最近、書店に行くと『海馬/脳は疲れない ほぼ日ブックス』が平台に置かれて
いるのが気になった。若手(1970年生まれ)脳研究家の池谷氏と、クリエイターで
あり、「ほぼ日刊イトイ新聞」のホームページを開いている糸井氏との対談であ
る。この本を、書店で立ち読みし、本書を知った。
本書を読んで、最近、歳のせいかよく覚えられないと言うのは、単なる言い訳で
あるように思えてきた。本書では、脳科学の基本的な概念と記憶のメカニズムを説
明し、「海馬」と「LTP(長期増強)」に関する最先端の話題を軸としながら、実際
にどのように記憶力を鍛えたらよいのかという話しを展開している。
記憶力が衰えてきたと思っている人や記憶力を鍛えたいと思っている人にお勧め
の一冊です。以下、私の気になった点を列挙します。
第1章 脳科学から見た記憶
・なぜ神経細胞は増殖する能力が与えられていないのでしょうか。おそらく、その
理由は「脳の個性」を保ち続けるためなのでしょう。
・一日に数万個も死んでしまいます。しかし、そのように自然に死んでいってしま
う神経細胞のほとんどは、脳の中で必要とされていなかった神経細胞なのです。使
われていない神経細胞が選ばれて死んでいくのです。
・ときには脳にとって必要な神経細胞でも死んでしまうことがあるのです。たとえ
ば、記憶に深く関係している細胞がたくさん死んでしまうと「痴呆症(ボケ)」に
なってしまいますし、体の運動を制御している神経細胞が死んでしまうと「運動障
害」がおこります。前者としてはアルツハイマー病、後者としてはパーキソン病が
代表的な疾患として有名です。
・マグワイアは当時、タクシー運転手が海馬を使って空間的なシミュレーションを
していることをすでに発見していました。つまり、海馬は「記憶」を頼りにあれこ
れと考察するときに使われ、そしてまた、使われることによって海馬が鍛えられ膨
らみ、記憶力が増大するという仕組みです。この発見によって、鍛えさえすれば記
憶力は上昇するけれども、鍛えなければ記憶力は増強しないという単純明快な図式
が、神経細胞レベルでも明白な事実として浮かび上がってきたわけです。
・神経細胞に増殖する能力がないということは、かつての神経科学界にとっての常
識でした。しかし、海馬などの限られた脳部位では、神経細胞は増殖して数が増え
たり、また反対に減ったりすることがわかってきました。
第2章 記憶の司令塔「海馬」
・海馬の神経細胞の役割をひと口でいえば「記憶情報の管理塔」です。さまざまな
情報を収集し、それを統合したり取捨選択したりする記憶の司令塔としてはたらい
ているのです。
・脳科学の専門家は一般的に、30秒から長くても数分程度までの記憶を短期記憶
とよび、それよりも長い時間の記憶を長期記憶として区別します。それは、この二
つの記憶の使われ方や貯蔵のされ方が明らかに異なるからです。
・一度に記憶できる個数が限られているのが短期記憶の大きな特徴です。その数は
およそ7個です。訓練してうまく覚えれば9個くらいまで記憶することができます
が、下手をすると5個ぐらいしか覚えられないことがあります。
・長期記憶はさらに数多くのタイプに分類されます。
@エピソード記憶 :個人の思い出(経験や出来事)
A意味記憶 :知識」
B手続き記憶 :体で覚えるものごとの手順(How to)
Cプライミング記憶:勘違いのもと? サブリミナリ効果
・カナダの心理学者タルビングによって提唱された「記憶システム相関」という考
え方です。一番下の階層が「手続き記憶」で、その上に「プライミング記憶」、続
いて「意味記憶」「短期記憶」そして最上段に「エピソード記憶」があります。下
の階層であるほど、原始的な、つまり、生命の維持にとってより重要な記憶であ
り、上の階層に行くほど高度な内容をもった記憶になります。
第3章 脳とコンピュータはどちらが優秀なのか?
第4章 「可塑性」――脳が記憶できるわけ
・ひとつの成功を導きだすために、多くの失敗が繰り返されるわけです。逆に、こ
うした数多くの失敗がなければ正しい記憶はできません。つまり、記憶とは「失
敗」と「繰り返し」によって形成され強化されるものです。
・コンピュータは1回で完全に記憶できます。しかも正解だけを完全に覚えるので
す。脳ではそうはいきません。正解を導くためには試行錯誤が絶対に必要です。失
敗をして、それを基礎としてつぎに何をするかを考え、そしてまた失敗をし
て・・・という具合です。脳の記憶とは、いわば「消去法」のようなものです。こ
れはちがう、あれはちがうと思考していくのです。
・2つのことを同時に覚えるのではなく、ひとつひとつの段階に分けて覚えれば、
学習効果がよくなるということです。
・一般に記憶とは決して厳密なものではなく、かなり曖昧でいい加減なものである
といえます。ファジー記憶とよんでもよいかもしれません。じつは、これが脳の記
憶の「本質」なのです。この曖昧さは、生命にとってきわめて重要な意味をもって
います。なぜなら、生活している環境は日々刻々と変化しているからです。
・文字でも同じことがいえます。人によって筆跡が異なるにもかかわらす、同一文
字であると認識できます。要するに「似ている」ことが大切なのです。こうしたこ
とも、記憶がほどよく曖昧で柔軟であるからこそできるのです。そして、「似てい
るもの」を覚えるために「似ていないもの」を削除していく消去法が記憶には使わ
れています。
・失敗や間違いは臨機応変にものごとに対応するための「汎化」という大切な働き
と表裏一体であって、ある程度はやむを得ないということが理解できます。何でも
正確に記憶して、いつまでも忘れないのが優れた脳であるという認識はあらためな
ければいけません。コンピュータのように正確無比な脳は「脳」として役に立たな
いのです。人間とは忘れたり間違ったりするものなのです。その弱点を補うため
に、人は、コンピュータや文字を発明し開発したにすぎません。
・記憶の生理学を通して、私たちの得ることができた結論は、
@何度も失敗を繰り返して覚えるべし
Aきちんと手順を踏んで覚えるべし
Bまずは大きく捉えるべし
・脳には、あるきっかけにしたがって変化をおこし、この変化を保ち続けるという
性質があるのです。これを「脳の可塑性」とよびます。
・「覚えていない状態」と「覚えている状態」のちがいは、神経回路のパターンが
ちがうということになります。つまり、記憶することは神経細胞のつながり方が変
化することなのです。脳の可塑性は新しい神経回路の形成によっておこるわけで
す。
・脳では、記憶は神経回路にたくわえられるのですが、じつは、同じ神経回路がほ
かの記憶にも使われます。なぜなら、ひとつの神経回路にひとつの記憶しか貯蔵で
きなかったとしたら、記憶の容量はかなり限られてしまうからです。
・ひとつの神経回路にはさまざまな情報が同時に雑居してたくわえられることにな
ります。当然、こうしてたくわえられた情報は互いに相互作用してしまいます。人
の記憶が曖昧である理由はまさにここにあります。人は間違いや勘違いをよくおこ
します。さらに、記憶が時間とともに変わったり薄れたりしてしまうことさえもあ
ります。神経回路を使い回さねばならないという脳の「宿命」こそが記憶の曖昧さ
の元凶なのです。
・しかし、逆に、この性質が、脳に「人間性」を与えていることに、ぜひ気づいて
欲しいと思います。保存情報が相互作用するということは、まったく異なるものご
とを関連づけることができるということです。これはすなわち私たちが行っている
「連想」という行為そのものです。さらに、情報を関連づけ、まったくちがった新
しいものが形作られるかもしれません。これこそが「創造」という行為です。
第5章 脳のメモリ素子「LTP」
第6章 科学的に記憶力を鍛えよう
・脳を詳細に調べてみると、確かに、神経細胞の総数は年とともに減っていきます
が、シナプスの数はむしろ反対に増えていくことがわかります。つまり、神経回路
は年齢を重ねるにしたがって増加していくのです。この事実は、若い頃よりも歳を
とったほうが記憶の容量が大きくなるということを意味しています。
それなのに人は「歳のせいで覚えが悪い」と嘆きます。この嘆きはたいへんな間
違いで、私から見れば、そういう人は単なる努力不足であるように思います。そし
てまた、昔自分がものを覚えるために、どれほど努力したかを忘れているのです。
・一般に、人がものを憶える時には、憶える対象によって適齢期があります。記憶
の適齢期のことを脳科学者は「臨界期」とよんでいます。たとえば、聴いた音の音
程(ドレミ)を正確に判断できる「絶対音感」という能力をもっている人がいま
す。じつは、この特殊な能力を体得(記憶)できる臨界期は3〜4歳です。
・歳をとって、エピソード記憶が発達してくると、丸暗記よりも、むしろ論理だっ
た記憶能力がよく発達してきます。ものごとをよく理解して、その理屈を憶えると
いう能力です。当然、勉強方針もそうした方針に変えていく必要があります。この
努力を怠ると、もはや効果的な学習はできません。
・LTPの性質を眺めてみると、さまざまな記憶の性質が浮かび上がってきます。まず
注目すべきポイントは、海馬がθリズムに乗るとLTPが起こりやすくなるという現象
です。初めての場所に行ったり、初めての人に会ったりしたときに、海馬は自然と
θリズムの活動をします。それは、いま見たり感じたりしているものを、きちんと
記憶しようという意図が無意識のうちにはたらいているからです。もっとも効率的
な方法は、憶えたい対象に興味を持つことです。すると、海馬は自動的にθ波を作
り出します。
・刺激の多い環境で生活することは、LTPにとって都合がよいというだけではありま
せん。歯状回の顆粒細胞も活発に増殖し始めるのです。つまり、記憶に必要な神経
細胞が増加するのです。もちろん、その結果、記憶力は増強されます。そして、記
憶力が増強されれば、またさらに多くのことに興味をもつことができます。より好
ましい方へ脳が順応していくわけです。つまり、脳は使えば使うほどだらに使える
ようになるのです。
・「食欲がないのに食べると健康を害するように、要求がないのに学習すると記憶
を損なう」とはレオナルド・ダ・ビンチの言葉です。何にでも興味をもつ「好奇
心」と「探求心」こそが記憶にとって大切なビタミンなのです。
・「おもしろい」とか「楽しい」という気持ちは「情動」ですから、扁桃体がはた
らいているのです。扁桃体は海馬のLTPを促進します。普段では憶えられないような
ことでも記憶できるように助けるのが扁桃体の役割です。興味をもってことに臨め
ば、ものごとをすんなりと憶えられるようになります。つまり、自分が感動してい
れば、脳は自然とそれを覚えてくれるのです。
・作家のサン・シモンは晩年こう語りました。「感動する心を失ってはいけない。
感動する心を失ったら何事もなされない」と。進化の過程で何千万年もかけて自然
淘汰されてきた記憶のこの性質を利用することは、生物学的にも理に適ったもの
で、脳への負担も少ない方法なのです。
・正常なネズミにストレスを与えると同時に、海馬にLTPを発生させてみました。す
ると、今度はむしろ、胃潰瘍が小さくなったのです。つまり、ネズミは、海馬のLTP
を通じてストレスを学習したのです。この結果から、記憶力が増強されれば、スト
レスも解消されることがわかります。
・シナプス可塑性には「連合性」という性質があります。事象と事象が連合されれ
ば閾値よりも弱い刺激でLTPを起こすことができるという性質です。つまり、ものご
とを互いに関連づければ憶えやすくなるというわけです。ものごとを関連づけると
いうことは、言い換えれば、ものごとをよく理解することである。
・「創造は知識よりも重要である」とは天才アインシュタインの言葉です。もちろ
ん、これがシナプス可塑性の「連合性」を活用した記憶術であることはいうまでも
ありません。
・さらに重要なことは、ただ単に知識的な連合に努めるよりも、自分の「経験」に
結びつけて記憶したほうがよいということです。なぜなら、自分の体験が関連して
くれば、その記憶は「エピソード記憶」となるからです。エピソード記憶には意味
記憶よりも優れた点があります。それは、初めから意味記憶として憶えるよりも
「忘れにくい」ということ、そして、いつでも「思い出す」ことができるというこ
とです。
・エピソード記憶を簡単に作る方法は、憶えた知識(意味記憶)を、友達なり家族
なりに説明してみることです。すると「あのとき教えたところだ」「そういえば、
こういう図を描いて説明したかな」といった具合にエピソード記憶になります。
・おもしろいことに「憶える」ことも「忘れる」こともともに、記憶に絡む脳の現
象であるにもかかわらず、意識的に操作できるのは憶えることのほうだけです。し
かし、忘却を早める方法があります。それは他のことを追加して記憶することで
す。記憶の神経回路は相互作用しているので、ある程度の類似性があることを憶え
ると以前の記憶が妨げられてしまうのです。これを「記憶の干渉」といいます。
・忘却曲線を考慮に入れると、科学的にもっとも能率的な復習スケジュールは、ま
ず1週間後に1回目、つぎにこの復習から2週間後に2回目、そして、最後に2回
目の復習から1ヶ月後に3回目、といういように1回の学習と3回の復習を少しず
つ間隔を広くしながら2ヶ月かけて行うことです。そうすれば、海馬はその情報を
必要な記憶と判断してくれます。
・現在の脳科学の見解によれば、夢は脳の情報を整え、記憶を強化するために必須
な過程であるとされています。記憶は夢を見ることによって保存されるのです。つ
まり、寝ることは、ものごとをしっかりと憶えるための大切な行為なのです。
・脳が記憶するときには、記憶の対象となる「事象」を記憶するだけではなく、事
象の「理解の仕方」も同時に記憶していることがわかります。「法則性」を見つけ
理解することが、記憶において重要なポイントであることはすでに述べましたが、
ひとつのことを記憶すれば自然と、ほかのことの法則性を見出す能力もつくという
わけです。
・手続き記憶は「潜在記憶」ですから、憶えることも思い出すことも無意識になさ
れます。実際、「事象」を記憶することは意識的に行われますが、事象の「理解の
仕方」は無意識に記憶されています。本人の意志にかかわらず、手続き記憶は勝手
に作動しているのです。ですから、手続き記憶の作用は、本人の意図しないところ
で、知らず知らずのうちに絶大な威力を発揮します。手続き記憶が天才を作る。
第7章 記憶力を増強する魔法の薬
第8章 脳科学の未来