| 2005年11月24日、ワンダバダバワンダバダバ 月曜日の夕方、弟が帰ってきたはいいが何もすることがなくて暇してた。(弟は水曜までいる予定だった) 「んじゃなんかゲームでも買いに行くかー」といって、赴いたゲオで、最初SEED買おうと思ってたんだけど、ワンダと巨像もあって、 「最初にSEED買っちゃったらわざわざ売ってワンダに乗り換えるのは効率が悪い。なんせ対戦物は飽きてもいつか御もてなしでやる可能性があるから。 一方一人用ゲームは一度越したらよっぽどのことがない限りはもう一度やらん。てなわけでワンダを買って明日の昼までに越して、 またここに売りに来てSEEDを買うほうが得策だ。つーか、7本売ったら買取1500円プラスか。アーマードコアとかパワプロも売っちゃおう」
のような会話をして、ワンダを買っていきました。 最初は面白いっつってもどーなのかーと思ってたんだけど・・・。
*越した後に書いてる文なので、ゲーム中感じてたことが上手く出てるとは限りません。あくまでも参考に・・・。
まず、いま越してから思い返してみると、ワンダの歩いた世界は、圧倒的な孤独感に支配された、限りなく幻想的な世界だったと思う。 動物が少しはいたとはいえ、主にはワンダと愛馬のアグロ、そして巨像しか登場人物はいない。 そのくせ、とんでもなく広く、大きい世界。 アグロを駆ってその世界を走るのは、とてもとても面白いことではあったのだけど、これ独りでやるゲームにしては物悲しすぎる。
僕は弟と二人で攻略するってことで、僕が奇数担当するからそっち偶数担当しろみたいな感じに自然となって、 そのおかげで相手のプレイを見ている間はリラックスできたし、心構えもできた。 野次を飛ばすことでなんか一人ではない感も漂った。 しかし一人でやるとしたら、(まあ二日で越そうなんてことをしなければいけるとおもうんだけど)途中で投げ出しちゃいそうだよ、これ。
世界観だけでも、これだけ広い世界に馬と自分だけ?っていう孤独感だし、しかも映像がむちゃくちゃ綺麗だから、 感情移入できる人はワンダにものすごい感情移入できると思う。僕は現実と仮想の区別がつかなくなりそうでした。危ない危ない; (でもそれだけにエンディングはものすごく感慨深くなったよ)
あと、さらに輪をかけてすごいのが、 巨像の難易度。 なんかファミコン時代のアクションゲームみたい。 といっても昔のゲームみたいにプレイヤーがサクッと死ぬわけではないですよ。 巨像の弱点にたどりつくまでに、一種のゲームスキルとかセンスとか反射神経を試される、そういうあたりが昔のアクションゲームっぽいなと思ったです。
ただ、あとから考えてみたら、こーゆーしびれるアクションゲームって、プレステではなかなかなかったように思うし、 (やってるゲームの絶対数が少ないだけかw) ストーリーも昔のファミコンゲームみたいに創造の余地がありまくる。 なんか懐かしい感じというか、楽しかった。面白かった。 最近の中では一番気に入ったゲームかもしれないです(越してから考えると) ということで、昔のアクションゲーム好きな方にはお勧め。 反射神経とかあんまり自信ないって方には、プレイはお勧めできないけど、上手い人のプレイを見るのはたぶん楽しい。 巨像のでかさは必見。威圧感すごいですよ。
ここからは巨像について、お話します。 まず最初の難関3体目。行くまでがすげーきつい。 基本アクションをきちんとできないと無駄に時間を費やすことになる。ボスに行くのに1時間半かかった。 ついでに、理解してみればなるほどだけど、理解するまでは全然わからん、天の声(ヒント) ただ、全然苦痛って感じではなかった。世界を見てるだけでも、十分楽しめたころ。
うん、7体目ぐらいまでは楽しく戦えたんですよ。(といっても僕は奇数だけを相手にしたんですが。) けれど9体目、この亀に出会った時点で、だんだん考え方が変わる。 とにかく、強い。上に上るまでに、かなりの技術を要する。時間はそんなに気にならなかったんだけど、戦闘後はかなり疲労困憊しました。 うわーこんなに時間たってたんだ?って感じ。 でもそれぐらい集中できたってのはなかなか喜ばしかったけどw
んで運命の11体目。こいつ、マジむかついた! 殺すならさっくりと殺してほしいのにさ、タックルしてこっちをこかし、こっちが立ち上がるころにまたタックルで転がしてくる。 ハメ殺しですよ。 しかも、ここからはゲームやってないとわからないんですけど、一回巨像を落としたあと、僕も降りてしまったんですね。 そっから祭壇に戻るまでが地獄。これは体験してみないとわからないよ。本気で地獄ですから! これからやる人はぜひ攻略サイトを見ずに、11体目と戦ってみてくださいw
そして、僕の最後の担当15体目。 とにかく時間かかった。なんせずっと頭から手のひらに降りようとしてたんで。 あーこの方法がある!と気づいたあとは、あっさりヌッコロしました。
僕が見た、自分の担当でない巨像のなかできつそうなのは、14体目と16体目。 とくに最後の16体目は攻略サイト見ないと5時間6時間は簡単にたってしまいそう。自力で発見した人・・・ってか攻略サイト作った人天才だ。
で、以下エンディング↓反転して見てね。 エンディングというか、全体にいえることで、これまでも何回も書いてんだけど、とにかくこのゲーム孤独感がすごいんだよ。 13体目くらいを倒したあとに、何でこんなことしてんだろうって立ち止まって考えたら、とんでもなく悲しい気持ちになる。 たぶん、ワンダもこういう気持ちなんじゃないか?と、僕は感じた。 プレイヤーがゲームをクリアしたいというのと、ワンダが少女をよみがえらせたいというのは大分違うと思うんだけど、
誰かをよみがえらせるために、ほかの生き物を殺していく、根絶やしにしていくというのは、やはり何か違うと感じる。 ワンダは目に見えて弱っていくし、アグロは・・・。
この気持ちはエンディングで、最高潮に達した。 まず、少女だけが、この広い大地へ、何の記憶もないまま取り残されたとき、 命と引き換えに命を救っても、誰も浮かばれない。そんなことは、救いでもなんでもないと、強く感じさせられる。
今まで一体何をしてきたのか、それすらもわからなくなりそうなとき、 少女はとある気配を感じる。 そこには、子供に戻ったワンダがいた。
このときまず思ったのは、一人じゃなかったんだってこと。森の動物も、いつの間にか姿を現していて、少女をあたたかく見守っている。 それから一息おいて、 少女とワンダの関係がそのまま、『ワンダと巨像』なんだ!と、そーゆー比喩がこめられてんじゃないかと、ぼんやり思った。
・・・このエンディングは、よかったなぁ。
エンディング後のやりこみがタイムアタックってのも(叩いてるとこもあるけど)、よいと思った。 とにかく慣れてくると移動が面倒なんだ、このゲームは。 一周した人に移動しなくていいよっていう配慮までしたこのゲームのスタッフは神だ。
ワンダバダ・ワンダバダ
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