June 23, 2001


Heart Stone, piece of my collection 4:12pm

石ひろい、そして石にまつわる話。

7〜8年程前から、石を集めている。
石と言っても、探すのはハートの形をしたものだ。これは意外にもどの河原でも簡単に見つけることができる。
東京散歩友の会のくぼたかずみさんのホームページの中に、人が愛する対象は年齢を重ねるとともに
  人 → 花 → 石
へと変化していく、という引用記述があり、なるほどと思ったが、石に到達するには自分はちょっと早すぎるのではないか?という気もする。欲張って、人も花も石も愛したい。
しかし私の場合の石収集は、石を鉱物として研究したり、分類したりする訳でもなく、つげ義春の「無能の人」のように、石に景色や美しさを求めて鑑賞したりオークションに出したりする世界とも違い、単純な収集癖からくる自己満足のコレクションである。
以前、中国人の先生に習う「篆刻」の講習会に参加したことがあり、篆刻に使う石の種類と特徴について教えていただいた。
この篆刻用の石もものすごいレベルの幅があり、本場中国では数十万円から百万円単位で取引されているものもあると言う。先生の自慢の一品という石を見せていただいたが、幅2.5センチ、高さ10センチ程の石の表面には、空に浮かぶ雲、遠くの山、松の木と人影。山水画の世界がそこにあった。すべて自然が作り出した偶然の模様である。
篆刻用でもそんな高いレベルなので、鑑賞用の石はもう、目の玉が飛び出るようなすごい石が中国にごろごろ転がっているに違いない。これは30年後の楽しみにするとしよう。
一方では、河原や海辺の石には怨念がこもっているからむやみに持ち帰ってはいけないとも聞く。子供の頃、夏の怪奇特集でもよく見た話だ。
昨年行った西表島では、海や山で遭難したり、危険な目にあってびっくりしたときに、体から「マブイ(魂の意らしい)が落ちる」と言って、その落ちたマブイが石になる。だから石は持ち帰ってはいけないと現地の人に言われた。貝殻と星の砂と、浜に打ち上げられた珊瑚のかけらはたくさん持ち帰ったけれど。
西表島のように、ジャングルと美しい海のある神秘的な場所では、そんな話も本当ではないかと思われてきた。

石に何らかのパワーを感じて持ち歩く人も少なくない。その効用は私にはまったく不明であるが、神社のお守りみたいなものか。
ハート石には、そういったことを何ら求めていない。思い当たるような不幸な出来事にも遭っていない。ただ単に運が良いのだろうか?
さて、興味を持ったみなさん、さっそく河原へ出かけてみませんか?このページにあるハート石は、二子多摩川の河原や、埼玉の飯能河原で拾ったものがほとんど。
石だらけの河原で手を後ろに組み、じーっと下を見続けてはゆっくり移動する。5メートル四方に1個ぐらいの割合で「ハートか?なーんちゃって!」という程度のハート石が見つかるはず。無心なるひととき。目が疲れたら座って川や橋を見よう。
しかし完璧な左右対称のハート型を見つけるのは至難の業だ。私のコレクションも9割7分ぐらいは「なんちゃって!」なので、自分でハートに見えたらそれでいいのだ。自己満足ですから。

利用法としては、小さなハート石をいくつか標本のように台紙にボンドで貼って額に入れて飾ったり、大きなものは植木鉢や庭のアクセントに並べて置いてみたりしている。そういえば死んだメダカの墓石にもした。
もしも完璧なハート石を見つけることができた方は、ぜひご連絡の上写真を拝ませてください。




  では、がんばって。



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