「知らない」親たちが増えた?(月刊少年育成06年3月号)
田中俊英

 この頃人前で話す仕事が増えた。
 とはいっても別に専門学校とかで教えているわけではなく、プラッツ自前の企
画であったり、どこかの行政主催の講演会に呼ばれたりして話している。話す内
容は、僕の仕事上、主として「不登校」「ひきこもり」「ニート」などだ。
 で、最近、ふと気になったことがあった。なんとなく、数年前より「知らな
い」親御さんたちが増えてきているような気がしているのだ。
 何を知らないかというと、それは、たとえばひきこもり問題で言えば、斎藤環
さんという人の名前や氏が書いた本のことだ。斎藤氏はたくさん本を書かれてい
るが、ひきこもり問題を知るには必読だと思われる『社会的ひきこもり』(PHP
新書)の存在を知らない人が結構いる。
 僕は講演や講座では、ひきこもり問題の進展のためには「親が知ること」の必
要性を訴えていて、必ず同書を読んだことがあるかどうかを聞くことにしてい
る。同書は、家庭内暴力の具体的対処法や家族のシステム論が書かれていて、多
少古くなったもののまだまだ当事者の親御さんたちには有効だと考える(同書は
確かに少し古いので『ひきこもり救出マニュアル』〈PHP出版〉もついでにすす
める)。
 ひきこもり問題は、それらの本を読むことで、ひきこもりという、親にとって
わけのわからない状態の背景にある問題や対処法を親が一つひとつ「知って」い
くことが非常に重要だ。あと、いろいろな施設の情報を知り、実際に親がそこに
足を運んで、詳しい料金制度を調べたりスタッフの人柄などに触れることも大切
だ。そしてたくさん集めた情報の一つひとつに振り回されることなく、複数の支
援施設を上手に使いこなすのもポイントだ。実際、これらのことをこつこつと親
が続けていれば、ゆっくりとではあるが問題はよい方向に向かうと思う。これが
本当の「待つこと」だと僕は考える。
 まあ、そういう「知ることの大切さ」みたいな話を僕はするわけだが、数年前
であれば、ひきこもり関係の講演会であれば、『社会的ひきこもり』は多くの親
がすでに読んでいた。また、未読であっても斎藤氏の名前はほとんどの親が知っ
ていた。実際、氏は一時期テレビにも頻繁に出演していたから本をあまり読まな
い人にも自然に名前や顔が浸透していたのだろう。
 それが、去年くらいからだろうか、同書について僕がたずねても、未読な方が
結構増えてきた。斎藤氏の名前すら知らない人がいる。はじめはまあそんなもの
だろうと僕は流していたのだが、この頃「何か変だぞ」と思い始めたのだ。
 毎日忙しすぎて気づかなかったものの、僕周辺では、この頃「ひきこもり」を
単独としてテーマにする講演会や講座が減った。というより、なくなったように
感じる。「ひきこもり」は必ず「ニート」か「不登校」といっしょにされてテー
マにされている。その結果、そうした講演会・講座には、不登校・ひきこもり・
ニート、それぞれのお子さんを持つ親御さんが集まる。
 だが3つの問題は実はかなり議論の焦点が異なっている。不登校は対象が学齢
期(中学まで)で、縦割りがちの行政の支援システムをいかに使いこなすか、ま
た支援側がいかに上手にネットワークしていくかという話が中心になる。ひきこ
もりは対象が高校中退以上で、家庭内暴力の対処とか外出のすすめとか友人づく
りがテーマになる。ニートは当然「就労」がテーマだ。このように議論内容が異
なる3つの領域がいっしょにされて現在あちこちで講演会が開かれている。
 またややこしいのが、議論内容は異なるものの、子どもの状態としては3つの
問題は微妙に重なる。たとえば、不登校になって昼夜逆転・ひきこもりというの
は珍しくない。家庭内暴力をしつつ就労できないということも珍しくない。
 ここでは細かい定義分けの話はせず、3つの問題は基本的にテーマが異なるの
だが、子どもの状態としては重なっているということを押さえておく。だから3
つ(あるいは2つ)同時に講演会が企画される。で、親御さんからすれば、子ど
もはどれかの状態に引っかかっているわけだから、何かを求めてやってくる。で
も議論の射程は広い。暴力もあれば友達づくりもあれば就労もある。就労に関心
があるのに、家庭内暴力対処法の本を読めと言われても親御さんの中には困る人
もいるだろう。その逆もいるだろうし、暴力も就労も問題を抱えているのだが、
問題がありすぎてどこから始めていいかわからない、という方もいるだろう。
 つまり、現在、問題の「風呂敷」が広がりすぎてしまった結果(議論ポイント
は異なるのだが状態としては重なるが故に3つをまとめてテーマにしてしま
う)、必要な人に必要な情報が伝わっていない(たとえば家庭内暴力で困ってい
る親に斎藤本の存在が知られていない)のではないか、と僕は思い始めた。おま
けに、3つの問題はこれからも社会問題として深刻化するだろうから、どんどん
新しい世代が下から加わってくる。講演会の主催者にこれから求められること
は、3つの問題を交通整理したうえで企画することだろう。僕自身、「風呂敷」
の広げすぎには注意したい。