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水墨粉本
FUNPON
(狩野派/円山派)
明治18年山庵永祥先生筆
今19年5月永信寫と有り

狩野永信による永祥画の臨写
京都嶋田家にて永く保存され続けてきた応挙・円山派と狩野派の
絵師たちの水墨画、そして粉本には特筆すべき絵師たちの技量と
構図・テクニックの秘密が随所に見られ、鎌倉水墨、南画、花鳥図の
いずれにも両派の個性が溢れ出ています。
円山応挙の直弟子だった嶋田鸞洞(元直)、朝廷、御所の事務官
である院司だった嶋田家に秘蔵され続けた謎の下絵・粉本 !

鸞洞の子孫、嶋田義彦、武彦、明治に生きた彼らが美術学校で、
作品に甲乙の評価がされていたりし、今日の画壇へも少なからず
その礎となったであろう粉本の魅力をこのペ-ジでじっくり堪能して
下さい。注: 文字用の領域がありません!
粉本とは画の下書きの事で、
胡粉を用いて、まず大様を
描き、その後に墨を施し描き
仕上げたところから粉本と呼
ばれており、転じ、総じて手本
の事を意味し、そういった手本
を見て描く、臨写(臨模)とは
区別されます。作品中色指定
の記号が書き込まれた下絵が
ありますが、作家自身の手に
よる事の証ともいえます。
十二単衣墨図 作者不詳
嶋田蔵 嶋田印有り
円山派
嶋田元直(鸞洞)−嶋田雅容−嶋田雅喬−嶋田義彦
                          嶋田武彦

円山応瑞− 円山応震−円山応立−円山応文
              −円山応心−円山応章
                     −跡見花渓

       −円山応祥
       −円山応春
       −中島来章−中島有章
              −川端玉章−平福百穂
                     −結城素明

奥文鳴

木下応受−木下応儒(円山応震)

長沢廬雪
円山応挙−−−
(円山派)



 僧祐常
鼬図(いたち)
伝 円山応挙筆
右上に
鼬死タルヲ寫生ス挙
と有り。
光琳図
方祝
野崎蔵
尾形光琳の作品の
臨写と思われる。
嶋田家の蔵印には 嶋田と 島田の
二種有り。 元々は武家の出で嶋田と
し、のち山の無い島田の印も使用され
た。
鳥図
作者不詳
嶋田蔵書き込み有り
明治18年 梟(フクロウ)
真寫 狩野永信画
永信真寫と書き込み有り。
京狩野派
(江戸−明治)
   −徳力善雪
山雪−永納−永敬−永伯−永良−永常−永俊−永岳−永祥−永信
                                 −永朝
       −古燗−高田敬輔−西川祐信
                  −月岡雪県
                  −曽我そう白
       -永梢−永雪
       -山口雪渓

松花堂昭堂
狩野山楽−
1.絵師による小さな下絵の作画
2.同絵師による仕上げ用の作画と色指定
3.拡大を要する襖絵等、絵師/または絵師の
  指示に従う直弟子が下絵の線に沿ってアタリ
  (寸法)をいれ書き上げたりもする。
4.同時に他の弟子達により、絵の具が溶かれ、
  彩色の準備に入る。
5.襖絵なら、杉戸にミノバリ(大きさの異なる和紙
  を重ね貼りする。)をした襖上に彩色された絵
  を張り付け、仕上げとなる。
孔子図
作者不詳
京都国立博物館
応挙の人物描写図
法と比較されたし。
絵の命でもある、顔料に関しても、少し
触れておきます。
日本画の絵の具は基本的には岩絵の具で、
その中で特に青色はその頂点に位置した様
です。
藍銅石 (紺青)
江戸期において、米一俵が一両とされた
頃、600gで18両したとの事。 シダは鉱山
草とも呼ばれ、そのシダ類の下によく見られ
る鉱山(カドミウム系)の中に藍銅石があり、
秀吉の朱印状を持つ者のみ、その石の
採掘/精錬権が有る為、当時、青い色は
金より貴重とされ、江戸の絵師においても
欠かす事の出来ない、その青色を使用でき
た狩野派を中心とする御用絵師達は当然
として、永きにわたり、画界を征し続ける事
ができたのでしょう。

孔雀石

支子色 (クチナシ)、 欝金色 (ウコン)
山吹の黄色は皇帝を指す貴い色とされ、
仏教やヒンズ-教等でも最高の色とされて
います。 ミャンマ-では高僧の僧衣にその
黄色が今も使われています。
孔雀図
作者不詳
春挙の書き込み有り
薄緑
黄色
葵丑初冬寫
草老緑付立
伝 円山応挙
応の書き込み有り
このペ−ジの作品は全て非売品です。
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