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「砂の器」予告編 |
| 砂の器 1974・松竹・橋本プロ |
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![]() 製作:橋本 忍 佐藤正之 三嶋与四治 監督:野村芳太郎 原作:松本清張 脚本:橋本 忍 山田洋次 撮影:川又 昴 音楽:芥川也寸志 出演:丹波哲郎 加藤 剛 森田健作 春田和秀 加藤 嘉 島田陽子 山口果林 佐分利信 緒形 拳 渥美 清 稲葉義男 笠 智衆 ![]() ![]() ![]() |
物語 事件発生は昭和46年6月24日早朝。国鉄蒲田操車場構内で轢死体が発見される。推定年齢60〜65歳の男性でO型、死後推定時間3〜4時間。生体反応がないことから殺害されてから列車に轢かれたものらしい。 死体からアルコールが検出されたため、被害者は前夜誰かと酒を飲んだ可能性があった。捜査員が蒲田周辺の酒場を聞き込みするうちに、それらしい二人組みの情報を得た。中年の男と白いポロシャツを着た若い男だったようだ。バーのホステスによると、「カメダ」ということばを何回か聞いたという。「カメダはどうだ」とか、「カメダは変らないか」という会話だ。それも東北訛りのズーズー弁だった。 人の名前のように聞こえるが、警視庁の今西栄太郎(丹波哲郎)は土地の名前ではないかと直感した。今西は蒲田署の吉村刑事(森田健作)と組んで青森県羽後亀田に飛んだ。亀田という名前はあったものの、そこでは何の手がかりも得られなかった。 空手での帰途の東北線の食堂車。今西と吉村がビールを飲んでいると、近くの席に迎えられた青年がいた。彼は今売り出し中の若手作曲家、和賀英良(加藤剛)だった。 ある新聞に何気なく目を通していた吉村は、「紙吹雪の女」という題名のコラムに目が止まった。コラムの記事は、中央線の塩山付近で窓から紙吹雪のように白いものを撒いていた女を描いたものだった。白い紙吹雪にピンと感ずるものがあった。 吉村は記事を書いた記者に電話を入れた。するとその記者は、記事を書いた後、偶然その女にあるバーであったという。そこのホステスだったのである。 吉村はさっそくそのバーへ聞き込みに行った。高木理恵子(島田陽子)は吉村に応対したが、人違いだと一蹴した。だが、何故か理恵子はバーから姿を消した。 和歌山県警から連絡があり、一人の若者が被害者の確認にやって来た。死体をひと目見て若者は泣き崩れた。「父に間違いありません・・・」 被害者は三木謙一(緒形拳)といい、お伊勢参りに行くといって出かけたまま帰らないので捜索願いを出したのだった。三木謙一はかって20年もの間、島根県で巡査をやっていたという息子の話から、今西は島根県の地図で「カメダ」の名前を探した。あった!「亀嵩」という片田舎だ。「カメダカ」 「カメダケ」?? 大学の言語学の教授に会い、今西は決定的な情報を得た。出雲地方の音韻は東北のズーズー弁と良く似ており、「カメダカ」も「カメダケ」もズーズー弁では「カメダ」に聞こえるというのだ。 今西は山陰の「亀嵩」に飛んだ。長老の桐原老人(笠智衆)は、若き日の三木謙一を良く覚えていた。三木巡査は人の面倒を良くみる人情深い男で、人助けの話はきりが無いほどあるという。正義感の強い人物で人の恨みを買うようなことは絶対にないと、桐原老人は確信を持って語ったのだ。 その頃、吉村は、猟犬のように中央線の塩山付近の線路に這いつくばっていた。そして見つけたのだ。「紙吹雪の女」が撒いた白い破片を数枚。それは紙ではなく、布だった。しかも幾つかから、わずかに赤黒い染みが確認できた。 一方、和賀英良は愛人高木理恵子から子供ができたと聞かされショックを受けていた。「絶対に産んではならん」 「・・・私、一人で育てます」 「絶対に駄目だ!」 和賀英良は元大蔵大臣、田所重喜(佐分利信)の娘、佐知子(山口果林)と婚約しており、田所の後押しで、和賀の作曲発表コンサートの準備が着々と進行しつつあった。 塩山付近で吉村が発見した布からO型の血液反応が出た。「良くやった」今西は吉村を誉めた。すぐさま、「紙吹雪の女」高木理恵子の捜索が開始された。 しかし高木理恵子は流産し、出血多量で死んでしまう。 今西は二日間の休暇を取り、三木謙一の行った伊勢へ向かった。三木の泊まった宿で、三木が二日続けて映画館へ行ったという情報を得た。同じ映画を二日も見たのか?その直後、三木は予定にない東京へ向かったのだ。三木は何かを見たのだ。 映画館ひかり座の支配人(渥美清)はあれこれ映画の解説をしたが、今西は映画館の壁に掛かった写真に注目した。元大蔵大臣、田所重喜の写真だが、片隅に見覚えのある顔があった。若き作曲家、和賀英良だった。 今西は、山陰の亀嵩の桐原老人からの手紙を受け取った。それには、三木巡査が行き倒れ寸前の親子を救った話が書いてあった。 らい病の父親、本浦千代吉(加藤嘉)と幼い息子、秀夫(春日和秀)が巡礼の旅を続けていた。当時、らい病は不治の病と信じられ、各地で石を投げられ、追われるように亀嵩を通りかかったのだが、三木巡査は見かねた。千代吉を国立療養所へ送った後、秀夫を自分の子として育てたのだった。 しかし、間も無く秀夫は家出したというのだ。 今西は和賀英良の戸籍調査で大阪へ飛ぶ。昭和20年、自転車屋だった和賀の両親は空襲で死んでいた。そして、和賀は実子ではなく、奉公人だったのだ。空襲で戸籍簿は焼け、戸籍は戦後、本人の申し立てで作られていたのである。 「和賀英良に対し逮捕状を請求いたします」 捜査会議で今西は言った。 三木が伊勢のひかり座で壁に掛かった写真の中の和賀英良に本浦秀夫の面影を発見し、急ぎ東京へ向かった。 「そして、三木は和賀英良を探し出し会った。三木は和賀に父親と会うことを強く勧めたに違いありません。和賀は自分の過去を消した男です」 捜査会議がざわめいた。「千代吉は生きているのか!」 今西はらい病棟の本浦千代吉と会ってきたのだ。今西は千代吉に和賀英良の写真を見せた。じっと見入っていた千代吉は咽喉から声を絞り出した。 「うううううう、そんな人、知らねえ、うううう」 しかし、押収した三木との文通では、何度も息子に会いたいと書いているのだ。そして、三木の手紙には、必ず息子さんはどこかで立派に成長しているに違いないと、繰返し繰返し書かれているのだった。 和賀英良の新作「宿命」の発表コンサートが華やかに行われていた。ピアノを弾く和賀英良。彼を取り巻くオーケストラ。満場の客が聞き入った。 和賀の胸の中を去来するものは何であろう。 父と巡礼を続けた北陸の厳しい寒さか、それとも・・・・・。大恩ある三木巡査の殺害場面か・・・・。 逮捕状を携えた今西と吉村は、「宿命」の荘厳な曲の鳴り響く楽屋裏で人間の宿命の業を感じ取っていた。 「砂の器」ワンシーン |
| 映画館主から 原作者松本清張をして「小説を越えた」と言わしめた傑作推理サスペンスです。 脚本家橋本忍と当時助監督だった山田洋次との共同でシナリオ化するも、ロケに金がかかる上、内容が暗すぎるということでオクラ入りとなり、映画化にこぎつけるまでに14年もかかったのだそうです。 私も原作を読みましたが、シナリオは映画向きに大きくドラマ構成が変更されており、特にラストのコンサート場面と幼い日々の巡礼場面が同時進行するクライマックスは圧巻と言わざるをえません。 芥川也寸志の音楽も厳粛な響きで相当な力作です。 清張のドラマの裏側には「らい病」(ハンセン氏病)への差別と偏見に対する警鐘があったことは当然です。わが国ではつい最近までハンセン氏病への隔離政策が取られていたのです。そして、ハンセン氏病の患者を宿泊拒否するホテルが告発されるなど、差別問題はいまだに根深い問題です。 刑事役の丹波哲郎が好演。今は政治家の森田健作も若い。 監督は松本清張ものを得意とする野村芳太郎。’61年の「ゼロの焦点」(久我美子主演)も恐らく原作より映画のほうが勝っていたような気がします。この時も脚本は橋本忍と山田洋次、音楽は芥川也寸志でした。 参考文献:「戦後日本映画」 発行:潟}ルハン |
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