ドルフィンホテル
   
   
   
   
   
   
   
   
   


     

DOLPHIN HOTEL 読書夜話2005年12月

有為転変は世の習い 2005/12 #1


2005/12/24


◆ 雪の中で

 田舎での2度目の冬を過ごしている。昔住んでいたといっても、感覚は違う。雪の寒さは厳しいのだなぁと、身にしみて感じたりする。

 先日の寒波では、水道が凍ってしまった。僕の部屋は母屋から離れた小屋にあり、そこにもちゃんと水道がある。その水が出なくなった。水抜きをちゃんとしていたのだが、3日ほど家を空けていたために、凍ってしまったようだったのだ。昨年には無かったことだったので、ちょっと驚いた。寒さを甘くみてはいけないのだ。

 一日ほどで、水道は復活した。その暖かくなったときに、屋根の雪降ろしをする。昨年に比べると、まだ雪は少ない状態。楽とは言え、ぜんぶを合わせると丸2日ほどの作業となった。これはかなり疲れた。雪降ろしというのは全身の力がいるのだと、改めて感じた。けっこう年配のおじいさんなんかが、ひょいひょいとこの雪降ろしをやっているが、相当な体力が必要のはず。しかも、同時にかなりの注意力も必要だ。雪と一緒に下に落ちてしまう可能性というのが常にある。特に2階の屋根などは、かなり恐い。冗談抜きで、最悪の事態の可能性がある。実際に、そうしたニュースはよくあるし……。

 僕は屋根の雪降ろしながら、ある人生の在り方を悟った。もちろん、何十年も雪降ろしをしてきた人には、僕のこんな話は笑われてしまうばかりだろうが。

 昔、僕が小学生の頃によく流れていた音楽があった。小坂明子の『あなた』だ。「もしも私が家を建てたなら 小さな家を建てたでしょう」という歌詞がある。
 僕はこの歌を口づさみながら雪降ろしをした。そう、大きな家の大きな屋根では、雪降ろしが大変なのだ。もちろん、雪降ろしの必要としない屋根の家だって今は多くある。しかし、雪降ろしを、適度な労力で行なえる家に住むこと。物を多くため込むのではなく、最小限のシンプルな暮らし。小さな屋根の小さな家、そんなのが人生について大切なのかもしれない。


◆ 大相撲の不人気

 琴欧州が大関になった。大相撲がより面白いものになっていく雰囲気がある。しかし、大相撲の人気は低迷している状態。まるでドルフィンホテルみたいな感じ。

 まあ、良いときもあれば、そうでないときもある。だから大相撲だって、もう少し長い目で見ればいいのではないかと思うのだが。大相撲の公式ウェブサイト()だって、けっこう良いものだしね。

 この不人気に対して、あれこれと声がある。その最大なものに、日本人力士が弱いということがある。例えば、貴乃花、若乃花と曙が戦うような構図こそが、人気を支えるという考えなのだろう。

 しかし、日本人力士が優勝争いに加わらないということが、大相撲の不人気と結びつけてしまうのは、無理があるというか、古い考えのように僕には思える。

 例えば、K−1という格闘技。かなりの人気である。大晦日は別として、K−1グランプリという祭典では、あまり日本人は重要視されていない。テレビ局側としては、がんばって日本人の武蔵をドラマの主役にしたいようだが、見るほうのほとんどは、そんなことは考えていないはず。何を求めているかといえば、世界最高のテクニックとファイトのはずだ。

 自動車レースのF1にしてもそうだ。中嶋悟や佐藤琢磨は、F1人気に重要な存在ではある。しかし、誰を見に、高い高い入場料を支払ってレースを見に行くかといえば、アイルトン・セナだったり、ミハイル・シューマハだったり、歴史上に存在する特別な速さを持ったレーサーだ。

 スポーツの国際イベントということでは、昨年からラリージャパンが開催されている。これは驚くような観客が集まっている。別に、日本人のドライバーを見るためではない。世界最高のレベルの速さを見るために、集まっているのだ。

 世界最高のテクニックとファイトを見せてくれたなら、大相撲は人が入るだろう。日本人が簡単に横綱になれる状況ではなくなった。これは、世界最高の戦いという意味では、良いことのはずだ。何のスポーツを見ても、世界には凄い奴がごろごろといるのだから。


◆ ポスティング制度

 たまには日本のプロ野球について語ってみたいと思う。最近よく話題になるポスティング制度についてだ。なんだか、この制度、とても悪いことのように言われているのだけど、はたしてそうなのだろうか。

 原則的に言って、選手には球団を移る自由というのはない。フリーエージェントになれば、自由なのだがそれには年数が必要だ。しかし、フリーエージェントになってしまって、選手が出て行ったなら球団にとってはかなりの損失である。

 サッカーの移籍を考えてみたらわかりやすいだろう。契約選手を抱えている状態で、その選手の価値のが高いうちに、他に移籍させる。そうすれば、球団としては大きな利益となる。

 ポスティング制度というのは、球団にとってプラスになるように考えられた制度のはず。まあ、それなりに妥協というものはあったのだろうが。元々移籍の自由の無かった状態から言えば、かなりの進歩だったはず。その制度を悪い悪いというのも、なんだかおかしいと思うのだ。制度というのは、完璧なものはない(たぶん)はず。将来的にどうあるべきかというビジョンがあって、現状の中で一番良い状態を探るようなもの。

 どのようにして、チーム間の均衡を保ち、なおかつ選手の移籍の自由(海外も含め)を認めていくのか。そうしたビジョンの過程の中で、ポスティング制度というものが語られるべきもの。

 でもさ、プロ野球を目指す人の多くは、なんでジャイアンツに入りたがるのだろうか。そもそも、それがわからない……。


◆ 古典的トラックバック

 先日一通のメールが来た。僕の書いた読書夜話について、ブログで書いて良いだろうか?というもの。別に断る理由なんてない。嬉しい限りだ。ドルフィンホテルというのは、まったく静かなホテルで、声が聞こえることはとても少ない。もちろん、窓の向こうから電車の音とか、高速道路の音とか、地震がきたらどうなるかわからないようなホテルがある中、静かであるということは大切なことだとは思っているけれど。

 取り上げてもらったところは「Simple Life...」(http://roo.to/simplelife/)というサイトのブログ(http://blog.livedoor.jp/simplelife1979/)。「冬、本とコーヒー、そして結婚式。」という記事(4つの言葉が胸につきささる……)。

 僕はこの文章を読んで、大坊珈琲店に行ってみたくなった。それから、アイラ島のモルト・ウヰスキーの飲みたくなった。

 メールをもらってから、静かな、嬉しいような、シンプルな気持ちが僕の中に生じてきた。それは何なのだろうか。少し、時間を掛けて考えてみた。

 ブログ、そしてリンクについての断りのメール……。

 僕はこのメールを受け取ったことを、自分で「古典的トラックバック」と名づけた。現代はブログの時代である。その辺の猫だってブログを書いていたりする。
 ブログは便利で、ビジネスには欠かせないと言われている。ブログを書くことで、売上げが伸び、六本木ヒルズにオフィスが持てるようになる、と。

 ブログがブログである一番の特徴というのは、トラックバックという機能だ。僕は長い間、このトラックバックというのが何なのか、わからないでいた。
 簡単にいうと、「リンクしましたよ」というお知らせのようなもの。それで、世界は繋がるのだと言う。

 今回のメールというのは、ブログに載せる前の断りだったので、正確にはトラックバックではない。しかし、「リンクします」というお知らせであることに変わりは無く、僕の中ではトラックバックだった。

 もちろん、ドルフィンホテルはウェブサイトの作りであり、トラックバックの機能なんてものはない。とても不便だ。世の中のブログで交わされている、もの凄い数のトラックバックというものとは無縁だ。サイトとしてのランクが上がることもない。

 インターネットの世界では時間の流れるのは早い。古典的トラックバック、という呼び方が、僕の頭の中で、とても価値のあるものとなっている。

 雪が降り、寒さが増している。ドルフィンホテルの作りはけっこうボロで、隙間風の入るところもあったりする。すぐに治って立派になるかと言えば、難しい。支配人としては、ちょっと恐縮したりもする。しかし、それはそれでいいんじゃないかという開き直りもある。

 古典的トラックバック、まったく自分で付けた名前だけど、けっこう気に入っている。


◆ スーパーアグリF1

 スーパーアグリと佐藤琢磨は、来シーズン、F1を走ることができるのだろうか。書類に不備があったとか、お金が未納だったとか、いろいろと騒がれている。

 しかし……。長くF1という世界を見てきたつもりだが、そんなに立派な世界ではない。魅力的ではあるが、お金という点で言えば、めちゃくちゃな世界だ。どれだけ多くの人がこの世界にお金を投資し、泡のように消えてしまっただろうか。

 ひと昔前、バブルの頃のF1なんて酷いものだった。例えば、フットワークという会社は、もの凄い金額をF1に掛けた。アローズというチーム、エンジンはポルシェ。しかし、ほとんど走ることなく、そのチームは消えてしまった。そのときのドライバーはスズキアグリだったのだが。良い悪いではなく、F1というのは、大金が消えていき、一部の人間だけが利益を自分のものにするという弱肉強食の世界なのだ。はっきり言って、そこにはルールなんてものはない。ルールを作る人間が一番力を持つという政治の世界だ。詐欺とすれすれのようなことが次から次へと起こっている。

 書類に不備があった……。笑わせないでくれ、と思ったが。もちろん、鈴木亜久里は、そんなF1の世界を知っている状態で、なおかつチャレンジするのだろう。ひとりのF1ファンとして、真摯に応援したいと思う。

 それしても、思うのはHONDAって、力が無いんだな、ということだ。第2期の時代のHONDAだったなら、こんなことは無いのではと思う。


 P.S.
 なんとか、2006シーズンは走ることができそうだ。しかし……。やっと走るだけで、上位は全く望めそうもない。佐藤琢磨クン、ちょっとかわいそう。別の選択をするべきだったと僕は思うのだけど。


◆ 北千住居酒屋めぐり

 このところ、ひとり酒を楽しめる居酒屋というのが気になっている。カウンターとかで、ちびちびと煮込みとかでちょびちょびやるのだ。僕なんかがこんな風に飲んでいると、単に友達もいない奴だと思われるだけだろうけど……。

 居酒屋といえば、北千住である。赤羽とか西荻窪なんかも気になるが、まずは北千住へと寒いなか、僕は旅立った。

 かなり有名な、○○○というお店に入った。ここで実名を出すかどうか、少し悩む……。まあ、悪くはないのだけど、あんまり良い印象ではなかったんだよね。決して悪くはないです。好きになる人の方が確実に多い。まあ、僕は運が悪かったのだと思う。

 店の中に入ると、数人が椅子に座っていた。つまり、席の空くのを待っている状態だった。さすがに超人気店。まあ、流行のラーメン屋さんみたいなものである。なんだか、むかし荻窪にあった有名ラーメン屋さんに雰囲気が似ているかも。

 僕は少しばかり迷った。並ぶのは、キライな性格なのだ。大学に入り、都会に出てきたときのことを今でもはっきりと覚えている。昼食の学食でもの凄い列が出来ている。僕にはそれが我慢できなかった。しかし、東京というか、埼玉に居住地を置く友人(彼は今、何をしているのだろうか)は、まったく気にしていなかった。「えっ、なんで」という表情をしていた。

 しかし、北千住の夜は寒く、その夜の僕にはヌクモリが必要だった。酔いたい夜だってある。

 僕は椅子に座り、並び、店内を見回していた。広いカウンター席、テーブル席もいくつかある。カウンターの椅子は木の丸椅子でかなり狭そう。

 たぶん、10分くらいは掛かったような気がする。やっと席が空き、僕は便ビールと、肉豆腐を注文した。この肉豆腐は、かなり有名なもの。この店の店主も有名なようで、とても味のあるおやじさんだた。まわりの客の多くは焼酎を飲んでいる。1000円ちょっとで焼酎のボトルキープが出来て、ソーダーとかお湯とかで飲めるようになっている。安い。いい居酒屋の重要なことだ。肉豆腐は確かに美味しかった。味の沁みた豆腐が絶品である。

 カウンター席の反対側には、地方から来たという雰囲気のおっさんが座って日本酒を飲んでいた。隣りのひとり客と話をしていた。2人とも居酒屋ダイスキで話が盛り上がっているようだった。左側の男性が、良かった居酒屋を言い、日本酒を飲んでいるおっさんは、手帳にメモをしていた。こうした出会い、会話も、名物居酒屋ならではなのだろう。今頃、アキバでも、メイド喫茶で同じような会話がなされているのかもしれない。

 それなりに年配の客が多いのだが、若いアベックも多いように感じた。僕の2人置いて左側に座ったアベックは、たぶんこの店が初体験だった。実は女性の方は飲んべいと見た。ひとりでは行けない居酒屋に彼を誘ったのだろう。

 僕は、肉豆腐を食べ終え、これまた自家製で美味しいと言われている海老コロッケを注文した。なんというのかな、居酒屋でコロッケ。合わないようで、合うもの。人生の複雑さを象徴しているような食べ物だと、そのときの僕は感じたのだった。

 それにしてもこの店は凄い。どんどん客が入ってくる。席を待つ人が多く並んでいる。店主はリズムよく、5つ玉のそろばんで会計をしている。そう、このお店は、テーブルの皿を数えての古典的会計方式なのだ。ぎゅうぎゅう詰めの座席、狭いテーブル、けっこう皿がごちゃごちゃとしている状態……。

 瓶ビールと、肉豆腐とコロッケを食べた僕は少し悩んだ。というか、ちょっと気になったことがあったのだ。もう少しこの店で飲もうか、次の店に移ろうか。どうせ、ひとりなわけで、一箇所で飲むだけよりも、数箇所で飲むのも、また楽しみではある。

 僕は会計をお願いした。ひょっとしたら……、という予感があった。少し前に帰った隣の人の皿が僕の前に残っていたのだ。そろばんでの勘定に、それも計算されていた。僕は一応言ってみた。しかし、ざわついた店内で、店主には聞こえていたのか、どうなのか、わからなかった。けっこう高い金額を支払って僕は店を出た。いい居酒屋というのは、安い居酒屋でもある。しかし、どう考えても、飲んで食べた額と、支払った金額が同じとは思えない。しかし、声をあらげて言うのは面倒だ。僕は江戸っ子ではなく、東北人で、面倒なことは嫌いだ。

 そんなわけで、この北千住をいくらかさ迷った。むかし、姉が住んでいた町でもあり、そんなに知らないわけではない。サイレントな呼び込みのおっさんの脇を通り、なんとなく二軒目に入る。無難そうな店だった。名前は「千住の永見」(http://www.senju-nagami.com/)というところだった。

 古典的な居酒屋の雰囲気はないが、大衆というグループにはちゃんと入る。カウンターもあり、ひとりの淋しく酒の飲むおやじもちゃんといる。僕は丁寧に案内されてカウンターの席に座る。このカウンターは、ちょうど調理の出されるところで、けっこう面白い場所だった。

 僕は、「熱燗」を注文する。寒かったのだ。身体だけでなく、心も(まあ、わかってくだせえ)。この熱燗、おもしろい! 徳利ではなく、瀬戸物のコップのようなもので出される。しかも、下のは皿つき。つまり、下の皿にはちゃーんと酒がしたっている。ほぼ、コップ酒の雰囲気。こんなのは初めてだった。嬉しい。注文した料理は、千寿揚げ(にんいく入)というもの。時間が掛かります、という声があったが、簡単に出てこられては困る。早ければいいというものではないのだ。あんまり早くないほうがいいよね(と、わけのわからんことを考える……)。

 左隣りのひとりおっさんは、ひとり鍋を食べている。値段も手ごろだし、けっこう美味しそうだった。実は、この鍋を注文しようか、かなりの葛藤があった。ギリギリのところで、僕はおでんを注文する。右隣の人の食べていたおでんも美味しそうだったのだ。

 僕のちゅうど目の前で、ラーメンが何度も運ばれていた。なーんと、この店のメニューには、ラーメンがある。しかも、正統派醤油ラーメンだ。美味しいのかどうか、よくわからない。しかし、何度もそのラーメンは僕の前を通りすぎた。僕は、その度に、僕の前を通り過ぎた女性のことを思い出した。

 さて、おでんだ。文句なく美味しかった。世の中には威張っているおでんが多いと僕は思っている。威張らないおでん、ちょっとした奥ゆかしさがなければ、おでんとは言えない。特に大根というのはそうした存在のはずである。

 少しばかり、熱々のおでんを口にしたところで、千寿揚げ(にんにく入)が登場する。食べるとかなり熱い。しかし美味い。ニンニクがふんわりとしたハーモニーを奏でる……。
 これはホント、特別な味だった。またこの店に来よう、そんな気持ちにさせる味だった。

 僕は熱燗をもう一杯注文する。

 僕がこの北千住という街に来たことを少し思い出す。20年以上、いや、ひょっとしたら25年くらいになるのだろうか……。姉が住んでいた関係で、月に一度くらい来ていたのだろうか。

 この夜、僕はけっこう寄った。会計は、1500円ほどで、とても納得できるものだった。僕の目の前を通りすぎていった酒のつまみは、どれも美味しそうだった。もし、北千住に来ることがあったなら、ぜひ寄りたい店だった。

 あとからこの店のことをネットで調べてみると、なかなか良いという評判だった。

 それにしても、この北千住の駅前、大きく変わったような気がする。もちろん、20年とか経てば、どの町だって変わる。変わっていない、まったく成長できていない、僕がおかしいのかもしれないけれど。


◆ ワールドカップの組み合わせ

 オーストラリア、ブルガリア、ブラジルと決まった。しかし、この予選に関してのプロの関係者の解説が歯がゆい。最初からブラジルには勝てないと決め付けている……。

 最初の2試合で2勝して決勝トーナメントに行くよりも、日本とブラジルが決勝トーナメントを掛けて、ギリギリの最高の戦いを第3戦で見せて欲しいのだが。中途繁多に決勝トーナメントに行くよりも、価値のあることではないか。負けてしまったとしても。

 日本が考えなければならないのは、「世界と闘う」ということのはず。ブラジルは特別だから、などという気持ちでは最初から負けていると同じ。サッカーというのはスポーツの中でも何が起こるかわからない。

 前回のワールドカップで、この予選リーグの面白さというのをちょっとだけ知った。というのは、決勝トーナメントの場合、どうしても守りになりがち。予選リーグの場合は、勝ち点の関係があり、どんどん積極的に前に行かなければならない試合があったりする。そんな試合をやることで、日本代表というのは強くなっていくのではないだろうか。

 サッカーについて僕は全くの素人だけど、あまりにも、皆さん言う事が一緒なので。

 あのぉ、もちろん、日本とブラジルがまともに戦うとしたら、僕はブラジルに賭けますが。


◆ 売れない歌手

 あるテレビ番組で、とある歌手が過去のことを語っていた。お客さんがひとりふたり、なんてことばっかりだったと。そして、さらりと言った。聞いてくれる人がいて、仕事になるのだから、と。

 こうした歌手のほとんどは、売れなかった頃の物語というのがある。小説家だって、町のラーメン屋さんだって、同じようなものかもしれない。。

 しかし、売れていることと、売れていないということと、何が違うのだろうか。確かに、技術的な部分、気持ちの部分での違うはあるかもしれない。しかし、そうしたものをしっかりと持っていて、かつ情熱に満ちている歌手も多くいるように思える。

 もう10年以上も前のことになるが、小劇場の芝居を見に行っていたことがある。名前はないけど、そこには、芝居とは何かを感じさせてくれる世界があった。信じられないような狭い観客席。信じられないような体勢で芝居を見ていたこともある。それでも、十分に満足できるものを、身体全身で感じることができた。

 あちこちから聞こえてくるのは、流行歌だ。しかし僕は、売れない歌手の売れない唄を聞いてみたい気がする。


◆ 楽しいJリーグ

 ヴァンフォーレ甲府がJ1に上がることになった。
 それにしても、この入れ替え戦って、面白いよね。プロ野球も入れ替え戦をやればいいのに、とホントに思う。何せ、外国人の3選手に10億も掛けている柏レイソルが、年間予算6億2000万円のチームに負けてしまうのだから。つまり、選手が弱いというよりも、フロントがしっかりとしたビジョンを持っているかどうかが問われるような気がする。

 さて、来シーズン、この甲府がどんな戦いをするのか。というよりも、甲府に乗り込む、浦和レッズやアルビレックス新潟とか鹿島アントラーズとか、サポーターの含めての状況を想像すると楽しくなる。

 たぶん、多くの人の予想は、1年でまたJ2に落ちる、というものではないだろうか。いくらなんでも選手の年俸などが他のチームと違いすぎる。しかし、予想を反して上位に食い込んだら楽しいだろうな。特に来年はワールドカップイヤー。代表に選手を取られるチームはリーグに集中できないかもしれない。

 こうした弱そうなチームはついつい応援したくなるよね。


◆ インターネットのこれから

 インターネットの世界、ずっと前にはパソコン通信だったが、どんどん変化しているのを感じる。このドルフィンホテル自体、ホームパーティー、パティオ(2つともニフティ内)、メーリングリスト(というのもちょっとあった)、ウェブと変化している。

 昨年あたりから、ブログというのが流行っていて、今は社会的な存在となっている。しかし、実はひっそりとメールマガジンも頑張っている。実はドルフィンホテルのテキスト重視の考えから言えば、ウェブよりもメールマガジンの方がいいかな、なんて思ったりすることもあるのだ。

 そして今、別のものがどんどん増えているのだという。ソーシャルネットワーキングのmixi(http://mixi.jp/)である。知らない人は知らないかもしれないが、噂にはちらりと聞いたことがあるかもしれない。紹介制の、ネットサービスである。システムががっちりと固まっていて、デザイン的な自由さは無い。しかし、日記の機能、コミュニティなどは、ソフト的に充実しているという雰囲気。そんなに読ませる文章はないように思えるが、人と人が話をしているという感じが凄くする。

 実は、僕はそろそろブログという存在のマイナス点が大きく出ているように感じている。それが、mixiにシフトしているのではないかと。

 ブログの特徴として、コメント、トラックバック、デザイン、RSSなどが挙げられるだろう。しかし、コメントとトラックバックって、仮にあったとしても半分くらいは削除せざるを得ないものではないだろうか。けっこうこれが面倒。しかも、変なコメントが一度ついたりすると、びくびくして健康的にんも良くない。デザイン的にはいろいろあって、楽しいのだけど、ときどき、見た目だけよくても中味がなかったらつまらないよね、という気持ちになる。
 それに、そんなに頑張って情報発信しなくても、とも思うし。あと、広告が少ないというのもいいよね。

 とにかく、ブログのごちゃごちゃさが取れて、スッキリしているのが、mixiのように思える。匿名の人もいるけれど、半分くらいは本名を公開しているし、ある意味での安心感がある。コメントが気軽に出来る雰囲気があって、微妙な良さがある。

 たぶん、昔のパソコン通信のフォーラム的な盛り上がりがあるように思える。例えば、藤沢周平のコニュニティなんて、インターネットの中では、一番良い雰囲気で盛り上がっているのではないだろうか。
 ただ、mixiって、20代から30代までが中心で(というか、20代までかな……)、40超えたら、かなりおっさんになってしまうような雰囲気がある……。

 もちろん、何がいいかは人それぞれ。でも、mixiの良さが、注目される時代になってきているような気がする。2005年にブレイクしたmixiは、2006年さらにインターネットの主流になるのかもしれない。2007年は何が来るのだろうね、と今から考えたりもする。きっと新しい何かが出てくるのだろう。

 さて、ドルフィンホテルがmixiに出来るかと言うと、それはまずない。なんというか、ないのである(←意味不明)。

 mixiって何? 興味があるという人は、メールにて。


<<テレビドラマ特集>>

 2005年の連続ドラマも終ってしまった。何だかんだと文句を言っても、ドラマというのはついつい見てしまう。たまにテレビを見ない、という人はいる。なんだかカッコイイなぁと思う。無駄のない、健康的な生活を送っているようにも感じられる。自分もいつか、そんな生活をしたいとも思う。代わりに、好きな映画を見て、充実した映像ライフを送るのだ……。

 しかし、ついつい見てしまう。ときどき思う。それはそれでいいんじゃないかと。

◆ 『恋の時間』(TBS)

 独身でキャリアウーマンの姉と主婦の妹が、それぞれ恋をする。妹の方は、旦那がいるわけで、いわゆる不倫である。まあ、このドラマに描かれている状態が不倫と言えるのかは、難しいけれど。やっぱり言わない?

 それにしても、かわいそうだなと思ったのは、大塚寧々演じるこの妹。夜、ライブを見に行くのに、旦那に嘘を言うんだよね。「同じ趣味の男友達とライブに行く」とは言えないのだろうか、と思ってしまうのだけど。

 ちなみに僕は、昔から主婦の方とはけっこう気軽にお友達になれる……。これって、すごく悲しいことかも。2人で飲みに行ったりすることだってある。しかし、このドラマの中では、そういうことって、もの凄く悪いことになっているような……。

 実はもの凄いことをやっているのに、ただ単に僕が鈍感だと言われたら、そうなのかもしれないが。むにゃむにゃ。

 さて、このドラマを見て感じたことは、そんなことではない。恋とは何なのか? けっこう切実に考えてしまった。僕はみたい。このドラマの中に「恋」はあるのだろうか?

 よくあることだけど、誰しも辛いことはある。仕事だったり、家庭だったり、ときにはマンネリみたいなことを感じることもある。いくつかのことが重なると、誰かに話を聞いてもらったり、何らかの助けが必要だったりすることだってある。

 ドラマでの姉妹はまさにそうした状況。そんなときに、男性と親しくなる。つい、自分の悩みを打ち明けたりしてしまう。男は当然、「それは大変だよね」みたいな顔をして頷いてくれる。そこで2人は抱き合ったりする……。

 でも、心の不安定な時期というのは、いつかは過ぎる。恋は、過ぎ去ったと感じるのだろうか。

 オマエは恋というものをわかってない、と言われたらそれまでである。前に飲んでいて、そんな話になったこともあった。しかし、このドラマの中に、「恋の時間」はあるの? と素朴に感じたのだが、どうなのだろうか。


◆ 『危険なアネキ』(フジテレビ)

 それにしても、ひっどい脚本だな、と思っているのは僕だけではないだろう。別に他人を巻き込むつもりはない。みんながみんな、このドラマを素晴らしいと言っても、僕ひとりは、酷い!といって闘うつもりだ。

 でも、じゃあなんで見てるんだよ、と言われたらそれまでだが。テレビは視聴率が命だからな。伊藤美咲さん、『電車男』はすげぇ良かったのだけど、このドラマでガクッとなってしまったかもね。

 さて、僕は病院とキャバクラというものについて、ここで論じてみたい。
 病院の場面があって、次がキャバクラで、しかも、同じ人が両方の職場で働いているという設定はそうそうないだろう。まあ、このドラマの酷さから言えば、そんなことは微々たるものだが。

 僕は現実の社会について思った。どうして、病院内にキャバクラはないのだろうか? と。別の病院の隣りでもいい。病院の隣りに、薬局があるように、普通にキャバクラがあってもいいと思ったのだ。

 例えば、僕が余命3カ月で病院に入院したとする。毎日毎日暗い病院のベッドで寝ていても、悲しくなるだけだ。ほんのちょっとした時間でもいい。キャバクラでお姉さんとお話できたら楽しいではないか。ニッコリと微笑まれたら、元気になって病気も治ってしまうかもしれない。これはキャバクラだけでなくてもいい、ホストクラブがあってもいい、冥途カフェでもいい……。

 めちゃくちゃなことを、と思われる人もいるかもしれないが。お医者さんや看護師が、患者さんを楽しくさせて治療するというのをテレビで見たことがある。

 とにかく、病院とキャバクラというものについて、考え込んでしまうのであった。


◆ 『熟年離婚』(テレビ朝日)

 うちの母親もこのドラマを楽しみにしていたようだった。それにしても、うまくまとまった最終回だった。まるで……。

 そう、僕はこのドラマは失敗だっと思うのだ。何が失敗かというと、タイトルが悪い。「熟年離婚」というタイトルは、テーマが離婚ということに絞られてしまう。これは、このドラマのパート2の可能性を否定してしまうことになる。いや、シリーズ化と言ってもいい。

 たぶん多くの視聴者はこのドラマを、テレビ朝日版『渡る世間は鬼ばかり』と見ていたのではないだろうか。橋田壽賀子の脚本の何とも言えないNHK的なところの無い、スマートなところがこのドラマの魅力なのだ。それでいて、本質的には同じなのだが。

 とにかく、視聴者は(実は僕も)、豊原幸太郎一家の次の物語を望んでいるはず。家から離れた子供たちが、トラブルを抱え、また戻ってくるんだな。いろいろな、ぐちゃぐちゃが始まる。そしてまた最終回には、メデタシメデタシとなる。楽しそうではないか。


◆ 『1リットルの涙』(フジテレビ)

 何だかんだ言っても、実話の力は強い。何度かこのドラマを見て、涙してしまった。薬師丸ひろ子の表情と(僕は角川映画世代なのだよ)、陣内孝則のハイテンションと、合唱の唄は苦手だったのだが、全体的に良いドラマだと思う。

 ただ、こういうドラマというのは、ひとそれぞれ抱えていくようなものかもしれないと感じた。というのは、10代の人がこのドラマを見たことは、たぶんずっと一生抱えていくことになるのでは、と。僕なんかは、年齢的に言えば、親の方に近いわけだからね。

 僕は、僕が高校生あたりのときに見た映画、『翼は心につけて』(ガンと闘って死んだ十五歳の少女が主人公)を思い出した。石田えりが主演で、沢尻エリカ以上に可愛い表情をしていた。そう、彼女は恐いお姉さんではなく、ピュアなキャラクターを演じていた。

 この映画のテーマソングは、赤い鳥の『翼をください』だった。ひょっとしたら、サッカー日本代表の応援の歌だと思っている人も多いかもしれないけれど、『翼をください』と言えば、映画『翼は心につけて』であり、石田えりであり、不治の病であった。

 少しばかり、『1リットルの涙』の話題からは逸れてしまったかもしれない。しかし、人によって、年代によって、胸に秘めるものは違うのだろうと思う。

 僕は、『翼は心につけて』を思い出した。初めて聞いたという人は、ぜひ見て欲しい。


◆ 『大奥〜華の乱〜』(フジテレビ)

 いやいはや、今シーズンのドラマのMVPはこの『大奥』だった。ちなみに、僕の住む地方局では偶然なのか、意図してなのか、夕方の再放送で『大奥 第一章』(松下由樹が春日局の役)が放送され、こちらの方も僕は見ていた。

 話がややごっちゃになったが、かなり楽しめた。恥ずかしながら春日局という人物や、家康から家光までの時代のことは良く知らないでいた。

 それにしても、凄い。凄すぎる。寝る寝ないという、まぁ、あまり大きな声では普通話されないことが、堂々と高尚な言葉で語られるのである。大奥のような数多くの女性達に囲まれるのが男子としてのシアワセかと問われると、そうでもないよなぁと思えてきた。

 女性という存在を見るという点で、このドラマは大変に面白かったのだが、歴史ということで考えても、深く興味を持つことができた。

 というのは、こうした世界を徳川家康は求めたのだろうか、という疑問だ。世襲というのは、結局のところ、力を失う運命にあるように思えてしまった。源氏だって、身内の義経を蔑ろにしたのはいいが、北条に乗っ取られるような形となる。

 戦国大名は天下を統一しようとした。しかし、その統一の後の世の中を、どんなものとしようと考えていたのだろうか。立派な跡継ぎが次から次へと出てくるものと考えていたのだろうか……。



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