DOLPHINHOTEL
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DOLPHIN HOTEL 読書夜話2004年7月

WEEPING IN THE RAIN 2004/7 #1 

2004/7/11 
◆ 変化
 東京から離れて数ヶ月が過ぎた。東京に戻りたいという気持もあるけれど、もう戻れないのかもしれない、という気持もある。自分でもこんな風に考えるようになるとは思ってもいなかったけど。
 どうしてかというと、それは食生活についてだ。こちらでは、普通に食卓に野菜というものが並ぶ。おかずが4つあるとしたならば、野菜・野菜・野菜・魚という感じである。例えばテレビなんかで、野菜のあるバランスのとれた食生活の見本のメニューなんかを見ると、「野菜が少ないんじゃないの」と真面目に思ってしまうのだ。
 別にそんなに野菜が好きだというわけではない。でも、居酒屋とかでほんのちょっとの量しか出てこない野菜サラダなんかを食べる生活というのは、とても貧しいことのようにも思えてきてしまっているのである。
 食生活以外の面でも、考え方は変わってきていうのかな。例えば、テレビのCMでお台場の超豪華マンションが出ていたとする。タダであげるよと言われても、別に住みたいとは思わない。どうして世間では、ああいった建物に住みたがるのだろう、なんて真剣に考えたりする。
 僕の考え方は、どんなところへ進んでいくのだろうか。

■ ビデオ『東京の宿』小津安二郎監督 [NHK-BS2]
 戦前の無声映画だった。小さな子供のいる父親がなんとも苦労している話なのだが、僕はこの映画を観て、藤沢周平の短編小説を読んだのと同じようなものを感じたような気がした。ふとした通りがかりのようなものなのだ。そこにちょっとした気持というものがあったりする。静かに、淡々とした話なのだけど。

◆ プロ野球の合併問題
 プロ野球の合併問題について色々と書こうと思っていた。どこかのオーナーの言葉のバカさ加減についてとかね。
 ところで話は変わるがなんて「オーナー」なのだろうか? かっこ悪い言い方だと思うけど。
 書きたいことはいっぱいあったけど、おかしいなと思っていた感覚が何であったのかわかってしまったなら、急に醒めてしまった。どうでもいいというか、何らかの方向に勝手に進むしかないのだろうし。
 わかった、というのは正確な表現ではないけれど、この合併問題って、銀行の合併ととても良く似ているように思ってしまったわけだ。銀行があちこち合併して、元の銀行が何だったのかわからなくなってしまいそうなのだけど、今のプロ野球も同じ感覚ではないのか。代表者の表情というか、言っていることが全く同じように見える。いっそのこと、新球団名は「近鉄オリックス・バファローズ&ブルーウエーブ」としたらいいのではないか。この方が問題の本質をついていて、とてもわかりやすいはず。
 ある銀行合併のとき、コンピューターシステムがうまく稼動しないということが起こった。上の方だけで、勝手に決めたって、簡単に全社がその方向で動くのは難しい。野球のチームというソフトだって、同じだと思うけど。
 それにしても、合併すればチームは強くなり、両者のファンは応援してくれるものだと思っているのだろうか。
 激動の2004年のプロ野球なのだけど、前半戦のセ・リーグの首位が中日ドラゴンズというとことが興味深い。落合が監督になって、基本的には大きな補強というものを行なわず昨年と同じ選手で闘っているわけだ。僕は特定のチームを応援するということはないのだが、今年のドラゴンズにはこのまま優勝して欲しいと思っている。

■ 金水敏著『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』(岩波書店)
 前に「NHK週刊ブックレビュー」で取り上げられたときに購入し、そのまま僕の本棚で眠ってしまっていた本。いやあ、面白かった。小説をより楽しむには、ぜひこの本を読むべし!(笑)
 例えば、上司が部下に「○○したまえ」なんて場面が小説やマンガなんかには出てきたりする。でも、実際はこんな台詞を使う人なんていない。上司、それぞれに個性があり、その人独自の言い方というのがあるわけである。しかし、脇役である人物を詳しく描写していたならばきりが無いというか面倒なわけで、そこでこうした「役割語」というものが出てきているわけだ。実は、一見リアルに見えるけれど、そうではないバーチャルな世界というのが繰り広げられている。読み手の方も気づくことなく、その世界に浸ってしまっているわけだ。
 こんな風な言葉の世界があったとは。

◆ F1フランスGP
 ミハイル・シューマッハがどんなに凄い奴かを再認識されられるようなレースだった。あれだけレースに勝ちに勝って、それでもまだ勝ちたいという情熱は何なのだろうか。他のチーム、ドライバーだって、勝つために相当な努力をしているはずなのだ。ミハイルは間違いなく、ライバルの上を行くモチベーションと努力を持ってF1を闘っていると言えるだろう。
 彼の凄いところは、ただ単にドライバーとしての技術だけではない。チームを変えてしまう政治力にある。政治力というとちょっと語弊があるかもしれないが、チームを変えていく努力だ。正直に言ってフェラーリというのはF1に勝つシステムを持ったチームとは言えなかった。ミハイルが来てから、変わったと言わざるを得ない。
 ユーロ2004が終わり、サッカー・ドイツ代表チームの次の監督が誰になるのか、けっこう話題となっている。僕はミハイル・シューマッハがいいと思うのだ。監督という直接指示を出す立場が無理というのであれば、GMのようなポジションでもいい。優勝するために仕事をする、ということにおいてはミハイル・シューマッハが、間違いなく世界でナンバーワンなのではないか。

◆ もろへいや
 一時期、「もろへいや」という食べ物が栄養満点ということでブームになっていたと思う。もろへいやの入っているジュースとか、他にも色々あるように思うが。でも、実物を見るということは僕の人生では無かった。もろへいやそのものを食べたということもなかったように思う。
 ところが食べてしまったのである。ネバネバがあると噂には聞いていたが、想像を絶するネバネバに僕はかなり驚いた。この数ヶ月いろいろな草というものを食べてきたが、このネバネバは悪いがギブアップだ。合う合わないがあるのかもしれない。ネバネバ好きな人は、かなり貴重なものかもしれないけどね。

■ ビデオ『スキンレスナイト』望月六郎監督 [日本映画専門チャンネル]
 悲しいAV監督の物語だった。AVというと凄いことのようにも思ってしまうのだが、それについての日常的な淡々とした会話が面白かった。これがAVでなく、教育映画とかでも、ほとんど変わらないようにも思えてしまった(笑)。そんな中でも、もちろん悩む。人生とは常に悩み、苦しいときもあるのであった。

◆ ダイエット
 なんと風邪を引いてしまった。まるまる1日半くらい38.5度という熱の状態にあった。久しぶりに食欲のない状態となり体重までも減ってしまった。でも、風邪というのはたまには引いたりするものであり、いいダイエットと言えないこともない(笑)。なにしろ2〜3キロほどは減ってしまったのだ。今年の初めから比べると、これで5キロくらいはダウンしている。別に身体がおかしいということではない。元々太りすぎの傾向にあったので、自分としてはいい方向に行ったと喜んでいたりもしている。

■ ビデオ『愛する人々』ドワイト・H・リトル監督 [NHK-BS2]
 アメリカというと「大草原の小さな家」というドラマをまず第一に思い出す。この映画はそうした家族の暖かさを感じることができるものだった。
 それにしても、幸せというものはなんでこう惨いのだろうか……。なんて悲しい気持にもなる。でも、素直にこうしたアメリカの家族の映画はいいです。

◆ ユーロ2004ファイナル
 ギリシャがポルトガルを破り、ヨーロッパ・ナンバーワンとなってしまった。でも、サッカーはどこが勝つかわからないスポーツだとは言われるけど、何が強くて、何が弱いことなのかと考え込んでもしまった。
 ギリシャがこの大会で圧倒的に強かったかというとそうではない。予選リーグでロシアに敗れているのだ。そのロシアと日本U−23チームは2月11日に1対1の引き分けの試合をしている。この日本のオリンピック代表チームは、4月21日にギリシャで、ギリシャ代表チームと戦い1対1、24日にはギリシャ選抜チームと戦い2対1で勝利している。
 もちろん、メンバーだって違うし、こうしたことは結果論だと言われてしまうことだ。でも、日本は、代表チームではなく、オリンピック代表チームだったのである。サッカーにあまり詳しくない僕なんかがこうした結果をみると、おおお日本だってユーロ2004に出てたら優勝したかもしれないじゃないか、なんて思ってしまう(笑)。
 サッカーを見ていて、確かに面白いと思う。でも、こうした短期決戦で勝敗を決めることのできるスポーツなのかな、なんてことを考えてしまう。勝敗と強弱というのは、違うものだな、と。当然のことと言われてしまえばそれまでなのだけど。

◆ おかひじき
 このところ食べているもので、まあまあ好きなのがこの「おかひじき」である。よくよく考えると、芝生の草を食べているような気がしないではないが(笑)。さっと茹でる。とにかく何でも茹でるのが基本である。このおかひじきの場合は、辛子醤油で和える。美味しい。
 たまには他の食べ方で食べたいような気がしないでもないが。とにかく、日本の食材と醤油というものが、こんなにも密接な関係にあったのかと思い知らせれる連続なのである。考えてみると、この地方にはちゃんと醤油のメーカーなんかもある。もっとも、塩分の取りすぎの傾向があるのだろうけど。
 でも、この歯応えは「野菜を食べている」という感じがして嬉しい。こういう食べものがいっぱいあるような居酒屋とか定食屋が東京にあったら、なんて思ってしまうのだけどね。

◆ 野菜
 いろいろな野菜を食べて思うことがある。東京にいた頃、どれだけこうした野菜について知っていたのだろうか、なんてことを考える。おかひじきを調べている過程で、ハウス食品(http://www.housefoods.co.jp/)のサイトの中にある「食材図鑑」(http://www.housefoods.co.jp/frame/zukan02.htm)というのを見つけた。なんとここには「モロヘイヤ」も「おかひじき」もあった。その気になりさえすれば、東京でもいくらでも食べられたのかもしれない。勝手の僕の方で、野菜の種類を狭めていただけだったのかも。
 まだ読んだことのない本を読むのと同じように、食べたことのない野菜を食べるというのは、楽しいことだ。どちらも心にも身体にも、いい栄養となる。太陽や雨の自然の中で育った野菜が美味しいように、面白い本というのも、ちょっとばかり厳しい自然の中で育ったものなのではないだろうか。このところの本というのは、なんだか温室栽培されたものが多いように思えたりしてね。

■ ビデオ『お茶漬の味』小津安二郎監督 [NHK-BS2]
 よくある小津映画であるのだけど、熟年の夫婦関係というものが鋭く深く、追求されたいたように思う。あぶないな、と夫婦の関係について悩んでいる人はこの映画を観ると、いい方向に進むかもしれない。どうなるかは、もちろんわからないが。

■ 李春成著『不器用な王者たち』(ぴあ) [図書館]
 13人もの人が取り上げられているスポーツ・ノンフィクションである。僕は、小倉隆史や、岩本輝雄なんて名前に惹かれてしまったのであった。それに村浜武洋なんてのが載っているのがあまりにも憎い。そしてトリは加藤大治郎なのだ。ちょっと有名には成り得ていないような人達の話は魅力的なものだった。
 でも、この本はちょっと変わっているのだ(笑)。それぞれの人に関する話の前に、関係ないように長い話がある。ちょっとした前置きというには長すぎる、作者の自分の話がある。僕なんかは、それを読むことによって、彼の生きた時代を感じ、その視線からのスポーツや世の中に対しての感覚が感じられ、面白く読むことができた。ちょっと癖があると言えば、癖があるのかな。
 タイトルの「不器用な」という形容詞は、取り上げられた人達だけでなく、作者自身のことでもあったりするようだった。

◆ ER !!
 正直なところ、このところ冴えない毎日を送っている。まあ、僕が悪いのだけど。そんな中でもちょっとした楽しみというものがあったりする。テレビ番組だ。なんとなんと、「ER緊急救命室」の第1シリーズが放送されているのだ!
 レンタルで借りることはできたわけだけど、どーにも面倒。いつか見るチャンスがあるだろうと思っていた。先日テレビのチャンネルをあれこれと切り替えていたら、偶然にも「ER」が放送されている。調べてみると「スーパーチャンネル」(http://www.super-ch.com/line/er/index.html)でちょうど始まったばかり。そしてそして、7月17日(土)から19日(日)に第1シリーズ全25話が一挙放送となるのだ。
 ということで、一挙放送を録画して楽しもうとしている。それにしても、ほんと楽しみだ。



Enomous Changes at the Last Minute 2004/7 #2 

2004/7/19 

◆ 雨のなかの猫
 雨が降っている。とても寒い。ほんの数日前は暑くて暑くて、半ズボンにTシャツで過ごしていたのに。ついそこまで来ていた夏はどこかに行ったようだ。雨が降れば自転車に乗って出かけることも出来ない。まあ、無理すれば出来ないこともないが、僕も人並みに雨に濡れるのは嫌だ。
 でも、雨で憂鬱な気持になっているのは僕だけではなかった。猫が雨宿りをしていたのだ。近所の猫なのだが、いつもは我が家の石油タンクの下で寝ていることが多い。白い猫なのだけど、痩せているというか、毛並みもあまりよくない。この雨の日はとても寒そうだった。いつもの石油タンク下だと濡れてしまうみたいで、軒下にいたのだ。僕は近づき、抱いてあげようとした。嫌われたのか、口を大きく開けて歯を見せる。ちょっとコワイ(笑)。
 よくよく考えると、今の僕の暮らしというのはこの猫に似ているようだ。気ままに毎日を過ごしている。でも、雨が降ると行動範囲は限られる。寒そうにしている。
 僕はせめてこの猫に触れたかった。けれど、雨にあたり、僕から離れていくのだった。

◆ インターネットの映像コンテンツ
 ブロードバンドを導入して、一番楽しみにいていたのは「映像コンテンツ」というものだった。自宅にいながらにして、映画その他の好きな映像を見ることができるなんて、凄いことだと思っていたのだ。けれど、実際のところ、今だに何かを見るということはない。お金が掛かるというのもあるのだけど、それ以上に面白いコンテンツがないような気がしてならないのだけど。
 正直なところ、僕のノートパソコンの画面で映画を見るのは辛い。僕の持っているテレビは14インチなので、大して違いはないのだけど、気持の面で映画を見るという気にはならない。スポーツ系のコンテンツというのはほとんどないように思える。プロレスなどはやっているが、別に見ようとは思わないし。生放送で何かの試合をやってもらえるのであれば、見たいと思うけど。これは別にプロレスでなくて、サッカーでもいいし、ぜひいろいろなスポーツのライブをインターネットでやって欲しいと思うけど。
 たぶん、現在の「映像コンテンツ」の主流というのは韓国ドラマのような気がする。映画ほど内容が重くないし、気軽に見れるドラマというのはちょうどいいのだ。でも、お金を払ってまでも見る気にはならない。
 まだまだ、インターネットの映像配信というのは実験的に行なわれているに過ぎないような気がする。テレビとか他のメディアのものを、マニアックな人を対象にインターネットを使っているという感じ。
 テレビではないインターネットだからこその映像コンテンツというものが早く出てきてくれないかと僕は思うのだ。
 とりあえずあったらいいな、と思うのは、ノンフィクション、ドキュメンタリー関係。例えば、TBS系の「ZONE」(http://www.tbs.co.jp/zone/)とか、「情熱大陸」(http://mbs.jp/jyonetsu/index2.html)なんかも面白い。こうした番組というのはスポーツとか音楽とか、何らかのジャンルと結びついているわけで、インターネットを通してより広がりを持つことができるはず。30分くらいの番組というのはインターネットで見るにはちょうどいい長さだと思うし、こうした番組がデーターベース化されたならば、何かを調べたりするのにも具合がいい。
 NHK−BSの「週刊ブックレビュー」なんかもインターネットで放送されて欲しい番組だ。見ればすぐに本が欲しくなるし、そこからすぐに本を購入することだって可能。もちろんデーターベース化されていれば、こんなに嬉しいことはない。いつまでも、BSでひっそりとやっているよりは、ぜひインターネットを利用して欲しいものだ。
 たぶん、インターネットを使った映像であれば、大きなテレビ局でなくても簡単に作ることは可能のはず。書店が作ってもいいし、スポーツだったら、プロ野球の球団が選手をピックアップしたドキュメンタリーとか、トーク番組なんかを作ってもいいはずだ。
 こうしたことを考えると、大きな可能性があるし、楽しみが広がってくるではないか。

■ ビデオ『毎日が夏休み』金子修介監督 [NHK-BS2]
 これはとても楽しく観ることができた。やっぱり映画は楽しくなければならない。くらーい感じで90分も画面を観ているのは嫌だもんな。正直なところ、林海寺スギナ役の演技はあまりうまくはない。それでも許せてしまうというところが、この映画の持つナイスなところ。
 離婚経験のある家族ではあるのだけど、前向きで、実はかなり深い映画であるようにも感じられたのでした。

◆ 合併
 僕はもう日本のプロ野球の話はしないのである(笑)。今回話をしたい合併というのは、オンラインDVDレンタルについて。地方にいると、どうしてもこういう存在というのが気になるのだ。ちょっと自転車を走らせればTSUTAYAがあるので、そこで借りるというのは可能なのだけど、種類の少ないのはどうにもならない。特に僕が借りたいと思うアジア映画なんて皆無に等しい。そんなわけでオンラインDVDレンタルというのは、いつか会員になりたいという気持はあるのだ。
 まだ日も浅いこのサービス。主なところで3つの会社が存在していた。このくらいあることで、いい意味での競争があり、それぞれの特徴を出そうとDVDも充実し、値段も安くなるのだろうと思っていた。ところが、2社(DVDZOO、ぽすれん)が統合というか、合併することになったんだよね。3社あったのが、2社になるというのはかなり辛いことだ。
 どこの会員にもなっていない僕には「合併反対」という声を出してはいけないのだろうか。もう、決められてしまったことで、どうにもならないようは雰囲気なのだが。
 それでも僕はこのオンラインDVDレンタルという分野の将来を考えたならば、反対である。映画館がメジャー資本で運営されているような状況では、いい映画というものが何であるかわからなくなってしまう。インターネットは、巨大な広告の世界と、ちょっと違ったところにあるからこそ面白いのだ。インターネットであれば、マイナーな映画でも、多くの人に観られる可能性があるはずなのに。
 統合なんてしないで、特徴のある2つを運営して、インターネットの世界を広げていけばいいのだ。声を大にして言うけど、合併反対だ。まったく、「ぽすれん」(http://www.dvdzoo.jp/index.php?page=about_merge&PHPSESSID=9a1c9b815f04fe88851401c3af2fe8fb)とはどういう会社なんだと僕はけっこう怒っているのである。

■ ケンタロウ著『ケンタロウの「おいしい毎日」』(講談社) [図書館]
 まずはこのタイトルについて。ただでさえ、苗字のない「ケンタロウ」という名前には違和感がある。その上で本のタイトルに「ケンタロウの」とあるのはいかがなものだろうか(笑)。著者名と本のタイトルとを並べて書くと、なんとも野暮な雰囲気になると感じているのは僕だけだろうか。でもまあ、目立っていいのかもしれないが。
 それにしても、この人凄い。何が凄いかと言うと、調理師免許を持っていないのだそうだ。考えてみればお店を持っているというわけでもないわけで、それでこれだけ有名な料理人になるというのは素直に凄いと感じてる。僕もこの人の料理の本は持っているしね。見た目が確かに美味しそうなんだよな。ついつい作りたくなってしまうように見えてしまう。
 文章もそれなりには面白い。食べることへのこだわりというか、ただの食いしん坊の様子というか、世の中に対しての不満とか。十分に面白いのだけど、この人の料理の写真に比べると、ちょっとひと味足りないかな、という感じがしないでもなかった。

◆ 土地
 ある内科医院で先生とちょっとした話をしていた。身体の状態がどうであるかを、できるだけちゃんと伝えようとしていたのだ。僕はこの数年ずっと夏バテをしていた。夏という季節がくると、身体が辛くて辛くてどうしようもなかった。ところが今年の夏は全くそうした夏バテという感じがないのである。身体は軽く調子がいい。血圧の数値も全くの普通の状態。クーラーのない生活をしていて、逆にクーラーにあたると身体がおかしくなりそうになる。
 まあ、そんな話だ。この先生はどちらかというと真面目な雰囲気で冗談なんて言いそうもないタイプ。
 彼は、ぼそりと言った。「(東京は)人の住むところじゃないのかもしれませんねぇ」と。一瞬返答に困った。看護婦さんは笑っていた。「そうかもしれませんね」と僕は答えた。
 いくらなんでも「人の住むところじゃない」というのは東京に住んでいる人に対して失礼である。でも、最近僕自身がそう思えてきているのも確かなのだ。暑い気温、暑さをただ反射させるだけのビルに道路。おまけにクーラーの熱。室内はガンガンに冷えている。
 少なくとも、快適に人の住むところではないように思えてならない。不思議なことに、こうしたあまり良いとは言えない環境のところの方が住居に関しては高額である。そして、何もかもが集まっている。僕だって、集まりたいという気持は十分にある。でも……。歳を取ると考えてしまうものなのだろうか。
 実は内科の先生だけでなく、耳鼻科の先生にも同じようなことは言われている。ずっと僕の耳の状況というのは良くなかったのだが、この数ヶ月で、診る度に良くなっているのだと言う。確かに、感覚としても違ってきているのだ。
 環境を変えて生活することを僕は選択したわけだが、身体にとっては正解だと考えるしかないのかもしれない。

◆ 挫折本プロジェクト
 どうにも読めない本というのがある。一番多いパターンとしては、字体が古かったりして読みにくいものだったりするものだ。国語の成績が悪かった僕としては、どうしても読みにくい本というのはある。でも、せっかく買って読まないままというのも悲しいものがある。ちゃんと読めば面白いかもしれないのだ。
 そんなことで僕は「挫折本プロジェクト」というものを開始した。それは中央突破して本を読んでいこうというのではなく、まずはその本のあらすじとか書評とかを読んで、周りから固めていこうという読み方だ。
 このプロジェクトの第1回として取り上げたのが高村薫の『晴子情歌』(新潮社)だった。こんな本簡単に読めるよ、と言われてしまうと返す言葉もないのだが、僕は何度か挫折してしまっていたのだ。この本についての情報をインターネットで集め、それをプリントアウトした。なんと、続編となる『新リア王』という小説が書かれていたのだ。『晴子情歌』の世界はどんどん広がっていく。ちゃんと読んだなら、面白くなりそうではないか。時代背景などをしっかりと叩き込んで僕は『晴子情歌』を改めて読み始めた。
 面白い。ちゃんと読める。毎日寝る前にこの本を読むことにしている。長いときには1時間、そうでないときには(まあ、眠くなったとき)にはほんのちょっとしか読んでなかったりするが。このところの僕の1日を締めくくる楽しみとなっている。

◆ プロのお仕事
 メガネが曲がってしまった。たぶん、寝ていたときにおかしくなったようだった。それでも、なんとか普通にかけていることはでき、何日かこの頼りない雰囲気のメガネで過ごした。
 どこのメガネ屋さんに行ったらいいのか、少し悩んだ。買ったところに行けば、気軽に治してもらえるのだけど、まさか東京まで行くわけにもいかない。よく行くスーパーの近くにある店へと行って、修理をお願いした。
 丁寧な仕事だった。ネジのところが腐食していたということで、ちゃんと磨いてくれたらしい。他の部品も交換してもらったりもした。実は修理してもらったのは、とってもきれいなお姉さんだった。それだけに、腐食しているメガネというのは恥ずかしいものがあったのだが(笑)。
 心配していたことだったのだが、修理費はいらないという。サービスという話。帰るときには、丁寧に何度もおじぎをされてしまった。
 さて、ここで問題がある。僕は将来的に新しいメガネが必要となったときに、この店で買うだろうか。ちょっと高そうなんだよな(笑)。でも、この店で買わなくちゃという気持はあるし、気持ちよく買い物できそうだし、きれいなお姉さんにもう一度微笑んで欲しい。ちょっと考え込んでいるのであった。

 なんでこんな話を書いたかと言うと、企業というのは何だかんだ営業努力をして売り上げを増やしているということだ。ひょっとしたら、お店のお姉さんは控え室でグータレているのかもしれない。それでも、客の前で笑顔で接することで売り上げに結びつくかもしれないのだ。それがプロのお仕事というものだ。
 こうした買いたくなるようなお店と正反対にあるのが、役所とか警察とかというところだろう。知り合いが警察に電話をしたときに、めちゃくちゃな態度だったのだと言う。事件にならないと警察は動けないから、とか、まったく話を聞いてくれる様子がないのだと。必要なときだけ情報を集めようとしたって、情報なんて集まらないのである。信頼というものがあって初めて市民は警察に情報を提供しようとするはず。どう考えても「信頼」されるような対応はしていないように思えてならない。プロのお仕事じゃないんだよね。誰もが、協力したいと思うような対応をする警察であれば、犯罪なんてぐっと減ると思うのだけど。

■ ビデオ『絆−きずな−』根岸吉太郎監督 [日本映画専門チャンネル]
 役所広司はカッコイイし、麻生祐未もキレイだったのだけど、楽しめたかというとちょっと考え込んでしまう(笑)。

■ ビデオ『殺し KOROSHI』小林政広監督 [日本映画専門チャンネル]
 石橋凌と大塚寧々というのは、よく考えると異色の組み合わせのような気もする。まあ、面白かったのだけどね。これだけ人を殺してしまって、大騒ぎにならないだろうかとか、現実的なことを色々と考えてしまったけど(笑)。
 お話は、必殺仕掛け人みたいなものなのかな。殺す理由も、殺される理由もよくわからなかった。たぶん、雪国の中の、その閉ざされた世界に鍵はあると思うのだけど。

◆ 世界の中心
 TBSのドラマ「世界の中心で、愛をさけぶ」をちらちらと見ている。このあとどうなるかはわからない(笑)。原作は読んでいないし、正直なところ読もうという気持もあまりない。それに映画も観ていない。けれど、このドラマに惹かれるものがある。
 それは景色だ。TBSのドラマのロケ地というのは調べてもよくわからなかった。たぶん、映画と同じなのだろうとは思うけど。映画では香川県庵治町(http://www.town.aji.kagawa.jp/eiga/aitop.htm)というところだった。
 ドラマの風景の雰囲気がとてもいい感じだったのだ。その海、夕陽の暖かさというのだろうか。つい最近僕が旅行していたところと、とても似ているものだった。よくよく調べてみると、僕は直接は行かなかったけど、かなり近いところだった。
 庵治町というのは、香川県のちょうど小豆島に近いところで、半島になっているところだ。庵治町はその先端のところに位置する。僕はこの半島にある五剣山に登り、その手前の屋島からこの半島を眺め、志度町から庵治町に沈む夕陽を見た。その辺りを歩いた1日というのは、雲ひとつない快晴で、これ以上にないというほどの景色だった。
 庵治町というところには行かなかったけれど、奇跡といっていいような景色の中に僕はいた。こうした場所が「世界の中心」だと言われても、僕はそのまま納得してしまう。そのくらいの場所だった。
 けれど、残念ながらこの五剣山というのは削り取られている山でもあるのだよね。まあ、石の町でもあるので仕方がないのかもしれないけど。
 この「世界の中心で、愛をさけぶ」という話がどのようなものか、まだまだよくわからないけれど、この町の景色を観るだけで、僕は参ってしまうのだ。

◆ 日記
 このところBlogという名前を良く聞く。インターネットの日記なのだけど、あまりピンと来ないし、面白いものなんてあんまり無いだろうと思っていた。
 ところが、面白い日記に出会ってしまった。やはり、ちゃんと自分を持って、表現する技術も持っている人の日記というのは読み応えがあった。
「日々のコトダマ」(http://www.mypress.jp/v2_writers/snowsnow/)という日記をこの数日ずっと読んでいた。1年間というのはけっこうな分量があったのだが、楽しく読むことができた。日記であることの面白さは、気持の凹凸が感じられることかもしれない。でも、それがあるからこそ、伝わってくるものがある。もちろん、それが受け入れられるかどうかは難しいところになるかもしれないが。
 仕事のこと、本を読むこと、ドラマのことなどが書かれているが、何よりもその中心は音楽について。音楽をほとんど聴くことなく長い人生を送ってきた僕にとっては、一番弱い部分でもあるが、とても楽しいのだ。音楽というものが、大切なもので、言葉とは違った大きなメッセージだと感じされてくれる。
 お世辞抜きで、けっこうお薦めです。

◆ F1イギリスGP
 半分は僕の失敗、でも半分はフジテレビばかやろーだった。ビデオに録画セットしていたのだけど、番組の時間がずれたみたいで、半分くらいしか映っていなかったんだよね。当日は参議院議員選挙があったわけで、それを予想していなかったのが悪いと言えば悪いのだけど。「冬のソナタ」を録画するときには、毎回30分くらい余裕を持たせているんだよ。
 まあ、琢磨もあんまり調子が良くなかったみたいだし、マクラーレンが速かったというくらいでそんなに見所も無かったようなので別にいいんだけどね。でも、見なくても済んでしまうイギリスGPというのも寂しいものだ。この間ナイジェル・マンセルも、今のF1は最初をちょっと見ただけでもう面白くない、ということを言っていた。
 イギリスGPと言えば、シルバーストーンの、その独特のコースがカッコよかったのだ。最終コーナーのことろが特徴的で、スタートの位置からして後方は曲がっている。そして、ハンガーストレート! マンセルの速かった頃のここでの追い抜きはカッコよかった。でも、今のコースは変わってしまったからね。シルバーストーンのF1開催なんてツマラナイから止めてしまえばいいんだ。ブランズハッチを復活して欲しい!

■ 小池真理子著『恋愛映画館』(講談社) [図書館]
 雑誌に連載されていた映画の話。俳優を中心として、その魅力などについて語られているのだけど、けっこう楽しく読むことができた。
 軽井沢に住んでいる著者は、主に自宅でビデオwやDVDを観るのだそうだ。仕事を終えて、ワインとか、ビールとか、シングルモルトをロックで飲んだりして、至福のときを過ごすのだという。いいなぁ。僕の場合、ワインを飲んだら、2時間も持たないで酔って寝てしまうのである。アルコールの強い人というのは本当に羨ましい。
 大きな画面のテレビと、ソファーというのは、僕が今一番欲しいものだ。
 ところで、こういう本を読んでしまうと当然のことながら映画を観たくなってしまう。いかに、自分がこれまで観た映画が少ないか、何も知らなかったということが、思い知らされるのだ。
 ああ、映画観たい!

◆ 記憶
 なんとなく最近思い出す人がいる。彼女を見かけなくなったのはもう何年も前で、ほとんど忘れていたことだ。その人は出版関係(ちなみにキャリアアップを目指す!といった感じの雑誌であった)の営業をやっていて、仕事で何度か僕と話をした。残念ながらプライベートで話をしたことはない(笑)。別になんということはない、ただ単に仕事で通り過ぎただけでしかない。
 まだ、仕事を始めてそんなに年数は経っていなかったはずだ。ひょっとしたら数ヶ月ということだったのかもしれない。仕事が良く出来たかというかは別にして、とても一生懸命にやっていた。そういう意味ではとても好感が持てる営業だった。バレンタインのときにも、郵送でチョコをもらった。もちろん営業の義理チョコである。でも、良い人で、僕は密かに嬉しく感じていたりしたのだった。
 ある日、仕事のことで電話を入れると彼女は休んでいるということだった。何日か休んでいたようだった。そして、その後、別の人から担当が替わりましたという話があった。こうした営業というのは僕の知っている限り、半年に一回くらいは変わっていた。もっと短かったかもしれない。担当が替わるなんてことはよくある話で、問題になるようなことではない。新しい人に、最初から説明するのが面倒なだけだ。仕事ができるかなんかはあまり期待しない。普通にやってくれればいい。
 だいぶ経ってから新しく来た担当は、前の女性の上司ということで、それなりにキャリアのある人だった。データがどうのこうのと一方的にしゃべりまくっていた。担当がいなかった間のその会社の対応に僕は頭にきていたこともあり、彼女とはこのとき喧嘩をしてしまった。一応謝っていたが、一方的な話し方は変わらなかった。
 前に担当だった女性は、どうやら身体を壊して退職したということだった。
 こうした営業という仕事は、勝手な客先と、キリキリした上司とに挟まれ、大変なのだろう。そんな中、休みもないような状態で仕事をしていたならば、身体というか、心が壊れてしまったのかもしれない。
 担当の営業はその後もころころと変わったが、どんどん仕事のいい加減な人達に変わっていった。
 辞めてしまった彼女はどうしているのだろうか。今は元気にやっているのだろうか。いい感じの女性だったことは覚えているのだが、その表情はどうにも出てこない。いい笑顔だったのだけど。

Cry FreedomI  2004/7 #3 

2004/7/23 

◆ 時間の流れ
 やっとのことで雇用保険失業等給付の支払いがあった。自分でエイヤッと会社を辞めたわけで3カ月の給付制限というのがあり、こんなにも受け取るのが遅くなったわけだ。
 これは内緒の話なのだが(笑)、僕はとにかく全額をちゃんと受け取るつもりで休みに入った。こういう発言はバレたらマズイだろうか……。まあ、匿名で書いているのでわからないと思うけど。いや、仕事をしようという意志があることをここで明確にしておこう。仕事したいです。人手が足りないというのであれば、何処へでも行きます(笑)。
 たぶん、3カ月の給付制限なんてのが無くて受け取るものを受け取ったならば、早く次のことを考えると思うのだよね。給付制限というのはそれはそれで考えられたものなのだろうけど、その期間は時間が止まってしまっているように思う。もちろん、そうした時間というのが僕にはちょうどいいものであったが。
 けれど、社会として失業者を減らしたいというのであれば、給付制限なんて無いほうがいいと思うのだけど。こんな風に感じるのは僕だけなのだろうか。実際に仕事をしている社会の時間の流れと、ハローワークというところの時間の流れが大きく異なっているように思えてならない。時間だけでなく、いろいろな点でも違いというか文句があるけどね。

◆ 雨
 この数ヶ月の僕の移動手段というのは自転車である。快適だし、運動にもなり、気持ちにとっても身体にとっても、凄くいい。けれど、ちょっとばかり問題がある。当たり前のことだけれど、雨降りのときだ。僕だって濡れたくはない。そこで空模様を見て、大丈夫なときに出かけるわけだ。雨が降ったならば、出かけない。別に急がなければならない用事なんてない。月に何日か、予約していることはあるが。
 けれど、なぜか濡れてしまうことが多い。晴れていると思って自転車で出かけても、途中から空模様が変わってしまう。あれまあればと雨が降り、僕は濡れてしまう。もうちょっとだと思い、一生懸命漕いで家に帰るのだけど、やっと着いたと思ったら、雨はがらりを晴れてしまう。冗談抜きでこうしたケースが多いのである。僕は雨男なのか。濡れてしまうのは僕ひとりで誰かに迷惑をかけるということはないのだけど。

◆ 悩み
 観たいような、観たくないような、そういう気持になる映画というものがある。興味のあるテーマなのだけど、観たらどうにもがっかりしそうな……。
 なんと四国遍路がテーマとなった映画が出来たらしいのだ。「ロード88[出会い路、四国へ]」(http://www.road88.jp/)というもの。当然だけど、ちゃんと四国でロケをやったらしい。雲辺寺や大窪寺が舞台となるみたい。四国の景色だったら、どこを映したって凄くいい映像になることは確かだ。しかしな。主演の女性がな(笑)。全然汗を掻いてない雰囲気の映像を僕は観ることができるだろうか……。四国を旅する人には若い女性もいるけれど、その多くはかなり顔を覆っていました。日焼けが大変なので、それはかなり気をつかっていたみたい。とにかく、四国を旅するというのは、汗だらだらでそんなに美しいものじゃありません(笑)。まあ、そこがいいのだけど。

◆ 誰かが明りを
 僕の寝ている部屋の明りというのは、リモコン式なものになっている。まあ確かに便利ではあるのだ。長い紐はなく、立ち上がることなく、明りを付けることができる。しかし、世の中のあらゆるものに長所と短所があるように、このリモコンを使うことにも問題がある。
 僕は枕元にこのリモコンを置いて眠りにつく。すやすやと。まあ、もう少し別の場所に置いたらいいんじゃないの、と言われたらこの話は終ってしまうのだが、実際問題として適当な置き場所がないので仕方が無い。
 夜中に目を覚ましたとき、なんと部屋の明りが付いてしまっているときがあるのだ。確かに消して寝たことを思い出す。誰かが部屋に入ってきたなんてこともない……。それでも、寝ているときにリモコンのスィッチが入ってしまったことに気づく。僕の枕元にあったわけで、ちょっと何かが当たってしまうことだってあるのだ。眠いのだけど、部屋の明りは付いている。でもそうしたときに限ってこのリモコンが行方不明になってしまったりする。ごそごそと探してみるのだけど、見つからない。眠い。面倒だ。そしてそのまま眠ってしまう。まずよいなぁと思いながら、何度かそんなことを繰り返しているのであった。

■ 鷺沢崩著『さいはての二人』(角川書店) [図書館]
 このところ定期的に彼女の本を読んでいる。図書館に行ったときに、置いている本を借りてくるのだ。その本はいつも入れ替わっている。最新作も入ったときに一度見かけたのだけど、借りそびれてしまってからは目にしていない。たぶん、僕の同じように彼女の本を読んでいる人が何人かいるのだろう。
 3つの作品が入っているのだけど、そのほとんどは同じタイトルの「さいはての二人」となっている。惹かれあう男女の話なのだけど、寂しい雰囲気なのだ。心のずっと奥のところで語り合い、抱き合っているという感じがする。鷺沢崩という人はずっとこうした物語を書いていたのだと、改めて知ったような気がした。
 特に好きだったのは2つ目の作品である「約束」という話。ちょっと変わった話で、恐くもあるのだけど、こういうこともあっていいのだろうなぁと素直に感じることができた。ひとつひとつの出来事を乗り越えて、誰かに声を掛けられチカラを与えられて、人は強くなっていくというような。そして、小説というものが、そうしたチカラを確かに持つということも。
 3つ目は「遮断機」という話。どこの遮断機かというと、下北沢の遮断機が舞台だ。なぜか、僕はその街に良く行っていた。始発電車の出る前にも、その遮断機を渡ったっけ。

◆ 何を失っているのか
 このところテレビや小説を読んだりして、うんざりしている言葉がある。「喪失」とか「本当の自分」なんて言葉だ。登場人物は我を見失い、悩み、「今のオレはいったい何なんだぁ!」なんて海を見ながら叫んだりするわけだ。まあ、なんでもかんでもが嫌だとかそういうわけではないのだけど、あまりにも安易に使われすぎているような気がしまっているのだ。
 聞いてみたいことがある。喪失という言葉を使うのであれば、失っていないものがあるはずだ。はたしてそれは何なのだろうか。例えばそれは子供の頃とか、青春の頃に持っていたものだったのかもしれない。だったらば身長が伸び、体重が増えるのと同じように、当然のように何らかの変化はある。昔の自分に戻りたいと、膨らんでしまった腹を触りながらビールを飲んでいても何ら進展はしないわけだ。
 もちろん、「本当の自分」と言えるものは明確なものではなく、ある瞬間に過ぎ去ってしまったもので、それを探しているのだと言われればそれまでである。しかし、そこまでちゃんと追求して作っているドラマなり小説なりというのは、少ないように思えてしまうのだが。

◆ キリンカップ
 アナウンサーが声を荒げて「キリンカップの優勝は!」と叫ぶ。けれど、ほとんどの視聴者はこの「優勝」というものにほとんど価値を感じないのではないだろうか。優勝賞金が高くても、それを誰がもらうのかもよくわからない。所詮、日本が主催して日本が他の国を招待して争うというカップ戦である。スロバキアVSセルビア・モンテネグロの試合なんて誰も興味を持っていないのだ。
 とこの大会に否定的なことを書いてしまったが、別に無くなればいいというわけではない。優勝を競うのであれば、もう少し価値のあるものにしなければならないのでは、と思うだけだ。
 ではどうすれば価値が出てくるのか。できれば、参加国をある程度固定して欲しい。毎年毎年別の国が参加するのであれば、その場限りで終るだけだ。伝統の定期戦のような雰囲気になればいい。もちろん、この時期には世界では他の大会があったりして、毎年参加できるとは限らない。それでも、2年か3年に一回くらいは参加できれば、それなりの固定はできるはずだ。
 そして、こっちの方が大切だと思うのだが、もっとその参加国についての情報を出して欲しいのだ。例えばセルビア・モンテネグロという国がどういう国なのか。ワールドカップの時には、対戦国の情報というのが多く伝わってきたものだ。どういう文化を持ち、どういう人がどんなものを食べて暮らしているのか。サッカーだけでなく、もっともっとその国について知ることができるならば、勝利の価値というものは大きくなる。2002年のワールドカップによって、日本と韓国が近くなったように、キリンカップによって、セルビア・モンテネグロやスロバキアと近くなることだってできる。今は問題は相手の顔が見えないことだ。別の国であっても、特に変わりはしない。こんなのは面白くもなんともないよ。

◆ 物を減らしていく生き方
 このところ強く思うことがある。何よりも、やりたいというか、自分にとって必要だと考えるようになってきている。それは、物を減らしたいということだ。
 例えば、小説のひとつの場面で引越しというのがある。鞄ひとつの荷物で、別の土地での人生を歩んだりする。そういう「鞄ひとつ」というのが羨ましいというか、それこそが人生だと思うようになってきているのだ。ちなみに僕の引越しには、膨大なダンボールが必要だった。お金も掛かった。もうこんな大きな引越しはやりたくないのだ。できれば、鞄ひとつで移動したい。もちろん生活するにはもう少しの道具が必要なわけで、冷蔵庫に洗濯機くらいは持って行きたいが。
 たぶん、この先使われることのないものというのが、数多くあるはずなのだ。本のほとんどは読むこともないはずだ。物を減らして、身軽になりたい。捨てることは簡単なようで、難しい。仮に僕が死んでしまったならば、これらの物は僕の意思と関係なく、埃をかぶるか処分されるかになるのだ。だったら、自分がなんとかするのが自分の責任というものだろう。これからは、物を減らしていくという生き方をしていきたい。

◆ ジーコ
 サッカー関係者のサイトというのは最近増えている。デザインなどはかなり凝ったもので、随分とお金が掛かっているだろうと感じされる。まあ、格好はいいのだけど、残念ながら中身がないのがほとんどではないか。たぶん、契約上そうなっているのかもしれないけど、ひと月に一回くらい申し訳無さそうなメールがあったりする。月に一回じゃ日記とも言えないと思うのだが。
 そんな中、選手ではないけれど、もの凄い量といっていい中身のあるサイトがある。ジーコの公式サイト(http://sports.nifty.com/zico/index.htm)だ。どこまで本人が書いているのかはわからないが、ジーコの声であることは確かだ。あまりにもサービスが良すぎるような感じさえして、監督業は大丈夫なの?と思ってしまうほど(笑)。でも、本気で充実したウェブサイトにしようという気があるならば、このくらいの量の文章があっていいはず。他のサッカー選手のウェブサイトも見習って欲しいものだと思う。
 サッカー選手はもちろん、プレーをするのが本業。でも、その「声」というものをいかにファンに伝えるかということもプロの仕事のひとつであるはず。黙っていることがカッコイイと思っている人もいるみたいだが、プロなんだから表現することをもってやるべき。
 その点、やはりジーコはプロだね。このサイトを読めば読むほど、監督には見えないけど(笑)。

◆ 守るべきもの
 スポーツ新聞の見出しというのは残酷だなぁと思ってしまった。ある日、「カーン離婚成立、ゴール守って家守らず」なんてことが書かれていたのである。たぶん、離婚するということはエネルギーが必要となるのだろうし、なんだかんだ言っても辛い思いをして傷心しているはずである(と思うよね)。まあ、いろいろと状況はあり、離婚することが嬉しいことだってあるかもしれない。でもね、「ゴール守って家守らず」ってのは酷いのではないだろうか。まあ、とっても面白いとは思うけど(笑)。ゴールだって守れないときがあるからね。

◆ 春菊
 胡麻和えというとほうれん草という印象が強いかもしれないけど、僕は春菊の胡麻和えが好みである。そもそも春菊といえば鍋物にいれる野菜という感覚しかなかったのだけど、この暑い夏に鍋なんて食べないので、他の食べ方ということで胡麻和えになったのだが。
 野菜といのは、ちょっとした苦味があるところがいいのだろう。この春菊の苦味と、胡麻というのが、絶妙のマッチングなのだ。ああ、奏でるハーモニー。居酒屋で春菊の胡麻和えがあったなら、日本酒が美味しいだろうなぁと思ってしまう。このところ、醤油の味付けに飽きてきているというか、しつこい感じになっていて、急激に胡麻の香りの方向に向かっているのであった。
 ところで、今年のうちの庭の春菊はあまり良くないとのこと。肥料とかちょっとしたことで、育ちが違ってくるみたいなのだ。野菜というのも、なかなか難しいものなのだね。

■ ビデオ『罪と罰』アキ・カウリスマキ監督 [NHK-BS2]
 珍しいフィンランド映画。原作はドストエフスキーの「罪と罰」という話なのだけど、本当なのだろうか。読んでないから詳しくどうのこうのと言えないけどね。
 とても暗く、人生がとてつもなく辛く思えてきてしまった(笑)。

■ ビデオ『カラマリ・ユニオン』アキ・カウリスマキ監督 [NHK-BS2]
 よくよく名前を見てみると『罪と罰』と同じ監督だった。内容もやはり、よくわからなかった。僕にはこういう映画を観るのは無理なのだろうか……、なんてことを少し悩む。ああ、人生とは辛いものだ。

◆ どこにいるのだ『だらしな日記』
 僕のよく行く図書館でちょっとばかり信じられないような光景を見てしまった。ある棚で藤田香織の『だらしな日記』が置かれていたのである。ちゃんと2冊も仲良く。それはそれで嬉しい。どのくらいの人が彼女の存在を知っているのだろうか、なんてことを考えながら僕はその本を手に取った。
 けれど何かがおかしいのである。
 その本棚は「エッセイ」のコーナーではない。まわりに並んでいる本とどうにも違和感がある。では、ここは何と分類されたコーナーだったのか。
「個人伝記」と書かれている。何度か確認した。確かに個人伝記である。まわりには伝説的な人物の伝記なる本がいっぱい並んでいる。どう考えても『だらしな日記』の表紙のイラストとは合わないのだが。これはこの図書館だけの分類なのか、それとも他の図書館でも個人伝記になっているのか、僕の知らないあいだに藤田香織は伝記を書いていたのか……。
 まあ、こういう話を探せば他にも出てくるかもしれない。だいたいにして、ヤフーの案内文に書かれている「ドルフィンホテル」には「書評」という言葉がある。いつ何処で誰が書評を書いていたのだろうかと首をかしげてしまったりする。
 ところで、Webマガジン幻冬舎のだらしな日記って、どうなっているのだろうか。大丈夫なの?(笑)

◆ 夜話後記
 実はこの読書夜話というものがたまっていた。以前であれば、1日で15の話を書いてアップして1週間が過ぎて、ということを繰り返していた。ところが、このところ「書いている」という感覚はまるでないのに、いつの間にかアップされない話がたまっていた。
 少し前まではとても嬉しいことだと思っていた。何を書こうか悩むことがないのだ。けれど、たまるということは健康的に良くないのではないかと最近思うようになってきたのだ。例えば、野菜というものが旬なうちに取立てを食べるのが一番美味しいように、夜話だって新鮮な方がいい。プロ野球の合併の話題だって、僕の中でワタナベはパ・リーグに行くのではないか、なーんて書いていたら先に新聞に出てしまった。思ったことはどんどん出した方がいいのだ。
 何も無くなったところから、また面白い話が出てくる。そういうものなのだろう。


one summer morning 2004/7 #4 

2004/7/26 

◆ なごみの時間
 東京から離れてから数ヶ月が過ぎた。ぼんやりと過ごしている。何かをやったりする度に考えるのは、その変化、違いである。例えば、ちょっと気分転換でもしたくなったとする。東京に居たときには、ジュンク堂書店あたりをぶらぶらして本を眺め、隣のスターバックスに行きホットココア(おこちゃまに思われるだろうけど、ハイカラな名前の飲み物は苦手だった)なんぞを飲んで、ときどき店内の人を眺めていたりしていた。仕事の打ち合わせをしている人もいれば、勉強している学生もいる。何よりも女の子がオシャレで、ちょっとばかり嬉しい気持になったりする。

 昨日の午後、僕が何をしていたかというと、自転車に乗っていた。
 山の方に向かって走る。すぐ近くに信号が一箇所あるのだが、あとは全くない。ただひたすら自転車を漕ぐ。ときどき大型のダンプが脇を走る抜けるのだが、それはまあまあ慣れてきた。自転車に慣れない頃には恐くて死ぬかと思っていたのだ(笑)。
 約1時間弱ほど走ったところにある僕の休憩場所は「道の駅」である。そこは「なごみの郷」という名前が付けられていて、僕はそこのベンチで、しばし和みの時間を過ごすのだ。飲み物はリュックに○○○を入れていて、それを飲む。もちろん、この場所は道の駅であり、それなりに人もいる。けれど、若いオシャレな女の子なんかは皆無で、ほとんどはごっついライダー達である。暑くて汗だらだらでいるというのに、彼らは革のライダースーツの重装備で、凄いのである(笑)。荷物も多く、あちこちから来ているようだ。
 僕はベンチで汗だらけのTシャツを脱いで、新しいものの取り替える。当然上半身は裸になるが、特別何とも思わない。
 帰りは下り道となるために、漕ぐのはかなり楽になる。そんなに無理をしなくても30キロくらいのスピードは出るので、とても気分のいいサイクリングとなる。でも、スタバも恋しいのである(笑)。

■ ビデオ『恋恋風塵』侯孝賢監督 [NHK-BS2]
 いい雰囲気の映画だった。台湾映画を観ると、どうにも昔の日本のように感じられてしまう。駅のホームの景気なんて、同じだもんね。台湾の方が日本らしく感じることさえある。物語もそうだ。子供たちは親元を離れ働きに出る。もちろん、僕の時代にそんなことはなかったけど。でも、その雰囲気は貧しいということともまた違っている。そこには独立した人生がある。切ないとか可哀想だという感覚ではない。
 まだまだ、よくわからないし、楽しめない部分もあるのだけど、台湾の風景、この侯孝賢監督の映像には惹かれるものがある。

◆ 自棄酒
 テレビドラマを見ていたら、飲み屋でひとりで酒を飲んでいる場面があった。面白くないことがあり、ひとりで浴びるように飲んでいたわけだ。怒っている気持があり、自分を惨めに感じたり、とにかく飲んで酔い気持なわけだ。そのうち誰かが止めに入る。「おい、そんなに飲んじゃぁ身体に悪いよ」なんて。「へん、どうなったんでいいんだ。酒をくれい」なんて。
 特に問題のないありきたりの場面だ。でもさ、僕はこういう状況というものを経験したことがないので、よくわからないのだ。浴びる酒を飲みたかったら、自分の部屋でひとりで飲めばいいと思うのだよ。そうすれば、誰も止める人なんていないわけで、好きなだけ飲むことができる。何よりも、飲み屋で飲むよりも自分の部屋で飲んだ方が圧倒的に安くあがる。どうせ、つまんなくてひとりで飲むのであれば、安酒でいいのだ。それに、部屋で飲めばそのままゴロリと寝てしまうこともできる。飲み屋から酔った状態で家に帰るのはとっても大変。それに、誰にも迷惑をかけることはない。
 ということで、僕には何で、面白くないときに飲み屋でひとり自棄酒を飲むのかがわからかないのである。考えられる理由はひとつしかない。他の人に構ってもらいたいのだ。いや、もうひとつあるか。テレビドラマでは、その方が絵になるからという理由もあると考えられる。ひとり部屋で飲んでバタリとそのまま寝てしまっては、まったく見る者としてつまらない。どう考えても飲み屋で、喧嘩をするか、慰めてくれる人についていってなるようになってしまうことの方が見ていて面白い。
 でも、わざわざテレビドラマの主人公になった気分で酒を飲んでいる人なんていないだろうし、ほとんどの人はひとり寂しく飲んでいるようにも思えるのだが……。もっとよく考えると、酒が飲めない人ってのもいるんだな。人生とは難しいものだ。

■ ビデオ『キューティー・ブロンド』ロバート・ルケティック監督http://www.foxjapan.com/movies/cutieblonde/)[WOWOW]
 ポップで深く考えることなく楽しめる映画だ。ほんとに楽しめた。
 ときにはこういう映画で楽しみたい。映画にはいろいろなタイプがあるのだと思う。こういう映画がもっともっと、普通に観ることができたらと思うのだ。今はテレビの映画番組なんて無いに等しいような状況だけど、こうしたポップなラブ&コメディを専門的に放送する番組があったら、毎週観てしまうのではないだろうか。
 この映画、続編も出ているみたい。知らなかったけど。ぜひ観てみたいな。

■ ビデオ『スズメバチ』フローレン=エミリオ・シリ監督 [WOWOW]
 フランスのバイオレンス映画なのだけど、最初から緊張感の連続。どんどん切り換わる映像が凄くいいのである。こだわりのアートがあちこちにあるような感じ。最初はストーリーがよくわからなかったのだけど、だんだんと繋がってくる。ちょっといくらなんでも、めちゃくちゃ過ぎるんじゃない、なーんて思ったりするくらいなのだけど、最後まで楽しむことができたのであった。

◆ 高校野球
 高校野球の地方予選というのが盛り上がっているらしい。いとこの高校生とかも、暑い中その応援に行ったりしているみたいでご苦労なことだと思ってしまう。
 だいたいにして僕が高校に入ってまず嫌だったのは授業とかよりも、応援練習というものだった。何だかわからないけど、一年生が集められて、校歌、旧校歌、激励歌、その他の母校を称える歌を大声で叫ぶように歌わなければならなかった。嫌で嫌で仕方が無かった。なぜかその後、親しい友人となった奴が応援団長という立場になったこともあり、その気持も少しはわかるようはなったが。
 こうした応援の舞台というのは、当然というか、それしかないというか、野球だった。陸上や卓球や柔道の応援を、応援団の掛け声に合わせてやるはずもなく、野球の応援に行って声を枯らした。別に野球部に対する恨みは全くなかったが、なんで野球部だけを応援しなくちゃいけないのかというのは密かに誰しもが思っていた疑問だった。
 そんな夏のある日、全校集会か何か(よく思い出せないが週に1度くらいは体育館に全校生徒が集まることがあった)のとき、生徒会長が野球の応援に行くことについて話をしていたときのことだった。
 突然、上級生の一人が壇上に駆け上った。そして彼は全校生を前に言ったのだった。「なんで野球部だけを強制で応援しなければならないのか」と。
 もちろん、たかが生徒のひとりが何を言っても、何かが変わるわけではなかった。
 数日後のことだったと思う。学校の脇を通り過ぎようとしたおじさんに、野球部の試合について尋ねられた。僕は知らないと答えた。別に関心がなかったからだ。おじさんは信じられないような顔をしていた。甲子園に行けるかもしれない予選の試合なのに……、と。僕という人間は、母校に対する愛情のない奴だと思われたようであった。
 でも、実際問題、僕のいた高校の感覚というのは、僕とそう大して変わりのないものだったと思う。野球部のというのは、いろいろある部活のひとつであり、特別なものではないと。
 今でもテレビで高校野球の中継を見たりすると、どうにもない違和感がある。応援するのはいい、けど何かがちょっとばかり違っているのではないかと。その違い、違和感というものを説明するのは難しいのだけど。

■ ビデオ『オーシャンズ11』スティーブン・ソダーバーグ監督http://www.warnerbros.co.jp/oceans11/)[WOWOW]
 大金を盗み出すというお話で、それはそれでとても面白かった。でも、この後どうなるの?と思ったのは僕だけではないと思うのだけど。どうなるのだろうね(笑)。
 でもさ、あんなにうまく行くのかよ、というのがあった。だって、準備だって大変なもの。ほとんど、ルパンV世みたいな犯罪手口だもんな(笑)。

◆ 文字サイズ
 ウェブサイトをデザイン(という言葉を使うほどでもないんだけど一度使って見たかった……)していて、このところ悩んでいることがある。「文字のサイズ」である。サイトを見る側はこの文字の大きさを指定できるわけである。「極大」「大」「中」「小」「極小」と5つも選択できる。以前は、見てくれる人は、僕と同じ状態で見ているものだと、極めて勝手に考えていた。ところがそうでもなさそうなのである。ちなみに僕の場合、「小」に設定しているので、このサイズが一番見栄えがいいように作っている。ところが、「極大」なんて指定してしまうと、デザインは大きく崩れてしまうのであった。写真のページを作り出してから、こうしたことが気がついて、やっとこさこの悩みに気づいたわけなのだが。
 ところが、あちこちのサイトを見てみると、文字が大きさの変わらないところもけっこうあったりする。これはいいと思い、文字を固定する方法があるのだろうと、あちこちと研究してみたい。時間は掛かったのだが、やっとわかった。使う側に左右されないで、文字を固定できるのであった。ところが、この固定を嫌っている人もけっこういるみたいだということがわかった。
 つまり、ウェブサイトの文字の大きさいうのは使う側に選択権があるわけで、作り手の方がそれを指定するのはおかしいのではないかという意見だ。なるほど、もっともの意見のようにも思える。大きな文字でないと読めない人だっているわけで、そういう人にとっては明らかに不親切である。でも、デザインの凝った、オシャレだなと思われるサイトにはこの文字サイズ固定というのがけっこう多かったりしているのである。
 これと似たような問題で、枠の固定というのがあるようだった。見る側によってパソコン画面のサイズというのは違っている。それに対し、最初から作り手が枠を固定してしまうのはおかしいという意見だ。それもそれで、なるほどと思えたりもする。
 ほんとに知らなかったのだが、ウェブサイトのデザインにもいろいろな議論があるみたいなのだった。
 でも、5種類の文字サイズに対応できる、デザインの凝ったサイトというのは、シロウトにはかなり難しい問題のように思えてならないのだけど(笑)。

■ ビデオ『評決のとき』ジョエル・シューマカー監督 [WOWOW]
 アメリカの人種差別問題の深さというのは凄いものがある。この映画もそうした話なのだが、ちょっとよくわからなくもあった。話はわかるのだけど、明らかに殺人を犯した人が無罪になってしまうという話なのである。それだけ、問題が深いからこそ、そうした事態も思ってしまうのかもしれないけど。
 それでも、迫力はあり、面白い映画だった。原作はジョン・グリシャム。読んでみたいなぁという気持が、少しずつ出てきているところ。

◆ 女子高生
 そんなに面白いと思っているわけでもないのだがTBSの『世界の中心で、愛をさけぶ』は毎回見てしまっている。
 何がいいかというと、女子高生である亜紀役の綾瀬はるかはあまりにも可愛らしく、ついつい見入ってしまっているのだ。こんなことを言うと、まったくオジサンの発言になってしまうけれど、海の光のように輝いているもんね(笑)。
 それにしても、僕はこのドラマのキャスティングについて、時の流れの残酷さのようなものを感じてしまっている。
 女子高生のイメージと言えば誰をあげるか? 僕にとっては桜井幸子なのであった。そう、11年前(こんなに時間が過ぎたのだ)のTBS金曜ドラマ『高校教師』で主演だった桜井幸子だ。それにしても、思い出しても悲しいドラマだった。
 はたして、桜井幸子のキャスティングに何らかの意図があったのだろうか。この『世界の中心で、愛をさけぶ』では、言葉は悪いがオバサンというような役なのだ(とても魅力的なキャラクターではあるが)。
 そんなことを考えていたら、僕にとってこのドラマの主役は桜井幸子のように思えてきたのだ。11年の時を経て、女性というものを演じているように感じられるのだ。

◆ 新しい朝
 この何日か、朝起きてからネギを採るというのを楽しみにしていた。うちの畑に生えているネギを採る、刻んで納豆に入れてご飯にかけて食べているのだ。やっぱり取れたての青いネギは辛味があって、美味しいのである。新しい朝に、今日も1日がんばろうじゃないか、という気持になっていた。
 ところが、この「ネギを採る」ということがスムーズにいかないという事態が起こってしまった。うちの庭というか畑の隣には市の土地となっている児童公園がある。ブランコとか滑り台だのがある。午後のひと時には、ひとり公園デビューのお母さんが子供と遊んでいたり、夕方には近所の子供達が野球をやって遊んでいる。
 それでもって、うちのネギの生えているところというのが、この公園のすぐ近くの場所なのである。
 なんと、数日前の朝の6時半ちょっと前のことであった。ちなみに僕はだいたい朝はこのくらいの時間には起きる。東京で暮らしていた頃とは2、3時間のズレがある(笑)。僕がネギを採ろうとすると、児童公園には多くの子供達が集まっていた。僕は起きたばかりで、髪の毛とかはくしゃくしゃの状態である。自分の家にいるわけで、外出しているわけではない。そのくらいの格好はいいのではないかと思うのだが、やっぱり他人にネギを採る姿を見られるというのは恥ずかしい。
 なんと、6時半からラジオ体操が始まったのであった! しかも、集まっている全員がうちの畑の方を向いて……。
 はやく、夏休みが終ってくれないかと思っているのであった。

■ ビデオ『遠い夜明け』リチャード・アッテンボロー監督 [WOWOW]
 見応えのある力強い映画だった。舞台は南アフリカ共和国、テーマはアパルトヘイトである。実話が元になっているのだが、そう遠くない時代の話だったとは信じられないくらい。そうなんだよな。僕が子供の頃には、南アフリカという国は、特別な国だと言われていた。その国で何があったのか。最後の方のテロップには胸が引き付けられる。すごい。それにしても、黒人運動家スティーヴ・ビコは凄い。こうした人物もいたのだ。いや、数多くの凄い人達がいて、知られることなく死んでいったのだ。

◆ ER!!
 SUPER CHANNELで一挙放送された『ER』(http://www.super-ch.com/line/er/index.html)の第1シリーズをビデオに撮り、少しずつ見ている。
 実は最初の頃は見てないものだと思い込んでいたのだが、第1回の放送は見ていたということがわかった。マーク・グリーンが就職の面接に行ったり、ジョン・カーターがERに来たばっかりでおろおろしている場面など、しっかりと覚えていた。
 それにしても、これだけのドラマが10年もの長い間続いているアメリカのテレビというのは凄いなと感じている。アメリカの印象というと、結果がでかいとすぐに落とされるという弱肉強食の世界というのがある。牛さん印のパソコンメーカーも日本からすぐに撤退してしまったりとか。
 そんなアメリカで10年も続いているのだ。日本の『渡る世間は鬼ばかり』とは質というか、脚本のレベルが全く違うのに。でも、よくよく考えると、第1シリーズも、つい最近のシリーズも、そんなに中身は変わっていないような気がしないでもない。時が過ぎても変わらないテーマと言ってしまえばそれまでだけど、ある意味で金太郎飴の世界でもある。
 でもさ、グリーンがERを辞めることができずに長く仕事をしているというのは、すごく身につまされることだよな。家族というものも含めて、グサリと思う人は多いのかもしれない。

 ところで。なぜかこのドラマのエンディングテーマをゴスペラーズが歌っている。なんか違うと感じてるのは僕だけだろうか……。

■ 山本文緒著『日々是作文』(文藝春秋) [図書館]
 あちこちに書かれていて彼女のエッセイ集である。まだまだ売れていなかった頃の文章もあり、それはそれで懐かしく、面白く読んだ。ちなみに僕が一番良かったのは、最後の方にある「愛憎のイナズマ」という話だった。

 実はドルフィンホテルがかつてニフティサーブのホームパーティーという場所にあった頃、「山本文緒を広める会」というのが存在していた。1996年のことである。まだ直木賞も吉川英治文学新人賞も受賞していなかった頃。ある人が「山本文緒はおもしろい!」と強引に薦めてくれたのだが、僕だけでなく当時のドルフィンホテル常連メンバーは、山本文緒の小説世界に魅了されていた。僕なんかは、図書館で彼女のコバルトシリーズを借りたり(さすがに受付の女性に出すときには恥ずかしかった)、中野にある「香門」というラーメン屋さんにも食べに行ったりしていた。この店は、有名人がお勧めのラーメンを紹介するという企画で雑誌に紹介されていた。この有名人というのが山本文緒で、店内にはその雑誌の記事が丁寧に貼られていた。

 この『日々是作文』に描かれている山本文緒という人は、有名人でもないでもない、僕と同じ年齢の、同じ時期に東京に住んでいる本好きな女性なのだった。
 久しぶりに山本文緒の公式ホームページ(http://www001.upp.so-net.ne.jp/fumio/index.html)を見ると、体調を崩し静養しているということであった。
 同じ年齢というか学年であるだけに、気になるところ。ゆっくり静養して欲しいと応援するのも何だけど。

◆ アジアンカップ
 それにしても、FWが3人しかいないというのは凄すぎると思うのだけど。まあ、久保が怪我をしていたり柳沢がイタリアに行くなどなど、それなりに理由はあるのだろう。それはわかる。でもね。サブの本山だってFWというよりMFみたいなもんだし、本来のFWは鈴木と玉田の2人しかいないわけだ。
 誰でもいいからJリーグのFWをメンバーに入れればいいのではないか。ご褒美みたいな感じでもいい。FW全体としての励みになるというものではないか。得点を入れるシーンがあってこそのサッカーだ。その可能性を最初から否定してしまっていような感じがしてならない。
 何かが足りないのは何もFWばかりではない。MFがたよりなさすぎないだろうか。中田とか小野とか稲本がいないということを言うつもりはない。ラモスがいたときのアジアカップ、名波がいたときのアジアカップ、それに比べる今のチームはどうにも存在感が無さ過ぎるような気がしてならない。
 いろいろと不満の多い今の日本代表チームだが、実は密かに優勝してしまうのではないと予想している。なぜかというと、これまでのオマーン戦、タイ戦を見て、激しく戦ったという雰囲気がまるでないからである。ワールドカップでも、ちょっと前のユーロでも、予選リーグから激しいゲームをして力尽きてしまうような感じがある。まだ先は長い、スロースタートで進んでいって、決勝だけ激しく戦って勝てばいいのではないかと(笑)。甘い予想だろうか。



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