島本理生のページである。他の雑誌とは違ったアプローチが感じられる。さりげない、部屋の写真もいい。これからも、こんな調子で多くの作家の記事を載せて欲しいものだ。
 雑誌というのは、どうしても(受け取る側の問題だと思うけど)マンネリに感じられていくことが多い。でもこの雑誌の場合、密度が濃くなっていくようだ。これからますます楽しみだ。

◆ 豆腐
 毎日寒い。先日は東京にも雪が降った。東京での雪は特に寒く感じる。部屋の中では冷たさを感じる。米を研ぐときに、水道水を使う。手が冷たくどうしようもない。多くの米を研ぐ人達はどうしているのだろうか、なんてことを思う。温水のない状態での台所なんて考えられない。昔は冷たい水が普通だったのにね。僕の子供の頃の冬は、水抜きというものをしたのであった。冷たい水というと、豆腐のことを考えてしまう。僕の家の近所にも豆腐屋さんはある。実際に豆腐作りを見たことは無い。けれど、テレビなどで見たことのある豆腐作りの場面は、冷たい水が印象的だ。冷たい水だからこそ、美味しい豆腐ができるように思うのだ。そんな豆腐だからこそ、湯豆腐を食べると気持ちが暖まるのかもしれない、なんて考えたりしている。

In Our Time 2004/1 #3 

2004/1/26 

◆ 捨てられないもの
 眠れない夜に部屋の整理なんかをしてみる。どんどん捨ててしまおうと思うのだ。もっともっとシンプルな部屋に住みたい。そうすれば、肩の力が抜けて楽になりそうな気がする。いらない雑誌を整理する。特別なページだけを切り取ったりする。ファイルされたものも、いらないと思われるものを捨てたりする。そう、ここで問題が生じる。ファイルしてから一度も見たことはないけれど、捨てられないもの。実はこれが幅を取っている。家電製品その他のマニュアルというものである。一箇所で大人しくしてくれれば、それはそれで問題はないけれど、あちこちに分散している。邪魔な奴なのに、かくれんぼが得意らしい。サイズがいくつかに分かれているのが悪いのだ。
 マニュアルは一定のサイズで作成されなければならない。
 こうした法律が出来ないものだろうか。ビデオテープのように企画が統一されていなければ、無駄が出来てしまう。その無駄は多くの人達の気持ちの余裕というものを無くしてしまう。シンプルな暮らしが遠くなってしまう。僕の個人的な希望としては、文庫本のカタチに統一するなんてどうだろうか。本棚に並べてもきれいなように。マニュアルだけでない。保証書類も統一した形になっていて欲しい。カードと同じように保証書も整理できないのだろうか。
 捨てたいけれど……。生きて行くということは、何かを背負っていくことなのだろうか。けっこう肩が凝ってしまっているのだけど。

■ ビデオ『アリ』マイケル・マン監督 [WOWOW]
 なかなか見応えのある映画だった。時代の雰囲気、緊張感、主人公の眼などなど、言うこと無し。
 ボクシングの世界チャンピオンであるモハメド・アリというと僕にとっては伝説であった。今のように、テレビでその試合がいくらでも見られるという状況ではなく、新聞の記事で、その活躍を知るということの方が多かったのではないだろうか。猪木との試合というのは見たけれど(笑)。
 知らなかったアリの時代を知ることができた。ベトナム戦争というものが、政治というものが、大きく関わっていたこと。そういう意味でも、スケールの大きな映画だった。

◆ 校長文庫
 朝日新聞に「杉並校長日記」(http://mytown.asahi.com/tokyo/news02.asp?c=5&kiji=627)というのが連載されている。先日の日記はとても興味深いものだった。ビジネスマンから転身したというこの藤原和博(http://f13.aaacafe.ne.jp/~wadachu/koucho.html)という校長先生はユニークな発言などがあって、密かに注目はしていた。なんと、この校長室に「校長文庫」というのがあり、生徒などに貸し出しをしているのだという。その貸し出し状況というのは、学校の図書館よりも多いのだという。
 人気の作家の名前の中には重松清、森絵都、宮部みゆきなどがあったりする。正直なところ、校長室に『ナイフ』や『カラフル』があるというのは、けっこう驚きである。
 生徒達は校長室に入り、本を手に取り、校長先生と話をする。とても嬉しく、すごい話だと感じた。

◆ 究極の迷い
 どうしようか、この数日で決めなければならないだろう。少し前から存在は知っていた。あまりにも評判が良い。両者とも、けっこう信用できる評判である。本を先に読むか、映画を先に観るべきか。これだけ悩ませるというのは、珍しいことではないか。
 ローラ・ヒレンブランド著の『シービスケット』(http://www.seabiscuit.jp/)である。
 本と映画の、永遠のテーマと言える問題がこの『シービスケット』で、何らかの前進へ向かうのではないだろうか。ぜひ、ご意見を。

◆ 究極の迷い その2
 ラテラル・サイ・トレーナーを買おうかどうか、ものすごく迷っている。ぜひ、ご意見を。

■ ビデオ『愛のエチュード』マルレーン・ゴリス監督http://www.amuse-pictures.com/etude/) [WOWOW]
 チェスの場面がふんだんに出てくる。ちょっと変わり者の男性なのだが、とても良い感じの恋愛映画だった。映像のひとつひとつが本当に素晴らしかった。そんなに特別なものでもないけど、しっかりしているというのかな。ときおり、子供の頃の映画が入る。それがいい味を出している。

◆ 天空の味
 池袋東武百貨店本館スパイスというところで食事をした。行ったことのある人はわかると思うけど、11階から15階までがレストラン街となっている。かなりの数の店が入っている。選ぶのには大変ではあるのだが、人生を感じる場所でもある。というのは、下の方の階は人が多く、上の方の階に行くにしたがって人が少なくなっていく。流行っていないかというということではない。上の方がお値段が高いのである。門構えからして立派で、とても僕なんぞの庶民の行くような雰囲気ではない。年齢層も違っている。これまでこのデパートのレストランで食べたといえば、完全に下の方だった。
 ところが、めずらしく15階で食べるということがあった。最上階である。どうせ味はそんなに変わらないのだろう、正直なところそう思っていた。早い話が自分の金でなかったのだ(笑)。
「京懐石 美濃吉」(http://www.minokichi.co.jp/)というお店に入る。コースの料理が手ごろな値段で(3000円から、5000円、7000円という感じ)、そんなに高くはならないだろうという判断があった。それに、あっさりとした味の料理を食べたかった。油ギドギドというのは、もう辛いのである。
 店内の客はというと、ほんとうに年齢層が高い。若いなぁと思われたのは、家族4人で来ていた隣の席の人達だけくらいだろうか。ちなみにこの家族、20代の娘2人が父親に何かプレゼントをしていた。
 京懐石のコースの料理を注文したので、少しずつ料理が出てくる。さすが、盛り付けというか、見た目は素晴らしい。けれど正直なところ、量が少なすぎるような(笑)。でも、ちびりちびりと酒を飲みながらという点では、ものすごく嬉しい美味しさなのだ。ちょっとした先付、前菜から魚料理も美味しい。しゃぶしゃぶは言うことなし。そして、なんといっても感激したのは「京海老芋八方煮」という煮物。柚子の香りがして、まさにプロの味。やっぱり、美味しい料理というのは違うのだ。
 美味しいけれど全体的に量がちょっと、と思っていたところに「かやく御飯釜焚き」というのが出てくる。これは凄い! 他のどの料理もそうなのだが、味が濃くない。しかし、丁寧に出汁が取られているといった感じ。この御飯は何倍もお代わりをする。赤出汁も美味しい。これまで飲んだことのある赤出汁とは全く違った味だった。これこそが、本来の赤出汁というものなのだろう。最後のデザートである、ぜんざいも甘くはない、自然なあまさがある。あたたかなお茶までもが美味しかった。
 高いお金を掛ければ、十分に美味しいものが食べられる。社会人としての、大人の勉強をしたのであった。高いといっても、トータルではそんなにならない。普通の居酒屋であれやこれや注文すれば、このくらいの値段にはなっていまう。たまには、背伸びをしようっと。

◆ 角田光代の旅
 先日NHK-BS2で放送された「トレッキングエッセイ紀行 岩稜と氷雪の彼方に〜イタリア・ドロミテ」というのを見た。作家の角田光代が、トレッキングをして、エッセイのようにその思いを語るという番組。これが、とてもとても面白かった。山の美しさが素晴らしい。言葉で語ることの出来ないようなものだ。プロの登山家や、女優さんなどがレポートするのではなく角田光代だからこその、何か安心できる感じがある。そして、彼女が発する言葉がまたいい。
 時おり見せてくれる笑顔もまたいい。
 僕は一時期、角田光代という人の本をどどとぉーっと読んだ。けれど、最近はお休み。でも、やっぱりこの人はいい。他の人にはないものを持っているという感じがする。これからの角田光代が楽しみ。

◆ メモリー
 パソコンが動かなくなってしまった。まあ、こうやって新しい話をアップすることができているので、今は正常に動いてはいるのだけど。とある金曜日、画面に何だかわからない青いメッセージが表れ、その後は電源を入れても無視されたままだった。何も言ってくれない。反応がないということはとても辛いことだった。
 パソコンのサービスセンターに電話をして、相談する。増設メモリーを取って電源を入れると、ちゃんと立ち上がってくれる。何度か試してみたけれど、このメモリーに問題があることに間違いはなさそうだ。
 それから慌ててハードディスクのバックアップを取る。普段は「取らなければ」と思いつつ、「まあいいや」という気持ちで時間が過ぎてしまっていた。パソコンというのは、人の生き方のようなものかもしれない、なんてことを考える。何でも出来るような希望はあるけれど、自分がちゃんと前に歩き出さなければ何もできない。だらだらと時間は過ぎる。一生使えるような気はするけれど、寿命はどんどん短くなっている……。
 さて、取り出したメモリーをどうしようか。メーカーに問い合わせると、お子様のような対応だった。机の上にメモリーを置いて、このところの僕は毎日このメモリーと睨めっこしている。

◆ ニュースステーション
 何だかんだいって「ニュースステーション」という番組を見ていることが多かったと思う。もちろん過去形ではなく、今も見たりする。この番組は3月で終わり、4月から「報道ステーション」という名前の番組になるのだという……。
 でもさ、なんで「報道ステーション」なんて変な名前なの? 古館伊知郎というのは赦そう。こうした選択があってもおかしくはない。F1もかつてはそうした時代を通ってきた。でも、「報道ステーション」という名前は酷い。10年、いや20年前くらいの感覚に戻ってしまうような印象でどうしようもない。古ぼけたオッサン達が、「うーん、私は報道という言葉が好きなんだよ、エッヘン」なんて感じで決められてしまった感じがしてならない。
 それにしても、どうして久米宏の降板がそんなに騒がれるのだろうか。彼がひと月とか長い夏休みを取ったとしても、何も変わらなかったのに。「ニュースステーション」という番組を考えた場合、キャスターの存在よりも、オフィス・トゥー・ワンという制作会社の存在が大きなものだったではないか。保守的なテレビのニュース番組が、ビジュアルな、とてもわかりやすいものに変わっていった。キャスターである久米宏というのは、そうした変化の象徴だったと思うのだ。

■ ビデオ『恋のマノン』ジャン・オーレル監督 [日本テレビ]
 カトリーヌ・ドヌーヴ主演というのが大きいのかな。でも、他の女性の方がキレイだったように感じたのだけど(笑)。フランス映画というのは、もう一歩僕とは相性が良くないのかもしれない、なんてことを考えている。どうも、僕には現実離れしているという感覚が強くて。

■ ビデオ『小さな泥棒』クロード・ミレール監督 [WOWOW]
 映画というものを、制作した国ということで判断してはいけないものだ。この作品って、フランス映画だったんだね。とても面白く観ることができた。十代の少女の微妙な感性ということで、オジサンとしてはよくわからなかったりもするけど、国や文化を超えての共通した何かがあるのかもしれない。シャルロット・ゲンズブールも良かったです。

◆ どうしているのだろうかという疑問
 ピンポーンと、誰かが僕に部屋へ訪ねてきたようだ。近所の人が遊びに来るという状況ではないので、かなりの確立で営業関係の人だと思われる。居留守にするということもできるが、宅配便だったらあまりよろしくない。この日はなぜか、「どちらさまですか」なんてちゃんと応対をしてみた。するとドア越しから「NHKの受信料を」という声。おおお、この部屋に住んで4年以上になるけれど、NHKが来たのは初めてのような気がする。当然のように僕は払っていなかったのであった。
 いまさら支払いをする気持ちはない。かつて本多勝一の本を読んだこともあった。僕はつかさず返事をした。「あのぉ、テレビ持ってないのですが……」
 どうやらそのひと言で、帰って行ったようだった。しかし、こうやって受信料を取る人にだって、人生はあるんだよな。
 それにしても、どれだけの人がNHK受信料を払って、どのくらいの人が払っていないのだろうか。こんな風に訪問して受信料を催促するというのも、なんだか無駄なことのように思えたりする。テレビを持っている=NHK受信料を払う、ということであれば、テレビの購入費の中に何年か分をまとめて入れてしまえば、なんて思ってしまう。最初からNHKの映らない設定のテレビは安い値段だったりしてね(笑)。

◆ 並んではみたけれど
 新宿の紀伊國屋ホールに芝居を観にいった。『劇団俳優座公演 三屋清左衛門残実録』は、前から観ようと思っていたのに、この日は最終日。そもそも芝居というものは長い期間あるものではなく、今回のは2週間弱。もっと早く行きたいと思っていたのに、風邪を引いたりなんだかんだで行けなかった。実は前日も風邪が悪くなり危うい雰囲気。鍋を食べて暖まって早く寝ようとしたのに、スーパーでは白菜が売り切れた状態。それでも白菜無しの鍋を食べ、ぐっすり眠ったのが良かったのか、少しは良くなったような雰囲気。なんとか、紀伊國屋ホールへと。
 しかし、座席を予約しているわけではない。12時半から当日券が発売されるというということで、早めに受付に。電話で確認したときには、12時くらいで予定枚数まで並んでいるようだ、ということで11時くらいに着く。どうやら僕が一番手らしい。中にいた人がすぐに「当日券ですか?」と聞いてくれて、今後の状況を確認する。「ちらちらと様子を見て並んでください」と言われた通りに、4階の建築コーナーあたりをウロウロと立ち読みする。ちらちらと受付のところを見ても、なかなか人は来ない。
 11時半くらいに年配の夫婦が最初に受付の前に立つとすぐに3人ほどが後ろに並び、列を作った。あれまあれまとすぐさま、僕も並ぶ。6番手だった。
 並ぶことを覚悟していた僕は事前にパンを買っていたので、ちびりちびりと食べ、本を読んで過ごす。紀伊國屋書店では、店内での飲食は禁じる注意書きがあったけど、まあいいだろう。僕の並んでいるちょうど右手は画廊の入り口だった。受付のところにキレイな女性が座っている。髪が長く、下を向いていたので表情は見えなかったが。彼女は僕が立っている間、ずっと本を読んでいた。客がひとり来たときに立って挨拶をしたのと、携帯メールを打っていたことはあったけど、ただひたすら本を読んでいた。
 列は10人をちょっと超えたくらいになっただろうか。
 ほぼ、12時半に当日券の販売となる。座席表で空いている席の説明があり、好きな席を選ぶ。前の方と後ろの方に通常の席が10席ほど空いていて、あとは通路の補助席だった。僕は後ろの方の通常の席に決め、5250円を支払う。会場に入ってからわかったのだが、補助席はまだいくか空いていた。1時間も並ばなくても、座れたのであった(笑)。
 でも、補助席はやはり座り心地が悪そう。通常の座席は狭くはあるが、ゆったりとはできる。周りの観客は年配の人が多い。芝居好きのオバサン達が多いのかな。前に新橋演舞場で「鬼平犯科帳」を観たことがあるが、その雰囲気に近い。
 ホールの座席はほぼ埋まり、そろそろ始まろうとしている。わくわくしてくる。そのとき、若くキレイな女性が通路を歩いて僕の方へと近づいてきた。とても背が高くスタイルがいい。モデルさんの方な雰囲気。彼女は僕の眼の前で立ち止まり、僕の前の席に座った。背筋が伸びていて、後ろ姿もとてもキレイだった。けれど、彼女の頭によって僕の視界は完全に遮られた。映画であれば、スクリーンは少し上にあり、見上げる状態なわけで前の人が邪魔でもそれなりには見える。しかし、舞台はやはり違う、特にこの芝居、座って演じている場面がけっこう多い。座るところは少し高めにセットを作っているみたいだけど、舞台の左半分で座られての演技は全く見えなかった。
 他のホールと比べると、スロープの角度もあまり無いのかな。観ている途中で、風邪がぶり返してきた。
 少しばかり悲しい芝居見物だった。

■ 野崎正幸『駆け出しネット古書店日記』(晶文社)
 ふと書店をうろうろしていたときにこの本を見つけた。いや、この本に「捕まった」のかもしれない。まだ出版されたばかりの本だった。
 タイトルの通り、著者は「文雅新泉堂」(http://bunga-shinsendo.com/)というネット古書店をつくる。まったくのはじまりからの日記である。古物証許可証の取得、ドリームウェーバーの購入そしてそのお勉強なんて話も詳しく書かれている。パソコンについては僕よりも詳しくなさそう(笑)。そうしたところが読者を惹きつけ、「僕にも出来る」という気持ちにさせてくれる(笑)。
 そうなのだよ。僕もやりたい気持ちになってしまっている。このネット古書店というものを。
 商売ということは別にしても、この世の中には多くの埋もれてしまっている本というものがあるのだ。あれやこれや、いろいろと考えて楽しんでいる。

anguish of heart 2004/1 #4 

2004/2/4 

◆ 温かな鍋料理
 テレビを見ていると、温かな鍋料理が紹介されることが多い。レポーターの人は寒い寒い外を歩いてお店に入る。野菜も魚もいっぱい入った、懐かしい味の鍋物。湯気がほんわりと出ていて、本当に美味しそうだ。レポーターの人は言う。「いやぁ、外の寒さを忘れますね。ああ、温かい。本当に身体だけでなく心まで温まりますねぇ」と。
 ほんとうに見ていた僕までもが温まった。冷蔵庫の残り物で鍋料理を作ってしまったりする。ああ、日本人に生まれて良かった(笑)。
 さて、鍋を食べながら僕は考え込んでしまった。テレビのレポーターはこのあと、どうするのだろうか。当然のように、お店を去り帰るのだろう。レポーターでなく、鍋を食べに来たお客さんも当然のように家に帰る。身体が温まったところで、寒い寒い外を歩かなければならないのだ。鍋を食べたことで、汗をかき、シャツなんかは汗を含んでいるかもしれない。その状態での外の寒さは……。間違いなく、来るときよりも辛いはずだ。家に帰ったならば、もう一度新たな鍋料理を食べる必要があるのではないか……。
 店で食べる鍋料理、それはとても美味しいのだろう。けれど、その後には風邪を引いてしまったりと、かなり辛い状況が待っているような気がしてしょうがないのだけど……。

◆ 芝居小屋
 日本テレビの「NNNドキュメント」(http://www.ntv.co.jp/document/)という番組をこのところ見ている。けっこう興味深いテーマが取り上げられているのである。人力車の話とか、自宅での出産の話とか。先日の放送では、嘉穂(かほ)劇場(http://www.kahogekijyo.com/)が取り上げられていた。福岡県飯塚市にある古い劇場である。最初はそんなに興味が無かったいうお嫁さんが今は若女将となっている。いつの間にかこの劇場が大切な存在となってしまった。劇場が満員となり、お客さんの喜ぶ姿を見たいのだと言う。この嘉穂劇場は水害のため、今は休場中となっている。知らなかったのだけど、多くの人がこの劇場の支援をしている。古いけれど、いいものを守っていく。言葉でいうほどには簡単ではないのだろう。けれど、こうした物語があることに、僕は嬉しくてならなかった。

■ ビデオ『シュリ』カン・ジェギュ監督 [テレビ朝日]
 ちょっとばかり僕には合わなかったかも。解説だったかで、「ハリウッドを越えた!」などという話があったけど、ハリウッドなんて越える必要なんてどこにもないと思うのだけど。でも、韓国映画は少しずつチャレンジしていくつもり。
 それにしても、この映画を見ていて、韓国からに日本の近さというものを感じてしまった。すぐ隣の場所にある国という雰囲気。ヨーロッパで多くの国がお隣の関係にあるように、日本と韓国も隣なのだなぁ、なんて当たり前のことを考えてしまった。

◆ 中江有里の注目!
 NHK週刊ブックレビューを見ていたら女優の中江有里が出ていて、なんと藤沢周平の『海鳴り』を紹介していた。その後にじっくりと紹介された本が京極夏彦の『陰摩羅鬼の瑕』だったので、フクザツな印象でもあったが(笑)。
 しかし、この番組での彼女の本を語る表情はとても良かった。本が好きだという気持ちが、いっぱいに感じられたものだった。書くことに興味もあり彼女の書いたラジオドラマの脚本は賞を取ったりしている。
 オフィシャルなホームページ(http://www.yuri-nakae.com/)もあった。まだ仮サイトということなのだが、日記の文章はとても優しさに満ちていて、魅力的なものだった。このサイトがリニューアルしたらどんな雰囲気となるのだろうか。とても楽しみ。とにかく、中江有里という人に注目していこうと思う。
 それにしても、NHK週刊ブックレビューという番組、どうして総合テレビで放送しないのだろうか……。

■ ビデオ『御法度』大島渚監督 [WOWOW]
 むむむ。まあ、なんといったらいいのかな。あまりインパクトの感じない映画だった。主役の松田龍平クンも、パッとしないし……。逆に考えると僕にはゲイの感性というのは、まったく無いということなのかもしれないが(笑)。

◆ 特別でない風景
 街を歩いていた。いつもとは違う風景。けれど、東京の街なんて、どこも同じ風景であったりもする。そこは大通りで、バスが3台ほど連なって走っていた。車の音は当然のように騒がしい。特別なことではない。ありきたりのことだ。僕の隣を歩いていた男は煙草を吸っていて、僕は少し距離を開けようとしていた。
 道路の脇には当然のように建物がある。高層マンション。車は切れ目無く走っている。
 僕はそのマンションに住むということについて、想像した。たぶん、キレイな部屋なのだろう。観葉植物があって、掃除が行き届いている。それなりの年収があり、子供は私立の学校に通っている。防音はしっかりしていて、この車の音は聞こえない……。
 この道は深夜になっても車は途切れないのかもしれない。もちろん、こうした風景は何も東京だけのものではない。人口数千人の地方だって、道路がありその隣に建物はあり、うるさい中での生活というものがある。
 僕は、その道を30分ほど歩いていた。空は曇っていて今にも雨が降りそうだった。

◆ とある焼き鳥屋
「Webマガジン幻冬舎:だらしな日記」(http://webmagazine.gentosha.co.jp/lazy-diary/lazy-diary.html)は、とにかく毎回チェックしている。リアルな写真が本当にいいよね。さて、今回の2004年2月1日号 Vol.86を読んで僕は思わず涙が出そうになった。焼き鳥屋について書かれていたのだけど、池袋の「風林火山」の名前があった。実は前の日に、この店のことを考えていたのだった。僕がこの店で食べたのは2回くらいしかない。でも、美味しいし、たまらなくいい雰囲気なのよ。確か、寡黙な夫婦2人でやっているのかな。狭い店、小さなテーブルというか、板というか。いいんだよなぁ。店の前をいつも通っていて、また行きたいなぁと思っていた。
 この店、少し前に場所が移動してしまった。近くではあるのだが、なぜか違う店になってしまったのだ。もちろん、味は変わらないだろう。新しい店にはまだ行っていないが、そのうちぜひ行きたい。
 問題はこの風林火山の跡地だ。なんだかわからないが、その周辺に7件のラーメン屋ができている。有名な店を集めた、ひとつの企画の店なのだろう。たぶん、テレビで取り上げられ、有名になり、多くの人が並ぶのだろう。
 けれど、違うんだよ。この場所には風林火山があったのだ。なんだか、寂しい気持ちになっている。

■ 映画『ジョゼと虎と魚たち』犬童一心監督http://www.jozeetora.com/)[シネクイント]
 なんだか評判が良さそうなので渋谷まで観に行く。最初の方の映像なんて、なかなかのもの。
 どういう映画かというと、普通の恋愛映画だ。出逢いがあり、物語がある。特別な、とはあえて言いたくない。たぶん観た人は、自分の恋愛を振り返るのかもしれない。
 とても面白かったし、文句をつけるようなこともない。けれど、僕の感想を素直に言うならば、僕の時代じゃないんだなぁと思った。
 例えば、僕らくらいの時代の恋愛小説と言えば宮本輝の『青が散る』みたいな感覚だ。でも、これは今の時代ではないし、世代が違えば、その感覚は違ってしまうのかもしれない。もちろん、どの時代にも共通した感覚というのはある。[シネクイント]
 けれど、『ジョゼと虎と魚たち』という映画は、対象がはっきりしていて、ある人にとっては強く揺り動かされるものとなっているのだろう。

◆ 本への気持ち

 ある人と、田口久美子の『書店風雲録』について話をしていた。Sさんは出版社で雑誌の編集をしていた人だった。こんなにも本に対する愛情を持って仕事をしている人達がいるなんて、という共通の感想で話は盛り上がった。「私の周りにも、こうした本への気持ちがあったなら……」とSさんは話してくれた。もちろん、Sさんにどういうことがあったのか、それ以上のことは何もわからない。けれど、その眼はとてもキラキラしたものだった。

■ ビデオ『阿弥陀堂だより』小泉堯史監督http://www.amidado.com/)[WOWOW]
 できれば映画館のスクリーンで観たかった。それだけ素晴らしい映画だった。信州の自然の景色がふんだんに描かれている。それが、違和感のない、とても素直に感じられるものなのだ。
 物語は、夫婦が田舎に帰って暮らすというもの。医者である奥さんは身体を壊してしまっている。その回復のためでもある。そして、小説を書く主人にとっても回復の意味もあるのかもしれない。映画の途中でほんの少しだが都会の風景が映し出される。自分の暮らしている場所というものを、深く考えてしまった。

◆ 本棚改造プロジェクトの挫折
 押入れ本棚を改造した我が部屋の本棚はけっこう自慢だった。過去形というわけではなく、今も自慢ではあるけれど。しかし、安かった分だけ、問題はあった。数ヶ月経ってから、この問題が生じきてきたのだった。これはとても辛いことだった。もちろんこうしたことは本棚だけに限らないのだろう。人と人が付き合っても、後から「あーあぁ」と感じることは多い。
 何が問題だったかというと、板が弱かった。本の重さで、真ん中あたりが下に沈んでしまったのである。一番沈んでしまっているところでは5ミリくらい下がっている感じがする。つまり、見た目の状態で本棚全体がまっすぐでないのだ。オシャレじゃない。女の子を部屋に連れ込んでカッコよく振舞おうとしても、どうにも部屋が貧乏くさい。悲しい。僕の心までもが沈んでいく……。板の曲がった本棚、まっすぐにすることは出来ないものかとも考えた。けれど、難しいよなぁ。曲がった心というものは、困ったものなのだ。

◆ 趣味への時間
 最近買いたいけれど、どうしようか悩んでいるものがある。お店であれやこれやと眺めたりする。その触った感触を想像する。ああ。
 恥ずかしながら白状すると、プラモデルが欲しい。子供の頃はよく作っていたのだ。その頃の僕の本棚には、本はなく教科書とプラモデルが並んでいた。
 しかし、プラモデルというのはどう考えても時間がかかる。どうせ作るのであれば、カラーリングもちゃんとやりたい。そうなると何かと大変なのだ。読書夜話なんて書く時間は間違いなく少なくなる。そんなわけでどうしようか悩んでいるのである。
 ところで、プラモデルと言えば双月さんの「so-gets's page」(http://www.geocities.jp/so_gets16/index.htm)の「(そのときそこに)いた、見た、撮った」の「プラモカメラ」をクリックすると、もの凄い写真を見ることができます(笑)。

■ 映画『ミスティック・リバー』クリント・イーストウッド監督http://www.warnerbros.co.jp/mysticriver/) [T・ジョイ大泉]
 おすぎが絶賛しているということで観にいった。いや、参った。
 正直なところ、中盤あたりまでは普通の映画だった。もちろん、細部まで丁寧に作ってあるという感じは、強く伝わってきた。
 それにしても……。
 映画だけでなく小説でも同じだと思うけれど、対象となる年齢というものがあるような気がする。例えばこの映画を20代の人が観たとしても、3人の主人公達の気持ちはわからないのではないだろうか。僕はこの映画を観たことで、初めて自分の年齢というものを意識したように思う。確かに世代というものが違うのかもしれない。
 ある意味で、暗いテーマだ。こうしたテーマが多くの人に受け入れられるのだろうか。この物語は反則ではないかと思ったりもするが……。
 実はこの映画と高村薫の合田雄一郎シリーズとダブらせて考えている。登場人物の骨太さ、刑事の姿、出てくる風景など。似ているというわけではないけれど、同じようなテーマがあるように思えたのだ。天童荒太の『永遠の仔』とも共通のものがあるのかな。

 ちなみにこの映画、T・ジョイ大泉(http://www.t-joy.net/)というところで観た。スクリーンが9つもあるシネマコンプレックスなのだけど、さすがに観客席は素晴らしい。座席数はそんな数ではないけど、そのスクリーンの大きさ、音響、傾斜、全てが完璧と言っていい。これだけの映画館で観てしまうと、他で観るのが辛くなってしまうよね。ただ、ポップコーンの匂いには参ったけど。

◆ 大根おろしを食べながら
 大根おろしをよく食べる。納豆と共に食べるし、秋刀魚には欠かせないし、蕎麦にも入れる。たぶん、最近の一年間に食べた大根おろしの量というのは、僕の人生の中で70%くらいになっているのではないだろうか。
 しかし、最近僕はこの大根おろしで悩むことがある。納豆に入れるときは悩まない。ところが秋刀魚のときには悩んでします。料理のレシピには、「大根おろしの水気をしっかりきり」なんてことが書かれている。水気をきるということで、大根おろしは円錐形で皿に載せることができる。とても美しい。それはそれでいいのだ。けれど、そうなると汁が残ってしまう。僕はこの大根おろしの汁が捨てられないのである。もったいないではないか。しかし、水気をきらなければ円錐形にはならない。ひょっとしたら汁だけを何かの料理に使えるのかもしれない。もちろん、何かアイデアがあれば教えてもらいたいのだけど、一人暮らしだし、残った大根おろしの汁というのはほんの僅かだったりもする。ここで、僕は悩んでしまう。悩んでしまうと、秋刀魚も美味しくお腹の中に入っていかない。何かすっきりしない。
 見た目の良いものというのは、何かを捨ててしまうということなのだろうか。

◆ はじまり
 2004年の最初の月が終ってしまった。このひと月、数えてみると7回も医者に行った(複数のところ)。お見舞いではなく、自分が診察してもらったのである。薬も毎日飲んでいる。やれやれ。別に今にも倒れるような状態でもなく、酒を飲んだりしているが。それでも、やっぱりそんなに普通のことではないのだろうと、考えたりもしている。
 こんなことは10年前には考えもしなかった(笑)。まあ、四十を過ぎたら身体のあちこちにガタが来るよ、なんて言われたことはあったが。ふむふむ。ようやく僕も他の人の話を親身に聞こうという気持ちを持つようになってきているのかもしれない。でも、人生ということで考えるならば、まだ半分にも達していないところ(だと思っている)。
 身体のことを考えるようになってから、新しい人生が始まるんじゃないかなぁ、なんてことを考えていくなかでこの月が過ぎていった。



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