陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地
この自衛隊の巨大通信塔(?)は市ヶ谷のどの街からも見える。この中でどんなことをしているのだろうか。テポドンが発射されたらすぐわかるの???
明治30年の地図では、本村町は半分が「士官学校」半分が「砲兵営」となっている。昭和8年の地図では、「砲兵営」が「士官学校豫科」に変わっている。そのあと戦争が始まる頃になると、本村町一帯は公園であるかのように何も記載されなくなる。他の軍事関連の場所もすべて塗りつぶされる。攻撃を恐れた軍部が、スパイにバレないように地図に軍の施設を表示することを禁止したそうだ。父によると、アメリカは精密な航空写真やレーダーによって、そんなことはとっくにお見通しだったので全く無駄な悪あがきだったのだという。





新五段坂
坂名の由来は不明。外苑東通りは、薬王寺商店街を抜けると急に道幅が広がって、警視庁機動隊のものものしい出入口を左手に見ながらこの新五段坂を下る。





合羽坂
新五段坂を下り靖国通りを左に折れると、また坂が現れる。こちらも坂名の由来は不明。坂の下に狭い植え込みがあり、そこにカッパの像が置いてあった。車の通りは激しいが歩行者はほとんど通らない場所なので、このカッパに気付いている人は少ないだろう。寂しい。