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風子の気まぐれ絵日記

風子の気まぐれ絵日記
 
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『あじわって 旬初力を いただきます 』

あじわって、旬初力、いただきます

旬のもの、初もの、この頃口にしたものはタケノコやフキ、サクランボ等。食べれば「旬初力(シュンパツリョク)」になる。気まぐれ絵日記に描こうとタケノコを描いたが、見ていると食べたい気持ちが強くなる。タケノコとサバ缶の煮付けや味噌汁が頭から離れない。気づけば、サバと、缶詰のイメージの日出マークのようなものまで描いていた。大人の私が描きたかったのは、少し渋みのあるような深みのある絵だが、描き上げた絵は大人らしさのかけらもない絵になった。描くことに夢中になり、思いつくまま描き足した結果の絵。無意識に大人という『箍(たが)』を外してしまったようだ。まるで子供の頃、雨上がりの水たまりを素足で遊びたくて履いていた靴を脱ぎ捨てたように…。ありゃっ!と思ったが描いてしまったものは消せない。これも私らしさかと自画自賛?し苦笑した。

絵の他にたまに「書」をかいている。ある書道展に出展するため「花」の一文字を書いた。絵足紙には様々な花を描いてきたが、文字で「書」としては書いたことがなく、黒い墨でいったいどんな「花」を咲かすことができるのか己を試そうと「花」を選んだ。が、どれだけ書いても「咲いた」という気がしない。集中力も途切れ、サジを投げたい(いや、筆を投げたい)気分だ。真っ白い半紙の眩しさがいたたまれず「がんばれない自分」と書き殴った。ちょっとすっきりしたが、その日は「花」は作品にならずに終わった。後日仕切り直して書き始めた、しかし、何枚書いても納得いかず、私には墨で花を咲かすことは無理なのか、と思い、見つめていると、いつもの大胆さがないと感じ「このごろかけてる大胆さ」と気持ちを半紙にぶつけて書いた。そして気がついた『がんばれない自分』と書いた時も『このごろかけてる大胆さ』と書いた時も無心だったことに。でも、「花」を書いている時は、上手く書こうという大人の心が『私らしさ』を抑え、消していた。

書く気になった。心のスイッチがオンになり体に電流がどっと流れる瞬間、筆を強く持っていた。その姿を見ていた書の師匠は「風ちゃんのリズムで、細かな書き順は気にしないで良い、一気に書いて」と言葉をくださった。その言葉はまるで速球のように私の心に飛び込んで、ポーンッと背中を押し出されるように「花」を書き上げた。『咲いたっ!』という気がした。決して良い字ではないけれど、これが私の『墨の花』。

出展のため「花」を今回お見せできませんが、いつか気まぐれ絵日記に掲載したいと思います。それまでお待ちください。

出展締め切りになんとか間に合って、ほっ…、の気分。
『書く』も、『描く』も、大人の心は邪魔、必要なのは無心!
心のスイッチは常にONにしておきたいと願う、風子でした!

 
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