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ドルフィンホテル 徒然なる本の話 1


 市川『ラーメン男爵』ハイブレンド味噌に捧げる

 これはけっこう長い話になります。徒然なる本の話です。
 本と図書館と、そんな話を書いてみました。
 なんとなく読んでもいいなぁという人はぜひどうぞ。

 まずは、図書館についての話からです。
 図書館に一日いるというのは、何か不思議な楽しさがある。

 なんと言っても、あの静けさだ。むかしはあまり馴染めなかった。けれど、これも年をとってきたからなのだろうか、心地よいと思うようになってきた。


(その1)葛飾区立亀有図書館の話

 静かに机に座って勉強したり、本を読んだりしていても、けっこう飽きてくる時間というものがある。
 そんな時に、ぶらりぶらりと書棚を眺める。
 いつもなら、キチンと整理された小説の棚をみるのだが、なんとなく眺めるときは、エッセイとか、その他の演劇や社会、といったヘンテコな棚にする。
 小説の棚は作家別に並べてあり、その順に目的の本がなければ、もうその時点でない。けれど、他の棚。例えばエッセイの棚というのはけっこういいかげんなものだったりする。まあこれは僕のよく利用する葛飾区亀有図書館のことなのだけど。
 この辺を眺めるというのは、古本屋で本を探すのと似た楽しみがあるのだ。
 けっこう普段読むことのないような本に巡り合うこともある。
そう言えばある時、自動車工業の棚を眺めていたら、D・ハルバースタムの『覇者の奢り』を見つけた。ハルバースタムのノンフィクションはとても好きで何冊か読んでいる。やっぱりスポーツノンフィクションはスポーツの棚になってしまうのだろうか。図書館のこうした区分けには全然詳しくないのだけど、これではハルバースタムはあまりいい気持ちではないような気がする。

 先日、日曜日の午後2時15分くらいだったと思う(まあなんというか図書館ではこの位の時間帯が一番眠い)。
 ふと背表紙のタイトルが眼に入った。
 『本を書く』
 白と黒のけっこうしゃれたデザインだ。
 著者:アニー・ディラード、訳:柳沢由実子、出版社:パピルス、原題:The Writing Life。
僕は英語はからっきし駄目なんだけど、すごくいいタイトルだと思いませんか?
 ついつい、読んでしまった。
 この本は、一見タイトルから想像すると技術的なことと思われるかもしれない。けれど、内容は……。例えば“森の中での生活”、そういったことをイメージしてほしい。
 もちろん、本(文章)を書くことについて書かれているのだけれど、どういう場所で書くのがいいかとか、どういう気持ちが必要かとか、そうしたことが自然の中にすんなりと収まっているような気持ちになってしまうのだ。
 本を読む喜び、書くことの価値。
 この本の中には、とても大事なことが書かれているような気がする。

 そんなふうにしていると、図書館での時間というのはあっという間に過ぎてしまう。
 そして、この狭い建物の中を出て、外の木々の中を歩きたくなってくる。
 けれども、残念ながら我が葛飾区亀有図書館のまわりには緑というものがほとんどないのであった。

 そう言えば、昔1、2度行ったことのある図書館を思い出す。
 高校生の頃だ。僕も若く、本を読むことはほとんどなかった。確か土曜の午後に自転車で10分ほどのところにある図書館に行った。
河口に港のある街で、図書館のあるところは日和山公園という小高い山の上にあった。この“日和山”という名前はなんでも全国各地にあるらしい。ここから港を見ると、とてもいいのだ。狭い港なのだけど、外国からの船が停まり(その多くは“ソ連”の船だった)活き活きとしていた。海も広く、青かった。この高校の頃から3、4年が過ぎた大学生の頃、横浜の港の見える丘公園というところで、その景色をみたことがあった。やれやれ(ため息)。

 まあこんな話はどうでもいい。図書館の話だ。
公園の入口で、数台しか置けないような自転車置き場に無理矢理、我が愛車を停める。すぐ近くはこの街の繁華街(飲み屋街)だ。この辺りは北方兼三の代表作の舞台となっていたりする。そこから石段を上り、図書館にたどり着く。

 微かな記憶をたどっても、小さな図書館だった。一応僕は勉強をしに行ったのだけど、ほとんど本をパラパラと眺めただけだったと思う。
 その当時は大した本を読んでいたわけではない。作家の名前なんて、ほとんど知らなかった。
 棚をチェックしたのは、星新一と筒井康隆と、まだデビューまもない村上龍くらいだったと思う。
 今思い出すと、すごくいい図書館だったのではないかと思う。
 確かに小さい建物ではあるのだけど、明治風の趣のある造りだった。回りは松林。そして、そこから少し歩くと、“文学の道”という小さな小道があった。
 この街にはもう何年も帰っていないので、どうしてそこが“文学の道”だったのかはよくわからない。けれど確かに、後から知ったことではあるのだけど、この街の近くには幾人かの作家が住んでいたりしていた。
 繰り返しになるが、高校生の僕は本を読むのはそんなに好きなことではなく、図書館にも馴染めず、文学の道なんてしゃれた道には縁遠く、そして一日もはやくこの街を出て行きたいと考えていた。

 やれやれ、話が脱線してしまった。
 図書館の話だ。


(その2)移動図書館の話

 そう言えば、今は移動図書館というのはないのだろうか。子供の頃はよく見たような気がする。就職した地方の会社(工場)にも時々昼休みに来ていた。少し小型のバスを改造したような車で、けっこうハデめな塗装になっている。確か名前がついていた。『かもしか号』とかそんなだったと思う。
 狭い車内の両側には本がいっぱい並んである。
その車が来た時に2、3度見に行ったことはあったと思う。けれど借りたことはなかった。あんまり僕の気に入ったような本はなかったからだろうか。
 本のおもしろさというのもまだまだわからなかった。そう言えばその頃は本を読むというよりも、本のコレクションをしていたのかもしれない。読む本=買う本だった。
 今思うと(たった今思い出してなるほどなるほどと肯いているのだけど)、この“移動図書館”というのはすごい暖かなしろものなのではないだろうか。
 東京のオフィス街のど真ん中に、こんな車が来るなんてことはないんだろうな。ヤクルトおばさんが元気に職場にやってくるみたいに、「コンニチハ、新しい本が入っていますよ!」なんてね。
 僕の子供の頃には、ときどき訪れる楽しみがあった。移動図書館は楽しみではなかったけれど、紙芝居とか(実際に見たことはないのだけどトントントンという音が耳についている)、お好みやさん(正確には何か名前があったんだけど屋台でこういったものを食べさせるのがあった)、バクダン(知らない人もいっぱいいるんだろうね)、月に一回本屋さんから配達される『小学二年生』なんて楽しみで楽しみで玄関先で今か今かと待っていた。

 またまた話は脱線したけれど、とにかく、今この移動図書館があればすごく嬉しいような気がする。
 名前はやっぱり『どるふぃん号』か『いるか号』がいいな。
 そんなに多くない本の中から、その日の気分で読んだことのない本を手にとり、そのまま借りてしまうのだ。
 場所はできれば、どこか森の中で人のいないところがいい。そこまで行くのにどうするの?という問題はあるが、まあそんなことはどうでもよい。ドラエモンから「どこでもドア」を借りてくるという手もある。
 その森の中はとても暑く、蝉の声もジージーと少しばかりうるさいのだけど、木陰の涼しそうな場所を見つけて本を読みふけるのだ。

 図書館というスペースが大きければいい、なんてことは全然ないような気がする。もちろん、ある程度の本と、ある程度の座る場所とかは必要だけど。
 めちゃくちゃに本があればいいかというとそういうものでもないような気がする。本屋だってそうだ。東京で言えば、『三省堂』『八重洲ブックセンター』『紀伊国屋書店』『池袋リブロ』なんて数は多いけれど、そのことがイコールいい本屋には結びつかない。
 オヤジが一人でやっているような、小さなスペースなのだけど、充分に厳選され、そして並べ方も充分に意識してある本屋というのは入って嬉しい。ちなみに僕が好きだった本屋というのは、むかし南阿佐ヶ谷に住んでいた時にこの地下鉄の駅のすぐ上にあった細長い本屋で、名前は忘れたのだけど12時までやっていて、そんなに大きな本屋ではないけれど並べてある本がとても趣があってよかったのだ。

 話はどんどん脱線しそうになり、人生はもちろん色々あるけれど、10人中10人みんなが喜ぶ図書館(本を読むスペース)よりも、10人中3人くらいが「いいな」とこっそり呟くような図書館というのがあってもいいと思う。


(その3)屋台本やの話

 これは図書館ではないけれど、むかし眠れない夜にこんなことを考えたことがあった。
 『屋台の本や』があったらいいな、と。これは本を売るというのとはちょっと違う。わかり易く言うと、屋台のラーメンやさんを想像して欲しい。小型のバンかなにかでラーメンをつくっていて、その車のまわりに、2つか3つ位テーブルがあって、そこに座れない人はビールケースを逆さにしたやつに腰かけたりしている。そんな感じを。
 場所は飲み屋街のちょっと外れあたりにある。お客はたいてい一杯やっていて、ネクタイは外し顔は紅くなっている。

 例えば、ここへM氏が客として登場する。20代後半、仕事はホテルのフロント係、上司からは怒られ、客からも怒られ、それでも笑顔を絶やしてはいけない。おまけに忙しい、楽しみにしていたガールフレンド(髪が長くけっこう可愛い)とのツーリングも仕事でキャンセルになり、それが原因で振られてしまった。一人酒場に来たはいいがなんか酔っ払うのもむなしい。ラーメンでも食べようかと思って歩いてきたら間違ってこの店に来てしまったというわけだ。
「あのぉ〜、ここはメニューはぁ?」
 M氏は不安げな表情で店主に質問する。
「お客さん、今気分はどうなの。へぇ〜(ここでいろいろとM氏の辛い状況とかを聞き出す)。だいたいね、仕事先の上司なんてみんな馬鹿なのよ。なに、その支配人は」とかなんとか言って、この店主は一冊の本の入ったドンブリを差し出すのであった。
 中に入っている本は山本周五郎の『ながい坂』だった。
 もちろん、この場は夜である。かすかな明かりはあるが、暗い。M氏は少しばかり酔っている。少し遠くのほうでは酔っ払いのうたごえも聞こえてくる。
 あまり本を読む状況ではない。けれど(あんまり深く考えないでね)、この屋台ではラーメンを食べるみたいに、10分かそこらで一冊の本が読めてしまうのだ(再び、あんまり深く考えないで欲しい。こうした夜と、不思議な磁場があったりするのだ)。
 本を読み終えたM氏は少しばかり顔を上げて、星を見る。
 隣のテーブルでは、ヒールを脱いだ派手な衣装のお姉さんが本を読んでいる。左側の頬に濡れタオルを当てている。青白い痣、多分殴られたのだろう。彼女は山田詠美の『アニマル・ロジック』を読んでいた。
 少し離れたところの地面に座り込んで本を読んでいたのは多分学生だろう。何の本だったかは見えなかったが、目には光るものがあった。

「おやじさん。おかわり、もらえるかな」
 M氏は少し端っこの欠けたドンブリを差出す。
「あんまりおもくなんないやつがいいかな」
 店主は少しばかり悩んだすえ、白石一郎の『包丁ざむらい―十時半睡事件帖』を取り出し、ドンブリに入れると「ちょっとサービスね」と言ってチャーシューを一枚多く入れてくれた。
 M氏はこれも10分ほどで、スープまでたいらげてしまった。
 勘定を払い彼は満足して帰路についたのであった。じゃんじゃん。


(その4)再び図書館、そのインテリアの話

 それにしても、それにしても、だ。
 どうして図書館のインテリアはああもダサいのだろうか。関係者がこれを見ていたらやっぱり怒るかな?でももう少し、部屋のインテリアというものを考えてもいいのではないかと思うのだ。

 先日、東急ハンズの文房具売り場でポストカードを眺めていたら(僕は二日に一回くらいはハンズを散歩することを楽しみとしている)、本棚のカードというものがあった。どこかの普通の人の部屋の本のいっぱい並べられた本棚。これが250円もするのである。
 そう言えば、むかしフィルムが余っていたので自分の本棚の写真を撮ったことがあった。けっこうこういうことってやっているのだろうか。
 確か『有名人の本棚』という本があったと思うが、『無名人の本棚』なんてのもけっこう面白いのではないだろうか。本の並べ方、積み上げ方、帯の処理、ほんの少しのことにも個性が現れる。うんうん(急に肯いてしまった)、『本棚ホームページ』なんて創ったらこれも面白そうだよね。
 またまた話はずれてしまったが、本棚というものはそれ自体、単なる入れ物でなく、もっとアートとして存在してもいいと思うのだ。
 本棚だけではない。床も天井も、もっと個性を持って欲しい。

 例えば、ある図書館に“官能小説のコーナー”という部屋があったとする。
 眼を閉じてイメージしてみてください。本棚は壁にひっそりと佇んでいる感じ、床はフローリングで、真ん中にはインテリアとしてダブルベッドが置いてある。その上には女性物のシルクの下着なんかが、投げ捨てられた状態になっていたりする。
 この図書館を利用する人々はみんなちゃんとした大人なので、そのベッドに腰掛けたり、寝っ転がったりなんてことはしない。
 その部屋にいるだけで、なんとなく本を読みたいような気分になってしまう。
 そんなテーマに合わせた部屋がいくつもある、そんな図書館が欲しいよね。
 こんなことを考えているのは僕だけなのだろうか。

 そう言えば、井上ひさしの『本の運命』にも図書館についてもっと考えてくれい、みたいなことが書かれている。子供がもっと本が好きになれるような、寝転がって読んだり、ぬいぐるみが置いてあったり、そんな楽しい図書館を実践している。


(その5)古い本の話

 たぶん、今の若い人は知らないだろう。あーあ、僕も少しずつこうした発言をするようになってしまった。もちろんこれはジョークのつもりなんだけど、はたしてこれがジョークとして成り立っているのか、少しばかり不安である。

 僕が小学生の時(夕焼けの空をいつも見ていた頃のことだ)、空前の“八犬伝ブーム”だった。
毎日、夕方にNHKで人形劇「新・八犬伝」というのが放送されていた。坂本九が語りべで歌もうたっていた。毎日毎日、僕らはとても楽しみだった。犬塚志乃(漢字はこれでいいのだろうか、あまり自信はない)その他の不思議な玉を持つ八犬士が、悪の化身である“たまずさが怨霊”と戦うのである。
 僕らの年代はこの人形劇から実に多くのことを学んだ。
 正義について、闇の世界について、戦うことについて。
 毎日、夕飯を食べながら。そして、坂本九の歌う唄をいくつも口ずさんだ。この物語が好きになっていくにつれて、滝沢馬琴の原作本を読みたくなってきた。考えることはみんな同じで、学校の図書館を探してみても、何冊かの本はすべて貸し出し中だった。原作は『南総里見八犬伝』といい、とてもとてもながい物語で、実は父親、祖父の世代までさかのぼる時代を超えるベストセラーらしかった。
 なんでもひょっとしたら、実家のどこかにこの本があるかもしれないとのこと。僕は読みたかった。たいして本好きでもなかった少年だったのだけど、この時はすごく読みたかった。
 けれど、結局本は見つかることはなく、ダイジェスト版のようなあっさりと薄めの『(なんとか)八犬伝』という本でお茶をにごした(原作はあまりに長いらしく、多少タイトルを変えて短めな本がいくつかあったように記憶している)。
 そのうち、本を読もうという気持ちも薄れた。多分、飽きっぽかったのだろう。ちばあきおの『キャプテン』を読んで野球選手になりたいと思ったり、手塚治虫のマンガを読んでいたり、けっこう忙しかったのだ。

 時々思うことがある。僕の今持っているこの本たちは、将来どうなるのだろうかと。
例えば僕が死んでも、実家のどこかに保存され、誰かに読まれたりするのだろうか。印象に残ってページの角を折った箇所は誰からも見られることはないのだろうか。紙はボロボロになり、すぐに読めない状態になってしまうのだろうか。じゃまだな、とあっさり焼却されてしまうのだろうか。
 むかしは、僕の本は僕のコレクションであって、誰にも触らせたくないという想いがあった。
けれど、こうした気持ちは少しずつ変わってきているような気がする。例えば自分が死んだあと、孫とかに(あのぉ、まだ僕は独身で隠し子もいないんだけど)僕の本を読んでほしいような気がする。


(その6)窓から見える日本海の話

 高校の時、汽車に乗ってたま〜に両親のところに帰っていた。当時僕は下宿生活というのをしていたのである。
それから、まだまだこの当時は“汽車”と呼ぶ時代だった。羽越本線という日本海側をはしる線に乗る。途中の乗換えてひとつ山を超える(確か)。かなり長い時間乗っていたと思う。もちろん各駅停車だ。半日くらいかかっていたような気がする。
バックの中には一応参考書なんかを入れている。全然勉強なんてしていなかったけれど、一応当時は高校生だったのである。
 それにしても今思うとあの各駅停車の汽車はすごかった。土曜日の午後だというのに、車両には僕ともう一人か二人くらいしか人が乗っていないのである。
 ローカル線なんて所詮そんなもんだった。
 けれど、今思うとこの汽車、茶色のボロくさい車両がなんともなさけない。
 それにしても乗っている時間はものすごく長かった。たいてい『週刊プレイボーイ』あたりを駅の売店で買って読むのだけど、それはすぐに飽きてしまう。
 ほとんど本を読むことはなかったが、確か星新一と筒井康隆くらいは当時読んでいたと思う。ボックスシートで足の伸ばし、文庫本を読んでいたような記憶は微かにある。けれど、読んでもすぐに飽きる。なにせ僕はB型だった。何をやってもすぐに飽きていた。
 けれど飽きなかったことが一つだけあった。いや、飽きる飽きないではなくそれしかすることがなかったのだけど。列車の窓から外の景色を眺めるのが好きだった。なにせ、見えるのは海である。藤沢周平の小説にしばしば出てくる海なのだった。その反対側は、田んぼ、小高い山、田んぼ、田んぼ。
 しかし、それにしてものどかな風景だった。笑ってしまうくらいに。駅で乗り降りするのは、学生と大きな荷物を背負ったお婆さんだけみたいなもんである。
 むかしうちの母親が、こうした小さな駅から出かける時に忘れ物をしたことがあった。もう発車の時間だ。困った。父親に家まで忘れ物を取りに行ってもらっているのだが、まだ来ない。母親はどうしようもなく駅員さんに「少し待ってもらえませんか」と言ったら、駅員さんの答えはあっさりと「あ、いいですよ」だったという……。

 最近文庫になった志水辰夫の『いまひとたびの』を本屋でパラパラと見ていたら、なんと北上次郎が解説を書いていた。この中で、なぜか藤沢周平の『蝉しぐれ』のことが書かれてあった。『いま去りしのち』の素晴らしさについて、この小説には『蝉しぐれ』と同じ“風景”がある、と。確かそんな感じで解説されてあった。
 確かにそうだろう。とても納得してしまった。

 僕は今、東京の街で毎日電車というものに乗っている。
 見るべき風景はほとんどない。
 その中で、本を読んでいるのであった。


(その7)今はなき夜行列車の話

 本に関してのネタもそろそろ尽きてきた。あんまし読んでいるわけではないので仕方がないんだけど。
 浅田次郎の『ぽっぽや』が話題になっているということで、もう少し汽車のことを書きたいと思う。

 むかしむかし、僕が大学生の頃、東京から東北の片田舎に帰省する時は、“夜行列車”というものを使った。今は新幹線だの、なんか高級なものができてしまって、いいのかどうかよくわからないのだけど。当時、当然の如く金のない学生は、この夜中に走る急行列車に乗るもんだった。車両はもちろんあの固い固いボックスシート。本来4人が座れるところなのだけど、たいてい足を伸ばしたいがために縦に2シート(シートというほどではない)を独占している人が多かったりする。そこをかき分けなんとか席を確保するのである。
 しかし……、あんまりわかってもらえないかもしれないけれど、僕が一人で座っていると大抵の隣のおっさんは話し掛けてきたものだった。これは特に僕にだけということではなく、汽車の中というのはこうしたものだった。もちろんそんなに大した話をするわけではない。「実家は、学校は、……」そして、たいていそのおっさんの家族の話を聴いたりする。
 僕は正直こうしたことは(知らない人と話をする)あまり好きではなかったのだけど、とにかくこんなふうに話をするのは普通だったような気がする。
 ある意味でこんな時に本を読む、ということは、話を中断させるいい道具だった。
 もちろん、時間は過ぎ、車内の人々は眠りにつく。通路にも新聞紙を引いて寝ている状態なので、トイレにいくのはとても大変なのであった。あるところからは、酒の匂いとか、イカの匂いとか。人間臭さ、つうものが漂っていた。
 帰省のシーズンには、時々車内で同級生にあったりした。特に女の子はアカヌケてしまっていたり、急に大人になっていくようで、汽車というのはある意味でタイムマシンみたいなものだった。

 少し前に友人数人とカラオケに行った時のこと。一番年齢の上の人はチューリップの『心の旅』を歌っていたっけ。ほかにも『22才の別れ』『なごり雪』なんて曲は、こうした汽車の旅というのがベースになっているような気がする。
 新幹線になってスピードは速くなった。でも、僕はのんびりとこうした汽車の中で本を読んでいたかったような気がする。


(その8)ラーメン男爵の話

 先日久々に総武線の電車に乗った。以前この沿線にある市川という街に住んでいたことがあって、窓からの景色はなかなかに懐かしかった。市川駅南口の方に当時はなかったであろう看板が眼に入った。
 『ラーメン男爵』
 懐かしい。しばらく食べてないな。
 ラーメンは好きでよく食べていた。この市川のラーメン屋もほとんど食べていて、『男爵』はけっこうお気に入りの店だった。南口を出て右手のアーケード街の中頃に、この店はあるコの字型のカウンターだけの小さな店だ。
 店の名前の通り、ここのラーメンは男っぽかった。味噌ラーメンがおいしいのだが、普通の味噌ラーメンだけではなく、“ハイブレンド味噌”なんてメニューがあったのだ。
 ある日よる遅く、僕はこの店に入った。“ハイブレンド味噌”にしようか、それとも“餃子ハイブレンド味噌”というラーメンの中に餃子が入っているという新メニューを試そうか、悩んだ。なにしろ当時は学生で金がない。(今も金がなくてラーメンなんてしばらくご無沙汰しているが)
 学生たる身分で、お店の最高メニューを頼んでいいものかどうか、とにかく悩んだのだ。斜め向こうの席では、サラリーマン(けっこう表情は疲れていた)がマンガを読みながらラーメンを食べていた。スーツを着ている人はみんな大人でお金があって、彼らはこんなことでは悩まないんだろうな、そんなことを考えながら、僕はハイブレンド味噌を注文し、一人寂しくラーメンを食べた。
 ところで、僕は何かを食べながら、本を読んだり、ということができない。
 斜め向こうに座るサラリーマンは、その点見ていると器用である。マンガをきちんと読みながらも、チャーシューにいく箸の動きは正確なのである。

 『TVチャンピオン』という番組がある。先日もラーメンのチャンピオンというのを見た。けれど企画としてはそろそろマンネリなのではないだろか。
 僕は“複合的競技”を提案したい。ノルディック複合では、ジャンプとスキーの二つの種目で“雪の王者”を決める。
 ラーメンのチャンピオンなんてありきたりのものではなく、“ラーメンを食べながら本を読む”チャンピオンなんてどうだろう。もちろんただ口の中にずるずると流し込むのではいけない。審査にはちゃんと芸術点というのもあるのだ。本を読みながら、メンマは一発で、正確につかまなければならないのだ。
 ラーメンにいく視点、本にいく視点。相当な視野を持たなければチャンピオンは無理だろう。もしコショーを間違って本にかけてしまった、なんてことがあれば一発で失格となってしまうのだ。
 最後には本の内容に関しての質問が待っている。
 「この殺人事件のホシは?」「うまかった。☆みっつです」なんて緊張して間違えてしまう人がいるかもしれない。

 さて、話を戻そう。
 彼のテーブルの横には近くの古本屋で買ったのであろう本が5、6冊積み上げられている。マンガを読み終わると、今後はその本をパラリパラリと見始めた。
 社会にでるとゆっくりラーメンも食べることができないのだろうか、ラーメン屋の中で僕は、少しずつ大人の社会というものに接するのであった。
 このサラリーマンとはこの後、なぜか話をするようになり近くのアパート(ひかり荘というあまり光のあたらないアパートだった)に遊びに行ったことがる。
 「本に埋まれた生活」をしたい、と彼は言っていたが、確かにそのとおりで部屋は本だらけだった。
 この人の本はこれからどれだけ増えていくのだろうか。
 僕の十九、二十才最大の疑問だった。


(その9)ラーメン男爵の街の話

 今考えると、この市川という街はおもしろかった。おいしいラーメン屋さんがあるというのは、いい街の最高の条件の一つである。他にもダイエーとSEIYUがあり僕は毎週かわりばんこで、ノーブランドのインスタントラーメンを買いに行っていた。
 南口の『男爵』と反対側の方には『銀次郎』という八百屋さんがあり、僕のアパートから10分ほど行ったところには確か井上ひさしの家があり、15分ほど歩いた先輩の家のとなりのとなりにはさだまさしが住んでいた。
 井上ひさしの『偽原始人』という少年達を主人公として物語はこの街をモデルとしている(ハズである)。
 僕は毎日この街から電車に乗り学校に通い後ろの席で本を読んでいた。電車に乗っている時もたいていは本を読むようになった。時には東スポの見出しに負けてしまうこともあったが。
 もちろん金銭的にはあまりに貧しく、本はそのほとんどが古本屋で購入したものだった。なぜかこの市川には古本屋がいくつかあった。買うだけでなく、例えば渋谷まで出かける用事がある時など、手持ちの本を持っていって電車賃を捻出したりした。

 そう言えば、この頃の楽しみに“神田巡り”というのがあった。なにせこの神田にある三省堂は僕にとって東京のシンボルだった。東京タワーよりも、池袋サンシャインよりも、東京といってイメージするのが、このビル全部が本屋になっている三省堂だった。
 休みの日にはこの街を歩き一日をつぶした。古本屋巡りもおもしろかった。
 今は、歩くともう疲れて疲れてほとんどしなくなってしまったけれど。

 ただこの頃はまだまだそう多くの本を読んでいたわけではなかった。ほとんど読む本は限られていた。新井素子もまだまだ若かった。
 けれど、ラーメン男爵で僕の斜め向こうに座っていたサラリーマンは今からみると、けっこう老けていたように思う……。


(その10)孤独な火曜日深夜1時20分の話

 三たび、図書館についての話に戻そう。
 僕はこのところ、“本の予約”ということに凝っている。
 我が葛飾区の図書館はコンピュータ・ネットワークで結ばれており、亀有図書館になかった本でも、検索してどこかに存在すれば、予約カードを提出することにより借りることができるのである。

 例えば、N氏(コンピュータ技術者27才星新一のファン)はドルフィンホテルの発言を読んで、山本文緒の本を読みたくなった。もうどうしようもなく読みたくなってしまったのである。
 そこで、本屋さんに行ってみた。幸いにして文庫になっているパイナップルやプルーは買うことができた。よかった。でもこのくらいは2、3日で読み終えてしまうのである。
 次を読みたい! 気持ちはどんどん高まっていく。
 ところが、この山本文緒のハードカバーを探すというのがけっこう大変なのである。大きい本屋までわざわざ出向いてもなかったりする。もちろんセブンイレブンに行ってもないので替わりに高菜おにぎりなんかをを買ってしまうのである。
 「そうか」と突然閃く。本屋さんに行って注文という手があった。
けれど、「2週間から3週間ですねェ」を曖昧な回答しかかえってこない。
 一日も待てない状況なのに……。もう頭の中は山本文緒のことでいっぱいになり、「やまもとふみおやまもとふみおやまもとふみおやまもとふみお……」とアブナイ状況になっていることを感じてしまう。
 そんな時、部屋の片隅に置かれた区役所(市役所・町役場・その他)のお知らせにたまたま眼がいってしまうのであった。
 そこには“図書館”の3文字。
 「そうか」と唸る。自分も税金を払っている区民であったのだ。一人ではなかったんだ、と妙に嬉しい気持ちになる。
 図書館に行って山本文緒の本を借りよう。
 ところが、人生とは辛い。せっかく地図で探して延々30分ほど歩いて図書館にたどり着いたのはよかったが、この日図書館は第三日曜日で休館だったりするのだ。
 次の日の月曜日も図書館は休み、月曜日は永遠に休みなのだった。
 うちひしがれた気持ちは、幻冬舎文庫からでているエッセイでなんとかまぎらわせる。(あっ、そう言えば僕はまだこの文庫を読んでないや)
 そして決戦は火曜日。
まずは会社に午前半休の電話を入れる。「すみません。腹痛なのもで」午後から会社に行き、この腹痛を理由に酒の誘いを断り、帰って読書に勤しむことができる。
 るんるんるん、図書館に到着。いきなり本を探すのも何なので、まずは新聞コーナーでスポーツ新聞、それから普段あまり見ることのない「週刊読書人」「日刊工業」「出版ダイジェスト」なんて新聞をチェックする。そんなこんなで約15分。いよいよ「や」行の棚を探しにいく。少しドキドキ。
 しかし、人生とはここでもまた非常なのであった。
 山本文緒の本はなかった……。
 話は長くなってしまった。そろそろ可哀相なので終わることとしたいと思う。
 ここでN氏は、コンピュータによる本の検索、そして予約制度を知るのであった。
 人差し指で行なう本の検索はまるでETのようである。「やまもとふみお」と入力し、検索開始。『あなたには帰る家がある』(集英社)、『群青の夜の羽毛布』(幻冬舎)などなど、山本文緒の本がゾロゾロとあらわれる。いやそれだけではない“集英社コバルト文庫”の本がゾロゾロゾロとあらわれる。
 カードに自分の氏名、電話番号、図書館利用カード、本のタイトルなどを記入する。書き終えて提出、「わかりました」と係の人は一言のみ。こんなんでいいのだろうか?と少しばかり不安になりながらも図書館を後にする。
 そして、午後から仕事へ。この日飲みに行くことはなかったが、代わりに仕事のトラブルが発生し、延々と仕事に追われてしまい、帰る家も羽毛布もどこか遠くへ行ってしまった。
 部屋に帰ったのは、もう深夜1時20分になっていた。
 「疲れた……」
 N氏は一言呟いて、電気をつけようとした。
 暗いに部屋の中に小さく明かりが灯っていた。
 スイッチを押すと、メッセージが。
 「Nさんご予約になった本が入っております。一週間以内に受け取りに来てください」
 それは女性の声で、とてもあたたかなメッセージだった。

 とまあ、我が葛飾区の図書館の場合こんな感じで、予約をした当日から、連絡が入ったりする。
 電話の声はいろいろいろいろ。わりと留守電になれない緊張した声だったりする。ただ単に本が入った、というメッセージの時もあれば、詳しく本のタイトルまで教えてくれるケースもあったりする。

 みなさん、ぜひ一度お試しあれ。


(その11)今はなき図書カードの話

 図書館といえば、むかしむかし“図書カード”というものがあった。
 原題のようにコンピュータによる検索システムなんてものは存在せず、かわりカードがあった。
 細長い引き出しをぐいぐいと引っ張ると、中には五十音順に本一冊に対してカードが一つ存在した。

 かつて僕の部屋の本棚の本がそれなりに増えてきた時、僕はこの多くの(当時は100冊ほどの本をとても多いものだと思っていた)本の管理を自分なりに行なおうと考えた。そして、図書カードというものを本一冊につき一枚、書いていくことにした。
 文房具屋さんには、こうした個人用の図書カードというものが売っているのである。そしてそのカードボックスもある。僕は外国製の一番センスの良さそうなカードボックスを購入した。
 確か、カードボックス3箱分くらいは溜まったのではなかったかと思う。

 はたして、個人でこうしたことをやって楽しんでいた人はいたのだろうか。
 この広い世界で僕一人だけだろうか。誰かいるよね。

 しかし、当然の如くだんだん面倒臭くなってきた。なにせ僕は飽きっぽいB型である。
それと、当時使用していたオアシス・ライトM(ワープロです。親指シフトの)の4ページ分しか保存できないメモリーに愛想がつき、僕はパソコンを購入し、本のデータベースをつくることを決意するのであった。
 購入したパソコンは、「NEC PC9801VM21」で僕は希望に満ち溢れていた。
 けれど、ソフトがなければタダの箱。もうソフトを購入する資金はなかったのであった。
 かつて、パソコンというのは、購入してもBASICしか入ってなかったんでしたね。


(その12)とりあえず最後の図書館の話

 昨日も図書館に行ってきた。
 なかなか行く時間がとれなくて、朝9時に行って新潮文庫の100冊のうちの何冊かを探して、30分くらいで帰ってきた。

 あのわりと空いている空気はいいもんです。係の人が手袋をはめて本の整理をしていて、その脇で本を探します。

 静かな図書館で、本の整理の音だけが、ときどきスタスタと響きます。


− 終わり −

(1997.08.29)



DOLPHIN HOTEL