浄瑠璃坂

坂名の由来については、昔、この坂の上で「あやつり浄瑠璃」の小屋興行を行ったから。近くに光円寺があり、その本尊の薬師如来が東 (1文字不明)の浄瑠璃世界の教主であるからなどの諸説がある。


浄瑠璃坂周辺には、石垣が非常に多い。江戸時代、この坂の一帯は水野土佐守の上屋敷であったそうだ。見晴らしの良い坂の斜面は、大名や旗本の屋敷が並んでいたらしいので、その名残と言えるだろう。





しかし平成の不景気にはさすがに負けたのか、石垣は残っていても当のお屋敷がなくなっている。マンションを建設しても石垣はこのまま保存されるのか?施工主の粋が問われるところ。



この石垣の内側は駐車場でした。



モダンなガラス貼りのビルは、あえて新旧の対比を狙ったものだろうか。石垣の下には「テナント募集」の看板。



鰻坂

坂が曲がりくねっているから、鰻のような坂だという意味から鰻坂と呼ばれた。「御府内備考」の払方町文政丁亥書上に「里俗鰻坂と唱候、登辻入り曲がり登り云々・・・」と印されている。