『コンッコンッ』

「おう」

「父さん、入るわよ。」

軽やかなノックとともに、ブルマが父ブリーフ博士の研究室に入ってきた。

「あっ、よかった、父さんいてくれて・・・実はエアバイクの修理をしているんだけど、パーツのストックを切らしちゃったの。

父さんのところにあれば分けてもらいたいんだけど。」

「ああ、お安い御用じゃよ。ほら。」

ブリーフ博士が示したパーツの道具箱からブルマが必要な部品を選んでいると

「ところでブルマ、折り入って話があるんじゃが、今、いいかな?」

ブリーフ博士が切り出した。

「どうしたの?改まっちゃって。父さんらしくない。」

そう言いながらブルマはブリーフ博士の研究室のソファに腰を下ろした。

「コーヒーでいいかな?」

ブリーフ博士の問いかけに

「あっ、ありがとう。あたしがやるわ。」

ブルマは立ち上がり、二人分のコーヒーを入れて、父とソファに向かい合わせに座った。

「さぁて、折り入った話とはどんな話な・ん・で・しょ・う・か?」

コーヒーカップに口を付けながら青い大きな瞳を見張らせ、ブルマはおどけて言った。

ブリーフ博士は珍しく真面目な顔で腕組みしながら

「うん・・・まぁ、ちょっと順序立てて話をするから長くなるけどいいかな?」

「OKよ!」

ウィンクして答える娘に安心して、ブリーフ博士は話をはじめた。

「まず最初に・・・話というのは他でもない、ブルマもよく知っているランニング君のことなんだ。」

「えっ?ランニングさんって、父さんが学生時代からコンビを組んでいるCCの副会長のことよね?」

「うむ、そのとおり。わしらは当時から開発やらメカのことはこのわし、営業をはじめとする経営のことはランニング君と

役割分担を決めて今日まで来ているんじゃ。」

「で、そのランニングさんがどうかしたの?」

ブルマはじりじりとブリーフ博士に詰め寄った。

「うん、最近どうも奥方の健康が芳しくないらしく、近いうちに引退したいと言ってきているんじゃよ。もう、孫も三人いるし

南の都の近くの島を買い取って悠々自適に暮らしたいらしい。そうすることが奥方の健康にも良いらしいからな。わしも

だいぶ慰留したんだが、ランニング君の意思は固かったよ。まぁ、ああ見えても彼は奥方にぞっこんじゃからな。」

ため息をつきながら残念そうにブリーフ博士は説明する。

「そっか。そういえばランニングさんには小さい頃からずいぶん可愛がってもらったもんね。奥様、早く良くなるといいわね。」

「うむ、ブルマの言うとおりじゃよ。さて、本題はこれからなんじゃが・・・・・」

「何よ、もったいぶっちゃって。ますます父さんらしくない。」

「実はランニング君が引退するに当たって、困ったことがあるんじゃよ。ブルマも知ってのとおり、今までランニング君には

CCの経営全般、営業と経理・人事・総務一般の最高責任者として取り仕切ってもらってきた。営業についてはランニング君

の息子、ポロ君がすっかり一人前になり、父親をしのぐ力量をつけているから心配ないとして、問題は経理・人事・総務一般

の仕事の方だ。この仕事は地味で目立たないが、会社の根幹を支える非常に重要な部署じゃよ。今までCC内で内々に

人選したが、これといった適任者が見つからない。」

「うん、そうね。ポロ君はハイスクールで一緒だったけど、あの調子の良さは営業は二重丸◎でも経理・人事・総務といったら

?????よね。」

ブルマはくすくす笑いながら言った。

ブルマの笑いにひるむことなく、真面目な顔でブルーフ博士は続ける。

「もちろん、CCのみならずヘッドハンティングも視野に入れてありとあらゆる人選をした。そこでだ・・・ここからが核心なんじゃ

が、あらゆる適任者を当てはめてみて、ぴったりの人物をごく近いところに発見したんじゃ。」

「えっ?誰?思いもつかないわ。」

首をかしげるブルマを前に、ブリーフ博士はコーヒーカップを手に取り、ごくりと飲み干すと意を決したように言った。

「ベジータ君じゃよ。」

「え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!」

ブルマの驚きは半端ではなかった。

手にしていたコーヒーカップをがちゃりと乱暴に置くというより落すと、テーブルに手をついて勢いつけて立ち上がってしまった

くらいだ。

「どっ、どうしてそこにベジータの名前が出てくるのよ!!!」

思わず大声を上げてしまったブルマをなだめながら

「ブルマは反対かい?」

しらっと問いかけるブリーフ博士に向かって

「反対も何も、ベジータは仕事なんかしないわよ!」

信じられないというようにブルマが反論すると

「ブルマ、それは違うよ。ベジータ君は地球の仕事をしたことがないだけじゃよ。それに落ち着いてよく考えてごらん。毎日

決まった時間にトレーニングを行い、常に自分のスキルアップを図り、高いモチベーションを維持している彼の姿は、地球の

エリートビジネスマンと重なるはずだよ。」

ブリーフ博士は落ち着いて答えた。

「だってベジータに経理や人事の仕事が出来ると思うの?」

頭を抱えてブルマが言うと

「ベジータ君はわしの書斎の本はとうに読破しておる。彼は頭のいい男だよ。なんでも昔地上げをしていたとかで、経済学や

会計学などめっぽう数字に強い。」

「宇宙の地上げとCCの経営がどう関連するのよ。」

心細げにブルマは言う。

「ブルマは自分の旦那さんのことをよく見ているようで見ていないなぁ。ベジータ君と会話をすると、そこかしこにちりばめられ

ている深い洞察力と高い分析力をひしひしと感じるよ。それにあの冷静な判断力はCCの経営の一端を任せるに十分余り

あるものがあるよ。もっともブルマこそベジータ君にぞっこんで、冷静に彼のことを見られないかもしれないからのう。」

「くっくっくっ」と、喉の奥で笑い、最後は娘をからかいながらもCCの最高責任者として威厳のある、絶対に反対させないと

いう強い言葉の口調を感じた。

ブルマは父親にからかわれたことで頬を赤く染めながら、しばらく額に手を当てて考え込んでいた。

やがて「ふうっ」と、大きなため息をつくと

「そうね、父さんの言うとおりだわ。確かにベジータの潜在能力は認めるわ。だけどあのベジータのことよ。ストレートに

「仕事をして欲しい」って頼んでも、絶対に答えはNOに決まっているわ。あいつにはほめ殺しもヨイショも効きゃしないわ。

あたしの《必殺おねだり》にも限度があるし、あいつが一筋縄じゃいかないことは父さんも先刻承知よね。」

「ふむ、わしもそこが一番のネックなんじゃよ。」

父娘とでお互いに腕組みをし、額をつき合わせて唸ってしまった。

『コンッコンッ』

ノックされたドアに父娘二人同時に視線を走らせた。

「あらぁ、ブルマさんもいらしたの。よかったわぁ。ちょうどブルマさんにもご相談したいと思っていたのよ。」

花がほころぶように微笑みながら、ブルマの母親が父の研究室に入ってきた。

「おや、母さん。どうしたんだい、何か困ったことでもあったのかい?」

父が優しく母に向かって問いかける。

「ええ、あなた。実は今日パーティのご招待状を二通いただいたの。内容を確認してみたらどちらも同じ日の同じ時間に

開催されて、どちらもご夫婦同伴でというお招きなのよ。困ってしまいましたわ。」

二通の招待状を持ち、本当に困っているのかどうかわからないくらいニコニコ笑いながら小首をかしげて二人に相談する。

母から招待状を受け取り、開きながら父は

「どれどれ、ひとつはMr.ゴードンと・・・もうひとつは・・・やや、これは参った。うーむ、弱ったな。どちらもないがしろには

できない大事なお得意様だ。うーん、困ったなぁ。」

今日はよくよく悩みの多い父である。

「今までだったらランニング君にお願いするところなんじゃが、さっきも話したとおり奥方の健康が芳しくない。かといって

ポロ君に行ってもらうには、彼はまだ営業部長だから先方に対してどうかなぁ。」

う〜んと首を、頭を捻って唸っている父を見てブルマは言った。

「父さん、会長、副会長と来たら順番として次は社長であるあたしよね?」

「もちろんそうだけど、この招待状はいずれも夫婦同伴じゃよ。あのベジータ君が・・・まさかね。」

「あたしに考えがあるの。そうね・・・Mr.ゴードン、こちらは任せて。大丈夫。父さんに、CCの会長に恥はかかせないわよ。」

ウィンクしながらぐっと親指を立ててブルマはにっこり笑った。

「そうかい、ブルマがそう言うんならお願いするよ。CCの若社長のお手並み拝見というところかな。じゃあ、母さん、わしらは

こちらのパーティに出席するから、いつものように準備をお願いするよ。」

「ええ、わかりました。楽しみですわ。」

父から招待状を受け取りながら、母は少女のように微笑んだ。

ブルマは両親に声を掛けると、父親の研究室を後にした。

「さぁ、忙しくなるわよぉ!」

自分の研究室に戻ると、まず最初にしたことは電話を掛けることからだった。

「もしもし、CCのブルマよ。支配人いらっしゃる?・・・あっ、いつもありがとう。今度パーティがあるのでまたイブニングドレス

をお願いしたいの。色は・・・そう、ピンクパール、真珠色がいいわ。採寸とデザインの打ち合わせに来週の空き時間にお邪

魔するわね。で、支配人、悪いんだけどその時にメンズの責任者を紹介してくれる?」




CCの午後。

この時間はトレーニングを終えたベジータがリビングで読書をするのが日課だ。

ドアの隙間から覗くと、ソファの背もたれの上にベジータの逆立った黒髪が見て取れる。

ブツを後手にそっとリビングに入るブルマ。

「『細工は流々、仕上げを御覧じろ』ってとこね」

ブルマのプロジェクトが今、始動した。


(2004/10/17)





彼の知らない事実