DOLPHINHOTEL
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DOLPHIN HOTEL 読書夜話2004年5月

on the Turkish road 2004/5 #1 

2004/5/11 
◆ 白い花
 サクラばかりが何故こんなにももてるのだろうか。確かにきれいなことは認める。でも、サクラ以外にもきれいな花の木というのはある。例えば、僕はフジの木がきれいだと感じている。リンゴのフジである。この5月初旬に白い花を咲かせている。そんなには目立たない。けれど、この白い花が緑のリンゴ畑一面に咲いているのを見ると、穏やかな気持にさせてくれる。サクラが一目ぼれをするような恋愛であれば、フジは隣にいた人の温かさに時間を掛けて気がついた末の恋愛のような感じである。このフジが食べると甘くて美味しいというのが、またいいのだけど。

■ ビデオ『乳泉村の子』シェ・チン監督 [NHK-BS2]
 1991年に、中国・香港の合作で作られた映画。観て驚く。なんと、日本人残留孤児の話だった。テレビドラマ『大地の子』のような話なのだが、中国の側から作られたというのが意外だった。
 栗原小巻、川田あつ子という日本の役者も出ているし、当然日本での場面も多い。あのホテルでの外のネオンはちょっとひどいんじゃないかと思ったけど。
 実はこの映画、こうした中国と日本、残留孤児という側面だけでない、もうひとつのテーマがあるように僕には思えた。この残留孤児の子供は有名な僧侶となる。俗世の感情から離れたところで育ったわけだ。そうしたところにある、人と人とのどうしようもない距離というものがこの映画の底辺に流れているのではないかと。もちろん、僧侶だからということではなく、それは時間の流れなのかもしれない。再会することができて、ただ単に良かったということだけではない、何かがある。観終わってから、ずっとその何かというものを考えているのだけど。

.◆ カフェでランチ
「パウゼ」というカフェで知り合いとランチをした。メニューはトマトソースのマスタと、インド風の野菜カレーの2つのセットからのセレクト。僕はカレーの方を選ぶ。たまには外でのランチも楽しいものである。
 店内は高い天井、ピアノも置かれていて落ち着いたとてもいい雰囲気となっている。2階はギャラリーということで、大人のお店だ。こういうところに会社の愚痴話なんてのは似合わない。
 食べている途中で僕は「太ったよね」と言われてしまった。まあ、確かに太ったよ。でも、どの時点の僕と比較しての太ったなのか、と聞くと相手は答えに戸惑った。いくらかの時間を置いて出てきた返事は15年くらい前かなぁというもの。普通の男子たるもの、そのくらいの年月が経てば腹も出てくるし、太ったという状態にはなるよな。
 それにしても、ここは東京ではないのである。お店の名前を出しても、誰かが行ってみようという気にはならないだろうな。

■ ビデオ『Quartet カルテット』久石譲監督http://www.spe.co.jp/movie/quartet/quartet/) [日本テレビ]
 実は僕はこの映画をかなり楽しんで観た。いろいろと文句の付けたくなるところはある。けれど、そんなことは些細なことで全て許せてしまうような良さがあった。情熱を持って作っているという感じが十分に伝わってきたというのかな。音楽に対して、何が大切かというようなメッセージもこの映画の中にある。技術的に上手ければいいということではなく、人に伝えることの大切さのようなこと。いろいろなものが伝わってきたし、この映画の音楽の中にいるのが楽しかった。
 4人の登場人物もなかなかの雰囲気。特に袴田吉彦は良かった。こういう生意気そうな奴っているもんね(笑)。

◆ 国民投票
 お札について考えた。現在の1万円札の写真は福沢諭吉なのだが、なんで彼なのだろうかと。僕に僕が疑問に思わなくても多くの人が感じていることかもしれない。もちろん福沢諭吉に文句があるわけでもないし、他の誰かでも問題があるわけでもない。どこかの誰から慎重に考えてくれているのだろう。
 でも、与えられているばかりでいいのだろうか、という疑問がある。例えばこの国では総理大臣を直接的に選ぶことはできない。間接的には選んでいるのだろうが、自分の一票で、という意識を持っている人は誰もいないだろう。今の日本の制度で、直接投票にしようということを言うつもりもない。アメリカのような直接選挙が、即自分の一票が反映されるものではないと思うし、何かと複雑なものがあると思うのだ。
 でも、何かもやもやした気持はある。ならば、首相でなくてもいいのではないか。例えば、1万円札の写真を誰にするか。国会議員の選挙よりはずっと投票率が高いような気がする。どの人物かいかに素晴らしい人だったか、という議論が活発になるかもしれない。生存している人は何かと問題があると考えられるわけで、死後何年とかいくつかの条件が必要だろう。誰に決まろうが、多くの利益が絡むわけではない。どこかの観光協会が潤うかもしれないが、楽しい国民投票になることは間違いない。なんと言ってもお札というのは毎日のように使う、もっとも身近な大切なものなのだ。投票することが、大切な選択なんだという意識が出てくるだろう。国というものに対しての考えが大きく変わっていく可能性だってある。面白いと思うのだけど。

◆ ニフティ
 5月5日というのはちょっとだけ特別な日である。子供の日という祭日であるけれど、それはそんなに関係はない。
 この日、「ありがとうございます」というメールが来た。ちょうどニフティに入って16周年目ということなのだ。感謝のメールは嬉しいけど、記念品とかはないのかと言いたい気持もある。なにしろ、16年という歳月を振り返る宇よりも、16年もニフティにお金を払い続けたのだ。いったいいくらになるのだろう、なんて計算してしまいたくなった。
 まあ、お金の話は置いといて、テレビでは16歳のタレントだっているわけなので、すごいものだ。ほんのちょっと前に10周年のメールが来たところだと思っていたのにね。
 16年前というのは当然、インターネットなんて言葉はなかった。僕が最初にニフティにアクセスしたときには、通信しながらその文字を読み取ることができた。そういうスピードだった(笑)。でも、僕なんてまだいい方である。もう少し古い人は、電話の受話器をモデムにセットして通信していたりしてたんだよね。想像すらできない……。
 でも、そうした時代を経験してきているからこそ、インターネットでのコミュニケーションを大切にしたいという気持があったりする。当たり前にあったものではないからだ。人類の長い歴史の中でも、なかなか変化に富んだ16年なのかな、と。

■ ビデオ『アリスの恋』マーティン・スコセッシ監督 [NHK-BS2]
 アリスという1人の女性の生き方が描かれているといったところだろうか。子供がいて、旦那が事故死してしまって、歌という自分の生き方を見つめて。ハッピーエンドのわりといい感じのお話なのだけど、この続きはどうなるのだろうかと勘ぐってしまうのは僕の悪い捻くれたところなのだろうか。

◆ 国民年金の問題について
 国民年金の不払いが問題となっている。実は僕も未納期間がある。どうしても、お金が無いときがあり払えなかったのだ。税金や国民健康保険などは未納を許さないのに、なぜか国民年金はこちらが払いたがっているのに、受け取ってもらえないというヘントコなものだった。
 しかし、どう考えたって今の制度では未納になる人は存在するはず。周りを見渡せば、誰かしらが失業者となっている。仮に1年間収入が無かったとする。その状態で税金と国保と国民年金のお金を払い続けるというのは、並大抵のことではないはず。生活のために仕事をする、というよりも、払わなければならないもののために働かなければならない、という気持になるのが現実ではないだろうか。別に払いたくない、というわけではなく、いくつもの支払いが同時に来たら、どう考えたって苦しいのである。何を削ったらいいか、後回しにしたらいいかという選択をした結果が国民年金の未納ということになると思う。
 制度の改革をするのはいいけど、やるんだったら、税金も含めてぜんぶまとめてやって欲しいというのが僕の考えた。ひとつひとつの額は大きくなくても、合わせるとかなりの金額になってしまうのだから。

◆ ブロードバンドというもの
 今だにブロードバンド環境にない。もう1箇月もダイアルアップの世界にいるのだ。Bフレッツを申し込んでいるのだが、なかなか工事の電話は来ない。なんたるスピードの遅さなのだろうと嘆いている毎日である。「速さ」を売りにしているのであれば、手続きだって速くやれよな、と思ってしまう。まったく不便だ。ブロードバンド環境になったならば、掲示板のレスも頻繁に行なえるのに、なんて考えているのだ(全く変わらないというウワサもある)。
「申し込んですぐに使えます」というブロードバンドなどのサービスがあったならば飛びつくのではないだろうか。どうして携帯電話がこんなにも人気があるかというと、手続きが簡単だということも大きいと思うのだ。ああ、なんだかイライラしてきた。ハード的にはスピードが速くなっているかもしれないけど、ソフト的には何も進化していないのではないだろうか。イライライライラ。

■ 阿部重和著『シンセミア 上』(毎日新聞社)
このところ毎日この本を読んでいる。なかなか進まない。面白いのか、面白くないのか、よくわからない。よくわからない感情を持っているということは、面白くないことだろうと思う。投げ出さずに毎日この本を読む時間が存在しているということは、面白いということかもしれない。
 それにしても、この小説の舞台となった神町(山形県東根市にある)の人たちは、この本をどんな風に受け止めているのだろうか(笑)。普通だったら、地元が舞台となったら嬉しいことだし、観光客なんかが来るかもしれない。けれど、この小説で書かれていることは、そんなには観光に向いたことが書かれているわけではない。自動車の中で男女が仲良くしている市民体育館の駐車場に観光に行っても、なんか変だしね(笑)。
 まあ、もう少しで下巻も読み終えると思います。

◆ 記念館
 野口英世記念館というところに行った。ここには野口英世が子供の頃に過ごした生家がそのまま残されている。「上京する時柱に刻んだ決意文」なんてのもある。小川がどうのこうのという説明書きまである。もちろん、当時の家がそのままの状態で残されているわけで、トイレだってあった。ああ、懐かしいと思ってしまったけど(笑)。とにかく、なかなか面白いところだった。それにしてもこの場所、驚いたのが家の上に屋根がある。古い建物を保存するためなのだろう、鉄筋の屋根が、この家を覆っている形になっている。陽の当たらない家というのも可哀想だとは思ったけど。
 記念館の中には多くの手紙が展示されていた。母であるシカから手紙などは、かなり有名なものだろう。多くの手紙のその文字を見て、その人となりを想像するのは興味深いものだった。
 それにしても、今の時代を生きた人の記念館が出来たときには何が展示されるのだろうか。現在では電子メールが主流である。パソコンが置かれてメールを読めるようになっていても、面白くもなんともないしね(笑)。

■ ビデオ『男たちの挽歌』ジョン・ウー監督 [チャンネルNECO]
 ところで、この「男たちの挽歌」というのは邦題なのだけど、原題か「英雄本色」で、英語タイトルが「A Better Tomorrow」となっている。あまりにも違いすぎるような気がするのだけど(笑)。
 とにかく凄かった。映像の雰囲気が「太陽にほえろ」みたいだし、拳銃打ち合いシーンがこれでもかこれでもかと迫力満点。病院や死体を片付ける人は大変だろうなぁとか、そういうことを考えながら観てしまった僕は映画を楽しむ心がないのだろうか、なんて悩んでしまったほどだった(笑)。
 でも、香港映画の迫力というか、力強さを感じたのは確か。レスリー・チャンの初々しさもいいのであった。

■ ビデオ『男たちの挽歌U』ジョン・ウー監督 [チャンネルNECO]
 なんとも素晴らしい設定であった(笑)。ここで笑ってしまっては熱狂的なファンの人に怒られてしまうかもしれないけど、そうではなく、一見めちゃくちゃのようなところがパワーに満ちている。そんなところがやっぱり凄いと思うのだ。素直に。
 前作以上の、言葉に出来ないような銃撃シーン。凄い迫力なのであった……。
 ところで、レスリー・チャンの兄貴である、ホーを演じるティ・ロンという人、この人って松山千春に似ているのではないだろうか。むにゃむにゃ。

◆ F1スペインGP
 いつもはあまり真面目に(笑)F1を見ていないのだが、琢磨が予選で3位だったということで、けっこうちゃんと録画したこのレースをテレビで見た。
 でもね、「琢磨 日本人最高3番手!」なんてあまり強調しないで欲しいと思ったのは僕だけだろうか。過去の日本人F1レーサーと競争しているわけではないのだ。琢磨はイギリスF3のチャンピオンにもなっている実力者である。チームメイトのジェイソンバトンは今シーズンは2回も決勝3位を記録している。同じマシンに乗っているのだから、予選3位くらいでいちいち「日本人最高」なんて言って欲しくない。
 仮に「日本人最高」という言葉を使うのであれば、ポールポジションか決勝レースでの優勝しかない。乗っているマシンとしても、そのチャンスがあるのだから。
 それにしても、過去の日本人の予選3番手というのは片山右京のことだった。右京のこのシーズンというのはマシンはそんなに強いものではなかったはず。僕は琢磨の予選3位よりも、右京が過去にいかに素晴らしいF1レーサーだったかを改めて知らされたという思いだった。
 このスペインGPでは、当たり前のようにフェラーリのミハイル・シューマッハが勝ってしまった。僕のイメージするところのフェラーリというのは、カッコいいけれど決して強くはなかった。まあ、わかりやすく言うと(怒られるかもしれないけど)阪神タイガースみたいな存在だった。今のF1がもう一歩面白くないのはフェラーリが強いからではないかと思ってしまっているのだけど……。
 僕は面白いレースを見たい! ということでいいアイデアを思いついた。ミハイル・シューマッハとバレンティーノ・ロッシとを、交換トレードしたらいいのではないかと……。

◆ 悩める夜話
 つい最近まで(のつもりだった)ドルフィンホテルはテキストオンリーのサイトだった。よって、かなりの文章の量がありながらも、もの凄く少ない容量だった。何せFD一枚にバックアップが取れていたのである。FDなんて今は使ってないけど。写真を載せるようになっても、そんなに大した量ではないと思っていた。ところが、である。
 このドルフィンホテルの容量はいつの間にか15MBにもなっていた。いつの間にかニフティの基本容量が10MBから20MBになっていたみたいで、まあなんとか基本料金で収まっていたが。しかし、この調子だと20MBを超えるのは時間の問題である。先月のようにサクラの特集なんて頻繁にやっていたならば、やっという間のことだ。
 実はドルフィンホテル内の新しいコンテンツを先ほど完成させた。あまり読んでも面白くないもので、読んでくれる人は少ないのだろうけど、それでも頑張って作ったのだった。その容量がなんと、8MBほどもあるのだ。ダイアルアップでこれをアップデイトするのは無理だと思っていたが、アップさせる場所が僕には無かった(涙)。ずっとこだわってきたことだけど、広告を載せるのは嫌だしな。とにかく、悩める毎日なのであった。

ride on a bicycle 2004/5 #2 

2004/5/17 

◆ うこぎ
「うこぎ」とは何ぞや。簡単にいうと、緑色の草である。それを茹でて軽く醤油をかけて食べる。
 僕はこの数日、ほぼ毎日このうこぎを食べている。なぜ毎日かというと、季節の食べ物であり、ちょうど今の時期に採れているからである。この地域の他では、ほとんど聞かない名前である。僕は名前は知っていても、それがどのような状態で育っていて、どんなふうに採るのかは全くわからなかった。
 それは栽培されているとは言えないものだった。そして、地面に生えているものでもなかった。なんと、垣根だった。庭と道路との塀となっている垣根の草木である。そこから、ひょいひょいと採るのであった……。
 最初は美味しいとも思わなかったが、少しずつ、その味を楽しめるようになっている気がしている。おもしろいものだ。

■ ビデオ『なみだ川』三隅研次監督 [WOWOW]
 面白かった。1967年の作品なので古いのだけど、しみじみと楽しめる映画だった。日本映画の原点というか、こういうのがいいのではないだろうか。
 原作は山本周五郎の「おたふく物語」。姉妹の愛情の物語でもある。笑いがあり、哀しみもある。小説というものがこういう形で映像になるなんて。
 映画としては特別なものは何もない。けれど、ひとつひとつのがしっかりと作られているのだろうか。新しいものにだけ興味を持つのではなく、こうした映画を観て行きたい。

◆ J2の魅力
 サッカーJ2の順位が面白い。試合内容を見ているわけではないけど、その変動を見ているだけで楽しい。来年どのチームがJ1へ昇格するか。そういう意味ではJ1よりも興味深い。そして、何よりもJ1よりも面白いのは、チーム規模の違いが大きいということがある。潰れそうなチームが頑張っているところが面白いのである。ヴァンフォーレ甲府なんかは、数年前にはかなり危なかったはず。サガン鳥栖は今も危なそうだけど、けっこう頑張っている。
 よくよくこのJ2のチームを見ると、なんと12チーム中6チームがJ1から降格したチームである。サッカーに詳しくない僕が考えるには、こうしたJ1にいたチームは経営規模だって大きいし当然J2でも強いだろうと思う。ところが、現在このJ2で最下位を争っているのは、仙台と湘南と札幌だったりしているのだ。
 もちろん、J2というのは日が当たらないからこそ面白いのだろう。けれど、終盤の昇格争いのときだけでなく、ちょっとはメディアで取り上げてもらえる時があったらいいのにと思う。J2月間、みたいな感じでね。J1の中断している時期だってあるのだから。

◆ 大活字本
 親戚のおばさんが僕の本棚を見てこんなことを言った。「貸してもらって読みたいけど、字が見えなくてね。いつも図書館の大きな活字の本を借りて本でいるのよ」と。
 確かに図書館には大活字本というコーナーがある。ベストセラーになったような本の名前もあったりしている。けれど、どうしても特別な本という印象がある。
 大活字本というのは特別なことなのだろうか?
 これからの時代は、高齢者が主流となっていくと言われている。ただでさえ、本が読まれなくなったと言われている時代である。こうした高齢者を対象に本が出版されてもいいように思えるのだ。
 つまり、最初から大活字本として出版される本が多くなっていくのではないだろうか。普通サイズと大活字サイズと2つが同時に出てもおかしくないはず。洋服だって、同じデザインのものでサイズが人それぞれに分かれている。ウェブサイトだって、自分で文字を指定できる。実は、本が読まれなくなったというのは、まだまだ本を読んでもらえるような努力が足りなかったということではないのか。
 書店に、大きな活字の本というのが平積みされている光景を想像すると、ちょっと違和感はあるけれどね(笑)。

■ ビデオ『風の中の牝鶏』小津安二郎監督 [NHK-BS2]
 1948年が劇場公開なので、かなり古い作品。小津作品としても初期のものになるのだろうか。
 この映画はかなり面白かった。正直なところ、小津映画というのは深いものがあるのだろうとは思いつつ、少しばかり退屈だとも感じていたところでもあった。この映画というのは、一般的な小津作品のイメージとは大きく異なっている。終戦後の時代で、激しい言葉のやりとりがある。売春、娼婦という、小津作品ではちょっと考えられなかったことがこの映画の背景にはある。僕にとって、そうした中での激しい感情の動きというのは興味深いものだった。
 よくわからなのだが、小津自身はこの映画を失敗作だったと断じているらしい。
 確かに、直接的で、若さのようなものが感じられたが。それでも、僕にとってこの作品を観たことにより、後期の作品での表情が違って見えるようにも思えた。
 まだまだ観ていない小津作品のビデオテープが何本もある。観るのが楽しみになってきた。

◆ 自転車報告
 自転車を走らせる。山側に向かう道はいくらか登りとなり、少しばなり脚に厳しい。市街地からは離れるわけで、しだいに景色は自然の風景の方が多くなる。道路が直線に入ったとき、遠くの山が白く迫ってくる。
 まだ、遠くの山には雪が残っているのだ。このところ、楽しいなぁと思えるのは自転車に乗るときである。最初のころはおしりも痛く、まったく楽しむ余裕も無かったが、このところなんとか慣れてきた。おしりの痛さは、シートを高くすることで、わりとすんなりと解消。ドロップハンドルの下のグリップを持って走らせることができるようにもなった。恥ずかしながら最初の頃は、これが出来なかったのであった(笑)。
 このところ雨の日が多くあまり走らせることはないのだが、先日は「サイクロコンピュータ」といういわゆるスピードメーターを取り付けた。昔少年の頃に使っていたメーターとは全く違っていたのに吃驚。なんとマグネットを利用して、スピードや距離をデジタル表示してくれるのだ。取り付けたからといって、重くなるということはない。ああ、なんと時代は変わったのか。
 同時にバックミラーも取り付ける。けれど、ドロップハンドルの先っぽに取り付けるタイプ(これしか取り付けは無理と言われた)なもので、カッコウもよくない。慣れないので、見るのも大変で、外そうかどうしようと少し悩んでいるところ。
 少しずつだけど、自転車のシンプルな魅力にはまっているところなのだった。

■ ビデオ『17歳のカルテ』ジェームズ・マンゴールド監督http://www.spe.co.jp/movie/karte17/) [NHK-BS2]
 とても見応えのある映画だった。原作はスザンナ・ケイセンの回想録である『思春期病棟の少女たち』(草思社)。実話を元にしているということでのリアリティが違って感じられた。
 主人公の少女は小説家の志望である。ときおりノートブックに文章を書いている姿が映し出される。境界性人格障害(ボーダーライン・ディスオーダー)という病気で入院するのだが、どこがどう病気なのかわからずに悩む。それは見ている方にもわからないのだ。たぶん、この物語自身でもそんな答えがあるのではないかもしれない。よくわからない。けれど、誰もの内側にあるものがこの映画の中にはあるような気がする。
「これ以上抱え込んじゃだめ」というセリフがある。主人公はノートブックに書き出すことで、自分の中にあるものを吐き出す。それが痛いほどに感じられるのだった。
 ところで、この映画の原題は「GIRL,INTERRUPTED(中断された少女)」という。正直なところ、なんで17歳なのか僕にはわからなかったのだけど。映画を見終わってこの原題を見ると、凄くいいのに、と思った。

◆ 血圧測定
 この1、2年、いくつかの医療機関に行った。そこで大きな疑問を持ってしまったのが、血圧測定だった。測定器械によっても、血圧の数値というのは変わったりするのだが、本当に医療機関によってまちまちだった。たぶん、一般的なのは、座った状態で肘を測定器のところに置いて、先生がポンプみたいなもので測ってくれるもの(水銀血圧計?)だと思う。何がいいのか素人の僕にはわからないが、こうやって測ってもらえるのは安心できるものがある。でも、実は「血圧を測るんだ」という緊張感があってそれが血圧を高めているのではないかという不安もあったりする。
 現在僕が行っている内科の医院では、まずはベッドに横になるのである。その状態で手も普通にベッドに置き、先生がポンプで測ってくれる。僕の感想としてはこれが一番リラックスできていいみたいだった。
 実は某病身での血圧測定というのはいつも市販の家庭用の血圧計でのものだった。その血圧計は毎回種類も違っていた。しかも、待合室で座った状態で、手をそのままぶらりとした状態で、だった。当然どこかに腕を置かなければいくら力は入ってしまう。血圧計の説明書では、こうした測り方はいけないのだけどね……。
 一番ひどいなぁと思ったのは、健康診断のときの血圧測定だった。最初に測った血圧が高かったことで、まわる検査のコースがイレギラーのものになり、再度血圧を測らなければならなくなった。そのときの、係の人の対応がめったくめちゃくちゃで、僕はかなり頭に来てしまった。その状態で再度の血圧測定を行なわなければならず、当然結果はかなり高い状態となった。係の人はそんなことは全くおかまいなしだった。もともと高かったわけで、測定値が高いのは仕方がないけど、ほんとに、医療機関によって、その測定する人によって全く違っているのである。
 このところ、医療の問題というものがメディアでも大きく取り上げられることが多い。でも、僕にはこの血圧測定というものが、最も根底にある問題のように思える。測定の仕方なんてどうでもいいのだ、と言われてしまったのなら、それまでだけど。

■ ビデオ『カノン』行定勲監督 [日本映画専門チャンネル]
 ちょっと恐い映画だった。よくわからなかったけど(笑)。恐いというのは、その映像の雰囲気が特徴的だったからかもしれない。でもね、ひとりで電気もない部屋になんて普通は泊まらないと思うけどな。

■ ビデオ『インドへの道』デイヴィッド・リーン監督 [NHK-BS2]
 かなり長い映画だった。イギリス植民地時代のインドが舞台となっている。イギリス人とインド人との文化の違いというよりも、占領するイギリス人と占領されるインド人というのがテーマといった物語だろうか。
 印象的なのは、イギリス人女性がちょっとした問題を起こしてしまうことだ。それはインドの広大な風景を見て、何かが変わってしまったような感覚になる。そのときの山からの映像というのはテレビの画面を通してもなかなかのものだった。映画館のスクリーンで観たならばもっと凄いのだろうし、実際にインドに行って自分の眼で見たならば、言葉にできない心の変化があるのかもしれない。

◆ 山のドライブ
 わりと近くにある、山の観光道路にドライブに行った。まだ雪が残っていて、いくらか寒さはある。けれど、透き通った空気というのだろうか、それは僕を晴れ晴れとした気持にさせてくれた。この道路、かつては有料道路だったのだが、今は無料になっている。ほとんどの人はやはり景色を楽しむのが目的である。ライダーも多かった。
 道路は曲がりくねっていて、普通の広さはあるが、脇に車を止めておくような広さはない。その代わりに、休憩所のようなスペースが適度な間隔であった。そこには常に数台の車が止まり、写真を撮ったりその壮大な景色を眺めていている。確かに、景色のいいであろう場所に、そうしたスペースが設けられているのだ。かつては有料道路だったわけで当然だろう。
 けれど、何かが違うと思った僕はかなりの捻くれ者なのだろうか。
 山に行って、与えられた景色を見るというのは、とても不自然なことのように思えてしまったのだ。何度か歩いて山を越えたりの旅をしたことはある。そうした感覚から言うと、景色の良いところで足を止め休憩に入る。あくまでも、自分で見つけた、自分だけの風景がそこにはあるのだ。
 自動車のドライブでは勝手に車を止めることはできない。決められた景色を見るのであれば、写真を見るのと変わらないのではないのだろうか……。
 もちろん、じゃあ歩いてくればいいだろう、なんて言われてしまったなら返す言葉はない。

■ ビデオ『砂の上の植物群』中平康監督 [日本映画専門チャンネル]
 原作は吉行淳之介。けっこう好きな作品だったので、興味深く観た。小説だけでなく、映画も純文学の香りが思いっきり漂うものだった。今はもうこうした映画が撮られることはないのだろうか。いくらか懐かしいような心地良い気分もあった。

◆ 生ゴミ
 なんと我が家では水きりネットを使わない生活をしていた。台所の三角コーナーのあのネットである。無かったらら、生ゴミを捨てるときにけっこう大変だったりすると思っていたのだが。別に生ゴミ処理機があるわけではない。
 ではどうしているかというと、畑に捨てるのである。そして、そのゴミは畑の飼料となるのであった。考えてみると、とてもシンプルな生ゴミの処理の仕方なのだ。生ゴミというものは、実はゴミではなかった(笑)。
でも、やぱり水きりネットがないと、三角コーナーは汚れてしまって大変である。そんなことを考えていたら、「そのまんまコーン」という、とうもろこしで作られた水きりネットのもらい物があった。これだと、そのまま畑にも捨てられるのだという。なるほど便利なものである。こういう製品をもっともっと作ってもらいたいものだ。

■ 疋田智著『自転車通勤で行こう』(WAVE出版) [図書館]
 自転車に関する本を読みたいと思って、図書館で借りて読んだもの。この疋田智という人はTBSで「ニュース23」のディレクターをやったりしている人で、この本を出した当時、日暮里から赤坂まで自転車通勤をしていて、そのことを中心にして書かれた本である。
 自転車通勤の苦労その他、10キロも痩せたとか、その楽しさが書かれてあって、興味深い内容だった。
 何よりも、自転車は自由だということだ。例えば、道路を走る場合、どこを走ったらいいかわからないというのは自転車に乗り始めての僕の疑問だったのだが、この本ではそうしたことについても書かれている。実は自転車に関しての交通行政というのはかなりいいかがんなもの。でも、著者は「保護もされない代わりに自由かつ無責任」(P39)と書いている。なんだかんだと、行政や車の自転車に全く注意を払わないドライバーに怒るのではなく、自由だと思えばいいのだった。自転車に乗る心構えというのだろうか、けっこう気持が楽になったように思える。
 アップルコンピュータ社の創業者であるスティーブ・ジョブズ氏の話も興味深いものだった。彼はパーソナルコンピュータの理想像を「自転車のようなコンピュータ」(P207)と言っているのだという。なんだか、ウキウキしてくるような話ではないか。
 この本を読むと、自転車で東京都内を走るのも楽しいように思えてきた。電車に乗るのと、自転車とで、その移動時間は大して変わらないのである。お金も掛からないし、運動にもなり、何よりも景色を楽しめる。
 東京でもっともっと自転車に乗ればよかった。自転車通勤も可能だった、なんて後悔していたり(笑)。

◆ 読書夜話後記
 このところのドルフィンホテルのアクセス数の低下はもの凄いものがある。多くの人が離れてしまっているような……。先日など、一番少ないときで1日50を切るなんてこともあった。もともとそんなに多くのアクセス数を期待したものではなかったのだが、次第に少なくなっていく数字を見るのはなんとも悲しいものがある。
 何も商売でやっているわけではないので、気にするのは止めよう、と思うのだけどね(笑)。
 見てくれる人は少なくてもいいから、長く続けよう。それがドルフィンホテルのコンセプトだ。地道にやっていこう。
 このところはダイアルアップなもので、他のサイトを見ることもめったにない。別にインターネットが無くても、それなりには生きていけるのである。
 外は雨が降っている。自転車に乗れないので、ちょっと寂しい。
 うちの近くには、農家だったり畑を持っていたりする人が多く、雨が降ると、「良かった」ということを聞いたりする。雨の日というのは、畑仕事の休みの日でもある。土日が定期的に休みとならない生き方もあるのだと、外の雨を眺めながら考えている。

Welcome home !! 2004/5 #3 

2004/5/24 

◆ 三つ葉の味
 このところ晴れた日には、うろうろと雑草の生えていることろを見回す。そして、三つ葉を採っている。どれが三つ葉か、他の草なのか正直なところまだ確信はもてないでいる。でも、今だに腹を壊していないということは、間違ってはいないということだと思うが。採った三つ葉を、とりあえず水を入れたマグカップに入れておく。そして、朝食のときに、豆腐の味噌汁の出来上がりに、この三つ葉を入れるのである。
 ちゃんと自然の味がして美味しいのだ。この味噌汁を飲めば元気が湧いて出てくるというわけではないけど、けっこう楽しいのだ。
 例えば僕が銀座かどこかの高級料亭に招かれたとしよう。そんなことはないだろうけど(笑)、偉くなった僕がいるのだ。そこで「何でもいいから好きなものを注文してください」と言われる。僕は三つ葉の入った味噌汁を注文するのだ。しかし、出された味噌汁を食べて文句をつける。「これってさぁ、三つ葉の香りがしないんじゃないの」なんて(笑)。しだいに僕は嫌なおっさんになっていくのであった。

■ ビデオ『不確かなメロディー』杉山太郎監督 [日本映画専門チャンネル]
 全く前知識なしでこの映画を観た。なんと、忌野清志郎のドキュメンタリー映画だった。面白かった。何が面白いかと言うと、その普段着の雰囲気。ツアーバンドのメンバーのインタビューなどもあるのだが、浴衣姿だったり(笑)がたまらなくいい。男くささというのかな、そういう良さが溢れているような。ツアーといっても、大きな会場ではない。全国のライブハウスをまわっている。ほんとに小規模で。好きなことを、楽しみながらやっているという雰囲気。
 話の中には、現代の音楽についての、けっこう厳しい話もあったりするのだけど、そういうのもすんなりと聞くことができた。
 忌野清志郎の曲というのはそんなに詳しくはないけど、昔聞いた曲が思い出されてくるのだった。

◆ 違和感
 歯医者さんに行った。夕飯を食べたとき、最初のひと口で右の奥歯に違和感があった。魚の入った煮物だった。何か石でも入っているかのような感触、口の中で探ってみて歯が壊れたことがわかった。恥ずかしながら子供の頃から虫歯が多く、ほとんどの歯を治療している。奥歯の詰めているところが、取れてしまったのだ。こうしたことは何度か経験しているので、あまり慌てることはない。その取れた詰め物の歯を洗い、ティッシュペーパーで包んだ。それから歯科医院を探し、翌日の朝に行くことになった。
 久しぶりの診察台はやはり緊張した。あの、キーンという音はどうしても慣れない。どんなにキレイな看護婦さんがいても、歯医者は苦手だということを再確認した。例えば、僕がスパイで拷問にあったとしよう。ほとんどの拷問に耐えることができたとしても、縛り付けられて、歯を痛めつけられたならば、即座に白状してしまうだろう。何でもかんでも、全てを言ってしまうだろうな。そんなことを考えながら治療の時間を過ごした。
 あっという間に僕の歯は元通りになった。でも、これから先もこうしたことは繰り返されるのだろうな。

■ ビデオ『私たちが好きだったこと』松岡錠司監督 [日本映画専門チャンネル]
 宮本輝の原作はけっこう面白く読んだ記憶があった。男女が公団マンションで共同生活をするのである。どきどきするような話だ(笑)。
 この映画もけっこう面白く観ることができた。僕の好きな夏川結衣がこんなラブシーンを演じるとは思っていなかったが……、ああ。
 それにしても、岸谷五朗演じる主人公が可哀想というか、なんというか。これもひとつの生き方なのだろうけど。
 楽しいことって、何なんだろうね。

■ 山川健一著『自転車散歩の達人』(講談社)
 小説家である山川健一の自転車に関してのエッセイである。彼はある日、自転車を貰う。それから都内の移動を自転車で行なうことなりに、生活が一変してしまう。ほんとうに、その自転車生活が楽しそうなのだ。それにしても面白いのは、自転車がママチャリということであった(笑)。自転車で長距離を走るというと、ロードやMTBというイメージなのだけどママチャリでも、楽しく都内を走り回れるのだ。そうした、自転車に乗ってのあれこれが、ほんとうに楽しく書かれている。ぜひ多くの人にこの本を読んで、自転車ライフを楽しんで欲しい。
 この人だけでないけれど、自転車に嵌ってしまう人って、その嵌り方がいい雰囲気なんだよね。発言は環境問題まで発展する。ただ単に、移動手段が変わったというだけでなく、生き方そのものが土台から変わっていくような。「ビーイング・ナチュラル」という言葉が使われているが、この自然体のところがほんとうにいい。
 この本でぜひチャックしたいのは、そのカフェ案内でもあったりする。付録として彼の良く行くお気に入りのカフェが地図付きで紹介されている。仕事の打ち合わせに使ったりというその雰囲気、料理についてなど、利用する側の紹介で、全部の店に行きたいと思うほどだった。ああ、東京に住んでいる人は羨ましい。

◆ 飯盛山から鶴ヶ城を見る
 先日、会津若松に行った。白虎隊で有名な飯盛山や鶴ヶ城で明治維新の頃のことを思った。NHKの大河ドラマで新撰組が放送されていることも関係しているのだろう。会津と新撰組ということで観光のPRが盛んだった。
 それにしても、面白いものだと考えながら、あちこちの景色の中にいた。
 何が面白いと感じたか。明治維新というのは、薩摩、長州という日本の中心地からずっと離れたところの藩が動かしたものだ。その薩長の戦う相手のこの会津だったりしていたわけだ。もちろん、当時の江戸だって戦いの舞台にはなった。けれど、大きな戦いはこの会津や函館とか、東京とは全く離れたところで行なわれている。
 何のために、戦ったのだろうか。そんなことさえ思えてくる。

■ ビデオ『浮草』小津安二郎監督 [NHK-BS2]
 1934年に撮られた『浮草物語』のリメイク。1959年なので、25年後ということになる。それだけ、撮りたかった作品だったということだろうか。
 とても面白く観た。ある意味で、普通でない恋愛の形が描かれている。熱いキスシーンの場面なんてのもある。それだけに、感情というものが強く出ているものだった。そうした中での小津映画というものを感じることができた。

◆ 日々是ディベート
 ダイアルアップでのインターネット生活が続いている。見るウェブサイトというのはかなり限られている。ご無沙汰してしまっているところも多い。そうした中で、ちょくちょく読んでいるのが、「日々是ディベート」(http://nands.way-nifty.com/)という日記のサイトである。書いている西部氏は友人でもあるので、ある意味でお付き合いではある。でも、正直に言って、面白いのである。ディベートの講師をやっていることで、その周辺の話題が中心である。出張に出て、その仕事のことを考えて、終ってから何を食べたか、など。あとは、家族を愛しているというデレデレの内容(笑)。
 なんで面白いのかを考えてみると、そのテーマ、柱がしっかりしていることがあるだろう。多くの日記というのは、匿名性を維持することで、仕事のことはあやふやになっていることが多い。ただただ、私生活のあれこれが書かれていても、メリハリというものがなかったりする。この日記は、あくまでもディベートインストラクターとしての仕事が中心である。そのオンの部分が明確にあることで、オフの部分も面白く読める。オンとオフのコントラストが明確になることで、面白さがより際立ったものとなっているのだろう。そして、そうした土台の上に立つ、凄さがある。それは、明確なオンとオフという構造がありながら、書かれている文章の内容の不明確なところだ。家での生活というのは、どこからどこまで仕事をしているのか、そうでないのか、よくわからない。普通に読めばサボっているようにも感じられる(笑)。
 そのあたりが、崩れることなく読めるのは、やっぱり文章力なのだろう。それと、深い深い人生経験というものが背景にあるのだろうね。
 プロとして何冊かの本を出している人の文章力について語っても失礼なだけなのだが(笑)、よくよく考えてみるとこうした面白い日記というのはなかなかないようにも思える。毎日のようにアップしてもらえると嬉しいのだが。

■ 阿部重和著『シンセミア 下』(毎日新聞社)
 むむむ……。読み応えは十分にあったり、面白く読んだのは確かだけど。でも……。まあ、わかるんだよね。こうした人間関係というか、田舎の生活にあるような感覚というか。それにしても、ちょっとひど過ぎるんじゃないか(笑)、なんて。架空の町で書かれているのであれば、また違った感覚で読めたのだろうけど。
 やや話は変わるが、僕はこの小説を読んで、森村誠一の『野性の証明』を思い出してしまった。

■ ビデオ『芙蓉鎮』シェ・チン(謝晋)監督 [NHK-BS2]
 やっぱり中国映画は面白い。そう改めて感じることができた映画だった。文化大革命を背景とした、長い長い物語だ。チャン・イーモウ監督の『活きる』と似たようなテーマでもあるのだが、違った感覚がまたいいのであった。
 それにしても、文化大革命というのは辛いものだったのだろう。そうした中で、食べるということの姿がこの映画には描かれている。人間の生きていく、様々な出来事、感情を、ちゃんと支えていることのように思えた。

◆ 花の写真
 きれいな花が咲いているなぁと思っていたら、それはあっという間に枯れてしまっているということがあった。そんなわけで、きれいな花の咲いているのは一瞬のことだ、と思うようになった。
 そして、僕はときどき花の写真を撮っている。
 花というものは、女性に例えられることがよくある。きれいなのは、一瞬のことなのだろうか(笑)。
 先日、ホームセンターなる巨大なお店に行った。そこには花の苗やら肥料やらが大量にあり、多くの人が購入していた。あちこちに咲いている多くの花たちは、ただ単に自然に咲いているわけではなかったようである。誰かが、ちゃんと手入れをして、花のある街というものを作っていた。
 それだけに、写真に撮るということに、興味を持つようになってきている。

◆ 食料事情
 現代の日本の食糧自給率というのはかなりの低さのようである。しかし、このところの僕の食事というものを考えてみると、けっこうな高い率にあるように思える。米は買ってきているわけだが、当然というか国産のものだ。味噌汁の味噌は、近くの店の手づくりものを使っていたりしている。おかずとなるものの、ほとんどは家で採れたものだ。ちなみに最近僕が知ったこうした食べ物の名前は、こごみ、三つ葉、うるい、うこぎ、アスパラなど。あと、親戚の人やご近所の人からの、ぜんまい、タケノコといった貰い物も多い。もちろん、こうしたものだけが食事となるのではなく、魚とか肉とかも食べるけど。
 実は、けっこう食べるのが大変なのである。季節の野菜ばかりというか、保存がきかないみたいなものみたいで、できるだけ早いうちに食べなければならない。なかなか他の食材を買うまでに至らないのだ(笑)。
 一般的なイメージとして、江戸時代とかの遠い昔の人たちは寂しい食生活だったろう、というのがあるだろう。毎日芋ばかり食べていたとか。けれど、季節の食べ物は、次々に新しいものが出てくる。けっこういろいろな種類のものを、食べていたのではないかと思えるのだ。
 現代の、ファストフードばかりを食べている食生活というのは、実はかなり貧しいことのようにも思えてきている。

■ ビデオ『サボテンの花』ジーン・サックス監督 [NHK-BS2]
 チューリップの曲でなくて、映画で「サボテンの花」というのがあったとは(笑)。1969年初公開なので、やや古めのコメディ映画。独身で若い女の子大好きの歯医者の先生は楽しく生きているのだけど、ちょっと困った状況に陥る。なんだかんだあって、長い間仕事の助手となっていた女性と気持が通じ合っていることに気がつくという、楽しいお話である。こういうことって、身近なところでもよくあるかな、なんて思えてしまう。
 それにしても、ゴールディ・ホーンが良かった!

◆ 戦前という時代
 小津安二郎の映画を観て思ったことがある。別に彼の映画だからというわけでもないけど。いくつかの小津映画を観ていると、戦前に撮られたものもあったりする。その頃の生活みたいなものを感じることができるわけだ。服装や家屋、そうしたものだけでなく、その当時の人たちが何を考えていたか、など。
 戦前という時代は遠いところにあった。モノクロ写真でしかない動くことのないイメージ。それが、小津映画を観ることで変わってしまったように思う。戦前という時代はそんなに遠くはなく、ほんとうにすぐ隣にあった。人間だって、今とそう変わっているわけではない。正直なところ、現代の方がおかしな世の中だと思えるほど。けれど、戦前のその小津映画に映し出されていた時代、日本は戦争を行なっていたわけである。なんでそんなバカなことをやったのだろうと思わずにはいられない。バカと言えば、現代の日本も、変わりないのかもしれないけれど。

■ 鷺沢崩著『ウェルカム・ホーム!』(新潮社)
 彼女の最新作である。発行日は3月20日だ。「渡辺毅のウェルカム・ホーム」と「児島律子のウェルカム・ホーム」の2つの物語が収められている。とても良かった。登場人物と一緒になって、笑ったり、怒ったり、うなづいて、そして最後には涙を流してしまった。
 現代を生きる20代から40代(まで対象にしてください)まで男女は、この物語を読んで、静かに惹かれるものがあるのではないだろうか。難しいことはない、とても読みやすい。
 それしても、こんなにも「ホーム」というものに対しての気持を抱えているということに、寂しさを感じてしまった。誰もがこうした「ホーム」への想いを持っているのだろうけど。この物語に描かれている想いというのは、明確な形のあるものではない。あやふやで、すぐにどこかに飛んでいきそうなものだ。
 読み終えたところで、良かったという思いと、どうにもならない気持ちとが入り組んでいた。



being natural 2004/5 #4 

2004/5/31 

◆ アスパラ

 今何が一番美味しいですか? と聞かれたならば(誰も聞いてくれないけど)、「アスパラが美味しいですね」と堪えたい。実を言うと、このアスパラという食べ物はそんなに好きではなかった。アスパラベーコンは好きだけど、自分で買って料理をしたということは過去にはない。香りとか歯ざわりとか、よくわからないけどそんなに馴染めないでいた。
 このところ食べているアスパラというものは、庭で採れたものだ。ちゃんと栽培しているというわけではない。雑草のように、その辺に生えているのだ。ちゃんと種を買って蒔いているという話ではあったが。スーパーなどで売られているアスパラとはちょっと違う。はっきり言えば、そんなに立派ではない。かなり細い。直径数ミリしかない。たまに5ミリを超えるようなものがあると、それはそれは嬉しい発見だったりする。最初の頃はこのアスパラを採るというのがなかなか難しかった。小さいのでなかなか見つからない。ふと足元を振り返ると何本も生えていたりするのだが。そんなに生えているところは広くないので、採れて片手でいっぱいくらい。それを、軽く茹でて食べる。だいたいは、醤油をかけるか、マヨネーズをかける。細いことで、歯ざわりがとてもやさしい。味も、キツイ香りがするわけではなく、ほんわりとアスパラの味がする。強く主張していないところがいい。こごみと一緒に食べるのも美味しい。
 でも、食べたいときに、採れるとは限らない。長く保存することもできない。採って食べるというシンプルな美味しさだ。

■ ビデオ『木曜組曲』篠原哲雄監督http://www.cqn.co.jp/MOKUYO/) [日本映画専門チャンネル]
 この映画は面白かった。ひとつの屋敷の中が舞台で、外の場面はほとんどない。登場人物もほぼ6人の女性に限られている。そうした限定された世界での魅力に溢れているものだったと感じられるものだった。正直なところ、物語としてはちょっと物足りないというか、不満なところはあったけど。
 女優のひとりひとりがほんとうに素晴らしい。そして、楽しかったのは料理の映像だ。美味しそうな料理がどんどん出てきて、トドになるんじゃないかというような感じで食べている(笑)。
 登場人物たちは1年に一度、この屋敷に集まることになっているのだけど、こういう集いをやりたいものだと思ってしまった。何かの事件の謎を解く、なんてテーマがあったらなんだかドキドキして面白そうだよね。

◆ F1モナコGP
 佐藤琢磨の7番グリッドからのスタートということで、リアルタイムでテレビを見てしまった。このところの僕のF1観戦というものは、たいていビデオに撮って、翌日に見るということが普通のことになっていた。歳を取ると共に、夜更かしが辛くなっている(涙)。モナコというコースはよく知られているように、一般公道である。その辺にある普通の二車線の道路よりも狭いくらいではないだろうか。そこでレースを行なうのである。1台で走るだけでもF1というのは凄いのに、それがあのコースで行なうなんて。佐藤琢磨はフリー走行から好調で、一番良かったセッションでは2番手のタイムも出していた。7番グリッドというのは、かなり「悪い」ポジションだった。
 フジテレビの放送時間が早かったこともあたったのだが、何よりも琢磨のモナコでの走りに僕も一緒に興奮したかった。
 緊張のスタートで琢磨はやってくれた。一瞬フライングでは、と思うほどの素晴らしいスタートダッシュ! 数周でマシントラブルのためにリタイアしてしまったが、闘っている琢磨はカッコよかった。いろいろなスポーツシーンで、日本人の活躍がニュースとして伝えられる。順位を付けるのはあまりいいことではないかもしれないけど、佐藤琢磨は、今世界で一番上のところで闘っている日本人だろう。
 前に、第2期のホンダ(ウイリアムズとのジョイント)が優勝したときに、NHKがトップニュースで扱ったことがあった。今シーズン、佐藤琢磨の優勝の可能性は十分にある。

■ ビデオ『undo』岩井俊二監督 [日本映画専門チャンネル]
 豊川悦司に山口智子という豪華な競演。よくわからなかったけど、ああいうマンションはあるのだろうかと、ずっと考えたりしてしまったのであった。でも、映像は独特で、縛られている山口智子はとてもキレイだった……。

■ ビデオ『ノーライフキング』市川準監督 [日本映画専門チャンネル]
 よくよく考えてみると、いとうせいこう原作の小説は読んでいたのであった。原作もよくわからなかったけど、この映画もよくわからなかった(笑)。やっぱり、ゲームをやっていないとわからないのかな。
 それにしても、パソコンの画面がよく出てきた映画なのだが、なんとMS-DOSだったような……。

◆ 成せばなる 成さねばならぬ 何事も
 松ヶ岬公園というところに行った。上杉藩の居城である米沢城のあったところだ。団体の客も来ていたみたいで、写真を撮っていたり、それなりに賑わっている景色があった。僕は上杉鷹山の銅像を見上げていた。僕の好きな人物でもあり、感慨深くその表情を見ていた。
 銅像の脇には、有名な「成せばなる 成さねばならぬ 何事も」という言葉が書かれている。隣には数人の観光客(オジサンたち)がいて、上杉鷹山について語り合っていた。その声が僕の方にも聴こえてきた。
「ふむふむ。立派なことを言った人だったんだね。これはあれか、宝くじも買わなきゃ、当たらないってことだべね」
 まあ、そういうことでもあるのだろうけど……。

■ リービ英雄著『日本語を書く部屋』(岩波書店) [図書館]
 彼の本を読むのは確か3冊目くらい。この本では彼のバックボーンというか、どういう文学を読んできたか、研究してきたかなどが書かれており、興味深いものだった。
『万葉集』についてけっこういろいろなことが書かれている。京都から明日香を歩きまわったなんてことを読むと、僕もその大和の景色を見てみたくなってしまった。景色を見ることで、日本語の言葉というものを、より深く感じることができるのではないかと。

◆ またまた国民年金について
 このところ悩んでいることがある(ウソだけど)。ドルフィンホテルの営業をしばらく自粛しようかどうかについて。国民年金の未納という理由で何人かの政治家がその役職を降りた。ニュースキャスターなどでも、このことを理由に活動を休んだりしている。僕だって、未納期間があるわけで、何らかの責任を取らなくちゃいけないのではないかと……。
 でも、よーく考えてみるとなんで国民年金を未納したことで辞めなくちゃいけないのかが僕にはわからない。税金と国民年金とではその性格がちょっと違っている。どちらもまあ義務で支払わなければいけないと言われてはいるけれど、国民年金の場合は完全にそうかというと違うように思える。国民年金は未納期間というものが存在するわけだが、その期間に関しては国民年金は支払われない。つまり、未納があったら未納した人の損になるんだよ、という理論のはずだ。だからこそ、そんなに強く国民年金を払いなさい、という主張はされてなかったと僕は解釈している。
 でも、今の国民年金に関するイメージというのは、支払いをしている人の方が損をしている、というものになっている。本来の国民年金の考え(支払わなかった人が損をする)とは逆の方に行っているように僕には感じられる。そして、国民年金を支払わなかった政治家が役職を辞めるというのは、「支払いをしている人の方が損をしている」というイメージを膨らませているだけのように思うのだが。
 未納していた政治家などの皆さんは、「ああ、未納期間が出来てしまったことで、老後の生活が苦しくなる。とても辛いことだ」とか何とか言えばよかったと思うけど(笑)。
 本来であれば、得をするから支払ってねというものが、損だけど無理やり支払わなくちゃいけないんだよ、と変わってしまっているところが問題なのだ。損をするんだったら、誰だって嫌だよね。

■ ビデオ『ガイア・ガールズ』ジャノ・ウィリアムズ/キム・ロンジノット監督 [日本映画専門チャンネル]
 このドキュメンタリー映画は、なんとイギリスBBCにより製作されたものだった。長与千種率いる女子プロレス団体ガイア・ジャパンが、細部の風景まで描き出されている。厳しいトレーニングの中、去っていく人もいる。感動的な面よりも、プロレスという厳しさの方が全面的に出ているように思えた。
 何だかんだ言って僕はプロレスが好きである。リングの上で表現される熱い想い。そうしたものの内側を見せてもらったような気がした。

◆ ストーリー
 今さらという話になるのだが、最近のF1というのはあまり面白くない。僕が最初にF1を意識したのは中学生の頃なのだが、テレビ中継なんて無くても、その興奮は凄いものだった。中嶋悟がF1に行ったときも、毎レース、テレビの前で正座をしてそのスタートを見守った。でも、今はそんな気持はない。
 僕が変わったのか。それも確かにあるのだが、それだけではないだろう。興味が薄れてきたと共に、何が原因なのかを僕は考えていた。
「今のF1には物語がない」
 これが僕の行き着いた結論である。ドラマがないのである。手に汗握るものには、物語というものがある。だから面白い。しかし、今のF1で物語と言えるものは数少ない。
 では、F1における物語とは何か。

・かつて物語であったもの
「コーリン・チャップマン」「エンツォ・フェラーリ」「ケン・ティレル」「アイルトン・セナ」「ナイジェル・マンセル」「ジル・ビルニューブ」「ジョディ・シャクター」「ネルソン・ピケ」「中嶋悟」「ホンダ」「ベネトン」「モナコ」など
・現在かろうじて物語となっているもの
「佐藤琢磨」「ミハイル・シューマッハ」……
・現在のF1で、存在しているが物語が終ってしまったもの、物語に成り得ないもの
「フランク・ウイリアムズ」「ホンダ」「トヨタ」「ルノー」「ジャガー」

 物語というのは、下から上へと這い上がっていくドラマである。例えば、第二期のホンダには物語があった。けれど、今の第三期にはない。第三期ホンダが物語と成るためには、シャーシーも含めてのF1参戦しか無かったはずだ。
 ホンダに代表されるように、チームというものに物語が無さ過ぎる。ルノーなんて、ベネトンからただ単に名前を変えただけというイメージしかない。ジャガーもそうだし。トヨタは物語を持つ可能性はあったが、とても日本のチームだとは思えないし、即戦力としてのチーム作りであったなら、もうすでにチャンピオン争いの状態でなければならなかったはず。もちろん、巨大な産業と化した今のF1に昔のようなチームの個性なんて求められないのかもしれない。けれど、ベンツやBMWやルノーだって、自動車としてのイメージとF1のイメージは別のものになっているとしか感じられない。その点、昔のフェラーリは良かった。よく壊れるけど、その妥協を許さない12気筒はカッコよかった。チャンピオンになる強さはなくても、イタリアで優勝すれば最高の物語だった。
 サーキットはもう物語とは成り得ない。どこも同じような景色の、同じようなコーナーだけのものとなっている。バーレーンなんてひどいものだった。ブランズハッチには物語があったし、アメリカのロングビーチにもあった。
 ドライバーは、佐藤琢磨くらいしか思い浮かばない。長い間、F1はヨーロッパと南米のものだった(アメリカもちょっと)。日本人というよりも、ヨーロッパでない文化圏出身のドライバーが、これからのF1の物語であるはず。

◆ 自然がいいね、と言うけれど
 東京と比べたならば、今の僕の住んでいるところは自然と言えるものが多い。窓を開けていると、風がとても涼しい。気持がいい。緑が多く、自然な食べ物も多い。
 しかし、それが快適な暮らしかというと、そんなことはないのである。
 例えば、窓を開けている。ふと気がつくと、何かが僕の目の前を横切る……。次にはもの凄いスピードで僕に襲い掛かってくる。うわぁ。巨大なハチだったりするのだ。けっこうコワイ。それにこれからは蚊がどんどん出てくる。繊細な僕は(笑)、実は肌が弱い。子供の頃には蚊に刺されて、あちこち赤く腫れている状態だった。
 台所周辺では、アリさんが元気だ。別にボクシングをやっているわけではない……。ちょっと甘いものがあると、驚くくらいの状態となっている。蠅もすごい。追っ払ってやろうとしても、まったく去ってくれない。ああ、なんとも辛いものがあるのだ。

■ ビデオ『怪盗ブラック・タイガー』ウィシット・サーサナティヤン監督 [WOWOW]
 なんと、タイ映画である。レトロな雰囲気が漂う。凄かった(笑)。銃撃シーンなんて、もう言葉も出ないほど。血を流したりする場面の凄いのだけど、甘さと辛さが一体となったタイ料理を思わせるものだった。何といっても凄かったのは、拳銃を撃ち合ったとき、その弾が空中でぶつかってしまうのである。今風のSFXだったなら見応えがあるのかもしれないけど、感激を通り越して笑いがでてしまうほとだった。正直なところ、バカにしたいような場面はいくつもあるのだけど、なんとも憎めないのである。こういう映画に嵌っていく人もいるのかもしれない。

◆ 狭い家
 リフォームの番組、「大改造!!劇的ビフォーアフター」(http://www.asahi.co.jp/daikaizo/)を見ていて、強く思ったことがあった。
 ある回で、5人くらいの家族が、狭い家での生活を嘆いていた。子供には年頃のキレイな女の子もいて、確かに大変そうだった。ひとりになれるような場所はありそうにない。寝ている布団の上を通って隣の部屋に行ったり。
 こうした狭いという家はよく出てくる。でもどうしてだろう、とても幸せそうに見えるんだよね。狭いけれど、その中で助け合っているように感じられる。プライバシーのないような家だからこそ、相手の気持になっているような。
 家が広ければプライバシーがあり、みんな幸せかというとそうでもなかったりする。家族への気遣いというものが、ない場合も多いように思える。
 狭い家からリフォームして、広いところでの暮らし。狭さを知っていれば、幸せな暮らしになるのだろう。でも、ただ単に広ければいいものでもないように思える。

■ ビデオ『白い刻印』ポール・シュレーダー監督 [NHK-BS2]
 主人公の警官ウェイドは、父親との関係で心の中に傷のようなものを持っている。離婚して子供も離れていってしまう。ある意味で、よくある設定のような気もする。警官ウェイドはそんなに悪い奴ではない。この映画の舞台は深く雪の降る町だ。寒さで観ている方までそれが伝わってくる。単に身体だけではない。心までも寒さで震えてきてしまうようなのだ。ウェイドという男のことが深く伝わってくるのだけど、なんとも言いようのない寂しい気持になってしまう映画だった。

◆ ドルフィンホテルの更新
 この数日、立て続けにドルフィンホテルの更新を行なった。前から、書こう作ろうと思っていたものを、ようやく形にすることができ、肩の荷が下りたという気持でいる。
 まずは「四国遍路日記」についてなのだが、これは僕のライフワークみたいなもので(笑)、1年以上も書かずにいたのでかなり気になっていた。長い長い話でもあるので、それなりに書く時間も必要だった。
 そして似たようなものだが、「秩父巡礼道散歩」というのも、ずっとやりたいと思っていた旅で当然のようにそのレポートも書きたいというのが頭の中にあった。ただの文章だけでなく、撮った写真も一緒にしようと。ただ、あまりにも大量の写真をうまく処理することができなかったという反省があった。何せ三十四箇所の寺を全部載せるだけでも、それなりのスペースが必要となる。途中の道や景色の写真も載せたい。かなり削ったつもりでいるが、それでもかなりの写真の数になってしまった。試行錯誤で作ったページなのだが、出来としてはあまり納得していない。でも、これから作り直すのも大変で(笑)。
「東京公園読書」は、こうした反省を踏まえてデザインしていった。だいたいひとつのページに1日か2日かかった。ひとつを作り終えてから、次のアイデアを考えてという感じで、ちょっとずつ良くなっていったのではないかと思っている。ちなみに、自分としては一番最後につくった東京公園読書の表紙のページが一番気に入っている。
 いつか、ドルフィンホテル全体のデザインにも手を加えたいという気持がなくはないが、やっぱり大変なのだ(笑)。



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