◆
TOKYO
「東京に何年住んだの?」と質問されるところがある。でも、答えにとても困ってしまうのだ。東京都以外の県に住んでいたりもしていたわけで、正確に言えば東京という場所ではない。それに、学生のときにも首都圏に住んでいた僕としては、東京というエリアに住んでいた方が田舎に住んでいたときよりも、ずっと長い。正直に言えば、落ち着くことのできる街でもあった。
もうひとつ、答えに困る理由がある。この数年間のごちゃごちゃしたお仕事の状況というのを早いとこ忘れてしまいということがあった(笑)。まあ、そういう心境だったのである。
しかし実を言うと、東京に何年住んだのか明確に答えることができる記憶のようなものがある。地方で一度就職して勤めていた会社を辞めて僕は東京という街に出てきた。引越しをしてから実際に仕事をするまで1週間くらいの時間があった。その時に、大葬の礼があり僕は新宿まで見に行った。ちょうど平成の時代の始まりだった。
僕が東京を離れるからといって、平成は終らない。当たり前だけど。
東京というよりも、住んでいた部屋がもう4年5ヶ月となっていた。実はこれは僕の人生において、同じところに住んだ最長記録になる。旅人の僕としてはちょっと長すぎる。引越す場所は別に隣町でも良かったのだけど、ひょいとジャンプしたらちょっとばかり距離のあるところになってしまったのであった。
そんなわけで、僕は東京を離れるのであった。もちろん、これから先がどうなってどうなるのかはわからない。全ては謎に包まれている。
■ ビデオ『三つの人生とたった一つの死』ラウル・ルイス監督 [NHK-BS2]
なんとも不思議な映画でよくわからなかった(笑)。もちろん、ところどころに魅力的なところはあったのだけど、まあ僕には、よくわからない種類の映画だったわけだ。
不思議な感覚だったのは、アツアツの恋人同士がいるのだけど、その女性はなぜか隣の部屋の男性と寝てしまうんだよね。他にもそうした話はあって、あっさりの仕方があまりにもあっさりと進んでいって。そういうものなのか、そこに哲学的な問題が絡んでいるのか、などなど考え込んでしまうのであった。
◆ おおきなサイズ
フレッシュネスバーガー(http://www.freshnessburger.co.jp/freshnessburger/index.html)に入り、ホットコーヒーを注文した。午後の2時くらいの時だった。久しぶりにパソコンを持っていて、あれやこれやと書きたいこともあったので、コーヒーはWサイズ(340円)のものにした。いつもは普通サイズばかりで、初めての体験だった。その大きさの凄いこと(笑)。どんぶりのようなコーヒーカップだった。ミルクとシュガーも2セットついている。確かにダブルサイズなのだと実感した。レギュラーサイズ(240円)では足りないな、と思うことが多いのに、いざデカクなるとびっくりしてしまったのだ。理想としては、このダブルサイズを半分に分け、1時間くらい後に持ってきてもらうと嬉しいのだけど(笑)。
◆ 応対というもの
引越に伴っての手続きというものをいくつか行なった。まだやっていないこともあるけれど(まあ、先は長い)。
電話での応対というのは、良いものもあり、悪いものもあった。役所関係も、いろいろだ。今回一番腹が立ったのは某電力会社だった。なんだかんだと僕は3人と話をすることとなった。3人とも自分の名前は名乗ってくれる。けれど、どうにもそこに責任感というものが感じられない。電話をしてもらうという約束をしても、全く無視される。忘れたか手違いがあったのかもしれませんと、ありきたりの返事しかない。なんとも機械的というか、こちらの気持ちを考えようとしてくれないものであった。もちろん、僕が話をした人というのがたまたまだったのかもしれない。
がっかりしたこともあったけれど、意外に(笑)株を上げたところもあった。なんと話題のYahoo!BBの電話応対。繋がるまでには時間がかかり、かなりイライラしたけれど、この数日間のあちこちの応対の中では断トツのMVPだった。2回電話したために、2人と話をしたのだけど、2人ともとても良かった。ちゃんと事務的な話ではあるのだけど、こちらの悩みに親身になってくれているというのかな、わかりやすくいうとスターバックスの店員さんのような雰囲気だった。ひとりには、やや本題から離れたYahoo!BBでの困りごとについて話をしたのだが、迷惑そうなそぶりも感じさせずに、とても暖かなものだった。単純な僕は一気にファンになってしまった(笑)。
そうそう、酷いところの話はもっとあった。見積に来てもらう約束をしたのに、何も連絡もなく来なかったところがある。関西に本社のあるとても有名な会社である。まあ、他にあまりの電話の対応がぞんざいで、途中でもういいです、と言ってしまったところもあったが。でも、約束しておいて来ない状態で謝罪もしなくても、会社って成り立っていくものなのですね。かんしんかんしん。
P.S.
どうしたわけか、Yahoo!BBは最終的にADSLが使えないということで、向こうから契約解除という話になってしまった。合計で10回近く電話でのやり取りがあったと思うが、いつも応対はよかった。人生とはこんなものなのだね。
◆ 外食でガッカリ
引越の当日、僕はけっこうイライラしていた。誰だってそうだろうとは思う。何らかのトラブルの一つか二つくらいはあるだろう。この日の一番のトラブルは、まだダンボールが来ない、ということだった。大方の荷物はダンボールに入れていたのだが(ちなみに本で25個くらい)、まだいくらか足りなかった。数日前に引越業者に持ってきてもらうようにお願いしていたのだが、届かない。前日に電話すると「翌日の10時までは必ず」と言ったのに、届かない。もう引越の当日なのである。仕方がないので電話をすると、「引越のときに持っていくのでそのときに詰めて下さい」と言われてしまう。ふざけるな、とかなり腹が立ったが、相手の方はその都度別の人なわけで、どう考えても親身になってくれている様子はない。最初の営業の人は「いつでも言って下さい」と明るい表情だったのに(笑)。でもこんなことで怒って引越業者とトラブルばかり抱えてしまうと、誰も僕の荷物なんて運んでくれなくなるんだよな。
なんとかお昼頃にダンボールを持ってきてもらい、残りの荷物の箱詰めを完了しひと安心する。
お腹が空いた。お昼を食べよう。夜はどこで食べられるかわからないので、たぶんこの街で食べる最後の食事になるかだろう。美味しいご飯が食べたかった。なんというか、普通のご飯を僕は食べたい気持ちになっていた。このところ、どうしても外食が多い。飲み屋で美味しいものを食べるのも、それはそれで楽しいのだけど、白いご飯が恋しかった。駅の近くをウロウロしていると、割烹料理の店のランチが目に付いた。日替わりで、この日は銀鮭に、小鉢が2つついている。一度も入ったことのない店だったが、地元ではそれなりに有名なところだった。僕はお店に入り、その日替わりランチを注文した。この街ではこんなふうに食事をすることはなかった。昼だったら、自分の家で食べていたし、休日のお昼などはパンを買って食べたりすることが多かった。夜にしても、飲むのであれば別の街で飲んだし、食べるのであれば自分の部屋での方が落ち着いてよかったということがあった。
でも、たまにはこうしてプロの料理を食べるのも楽しいものだ。僕はワクワクとそのランチを待った。
運ばれてきた料理はなかなか立派そう。小鉢はキンピラと温泉卵だった。まずは白いご飯をひと口食べる。ちゃんと美味しい。べちゃっとやわらかいご飯が多い中、さすがに割烹料理の店だと違うのだと関心する。そしてメインの銀鮭へと……。表面はまあ普通だった、ちょうど骨のついた大きなところだったので、骨を外してしまおうと、まずはぐっと箸を入れる。何かが違う。ずっとほぐしていくと、中はかなり赤みがかっていた。焼きたてのものであれば、それでも火が入っていて美味しいということもあるだろう。いつもしっかりと魚を焼く方の僕は、ほんとうの鮭の美味しい食べ方を知らないだけかもしれない。そんなことを考えて、まずはひと口食べてみた。うーん。どう考えても、これは焼けてない状態。僕は店員さんに、「すみません、これはこういうものなのですか」と、とても謙虚に聞いてみた。するとその店員さんはびっくりして「ああ、どうもごめんなさい」と言い出した。見た目でおかしいとわかる状態だったわけだ。彼女は最初は銀鮭の皿だけを取ろうとしたが、考え直し全ての料理を引き上げた。
それだけの大きな問題だったのだろう。どう考えても、焼き方が足りないというレベルではなく、焼けてなかった。
一度ぜんぶ引き上げてもらったことで、こちらとしても気持ちが和らいだことは確かだった。けれど、こうした状況で待つということも辛いことだった。一度、このようなトラブルがあったときには、店を出てしまうのも方法だろうなぁ、なんて考えたりもした。
やっとこさ、料理が運ばれてきた。しかし、銀鮭は新しいものではなく、さきほど僕がほぐしたものだった。ばらばらになっているのを、どのように焼いたのだろうか。状況から考えるならば皿ごとレンジでチンしたのかもしれない。目の前に運ばれてきた料理が、ぐちゃぐちゃのものというのはいくら自分でほぐしたといっても気持ちのいいものではない。当然のほうに、味噌汁も冷めている。
もちろん、生焼きの魚を客に出した場合、その対処にはいくつかの方法があるだろう。しかし、どう考えても、僕の好みの焼き方でなかったために焼きなおした、という銀鮭の様子だった。
じっと見て、僕は箸をつけることなく、店を出た。店員さんは驚いてはいたが、僕が怒って当然だろうという気配はあった。一応「お金は払いますか」と聞いてみると、「いや、いいです」という返事だった。でも、店長なり店の人を呼ぶまでには至らなかった。特に問題なく、ヘンテコな客が来たということで処理されるのだろう。
引越業者には電話しても無視されし、お昼は食べられないし、ああ、僕はそんなに悪いことをしているのだろうかと悩む。多くの人はこういう状態というのは、普通のことなのだろうか。何だか僕にばかり、こうしたことが起こるように思える。
この店が特別にひどいということではないのだろう。これが普通であって、大きな問題だと感じる僕の方がおかしいよ、という意見もあるのかもしれない。でもな、僕の場合、外食をするとほんとうにこういうことばかりなのだ。僕だけに降りかかることなのか、普通のことなのか。ああ。
◆
午後の引越
引越というと憂鬱になるのは引越業者との交渉である。当然だけど少しでも安い方がいい。けれど、交渉ごとというものが僕はからきしダメなのであった。明確な定価というものが決まっていたほうがどんなに楽だろうと思う。「うちは値引きは一切ありません。最初の見積が適正価格です」と宣言する会社はないのだろうか。
今回の引越で実際に部屋に来て見積をしてもらったのは2社だった。2社目のところで、「即決であればこの金額になります」と大きな電卓で示されたところで、決めてしまった(笑)。なんと僕は安易なのだろうかと思ってしまったが。でもまあ、最初に提示されたものから70%を下回る金額にまでなったのだ。このくらいだったら安い方からぁと思ってしまった。もうちょっと頑張って交渉したらあと5000円か10000円くらいは下がったかもしれないが。
でも、実際の作業をする人は大変だもんね。見積としては引取も届けも作業員は2名と書かれていたのに、実際は両方とも3名が来てくれていた。それでも、重い本に息を切らしていた。
安いとは思えたのだけど、実はギリギリのところだった。荷物をトラックに入れ部屋を引き上げてから新幹線に乗るつもりだった。引越の予定時間は「午後」という漠然な時間。実際にトラックが来たのは5時過ぎで作業が終ったのは7時半だった。なんとかギリギリで最終の新幹線に間に合ったのだが、ひと晩ホテルに泊まるしかないと思いながら引越作業を見守ったのだった。午後という時間は、あまりにも長いのだった。
■ ビデオ『レインメーカー』フランシス・F・コッポラ監督 [テレビ東京]
何も知らなくて観たのだけど、原作がジョン・グリシャムの『原告側弁護人』で監督がフランシス・F・コッポラという超豪華な映画なのだった。
アメリカの法廷ものというと、どうしても『アリー・myラブ』が僕の頭の中にあるのだけど(笑)、この『レインメーカー』は当然のことだけど、また違った良さがあった。主人公は大学を出たばかりの若い弁護士、若いだけに裁判はそんなにうまくいかない。何度も負けそうな状況になる。見ている方も、もう少しうまい対処の仕方があったのではと感じる。そうしたところがこの映画の魅力的なところだろう。
どこからどこまでが、グリシャムらしさ、なのか、コッポラらしさなのか、特に最後の方で謎が残った(笑)。できれば、パート2を観てみたい。原作がどうなっているのかはわからないけど。
◆ 紐を結ぶ
何年かぶりかで引越というものを体験した。前回の引越というは都内から都内への移動であり、今回の引越はそれなりの長距離のため、簡単に比較はできないかもしれない。けれど、引越の仕方というものが変わったのだと感じざるを得なかった。決して引越の作業を行なった人や、その業者に対しての文句ということではない。時代の流れを感じたというのが一番適当かもしれないが。
僕がまだまだ子供の頃、親の仕事の関係で、引越というものはかなり身近なことだった。なにしろ、二十歳くらいまでに10回くらいの引越というものを経験している。それからも、数年であちこちと引越を繰り返していた。
そうした中で僕が感じていた「引越の経験」というものが何かというと、それは「紐の結び方」だった。ほとんどの荷物は昔からダンボールに積めたわけだが、重そうなものには紐をかけていた。大きな荷物というものも、毛布で包み、その上で硬く紐を結ぶという、職人的な技があった。その紐は持ち手にもなり、いかにしっかりと結ぶかがとても重要なことだった。
しかし、今回の引越作業において、業者の作業員は1本の紐も使わなかった。毛布も使わなかった。大きなボール紙のシートと、ビニールパッキンで覆い、その上をガムテープでぐるぐる巻きにしていた。まあ、それだって大変な作業なわけで、文句をつけるようなものではない。しかし、大量のボール紙とビニールパッキンは、使い終わったあと、捨てるしかないはず。使われている時間はせいぜい数十時間である。
引越というものは、この数年便利になってきた、らしい。大量の本を抱えた僕は当然便利な方がいい。引越の作業の仕事が大変なことには変わりは無い。けれど、何とも寂しい気持ちが残った。
◆ ゴミの分別
新幹線の中ではよくわからないことに出会う。そんなに特別視することでもないのだろうとも思う。けれど、突き詰めて考えているの? と問いたい気持ちが出てきたりする。
液晶の案内掲示板には、分別ゴミのご協力ください、というものがあった。燃えるゴミとそうでない空き缶などとの分別という意味だろう。僕はその案内が出たとき、駅弁をちょうど食べ終わったところだった。最後に食べた沢庵の漬物を分けるものには「プラ」という表示があった。単純に考えて燃えないゴミである。駅弁というものを考えた場合、燃えるゴミと燃えないゴミとが、実に微妙に混ざり合っている。ではこの新幹線の「分別ゴミにご協力ください」というのはどこまで厳密の協力したら良いものなのだろうか。分別の仕方というのは、その地域によって違ったりしている。ある地域では燃えないゴミでも、ある地域では燃えるゴミとしての処理が可能なところもある。缶やビンであれば、誰にだってそれなりに判断できる。しかし、駅弁というものは、その中のひとつひとつが別れているのだ。先ほどの「プラ」と表示されたものを、燃えないゴミとしてどこかへ分けて捨てなければならないのだろうか。こうした質問を駅員さんに質問したとき、ちゃんと答えてもらえるのだろうか。仮に新幹線が本気でゴミの分別を考えているならば、その判断基準をわかりやすく表示すべきである。そして、駅弁に関してもその弁当の中であれやこれやと混在したものではなく、駅弁は全て燃えるゴミとなるような作り方をすべきである。
中途半端なことを、中途半端にお願いしても、誰も相手にはしないと思うのだ。
◆ 何とも難しいこと
「本を読むなんて、暇な人のやることなんだ」とある人に言われてしまった。生活というものは、何だかんだとやることがあり、忙しい。楽しみの時間なんてのは、1日のうちにそうあるものではない。本なんて読んでいる人の部屋は散らかっていて食事だってちゃんとしていない……。
こうした意見について、あまり反論する言葉を持っていない。まあ、僕の場合は何だかんだよりも、本を読むことの方が重要だという人生がいいと思っているわけだが、こんなことはほとんどの人には認められない。そうやって僕は変わり者の人生を歩むことになる。やれやれ。
◆
冷蔵庫を洗う
冷蔵庫の掃除をした。購入したのは4年半ほど前。これまで一度も洗われることはなかった。考えてみればカワイソウだった僕の冷蔵庫。毎日生活を共にしている大切な、大切な存在だった。何度も抱きしめたいと思ったくらいに。僕の腕ではあまりにも大きな存在だったけどね。
まずは中の部品となるものを取り出す。ごしごしと本体なる部分の汚れを拭き取る。真っ白になるのは気持ちがいい。それから、部品というか、プラスチックのケースなどを洗う。4年半の食べ物の残骸が化石となっている……。
太陽の下でそれらを乾かした。なんとも言えない気持ちよさだった。
冷蔵庫というものは実は日陰の存在だった。太陽の光をほとんど浴びることはない。こんなにも白くキレイな、包み込むでくれる存在なのに。ときには、冷蔵庫にもこうした休みの日というものをあげたいものだと思った。
◆ 学生服の詰襟
甥っ子がこの4月に高校生になった。彼は中学のときにはブレザーだったので、初めての詰襟の学生服だった。少し大きめのサイズは、見ていても初々しい。これが学年が進んでいくにつれてラフになっていく(笑)。
僕らに時代でのことを簡単に言うと、途中から詰襟のカラーを外すようになった。
ところが……。よくよく話を聞くとこの学生服にはカラーなるものは存在しないのだった。どう考えても、見た目的には白いカラーがある。しかし、それは学生服の詰襟と一緒になっていたもの。詰襟の上部のところが白くなっているのだ。僕らのころには、こんな学生服はなかった。詰襟に、プラスチックの白いカラーは、今になって考えてみても社会人のネクタイ以上に窮屈なものだったのに。いつから、どのくらいの割合で学生服がこのようなものになったのか、調べてもいないので全くわからない。甥っ子はそうした昔の学生服について、全く何も知らなかった。
■ ビデオ『ロビンソン・クルーソー』ジョージ・ミラー監督 [テレビ東京]
正直なところ、西欧の人間が無人島に行くというお話は僕にはうまく馴染めなかった。現地の住民が出てくるのだけど、最初から凶暴だという雰囲気しかないみたいで。それでもこの話では主人公は、自分が培ってきた価値観ばかりでない世界があるということに気がついたような雰囲気はある。でもなぁ。
実はかなり残酷な映画である。人が死ぬ場面がいくつもある。見方を変えれば、殺しているわけだ。例えば仮面ライダーでこういう場面を見たのであれば、それはそれで割り切れるのだけど。
◆ 自由価格
証明写真を撮りに行った。特に理由はないけれど、写真店で撮ることになった。どんな風にして撮っても、顔が悪いのは諦めているので(笑)出来上がりに関してはどうでもいい。気になったのは、その値段だった。けっこう明るいおばさんだった。最初は「2000円です」と言った。でもすぐに「でも、おまけして1500円でいいですから」という話になった。通常2枚の写真は、もう1枚のサービスもついていたのである。そしていざ財布を出しお金を払う直前に、「1300円で」という話になった。証明写真の相場がどのくらいなのかはわからないが、言い値で決まるものだったとは。もう少し粘ってお世辞を言うなり、交渉するなりしたならば、もっと安くなったのだろうか。
■ 森達也著『池袋シネマ青春譜』(柏書房)
僕の個人的な考えを言えば、ノンフィクションを書いている人に小説というものを書いて欲しくはない。何か中途半端になってしまうように思える。実際にそうした本を何冊か読んだことはあるが、あまり面白くはなかったという印象が強い。
しかし、この本はいい。小説として、そんなに上手いという出来栄えではないだろう。まさに、八ミリ映画みたいな雰囲気に満ちている。稚拙だな、と感じる部分もある。でも、そこが青春なんだよなぁと思えてしまうものを持っているのがこの本なのだ。僕なんぞ、この本の青春物語に比べたら何も無かったようなものだ。それだけに羨ましい気持ちもある。何かを目指し、悩み、吐くほどに酒を飲んだり。
あまり大きな声では言いたくない。酒を飲みながら、けっこう酔ったところでこっそりとこの本の話をしたい。
◆
手紙
引越してきてから初めて手紙をもらった。もちろん僕の新しい住所がわかるはずもなく、前の住所からの転送されてきたものだった。断っておくがガン保険のお知らせではなく、水道料金の通知でもない。便箋に1枚、バランスよく丁寧に書かれたものだった。直筆であった。パソコンでの印字が当たり前になっている世の中だけに、感激してしまった。自分のことなんて言っても比べようもないとは思うが、僕が直筆でこうした手紙を書いたならば、丸々1日くらいの時間が掛かってしまうかもしれない。
それにしても、どう考えても手紙という存在は凄いものだと思う。なにせ、手紙の読者は僕ひとりだけなのだ。僕だけのために、僕のことをずっと考えて(笑)、時間を費やしてくれたのだろう。ああ、何という素晴らしいことなのだろう(笑)。よくよく読むと、僕のことだけ、というわけでもないようにも思える……。でもまあ思い込ませてもらってもバチはあたらないのではないかなぁと。むにゃむにゃ。
とにかく僕は、何度も何度も僕はこの手紙の文章を読んだ。僕の新しい生活を祝ってくれているのではないか、なんて勝手に思いながら。
■ ビデオ『恋におぼれて』グリフィン・ダン監督 [WOWOW]
なんだか気分が冴えない。こういうときには、カラリとしたラブコメディなんぞを観たい思ってしまう。わかりやすく言うと、『ユー・ガット・メール』みたいなやつ。それで、メグ・ライアンの映画を観ることにした。
楽しい映画だった。ちょっといつもとは違ったメグ・ライアンもいい雰囲気だ。何よりも良かったのは、あの部屋。廃墟となっているビルに2人が住み着くのだけど、そのオンボロがオシャレなのだ。ハッキリ言ってしまって、この部屋はストーカー基地のようなものなのだけど(笑)。壁に、隣のビルのマンションの一室の映像が映し出される。これはぜひ一度やってみたいと思ったりして(笑)。
難しい理屈は抜きで、映画は楽しいと思えるのだった。
◆ 図書館
新しく行った図書館で図書カードをつくり、さっそく本を借りた。これからはできるだけ本は買わずに、図書館で借りることにしようと考えている。
あまり大きな図書館ではなかった。どう考えてもこの街の人口には釣り合わない。でも、コンパクトにまとまっているという言い方はできるかな(笑)。人も少なく、それなりに落ち着ける雰囲気はあった。借りるだけでなく、この場所で本を読みふけるような時間を持つのもいいかもしれない。
小さな図書館ではあったけど、嬉しい驚きもあった。なんと、ビデオがけっこう置かれている。NHKの「プロジェクト×」がけっこう揃っているではないか。あと旅関係のドキュメンタリーのシリーズなどがけっこうある。そうそう「ディベート入門」みたいなビデオもあった。写真をよくみると、知り合いが映っているような。とにかく、ぜんぶ見るとすると、かなり大変かもしれない。でも、どうしようかと悩むのであった。
実はこの図書館、他にはあまり無いかもしれない特徴があった。図書館自体が小さいために、ということもあるのだろうけど、「図書館学習室」なるものが存在している。この図書館の入っている建物の他の部屋が学習室となって、自由に勉強とかに使っていいですよ、となっている。大学や予備校なんかの教室のようなスペースが図書館学習室となっていると考えてもらうとよい。ちなみに、パソコンも使用可なのでこの文章はこの学習室で書かれている。
図書館の机というのは、よく勉強禁止とかパソコン禁止とかあるけど、こういう部屋を設けてもらったら何も問題はないんだよね。静かでとても良いのだけど、僕を含めて4人しかいないみたいだ。もったいないスペースだよな。東京だったら考えられないだろう。
■ ビデオ『星に想いを』フレッド・スケピシ監督 [WOWOW]
なぜかこの映画、アインシュタインが出てくる(笑)。なんとも風変わりな映画だった。あまりメグ・ライアンらしくないんじゃないかなぁというのが僕の感想。うーん(笑)。まあ、こういう映画もあるのだろう。
■ 馳星周著『クラッシュ』(徳間書店) [図書館]
久しぶりに馳星周の小説を読みたくなってしまった。考えてみると数年ぶりになるのだろうか。読みやすく、楽しく読むことができた。しかし、うまく言えないがまだまだ物足りない。この人はもっと凄い短編小説を書ける人ではないだろうか。僕の希望としては、この人にはもっともっと短編を書いて欲しい。密かに活躍を期待しているのである。いまでも十分に活躍しているのだろうけど、10年、20年先になっても読んでいたい作家なのだ。
◆
クロスバイク
自転車を買ってしまった。前から欲しい欲しいと思って、やっと買ったのだった。どういうタイプにしようかはけっこう悩んだ。最後には自転車店のオヤジサンの意見にしたがって、ドロップハンドルにしたのだった。
最初に乗ったときにはめちゃくちゃキンチョウ(笑)。だいたいにして、ギアの使い方も満足にわからないのである。24段階のギア。そして何といっても、その前傾姿勢(笑)。目線の先にすぐ地面があるみたい。乗ったことはないけれど、F1マシンに乗った感じも、地面に対しての感覚が違うのだろう。
最初は交差点で曲がるときに、自転車から降りて歩いて渡るような状態だった。街中を走るときは、大変なのかも。けれど、クルマの少ない道を風を切って走るのは確かに気持ちの良いものだった。顔をぐっと上にあげないと、風景は見えないけれど(笑)。しばらくは、自転車ライフだ。
しかし、この自転車。僕のはクロスバイクという種類のものだけど、大きな問題がある。はっきり言ってケツが痛い。自転車店のオヤジサンは「お尻が痛くなると思うけど、それは慣れてください」と有無を言わさない口調で、静かに、平然と言うのだった(笑)。風を切って走るのには、大きな苦労があるのだね。
■ ビデオ『ニューヨークの恋人』ジェームズ・マンゴールド監督 [WOWOW]
立て続けにメグ・ライアン主演の映画を観る。WOWOWで特集をやっていたときに録画したビデオなのだけど、こうやって続けてみるのもいいものである。
この映画はなかなかのお薦めだった。最初はよくわからない話だった(笑)。けれど、急展開してからがオシャレで本当に楽しい。マンションの雰囲気、バルコニーでの場面なんかは最高である。メグ・ライアンも期待を裏切らない。
いわゆるSFのタイムトラベルものなのだけど、エスエフっぽくないところがいいのではないだろうか。
考えれば考えるほど、この映画の深さを感じる。多くの要素が入っているのだけど、妥協することなく、かなりレベルの高い作品となっている。このジェームズ・マンゴールドは注目して、いろいろと観て行きたいと思う。
でも、このお話はこの後、どうなってしまうのだろうかという疑問がないではないが(笑)。愛というのは、そんなにも強いものなのか(なんて言ってしまった)。
◆ 本を読むということ
僕の本棚を見た人に、「読んだ本は全て覚えているの?」と聞かれてしまった。「読んだの?」という質問にはすぐ答えられるが、この質問の答えはちょいと難しい。ハッキリ言ってしまえば、読み終わったところでその内容なんで忘れてしまっている。でも、質問をした人の考えというのは「本を読む」=「記憶に残す」ということなのだろう。でも本を読むということは、ちょっとばかり違う。内容は忘れてしまっても、残るものはある。その残ったものを説明するのはどうにも難しい。ためになることがあった、なんてことは決して言いたくない。そんなに簡単に答えのでることではないのだろと思う。ひと言で言えないからこそ、長い長い物語になるのだろうし。
その日は1日中、このことが頭から離れなかった。夜、僕は日本酒を飲んでいた。つまみにはアーモンドを食べていた。酒を飲むと、考え事というものはいい方向に行くのだろうか。少し前に飲んだ焼酎の紅乙女(38度のゴールド)のことを思い出した。ストレートで口に含むと、ふわっととした香りが広がっていく。美味しいモルトウイスキーなんかでも、同じような感覚を味わうことができる。
本のタイトルを言われて「どういう香りだったの?」と聞かれてもよく思い出せなかったりするかもしれない。でも、そのビンを見たりすると飲んだときの、その感じの記憶が蘇ったりするだろう。
本を読むというのは、このふわったした感じなのではないだろうか、と僕は思う。アルコールというものは、何かの栄養があるとかそういうものではない。ほんの一瞬かもしれないけれど、ふわっとした香りを楽しみ、心身ともにリラックスするということなのではないかと。
これでもうまく説明できているとは言えないだろうけど、酒を飲みながら少しずつ考えていきたいテーマとしよう。
■ ビデオ『ピンポン』曽利文彦監督 [WOWOW]
ピンポンというか卓球が好きな僕はこの映画にとても注目していた。卓球はもっともっとメジャーになっていいスポーツだと思っている。試合だって、じっくり見たらとても面白い。クールなカットマンというのも、密かにカッコイイと思っている(笑)。
しかし、この映画が卓球の魅力を十分に表現していたかというと、疑問に思うというのが僕の正直な感想だった。かなり評判の良かった映画だったと思うが、何だかよくわからなかった。窪塚洋介の叫び声ばかりが何だか頭に残って(笑)。
原作はもっと面白いのだろうか。とにかく、卓球にはもっと頑張って欲しいのであった。
◆ 遅筆堂文庫
自転車で走って、約50分というところだろうか。まあ、それだけ走るというのはかなり疲れるけど(笑)。
フレンドリーパークという建物の中に遅筆堂文庫はあった。ただ、町立の図書館と一緒にあるので、ちょっとばかりよくわからなかったりするが。図書館の中に入ったところは、ソファーなどがありゆっくりできるスペースとなっている。あと、子供がゆっくりとできるスペースが多く取られているのが特徴的だった。
1階の左側の部屋のところに「遅筆堂文庫」と書かれている。ちょうど入り口の左手のところに絵があった。「藤沢周平のすべて」に載っていた「海坂藩・城下図」の原版である。直筆のものに、感激する。あとは、いろいろな作家の色紙その他が飾られている。多くの作家の人などがこの遅筆堂文庫に来ているみたいだ。中へに入ると、右側の方の棚には井上ひさし自身の本・文章を書いている雑誌などが置かれている。かなりの量だ。その左側には本棚がいくつも並んでいて、細かなジャンルで多くの本が並べられている。ほんの数冊しかなかったのだけど、多くの付箋紙が付けられている本がある。付箋紙にはメモが書かれている。そのページを開くと赤線も。一冊の本をこれだけ丁寧に読んでいるのかと、少しばかり驚く。
僕はこのスペースでしばらく本を読んでいた。
この部屋から外に出たところにも山のように本はある。普通の図書館のように貸し出しができる。本の裏側を見ると、バーコードのシールに「遅筆堂文庫」と書かれてあった。
ちなみに、2階が町立の図書館となっていた。ここもとてもゆったりとしたスペース。平日だからということもあったのだろうが、人は少なく東京では考えられないような雰囲気だった。
■ 金子達仁著『秋天の陽炎』(Number文藝春秋) [図書館]
実はこの本、遅筆堂文庫でぜんぶ読んでしまった。貸し出し不可のもの。つまりは、井上ひさし所有の本。まあ、実際に彼がこの本を手にしたかどうかはわからないが。遅筆堂文庫の特別エリアみたいなところがあって、その中にはちゃんと本を読む場所もある。静かでとてもいい雰囲気だった。たぶん、僕がこの本を読み終わるまでの間、この部屋には僕以外の人は入ってこなかったように思う。
1999年11月21日のゲームが中心に書かれている。場所は大分市営陸上競技場、公式発表では15,702人の観客が観ていた。モンテディオ山形を迎えた大分トリニータのJ2最終戦。J1昇格をかけての大一番。1点リードで迎えたロスタイム。このまま試合が終ったならば、トリニータはJ1に上がることができた。しかし、ロスタイムにモンテディオが1点を入れる。最終的に1対1の同点で終わり、トリニータの昇格が目前で消えてしまったゲームだった。
トリニータの石崎監督は、前のシーズンにはモンテディオの監督だった。監督だけでなく選手の何人かも移籍していた。それだけに、モンテディオは目の前で胴上げさせるというだけでなく、どうしても負けたくない一戦だった。
両チームの監督、何人かの選手、そして越山主審など、いくつかの視点からこの本は書かれている。
金子達仁はあとがきで「似たような状況」としてアトランタオリンピックの取材をあげている。どうしても、J1という上のリーグばかりが取り上げられる。しかし、上を目指すJ2だからこそ、目立たない誰も知らないようなところこその人間ドラマというものがあるのかもしれない。
ちなみにこの本の帯には著者の「この作品を書くためにライターになったのかも」という言葉が書かれてあった。
◆
走る
クロスバイクを走らせて思うことがある。東京でだったら、走るところがないな、ということだ。クルマがどんどん走り、信号機でしょっちゅう止まらなければならないような道で走っても、全く面白くはないように思える。
田舎の道は比較的走りやすいところは多いけれど、それでもダンプカーなんかが脇を通っていくときには、かなりの緊張感がある。ほんとうに、自転車で気持ちよく走れる道というのは、そんなには多くないのだろうなぁと思うのだ。
それにしても、ケツが痛い(笑)。腕もかなり疲れる。「まわりはいい景色だろう」と言われたりするけど、アスファルトの小石とか切れ目が視界に入るばかりだ。想像していたほど、楽しいものではないのかな……。でも、10キロとかの距離をママチャリで走るのはたぶんもっと疲れるだろうとは思うしね。
まあ、風に当たって「走っているな」という感じはとてもあり、そこがいいのだろうなぁと思っているところだ。
■ ビデオ『あいつと私』中平康監督 [NHK-BS2]
1961年の日活映画である。石坂洋次郎原作で、石原裕次郎が主演。名前だけでなく、凄い映画だった(笑)。どう表現したらいいのかわからないのだけどね。ジョークに古さがあるのだけど、今観ると新鮮に感じられたりするところが、何とも凄いのだ。原作は読んだことが無かった(メイビー)けど、衝撃的な話でもある。石原裕次郎演じる主人公の育ち方が凄いのだ。2004年でもメチャクチャな話はよくあるけど、それよりも凄い。
まあ、たまにはこうした少し古めの映画を観るのも楽しいものであった。
◆ 暦の話
ときどき手に取りたい本がある。最初から最後まで読み返すというわけではない。数ページの前文だけを、ちらちらと読み返す。いや、眺めているだけかもしれない。その前文のタイトルは「飾り棚のうえの暦に関する舌足らずな注釈」という。
現在、世界では多くの暦が消滅してしまっている。バビロニア暦、大インカ暦など、知らない名前も多い。私たちは通常、西暦と呼ばれる世界の中で生きている。西暦というのは、グレゴリオ暦というものなのだという。世界はこの暦の中で、同じ時間を歩んでいるかのように多くの人は思っているのかもしれない。でも、よくよく考えたならば暦なんてものは勝手なものだ。1年というものはそれなりに自然の法則から計算されたものなのかもしれないが、今年が2004年ということに、どういう意味があるのかなんてよくわからない。けれど、今年が2004年であった方が何かと便利であることは否定しない。ヨーロッパのサッカーを見るときだって、MLBを見るときだって、それぞれの国で違う暦だったら混乱していまう。
しかし、世界中全ての国や地域がこのグレゴリオ暦の元で生活しているかというと、そうれはないらしい。中東イスラム圏、今話題となっている地域でもある。
「イラン・イスラム革命はグレゴリオ暦のなかで産みだされた近代主義への否定だった。」とこの前文には書かれている。
もちろん、どうして今の中東に様々な原因があるのかなど、よくわからないし、難しい問題があるのだろう。しかし、世界にはいくつもの暦、違った時間の流れのようなものがあるのだろうと思う。なぜ西暦という暦を私たちは使っているのか。
この本は船戸与一の『砂のクロニクル』(毎日新聞社)という。1991年の秋に発行された。当時の地図には、ソヴィエト連邦という名前がある。けれど、この本に書かれていることに古さは感じられない。たかだか10年ちょっとで新しいとか古いとか言っていることがおかしいのかもしれないけれど。
■ ビデオ『UNloved(J・MOVIE・WARS 5)』万田邦敏監督 [WOWOW]
タイトルだけではどう映画なのか全くわからなかった。制作は2002年なのに、なんともレトロな雰囲気。でも、とてもいい映画だった。ちょっと変わった映画なのかもしれないけど、ある意味ではもっともストレートなのかな。かなりお薦め。良いです!
何の変哲もない恋愛映画である。お金持ちの勝ち組の男性と、貧乏で満足に夢も持ってないような(夢はあるかもしれないが現実的ではない)男性の2人がいる。森口瑤子演じるキレイな主人公の女性は後者を選ぶのだ。少し真面目すぎるんじゃないか、と思うくらいの印象もある。でも、生きることにとても誠実さがあって、惹かれてしまうのである。2人の男性と、多くの会話がある。喧嘩になったり、傷ついたりもし、ある意味では普通の会話なのだけど、そこがいい。考えてみると、こんな風に普通の会話が真っ直ぐに投げかけられている映画というのはあまり無いように思える。
この監督がこれからどのような映画を撮っていくのか、とても気になるところだ。
やや話は逸れるが『神田川淫乱戦争』というピンク映画を観たい気持ちになってきている。
万田邦敏という人は、立教大学の映画サークルで黒沢清と一緒に活躍していたという。黒沢清の商業映画デビュー作がこの『神田川淫乱戦争』で、万田邦敏はその助監督だった。この映画の出演者の名前には森太津也(森達也)という名前がある。彼は色情狂のサラリーマンの役を演じている。
黒沢清や万田邦敏と同じく立教大学の映画サークルにいた森達也が出演した映画はこれが最後のようだ。彼はこの後、いくつかの職業を経験し、映画『A』『A2』というドキュメンタリー映画を撮ることになる。森達也が最近出した『池袋シネマ青春譜』(柏書房)という小説には、この映画のことが詳細に(股間の毛を剃ったことなど)書かれている。
なんだか、森達也と映画『UNloved』とが重なってみえてくるのであった。
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岸本葉子著『歳時記を生きる』(中央公論新社)
大切に、大切に、僕はこの本を読んだ。東京から離れた僕は、季節というものへの意識がやや変わってきているところだった。周りには緑の木や花がある。嫌でも目に入ってくる。こうした中で、生活というものを考えると岸本葉子の言葉はまた重みを増してくるように思える。
1年の暮らしを、綴ったという感じの彼女の文章はとても心地よいものだった。5月の洗濯機の話なんて、あまりにもリアルなのだ。説明書を見て「つけおき三分→脱水十秒」とかということに悩んだり、原稿を書いている姿というのを想像してしまうと、なんだか楽しくなってしまって。
11月の湯治の話も面白かった。湯治というものにはちょっと興味がある。伊香保に行きたいなぁと思って読んだ。
■ ビデオ『居酒屋兆治』降旗康男監督 [WOWOW]
なんという渋い映画なのだろう。観終わったあと、居酒屋で静かに飲みたくなってしまった。この映画、こんなにいい映画だったとは。高倉健演じる主人公は元サラリーマンである。リストラをする側に仕事になったとき、会社を辞めてしまったのだ。そして、少年の頃には野球選手を目指していた。奥さんはとてもいい感じだ。居酒屋の女将さんとしてもいい。夫婦で店をやっている姿はとてもいい。しかし、高倉健を愛する、かつての恋人がいるんだよね。
全力でのピッチングで、肩を壊してしまった恋愛という感じがする。真っ直ぐで、たまらなくいい。しんみりと酒を飲もう。
◆ 冬のソナタ
話題のドラマ『冬のソナタ』を毎週見ている。一番の感想は、「これって少女マンガとおんなじじゃないの」というものだった。あのチュンサンの超超優等生で格好いい姿といいあの眼の輝きというのは、昔見た少女フレンドや少女マーガレットの世界のように思えてならなかった。あと、幼馴染の男の子の友達がいたり、主人公はちょっと大人しい感じで、お友達は派手でちょっと性格が悪くて(笑)とか……。たぶん、このドラマを指示している人達って、そうした世代ではないのかな。これだけ、痒いところに手が届くような徹底的な設定のドラマであれば、それはそれで凄いのだ。この究極的とも言えるこだわりが韓国ドラマの凄いところかなぁなんて思えてしまった。
だんだん乗ってきたので、ちゃんと最後まで見届けるつもりでいます。
■ ビデオ『<39>[刑法第三十九条]』森田芳光監督 [日本映画専門チャンネル]
実を言うと、森田芳光の映画というのはそんなに好きではない。まあ、相性が良くないのかもしれないけど。
でも、この映画は惹かれる部分がかなりあった。この監督の持つ映像センスが、内容とうまくマッチしていたように僕には感じられた。
ところでこの原作者の永井泰宇って、あの永井泰宇なのか。
■ ビデオ『黒い家』森田芳光監督 [日本映画専門チャンネル]
立て続けに森田芳光監督の映画を観る。しかし、貴志祐介の 原作を読んでいるので、どうしてもその面白かった記憶と比較してしまって……。原作はとても怖くて凄かったもんなぁ。
原作を読んでいなかったならば、違った感想があったのだろうか。
あとから出演者の名前を見ると、町田康なんてのがあった。あの刑事だったのか。いい雰囲気だった。
◆
お花見
ひとり自転車に乗ってお花見に行った。片道で1時間半くらいのところにあるその公園は、それなりに桜の名所でもある。東京などからの観光バスも来ていた。平日のお昼で、当然そんなに人が多くいるわけではない。山いっぱいに桜が咲いていて、とこどどころにビニールシートが引かれ、とてもいい雰囲気のお花見が行なわれていた。
ただ眺めるだけ、と思っていたのだが、やっぱり花見で一杯しなければお花見とは言えないだろう。なんと僕は人生をわかってない奴だったのかと思い、ワインを買って桜を眺めながら飲んでいた。ここは芝生のある山である。ここで横にならないことには、この芝生に対して失礼である。僕はしばらくお昼寝をすることになった。このときには自転車もそのまま横に倒し、一緒に休むことにした。自転車にとってもいい時間だったのではないかと思う。
それにしても、女性だけのお花見宴会というのは楽しそうである。会社の制服姿なので、お昼休みを少し長く取ってのランチなのかもしれない。その反対側に、野郎同士の酒飲みグループがあるのだ、何かわびしい風景なのであった……。
桜というとソメイヨシノのような鮮やかな色のものこそがきれいだと信じていた。けれど、この山の桜は大人しいような色をしている。強い主張はないけれど、自然の風景と調和している色のように思える。これまで僕が見ていた桜というものが、人工的なものであったようなという言い方をしたならば、やはり言いすぎだろうか。
■ ビデオ『ハッシュ!』橋口亮輔監督 [WOWOW]
なかなか味のある映画だった。ゲイの男2人とちょっと変わった孤独の女性が出てくる。かなり普通ではないやり取りが出てくるのだけど、妙に面白い。そして、男達の家族との絡みが面白い。どんな生き方をしても、親兄弟に受け入れてもらえないことはあるのと思う。
この映画を観た人は、ぐさりと胸にくるものがあるのではないだろうか。あんまりゲイというのは関係ないように感じたけど。とにかく、ぜひ観て欲しい映画だ。
◆ 文章の進化
単に僕があまり意識していなかったからかもしれないけど、いわゆる迷惑メールというものが少し変わってきているように思う。例えばこうしたメールというと「18禁もろ×××」とか「人妻の×××」とか「OLが×××」とか直接的な表現が多かったのではないだろうか。
でも、一見普通のメールにしか見えないようなタイトルと文章が多い。「お久しぶりです。ユキコです」なんてメールをもらったりすると、ユキコさんって、どの人だったかな、なんて考え込んだりしてしまう(笑)。「おめでとうございます。当選されました!」なんてメールも素直に喜んでしまうし、「4/30までの必着メールです」なんてあると、何か忘れていたのかなと焦ってしまう。
ある意味で、魚釣りみたいなものかもしれない。メールをもらう方は魚なのだ。工夫された美味しそうな餌があっる。魚だって、腹の減っているときはあるだろう。
魚を釣る側の餌の工夫もどんどん進化していると考えられる。携帯メールなんかは、短い文章で人を惹きつけることができるかが決まる。数文字だけの究極のコピーとも言える。迷惑メールというのは、面倒で嫌だけど、ちょっと工夫された文章力の高いものは、読むのも楽しいかもしれないと思えている今日この頃であった。
■ ビデオ『千年女優』今敏監督 [WOWOW]
この映画評を見てみると、めちゃくちゃ評判がいいみたい。日本だけでなく、世界的に。しかし、僕は全くわからなかった(笑)。ひえ〜っ。もう一度観た方がいいのかな。映画館でじっくりと観ると違うのだろうか。ちょっと考え込んでしまっている。映画というのは、観る方だってちゃんと観なくちゃいけないんだよね。うーん。
◆ ドラマあれこれ
新しいドラマが始まって、だいたい3回目くらいにはなったのかな。そろそろ見るドラマと見ないドラマとが決まってきた。いくつかのドラマについて語ってみたい。
最初はツマラナイだろうと思っていた「オレンジデイズ」がけっこう検討しているのではないだろうか。妻夫木聡とトゲのある女性というと、映画『ジョゼと虎と魚たち』と比べてしまう。「オレンジデイズ」はこの映画の良さをうまくテレビ的にアレンジしているように思えた。つまり、ジョゼがだんだんいい映画だったという気持にさせてくれてるわけでもあるが(笑)。あと個人的な好みで申し訳ないのだけど、柴崎コウはちょっと僕の好みじゃない。それにしても、白石美帆は素晴らしい(笑)。
「愛し君へ」もそれなりに検討しているのかな。もう少し第1回目の態度の悪そうな雰囲気が続けば良かったと思うけど。いい子になってしまうと、とたんに人の魅力が無くなってしまうみたいで。それにしてもこのドラマ。まあまあいいのだけど、このタイトルは酷いのではなかろうか。原作の「解夏」というタイトルに完全に負けてしまっているよな。
「ワンダフルライフ」は最後まで持つか(僕が見るか)とても心配。テレビドラマだから、別に無理な設定があってもいいのだけど、それを超える面白さ、力強さがないみたい。長谷川京子の地味な雰囲気がいつかどうにかなるのか、というのが実は注目的ではないかと見ている。でもさ、あの服装とかであの眉毛って、どうにも違和感があるのだけど。
今シーズンのドラマはどれも低調な感じがしているのは僕だけだろうか。そんな中で、ホームランを狙わずに確実にヒットを狙った感じの「アットホーム・ダット」はなかなかどうして楽しく見ている。ただね、川島なお美はとっても似合っていると思うのだけど、もう彼女のセリフは飽きてしまった。
あれれれれ。考えてみるとあとのドラマはもう見なくなってしまっていた。あとは「冬のソナタ」だけど、結局のところこのドラマが一番面白いかも。実はあと意外な大穴ドラマがある。「恋するマンハッタン」ってなかなかいけます。
■ ビデオ『海峡』森谷司郎監督 [WOWOW]
主演の高倉健がカッコイイ。久しぶりに酒を飲む場面があるのだけど、あんな風に酒を飲める男になりたいものだと思ってしまった。
しかし、映画としては正直なところ物足りないものだった。青函トンネルの話なのだけど、「とても感動的ですよ」となんだか押し付けられてしまっているような感じ。中途半端のように思えてしまった。NHKのプロジェクトXみたいな感じの方が素直に感動できるのではないだろうか。
◆
空の写真
あちこちの写真を撮ったときに、空の写真を撮ったりする。青い色と、いくつかの白。それだけの写真を。けれど、東京でそうした写真を撮ることは難しかったりしていた。どうしても、高いビルが邪魔をし、電線が邪魔をする。
僕が今住んでいるところと、東京との最大の違いは、この空の写真じゃないかと思っている。
特に意識しなくても、普通に空だけの写真が撮れてしまう。よほど場所を選ばないと電線は入らない(笑)。当たり前のことと言われてしまえばそれまでなのだけど。
■ 鷺沢崩著『バイバイ』(角川書店) [図書館]
図書館で何かの本を借りようとしていた。「さ」行の棚で鷺沢崩の名前が目に入った。久しぶりに彼女の本を読もうと思った。亡くなったということで、その人の本を読むというのは、やや抵抗があった。本というのはあくまでも自然な流れの中で読んでいきたいものだからだ。けれど、僕はかつて鷺沢崩の本を読み、同じ時間の中にいた。そうしたことを思い出すと、どうしても読みたくなった。
棚には2冊の本が置かれてあった。彼女の死によってもう一度僕が読もうとしたのも何かの縁なのだろう、「バイバイ」というこのタイトルの本にした。
男女の恋愛の話だった。男はひどい奴だ。けれど、その人物に惹き込まれる。この小説の中でキーになっている言葉がある。男の祖父の言ったそれは「人間なんで、信じるもんでねえぞ。」というものだった。
鷺沢崩という人がどのような気持の中にいたのか、わからないし、あまり追求しようとも思っていない。でも、彼女は誰よりも「信じる」ということをしようとしていたように僕には感じられたのだった。
■ ビデオ『豚の報い』崔洋一監督 [WOWOW]
沖縄独特のイントネーションが心地よかった。正直なところ話はよくわからなかった。けれど、その沖縄の雰囲気はそんなことはどうでもいいよ、と思わせてしまう。人と人との関係だって、常によくわかっているわけではないからね。生きていくことの断片がこの映画に表現されているような。
前に仕事をしていたときに、沖縄出身の人が隣の席で良く話をした。彼が沖縄に帰ってからは、地元の食べ物なんかを送ってもらったりしていた。沖縄の人って、すごく元気に生きているって感じがするんだよね。生きている、なんて言葉はあまり使いたくないけど、食べることかってホントに楽しそう。ラテンの感覚というのかな。気候というのが違うのかな。よくわからないけど、北国育ちの僕としてはときどき沖縄の青い空に憧れたりするのであった。
◆ 悲しい夜話
少し反省しようかな、という気持もある。このところの読書夜話って、なんだか毒舌になっていないだろうか。あまりストレスのない毎日を過ごしているのだけど、人と会話を交わすということが少ない。そうしたこともあるのかもしれない。文句のひとつふたつ、聞いてもらいたくもなるのだ。
文句といえば、前の会社の人から電話とかメールとかでグチを聞かされる(笑)。グチでなくても、他の人の電話番号教えて、なんて事務的な電話もあった。俺はもう辞めたんだぜ、と怒りたいのだが、誰にぶつけたらいいものかと考え込んでしまう。その辺の山に向かって、バカヤローなんて叫んでも仕方がないしね。
ああ、読書夜話はこれからどうなっていくのやら。
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In
the Holy Mountain 2004/4 #4
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雑草?
今日は、千本ネギ、こごみ、うこぎ、みつば、アスパラなんてのを食べていた。なのとこれらは全てうちで取れたも
の(笑)。何というか、雑草のように生えているのを取ったりしているのである。もちろん僕はひ弱な東京人間だった奴で、こうした自然の食べ物には全く疎い。こうした食べ物も苦手だった。
でも、けっこう食べられるようになってきているのである。匂いがきつかったり、大好きだというわけではないが、食べることが面白いとは感じている。僕も歳を取ったということだろうか(笑)。まあ、笑えるような話かもしれないけど。
少しずつになるとは思うけれど、こうした自然な食べ物について覚えていくのもいいかなと。
■ ビデオ『BU・SU』市川準監督 [WOWOW]
富田靖子をいくらか斜めから見た魅力に溢れているというのかな。いい映画だった。高校が舞台でもあるのだけど、そこでの人の生き方というのに、けっこう惹かれてしまった。いろいろと人生を悩む頃だけど、この映画では悩んでいますなんて強く主張しているわけではない。さりげない中に、イジメの場面があったり、喧嘩のシーンがあったり。主人公は高校生とはいえ、やや特殊な状況にある。けれど、ひとりの普通の高校生でもあるのだな、と僕には感じられた。それにしても、あの文化祭は悲しい光景だった。
◆ ウォーキング
実は密かにウォーキングというものに憧れていた。ひとりで黙々と歩くこともウォーキングであるのだけど、そうではなくイベントのようなものに参加してみたいと思っていた。ちゃんとコースがあって、10キロや20キロと決まった距離を歩くという目標がある。自分ひとりではないわけで、歩きやすいということもあるだろう。
なんとウォーキングの専門誌というものもあり、何度か買ったことはある。歩く姿勢ということだけはなく、食事についても書かれているのでなかなか内容も濃かったりしている。こうした雑誌にウォーキングの大会の情報が出ているのだが、ほんとうに驚くほどに全国のあちこちで開催されているみたいなのだ。
けれど、気持はあっても実現することはなかった。開催されている日というのは、当然のことながら世間での休日になる。僕はずっと仕事だったのだ。
ところが世間での休日に休めるようになったはいいが、近くでウォーキングの大会などはやっていそうもないという悲しい現実があった。世の中とは本当にうまくいかないものだ。
もちろん、ひとりでその辺を歩いていればいいわけだけどね。
■ ビデオ『歴史は女で作られる』マックス・オフュルス監督 [WOWOW]
1955年に作られたようで、けっこう古い。サーカスと回想と、正直なところよくわからなかった(笑)。
小説なんかでもそうだけど、古いものはよくわからなかったりするものが多い。逆に言えば、最近のものはわかりやすく作られすぎていて浅くなっていると言えないこともないのかな、なんてことを腕組みして考えたりしてしまう。
映画を観るのに、無理をしたり勉強したりというのも変かもしれないけど、こういう少し古めの映画もがんばって観ていこうとは思っているのであった。
■ ビデオ『スペーストラベラーズ』本広克行監督 [WOWOW]
思いっきりフジテレビしている映画だった(笑)。もちろん僕は十分に楽しんだ。金城武はカッコイイし文句の付けようがない。時にはこうした映画を観たいとものだ。
と、ここで終ったらどうしようもないのかな。良いことか悪いことかわからないけど、この映画は後から何かを語るようなものではないと思うのだ。では観終わってどうしたらいいかというと、お台場あたりで美味しいものでも食べて、お酒を飲んで楽しい気持になりましょう、ということだろうと思う。
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思い出の町
子供の頃に住んでいた町に行ってみた。まだ小学校の1年とか2年とかに住んでいたその町は、僕にとってはとても住み心地の良いところだった。あちこち引越しの多かった僕の子供時代というのは、正直なところあまり楽しいものではなかった。そんな中でも一番友達がいて、毎日走ったり野球をしたり虫を捕まえたりして遊んでいたのがこの町だった。
河原の脇にあった住んでいた家はもうなかった。アパートに変わっていた。まあ、古い建物だったので仕方が無い。子供の頃は広いと感じていた、その家の周辺はとても狭いところだった。夕日を見ていた土手も、ほんとに小さなところだった。雨が降ると水溜りの出きる土の道はすべて舗装されていた。
そして、歩いて5分もしないところにあった小学校は、もう無くなっていた。移転したという話は聞いていたけど。僕はしばらくの間、その学校のあった場所の空き地に立って時間を過ごした。空き地の反対側では子供達が野球をやっていた。
僕は近くにあった来々軒という店でラーメンを食べた。うちでよく食べていた店だったらしい。僕はそのラーメンを美味しく食べた。けれど、そのラーメンの味の記憶が無かったことに、食べながら気づいたのだった。
■ ビデオ『宮廷料理人ヴァテール』ローランド・ジョフィ監督 [NHK-BS2]
17世紀のフランス、宮廷内の豪華絢爛な様子が作品全般に溢れている……。けれど、何かぴりりとしない感じばかりがあった。出てくるのはほとんどこの時代の貴族。正直なところあまり貴族らしくない(笑)。仮装大会を見ているような感覚。たぶん、これが日本の皇族とか、武家社会なんかであれば、もっと違うように思えてしまったのだ。言葉遣いとか、行動のひとつひとつにもっと志があるような。サムライというのが特別な響きを持っているのは、実はこうしたところかもしてないのかと。
だらだらしたイメージのある登場人物の中で、主人公であるヴァテールという人物が、唯一の志を持っている人間だったのかもしれない。
マイナスの感想ばかりになってしまうけど、この映画の豪華と言われる料理を見ても、腹は減ってこなかった。食べ物の好みの問題だったのだろうか。
■ 船戸与一著『金門島流離譚』(毎日新聞社)
金門島という存在を僕は全く知らなかった。中国と台湾との、ある意味で中間に位置するような島である。もちろん、戦前の日本という国だって大きく関わっている。現代のこの場所は、その特殊な政治の影響により特別な場所になっているのだという。もちろん、この物語は小説であり、現実と同じものとして考えることは危険なのだろう。
けれど、こういう場所が世界の中に、日本に近い場所にあるということが驚きだった。そして、この場所を舞台とするところの船戸の凄さが。
面白かった。中東を描く船戸も魅力的だが、アジアを描く船戸もいい。現代という時代だからこそ、何も問題がないかとのようなアジアがいいのかもしれない。
思えば彼とは長い付き合いになる。『山猫の夏』(講談社)で単行本を買ってから、新作が出る度に読み続けている。途中、ややテンションが下がったかのような気のしたこともあったが、こんな小説を書いてくれるとは。読者としては嬉しい限りだ。
■ ビデオ『秋刀魚の味』小津安二郎監督 [NHK-BS2]
定番と言っていいような小津作品になるのだろうか。娘を嫁にやる父親の姿を見て、なんだかしんみりとしてしまうのである(笑)。
古き良き時代の映画と言えるのだろうか。でも、よくよく考えると、この映画での女性の家事をやる、お嫁に行くという感覚は江戸時代のものと同じような(おこられちゃうかな)。そんなことを考えると、この数十年間って、大きな変化があった時間じゃないかな、なんて思ってしまう。
ところで、どうしてこの映画のタイトルは「秋刀魚の味」なのだろうか。秋刀魚を食べる場面は全く無かったと思うが。庶民の味ということかな、それともいつの時代でも変わらない美味しさということだろうか。。
■ ビデオ『宗方姉妹』小津安二郎監督 [NHK-BS2]
この映画はこれまで観た定番の小津作品とはちょっと違った印象があった。何がと言われてもそれはうまく言えないが。小津というとあまり強い恋愛というイメージはない。気持というものを強引に出すのではなく、抑えている中で物事が進行していくというような。この映画では何か強い気持が出ているような感覚がしたのだったが。
そう言えば面白いセリフが印象に残っている。
「遊べる?」「ああ、遊ぼうか」
というのだけど、大人がこうした会話をするのは今の時代だと変だよね。それが、自然に受け取れるというのは、何だかとても素晴らしい世界のような気がしてきて。
★小特集 サクラ・サクラ・サクラ ★
今年はあちこちでお花見というものをしていた。酒を飲んだというのはほとんど無かったが(笑)。デジカメにいっぱい撮った。そうしたサクラをハードディスクの中に眠らせておくのはなんとももったいない。そこで、そうした今年のサクラの一部を公開したい。
○ 実は何を隠そう(笑)、うちの庭にあるサクラだった。もう少しあるみたいだけど、よくわからない。でもね、この木の下でお花見をしようという気持にはならない。やっぱり、畑というのはそれなりに肥料などの匂いもしているわけで、酒を飲むような場所ではないのさ。

○ 某城公園のサクラ。天気はもう一歩だったかな。サクラ吹雪が舞い散って、歩いているのが面白かった。城壁とサクラってやっぱり似合っているよね。それに、お堀に落ちたサクラがなかなかなのだけど、これは実際に見ないとその良さはわからないかも。写真の腕が良ければいいことだろうけど。やっぱり、青空がないと、サクラはその良が出てこないのかな。


○ 某サクラの名所と言われている(地元では)公園。やっぱり山の上にあることで、街を見下ろす光景がいい。あと、鳥居とサクラもとてもよく合っている。しかし、残念だと感じたこともあった。堤燈のようなライトがいたるところにある。できるだけ写真を撮るときには避けたのだけど、あれは邪魔だよね。夜桜としてはいいのだろうけど。昼間は取って欲しい。わがままな意見だと言われるのだろうが、1年にほんの数日のことなんだからね。サクラにはできるだけ自然な姿でいたもらいたいじゃないか。


○ サクラはもうそろそろ終わりを告げる。まあ、南の方ではとっくの昔に終っているだろうけど。この公園は福島のとあるお城のある公園。5月2日のこと。実はあまりサクラは無かった。サクラの名所らしいのだが、季節が過ぎてしまっていたのだろう。お城の景色がきれいだっただけに、ちょっと残念。
