04年の日記

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●12月29日(水)

昨日で今年の予定をすべてこなし、あとは帰省するのみになった。今年はたぶん、生涯で一番忙しい年だったと思う。

この年末年始は実家の事情があって、何年ぶりかで田舎(香川県)で過ごす。ここ数年、きままな一人正月を過ごしてきたので、元旦に誰かと雑煮を食べるというあの感じを忘れてしまった。そういえば最近の元旦は、04年は友人たちと飲んで騒いだし、03年は朝から晩までずっと修士論文を書いていた。

修論といえば、来年は「臨床哲学」でもおもしろい動きが期待できそうだ(昨日その集まりがあった)。プラッツ他の仕事でどれだけ手伝えるかわからないけど、僕なりにがんばってみようと思っている。

当然、来年も仕事中心の年になる。特に、淡路プラッツを、他組織と比べてどれだけおもしろく差異化していくか、がポイントとなる。内も外も巻き込んで(巻き込まれて)、さらなる怒濤の流れの中でみなさん楽しみながらがんばりましょう。ということで、博士課程受験はまだ先になりそう。

昨日ぶらっと本屋に寄ったら、なんと、デリダの『アデュー』が翻訳されていた。即購入。訳者の後書き兼追悼文にまたもや感動。デリダは猫好きで、飼ってきた代々の猫のことを語るのが大好きだったらしい。そんなのを読むと、またもや猫飼いたい衝動に襲われたが、「再びのペットは50代から」の原則を思い出し、我慢。代わりに、すでに購入している来年の猫カレンダーを開けることにした。

田舎では、この秋に行なったニートに関するパネルディスカッションの記録を校正するつもり。なんとか2月27日のプラッツ講演会までには間に合わせたい(年明けすぐ広報します)。

みなさん今年もお世話になりました、来年もよろしくお願いします。

●12月25日(土)

今日で今年のプラッツは最後。今日も仕事三昧だったし、今年全体もそうだった。

『現代思想』の最新号はデリダの追悼号。昨日買ったばかりなのであまり読んでいないのだが、ジュディス・バトラーの追悼文(の邦訳・by竹村和子)には感動した。簡潔にデリダ理論をまとめたうえで、デリダに対して生きている限り(バトラーは)応答し、「正義」(そのときそのときにしか訪れない「これ」という帰結点)は現れたようですぐに消えていく、でも正義(他者への応答)を求め続けるその態度こそが「倫理」だという、べたといえばべたすぎるデリダの姿勢をあからさまに擁護しているその姿勢。

名著『ジェンタートラブル』を読んでいる限りはもっとクールなはずのバトラーの追悼文は、日本語の原稿用紙にすると10枚に満たないものでありながら、追悼文で一冊の単行本を作ってしまったデリダに影響を受けた一人であることを十分連想させられる。多くの同時代人にアデューと言いながら追悼文を書き続けたデリダは、まさに他者の死に対して「応答」し続けた。

他者は死んでも、応答の前にその死はあり、その死があるからこそ応答は準備される。また、他者はこちらに刻印し続けられている限り、応答が意識されている。あくまで、他者の刻印が先にある。他者がこちらにいつも先に刻印されていて、それと同時に応答が始まっている(そしてその応答は常に失敗する可能性を秘めている)、というのがデリダが言いたかった唯一のことだと僕は思っている。こんなのは我々の日常で常に生じている。

●12月23日(木)

遠方に訪問。帰り、関空を遠くに眺めながら少し淋しい気分に。

この前、行政系のイベントで司会をし、参加者に対して「今年のあなたの『マイブーム』は?」と訪ねたことがあった。そのとき、僕は自分のマイブームを「料理」だと適当に流したのだが、その後じっくり考えてみると、iPodもそのマイブームのひとつだったような気がしてきた。

特に「シャッフル」モードは気持ちいい。意表をついた曲が連続するたびに、自分のライブラリーにびっくりする。そんなのがiPodの効果。ヒップホップもかっこいいが、やはりスティーリーダンが捨てがたい。鋼鉄のダンはビート文学の登場人物。そのマッチョ性&自意識過剰性はさておき、これを「AOR」ではやっぱり片づけたくはないんだなあ。この気持ちよさは、ビートの権力性を僕が無自覚に受け入れているせいなのだろうか。

●12月21日(火)

最近僕の仕事では、「現場」的なものに加えて、いわゆる「管理」的なものが増えている。で、僕は、ドーナツトーク社という変な名前をいまだ持っていることからわかるように、そうした「組織」的な仕事はこれまでずっと避けてきた。でも否応なくここ数年そうした仕事が増えてきて、それを不器用ながらこなすうち、最近になってそんな仕事もすごくおもしろくなってきた。

で、趣味の哲学においても、日常のそんな仕事をフォローしてくれる理論はないかなあと本棚を漁っているうち、そういえば「システム論」がもしかして役に立つのではと思い、ぺらぺらめくってみた。

ルーマンやマトゥラーナ/ヴァレラは大学院時代に読んでおり、システム論は結構好きなジャンル。今回再読しているのはその諸解説書だが、いやあ、根本的理論の部分では参考になるのだが、実践的応用となると、かゆいところにあと一歩届かない状態。理論と実践の複合とその表現の模索は僕の永遠のテーマです。

●12月19日(日)

昼間は、臨床哲学の「シネマ哲学カフェ」に参加。夜は、「デビューネット」の忘年会。

「シネマ哲学カフェ」でとりあげられた映画は、黒沢清監督の『ドッペルゲンガー』。知的で、かつベタな映画。僕はそのへんが気になってしまって、議論への参加が中途半端だった。フランスでもそんなことなかったのに。

あとでその散漫になった原因を考えたのだが、黒沢監督が多用するメタフィクションの理論が鼻についたのかもしれない。というのも、20代の頃はピンチョンを代表とするメタ小説を書きたいと僕は思っていた。ある時期より、そういう頭でっかちなものよりも、もっともっとべたな人間ドラマのほうがおもしろいと思い始めた。そう開き直ってしまうと、メタフィクションへの憧れ(新しい思想への憧憬)が、僕にとってのルサンチマンになってきたみたいだ。

まあ、今さら『エデンの東』がいいとは思わない。でも、『ドッペルゲンガー』と『マグノリア』と比べよ、と言われたら、迷うことなく僕は後者を選ぶだろう。

僕の映画観と、『マグノリア』好きはこの際不問。

●12月16日(木)

1日中いろいろな仕事。「現場」の仕事以外に、ほんと、いろいろな仕事が増えている。それらもすべて仕事だ。

ドゥルーズ『差異と反復』3章「思考のイマージュ」を再読。ドゥルーズは、我々がはまっているさまざまな“前提”(たとえば我々が何気なく使う「普通」の感覚とか「当たり前」といった言葉)を、「思考のイマージュ」と一括りにしている。痛快なほど、そこに対してドゥルーズは毒舌を吐く。なんとなくうらやましくもあり、なんとなくアカデミックくささもあり。

毎年僕は11月に鬱になってきたが、今年は11月があまりに忙しく、そんな余裕はなかった。そのかわり今月その予兆を感じている。なぜなら、久しぶりに「淋しい」という感覚を思い出したから。『24』でも見ようっと。

●12月13日(月)

仕事の反動からか、プライベートではますますオタッキーに過ごしている。こりもせず『24』のサードシーズンに突入。音楽はザ・ルーツのセカンド。本は、スペイン語入門といくつかのミステリー。

そういえばこの前、某行政施設において、「アニメとオープニングテーマ」というマニアックな話をした。アニメについて何か話したかったのだが、広大な射程をもつアニメを漠然としゃべっても仕方ない。そこで思い切って、オープニングテーマに絞り込んだ。

最近のニート関連のセミナーよりも実は力を入れたかもしれない。2部構成とし、1部は「変化するオープニング」と題し、1.タイアップの起源(アニメとタイアップソングの起源を思い切って『るろ剣』とした)、2.タイアップの現在(『ガンダムシード』と『鋼の錬金術師』)、3.高品質のアニソン(『甲殻機動隊』や『ウルフズレイン』や『サムライチャンプルー』)、4.インストルメンタルの登場(『カウボーイビーバップ』等)でまとめた。

2部は、「エヴァとオープニング」と題し、『エヴァンゲリオン』のオープニングを一こま一こま1時間にわたって解説した。「人類補完計画」とデリダ的「自己と他者」の問題を語ったつもりだ。こうして書くと何だかオタッキーすぎて落ち込んでしまうが、当日は楽しかった。ドーナツトーク社名義で本格的にアニメ講座をしようかな、みたいな妄想も。反動ね。

●12月9日(木)

プラッツメンバーとともに『ハウルの動く城』を見る。

僕は、『コナン』あるいはファースト『ルパン』、あるいは『母を訪ねて3千里』そして『赤毛のアン』、はたまた『長靴をはいた猫』、きわめつけは『ホルス』以来の宮崎マニアだが、どうした、宮崎? 前作で見せた前人未踏の領域はどこへやら、今作はお得意の安定エンタメ路線どころか、もう一歩退行したようにも思えた。

でも、実はそれは見せかけかも。主人公(ソフィー)にかけられた魔法が生命体のように次々と変化していく(つまりはソフィーの容姿そのものがハウルとのコミュニケーションの状態によって次々と変化していく)細やかな様態が、我々の日常を何気なく描いているのかもしれない。

ソフィーは、ハウルとの関係性のなかで次々と容姿を交換していく。そこに言葉による説明はない。物語そのものも陳腐だ。その陳腐さを、宮崎が意識していないとは思えない。でも、これだけ主人公の「キス」を、宮崎が複数回にわたって描写し続けた作品はないような気もする。うっとおしいほどのキスの回数と主人公の容姿の変化。ここに、恥ずかしがり屋の宮崎の、コミュニケーションに対する一回答があるような。ちょっとくさいけど。

●12月8日(水)

ドゥルーズ『差異と反復』を少しだけ読み返す。1章「それ自身における差異」。

「違い」について、「違い」そのものから始め続けることはものすごく難しい。何かと何かが(誰かと誰かが)違っていることについて、その違いに余計な概念を結びつけることなく我々は思考できているだろうか。何かの基準を持ってきて、そこから外れているとかそれと比べたりして「違い」を判断していないだろうか。

普通はそうする。僕もついついしてしまう。特に、対人支援の仕事をする場合、逆にそれがなければ混乱を生んでしまうだろう。でもドゥルーズのねちっこい仕事を読んでいると、差異そのものから始め続けることの重要さと困難さがひしひしと伝わってきて、この視線をこれからも忘れちゃダメだなあと自分に言い聞かせるのであった。

●12月5日(日)

1週間ぶりの更新。日記を書く余裕が現在の生活にはない。

昨日はA'ワークでニートに関する大規模な集まりがあった。ニート本の著者の玄田さんも来られていた。淡路プラッツもプレゼンテーションの時間を20分もらったので僕がしゃべってきた。

11時に始まった同イベントは、終了が18時というフジロック的ロングイベントだった。何の因果か、プラッツは一番最後の発表。発表者も参加者も疲れていると想像したので早めに終わろうと思ったのだけど(しかもそれをマイク越しに言ったにもかかわらず)時間オーバーしてしまった。反省。

その文脈とは別に、そうした本番前の緊張とのつきあい方が少しわかったような気もした。ドキドキはやってきて当たり前。それを押さえようとしたって到底無理なんだから、始まる直前までのそのドキドキといかに上手につきあうか、また始まってからそのドキドキをいかに別のモードに転移させるか、そのへんのコツが少しわかってきたように思った。人前でしゃべり始めて10年以上たつのだけど、ほんと僕はそのあたりに気づくのがにぶい。恐竜だ。</p>

●11月28日(日)

無事今日のイベントを終えた。エキサイティングな議論だったと思う。前回の議論と併せて、これをなんとか来年の2月までには冊子化したいと思っている。マニアックな議論なんだろうが、きっと、ここで語らなければどの場所においても語る言葉を持ち得ない議論なんだろう。

●11月26日(金)

ひぇー、気づけばもう26日ではないか。ダメだ、マジで忙しい。さっき大学関係のメーリングリストを見ていたら、ラカンやドゥルーズのコミュニケーション理論に関しておもしろそうな提案があったのだけど、ダメだダメだ、それ系の議論がダイレクトに頭に入ってこなくなりつつある。ひぇー、こわいよー。でも、世間的にはそっち(哲学離れ)にいくほうがコミュニケーションが円滑になったりするんだよなあ。

当ページで宣伝している28日のイベントも、気づけば明後日。ここのところのバタバタで、正確な出席者数も把握できてない。たぶん20人以上は来ていただけると思っているのだが……。みなさま、どうぞよろしくお願いいたします。

●11月17日(水)

あまりにも最近バタバタしており、今日のこととか明日のこと、また10日後のことなど、時間の感覚がはっきりつかめないまま生きているような。秋は講演会シーズンでもあり、この金曜とか土曜に小規模ながら人前で話す機会があるのだけど、何にも考えていない。大丈夫なのかな。

デリダ『法の力』を改めて読み返す。去年再読したときよりももっと理解できた。最初この本を読んだときは(6年くらい前か)ほんとにちんぷんかんぷんで、でもちんぷんかんぷんながら本に下線を引いたり書き込みをしたりした。それら書き込みはいまだ残っている。そしてそれら書き込みは、今の僕から見ると、的をはずした、気負ってばかりの書き込みだ。

だが、当時の僕も(今ほどではないが)ばたばたした人生を送っており、そんななかでも本に書き込んでいる。今の僕は、気になるページを折ったりするだけ。別に昔と今を比較しているわけではないが、今のほうが明らかにそれら哲学と距離をとりながら「書く」ことができる。でも、書けていない。12月になれば時間的に書けるかも、みたいなほのかな願望を抱きつつ、こんな愚痴日記を書いてしまったな。

●11月15日(月)

ここのところ事情があって日曜日ごとに実家のある四国に帰っている。今日も、四国に一泊した後、高速バスで大阪に戻ってきて夜までずっと仕事。

毎年僕は11月に鬱になる。理由はわからない。今年もそれを心配していたが、どうやら今年は看過できそうだ。というのも、毎週ごとの帰省に加えて、プラッツ他のルーティンの仕事、そして秋のセミナー系の仕事、そしてそしてややこしい交渉系の仕事と、悲しいほどにやることがてんこ盛りだからだ。鬱になる時間はない。僕という自我はシャットアウトして、人々にとって有効な「他者」であることを願いながら(当然そこには摩擦はあるが)、毎日の仕事にぶつかるのみ。

高血圧の人は、1日の塩分7gが限界らしい。四国に帰るたび、弟とはそんなことばかり話している。今日は何とか7g以内に収めたつもりなんだけど。

●11月12日(金)

夜、プラッツメンバーとともにまたもやライブ。大槻ケンヂの「特撮」というバンド。

それなりに期待しながら実ははずれでも仕方ないと思っていたのだが、かなりの当たりだった。オーケン最高。

オーケンは38才らしいが、血糖値とか尿酸値ネタをさかんにしゃべっていた。彼は自意識過剰キングらしく大照れだったが、健康ネタは微笑ましい。思わず、「オーケンさん、健康ネタでも許されるんすね」みたいな気分にもなった。

僕はこの頃いろんなライブに行ってるが、驚くほど30代の客が多かったのが今日の特徴だった。現代のゴスロリもいるし、エイティースおじさん&おばさん(もちろん僕もそこに含まれる)も多数含まれているというおもしろいライブだった。こうした客の多様性は、矢野顕子以来かも。

●11月11日(木)

1日中プラッツの後、某行政系施設で会議。

デリダ『エクリチュールと差異』所収「暴力と形而上学」、ドゥルーズ『意味の論理学』の2冊を、何回目かの再読中。前者は、今度参加する予定の「暴力」を考える集まりのネタ本として、後者は、心の静養剤として。

哲学本は、読めば読むほど、再読すれば再読するほど味が出てくる。上の2冊ともいまだ理解できない部分は多いが、理解できている範囲では驚くほどシンプルなことを言っている。おもしろいことに、デリダもドゥルーズも同じ問題系のまわりをめぐっているのだが、お互いはお互いの名前を出さない(2人の共通点はフーコー。また、ドゥルーズは『差異と反復』の注でデリダに言及している。←哲オタ)。哲学本は高いけど、何十年ももつという点で超お得だ。

で、そんなことなどを元に原稿を書きたいのだが、まったく時間がない。僕にとっては、プラッツのような現実的な仕事も大事だし、哲学的な思考も大事。ただ、現実的な仕事の責任性が日々重くなっており、どうしてもそちらに力点を置いてしまう。「責任」を考えることなどは極めてデリダ的な行為なんだけど、ああ、時間がない。『キッド』はいずこにー。

●11月9日(火)

今日、プラッツメンバーとともに、初めて「ジョブカフェ」に見学に行った。プラッツがその立ち上げに手伝ったヤングジョブスポット(大阪)に比べて、はるかにスマートな場所だった。でも、キャリアカウンセラーか何か知らないが、相変わらず「仕事」に関して偉そうに若者たちに語り続けるオヤジたちはどこにでもいる。

ここ日本に関して、20年ないし30年の世代間格差は、イスラエルとイラクほどの価値観の違いがある。それを理論的に指摘されないまま若者に接しているキャリアカウンセラーの人たちは悲惨だ。とにかく使っている言葉が違うのだ。その意味をどれだけ厚生労働省の人たちは(ないし民間NPOの人たちも含めて)理解しているのだろうか。支援対象である若い人たちが、支援をしたがっているオヤジに合わせているという現実。それを、キャリア系の専門職の人たちは察しているのだろうか?

●11月5日(金)

昨日はプラッツメンバーとともに美容室に行った。僕は生涯初の美容室体験だったのだが、いやあ普通の散髪屋さんと違って、ひとハサミひとハサミが丁寧なんですね。長さ的にはあまり切ってもらわなかったものの、僕のぼさぼさもわもわ頭がなんとなくすっきりした。

髪型に悩み続けて40年、初めて髪切り直後の自分に満足した。これまでは切ってから1週間は「慣れ」の時間が必要だったもんなあ。こんなんだったらもっと早く美容室体験をすませておくんだった。でも、今回は仕事で知り合った美容師さんがいる美容室だったからよかったのかも。気の小さい僕は、飛び込みではあのおしゃれ空間にはまだまだ行けない。行ける若い人たちを尊敬します。

5月以来、発行が延びに延びている『キッド』、やっぱり年内にもう一冊つくらなきゃまずいだろうと思い、お盆休みに書いた原稿の続きにとりかかろうと思っている。それは、僕がふだん行なっている青年支援の仕事とデリダ理論を複合させようという、個人的には野心作。だが、一般的には非常に読みにくい文章。結構努力してるんだけど、哲学と「臨床」の接点を表現するという道はいまだ遠い。

このペースだと、10月24日と11月28日のイベントをまとめる予定の『キッド別冊』に追い抜かれるかもしれない(ちゃんと印刷したいと思っています)。その『別冊』の中身のほうは、たぶんかなりおもしろいものになると読んでいる。みなさんお楽しみに(&今月28日の第2回イベントもご協力お願いします)。ニートに負けないよう、デリダもがんばろう。

●11月2日(火)

プラッツ某メンバーとともに、スリップノットというバンドのライブに行って来た。at大阪城ホール。

1時間半、脳を殴られ続けたようなライブだったが、それなりにおもしろかった。でもその後遺症は今も続き、頭がふらふらしている。

デリダ『シボレート』(岩波)をやっとのことでほぼ読了。驚くほど簡潔にデリダ理論が展開されている。主として「日付」について考察されている。

○○記念日等の日付は永遠に繰り返される。でも、その○○という特異性は、何月何日という日付に刻まれることで、失われてしまう。

たとえば、僕の飼い猫トロオは03年6月12日に死んだ。その日はたくさんのことがあった。僕は6月12日が来るたびにトロオの死を思い出すが、6/12という日付そのものは永遠に繰り返される。トロオの死を思い出すためには6/12は必要不可欠なのだが、永遠に繰り返される6/12の中で、なんとなくトロオの死という事実は曖昧にぼかされてしまう。でも、6/12なしではトロオの死は思い出されない。

繰り返される6/12,これをデリダ用語で「反復可能性」という。そして、唯一無比のトロオの死という単独性、これをデリダは「他者」とか「痕跡」とか「灰」とか「幽霊」という。痕跡なしでは日付は成り立たないし、日付なしでは痕跡は成り立たない。日付は、言い換えると「言葉」だ。言葉があるからこそトロオの死は表現できるが、「トロオの死」という出来事周辺に起こった諸々は、いざ言葉にしてしまうと灰(あるいは痕跡あるいは幽霊あるいは他者)になってしまう。

つまり、出来事(たとえばトロオの死)という単独性は言葉なしでは表現できないが、言葉にしたとたん、その単独性のリアルさが失われてしまう。その必然的に失われざるをえないもの、これがデリダのいう「他者」だ。だから、我々が言葉で出来事を表現するとき、常に灰としての他者が痕跡として引きずられ続けている。

このメカニズムはあらゆる出来事に関して起こっている。

●10月31日(日)

ここ数日、急用で四国の実家に帰っていた。

なんというか、「出来事」は突然やってきますね。ちょっと前にも書いたけど、その出来事に対して肯定とか否定とか判断する前に、やってくるものはやってくる。それを否定する前に、やってくるものはやってきて、ドゥルーズのいうとおり、そのレベルには否定はない。そこには、差異と肯定(とにかくその出来事にさらされるということ)しかないとあらためて思いました。

●10月26日(火)

今日は通常のプラッツの仕事をこなしたあと、某青少年会館で某連続セミナー。

今回は、不登校&「ひきこもり」当事者を対象に、「髪型」を考える会。誰もが気になる髪型について、美容師の方にお願いしてアドバイスをもらうという企画だ。10代の頃から首尾一貫して髪型に悩んでいる僕にとっては、人ごとではない企画。髪をいじってもらいたい人の参加が重なり、それなりに盛り上がる。

で、もしも盛り下がった場合に備えて、僕は自分の髪を伸ばし放題にしていた。それで僕の髪切りをネタに盛り上がればいいと思っていたのだが、予想外に髪切り希望者がいたので、結局僕の髪はぼさぼさのまま。

というわけで、来週あたり、その美容師さんの勤める美容院でちゃんと切ってもらうことにした。10代の頃から自意識過剰チャンピオン(と勝手に)自分のことを思っている僕にとっては、最大のチャレンジだ。

今日一番おもしろかったのは、客の希望と美容師の「この人はこういうスタイルが一番似合う」という思いにずれが生じた時のこと。その美容師さんは、さりげないかたちで相手へアドバイスを伝えるとのこと。客の中には、自分にはこれが一番似合うという思いが強烈な人もいることだろう。それが、美容師さんとの(つまり他者との)コミュニケーションの中で、思いもかけないポジティブな結果を招いてしまうこともある。

ちょっと角度は違うが、それが僕の目指す「援助」でもある。

●10月25日(月)

昨日は、ずっと宣伝してきた上記イベントを敢行。予想以上に盛り上がった。これを今回だけの一過性のものにするのではなく、僕としては珍しく記録として残したい。

記録なんて、原理的にはくだらないけど。でも、手前みそではなく、それなりに昨日はおもしろい会になってしまった。もしかしてもしかすると、ニートについて今のところ最も批評性のある会だったかも。参加された方はどう思ったでしょう。

みなさま、どうもありがとうございました。

●10月20日(水)

台風。にもかかわらず、今日はYMCA通信制高校の秋期入学式。たまたま今日が担当の日だった僕は、カウンセリング室の人間として紹介された。君が代はなく、賛美歌の入学式。素直に立ってしまった僕って?

台風のため、その後の仕事はお休みに。この機会を利用して、この1週間悩みっぱなしのウィルス対策に乗り出すことにした。知人に教えてもらったノートンのアンチウィルス最新版を3500円で購入。本当は7000円近いのだが、この前のiPod購入点数がヨドバシカメラに残っており、大幅割引となった。

帰ってインストール。やはりウィルスだった。でも修復は無理みたい。念のため、ハードディスク全体にスキャンをかけてみる。なんと、4時間も要した。結局ウィルスは現在のところどこにもないらしい。本当かな。

で、メールを確認してみると、弟から珍しく送られてきていた。話は連鎖するもので、この前弟に自慢したiPodをさっそく彼は購入していた。僕と同じ20ギガ。彼は車で聞いているらしい。ここ数年間のうちの最高の買い物だとも書いていた。僕も同感。

そういえば、なんでこの前弟と話したかというと、久しぶりに母親と弟との3人で旅行に行ったのであった。行き先は、ヤンキースの松井の実家&山中温泉。母親が松井のファンなのだ。巨大な松井の実家の隣には、松井秀喜記念館というのがあって、無料で松井の小学生時代のトロフィーとか展示していた。団体客で満員だった。山中温泉はよかった。

さてさて、ノートンアンチウィルスはちゃんと機能してくれるのだろうか。

●10月19日(火)

あ゛あ゛ー、もう、全然ダメだあー。受信メールは内容がわからないままどんどん消えていくし、ネスケを捨ててマックのメールソフトを使ってもダメなものはダメ。24日のイベントの参加チェックも中途半端なまま。重要メールはチェックできているつもりだが。

今日「ひきこもり」関連で重大な事件が起こったらしい。某新聞社の方から何気ない取材電話がかかってきた。こういうのは、某神戸須磨の事件以来。明日も僕は新聞は読まないけど、そんなにすごい事件だったのだろうか。

●10月15日(金)

メール受難は続いていた。またもやすべての受信メールが消滅(この1週間以内にメールをいただいた方、ほとんど返事を書いたと思いますが、何人かの久しぶりの方についてはこちらのアドレスにまだ登録できていませんでした。すみません、同じ文面でオッケーですので、また送っていただければありがたいです)。

だが、消滅システムは見切った。受信箱が空のとき、メールは普通に受信される。だが、次の機会に新しいメールを受信しようとすると、すでに受信箱に入っている古いメールとともに、いっぺんに消滅するのである。受信できると安心させておいて2度目に殲滅させるという、実にいやらしいウィルスちゃんなのだ。

でも送信済みメールとかゴミ箱(ネスケ内)メールはそのまま残っている。

で、僕はひらめいた。要するにゴミ箱を第2の受信箱にしてしまえば何ら問題ないのではないか。受信した瞬間、メールをゴミ箱に移動する。作業はすべてゴミ箱内で行い、受信箱は単なる通過点。ゴミ箱を第2受信箱と思えばいいのだ。

こんな後ろ向き対策でいいのだろうか。心配なのは、昨夜ネスケを開いたら、不思議なことにブックマークしたものがすべて消えていたこと。もしかして、第2第3の攻撃がしかけられているのだろうか。

それはそうと、10月24日のイベントの申込状況がよくありません。今回は新聞広報はやめてネット広報だけにしたのだが、やはり限界があるのだろうか。みなさま、お知り合いの方に声をかけていただいたりするなどして、どうぞご協力よろしくお願いします。

その24日に向けて、スピヴァク『ポストコロニアル理性批判』(3章)を再読中。

●10月13日(水)

僕は、ネットもメールも、ネットスケープを利用している。ここ数日の不調に対応すべく、昨夜遅く最新ネスケをダウンロードして、いまのところは何とか通常通り作業できている。あのトラブルは何だったんだろ。

今日は早朝から夜まで仕事であちこちさまよう。僕は子どもの頃からSF好きで、ふだんの生活の単調さを馬鹿にしている部分もあった。でも、ふだんの生活には、SFを上回る、また、哲学的理論本を上回る出来事が確かにうじょうじょしている。今日は(も?)そんな「出来事」に遭遇した1日だった。

故デリダも故ドゥルーズも、理論的背景は違うものの、そんな「出来事」の唯一性を尊重していたように思う。出来事の善し悪しは、出来事が成立したり意味づけされたりした少し後に訪れる。出来事は、我々に容赦なく襲いかかる。出来事に襲いかかられたときには、善し悪しの判断はできない。

とにかく、出来事に我々は常にさらされている。その結果としての幸福とか不幸は、「後」になって判断するものだ。出来事にさらされているとき、何らかの反応をしてしまうし、何かに巻き込まれていく。それこそが「肯定」だとドゥルーズは言った(と思う)。出来事自体に善悪はない(その基準は少し「後」になって訪れる)。出来事と、その周辺に起こることこそが人生だ。そこには否定はない。「ある」しか、つまり肯定しかない。起こるしかないもの、それが出来事であり、そこに強いてあるものがあるとしたら、それは「他者」だろう。

そんな哲学チックな思いに浸った1日だった。

●10月12日(火)

だめだ。受信メールが完全にウィルスに汚染されてしまった。

今朝までに来たメールはすべて読むことかできたが、今晩の11時30分までに来たものはすべて消えてしまった(今朝までのものもさっきついでに消えてしまった。だから今朝までにいただいた方で久しぶりの方は、申し訳ないですがアドレス知らせメールをまた知らせていただければ幸いです)。

仕事とかその他の連絡をほぼメールに頼りっぱなしの僕としては、これはかなり痛い事態だ。行き違いが起こる可能性大。もう! みたいな気分。

不思議なのは、今晩の11時半以降のメールは消えることなく受信できるということ。そんな精巧なウィルスプログラムなのかな。それだったらすごい。

●10月11日(月)

実はこの日月、母親と弟とともに北陸へ旅行に行ってきた。新幹線超閉じこめのあとは、山中温泉→永平寺コース。久しぶりに親子兄弟で語り合ったが(父親は死んでいない)、身体的には疲れた。

で、帰ってきてメールを見ようとしたところ、とほほ、開けたとたん、受信メールがすべて消えてしまった。ケアレスミスではないみたい。たぶんウィルスね。

すみません、セミナー参加のお申し込み等、重要な連絡をされる場合、もう一度お願いします。ほんとうに申し訳ありません。これは、こちらからの確認メールが届いていない方限定へのお願いです。

ところで……。

デリダが死んだ。この2月にフランスに行ったとき、予定ではデリダの授業を聞けることになっていたのだが。ある意味、ドゥルーズの自殺よりショックだ。これで僕が哲学へ向かった動機がすべて消えてしまったから。

●10月10日(日)

金曜日は仕事で東京に行って来たのだが、その帰りの昨日、僕が乗り合わせた新幹線は、台風のためにめちゃくちゃなことになってしまった。

朝から静岡あたりで大雨(この時点でプラッツでの一連の仕事には参加できなくなった)、でもどちらにしても大阪には帰らなければいけなかったので13時頃の「のぞみ」に飛び乗った。しばらくは快調に走っていたのだが、突然「新富士」という駅で停車。それが午後2時くらいだっただろうか。

そこからだ、次に新幹線が動いたのは、なんと夜の9時くらいだった。

台風が完全に通過するのを待っていたわけだが(最近JRは執拗にチェックする)、その間停電はするわ車内販売はほぼ売り切れるわ喧嘩は起こるわでたいへんだった。

極めつけは、僕の乗っていたのぞみはホームに遠い線路に停車していたので直接ホームに降りることができない、よってホーム側に停車していた「こだま」の車両のドアに臨時橋桁みたいなものを突貫で設置し、のぞみとこだまを繋いで客がホーム売店で買い物できるようしたことだった。台風の中、のぞみとこだまの間にできた臨時の橋を渡りながら僕は変な気分になったよ。

新幹線が動いたとき、あちこちで電話していた人たちから一斉に歓声が上がった。けれども、帰りはすべての駅に停車してすべての客を拾っていたため、新大阪にたどり着いたのが12時前、家に帰ったのが0時半頃だった。約12時間を要したこの移動、これくらいの時間があったらパリに行けた。

●10月6日(水)

iPodはいい。こんな小さな身体に、5000曲も詰め込むことができ、マックのわりにはトラブルがまったくなく、簡単に移動可能。そこらあたりが「よさ」の原因だと思ってはいる。

でも、まだ答えにはたどり着いていないのだが、そうしたおきまりの「よさ」に収まりきらない「余りのよさ」が何かある。iPodを使用している間に感じるこの充実感の中にそのヒントはあるような気がするのだけど、まだわからない。

通常、欲望するものを手に入れたあとはすぐに人は冷めるが、iちゃんに関してはなぜか冷めない。家に帰った瞬間、iちゃんをスタートさせ、家中に音楽が流れるこの充実感、この満たされ感は何かに似ている。で、思いついたのは、亡きトロオの生前時、僕が帰ってきたとき、さかんに彼がなき、「おー、トロちゃん悪かったねー」と言いながら檻(身障猫だったので仕方なく外出時は檻に入れていた)から解放してあげたあの瞬間に似ているということだ。

トロちゃんの開放感満点のなき声と、iちゃんから奏でる音楽の、両者が醸し出す雰囲気が僕にとってはなぜか似ている。ということで、iちゃんはトロちゃんの生まれ変わりだと思うことにした。

何年間に1回あるかないかの、今日は変な日記でした。

●10月3日(日)

気づけばもう日曜日だ。

僕はこの日記を始めてもう5年くらいになるのだが(当サイト上では去年の日記しか記録していない。というのも、この間マック素人の僕が2台もパソコンをだめにしているから)、最近の「日記」ブームはすごい。

で、「はてな」というサイト(といっていいのだろうか)があるらしく、知人も日記を書いているのでたまに見たりするのだけど、そこに「秀選」というページを発見した。「はてな」関係者であるかどうかは度外視して、主催者が「秀」としたものの200選がそこに並べられていた。

そこに、なぜか当日記も入っていて、びっくり。更新をさぼるとたちまち下位のほうに追いやられたりする。1週間も書かなければまた下のほうに行ってるんだろうな。何年か前にカウンターを廃止して以来、そういうのはどうでもよくなっていたのだが。

iPodは快調。

●9月26日(日)

先週末、知人のK君の助けを借りて、ついに僕のiBookもOS10を装備することになった。

で、K君のアドバイスにより、メモリー増設をすることにした。加えて、前から検討していたiPodの件も相談すると、電車等の外で音楽を聞くことのない僕にはiPodは必要ないとのこと。むしろ、外付けハードディスクのほうがいいらしい。理性的には納得できた。

今日は珍しく休みだったので、とりあえずメモリーだけは増設しようと思って(OS10にするとほんとに作業が遅くなった)ヨドバシカメラに行った。休日に電車に乗るのは嫌いなのだけど、仕方なく阪急にぼんやり座っていると……、なぜだかわからないが、むくむくとiPodに対する欲望が広がってきた。

ヨドバシカメラに着いた頃は、ぎんぎんにiPodモードになっていた。そんなモードは止めようがなく、そしてナイス店員との出会い(言い換えると営業に負けた)&ちょうどiPod大量入荷当日だというラッキー(不幸?)も重なり、ついに、iPOd(20G)を買ってしまった! 

帰ってiPodを設置。ちょっと手間取ったが結局は快適な音楽環境が整った。外付けハードディスクの堅実さは理解している。でも、衝動には勝てなかった。すまぬ、K君。でも、iPodは最高。

●9月22日(水)

いやあ、ここ数日ふだんにも増してたいへんだった。

そんななか、盆過ぎから地道に準備してきたイベントを広報します。FSJGについてはFSJGホームページに問い合わせを。上にも書きましたが、これは親御さん対象です。

ドーナツトーク社のイベントに関しては、これから当日記でもじっくり解説していくつもりです。あと、今回は新聞・雑誌・ミニコミではあまり広報せず、ネットを中心に広報する予定です。そんなわけでふだんお世話になっているみなさん、「ドーナツトークのイベントを宣伝してくださーい」みたいな僕からのお願いメールが届くかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。

広報についてはもはや既成メディアよりもネットのほうが影響力があるような気がしているのだが、いかんせんこれまでは各団体が勝手に自分のところのイベントを自分のHPに載せるだけでそれほど広がりはなかった。せっかく各HPとも多数のリンクを張っているにもかかわらず。

でも、業界の中で「ネット広報ネット」というものがもしあれば、便利だ。そのネットに入ると、自動的に他団体のイベントも広報する。もちろんエチケット的なものは当然として、その他一定のルールは必要だろう。たとえば「親御さん対象」「元当事者対象の自助グループ」「研究者対象」「支援者対象」「一般市民対象」等、参加者別のカテゴリーをつくるとか。

今回のドーナツトークのイベントであれば、1回目が「支援者・研究者・一般市民対象」で、2回目が「親御さん・支援者対象」とでもなるだろうか。議論の深化を求める場合、「ひきこもり」業界がもつ多様性(言い方を変えると議論の散漫化あるいは自助グループなのか研究会なのかわからないごちゃまぜぶり)は少しは犠牲にせざるをえない。こうすることで参加者の参加意識も高まる可能性もある(たとえば元当事者は元当事者ではなく一般市民と自認して参加することで、「ひきこもり」アイデンティティからの脱却の一歩となれる。まあ「ひきこもり」アイデンティティに苦しんでいる人がいるとしての話だが)。

まあどの団体も個性的だから、なかなか現実的には難しいだろうけど。いずれにしろみなさまどうぞよろしくお願いします。

アメリカのドラマ『24』セカンドシーズン、ついにあと3時間というところまで来た。でも僕のまわりではほとんど誰も見ていないため、声優の物まねをしても笑いさえとれない。仕方ないのでアニメ『マリア様が見ている』の物まねをしたら「キッショー」などと言われる。声優の物まねという発想そのものがきっとダメなのね。

●9月17日(金)

夜まで、ずっと仕事。

『不平等社会日本』(佐藤俊樹/中公新書)を少し前に読了。社会階層論にすっかりはまってしまった僕は、今は教育社会学にまで手を伸ばしている。

ポストコロニアルの理論家のスピヴァクが『サバルタンは語ることができるか』1章で辛辣に批評していることがあって、それは、知識人(具体的批判の対象はドゥルーズとフーコー)が自分を「透明」な存在として外部に追いやりつつ社会問題を(いかにもマイノリティの立場に立つふりをしながら)語るという態度であった。

エリートとしての自分を透明にしながら、つまりはエリートになってしまった自分たち(ドゥルーズとフーコー)の生育環境を不問にしつつマイノリティ側に立つというその姿勢を、スピヴァクは「偽善を問う」みたいな安直な文学的批判ではなく、それこそ根源的に問うたのであった。

そんなスピヴァク的反感を、社会階層論の著者たちに僕はずっとは抱いていた。「金持ちの親はエリートの子どもを再生産する」ということを指摘しながらも、そう指摘する論者たちの多くは東大の出身者なのだ。社会階層論の元祖であるだろうフランスの社会学者ブルデューは、こんな疑問にどう答えて死んでいったのだろうか。僕の知っている限り、ドゥルーズはこの問題に関しては逃げ腰だった。

で、『不平等~』の著者の佐藤氏は、同書のあとがきで上の疑問に間接的に答えてくれている。だからこの本はよかった。論者といえども、ポストコロニアル以降、メジャーな立場にいる人は、自分の背景を語らない人はダメだと思う。直接に語れなくても、そんな姿勢を見せてほしい。

●9月14日(火)

1日中プラッツ。池田の事務所時代から愛用してきたCDラジカセが突然壊れた。ラジオは聴けるが肝心のCDがまったくダメ。

そこで、どうしてもあのi-podへと幻想は膨らんでいく。そのためにはOSを9.2から10に変更しなければいけない。マックの場合、10はまだまだ不都合が多いらしい。それに第一、いままで9.2版i-tuneにこつこつ集めた音源が10でも通用するのか心配だ。

そういえばこの前、韓国に行く前に心斎橋のシティバンクにお金を預けてきた。驚いたことに、シティバンクのすぐ近くにアップルの支店がオープンしていた。白くてだだっ広い店内に、ぽつんと島のようにマック製品が展示されている。

マックはやっぱりかっこわるい。

そういえばあの近くに「しごとふれあい広場」もあるのだが、それも遠い昔のよう。

小熊の『民主と愛国』を少し読み返し、デリダ『シボレート』を少し読み始めたが、相変わらず社会階層論系の本を中心にだらだら読んでいる。『キッド』の原稿はいつ完成するのやら。

●9月11日(土)

今日は第2土曜日。プラッツのことを多少知っている方なら予想できると思うが、今日は例の、運営委員会→保護者会→親の会→相談etcとつづく、一月でもっとも仕事漬けになる日だ。今日も全力で対処した。

ところで、昨日韓国から帰ってきた。ソウルは、プサンよりもはるかに日本語が通じたので拍子抜けしたのだが、いろいろな意味でおもしろい旅だった。基本的に食三昧の3日だったが、昔から楽しみにしていた、日本植民地時代の記念館(独立記念館)は相当考えさせてくれるものがあった。

韓国といえば、どうやら買い物ツアーがメインらしい。予算的に仕方なくツアーで参加した今回もそういうのに巻き込まれた。それはくだらなさすぎる。ほんとにくだらない。別に独立記念館に行くのがいいとは言っているのではないけれど、買い物ツアーはくだらない。独立記念館の拷問を受ける蝋人形も政治的プロパガンダとしてどうかと思う。でも、くりかえすが買い物ツアーはくだらない。こういう僕は変?

『24』、なんとなくセカンドシーズンに突入してしまった。セカンドは、9.11をかなり意識したつくり。これも、ちょっとなあ、みたいに思うが、ソウル入国時の入国審査の厳しさを思い出すと、単にくだらないとも言い切れない。

●9月7日(火)

明日から韓国。2泊3日の予定。結局ハングルの勉強は全然できなかった。

『24』、ついにあと1話まで来た。このてのシリーズものを見ているときにいつも思うのだが、終盤になってくるとかなり惰性でストーリーを追うようになる。最後の最後に種明かしをされても、ねぇ。そういう意味では、プラッツのカウンセリング中にこの話の根幹をあらかじめ聞いていたのはよかった。

エンタメはもはや僕にとって謎解きはどうでもいい。むしろ、謎解きまでの「じらし」でどれだけエンタメできているかのほうが気になる。「じらし」とは活字で言うと、「文体」とでもなるのだろうか。では、行ってきます。

●9月5日(日)

話題のアメリカのドラマ『24』を、なんとか17時時点(同ドラマは0時時点に始まり、1時間ごとに進む)まで見る。もうふらふらだ。でも楽しい。わりとアニメっぽい。

今週は韓国にプラッツの仕事で行く。そのためかどうかはわからないが『朝鮮半島をどう見るか』(木村幹/集英社新書)を購入。すごくおもしろい。奥付を見ると著者は66年生まれだった。僕の直観だが、最近65年前後生まれの人たちが妙に「かゆいところに手の届く」本を書いてくれているような気がしている。

たとえば『不平等社会日本』の佐藤俊樹とか、『民主と愛国』の小熊英二とか、『暴力の哲学』の酒井隆史とか。他にもたくさんいることだろう。この世代は、中高時代にパンク・ニューウェーブを聞き(まあ洋楽ファンだったとして)、学生時代に『構造と力』を何となく買い、バブル直前の好景気時代に就職した世代。ちまたではポストモダン世代とか言われ、結構恥ずかしい世代だ(もちろん僕もその世代)。

それが、ここのところ、僕が感心する本はみなこの世代が書いている。これは何となくうれしい。上の著者たちは、かなりリアリスティック(アンチ・イデオロギーっぽく)に論を展開する。難しい問題をここまで読みやすく展開するのは徹底的な研究心がなければできないことだろうが、それは持ち前のオタッキー魂で乗り越えているのだろうか。

まあそれはさておき、僕が20代の頃、40才くらいのヤツらが書いたものは基本的に疑うことから始めていた。僕は木村氏他の著作を尊敬するが、20代はこれに反抗するかたちで何かを表現していくのだろう。それはもしかして、僕が危険視している傾向もの(ナショナリズム、自分主義等)かもしれない。このあたりの、「下」の世代による「上」へのカウンターぶりに対する微妙な再対処法を、僕より上の団塊の人たちに一度聞いてみたい。いい答えをもらえるのだろうか。

●9月1日(水)

今日仕事しながらふと思ったのだが、あの水泳の北島がもしも泳げないやつだったとしたら、そして泳げないにもかかわらずああした態度や発言をとり続けるやつだったら、まわりのものはどう思うのだろう。「あー、気持ちいい!」という発言は優勝したレース後の彼だから許された発言であって、泳げないしレースもしていない人があんなことを言ったら、まわりのものはどう思うんだろう。

そんな「泳げない北島」が、ここ5年ほど妙に増殖しているのではないか。これがNEETあるいはポストひきこもりの核だったりして。

●8月29日(日)

ニフティの都合でHPを引っ越し。めんどくさい。ついでに日記のタイトルを地味なのに変えた。

プラッツの仕事とは別に、ドーナツトーク社で独自イベントをしようと思って、最近張り切っている。日時は10月末と11月末の2回連続講座になる予定。テーマは、一見まったく異なる2つになると思う。それは、「NEET」と「待つこと」。

NEETは、教育も雇用も職業訓練もない若者を指す最近現れた用語で、何となく流行りそうな予感がしている。これは、ここ10年ずっと続いてきた青年問題の「名付けの歴史」の最新バージョンだと僕は読んでいる。

不登校、アダルトチルドレン、PTSD、バラサイトシングル、そしてひきこもり……。純粋に若者を指す言葉もあれば、もう少し広い意味を持つものもある。けれどもこれらに共通して言えるのは「こころ系」だということだ(バラサイトは出所は違うが、僕の感覚ではいつのまにか「こころ系」に吸収された気がする)。

それに対して、NEETは経済学から発生してきた言葉で、徹底的に「こころ系」を避けている。このテーマの代表本『ニート』(玄田氏他・幻冬舎)を見ても、グラフと図表、数値、統計で占められている。ここでは徹底的に「こころ」が閉め出されている。僕はこうした傾向を「就労系」あるいは「社会系」とひそかに呼んでいる。最近の社会の変化とリンクするように、名付けの傾向も変わってきたようだ。

ただ、そうした「名付けの歴史」は活発な議論を発生させてきた。しかしこれとは違う次元で、「ひきこもり」(それもいわゆる「純粋ひきこもり」的生き方)のあり方はここ10年以上変わってはいない。これに対しては以前「いつまで待つのか」という方法論の次元で語られた(僕も語った)。しかし、いつのまにか、上のような概念を問う議論が多数を占めるようになり、あまり変化なく続いている純粋ひきこもり的潜在的視点は後回しにされてきた、と僕はこの頃反省している。

名付けや概念を問うオモテの議論(これを「議論」のレベルと呼ぼう)と、変化のあまりない潜在的な現場(これをとりあえず「潜在」のレベルと呼ぼう)の2局面を、対比させるのが今回の狙いだ。それら2つ(「議論」のレベルと「潜在」のレベル)を象徴する言葉として、現在「NEET」と「待つこと」があるとした。こうした問題を、僕だけではなく、何人かの方に手伝ってもらいながら整理したい。

長年迷ってきた『ハーメルンの笛吹き男』(阿部謹也・ちくま文庫)をやっと購入。100ページほど読んだが予想以上におもしろかった。

●8月25日(水)

明日からプラッツのキャンプ。今日はいろいろな仕事。本は、『封印される不平等』(橘木他著、東洋経済)、『すぐに使える韓国語会話』(UNICOM)を購入(再来週は韓国にプラッツの仕事で行くので)。

前者をちらっと読んだところでは、機会の不平等化が完ぺきに日本に広まったことは事実らしい。その徴候は80年代中盤からあった。機会の不平等ということは、人生、努力しても無駄ということ。かわりに何がとってかわったかというと、親の学歴や経済事情がダイレクトに子ども世代に反映されるようになったということだ。

これはつまり、ある世代以降から、親の学歴を乗り越えることはできにくくなってるということ。学歴主義を価値判断する前に、事実として親の学歴と子どもの学歴はリンクしているそうだ。そしてそれは、事実として親の経済状況と子どもの経済状況がリンク、あるいは経済的には「子どもは親を乗り越えられない」という実体が出現している。

まあその他、同書には現在受け入れやすい議論が満載されている。僕がおもしろいと思ったのは、ここ5年くらいあからさまに繰り広げられてきた「子どもの自主性」「ゆとり教育」「自己責任」などの公的な議論は、つまりは誰に有利に働くかというと、上に書いたような階層的に「上」の人たちに対してだったということだ。

自主性や自己決定、または自己責任はという概念はつまり、経済的あるいは学歴的に「有利」(この「有利」というのは既存の社会規範の範囲という意味で)な人たちに有利に働くようにできた超近代的概念だったということ。逆にいうと、階層的に「上」の人たちのために、「自己責任」は運用されたのかもしれない。

●8月23日(月)

週末から今日にかけて東京に行って来た。ずっとお世話になっている方々からミニ講演会のスピーカーとして呼んでいただいたのだった。土曜日曜と中身の異なる話をした。

僕は今、援助の現場と、自分の関心事である哲学をどう接続するかで、悩んでいる。いや、よく考えてみると、今だけじゃなく、ここ5年以上ずっとそんなことを考えている。で、節目節目にその東京の方たちと会うことがあり、その節目節目にその方たちのセッティングで人前で話す機会をつくっていただいている。で、そのたびごとに何らかのブレークスルーを感じる。

ここのところずっと僕はスランプなのだけど、今回も、言葉にはなりにくいが微妙なブレークスルーを体験することができた。こんな日記上で失礼かとは思いますが、主催者の方たちにも来ていただいた方たちにも感謝しています。ありがとうございました。

まあそれとは別に、宿泊地は青山というか表参道という場所だったのだけど、そこはかなりのおしゃれスポットらしい。ブラダとかルイ・ヴィトンとかずらっと並んでいる。僕はお約束のコム・デ・ギャルソンに入ってみた。

子ども(今風の若者)みたいな店員が、子どもみたいな客相手に、10万円の秋物ジャケットを売っていた。まるでパリのブランド通りみたい。パリとの違いは、彼の地は店員が大人だということだ(客は同じ。国籍も)。

あと、同エリアにある岡本太郎記念館はかなりよかった。

●8月19日(木)

1日中プラッツ。

『週刊文春』はそれほど好きではないが、ナベツネ引退劇の裏を書いていたので買って読んだ。マスコミでは公然の噂となっているアマチュア・スター選手への裏金について赤裸々に書かれている。今回のネタもとは右翼だとのこと。

「公然の噂」によると、アテネオリンピックの野球代表はほとんど裏金をもらっていることになる。その、業界全般的やばさを、ナベツネ引退劇で一気に収縮させてしまった。ナベツネが辞めることでそれ以上の深追いはマスコミ的にできなくなっている感じ。よって、ナベツネはその功労者としてこれからもドンとして君臨するだろう。オリンピックの反動からか、しょーもないことを書いてしまった。

●8月14日(土)

結局今週も忙しかった。そのわりには何冊も本を併読した。

すべての反動からか、再びフランスへの思いが熱くなってきている。毎朝聞いているNHKラジオのフランス語入門も、最近はマジで楽しくなってきた。

同番組は月から木曜は入門編、金・土は応用編なのだけど、前者は半年ごとに、後者は3ヶ月ごとにメニューが変わる。半年単位の入門編を、気づけばもう3年半聞き続けている。不思議なもので、最近壊れつつある僕の脳細胞でさえも、繰り返し聞き続けることで徐々に「わかった」気になってくる。

もう一方の応用編は以前はちんぷんかんぷんだったのだが、最近は一応流れにはついていけるようになった。たぶん僕の仏語能力は、英語で言うと中2の夏休み前くらいだろう。

いやあ、何事も続けるものですね。できれば来年の春くらいに1ヶ月くらいフランスへ再び行きたいのだけど、仕事的には休めるかなあ。

●8月10日(火)

森達也監督のドキュメンタリー『A2』を見る。事件直後の荒木広報部長に焦点をあてた『A』よりも散漫な印象。監督の意図か撮影当時の状況でそうなったのかはわからないが(解説書を読むと後者のようだが)、特定の物語を描きやすい個人ではなく、社会の雰囲気そのものをあぶり出そうとした作品のようにも思えた。

『A』撮影時より3年たっている。監督は執拗にオウムの人物たちに当時の状況の悪さ(オウム監視をも越えた状況の逼迫──団体規制法・住民基本台帳法・通信傍受法・国旗国歌法等に象徴される暴力的な管理社会について)を語らせようとするが、荒木をはじめとして明確な言葉はない。監督は明らかに空回りしており、その空回りさをあえてラストに持ってきて、人物の言葉ではなく、カメラの空回り感として状況の逼迫性を描く。

『A』において成立していた監督と信者たちとの交流感は薄い。この間「森達也」として有名になったから、オウムも住民もメディアもそれを利用しようという意図が見える。

現在は『A2』よりさらに3~4年たっている。僕はちょっとジャンプして、この映画を見て以下のようにも感じた。

多様化した現在において、もはや、細かい部分での交流は難しい。たとえば「森達也」にしても一部の映画&社会問題好きの間でだけ流通する言葉だろう。そういうのが社会の隅々にまで拡がっている。それをここ数年の決定的な経済(具体的には雇用問題か)不況が後押しして、何となく殺伐とした雰囲気が社会に漂っている。細かい話題で共有感を持とうとしても空回りすることが多い。

多様な差異を差異として肯定することなど不況時には絵空事だ。そういうとき、差異はシンプルな同一性に圧倒される。『A2』時よりもさらに急速に状況が悪化していると思われる現在、人々が差異を駆逐するためにすがる概念はただ2つだと僕は思った。それは、「日本人」と「自分」という、「内」を代表する2つの概念だ。

一方(日本人)は「内」を表す最大規模の同一性、もう一方(自分)は「内」を表現する最小規模の同一性。こう考えると、僕が日々行なっている仕事とナショナリズムの動きが直結できる。

●8月7日(土)

またも気づけば土曜日。降圧剤は結構効いてはいるのだが、体調は良くなかった。自分では夏バテということにしている。

たぶんいくつか原因があって、この頃僕は社会問題系の本に関心が移ってきた。そういえば、ナチスのホロコーストを生き残った人たちの証言映画『ショアー』もDVD化されたらしく、ずっと探していたのだが、なんのことはない、梅田の紀伊国屋にあった。5枚組で2万4千円(9時間ある)。消費欲求がipodからこちらに移りつつある。

20代後半、「さいろ社」(友人を手伝って創設した個人出版社、主として医療問題──看護婦不足・臓器移植・院内感染等──を取り上げた)の仕事の反動からか、僕は社会問題系の本を読めなくなった。好きだった本多勝一の本にしても、何かが鼻についた。たぶんジャーナリズムは何かを犠牲にして(何か──たとえば「人権」等──を自明なものとして問わずそれを土台にして)、何かを攻撃する。それは社会の中ではなくてはならないものだけど、僕にはできないと感じた。それで僕は支援の仕事と哲学に走ったんだと思う。

それが不思議なもの。この年になってそういうのが気にならなくなっている自分に気づいた。微妙な問題にまで配慮する書き手が増えたような感じはする。あともうひとつ、40にもなって恥ずかしい話だが、ジャーナリズムの手法云々を気にかけるよりも、そこに表現されている「他者たち」のほうに僕自身が素直に関心を持てるようになったということだと思う。

●8月2日(月)

朝からいろいろ仕事をしていたが、どうも頭がふらふらする。それはここ数日ずっと続いていた。で、いくらなんでもこれはやばいのでは、と思い、プラッツ近くの内科へ。

血圧をはかってもらったら、なんと、180/120だった。問答無用の高血圧症。20年ぶり以上の筋肉注射を打ってもらい、医院の受付の人が水を持ってきて、処方ほやほやの薬をその場で飲んだ。

その後、家に一旦帰り、1時間ほど休息。少し楽になったので、予定通り某青少年会館にてプール介助の仕事。楽しい。そこから間髪入れず、某通信制高校にてカウンセラー室ミーティング。夜はそのまま飲み会となったが、おもしろい語らい(ちょっとしゃべりすぎた)。

帰ってきて血圧をはかったら、112/73だった。ずっといままで悩んでいたが、やっぱり僕は降圧剤を飲みながらも60才まで生きる手段を選択することにした。ごめんよ、ニーチェ。

●7月30日(金)

なんかもう、またもや気づけば金曜日。

昨日は、奈良・吉野にあるNOLAという共同生活の施設に一泊して来た。同施設とは以前からプラッツと交流しているが、NOLAそのものに行くのは僕は初めてだった。非常に勉強になった。

ずっと前から「就労」について現場で地道に取り組んできた共同生活という試みは、「NEET」的階層の出現により、新しいイメージでPRできるのではないか、と僕は直観している。そんなわけで、玄田有史著『ニート』(幻冬舎)などを近鉄電車の特急で読む。

それとは別に、鷲田清一著『聴くことの力』(TBSブリタニカ)を5年ぶりくらいに再読。5年前には読み飛ばしていたが、なーんだ、ここに僕のテーマがすべて書かれていたではないか。5年前にはまったくこのすごさがわからなかった。鷲田先生が懸命に避けている方向を、僕は無邪気に歩んでいこうとしていた。

●7月26日(月)

今日は仕事で今年初めてのプール。疲れたけど楽しかった。

昨日は、森達也監督『A』を遅まきながらDVDで見る。オウム真理教の、事件以降のドキュメント。当時の荒木広報部長を主とした対象として撮影されている。

非常に良心的なドキュメンタリー。伝達に中立などはありえないといいながら結果として中立に近い作りになっているその姿勢に感銘。どう悩みながら作成したとしても、そもそもの土台に作者たちの恣意性が入り込まざるをえないのが、いわゆるジャーナリズムだと僕は思う。じゃあ、ちょっと「社会派」な人は、森みたいに結果として良心的作品をつくってしまうか、それともジャーナリズム不信になって哲学とか文学に逃げるかのどちらかなんだろうと思う。

哲学とか実践に行ったのが僕。

●7月23日(金)

どうも最近忙しく、マジであっというまに1週間が過ぎる。で、マジで日記も書く時間が(というより体力が)ない。忙しいなんて書くのは自分でもいやなのだが、日記が更新できない理由はそれしかないのだから仕方がない。

だが今日は朝から家で『少年育成』の原稿を書く時間があった。久しぶりに午前中家で過ごした。やっぱ、朝は家にいないとダメだな。朝から仕事なんて絶対しないぞとここ10年がんばってきたのに、いつのまにか1週間のほとんどが朝から出かけている。それもこのクソ暑い中。

とはいえ、愚痴はあまりない。仕事自体はおもしろいことのほうが多いから。ただ、『キッド』の原稿が途中になっていることが気になる。デリダの『幾何学の起源・序説』も半分でストップしたまま。読むにしろ考えるにしろ、暑くて忙しいと哲学なんかできっこない。

というわけで僕は毎晩寝る前に、ぼぉーっとアニメばかり見ている(『鋼の錬金術師』『攻殻2』『ラスト・エグザイル』……とほほ)。でもよく考えればこれも「仕事」の準備作業か。いやいや、告白すると、アニメで僕は癒されてます。特に『ラスト・エグザイル』は超傑作だ。話は単純だけど、僕にとっては『エヴァ』以来の作品になるかも。そんなわけで同作品のDVDを購入するかどうか検討中……。

●7月19日(月)

遠方へ訪問。昨日はなんかやばかった。朝から頭がふらふらし、トイレに行ってもいつ倒れるんじゃないかなんて、変な憶測に呵まれた。相変わらずのプラシーボマンだ。

今日は快調。数日前、雑草だらけの庭をなんとかした。庭の一番奥のところにベニヤ板がほったらかしになっていて、今回もそのままにしておいたのだが、トロオに似た老猫がその板の上でくつろいでいるのを発見。毛はぼさぼさ。でも首輪つき。ここ数日、毎日のようにそいつが来ている。うれしい。

●7月17日(土)

朝から夕方までずっとプラッツ。午後から頭痛に襲われる。

今日は脳出血体験の方としゃべった。他人事ではない。その方の話では、半身が麻痺するまで3秒だという。その3秒間はしっかりと実感できるらしい。「すっ」と身体がしびれていき、その後麻痺するのだそうだ。

僕はずっと高血圧の薬を飲むのをさぼっているが、今日はかなり反省。忙しいのを自慢したって何の得にもならない。

●7月14日(水)

今日も夜9時まで多忙。もしかして僕は、ものすごい数の人たちと毎週面接し続けているのかもしれない、みたいな素朴なことに今日気づいた。

そんなわけで、1人になった瞬間からひきこもりモードに突入だ。音楽はフィッシュやエールを聞いているが、いずれもいまいち。結局アンダーワールドみたいなシンプルなものをかけてしまう。

本は、デリダ『幾何学の起源・序説』(青土社)、ダン・ブラウン『ダ・ヴィンチ・コード』(角川)、貫成人『哲学マップ』(ちくま新書)。超難解なデリダ本はおいといて、あとの2つは結構いける。この前読んだ、歌野晶午『葉桜の季節に君を想うということ』(文芸春秋)は超超超駄作だった。みなさん、『このミス』的ランク本にはだまされないようにしましょう。

それと、『哲学マップ』は、哲学をとりあえず俯瞰したい人には最高の入門書だ。ここでの図解説明は画期的だと思う。哲学を苦労せずざっくり整理したい人はこの本を3回読み直すといいような。

あと、このクソ忙しいというのに『キッド』の原稿を書き始めた。なんと、朝の6時から1時間限定でこつこつと。やっぱ、書くのはいいな。

●7月11日(日)

今週は忙しかった。今日も仕事。徐々に疲れが蓄積しているのを感じる。フランス旅行のような長期休暇は今はとりようがないので、本やCDやDVDを買ったり借りたり。

そのうちのひとつ、小熊英二『市民と武装』(慶応大出版会)は、短いけれども相変わらずセンスある作品。執筆時期は10年前らしい。「研究」系の作品でありながらもきちんとエンタメしている。アカデミズムの人には嫌われているという噂も聞く著者だが、僕は好き。だらだら読めるのがいい。

同書の第1論文だけ読んだ。アメリカに理想化された近代市民社会と市民の武装について、思想史的にわかりやすく解説されている。考えさせられたのは、アメリカの独立戦争や南北戦争時において、民主主義を基盤にした「自分で自分を守る」という市民参加型の軍隊には、マイノリティ(黒人)は入ることができなかったということだ。

マイノリティが入れたのは、絶対王政(イギリス軍)や官僚主義(北軍)といった、権力構造が明確化されている組織であった。

小熊は最後、こんなことも書いている。「投票という『制度化された革命』がすでにさまざまな限界を指摘されている今、銃を放棄したあと、市民の“武器”とは何でありうるのか」。“帝国”的グローバリゼーションの中、古典的「市民」はありえないと思われるので、この一文はかなり古い。いまや、市民こそが権力だ。

が一方で、ここでいわれる「市民の“武器”」という言葉に惹かれもする。だから今日僕は(朝の7時半くらいに)投票に行ったのだけど。

●7月9日(金)

それにしても毎日忙しい。気づけばもう金曜日。

最近、携帯で簡単に派遣登録できる民間会社があるらしい。福利厚生もばっちりついているのだけど、時給はかなり安い。また、フリーター内でいくつかの階層にヒエラルキー化されていて、フリーターたちは長期間働けば「上」へ昇格できる(つまり少しだけ多い時給がゲットできる)。しかしいつまでたってもフリーターはフリーターだ。

風の噂で、厚労省は労働者の半分をフリーターにする計画だと聞くのだけど、こういう民間派遣会社の増殖によってそれは達成されるのだろうと思っている。そうした国家のもくろみに反抗できないよう、ここ20年ばかりで若者たちを育成してしまった文部科学省もうっとうしいというかすごいが。

●7月4日(日)

茂木健一郎という人の『意識とは何か』(ちくま新書)を読んだ。著者は脳科学者らしい。この著者のものを初めて読んだのだが、久しぶりの素晴らしい本だと思った。

認知科学・脳科学、そして哲学の文献を一切出さず、〈意識〉とか〈私〉について書ききっている。僕ならついついデリダの差延などの議論を持ち出してしまうもっとも微妙なところ(〈意識〉や〈私〉が出現する場所)に関する議論も、見事に自分の言葉でわかりやすく描いている。〈私〉の同一性とコミュニケーションに関心ある人は必読本だ。

僕は20才くらいの頃以下のようなことをよく考えていた。

「ほんとうの自分」というものはなく、他人とのコミュニケーションごとに自分はつくられている。自分はその都度つくられる。と同時に、なぜか自分という統一性は保持されている。でも統一されながらもどんどん変化もしている。また、変化はしているのだが油断すると統一感のほうにばかり目が行ってしまい、いつのまにか肥大化した自我を持て余してしまっている、と。

そうした問いに対して上の本の著者は、哲学の言葉を用いず明確に答えてくれている。コミュニケーションも自我も意識もそのつど生成する、その生成を支える土台のようなものがある。その土台について、「痕跡」でも「差異と反復」でもない、みもふたもない科学的用語(「クオリア」という)で説明されるのが、哲学に汚染された僕の脳にとっては新鮮だった。

●7月1日(木)

朝からずっとプラッツ。夜はメンバーたちと映画へ。ソフィア・コッポラの新作『ロスト・イン・トランスレーション』。

雑誌『カット』でも紹介されているとおり、おしゃれ系ではあるのだが、ぎりぎりその線は外している。舞台は全編東京ということもあり、日本封切りの際は観賞側のナショナリズムを問う作品でもあったが、僕はその辺は流せた。

単にストレートな恋愛映画だとも思った。『トーク・トゥ・ハー』に対するいまだ整理しきれない僕自身の複雑さに比べると、驚くほどシンプルな映画。言い換えると、人々が共有できる「これぞ恋愛」みたいなひとつのかたちを提供している。

こういう映画が恋愛の規範を形成しているのかも。その反対に『トーク・トゥ・ハー』は現在流通している恋愛規範をかなり裏切っている。若い世代の代表選手の1人であるソフィア・コッポラが保守的な恋愛観を再生産しているのだとしたら、それは皮肉。年長世代がいろいろな恋愛観を実験しても、若い世代が旧式な恋愛規範を再生産する図式があるのだとしたら……。

●6月28日(月)

1日中某所で仕事。

昨夜、ずっと気になっていた、アルモドバル監督(『オールアバウト・マイ・マザー』の人)の『トーク・トゥ・ハー』をビデをで見る。複雑な感想を抱く。

その複雑さはちょっと置いておこう。映画のポイントは、いわゆる「植物人間」になった人に対して、主人公の1人である看護師がひたすら話しかけるという設定にあるだろう。「意味」の通じない言葉なのに、その声に含まれる「音としての触覚」を伝えるべく、看護師は延々と話しかけ続ける。

「植物人間」の患者は無視することすらできないように思える。無視あるいは傾聴とか以前のレベル(意識が廃絶したレベル)にその患者はいる。だから、そうした声かけにほろっとすることはたんなるロマンティシズムかもしれない。言語以前の相手なのにそれだけ一生懸命になるという姿勢に対して抱く、よくある感想。

でも、なぜかその声かけに僕は心動かされた。相手が「意味」を理解しなくても、そしてこちらがその相手の「意味の不応答性」を知っていても「意味」を伝えたくなってしまうという、その欲望に対して僕は感動した。

「意味」に対して応答がなくとも、相手のその身体の存在感に対してまずは話しかけたくなってしまう。逆に、応答がないから話しかけないでいると、なにがしらコミュニケーションが断絶してしまう気になる。

映画の対象となっている人たちとは少し違うところで、僕なりにがんばって今日コミュニケーションしたところ、今夕は気持ちよく帰宅することができた。

●6月26日(土)

1日中プラッツ。主として面接。

フリースペースのスタッフという職業は、なかなか「見えにくい」職業だ。カウンセリングのように枠組みを明確化してしまうと、そのダイナミズムは一気にしぼんでしまう。悩みを言語化することはたやすい。悩みの言語化=仕事の達成度ではない。

コミュニケーションのダイナミズムは、フリースペース内での動きすべてが含まれる。会話は2次的なもの。1次的なものは「雰囲気」だ。その雰囲気をどう読むか。これは、各自のセンスにかかっている。僕にはそうしたセンスはない。ただし、1対1のセンスはあるような気がする。

でも、フリースペースのセンスは磨かれるものでもある。現在僕はそれを研磨中。会話内容を重視しながらも、いかに「雰囲気」を優先させるか。そんなのが理論化できるのだろうか。でも、理論化できない限り、フリースペースには常に怪しさがつきまとう。

●6月23日(水)

午前中YMCA通信制高校でカウンセリングのバイトをしたあといろいろ仕事。

こんな僕の取り柄は、いまだに援助者にもなりきっていないし、かといって20代の頃のアマチュア編集者のノリも失っていないところ、みたいな感じでずっと自分のことを思ってきた。でもこの頃、このあたりのバランスが崩れてきたような気がしている。

要するに、かなり援助者援助者してきたということだ。ということは、同時に自分の発言もおもしろくなくなってきている。誰がどんなことを言っても、とりあえず受けてしまうし、どんなシチュエーションだったとしてもその我々の関係が良好であることを願ってしまう。

おまけに、もっとも関心のあることが哲学だから、だいたいの問題に対して根源的に構える。その根源的な問いに対して、哲学研究的応答の仕方をいまだに模索中なものだから(問いに対して哲学研究的な応答──たとえばドゥルーズはそうした問いにこう答えているとか──はできるものの、それでは聞き手にとっては有効な応答にはならない)その結果、無難な応答しかできない。これではまるで、僕が20代の頃、ある種の先輩たちに対して抱いていた物足りなさを体現しているようだ。

けど、援助局面はだいたいうまくいっていると思う。一方で、これまで大量の文章を書いてきたわりにいまだに僕は1冊の本も出せていない。執筆に関して、何か足りないところがあることは自分でも自覚している。

また、援助者一直線で突き進む人たちの魅力とその反面の物足りなさも(援助能力を尊敬できる人は一般的に文章を書けない)これまで僕は十分感じ取ってきた。最近、いろいろな若い人たちの笑顔を見ながら自分がやっと援助者に「なってきた」と思うと同時に、これまでの自分のありようが変わりつつあるのだなあと思い始めた。

●6月17日(木)

1日中(夜も)プラッツ。

これはわりと禁断の話題なのだが、フリースペース的な場では、自分の個性をどこまでさらし、自分の個性をどこまで抑制するかが問われる。

まあフリースペースはおいといて、僕はどんな「場」においても、自分をネタにし、自分を話題の中心にすることで諸コミュニケーションを維持する癖がある。

これとは正反対に、まったく自分を圧殺し、徹底的に(その場にいる自分以外の人全員が楽になれるよう)「雰囲気」作りをしていく癖をもつ人もいる。

楽な雰囲気があるにこしたことはない。また、ある程度自己中的な話題があるからこそ、それをネタにして集団は形成されていく。その2つがうまくミックスされるためにはどうしたらいいのだろうか。単純だけど、その2つを典型的にもつ2人の人物が常に連携をとっていけばいいと思う。

●6月14日(月)

新しい仕事、その初めての仕事。

久しぶりに、小学校低学年の人たちと話す。ひねくれ者の僕には珍しく、すごく楽しいと感じた。いろいろな素朴な質問。素朴な返答。いろいろ仕掛けてくる彼ら。

その仕事は他にもいろいろあったが、また今度。で、夜は会議。

その後、プラッツでひとりでぼぉーっとする。僕には、実はどうもベタなところがあって、「代償なんかなくとも誰かが楽になってほしい」みたいな欲望が確実にある。そういうのは福祉業界の悪しきメンタリティだとも言われる。でも一方で、僕には怜悧なコスト換算も確実にある。けれども、最後に勝つのはいつもベタな部分なんだよなあ。だいたい、プラッツに僕がいること自体、そういうのが大きいのだから。僕はいまだに、プラッツの故H塾長に何か「返したい」と思っている。

●6月13日(日)

昨日夕と今日午前中、計7時間半の超ロング講演をプラッツスタッフとともにこなす。なんとか講演をやりすごせるほどの体力が回復してきた。

午後は訪問。日曜日の仕事は僕は結構好き。街がちょっとだけだらだらしていて、そのなかを移動するのは、平日に、同じ態度で同じ速度で同じ道を移動するのとは大違い。休みって、自分が休むことよりも環境が休んでいることのほうが重要なんじゃないか。

宮部みゆき『ぼんくら』をやっと読了。話の甘さなんてどうでもいい。こういう語り口で、僕は僕の「臨床哲学」を書きたいなあ。

今日で、トロオが死んで1年と1日になった。

●6月10日(木)

1日中プラッツ。さまざまな仕事。

小説とか読んでいると、ストーリーと少し関係させようと思ってか、安易な夢の描写が結構出てくる。作者からするとそれは意味があるのだろうが、読者である僕からするとそれはどうでもいい。むしろ、ただのページ稼ぎのような気もして、この頃は飛ばして読んだりする。

昨夜の夢に、何か得体の知れない動物が出てきて、僕は一生懸命その動物のお腹を押しておしっこを出していた。目が覚めると、自分自身の膀胱も限界だった。で、排尿をする。

今朝早く駅の近くを歩きながら、かわいい柴犬が散歩されていた。この頃の柴犬はどうも太っている。そして、柴犬はどいつもこいつも笑っているように思える。

そいつに思わず笑いかけながら(その飼い主は変な顔をしていた)、ふと、そういえばこの12日でトロオが死んで1年になることを思い出した。

●6月8日(火)

ずっとプラッツ。

6日のイベントはたぶん成功だったと思うが、やっぱり少し苦いものも残る。

たとえば、誰かがマイルス・ディビスを徹底的に好きだったとして、それを完コピないしそれにほとんど近い演奏でやられたとしても僕は退屈なだけだ。

たとえば、『エヴァンゲリオン』の繊細な描写をわかりやく翻訳されても、刺激は受けない。

そんなのを6日はやってしまった気がする。デリダをわかりやすく翻訳した気分になったとしても、何がおもしろいのか。デリダのエンターティメントなんて誰ができているのか。それよりも、自分の仕事のなかの難しい点をもっと掘り下げていったほうがいいのかも。デリダみたいな理論的な分野と、援助の現場の議論はどうやったら埋まるのだろう。

たとえばフリースペースの中で起きている動きは何なのか。そこでスタッフは何をしているのか。そこで青年たちはどんな葛藤を抱いているのか。それに対して、デリダは無効なのか、ちょっとは有効なのか。有効なのだとすれば、それをどんなふうに記述するのか。どうすれば精神医学や臨床心理学の紋切り型描写(ボーダーやひきこもり他)から飛びでて表現できるのか。

●6月6日(日)

以前から告知していたイベントが終わった。ドーナツトーク社主催は、ほんと久しぶり。ここ数年は、僕は、身体すべてをこめて淡路プラッツだったのだ。

ドーナツトーク社主催のイベントは徹底的に哲学を志向する。淡路プラッツ主催は徹底的に実践と、棲み分けていくつもりなのだが、そうもうまくいかないみたい。普通人は、飲み会とか知人への愚痴だとか、そんなレベルで語る内容はかなり哲学チックな内容が多いと思うのだが、その飲み会とかで表現する中途半端さを哲学のレベルに表象することができない。

酔っぱらって愚痴を言う暇があれば、その愚痴に関するテーマ系(たとえばコミュニケーション)について、哲学は2500年の伝統がある。でもそんなのを言ったってどうしようもない。哲学がどうたら以前の、社会に流通している基本的概念に対してどう応答するか。僕は、たとえば20代の頃、陳腐な概念「共感」について途方もなく反応してしまった、そんな、自分という自我のあり方を前提として、同じように他者も反応するのだろうなんていう、19世紀的意見を信じるわけにはいかない。

●6月2日(水)

早朝よりプラッツ。そのあと、某通信制高校で相談のバイト、その後訪問他。

この頃まともに日記も書けていない。ということは、6月6日のイベントの中味も吟味できてないということ。基本的に最近の『キッド』に連載しているものの解説にしようと思っているのだが、それにしてもゆっくりと思考する時間がない。そんなのより、あちこちと仕事で話してばかり。一段一段、答えは出なくても、その都度その都度、話し合っていくことの大切さ。うん、たぶん大切なんだろう。

前から気になっていた『暴力の哲学』(酒井隆史・河出書房新社)を100ページくらい読んでいる。こんなリアルな暴力論に接すると、デリダの暴力論が恥ずかしくなるくらい抽象的に響く。そんなデリダ的抽象性は、普通、酒井とかフーコー的論証に対して何の力ももたない。フーコーや『帝国』的管理主義の説明のほうが、デリダとかドゥルーズのような「基盤」を問う議論よりも普通ははるかに刺激的のようだ。

なんでだろ、僕は、究極的には目先の社会問題はどうでもよくなってしまう傾向がある。僕は、我々が生きている、それがどんな状況であっても生きている、それをどう肯定できるかっていうみたいな、まさに「土台」的議論に一番関心がある。それが政治的保守主義には流れないように注意しながら。

●6月1日(火)

ずっとプラッツでいろいろな仕事。夕方からは甲子園でプラッツメンバーとともに阪神戦。見事に負けゲームだったので、8回裏終了時とともに帰る。

甲子園では選手ごとに独特なリズムで応援の太鼓が鳴る。それに合わせて、5万人が自分のリズムで手拍子とか鳴り物を叩く。その音全体が、世間によくあるライブを超越して、気持ちいい。音頭でもなく、民謡でもなく、甲子園風のリズムを奏でている(選手ごとに応援のリズムは異なる)。自然芝と、六甲山と、妙なカクテル光線が、野球の試合経過などどうでもよいものにしてくれる。野球もリズムなのかも。

●5月30日(日)

今日は哲学を読む気がおこらず、宮部みゆき『ぼんくら』(講談社文庫・上巻)を読む。

はじめのほうは短編かと思わせつつ、それが例によって物語に疾走感が生まれ始め……という展開は、読んでいて快感を感じる。疲れているときに心地よい。

登場人物たちの庶民派ぶりも相変わらず。宮部の小説は、べたな規範に従う人物たちとか人情ものといった、僕が苦手な主題がベースにあるのに、なんでこんなに好きになるんだろ。『エヴァ』に燃えるのとはまた違う何かがあるんだろうな。その原因は、やはりあの文体か。どうも僕は、京極堂より宮部派みたい。宮部みたいな語り口で、自分の「哲学」を書きたいな。

●5月29日(土)

1日中プラッツ。昨日・一昨日に比べると、少し日常業務に戻った。

しかし、今日は暑かった。帰りの電車で僕は一人汗をだらだらかいてしまった。家に帰っても、5月だというのに冷房を今年初めてかけた。まさかと思って銭湯で体重計に乗ったら、案の定1キロ以上太っていた。

そういえば今日は、安売りのラム肉を焼いて、バルサミコ酢とマスタードと酒を煮詰めたソースをかけて食べた。あと、明日も食べようと思って新ジャガと新タマネギのサラダを作ったのだが、すべて今晩なくなった。でも思い出せば、今日は面接が続いたので昼ご飯を食べるのを忘れていたのだった。偏食とストレスのタッグが再び始まったような……。

●5月27日(木)

はぁぁ、今日もたぶん忙しかった……。今週はいろんな意味で、今年前半のピークかも。

そんな忙しさをまぎらわせるために、久しぶりに銭湯に行く。いつもの常連たちがいつもの湯の楽しみ方(サウナ⇔水風呂等)をしている。そんなのを見ているだけで少しなごむ。

で、よく考えたら、ドーナツトーク社の6月6日の地味イベント(このページ上記参照)の申し込みが、まだ10名以下だということに気づく。まあ少なければ少ないで、2次会に意外とカラオケとか行ったりして楽しむかもしれないが、どうぞみなさん、興味ある方はお申し込みを。よろしくお願いします。

●5月26日(水)

うう、いろいろ忙しい……。日記用のアイデアも思い浮かばない。今読んでいるのは、デリダ『グラマトロジー』上巻、『デカルト=哲学のすすめ』(小泉義之・講談社新書)、『ぼんくら』(宮部みゆき・講談社文庫)等。

特に、小泉本はおもしろい。僕のフェイバリット新書である『ドゥルーズの哲学』(講談社新書)の著者。僕が時に飲み会とかで語りすぎてしまう、その根拠をうまく整理してくれている。特に『ドゥルーズの哲学』第2部はすごい。

●5月23日(日)

一昨年見て感動した、ゴダールの映画『愛の世紀』のDVDが、やっと廉価版で出た。といっても、それまでは豪華ブックレット付で1万円だったのが、そうしたおまけをはぶいて5千円になっただけだけど。

この映画は前半がモノクロ、後半がデジタル映像で、今晩は前半だけ再び見た。すごくきれいなモノクロ。解説の蓮見重彦によると、ゴダールはこれまで愛の「敗北」しか描いてこなかったらしい。ゴダール~蓮見という、かなりスノッブな配列はとりあえず脇においといて、この映画はかなり屈折したかたちで(通常の映画の文脈を崩して)、確かに愛の敗北ではなく愛の賛歌を描いている。

といっても、2年前に出会って最近死んだ女をしつこく描くだけの話なんだけど。しかもその女は、あまり顔がわからない。背中とか横顔とか。良き思い出の幻想を追い求める、それが「賛歌」だとは思わないが、パリの汚れた風景に「顔」のないそれら幻想たちは相当似合っていた。

●5月21日(金)

いろいろな仕事。

そういえばすでに20日を過ぎている、という感じで『ミュージック・マガジン』を購入。どこかの新聞でも読んでいたが、同誌の記事により、あらためて輸入盤の輸入禁止措置可能性を知る。輸入盤がへたすると手に入らなくなるかもしれない。同誌の記事から察するに、この背景には例の『帝国』的グローバリゼーションの力学が働いているようにも思えた。

輸入盤がなくなる。輸入盤がなくなると、僕のふだんの生活は少し変化する。輸入盤がなくなると僕は困る。輸入盤がない生活は想像できない。そうした「困り感」と政治は直結している。政治とグローバリゼーションが僕のふだんの消費行動を指示している。逆にいうと、政治とグローバリゼーションが僕をつくっている。それを僕は知らずに、与えられた環境の中で、そこで判断した決定こそが自分の決定なのだと信じて何かを買ったり何かを志向する。自分の行動は、政治とグローバリゼーションが意図しているいくつかの可能性のひとつの行動だとも想像できずに。

以上を、フーコーの「管理社会」なんていう概念で説明するのがかったるい(と最近思い始めた)。だって、フーコーとかもちだしたとたん、政治とグローバリゼーションの戦略に組み込まれてう気がするんだもの(管理社会は権威好き)。つまり、アカデミズム内のフーコー的明敏な分析も、政治とグローバリゼーションには折り込み済みだってこと。そうなると、どう言葉を紡いでいけばいいんだろうか。たぶん、その基本は、アカデミズムから離れることかも。

●5月19日(水)

某通信制高校で相談のバイトの後、訪問他の仕事。

2月のフランス行き前から読んでいた、山田正紀作『ミステリ・オペラ』をやっと読了。02年版『このミス』3位ということらしいが、どう考えても「とんでも本」のような気がした。『このミス』的ランキング本は、案外こんなのが多いのかも。

デリダ論文「コギトと『狂気の歴史』」を読み返す。レトリックばかり。要は「差延」の話なんだろう。そういえばこの前知人に、いまだにデリダを読み続けていることのダサさを指摘された。デリダにいまだにこだわることの、ポストモダンというダサさ。でもだって、デリダとかドゥルーズをいまだちゃんと理解できていないのに、次の時代(それはまだ名付けられていないとしても)に進むことなんてできないよ。

●5月17日(月)

いろいろな仕事。

仕事から気分を切り替えるため、テレビ版『甲殻機動隊』の2ndシリーズ1巻を借りてきて気を紛らわせる。相変わらずのエンタメ&ミリタリーおたく路線だが、新機軸もある。

それは、ネット社会ならではのイデオロギーの発生だ。その思想は「個別主義」と名付けられている。ネットという社会で共同体意識をもちながらも、基本的には各自我が独立しているという思想らしい。

そこにはそれ以上の深みはなく、つまりは従来のイデオロギーにみられる宗教とか哲学などは介在せず、つながりながらも個であるという単純な考え方があるのみ。こうした深みのないイデオロギーというのが逆にリアリティーを感じさせられる。

これを見ていて、たとえば2ちゃんねるなんかはもしかしてどうでもいい存在なのでは、と思ってきた。2ちゃんにはそれほど驚異を感じる必要はないのかも。むしろ、甲殻的「個別主義」のような思想なき思想(そして当人たちはすこぶるシリアス)がじっくりと醸成されていくことのほうが重要なのかもしれない。そして、もしかして「ひきこもり」というのは、将来的には、そうした社会階層の発生の初期段階として、後世には捉えられるのかも、そんな気もした。

つまり「ひきこもり」をマイノリティー問題とか就労問題とかの視点から見続けていると、意外なところで視点変更を迫られるのでは、ということだ。現在日々繰り広げられているネット上での動き(掲示板とかネットゲーム)は、単なる暇人たちの動向というのではなく、将来生じるかもしれない事態への圧倒的な予告のような。って、妄想させられるほど、今回の『甲殻』もよくできている。

●5月14日(金)

地方へ訪問。その前後、電車の中で立岩真也著『自由の平等』(岩波書店)。相変わらず、わけわからん文章。いまいちファンになりきれない。

社会学なんだか、哲学なんだか(その根幹となる他者論はデリダとかレヴィナスがベースにある気がする)、そのあいまいさは結構好きなんだけど、はっきり言って悪文だ。「根拠」を徹底的に問うように見せながらも、ある根拠(それはたぶん分配論とか他者論)に立ったところから書かれている。なんか、うぅーって感じになる。

それとは関係ない話だけど、「ひきこもり」援助周辺では、相変わらず詐欺まがいの援助が繰り広げられているらしい。僕はただ聞く側だけだからその事実関係をどう判断していいかこんなところでは書けない。ただ、それはあまりにひどいエピソードたちだ(複数形)。

未熟なジャンル、小さなパイ。また、精神医学や臨床心理学の、もしかして構造的欠陥(限界)をさらけ出してしまっているかもしれない、その「ひきこもり」という諸臨床例。いずれにしろ、「被害」にあったと思っている方たちが何らかの行動(訴訟とか)に出ることを期待する。で、そんなのを機会に怪しい民間団体が一掃されたらいいと僕は思う。反則技かもしれないけど、ドーナツトーク社でそんな動きを支援してもいいとも思う。

久しぶりに、自分の原稿をアップ。この前の「ルサンチマンとひきこもり」の続編。ドゥルーズ的コミュニケーションの要約と、なぜ僕が今の仕事をしているか、その動機を書いた。

●5月13日(木)

1日中プラッツ。最後は、ラウンドワンでカラオケ。

考えてみれば、この頃、週に2回か3回、カラオケに行っている。その体験から思うのは、「ハイパージョイ」系のカラオケシステムが一番充実しているということ。

だって、『エヴァンゲリオン』は大量に絵付きソフトがあるし、プロモーションビデオも大量にあるし(今日僕はモーニング娘のPV付『恋愛レヴォリューション21』を歌った)、他のカラオケ音源に比べて格段に幅広い。一見、カラオケ業界最大の業者であるように思えるジャンカラは、徹底的にソフトが少ない。単に、食事メニューが豊富なだけ。みんなでジャンカラを小馬鹿にしよう。

●5月10日(月)

訪問他。最近の僕の仕事はいろいろフクザツだ。

そんなフクザツさをまぎらわせるためにデリダ関連本を読む。今日は昨日に引き続き、『デリダと肯定の思考』(未来社)。その中の、マラブー論文「「暴力の経済、経済の暴力」。

デリダは、「暴力と形而上学」(『エクリチュールと差異』所収)他で、一風変わった暴力論を繰り広げる(高橋哲哉『デリダ』に解説がある)。

そこで、暴力は3つのレベルに分類される。

1番目は、我々は「言葉」を用いざるをえないということ。言い換えると、単独的なものを言語という普遍的なものでマークせざるをえないという暴力。こんなのを暴力なんて言うとみもふたもないのだが、たとえば、僕という単独的な存在を表現するためには、「僕」とか「田中」といったある意味普遍的な言葉で示さざるをえないということ。そのとき、世界でただ一人しかいない僕という存在が抹消されてしまう。

そして、言葉を発する起源的な時点において、実は、完ぺきに自分自身において言葉をコントロールできていることなんてなく、そこにはとりあえず他者性とか外部(これらを環境とか状況などに言い換えてもいいと思う)などとの混交がある。でも、そうした他者性なんてものは隠蔽されてしまい、今発した言葉は自分がすべてコントロールできている言葉だという確信がいつのまにか醸成されてしまう。非常に細かい話だが、このような他者性の抹消、これも第1の暴力だ(だからこの僕の日記も第1の暴力で満たされている)。

第2の暴力は、第1の暴力が忘れられた結果、すべては「自己」とか「自我」といったものでコントロールできるという思いこみのことを言う(と思う)。これにはたとえば、原因とか起源とかトラウマなどを探してしまう思考方法が含まれる。デリダはこれらを、ロゴス中心主義などというが、まあ通常の我々の思考パターンがこれに当たる。「自分」というものと格闘し、それをどう上手にコントロールしたか満足し、あるいはそれがどう失敗したか思い悩む、我々の日々の思考パターンのことだ。もう少し言うと、「法」とかルールなどもここに含まれる。

第3の暴力は、普通言うところの暴力。これにはネグレクトなども含まれるだろう。「法」が最悪に逸脱する場所。

デリダは、純粋無垢な暴力のない世界を信じていないようだ。そりゃそうだろう、「言葉」までも暴力に含めるのだから。そのようにしてすべてが暴力となったとすると、どうすればいいのか。デリダは、どうせ暴力を用いるのであれば、それは最小であればあるほどいいだろうと言う。暴力には暴力をぶつけるしかない。つまり、第1の暴力のぎりぎりを見つめるということだ。

第1の暴力は、他者性の抹消とそれに伴う自己(自我とか法)の定立という場面だ。その、他者性を抹消するかしないか、そのぎりぎりの場面で現れるのが、そのつどそのつどの(一人ひとりに対する、ケースバイケースの)「決定」という局面だ。

どうも、哲学おたくしてしまった。ただ、僕は以上の3つのレベルのすべてをもっている。時として第3の暴力も変なかたちで現れる(それを「リアリスティック」などといったりするのかもしれない)。第1の暴力の場面(根源的な倫理の場面)を、どう普通の言葉に置き換えていくか、それが僕のテーマなんだろうと今日思った。

●5月9日(日)

昨日は1年で一番忙しいプラッツのNPO総会の日。僕はだらだら議長を務めた。

今日は訪問。奈良方面への遠出だったので、デリダ関係の本をだらだら読む。

どんなにそこに自分への確信があったとしても、今自分がしゃべっている/生きているという瞬間には他者が混入している。もっと言ってしまうと、「本当の自分」というものはなく、自分の発言だと信じているその「自分」には意識外に他者性が混入しているということだ。

デリダ解説本ではそれを「他者の汚染」と書くが、僕は「汚染」だなんてネガティブには思わない。そこには約束も誤解も含まれているのだろうが、汚染というよりは、混合といった感じ。でも、そんな前提議論としての混合性のレベルと、実際のコミュニケーションのレベルではずいぶん距離があるみたいだ。

実際僕自身、そんな前提性の議論(つまりは哲学的なもの)を知ったって何の意味があるんだろうとこの頃時々思う(そんなことを哲学マニアの僕が言ってしまうと身も蓋もないか)。だって、僕が仕事とかで接する悩める人々にとって、そんな前提性の/哲学的議論なんてほとんどリアリティーがないんだから。そして僕も、そういう悩みに答えるために、哲学的なものは括弧に入れてしまって、ずいふんリアリスティックな思考をめぐらせるんだから。そしてそれをさらっと言ってしまうんだから。

●5月7日(金)

訪問他。

長年の友人のM君が久しぶりに僕の家にやってきて、いろいろ語らう。料理は、一夜干しハタハタを焼いたもの、卵で蒸し焼きにするちょっと変わったゴーヤーチャンプルー、鰹のたたき、小松菜と薄揚げのの煮浸し等。

M君は銭湯マニアとしても知られている。そんなわけで、適当に食べて飲んだ後、近場の銭湯へ。僕の近所の銭湯はどんどん閉店時間が早くなっている。今日行った、徒歩15分くらいの場所にある銭湯もやはり22時半で終了だった(僕の超近所のの銭湯も閉店は22時半)。

いつもそうなのだが、40男たちの語らいは何となくポジティブになってしまうものを含んでいる。同時に、その語らいには常に「死」がマジで隣り合わせなので、肯定が輪をかける。端から見るとみじめったらしいのだろうけど、僕は楽しい。

●5月5日(水)

この連休はデリダの『精神について』(人文書院)という本を半分くらい読んだ。

これはハイデガーを脱構築する本。まあそんなのはどうでもいいとして、精神、という言葉(フランス語ではエスプリ、ドイツ語ではガイスト)にまとわりつくうっとうしさに、若いときのハイデガーは敏感だったとデリダは指摘する。その、精神、という言葉は、我々が「私」「主体」「自我」、僕的にもっというと「気持ちが大切」「精神力が重要」などの表現に言い換えることができる。

そんな「自我」とか「気持ち」なんかにとらわれているとハイデガーいうところの実存分析はできないとして、ハイデガーは精神を「精神」として括弧に入れる。つまり、精神という言葉を使うことを警戒する。それが『存在と時間』が書かれた1920年代のこと。でもそれが、30年代前半になると(つまりナチズム台頭の頃)、そんな微妙な括弧入れはぶっとばしてしまって、精神(まあ今風に言うと「気合い」とか「自己」とかになるだろう)の重要性を朗々とうたいあげていく。

その精神主義は当時最悪の暴力(ナチズム)になっていった。それは現在と重なるかもしれない。精神主義はいきつくところ最悪の暴力となる。そうならないために、その精神主義は、たとえば「民主主義」とか「自己」といった言葉(他に、自我主義・自己主義・主体主義、それらを元にした民主主義、ええい、自意識過剰主義とか自己責任などと言い換えってもかまわない)で代理されることによって、最悪の暴力を逃れようとする。

最悪の暴力(たとえば全体主義)を防ぐためのもうひとつの暴力、これをデリダは「幽霊」という比喩で語っていると思われる。思い切って現在の例で言ってしまうと、イラク内の相互暴力を防ぐためにある、アメリカの民主主義(幽霊)。いやそんなでかい例でなくとも、たとえば学校のスポーツ教育において、精神主義が全体主義に行かないように留意するために取り入れられる民主主義(幽霊)のあやうさ。

幽霊はそんなあやしさを孕みながらももうひとつの可能性をもつ。それが、「他者」の混入だ。と、そこまでがこの本の前半。そんなのに関連するであろう、上のイベントを開催します。口頭ではうまく伝えられないだろうけど。

●5月3日(月)

告白してしまうと、今日は実は休み。根は「ひきこもり」系の僕としては、一人で過ごす休みも適度に好きで、今日は前半はデリダ三昧、後半はレンタルDVDで過ごすことにした。

DVDで狙っていたのは、『トーク・トゥ・ハー』。あの『オール・アバウト・マイ・マザー』の監督の作品。でも残念ながらすべて借りられていた。仕方なく、『キューブ2』を借りる。あっけないほどの落ち。前作のほうがはるかによかった。

音楽もいくつかチェック。結局、気になっていたアメリカものを購入。かっこよかった。料理は、昼間は新タマネギのマリネ&スモークサーモン、ポテトサラダ。夜は、ゴーヤーチャンプルーと島らっきょうなど。かなりぼぉーっとした1日だった。

●5月2日(日)

ふっと気づけばもう日曜。5月なのに僕はまだこたつを片づけていなくて、昨夜はそのこたつでそのまま寝てしまった。

昨日はプラッツ。なんと、カラオケを3つハシゴした。最初のは「アニメカラオケ」。「エースをねらえ!」が気持ちよかった。その次は「男カラオケ」。よりディープな選曲だった。締めは「エヴァカラオケ」。「エヴァンゲリオン」ばっかり歌った(その前の2つでも「エヴァ」は歌っていたのだが)。

家に帰ると12時。朝一番の面接の仕事から始めてこうして延々続くわけだが、最近はかなり快感になってきている。まあこれで、プラッツ初代塾長のHさんは死んだのだけど、僕も完全にその道を走っている。そういえばこの前、介護保険の請求がきた。あれは何歳から受給の権利が生じるんだったっけ。65才からだとしたら、あの制度を利用できる確率は僕の場合かなり低い。でも気が小さい僕は、そんな意味のない保険をこつこつ払い続けていくんだろうなあ。

●4月26日(月)

昨日はプラッツのみんなと奈良でソフトボール大会。僕は引率兼運転手兼外野手。相変わらずのエラーだらけだったのだが、1球だけちゃんと捕れた。それが気持ちいい。

年をとると筋肉痛は遅れてやってくる。今日は『キッド』を印刷し、かつ発送までもっていった強行デイだったのだけど、昼過ぎくらいからだんだん身体がしんどくなってきた。10代の頃と違って、筋肉がただ単に痛んでいるだけのような気がする。

●4月24日(土)

朝は4時半に起きる。頭はまったくまわらず、変なテレビばかり見る。飽きたら、なぜかプルーストの『失われた時を求めて』に何度目かのチャレンジ。最近になってやっと、プルーストの思考回路に同調することができるようになってきた。希望がなくなったところに、言い換えると目的ではなく日々の肯定を肯定できるようになってから、やっとこの小説は読めるのかもしれない。

あとはずっと、1日中プラッツ。今日も充実した。

●4月21日(水)

今回のイラク人質事件について、知り合いの(家でずっと過ごす)青年と話していて、自分たちの苦しみをメディアを通して話すのは非常に危険なことだ、という意見を聞いた。

今回の「家族第1主義」みたいなもの(僕はこれがいまいちわからない)はまあ置いていくとして、マイナーなものとか「被害者」が自分たちの苦しみを当然世間はわかってくれるだろうと思ってその苦しみを表明するうのは危険だというこの警戒感は、僕にとって非常に参考になった。

僕のその知り合いの青年は、この日本社会というものは、弱者が意見を表明したとき、その弱者は必ず叩かれると警戒している。だから弱者は、僕のような第3者に語らせるのが戦略的に長けているのだという。つまり、「当事者(サバルタン)は語れない」というより、「サバルタンは(語るとより弱者に追い込まれるがゆえに)戦略的に語らない」と言ったほうがこの日本社会では正しいのかもしれない。

家でずっとひきこもっている僕の知り合いのほとんどはメディアに出る人たちと心理的に距離をとっているのだが、その意味が今日何となくわかった。家にいる人たちは、誰かにメディアでアピールされることは自分たちが結局は不利になると警戒しているのかもしれない。

誰が指揮棒を振るわけでもないのに弱者を追い込んでしまうこの社会に、真剣に怯える姿がそこにある。正直言って僕はそこまで怯えていなかったので(憤ってはいたが)今日はいろいろ考えさせられた。

●4月19日(月)

暇つぶしに、山田正紀というSF作家の大作『ミステリ・オペラ』というのを読んでいて、そこには戦前の描写がさかんに出てくる。あと、おそまきながらもダワーの『敗北を抱きしめて』もぼちぼち読んでいる。それらを読みながら想像するのは、大きな時代の流れに巻き込まれてしまうと、再び大きな時代の転換点(たとえば原爆投下とか)が来なければ何も変えようがないということだ。

これは何となく高校の頃くらいから思っていた。言論統制も海外進出も、その流れに全体がはまってしまえば(現代でいうとカンボジアPKO以来か)その流れを変えようがあるのだろうか。こういう考えは虚無主義なのだろうか。反対運動も「流れ」のひとつの要素のような気がして仕方ない(だから今回の「リベラルな」人質たちも、結局は保守論調に利用される)。目先の「自己責任」議論みたいな観念の戯れに翻弄されるのではなく、言っては叩かれ、それでもその流れの内ですすんでいく政府/権力の(たぶん権力中枢の人たちが考える以上の)しぶとさ。

しぶとさは、何も権力中枢が指示しているのではない。きっとこれはサッカーみたいなもの。司令塔と言ったってそれは絶対権力を持っているわけではなく、なんとなくの「流れ」のなかで決定的ゴールがたまたま生み出される。ドゥルーズは、未来への希望としてサッカーを象徴的に取り上げていたが、僕は、ファシズムみたいなわかりやすい指令系統ではなくサッカー的コミュニケーションが最悪のものとして起動しているのが現代だと思う。

●4月16日(金)

プラッツとか訪問とか。

昨夜は、レディオヘッドのコンサート。すべて立ち見だったのでどうなるかと思っていたが、予想通り1曲目からまわりの若い人たちがぴょんぴょんはねていた。で、僕はたまらず避難。後ろのほうでしばらく見ていたのだが、尿意をもよおし外に出る。

おしっこをして、ぼぉーっと外で座っていたら、「バラノイド・アンドロイド」のイントロが聞こえてきた。同曲は、レディヘ最大のヒットアルバムかつポップなロックアルバムの『OKコンピューター』の目玉曲。はっきりいって、レディヘのファンは同アルバムに心酔した人ばかりだろう。実は僕もそう。

『OKコンピューター』のあと、レディヘは3枚アルバムを出している。昨日のコンサートはあえて、その3枚中心の構成だった。トイレのあと会場の外で僕が星を見上げていたら、いきなり「バラノイド・アンドロイド」のイントロが流れてきた。すると、僕と同じく外でくつろいでいた人たちが(なぜか白人が多かった)いきなりダッシュして会場内に戻っていった。

僕は昨年のサマーソニックでレディヘのエンタメの極地を聞いている。だから「バラノイド~」だろうがどうでもよかったのだが、一番売れたアルバムに囚われてしまう構図は、70年代から一向に変わらない。演歌の歌手とかローリングストーンズみたいに、流行りのロックの人たちも、自分のヒット曲をエンタメしきってしまう流れができてしまえば、トム・ヨークの苦悩も少なくなるだろうに。

●4月15日(木)

子どもの頃僕は巨人ファンだったのだが(田舎出身は仕方ない)、仕事で阪神ファンの青年たちと長年接するうちにすっかりディープな阪神ファンになってしまった。で、昨日は早く帰ってきたのでうきうきしてテレビ観戦したのだが、結局安藤が打たれてしまい、逆転負け。銭湯にも行かず、ふてくされてそのままこたつで寝てしまった。

そんなわけで早朝起きてシャワーを浴びてから日記に向かう。今日はプラッツで、夜はその一環でコンサートに行く予定。なんと、レディオヘッドだ。去年のサマーソニックで見たばかりなのだが、何か新しい発見はあるかな。

あと、久しぶりに(マジでいつ以来だろう)ドーナツトーク社の単独イベントをやることにした。5年くらい前までは常時行なっていたが(たとえば「不登校と倫理」を考える会とか、ボランティア養成講座とか)、プラッツと大学院に行き始めた頃からそれどころではなくなった。

仕事的には今も忙しいが、何かやりたくなってきたのだ。部屋も(プラッツとは別の場所に)押さえた。小規模なもので、結構「濃い」のをする予定。近々このホームページでも宣伝します。

●4月12日(月)

年度末からの懸念事項が少し展開し始めたのでほっとする。あとは『キッド』の発行だ。自分の原稿はすでに書いたが、もう1本の長いのをぼちぼち書いている。

久しぶりにスピヴァクの『ポストコロニアル理性批判』を手にとる。本文ではなくて、おまけのデリダ評を再読。うーん、おもしろいもので、半年前よりはだいぶ理解できる。しかしこれだけしつこくデリダものを再読していると、研究者の人たちもわりと雰囲気で書いている部分があるのでは、と思う。たとえば、一番難解な「差延」概念の議論なんかは、各研究者とも説明に苦労している。あと、途中からパワーダウンしてしまう論文もある。

再読のたびに新しい文脈を発見し、新しい意味を見つける。逆に、以前引いたアンダーラインの意味がわからなかったりする。こういうのは、対話のレベルでもいえる。結構同じテーマで同じ人相手に人は話し合ったりするが、「また同じ話だ」と諦めるのではなく、話の流れによって全然別のテーマに接木されたりする。同じ言葉でもコンテクストによって全然別の意味になる、みたいなことを書いてしまうのも、デリダ病ですね。

●4月9日(金)

訪問他。

イラクの事件を聞いて、何となくデリダの『他の岬』という本を手にとる。

同書は、89年の社会主義崩壊を受けて出版された本。「岬」というのはヨーロッパのことで、だから今日性はないと思うのだけど、以下のようなセンテンスは示唆されることが多い。

「文化の固有性とは自己自身と同一でないことである」

アラブ文化(さらにそれを細分化する宗派別文化)、日本文化、アメリカ文化、フランス文化等、一見それ固有だと思われる文化は、実は「他者の文化」の侵入を前提としている。どの文化も、自己の文化の主体性を主張する以前に、他文化との混交性を前提としている。そんなことをデリダは言いたいのだろう。他文化との交流があるからこそ、自分たちの文化と思っているその文化が存在できている。

自衛隊派遣に反対だろうが賛成だろうが、テレビや新聞を見れば見るほど、それらの土台であるナショナリズムに自分が汚染されていくような気がする。「他者の先行性としての文化」を考えるためには、確定された事実を知る程度で十分のような。

アメリカ云々と語るときに、その文化圏に属する日本という国にさらに属している自分というものに警戒する。日本というナショナリズムはさらに大きなアメリカニズムにいやおうなく覆われている。そしてそのアメリカニズムはアラブ主義と対立する。自分の思想云々という前に、自分が強制されている文化が、全然他者性を考慮していないことにいらつく。

そんな無力感のせいかな、たとえば空爆みたいなのがない限り戦争にリアリティを感じなかった戦中のあり方みたいなものに、自分もなるような気がする。

●4月7日(水)

訪問他。

「甲殻機動隊」について何人かと話す。僕はマンガの1巻発売の頃から記憶しているが、マンガ版ではテレビ版のようにキャラクターが肉付けされていなかった。キャラクターの肉付けは、映画版のパート1から始まっている。そしてマンガ版2,テレビ版1、映画版2,テレビ版2というぐあいに、各作品によって制作者が違うのだけれども、そのたびに受け手にとってはキャラが分厚くなっていくという奇妙な展開がなされた。

でもこれはよく考えてみれば、我々の日常ではありがちなこと。誰かが誰かに対する印象は、オリジナルがあるわけではなく、誰かが誰かに対する噂話ないし批評が複数重層的に折り重なって、その誰かのキャラ設定がいつのまにかなされていく。たとえば僕であれば、「傲慢な人物」あるいは「適当な人」あるいは「変わった人」みたいな印象がいくつものネットワークの中で蓄積されていって、「あの人はあんな人だから」みたいなのが定着されていく。

「甲殻」のトグサは、マンガ版では、決して今みたいな印象的なキャラではなかった。同じくバトーも、脇役の位置からはみだしてはいなかった。ネットワークが重なるごとにキャラが分厚くなり、それが簡単な評価を許さなくなるのは、実際のコミュニケーションと似ている。

●4月6日(火)

先週もまあバタバタしていたのだが、今週からいつもの日々が戻ってきた。そういうわけで、今日は1日中プラッツ。「1日中」の意味はわかる人にはわかってもらえると思う。最後は回転寿司で締め、帰ってみれば23時。疲労感はあるけど、僕は仕事は楽しいと感じる。

ところで、最近の「ひきこもり」議論の中には、「支援者にすがる気持ちを抱けない」というテーマがあるらしいのだが、そこには重大な意味があるかも。というのも、「ひきこもり」というのはそもそも支援者が名付けたものであって、支援者は、支援を求める人が被支援者だと思っている。その被支援者の中に、支援を必要としない人が少なからず含まれているのも知らないで。

状態像でしかない「ひきこもり」の人にとって、それは当たり前のことだと僕は思う。つまり、「当事者」としては、たまたま自分の状態像を名付けたのは支援者側だったとしても、それは何も支援者にとってのターゲットではない。名付ける支援者があったとしても、支援される「当事者」とイコールでつながるのはおかしい。だからこそ僕は(つまり「当事者」と名乗る以上は)、被支援者であることを拒否するのであれば、「当事者」として能動的に動いてほしい。

このあたり、支援者と被支援者のせめぎあいが「ひきこもり」というジャンルで生まれており、それはそれで生産的だと僕は思う。生産的であるためにはルサンチマンみたいなものを払拭しなければいけないけど。

●4月5日(月)

テレビ版「甲殻機動隊」を時々借りては見ている。このソフトはたいへん人気があるため、常時ほとんど借りられている。ただ、基本的に1話完結ものなので、今日は思い切って終盤の11卷と12巻を借りてみた。

話は思ったよりも単純だった。「甲殻」でこの展開はあり? みたいな感じ。ただ、物語のキーパーソンである「笑い男」の元ネタがサリンジャーだったことにはびっくりした。サリンジャーの『ナインストーリーズ』に同題の短編があり、僕は高校時代、9本の短編中一番地味な話だったなあ、くらいしか覚えてないが、まあそれは悲しい話だった。

テレビ版「甲殻」は究極のエンタメなのでこれ以上は書けないが、作り手の年齢の若さがわかってしまう(事実、おまけ映像で出てくる脚本家たちはみな30才前後のようだ)この作品は、マンガや映画とは別と考えたほうが楽しみやすい。なんと、「ホールデン」という単語(『ライ麦』の主人公)も出てくるし。

マンガや映画の「人形つかい」と、テレビの「笑い男」では大違い。サリンジャーファンだった僕としてはどちらも好きなのだが、やはり同作品は、マンガ版のパート2が一番難解で、おもしろいと思う(映画版2作目の『イノセンス』はかなりぶっ飛ばしているらしいが)。

●4月1日(木)

この前、「僕はポストモダンは語れるけど、ポスト構造主義についてはうまく語れないなあ」と自分で思ったことがあり、ということは、そもそも構造主義をわかってないんだなあと思い至り、何度目かの構造主義入門情熱にかられている。

これまで何度も構造主義の入門書は読んできたつもりだが、そして、ソシュールとか前期フーコーとかラカンとか個々の思想家はつまみぐいしているのだが、そもそも「構造主義」をちゃんと僕は語れない。そんなわけで今日買った本は、『寝ながら学べる構造主義』(内田樹、文春新書)。どうせまた右から左だろうと思っていたが、この本はおもしろかった。

同書の構造主義の定義は以下の通り。少し長いけど引用する。

「私たちはつねにある時代、ある地域、ある社会集団に属しており、その条件が私たちのものの見方、感じ方、考え方を基本的なところで決定している。だから、私たちは自分が思っているほど、自由に、あるいは主体的にものを見ているわけではない。むしろ私たちは、ほとんどの場合、自分の属する社会集団が受け容れたものだけを選択的に『見せられ』『感じさせられ』『考えさせられている』。そして自分の属する社会集団が無意識的に排除してしまったものは、そもそも私たちの視界に入ることがなく、それゆえ、私たちの感受性に触れることも、私たちの思索の主題となることもない」(同書25頁)

なんだ、これだけ? みたいに思ったが、そこがミソ。つまり構造主義とは我々の「常識」のひとつになっているがゆえ忘れられがちなのだ、というのが著者の言いたいことなのだろう。だから僕も、なかなか構造主義を語ることができなかったのだ。そんなわけで、今日はフーコーの『狂気の歴史』も偶然僕は読んでおり、どうもフーコーがおもしろくなかったわけがわかった。だって、フーコーはすでに、いつのまにか我々のトークの「前提」になっているんだもの(フーコーを直接読まなくとも)。

そんなことをおずおずと指摘するのも僕の仕事かなあ、とも今日は思った。というのも、「ひきこもり」言説システム内においては、そうした「常識」とか「前提」をあらためて検証することなく、右往左往する議論ばかりだとこの頃感じていたから。自分の頭で考えて独自な議論だと思っていても、それはもしかして、自分が嫌悪する言説と同じ「前提」から発せられていたりする。そこが見えなければ、閉じた円環システムの中にいつのまにか自分も存在してしまうことになる。つまり、発言する前にきちんと読むということだ。ちょっと教条主義かな?

●3月30日(火)

パリに行ってまで日記を付け続けていた僕だが、とにかくここ1週間はバタバタしていた。それも、今日でちょっとだけ区切り。

今日の夕食は、鯖の味噌煮と、沖縄ハム(例の缶詰の奴)とモヤシの炒め物等。週末のイベントが原因だと思われるが、喉がガラガラ、たぶん風邪を引いてしまったんだろう。まあいずれにしろ、いわゆる行政的にいうところとの年度末が過ぎ去って行きつつあり、新年度がすぐそこにある。そんな、区切り。

●3月24日(水)

午前中はプラッツ塾長のK君と講演。行政の人たち対象。午後は訪問、そのあと、別の行政の人たちと話し合い。

今日の講演で、僕は初めて「自己決定」と絡めてデリダの名前をきちんと出した。聞いてる人たちはほとんどうわの空だっただろうけど、僕としては記念すべき日。「純粋な自己決定はない」という、僕が講演等で話す決め言葉は、実はデリダの言葉なのたが、それを今までは出典をあいまいにしていた。

でも、やっと、それはデリダにある(直接的には『法の力』)、と言い切れるようになってきた。聞いてる人には(とかいっしょに行ったK君には)申し訳ないけど、今日は、僕がデリダをやっと公に言葉にできた日だった。つまり、「純粋な自己決定はない。法(=一般的決まりごと)をその都度その都度逸脱しつつも、悩みながら『こうしよう』って決定せざるをえない」ことが、個別な「倫理」なのだっていうことを示す覚悟をもてた日だった。

まあそれは僕だけの記念日。

●3月22日(月)

午前中プラッツで会議、午後は「しごとふれあい広場」、夜は某講演の司会。

すでにパリが懐かしい。個人としてではなく、組織として仕事をするということ、そのたいへんさを、40才にして(そういえば今月の14日で40才になった)しみじみと痛感している。

というわけで、電車の中では、ついに入手したデリダの論文「プラトンのパルマケイアー」に逃避している。

●3月19日(金)

午前中『キッド』の原稿。午後から「しごとふれあい広場アメリカ村」、夜はプラッツでミーティング。

『キッド』づくりの関係上、久しぶりに、徹底的に哲学を読んでいる。まあ徹底的といっても仕事の合間だから限られているのだが。現在のもっぱらの対象はデリダ。しかも、デリダのいくつかの緒論分を何回も繰り返し読む(デリダの邦訳は驚くほど多いのだが)。読めば読むほど、味わいがある。たとえば、「ユリシーズ・グラモフォン」という論文の白眉は後半の20ページ程度なのだが、読むごとにこちらに伝わるイメージは異なる。しかも、その間に読んだ解説書の示唆なども絡んできて、デリダの引用の氾濫を、ついつい許してしまう。

そんな反動からか、今日の「ふれあい広場」の僕が担当した某イベントの司会は、哲学チックなものとなってしまった。まあこんな日もあっていいでしょう。哲学を超読み込んでこそ、僕の精神的安定はあるようだ。

●3月18日(木)

1日中プラッツ。

20時くらいに帰ってきて、サッカーを見る。日本チームがオリンピックに行けるかどうかという試合。テレビ朝日の放送は右翼チックで前から気持ち悪かったが、今日も「聖地・国立」とか何度も叫んでいた。一見ハチャメチャ気取りの「大スポ」は、実は日本大好きで、今日の記事などには「負ければ国賊」なんて表現もあった。

高橋尚子のマラソン報道も含めて、僕が若い頃に比べると、格段にスポーツを通したナショナリズムは強力になっている。たとえば僕が、日常の会話などで「天皇なんて死ねばいいのに」なんて言うと、その場には沈黙が支配する。天皇死ね発言に対して「イェーイ!」なんていうリアクションも、昔は普通だったんだけど。

天皇に関する僕自身の行動・発言はあまり変わってないはずなので、ということは、あきらかに日本は右傾化している。誰かが言ってたが、日本の気色悪いところは、対象が何に変わろうとも、何かに従属しながら、何かに対する悪意をみんながいっしょになって表明・行動するところ。この気色悪さを解消するには、やっぱり混血化をすすめるのがてっとりばやいんだろうけど、「内」と「外」の区別(これが近代化の象徴)も強力だからなあ。

●3月16日(火)

1日中プラッツ。

究極的に「どこに旅行したいか」という話を某青年と話していて、「東京」という感想を聞く。確かに、パリよりは遙かにスクラップ&ビルドが激しい街。また、テロの可能性も、ニューヨークとロンドンに続いてある街。

でも、感動が薄い街、それが東京でもあるだろう。でもでも、実は、大阪のほうが今はおもしろくないと僕は思っている。

●3月13日(土)

今日は、例の第2土曜日(プラッツスタッフにとっては最大の多忙日)。朝10時の運営委員会から始まって、延々いろんな会議&援助が続き、終わったのが18時。僕は集中力を欠き、プラッツ塾長のK君は何を言ってるのかわからないくらいの小さな声。人々の呼びかけは、さすがにこうなると、すごく遠い他者となる。

K君と僕は、互いのフォローの必要性を感じながらも、互いに「さよなら」と言いたい欲望の先行性に負ける。

けど、プラッツの親の会自体は、すごく新しい何かを感じ続けている。

●3月11日(木)

1日中プラッツ。

22時前に帰宅し、大急ぎで近所の銭湯に駆け込む。銭湯不況のせいなのか、僕の近所の銭湯もいつのまにか22時30分に終わる事態に陥っている。

番台には現主人夫婦の他に、たまに先代夫婦も座っている。その先代の、妻のほうがどうやら呆けているらしい。現経営者の、妻のほうはその先代妻(姑)のめんどうを看ているらしく、姑が何かするたびに、幼児に話しかけるようにして叱る。

僕も、自分の祖母をそんなふうにして看取った経験がある。呆けまくる家族に対して、冷静に対処することなどできはしない。普通、呆ける家族と出会う経験など多くて2人(孫からすると祖母と祖父)だけなのだ。そんなわずかな経験だけしかもたざるをえない家族に対して冷静な対処などできない。それを専門家は叱っても仕方がない。

そして、まわりの者は、「人生の先輩である老人に対して、赤ちゃんに話しかけるようにして接するなんて最低だ」なんて、簡単に裁断することもできない。

●3月9日(火)

1日中プラッツ。まさに1日中、みたいな感じでプラッツは忙しい。いったい4月からプラッツはどれだけ忙しくなるのか、そんな恐怖感さえ抱く。

京極夏彦の新作(去年出たやつだが)、なかなか進まない。やっぱりこれは「関口もの」に原因があるかも(ファンならわかる)。だらだらだらだら、どうも、無理して大長編にしているような気がしてならない。今回の作品なんて、200ページですんだのじゃないか。思い切って、200ページの京極堂ものを書いてみてもいいのに。

●3月8日(月)

午前中、確定申告。午後は、久ぶりに「しごとふれあい広場アメリカ村」。

なんか、この前から素朴に思っているのだが、いろいろな会話の中で、いまだに「ほんとうの自分」とか「自分らしい自分」などといった発言をよく耳にする。

それは僕にとってはずいぶん昔に排除した発想なのだが、よく考えると歌の歌詞などにそれらはしょっちゅう出てくる。ほんとうの俺をみてくれよ、とかなんとか。

「ほんとうの俺」の根源を、デリダは、フッサールを例にとって批判する。フッサールは、自分が自分であるという根源を、「自分が話すのを自分が聴く」(つまり無言の独白)という点に結びつける。音声に出さない独り言は、究極の「自分が自分である証」というわけだ。

でもデリダは、『声と現象』において、2つの点から反論した。1つめは、フッサールの時間論には矛盾があるという点。フッサールは、時間分析において、「現在」には「過去のほうき星」(フッサール的には過去把持という)みたいなものがくっついており、これがだんだんと過去になるとしたが、それの過去と現在の境目は線引できないだろうとデリダは指摘した。現在には、自ずから過去というほうき星がくっついていて、それらをトータルとして「現在」というのなら、過去に含まれる「他者性」はどうしても捨てることができないだろう、みたいな。

もうひとつは、「自分が話す」ということを「ほんとうの自分らしさ」の根拠にするということは「話す」ということの優位性を(たとえば「書く」ということに比べて)無条件に信じているということなのだろうが、その「話す」はそれほど信じていいことなのだろうか、という点(デリダの参考書では、パロールとエクリチュールの違いとしてこれは普通説明される)。たとえば、僕が「話す」とき、とりあえず「私は」という主語をつけるが、この「私」という言葉は「話す」ことの拠点になっている。

でもちょっと考えれば、この「私」はいくらでも他の人と言い換えがきく。「私」というのは、他の人も名乗れるし、もうひとつは、私が死ぬ可能性があるからこそ、「私」の意味は成り立つ。他者と死、この2つの意味において、そもそも「私」という主語は他者性に浸食されている、とデリダは指摘する。

自分へのメモ代わりに書いているので、全然うまく説明できてないけど、まあ僕にとっては「ほんとうの自分」というのは、尾崎豊とか佐野元春とか、その他90年代以後の幾多の表現者たちの真摯さを嘲笑うようにして、頻出してくる形而上学的表現だ。「ほんとう」の裏にはウソがあって、この世界では往々にして、ウソはマイノリティへと押しつけられる。「ほんとう」を求めている人たちは、マイノリティへの差別への反感も抱いているのだが、「ほんとう」を求める発想そのそもの(形而上学=-ほんとう/ウソの2項対立の世界)が知らず知らずにメジャー側になってしまうという矛盾を、まあ僕は書きたいんだなあ。

●3月7日(日)

フランス行きでストップしていた確定申告の作業をする。明日提出して完了の予定。

ずっと毛嫌いしていたセルジュ・ゲンズブールのCDをやっと聴いてみる気になっている。ジャズっぽい曲ばかりを集めたベスト盤を聴いてみたが、フランス語の雰囲気には浸れるものの、やはりいまいち入っていけない。僕より年下の人は何ともないんだろうが、僕世代の場合、バブル的サブカルチャーとどうも同歌手は結びついていて、僕にとってはイメージが悪い。

パリのジルベール書店(こっちでいえばジュンク堂みたいなチェーン店)では、ワンフロアすべてにフランス音楽を並べてあったが、当たり前だが僕の地元のツタヤではゲンズプールとかフランスギャルとかジェーン・バーキンのようなオールドミュージックしかない。日本と同様、フランスでもラップやテクノが優勢だったのだが。けど、テレビでは日本と同じで、エイベックスみたいな音楽のオンパレードだった。

●3月5日(金)

2件訪問。その間、高橋哲哉『デリダ』(講談社)を延々読み返す。

不眠状態が2晩続いたが、やっと時差ボケも解消、体調はパリ行きの前に比べるとはるかに向上している。あの不安障害もどこへやら、やっぱり気にしすぎていたのかしら。でも、あれを体験したことは仕事をする上で非常に意味があった。青年たちとの距離が、なんとなく変化したように感じる。

●3月3日(水)

昨夜は10時に就寝、夜中の2時に目が覚める。これではダメだと布団内で格闘、数時間もんもんとしたあと、いつのまにか寝ていた。起きたのが朝の9時。たぶんこれで時差ボケは解消されただろう。

今日は最後の休養日。銀行に行ったりする。本屋で、『移民と現代フランス』(M.ジョリビエ著/集英社新書)を購入。同書によると、フランスで最も差別されている移民は「プール」(アラブの逆さ読み)であり、特にマグレブ人(アルジェリア、チュニジア、モロッコ)で、その中でもアルジェリア人は特別だとのこと。サハラ以南の黒人はプールの人たちよりも差別されておらず、アジア人(と南米人)にはマイノリティの中でも差別意識が低いらしい。そういえば僕がフランスで語ることのできたインテリたちも南米出身だった。

アルジェリアは長らくフランスの植民地だった国。このあたりは、日本の在日韓国朝鮮人問題と少しだけ似ている。「内」に近づけば近づくほど、それを「外」として排除する例の構図。内/外のカテゴリー分けは、いろんなキーワードを使っていくらでも脱構築できるだろうが、その作業が知識人(というか読書習慣のある人以外の人たちに)以外にどれだけ伝わるのか。

ゴダールの『気狂いピエロ』(きぐるい、ではなく、きちがいと読もう)を帰ってぼぉーっと見る。65年に作られた映画は65年につくられたものだと割り切って見れるようになれた。今さらゴダールというのもかっこわるい話だが、その単純なつくりにびっくりする。学生時代に見たときはわけがわからなかった。ゴダールは色を楽しむもの。フランスで見た『軽蔑(メプリ)』も超単純な話だったが、色彩とブリジット・バルドーがきれいだった。

フランスで自分のために買ったものは、デリダの『ユリシーズ・グラモフォン』の文庫本のみ。さあ、明日からこの原書も参照にしつつ、今年の僕の課題に取り組もう。僕の中に潜む、「内/外」(「自己と他者」の2元論が支配したりされなかったりする世界)に対するデリダ的脱構築欲求をはやく捨て去り、もっとごちゃ混ぜのドゥルーズ・ワールドへ行って(書ききって)しまおう。

●3月2日(火)

いやあ、無事に帰ってきました。パリ日記も中途半端なまま、あっというまの10日間。さいろ社のM君に電話してもいないし、僕のパリ日記をどうするかは明日以降に考えるとして、とりあえず無事帰国の報告です。

しかし、ついさっきパリを発ったのが1日の夕方で、12時間くらい飛行機に乗ったら2日の午後、というのはなんだか変な感じ。身体もだるい。

でも、念願の銭湯にさっき入ってきた(パリではすべてシャワーだった。おまけにパリは水事情が悪く、日本のようにお湯を思いきり使えない)。それと、マグロの刺身も食べた。ついでにキムチも。

帰りの飛行機は、若い日本の女ばっかり。どいつもこいつもでかい買い物袋を抱えて、同じような格好をしてと、さっそく怒りの導火線に火がつく。けど、海外旅行者がこうして、自分が経験した海外と日本を比較した上で日本を小馬鹿にするのは、あまりにありがちなのでやめる(めちゃくちゃ書きたいことはあるけど)。

銭湯で、おじさんたちが語り合う、いかにも日本っぽい会話には腹が立つどころかほっこりとした気分になったりして。

        ★3月1日(月)

昨日の日記でラストにするはずだったのだが、今日の帰国の飛行機まで時間があるので少し書
く。
現在は1日の午前9時、日本は夕方だろう。

昨夜は、ラストということで、ミーハーにもエッフェル塔に登ってしまった。
100年前につくられた「鉄のレース」の一番上は、かなり怖かったが、あらためてパリ中心部
の「低さ」と「暗さ」について驚く。上から見るパリの街は、火山地帯の「マグマ」のよう
(パリ知人の感想)でもあった。
エッフェル塔よりも古い、5~6階建ての建物が続く暗い建造物の間から、マグマのような光が
溢れ出ているような感じ。

でも、少し目を周辺にやると、高層ビル群は存在している。それと、日本の公団住宅のような
建物も乱立する。
歴然たる階級差と貧富の格差、多様な人種構成。
犬の糞でまみれた歩道、それを毎朝箒で洗い落とす労働者達、そんな道に臨んでいる数々のブ
ランドショップ。

そして、通りに座る、犬や子どもを連れた物乞いの人たち(大阪にはホームレスの人は多い
が、最近は物乞いの人は見ない)。
この前泊まった中学教師の話によると、昔からパリには物乞いは多数存在しているが、最近に
なればなるほど、移民の姿が多くなっているとのこと。

こちらにはコンビニはなく、そのかわりアラブの人たちが経営するよろずやのような店が、日
曜が休みだったり閉店が早い店が占めるこの街の不便な部分を補っている。
かと思えばその隣に、高級総菜屋があったりする。

シネ・フィロに参加した人のなかには、自らのエリート性を問う発言をする人もいたが、そう
した哲学カフェの議論を窓越しに覗き込む移民らしき若者たちもいる。

うるさいほど人々が使用する「ボンジュール」「ウィ」「ノン」「メルシー」「オー・ルボワ
ール」等の挨拶は、コミュニケーションの始まりと継続、そしてその終了の記号として明確に
使用されているようにも思われた。ここにも何らかの「線引き」がある。

数々の線引きをあえて露出して生活する街、その線の象徴が、エッフェル塔から見た「マグマ
のライン」のようにも僕には思われたのであった。
今回の「パリ編」は以上です。


★2月29日(日)

4年ぶりの2月29日をパリで迎えた。
昨日と一昨日はカルチエラタンのホテルで過ごし、一昨々日は知人の友人宅(チリ出身カップ
ルのインテリ)で泊まったので、インターネットを見るのも久しぶりだ。

で、もう明日は帰りの飛行機に乗る予定だから、結局この日記も尻すぼみに終わったな。

そういえば、一昨日の夜は知人の別の友人達と語ったのだが(というか知人に通訳になっても
らったのだが)、そこで少し話題になったのが日本語の「お疲れさま」という表現だった。

その、知人の友人は中学教師をやっており、フランスの教育現場の話を聞くにつけたいへんそ
うだったので、日本の教師の友人の顔も思い出した僕は、つい「たいへんですね」とか「おつ
かれさまです」を連発してしまったのだった(通訳するのも難しそうだったが)。

でもそのとき、その中学教師は少し怪訝そうな表情をした。
あとで日本人知人に聞くと、どうもこちらでは、いくらたいへんなことであってもそれはその
当人が選んでやっていることなのだから、そのことにたいして「たいへんですね」「おつかれ
さまです」と言うのは、少し失礼にあたるらしいのだ。
だから、その中学教師の答え方は、「お疲れさまです」のなかにねぎらいの意味を感じていな
いように僕には思われた。

あと、チリ人カップルの女性のほうは精神分析家であり、逆転移とか「クライエントの前で治
療者が泣くこと」に関する問題について興味深い応答をしてくれたのだが、まあそれも日本に
帰ってから考察することにしよう。

今日は(現在は正午頃)今からレストランに行って旅の打ち上げの予定だ。
そのあと「シネ・フィロ」というイベントにも参加する予定。
これは、映画鑑賞と、その映画についての議論がセットになったもの。上の、精神分析家のパ
ートナーが司会をしている。

もしかしてこれがラスト日記になるかもしれないが、その場合はまたドーナツトークの日記で
会いましょう。


★2月25日(水)

今朝はコインランドリーで洗濯。
僕は学生の頃しょっちゅうコインランドリーを使っていたが、日本のものよりも少し使いにく
い。お金を入れたり操作をするのをすべて中央にある装置でしなければいけない。
大丈夫かなあ、と思っていたところ、案の定故障だった。近くの別のコインランドリーに移動
する。

昼からは、現代美術を展示しているポンビドゥー美術館に行く。ルーブルやオルセ−よりも観
光客が少なく、白人率がかなり高かった。

夜は知人宅で自炊。
そういえば、パリに来てから夜はすべて自炊だ。自炊だけど、めちゃくちゃ太ってしまった。
知人たちの作る料理が非常にうまく、そこに僕の気分料理が加わり、結果として豪勢なものが
できあがる。

そんなわけで、こっちにきてから毎日のようにスーパーに通っているのだが、とにかく野菜が
安い。あと、チーズとワインもめちゃくちゃ安い。パンも、おいしくて安い。ソーセージもか
な。あとは日本と同じくらいか。

外食は非常に高く、カフェといったって、コーヒーと何か食べるだけで1000円は軽く超えてし
まう。だからパリの人たちは、パン屋でサンドイッチを買って(でかいフランスパンを使用し
ているのでお得)、この寒空の下、公園なんかで食べている。
カフェできる人は、階級がだいぶ上か、観光客なのだ。

フランスはそんなわけで階級社会でもあるようだ。アフリカ系の他、アラブ系やアジア系も思
いのほか多い。特にアラブ系は、コンビニのないこの都市の、不便さを補うようにして小さな
商店を経営している。
僕も気づけばアラブ系の店でよく買い物している。フランスがイラク戦争に一定の距離をとっ
たのは、何も石油利権だけでもないような気になってくる。

明日はイルドフランス(パリ郊外)に行く予定だ。日記は無理だろう。


★2月24日(火)

今日は朝くつろぎ、まずはリュクサンブール公園へ。そのあと、エコール・ノルマル(デリダ
とかフーコーとがいたところ)にモグリ見学。
そのあと、実は今週末はひとりでホテルに泊まろうと思っているので、カルチェラタン界隈の
ホテルに予約のために立ち寄る。マダムみたいな人が細々と経営している、瀟洒なホテルが空
いていた。

ドゥルーズとかデリダとか、主とした思想家の本を発行しているPUF書店に立ち寄る。日本で
は、洋書専門店に注文して買っていた本たちが版元によってずらっと並んでいる姿に感動。

そこから出たあたりで16時半頃。今日はこれでおとなしく帰ろうと思ったが、突然思い立ち、
印象派中心の美術館であるオルセー美術館に衝動的に入る。閉館まで1時間くらいしか時間が
なかったので、最上階の印象派のみ一応見る。

ゴッホの「ひまわり」とか自画像、ルノアールとかゴーギャンとかモネの一連の絵、それらが
ずらっと並んでいることに変な感慨を覚えるが、なぜか、静物ばかりのセザンヌにひかれてし
まうことが不思議。近いうちにもう一度行って確かめよう。

今日になって思ったが、フランス人の「ウィ」の力強さに意外な感じを受けている。
デリダは、「ウィ」を分析して、そこに2つの意味を見いだしている。それは、「ウィを言う
ためにはその前にまず他者がいる必要がある」(自己への他者性の汚染)、「一度目のウィに
は必然的に『そのウィを守ります(あるいは守らないかもしれない)という、約束のウィが伴
う』という2つの意味だ。

まあその解説をすると長くなるのでやめるが、僕は、そんなデリダの議論を受けて「ウィ」は
すごく繊細なものという先入観を抱いていた。
それが、実際の「ウィ」たちは、ずいぶん力強い。まるで大阪人の使う、「まいど!」みたい
な感じなのだ。

宿泊先の知人が言うには、フランス人は大阪人のノリに近いらしい。
そうなると、デリダの「ウィ」の議論もまたニュアンスがかわつてくるなあ(というか、デリ
ダを翻訳した人たちのデリダ観を脱構築する必要もあるのかなあみたいな漠然とした感触)と
も思った。

フランスのテレビでは今、『薔薇の名前』をフランス語吹き替えで放送中。それをちらちら見
ながらだらだら書いてしまった。


★2月21日(土)、22日(日)

21日は知人の案内で凱旋門とかシャンゼリゼ通りとかカルチエラタンとかなどの王道路線。
今日、22日は1日中ルーブル美術館。

パリは、行く前に予想していたよりもすごい街だと実感。街中が統一した計画で数百年間つく
られつづけ、その結果、近代的ビルが見渡す限りないという希有な光景を生み出している。
俗な言い方だが、すべてが大阪の中之島公会堂だと思った(まあ中之島のあの建物のかたちで
はなく、もう少しアパルトマン調なのだが)。でもやっぱ、ちょっと俗すぎるな。

ルーブルには1日中いたものの、やっと半分みただけ。圧巻はモナリザではなく、カルバッジ
オとフェルメールだった。絵画の量の多さに負けないように集中して歩いたので異常に疲れ
た。
1階のギリシア・ローマ(ミロのビーナスとかある)の収集は、やはり帝国主義を連想させ不
快になった。そうなると、カルバッジオなんかもイタリアに返却しなければいけないのだが。

今日はここまで。観光嫌いの僕がすっかり観光道をきわめる気になっている。


★2004年2月20日(金)

いやあ、13時間の空の旅を耐えきり、無事パリに着いた。
それが、着陸寸前、隣に座っていた青年が急に震えはじめ、あと5秒で着陸という時に、おも
むろにビニール袋をとりだし、その中に戻しはじめたのだった。
げぇげぇ苦しむ青年の背中をさすりながら「大丈夫?」と声かけつつ、しかし僕はパリの、着
陸寸前の飛行機の中でまでこうして青年支援をしているんだなあ、と感慨に耽ったのであっ
た。

そのあと空港でテレホンカードを買って迎えにきてもらう知人にかけようとしたところ、いく
ら番号を押しても電話が繋がらない。
どうしようと思って、お金を両替えした係のおばさん(そこでカードを買った)にもう一度身
ぶりを交えて聞くと、なんとフランスの最新テレホンカードは電話機にカードを入れなくても
いいということだつた(フランスは携帯普及率が120%なのに、いまだ公衆電話が多い)。
カードを入れず、冒頭に4桁の数字を押し、さらに自分だけの長い暗証番号をダイヤルし、そ
のあと相手の番号を押してやっと相手に繋がるという仕組み。計20以上は確実に数字を押す。

まあ何とか知人とも会うことができ、電車を乗り継ぎ、駅から10分くらい歩いて着いたそのア
パルトマンは、なんとなんとエッフェル塔のすぐ近く。エッフェル塔は夜間、1時間に1階きれ
いな電飾を行っており、それを窓から見ることができる。
実際見るその塔は、東京タワーよりも遥かに独特の雰囲気をたたえた建造物だった。
たぶん周辺に高い建物が何もないせいかも。

ちょっと書くつもりが長くなった。では今日はこのへんで。今からポンヌフの橋を見てきま
す。(田中俊英)


★で、上の3月1日までの日記は、最初さいろ社のホームページに載せてもらったものです。たくさん撮った写真はいつかこのHPに掲載したいと思っています。

●2月19日の追加──パリ日記!

で、以下の日記を書いて銭湯に行ったあと、さいろ社のM君から電話あり、別件で話すうち、アイデアをひとつ思いつく。

それは、さいろ社HP経由のパリ日記。以下のさいろ社HPトップページに飛ぶと、たぶんM君が僕のパリ旅行期間限定のミニページをつくってくれているはずです。

滞在先の知人にデジカメを借りて、写真付きでご報告できるかも。ほんとうは完全に姿を消したかったんだけど、まあいいか。では今度こそ、オー・ルヴォワール。

さいろ社HP

http://www.sairosha.com/index.html

●2月19日(木)

1日中プラッツ。

いよいよ明日からフランス。といいながら、何をどう準備すればいいのかいまいち現実感がなく、いつもの「まあいいか」的気分になっている。フランスよりも、明日朝の電車のラッシュなんかが気になっている。

帰ってくるのは3月2日です。うまくいけば生デリダの講義も聴けるはずだったんだけど、突然の休講のためにそれも流れた。デリダの邦訳をパリに持っていくという、相変わらずの歪みぐあい。

まあ、今日は日記はやっぱり落ち着いて書けないや。とりあえず銭湯に行ってリラックスしてきます。京極の新作をちょっと読んだけど、ううー、僕の苦手な「関口もの」なので、ちょっと飛行機の中が心配。飛行機の中に『エヴァンゲリオン』があれば一番いいんだけど。ではみなさん、オールヴォワール。

●2月18日(水)

心斎橋のシティバンクでフランス旅行用の資金を入金したあと、2件訪問。夕方、本屋でこれまたフランス用の「地球の歩き方・パリ編」と、飛行機用の京極夏彦の去年出た新刊を購入。

といいながらも、全体的にフランスはあとまわしになっている日々。明日はプラッツ。出発は明後日。さて、用意は整うのか。

●2月16日(月)

行政との会議が連続。そのあと、しごとふれあい広場アメリカ村。夜は同所でまたもや会議。

昨日は適当に日記を書いてしまったが、思い出せば思い出すほど、昨日のプラッツの講演会は大成功だったと思う。自画自賛は嫌いだけど、やはり、何の中心的パワーもなくこれだけの人々が集える場所はもしかしてそれほどないのでは? 「ひきこもり」援助の前線という面とは別に、「理想としてのNPO法人」としてプラッツを紹介してもいいのでは、などと思った。

あと、なぜか今日になって、不安障害は治癒した気分になった。フランス行きまで、あと4日。

●2月15日(日)

はあ、なんとかプラッツのパネル・ディスカッションをこなした。最初の3分はしどろもどろでたいへんだったけど、意外と早くに立て直し、一応盛況の中終わる。みなさんありがとう。さあ、あとはフランスへゴー! だ。

そのあと、打ち上げ。飲み会の中、若い人たちの真面目ぶりにあらためて驚く。というか、僕のポストモダンぶりは(まあ、エロぶりとも言われるが)、たいていの人たちには理解できない。団塊世代に見放されるのは仕方ないとしても、下の世代とも価値観が開いてしまうとは、僕が20代前半の頃は思ってもいなかった。僕の予想では、今頃はポストモダンが徹底されているはずだったのだ。

大げさに言うと、国家システムでは「帝国」的グローバリゼーションが進みながら、コミュニケーションレベルでは、本質主義的で倫理的なものに後戻りしているような。いよいよ僕とか、さいろ社のM君などは変人としてしか扱われなくなっている(それが気持ちいいんだけど)。

●2月14日(土)

1日中プラッツ。明日はついにプラッツの講演の日。それを無事済ませてフランスへ、が僕のここ1ヶ月のスローガンだ。

電車の中では、相変わらずデリダ。それも、デリダの古典中の古典である、『声と現象』。5年くらい前に読んだときはちんぷんかんぷんだったのだが、いやあ、これが哲学のおもしろさですね、何回も読んでいるうちに意外とわかるようになっている。

同書のポイントはひとつ。自分が今存在しているっていう最大の根拠を、現象学(フッサール)は、「自分が話すのを聞く」ということにおいている。それはそうですね、自分が話している、その直接性だけは疑いようもない経験的根拠があると誰もが思っている。

たとえば僕だって、「今」というその瞬間に声を出している、その「声」はまったく疑いようもない直接性を持っていると確信している。だからその直接性には「自分」しかなく、自分だけでその会話する自分を支配していると確信している。

でもでも、いわゆるデリダの「差延」というのは、そこを疑う。どう疑うかっていうと、つまりは、今という瞬間に「声」を出している、その瞬間においてさえ「他者性」が混入しているということを、まあ哲学的におたくチックに論証していくわけです。この日記でその論証の細かい部分を書いても仕方がないけど、確信的な「自分」なんてものはあとから現れるもので、根源的な場所では常に他者性にまみれているというのがデリダの昔からのポイントだ。

こういうのを書くと、「そんなの当たり前だ、何が不思議なの?」みたいに言う人と、「そうか!」みたいに驚く人の2つに分かれる。他者性を前提としている人と、他者性と格闘している人。僕は明らかに後者なのだが、いずれも、そもそもの「他者性」という概念を疑ってはいない。ドゥルーズのおもしろさは、他者性の「他者」という部分を徹底的に解体しているところ。言い換えるとデリダの限界は、「自己」と「他者」の2項対立を脱構築しながらも、どうしても「他者」を想定してしまうところ。

また変なこと書いた。

●2月13日(金)

午前中、某行政と打ち合わせ。そのあと、「しごとふれあい広場アメリカ村」。

アメ村のイベントには今日、長年の友人である「さいろ社」のM君を招き、昨今の出版事情について話をしてもらう。なかなかおもしろい話だった。アメ村で行なうこの種のイベントはいずれも参加者10人強くらいの規模なのだが、繰り返しやってみるとそれなりに論者の力は必要だなあとあらためて思う。

講演のあと、M君とともに大正方面へ赴き、銭湯へ入ったあと、楽しい沖縄居酒屋巡り。その様子はさいろ社のHPに報告されていることでしょう。なんか、僕がさいろ社にいた頃以来の10数年ぶりに、僕が関係するものとしてはおもしろい企画が生まれるかも。M君さえ仕事モードが持続していれば。

●2月11日(水)

祝日だが仕事。2件訪問。朝は『少年育成』の原稿。フランス行きに備えて、はやめはやめの日々。

なんか、15日にあるプラッツの講演会はどうでもよくなってきていて(手抜きという意味じゃなく)、フランスのことばかり考え始めている。飛行機の中での過ごし方、何を食べるか、どこへ行くか、向こうにいる知人たちとどう楽しむか。今回のパリ行きが、「哲学」を今以上に徹底したい僕の後半生の出発点になるような。ちょっとテンパってるかな。

●2月7日(土)

今日は第2土曜。というわけで、いつものプラッツの超忙しい日。ただ今日は、運営委員会→保護者会で僕の仕事はストップし(他の親御さんたちは今度の講演会の資料づくりなどをしている)、某メンバーと、アイアンメイデン+アークエネミー+ソナタアークティカ出演の、いわばヘヴィメタル祭りみたいなコンサートに大阪城ホールへと出かける。15時より20時前までの長丁場。すでに僕は完全な腐れジャズファンになっているが、音楽の生演奏はどんなジャンルだろうとそれが「プロ」の演奏であれば、いいものはいい。前にも書いたが、哲学が唯一敗北するものは、音楽だ。

電車ではデリダの解説本を再びごりごりと。結局デリダは、「自己」とか「私」とか「主体」とか「僕」とか「あたし」とか「おれ」とか「自分」とか「私」とか、とにかくそれらもろもろの主体的世界のちょっと手前に、「他者」がどうしようもなく侵入していること、これを暴き出すことに命を懸ける議論をしていることを確信。僕風に臭く言うと、自己決定の前にはいやおうなく「他者」は侵入している(コミュニケーションが先にある)。ラカン的に言うと、「自己」は「他者の欲望」によって事前に形成されるっていうことになるか(早期の親子関係、ないしいわゆる「鏡像」段階を想定しよう)。

でもおもしろいのは、自己決定の前に他者が否応なく侵入しているとして(それをデリダは「差延」という)、デリダの場合、それ以上は進まない。その時点での「自分が決定しているようで実は他者がそこにはいて、ということは、いわゆる自己決定には矛盾があるんじゃないか」みたいな部分を「決定不可能性」みたいなかっこいい言葉で必死になって弁明する(それがいわゆる「脱構築」の作業だ)。ラカンは、前期はそんな感じだが、後期(「対象a」を突き詰める時期)は一歩前進しているるように思える。その一歩前進した部分をうまいことパクったのがドゥルーズだと僕は直観している。ドゥルーズのいうコミュニケーションは、ふつういうところのコミュニケーションではなく、単純に言うと、「主体」「おれ」「あたし」「自分」以前の、「目と目」とか「声とそれを受け止める肌」とか「ある表情(それはいわゆる「悲しい表情」かもしれない)を見る目」みたいなレベルを指す。

援助的に言うと、対人恐怖の人たちは、他人に恐怖を感じる以前にすでにたとえば「声と肌」のレベルで目の前にいる何ものか(これは人間である必要はない)とコミュニケーションしていることを僕は知ってほしい。また今日の体験的に言うと、「ヘヴィメタはかっこわるい」みたいなこと(これは「主体」的で「私」的なレベル)を言う前に、「音圧と僕の肌」の間にコミュニケーションが生まれている。ヘヴィメタをどうのこうのと(主体的に)判断する前に、そのこと(「音と肌/耳」の間のコミュニケーションが生じていること)を、主体としての僕、「僕」として名乗ってしまう僕は「感じたい」と思っている。

●2月6日(金)

しごとふれあい広場のあと、訪問。その合間を縫って、心斎橋にあるシティバンクへ。

シティバンクでは、ワールドキャッシュというサービスがあって、別に口座を持たなくてもここにお金を預けていれば、パリでも自由におろせるのだそうだ(大学院時代の知人に聞いた)。大阪で円を預けて、パリでユーロで引き出す(レートはシティバンク任せ)。クレジットカードのない僕にとって、ありがたいサービスだ。

徐々にフランス行きが現実化してきている。でも、フランス語の勉強はあとまわしにして、電車の中でも必死になってドゥルーズの『ミル・プラトー』の「邦訳」を読んでいるという矛盾。フランス語で簡単な疑問文さえ発音できないというのに。アイ・ウッド・ライク・トゥ~=ジュ・ブードレ~程度を理解していれば、なんとかなるかみたいな、いつもの僕のいきあたりばったり主義というか楽天主義がこの局面でも全開になりつつある。ということは、例の不安障害も回復方向へ向かっているのかな。

●2月4日(水)

2月20日にフランスに旅立つ予定の、不安障害で悩む僕にとって、ついこの間まで3つの関門が立ちはだかっていた。1つは、先日無事こなした1月後半にあった講演。1つは(というか最大の関門なのだが)2月15日にあるプラッツ主宰のパネルディスカッションの司会。そしてもうひとつは、本日行なわれた、プラッツ塾長のK君とともに臨む箕面市役所の職員研修の講演だ(通常この日記では講演先は明記しないが、箕面の職員の方々はあまりにもすばらしい応対をしてくださったためあえて書いた。これほど気持ちのよい講演担当者の方々と会ったのは初めて)。

で、結果はどうだったかというと、みなさん祝福してください、かなり盛り上がって(もちろんこれは僕の主観)終了することができました。ああ、ほっとした! K君とのコラボレートはまた新しい段階に入ったと感じている。

講演という仕事は、そこに臨む準備時間の多さ、精神的集中力、講演後の疲労感などをあわせると、あまり「おいしい仕事」とは言えない。でもでも、今日なんか、120人もの人たちが我々のつたない話を聞いてくださったらしい。それだけの数の人たちを前にして、自分をさらけ出して冗談を言ったり哲学的話題をちらつかせたり、僕のちっぽけな自我をぶち破って何かが人々の間を走り抜けていく。その結果、講演後、何人かがしゃべりかけてくれたりして、うー、この勢いで15日も突っ走るぜ。

●2月1日(日)

今週某自治体である講演の打ち合わせをプラッツでしたあと、訪問。そういえば今日は日曜日だった。

去年のミステリーの話題作『半身』(S.ウォーターズ/創元推理文庫)をやっとのことで読了したが、うーん、残念ながらカタルシスをえることはできなかった。なんとなく予想していた範囲に落ち着いた感じ。読むのに時間をかけすぎたのだろうか。エンタメ本としては、次は、少し古いが『ミステリ・オペラ』(山田正紀/早川書房)に挑戦している。かなり分厚いので、さて、いつまでかかるやら。

電車の中では、かきたてられるような思いでもって、『デリダ』(講談社選書メチエ)を何度も読み返す。やはり僕は、デリダの他者論をきちんと文章にしなければいけない、と一人で確信する。なんとかフランスに行くまでにと思うが(2月20日出発)、完全なものはたぶん無理だ。それなら、この前の『キッド』掲載のエッセイの続きくらいは書いておきたい。哲学読書は時間的余裕がなければ絶対できないが、その時間のなさに、いらいらしている。いらいらしてもしょうがないんだけど。

●1月31日(土)

無事、プラッツのスキー旅行から帰還。それほどハードなことはしなかったが、身体は疲れ切っている。今はまだ10時半だが、とりあえず寝ます。

今回、共同生活(「はぐれ雲」と「NOLA」という2団体)のスタッフたちと親交を深めたことも非常によかったと思う。僕は長らく共同生活とは微妙に距離をとってきたが、今あらためて、共同生活という援助のあり方を徹底取材するのもおもしろいのでは、と思った。

●1月28日(水)

次号『キッド』の座談会を経て、訪問。

いずれも年下の人たちとの会話。その2つには水準の違いがあり、一般論としては語れない。でも、訪問は別にして、僕のコントロール能力を超える人たちが現れたっていうことは事実だろう。逆に言うと、年齢とかは関係なく、僕自身が、それら年下の実力者たちに対してどう応答するか、それが問われている季節になっているということだ。

それについては今のところ、ここ10年のようにだらだら応答するのではなく、思いっきり気合いを入れて応答するしかないと思っている。自分の、この年齢時点での限界点が今来ていて、それに応えるには、一生懸命気合いをこめて応答するしかないと思う。その応答の、中途半端ぶりが不安障害として現れたような。言い換えると、年齢的転換点が、不安障害的信号として現出してくれたような。

そういえば、明日からプラッツの仕事で3日間スキーに行ってきます。スキーなんかどうでもいいんだけど。まあ、これまでの僕の生活史の中で「どうでもいいこと」が、上に書いたようにこちらに迫ってくる問いとして変換して迫ってくるとしたら、スキーのようなバブリーなイベントもなにがしらの発見になるかもね。

●1月26日(月)

午前中、原稿やらレジュメやら。午後から仕事ふれあい広場アメリカ村。そのあと、夜は某青少年会館で、プラッツスタッフのI君とともに講演。

不安障害発症以来、今日の講演を恐れていたのだが、なんとか終了。当然薬の力を借りている。でも、昨年までの講演での「全能感」みたいなものを微妙に取り戻した2時間だった。なんてぎりぎりの、でも、こういうピンチのあり方こそが存在の肯定なのだ、なーんて、綱渡りを楽しんでいる自分もいる。けど、講演前はマジでてにびっしょり手に汗をかくほど緊張したので、綱渡りは綱渡りだ。

●1月23日(金)

YMCA通信制高校で相談のバイト。

今日は、久しぶりに仕事はそれだけ。帰ってきて、いろいろ料理を作る。シラスとモズクの酢の物。白ネギと鶏肉の塩焼き。広島で買った美味リンゴをすりおろしてワインビネガーと煮詰め、余った塩焼き鳥とからめたもの。それでもまだ腹が減っていたので、シラスとネギとゴマの混ぜご飯。

とにかく体力をつける、を合い言葉に、再び食に目覚めている。すなわちリバウンドへの道を歩み始めている。

●1月22日(木)

1日中プラッツ。

不安障害の発生以来、どうも僕の仕事トークが盛り上がっている。中にはこの日記を読んでいる人もいて、「体調のほうはどうですか」と聞いてくださる人もいたり。

そういうときは思いっきり正直に僕は答えるようにしていて、そんな態度でいると、なんとなく笑いが生じ、なんとなくいい雰囲気で会話は進むように自分では感じる。まあカウンセリング的に言うとまったく僕はダメなんだろうが、ここで生じている関係性はちょっとおもしろいかも。

というのも、前にも少し書いたが、「聞く側=権力側」「話す側(クライアント)=被権力側」という、相談業務で普通生じているはずの権力性が(詳しくはフーコーの『性の歴史1巻』3章参照)、今の僕の場合、バランスがかなり狂っている。権力構造が僕の不安障害発生で揺るがされながらも、面接の構造自体は従来の権力構造の枠組みですすめられる。

結果、「田中さん、大丈夫?」みたいな発言を挟みながらも、基本的相談業務はすすみ、相談という枠内の中でいくつもの例外(田中への気遣い)が生まれ、それが微妙な関係性を発生させる。デリダ的に言うと、ここでいう従来の相談とか面接(普通言うところのカウンセリングのようなもの)という枠組みが「法」であり、僕の不安障害による攪乱が「脱構築」となる。その不安定な構造の中に、微妙な信頼関係が生じたりする。で、その瞬間の中のユーモア性にこそ、僕の求める「援助」のかたちがあるような。ちょっと強引で意味不明かな?

●1月21日(水)

和歌山に訪問、そのあと大阪にもう1件。いずれも、僕の不安神経症トークで盛り上がる。同じ薬を飲んでいた青年もいた。

といいながらも、今日はほとんどが電車で移動だった。そのあいだ読んだのが、斎藤環さんの『ひきこもり文化論』(紀伊国屋書店)。正月に買ったきり読めなかったのだが、やっと主要な1~4章を読んだ。

斎藤さんにはプラッツの講演関係ですごくお世話になっているので、前回日記の団さんと同じくあまり文句を言いたくないのだが、いくつか不満な点があった。箇条書きしてみる。

1.論述が社会学的。これは悪いっていうんじゃなくて、僕にとっては物足りない。たとえば、「差異化」という言葉の曖昧さ(4章)。「差異」という言葉には2種類の意味があって、そのひとつは斎藤さんいうところの、「平等と差異」みたいな単純な図式。もうひとつは、平等とか同一性とかその裏面としての対立とか(つまりは我々の通常の思考様式)に先立つものとしての差異という役割。ここの捉え方が甘い。また、データを並べる議論展開も、「それがどうした?」みたいな感じを抱く。社会学は、「それがどうした?」の次に何を示せるのか。

2.ラカン理論の説明は非常に勉強になった。でも、ラカン理論のポイントである、想像界、象徴界、現実界の内、前者2つの解説しかない。ラカン必殺の、対象a(現実界のキーワード)は、同書1~4章中には出てこない。臨床家は往々にして現実界の説明は避けるみたいだが。対象aこそ、僕は、コミュニケーションの要だと考えている。前者2つだけでは、いわゆる「他者」論議にとどまってしまう。自己/他者より「先に」ある、対象a的コミュニケーション議論を読みたかった。

3.斎藤さん必殺の、システム理論(3章)を改めて読んだが(『社会的引きこもり』にも詳述されている)、ちょっと強引? 僕はシステム論はマトゥラーナ/ヴァレラの『知恵の樹』(ちくま文庫)と、ルーマンの解説書しか読んだことないのでなにも言えないはずだが、一応ドゥルーズマニアとして書いてみると、システム論にはやはり限界があるように思える。斎藤さんのシステム3段階議論は、マトゥラーナの「細胞/個体/社会」の3つのシステムのオーダーよりは甘いような。

というのも、斎藤的「個人:/家族/社会」のうち、「家族と社会」は明らかに社会というひとつのシステムだし、マトゥラーナ自体、個人から社会への3段階目の飛躍はためらいがちに書いていたような記憶がある。システム論は、「細胞/個体」のような、明らかに別の秩序において有効に語ることができるると僕は思うのだが(でもシステム論素人としてはこのへん曖昧)。「個人/家族/社会」のうち、とりあえず「家族/社会」は無効のように思える。

4.「ひきこもり」より、実は、精神医学で言うところの「ボーダーライン」とか「解離性人格障害」についての悩みを聞きたかったなあ、みたいな。「ひきこもり」の理論化はもういいんじゃないんですか。というのも、現在、援助者等が議論のターゲットに挙げている「ひきこもり」の問題は、実は現実にひきこもっている人たちの問題からとっくに離れており、誰もが本音でしゃべりにくい「ボーダー」の問題に移行していると思うから。現実の「ひきこもり」援助は、地道に援助するしかない(そのマニュアルのひとつをプラッツは提示済み)。斎藤的(僕もその末端にいるのかな)メディア好き論者が直面しているのは、「ボーダー」の問題であり、もっとはっきり言うと、ボーダー的女性をとりまくヘテロラブ・コミュニケーションと、リストカット的行動化の問題ではないか。

以上、思いつくまま書いたが、ちょっといい加減かも。

●1月19日(月)

プラッツの外出行事で陶芸。夕方はしごとふれあい広場。

土日はこれまたプラッツの行事で広島に行って来た。たいへん楽しかったが、身体的にはやはりきつかった。

この10日間、ろくに本も読めていない。必死になって、団士郎氏著『不登校の解法』(文春新書)を読了。うーん、セラピスト/援助者としての立場は勉強にはなるのだが、「家族療法」と言ったとたんに生じる、「閉鎖系としての家族」という問題は常に残る。

前も書いたが、家族は決して閉鎖しておらず、すべての家族成員は社会と連動している。それをカテゴリー化して「内/外」をつくりあげたのが近代的家族概念だと僕は解釈している。その家族概念はいくつかの方法で攪乱可能で(たとえばデリダ的脱構築、たとえばドゥルーズ的アンチオイディプス)、そういう現代思想的には常識な議論(これは決しておごった言い方ではなく、セクシュアリティの論議などには普通に登場している)が射程に入っていないことが物足りない。

やっぱり心理セラピストって保守的なのかしら。というか、僕が変なのかな。団さんは、今度のプラッツの講演会&シンポジウムのメインゲストなのに(でも、団さんはかなり「おしい」んだよ。失礼な言い方だけど)。そのあたり、直球でぶつけてみようと思う。

●1月16日(金)

午前中、梅田のHIS(旅行会社)に行き、フランス行きの航空券の代金を払う。エールフランス直行便、保険も含めて12万円もかかった。高血圧は保険も高い。

そう、僕はこの2月下旬にフランスに行く予定だ。不安神経症なんて、フランスパワーで打破だ。なんて、ね。

そのあと、YMCA通信制高校で相談のバイト。そのあと、しごとふれあい広場アメリカ村でイベント参加。なんとか乗り切っている。

オザケンのベスト盤が出たらしく、タワーで試聴。バブル後遺症の中のおフランス気分的音楽は、やっぱり古くて寂しい。レコード会社の圧力もあってオザケンはベスト盤を出したのかもしれない。その証拠に、たった9曲しか入っていない。1曲はインスト。フリッパーズ調も懐かしい必殺の名曲「流れ星ビバップ」も、ださださバージョンが収録されている。

この生き方の示し方はアレルギーがある人にはたまらなくうっとおしいだろうが、僕は好き。思春期をきっちり商売にしている。

●1月14日(水)

訪問のあと、某フリースペースで月1回のバイト。

昨日、生まれて初めて精神科に受診した。で、考えたことをいろいろ書こうと思ったのだが、そこでふと立ち止まり、こうして「精神科」ということを特権化していろいろ思索すること自体が、「内/外」を構造化する思考パターンだということに気づき、がっくりする。

待合室でいる人たちは、僕が仕事で出会う人たちとなんら変わりない(ように見える)。そんななかに患者としていながら、「精神科」を哲学しようとする自分の近代くささというか、メジャーぶりというか、まあはっきりいうと偽善くささに笑ってしまった。まあそれはそれでいいんだけど、それを徹底していないから今のようになってしまったのかも。徹底すると変わるのかな。

●1月12日(月)

電車の中もなんとなく不安定な感じで過ごし、仕事ができるかどうか心配だったのだが、とりあえず「しごとふれあい広場アメリカ村」へ。

最近は同所も、以前と違ってかなり忙しい。それと空間自体が広々しているせいもあり、体調面の心配は半分は杞憂に終わった。このまま復活できればいいが。でも明日は一応病院に行く予定。

昨晩見た『新撰組』は予想外におもしろかった。江口洋介は役柄(坂本竜馬)でかなり得してる。

●1月11日(日)

ここ数日、ハードな日々が続き、昨日あたりから体調が最悪になった。主として動悸が激しいのだが、その他にもいくつか症状が。そういえばこの3月で僕は40才になる。完全にもう無理のできない身体になった。

でも逆に考えると、今まで血圧がどうとかいろいろ言ってきたが、ここまで真剣に体調不良になったのは今回が初めて、というほうが変なのかも。体調のことで何人かと話をしたが、人はみんな何らかの持病(ないし身体的悩み)を抱えて生きているのが普通のようだ。だが弱気になるのもいけないみたい。とにかくしばらくは地味に暮らすことにする。

●1月6日(火)

やっと『キッド』が完成! 読者のみなさんお待たせしました、明日発送します。今回は結構内容充実です。

夜は「しごとふれあい広場アメ村」で会議。ひたすら地道。

●1月5日(月)

しごとふれあい広場アメリカ村。いつものばたばたした日々が始まった。

阿部和重『シンセミア』、やっと読了。この作品、巷の絶賛がウソみたいに、僕にとっては駄作だと思えた。アベカズ世界は短編のうちは(たとえば『無情の世界』のような)謎めいた雰囲気だけで引っ張ることができるが、長編になったとたん、それはただの映画の脚本崩れと化してしまう。半過去的(つまりは状況説明的)描写の力のなさが悲惨だ。

作家の故郷を題材にしたことも、作家の覚悟を示すというよりは、またしてもマルケス崩れになっていて、うーん、あんまり批判はしたくないけど、かなり残念だった。『インディヴィデュアル・プロジェクション』で開拓した「身近な陰謀世界もの」も、もうそろそろ飽きた感じが。ただ前も書いたけど、フーコー的監視社会をアベカズなりに色づけした構想はおもしろかった。

●1月4日(日)

いつのまか「ヒッキング」生活は終了していた。笑ってしまうほどの休み生活も実は2日で終わっていた。昨日も今日もいろいろ仕事っぽいことはしたけど。

●1月2日(火)

「ヒッキング」生活、えーと何日目だったっけ? 昼間は『キッド』をこつこつと。絶対、休み明けに発送する意気込みなのだ(ということは、でも、今も休んでないことになるのだろうか)。デリダ『ユリシーズ・グラモフォン』を今頃読み直している。

近くの銭湯が正月の間は今日の午前中だけ空いているので、とりあえず風呂にでも行ってこよっと。

みなさん今年もよろしくお願いします。