飯島みどり立教大学助教授(西サハラキャンペーン・東京)の朝日新聞社宛書簡

 

拝啓

 貴紙本年二月一日付朝刊第八面に掲載の記事「モロッコ・民主化へ『弾圧』清算」に関し御再考・御訂正願いたい点があり、ここにお知らせ申し上げます。

 

一、記事中の図版(地図)上で、モロッコが一方的に、即ち国際法を侵犯する形で占領している旧スペイン領西サハラをモロッコ領内に含めて表示しています。本件は係争中の紛争であり、国連においても和平交渉の課題として繰り返し決議が上げられているほか、西サハラ独立勢力ポリサリオ戦線を中心に一九七六年にその独立が宣言されている「サハラ・アラブ民主共和国」はアフリカ連合の正規加盟国であり、アフリカのみならずラテンアメリカ諸国にも正規の外交承認を得ています。記事上の地図はモロッコ側の主張を無前提に支持するものであり、報道機関の提示する資料としてふさわしくありません。同紛争は東ティモールとインドネシアとのそれに酷似しており、貴紙がもし東ティモールを無視してインドネシアに含めた地図を掲示することがあれば、どのような波紋を投げるものか想像して頂きたいと思います。

 

二、記事本文の扱っている「公平と和解委員会」の位置づけ方も、「政治犯」というとき  の「政治」を極めて狭く捉えており、異論があります。即ちモロッコで問題にされているのは王制とこれに対する勢力(社会主義勢力やイスラミスト)の間の力関係のみであるかの感を与えるからです。反王制勢力は決していわゆる政治イデオロギーを異にする勢力にとどまりません。モロッコに顕著なエスニシティ、エスニシティと重なる地域主義、つまり自分たちをモロッコ国民(=臣民)とみなさない人々への弾圧に関する目配りが記事中には全くみられません。おそらくその立場が地図の採用においても現れているのだと推測されます。地図の「誤り」は単なる機械的な誤りではなく、モロッコ政治の見方そのものに発しているのだろうということです。当方の知る限り、同委員会に提起された申告のうち二割がサハラウイ(西サハラ占領下における弾圧の被害者)からのものだといいます。また逆に、ベルベル地域であり同じく激しい弾圧の加えられたリフ(ここも旧スペイン植民地)の住民からは申告が殆どなく、関係者は「弾圧の激しかった分、住民は政府の出方に懐疑が強く、おいそれと名乗り出ては来られないだろう」と解釈しているそうです。

 

 いずれにしても、貴紙の今回の記事はモロッコという国家(国民国家?)の枠組自体には些かの疑念も持たずに書かれているものであり、「民主化」そのものを単純化しすぎていると懸念します。モロッコ情勢はモロッコ国内では却って全貌を掴みにくいところがあり、記事を作られる際には最低限フランス、スペイン、イタリアおよびマグレブ各国の情報源とのつき合わせをお願いします。

 右、御再考と御訂正を是非ともお願い致します。

敬具

 

オリジナルは手書き、縦書き。筆者の了解を得て高林敏之(西サハラ問題研究室)がタイプしました。


拝復 このたび弊紙の記事についてお手紙でご指摘をいただきました。

 

  2月1日付朝刊国際面の「モロッコ/民主化へ『弾圧』清算」の記事につけた地図は、記事に出てくるラバトやカサブランカなどの位置を示すことで、読者の記事への理解を助けることを狙ったものでした。
 西サハラの地名が落ちたのは、東京で地図をつくった際の不注意によるものです。西サハラのモロッコへの帰属が決まったとの認識で地図をつくったわけではありません。点検作業でもミスが発見できませんでした。
 16日付朝刊国際面で訂正し、西サハラの地名を入れた地図を掲載しましたが、今後このようなことがないように再発に努める所存です。
 また、記事の内容についても、さまざまなご指摘をいただきました。筆者はモロッコを訪れた際に西サハラに行く方策を模索しましたが、そのときは果たなかったとのことです。西サハラ問題についても記事化したいという意欲を持っていますので、お手紙のコピーを筆者に転送し、ご意見を参考にさせていただきたいと考えております。

 

 まずはお礼かたがたお返事まで。                                                       敬具

 

                        2005年2月16日

                       

                         朝日新聞外報部次長
                         平井 正夫
                         (署名)

 

立教大学法学部

飯島 みどり 様

 

※高林敏之(西サハラ問題研究室)の責任で実物を忠実に再現しました。


※ホームページへの掲載に際し、改行位置などを変更しました。(野村)