DOLPHINHOTEL
フロント
   
2004年1月
2004年2月
2004年3月
2004年4月
2004年5月
2004年6月
2004年7月
2004年8月
2004年9月
2004年10月
2004年11月
2004年12月
   
   
   
   
   
   
   
   


     

DOLPHIN HOTEL 読書夜話2004年11月

the changes of the seasons 2004/11 #1 

2004/10/7 

◆ 大根の葉っぱ
 最近、小さなことだけど確かな幸せというものを感じることがある。それは、煮物が美味しく出来上がったということだ。作る度に、少しずつ美味しくなっているような気がする。

 煮物というのは、大根の葉の菜っ葉煮である。スーパーなんかに売られている大根の葉のイメージとはちょっと違う。畑から採ったものなので、大根の実よりも葉っぱの部分の方が大きいくらい。1本の大根の葉っぱだけで鍋がいっぱいになる。捨てるのも勿体ないわけで、それを煮物にして食べるわけだ。シンプルなときには、これに「ふ」が入る。いくらか贅沢なときには、鶏肉やホタテなんかが入り味は豪華なものとなる。あとは、大根の実が入ったりそのときそのときの気分で変わる。

 とにかく今の時期、畑には大根が大量にある。大根の葉は余るほどある。たぶん、これってほとんどお店では売られてないものではないだろうか。でもさ、美味しいのだよ。しっとりとして。健康にもいいようにも思うし。

■ 映画『2046』ウォン・カーウァイ監督http://www.2046.jp/
 例えば僕は村上春樹の作品を読むとき、ひとつのセンテンスを読むだけで幸せな気持になる。極端に言えば、その作品がわからなくてもつまらなくても関係ない。僕のところに新しい文章があるだけで、僕は幸せなのだ。

 ウォン・カーウァイ監督のこの映画も、ひとつひとつの場面に浸るだけで僕は幸せだった。彼の作品は、ほとんど観ている。しかし、それらはテレビ画面の映像だった。はじめて映画館のスクリーンで観る、ウォン・カーウァイの映像。ずっと憧れだった人に会うことができた。嬉しいひと時。

 ウォン・カーウァイ監督作品というのは、撮影のクリストファー・ドイルと一体となっている感じがある。そのカメラワーク、映像世界というのが独特で、あまりにも魅力的だ。『天使の涙』などの初期の作品の挑戦的な映像が好きなのだが、そうした映像が成熟したところにこの『2046』という作品があるように思う。凄いのは、成熟しつつその上で、より高い挑戦が行なわれているのだ。

 脚本、美術、音楽、何をとっても素晴らしい。恐ろしく完成度が高い。

 出ている出演者に関しても、圧倒されるばかりだった。特にトニー・レオンとチャン・ツィイーは凄い。最高の役者達が、より高いレベルで、新しい一面を見せてくれている。そういえば、コン・リー、チャン・ツィイー、ドン・ジェはチャン・イーモウが世に送り出した女優だ。それぞれの魅力を、こんなにも深く見せてくれるとは。

 日本ではどうしても木村拓哉が話題となってしまう。一生懸命やったのも分かるし、十分に良かったことも確かだ。けれど、悪く言うのでは全くないのだけど、この作品の他の出演者があまりにも凄すぎる。存在感が違うのだ。横綱・大関が熾烈な優勝争いしているところで、やっと十両優勝したという感じと言ったらいいだろうか。スポーツの世界で、日本人選手が海外で活躍するように、俳優が海外で活躍するのを見るのはやはり嬉しい。こういう作品にもっと出て頑張って欲しいよ。

 ちなみにこの映画、1日に1000円で観た。場所は近くのシネマコンプレックス。ロビーの人たちを見ていると一番人気は『隠し剣 鬼の爪』、次は『スウィング・ガールズ 』のようだった。ちなみにこの2本には「地元でのロケ作品」と書かれていた。僕の観た『2046』は小さな劇場で、かなり少ない人数しかいなかった。

◆ 迷惑メール
 携帯電話を新しいものにした。これまではボーダフォンだったのだが、NTTドコモに変えたわけだ。繋がり具合は全く違ったものとなった。まあほとんど電話のかかってこない生活をしているのだけど。

 携帯のメールアドレスをどうしようか少しばなり悩んだ。最初は自分の名前をそのまま入れたのだが、恐ろしいように迷惑メールが来た。驚くほどに。ボーダフォンの時は短いアドレス(@の前は3文字のみ)だったのに、1日に1通くらいしかなかった。
 いくらなんでも1時間に5、6通も来るのは多すぎるだろうと、すぐに長いアドレスに変えることにした。@の前は部分で26文字。
 迷惑メールは全く無くなった。いまだに1通も来ていない。ちょっとだけ寂しくもあるけれど(笑)。

■ ビデオ『わすれな草』イップ・カムハン監督 [チャンネルNECO]
 香港映画について語るのは難しい。なんともB級の雰囲気はあるのだが、なんだかよくわからない良さも確かにある。
 この映画の主人公はひどく情けない男だ。けれど、その情けない中にも男らしさのようなものがあり、そんなに良くはわからないけど、ちょっと引っかかってしまう。どうしようもなく気になってしまう。やれやれ。

◆ 情けない話
 このところ日本のプロ野球について何だかんだと語ってきた。あまりにもバカらしいので、これでひと区切りにしたいと思う。
 新球団は「東北楽天ゴールデンイーグルス」と決まった。それにしても酷い名前だ。金ピカが好きな成金のような名前。「東北」と名前を付ければ東北に住む人は喜ぶという感覚を持っているのだろうか。東北は6県とも全く別の文化を持っている。よく欧米から東南アジアを見た場合、日本も韓国も中国も同じに見えるというけれど、東北はそんな風に見られてしまっている感じがする。あまりにも情けない。

 ライブドアだったら良かったのかということでもないのだが、ライブドアが言っていた「審査は絶対評価であるべきじゃないのか」ということは正しいと思う。今回はライブドアと楽天と完全な比較審査になってしまい、誰もそのことについて文句を言わない。経営状況を問題にするのであれば、ある一定のラインをクリアしたならば合格となるべき話のはず。2社が合格であったらな、今回のケースであれば、仙台市もしくは宮城県が選ぶべき問題ではないのか。地元の方は弱い立場でどちらにして欲しいなどとは言えなかったのだろう。

 考えてみて欲しい。企業が地元と組んで球団を作るのだ。ある意味で結婚するようなもの。宮城県は楽天とライブドアとの両方から結婚を申し込まれた。弱い立場だったので、自分からは選べなかった。代わりに父親が選んでくれた。お金をいっぱい持っている相手の方がより幸せになるだろう、と。

 まったくもって夢のない情けない話だと思う。夢のないところに、人は集まるのだろうか……。

◆ 温泉
 温泉宿に泊まった。やっぱり温泉はいい。お風呂に入り、美味しいご飯を食べる。そしてまたお風呂に入る。
 はやく温泉オフをやろうよ(笑)。

 ちなみに僕の泊まったのは小野川温泉(http://www.chuokai-yamagata.or.jp/onogawa/)というところの宿。こっそりと僕の部屋の値段と書いてしまうと、6畳のトイレなしの部屋。料理は米沢牛のしゃぶしゃぶの他、鯉の甘煮、岩魚の塩焼き、その他いっぱい出てくる。それで1万円というものだった……。まあこれは安い方で、もう少しはするのだけど、それでもめちゃくちゃ安い。ちなみにこの小野側温泉というところには約12件の宿があるのだけど、5500円なんて値段もある(笑)。今の僕のささやかな夢は、この12件全てを制覇することである。協力してくれる人、大募集です(笑)。

 温泉宿というのは、大きな規模のホテルなんかより、小さなところがいい。料理もサービスも、普通にいい。普通さというのは、落ち着ける気分を持たせてくれる。

 夕食を終えて外に散歩に出た。足湯なんかが出来たりして、そこでも温泉に浸る。そして共同浴場尼湯という地元の人なんかが入るのだろう銭湯のようなところに200円を支払い、そのお湯に入ることにした。

 小さいけれど、綺麗なところだった。お湯は……、めちゃくちゃ熱かった。少し水で薄めてみたがそれでもあまり温度は変わらない。仕方なく、思い切って身体をお湯の中に入れる。それが入れてしまうのであった。一度お湯の中に入ってしまうと、熱さはそんなに感じることはない。水を温めたものではない。確かに温泉なのだ。身体の芯がじわじわと温まってくるのを感じる。凄い。
 少し前に入った宿のお風呂とは全く違った感じだった。この共同浴場に毎日入っているという地元の人が話しかけてくれる。なんでも、宿のお風呂はぬるくて入れないのだそうだ。観光客の要望を聞いていると、ぬるくせざるを得ないのだろう。

 その温泉によって適温というのはあるのだろう。けれど、「ぬるめのお湯が好き」という好みで温泉を選ぶのは間違いなのではないかと思ってしまった。温泉に似ているものは数多くあるけれど、本当に温泉のお湯というのを感じさせる温泉はそんなに多くはないのかもしれない。「ぬるめのお湯が好き」という感情によって、実は本当の温泉を無くしてしまっているのかも……。

 とにかく僕は、温泉というのはこういうものなのか、という想いを強く持った。これまでとは別の意味で、温泉が好きになった。

◆ もうひとつの日本
 まだ宿泊したことはないが、小野川温泉に「鈴の宿 登府屋旅館」(http://tofuya.jp/)というのがある。この宿のホームページの中に、元駐日大使のエドウィン・ライシャワー博士の文章が紹介されている(http://tofuya.jp/na001.html)。

 日本のことについて書かれているのだが、実に素晴らしい文章だ。山形の紹介でもあるが、その内容は山形だけがどうのこうのということではない。日本には、東京や大坂や京都や奈良ではない、もうひとつの日本があり、その魅力が書かれている。
 読んでいると、涙が出てきてしまうくらいだ。最近はアメリカ人というと、ブッシュに代表されるイメージが大きくなってしまっている。けれど、ライシャワー博士のように日本を感じてくれている人がいたのかと思うと、ほんとうに嬉しい。

■ よしもとばなな著『王国 その1 アンドロメダ・ハイツ』(新潮社)
 夜寝る前に読む本のランキングなんてあったなら、よしもとばななはかなり上位に入るのではないだろうか。やさしい言葉が、すっと身体の中に入ってくる。
 例えば、「私はその声の思い出を宝にしよう、そしてどこへ行っても力が必要なときに思い出すようにしよう。そう思った。」(P12)みたいな感じだ。

 しかし、どうしても今の僕は『デッドエンドの思い出』と比較して読んでしまうような感じがある。それだけ良かったと思えた本で、今だに余韻が残っている。

 できれば、なのだが。よしもとばななには、あまり神秘的なことを書かないで欲しいなぁと思う。この『王国』という本に出てくる人物はある意味で超能力者みたいなのだ。そうしたことを書かなくても、十分に人の気持を伝えることができていると思うのだ。だから、『デッドエンドの思い出』が素晴らしい作品になっているのではないかと。

◆ わが街へようこそ!
 ドルフィンホテルの中に「四国遍路日記」というコンテンツがある。将来的に切り離してしまおうかなと思ったりもするが、とりあえず今の状態でヤフーに登録された。どのくらいの人が見てくれているかはわからないが、とりあえずヤフーで「遍路」と入れた検索のトップページに出てくるようになった。

 反応のメールが1通だけあった。
 読者というよりも「リンクさせて頂きました」という地域情報のサイトから。

「わが街へようこそ!」(http://www.wagamachi.com/)というサイトなのだが、これがお世辞抜きでなかなかいい感じ。僕好みのシンプルなデザイン。何よりも使いやすく、実用的かつユニークなサイトがリンクされている。例えば、四国をクリックして出てきたページには四国関係リンクというのが出ているのだが、その最初に「四国遍路日記」があったりする(笑)。

 大手の情報サイト、特に旅行業者がやっているようなところは、全く持って商売しか考えてないような印象が強い。でもこの「わが街へようこそ!」でリンクされているところは、公共のもの、個人のもの、分け隔てなく面白いところばかりが集められているような気がしている。あちこちの地域にリンクさせているのを見ているだけど、けっこう楽しいですよ。

■ ビデオ『ドライビング Miss デイジー』ブルース・ベレスフォード監督 [NHK-BS2]
 アカデミー賞の作品賞に輝いている作品。アメリカだなぁという雰囲気に浸った映画だった。そんなに特別な面白さは感じなかったが、この映画のラストシーンは凄く好きです。特別ではない、普通さ、さり気なさというのかな。こういうラストは、ほんとうにいいです。

◆ 紅葉
 こんなにも景色というのは変わるものなのか……。この数日、うちにある木や枯葉や、山の風景を見て感じていることだ。
 いわゆる紅葉という景色。ひょっとしたら、春の桜の景色よりもキレイなのではないかと思ったりする。赤や黄色や、いくつもの色が素晴らしいハーモニーを奏でているという感じだ。

 しかし、紅葉の景色を楽しむというのは、ほんの数日しかないように思う。ちょっと前までの天気は雨ばかりだった。陽の光が紅葉を照らし出し、その光と影を見せてくれる日なんて、ほんの僅かかもしれない。それに、春の桜と違い、秋の紅葉はやはり寂しいものがある。もう数週間後には雪が降るのだろう、五感にそういうものを感じさせる。

 四季というのは、ほんとうに明確に分かれている。

 少しばかり無謀なことを言ってしまおう。人の仕事というのは、元々こうした季節というものと密接していたのではないだろうか。暖かい時期に作物をつくり、冬は雪の処理をしながら静かに過ごす。そうした季節の変化と関係のない、一年中同じようなサイクル、暮らしというのは人によってかなり無理があるのではなどど感じたりする。

■ ビデオ『ローマの休日』ウィリアム・ワイラー監督http://www.roman-holiday.jp/
 地上波で放送されたものを観た。ひょっとしたらこの映画を観たのは初めてだろうか。今さら語るようなことでもないけれど、いい映画だった。オードリー・ヘプバーンはあまりにも綺麗で、素敵だった。美しい女性というのは、飲んで酔っ払っていても愛らしいのだよね(笑)。うーん。

◆ 上杉鷹山
 上杉鷹山という人はどのくらい知られている存在なのだろうか。実は地元の人間も良く知らなかったりもしている。ただ単に、質素倹約というイメージばかりが先行しているかのように思える。

 僕にとっての上杉鷹山というのは、ひとりのリーダー、実行者という姿だ。彼は養子という形で財政が破綻している上杉家へと入った。上杉家としては、殿様にリーダーシップなどというのは求めていなかったのかもしれない。
 けれど、彼はこの藩を立て直そうと、改革を行なう。まずは自らが実践するというのが彼の中心となる考えだったと思う。改革の最初はたったひとりでやっているようなものだった。それを、自ら実践することで、賛同者を得ていった。それまでは日陰にいたような人物を登用し、新しい産業を興し、教育制度も整備する。何よりも、民を大切にした。

 そうしたリーダーというのが本当に存在したのだろうか。上杉鷹山について考えるとき、そうした想いが頭の中にはある。単なる作り話ではないかと。けれど、上杉鷹山という人物を深く知るということは意義のあることだ。

 もうだいぶ前になる。童門冬二の『小説上杉鷹山』(集英社文庫)を読み、驚いた。そして、敬愛する藤沢周平の遺作が上杉鷹山を主人公とする『漆の実のみのる国』(文藝春秋)だったことに何か運命のようなものを感じている。

 先日、「伝国の杜」(http://www.denkoku-no-mori.yonezawa.yamagata.jp/)で、「上杉鷹山 〜改革への道〜」という特別展を見た。
 改めて上杉鷹山という存在に興味を持ち、こうした生き方をより深く考えていきたいと思った。

■ ビデオ『オール・ザ・キングスメン』ロバート・ロッセン監督 [NHK-BS2]
 見応えのある、スケールの大きな政治ドラマだった。公開されたのが1976年。こうした政治の裏側の話というのは、未来永劫変わらないものなのか、なんてことを考えてしまった。
 最初は正義感の強いひとりの男だった。醜いといっていい政治の世界を変えてやろうという強い熱意があった。けれど、権力を手にしていく過程で彼は変わっていく。悪に身を渡し、正義を得る。貧しい暮らしの人々のための政治を行なう。
 例えば、この映画は田中角栄なんかが重なって見えたりもする。それだけ登場人物が魅力的で、迫力のある映画なのだった。

◆ 夜話後記
 少し前からドルフィンホテルのトップページを変えたいと思っている。しかし、この夜話を書くことで精一杯なのだろうか。なかなか実行できないでいる。ご飯をつくったり、散歩をしたり、昼寝をしたり、何かとやることがあるのだ。
 今年はあまり休むことなくこの読書夜話を書いてきたように思う。春休みも夏休みも、ドルフィンホテルには無かったと思う。熊さんに倣って冬の間に冬眠する、なんてもいいかなぁ、なんて思ったりもしています。
 気分次第なので、先のことは全くわからないけど。まあ、楽しくやりましょう。


THE WIND WILL CARRY US 2004/11 #2 

2004/11/24 

◆ 雪囲い
 コンビニに行くと面白いものが売られている。縄、である。どこかの雑貨屋さんだったならば似合うのだろうが、普通のコンビニである。入り口のところにキョトンと縄が置かれているのは、なんとも妙な光景だった。

 縄は別に誰かを縛るのではない。雪囲いに使うのだ。自分の家で全て行なうところもあるが、人に頼んでやってもらったりもする。家では毎年頼んでいる人がいて、僕はちょっとだけその手伝いのようなことをした。
 雪囲いの出来ていく過程はとてもエキサイティングなものだった。最初は骨組みのような感じで木を結びつける。適度の間隔で板をあて、ひとつづつ結んでいく。地道な作業。

 毎年こうした冬への準備が行なわれる。もちろん雪が消えたならば、解体し、その材料は所定の場所に保管する。そうしたことが何年も繰り返される。
 そんな中で、雪国の人達の考え方などが、培っているのかもしれない。

■ ビデオ『ディープ・インパクト』ミミ・レダー監督
 先日地上波で放送されたのを観た。
 いわゆる地球が滅亡するかもしれないというお話。彗星が地球に迫っていて、かなり危ないことになる。そこで軌道を修正させるために、宇宙船を飛ばし彗星を核爆発で軌道修正させようとする。しかしそれは失敗し、100万人だけを地下に移住させる……。

 この映画はアメリカ映画なのだが、僕はアメリカだけが世界であるかのような印象を受けてしまった(笑)。
 大統領が状況を発表する。そして、戒厳令が敷かれたり、夜は外出禁止になったりする。選ぶ選ばれないという、人間のゴタゴタも起こる。パニックな世界が描かれる。

 しかし、僕は思うのだ。世界の終わりを迎えるかどうかというときに、何で外出禁止にならなければいけないのだ。
 イタリア人だったならば、「えっ、そうかそうか。だったらワインを飲もう」なんて、近所の人たちと、パスタをいっぱい作り、歌を歌い、思う存分楽しんでいるのではないだろうか。
 僕の隣の家のおばあさんだって、「だって、気になるから」といって畑の草むしりをしているように思える。

 世界には多くの国がある。最近僕が思うのは、先進国とはどういう国か、豊かであるとはどういうことかだ。
「世界の終わり」というテーマで、世界のあちこちからの視点で描いた作品があったら面白いだろう。そんなことを考えてしまった。

◆ Vリーグ
「アテネ五輪バレーボール女子日本代表の栗原恵がVリーグのパイオニアに入社したことが明らかになった」というニュースがあった。
 けれど、これは全くもって正確ではない。たぶん、99%の人が信じているだろう。マスコミの世界にいる人も。
 事実はちょっと違っている。パイオニアではなく、東北パイオニアなのである(http://www.pioneer.co.jp/topec/new/20041115.pdf)。
 同じ会社だろう、と言われてしまえばそれまでだけど、違いものは違うのである。

 ところでVリーグ(http://www.vleague.net/)というのは、ほとんどが企業のバレー部というようなチームで構成されている。何もかもがプロになればいいとは僕は思っていない。こういう形があっても全くかまわない。けれど、Vリーグこそがチームに都市名を入れればいいのではないかと思っている。なぜなら、「パイオニア」「日立」「武富士」なんて名前が並んでも、チームの違いというのがよく見えてこないのだ。「山形県天童市」「滋賀県大津市」「佐賀県鳥栖市」「岡山県岡山市」「茨城県ひたちなか市」「埼玉県北葛飾郡」「愛知県西尾市」「千葉県茂原市」「静岡県三島市」などなど、Vリーグに参加しているチーム所在地は、Jリーグ以上に地域を感じさせる。地方の工場などをホームとしている関係なのだろうが、こうした地域の名前がチーム名にあった方が、より親しみを込めてそれぞれのチームを見れるような気がするのだ。

 プロ野球でよく語られる企業名をチーム名に入れる入れないの話ではないのだが、よりチームが個性的であるのであれば、せっかくの個性的な都市名を入れないのは、損をしていいることのように思えてくる。
 現在は、ひとつの企業に執着せず、どんどん転職をする時代だ。企業名があっても、そこに個性を感じることができなくなっているのではないか。

■ ビデオ『恋愛小説家 AS GOOD AS IT GETS』ジェームズ・L・ブルックス監督 [日本テレビ]
 わりと有名な映画なのかな。はじめて観たのだけど、なかなか楽しめた。どう考えても「恋愛小説家」というタイトルは無いよな、と思ったけど。

 とても見応えのある大人の恋愛映画だった。「大人の」というのは別の言い方をすれば、どこか壊れてしまっている、となるかもしれない。ある台詞があった。「理想の相手なんていないのだから」(確かこんなふう)というだが、これは別に妥協ということではないだろう。
 誰しも、何らかの問題を抱えている。そうした男と女が、どこかで惹かれあい、結びついていく。
 面白かったです。

■ 鈴木明著『維新前夜 スフィンクスと34人のサムライ』(小学館)
 ずいぶん前に読んだ本なのだが、面白い本なので紹介したい気持になった。ブックトークオフなんかがあったならば、今の僕の第一候補である。
 この本の表紙には写真がある。タイトルの通りスフィンクスが写っている。その前にはパラパラと人がいる。
 写真は1864年2月28日に撮られたものである。元冶元年。明治維新の4年前のこと。
 徳川家の家臣一行のヨーロッパ使節団である。まだ江戸時代に、34人の徳川家の人間がヨーロッパに行っていた。薩摩は長州の側でなく、である。
 日本という国のことを、世界から見た未来の日本をどのように考えていたのか。
 一行のいろいろな出来事が書かれている。明治維新という派手な舞台の、ずっと裏側のところでも物語はあったのだ。
 こんなことを書いていたら、もう一度読み返してみたくなってきた。

◆ ふじ
 霜が3回降りたならば、もうふじを採らなければならないのだという。ふじ、リンゴのふじである。
 うちにも1本この木があり。僕も母親の手伝いをして、この収穫作業を行なった。

 それにしても、リンゴの木というのは偉大なものだった。木、いっぱいにリンゴの実がなっているのである。花が咲くように、いっぱいいっぱいなのだ。それを全部食べることができる。もちろん、何もせずにただ育つというわけではないけれど、それでもいっぱいに実がなったリンゴの木を見ると、なんだか申し訳ないような気持にさえなった。

 今年は不作なのだという。例年よりも、小さく、色も悪いという。いつだったかの美味しかったふじの味は今だに覚えている。中には蜜が入っていて、その甘さと軽い酸味に、僕のほっぺたは落ちてしまったのだった。

 今年のふじの味がどうなのか、実はよくわからない。見た目がよく美味しそうなものは、すべて箱詰めされ送られてしまった。残ったのは、小さく見た目もあまりよくないやつばかり。しかも、食べる順序としては、虫食いのものから食べていく。虫食いといっても全部が食べられないというわけではないので、その部分を除いたところを、食べるわけだ。リンゴの木があっても、そこに住む人はそんなに美味しいリンゴを食べているのではないのだった。

■ ビデオ『マラソンマン』ジョン・シュレシンジャー監督 [NHK-BS2]
 なんとも不思議な映画だった。ダスティン・ホフマン演じる主人公がマラソンをしている姿は、とても絵になっている。他にも印象的な印象はいっぱいある。ストーリーばかりが重視されているような気がするが、この映画は映像が素晴らしい。

 ストーリーに関してはまだ僕の中で整理されていない。普通の大学生活と、裏の社会で起こっているお金や殺人というものが、うまく噛み合っていない。でもその噛み合わなさが、この映画の魅力でもある。すごく計算された上に成り立っている作品のようにも思える。

 それにしても。彼はこのあと、どうなるのだろう? 素朴な疑問だ。

■ ビデオ『風が吹くまま』アッバス・キアロスタミ監督 [ムービープラス]
 一応フランスとの合作になっているが、イラン映画である。独特の雰囲気がとてもいい。僕はこれまでほんの数本だけど、イラン映画を観ている。本当に、他の国にはない独特なものなのだ。
 登場人物がとても少ない。ドキュメンタリーのような感じで物語が進んでいく。進むというよりも、主人公が勝手にどんどん話をしていると言った雰囲気。村の人と何だかんだと話をする。そうした何気ない会話によって、何らかのこの映画の世界が作られていく。
 BGMもいい。特別な音楽というわけではない。鳥の泣き声が、ひんぱんに聞こえてくる。何度も、僕は自分の部屋の窓を見てしまったほどだ。

 映画というのは、ほんとうに面白いと感じることができる。例えば、料理は世界のあちこちで違う。その土地で育つ食べ物が違うからだ。映画も、その土地でしか出せない味わいというものがあるのだろう。

◆ 手放された本
 先日友人から本が送られてきた。いらない本があってブックオフなんかで処分しようと思っているのでれば、ゆずって欲しいとお願いしていたものである。
 このところ僕はアマゾンで本を売っているので、そこでお金に変えようというのがこれらの本についての僕の目的だった。
 しかし、実際に本を見ると、手放したくない本が何冊か出てくる。読んでから売りにだろう、と。しかし、そうした本はもうすでにいっぱい溜まってしまっているのである。困ったことだ。本を減らそうと思って、本の販売をはじめたのに、逆に増えていきそうな気もする……。

P.S.
 いらない本、もしよかったら下さい。あくまでも「下さい」というずうずうしいお願いですが。

■ ビデオ『バースディ・ガール』ジェズ・バターワース監督 [WOWOW]
 主演の女性って、ニコール・キッドマンだったんだ。ロシア人の役なのだけど……。
 まったくもって、映画の中身を知らない僕には、あれまあれまどきどきの映画だった。主人公の男性は大人しい感じの銀行員。家も持っている。けれど、一人暮らし。まあ、もてないという雰囲気なのである。彼はインターネットで、結婚相手を探す。相手の女性はロシア人。

 言葉の通じない同士が生活をはじめる。少しずつ気持が通じ合う。僕はこのときには、ラブロマンスだと信じて疑わなかった(笑)。ところが、これからの展開が凄い……。

 けっこう楽しめた映画でした。

◆ 横たわる白いボリュームの曲線美
「大根足」の話をしたい。これって凄いネーミングだと思うのだ。白い大根を並べてみると、ほんとうに足のように思える。思わず頬杖をしたくなるほど(笑)。

 冬ももうすぐということで、大根を抜いて、保存するという作業の手伝いをしていた。なかなか太い大根だったので、抜くのも大変だったのである。でも、なんというか女性の足と格闘しているような……。1本づつの大根では、そんなに「足」という感じはしなかった。けれど、並べてみると確かに「足」そっくり。
 誤解しないで欲しいのだが、「大根足」というのは僕にとっては褒め言葉である。大根というのは食べ物なのだ。ほんとうに美味しい。この大根の美しさも、もっともっと評価されるべきものだ。
 それなのに、「大根役者」とか何かマイナスのイメージが多いような気がする。
 なんとか大根のイメージアップに貢献したい。
 何本もの大根を目の前にし、なんだかドキドキしているのだった。

■ ビデオ『めぐり逢い』レオ・マッケリー監督 [ムービープラス]
 とっても大人の恋のお話。けれど、僕は最初この映画をナンパ映画だと見ていた(笑)。「めぐり逢い」というのは、別の言い方とすれば「ナンパ」とも言えるわけだ。2人が飛行機の中で出会うところは、どう考えてもナンパだからね。
 しかし、この映画のいいところは、物語の結末までけっこうな時間が掛ることだ。離れていることで、相手のことを想うところがいいのかも。もちろん、相手がこちらのことをどう考えているかについては、確信は持てない。ああ、そうしたものがラブストーリーというのだろうか……。

 とにかく、大人の恋愛映画っていいものだな、と思える映画でした。

■ 宮下マキ著『部屋と下着』(小学館)
 僕の好きなものに部屋というのがある。インテリアの雑誌を見たりする程度で、僕は部屋がそんなにカッコイイわけではないけど。
 部屋の写真を見るというのは、その人本人を見る以上に、実はその人の内面に触れているのではないかとさえ思う。そういうわけで、テレビなんかのあまりにもキレイすぎる部屋というのは面白くない。普段の、生活感のある部屋というのが、凄く面白い。
 例えば、都築響一著『TOKYO STYLE』(ちくま文庫)なんかは、乱雑な、いわゆる普通の部屋の写真がいっぱいあってとても楽しいものだった。

 そんな本、写真集にもっと出会いたい、と思って出会ってしまったのが『部屋と下着』という写真集だった。
 ええとですね(笑)。僕は女性の下着に興味があってこの本を買ったんじゃないよ、という言い訳でした。賢明なドルフィンホテル読者の皆さんは、十分にわかってもらえると思うけど。

 たぶんこの本は、女性の皆さんにすごく好かれるのではないだろうか。ほんとうにこの中には、普通の生活している部屋が存在している。部屋の中にいる女性も、すごくリラックスしている。そういう意味では別に下着姿でなくてもいいのかもしれない。別にエッチな雰囲気の写真が出ているわけではない。そこには、悩んだり、夢があったり、そうしたものが感じられる。

 この本の良さは写真だけでない。ちょっとしたアンケートみたいなものがあり、この本に出ている女性の文章が載っている。「部屋」「下着」「生活」「人間関係」の4つについて。ほんの少しの文章なのだけど、とても読み応えがある。その辺に数多く転がっている小説なんかよりも、ずっと人が生きていくということを感じさせてくれる。

 この写真を撮った宮下マキのあとがきもまた読ませてくれる。

 ほんとに凄くいい本だと思いました。

■ ビデオ『ノー・マンズ・ランド』ダニス・タノヴィッチ監督http://www.bitters.co.jp/noman/) [WOWOW]
 めちゃくちゃ凄い映画だった。面白いし、そのメッセージの普通さと深さに感嘆させられた。
 舞台は、ボスニアとセルビアの中間地帯にあるノー・マンズ・ランド。ボスニア紛争の話だ。ボスニア軍兵士とセルビア軍兵士とが同じ時間を共にする。敵同士ではあるが、通じるものも感じられる。しかし、この映画に甘い感情はない。リアルであり、厳しさがじわじわと後からくる。
 国連やジャーナリズムのあり方についても考えさせる。何がいいとか、どうしろとか、そういうことではないのだ。
 ある意味で淡々と、わずか10年前に起こった出来事を描いている。

 僕は全く知らなかったのだが、この映画はカンヌ国際映画祭をはじめ多くの映画祭で絶賛されているものだった。
 こういう映画が上映されても、戦争は今も起こっている。この映画はそうしたことさえも、含んだメッセージになっているように思える。
 ラストシーンが凄いとしか言いようが無い。ほんとうに、戦争を続けている人間が愚かに思えてくる。

◆ 減らないビデオテープ
 僕はこの読書夜話において、観たビデオテープについて語っている。このビデオというのは何かというと、テレビを録画したものである。昨年、ケーブルテレビに入っていた頃のこと。とにかく映画に関して録画できるだけテープに録画した。120分テープに、3倍速で2本か3本が入る。WOWOWに入っていたこともあったので、1日に放送される映画の数は相当なものだった。ケーブルテレビの映画関係のチャンネルは何度も繰り返し放送されるので、ある程度セレクトすることになるが、それでも1日に2、3本の映画を録画していた。
 その録画されたビデオテープを僕はせっせと観ていた。しかし、部屋でじっとテレビ画面を観るというのは、ちょっとばかり辛い。落ち着きの無い性格なのだ。
 部屋での運動、つまりは自転車漕ぎを毎日45分行なうことにしていて、いつの頃からかその時に、このビデオテープを観ることになった。それが今も続いている。

 しかし、大量のビデオテープはなかなか減ってくれない……。1本の映画を観るのに、2、3日かかる。ざっと見てだが、録画されたビデオテープはあと50本ほどある。おおよそで125本ほどの映画。1日45分観るということを続けていったとして、300日以上かかることになる……。

 とにかくまだまだ時間がかかる。もしこのビデオテープを全て観てしまったなら。3ヶ月くらいの限定で、WOWOWやNHK-BSに入ろうかと思っている。そこで撮り溜めをするのだ。

 レンタルビデオとかで探して、観たい映画だけを観るというのもひとつの考え方だろう。しかし、どういう内容かもあわからずに、雑多なものを観ていくというのは、実は面白い。僕の予想を全く上回る作品に出会う可能性もあるからだ。不確定な出会いというのは、けっこう楽しいものなのだ。


TOKYO ONOBORI Part.1 2004/11 #3 

2004/12/8 

今回と次回と、東京おのぼり特集となります。

<あちこちで食べたり飲んだり>

◆ 東京駅散策
 半年ほど東京を離れただけで、どんどん東京は変わってしまったような気がする。あーあ、かわってしまったんだね。
 東京駅周辺はなんだか凄いことになっているようだ。丸の内北口からすぐのところに丸の内オアゾ(http://www.oazo.jp/)というオシャレな空間があった。ここには丸善がある。「日本最大級の品揃え」というものを確かめようと、この書店に入ってみたのだ。

 むむむ。ジュンク堂大好きの僕としては、品揃えにはやや不満があった。なにせ岸本葉子さんの本が並んでいる様子は無いし、ごちゃごちゃした雰囲気がある。
 けれど、料金カウンターは各フロアーにあり、驚くほど親切な対応。ジュンク堂のやや見習い中の雰囲気とは、数段の違いを感じてしまった。伝統というか、大人の書店といったらいいのだろうか。

 それにしても、本屋さんの競争も大変そうだ。八重洲ブックセンターは大丈夫なのだろうか?

 東京駅と言えば、八重洲地下街だった。時間があったなら八重洲ブックセンターに行くこともあった。新幹線に乗る前に時間をつぶすのは、大丸デパートの地下食品街だった。

 しかし、丸の内オアゾにもなかなか美味しそうなお店がいっぱいあった。
 地下にはハイカラなお店がずらずらと並んでいた。ベトナム料理の店とか、おかゆの店とか、あと神戸屋レストランも気になる。

 ちなみに僕は6階にある「蔵人厨 ねのひ」(http://r.gnavi.co.jp/a186421/)というところでお昼ご飯を食べた。5階はかなり人が並んでいたが、6階はなぜかけっこう空いていたのだ。
 おばんざい膳のを食べたのだが、これが凄いものだった。値段はそんなに高くはない。こうしたビルのレストランでの金額としてはいたって普通。
 まずは、3種類の漬物がでてくる。かなりの量なのだが、それをとって食べる。寄せ豆腐が出てくる。塩をかけて食べるのだが、これが美味い。大きな皿に焼魚、卵焼き、その他いろいろなおばんざいが、ちょっとづつ乗っている。白いご飯は立っている。根菜味噌汁は豪快で量がいっぱい。実に食べ応えがある。3000円くらい出しても仕方が無いかな、と思えるくらいの料理が出てきていた。
 お酒もけっこう並んであって、夜も良さそう。

 八重洲地下街のライバルは丸の内オアゾだけれはないらしい。いつの間には北口の方にはキッチンストリート/黒堀横丁(http://www.minna-oishii.jp/)なるレストラン街ができていた。東京駅というと高いだけで美味しくないというイメージがあったが、出店している店を見ると、食べたくなるようなところばかり。明石焼の店もある。焼酎の専門店もある。コンビニは「おきなわコンビニ 美々ステーション」なんてところだし、書店は丸善が入っている(笑)。
 とにかく、いい店ばかりを頑張って集めましたという雰囲気。

 上野駅で新幹線を利用するという気持が無くなってくるかもね。

◆ 吉祥寺で珈琲
「珈琲茶房 花仙堂」(http://www.towafood-net.co.jp/cafe/kasendo/index.htm)というお店に入った。けっこう良さそうな店であるという評判の店。吉祥寺の井の頭公園に行く途中である。ビルの地下にあるのだが、入り口はけっこう凝っていてなかなかの雰囲気。かなり混むのかもしれない。待つ人のための椅子みたいなのが用意されていた。

 店内は思いっきりレトロ。何よりも良かったのは、店員さんの背筋が伸びていることだ。接客について、かなりしっかりと教育されている雰囲気がある。やっぱりお金を払って、いい時間を過ごそうとこうしたお店に入るのだ。しっかりとしたプロの接客を受けたい。

 せっかくなので飲み物だけではなく、花仙堂特製ケーキセットというのを注文した。シフォンケーキは十分に美味しいものだった。メニューには特製ビーフカレーといった食事もある。紀州梅と若鶏のスープごはん、鮭といくらのスープごはんなんてのも美味しそう。

 トイレに入ってみたのだが、トイレットペーパーには折り目がつき、インテリア的にキレイなだけでなく、常に気を使っている雰囲気があった。

 大人の街の、大人のカフェだった。僕としては、かなりの満足度が高かったのだが、残念な点もあった。
 お隣のおばさま達の会話がうるさかったのだ(笑)。午後のひとときを、旦那さんのグチを言いながら過ごすのは楽しいだろう。でも、せっかくのいい空間なのだから、静かな時間の中で過ごしたかった……。

 ちなみに、このお店、都内に喫茶店その他レストランなど多数の店があるみたい。他の店にも行ってみたい気になっている。

◆ 池袋で石狩鍋
 池袋のとあるお店で鍋を食べた。僕の大好きな石狩鍋である。しかも、この店の材料は北海道から運んできているという話だ。
 その石狩鍋に僕は唸った。味噌が違うのだ。
 その辺の居酒屋のメニューにも石狩鍋はよくあるが、この石狩鍋を食べてしまった瞬間から、他のものは味噌味鍋となってしまった。

 しかしよくよく考えてみると、なんで東京に来て北海道のものを食べ感激しているのだろうか。まあ、そうした街でもあるのだろうけど。

◆ 綾瀬でイタリアン
 地下鉄千代田線の綾瀬というのは僕にとって特別な街である。何が特別か。単純な話で数年間住んでいた街だからだ。
 久しぶりに僕はこの街に来た。駅前はあまり変わった様子はない。少しばかりごちゃごちゃしている。でも、ちょっとした落ち着きが感じられる。

 この街で夕食を取ることになった。男2人なのだけど、なんとイタリアンの店に入ったのだった。男同士でオシャレなイタリア料理の店に入っていけないという法律なんてない。けれど、店内に入るとオシャレな女性だけのグループが。それでも、男2人はめげることなく席につくのだった。
 こじんまりとしたいい店だった。たぶん、2人だけでこの店をやっているのだろう。

 ワインを飲む。美味い。この数日緊張していた毎日を過ごしていたこともあり、極上の味だった。4000円のお値段のコースを注文する。
 イタリア料理のコースなんて、いつのこと以来だろうか。よくよく考えると思い出したくもない過去が出てくるみたいなので、思考を遮断させる。

 こうした料理は前菜というのが楽しい。ちょっとづつ、いろいろな料理が、白い大きな皿に乗っている。
 そして、パスタ。畑の野菜が美味いとか健康がどうのこうのとかは実はウソである。オリーブオイルたっぷりのイタリア料理はやっぱり美味い。
 そしてメインの魚料理。ああ、なんでイタリアンはイタリアンなのだろう。

 デザートを食べ、コーヒーを飲む。とても楽しい夕食だった。まあ、男2人だったけど(笑)。

◆ 赤坂でチゲ
 赤坂というところは僕にとって特別な街である。何年か仕事をしていたところだ。けっこう辛いこともあった(笑)。けれど、楽しい思いでも数多くある。美味しいものをいっぱい食べたということだ。お昼ごはんを、毎回別の店で食べるという決まりを作り、ほんとうにあちこちの店で食べていたのだ。たぶん、入った店の数は300件を越えていると思う。

 しかし、赤坂の景色は変わっていた。半分くらいの飲食店は別の店となってしまっているような気もする。昔仕事をしていたビルも無くなっていた。寂しいことだ。

 そんな赤坂で酒を飲んだ。「兄夫食堂」(http://r.gnavi.co.jp/g890700/)という韓国料理の店。久しぶりの東京滞在ではしゃいでいたこともあり、この日はとても疲れていた。立っていると汗が流れてくるような状態。

 僕は生ビールをがばがばと飲んでしまう。とても美味く、身体は回復してきたが、さすがに酔った。

 席は店の真ん中あたり、すぐ近くにはサイン入りのBoAのポスターがあった。

 最初にキムチその他の小皿がいっぱいテーブルに出てくるのが嬉しい。ボリュームのあるチヂミは当然のことながら美味い!
 数多くの鍋料理があったのだが、体調不良のため、あまり肉を食べるような気持になれず、僕のリクエストでブデチゲを食べる。考えてみるとジャンクな鍋なんだよね(笑)。次回はぜひ別の鍋を食べたい。

 最後にアイスクリームを食べる。僕は悩んだ末(ああ、なんて人生はこんなにも悩みが多いのだろうか)抹茶のアイスにする。けれど、胡麻のアイスにすればよかったと後悔する。

 それにしてもこのお店、量が多い。あとになってメニューを見ると、食べたいものばかり。ブルゴギ、タッカルビ、トッポギ、じゃがいもチヂミ……。石焼ビビンパを食べなくてどうするんだぁ。

 恥ずかしながらこの日の僕はかなり酔って、ふらふらの状態だった。なんとか部屋にたどり着いたけど。でも、やっぱりまた行きたい店だった。


<田園調布ライフ>

◆ ブーランジェリー メゾンカイザー
 数日の東京滞在中、どこに宿泊していたかというと田園調布だった。なんとオシャレな、リッチな(笑)。たまたま友人のマンションがあり、たまたま夜は誰もいない状況があり、その部屋を借りることとなったのだ。
「どこに泊まってるの?」と聞かれて、「田園調布だよ」と答えることの嬉しかったこと(笑)。でも、僕の田園調布の嬉しさには、このメゾンカイザーというお店があった。

 けっこう知る人は知るというパン屋さんである。カフェにもなっている。滞在中3、4回はこの店でコーヒーとパンの朝食をとった。めちゃくちゃに美味い。以前にもこの店で食べたことはあったが、僕の中ではこの店が、パン屋さんナンバーワンである。

 パンの名前など詳しくはわからない。けれど、特別な歯応えがある。他の店のパンと、この店のパンとを、同じパンという名前で括ってはいけないのではないかとさえ思う。

 しかも、そんなに高くはない。普通のパン屋さんよりは確かに高めだが、まあこのくらいなら、という範囲なのだ。ちなみに僕は渋谷の有名なヴィロンにも行ってみた。確かに美味かったが、値段が高すぎてどうにも買うのには勇気が必要。ちょっと僕には合わないなぁと思ってしまった。

 最後の日には、このメゾンカイザーで大量のパンを買い、鞄の中に無理やり突っ込んだ。お土産ではない。自分で食べるものとしてだ。
 田園調布と言えば、メゾンカイザーだ。

◆ 静かな街並み
 田園調布の街を歩いた。まがいものではない、あの放射線上になっている田園調布の街をである。ひょっとしたら長嶋さんとすれ違ったりするのかな、なんてけっこうドキドキしながら。
 それにしても、なんと僕は日頃の行いがいいのだろうか。11月末のこの日、快晴だった。しかも、紅葉がもっともキレイな1日だったのではないだろうか。僕がこの街を歩くことを、東京の季節は待っていてくれたんだ。

 粋なことをしてくれるじゃないか。冗談抜きで、最高の紅葉の中を僕は歩いていた。黄色い銀杏と田園調布は奇跡的な風景を描き出してくれる。

 しばらく歩いていくと公園があった。宝来公園という名前。入り口のところから駅方面を見る景色が絶品なのだ。ぽつりぽつりと写真を撮っている人がいたのだが、プロのカメラマン達だろう集団も歩いてきた。その中には、ホッとパンツ姿のモデルであろうキレイなお姉さんが。

 近くにいては悪いだろうなぁと思った僕は宝来公園の中へと入っていった。ずっと奥に行くとその景色の凄いこと。池があるのだが、その周りの紅葉がキレイなこと。ほんのちょっとしたお散歩のはずだったのに、200枚を越す枚数の写真を撮ってしまっていた。

◆ SANDWICH ISLANDS
 田園調布の駅のお屋敷街の方の側にこのお店はある。とってもオシャレなサンドイッチの店だ。
 しかし、ハイカラなお店というのは、何をどう注文したらいいのかよくわからない(笑)。戸惑いながらもやっとこさ注文するに至ったのだけど。
 パンの生地は3種類ある。それと、中に入れる具を選んで注文するのだった。テイクアウトもできるが、僕は中のカフェで食べた。木があったりしてテラスなのだが、屋根もあるというスペース。
 サンドイッチは凄く美味しい。こういう食べ物を、食べたことがなかったような気がする。こういうのが、サンドイッチという食べ物だったのかと思いながら食べていた。前にキャビアを食べたときも、ああこういうのがキャビアというものかと思いながら食べた。

 ちょっと離れた席では、キレイなお姉さんが経済新聞を読みながらコーヒーを飲んでいた。まったくもって、絵になる光景。僕は田園調布にいることに酔っているのだった(笑)。

◆ 田園調布のスーパー
 田園調布の駅の高架下にスーパーがある。何の気なしに僕はその中に入り、いろいろと商品を見回していた。ちょっとだけ見たかったものもあった。野菜である。前に東京で暮らしていたときには、野菜と言えばキャベツと白菜と大根とキュウリと、ほんの数種類のものしか、その存在を感じていなかった。田舎暮らしの目から、どういう野菜が置かれていて、どのくらいの値段がするのかを、覗いてみたかった。

 それにしても。僕はびっくらいこいた。4分の1白菜が150円もした。そういえば、今の季節は野菜が高いと言われいるのだった。それだけでなく、田園調布だからこそこうした高い値段となっているのかもしれない。それにしても、白菜1個分買うとしたら600円もするとは……。うちの小屋にゴロゴロと置かれている白菜は、けっこう貴重な存在だったんだ。
 白菜だけでなく、他の野菜も同じように高額だった。

 気になってるものを見つけた。僕の中で今年、大ブレイクした食用菊。小さなパックに入り売られていた。300円ちょっと。僕はため息をついた。菊は茹でてしまったならば、量はほんのちょっとになってしまう。どう考えてもそこにある量は、それだけで料理とはならない。何かの上に、軽く載せるようなものだ。

 僕がこの秋、食用菊を採って食べるというと、一番大きなボールに山のように採り、一番大きな鍋で茹で、小さめのご飯茶碗くらいの皿に山盛りにしたのを食べていた。

 田園調布で生活をするということは、そんな風に食用菊を食べることができないということなんだ。

 肉のコーナーも見てみる。国産高級牛肉ということで、米沢牛が置かれてあった。米沢の人が米沢牛を食べることはそんなにはない。やっぱり高いからだ。それでも、このスーパーに置かれていた米沢牛の値段は、地元で購入することのできるものの約倍くらいになっているのではないだろうか。

 しかし、食べるものの金額なんて、住居やクルマにかかるものに比べたらささやかなものなのだろう。

 最近、高級住宅地とは何ぞや、ということを考える。やぱり、畑があるというのは必須だと思うのだけど。

◆ 東京の景色
 以前僕が東京に住んでいたといっても、ほんの少しの景色の中にしか居なかったのだと思う。例えば僕は西武池袋線の景色を毎日見て暮らしていた。そのもう少し前は、地下鉄千代田線の暗闇と小菅刑務所の景色だった。

 僕は一週間ほど田園調布という街に住み、東急東横線という少しばかりリッチというか、ハイセンスな感じのする電車に乗っていた。外の景色は特別なものだったかというと、そんなこともない。電車に乗っている人だって、まあ普通だ。
 けれど、何かが違うんだろう。それは、東急池上線ではまた違うのだろうし、京急本線だったらまた別の違いだろうという、ほんのちょっとした感覚のものだ。

 これが、名古屋だったらい大阪だったりしたら、もっと違う。

 いろいろな土地には、何か違った景色がある。べつにどうでもいいことでもあるけれど、その違いを感じるのも、まままあ楽しいことでもあるのだな、というのがこの東京で感じたことだった。

 僕はずっと出歩いたりはしない引っ込んでばかりいる奴だった。でも、知らない街に出かけ、歩くのは楽しいものだ。40を過ぎてこんなことに気づくなんて遅いのかもしれない。しかし、まだまだこれからだという気持もある。

 なんだか楽しいよね。


<久しぶりの東京映画三昧>

■ 映画『春夏秋冬そして春』キム・ギドク監督http://www.kimki-duk.jp/spring/)[Bunkamura ル・シネマ]
 キム・キドク監督というと、僕は『悪い男』を観ているのだった。どちかかというと、『悪い男』は「動」、『春夏秋冬そして春』は「静」という印象がある。けれど、両者のメッセージというのは共通しているものを感じる。それだけに、癖はある。受け入れられないという人もいるかもしれない。けれど、迫力のある力強さがあったことは確かだ。

 この映画の舞台は、自然の中。湖の真ん中にある寺である。その景色が四季を通して描かれる。たぶんこの映画は景色ばかりがクローズアップされがちかもしれない。
 けれど、描かれているのは人の心だ。子供、少年から大人へと変わるとき、大人、老人。観ていて、痛くもある。そんなに苦しまなければいけないものなのか。
 観ている僕としては、特殊な場所だからなのでは、と思ったりする。けれど、この場所だから、こうした自然の中の景色だからこそ、とも思う。

 この映画について語るのは難しい。ただ単に、ほのぼのとしたというものではない。それだけに奥が深い。

■ 映画『誰も知らない』是枝裕和監督 http://www.daremoshiranai.com/)[吉祥寺バウスシアター]
 この映画は音楽というものがほとんどない。全くではなく、とても印象的な音楽は使われていて、テーマソングもとてもいい。けれど、音楽がないという印象がとても強かった。外国映画などでは、たまに全く音楽がない作品があったりするけれど、日本映画でこんなに音楽を感じさせない作品は初めてのように思える。

 繰り返しになるが、音楽がないわけではない。とても自然なのだ。無理に音楽で押し付けるということは全くない。ある場面での音楽というのは、電車の音だったり、ただの足音だったり、風の音だった、テレビの音だったり、そういうものだ。つくられた音楽というのも、そうしたものと分け隔てなく感じることができる。だから、音楽という感じはしない。

 この映画について、良かったとか悪かったとか、そういう感想を語るつもりはない。印象的な映画というのは、観終わったあとで、放心状態のようになることがある。たぶん、そうした状態が今も続いている。

 もっと、いい映画にできる可能性だってあったはずだ。「いい映画」というのは、観た誰からもほのぼのと「良かった」という感想が出てくるようなものだろう。けれど、僕は「良かった」とという言葉を使うことはできない。たぶんそうした言葉を、もっと越えたところにこの作品のテーマがあるように思える。

 何もそこまで、とどうしても思えてしまう。けれど、そこまで表現する必要があったのだろう。

 是枝裕和オフィシャル・サイト(http://www.kore-eda.com/)というのがあり、どういう作品を撮っていたのかを見て、少しは『誰も知らない』の背景を感じることができた。テレビのノンフィクション作品をいくつも作っているのだった。
 またこのサイトは是枝裕和のメッセージがいくつも書かれていて、それは読み応えのあるものだった。

 これからも注目していきたいと思う。

■ 映画『ロード88/出会い路、四国へ』中村幻児監督http://www.road88.jp/)[渋谷シネ・アミューズ]
 正直なところ、この映画の内容にはあまり期待していなかった。四国の景色が感じられれば、それでいいかなというくらいだった。

 しかし……。こんなにも酷い映画が存在するとは。僕は基本的に映画の悪口は言いたくない。けれど、ちょっとばかり酷すぎる。四国遍路にはいろいろな形があり、何でもありだ。だから、どんな物語があったとしても普通は受け取ることができる。しかし、どうにも表面的に四国遍路が語られてしまったような気がしてならなくて……。

 主演の村川絵梨(BOYSTYLE)は、申し訳ないけど全くの台詞棒読みだった(笑)。しかし、アイドルを使っているのだから、そうしたことを責めても仕方が無い。問題はこの映画の脚本なのだ。いい脚本であれば、役者だって光ることができる。しかし、どんな台詞も棒読みと感じさせるような酷い脚本だった。

 あまりにも酷いありきたりな設定。病気や家族との別れ、娘の死や仕事への再生などなど。いわゆる「泣ける」要素をこれでもかこれでもかというくらいにつぎ込んでいる。そして、ゴールでの感動。そんなにゴールしたことが嬉しかったのかい? と問いかけたい気持になった。何が大変だったのだろうか。よくわからない。確かに病気を抱えているということでの大変さはあるのだろう。けれど、四国遍路の大変さみたいなものは、何ひとつ描かれていないように思えた。

 期待していた四国の景色は良かったのか? 悪いけれど、ただの観光地が映っているだけ。四国遍路の面白さは、観光地でないところに特別な景色があるところだと僕は思っていたのに……。

 しかし、こんな悪口ばっかり書いていいのだろうか(笑)。

 実は恥ずかしながらこっそり言うと、僕は途中の感動的な場面で涙を流していた(笑)。涙腺がゆるいもんで。だから、いいという人もいるのだろうとも思う。
 インターネットでこの映画評を見ると、いいことばっかりなんだよなぁ。

■ 映画『オールド・ボーイ』パク・チャヌク監督http://www.oldboy-movie.jp/)[渋谷アミューズCQN]
 凄い映画だった。
 最近、韓国のドラマというものが注目されている。韓流ブームということなのだが、どうにも違和感がある。
 こうした韓国映画を観た上で、ブームを語って欲しいと思うのだ。これまで僕が観た韓国映画というのは、とにあっく深い力強さがある。そうした韓国映画の力強さというものが最大限に表現されたのがこの『オールド・ボーイ』と言ってもいいのではないだろうか。

 3人の俳優の表情が素晴らしい。チェ・ミンシク、ユ・ジテ、カン・へジョンが最高の演技をしている。心が打ちのめされるような。ベッドシーンなんて、過去最高のものと言ってもいい。

 音楽も素晴らしい。そして、脚本、物語が凄い。あとから知ったのだが、原作は日本の漫画なのだそうだ。

 とにかく圧倒させられた映画だった。型にはまらない。いくつもの側面から語ることができる。これが映画なのだろう。

◆ 映画と映画館
 ほんの数日間で4本の映画を観た。やっぱり映画はいい。それにしても不思議なものでもある。別に東京でなくてもこうした映画は上映されるのだ。ほんのぽつりぽつりではあるけれど。しかし、こうした映画を何本も探して観ることができる街というのは、日本ではかなり限られてくる。
 最近ではシネコンがあちこちにあり、一見どんな地方でも映画を観られるような錯覚がある。しかし、映画が上映されることは少ない。映画に似たものはやっているが、それが本当に映画かというと、違うものが多いように思えるのだ。

 では、東京という街の映画館で、多くの人が映画を観ているかというとそうではない。『誰も知らない』を観た吉祥寺バウスシアター(http://www.baustheater.com/)はとても小さな劇場で、観客は僕を含め10人ちょっとというところだった。
 渋谷のBunkamura ル・シネマ(http://www.bunkamura.co.jp/cinema/)に関してはいついってもそこそこの客がいるという感じはある。しかし、渋谷シネ・アミューズ(http://www.cineamuse.co.jp/)も、できたばかりのようなアミューズCQNも観客は少なかった。特にアミューズCQNは劇場が広かっただけに、作品が凄かっただけに、何だか寂しい気持になってしまった。

 実際問題、僕はこの半年というもの田舎に引っ込んでいたこともあり、あまり映画を観ることはなかった。一度行かなくなると、別に行かなくても済んでしまったりもする。正直なところ、田舎のシネコンには魅力はないし。

 多くの映画があちこちで上映されている。それが僕にとって一番の東京の魅力だ。けれど、映画館は小さく、観客は少なく、なんとかやっと成り立っている世界のようにも思える。

 この文章に結論なんてものはない。うまく言えない違和感。映画。自分のいる場所。そうしたものが絡み合った何か。わからないけれど、面白いことは確かだ。


TOKYO ONOBORI Part.2 2004/11 #4 

2004/12/12 

東京おのぼり特集の第二弾です。

<下北沢カフェ巡り>

◆「bio ojiyan cafe」http://www.mfs11.com/ojiyan/ojiyan.html
 下北沢でカフェ巡りなんぞをした。僕とカフェというのは、僕と河野明子さんとが並んで歩くくらい似合わないのかもしれない。でも、たまには僕もカフェという場所に行きたかったのだ。

 この店は歩いていて見つけたところ。いかにもカフェという雰囲気。そんなにお金の掛ったインテリアではないだろう。あくまでもカッコいいセンスによって成り立っている店だ。
 ちょっと個性を持った客が集まってきそうな雰囲気。
 僕は珈琲を飲んだだけだったが、お昼のランチも美味しそう。夜には酒を飲むこともできる。こうした店でパーティーなんかをやったら、オシャレだなと感じる。

 ひとりで僕がこの店に入れるか? と聞かれたならばちょっと考えてしまうかも。まあ、僕はそんなにカッコイイ奴ではないからだ。でも、いい雰囲気であることには間違いはない。
 ちょっとした出来事があった。トラブルのようなことなのだが、それに笑顔でさりげなく対応していた店員さん(若い女の子)がとてもいい感じなのだった。
 なんだかんだ言っても、お店というのは店員さんで成り立つはず。格好だけでなく、いいカフェというのが確かにあるのだと嬉しい気持になった。

◆「Rodrigo and Son」
 下北沢の一番メインの通りに、この店はあった。オシャレなカフェでランチを食べようと思い、この店に入ったのだ。
 お店のチラシにコンセプトが書かれていた。
「南欧の漁村をイメージした、大人のためのレストランバーです。お料理は、新鮮な魚介やお肉を燻製やグリルで調理した、欧風 小皿料理(パスタ)が中心です。お一人でもお気軽におこしください。」

 4種類あるランチメニューから「本日のお魚ランチ」のパスタを食べた。値段は980円。サラダが出て、おかわりしてくださいと言われたパンが3種類くらいあったのかな。実はこのパンが美味しく、これだけでけっこうお腹がいっぱいになった(笑)。メインのパスタは凄い量! とても美味しかった。最後に紅茶を飲み、かなり長居をした。

 夜のメニューなどを見ると、肉関係の料理が多いみたいだった。でも、値段も手ごろだし、近くにこうした店があったなら、何度も通いたいという雰囲気があった。例えば、オフ会をやるとしたら、こういうところがいいな、と思った。2、3人でやっているような小さなお店が一番おいしくサービスもいいような気がする。値段も安いし。

 ちなみに、この店のマスター(?)は腰が低く、それでいてリラックスさせてくれる、なかなかいい雰囲気を持った人だった。
 下北沢というのは、やっぱりいい街なのだと感じたのだった。

◆「cafe ordinaire」 http://www.ordinaire.net/
 本がいっぱい置いてあるカフェということで、この店に行ってみた。場所がわからず、ウロウロする。なんとか見つけたけれど、どこからどう行けば入り口に辿りつくのかわからない(笑)。けれど、あとから考えるとそこがこの店の魅了なのかもしれない。

 こういう言い方は失礼なのかもしれないが、少し古びたアパートのようなところ。白く塗られた壁、そして本棚がカッコイイ。店内に階段があり、上の階へと行く。珈琲と紅茶でお腹が膨れていた僕は、昼間の時間だというのに、モルツビールを注文した。店員さんは注文を取るときに、大きなボードを持ってきてケーキなどのメニューを見せてくれる。あとから考えると、ケーキも食べたかったのだけど。このときの僕はお腹がいっぱいだったのだ。

 僕の座ったテーブルの窓からの景色。それは隣のビルの屋上だった。洗濯物がいっぱい干されてた。それはそれで、カフェの非日常と日常がいい意味で重なり合った、カフェオレのような感覚だった。

 ちょっとビールを飲んだところで、店内の本を眺める。子供向けの文学全集なども置かれている。そうした本を読むことのなかった僕は少し寂しい気持になる。
 ジャズの本が多いように思えた。そして村上春樹の本は、とても大切そうに並んでいた。

 カフェの何たるが、この店の中にさりげなく、そしてひっそりと置かれているような気がした。

◆「いーはとーぼ」
 cafe ordinaireのすぐ近くにある。いかにも「下北沢」の音楽喫茶という雰囲気の店だった。何より驚くのは、その狭い店内。でも、そこが良いとも言える。その店、そのコンセプトにあった空間というものがあるのだろう。

 店内には、芝居や展覧会の案内なんかがあったりする。そういうのもまた面白い。
 下北沢の深さを感じさせる4件目のお店だった。

 1日に4件も、こうしたお店に入ったのは初めてのことだと思う。酒の飲むというのであれば、何件でも行けるが、珈琲などの飲み物を連続して飲むのはけっこうお腹が大変だった。ある意味でカフェというのは、癒しの場所なのかもしれないが、けっこう疲れたりもした(笑)。
 でも、カフェ巡りというのは、確かに楽しいことだった。下北沢という街がとても身近に感じられた。またやりたい。下北沢でなくても、面白い街がいっぱいありそうだし。

◆「ヴィレッジヴァンガード」http://www.vvvnet.com/
 ここはカフェではないので、番外編である。
 帰りにチラリと寄ったのだ。場所は、本多劇場のビルの下。確か僕が昔よく下北沢に来ていたときには、こんなお店はなかった。しかし、この「昔」というのをいつころだろうとよくよく考えてみると20年も前のことだ。やれやれ。

 ヴィレッジヴァンガードなる店が何なのか。本屋さんであり、おもしろグッズの店であり、不思議空間だった。
 置かれている本は、他の書店とは全く違ったジャンルで並べられている。本がいきいきとしているように感じられる。正直なところ、かなりデープすぎて疲れてしまったりもするのだが(笑)。

 確かに怪しげな雰囲気はある。けれど、絵本が並んでいる棚なんかは、ほんとうにいいものが揃っていた。
 なんと、僕は全く知らなかったのだけど、この書店は全国展開している。最近は書店が潰れたりしていて、雰囲気としては大きな規模の書店だけが生き残っていくような雰囲気もある。

 しかし、書店というのは個性なのだと思う。ヴィレッジヴァンガードは確かに個性を持った本屋さんだった。


<東京のあれやこれや>

◆ きれいなトーキョー
 日比谷から東京丸の内までをテクテクと歩いていた。ちょうど皇居のお堀のところをである。たぶん、初めてのことではないだろうか。右手にビル、左手に皇居の緑。おまけによく晴れた日だった。
 東京を離れることで、東京という場所に接することができるのかもしれない。

 僕がこうした東京を歩いて、カッコいいなぁと感じたことがあった。自転車に乗っている人がけっこう多いのである。ただ単に以前の僕が気が付かなかっただけのことだろうけど。自分のスタイルで、自分の生活の中で自転車を乗りこなしている人が、かなり多くように思えた。そうした自転車で、この皇居の脇、日本の中心と言える場所を走り抜けていく姿は、ほんとうにカッコいい。

 別に新宿や池袋のゴチャゴチャだけが東京ではなかったのだ。

◆ アカデミーヒルズ六本木ライブラリーhttp://www.academyhills.com/library/
 前から一度行きたかったところに行ってきた。月に何度かライブラリー見学会というのがあり無料で中を見られるようになっているのだ。

 指定の時間よりもだいぶ早めに着いたのだが、ゲストの札を渡されライブラリーカフェというところでコーヒーを飲み、のんびりとする。ここからの眺めがけっこう凄いのだ。僕の田舎の山からの景色に比べれば、まったくどうってことのないレベルだが、東京タワーをすぐ見下ろすような感じ。東京湾がしっかりと視界に入る最高の場所なのだろう。しかし、空気は悪そうであまりキレイな景色ではない(笑)。まあ、贅沢な場所なのだ。

 このカフェの凄さは、座っている人たち。勉強している人、仕事をしている人、仕事の打ち合わせをやっている人、他の場所には見られない雰囲気。しかも、そのほとんどが、と言っていいほどノートパソコンを開いている。僕も負けじと鞄の中から自慢のレッツノートを取り出したりしていた(笑)。

 みなさん実際は何をしているかわからないが、ひょっとしたらこのカフェでのお仕事によって、日本の最先端のお仕事が動いているのでは、なんてことを想像したりする。まあ、そうした夢の場所なのだろう。

 さて時間になり、係の人であるライブラリアンさんが登場する。見学者がぱらぱらと集まる。20人くらいはいたのだろうか。ちなみにこのライブラリアンのお姉さんはとても緊張しているようだった。とても可愛らしくよかったのだが、最後の説明のときにどう考えても「安価でご利用できます」というところを「やすかでご利用できます」と言っていた。

 説明を受けながら、ぐるりとライブラリーの中を歩き回る。本はカッコよく並べられている。しかし、図書館のように整理されているものではない。説明によると、最新の本を集めどんどん入れ替えているみたい。思ったより本は少なく、正直なところ、何かを調べたりとかという目的では使えなさそうな感じがした。

 驚いたのは会員としてテーブル席などを使っている人たち。会員価格がそれなりにしていたので、六本木に似つかわしいビジネスマンばかりだと思っていたが、学生の人達ばっかりのような気がした。たぶん、司法試験の受験生などだろう。
 中の照明が、暗いというか落ち着いたというか趣のあるものとなっているため、勉強している皆さんの表情がとても暗く感じられた。

 このライブラリーのコンセプトにはとても興味がある。けれど、正直なところ期待外れの感の方が大きかった。でも、まだまだこうしたライブラリーは始まったばかりなのだろう。たまたま僕と合わなかっただけなのかもしれない。もっともっと、こういうスペースがあったなら、とも思う。

 しかし、ちょっとだけ思う。ここって、儲かっているのだろうか?(笑)

◆ ドラッグストア
 目薬を買おうと思って渋谷のドラッグストアに入った。その空間に入った僕は、なんだか病気になってしまいそうな感覚に陥ってしまった。

 だいだいにして、なんで薬屋さんの店頭で大声での呼び込みをやっているのだろうか。売られているのは薬だけでなく、呼び込みをすることが決しておかしくないということもわかる。けれど、ドラッグストアはやっぱり薬屋さんなのである。「病気の人、いらっしゃーい」と大声で言っている(と同じだろう)のはやっぱり変なのではないか。

 しかも店内は凄い人口密度。人間だけでなく、狭いところに密集された状態となれば、精神的にあまり良い状態では無くなってしまうはずだ。そうした場所で、健康を語るというのは、何かが違っている。

 もちろん、僕は久々に東京に来て、部外者の立場で勝手なことをほざいているだけだ。けれど、薬屋さんで呼び込みをやるのは、やっぱりおかしいよ。

■ Robin Williams著 吉川典秀訳『ノンデザイナーズ・デザインブック』 (毎日コミュニケーションズ)
 東京滞在の間、僕は何度か書店に入った。元々は本が好きだった僕(過去形?)、やっぱり多くの本に囲まれてしまうと、本を買いたい気持になる。その店その店、本のディスプレイなどに工夫を重ねていることも大きいのだろう。「ねえ、一緒にいたいの」「触ってください」「私を抱きしめて」なんて、本から迫れてしまうような感覚に陥るのだ。
 しかし、ここで本を買っても荷物になるだけである。とりあえずチェックして、あとでネットで購入すれば済むことだ。

 そんな揺れる気持の中、僕は一冊だけ本を購入した。それが、『ノンデザイナーズ・デザインブック』という本だ。小説とはではないので、中身を見なければ買う気にはなれなかった本だ。インターネットの書店と、実際の店舗とはやはり違うのだ。

 デザインの本だけあって、カバーからしてカッコイイ。シンプルなのだけど、何かが違う。帯には、
「デザイナーでなくたって、かっこいいデザインをしたい!」と書かれている。ふむふむ。そうなんだよ。
 そして、
「文章レイアウトのエッセンスを凝縮
 全世界で25万部を突破した
 ノンデザイナーズ・デザインブックの増補・改訂版」
 とあった。信頼できそうだ。

 パラパラめくってみるとこれが実に面白い。
 例として出ているパンフレットなどのデザインは英文のものだが、それだけにカッコイイ。でも、日本語のものとしても十分に使えるということもわかる。
「これはだめ!」という例が左のページに出ている。そして「こうしてみたら…」という例が右のページに出ている。

 そんなに大きな違いではない。けれど、確実に違っている。ポイントのひとつは空間の使い方なのだろうか。

 最後のページに「著者について」という、ちょっとした7行ほどの文章がある。これがめちゃくちゃいい!

 少しずつ、この本を楽しみたいと思っている。

◆ 迷子
 僕はもう東京という街で生活することはできないんだな。

 それがほんの数時間東京という街をうろうろして感じたことだった。もちろん、東京は新宿や渋谷だけではない。静かで住みやすいところだってある。何を東京と定義するかで、ずいぶんと違ってくる。けれど、毎日あの電車に乗るのは相当なストレスになるのだと、思ってしまった。

 決して東京という街が嫌いなわけではない。子供の頃から転居を繰り返していた僕は、けっこうあちこちの街に住んだ。東京は僕にとって住みやすいところであったことも確かだ。

 恥ずかしい話をしよう。僕は渋谷駅で迷子になった。コインロッカーに荷物を入れたのだが、その荷物を取り出そうとしたときに、場所がわからなくなった。どうしても見つけられずに、ぐるぐると渋谷駅を歩き回っていた。単なる方向音痴を言われてしまったならそれまでだけど、なんだかどうしようもなく不安な気持ちになってしまっていた。

◆ 占い
 占いというものをしてもらった。算命学を勉強しているという友人がいて、生年月日を教えて、と言われ、そのまま見てもらうことになった。
 正直なところかなり不安だった。ちょうど今の僕は新しいことを始めようとしていた。悪いことを言われてしまったなら、どうしようかと。別に占いというものを信じる方ではない。けれど、やはり怖さがある。

 最初に受けた説明は、けっこう僕を納得させるものだった。
 例えば、米、ジャガイモ、ネギ、いろいろな植物があるが、育つ土壌というのはそれぞれ違っている。どのように水をやればいいか、肥料だって違っている。米はジャガイモ畑では育たないのだ。算命学では生年月日というものから、ひとりひとりの特質というものをみていく。そうしたことから自分自身がよくわかれば、よく育つために一番いいその土壌や水や肥料を考えることができる。
 だいたい、そういう話だった。

 これまでの僕の人生というのは、蓄積の時間だという話だった。これからそうしたものがどんどん開いていくのではないかと。話を聞いて、僕が勝手にいい部分だけを都合よく解釈していたのかもしれないが、まんざらでもないこれからがあるように思えた。

 占ってもらった話の中で、僕はサラリーマンには向いていないという話もあった。「えっ」と僕が言うと、「無理無理(何をアホなことを言っているんだ)」とひと言で却下されてしまった。ほんのちょっとだけど、堅実なサラリーマンへの憧れもあったのだ……。

 そう言えば、だいぶ前のことになるが、最初の会社を辞めるとき(すんません、いくつも会社を辞めています)占ってもらったことがあった。東京の杉並で、バスに乗って、けっこう高い料金を払って。

 今の僕の中に占いを求める気持があったのかもしれない。それにしても、この算命学というもの、なかなか面白い。

◆ ノートパソコンでインターネット
 東京滞在に僕はノートパソコンを持って行き、毎晩メールチェックをすることにしていた。そうでなければ落ち着かないという現代病みたいなものを僕は持っているのだ。例えばこれが東京ではなく、四国の山の中だったりしたならば、インターネットから離れることはできたと思うが。

 しかし、パソコンでメールチェックが出来たのは最初の数日で、なぜか繋がらなくなってしまった。携帯のメールがあるので、必要なことはこれで十分なのだが、どうにも落ち着かない。ひょっとしたら僕に発信されている情報があるのだろうと、気になってしまう。まあ、仮に情報があったとしても、どーでもいいような「会いたいです」という、まあいわゆるよくあるメールばかりだろうが。

 無線LANのあるエリアに行けば、アクセスできるのではないかと行ってみた。けれど、繋がらない。自宅に帰ってからその原因はわかったが、携帯電話とパソコンを繋げてのアクセスは今だにうまくいかないでいる。

 ところでLANのエリアで驚いたことがあった。3つくらいのアクセス可能エリアにいる、なんて情報がパソコンに出ているのだ。ひょっとしたら、自分のパソコンの情報が読まれてしまうのかも、なんて少しドキドキする。僕が東京から去って、ほんの少しの間にこうした無線LANというものの状況も随分変わってきたようだ。
 スタバなどで、ノートパソコンを使っていたとき、同じようにパソコンを使っている人はほんの少数だったのに、今はどの店に入っても、そうした人は多い。

◆ 人生最悪の夜
 東京の深夜の街、僕はタクシーに乗っていた。わかりやすく言うと、終電に乗り過ごしたのである。もう少し付け加えると、けっこう飲んでいたのであった。

 そのタクシーからの景色には、華やかな灯りがあった。通り過ぎた駅では、シャッターが降ろされているところだったが、周辺の店はまだまだ閉まりそうもなかった。しかし、いくら東京だってそうした景色がずっと続いているわけではない。住宅地なのだろう、暗闇の中へと入った。

 僕はどうしようもない気持の中にいた。嫌なことがあったというわけではないが、とにかく自分という人間が最低の男に思えていた。そして、まだまだアルコールを必要としていた。

 タクシーを降り、酒の売っているコンビニを探して僕は街をさまよった。その街は、高級住宅街でコンビニなんてありそうもないところだったのに。
 少し歩き、角を曲がったときだった。信じられないような灯りが迫ってきた。前の晩も通っている道だったのに。
 クリスマスのイルミネーションが、その通りを明るくさせていた。

 明るければ明るいほど、僕の気持は沈んでいった。幸運にもそんなに遠くないところにコンビにはあり、酒が置かれていた。
 部屋に帰り、僕は日本酒のカップ酒を飲む。

 しかし、酔わない。酒というのは飲めば酔うものだと思っていた。けれど、この夜はいくら飲んでも酔うことはなかった。20年以上も酒を飲んできて、はじめて知ったことだった。
 僕は、友人にメールをした。なんだかんだと20年以上も続いている女友達にだ。用事があったのだが、それよりも僕は彼女に泣きついてしまった。メールには「人生最悪の夜だ」とバカなことを書いてしまう。

 しかし僕という人間は、いい女友達という存在にはけっこう恵まれているみたいだ。
 彼女からの返事は次のようなものだった。

「まぁ、人生最悪の夜を過ごすたびにひとつ大人になるのかも? 私もこの間ちょっと大人になりました(^_^;」

 まったく凄いのひと言だ。どれだけの夜を過ごしたならば、こんな台詞がかっこよく言えるようになるのだろうか。

◆ 皇居外苑
 とてもとても恥ずかしながら皇居外苑(http://www.env.go.jp/nature/nationalgardens/kohkyo/)というところを初めて歩いた。北の丸公園の方は武道館もあるし、何度か行ったことはある。しかし、二重橋近くの皇居前広場というところは全くの初めて。こういう場所があったんだね。実に綺麗なところ。

 綺麗としか言いようの無い芝生。そして木々。その向こうに見えるビル。何よりも広い。東京は、狭くゴチャゴチャしているわけではなかった。ただ単に、こうした場所を知らなかったんだ。

 今度東京に行ったときには、皇居の別のところをじっくりと歩いてみたい。いつか自転車を走らせもみたい。楽しみだ。

◆ 未来行きの列車
 夜の東京駅から新幹線に乗り込んだ。自由席の車両は、そんなに混んではなく、ガラガラでも無かった。僕は窓側のシートに座ったが、隣のシートには最後まで誰も座ることなく、僕はゆったりした空間の中にいた。
 通路の隣には、ジーンズの似合う若い女性が座っていた。彼女はトップスの袋を膝の上に置いていた。

 僕は東京駅で買った中華風の焼そばと韮饅頭と餃子を夕食として食べていた。もちろん、アルコールもだ。名前は忘れてしまったがチューハイを飲んで、けっこう酔ってもいた。

 この新幹線の名前は「つばさ」という。僕の行き先は米沢というところだ。何もない平凡な街だ。この街で育ったというわけでもないので、特別な気持があるわけでもない。どちらかと言えば、好きではない気持の方が強かっただろう。けれど、今はこの街に僕の家がある。

 最近この街が注目されてきている。サクランボやリンゴやラフランスが美味しいとか、牛肉が安くて美味しいとか、ゆっくりできるいい温泉があるとか、上杉鷹山の話題とか、そうしたことでの注目ではない。不思議なことに、この注目というのは日本だけでなく、世界中からのものであるらしい。

「城戸淳二研究室」(http://ckido8.yz.yamagata-u.ac.jp/pc/main_j.htm)というところがある。山形大学工学部の中にあるのだが、この場所が有機ELの研究、開発の中心となっているのだという。

 有機ELとは何か。僕も詳しいことはわからない。簡単に言うと、ディスプレイの技術のようだ。現在、テレビやパソコンの主流となっているディスプレイは液晶である。しかし、この有機ELを使ったディスプレイは、薄くどの角度からでも見ることのできる、まさに次世代のものとなるらしい。先日見たこの城戸淳二を取り上げたテレビ番組では、数年後にはほとんどのテレビは、この有機ELのディスプレイになるだろうということだった。もちろんテレビだけではなく、パソコンにしても携帯電話にしても、ディスプレイの重要性というのはとても大きい。

 まさに、最も身近に感じられる未来の技術と言える。

 この新幹線の車両には、そうした関係者が何人も乗っているのかもしれない。かっこ悪いと思っていた「つばさ」は、けっこうかっこいい存在なのかもしれない。

 窓の外は真っ暗の景色だった。僕は酒にけっこう酔ってしまっていた。この列車がどこに向っているのか、よくはわからない。少しばかり不安だったりもする。けれど、そこにはほんの少しかもしれないが、楽しい未来があるんじゃないかと思っている。



2004年読書夜話 NEXT>>

 DOLPHIN HOTEL