
子どもたちの遊びから、まちが見えにくくなっています。
地域社会に子どもたちを育てる文化がなくなってきているようにも見えます。
しかし、それはなくなったのではなく、隠されているのだと私は思います。
『大井倉田、地名への旅』
ある春の日のこと。
「ねえねえ、なんで大井倉田っていうの?」と子どもたちが言いだしました。
子どもたちの談によれば、「近くにある2つの児童センタ−の場合、滝王子児童センタ−は滝王子商店街のそばだし、一本橋児童センタ−は一本橋商店街のそばだけど、倉田にはない」と言うのです。
倉田と名がついているのは、倉田児童センタ−と倉田町会館しかないのですから、子どもたちの疑問も当然です。
ここは大井四丁目。
だけど昔は倉田町って言ったんだよ、と言ってしまえば事は簡単に終わってしまいます。
しかし、まちをもっと深く知るチャンスだと考え探検隊を作り「地名の謎をさぐろう」とよびかけました。
はじめに集まってきたのは小学校二年生から六年生までの子どもたち。
ビデオを持って倉田テレビ局なるものをつくりさっそく探険へと出かけました。
「なんで倉田、て言うか誰が知っているかな」
「町長さんじゃないの」と言うことで、町長がいそうな倉田町会館へ行きました。
ところが中には町長さんはいません。そして町会長の茂木さんの所へ行ってごらんということになったのです。
畳屋の茂木さんは、古文書を持ってきて、町の歴史を話してくれました。
そしてわかったのは「ここには昔たくさんのたんぼと倉があったから倉田という名前がついた」ということでした。
また、近くの鹿島神社のお祭りは、にんじん祭りと呼ばれていたこともわかりました。
そう、倉の中はにんじんでいっぱい。ここは昔、一面のにんじん畑だったのです。
二日目、さらに探険していくと、大井にんじんは昔、練馬大根と並ぶ江戸の名産物だったことがわかり(品川歴史館の上山館長さんより)さらに、今も四丁目で大きな畑を作っている桜井さんとも会うことができました。
そこで、倉田の土でにんじんを作ってみよう。そして鹿島さんに奉納しようということになったのです。
『種をさがして』
さて三日目、探検隊はさらに進みます。
それはこのまちに古くからの秋元苗種店というお店があるときいたからです。
せっかく種を買うなら古いお店から買おうというわけです。
ところが、このお店がなかなか見つかりません。
「新しい人じゃだめだよ。おばあちゃんに聞かなきゃ。」と小倉君が言います。
もうかなり歩いてみんなへとへとでした。その時、四つ角におばあちゃん達が三人で立ち話をしているのを発見しました。
やっとのことで秋元苗種店にたどりつくと、そこは古いお店ではなく、とてもきれいなフラワ−ショップになっていました。
「にんじんの種ください」と言うと「ええ、何するの」と驚かれてしまいました。
売れないのでおいてないということでした。
そこで私たちの旅のことを話しました。
すると、おばさんはとても感激して「そうなのよ。昔はこの道を荷馬車が通っててね、市場からの帰り道お百姓さんが、みんなここで種を買って帰っていったそうよ。そして種も苗も作っていったのよ…」と話してくれたのでした。
『にんじん作り、大失敗?大成功?』
さて、次の週。秋元苗種店のおばさんは、茶ぶうとうに入った農家用の種を取り寄せておいてくれました。
さっそく種まきです。
庭のすみを耕して、種をまいて、毎日水をやって…。
子どもたちはいっしょうけんめい世話をしました。
探検隊に参加していなかった女の子たちも、だんだん集まってきました。
稲本さんは毎日のように来館して、草取りや水やりをがんばっていました。
こんな子どもたちの姿を見るにつけ、大きなにんじんができ大成功になってほしいと思っていました。
そして、いよいよ収穫の日。わくわくしながら抜いてみると…。
「えっ、これにんじん!?」
出てきたのは、もやしみたいなにんじんでした。
雨の多い夏だったので、日照時間が足りなかったのでしょうか。
私たちは少々がっかりしてしまいました。
ところが、子どもたちは違っていました。
林君が「こんなのにんじんじゃない!!」と言って食べてしまったのです。
すると…、「おいしい!にんじんだあ!」
子どもたちは、もやしみたいなにんじんを取りあって食べました。
秋川君のお母さんがにんじんクッキ−を焼いてくれたこともあり、子どもたちは大満足。
考えてみれば、にんじんはうまくできなかったけれど、まちを歩いてたくさんの人に出会え、たくさんの人に応援されてきたのです。
にんじん作りはまちと子どもたちの仲間作りだったのです。
にんじん作り。やはり大成功だったのです。
たった一つの地名への疑問。
そこからにんじん作りまでになってしまうとははじめは考えてもいなかったことです。
しかし一つの扉が開かれると次々と新しい扉が見えてくるのです。
まちは確かに今扉を閉ざしています。
しかし、まちの扉をノックすることさえできれば、まちはまだまだ子どもたちにも私たちにもやさしい姿を見せてくれます。
しぶしぶ開けてくれる人もいるけれど、「待ってました」とばかり開けてくれる人も少なくはないのです。
まちの人たちも子どもたちの元気な姿かまちから見えなくなってきたことを多少は心配しているのです。
そして、自分たちも何かできないか、と思っている人もいるのです。
『にんじんマ−ク登場』
「にんじん」との出合いをこのままに終わらせるのはもったいない。
この「にんじん」を中心に児童センタ−の特色を作っていこう、と私たちは考えました。
そして児童センタ−のマ−クをにんじんに変えることにしたのです。
「地名への旅」の報告をお知らせにのせ、にんじんとこの町との関係を書き、子どもたちに倉田児童センタ−・にんじんのシンボルマ−クを募集しました。
続々とマ−クの案が寄せられ、二百を越えるほどになりました。
どれも力作ぞろいで、審査委員長のすずおやすき(マンガ家)さんも、選びきれず、最終選考に残った三つのマ−クを、子どもたちの投票で決定することになりました。そして、(クラスの組織票もあったようですが)ついに選ばれたのが右のマ−クでした。
このマ−クはお知らせや、バッチ、様々な行事の時に使われるシンボルとなりました。
三月からはじめた地名への旅が八ヵ月かかって、シンボルマ−クを生み出すことになったわけです。
にんじんなのに「いもづる式」に次々と新しい扉が開いていった、というわけです。
そう、やっぱり町は宝の山。私たちは探検隊。今日も宝を探して歩いています。寄り道をしながら…。
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