ドルフィンホテル 壊れたドアの部屋から
おかえりなさい。
もうウガイはしましたか? 僕は朝起きて一回、お風呂に入っているときに一回と、一日に二回イソジンでウガイをしています。まあ正確に言うとイソジンではなくて、別の会社のウガイ薬なんだけどね。すぐ近くのドラッグストアではイソジンは売りきれていたのだ。
毎日ウガイをしていることで、効果があるのかどうか自分ではよくわからないけれど、がんばって続けているところなのです。ごろごろ。
もうあとは、寝るだけなのかな。
ゆっくり眠ってください。そしてもし楽しい夢でも見たならば、あとでこっそり教えてください。
< DOLPHIN HOTEL 204 壊れたドアの部屋から vol.1 1999.3.6 >
おかえりなさい。
ひゅー、ひゅー。
(これは僕の隣に仲のよいカップルがいて言っているのではなくて風です)
風の強い夜には、こんなふうな音がドアのところから聞こえてくる。
204号室のドアは壊れていて、修理されることなく、隙間があいた状態になっている。むかし酔っ払った客が蹴っ飛ばしたという話だ。けれど真相はわからない。その後、「まあ仕方がないな」と言って、このホテルの支配人が自分の部屋にしている。
壊れているところは他にもいくつかある。床のあるところははぎしぎしと音がする。元々あった机はすでに壊れて使えなくなってしまったために、板に脚をつけた手製のものだ。
窓からの景色もよくなかったりする。
この部屋には、ほんとうに何もない。ベッドと、ときどきこんなふうに何かを書くための机と、ギシギシと音のするソファーと。
いつの間にか、こんな音も馴染んでくる。いいBGMだったりする。
< DOLPHIN HOTEL 204 壊れたドアの部屋から vol.2
1999.3.16 >
おかえりなさい。
ほんとうに、ほんとうに、時間の過ぎていくの速いなぁと感じる。30歳を超えてからの3ヶ月間というものは、中学の頃の3年間に匹敵するのではないだろうか。
でも、安心してください。
ドルフィンホテルでは、時間は流れません。
一日が過ぎたら、次の日に行きそうですが、日付は変わりません。時計というものも置いていません。
目を閉じて耳をすませると……。空気の音とか、水の音とか、本の音とか、いろいろ聞こえてきます。隣の部屋のいびきの音とかもね。
だいじょうぶです。
夜は長いです。小さかったころと、おんなじです。
< DOLPHIN HOTEL 204 壊れたドアの部屋から vol.3
1999.3.22 >
おかえりなさい。
ジリジリジリジリ……。
(ええと、これは真夜中、眠りについて3分後くらいの電話の音です)
ドルフィンホテルの各部屋に置かれている電話器は黒くて大きなやつです。
耳に受話器をあてて、肩をちょっと上にあげて、それで十分固定されて話をすることができます。コードも長くなっているので、部屋の中をうろうろして
も大丈夫です。
電話の声は、どこからしているのだろうか。
隣の部屋からなのか、もっともっと遠くからなのか。
現実なのか夢なのか。
過去からなのか未来からなのか。
よくわからない声を、ただうなずきながら聞いているのでした。
< DOLPHIN HOTEL 204 壊れたドアの部屋から vol.4
1999.3.29 >
おかえりなさい。
ホテルの外に裸電球をつけました。ドルフィンホテルは自然の中にあるところなので、あんまりこういうことはするべきではないのですが。
たまにはいいでしょう。特別です。
桜がきれいです。
それぞれの部屋からは、照らされた桜が一面に見えます。
ちょっと風が吹いていて、真っ暗な空からは桜がさらさらと降ってきたりもしています。
みんな窓に腰をかけて、ワインを飲んだりしています。ワイングラスに桜の花が入ったりもするのですが、まあそのまま飲んでしまいます。美味。
かるく声を交わします。小さな声でも、向こうの部屋の窓まで聞こえます。
寝てしまうのがちょっともったいないような。
支配人室204号の部屋からは見えないんだよな、これが。
< DOLPHIN HOTEL 204 壊れたドアの部屋から vol.5
1999.4.4 >
おかえりなさい。
今日はどんな一日でしたか?
新しい出会いとか、ココロときめくようなことは。
それとも、ひどいこととかあったのかなあ。
今夜の夕食のメニューは、野菜のいっぱい入ったクリームシチューです。
ふーふーふー、よく冷まさないと火傷します。じゃがいもも入ってます。
ニンジンもおいしいです。ふーふー。苦手なブロッコリーも食べられたりします。
いっぱいあるのでおかわりも大丈夫です。
< DOLPHIN HOTEL 204 壊れたドアの部屋から vol.6
1999.4.12 >
おかえりなさい。
このところ、とても暖かくなってきました。ホテルの窓からの景色も実に生き生きしています。
このところホテルの宿泊客の間では「朝のお散歩」がブームになっています。
嘘だ!という声も多々ありますが。まあ、そういうことにしてください。
朝の散歩はとても気持ちがいいのです。川の水は少し冷たいけれど、これで顔を洗うと一気に目が覚め、二日酔いも治ってしまいます。
治らないくらい、ぐでんぐでんに飲んでいる人も中にはいますがね。
まあ、ほとんどの人はということです。
ふわーっ。両手を広げての大きな深呼吸もたまにはいいものです。
< DOLPHIN HOTEL 204 壊れたドアの部屋から vol.7
1999.4.19 >
おかえりなさい。
ちょっと飲んで帰って、小腹が空いたりすることがあります。
そんなある夜このホテルに、たまーにですが、屋台のラーメン屋さんが来ることがあります。
どこから来るのだろう??
あんまり難しいことを考えてはいけません。おいしさがどこかへ消えてしまいます。
しょうゆ味のラーメンはなかなかいけます。
メニューにない常連さんだけが知っている隠れメニューの牛丼も特別なおいしさです。
ぽつりぽつり。
部屋からみんな出てきて、ラーメンを食べて静かに会話を交わします。
ずずっ。
< DOLPHIN HOTEL 204 壊れたドアの部屋から vol.8
1999.4.26 >
おかえりなさい。
いや、「おはよう」になるのかな。
ふつうホテルのゴールデンウィークは混んでいるのだろうけど……。
ここはいつも静かです。安心してください。
だいたいにして、このホテルにはカレンダーなるものはどこにもないです。
好きな時間に起きて、好きな時間にビールを飲み(ちゃんと冷やしてあります)、好きな時間に仕事をして(中にはこういう人もいます)、好きな時間に寝ます。
今日は、とても天気のいい一日でした。
少し風が吹いていました。
外でのお昼寝もなかなかいいものです。
< DOLPHIN HOTEL 204 壊れたドアの部屋から vol.9
1999.5.3 >
おかえりなさい。
突然ですが、お水って飲んでいますか?
あっ、この「お」ってつけるとなんか怪しげだけど、水道の水を直にということです。気がついたらここ何年か飲んでないような気がしました。
最近はミネラルウォーターなるものを飲む人が多いみたいですが。僕は子供の頃、水を飲むのが好きで何倍も何倍も飲んでいました。
ドルフィンホテルの水は、おいしいです。そんなに意識して「おいしい」と強調するわけではないけれど、ふつうにおいしく飲めます。
もちろん、井戸水です。ひゅっと冷えていて、なんかキリッとします。
ごくごくごくごく……。
< DOLPHIN HOTEL 204 壊れたドアの部屋から vol.10
1999.5.10 >
おかえりなさい。
ときどきですが、朝ご飯にはパンがでます。もちろん焼きたてです。ちょっと早く起きる必要があるので、ときどきになります。しぼりたての牛乳と、産みたての卵でつくったオムレツもあります。特別おいしいというわけではありません。ふつうです。
のんびり食べている人もいれば、スーツ姿で急いで食べている人もいます。これから仕事に行くのですね。わたわた、わたわた。
< DOLPHIN HOTEL 204 壊れたドアの部屋から vol.11
1999.5.18 >
おかえりなさい。
ときどきなんだけど、深夜の2時とか3時とかになるのかな。ホテルのロビーでずっと話をしている人がいたりします。眠れない人がたまたま一人、二人と集まって軽くお酒を飲みながら話をしていたりします。気がつくと外が明るくなっていたりします。
考えてみると、ずっとむかしには友人と朝まで語り合った、なんてことがありました。この頃はないような気がします。飲んで語り合うといっても仕事の愚痴だったりね。笑ってしまうことになるかもしれないけれど、将来の夢とか、そんな話をよくしていたような気もします。違っていたのかな。朝になりました。
< DOLPHIN HOTEL 204 壊れたドアの部屋から vol.12
1999.5.25 >
おかえりなさい。
街はそろそろ夏であたたかくなってきたけれど、山の中にあるこのホテルのあたりはまだまだ涼しいです。
先日、宿泊客の一人から絵葉書が送られてきました。猫のイラストが書かれていました。
世の中では、機械の箱を使っての便りの交換が流行っているみたいですが、どんなに時代が進んでも(後退しても)、たまにもらうこうした絵葉書は嬉しいものです。
もう6月です。5月病よ、さようなら。
< DOLPHIN HOTEL 204 壊れたドアの部屋から vol.13
1999.5.31 >
おかえりなさい。
なーにもしたくない一日というのがある。たぶん、誰にでもあるのではないだろうか。「もーし、なーにもしなくていい一日があったら、オレは何にもしないんだもんね、いいだろう、フフ」なーんて密かに考えているのかもしれない。
このホテルでは、新しく「何にもしなくていいよサービス」というのを始めました。
朝起きて、着替えから歯磨きまでもやってもらえます。サービス人はリクエストにより何人かの中から選ぶこともできます。もちろん着替えもです。
腹がへった。本のページをめくって。昼寝をする。何でも言いつけます。
いいとかわるいとかは、どうでもいいことです。
特別サービス、いかがですか?
< DOLPHIN HOTEL 204 壊れたドアの部屋から vol.14
1999.6.7 >
お帰りなさい。
とおいとおい空の彼方には何があるのだろうか? 星と星との争いはあるのだろうか? 争い? 平和はどこにもないのだろうか?
難しいことを考えるのはやめにします。
もう夏です。草がぼうぼう生えてきました。
蚊もでてきます(憂鬱)。
今度の休みはみんな(宿泊客もだよ)で草むしりをしましょう。
< DOLPHIN HOTEL 204 壊れたドアの部屋から vol.15
1999.6.14 >
おかえりなさい。
暑くて暑くて暑くて暑くて、ジメジメしていませんかぁ。もちろんドルフィンホテルはとても風通しがよく涼しいはずなんだけど、こう雨が多かったりするとやっぱり蒸し暑いです。
ちょっと外を散歩していたら、ちょっとした葉っぱの影に「かたつむり」を見つけました。「つの出せやり出せ〜」ってやつです。ちょっと手でつついたら、殻の中に閉じこもっていまいました。出てくるところを待っていたのだけど、とてもかたくななでした。
< DOLPHIN HOTEL 204 壊れたドアの部屋から vol.16
1999.6.28 >
お帰りなさい。
一日に誰もフロントに現れないような日というのも実はあります。すごく静かです。今日は床の拭き掃除をしていました。けっこうピカピカです。前からギシギシと音のしていた床にも釘を打ったので、なんとか直ったようです。
しかし、このところ雨が多いです。洗濯物がたまってきました。このホテルの近くには当然のようにクリーニング屋さんがないので、シーツも全部ここで洗濯しています。はやく庭いっぱいに洗濯物を干したいのだけど。
< DOLPHIN HOTEL 204 壊れたドアの部屋から vol.16
1999.7.32 >
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