ドルフィンホテル
   
   
   
   
   
   
   
   
   


     

DOLPHIN HOTEL 読書夜話2005年6月

義を見てせざるは勇なきなり 2005/6 #1


2005/7/3

◆ どんぶりサラダ
 レタスのサラダを毎日のように食べている。どうしてかというと、レタスがあるからだ。スーパーに売られているレタスはまん丸なわけだが、あれは葉っぱがだんだん外に開いてく。開いていった葉っぱを採って、食べなければならないのだ。これがけっこう忙しい。

 数枚の葉っぱを採って、洗って千切って盛り付けると、量的にどんぶりとかでないと入らなくなってしまう。僕が毎日食べるサラダというのは、喫茶店のランチセットに出てくるのとはものとは、比較にならない量となってしまっているのだ。
 今日は、キュウリを採ってきて、丸まる1本をサラダに入れた。これでも、どんぶりはもう山盛りとなっている……。

 結果として、僕の食べる食事の量というのは、けっこうなものとなる。ほんとに、食べ過ぎて、ぐったりしてしまうのだ。でも、レタスはもう何日か食べたら無くなるだろう。そうやって、季節はどんどん過ぎていくのだった。

◆ エンジンのゴールシーン
 フジテレビのドラマ『エンジン』の最終回を見た。モータースポーツを扱ったドラマとしては、まあまあよく出来ていたのではないだろうか。監督としてちょっとだけ出ていたマッチもカッコよかった。

 ドラマということで、実際のレースの状況とは当然違っているところもある。F3というクラスは、上を目指す若手のものであり、そのあたりはやや違和感があったり。まあ、いろいろあるけど、面白いドラマだった(笑)。

 さて、問題はレースのラスト。キムタクは、クラッシュしてゴール直前で止まってしまう。彼は、マシンを降り、自分でマシンを押してゴールラインを超える。このあたり、レースを見たことのない人はどう思っただろうか。今のF1を見ていても、ありえないことのように感じる。空中回転レシーブのように。

 しかし、実際に手押しでのゴールというのは、F1であるのだ。1986年のドイツGP。場所はホッケンハイムリンク。マクラーレン・TAGポルシェに乗るアラン・プロストは、ゴール直前でガス欠で止まってしまう。そこで、彼はマシンを降り、手押しでゴールしたのだ。F1ドライバーがである。F1チャンピオンがである。

 ドラマ『エンジン』のゴールシーンで、僕はとにかくプロストのことを思い出してしまった。
 ゴールシーンの後にあった、キムタクと小雪の抱きしめ合う場面も良かったけどね(笑)。

■ ビデオ『ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ(HILARY AND JACKIE)』アナンド・タッカー監督 [ムービープラス]
 僕は全く知らなかったのだけど、「20世紀最高のチェリスト」と謳われたジャクリーヌ・デュ・プレの生涯の映画化だそうです。
 それにしても、イギリス映画って、実話の映画化が多いような気がする。
 主人公のジャクリーヌ・デュ・プレは2人の姉妹の妹。小さなときから、姉を見て育った。それで、チェロをがんばったような雰囲気。しかし、姉妹で同じ音楽という道に進むというのは何かと難しい。若貴兄弟じゃないけど。悪く描かれているわけではないけれど、どうしても、親の姉妹への接し方というのが難しいのだろう。
 姉は平凡な家庭を持つ。相手は彼女の胸の奥をしっかりと見つめてくれる男性だ。

 ジャクリーヌ・デュ・プレが亡くなったのは28歳。ほんとうに若い。
 音楽のことはわからないけれど、姉妹の物語として観るだけで、とても見応えのある映画なのだと思う。

◆ 雪割納豆
 
納豆が好きだ!という人は多い。しかし、雪割納豆という存在を知っている人はどのくらいいるのだろうか。
 樽平という居酒屋で飲んでいたら、なんとメニューの中に雪割納豆があった。しかし、酒のつまみとしてこれを食べるというのもちょっと変だなとは思ったのだけど。先日納豆好きの友人にお土産であげたら、けっこう喜んでもらえたようなので、ちょっとばかりこの雪割納豆について語ることにする。

 うちの地元のスーパーなどには普通にこの雪割納豆が置かれている。ほかの土地にないのが不思議なくらい。納豆であることは確かなのだけど、ぐにゃぐにゃとかき混ぜたりという感覚の食べ物ではない。そのままご飯にちょいとのせて、食べるというもの。普通の納豆だったら、どばーっとご飯の上にかけるのだけど、あくまでもちょっとのせて食べる。けっこう濃い味がついている。もちろんネバリはあり、美味しいことは美味しい。

 とはいいながら、僕は何十年も食べていない。中学生のときだっただろうか。この中学ではお弁当だった。母親がせっせと弁当をつくってくれて、僕のお昼はそれを食べていたわけだ。
 ある日、ご飯の隅の方にこの雪割納豆がのっていた。ある意味で、漬物みたいな感覚でもあるので、不自然ではないといえば、不自然ではない。しかし、やっぱり匂う(笑)。

 たぶん、僕は恥ずかしい思いをしたのだろう。雪割納豆というと、その時に記憶が思い出され、どうにもネガティブな気持になってしまうのだ。

 でも、ちょっと食べたくなってきたな。今度買って食べてみよう。どーしても食べてみたい!という方、リクエストしてください。オフ会のときにお持ちします(笑)。

◆ アンデルセンでの出来事
 久しぶりにアンデルセン(http://www.andersen.co.jp/)でパンを買った。昔は池袋の東武デパートの店でよく買っていたものだった。
 やっぱりここのパンは美味しい。これだけ大きなチェーン店だと、不安になったりもするのだけど、やぱり美味しいのは嬉しい。種類もいっぱいあるし、店員のお姉さんもがんばっている。

 さて、久しぶりのアンデルセンでの会計の時だった。けっこう混んでいた。僕はトレイにけっこうなパンを置いて、鞄も持っていたので、大変だった。レジでは6箇所くらいはあたのだろうか。空いたレジに僕はトレイを出した。

 このレジのお姉さんは、かなり戸惑いながらレジを打っていた。2品ほど値段がわからなくて、隣の人に聞いていた。
 わかりやすくこの状況を説明すると、僕のパンの会計をやっていたレジのお姉さんは、ちょっと年長者の新人というう感じだった。あくまでも、他の人と比べてなのだけど。他のレジの人は、ほとんど二十歳前後。

 たまにこうした状況はある。人生においてはセンパイなのだけど、仕事ではまったくの後輩になる。

 僕もこうしたことは何度もあった。人に言えない情けない気持を味わったこともある。

 2人とも、客に対してはちゃんと笑顔で接している。何ら問題はない。しかし、どことなくギクシャクした感じがあった。もちろん、僕が勝手にそう思っているだけかもしれない。

 会計を済ませて、パンを袋に入れてもらうまで、けっこうな時間が掛かった。

 誤解して欲しくないのだけど、この出来事は文句ではない。ちゃんとした対応をしてくれていたし、僕は「がんばって!」と心の中でエールを送っていた。

◆ サクランボの大変さ
 地元のテレビのニュースでは、サクランボ泥棒の話題が多い。それにしても……。宝石泥棒とかではなく、サクランボが盗まれて話題になるなんて。

 僕の住む土地は、サクランボの産地として、それなりに有名なところでもある。僕の部屋の窓からも、農家のサクランボをすぐ見ることができる。しかし、ちゃんと見ることはできない。なぜなら、サクランボの木というのは、ほぼすべてビニールの屋根をつけて覆っているからだ。

 せっかくなった実を、すずめとかに食べられるのを防ぐのである。屋根をかぶせるという作業だけでもけっこう大変だと思うのだが、ひとつひとつ採るのも、また大変である。

 ちなみに、うちの畑にもサクランボの木は1本だけある。先日、母親に呼び出され、サクランボ採りを手伝った。とはいえ、1時間もしないうちに終ってしまったが(笑)。むかしはもう少しいっぱいあったんだよな。
 ちゃんとした仕事としてサクランボをつくっているわけではないので、ビニールの屋根をかぶせるなんてことはしない。よって、すずめに食べられる。その前に採るということで、小さく、まだ色がついていないものまで採った。そんなに美味しいわけでもないので、そのほとんどはジャムとなる。

 さてさて、プロのさくらんぼ農家の話にもどる。ひとつひとつ採ったサクランボを、広げて、選別するという作業に入る。キズがついていたり、小さなものは、売り物にはならなかったりする。そうしたものを、安く、どばーっと、うちでは分けてもらったりする。買っているのだが、当然デパートなどで売られている価格とはまったく比べ物にならない。

 東京で女の人と話をすると、「バケツいっぱいのサクランボを一度でいいかた食べてみたい」と考えている人は多いみたいだ。バケツいっぱいは食べられないだろうけど(笑)、目を輝かせる人は多い。
 そんなに好きなら、仕事を休み、収穫のアルバイトにでも来てみてはどうかと思ったりする。いくらでも食べることができると思うけど。

■ ツォン・シャオロン著『トーキョードリーム CHINESE STUDENTS' STORY IN TOKYO』(総合法令)
 埋もれてしまっているけれど、とても面白い小説というのはあるものだ。この本については、インターネットでも調べてみた。けれど、評判は皆無といってもいい。すごくいい本なのに。

 中国からの留学生の話だ。作者はこの本の出版当時(1996年)、早稲田大学、昭和薬科大学で講師を行なっているので、小説とはいっても、ある程度作者の経験がベースとなっているのではと思われる。あくまでも想像だが。

 物語は成田空港から始まる。狭いアパート、日本語学校、アルバイトなど、日本の生活が描かれる。とにかく、大変なことが多い。

 東京の飲食店では、外国人の姿を見ることが多い。ある意味で、そうした人たちの側から、東京という街を感じることができる。

 中国と日本との、文化の違いみたいなものも、描かれているのだろう。けれど、それよりも、ひとつの青春の物語なのだと、僕はこの本を読んだ。何人かの中国人留学生は、夢を持ち、この東京で生活する。そこには、出会いがあり、別れがある。国や文化などは関係なく、人生の通過点で誰もが体験するようなことかもしれない。

 僕はこの本を、ブックオフで105円で手にした。しかし、埋もれてしまっては、あまりにも勿体ない本だ。ぜひ、多くの人に読んで欲しい。

◆ 手帖のカレンダー
 なんとも不思議というか、考え込んでしまうのが、カレンダーの存在なのである。通常のカレンダーでは、日曜日から始まる。しかし、手帖などのカレンダーでは、月曜日から始まるものが多い。
 手帖を買うときには、このどちらかの選択で悩んでしまったりする。

 仕事という点から言えば、月曜日から始まってもらった方が、使いやすい。土日という休みが右と左の端にあるのは、なんとも書きにくいと思うのだ。それに、月曜日が左側にあった方が、「よーし、この一週間をがんばろう!」という気になるだろう。

 しかし、よくある普通のカレンダーは日曜始まりである。つまり、何が困るかというと、両方を見るときに、こんがらがってしまうのだ。遠めであっさりと見るならば、月曜始まりか、日曜始まりかはわからない。間違えてしまいそうで、咽の奥のあたりが、なんかぐにゅぐにゅして気持が悪いのだ。

 こんなことで気分が冴えないのは僕だけなのだろうか。

■ ビデオ『映画に愛をこめて アメリカの夜』フランソワ・トリュフォー監督 [ムービープラス]
 映画撮影の裏側にある物語を、映画にしたというもの。いろいろな賞を取ったり、なかなかの評判のようだ。しかし、僕にはさっぱりわからなかった……。
 まあ、映画の裏側なんて、普段は気にしないわけで、そのセットの裏側とかを見ているだけで、それなりには楽しめた。でも、まあ、うん(笑)。こういう映画って、好きな人は好きなんだろうね。

◆ 100円ショップ
 前回の読書夜話から、新兵器が登場した。それは、「ことわざ辞典」である。現在の夜話ではタイトルにことわざを使っている。以前はネットで調べていたのだが、この「ことわざ辞典」で調べるようになったのだ。

 それにしても凄いのは、この辞典のお値段だ。なんと、100円(プラス消費税の5円)で買ったもの。そう、100円ショップに売っていたものだ。

 100円だからと言って、薄い内容というわけではない。英語のことわざだって載っている。この辞典はシリーズとなっていて、他にもいろいろある。普通の英和辞典なんてのもあるし、料理用語辞典なんてのもある。30冊を全部集めても、3000円に消費税という安さ。居酒屋で安くすませようと思っても、3000円未満にするのは、けっこう難しいのに。

 そのうち、もっと他の本も100円ショップで売られるようになるのでは、なんてことを思ったりする。著作権フリーとなった昔の作家の小説なんかは、100円の値段でも全然問題はないはずだ。1冊100円の夏目漱石全集なんてのが出てもおかしくはないだろう。
 嬉しいような、嬉しくないような。

◆ 夜話のちょっとしたこだわり
 この読書夜話の文章の数というのは、「15」と決めている。「10」にしてもいいかなぁと思ったりもするのだが。ちょっとしたこだわりのようなものがあった。

 最近は書かなくなってしまっているので、毎週書いていたときの状況を説明すると、1日でほとんどを書いていた。ただ、映画や本とかで5つくらいのネタは、ちょっとメモみたいな感じで書いていたりする。あと、5つくらいも、だいたい書くことは決めている。つまり、10くらいはそんなに問題なく書ける。

 大変なのは、残りの5つくらいのネタ。1週間のことを思い出し、振り絞る。だいだい、この夜話を書くようになって、普段の生活がかなり注意深くなった(笑)。ほんと、夜話を書くために、お店に入ったり行動しているみたいな。それでもなんとか2つか3つくらいは書ける。

 問題なのは、ラストの2つか3つのお話。これはけっこう大変なのだ。しかし、ここを振り絞って書くことに、読書夜話を書くことに意味があるんじゃないかと思っているのだ。
 この部分が無かったら、ブログと同じだと言ってもいい。夜話はブログとは違うんだぞ、という何だかよくわからないこだわりのようなものが僕にはある。

 一週間に約1日、夜話を書くという悩みを持つのは、それはそれで心地よかった。

 そういえば、引越をしてから、今は2年目になっているのだ。昨年に比べると、話題は新鮮さに欠ける。トウキョーと違って、自然の景色は昨年とそんなに変わることはない。

 そんなことも、夜話を書けなくしていた原因なのかもしれない。これからどうなるのか、僕にもよくわからないでいる。

◆ ああ、スパゲッティ
 ハードディスクを買った。最近はポータブルなハードディクスがあるということで、最初はそういったのを買うつもりだった。1万円ちょっとでそれなりのがあり、DVD-ROMにバックアップを取るのは面倒なので(時間がかかる)、バックアップ用にいいと思ったのだ。
 しかし、考えてみると、僕のパソコンはポータブルなノートパソコン。ハードディスクを持ち歩く必要もないわけで、ちょっと大きめの電源付き160GBのものを購入することとなった。

 これはこれでなかなか快適に使っている。何しろ、デジカメで撮った写真がいっぱいあるので、ハードディスクの容量は大きい方がいいのだ。

 しかし、困っていることもある。USBの差込口が足りなくなってしまっている。プリンターがあり、デジカメがあり、スピーカーがあり、DVDがあり……。そういえば、マウスにスキャナもあった。何だかこんがらがって、よくわからなくなってしまった。

 ぜんぶが入るUSBハブを買えばいいのだろうが、一度に全部使っているわけではないので、もう一歩踏み切れない。というよりも、USBハブのところを見ると、コードが凄い状況となっていて、近づくことのできない雰囲気。

 それにしても。小さなノートパソコンが無かったなら、役に立たないものばかり。パソコン壊れたらどうしよう……。大事にしなければと思いながら、けっこう酷使しているかも。

■ ビデオ『ソードフィッシュ』ドミニク・セナ監督 [日本テレビ/金曜ロードショー]
 いかにもハリウッド!という雰囲気いっぱいのアクション映画。アメリカ自由主義の裏側の部分が感じられ、なかなかの作品です。楽しみました。

 しかし……。情けないかもしれないけれど、ラストがわからなかった。二転三転するフクザツさは、ルパン3世なんんかと似ているのかな。

◆ 岡村秀明著『「ビジネスブログ」で儲かる会社になる』(東洋経済新報社)
 それにして、1年前にこのブログという存在はまだまだマイナーだった、と思う。急激に、急激に、ブログというものが広まったなぁという感じがする。

 この本には、ビジネスとしてのブログの活用法みたいなのが、けっこうしっかりと書かれている。ビジネスブログというと、文章を書いていると、すぐ集客に結びつくみたいなのが多いのだけど、この本は、それもあるけれど、ちょっと違った観点があったりする。

 例えば、社内のネットワークとしてのブログの活用なんてのがある。ブログをクローズされたものとして、特定の人で共有するようなやり方。ある意味でのメーリングリストみたいなものでもある。しかし、メーリングリストとその使い勝手を比べて見ると、確かにブログの方が情報をやりとりするという点では良さそうにも思える。

 ドルフィンホテルにしても、多数が発言する会員制の部屋をブログという形でつくったら面白いかもしれない。

 ブログというと、ウェブサイトの簡単なバージョン、みたいな感覚があったのだが、もっといろいろなツールとしての使い方があるのだと、教えられたような気がした。

 最近いっぱい出ているビジネスブログの本としては、かなりいい内容だったと思う。

◆ スポーツニュースは、スポーツを伝えているか
 このところ、どうにも首をかしげてしまうのが、スポーツニュースでの女子ゴルフの取り上げられ方だ。宮里藍と横峯さくらばかりが注目されすぎているように感じる。
 優勝争いをしているのだったら、それはそれでいい。しかし下位の順位でも、ニュースとして流される時間は他のどの選手よりも長かったりしている。横峯さくらの順位はわかっても、優勝した選手の名前がわからなかったり。まるで、大リーグで活躍している日本人選手のように。

 もちろん、女子ゴルフだけでなく、どんなスポーツだって偏った取り上げられ方ではある。あるスターにスポットを当てることによって、そのスポーツはわかりやすくなり、輝いて見えたりもする。

 しかし、それは「ニュース」と言っていいものなのだろうか。

 いやいや、スポーツで無くても、同じことが言えるのかもしれない。ある特定の部分だけにスポットを当てている。わかりやすくはなるが、見えなくなってしまっているところは、きっと出てくる。

 ニュースで伝えられる事実というものの影には、面白いニュースがいっぱいあるのだろう。



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